1

トンっと小気味よい音を立てて、鉈が頭を叩き割る。

手慣れた調子で捻るように引き抜くと、匪賊の死刑囚はバッタリと倒れた。まだ断末魔の痙攣でピクピクしている。ほとんど薪割りのような手っ取り早さだ。


「こういうのは、家畜を屠ったり、狩りの獲物にトドメ刺す練習にもなるから。

ちょっと頼んで練習台に一匹二匹わけて貰った。どうせ盗賊やスパイの死刑囚だから気にするな。可愛い女の子たちに引導を渡して貰えて、こいつらもきっと幸福だろう」


エルフでマタギのキョウコ姐さんが、新入りで教え子のアネチカや少女たちに講釈する。美人ではあったがエネルギッシュな野性味のオーラが漂っている。

まだ生きている縛られたもう一人の囚人が、猿ぐつわでもがき呻きながら首を左右に振っている。半泣きで命乞いでもしているらしいが、キョウコその顔面を蹴り飛ばして「黙れ、犬」と無慈悲に吐き捨てる。


「それで、実際には急所を狙って一息のことが多いけどさ、その手を下す「心構え」とか「慣れ」とか「気合い」みたいなの」


少女たちはおそるおそるの視線を死体に投げ、少しだけ哀れむ表情を浮かべたりして、熱心に聞いている。

ついでにいつぞやはサキなどが「乙女の特別講習」とやら(母親・姉妹たちの許可を得て・むしろ共犯で)少年たちをウブな女の子たちの目の前で裸にし(木に縛って目隠しし)、「男の実物」を見せたこともある(それで最近はサキの息子のレオは逃げている?)。しょせん男女平等もケースバイケースということなのだろうか?


「とりあえず今日は、このアホの死体を刻んで山の野獣のエサにする。普段にお世話になっている山の神様や、肉や革を与えてくれる動物たちに感謝の心を忘れるな」


「はいっ!」


「よし、やってみろ!」


血塗れた練習用の鉈を手渡され、慣れない少女たちが準備で、一太刀二太刀ずつ浴びせかけていく。

あとで泣き出す子もいるのでキョウコやアネチカは頭を撫でてやる。


「よしよし、頑張ったなー。優しいのは良いことだけどな、こいつらは害獣の一種だから。生かしておくと害になるから」


いざというとき、慣れておかないと身を守れずに、命にすら関わる。

だって、こんなにも残酷な世界なのだから。



2

その近くで石器を作っていたクリュエルが、横で矢柄を作っているエルフの魔法職人に小声で呟く。


「なあ。昔に文献で読んだ古代ルーム人の名言でこんなのがあるんだぜ?

「俺たちは武力で制覇して世界の支配者になったけれど、相変わらず女房の尻に敷かれているのはどうしてなんだろう?」ってな」


「まあ、宿命と思って諦めるしかないだろうよ」


ヒソヒソ話する彼らは原始的な内職仕事でもしているようだが、その経済効果は実は「少額の硬貨鋳造」と大差がない。冒険狩人ギルドにとっては名産品の収入源の一つであった。

なぜなら名人クラスの魔法職人が「符呪」して魔法効果を付与した石器や矢柄は、悪くない値段で売れる商品である。輸送や保管にも便利であるために、少額貨幣に準じて物々交換にも使われる。寺子屋の教員アルバイトよりよっぽど割が良いのだそうだ。

だから彼らの場合には、狩りや土方仕事をするよりも、地味な製造業をしていた方が儲かる皮肉。それなのに、たまに妻や女から「そのうち針仕事でもやってみるか?」と煽られる。


「未来のアマゾネス戦士養成道場だな。いや、山姥だな」


「なぁに? ア・ナ・タ?」


クリュエルが横目にポツリと呟くと、キョウコは耳敏く聞きつけて、僅かに凄みのあるニッコリとした微笑を浮かべた。


3

翌日には、キョウコやアネチカは何事もなかったかのように、村の婦人会ギルドの大厨房で「堅焼きクッキー作り」に励んでいた(甘さ控えめだが栄養価やミネラルは豊富)。

村や冒険狩人ギルドの保存食・戦闘糧食や旅行・移動中の携帯食にもなるため、定期的に新しく作って備蓄を古いものと入れ替えたり補充するのだ。

みんなで和気あいあいと雑談に花咲かせながら、粉を捏ねて、生地を四角く切り取っている。


「キョウコがやると、なんか、クッキーが血生臭くなりそうじゃない? 山の悪霊が恐れて逃げ出しそう?」


「魚さばいたのと同じよ。そんなに気にしなくたって」


「サキが作ったのとか、舐めただけで劣情してそう?」


「いっそ精力剤として売ってみる? キョウコの旦那の石器みたいにプレミアついて高く売れそうじゃない?」


それからアネチカとミカはあとで、山砦の見張りしていたレオ(ミカの兄)たちに焼きたてのクッキーを届けてあげたそうだ(アネチカの弟も見習いしているので)。