裏路地のゴミ箱の近くに座り続けて
何時間経っただろう。
いつの間にか働いていたコンビニでは、
売上金が減っていることを犯人扱いされて
本当は違うのに追い詰められて解雇された。
警察に届ける代わりにすぐに辞めてくれと
言われた。
運が悪かった。
監視カメラの死角にいたことでアリバイ作ったとかなんとか、言い訳するのも
面倒になった。
ただ、単に、店長が俺を追い出したかった
きっかけを作っただけのようだ。
区役所で手続きになったら流れで
生活保護を受けることになったが、
なぜか住む場所は提供されずに
代わりに支給されたのは、
手首の皮膚の中に埋め込まれた
黒いマイクロチップ。
注射器でプチッと打たれた。
一瞬だった。
注射器で刺されたところは
少しわさわさの毛が剃られていた。
ボタンを押す時に邪魔になるからだろう。
でも、これはとても便利。
GPSで居場所把握されているし
銀行口座とも連携しているし
キャッスレス決済の把握もされる。
お金を払わずとも
電話とメール、ラインもできる。
無料というものには裏があって、
その代償は辛い。
個人情報がダダ漏れということだ。
もう、
生きていくには身を売ってまで
しないといけないんだと
通常に生きることを諦めた。
キラキラと光るネオンと雑音が響く
お店に惹かれて、入っていこうとするが、
気持ちを切り替えて首を振る。
一瞬立ち上がったが、
地面にまたぺたんとお尻をつけた。
やる気を失った。
せっかく手に入れたお金が全て
無くなるだろうと
察した。
頭の上にある耳がかゆくなる。
すると電話の着信音がなる。
このマイクロチップ版の電話には
初めて出る。
スマホと同じ電話番号で登録していたため、
いつも通りに使えた。
左手首の皮膚にある小さなボタンを押す。
ブォンと音がなると
透明なディスプレイが表示した。
縦10cm横15cmの画面が手首の上に現れた。
縁には水色が線が浮き出ていて、
おしゃれだった。
「はい。」
『お忙しいところ、申し訳ございません。
こちら、
株式会社スタジオHIT の
オーウェンと申します。
アシェル様でいらっしゃいますか?』
初めて出るアシェルはその機械の
ヴィジュアルに感動して、息をのんだ。
電話の声はもちろん、話した言葉が
自動的に文字変換されている。
表示フォントは明朝体だった。
まるで小さなパソコンの画面が
あるようだった。
『もしもし?』
「あ、すいません。
そうです。アシェルです。」
『よかった。繋がりましたね。
先日は
舞台【赤ずきん】の狼役の応募
ありがとうございます。
メールにて、エントリーシートを
拝見させていただき、社内審査を
させて頂きましたところ、
書類審査通過致しましたので、
そのご連絡でした。
つきましては、オーディションの
日程をお伝えしたいのですが、
よろしいでしょうか?』
「え、あー。そうなんですね。
ありがとうございます。
大丈夫です。」
『そうですか。
それではこれから
場所と日程と日時をお知らせします。
スクリーンショットをして
保存することをお忘れなく
お願いします。』
「え、あ、これで保存するのやったことないですが…。」
『もしかして、
マイクロチップの方ですか?
今流行ってますもんね。
それでしたら、皮膚にある黒いボタンを
2回押していただけると
表示されてる画面が保存されますよ。』
「あーーー、これですね。
ありがとうございます。」
『すごい、
流行り物には目がないんですね。
私もまだ持ってないものですが、
知人が使ってるのを見たことが
ありました。』
「そうですかね。
そんなことはないんですけど…。」
(まさか、生活保護を受けて
強制的にこれを使ってるなんて
言えない。)
『話がそれましたが、
日程のご連絡しますね。
9月14日の午前10時から
東駅のそばにあるAスタジオに
お願いします。
準備するものは、
とりあえず、リクルートスーツを
着ていただければあとこちらで
衣装を着替えて頂きます。
何かご質問はありますか?』
アシェルは表示された文字を
スクリーンショットしてメモしておいた。
「はい。質問は大丈夫です。
当日、よろしくお願いします。」
『質問はないということなので、
お気をつけてお越しください。
この電話はオーウェンが担当
致しました。』
「あ、ありがとうございました。」
アシェルは電話を切った。
電話を切るボタンは
画面のバツ印をタップするのだと
すぐにわかった。
アプリゲームするときに映るC Mを
待っている間に
早くバツ印は表示しないかと
よく思っていたが、
この画面はわかりやすく表示していた。
「オーディション受けられる!
す、スーツって無い。
早く買わないと。
よかった。
パチンコ行ってたら、スーツ買うお金も
無くなるところだった。
俺ってツイてる。」
ガッツポーズを出して、アシェルは
街に繰り出した。
このボロボロした服から着替えられることが
今は嬉しすぎた。
何か目的がないと
物を買うという気力が湧かない。
今は、オーディションという
目指すものがある。
やる気が湧いてきた。
スーツを買うだけじゃなく、
美容院に行って、
全体的に整えてこようかなと
お店のマネキンが飾られたガラスに映った
自分を見て、考えた。
誰かに見られる意識で
身だしなみにようやく火をつけた。
よく晴れた日、漫画喫茶で
過ごしたアシェルは、
買ったばかりのスーツに袖を通した。
左腕のスイッチを押して、
時間を把握する。
新着メッセージはありませんと
表示されている。
ハンガーにかけていたネクタイを締める。
小さい鏡で身だしなみをチェックする。
どうしてもはみ出る胸の毛は
流れを整えた。
牙の色を見て、白いことを確認した。
今日は、いよいよ舞台【赤ずきん】の
狼役のオーディション。
午前10時から東駅のスタジオAにて
行われる。
シャッターが完全に開いたスタジオに
足を踏み入れると、
たくさんのスタッフで溢れていた。
「あ…あの。」
アシェルは大道具を持ったスタッフに
声をかける。
「え?」
「きょ、今日、オーディションの
アシェルと言うものですが…。」
「あー、ああ。出演者?
それならあそこのテントで受付だよ。」
「あ、ありがとうございます。」
東の方に白いテントがあった。
何人かの同じ応募者が並んでいた。
慌てて、その最後尾に並んだ。
「おはようございます。
オーディション参加の方は
こちらに記入をお願いします。」
受付のアルパカの女性がテキパキとバインダーにはさんだアンケート用紙を差し出した。
アシェルは、ボールペンを回しながら、
アンケートを記入する。
内容は名前などの個人情報の記入と
狼としての希望する出演作品を下から選び
◯をつけてください。
【おおかみと7匹のこやぎ】
【3匹のこぶた】
【オオカミ少年】
【赤ずきん】
と書かれていた。
悩みに悩んで、アシェルは募集していた
赤ずきんに◯をつけた。
せっかくに募集してると言って
来ているのに他の作品を選ぶのは
変だと思った。
まさか、この◯が重要な選択だとは
思わなかった。
「すいません、記入終わりました。
お願いします。」
「はい、お預かりします。」
アルパカ女性は笑顔で受け取ってくれた。
「アンケートのご記入を終えた方は
こちらでお待ちください。」
待合室へ案内された。
そこにはたくさんの童話の絵本が
置かれていた。
狼の作品はもちろん、うさぎ、かめなどの
作品がところ狭しと並んでいた。
小さな図書館のようだった。
「俺は…赤ずきんか。」
本棚から赤ずきんの本を取り出した。
ごくごく普通のストーリーだった。
女の子がおばあちゃんのお見舞いに行ったら狼だったって言う話だった。
省略はされていたがそんな感じだ。
アシェルはその狼を望む。
そもそも応募しているメンバーは全て
それを目指して来ているはず。
アシェルを含めて5人の狼が
立ち並んでいた。
それぞれ緊張している。
白線に均等に並ぶよう指示されて
プロデューサーとスタッフ2名は長テーブルを前にして座っていた。
オーディションの本番がはじまった。
Aスタジオで舞台【赤ずきん】の
オーディションが行われていた。
本格的な大きなセットの中に
おばあちゃんの部屋とされるインテリア、
大きなふわふわのベッドが置かれていた。
赤ずきん役の動物でもない人間でもない妖精のマージェが別件で行われたオーディションで選ばれたらしい。
この狼役オーディションで、
赤ずきん役として
演じてくれるようだ。
マネージャーとされる羊の男性に
うちわで仰がれていた。
横にはコーヒーのカップがある。
優雅が雰囲気を醸し出していた。
お姫様のような対応なのか。
ちょっと鼻につく。
アシェルは
このオーディションの段取りが
書かれたプリントを読んで、
指定の席に座った。
「このたびはお忙しい中、
お集まりいただきありがとうございます。
早速、舞台【赤ずきん】の狼役
オーディションを開催します。
進行させていただくのは
私、ワイマットが担当いたします。
よろしくお願いします。」
ADのような立ち姿のネズミのワイマットは
軽くお辞儀した。
「また、今回の審査員であります
プロデューサーのジェマンドさんです。」
ジェマンドは名前を呼ばれて
耳をキュッと動かした。
席から立ち上がった。
「審査員のジェマンドです。
今回、応募が5人も集まっており、
大変こちらとしても嬉しいです。
募集をかけてもなかなか嫌われ役の
狼は不人気ですので…。
最後までよろしくお願いします。」
「では、応募者の方々の自己紹介を
お願いします。
えー、それでは、
左から…はい、ロックさんから
お願いします。」
ワイマットは、左から順番にということで
狼のロックという青年から指名した。
「はい! ロックと申します。
年齢は25歳。
ローランド地方から来ました。
映画、ドラマ、舞台には出演経験あります。
これまでの経験を活かして、
赤ずきんの狼役を挑みたいと思います。」
ロックは、
額の部分が少し青くなっていて
周りの色は白かった。
両耳が少し大きめで
顔立ちもはっきりしている。
テレビや映画の出演経験もあり、
メディアの露出も多い。
大手事務所に所属している。
人当たりも良く、評判は上々だった。
審査員のジェマンドは、手首につけていた
ハイテクなウォッチのボタンを押して、
ロックのエントリーシートを液晶画面に
うつし空中に表示させた。
アシェルが持っているもの
の古い型だった。
マイクロチップになる前の機械だ。
「はい。ご紹介ありがとうございます。
前もっていただいていました
エントリーシートを拝見しました。
かなり実績のあるんですね。
経験も豊富ということで。
本日、渡しましたアンケートにも
【赤ずきん】の狼役ということで
希望ですね。」
「はい。もちろんです。
応募していたものにぜひとも
出演したいという
気持ちをこめて
○をつけました」
ジェマンドは納得したように
頷いていた。
「うんうん。
わかりました。
では、早速模擬試験ということで
赤ずきん役のマージェさんと
一緒に出演していただきませんか?
ワイマットさん、台本、ありますか?」
「はい、すぐ準備できます。」
「そしたら、すぐ始めましょう。」
ロックは、台本を渡されるとすぐに
狼役を自分の中に憑依させて
ブツブツと呪文を唱えるように
セリフを覚えた。
「準備はいいですか?
見せ場のおばあさんの姿になった狼の
ところを赤ずきんと演じていただきます。」
ワイマットをカメラにカチンコを向けて
準備をした。
「アクション!!」
という声かけとともにカチンコを
鳴らした。
狼役のロックはベッドの上に寝ていて
おばあさんの着ていたパジャマを着ていた。
赤ずきんはその横まで近寄っていく。
「あら。おばあさん、なんて大きな耳ね。」
「それはね。遠くからでも
お前の声が聞こえるようにだよ。」
「あらら。耳もだけど、
なんてギョロギョロした目だね。」
「それはね、お前の顔が見えるように
こんな目をしてるんだよ。」
「あーら、耳も目も変だけど、
大きなお口になってるわ。」
「それはね…。」
ロックは体を大きく見せた。
「お前を大きな口で丸飲みするためだ。」
「がぁおおおおお。」
ロックは腹の底から悪魔が出たような
恐ろしい声で叫んだ。
「カット!!」
ワイマットはカチンコを叩いた。
「お疲れ様でした。」
「ありがとうございました。
とても、力の入った演技で
狼らしさが出ていたと思います。
さすがは経験者ですね。」
「お褒めの言葉、光栄です。」
深々とお辞儀した。
「では、次の方どうぞ。」
ワイマットの指示で
順番に同じように
軽く面接をした後、模擬試験を受けるという
流れができていた。
2人目はスマッシュという狼だった。
全体的に白の毛で
薄茶色のそばかすが目立ち、
耳が大きめの
ちょっと恥ずかしがり屋の性格だった。
小さい声で自己紹介していたが、
本番の演技でハキハキしていた。
3人目はアレックスという狼だった。
全体的に毛色が薄青色で
丸メガネをつけて
知的、おしゃれに
パーマをあてる
気の強い性格だった。
自己紹介も圧のある大きな声で
話していた。
演技はどこかぶっきらぼうに
なっていた。
4人目はウルという狼だった。
毛色は黒でもさもさの髪をしている
人間でいうところのオタク気質
自信がなさげでモジモジしている。
自己紹介も演技も全てに自信がなく、
やる気があるのかないのかのような
態度だった。
5人目はアシェル。
この物語の主人公
鼻は高めで、耳小さめ
声が通る声だが
相手と話すとおどおどしてしまうのが
いつも落とされる原因。
コミニュケーションも好きではない。
自己紹介はイントネーションが
バラバラだったが
どうにかこなせた。
肝心の演技は本気でやってるはずなのに
気持ちが伝わらず
こちらも緊張のあまりイントネーションを
崩してしまう。
「カット!!お疲れ様でした。」
「アシェルさんでしたっけ。
声はとても良い声で聴き心地は
いいんですけど
演技になると緊張なんですかね
イントネーションがガタガタで…。」
「あ、すいません。
練習ではうまくいくんですけど、
本番になるとどうしても…。」
「この世界は本番が命だからね。」
「あー…ですよね。」
なんとも言えない表情をするアシェル。
「それでは、このオーディションの結果は
1週間後、選ばれた方にお電話を
差し上げます。
電話がなかった方は
ごめんなさい。
またの応募をお待ちしております。
よろしくお願いします。
本日はお忙しい中、
ありがとうございました。」
ワイマットはお開きということで
応募者に出口を案内した。
トボトボと歩いていると
プロデューサーのジェマンドは、
ロックを追いかけ、何かを話している。
明らかに悪い話ではなさそうで、
ロックの表情が明るくなるのがわかる。
1週間後なんて勿体ぶってないで
すぐに結果は出てるんじゃないのかと
アシェルは、舌打ちをした。
近くを歩く、スマッシュとアレックスは
話しているのが聞こえた。
「なぁ、聞いた?
アンケートに答えたのに俺
出演できるって。
どうにか首がつながったよ。
安心したわ。」
「マジか。
俺もさっき、言われたよ。
俺は【おおかみと7匹のこやぎ】の出演が
決まったよ。
スマッシュは何にしたの?」
「俺は、【3匹のこぶた】だってさ。
てか【赤ずきん】って募集してたけど
どこかに出演できるなら
どこでもいいよなぁ。」
「確かに。
配役があるだけ救いだわ。」
そう言いながら、2人は出口に
向かっていた。
それを聞いたアシェルは、
人見知りが激しいウルに話しかけた。
「なぁ。」
「え、あ、あ、どうしました?」
「何に出演決まったんだ?」
「わ、私ですか…。
えっと、さっき言われたのは
【オオカミ少年】です。
私、あまり話せないので、
いや、全く話せないので
とりあえず羊追いかける役だと聞いて
良かったって思ってます。」
両手をモジモジといじりながら
答えるウル。
アシェルは納得できなかった。
結局は誰がやるか
始めから決まっていた
ようだ。
募集していた赤ずきんはロックが
やることになった。
目に見えてわかった。
自分はなんのためにこれに
応募したんだろう。
アシェルは答えがわかる返事を
ただ黙って待っているのは苦痛だと
感じた。
すぐに答えを聞こうと
ロックと談笑している
プロデューサーのジェマンドに近寄った。
Aスタジオのシャッターが開いた
外から深く黒いキャップ帽子、
サングラスと黒いマスクを
かぶって顔を隠した1人のライオンの男が
オーディションをチラチラと
見聞きしていた。
その男の肩には小さな黄色いひよこも
黒い帽子にサングラスをして様子を同じように伺っていた。
「……どうですか?」
肩に乗ったひよこのルーク話し出す。
ライオンの男は、帽子を下の方に押して
「うーむ、実態はやっぱり
ひどいもんだよな。」
「確かに。」
腕を組んで頷くルーク。
パタパタと飛んで右肩に移動する。
「何のためのオーディションか
わけがわからんな。」
「ルーク、後で、
あいつに声、かけといて。」
「あいつって、あの人ですよね。
あの、体全体が薄水色の狼さん?
ボス、名前、聞き取れました?」
ルークは、空中をパタパタと飛んで
スタジオの中にいる
アシェルの様子を覗き見た。
「あぁ。あいつは
今回のターゲットに
されてる奴だから。
名前は…遠くてわからん。
あとで声かけて聞いて。」
「ちょっと、
全部私に振らないでくださいよ。
ひよこ使いが荒いお人だ。」
「何だよ、ひよこ使いって。
それを言うなら人使いじゃねぇの?」
「いや、私、ひよこですし。」
「うん。わかるけどな。
読者がわかりにくいだろ。
確かに俺らは動物だけどな。」
カメラ目線に指をさす。
「私、人じゃありませんもの。」
「あ、はいはい。
好きにして。
んじゃ、俺、あっちの出口で
隠れて待ってるから。
ジェマンドに見つかったら
何言われるかわからねぇからな。
頼んだぞ。」
ライオンのボスと言われる男は
ルークの話が
面倒になって、スルーした。
かぶっていた帽子をさらに深くかぶり、
着ていたパーカーをほっかぶりにして、
出口の塀の影に急いで隠れた。
一方、その頃のアシェルは。
「すいません、ジェマンドさん!」
ロックとワイマット、そして
ジェマンドの3人が談笑している
中にアシェルは声をかけた。
盛り上がっている会話に
なんで入ってくるんだよというような
嫌な態度を取られた。
「あ?」
「すいません、
お話に盛り上がってるところに
割り込んで…。」
「あ、いや、別に良いんだけど。」
ジェマンドは建前な態度を取る。
「あの〜
今回の舞台【赤ずきん】の
狼役って
すでに決まったんでしょうか。」
「……それは、1週間後に
連絡しますって言いましたよね?」
「え、あ、はい。
そうなんですが、さっき隣にいた
アレックスさんとスマッシュさんが
アンケートの配役に決まったって
さっき聞いたので
もう赤ずきんも決まってるのかなと
思いまして…。」
ジェマンドは壁の方に体を向けて
アシェルに聞こえない舌打ちをした。
(あいつらが話さなければ
気づかないまま終わったのに
余計なことを……。)
「あ、あの〜。」
「あー、聞こえちゃいましたか??」
営業スマイルのようにニコニコと
いきなり空気を変えるジェマンド。
逆に違和感を感じるアシェル。
「は、はい。」
「そうなんですよ。
もう、赤ずきんの狼役は
ここにいらっしゃるロックさんって
前から決めておりまして…。」
「前から?」
背中が何だかゾワゾワする。
「本当は自然の流れで
合否を感じて欲しかったんですが、
はっきり聞きたいですか?」
何だろう。
この時点で明らかに結果が見えてくる。
そう思いながらも
聞き出そうとするアシェル。
「あ、はい。」
「面と向かって言うのは
失礼に当たるかなとも思いましたが
とりあえずは応募していただき
ありがとうございました。
エントリーシートや模擬試験を
拝見して、厳正な審査の結果は
大変申し訳ないのですが、
今回は見送りさせていただく運びと
なりました。
今後のアシェル様のご活躍を
お祈りいたしております。」
ペコっとお辞儀をして、ニヤリと笑う
ジェマンド。
よく言う、お祈りメールもしくは
お祈り手紙を直接言われるパターンだ。
ここまで言われると心がガラスのように
バリバリと壊れていくのが分かる。
それを言われて数分は
体が硬直して
何も言えなかった。
「はっきり言わせてもらうんですが、
アシェルさんっていろんなところに
応募してますよね?
業界では噂になってるんですよ。
全然、見込みのないやつが
何度も応募するって話。
そろそろ、諦めてもいいんじゃないです?
気づきませんか?
才能がないってことに。」
太ももの横にあった
手をギュッと握りしめた。
じわじわと両方の手のひらから
血が出てきた。
両手の爪が長いってこともあった。
血が出ていても力強く
握りしめたいくらい
悔しかった。
額の筋もピキピキと出てきた。
言葉は発することができなかった。
深呼吸をして話し出す。
「ハハハ…そうですよね。
才能なんて元から無かったなんて
知ってたはずなんですけど
そこまで
ズバッと言われちゃうと…。
あ、でも、
すぐ結果が聞けて助かりました。
次の応募先もあるので
失礼します。」
目頭が熱くなるのを感じたが
必死にこらえた。
「ふーん。焼け石に水だと思うけど
せいぜい頑張って。」
近くにいたロックとワイマットも
一緒になって
笑っていた。
何というこの上ない屈辱。
今まではお祈りメールを受け取って
スルーできたが、
目の前で面と向かって
言われると
腹が立って仕方ない。
怒りを鎮めようと必死だったが、
両手のひらから血が出てるのに
気づかずに
手を振り上げようとしたが、
突然小さな黄色い鳥が
アシェルの目の前を飛んでいた。
振り上げた手がジェマンドの背中で
寸止めしていた。
「待ってください。」
パタパタと空中に飛ぶルーク。
アシェルは一瞬、ギラギラ目が
拍子抜けして、いつも通りの目に
戻っていた。
「落ち着いて、落ち着いて…。」
「……。」
アシェルは呼吸を整えた。
ジェマンドとロック、ワイマットは、
アシェルのことなんて気にもせず、
出口の方へ歩いていく。
アシェルは
誰もいない壁を思いっきり殴った。
パラパラとかけらが落ちていく。
怒りが壁に向いて、
気持ちを分散させられた。
「あちゃー…。」
ルークはパタパタと後ろを飛んで、
壁が壊れたのをしっかり見ていた。
壊れると言っても、大体縦10cmくらいの
穴が開いたくらいだ。
「……あんた、誰。」
怒りに任せて、
初対面のひよこに優しくはできなかった。
「とりあえず、壁を殴って
気持ち落ち着いているのであれば
あの人を殴るより
断然良いんですけど…。
いや、ダメだろ、これ。
ボロボロだし…。」
レンガでできた壁がボロボロで
周りに影響するんじゃないかという
破損具合だ。
アシェルは地面に落ちた
レンガのかけらを蹴飛ばして、
その場から立ち去ろうとした。
ルークは、
持っていたひよこ専用スマホで
電話をかけて
壁を業者に直すよう発注をかけた。
「これで大丈夫っと。
ちょっと、尻拭いしたんですから
黙って立ち去らないでくださいよ。」
ルークはアシェルの顔、目の前に
飛んで行った。
「…俺は頼んでないけどな。」
「え、あ、そう。
んじゃ、私の自己満足ですね。
ってそういうことじゃなくて…。
私、こういうものです。」
小さなスマホ画面に
デジタル名刺を表示させた。
「ん?株式会社 SPOON
ひよこのルーク?」
「そうです。
たくさんの人…いや、動物たちを救う
株式会社SPOONの副社長のルークです。
体は小さいですけど、
やっていることは大きいです。
お名前教えてもらえますか?」
「俺はアシェル。
救うってどういう…。」
「アシェルさんですね。
忘れないように写真とメモ
しときましょう。
まぁまぁ、とりあえず
会ってもらいたい人がいるんです。
着いてきてください。」
ルークはスマホでパシャと
アシェルの顔を撮り、画像編集アプリで
写真にアシェルと書き込んだ。
作業しながら、ルークはスタジオを出て、
パタパタと小さい羽で必死に
移動していく。
アシェルはバックに入れていた
タオルをビリッと2枚にやぶき
手のひらにぐるぐるとまいた。
手のひらに血が出ていることをやっと
気づいた。
巻き終えるとルークが
こっちですと呼びかけてくるため、
言われるがまま着いていった。
壁を少し壊してスタジオAを後にした
アシェルは、パタパタ飛ぶひよこのルークの
後ろを着いていく。
オーディションを終えて誰もいなくなった
駐車場の影に、帽子を深くかぶり、
黒いマスクをした赤いたてがみの
ライオンの男が屈んでいた。
「ボス! ほら、連れてきましたよ。
名前はアシェルさんです。」
ルークはボスと言われるライオンのそばに飛んで声をかけていた。
「お、おう。
来たか。
ジェマンドはいないか?」
「はい。もう、いませんよ。
あっという間にいなくなってました。
それより、
アシェルさん、スタジオの壁
壊したので修理の依頼出して
おきましたから。」
「へ、は、あー?」
怒りの表情を見えるボス。
「あーーーー、
俺は頼んでないって言ったんですけど、
そこの黄色いのが勝手に電話してて…。」
「ルーク、でかした。」
「え?」
アシェルはボスの言葉に目を丸くした。
「ですよね。
私、珍しく、良い仕事しましたよね。」
「ああ。」
ボスは、アシェルの顔ギリギリに
近づけて話す。
「壁の修理費。
払わないのなら、体で払ってもらうぞ?」
「え?」
「着いてこい。」
有無も言わせず、
ボスはアシェルの首根っこを
引っ張った。
抵抗できないくらい力が強かった。
ズルズル引きずられ、
リクルートシューズの底が
削られていくのがわかった。
「ボス、なんか、いつもより荒いですね。
こんなんで良いんですか?」
「こういうパターンもあるってことで。」
ジープの車の後部座席に
ボンッとアシェルを
乗せてバタンと扉を閉めて、
パンパンと手を叩いた。
後ろの窓を見て、
(俺、誘拐されてる?!監禁!?
これ、絶対食べられる?
肉食のライオンに肉食の狼食べるって
新聞に載る感じだ。
嫌だーーーーー。)
声を上げずに窓をだんだんとたたいた。
「うっせぞーーー!」
運転席から大声をあげるボス。
ルークは、見張り役として
アシェルのそばにいた。
指を立てて静かにのポーズをした。
「……すいません。」
「何か飲みます?
炭酸はお好きですか?」
「甘いものなら。」
「多分、これ、甘かったかな。どうぞ。」
小さな足で飛びながら、運んでくれるルーク。
「どうも。」
素直に受け取ってペットボトルのキャップを
まわす。
ぐびっと飲んだが。
「あ、すいません、
それ、無糖の炭酸水でした。
ごめんなさい。こっちが微糖炭酸水です。」
「ぶーーーー。」
美味しくなかったため、アシェルは
飲んだものを全部吹き出した。
「ちょ、汚ねぇぞ!!」
「あ。」
アシェルはぼーっとしていた。
運転していたボスはこれでもかというくらいにびしょ濡れになった。
「飲めなかったんで…。」
「おい、そこは謝罪だろ?!」
「どーも、すいませんでした。」
棒読みの謝罪だった。
謝りたくなかったようだ。
「ルーク、飲めるもの出せって。」
近くにあったフェイスタオルで顔を拭いたボス。ちょうど、今は赤信号で止まっていた。
「ごめんなさい。
飲めないの預かりますから
こちらと交換しましょう。」
ルークはパタパタと飛びながら、
ペットボトルを交換した。
「これなら良さそう……。」
アシェルはパッケージを確認して微糖の文字であることを見つけた。
どうにか飲めて安心した。
久しぶりに飲んだペットボトルの飲み物。
いつも飲むものは、公園の蛇口からひねって
水道水をガブガブ飲むのが習慣化していた。
味のある微糖炭酸水は高級に思えた。
次はもっと味のある果物ジュースが飲みたいと思った。
「アシェルと言ったよな。
ルーク、俺の名刺見せといて。」
「はい、わかりました。
アシェルさん、このボスの名刺
表示させますね。」
ひよこ専用スマホからデジタル名刺を
表示させる。
株式会社Spoonの社長
名前は秘密
あだ名はボス
ふざけた名刺だった。
そもそも名前が名乗っていない。
その名刺にはしっかり写真が載っていた。
「あだ名?ボス?」
「まだ素性は教えられない。
とりあえず、
俺のことはボスと呼んでくれ。」
「はぁ…。」
信用に欠ける。
ライオンの男であることは間違いない。
赤いたてがみ、目の下にほくろ
鼻が高い、目は離れている。
黒いマスクをしていて全部を見ていない。
それに、相棒のような小さなひよこ。
口は達者で小さいのによく動く。
足も小さいのに重い荷物を持っている。
一体この2人は何者なんだろう。
車を走らせて20分。
言われるまま連れてこられたアシェルは、
古めかしい黒い建物に案内された。
黒く真四角な建物に入っていくと
そこには
動物たちがズンッと
落ち込んだ空気で座っていた。
「おいおいおい。
ずっとその調子?
元気なさすぎでしょう。」
ボスは近くにいた亀のオリヴァに
声をかけた。ぽんぽんぽんと甲羅を触れた。
ミドリカメのオリヴァは、
甲羅の中に顔や体を引っ込めて、
クルクルとまるでゲームに出てくるような動きを見せた。
本来やらなければならないことから
逃げている。
何も喋らずにずっと甲羅を回し続けている。
「もしかして、そっちも?
今日、みんな元気ない感じ?」
隣にいた耳の長いうさぎのリアムが
ゴミ箱の上に座って、空き缶を壁に向かって蹴飛ばして戻ってを繰り返し、暇をつぶしていた。
「おいおいおい。
全く、何しにここ来てんのよ。」
ボスはため息をついて、持っていたバックを
大きいテーブルの上に乗せた。
ルークがパタパタとのボスの近くを飛ぶ。
「今日は暑いから、
身が入らないのかもしれないですよ。
ね?みなさん。」
「そうは言ってもなぁ。
やる気なさすぎるの困るって…。
気持ち切り替えて、
新メンバーを紹介するから。
みんな集合して。」
ボスは小高いステージに立ち、
うさぎと亀を集合させた。
だらだらとした動きを見せるうさぎ。
甲羅のぐるぐるの回転を終わらせて、
ポコポコと頭と手足を出して、
颯爽と歩いた。
ボスはアシェルの背中を押して、
亀とうさぎに紹介する。
「はい。今日から
株式会社spoonの社員に
なりました。
狼のアシェルです。
ほら、自己紹介。」
ボスは肩をポンと叩く。
「え、あ、は?社員?
聞いてませんけど?
あー、アシェルです。
よろしくお願いします。」
ルークの拍手が響く。
うさぎは全然興味なさそうに
自分の爪を気にし始めている。
亀は頭をぽりぽりとかいて
お辞儀する。
「よし、テンション高めに
自己紹介できたね。
OK!」
(どこかテンション高めだよ?!
テンションだた下りの
自己紹介じゃねぇか。
何、どういうこと。
俺、この会社の社員になったの?
2人ともめんどくさそうな対応だぞ?
俺、場違いじゃないの?)
何度も首を動かして、
拍手するボスとルークを見る。
「…ミドリカメのオリヴァです…。」
「あ、はぁ。どうも。」
「うさぎのリアム。
ボスに君も拾われた感じ?」
「え……。」
「はいはい。
話は終わってからじっくり
話してね。
人数も増えたことだし、
本格的に活動するよ!!
そうだなぁ、オリヴァとリアムはまだ
何するか決めてなかったよね。
歌わせてはいたけど、
やる気ないみたいだし
この際さ、
楽器演奏とかいいんじゃない?
なぁ、ルーク。
楽器って倉庫にあったっけ。」
「はい。ギターとドラム、ありましたね。
あと、キーボードと。
みなさん、何か興味あるもの
ありませんか?」
パタパタと元気よく飛びながら話すルーク。
「僕、ピアノ、小さい頃から習っていたので
キーボード弾けますよ。」
リアムはぼーっとしながら、
手をあげる。
「俺、太鼓たたけるから
ドラムしますか…。
歌うたうより良いや。
声発しなくていいし。」
オリヴァは、太鼓を希望した。
やりたくないことをやらされて、
やる気も気力を失っていたようだ。
「え、俺……。」
アシェルが話そうとするとボスが
近づいてきた。
「君さ、動画配信してるだろ?
歌も載せたよね。
楽器演奏じゃなくて
歌うたう方いいと思うよ。」
「あ、まぁ。適当にあげてただけですけど、
歌ですか?」
「え?!適当にあげてて、アレ?!
完成度高くない?
ビブラートとかしゃくりとか、
感情のせて歌ってるから
結構、評判良いみたいよ?
再生回数確認してないの?」
歌には全然、熱意がなかったアシェル。
適当にあげて、見てくれればいいなと
思っていた。
まさかの高評価を言われて、
慌てて、マイクロチップのボタンを
透明ディスプレイを起動した。
ボタン押して、
動画の再生回数を確認した。
前見ていた数字より、
かなり上がっていた。
「1000回?!」
アシェルは素直にびっくりした。
嬉しかった。
演技用のネタとしてあげた動画は3回しか
再生されてないにも関わらず、
適当に載せた歌は1週間で
爆あがりしていた。
「すごいじゃん。
カバー曲でも、
伝わるものがあるんだよ。
君はボーカル決定ね。」
「え、と言うことは、
このメンバーで
バンド組むって
ことですか?」
「うん。そうしようかなと思って。
ごめん、言ってなかったけど、
俺、音楽プロデューサーだからさ。
君たちに歌を歌ってもらいたくて
集めたのよ。
でも3人じゃ、役割分担少ないから
もう1人入れるから。
目星は付けているやついるから
もう少し待ってて。
交渉してるんだけど、なかなかイエスと
言ってくれないんだよね。」
「ちょ、ちょっと待ってください。
俺もイエスと言ったわけじゃないっす。」
アシェルはノリノリだったにも関わらず、
気持ちを方向転換させた。
「えー、嘘じゃん。
今、超、ノリノリだったじゃん。
イエスでしょう、完全に。」
「いやっす。」
「壁の修理代、
体で払ってって言ったよね??」
「あ、ボス。
さっき壁の修理代の件について
電話ありましたよ。」
ルークが話に割り込んで言う。
「う、うん。
んで?どうだって?」
「あれ、調査したらしいんですけど
一部分だけ修理って難しくて
ある程度、まっすぐに上から下までの
設計にしないといけないので、
ざっと300万くらいかかるらしいです。
素材代と人件費込みです。」
メガネを装着し、電卓をパチパチ打って、
ルークは答えた。
「300万?!」
「そう、レンガだったから。あれね。」
「さ、この300万どうするのかな??」
ボスはジリジリとアシェルの顔に近づいた。
むむむと下唇を噛んで耐えた。
「……。」
イエスもノーも言えなかった。
しばらく、沈黙が続く。
結局のところ、ライオンのボスに
言われるがまま
バンドメンバーに加入することになった。
約3ヶ月後に行われる新人バンドの
オーディションに
参加申し込みすることに
勝手に決まったらしい。
手帳を開き、スケジュールを
確認するルーク。
小さい体でやってることは
かなりハードワークのようだ。
ボスの秘書業務も含め、
マネージャー業務も兼務している。
そのオーディションで優勝すると
賞金500万円手にはいるようだ。
アシェルはそのうち、壁修理の300万に
あてようともくろんでいた。
そんなうまいように事がすすめば
いいのだが。
「さて、みなさん。
最初にやっていただくのは、
レッスンに参加していただきます。
ボイスレッスンと楽器レッスンに
分かれていただきます。
契約している講師の教室の地図を
それぞれのスマホにお送りしましたので、
時間は午前11時から開始します。
それぞれ確認お願いします。」
アシェルは、左腕のボタンを、リアムとオリヴァはポケットに入れていたスマホを開いて確認する。
透明なディスプレイには行き先までの
地図が表示されていた。
赤い目印が丸く光っている。
「あー、ここか。」
「面倒だけど、どーせ暇だし、
行ってみようかな。」
オリヴァは、ポリポリ顔をかいて、
重い腰を上げて、行動する。
リアムは、頭の耳をクリクリ動かして
行くか行かないか占いをしていた。
2人とも、思い入れが弱いようだ。
「ねぇ、なんで、2人ともそんなに
やる気ないの?」
「うん。まぁ、やる気を失って
生きてけないって思ったから…。
ここにいるんだけどね。
まだ、必死こいて、行動してる方だよ。
だるいけど…。」
オリヴァは頭を甲羅に入れて出してを
繰り返して遊んでいた。
「俺も、一度は、
死の淵に立ったようなもんだよ。
今更どうしようと焦ってはないし。
なるようにしかならないから
頑張らずに生きていきたいんだよね。」
リアムはため息をつく。
「君だって、落ちこぼれだろ?
ジェマンジの企みにまんまと
引っかかったってオチだろ?
ボスはそのために俺たちを集めたから。」
「お、落ちこぼれ。
確かに応募したオーディションは
落ちたけど。
ジェマンジの企みって、
君たちもその人のオーディション
受けたの?」
「ああ。僕は【うさぎとかめ】の
オーディションだよ。
そこのオリヴァも配役は違うけど、
同じの応募して、みごと落選。
後で聞くとさ、もうこの人って
決めていたって言う話で
俺らの受ける意味わかんねぇよな。
それ聞くと主人公に花を飾りたいって
俺らだって、人生の主人公そのもの
だっつぅーの。
いけすかねぇよな、あの審査員の
ジェマンジってやつ。
人間性…動物性疑うわ。」
「え、そこ、別に人間性でも大丈夫だよ?」
「でも、見てる人、いるじゃん。
気を使うよね。」
カメラ目線になるリアム。
アシェルは現実に戻した。
「まぁまあ。そういうことよ。
信じて、裏切られて…。
今回のバンドオーディションも
受けるの怖いんだよね。
また落とされるんじゃないかって。」
「確かに不安になるけどさ。
何回も挑戦することに
意味あるんじゃねぇの?
俺は何回も落ちてるからさ。
そこで一喜一憂してる暇ねぇかなって
いつも思って受けてる…。
さすがに屈辱的な落選は初めて
だったけどな。
それは気にしないようにしてるけど
気になるが…。」
アシェルは、ガッツポーズを作って
言った。
採用、合格、当選の文字はいつ見ることが
できるのか。
その日を夢見てる。
どんな時も諦めない心を忘れないでいた。
リアムはそれを聞いて、少しアシェルを
尊敬した。
自分にはないパワーを感じられた。
アシェルは甲羅の中に入って、
眠り始めたオリヴァを起こして、
メンバーはそれぞれにルークに
指示されたレッスン
会場に向かった。
進む足取りは重かった。
狼のアシェルは、ルークに教えられた
地図を頼りに
ボイスレッスン教室に向かった。
レンガで作られていた建物を見て、
心臓が高鳴った。
また壊したら、請求されるんだろうなと
ヒヤヒヤしながら、玄関の大きな黒い扉を
ガチャリと開けた。
目の前はだだっ広い防音室の中に入った。
全面鏡張りで、壁紙は黒かった。
モノトーンのインテリアになっている。
入り口にはスティックタイプの芳香剤が
置かれていた。
丁寧に置かれた1組のスリッパを
履こうとした。
視線が痛い。
モノトーンに同化して気づかなかったのか、
忍者のようになっていたのか
それとも気配を消すのが得意なのか
中に入るまでわからなかった。
鏡を背にこちらをじっと見ている。
ハシビロコウがまっすぐにただずんでいた。
「あ、あの〜。」
視線を変えることなく、ずっとこちらを
見てくる。
返事を待たずに話し続ける。
「こちらにボイスレッスンの先生が
いらっしゃるということで
株式会社Spoonのルークさんから
紹介されたんですが…。」
話を聞いているのか、視線を逸らされて
クラッタリングしている。
クチバシをカタカタ言うあのことだ。
「ボイスレッスンの先生って
どちらにいらっしゃいますか?」
その言葉を発した瞬間、バサーっと
飛んでこちらに近づいてきた。
アシェルの目の前に顔を近づけてきた。
ピロンと頭の上に透明の
青いディスプレイを表示させた。
『私がボイスレッスン講師の
シャウトだ。』
声には出さずに文字で表した。
声を出せないにも関わらずと
名前と相反している。
「あ、あの、アシェルと言います。
よろしくお願いします。」
自己紹介したにも関わらず、
シャウトは姿を消した。
壁のギリギリ近くまで飛んで行っていた。
アシェルの目の前からかなり離れている。
(なんだろう、この違和感。
すごく絡みづらい!!
本当に先生なのか?)
遠くに飛んだシャウトのそばに駆け寄ると
青枠の大きな透明ディスプレイが
現れて、突然、レッスンが始まった。
画面には声を発する時の基礎練習について
説明書が書いてあった。
一つは唇を閉じた状態でのリップロール。
『ブルルル』と話せるかという動画が
流れてくる。参考にリップロールしているのは、ハシビロコウではなく、なぜかひよこのルークだった。
配役が随分ケチっていた。
言葉を発せないシャウトは
黙って、目をつぶり、
時間が過ぎるのをただただ待っていた。
(いや、先生なら指導するでしょう。
なにこれ、放置プレイ授業?!
俺、どうしろと?
ただ、この映像見るだけなら
家でもできるけど。
あ、今はまともな家がなかったな…。)
『この映像見ながら、練習して。』
ハシビロコウは白目を向いて、
頭の上にディスプレイを表示させた。
(いや、絶対、そんなこと考えてもないし、
思ってないでしょう。
なにこれ、あやつり人形?
何でボイスレッスンなのに
歌も歌えないハシビロコウなんだよ!?)
ブツブツと文句を頭の中で考えていると
サボっていると思われたのか、
また近くに飛んできた。
「はい、やります。
自分で、やる気出して
やりますよ。
がんばります。」
シャウトの顔が近い、鼻がヒクヒクなって
アシェルの頭の耳がクニャッと
小さくなった。
何を考えているかわからない。
カタカタとクラッタリングしている。
ディスプレイに表示されたテキストを読破し、発生練習をして、声のウォーミングアップをした。
シャウトは白目を向きながら
『そのまま続けて練習に励め。』
この表示された文字を打ち込んでいたのは
もちろん、シャウトではない。
遠隔操作でボスが通信を使って、
打ち込んでいた。
あくまで、ハシビロコウのシャウトは、
お飾りであって、本当に話すことも
鳴くこともできない。
だから、表示された文字と顔の表情が
合っていなかった。
大体予測はついていたアシェルはそれでも
あてがわれたミッションに挑んでいた。
空き缶がコロコロと転がっていく。
風が強かった。
裏路地に走り行く者。
帽子を目深かにかぶっていた。
後ろを気にしては路地の奥へ奥へと進む。
息が荒い。
「そっちにはいたか?」
「いや、いない。
あいつ、いったいどこに行った?」
「こっちに逃げたのは見えたんが…
もしかして、あっちの方だったかも
しれないな。
ったく、支払い期日守らないで
今月も逃げる気だな?!」
「いつものことだけど、念のため
状況確認だよな。
借りるだけ借りて返すあるのか
わからないよな。」
「とにかく、あっちも見るぞ。」
「ああ。」
ハイエナのイカつい男の2人は、
誰かを追いかけていた。
帽子を目深かにかぶった男。
ゴミ箱の横にかがんで見つからないように
隠れた。
なんとか、逃げ切ったようだ。
走ってきたため、呼吸がものすごく荒い。
「逃げるのも大変だ。
早く、成し遂げないと
俺も飢え死にしてしまうわ。」
毎月の支払日はこうやって逃げていた。
闇の金融会社のハイエナ達は
毎月、株式会社Spoonのボスは、
借金を繰り返しては支払い日を逃げて
逃げて、経営を続けていた。
音楽プロデュースするのも
全然、立ち上げたばかりで
未だ軌道に乗っていない。
そもそもの始まりは、
ジェマンドの悪事を暴き、
路頭に迷った応募者達を救おうと
立ち上げたものだった。
本当は、このボスというライオンも
ジェマンドという男と
歌手を目指していた。
何度目指しても目が出ないと思った
2人は、歌手を育てようと考えだしたが
途中から、ジェマンドは俳優を育てる
事業を始めていた。
社長業を自分でしたかったため、
ボスの前から姿を消した。
あえて、
落選者の応募者を募り、
元々決まっている配役の
モチベーションをあげるためだという。
このやり方に汚いと卑怯だと
S N Sで批判が出ていたが、
お金の力でコメント削除を
繰り返していた。
残された者たちの行く場を救うため
ボスは、Spoonと会社を作ったが、
なかなか、奮い立って歌手になる者は
出ていなかった。
そんな中でのアシェルたちが
集まっていた。
商売もあがったりなので、
ひよこのルークは溶接の資格を取って
本当に銀のスプーンを作っては
売ろうと
必死に何百本も作成しては、
ポンポンとボックスの中に溜めていた。
稼ぎは本当にこのスプーンの
売り上げしかない。
銀色に虹色の塗料を塗った。
意外とこのデザインも人気があり
こっちの商売の方が盛り上がるん
じゃないかと思いながら
作り続けた。
それでも、ビジネスには
お金が足りない。
スプーンの売り上げだけでは
従業員の給料しか払えてない。
早く
歌手として成功してほしいと思いが
あった。
***
「すいません!
これってレッスンになるんですか!?」
アシェルは、左腕のボタンを押して、
ルークに電話をした。
ちょうどルークは溶接中でジリジリとした
音でうるさかった。
「ごめんなさい。今忙しいんですけど、
手短にお願いします。」
「だから、このハシビロコウ先生?
何も言ってくれないし、
カタカタってクチバシを鳴らすしか
できないんですよ!?
どうやって教われって言うんですか?」
「…アシェルさん、その方、先生では
ありません。監視役です。」
「は?」
「部屋に大きなディスプレイありますよね。
それが、レッスン内容です。
今の時代、
人からあーだこーだ言われるのが
嫌な方が多いんです。
先生と言っても、画面が先生って感じ
でしょうか。
自ら、スイッチを入れていただいて
映像を見ながら学んでいただき、
知識を身につけるんです。
アシェルさんは尚更、
人の言うこと聞かないタイプなので
この方法を選ばせていただきました。
ハシビロコウさんはそんなアシェルさんを
監視するためにいます。
逃げたいとかは思わないでしょう?」
「…はぁ。
そういうレッスンなんですね。
確かに逃げたいって感じにはならない
ですけど、時々こちらに飛び立ってくるのが
怖いんですが。」
「あなた、狼ですよね。
なんで、怖いとか思うんですか。
襲ってほしいとは言わないですけど、
ハッシーを食べないでくださいよ。
僕の友達だから。」
「と、友達…。
喋らない友達。
そっか。友達いないんだな…。」
「僕のことは放っておいて!!
それよりアシェルさん、
そのレッスンが終わったら、
ぜひ、路上ライブをやってみてください。
さっき動画配信を拝見しましたが、
かなり再生回数増えていましたよ。
もしかしたらっていうのはあります。
ギターの弾き語りはできるんですか?」
「え、あ、そう?
確認してみます。
ギターは少しだけなら引けます。」
「引けるならバッチリですね。
あとで、ギターを用意しておきますから。
練習頑張ってくださいね。
僕は今からスプーンを
100本作らなくちゃいけないので、
それじゃぁ。」
プツンと電話は切れた。
アシェルは、目の前にいる
ハシビロコウのクチバシを避けて、
レッスン動画を見ながら
発生練習を始めた。
声を出すたびにハシビロコウのシャウトは
カタカタとクチバシを鳴らした。