ハロウィンパーティーの開始の鐘がなり、生徒たちはかぼちゃのランタン探しに躍起になっていた。
 ランタンは空中に浮かんでいることもあり、今回の企画は、空を飛べる生徒たちが有利のようにローズには思えた。
 レオンがそうであるように、高等部の生徒の中には騎乗したうえで飛行可能な、高位の契約獣との契約を行っている者も多い。
 そのことをふまえると、幼等部の生徒たちは明らかに不利だった。

「みんなやる気十分だな」
 それでも、幼等部の生徒たちは負ける気など更々なかった。
 元々魔法の才能をかわれて入学したのだ。『魔法の才能』だけならば、年上だろうと引けは取らない。
 エミリーに子守を頼まれたリヒトは、彼らの行動を見守っていた。

「お姉ちゃん、あったよ! 飴が入ってた!」

 大きな帽子をかぶり、箒にのって飛ぶ。
 風魔法使いの少女はランタンから菓子を取り出すと、ローズに手渡した。

「ありがとう。また一つ増えました」

 ローズは指輪の『収納』を活かして、荷物持ちを担当していた。
 その任をこなしながら、ローズ自身も菓子を集めていく。全属性使えるローズは、当然風魔法での飛行も可能だ。

「ローズ……も、やる気十分だな」
「当然です。やるからには勝たなければ」

 ローズは飴を手に、大きく頷いた。
 今回のハロウィンパーティーでは、光魔法で明かりを作るのは禁じられている。
 白い紙で作られたぼんやり浮かぶ『幽霊』と、オレンジ色のランタンだけが、学園に灯された唯一の光だ。
 夜の校内を歩いて回る――それは、さながら。

「『肝試し』のようですね」
 ローズがぽつりそんなことを呟くと、子どもたちは首を傾げた。

「『肝試し』って、なに?」
「夜の学校を、いくつかの地点を設けてまわるイベントを異世界ではそう呼ぶそうです。中にはいわく付きの場所もあり、任務をこなしながら進む必要もあるようです」
「?? 『いわく』……って?」
 少女は可愛らしく首を傾げた。

「――夜に勝手に動く人体模型」

 その問いに、ローズは声音を変えずに答えた。

「夜に数えると、何故か増える怪談。学校の三階トイレに住んでいるという、火事で焼け死んだ赤いスカートの子どもの霊、誰もいない音楽室から聞こえるピアノの音色を辿り教室の扉を開けると、肖像画から血の涙が流れ出るという……」
「ふぇっ!?」

 ローズが語り出した『怪談』に、少女は思わずリヒトに抱きついた。その体は小さく震えている。

「それから――……」
「ろ……ローズ!」
「はい?」

 まだ続けようとするローズに気付いて、リヒトは声を上げた。
 七不思議を全て話そうとしていたローズは、何故リヒトが声を上げたかわからず首を傾げた。

「その話、今はやめろ。怖がってる!」
「え?」

 リヒトに指定され、ローズはようやく震える子どもたちに気がついて口を閉ざした。どうやら自分は『失敗』したらしいと頭を下げる。

「申し訳ありません。楽しんでもらえたらと思ったのですが……」
「……」

 悪気はなかったと謝るローズを見ながら、リヒトは幼い頃、ギルバートに自分とユーリとローズが夜に脅かされた過去を思い出した。
 自分とユーリが死ぬほど驚いて震えた中、ローズは『白い布を被って脅かす』という発想がすごいと、何故かギルバートを褒め称えていた。

「……それよりローズ、なんでそんな話を知ってるんだ?」
「お兄様が、今回の企画は異世界の異文化交流だと仰っていたので、異世界について私も少し勉強しようかと思いまして」

 ローズはそう言うと、いそいそと指輪から本を取り出した。
 『異世界人《まれびと》』によって書かれた本の表紙には、白い幽霊が描かれている。
 リヒトは頭を抱えた。
 自分の幼馴染みは昔から真面目だが、たまにやることが少しずれている。
 だが魔法の研究においてはおかしいと言われることも多いリヒトは、ローズの疵瑕を責めることはしなかった。

「――うん。わかった。ローズは、みんなを楽しませたかっただけなんだよな? ただ、とりあえずそれはしまってくれ。今は別の話をしよう」

 リヒトはそう言うと、自分の服を掴んで震える子どもたちに笑って尋ねた。

「なあ。みんなは、選ばれたらどんな願いを叶えて貰うんだ?」
 リヒトの問いに、子どもたちの顔が、ぱっと明るくなる。

「私? 私はね、お姫様のドレスを着せてもらいたい!」
「私はね、美味しいごちそういっぱいお願いするの!」
「俺は陛下のレグアルガに乗せてもらう!!」
「魔法の指南をしてもらう!!」
「どれも楽しそうだな」

 リヒトは素直にそう思った。小さな子たちが元気なのは微笑ましい。

「……のんきなものですね」
 だがその様子を見て、幼くして騎士としてリヒトの護衛をつとめるアルフレッドは、はあと小さく溜め息を吐いた。

「アルフレッド?」
「彼らの立場からすれば、あの王に将来いい条件で雇ってもらうとかが、一番有益そうですけど」
 いつもは空気を読まない彼の言葉は、年の割に大人びている。リヒトはアルフレッドの言葉に苦笑いした。

「うーん……。でも、そういうことを言うあいつらは見たくないんだよなあ……」
「……じゃあ、リヒト様が」
「ん?」
「リヒト様がもし選ばれたら、どうされるんですか?」
「俺か? 俺は……そうだな」

 リヒトはふむと考えてみた。
 エミリーに引率を頼まれていたため、自分が選ばれる可能性なんて、彼は微塵も考えていなかった。
 だがもし、自分が『願える』なら。

「今日の参加している全員が、楽しめるようなことを頼むかな」
「……自分のためには使われないんですか?」
「自分のため、っていってもなあ……。特に何も思い浮かばないし、強いて言えばクリスタロスのためにとは思うけど、祭りの特典を使って国としてお願いするっていうのは、何か違うとも思うんだよな。両方に利益がある、とかならいいと思うんだけど」

 なんとなく自分はロイを相手に、下手《したて》に出るのが嫌なのかもしれないともリヒトは思った。
 困ったように笑うリヒトを見て、アルフレッドは腕を組んで溜め息を吐いた。

「リヒト様」
 ローズに呼ばれて、リヒトは振り返った。

「ローズ。どうだ? だいぶ集まったか?」
 ローズが回収したお菓子は収納しているため、今の数量がわからない。リヒトの問いに、ローズは首を横に振った。

「お菓子は見つかるのですが、鍵まだ一つしか見つかっていません。ですので、捜索方法を変えた方がいいかもしれません」
 
 ローズの言葉を聞いて、リヒトはふむと口元に手を当てた。
 ――そういえば。

「因みにその鍵って、同じランタンに入ってるんだよな?」
「一個はそうでしたので、おそらくは」

 幼等部が現在持っている鍵は、ローズが見つけたものだ。その際、ランタンの中にはいくつかの鍵が入っていた。
 リヒトはローズの言葉を聞いて頷いた。

「鍵を優先するとするなら、他の人間がどこで見つけたのかが分かればは、捜索の時間は短縮できるかもしれないな。――アルフレッド」
「りょーかいです」

 リヒトに呼ばれ、アルフレッドは石に触れると魔法を発動させた。黒い煙が、彼の足元から舞い上がる。
 アルフレッドは人の良さそうな顔をして、黒い笑みを浮かべた。

「盗み聞きなら、お任せくださいっ!」



 アルフレッドの能力は密偵に適していた。特に夜の場合、自身の体を闇に同化させることが可能だ。

「鍵の場所が特定できたので、その分は回収してきました」

 魔法を解いたアルフレッドは、ローズに鍵を手渡した。

「これで三つ、か……」
「――それと、報告です」
「うん?」
「どうやら他のところは、何かと問題が起きているみたいです」
 アルフレッドはにやりと笑った。

「選ばれるのは一人。だとしたら、争いが起きても仕方ありません」

 ローズは静かに目を伏せた。それは、当初から協力しあっていた幼等部からすれば朗報だった。お互い潰し合ってくれれば、そのぶん時間が稼げる。
 鍵はあと二つ――ローズたちが次はどうするかと考えていたら、子どもたちの声が響いた。

「ねえ、見て! このかぼちゃ、隠されたの!」

 高い木の上に吊るされたランタンは、黒い布のようなもので覆われていた。
 リヒトは木を見上げて呟いた。

「……なるほどな。確かに、妨害は禁じられていない」
「なんだよ。そんなのずるじゃんか!」
「せこい!」

 いい計略だと頷くリヒトに対し、子どもたちからの光の遮蔽作戦の評価は散々だった。
 そしてリヒトは木を見上げながら――あることに気付き、声を上げて笑った。

「ははははは! なるほど、そうだよな!」
「り……リヒト? どうしたんだ? 変なものでも食べたのか?」
「ああいや、そうじゃないんだ。フィズ。もしかしたら……向こうが本当に『隠した』のなら、これは逆に俺たちに有利に働くかもしれないぞ」
「え?」
「リヒト様、もしかして……」
「ああ。これなら、魔法の残滓が確認できる」

 理解できない子どもたちに、リヒトは自作の眼鏡を取り出した。
 この暗闇の中で、『隠す』ために、『見つける』ために魔法が使われたなら、リヒトにとっては目印が用意されたに等しい。
 それは、祭りの後半でこそ使えるリヒトだけの武器だ。

「リヒト、その眼鏡貸して!」
「ダサいけど今日は我慢してやる!」

 早くよこせと手を出す子どもたちに、リヒトは眼鏡を渡した。
 これまで酷評されてきたものが、まさかこんなこところで日の目を見るとは、リヒトは思ってもみなかった。

「見える! 見えるぞ! 隠された財宝が!」
「隠そうと無駄だ! ふはははは! 正義は勝つ!」
 高笑いをする子どもたちの声は闇夜に響く。

「そこ、隠れてる!」
「あった!」
 魔法の残滓を辿る。土の中に隠されようが、地属性魔法を使って開けた穴なら容易に追跡できる。

「なんだか、楽しくなってきましたね」
 ローズは目を輝かせた。
 これなら勝てるかもしれない。自分はリヒトの護衛だが、罠などを仕掛けず正々堂々戦った幼等部が一番になれるとしたら、ローズとしても喜ばしいことに思えた。

「元気が良くて何よりだ。……っくしゅんっ!」
 その時リヒトがくしゃみをして、ローズは目を瞬かせた。

「リヒト様、大丈夫ですか? あの、もしかして私のせいで……」
 ローズにマントを渡したリヒトの服は、よく見ると寒そうに見えた。

「ああいや、問題ない。気にするな」 
 ローズがマントを脱ごうとすると、リヒトは片手を上げてローズを静止した。

「ローズの服は元々薄着だったからな。脱いだらローズが風邪を引くだろ」
「リヒト様……」

 鼻を赤くして自分に笑うリヒトを見て、ローズは足元にあった空《から》のランタンを持ち上げた。

「『光』は駄目だとのことですが、『炎』を使うことは禁じられておりませんでしたので」
 ローズはランタンの中に蝋燭を立て、火をともすとリヒトに手渡した。
 心なしか、温かい……気がする。リヒトはローズからあかりを受け取ると、その優しい色を見て、表情を和らげた。
「ありがとう」

 その時だった。

「五個目の鍵、見つけたぞ!」
 幼等部の生徒の声が響いた。その声に重なるように、放送が学園内に響き渡る。


『幼等部が、五つ目の鍵を集めました!』


「はあ!? 速すぎるだろ!?」
「きっとローズ様の魔法に違いありませんわ!」
「くそ。これじゃああいつらに奪われる!」
「鍵を集めよう! まずはあいつらに追いつくんだ!」

 放送を皮切りに、バラバラだった生徒たちが集まっていく。
 いがみ合い、自分の手柄ばかり考えて、幼等部に遅れを取るわけには行かない。

「リヒト様、ローズ様、急いでください。他の連中も団結し始めました」

 闇に紛れて様子を観察していたアルフレッドは、すぐに合流してから二人に報告した。
 リヒトの手には、五つの鍵がある。

「しかしこれから、どうやってこの鍵を使えばいいんだ?」
 リヒトが首を傾げていると、ローズはあるものを見つけて指さした。

「リヒト様、あれを見てください!」
「これは……」
「『おばけ』が、いっぱい集まってる……?」

 『ハロウィンパーティー』が始まってから、校内に現れた『幽霊』は、列をなしてある方向へと向かっていた。

「たぶん、あれが目印です。行きましょう!」
 ローズの声を聞いて、子どもたちは走り出した。



 暗い道をしばらく進むと、いつもはなにもないはずの場所に、木製の扉のついた『玄関』が現れた。
 扉の前には、黒い魔女の帽子を被ったランタンが置かれていた。
 ローズが扉に触れると、ランタンの中にからシャルルの可愛らしい声が響いた。

「『呪文を唱えて、扉を開けてください』」

 その声は、まるで誰かに渡された紙を読み上げているかのようだった。

「呪文……? 呪文って、何?」
 首を傾げる子どもたちを前に、ローズとリヒトだけが脱力したような顔をしていた。

「リヒト様……これは『あれ』ではないですか?」
「そうだな。たぶんギル兄上の改変のせいで消えたあの呪文だな……」
「お姉ちゃんとリヒト様は知ってるの!? 教えて教えて!」
 ローズとリヒトは子どもたちに耳打ちした。

「では……全員で扉を開けましょう。せーのっ!」
 ローズの声に合わせ、子どもたちの高い声が静寂に響く。
 それは、『呪文』を知らない他の生徒たちの耳にも届く。

「「「とりっく・おあ・とりーと!」」」

「扉が開いた!!!」
「みんな、中に入るぞ!」
 『呪文』により開かれた扉の中に、幼等部の生徒たちは一斉に駆け込んだ。

「ここ、本当なら校庭がある場所だよね……?」
 しかし扉の奥にあったのは、壁で仕切られた空間だった。

「行き止まりになってる……」
「もしかして、これは迷路でしょうか?」
 ローズは壁に触れた。
 ただの迷路なら、解き方は知っている――ローズが、そう思っていると。

「なんだ? あれ……?」
 誰かが空を指して、その声を聞いて全員が空を見上げた。
 そしてそこにあった『ありえない』ものを見上げて、誰かが叫んだ。

「空に、巨大なカボチャが浮かんでる!?」

 空に浮かぶ巨大なジャック・オー・ランタン。
 その周りには、祭祀を行うためかのように、白い『幽霊』たちがぐるぐると取り囲んでいた。