「あのねぇ、今日は一度もグラス割らなかったの! 結構成長してきたと思わない?」

 部屋着でベッドの上に座り、私はクマのぬいぐるみを膝の上に乗せて話しかけていた。

「最初はこの先やっていけるのかなぁって不安だったけど……なんとか頑張れる気がしてきた。キミのおかげだね、熊五郎」

 熊五郎はクマのぬいぐるみの名前だ。
 私はバーで働いていて、このぬいぐるみは店のお客さんからもらったもの。
 そのお客さんはゲーセンが大好きで、いつもクレーンゲームの景品などを店のスタッフに差し入れしてくれる。ゲームをすることが好きだから、景品に執着はないらしい。
 ある日、大物が取れた、とクマのぬいぐるみを持って店に来た。店のスタッフは男性が多いので、女性で一番歳の若い私が貰うことになった。
 一人暮らしで寂しかったし、話し相手にちょうどいいと思って、私はそのぬいぐるみに「熊五郎」と名付け、毎日話を聞いてもらっていた。

「彼氏でもできれば話も聞いてもらえるんだけど……まだまだそんな余裕はないなぁ」

 オシャレなバーで働けば、彼氏くらいあっという間にできると思っていたのに。仕事が忙しくて、恋愛事にかまけている余裕がない。
 同僚と恋なんてのも憧れたが、実際に一緒に働いてみると、バーで働く男性とはお付き合いする気になれなかった。3Bとはよく言ったもので、全員がそうではないのだろうけれど、やはり先人の知恵は守っておくべきだなとしみじみ思った。語り継がれるには理由がある。

「暫くは熊五郎が私の彼氏かなぁ。うわーん、今日は一緒に寝てね、熊五郎!」

 私は熊五郎のお腹に顔を押し当てて、泣きまねをした。

 ――ジジッ

「ん?」

 何か聞こえた気がして耳を澄ませるが、もう何も聞こえなかった。気のせいか、と私は熊五郎を抱きしめたまま目を閉じた。

「これからもずっと見守っててね、熊五郎」






 ――ジジッ

『もちろん、ずっと見守ってるよ』