「俺、が……?」
――兄上と、同等……?
リヒトは信じられない思いで目を見開いていた。
「リヒト・クリスタロスの実技評価は、今回の卒業試験の資格者の中で最下位です。しかし、彼は魔法研究の分野において、この度素晴らしい賞を受賞しました。紙の鳥の魔法、瞳の色を変える魔法、映像の投影魔法。古代魔法に記された魔法の復元に加えて、小さな魔力で使える魔法道具の開発。『透眼病』患者向けの治療として、彼が考案した内容は、実証実験では視力の矯正だけでなく、使い続けることで視力そのもの回復の効果が見込めることがわかりました。この度、これらの彼の研究に、賞を授与することとなりました。魔法道具・魔法陣・医療研究における第一等――これは、ベアトリーチェ・ロッド氏の医療魔法に対する研究での受賞年齢の記録を塗り替えることとなり、最年少での受賞となります」
ベアトリーチェはかつて、屍花である青い薔薇を使用した薬で、賞をとっている。
だが今回、リヒトが賞をとるとすれば、それは受賞年齢を更新することになる。
「学院生徒による在学中の受賞は、我が校か開設当初以来、誰もなし得なかった功績です。魔力実技・成績における最優秀賞は、当初ローズ・クロサイトを予定しておりましたが、入学してからの期間が短かったこととから、今回の受賞の基準には該当しないとみなされました。以上の理由から、今年度は実技と研究において、それぞれ最も優秀と評価されたレオン・クリスタロス、リヒト・クリスタロスの両名を、最優秀者と認定します」
司会の青年に続き、ロイが話を始める。
「入学において、我が校では二つの試験を設けている。それはたとえ片方でも、特出した才能をそなえているならば、評価すべき才能であると考えているからだ。卒業試験では、学院は自らが今持てうる力をすべて発揮するよう呼びかけている。今回の彼らの発表は、それぞれの分野において、最も優れていたと言っていいだろう」
世界で最も領土を持つ『赤の大陸』グラナトゥム、そして学院を作った『三人の王』の一人『大陸の王』の転生者とされるロイの言葉を皮切りに、会場のあちらこちらから、リヒトを評価する声が上がる。
「ローズ様がロイ様との戦いで使われていたから、てっきりローズ様の功績かと思っていたけれど、彼の功績だったんだな。光の階段とか紙の鳥とか、復元されたとは聞いてたけど本当だったんだな」
「しかもあれって、かなり魔力消費少なくていいんだろ?」
だが、リヒトを「評価」するのは、肯定派だけではなかった。
魔力が全てだと教えられてきた人間の中には、当然受け入れられない人間も存在する。
「でもあいつ、魔力が弱くてほとんど魔法が使えないんだぞ。『落ちこぼれ』だといわれていたあいつが――そんな人間の魔法が、認められるっていうのか?!」
だがその否定の言葉は、別の少年によってすぐに訂正された。
「だから生まれたのが、この魔法なんだろ。俺たちと同じようには魔法が使えないから、彼は古代魔法を復元させた。それがどれだけ大変なことかは、きっと俺たちじゃなくて――もっと上の人間のほうが、きっとそれをわかってる」
「学院に入ってからの短期間でできることじゃないはずだし――だとしたらあれは、もっと前からやってた研究なのかな?」
「古代魔法の復元なんて、俺が出来垂らすぐにだって発表したいって想うけど……。彼はどうして、これまで発表してなかったんだろう?」
その疑問に、別の少年が「おそらく」と前置きをして言った。
「魔力が弱ければ、今のこの世界では、多くの場合正しい評価は下されない。魔力の高さは、その人間の信用に置き換わるとさえ言われている。でもこの試験では、魔力が低い人間が作り出したものだとしても、公平に扱われる」
「きっと彼はこれまでそうやって、いろんな人間に心無い言葉を向けられてきたんだろうな」
「でもさ、魔法が使えないし他に才能もないって話だったけど――これも一種の『才能』だよな」
「それに確か、学院創立以来初めての筆記満点入学なんだろ?」
「え!? 半分解けたらいいと言われてるあれで!?」
多くの生徒がリヒトの能力を肯定する話を続ける中、リヒトのことを悪し様に罵っていた少年は、居心地悪そうに唇を噛んだ。
もうその場所に――リヒトを貶める発言を、肯定する人間は居なかった。
「二人とも、壇上へ!」
ロイの声に合わせて、また大きな拍手が起こる。
ローズは、まだ現実を受け入れられずにいたリヒトに言った。
「リヒト様。この歓声は、貴方に向けられたものですよ」
「……」
「さあ、行ってください」
そう言うと、ローズはリヒトを立ち上がらせて、その背中を押した。
リヒトは少しだけよろめいてから、自分に向けられる賞賛に唇を震わせて、それから真っ直ぐに背を伸ばして階段を降りた。
舞台の上に上がったリヒトはトロフィーを受け取ると、二人の少女の方を見た。
目と目が合う。アカリは、リヒトを見て微笑んだ。
リヒトは受け取ったトロフィーを、小さく掲げた。
――よかった。笑っているのか。
自分のために、たくさんの人が拍手をおくる。
そんな賞賛よりも何よりも、自分を見つめる彼女が笑っていることが、リヒトは心から嬉しかった。
リヒトはずっと自分の頑張りなんて、無駄になるんだと思っていた。
でも、今は――。
今までの自分は無駄じゃなかった。自分の努力は、決して無価値などではなかったと、確かにそう思えた。
鳴り止まない拍手を聞きながら、リヒトはかつて、父にかけられた言葉を思い出した。
『お前の魔法は認められない。発表することは許さない』
『何故。何故ですか……!』
『不完全な魔法。もしその魔法に何か不具合があったとき、お前は責任が取れるのか? そんなことがあれば、お前への評価も、この国の評価も、今よりも悪いものになる。可哀想だが、それがこの世界なのだ。魔力の弱い人間の作った魔法は、認められない。諦めなさい。リヒト』
リヒトに母の記憶はほとんどない。
そんな彼の父は、いつだってリヒトを否定した。
これまでのリヒトは、父の言葉は、『最も』だとずっとそう思っていた。
自分の魔法は不完全だ。だから悪いのは自分なのだと。自分が弱いから。……弱いから、周りから認めてもらえないのだと。いつだって、自分を責めて生きてきた。自分を嫌って生きてきた。
でもこの学院に来て、不完全な魔法を評価する世界があることをリヒトは知った。
そもそも人の作るものに、完全なものなど存在するのだろうか?
それに完全でないとしても、研究を世に出すことが出来ていれば、人と関わって、リヒトはもっと早く自分を変えていられたかもしれなかった。
『大丈夫。そう心配なさらないでください。リヒト様の魔法は、十分信用に値するものです。貴方の努力は決して無駄ではないと、私が証明します』
彼女の口癖。
ローズの『大丈夫』という言葉が、リヒトはずっと嫌いだった。でも、今日はその言葉が、何故か不思議と愛しく思えた。
そしてリヒトは、エミリーにかけられた言葉を思い出した。
自分を突き放す言葉のように感じたそれが、今はただ柔らかく降る雨のように、じわりと胸に響いた。
『どうか自分を、好きになってあげて。貴方は、この世界に一人しかいないんだから。貴方が自分を認めてあげなかったら、貴方を一番知る人は、ずっと貴方を嫌いなままなんですよ』
リヒトは、胸を押さえて不器用そうな笑みを浮かべた。
そして客席から響く歓声を、強く胸に刻むことを誓った。
きっと自分は、この光景を死ぬまで忘れないだろう――リヒトはそう思った。
いや、違う。忘れられるはずがないのだ。
初めてこんなに大勢に、自分という存在を認められた瞬間を、どうして忘れることが出来るだろうか?
『貴方は、誰にも魔法を与えてもらえなかったの?』
エミリーのその問いに、今のリヒトはまだ答えることは出来ない。しかしそれでも、目に見えるこの世界は、自分にとって誇れるものだと彼は思えた。
温かな感情が自分の中にこみ上げてくる。
リヒトは今なら少しだけ強い魔法が、自分にも使えるような気がした。
◇
「ローズさん。――私、決めました。私は、元の世界に帰ります」
「……」
「私――……この世界に来て、ローズさんと出会えて、良かった」
鳴りやまない拍手の中、真っ直ぐリヒトを見ていたアカリは、そう言うと静かに目を瞑った。
たれ目がちな瞳で精一杯の笑顔を作る。そんな彼女に、ローズは何も言う事が出来なかった。
――兄上と、同等……?
リヒトは信じられない思いで目を見開いていた。
「リヒト・クリスタロスの実技評価は、今回の卒業試験の資格者の中で最下位です。しかし、彼は魔法研究の分野において、この度素晴らしい賞を受賞しました。紙の鳥の魔法、瞳の色を変える魔法、映像の投影魔法。古代魔法に記された魔法の復元に加えて、小さな魔力で使える魔法道具の開発。『透眼病』患者向けの治療として、彼が考案した内容は、実証実験では視力の矯正だけでなく、使い続けることで視力そのもの回復の効果が見込めることがわかりました。この度、これらの彼の研究に、賞を授与することとなりました。魔法道具・魔法陣・医療研究における第一等――これは、ベアトリーチェ・ロッド氏の医療魔法に対する研究での受賞年齢の記録を塗り替えることとなり、最年少での受賞となります」
ベアトリーチェはかつて、屍花である青い薔薇を使用した薬で、賞をとっている。
だが今回、リヒトが賞をとるとすれば、それは受賞年齢を更新することになる。
「学院生徒による在学中の受賞は、我が校か開設当初以来、誰もなし得なかった功績です。魔力実技・成績における最優秀賞は、当初ローズ・クロサイトを予定しておりましたが、入学してからの期間が短かったこととから、今回の受賞の基準には該当しないとみなされました。以上の理由から、今年度は実技と研究において、それぞれ最も優秀と評価されたレオン・クリスタロス、リヒト・クリスタロスの両名を、最優秀者と認定します」
司会の青年に続き、ロイが話を始める。
「入学において、我が校では二つの試験を設けている。それはたとえ片方でも、特出した才能をそなえているならば、評価すべき才能であると考えているからだ。卒業試験では、学院は自らが今持てうる力をすべて発揮するよう呼びかけている。今回の彼らの発表は、それぞれの分野において、最も優れていたと言っていいだろう」
世界で最も領土を持つ『赤の大陸』グラナトゥム、そして学院を作った『三人の王』の一人『大陸の王』の転生者とされるロイの言葉を皮切りに、会場のあちらこちらから、リヒトを評価する声が上がる。
「ローズ様がロイ様との戦いで使われていたから、てっきりローズ様の功績かと思っていたけれど、彼の功績だったんだな。光の階段とか紙の鳥とか、復元されたとは聞いてたけど本当だったんだな」
「しかもあれって、かなり魔力消費少なくていいんだろ?」
だが、リヒトを「評価」するのは、肯定派だけではなかった。
魔力が全てだと教えられてきた人間の中には、当然受け入れられない人間も存在する。
「でもあいつ、魔力が弱くてほとんど魔法が使えないんだぞ。『落ちこぼれ』だといわれていたあいつが――そんな人間の魔法が、認められるっていうのか?!」
だがその否定の言葉は、別の少年によってすぐに訂正された。
「だから生まれたのが、この魔法なんだろ。俺たちと同じようには魔法が使えないから、彼は古代魔法を復元させた。それがどれだけ大変なことかは、きっと俺たちじゃなくて――もっと上の人間のほうが、きっとそれをわかってる」
「学院に入ってからの短期間でできることじゃないはずだし――だとしたらあれは、もっと前からやってた研究なのかな?」
「古代魔法の復元なんて、俺が出来垂らすぐにだって発表したいって想うけど……。彼はどうして、これまで発表してなかったんだろう?」
その疑問に、別の少年が「おそらく」と前置きをして言った。
「魔力が弱ければ、今のこの世界では、多くの場合正しい評価は下されない。魔力の高さは、その人間の信用に置き換わるとさえ言われている。でもこの試験では、魔力が低い人間が作り出したものだとしても、公平に扱われる」
「きっと彼はこれまでそうやって、いろんな人間に心無い言葉を向けられてきたんだろうな」
「でもさ、魔法が使えないし他に才能もないって話だったけど――これも一種の『才能』だよな」
「それに確か、学院創立以来初めての筆記満点入学なんだろ?」
「え!? 半分解けたらいいと言われてるあれで!?」
多くの生徒がリヒトの能力を肯定する話を続ける中、リヒトのことを悪し様に罵っていた少年は、居心地悪そうに唇を噛んだ。
もうその場所に――リヒトを貶める発言を、肯定する人間は居なかった。
「二人とも、壇上へ!」
ロイの声に合わせて、また大きな拍手が起こる。
ローズは、まだ現実を受け入れられずにいたリヒトに言った。
「リヒト様。この歓声は、貴方に向けられたものですよ」
「……」
「さあ、行ってください」
そう言うと、ローズはリヒトを立ち上がらせて、その背中を押した。
リヒトは少しだけよろめいてから、自分に向けられる賞賛に唇を震わせて、それから真っ直ぐに背を伸ばして階段を降りた。
舞台の上に上がったリヒトはトロフィーを受け取ると、二人の少女の方を見た。
目と目が合う。アカリは、リヒトを見て微笑んだ。
リヒトは受け取ったトロフィーを、小さく掲げた。
――よかった。笑っているのか。
自分のために、たくさんの人が拍手をおくる。
そんな賞賛よりも何よりも、自分を見つめる彼女が笑っていることが、リヒトは心から嬉しかった。
リヒトはずっと自分の頑張りなんて、無駄になるんだと思っていた。
でも、今は――。
今までの自分は無駄じゃなかった。自分の努力は、決して無価値などではなかったと、確かにそう思えた。
鳴り止まない拍手を聞きながら、リヒトはかつて、父にかけられた言葉を思い出した。
『お前の魔法は認められない。発表することは許さない』
『何故。何故ですか……!』
『不完全な魔法。もしその魔法に何か不具合があったとき、お前は責任が取れるのか? そんなことがあれば、お前への評価も、この国の評価も、今よりも悪いものになる。可哀想だが、それがこの世界なのだ。魔力の弱い人間の作った魔法は、認められない。諦めなさい。リヒト』
リヒトに母の記憶はほとんどない。
そんな彼の父は、いつだってリヒトを否定した。
これまでのリヒトは、父の言葉は、『最も』だとずっとそう思っていた。
自分の魔法は不完全だ。だから悪いのは自分なのだと。自分が弱いから。……弱いから、周りから認めてもらえないのだと。いつだって、自分を責めて生きてきた。自分を嫌って生きてきた。
でもこの学院に来て、不完全な魔法を評価する世界があることをリヒトは知った。
そもそも人の作るものに、完全なものなど存在するのだろうか?
それに完全でないとしても、研究を世に出すことが出来ていれば、人と関わって、リヒトはもっと早く自分を変えていられたかもしれなかった。
『大丈夫。そう心配なさらないでください。リヒト様の魔法は、十分信用に値するものです。貴方の努力は決して無駄ではないと、私が証明します』
彼女の口癖。
ローズの『大丈夫』という言葉が、リヒトはずっと嫌いだった。でも、今日はその言葉が、何故か不思議と愛しく思えた。
そしてリヒトは、エミリーにかけられた言葉を思い出した。
自分を突き放す言葉のように感じたそれが、今はただ柔らかく降る雨のように、じわりと胸に響いた。
『どうか自分を、好きになってあげて。貴方は、この世界に一人しかいないんだから。貴方が自分を認めてあげなかったら、貴方を一番知る人は、ずっと貴方を嫌いなままなんですよ』
リヒトは、胸を押さえて不器用そうな笑みを浮かべた。
そして客席から響く歓声を、強く胸に刻むことを誓った。
きっと自分は、この光景を死ぬまで忘れないだろう――リヒトはそう思った。
いや、違う。忘れられるはずがないのだ。
初めてこんなに大勢に、自分という存在を認められた瞬間を、どうして忘れることが出来るだろうか?
『貴方は、誰にも魔法を与えてもらえなかったの?』
エミリーのその問いに、今のリヒトはまだ答えることは出来ない。しかしそれでも、目に見えるこの世界は、自分にとって誇れるものだと彼は思えた。
温かな感情が自分の中にこみ上げてくる。
リヒトは今なら少しだけ強い魔法が、自分にも使えるような気がした。
◇
「ローズさん。――私、決めました。私は、元の世界に帰ります」
「……」
「私――……この世界に来て、ローズさんと出会えて、良かった」
鳴りやまない拍手の中、真っ直ぐリヒトを見ていたアカリは、そう言うと静かに目を瞑った。
たれ目がちな瞳で精一杯の笑顔を作る。そんな彼女に、ローズは何も言う事が出来なかった。