ロストソードの使い手

「ユウワさん……!」
「マジか」

 もう言葉にした以上それを撤回する事は出来ない。後方からは感極まった声と少し驚きの声が背中にかかる。

「勇者だぁ? 何をふざけた事を……」
「僕は本気です。彼女が僕を勇者だと思ってくれている限り、その期待に応えたい。例え霊だろうと、彼女に危害を加えるなら戦います。それが僕の答えです」

 これは未練の解決のためだけじゃない僕の意志だ。
 コノはお姫様ではないし、僕も勇者と名乗るほどの人間でもない。だからこれは幼稚な真似事でしかないのだと思う。それでも、コノの純粋な想いに触発されて、自分も勇者になりたいと言えた。
 もし神様が聞いていたら怒られてしまうだろうけど、この選択肢を選んだ。

「そうかよ」

 リーダーは感情を失ったように無表情となって、吐き捨てた。

「勇者だとか言っているが、俺らからしたらテメェは死神だ。目的を果たすまでは魂を奪われる訳にはいかねぇ」
「死神……」

 そんな事をはっきりと言われ、心臓が少し冷えた。けれど、彼から見たらその表現になるのだと冷静に理解できるけど、どうしてもショックはあって。
「話は終りだ、後は拳でやり合うだけ。そうだろ?」
「そう……ですね」

 彼は一気に臨戦態勢になって、僕を捉えて離さない。それに応じてこちらもロストソードを強く握った。

「ユウワ、オレも援護する。思い切り戦え」
「が、頑張ってください」
「奴如きおぬしの相手ではあるまい」
 三人からそれぞれ応援を貰って、僕は剣先を自分に向けて突き刺した。
「ギュララさん、力借ります!」
「ぶっ潰す!」

 全身にギュララさんのパワーで満ちて、身体の一部もデスベアーのような姿に変化した。

「おらぁぁぁ!」

 それを終えた瞬間には、リーダーがすでに間合いを詰めていた。鋭い右手にある爪が首に向かって飛んでくる。

「見えた……はぁぁぁ!」
「ぐぉっ」

 ギリギリまで引きつけ、最小限の動きで回避。がら空きになった側面にストレートに拳をぶつけた。浅い手応えと共に銀色の身体を後方に吹き飛ばす。

「バーニング!」
「スパーク!」

 リーダーが態勢を立て直そうする隙を逃さず、ホノカとオボロさんの呪文が放たれる。

「がぁぁぁぁ」

 連続火球が焼き尽くし、青白い稲妻が切り裂いて、苦悶の絶叫を上げて倒れ込む。

「や、やってくれるじゃねぇか……だが、こんなんじゃ終わらねぇ!」

 死に物狂いに接近してくる。その殺意と己を顧みない勢いに少なからず気圧されてしまう。

「シルバークロォォォォ!」
「止めるっ」
「なぁ――」

 銀色に輝く爪は僕の身体に辿り着くことはなかった。その前に腕を掴んで、抵抗されるも今の僕の力に敵うはずもなくて。

「とりゃぁぁぁぁ!」
「ぬぐぉ!」

 ハンマー投げのようにぐるぐると回転して振り回し、軽々投げ飛ばした。リーダーは人形のように宙を舞った。

「フレイム!」
「サンダー!」

 受け身も取れず地面に叩きつけられた直後に、追撃の炎と雷の魔法が浴びせられる。先程よりも威力は低いものの、クリティカルにヒットした。

「がぁ……はぁ……はぁ」

 ふらふらと立ち上がる。ダメージが入っているのかリーダーの身体はさっきよりも薄くなっていて、身体の節々が黒くなっていた。

「諦めろ、オレ達には勝てねぇよ」
「黙れ、この程度で折れるかよ!」
「勝機があるようには思えぬがな」
「……くくっ。それはどうかな?」

 リーダーは不敵に笑う。彼の瞳には燃えるような強い光があって、ただの強がりには思えなくて。

「ユウワさん、気をつけてください」
「う、うん」

 何をしてくるかわからない。僕は相手の動きをしっかりと観察し続けた。

「そろそろ……か」
「……っ。まさか」
「終わりの始まりだ!」

 一瞬、彼の表情に寂寥の影が滲んだ。そして、どこか震え声混じりに叫ぶと徐々に闇に侵食されるように身体が変化していって。

「やべぇ。……バーニング!」
「スパーク!」

 ホノカとオボロさんが、急速に魔法を唱えて発動。すでに下半身が黒に染まって、動かないでいるリーダーに中程度の雷と大量の火球が襲いかかった。

「……」
「やったか!?」
「それ、フラグ……」

 ホノカが死亡フラグだけでなく、また新たなフラグも立ててくる。

「み、見てください」
「……まじかよ」

 魔法の連撃が終わって、リーダーの姿が見えてくる。

「アアアァァ……」

 そこには、もうあの銀色の毛皮は跡形もなく漆黒に包まれていた。まるで影が立体化したような姿でいて、黒と紫が混じったおぞましい色合いでいる。完全にフラグを回収してしまった。

「やっぱりだ」
「くそっ、完全に倒したと思ったのに!」
「オオオオォ」
「勝機とは亡霊化であったか。愚かな真似を……」

 もう言葉を喋ることはなく、苦悶に満ちた呻き声を上げるだけで。

「……バーニングじゃ駄目なら」
「オオォォォ」

 まだ動かないで突っ立っている亡霊に向けて、再度魔法を放つ準備をしだす。

「炎カ獄ラシ絶レヤガ煉シヨイ熱リ灼ス……」

 僕の後方から長々とした呪文を唱える。更にはその威力のせいか発動前でも空気が振動して、不思議な感覚がビリビリと肌に伝わって。

「インフェルノぉぉぉぉ!」

 空気を破るような叫びと共に紅の巨大な火球が地面を抉り、着弾。亡霊の身体を飲み込み、そして大爆発した。

「はぁ、はぁ、これならどうだ?」

 今回ホノカはフラグを立てる事はせず、心配そうに亡霊の方を見る。
 砂埃が収まり視界がはっきりして結果が映し出される。そこには床で伏している亡霊がいて。

「おいおい、マジかよ……」
「嘘でしょ……」

 ふらふらと気だるげな様子で立ち上がった。そして、その顔の部分をこちらに向ける。それは恐らくホノカの方のようで。

「アアアァァァ!」
「こっちに……」
「ホノカ、下がって!」

 亡霊は仇敵を見つけたような雄叫びを上げ、突然走り出しホノカに向けて跳躍。爪を紫の混じった銀色に鈍く輝かせてる。

「はぁぁぁぁ」

 着地点に割り込み右手に力を溜める。殺人的な爪は赤黒く染まり周囲の空気を揺らすエネルギーが溜まっていく。

「デスクロー!」

 二色の爪が正面衝突。激しい光と衝撃に包まれる。

「つ、強い……」
「アアアア!」
「うぅ……」

 半亡霊の時とはパワーが桁違いに違う。ギュララさんの力を借りてもほぼ互角。押し負けないよう何とか踏ん張る。

「ユウワさん!」
「っ」
「オオォ?」

 コノの声を背に受けて、デスクローの出力を上げる。徐々に技のぶつけ合いの均衡が破れて。

「う、うおぉぉぉ!」

 デスクローが上回った。亡霊の攻撃を弾き返して、宙を舞った亡霊は受け身も取らず地面に叩きつけられた。

「ぐっ……ぜぇ……ぜぇ」
「だ、大丈夫ですか!」

 技を終えた瞬間に、何時間も走ったような疲労感が一気に押し寄せてきて、思わず片膝をついてしまう。不安そうなコノが近寄って顔を覗き込んでくる。

「まだ、いける。それより……」

 仰向けに倒れていた亡霊は何事もなかったかのように起き上がった。表面上には変化は見られない。

「そう簡単にはいかないようだ」
「あれが亡霊の力ってことかよ」
「そんな」
 オボロさんは冷静ではあるものの、その声はどこか張り詰めていて。ホノカも焦燥と圧倒された様子でいる。

「アアアア」
「……まずい」

 最大火力が大したダメージにならない。その現実と疲れで足元が揺らぐ。そんな僕を嘲笑うように亡霊は脱力したような姿勢でこちらに顔を向けてきた。
「アアアア」

 亡霊は狙いを定めたように僕に爪を向けてくる。どうやらターゲットはホノカから僕へと移ったようだ。

「もしかして攻撃した相手に反応してるのかな」
「みたいだな。今はお前を狙ってるぞ」
「それなら攻撃をしなければ無害なんじゃ?」
「いや、今はそうだが亡霊はいずれあらゆる生命体を破壊し尽くす怪物となる。被害を抑えるため倒すなら今しかないだろう……」

 振り返るとオボロさんが苦しそうに片膝立ちになっている。

「じいちゃん大丈夫か」
「魔力を使いすぎたようだ。すまぬが回復するまで頼んだぞ」
「わ、わかりました」
「ユウワさんは心配せず相手の事を。コノが回復魔法をかけますから」

 そう言って彼女はオボロさんに触れて回復魔法を発動。ホノカも強力な魔法の反動からか直ぐ側で呼吸を整えている。
 僕も休みたいところだけど、そうも言っていられない。身体に鞭を打って力を入れ直し立ち上がった。

「……はぁ!」

 地面を強く蹴って亡霊との距離を縮める。そのリアクションで亡霊も同じく走り出した。

「アアァァァ!」

 強くなってるとはいえ、動きに変化はない。見切って最小限の動作で回避し、反撃の拳をぶつける。

「オオ?」
「くっ」

 だけど怯む様子もなく再び襲いかかってくる。そしてまたカウンター、再起、カウンター。そう繰り返す。
 しかし効かない。まるで手応えがなくてまるでゾンビだ。まぁ亡霊はそれと同じような存在だろうけど。

「ぜぇ……ぜぇ……」

 ギュララさん状態は長くは持たない。このままだとジリ貧で負けてしまう。

「アアアア!」
「デス……クロー!」

 意志のない突撃に身体を後ろに傾けて避けて、間髪いれずに赤黒い爪を振り下ろした。

「オオォォォォ!?」

 少しの手応えと共に亡霊を地面の上を滑らせる。

「がぁっ!?」

 技を終えると同時に心臓に鋭い痛みが走る。思わず座り込んでしまう。

「ユウワさん!」
「き、来ちゃ駄目だ。まだあいつは……」
「ウウウゥゥ?」

 案の定普通に起き上がってしまう。ただ多少のダメージは入っているのか、身体を気にしている素振りを見せた。

「デスクローを当てても駄目なんて……」
「ユウワ、オレが引き付ける。その内に少し休んどけ」
「た、助かるよ。無理はしないでね」
「フレイム! こっちだ、亡霊野郎!」

 復活したホノカが僕の前に出る。それから魔法をぶつけて注意を引くと、僕達から亡霊を離すように動き回り攻撃し続けた。

「ユウワさん、どこが痛みますか、」
「し、心臓の辺りが少し。それに結構な疲れがあって」
「ええと、効くかはわからないですけど魔法かけますね。ハイヒール!」

 コノの手が僕の左胸にそっと置かれて、そこから出る優しい緑の光に包みこまれる。少しすると、疲労感の方は和らいできて、荒くなっていた息も整ってきた。

「どうですか?」
「少し楽になった。ありがとう」
「その、無茶はしないでくださいね」
「わかってる。生きて必ずコノを守るから」

 深呼吸を一つ。気を入れ直して僕は再度足腰に力を込めた。

「ぐぉ!?」
「ホノカ!」

 そして戦線に復帰したその入れ替わりにホノカがコノの方へと吹き飛ばされ、地面を転がった。

「オレは大丈夫だ、気にせず戦え!」
「うん!」
「オオォォ」

 生半可な攻撃じゃあ通用しない。限りある回数のデスクローを確実に当てていって倒すしかない。
 今はホノカの方にヘイトが向かっていて、目の前に立つ僕には無防備でいる。チャンスだ。

「っ……デスクロー!」

 ホノカへと迫る亡霊に全力の一撃を叩き込んだ。こちらに眼中にない亡霊に当てるのは簡単で確実にぶつけられ、吹き飛ばした。

「がぁぁ……!」
「ゆ、ユウワさんっ!」

 焼きつくような心臓に激痛が走り、声を出した時血を吐くのではないかと思うほどだった。全身に脂汗がダラダラと垂れて、意識も揺らいだ。

「……オォ」
「まだ……だめか」

 技を喰らった亡霊は余裕そうに地面を両足で踏みしめていて、ぶつけた方であるこっちが膝をついて痛みに苦しんでいて。
 そんな僕に狙いを変えたように影が迫ってくる。

「ま、まずい」
「我が援護する。サンダー!」
「アァ?」

 稲妻がほとばしる。それを受けた亡霊は光の源流の方へと意識がそれた。

「ち、チャンスだ……」

 よろよろと真っ直ぐに身体を立たせた。すでに意識にモヤがかかりだして、息もしづらくなっている。それでも、これでないと止められないんだ。

「ユウワさん、無茶は駄目です!」
「で……デス……クロー」

 コノ声を振り切ってエネルギーを溜め込んだ。絶大な力に染まっていく。

「うぉぉぉ!」
「オオォ?」

 更に威力を高めるため加速して亡霊に肉薄。そして、隙だらけの身体に右腕を大きくアッパーに振りかぶって。

「なっ」
「ムダ……ダ」

 オボロさんを見ていた顔が僕の方に向いた。その一瞬、デスクローは空を切った。

「シルバークロー!」
「しまっ……」

 闇に飲まれていた爪が鈍く銀色に瞬き、それが恐ろしい速度で襲いかかってくる。

「ぐぅぅぅぅぅ」
「ユウワ!」
「ユウワさん!」

 反射的に左腕でそれをガード。引き裂かれ意識がショートしたかのように真っ赤に点滅する。身体が衝撃に弾かれて、地に転がされ全身を打ちつけた。

「があぁぁぁぁ!」

 それと同時に受けた傷を消し飛ばす、心臓を握りつぶされたような苦痛が脳天を貫いた。瞬間、力が失われて身体が元に戻ってしまって。

「ぁぁぁぁ……」
「オワリダ」

 亡霊が僕を見下ろす。でも、もはや何も考えられない。痛い、痛い、痛い、苦しい、苦しい、苦しい。それだけが思考を満たした。

「させるかよ! バーニング!」
「恩人を死なす訳にはいかぬ! スパーク!」
「チッ……メンドウナ」

 意志を持ち出し亡霊は連続で放たれる魔法のダメージを嫌って後ろに飛び退いた。

「今助けます! ハイヒール!」
「うぅぅ……」
「今度はオレ達の番だ。どうやらあいつは面倒な状態になったらしい」
「うむ。破壊の怪物になりかけのようだ」

 コノに再び回復魔法をかけてもらい、次第に意識がはっきりしてくる。そして腕の出血とその痛みも段々と弱まる。ただ、ギュララさんの力の反動の疲れと痛みは健在で。

「こ、コノ……早く戻らないと……」
「む、無理ですよ! もう身体がボロボロです!」

 僕を見るコノは泣きそうな顔でいて、全力で止めようと頭を横にふる。

「でも……このままだと」
「ぐはぁっ!」
「ぬぉぉ!」

 亡霊に立ち向かったホノカとオボロさんが、僕と同じようにやられて近くに倒れ込んでしまう。

「コノテイドカ。後は……」
「ひっ……」

 亡霊は、次はお前だとコノを指で指し示した。そして、一歩ずつ死をもたらそうと迫ってくる。

「させない!」
「う、動いちゃ……」
「僕はコノの勇者なんだ。命に代えてでも守る!」

 僕は気合で身起き上がりロストソードを手に持って、亡霊と対峙した。

「駄目……逃げて」

 ギュララさんの力が使えない僕が真っ向から戦えば間違いなく負ける。それに、ホノカとオボロさんの援護も期待できないそんな絶望的状況。

「大丈夫、必ず勝つ」

 だけど唯一で、そして確かな勝ち筋を僕は信じていた。

「……来たっ」
「ナニ?」

 亡霊の背に水の魔法が放たれた。まさに冷水を浴びせられた亡霊は、後ろを振り返る。

「またせたな!」

 そこにはサグルさんを含めた多くの村の人達がいた。信じていた応援が来てくれた。
「み、皆……来てくれたんだ」
「おせーよ」
「だが助かったぞ。流石は我が村のエルフ達だ!」
 
 ホノカもオボロさんも無事のようでゆっくりと立ち上がり、コノも含めて救援に来てくれた村人達を安堵の瞳で映していた。

「スベテケス!」

 亡霊は方向転換して村人の集団に突っ込んでいく。だが彼らはそれに怯む様子は一切なくて。

「放て!」
「「「おおっ!」」」

 サグルさん凛々しいかけ声と共に、村人達は一斉に色とりどりの魔法を亡霊に放った。

「グォォォォ」

 炎、水、氷、風、雷、地とあらゆる属性の魔法の雨あられが亡者に降り注いだ。

「ォォォ……」

 流石の亡霊も全ての魔法を受ければ相当なダメージが入ったようで、苦悶のうめき声とバランスが崩れ地面に膝をついた。

「ヒカゲくんこれを! ウインド!」
「うわわっ」

 サグルさんの風魔法で飛ばされたのは虹色のストロングベリーだった。僕はすぐさまそれにかぶりつく。緊張状態でもそのとろける甘さを感じれて少し心身がリフレッシュ。そして少しすると反動で起きていた痛みや疲れが体内から減っていき、同時に力がみなぎってくる。

「今の内に回復を!」
「ツ、ツブス……」
「また動き出したぞ! 皆、魔法を撃て!」

 亡霊がまた態勢を整え出している中、反撃を許さないよう全員で高速で魔法を詠唱して、一人一人が各々のタイミングで発動。

「ウゴォォォ……」
「オレ達も加勢するぜ!」
「我も最後の力を振り絞るとしよう!」

 目の前で闇を消し去ろうとカラフルで恐ろしい破壊力が猛威を振るっている。僕もその一つになりたいけど、まだロストソードの力を発動するには足りなくて。

「ユウワさん、まだ駄目ですか?」
「うん。もう少しなんだけど」
「……わかりました。少しじっとしていてください」

 コノはエメラルドの瞳を閉じると、深呼吸を挟んで集中。次第に強力な魔力がある時に感じる空気の振動が起き出して。

「リ命シイ生ヲ癒ノスヨ魂カ休ミ……」

 その呪文はとても長くて、それは今まで聞いたことがなくて。ただ、相当高度な魔法だと直感的に理解できた。

「ウルトラヒール!」

 コノの両手が僕の胸に触れると、大きな緑の光に僕の身体が満たされていく。くるまれたような安心感と温かみに覆われて、心身が癒される。そしてその光がなくなると、まとわりついていた疲労や苦痛を吹き飛ばされていて、晴れやかで清々しい。今なら全力を出せる気がしてくる。

「こ、コノ!」
「うぅ。や、やりました。成功……しました……」
「今のって?」

「ふふっ。密かに、練習していたんです。難しい回復魔法」

 魔法が終わると力が抜けたように僕の方に倒れ込んできて、両肩を掴んで受け止めた。

「大丈夫?」
「は、はい。魔力を沢山使ったからちょっぴり疲れちゃったみたいです」
「ゆっくり座って」

 急に倒れないよう彼女を支えて地面に座らせる。相当な力を使ったのだろう、完全に脱力してしまっていた。

「どう、です? コノの魔法、役に立てましたか?」
「もちろんだよ。おかげで全力を出せるようになった」
「良かった……」

 表情筋にも力を込められないのか、ほわっとしてゆるゆるの安堵の笑みを浮かべた。

「コノの分まで頑張ってください……コノの勇者様」
「いってくるよ」

 コノの力を借りて僕はようやく戦線に復帰する。すでに亡霊は繰り返し総攻撃を喰らっていて身体も徐々に薄くなっていた。
 とどめを刺すなら今だ。僕はロストソードを自分に突き刺し再度ギュララさんの力を纏った。

「ココデ……オワル……ワケニハ」
「……ごめんなさい。もし、森に入りあなた達と交流を深めようとしていたらこんな結果にはならなかったかもしれません」

 コノを守るのに必死で彼らにまで手を差し伸べられなかった。これは僕が無力だったせいで。これからずっと背負っていかなくちゃいけないんだ。

「終わりにしましょう」

 右の爪が血のように赤黒く染まっていく。破壊的なエネルギーが溜まっていく。胸に残った悔恨が溢れていく。

「デス……クロー!」

 地面を蹴り飛ばし瞬時に距離を詰めた。亡霊は度重なる攻撃の嵐にふらふらと動けないでいる。

「はぁぁぁぁ!」

 そんながら空きの身体に下から上へと腕を振り上げた。爪が亡霊を斬り裂き、そして空へと吹き飛ばす。

「グゥゥゥ……」
「くっ……あ、あれは」

 技を放ってから反動として再び大きな疲労感に襲われ、変身を解除。空を見上げ亡霊の様子を見ると、青の上を翔ける影が見えて。

「ピャーッ!」
「グリフォドール……」

 またこのタイミングで現れたのは、鷹の顔と翼を持ち、ライオンのような身体と猛獣の手と鋭い爪を持ち合わせるグリフォドール。僕をこの島に攫ってきた元凶。随分とリーダーを気に入っているのか、何度も連れ去ろうとしている。

「まずい、このままだと逃げられる!」
「させるかよ! 炎カ獄ラシ絶レヤガ煉シヨイ熱リ灼ス……」

 ホノカが両手をグリフォドールに向けると、強大な魔力を身に宿し、長い呪文を唱える。

「インフェルノぉぉぉぉ!!!」

 全身全霊の叫びと共に人間を何十人も飲み込めそうな巨大な深紅の火球が天に放たれた。

「ピャッ……」
「オワ……ル」

 着弾。瞬間、青い空に真っ赤な爆発が彩られた。その爆風はこちらまできてジリジリとした熱が伝わってきた。

「や、やったぜ……」
「ホノカ、大丈夫?」
「ああ。ちょっと全力出しすぎたわ」

 コノと同じくホノカも地面に倒れ込んだ。でも、やり切ったと清々しい表情で空を見上げている。

 魔法の余韻が消えると、空から真っ暗焦げのグリフォドールと亡霊が落下。前者はもう動く気配がなく、後者は徐々に身体の輪郭が崩れていった。

「ミンナ……イマ……ソッチニ」

 そしてその一言を最後にソウルとなって空へと昇っていった。

「……」

 僕はソウルが見えなくなる最後まで顔を上げ続けた。ロストソードの使い手としてこの経験を忘れないようにするために。
 記憶に焼け付けた情景は美しく朱に染まっていた。
 戦いが終わると少しの間、村の皆は撃退したことき喜びを分かち合っていた。その中の中心人物はホノカとコノだ。まずはサグルさんやリーフさん、イチョウさんと無事であった事を喜び、そこからぬいぐるみを作りのおばさんやいつも食べ物をくれるおじさんなど、他の村の人々に声をかけられ祝われていた。

「……」

 ただ、僕はどうしてもそんな気にはなれず休みたいと言って遠くでその光景を眺めていた。

「浮かない顔をしているな」
「オボロさん……」
「やはりおぬしは優しく真面目だ」
「……」

 オボロさんは地面の上で体育座りでいる僕の隣にズシンとあぐらをかいて腰掛けた。

「きっと満足の結果でなかったかもしれぬのだろうな。しかし、おぬしは彼女達を守るという仕事を果たしたのだ。だから、必要以上に自分を責めてはならぬぞ」
「わ、わかりました」
「うむ。それとだな……ホノカとコノハを守ってくれて感謝する」
「それが僕の仕事だったので」

 少し救われた気持ちになる。改めてホノカとコノを守りきれたのだと実感できたから。

「だが、まだ終わりではない。そろそろ祈りを再開しなければな」
「ですね」

 忘れそうになっていたが、まだ祈りは終わっていない。オボロさんは立ち上がり村の人々に戻るよう促した。僕も彼らと共に一旦この場から離れることに。

「流石はロストソードの使い手だよ!」
「カッコよかったわー!」
「まさに村を救った勇者だな」
「あ、ありがとうございます」

 戻る際に僕は村の人達から褒め殺しに遭っていた。高い密度の中に高温の言葉を与えられ続けて、恥ずかしさに身体の芯から熱くなってしまう。

「やっぱりつえーんだな!」
「ですです、凄くカッコよかったです!」
「お兄さん、あれならもうコノハお姉さんを落とせたね」
「あはは……ありがとうね」

 その中には三人組の子ども達もいた。彼らもあの戦闘に参加してくれていたらしい。少し心配になるけれど。

「ふぅ……」

 彼らはそのまま祭りの会場へと戻っていた。僕は元いた立ち位置で一人待つことに。リーダーを倒し、村の中に襲いかかってきたウルフェン達も退治されたらしいが、まだ完全に油断はできない。
 なのだけど、大一番を乗り越えたことで力が抜けきっている。この二週間、どんな時でも無意識の内でも気を張っていたのだろう、どっと精神的な疲労が安心感と共に押し寄せてきた。
 それによって地面に座り込んで空を見上げる。もうオレンジ色の空の勢力が藍色に侵略されていて、一日の終わりが近づいていた。身体を撫でる風も少し冷たくなっている。
 顔を上げたまま、今までの短いようで長かった村での日々を振り返った。
 異世界で知り合いもいなくなって、今も思えば中々危機的状況だったけど、コノ達に出会えて、何とか生き延びる事が出来た。それからロストソードの使い手として動きながらも彼女達に助けられながらエルフの村を過ごした。
 回想は瞬時に流れる。けれど、その中身にはぎゅっと濃密な時間が詰められていた。

「ユウワさーん」
「終わったぞー」

 気づけば空は藍色に染め直されていた。振り返るとコノとホノカが明るい表情でこちらに手を振っている。

「よいしょっと……大丈夫だった?」
「はい! 無事に成功しました!」

 お尻に付いた土を払って腰を上げる。コノはやり切ったという爽やかな様子でいた。

「コノハ、ちょこちょこ動きが怪しかったけどな」
「うっ。で、でも何とかやれたもん。それにホノカだって緊張でガチガチだったじゃん」
「た、確かにそうだけど……ミスってはないから」
「それならコノだってそうだし」

 喜び合うと思えば、ちょっとした言い合いが開始される。これも仲の良さがさせるのだろう、微笑ましさがあった。

「これこれ、不毛な言い合いは止めるのだ。どちらもしっかりと仕事をやってのけたぞ」
「ええと、本当に大丈夫なんでしょうか……。自信ないです」
「オレも自信ないんだが」
「安心しろ問題ない。それに、今からその証を見に行くのだ」

 オボロさんを先頭に村の中心へと進んだ。近づくにつれて徐々に村人達の楽しげな声や活気、祭りの騒がしさが聞こえてくる。

「あれ、いつもならもう終わっているのに……」
「じいちゃん今年は長いのか?」
「いや、そんな話はなかったが……っと着いたぞ」

 村の真ん中に位置して神木がある場所に訪れる。そこには、それを夢中に眺める村人が多数いて、僕達もその中の一人になった。

「……綺麗です」
「すっげぇ」

 薄暗くなった空間に神木の虹色の葉が美しく輝いていた。それは神秘的なイルミネーションのようであり、どんな人でもつい目を奪われてしまう。どんな闇の中でも失われない強さと感情を震わす儚さを合わせ持っていて、暫く息を呑んで瞳に焼き付け続けた。

「二人は知っていると思うが、祈りの後はこのように光を放つ。これで安心しただろう」
「はい……本当に良かったです」
「ああ、マジで良かった」

 ようやくという様子で、互いに安堵のため息をついて笑い合う。

「おーす、成功したみたいだなー」
「サグにぃ! コノ、やったよ!」
「良く頑張った。ホノカもな」
「普通に余裕だったわ」

 すぐに強がるホノカにコノが苦笑する。サグルさんもそれがわかっているのか優しく微笑む。

「ねぇサグにぃ。もしかしてまだ祭りやってるの?」
「ああ。ウルフェンの騒ぎで中断してたからな。まだ時間があるから沢山遊べるよ」

 それを聞いた瞬間にコノとホノカの瞳に喜びの灯火が宿る。そしてコノは僕の手を、ホノカはオボロさんとサグルさんの腕を掴んで。

「「よしっ行こう!」」
 僕達は声を弾ませた祈り手二人に村の南へと連れられる。オレンジ色の感情の光で満ちる祭りの中へと。
 コノとホノカは村の祭りを全力で楽しんだ。一緒に屋台を回って、歩きながら食べ物を食べたり、魔法を用いた射的や輪投げなどのゲームをしたり、村人の人達とリズムに合わせて踊ったりと。祭りの醍醐味を存分に味わい尽くしていった。

「ふふっ楽しいねホノカ!」
「ははっ、そうだな」

 二人はずっと幸せそうに笑顔でいる。それは単純に嬉しいだけじゃなくて、最後だからこそ一瞬一瞬を大切にしているからだろう。

「ユウワさん、お祭りどうですか?」
「賑やかでいいんだけど……」
「何かあるのか?」
「いや、二人が持ってるそれさ……」

 彼女達の手には魔法の射的で手に入れた僕のぬいぐるみがあった。

「まさか、互いにユウワのぬいぐるみに当てちまうとはな」
「えへへ、そうだね。でも、コノ的には最高だし、お揃いだし良かった」
「でも、本人として微妙な気持ちみたいだな」
「いや、どんな顔をすればいいのか……」

 一緒に祭りを楽しんでいる女の子二人が僕の顔をしたぬいぐるみを持っているというこの状況。残念ながら非現実的過ぎて、脳が処理する事が出来なかった。

「もっと笑って全力で楽しみましょう! まだまだ時間はあるので!」
「外の人間は中々この祭りに参加できないんだからな」
「……うん、そうだね」

 まだ気持ちの切り替えが上手くいっておらず、どこか第三者のような視点でいた。でも、二人は当事者として扱ってくれていて、それを無下にしてはいけない。

「よしっ!」

 そう思ってから僕は頭を空っぽにして祭りに向き合った。

「そろそろですよ」
「……何か始まるの?」
「まぁ見とけよ」

 それから何時間経っただろうか、次第に祭りの騒がしさが沈静化しつつあって、終わりの出口が見えてきた。そんな中で、多くの村人共に僕達は村の中心へと訪れていた。周囲の人達は神木よりも高い夜空に目を向けていて。

「来たっ」
「……!」

 ふと、紅の丸い閃光が音を立てて夜空を切り裂いた。そしてある程度の高さに来ると爆発。小さな赤い火花が藍色の空のキャンパスの上に美しく咲き誇って、儚く散った。
 それは僕にも馴染み深い花火と同じようなものだった。違いといえばそれが魔法で作られているくらいだろうか。

「わぁ……」
「凄い……」

 最初のものを皮切りに続々と魔法が打ち上げられていった。シンプルな炎の魔法の花火だけじゃなく、水魔法や雷魔法作られたもの、さらには様々な魔法を複合的に放ったものと多種多様な花火が村の空に描かれ続けた。

「きれーい」
「そう……だな」

 隣にいるコノの瞳の中には色々な光がキラキラと映し出されていて、奥にいるホノカはそんな彼女を捉えている。

「……」
「おぉ……」

 最後だというように沢山の花火が絶え間なく連続で放たれる。それに皆は釘付けになっているが、一人だけは別のものをずっと見続けていた。それは光が無くなって、暗がりの中に入ってもなおずっと。

「綺麗だったね、ホノカ!」
「ああ……すげぇ綺麗だった」

 その花火がこの祭りの最高潮であり終わりの合図でもあった。
 最高潮の盛り上がりから、その余韻を楽しむようにしばらく村人同士の交流が行われる。だが夜も遅く次第に村人はそれぞれの家へと戻っていってしまい、密集していた事による圧力が急速に薄れていく。

「終わったんだな」
「ね、あっという間だった」
 暗闇が持つ優しい静けさに包まれて、寂しさと心地良さが身体を覆われる。
「……」
「……」

 無言の時間が流れる。二人は目を合わせる事なく神木を見上げていた。光魔法で周囲を淡く照らされており、そんな状態の中僕は彼女達を後方で眺める。風に揺らされて神木が虹色の葉で囁いていた。

「ねぇホノカ」
「あなさ、コノハ」

 二人が同時に覚悟を決めたように顔を見合わせ呼びかけた。完全に同じタイミングで声がかぶる。

「ふふっハモっちゃったね」
「……だな」

 コノは嬉しそうに、ホノカは恥ずかしそうにはにかんだ。

「えっと、どっちから言おうか」
「うーん。じゃあ、ホノカからどうぞ」
「わ、わかった……」

 コノがホノカに譲る。一緒ピリッと張り詰めた空気は弛緩していて、微妙な雰囲気になってしまった。

「こほん。それで……話っていうのはだな……えーと……っ」

 咳払いを一つ挟んで本題へ。しかし、勇気が出ないのか言葉が続かない。僕はそれに、助けたくなってしまうものの抑えて見守った。

「……ふぅ。悪い、ちょっと緊張しててさ」
「大丈夫だよ、待ってるから」
「サンキュー。よしっ!」

 ホノカはパチンと顔を叩いて気合を入れ直した。そうして、一歩コノの方に踏み出して重い口を開く。

「実はさ、オレ未練について嘘を言ってたんだ」
「それって……」
「ああ。祈り手としての役割を果たす、それは本当の未練じゃない。……ごめん、嘘を言っていて」
「ちょ、ちょっと待ってよっ」

 謝罪の意を示すように頭を下げる。それを受けたコノはたじろいでしまっている。

「あ、頭を上げてホノカっ……その、コノも嘘をついていたの。……ごめんなさい」
「……え」

 コノにそう秘密を伝えられて、弾かれるように顔を上げた。

「ホノカと同じなの。本当の事を言えなくて、祈り手を言い訳にしてた」
「あはは……そんな所まで一緒なのかよ」
「そうだね、幼なじみだからかな?」
「かもな……でもオレはそれで終わりたくない」

 ふとホノカが纏う空気感が変貌する。それを察したのかコノの表情にも緊張が走った。

「ホノカ?」
「これを受け取ってくれ」
「……これって!」

 取り出したのはホノカが作った自分自身のぬいぐるみだった。そのぬいぐるみは赤いミニスカートの着物を着ていて、売り物よりも手作り感が少なからずあるものの、そこに温かさがあって。

「オレが作ったんだ。プレゼントしたくて」
「か、可愛い〜! ありがとう、ホノカ!」
「そっか……」

 ぬいぐるみを抱きしめて無邪気に喜ぶ。それを見てホノカはほっとした微笑みを浮かべた。

「大切にするね! もう朝から夜までずっと一緒にいるから!」
「そ、それはやり過ぎだろ。寝る間時くらいで十分だよ」
「ええー? まぁホノカが言うならそうするけど……ってどうしてコノにくれたの?」

 核心に迫る質問が飛んだ。その瞬間、再びホノカの表情が固くなる。

「それはだな」
「うん」 
「……伝えたい想いがあったからなんだ」

 少し離れていてもわかるほど頰を赤らめている。ただ、紅の瞳はコノをしっかりと見つめていて。

「オレ……さ。実は昔から好きだったんだ、コノハの事。その、恋愛的な意味で」
「え、えええええ!?」

 驚いたコノの叫びが夜の中を駆けた。大きく目を見開いて、口も空いたままで信じられないという様子でいた。

「き、気づかなかったよ……」
「そりゃあ、隠してたから」
「……もしかして、急にあだ名呼びから名前呼びに変えたり嫌がったりしたのって」
「意識しちゃって、恥ずかしくなってついな」

 僕にはコノと呼ばせているのにホノカはそうしていないことに違和感があったけど、そういう理由だったのか。

「もうっその時少し寂しかったんだからね、ホノ。まぁネガティブな理由じゃなくて良かったけど」
「ごめん。でももう大丈夫だからコノ」
「えへへ、いざ言われると懐かしくてちょっとくすぐったいね」
「そう、だな」

 完全に二人の心の壁が取り払われたようで良かったと安心する。それと同時に羨ましいとも思えて、彼女達の姿を僕とアオに重ねてしまった。

「……オレの未練は告白する事だったんだ」
「それは言えないよね」
「流石にな……。それでさ、どうだ? オレと付き合って欲しいんだ」
「……」

 コノは考えるようにエメラルドの瞳を地面に落とした。そんな彼女はどこか喜びと切なさの混じった儚さがあるように見えた。

「……ごめんなさい。コノはホノの気持ちに応えられません」

 そしてエメラルドの瞳を真っ直ぐぶつけて、はっきりとそう答えを出した。

「そっか……」
「コノにとってホノは大切な親友で恋愛対象には思えなくて……それに、今コノには好きな人がいるから。だから、本当にごめんなさい」

 コノは声を絞り出し理由を告げて頭を大きく下げた。ぬいぐるみを持つ手はぎゅっと強く握られている。

「あ……ありがとうな、しっかりと、答えて、くれて……」
「ホノっ」

 ホノカは涙を隠すように顔を空に向けたままにする。それに気づいたコノが近づこうとすると、手で制された。

「辛いは……辛いんだけどさ。でも、それ以上にずっと言えなかった事を言えて、すげぇ解放された気持ち、なんだ」

 そう言い終えてから乱雑に腕で涙を拭き取る。涙の跡を残したまま、ニッとスッキリとした笑顔で八重歯を見せた。

「よしっ、オレのターンは終わり。そんで、コノの未練って何なんだ?」

 パンと切り替えようと手を叩く。そして会話のボールをコノに手渡した。

「コノの未練はね、ホノを安心させる事なの」
「オレを?」
「うん。コノって、体力ないしおっちょこちょいで頭も良くないから、ホノを心配させちゃうだろうって思ってて」
「まぁ、確かにそうだな。可能ならずっと側にいたいくらいだ」

 ホノカは彼女が持つぬいぐるみを眩しそうに目を細めた。

「だから、大丈夫だって思えるにはコノを大切にしてくれる人がいたらいいんじゃないかって思っていたの。……そしてそこにユウワさんが現れて、彼は勇者になってくれるって言ってくれた」
「……あいつは全力でコノを守ってくれてたし、勇者宣言を堂々としてたもんな」

 ホノカがニヤニヤしながら僕の方を見てくる。思い返すと凄い恥ずかしい事を言ってしまっていて、叫んで走りたくなってしまう。

「もうコノにはユウワさんがいて、特訓して少しは体力もついたし、戦いにも参加できた。……どうかな、安心できた?」
「少し心配ではあるけど……ま、勇者様がいるなら大丈夫そうだな」
「ふふっ、良かった〜」

 大きなものを託された、その重圧をさらに感じてしまう。

「……これは」
「ユウワさんっ」

 未練が解消された事で二人の身体を繋いでいる紫の糸が現れる。僕は駆け寄ってロストソードを出した。

「時間、みたいだな……なぁコノ、オレの分まで楽しんで生きてくれよな」
「……うん。コノもホノとの時間を絶対忘れないよ」
「コノが幼なじみで良かった、今までありがとうな」
「こちらこそ、ホノのおかげで今があるんだ。ありがとう」

 お互いに目を潤ませて感謝を伝え合い、少しの間抱擁を交わした。そして名残惜しそうに身体を離すと、同時に糸も途切れてしまって。ホノカの身体が黒に染まっていく。

「ユウワ、オレ達のために頑張ってくれてありがとうな」
「こちらこそ、ホノカのおかげでここにいれて強くなれたよ」

 ホノカは悟ったような大人びた穏やかな表情で微笑している。

「……ここに来たのがお前で本当に良かったよ。きっと、これこそが運命の出会いってやつなのかもな」
「そうだね、僕もそう思うよ」
「ははっ。……コノの事を頼んだぜ勇者ユウワ」
「任せて、彼女は必ず守って幸せにする」

 その僕の想いを聞いたホノカは、少年みたいに子供っぽく笑った。

「じゃあなコノ、ユウワ」
「バイバイ、ホノ」
「さようなら、ホノカ」

 そのやり取りを最後にホノカの身体は真っ黒に染まった。亡霊となった彼女は終わりを待つようにただ立ち尽くしている。

「……っ」

 ロストソードで亡霊を斬り裂いた。すると、ソウルが二つに分裂して片方は剣の中に取り込まれもう一つのホノカは星が瞬く夜空の向こうに飛び立った。

「ホノ……ホノ……」

 見えなくなるまでコノは涙を流しながら目で追い名前を呼び続けた。ホノカのぬいぐるみを強く抱きしめながら。
 彼女がいた場所にはぽつんと僕のぬいぐるみが力を失ったように倒れていた。
「……うぅ……ん……あ、朝……か」

 疲労と半覚醒の心地良い沼から何とか抜け出してゆるりと瞼を開ける。

「すぅ……すぅ……」

 すると目の前には、作り物のように美しく整って大人びているのものの、どこかあどけなさの残る顔があった。近くで見ても肌も白くてシルクのように綺麗で、動いていなければ本当に人形のように思えてしまう。

「寝てる……ね」

 今は夢の中にいるのだけど、昨日はずっと泣いていて僕とぬいぐるみを抱きしめないと眠れないという状態だった。結局泣き疲れたのか先に彼女が意識を手放して、僕は暫く悶々としながらも何とか眠りにつけた。その後大丈夫か心配していたけど、ひとまず安心する。

「ユ、ユウ……ワさん……ふふっ」
「え……ね、寝言か」

 突然、僕の名前を呼んだと思うと笑顔になった。一体どんな夢を見ているのか、非常に気になる。

「……ここも一旦最後かな」

 身体を起こしてコノの部屋を見回す。ここは一週間ほど過しただけだけど、何だかこの世界の実家のような居心地がする。和室なのもその理由の一つなのかもだけど。

「ぅ……ユウワ……さん?」
「起きた? おはようコノ」
「お……おはよう……ございます。ふわぁ〜」

 やはりしっかり眠れていないのか、起き上がったコノのエメラルドの瞳はとろんとしていて、大きなあくびをする。

「まだ眠いなら寝た方がいいよ。僕もここにいるからさ」
「えへへ、ありがとうございます。でも、心配ご無用ですよ。ちゃんと寝ましたし……良い夢も見れたので」
「ど、どんな?」
「そ、それは言えません。秘密です!」

 何故か頬を赤らめて手をワタワタさせる。本当にどんな夢なのか。

「あら、二人共もう起きたのね」
「あ、おはようございます」
「おはよう。もうすぐで朝ごはん出来るからね」
「はーい」

 イチョウさんがそれだけを伝えてからすぐに部屋から出ていった。

「この部屋で朝を迎えるの、凄く久しぶりに感じちゃいますね」
「そうだね」

 温かな布団から僕達は這い出る。ふと、傍にあった机を見れば、そこには僕とコノとホノカのぬいぐるみが並べてあった。その中のホノカお手製のぬいぐるみには、ホノカのヘアピンがつけられている。

「どうですか? 似合ってますよね」
「うん、とても可愛い」

 部屋を出ると、すぐに美味しそうな香りが鼻腔をくすぐった。食卓にはもう食べ物が並べてあって、一直線に向かって座る。僕の右隣にコノが座り正面にはリーフさんがいてその横にイチョウさんがいた。

「おはよう二人共。随分とお腹が空いているようだね」
「昨日は色々ありましたからね……」
「それに夕食とかお祭りで食べ歩いたものだけだったし」

 家に戻ってからコノはずっと泣いて何かと食べる状況じゃなく、僕も彼女についていて食欲もなかった。

「それじゃあしっかり食べなきゃよ。それじゃあ手を合わせて」
「「「「いただきます!」」」」

 その合図と共に食事が開始する。ラインナップはこの村に来て最初に出されたものと同じだった。エルフご飯と水色の味噌汁、赤色の目玉焼きと色とりどりのサラダ。もはや当然のように箸を進める自分は改めてこの生活に慣れたなとどこか感慨深さがあった。

「もう今日には帰ってしまうのかしら」
「そうですね。他の皆も心配させてしまっているので」
「そうか……寂しくなるな。明日から二人で生活か」
「……そうで……え? ふ、二人?」

 聞き間違いだろうか。僕一人がいなくなるというのに二人になってしまうと言ったように聞こえた。

「まだ言っていなかったのね」
「え、え?」
「……あのですねユウワさん。コノもユウワさんについて行くことにしたんです」
「したんですって……ええ!?」

 いきなりとんでもない事を聞かされてつい大声を出してしまった。けれど、しょうがないとも思う。だって、そんなそぶり一切見せていなかったのだから。

「ええと、この村を出るってこと?」
「はい。だってユウワさん、イシリスの街に行くんですよね」
「う、うん」
「だからコノも行くんです。だって、ユウワさんはコノの勇者様ですから、ずっと傍にいなきゃいけないんです」

 確かに今後どうしようか悩んではいた。場合によってはこの村を拠点にする可能性とか考えてはいたけど、コノを連れて行く選択肢はあまり考えいなかった。

「いやいや、いいんですか?」
「ええ、コノハが決めた事だから」
「それに、ユウワくんもいるからね」

 当然のようにコノの両親は承諾しているようだ。僕に信頼を置いてくれているからだろう。嬉しくもあり、責任も重くのしかかる。

「ま、学び舎はどうするの?」
「学び舎はいつでも入ったり出たり出来ますし、もう学べる魔法はほとんど覚えたので大丈夫ですよ」
「そ、そっか」

 つまり、もう障壁は何一つなく僕の判断のみが残っているという事。

「そのだめ……ですか?」

 コノは不安そうに上目遣いに尋ねてくる。もう僕は彼女の勇者と宣言している以上、それを拒否する選択肢は無かった。

「コノがいいなら行こう」
「はい!」
 


「準備出来た?」
「ちゃんと着替えもぬいぐるみもバッチリです」
「それじゃあ行こうか」

 コノは魔獣の革で作られた緑色のリュックに必要なものを詰め込み、僕も持ってきたものとここで手に入れたもの、全てを入れた。

 忘れ物がないよう見渡すと、棚に大量の本が入ったままでいる事に気づく。

「持っていかないの?」
「はい。もう憧れの勇者様に会えましたし……恥ずかしいですけど……コノの物語を楽しみたいなって」

 確かに照れるような言葉だけれど、僕はそんな想いを持っている彼女がとても眩しく見えた。

「凄くいいと思う」
「えへへ」

 そうやり取りを交わしていると部屋にイチョウさんが入ってくる。 

「準備は出来たみたいね。村の外まで見送るわ」

 娘の旅立ちという事で両親の付き添いもありつつ、僕達は家を出た。外に踏み出して少しして一度振り返る。巨木の中に作られた家、初めは驚いたけれど今はもう親しみ深いものになっていた。当然コノも寂しそうに見上げているけれど、すぐに悲しみを潜ませて前を向く。やっぱり強い子だと思った。

「コノハ姉ちゃん! 出ていっちゃうって本当だったんだ」
「もう帰ってこないんですか?」
「ううん、しばらくは帰ってこないけどたまに戻ってくるよ」

 道中に子供三人組がコノを見けるとすぐに駆け寄ってきた。

「そっか……なぁ強い人、コノハ姉ちゃんの事絶対守ってくれよな! 俺より足が遅いから」
「あ、足って……」
「任せて、コノの事は守るよ」

 そるから二人の男の子はコノに色々話しかけていく。同時にさっきまで無言のままこちらを見つめていた女の子が僕の方に来ると。

「お兄さん、これって駆け落ちってやつ?」
「ち、違うからね。そういうのじゃないから」
「そっか……でも何かあったらお話聞かせてね。待ってるから」
「……土産話は保証できないけれど、また話そうね」

 相変わらずミステリアスな子だ。最後までブレることなく恋話を求めてきた。

「あ、コノハお姉さん。頑張ってね、それとお兄さんとの今度お話も聞かせてね」
「はーい。楽しみにしててね。よーしよーし」
「うん……」

 コノに撫でられた女の子はくすぐったそうに目を閉じる。それに絆されたのか子供らしい微笑みを浮かべていた。

「じゃあね皆」
「「「ばいばーい」」」

 子ども達に手を振られそれを返した。僕達は元気いっぱいな声に後押しされ、次は村の中心である神木の元に訪れる。そこにはオボロさんがいた。

「見てみなさい。おぬしたちの頑張りで神木は美しく咲いている。この島の平和が守られた」

 見上げると初めに見た時よりも一層綺麗な虹の葉を携えて、陽の光を浴びている。心なしかつけている実も色鮮やかだ。

「ロストソードの使い手よ。本当にありがとう。これは約束の礼だ」
「こ、これって……」

 紅の風呂敷包みを渡される。すると相当な重量があって、金属が擦れるような音がした。どうやらお金がぎっしり詰まっているらしい。

「十万イリスだ。それともう一つこれを」
「村長……それって」

 もう一つは使い込まれて少し色褪せたようなこげ茶色のグローブだった。それを見るなりコノが知っているのか反応する。

「これは我が家に代々使われてきたものだ。特殊な魔法かかけられており、身に着けると力や魔力か急上昇する」
「……それホノカがいつか貰うって言っていました」
「そ、そんな大切なもの、僕が受け取っていいんですか?」

 そう尋ねるとオボロさんはどこか遠くを眺める。

「うむ。もう、受け取るべき存在はこの世にいなくなってしまった。だが、ホノカの力を受け継いだおぬしがいる……あの子の分まで使ってやって欲しい」
「……わかりました。大事に使わせてもらいます」

 オボロさんの想いと共にそのグローブをもらい受け、さっそく手につけた。サイズはピッタリで何やら不思議な感覚が宿って、力がみなぎってくる。お金もありがたく頂いてリュックの中へ。

「出口まで一緒しよう……む?」
「あ、ご神木が」

 それは新しい旅立ちを祝福するように虹色の木のみが落ちてくる。僕とコノとオボロさんに。

「感謝しますイリス様」
 僕達は早速それを口に入れてから村の南へと向かった。
「ありがとうなー! いつでも戻ってこいよー!」
「新しいぬいぐるみ作って待っているからねー!」
「コノハー! 外の世界でも頑張れよー!」

そこには待ってくれていたのか村の人達が沢山いて、彼らから温かな声をかけてもらえた。

 そして出口付近に来るとはサグルさんが待っているのが見えた。

「サグにぃ!」
「……元気いっぱいだな」
「うん! 新しい門出だからね!」
「そうか……良かった」

 彼を見つけた途端に子犬のように走って、元気良く話しかける。サグルさんは心配していたようで、少しホッとしていた。

「サグにぃもコノ達の見送りに来てくれたの?」
「いや、俺がゴンドラのある方まで連れて行ってやろうと思ってな」
「い、いいんですか?」
「ああ。俺も仕事でイシリスに行く予定だったからな。商品を仕入れたり売ったりしなきゃいけないんでな」

 それを聞いて救われたような心持ちになる。コノと二人きりで深い森を歩いて辿り着けるか不安でしかなかった。

「二人共、少しいいかしら?」
「ちょっと渡したいものがあるのだけど」
「あ、あなたはぬいぐるみの。それと服を作っている……」

 話しかけてきたのはぬいぐるみ作りの店主さんと衣服を売っている店主さんだった。

「コノハちゃん、これを持っていって」
「これは……」

 コノに手渡されたのは祈り手の服だった。しかし色合いが少し変わっていて、スカート巫女服の上の部分が黄緑で下のスカートの部分は赤色になっている。それはコノとホノカが合体させたようなデザインで。

「祈り手だったあなたとホノカちゃんをイメージして作ったの。特別な力はないけれど受け取ってくれる?」
「……はい、もちろんです。ありがとうございます、ずっと大切します」

 泣いてしまうのではないかというくらいにコノは感極まって受け取った。

「ヒカゲくん。あなたにはこれを」
「ええと、これは僕のぬいぐるみですね。完成形の。それも二つ」
「余ったからあげるわ。せっかくだしあなたのお友達にも分けてあげて」
「わ、わかりました……ありがとうございます」

 何だかちょっと悲しい。いや、沢山売れても微妙ではあるけれど。

「二人共、そろそろ行くか?」
「コノ、大丈夫そう?」
「うん! あ、でもちょっと待って」

 そうサグルさんに伝えると、コノは両親の下へと向かった。

「お母さんお父さん、いってきます!」
「いってらっしゃい。元気に笑顔を忘れずにね。何かあればいつでも帰ってくるのよ」
「無理をせず困ったら誰かに頼るんだよ。まぁヒカゲくんがいるから大丈夫だろうけどね」
「はーい! すっごく成長して帰ってくるからねー!」

 最後に挨拶を終えてもう未練はないという清々しい顔で戻って来る。それと同じくしてオボロさんが僕の前に来て。

「おぬし、この村の長として改めて礼を言う。この島を救いそしてホノカを救ってくれたこと、本当にありがとう」

 すっと手を差し伸ばしてくれる。僕はそれを掴んで硬い握手を
交わした。

「いつでもこの村に遊び来てくれ。村の皆も歓迎してくれるだろう」
「はい! 必ずまた来ます」
「うむ。次におぬしがこの村に訪れたときより良いものになっているよう頑張るよ。あの子も分もな」
「僕も彼女の想いを背負ってすべき事をやっていきます!」

 そう互いに将来を語ってから、手を離した。彼の手の熱はしばらく残っていた。

「そんじゃ行くか。フライ!」

 僕とコノが別れの挨拶を終えると、タイミングを見ていたサグルさんにそう声と魔法をかけられる。するとふんわりと身体が宙に浮いて、どんどん地面から離れていく。すぐ側にサグルさんとコノがいて、一定の高さまで来るとコノが恐怖からか僕にピッタリとくっついてきた。

「ばいばーい!」
「さようならー!」

 下で村の皆が手を振ってくれていて僕達もそれを全力で振り返した。
 そして、木よりも高い地点に来るとついにゴンドラへのある方向へと動き出し、村の人々から離れていく。僕達は見えなくなるまで手を振り続けた。

「うぅ……」
「コノ、大丈夫?」
「は、はい……し、下を見なければ……」

 目を瞑るコノは僕の身体をさらに強く抱きしめてくる。それに伴って柔らかいものも押し付けられてしまい、こちらも精神が乱されてしまう。

「ヒカゲくん、結構高い所でも余裕なんだね。流石にコノハほどじゃなくても、空にいるのは恐ろしさもあると思うけど」
「そうですね……けど僕はもう一歩を踏み出しているんです。だからですかね」
「へーなるほどね」

 あの日に飛び降りてからは命に関わる事象に対して感情があまり動かなくなった。

「……ユウワさぁん」
「でも、今はちょっと怖いかもです。守るべきものがあるから」
「そっか、是非とも自分の事を大切にな。ヒカゲくんの周りには大切にしたいって思う人が沢山いるのだから」
「はい」

 そう会話をしているとこの島の南の端っこが見えてきて、そこにゴンドラの姿が一つあった。

「到着っと」
「や、やっと……地面につきました〜」

 ふんわりと地に足をつけた。まだ身体に浮遊感が残っており、少し覚束ない感じがしている。コノも同じなのか僕を支えにするように寄りかかっていた。

「そんじゃ帰りのゴンドラは……って早速誰か来たみたいだな」

 イシリスよ街に帰る用のゴンドラに乗り込もうとすると、向こう側からもう一つのゴンドラがやってきた。通行規制が解除だからだろう。

「……あれ?」

 窓からちらりとその人の姿が見えると、ゴンドラに乗り込む足が止まった。
 ガシャンとそのゴンドラが地上に降りる。そしてドアが開くとその人は飛び出してきた。

「ユ、ユーぽん! やっと会えたわ!」
「モモ先輩!」

 その人はモモ先輩だった。相変わらずのゴスロリ衣装でいて、彼女は僕を見るなり笑顔になってくれる。

「生きていて本当に……良かっ……たわ……」

 ただ、その笑顔はどんどん引き攣っていって、雰囲気が一気に曇りになっていって。

「あ、あんた……何でそんな身体をくっつけて……」
「こ、これはその……」

 やばい、何か上手く誤魔化さないと。目元のハートマークが黒に染まっている。

「そ、空飛ぶ魔法で来たから……たまたま……というか」
「何を言っているんですか? ユウワさんはコノの勇者様ですから守って貰っていたんですよ! ね、ユウワさん!」
「……終わった」

 それを聞いたモモ先輩の表情は無になった。そして、無を経由して怒りの表情へと変貌して。

「この泥棒猫ぉぉぉぉ!!!」

 そんな既視感しかない叫びがこの島に響き渡った。
「……という事があったんです」
「ふーん、なるほどね」

 僕達はイシリスの街に向かう空飛ぶゴンドラの中にいた。座っている両隣には僕を挟み込むような形でコノとモモ先輩がいて、向かい側にサグルさんがいる。

「だから、そろそろ機嫌を直して欲しいんですけども」

 右側からは圧倒的な負のオーラが漂っている。誤解を解くため、街に着く間に今までの出来事をモモ先輩に話していた。しかし、終えても不機嫌さは変わらず、なんならさらに悪くなった気もする。

「ユーぽんがとっても頑張っていたんだってよくわかったし、話を聞いていてより好きになったわ」
「す、好きって……」

 険しい顔で好意を伝えられてなんて反応すればいいのかわからない。

「けれど、その子の勇者って何?」
「さ、さっきも言いましたけど、コノを守るっていう……」
「本当にそれだけ? さっきはいかにも親密そうに身体を密着させていたけど?」

 逃さないといった感じにモモ先輩が身体をくっつけてきて、顔もすぐそばで鋭く尖らせた視線で突き刺してくる。

「な、仲は良いけど……恋愛的なあれじゃあなくて。ね、ねぇコノ?」
「はい、今はコノを守ってくれる勇者様です」

 コノに救いを求めると、それが伝わったのか上手く答えてくれる。

「でも、コノはユウワさんの事大好きで、いつか恋人なりたいって思ってますよ」
「ちょっ……!」
「へー? やっぱりとーっても仲が良いみたいね」

 口元は笑っているが目はギラギラとさせている。目元のハートマークもドス黒く輝いていて。

「ふふん、エルフの村では一緒に寝てましたから、すっごく仲良しですよ!」
「こ、コノ!?」

 味方だと思っていたら背後から撃たれまくる。まるで天から叩き落されたような気持ちだ。
 もしかして対抗意識を持っているのだろうか。振り返ると朗らかな表情ではいるものの、少し怖さがある。さらに、追い打ちをかけるように僕の左腕を抱きしめてきた。胸の柔らかさに包まれた意識を持っていかれそうになる。

「今から殴って回復させ殴って回復させ痛めつける、無限地獄を始めるわね」
「なにそれ怖い!」

 右腕をモモ先輩の両手でがっしり掴まれる。相当な握力でぎりぎりと痛む。

「だ、駄目ですよ。いくらお友達でもユウワさんを傷つけるのは許しません」
「くっ……言っておくけどあたしの方が先に愛を伝えたのよ。そして、その愛でユーぽんを守っているの。守られるあんたとは格が違うわ」
「恋に順番なんてありません。それに、コノだって守られるだけの存在になるつもりはないですから」

 今度は僕を挟んで二人が火花を散らす。コノは静かにモモ先輩は苛烈に。

「サ、サグルさん……」
「いやー最高の景色だなー」

 身動き取れず、僕はサグルさんに助けを求めるも、彼は逃げるように視線を逸らして窓を眺め出した。ひどい。

「むむむ……」
「ぐぐぐ……」
「ふ、二人共一旦落ち着いて……」

 感動の旅立ちと再会をしたというのに、どうしてこんな事になってしまったのか。

「コノはせっかくの始まりなんだから笑顔、笑顔。モモ先輩もようやく会えたんですから、もっと喜びましょうよ」
「そ、そう……ですよね」
「まぁ……そうね。ようやく会えたのだし……色々話すこともあるし……」

 助かった。意外にもその呼びかけに二人は冷静になってくれ、互いに僕からすっと離れる。すると途端に気まずい静かな空気が流れた。ゴンドラは街まで後半分という位置にある。

「そ、そうだ。モモ先輩、皆は元気にしていますか? やっぱり凄く心配かけましたよね?」
「そうね、あたしもソラくんそうだけれど、何よりミズちゃんが憔悴するくらい心配していたわ」
「あ、アオがそんなに……」
「自分のせいだって、責任を感じちゃってね。寝る間も惜しんでユーぽんを探していたわ。その姿は痛々しくて見ていられなかった」
「……っ」

 胸が苦しくなる。僕があの時にアオの近くにいれば……いや、駄目だ。それを思ってしまえばホノカとの時間を否定することになる。それはできない。早く帰って無事を伝えて謝る、それだけが僕に出来ることで。

「でも、連れ去られて二日後ぐらいだったかしら、アヤメさんからユーぽんが生きてるって教えてもらったのよ。神様から連絡がきたみたいよ」
「よ、良かった……です」
「神様とお話だなんて、物語みたいで凄いです」

 ホッと胸を撫で下ろした。きっとあの神木から見守ってくれていたのだろう。果物を落としてくれたのもそれが理由で。

「それならアオは――」
「あの子は今、部屋に閉じこもっているの」
「へ?」

 意味がわからなかった。話の流れを断ち切るようなその答えは一瞬処理出来なくて。

「自分のせいでユーぽんを危険な目に遭わせたって、凄く思い詰めているみたいなのよ。それで食事もあまり摂らなくなって、次第に部屋から出なくなって。今もその状態なの」
「そんな……」

 視界が揺れて座っているのに足元がぐらつく感覚に襲われる。モモ先輩の表情も暗くてその深刻さがひしひしと伝わってきた。
「け、けど、ユーぽんに会えば元気が出るはずよ。だから、大丈夫……だと思うわ」
「そう、だといいですけど」

 モモ先輩も同じ気持ちなのか、どうしてもそれでまるっと解決するように思えなかった。

「おっ、街がはっきり見えてきたぞ、コノハ」
「うわぁー! もうスーパー凄いです!」

 いつの間にかコノとサグルさんは立ち上がって、窓に映る街を食い入るように眺めていた。

「……呑気でいいわね。こっちは悩みだらけだっていうのに」
「あ、あはは……そ、そういえば、林原さんはどうですか? あの時、どこかに行っちゃいまさたけど」
「……実は言わないといけないことがあるの」

 恨めしそうに向こうの二人を睨んでいたモモ先輩は、僕の質問を聞いた途端に再び不穏な雰囲気を帯びて話し出す。

「は、はい」
「ソラくんはね……」
「……っ!」

 そのモモ先輩の言葉を耳にした瞬間は、全てがスローモーションになった。それで動く口元も声も、全てはっきりと認知できて。衝撃が走り脳天が激しく揺さぶられた。

「霊なのよ」
「……え? 今……なんて?」

 口の筋肉が力なく動き、息が混じった細くて震えた声が辛うじて出せた。

「ソラくんはね、この世界でも既に亡くなっているのよ。そして霊となってこの世に存在しているわ」
「そんな……」
「隠していたわけじゃなかったの。ただ、言うタイミングがなくてね」

 どうして気付けなかったのだろう。まだ会って間もなかったけれど、色々教わったりして少なからず関わってはいたんだ。

「それで林原さんは大丈夫なんですか?」
「ギリギリね。多少は時間は残っているけれど、余裕でもいられない。そんなところね」

 嫌でも思い出してしまうのは、亡霊化したウルフェンの事。目の前でまたそれを繰り返したくはない。

「未練については何て?」
「それがまだわからないのよ。ソラくん、教えてくれなくて」
「じゃ、じゃあ、相手は?」
「それもなんとも言えなくて。あたしか……ミズちゃんかなって思っているんだけどね」

 突然身近な存在が霊となって、さらに未練を持つ人になって。あまりの急展開に息がしずらくなって頭が痛くなってくる。

「ユウワさん、大丈夫ですか? よしよし……落ち着いてください」
「こ、コノ……」

 心配したコノが僕の頭をゆっくりと優しく撫でてくれる。それで何となく安堵が押し寄せてきた。
 彼女は幼馴染を失い霊となって向き合っていた。今の僕以上にショックを受けたんだ。落ち込む訳にはいかない。

「な、なぁ……! 見せつけてくれるじゃない……! ならあたしはこうよ」
「も、モモ先輩?」

 コノとはまた違う滑らかで小さな手に両手を包まれる。ほんのり温かくて、かすかだけど確かに安心感が満ちてきた。

「心配は無用よ。ユーぽんが来てくれれば万事解決なんだから」
「どういう事?」

 それは元気づける嘘ではなさそうで、確かな自信が言葉に宿っていた。

「あたしの予想ではね、今までソラくんが未練について言わなかったのは後任がいなかったからだと思ってるの。ソラくんはとっても良い人だし、人一番責任感があるわ。きっと、あたしやミズちゃんに負担をかけず、そしていずれ来る来訪者が適応できるよう、霊として居続けているのよ」

 ほとんどモモ先輩の推測でしかないけれど、とても説得力があった。実際、僕に稽古をつけてくれたし。

「ユーぽんは、もう一人でロストソードの使い手として仕事をこなせたわ。だから成長したあなたの姿を見せればソラくんも話してくれると思うの」
「なるほど……それじゃあ早く行かないとだね」
「そろそろ着きそうだぞー」

 サグルさんの呼びかけに、窓の外を見るともうゴンドラの発着場が見えてきた。あのウルブの島へと行く発着場と同じ場所で、遠回りしたけれど戻ってきたんだとより感じられた。
 ゲートから出ると、一気に都会的な喧騒と人工的や建造物が感覚器官に押し寄せてくる。しばらく、自然に囲まれた世界にいたので、その落差に少し面食らってしまう。

「な、な、な、なんですか……これは……」

 ただ僕以上に、コノはそのギャップに衝撃を受けていた。エメラルドの瞳と口をぽかんと開けて、キョロキョロと見回す。

「凄い……です。びっくりです。サグにぃの話は本当だったんだ……」
「びびるだろ。別世界だよな」
「見たことないものが沢山です……!」

 段々と驚愕から好奇に目の色を変えて、様々な建物やバス、メカメカしい人力車などを目で追っていく。けれど、まだ怖がっているのか僕の側からは離れず、気になったものがあっても足を踏み出せないようでいる。

「それじゃ、まずは『マリア』に行くわよ、ユーぽん」
「そ、そうですね」

 そう言うモモ先輩は、何故だがコノ以上の服と服が時々擦れるぐらいの距離に詰めて、そのまま歩こうとしてくる。

「ち、近くないですか?」
「あたしはユーぽんの先輩だもの。守ってあげなきゃでしょ」
「いや……ありがたいんですけど、ここまでしなくても」
「油断はダメよ。実際、ミズちゃんから離れてあんな事になったんだから」
「……」

 反論できなかった。そこを言われてしまうともう受け入れるしかない。

「ははっ、ユウワくん両手に花だね」
「サグルさん……助けてください」
「が、頑張れ」

 右にモモ先輩左にコノと、女性に至近距離で挟まれて非常に居心地が悪い。たまに触れる体温と良い香りが感覚をくすぐって、精神が乱されている。それをわかっているのか、サグルさんから憐憫の眼差しを向けられた。

「それじゃあ、そろそろ俺は行くよ。方向も逆みたいだしね」
「そっか……」
「コノハ、学び舎で学んだ事を忘れず頑張れ。それとたまに村に帰ってきてな。俺もこっちに来たらたまに顔を出すよ」
「うん!」

 コノは一瞬寂しそうにするも、すぐに笑顔が戻る。サグルさんもそれを見て兄のように微笑む。

「ユウワくんもモモさんも、コノの事をよろしくな」
「はい、任せてください」
「気が向いたらね」

 その返答に満足そうに頷いた。

「じゃあな」
「バイバイ、サグにぃ。また会おうね」
「さようなら」
「……」

 くるりと背を向けてサグルさんは歩き出す。モモ先輩も含めて僕達はしばらく手を振り続けた。

「そろそろ行くわよ」
「コノ、行ける?」
「はい!」

 二人の距離感は変わらず逃げる隙もなくて、両側から体温を感じて、嫌な汗を流しながら『マリア』へと向かった。
 目的地の道すがら、僕の左手を掴むコノは、流れる景色にある目新しいものに子供のような驚きの混じった笑顔を見せて、気になったものをそれが何かを尋ねてきた。

「あれは何です?」 
「マギアのリサイクルショップよ。売ったり中古品を買ったりできるわ」
「マギア……何だかかっこいいです。じゃあじゃあ、あの大きな建物は?」
「イシリス図書館ね。色々な本を借りれるのよ」
「あの中に本が……凄いです。どのくらいあるんでしょう」

 その疑問に関してはほとんどモモ先輩が答えていた。なにせ、僕もこの街のビギナーなので詳しくはない。僕が結構な割合で答えるのに困ったから、自然とモモ先輩が返答するようになった。

「大量にあるわよ。本の森ってくらいには」
「ほ、本の森……夢のような場所ですね……!」

 初めこそ面倒くさそうだったけど、コノ素直で可愛らしいリアクションのおかげか、モモ先輩も機嫌良く教えるように。さっきまで火花を散らしていたけど、今はほんわかとした空気に満たされていた。
 その雰囲気が壊れることなく、歩き続けていれば『マリア』が見えてくる。まだそこまでの日数を住んでいた訳じゃないけど、帰るべき場所に来たような安心感があった。
 店の扉を開けると、ウッド内装で落ち着きのある店内にマギアが置かれた棚、そしてカウンターにいる白衣姿のアヤメさん。久しぶりの光景だ。

「おかえりー優羽くん!」
「あ……えと……た、ただいま……です」

 くしゃっと笑うアヤメさんは手を振ってそう出迎えてくれる。家に帰ってきたような感じに、何だか気恥ずかしさがあった。

「わぁ、何だか凄そうなのがいっぱい……!」
「あまり触らないほうがいいわよ。その中には、爆発したり中身が凄い速度で飛んできたりするから」
「ひっ……お、恐ろしいですね」

 コノを怖がらせようと、わざと脅かすような口調でそう注意する。目論見通りの反応を見せて、モモ先輩はしめしめと微笑んだ。しかし次の瞬間には余裕な顔は失われる。

「なっ……!」

 怯えた勢いで僕の腕に抱きついてきた。そこで彼女の体温、そして膨らみが強く押し付けられる。モモ先輩はショックと嫉妬が綯い交ぜになった表情に。

「ニヒヒっ、愛しの彼が戻ってきたら女の子を連れているなんて。ドロドロだねぇ」
「ま、負けないからっ!」
「ご、誤解です。そういう関係性じゃあ」
「いやいや、誤魔化さなくて大丈夫。なんならもっと複雑になってくれたら、私としては最高なんだけど」

 外側にいるアヤメさんは、傍観者のように僕の状況を楽しんでいる。

「本当に違くて……ね、コノ?」
「ユウワさんは、コノの勇者様です。でも、いつかはその先にいきたいなって思ってます!」
「しまった。こうなるってわかってたのに……」
「いやー、どんどん女の子を好きにしちゃうなんて、罪な男だねー」
「ぼ、僕はそういうタイプの人間じゃあ……なくて……あぁ」

 どうすればわかってもらえるんだ。でも、状況証拠は揃っていて、否定しきれない。この世界に来て色々あるけど、一番この状態が何より本当に信じられなかった。

「いやー流石にからかい過ぎたね、ごめんごめん」

 この時間は終わりとパンと軽く手のひらを叩く。綺麗な音が響いて、アヤメさんを見ると大人びた真面目な顔つきに。

「実は、神様から君たちは聞いててね。ユウワくん、よくコノハちゃんとホノカちゃんの未練を解決したね。凄いよ」
「あ、ありがとうございます」
「神様となんて、やっぱりお話に聞いていた通りだったんだ……物語のよう……」

 コノは尊敬の眼差しをアヤメさんに送り、それに気づいた彼女は、自慢するように胸を張った。それに同期してぐいっと大きな膨らみが強調されて、僕は視線をモモ先輩に逃げた。

「ねぇ、今あたしを見たのはどうしてなのかしら?」
「す、すみません」

 ジト目でそう指摘されてしまう。流石に失礼だっただろうか。

「……もしかして控えめの方が好きなの?」
「ええと……なんと言うか……」
「それなら、存分に見てもいいわよ?」

 駄目だ。変な方向に勘違いされてしまった。僕を好きになってくれてからのこの対応が未だに慣れない。

「そ、そんな事よりも! アヤメさん、アオはどうですか?」

 僕がそう尋ねると変な空気が一変して、一瞬で張り詰めたようなピリつきが現れる。

「君にの目で確認してきて。それにミズアも早く君の帰りを待っているだろうし」
「わ、わかりました」
「その間に、コノハちゃんと色々とお話するから、一旦預からせてね」
「コノ、離れて大丈夫?」
「もう大丈夫です。お話、してきますね!」

 僕の手を離してアヤメさんの元へおずおずと向かった。それを横目にモモ先輩と共に二階へ上がっていく。

「そういえば林原さんはいないんですか?」
「多分、少し出かけているのかも。ちょっとしたら戻ってくるわよ」

 そう会話をするも緊張も心臓の拍動も加速していく。林原さんのドア、そしてモモ先輩のドアを横切り、アオがいる部屋の前に。向こうは音がしなくて人の気配を感じなかった。

「……」

 ノックしようと手を浮かすも、その先が動かせなかった。現実を目の当たりにするのが恐ろしくて。

「あたしがやるわ」
「……っ」
「ミズちゃん、ユーぽんが戻ってきたわよ」

 モモ先輩は慎重に言葉を口にしてそうアオに伝える。すると、何かが動いたような物音がしてそこにアオがいるのだと確信。

「その、無事に帰ってきたよ。心配させてごめん、アオ」
「帰って……来たんだ」
「う、うん」

 ドアの側にまで来てくれたのか、アオの気配と声がはっきりとする。でも、明らかに弱っていて、この世界に来た時の彼女とはまるで違っていた。

「あの開けてくれないかな。アオが苦しんでるって聞いて、心配で」
「ごめん、ごめんね。心配させて……私のせいで」
「……アオ」
「ごめんなさい、本当にごめんなさい」

 息が、思考が乱される。全身から血の気が引いて目の前が真っ暗になっていく。怯え、苦痛、悔恨、悲哀、アオの声音はその成分で作られていて、それが僕の鼓膜をかきむしる。

「葵……」

 ドアの向こうにいるのはミズアじゃない。それは自ら命を絶つ前の速水葵だった。僕が余計なおせっかいをして、苦しんでいた彼女そのもので。あの最悪の日々記憶のトリガーが押されて、心臓が貫かれる。

「また、私のせいで……ユウを怖い思いをさせた。ごめんなさい」
「ち、違う……あれは僕が勝手に動いたからで……」
「ううん、守るって言ったのに。守れなかった、私が悪いんだ……」
「いや、アオは……悪くない」

 どうして、アオがこんなに罪悪感に苛まれているのかわからない。あれは完全に僕に非があって、苦しむ必要なんてないのに。

「ねぇ、出てきてくれないかな? だって、僕は無事だし、アオが気に病む事はもうないでしょ?」
「……ごめんね」
「へ? あ、アオ?」

 その謝罪の言葉を最後に魔法陣で鍵かけられた部屋の奥へも行ってしまう。僕は必死に呼びかけるも、それに反応することはなくて、また気配が消えてしまった。
「そんな」
「ユーぽん……」

 無力感と理解不能な壁に突き飛ばされて、膝から崩れ落ちた。
 前と同じだ。また繰り返してしまうのだろうか。あの経験をして、異世界で力をつけても大切な人を救えないのか。

「そんなの嫌だ」

 でも、どうすればいい。きっと、また話しかければ彼女を傷つけてしまう。何をすれば。

「ユーぽん、あたしも手伝うから一緒に考えるわよ」
「モモ先輩……」
「ミズちゃんを元気にさせたいのはあたしも同じ。一人で抱え込まないで」
「……ありがとうございます」

 冷え切った手にモモ先輩の優しい温もりが添えられる。そして、掴まれて力強く引っ張り上げられた。

「とりあえず、今は色々考える事もあって疲れただろうから。一旦部屋で休みなさい。話はそれからよ。これは絶対だからね」
「は、はい」

 急ぎたい、そんなの気持ちもお見通しなのかそう念を押される。

「それと、悩み過ぎないでね。頭がごちゃごちゃしたらあたしを頼る事。ミズちゃんもそうだけど、あたしはユーぽんの苦しむ姿も見たくないの。わかった?」

 有無を言わさぬモモ先輩に、僕は頷くしかできなかった。けど、その強引さに何だか息がしやすくなって、目の前が照らされる。頼っていいんだって、思えた。
 そしてモモ先輩と別れて、一番奥にある僕の部屋の前に。再び心の中でただいまと言って、扉を開いた。