とりあえず様子を観察する。

 観察していると、ひとつの疑問が浮かぶ。もしかして、あやしているのか? もしもそうだとしたら――。

 トントンの仕方が、甘い。
 横から口を出したくなってしまう程に。

「違う、そのトントンは、ただ撫でているだけ。赤ん坊からしたら、ただ緩い風が当たっているように感じるだけだ。しかも今は全力で泣いている。それでは……何も感じない!」

 俺はさっと魔王の近くにより、両手を差し出した。魔王は荒れ狂う形相をしながら、だけど丁寧に、赤ん坊を俺の両手に乗せた。

 トン、トン、トン……。

 優しい気持ちで、でも軽すぎない力で赤ん坊をトントンし、ゆらゆらもした。
 次第に泣き止んできた。そして――。

「……わ、笑っているのか。どうしてだ? あんなにも泣き止まなかったのに」

 魔王は目を見開き、赤ん坊を凝視した。

「魔王、お前は一番大切なことを忘れている
……」
「た、大切なこと、だと?」
「そうだ」
「何を忘れているというのか――」
「笑顔だ! それも、心の中までのな!」
「心までの笑顔、だと?」

 魔王の眉がぴくっと上がる。
 
「そうだ。この赤ん坊は繊細だから周りの者の感情を敏感にキャッチする。魔王の不安や苛立ちも敏感に察知し、それが赤ん坊の涙となっていたのだろう」

 今、盛大に知識を語ってはいるが、学んで得た知識ではない。おそらくこれも、子育て能力のお陰だろう。

「やはり、我は勝てぬ運命なのか……今日も惨敗だ」

 魔王は崩れ落ちた。

「落ち込むことはない。お前には泣き止まそうとする気持ちがあった」

 俺は赤ん坊を抱っこしながら、魔王の肩をぽんと叩いた。モフモフの子らが魔王の周りに集まってきた。

 
「魔王、お腹空いた」
「魔王、ご飯!」
「だから、もうご飯できたって言ってるだろう! 手を洗ったら座れ!」

 魔王は子らに飛びかかられながら、明かりのついているダイニングルームの中へと入っていった。

――魔王は、子らに好かれてもいるな。

 モフモフの子と手を繋いでいる魔王の執事が俺の横に来た。抱っこをしたままの赤ん坊を眺めながら話しかけてくる。
 
「勇者様、赤ちゃんの扱い慣れすぎている……さすがです! はぁ、依頼して良かった……もう、リュオン様も寝不足だし。最近は特にイライラされており、自分も色々と精神的なダメージが。本当にもう、救世主です」

 執事の言葉を聞いて、はっとする。

 そうだった、今日は子育て仕事の件でここに来たんだった。そして、魔王が寝不足?

 魔王を追ってダイニングルームの中に入った。ちなみにこの部屋には魔王討伐の時にも入った。だからよく覚えている。広すぎて煌びやかな壁の装飾。そして高そうなテーブルと椅子……全てが立派で、贅沢な生活をしていて羨ましくもあった。あの時と一切変わらない。いや、あの時は綺麗だった床の状態が違う。床には毛やゴミが沢山落ちている……。魔王の顔を眺めると、目の下のクマが濃い。このクマは元々あったものなのか、前回はそこまで気にしていなくて分からない。けれど、今の魔王は寝不足状態で良くないことは分かる。

じっと眺め続けていると『少しでも休ませろ! 幼い子を育てるのは本当に大変なんだ。子育ては、子を育てる者の精神状態の安定が大切。周りが進んで協力を!』と、頭の中で風のような声が聞こえてきた。子育てはしたことがないが、まるで経験者のように何故か大変さが分かる。能力の影響なのか?

「魔王、ご飯を食べたらあとは俺に任せて少し休め!」

 そう言うと、魔王の表情が歪んでいった。