ある夜のこと、シャルロッテは柔らかなベッドの中でこの素晴らしき訓練生活を思い返していた。
「か弱く」なる訓練は実にハードだった。
内容は主に美しい庭園や湖畔に行ったり、シチュエーションを変えてみたり、感動で心躍らせても怪力発動しないよう朝から晩まで耐えるというものだ。
そしてそれらは毎日実施され、必ずスワードと二人三脚で行うことが鉄則だった。
しかし訓練とはいえ、相手は「王国の麗星」で、且つ王宮住まいが出来るという好条件。「普通の令嬢」にはむしろ褒美かもしれない環境だったが、「怪力令嬢」のシャルロッテには違った。
──っ地獄!!
シャルロッテはハードな訓練メニューを思い出して身震いした。
スワードと共にいることでド緊張や興奮や感動…まあその他諸々、感情を毎日大きく揺さぶられ、その度に怪力発動をして体に大きな負担がかかるのを感じていたのだ。
その無理が祟ったのだろう。
明け方から雪の中に裸で放り出されたかのような寒気を感じ、かと思えば体内から業火が上がるが如く発熱して、果てには砲弾を撃ち続けられるような頭痛を感じた。
なんとシャルロッテは「生まれてはじめて」風邪を引いてしまったのである。
そういうわけで、今日の訓練は急遽休みとなった…はずだった。
「スッスワード殿下!令嬢の寝室に入られるのは流石にいかがなものかと存じますぞ!?」
「問題ない。シルト侯爵からは既に了承を得ている」
「ああっそれなら良い…わけないでしょう!寝室に2人きりなんてあらぬ噂が立ったら…」
「いいからどけ。粥が冷める」
分厚い扉の向こうから執事とスワードの一悶着が聞こえてきた。初日に挨拶をしたその執事は綺麗な白髪をしていたが、こんな風に苦労するせいかもしれない、とシャルロッテは漠然と思った。
そしてその声が止むのをボーッと聞いていると、おそらく粘り勝ちしたであろうスワードが入室してきた。
「具合はどうだ?」
スワードはベッド横の椅子に腰掛けて、サイドテーブルに食事のトレーを乗せるとシャルロッテに声をかけた。
先程まで執事と話していた時の棘のある声はどこへやら、スワードは優しく甘い声をしている。
「お陰様でだいぶ楽になりましたぁ…」
「そうは見えないが?」
シャルロッテがなんとか体を起そうと肘をついて答えると、スワードは彼女の背に手を添えて優しく起こしてくれた。
そうして起きると体が冷えて、自分がナイトドレス1枚だったことを思い出す。スワードはごく自然に上着を脱いでシャルロッテに羽織らせた。
「あっこんな格好でご無礼を…」
「いやいい。私が無理矢理押しかけたんだ」
(わっ!殿下の…とてもいい香りだわ)
シャルロッテは体に力が入って顔が熱くなったが、なぜかいつもの怪力発動する時の感覚がしない。
確かめよう、そう思ってシャルロッテはサイドテーブルに何気なく手を伸ばした。
──何事も起こらない。
シャルロッテとスワードは固まり、部屋に時計の秒針の音だけが鳴り響いた。
シャルロッテは目の前の奇跡に言葉を失ったが、その後にジワジワ喜びが込み上げ、感涙にむせた。
「殿下っ…!わたっ…わたし『か弱く』なれました!殿下のおかげです!」
シャルロッテの脳内には早速バラ色の恋模様が描かれていた。気が早いと焦る自分を宥めながらも、一方では興奮で目がチカチカする自分もいて昂まる感情が忙しない。それでも怪力発動はしなかった。
そんなシャルロッテを見るスワードはなぜか暗い面持ちで、綺麗な顔に似つかわしくない深い皺を眉間に寄せている。そして何か思いついたかのように顔を上げると、強い口調で言った。
「いや、待て。これは風邪の症状だ」
「へ?」