世界が平和になり、子育て最強チートを手に入れた俺はモフモフっ子らにタジタジしている魔王と一緒に子育てします。【短編連載中】

 魔王討伐してから一ヶ月が経った。
 俺の生活は予想とは裏腹に、パーティーを組む前と比べると、何も変化はなかった。

 他のメンバーたちはどうなのかと疑問を抱き、各メンバーが暮らしている街に訪れてみる。戦士ゼロスは、本当に岩も碎ける程の強い腕力を得たようだ。筋肉、特にタンクトップからはみ出た上腕二頭筋がモリモリになっていた。重たそうな木を片腕で軽々と担ぎ仕事をしている。魔法使いエウリュは人の心を読める能力を使い、話すと気持ちが楽になる有能占い師として街で大活躍していた。

 そして最後に僧侶ウェスタが住んでいる街に訪れる。僧侶ウェスタはなんと豪邸に住み、家の外壁には豪華な宝石が沢山埋め込められていた。

 僧侶ウェスタの家の中に入ると幼子が泣きながら俺の元に駆け寄ってきた。俺は抱き上げる。幼子を抱いたことはなかったのだが、すんなりと抱けた。子供は苦手だったはずなのに。摩訶不思議な言動をし、未知で苦手なジャンルだったから。そしてなんと、抱っこした瞬間に泣き止んだ。

「一瞬で泣き止んだわ、珍しい……ラレスは子供に慣れているの?」
「いや、全く触れたこともない」
「そうなのね。でも泣き止んだし、ラレスに抱かれた息子はなんだか、心地よさそうだわ。良かった、ずっと泣き止まなかったから……」

 僧侶ウェスタの息子を抱きながら、俺は家の中全体を見渡した。家の中にも高そうな絵や宝石が沢山ある。

 それらを見て、ある疑問が噴水のように湧く。

「ウェスタの家って、金持ちだったのか?」
「いいえ、そうなったのは最近よ」
「最近?」
「そうなの、大儲けしたの」

 詳しく聞くと、どうやら売りたいけど金にもならないし、どうしようか?と悩んでいた土地の価値が急に跳ね上がり、かなりの高値で売れたらしい。他にも旦那が株で大儲けしたり。

「間違えたのかもしれない……」と、俺は呟く。
「何が?」
「あの時の、能力の飴玉をもしかしたら――」

 僧侶ウェスタははっとする。

「もしかして、願った飴玉、わたくしとラレスの、逆に手に取ってしまった?」
「そうかもしれない」

 驚き、岩のように動かなくなった俺と僧侶ウェスタ。幼き子供は俺の胸の中で機嫌良く、キャッキャと笑っていた。

 窓から差し込む月明かりに照らされた寝室のベッドで、横になり色々考える。

 俺が食べた飴玉は、金持ちになりたいと願った飴玉ではなかったのは事実だろう。子をあやす能力を願った僧侶ウェスタは別の飴玉でも満足している様子だったが、俺が子をあやす能力を得ても意味は無い。国に問い合わせたが、本当に貴重な飴玉らしく、もう一度飴玉を授けるのは難しいと回答が来た。

 もう金持ちになる願いは叶わない。さて、どうしたものか――。

魔王討伐してから感謝の気持ちだと、あちこちから食べ物やら生活用品が色々送られてきた。それに国からの報酬もあった。しばらくは生活に困ることはないだろう。ただ、一生を考えると新たな仕事を探さないとならないし、想像していた贅沢な暮らしは出来ないだろう。一生働かないで楽をして、一生豪華な暮らしをしたかった。

 俺は勇者という職業に憧れていた。周りから注目を浴び、とにかく恰好いいからという理由でだ。鍛錬を積み試験を受け、夢が叶い勇者に選ばれた。だが魔王を倒し平和になると、討伐直後までは注目を浴びていたが、俺に向けられていた視線は、今はもう、それぞれの大切な者や事に向けられていた。

 今、やりたいことは特にない。
 
 注目されていた時期が俺の黄金期だったなと、その頃を思い返していると、倒した魔王の姿が頭の中に浮かんできた。

 そういえば、魔王は今どこにいるのか? まだ生きているのだろうか? 城で捕らえられたままなのだろうか? 

 考えていると、左腕につけていた銀のブレスレットが震えた。外部から連絡が来た合図だ。右手人差し指でブレスレットをタッチすると、目の前に大きな画面が現れる。飴玉について問い合わせた時に対応してくれた女が画面の中にいた。

「ラレス様、先日お問い合わせいただいた飴玉の件なのですが~」

 もしかして、もう一度飴玉を貰えたりするのか?なんて淡い期待を寄せ、勢いよくベッドから降り、立ち上がった。

「なんでしょう?」
「あの、子育てが得意な能力を手に入れられたということでしたので、お仕事を紹介したかったのですが……」

 予想とは違う話か……。
 ベッドに座った。

「どんな仕事ですか?」
「あの、依頼主と一緒に子育てをするお仕事で……報酬はなかなか良いかと。如何でしょうか?」
「あぁ、どうしたらよいか……」

 正直まだ休みたい気がするし、子育てする仕事とか、未知で上手くできるか分からない。いや、でも手に入れた能力で上手くこなせるのか?

「ひとまず、現場に行ってみませんか?」

 少し迷ったが、今、他にやることないし。

「とりあえず、現場に行ってみるかな。それから仕事の話を受けるか、考えます」
「よろしくお願いいたします。なかなか条件の合う人が見つからなくて……それでは、地図や詳細は後程お送りいたしますので」

 そうして、とりあえず現場に行くことになった俺。
 送られてきた地図を見るとなんとそこは――。


 翌朝、最近共に過ごしている美しい毛並みのユニコーンに乗り、地図に描かれた目的地に向かった。目的地は遠く、辺りが暗くなってきた頃に着く。

 着くとユニコーンから降り、目の前にある建物を眺める。今、俺の目の前にある大きな城は、はっきりと見覚えのある場所だった。

 魔王リュオンが、かつて住んでいた城だったから。つまり、俺が魔王を倒した場所。

 今は誰か、別の者が住んでいたりするのだろうか?

 警戒しながら扉を叩くが、反応は一切ない。
 誰もいないのか? そっと少しだけ扉を開き、隙間から中を覗いてみた。

 薄暗く誰の姿も見えないが、どんどんと大きな音を立てて走るような音や、騒がしい子らの声が聞こえてきた。

 新しい住人がいるのか――?

 静かに中へ入り、長い廊下を進んでいくと「助けてください……」と背後から掠れた声がした。驚き振り向くと、黒いタキシードを身に纏う、気配が完全に消えている魔族がいた。見覚えあるその姿を目にし、警戒心は一気に高まる。勇者の時代に常に所持していた強力な剣は、国に返した。だから手元には今、護身用の小さなナイフしかない。手強い魔族を相手にするには役立つのか分からないが、何も手にしないよりはマシかと、ナイフを握りしめた。

「お前、魔王の手下だな?」と、威圧的な声で尋ねると「そ、そうです。リュオン様の執事でございます……」と、か細く、怯えるような声でそいつは答えた。攻撃してくる様子はみられないが、その弱々しい言動も俺を油断させてから攻撃を仕掛け、俺を陥れるための罠かもしれない。気を緩めず、ナイフの刃を執事に向けたままにし、構えていると「こんにちは!」と、幼きモフモフ獣人の子供達が駆け寄ってきた。

 一瞬でそれらに囲まれた俺。
 抱っこ抱っこと、次々に襲いかかってくる。

 これは、魔族による幻影魔法か? 
 自然と警戒心が解かれていく。

「これこれ皆様、離れてください!」

 執事がそう言うも、誰も言うことを聞かない。すると「ご飯だ!」と奥の方から強く苛立つ様子の声がした。そして声の主が目の前に現れた。

「何故そこにいるんだ?」

 続けて声の主は、はっとしながら俺を見てそう言った。
 俺はナイフを強く握り、攻撃態勢になる。

 目の前に現れたのは、純白色のモフモフな赤ん坊を抱いている、暗黒色の衣を身に纏う魔王だったからだ――。

――戦闘開始か?

 だけど、魔王は赤ん坊を抱いている。
 今攻撃すれば、赤ん坊にナイフの刃が当たってしまう。赤ん坊を盾がわりにしているのか。なんて卑劣な。

 一体どうすれば?

 思考を巡らせていると「ふぎゃー」と、魔王が抱いていた赤ん坊が泣き出した。

「よしよしよしよし……」

 魔王は赤ん坊のお尻をトントンしながら身体を揺らしている。

「魔王、何をしているんだ!」
「叫ぶな、黙れ! 余計に泣く」

 魔王は一切こっちを見ずに、赤ん坊を凝視していた。最終決戦の時のような俺への警戒心が、微塵もない。意識は全て赤ん坊にあるようだ。

――どうする? これも油断させるための罠かもしれない。赤ん坊を傷つけずに魔王を倒す方法は何かないのか。

 とりあえず様子を観察する。

 観察していると、ひとつの疑問が浮かぶ。もしかして、あやしているのか? もしもそうだとしたら――。

 トントンの仕方が、甘い。
 横から口を出したくなってしまう程に。

「違う、そのトントンは、ただ撫でているだけ。赤ん坊からしたら、ただ緩い風が当たっているように感じるだけだ。しかも今は全力で泣いている。それでは……何も感じない!」

 俺はさっと魔王の近くにより、両手を差し出した。魔王は荒れ狂う形相をしながら、だけど丁寧に、赤ん坊を俺の両手に乗せた。

 トン、トン、トン……。

 優しい気持ちで、でも軽すぎない力で赤ん坊をトントンし、ゆらゆらもした。
 次第に泣き止んできた。そして――。

「……わ、笑っているのか。どうしてだ? あんなにも泣き止まなかったのに」

 魔王は目を見開き、赤ん坊を凝視した。

「魔王、お前は一番大切なことを忘れている
……」
「た、大切なこと、だと?」
「そうだ」
「何を忘れているというのか――」
「笑顔だ! それも、心の中までのな!」
「心までの笑顔、だと?」

 魔王の眉がぴくっと上がる。
 
「そうだ。この赤ん坊は繊細だから周りの者の感情を敏感にキャッチする。魔王の不安や苛立ちも敏感に察知し、それが赤ん坊の涙となっていたのだろう」

 今、盛大に知識を語ってはいるが、学んで得た知識ではない。おそらくこれも、子育て能力のお陰だろう。

「やはり、我は勝てぬ運命なのか……今日も惨敗だ」

 魔王は崩れ落ちた。

「落ち込むことはない。お前には泣き止まそうとする気持ちがあった」

 俺は赤ん坊を抱っこしながら、魔王の肩をぽんと叩いた。モフモフの子らが魔王の周りに集まってきた。

 
「魔王、お腹空いた」
「魔王、ご飯!」
「だから、もうご飯できたって言ってるだろう! 手を洗ったら座れ!」

 魔王は子らに飛びかかられながら、明かりのついているダイニングルームの中へと入っていった。

――魔王は、子らに好かれてもいるな。

 モフモフの子と手を繋いでいる魔王の執事が俺の横に来た。抱っこをしたままの赤ん坊を眺めながら話しかけてくる。
 
「勇者様、赤ちゃんの扱い慣れすぎている……さすがです! はぁ、依頼して良かった……もう、リュオン様も寝不足だし。最近は特にイライラされており、自分も色々と精神的なダメージが。本当にもう、救世主です」

 執事の言葉を聞いて、はっとする。

 そうだった、今日は子育て仕事の件でここに来たんだった。そして、魔王が寝不足?

 魔王を追ってダイニングルームの中に入った。ちなみにこの部屋には魔王討伐の時にも入った。だからよく覚えている。広すぎて煌びやかな壁の装飾。そして高そうなテーブルと椅子……全てが立派で、贅沢な生活をしていて羨ましくもあった。あの時と一切変わらない。いや、あの時は綺麗だった床の状態が違う。床には毛やゴミが沢山落ちている……。魔王の顔を眺めると、目の下のクマが濃い。このクマは元々あったものなのか、前回はそこまで気にしていなくて分からない。けれど、今の魔王は寝不足状態で良くないことは分かる。

じっと眺め続けていると『少しでも休ませろ! 幼い子を育てるのは本当に大変なんだ。子育ては、子を育てる者の精神状態の安定が大切。周りが進んで協力を!』と、頭の中で風のような声が聞こえてきた。子育てはしたことがないが、まるで経験者のように何故か大変さが分かる。能力の影響なのか?

「魔王、ご飯を食べたらあとは俺に任せて少し休め!」

 そう言うと、魔王の表情が歪んでいった。
「不快だ……何故、敵であるお前から指図されなければいけないのだ?」

 低い声で問う魔王。

「それは……」

 言葉が詰まり、何も言い返せない。子育ての件で依頼されてここに来たが、俺と魔王は敵だった。今も互いに警戒し合っている。しかも魔王は俺らが倒し、そのせいで魔王の権威が失墜した。そんな関係なのに、命令されていい気分でいられるはずはないだろう。

「そ、それは、リュオン様には少しでも疲労を取り除いていただきたいと願い……わたくしが勇者様に、一緒に子育てをする仕事の依頼をしたからでございます」

 震え声で説明する執事。

「勇者が、我と子育てをするだと?」

 驚いている様子の魔王。

――俺もまさか、魔王と一緒に子育てする仕事を依頼されるとは思わなかったけどな。

 スプーンですくったスープを、幼子に飲まそうとしていた魔王。幼子の口の中にスプーンを入れる直前に驚き、動きが止まる。

 魔王は俺がここに来た事情をまだ知らなかったのか――。

「まんま、まんま」と幼子は魔王に催促する。
「あぁ、すまん」と、魔王はスープを幼子の口に入れた。

 魔王は真剣な表情で幼子らにご飯を食べさせている。
 俺は魔王から視線をそらし、子らをひとりひとり眺めた。

 子供は、何人いるんだろう――。

「これで子供は全員か?」
「はい、さようでございます。全員席に着いております」

 部屋は広く、今、子らが囲んでいる茶の色をした長テーブルも大きい。ぽつりぽつりと子らはそれぞれ好きな場所に座ってご飯を食べている。赤ん坊から十を超える歳と思われる子まで。数えると十人もいた。来る前は二、三人ぐらいだと思っていたが、想像していた数よりも多いな――。

 全員白くてモフモフな容姿だ。赤ん坊は猫っぽい獣人。成長すると猫からアルパカっぽい姿に変化してくるようで、一番大きな子は完全にアルパカの獣人だった。

 赤ん坊は俺が抱いている子だけ。そして幼児、初等部、中等部がそれぞれ3人ってとこか……。

「俺以外に雇われてる者はいないのか?」
「おりません。条件に合う人がいなくて……」

 そういえば、依頼してきた仕事担当の者も執事と同じことを言っていたような。

「条件とは?」

「はい、条件はみっつございまして……ひとつめは子をあやすのに慣れていらっしゃる方。ふたつめは時間に余裕がある方。そしてみっつめは――」

 言葉を止め、執事は魔王をちらりと見た。

「みっつめは?」

 ふたつの条件は割と多くの人に当てはまりそうな条件だ。だとしたら最後の条件が問題なのだろう。

「リュオン様を恐れない方という条件でございます」

――魔王を恐れない。たしかに俺は魔王に対してずっと恐怖の心はなかったかもしれない。

「わたくしたちの独自の調査によりますと、今も人間界では『魔王は人間界を再び滅ぼそうとしている』『魔王の近くに寄るだけで殺られる』など、悪い噂が後を絶たないのだそうです」

「なるほどな、魔王は俺らと戦う前までは世界最強だと言われていた……そして今でも世間では恐れられている存在だ」
「はい、今のわたくしたちは監視をされながら、このように忙しくひっそりと生活しておりますから、警戒されなくてもよいのに」
「監視? 誰かがいる気配はしないが、もしかして今も監視されているのか?」

 周りを見渡すが、気配すら感じない。

「わたくしたちを監視しているのは、人間界のトップといわれている洗練された暗殺集団です。気配を完全に消して息を潜めておりますので、この場では魔力があるわたくししか気配を感じないのかと」
「執事だけ……魔王は?」
「リュオン様の魔力は今、ほぼゼロの状態です。なので感じることはできないのです」

 魔法使いエウリュが戦いの後に魔力を吸い込んだからか……いや、あれから結構時間が経ったのに、いまだに回復していないということは、国が魔力を封印したのか?

 俺は、スープを子に飲ませている魔王を見る。

「……大変そうだな」と、自然と口から言葉が漏れた。

「勇者様、どうかお願いできないでしょうか?」

 魔王を眺めていると、幼子はガシャンとスープのお皿を床に落とした。中に入っていたスープがすべて床に。

「あぁ、もう」と言いながら魔王が立ち上がった。そして魔王は、よろめき倒れた。

「リュオン様!」
「魔王!」
 倒れた魔王は……小さないびきをかいていた。

――魔王は、寝た?

「どうしましょう、どうしましょう! リュオン様が……リュオン様、大丈夫ですか?」

 執事が魔王の名前を何度も呼んだが、目覚めない。

「勇者様、これからわたくしたちはどうしたらよいのでしょうか?」
「魔王は、眠っている。おそらく疲労が限界突破したのだろう。とりあえず様子をみよう。ベッドに運ぶから、寝室を案内してくれ」
「分かりました」

 魔王は俺よりもでかくて、体型もがっしりとしている。抱えることはできなさそうだ。

「どのようにして運ぼうか?」

 魔王を心配した子らが集まってきた。

「魔王、ネンネ?」
「魔王、生きてる?」
「あぁ、眠っているだけだ。生きてる」

 幼児組の問いに答えていると、中等部のひとりが、子供を何人か乗せられそうな、赤い手押し車を持ってきた。

「このトロッコ、城内を散歩する時に小さい子たち乗せてるんだけど、魔王乗せられないかな?」
「乗せてみよう」

 足が結構はみでたけど、なんとか魔王を乗せることができた。寝室まで運ぼうとすると幼子たちがついてきた。

「勇者も寝るの?」
「いや、俺は別の宿に泊まる予定だ」
「いやだ、一緒に寝たい!」
「いや、でも……」

 だだをこねられ、俺は困惑する。

「あの、ここに泊まっていただけませんか? 宿の方にはわたくしがキャンセルとお詫びのご連絡をいたしますので」

 不安そうな表情をしたままの執事は、穴があきそうな程、俺を見つめてきた。

――本当に不安そうだな。それに、食事の片付けや子らの世話も執事ひとりじゃ、大変そうだし。

「分かった!」
「勇者泊まるの? やったー!」

 子らは跳んだり回ったりして、はしゃいでいた。
 魔王の寝室前まで来ると、突然執事が「どうしましょう」とつぶやいた。

「執事、どうした?」
「あの、リュオン様が前日の夜に仕込み、毎朝それを並べてご飯を子供達に食べさせていたのですが……」
「朝食問題か……」

 そういえば、泊まる予定の宿は朝食プラン付きだったな――。

「ここの城には大人は他にいないのか?」
「はい、もう誰もいません。生き残った部下たちは全員捕らえられました」

「そっか……おい、暗殺集団、聞こえるか?」
「勇者様、突然叫んでどうなされたのですか? リュオン様がお目覚めになってしまいます……」

 俺が叫ぶと執事は慌てる。
 だけど俺は叫び続けた。

「俺らの代わりに直接宿に行き、お詫びとキャンセルをお願いしたい! そして事情を宿に説明して、俺が食べる予定だった朝食を運んできてくれないか?」

 叫んだ後は静まりが強調される。
 返事は、ない。

 国に雇われている暗殺集団は依頼主の命令しか聞かないと思うが。俺が今も勇者だったのなら、俺の命令も聞いてくれる可能性があったのかもしれない。でももう、国にとって俺は用無しだから、聞いてくれないよな……。

「とりあえず、朝食の材料はあるんだよな?」
「はい、あります」
「じゃあ、早起きして簡単なものを朝作ろうか……」

 俺たちは魔王の寝室に入っていった。
 魔王の部屋の中は、他の部屋とは違い、豪華な装飾が一切無く、質素で静かな空間だった。

 手伝ってはもらったが、トロッコから魔王を下ろすのに少し手間取った。ダイニングルームから近くて、魔王の寝室には一瞬でついたから、トロッコに乗せないで引きずっていった方が効率はよかったのか? いや、せっかく準備してくれたんだし、この方法でよかったよな。

 魔王をベッドの上に乗せると、仰向けに寝かせた。そして布団をそっとかける。

「魔王、大丈夫かな?」

 初等部の子が小さな声で俺に質問する。

「大丈夫だ、きっと。疲れてるからたくさん寝かせてやろうな」
「そうだね、魔王、またね」

 会話をしながら部屋を出ようとした。

「わたち、魔王と寝たくなってきた」と、幼児チームの中で一番小さい子が半べそをかきだした。大声で泣きだしたら魔王が起きる……。とりあえず抱えて部屋の外に出るか?

「だけど、トイレに行きたくなったらひとりでいけないだろ?」

 中等部の一番大きな子が小声で言った。

「うん、怖くていけない」
「そしたら、魔王を起こさないといけなくなるから、魔王ゆっくり眠れないぞ? いっぱい魔王を寝かせて、魔王が元気になったらみんなで一緒に寝るか?」
「うん! みんなで寝たい! そうする!」

 半べそをかいてた子はなだめられると笑顔になり、俺は安堵した。眠っている魔王以外、魔王の寝室から出た。
 
 その後は子らの寝る準備をする。入浴は食事前に全員済ませてあったらしいから、後は歯磨きをして寝かしつけるだけだ。歯磨きが終わると、中等部チームの三人は二階にあるそれぞれの部屋へ行った。初等部チームもそれぞれの部屋があるらしいのだが、最近はいつも三人同じ部屋で寝ているらしく、初等部メンバーのうちの、ひとりの部屋へ。残ったのは赤ん坊と幼児三人。

「執事、幼児と赤ん坊はどこで眠るんだ?」

 俺は、執事に抱かれて眠っている赤ん坊を見る。

「普段は幼児の子供たちはわたくしと共に、赤ん坊はリュオン様の部屋で一緒に眠っております」
「じゃあ、俺が今日、赤ん坊と眠ればいいか?」
「でも、この子は数時間おきに起きるから勇者様のご負担になると思われます」
「いや、大丈夫だろ」

 執事と話していると「勇者と寝たい!」と幼児たちがざわめいた。

「一緒に寝るか?」
「うん、寝たい!」

 子らは、目を輝かせている。

「じゃあ俺が寝る部屋で、みんな一緒に寝るか? 執事、部屋まで案内を頼む」
 
「かしこまりました。では、勇者様に泊まっていただくご予定のお部屋をご案内いたします」

 そうして俺が寝る二階の部屋には、幼児三人と赤ん坊、そして執事も一緒に寝ることになった。魔王城の部屋はひとつひとつ広い。準備してくれた部屋は、その中で特に広かった。そしてベッドも全員並んで横になれるくらい大きい。テンションが高く、部屋内を走り回ったりしてなかなか眠らない幼児たち。だが絵本を読んでいたら、これも能力のお陰なのか、無事に寝てくれた。

「ちょっと、食器を片付けたり荷物持ってきたり……色々してくる」

 小声で執事に伝えるとダイニングルームへ行き、そのまま置いてあった食器をキッチンへ運ぶ。

 洗い物が終わると、大きな鍋が視界に入った。

――そういえば、途中で寄った町で昼食を食べて以来、何も食べてないな。

 食べ物について考えたからなのか、ちょうどタイミングよく腹がなる。まだ残っているかなと淡い期待を寄せながら鍋の蓋を開けてみると、食欲をそそる香りがするミルクのスープがまだ残っていた。皿に盛るとひとくち味見した。

――な、なんだこの味は!? 美味しすぎる。その味は、今まで食べてきた食べ物の中で一番美味しいかもしれない。

 魔王が作ったんだよな……魔王は料理上手なのか。美味しすぎて鍋の中のスープ、約皿三杯分を完食してしまった。

 その時「あっ……」と背後から声がした。
 振り向くと執事が呆然とした表情で立っていた。

「執事、どうかしたのか?」
「いや、あの、勇者様、もしかしてスープを全てお飲みになってしまいました?」

 執事に問われると俺は静かに頷いた。

「駄目だったのか?」
「いえ、あの、わたくしも飲みたかったなと……」
「そっか、執事も食事はまだだったか。何か代わりに食べるものを……」
「いえ、お気になさらずに。わたくしは魔族ですので、食事を取らなくても平気ですので……ただ、リュオン様の作る料理を食するのが毎日の楽しみなのです。とても美味でして――」
「なっ、美味しいよな」

 会話をしながら俺は、スープが入っていた鍋を洗う。

「勇者様、本当にこちらで働いてはもらえないでしょうか? 本当に大変な毎日で……」

 執事の声を背中で受けている状況だけど、執事の真剣さが伝わってくる。洗い終わると鍋を拭き、執事の方を向いた。

「仕事な、受けてもいいんだけど。魔王的には俺と共に過ごすの、嫌なんじゃないのかなって思って」
「そ、それは……」

 魔王がどう思っているのかは、さっきの魔王の言動、そして今の執事の表情をみれば分かる。さっと斜め下に視線がいき、気まずそうな表情をしていたからだ。

「……今、少しわたくしとお話してくださいませんか?」と上目遣いで言う執事。視線を一瞬ダイニングルームに向けたから、俺は頷く。執事は紅茶を淹れた。

 ダイニングルームのテーブルの、一番入口に近い場所に執事が紅茶のカップを置くと、そこの席に並んで座った。

「というか、執事も俺を憎んでいるだろ?」
「……正直に申し上げますと、その感情はゼロではありません」

 だよな、俺が魔王を倒したから魔王や執事、魔王の手下たちも……俺が魔界の全てを滅ぼしたようなものだから。

「しかし、わたくしのそのような感情などはどうでもよく。それよりもリュオン様のことが気になりすぎて……」
「俺も気になることあるんだけど、どうして魔王城で子供を育てるなんて状況になったんだ?」
「はい、話せば長くなるのですが……」

 執事は俺の眠る時間と赤ん坊の目覚める時間も配慮しますのでと宣言をしてから、早口で話しはじめた。

 まず、俺たちのパーティーが魔王を倒すと、魔界の者たちの中で魔王だけが捕らえられた。俺らの対決をあらゆるパターンで魔王は想定していて、魔王自らが倒され捕らえられたパターンも考えていたそうだ。

「リュオン様は『万が一、我が倒されたら、とにかく全員逃げ切れ』と、わたくしや他の魔族にも仰っておりました。本当にリュオン様はひとりで何でも抱え込んで解決しようとなさる。今も……」

 目尻が濡れてきた執事は、ポケットから白いハンカチを取り出し、自分の涙を拭いた。

「リュオン様がいなくなると、わたくしはリュオン様の指示通り、魔王城にいた魔族全員を逃がし、外にいた者たちにも、はるか遠くへ行くように指示をいたしました」
「……執事は逃げなかったのか?」
「はい、人間界の者がわたくしたちを捕らえに魔王城に来ると予想していましたから、ここでじっとしておりました」
「何で逃げなかったんだよ」
「リュオン様がいなくては、わたくしが存在している意味はないからでございます。わたくしは予想通りに捕らえられ、リュオン様と再会いたしました。わたくしもリュオン様も、処刑という名の完全なる封印をされるのは確実でしたから、リュオン様と再会するまでは、リュオン様と共にこの世から消える覚悟でいました……ですが……」

 執事の言葉が、ヴッと詰まる。

「執事、大丈夫か?」
「はい、話を続けます……。再会してリュオン様の無事なお姿を確認すると、リュオン様がお生まれになった時からトップに上り詰めた時までの、リュオン様の孤独や努力、共に過ごした日々を思い出し、わたくしは気がつけばリュオン様の命乞いを人間にしておりました。そして人間側が出した条件が『身寄りのない獣人の子供たちを一人前に育て全員無事に世へ送り出せば、リュオン様とわたくしを処刑せずに、魔力を全て封印した状態でわたくしたちを解放する』だったのです」
「そして今に至ると……」

 なんか、魔王たちも色々大変なんだな。

 全員を一人前にとなると、おそらく最低で成人までということだろうか。赤ん坊が十八の歳になるまで……人間と違い、魔族は何百年、中には千年以上も生きる者もいるらしい。子らが一人前になるまでの年月は魔族にとっては、一瞬なのか? 俺ら人間が生きている時間も魔族にとっては一瞬かも知れなくて。そんな人間なんかに、しかもただ命令を受けたから、ただ羨望の眼差しを向けられたいから勇者になった俺なんかに全てを一瞬で壊されて――。

 モヤモヤとした考えが次々頭の中に湧き、罪悪感に苛まれる。

「そんな事情があったのか。国から命令されたからとはいえ、俺が原因を作ったわけだから、仕事の件は前向きに検討する」
「よろしくお願いいたします」

 執事は丁寧にお辞儀をしてきた。

 それから少し話をし、廊下に置きっぱなしだった荷物を持つと、執事と眠る部屋に戻った。
 まだ外が暗い時間に目が覚めた。俺以外は全員ぐっすりと眠っていた。朝食を作るために、俺は静かにキッチンへ向かう。廊下を歩いていると、ダイニングルームから焼きたてのパンの香ばしい匂いが漂ってきた。部屋を覗くと明かりがついている。そして驚く光景が――。

 クロワッサン、蒸した白身魚、チーズ。そして色とりどりの野菜と果物も……。

 なんと、色鮮やかで栄養バランスのよさそうな朝食がテーブルの上に並んでいたのだ。

 魔王が作ったのか? 
 でも魔王がいる気配はどこにもない。

 上座から席は詰められ、ひとりひとりの席に並べられている料理。近くで料理を眺めていると全ての席にカードが置かれていることに気がついた。

――なんだ、これ?

 魔王、勇者、執事、そして一から九までの数字が書かれていた。これってもしかして、座る席か? 子らの名前が数字なのが気になるけど……。

 テーブルを眺めていると執事が赤ん坊を抱え、幼児三人を連れて部屋に入ってきた。

「勇者様、おはようございます。こちらは勇者様がご準備なされたのですか?」
「いや、違う。ここに来た時にはもう、準備されていた。魔王が準備したのかと」
「リュオン様が?……いや、この見た目や香りは、違いますね。一体誰が?」

 怪訝そうな表情をして料理を眺める執事。

 ふたりで首をかしげていると他の子らも入ってきた。中等部のひとりが「ラレスって、誰?」と、執事に訊ねた。

 そして、その子は白い封筒を執事に渡した。

「勇者様のお名前がラレス様ですが。これは、どうしたのですか?」
「この封筒、そこの入口に落ちてた」

 執事が問うと、子はこの部屋の入口を指さした。さっき通った時には何もなかったような気もするが……。

 とりあえず俺はその封筒を執事から受け取る。『ラレス様へ』と封筒に書いてあった。すぐに封を開け、中身を確認してみた。執事も横から覗き込む。
 
『勇者ラレス様 キャンセルの件、承りました。勇者様の護衛の方々から直接お話をお伺いし、こちらでご朝食の準備をさせていただくこととなりました。どうぞ皆様でお召し上がりください。用意させていただいた料理は、できあがり直後の香りと味を堪能していただくために、特殊な魔法で加工いたしております。少しでも勇者様のお力になれれば幸いです。またいつか、勇者様がゆっくりお泊まりにいらしてくださる日を、心よりお待ちしております。 ホテル ローズプリンス』

 俺の護衛って誰だよ――。
 
「執事、俺の泊まる予定だったホテル、どんな感じでキャンセルしたんだ?」
「昨夜、お詫びの言葉を添えて、勇者様が宿泊をキャンセルされることをお伝えいたしましたが……」
「朝食の話はしたのか? キャンセルは直接ホテルに行ってではないよな?」
「朝食のお話は一切しておりません。キャンセルはここからご連絡をして、お伝えいたしました」

 この朝食は、もしかして魔王たちを監視している暗殺集団がホテルにお願いをして……だからホテルが準備をしてくれたのか……そして暗殺集団がここまで運んでテーブルの上に並べてくれたりもした?

「これは、暗殺集団が?」
「そのようですね」

 俺はなんとなく天井を向く。

「おい、朝食ありがとな!!」
「ありがとうございます」

 俺が叫び執事は小さな声でお礼を言う。すると、どこからか場所は分からなかったが、まるで返事をしてくれたように、コツンと大きな音がした。

世界が平和になり、子育て最強チートを手に入れた俺はモフモフっ子らにタジタジしている魔王と一緒に子育てします。【短編連載中】

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