「よし。それじゃ、早速やるとしよう」
ぐっすりと眠り、スッキリした俺はぐっと気合を入れると、ネムを胸に抱きかかえる。
よしよしと撫でてあげると、ネムは嬉しそうに鳴き声を上げた。
可愛い。
「さて、まずはここにしようかな」
王都にある、貴族家の屋敷の様子を見て、タイミングが良さそうなところを見つけると、そう言う。
一番手に選んだのはエーベナム侯爵邸。ここは国王派って言う、国王が多くの決定権を持つべきだ~と主張する派閥に所属しているんだけど、ここの当主はかなりの人格者って調査したら出た。しかも、上級貴族。これなら発言力は大きそうだということで、期待させてもらうとしよう。
「さて、そこの様子はどうかな~?」
例にも漏れず、スライムを不法侵入させている。
しかも、バッチリ執務室にまで。
今は不在のようだし、置かせてもらうとしよう。
そう思った俺は、早速王都内にいるスライムを1匹、自身の元へ呼び出した。
そして、期待を込めて書類を3枚持たせると、執務室に待機させているスライムの元へ召喚した。
「よし。置いてくれ」
『きゅきゅ!』
スライムは俺の命令に頷くと、執務机の上に自然な感じで置いてくれた。
あとは彼が勝手にやってくれるだろう。
「じゃ、戻ってくれ」
そう言って、俺はそのスライムを自身の元に召喚する。
「さて、次はどこにしようかな……あ、ここ今なら行ける!」
そうして次に目をつけたのはクローナム公爵邸。
公爵っていうのは、王族の血族でないとなることができない、超絶お偉いさんだよ。
で、そこは貴族派っていう、貴族が相談して、多数決で物事を決めましょうね~と主張する派閥に所属している。
クローナム公爵家はその筆頭で、しかもそこの現当主はちゃんと人格者なんだよね。
と、言うわけで、早速送らせていただこう!
ただ、あそこって警備がマジもんにやばいんだよね~
執務室みたいな重要な部屋に行こうとすると、何か当主の護衛がピクッてするんだよ。
絶対、違和感ぐらいは感じ取られてたって!
ただ、不在である今なら行ける!
今の内に、執務室に向かわせよう!
俺は念のため変異種の小さいスライムを送ると、使用人の服に引っ付かせながら、執務室に向かわせる。
そうして執務室にスライムを入れた俺は、執務机に上がらせると、そこに書類を持たせたスライムを召喚する。
こっちには更に期待を込めて、5枚も送り付けてやった。
その後、俺は2匹まとめて自身の下に召喚する。
「さあ、この調子で他の貴族家にも送って差し上げようか……くっくっく」
俺は実にあくどい笑みを浮かべながら、ガリアの――否、フィーレル家の没落を想像するのであった。
◇ ◇ ◇
王都ティリアンの貴族街。
エーベナム侯爵邸の前に、1台の馬車が止まる。
「うむ。ご苦労であった」
そう言って、馬車から降りて来た初老の男性。
彼の名前はレティウス・フォン・エーベナム。エーベナム侯爵家の当主だ。
レティウスはカツカツと靴を鳴らしながら白い石畳の上を歩くと、屋敷に入る。
そして、多くの使用人たちに傅かれると、護衛、家宰と共に執務室へと向かって歩き出した。
こうして執務室に着いたレティウスは、護衛2人を部屋の前に待機させると、自身は家宰と共に執務室に入る。
「やれやれ。貴族派の連中が煩くて困る」
執務室に入ったレティウスは、扉が閉まるや否や、早速呆れたようにため息をついた。
「お疲れ様です。貴族派は利益と権利に貪欲な方が多いですからね」
「ああ。上級貴族――特にレリック卿がまともなお陰で、両派閥の溝が深くなりすぎていないのは、不幸中の幸いだ」
家宰の言葉に、レティウスはやれやれと肩をすくめる。
貴族派は貴族の権利が強くなる派閥とも言い換えられる為、自身の権力をより強大なものにしたいと企む下級貴族が多く入っている。
もっとも。派閥の中心に立つ貴族からは、身の程知らずだと内心呆れられているが……
「さて。今日中に今日の会議内容は纏めておかなくてはな」
「そうですね。私も微力ながら、力添えをしようかと存じます」
「ああ。頼んだ」
そう言って、レティウスは執務机の椅子に腰かけた。
そしてふと、机の上にあった書類に目が行く。
「ん? 何だこの書類は……?」
この書類を見た覚えはない。
一体何の書類なのだろうか?
そう思い、怪訝そうにしながらレティウスはその書類に目を通す。
そして、思わず息を呑んだ。
「な……何だと……ッ!?」
「お、落ち着いてください。どうされたのですか?」
レティウスらしからぬ動揺に、家宰も思わず慌てた様子でそう言った。
家宰の言葉で、少しばかり落ち着きを取り戻したのか、レティウスは深く息を吐く。
「これを読んでくれ」
そう言って、レティウスは1枚の書類を家宰に渡す。
家宰は不思議そうな顔をしながらも受け取ると、内容を確かめる。
そして、思わず目を見開いた。
「これは……本当ですか?」
いくらか沈黙した後、ようやく家宰は口を開く。
家宰の言葉に、他2枚の書類にも目を通していたレティウスが口を開いた。
「流石に出来過ぎている。しかも、ご丁寧にどこの貴族家へ送ったのかが裏に書かれていた。これからそこに連絡をしてみようと思う。私はこの情報を精査する。その間に、他家へ使いを」
「かしこまりました。至急、使いを送ります」
そう言って、家宰はどこかへ行ってしまった。
そして1人、残されたレティウスは3枚の書類を見比べながらぽつりと呟く。
「ガリア・フォン・フィーレル侯爵か……。確かに何かやりそうな雰囲気はあったが、まさかこれだけのことをしでかしている疑いが出るとはな。にしても、本当にこれは誰が置いたんだ?」
屋敷の警備は厳重だ。相当な隠密能力を持っている人でも厳しいと言わざるを得ないだろう。
そして、ここに書かれていることを真と置くのなら、この書類を置きに来た者は他の貴族家にも侵入したということになる。
しかも、その中にはクローナム公爵家も含まれていた。
あそこの警備は別格。
書類を運び込むのは、もはや外部の人間では不可能だ。
となると、この書類を多くの貴族家にバラまいているのはどこかしらの上級貴族と相当近しい関係にある人だろう。もしくは、その人本人か。
だが、それはそれで疑問が残る。
「何故、こんなに多くの貴族家にバラまいたんだ? しかも、派閥はバラバラだ」
裏に書かれている貴族家は、国王派から貴族派、それに中立派と、満遍なく書かれていた。
普通なら、自身が支持する派閥の人間にのみ、送るはず。
だが、そこには1つの共通点があった。
それは――
「各貴族家の当主は皆、評判の良い――人格者……か」
そう。そこに記載されている貴族家の当主は皆、評判のいい――いわゆる名君と呼ばれる類いの人であった。
醜い傲慢さを隠しもしないクズとは正反対……と言う方が分かりやすいだろうか。
となると、自然と浮かんでくるのは――
「確実にフィーレル侯爵家を落とすため……か」
これだけ多くの貴族家に――それも、名君と呼ばれるような当主がいる所に送れば、フィーレル侯爵家が没落するのは火を見るよりも明らかだ。
レティウスも、中立派最大勢力であるフィーレル侯爵家を没落させるのは――不謹慎ながらも、ありがたいと思った。
フィーレル侯爵家――のガリアは、表向きは国王派と貴族派の仲介役として活躍してきた……が、そこには国に対する敬意なんてものは全く無く、その対立を利用して、ただ己の利益と権力のみを追い求める、言うなれば貴族派の下級貴族と同じような思考をしていた。
あの有象無象と違うところは、”数学者”の祝福による計算能力と生来の頭脳を用いて、確実に利益を得ていたこと。
ただ、やり過ぎ感が否めず、近年は恨みを持つ――ほどではないが、気に入らないと思う人は増えつつあった。
いずれ、本気で恨む人が出てもおかしくはないと思うほどに――
「……ガリア侯爵を相当恨んでいる……か」
派閥関係なく、本気でフィーレル侯爵家を――ガリア侯爵を社会的に殺す。
そういう腹積もりなのだろう。
まだ分からないことも多い――が、今は細かいことを考えている暇は無い。
他の貴族家と連絡を取り合い、行動に移さなければ、最悪ガリア侯爵に逃げられる可能性も出てくる。
それは非常にマズい。
「はぁ……恨むぞ。誰かは知らないが……」
これから寝る間も惜しいと感じるほど忙しくなった自分を想像したレティウスは、この書類の送り主を思いながら、力なくそう言うのであった。
ぐっすりと眠り、スッキリした俺はぐっと気合を入れると、ネムを胸に抱きかかえる。
よしよしと撫でてあげると、ネムは嬉しそうに鳴き声を上げた。
可愛い。
「さて、まずはここにしようかな」
王都にある、貴族家の屋敷の様子を見て、タイミングが良さそうなところを見つけると、そう言う。
一番手に選んだのはエーベナム侯爵邸。ここは国王派って言う、国王が多くの決定権を持つべきだ~と主張する派閥に所属しているんだけど、ここの当主はかなりの人格者って調査したら出た。しかも、上級貴族。これなら発言力は大きそうだということで、期待させてもらうとしよう。
「さて、そこの様子はどうかな~?」
例にも漏れず、スライムを不法侵入させている。
しかも、バッチリ執務室にまで。
今は不在のようだし、置かせてもらうとしよう。
そう思った俺は、早速王都内にいるスライムを1匹、自身の元へ呼び出した。
そして、期待を込めて書類を3枚持たせると、執務室に待機させているスライムの元へ召喚した。
「よし。置いてくれ」
『きゅきゅ!』
スライムは俺の命令に頷くと、執務机の上に自然な感じで置いてくれた。
あとは彼が勝手にやってくれるだろう。
「じゃ、戻ってくれ」
そう言って、俺はそのスライムを自身の元に召喚する。
「さて、次はどこにしようかな……あ、ここ今なら行ける!」
そうして次に目をつけたのはクローナム公爵邸。
公爵っていうのは、王族の血族でないとなることができない、超絶お偉いさんだよ。
で、そこは貴族派っていう、貴族が相談して、多数決で物事を決めましょうね~と主張する派閥に所属している。
クローナム公爵家はその筆頭で、しかもそこの現当主はちゃんと人格者なんだよね。
と、言うわけで、早速送らせていただこう!
ただ、あそこって警備がマジもんにやばいんだよね~
執務室みたいな重要な部屋に行こうとすると、何か当主の護衛がピクッてするんだよ。
絶対、違和感ぐらいは感じ取られてたって!
ただ、不在である今なら行ける!
今の内に、執務室に向かわせよう!
俺は念のため変異種の小さいスライムを送ると、使用人の服に引っ付かせながら、執務室に向かわせる。
そうして執務室にスライムを入れた俺は、執務机に上がらせると、そこに書類を持たせたスライムを召喚する。
こっちには更に期待を込めて、5枚も送り付けてやった。
その後、俺は2匹まとめて自身の下に召喚する。
「さあ、この調子で他の貴族家にも送って差し上げようか……くっくっく」
俺は実にあくどい笑みを浮かべながら、ガリアの――否、フィーレル家の没落を想像するのであった。
◇ ◇ ◇
王都ティリアンの貴族街。
エーベナム侯爵邸の前に、1台の馬車が止まる。
「うむ。ご苦労であった」
そう言って、馬車から降りて来た初老の男性。
彼の名前はレティウス・フォン・エーベナム。エーベナム侯爵家の当主だ。
レティウスはカツカツと靴を鳴らしながら白い石畳の上を歩くと、屋敷に入る。
そして、多くの使用人たちに傅かれると、護衛、家宰と共に執務室へと向かって歩き出した。
こうして執務室に着いたレティウスは、護衛2人を部屋の前に待機させると、自身は家宰と共に執務室に入る。
「やれやれ。貴族派の連中が煩くて困る」
執務室に入ったレティウスは、扉が閉まるや否や、早速呆れたようにため息をついた。
「お疲れ様です。貴族派は利益と権利に貪欲な方が多いですからね」
「ああ。上級貴族――特にレリック卿がまともなお陰で、両派閥の溝が深くなりすぎていないのは、不幸中の幸いだ」
家宰の言葉に、レティウスはやれやれと肩をすくめる。
貴族派は貴族の権利が強くなる派閥とも言い換えられる為、自身の権力をより強大なものにしたいと企む下級貴族が多く入っている。
もっとも。派閥の中心に立つ貴族からは、身の程知らずだと内心呆れられているが……
「さて。今日中に今日の会議内容は纏めておかなくてはな」
「そうですね。私も微力ながら、力添えをしようかと存じます」
「ああ。頼んだ」
そう言って、レティウスは執務机の椅子に腰かけた。
そしてふと、机の上にあった書類に目が行く。
「ん? 何だこの書類は……?」
この書類を見た覚えはない。
一体何の書類なのだろうか?
そう思い、怪訝そうにしながらレティウスはその書類に目を通す。
そして、思わず息を呑んだ。
「な……何だと……ッ!?」
「お、落ち着いてください。どうされたのですか?」
レティウスらしからぬ動揺に、家宰も思わず慌てた様子でそう言った。
家宰の言葉で、少しばかり落ち着きを取り戻したのか、レティウスは深く息を吐く。
「これを読んでくれ」
そう言って、レティウスは1枚の書類を家宰に渡す。
家宰は不思議そうな顔をしながらも受け取ると、内容を確かめる。
そして、思わず目を見開いた。
「これは……本当ですか?」
いくらか沈黙した後、ようやく家宰は口を開く。
家宰の言葉に、他2枚の書類にも目を通していたレティウスが口を開いた。
「流石に出来過ぎている。しかも、ご丁寧にどこの貴族家へ送ったのかが裏に書かれていた。これからそこに連絡をしてみようと思う。私はこの情報を精査する。その間に、他家へ使いを」
「かしこまりました。至急、使いを送ります」
そう言って、家宰はどこかへ行ってしまった。
そして1人、残されたレティウスは3枚の書類を見比べながらぽつりと呟く。
「ガリア・フォン・フィーレル侯爵か……。確かに何かやりそうな雰囲気はあったが、まさかこれだけのことをしでかしている疑いが出るとはな。にしても、本当にこれは誰が置いたんだ?」
屋敷の警備は厳重だ。相当な隠密能力を持っている人でも厳しいと言わざるを得ないだろう。
そして、ここに書かれていることを真と置くのなら、この書類を置きに来た者は他の貴族家にも侵入したということになる。
しかも、その中にはクローナム公爵家も含まれていた。
あそこの警備は別格。
書類を運び込むのは、もはや外部の人間では不可能だ。
となると、この書類を多くの貴族家にバラまいているのはどこかしらの上級貴族と相当近しい関係にある人だろう。もしくは、その人本人か。
だが、それはそれで疑問が残る。
「何故、こんなに多くの貴族家にバラまいたんだ? しかも、派閥はバラバラだ」
裏に書かれている貴族家は、国王派から貴族派、それに中立派と、満遍なく書かれていた。
普通なら、自身が支持する派閥の人間にのみ、送るはず。
だが、そこには1つの共通点があった。
それは――
「各貴族家の当主は皆、評判の良い――人格者……か」
そう。そこに記載されている貴族家の当主は皆、評判のいい――いわゆる名君と呼ばれる類いの人であった。
醜い傲慢さを隠しもしないクズとは正反対……と言う方が分かりやすいだろうか。
となると、自然と浮かんでくるのは――
「確実にフィーレル侯爵家を落とすため……か」
これだけ多くの貴族家に――それも、名君と呼ばれるような当主がいる所に送れば、フィーレル侯爵家が没落するのは火を見るよりも明らかだ。
レティウスも、中立派最大勢力であるフィーレル侯爵家を没落させるのは――不謹慎ながらも、ありがたいと思った。
フィーレル侯爵家――のガリアは、表向きは国王派と貴族派の仲介役として活躍してきた……が、そこには国に対する敬意なんてものは全く無く、その対立を利用して、ただ己の利益と権力のみを追い求める、言うなれば貴族派の下級貴族と同じような思考をしていた。
あの有象無象と違うところは、”数学者”の祝福による計算能力と生来の頭脳を用いて、確実に利益を得ていたこと。
ただ、やり過ぎ感が否めず、近年は恨みを持つ――ほどではないが、気に入らないと思う人は増えつつあった。
いずれ、本気で恨む人が出てもおかしくはないと思うほどに――
「……ガリア侯爵を相当恨んでいる……か」
派閥関係なく、本気でフィーレル侯爵家を――ガリア侯爵を社会的に殺す。
そういう腹積もりなのだろう。
まだ分からないことも多い――が、今は細かいことを考えている暇は無い。
他の貴族家と連絡を取り合い、行動に移さなければ、最悪ガリア侯爵に逃げられる可能性も出てくる。
それは非常にマズい。
「はぁ……恨むぞ。誰かは知らないが……」
これから寝る間も惜しいと感じるほど忙しくなった自分を想像したレティウスは、この書類の送り主を思いながら、力なくそう言うのであった。