水の木。
水が出るのか、水を含んだ実が生るのかは分からない。
むしろ水なんてまったく関係ないかもしれない。
でも水が出ると信じて、いや信じたくて成長させた。
木というよりは太い蔓が数本、縄のように巻き付いたような植物だ。
だけど実はついていない。
幹を切ったら水が出るだろうか。
切る――道具がない。
うあぁぁ、もうダメだ。
せっかく、せっかく希望が見えたってのに。
いや、そうだ。別に水でなくてもいいんだよ。
野菜。野菜の木だ。
水分の多い野菜でも実ってくれれば――。
「こ、れ……"成長促、しん"」
芽吹いた種を砂に植える。それからまた成長させて、今度は見た目普通の木に成長した。
いや、訂正。
全然普通じゃない!
「なん、だ、これ。一本の木に、野菜が……」
太い枝の一本一本に、それぞれ違う野菜が垂れ下がるようにして実っていた。
野菜。野菜、やさい、ヤサイ。
「あ、あったっ」
力を振り絞って木によじ登る。
太い木は幸い、背丈はそう高くはない。それに小枝のおかげで足を掛ける場所もある。
伸ばして掴んだのは、真っ赤な実のトマト。
そのままかぶりついて、
「くうぅぅ、生き返るぅ」
瑞々しい!
あ、キュウリもあるじゃないか!
カリッカチと歯ごたえもあって、それでいて水分も補給出来る。
最高だ。
木のおかげで日陰も出来た。
ただこの木、それぞれの野菜の葉が少しあるだけで、木自体の葉はなく十分な日陰とは言えない。
太陽が真上に来たら日陰もなくなるだろう。
「ツリーハウス……ハウスってことは家か?」
種はどれも一〇粒ずつ入っている。一つぐらいお試しで使っても大丈夫だろう。
「"成長促進"――お、おぉ」
成長する! めちゃくちゃ大きくなる!
縦というより、横に。
どんどん太くなっていく木には、野菜の木と違ってもさもさと葉が茂っている。
おかげで充分な日陰が出来た。
「扉がある……中に入れる、のか?」
扉を開けてみると、中は空洞になっていてまさに部屋って感じだ。
何もない部屋。だけど涼しい。
「そうだ」
まずは体力をしっかり回復させなきゃな。
実っているのはトマトとキュウリ、それからじゃがいも、人参、カブもある。
人参とカブは逆さまに実ってて、ちょっと笑えた。
全部を収穫する体力はなさそうだ。
生でも食べられるトマトとキュウリを優先して収穫し、あとは一つ二つ採ってツリーハウスの中へ。
「はぁ、涼しい」
キュウリうめぇ。
「インベントリ・オープン」
改めて見ると、いろんな種入ってるなぁ。
まぁ逆に言うと、種しか入ってない。
農業チートスキルだし、そんなもんだよな。
「はぁ、これからどうするかなぁ」
キュウリを齧りながら、呆然と天井を見た。
なんか天井が波打って見える。
いや違う。
俺の目が回ってんだ!?
うぁ……眠気……半端、な……。
「うあぁっ!? ゆ、夢?」
クラブを終えて教室に戻ったら洞窟で、スキル鑑定とか捨てられて砂漠に飛ばされたとか、そんなバカなことが――
「あった……」
見慣れない天井。何もない部屋。
扉を開ければそこは、砂漠。
「夢じゃない」
膝から崩れ落ちた。
白み始めた空が、なんか虚しさを倍増させている。
朝、か。かなり長いこと眠っていたみたいだな。
「スキルを使うと、マジックポイント的なものが減るんだろうな」
回数なのか、それとも成長させた時間《・・》なのか。
野菜は数カ月単位だろうけど、ツリーハウスは年単位だろうしなぁ。
起き上がると、とりあえず腰が痛い。
床に直接寝てたしな。
ただ眩暈はしないようだ。
昨日の野菜の木を見ると、残していた野菜が早くも変色していた。
この木、種は実るのかな?
昨日のこともあるし、ちょっと心配だけどやらない訳にもいかない。
種が出来るまで成長しろと考えながら、野菜の木にスキルを使う。
「あー……なるほど。個々の野菜で種が出来るのか」
木、ではなく野菜の方にそれぞれ種が実った。
キュウリとトマトは変色し、中の種を採れってことだろう。
砂の上に落として、そのまま放置しておこう。
日中丸一日置いておけば、乾燥するだろうし。
「うぅ、さむ。中でトマトでも食おう」
砂漠は日中暑く、太陽が沈めば寒い。知識としては知っていても、実際体験するとマジで寒いな。
冬服でよかった。
これ夏服だったら耐えられなかっただろ……ん?
ツリーハウスに戻ろうと踵を返すと、向こうの植物――水の木に実が生ってる!?
「あれって瓢箪かっ」
砂を蹴って駆ける。
やっぱり瓢箪だ。三〇センチほどのサイズの瓢箪が一つ。それより一回り小さいのが二つ実ってる。
水の木……この実の中にまさか?
揺らしてみると、ちゃぷんと音がする。
「入ってる!」
掴んで瓢箪を回転させた。
ぷつんっと、ヘタのところから取れる。
「へぇ、ヘタが蓋のようになってるんだな」
コルクの栓みたいだ。
ぽんっと抜いて、中身を少し出してみた。
水だ。どこからどう見ても水だ。
水……水……。
「み、みずうぅぅーっ!」
瓢箪に口を付けてぐびぐびと喉を鳴らせる。
あ、思わず飲んでしまったけど、大丈夫だろうか……。
いや、今更か。
無味無臭。
さっき出した時も完全な透明だった。
大丈夫だいじょうぶ。
「っぷはぁー、生き返るぅ」
野菜の水分もいいけど、やっぱり水で渇きを潤す方がいい。
「よし。これも収穫してっと」
瓢箪をひとつ収穫して、インベントリに入れてみる。
お、水の入った瓢箪(小)って表示された。
飲みかけの奴は(中)と出る。
あとはトマトとキュウリを入れて、
「さぁ、町を探すか」
ここを拠点にして周囲の探索をしよう。
結構歩いたかなぁ。
右も左も、前も後ろも砂だらけ。
「んー、ここいらで一旦引き返すかなぁ」
杉の木を目印代わりに、ここまで五本植えて来た。
また眩暈に襲われるといけないから、その都度、木の根元で少し休憩してきたけど。
ここに六本目を植えて、来た道を引き返す。
しばらく歩くと、遠くにぼんやりと杉の木が見え始めて……同時に砂煙が舞い上がった。
「はひ?」
舞い上がった砂煙から飛び出してきたのは、きょ、恐竜!?
まっ。えっ?
ええぇぇぇーっ!?
『グオオォォォオオオォォォッ』
「なっ、ここは……ここは、モンスター〇ンターの世界かよ!?」
ティラノサウルスというより、スピノサウルスみたいな形だ。
背中に大きな背びれのようなものが――って、呑気に観察している場合か!?
に、逃げろっ。
ここは恐竜の世界なのか?
でも地球の恐竜とは違う。スピノに角はないし、尾も二本じゃない。
ならあれは……モンスター?
「やあぁぁぁーっ」
え?
女の子の声がして、それが頭の上から。
見上げた時には誰もいなかったけれど、代わりにスピノの足元にいた。
薄桃色の長い髪の女の子が。
「あんた、邪魔よっ」
更に後ろから――いや、俺が逃げようとしていた方向から別の女の子の声がした。
ほんのり青みがかった銀髪の女の子だ。
「ぼうっと突っ立ってないで、武器を取りなさいよっ」
「ぶ、武器?」
「まさか武器も持たずに出歩いてたっていうの!?」
いや、そもそも持ってないんだけど。持たせても貰えなかったし。
こっちの子はやや大きめの弓を持ち、桃色の髪の子は身の丈もあるような大剣を構えて恐竜と対峙している。
どっからどうみてもモン〇ンだ。
「死にたいの、あんた!?」
「いや、あの、これには訳が……」
「シェリル、ちゃん……もう、持たない、ですぅ」
「ルーシェ!」
大剣の子の悲痛な声が聞こえた。
あんな小さな体で恐竜の相手をするなんて、無理過ぎるだろう。
ヒュンっと風を切る音がして矢が飛んでいく。
よく見ると、この二人結構ボロボロだ。
ボロボロなのに、まさか俺を助けようと駆け付けてくれたのか?
どうしよう。
俺のせいで二人が怪我でもしたら――いや、怪我で済めば御の字だろう。
くっそ。
こんな時、戦闘系スキルだったらよかったのに。
でもそしたら俺、砂漠になんかいなかったか。
「に、逃げた方がよくないか?」
「逃げられると思ってんの?」
その間も二人は必死に戦っている。
大剣の子は疲れ切った様子で、攻撃を受け止めるので必死だ。
弓の攻撃は、硬い皮膚相手にはあまり効果がなさそうに見える。
逃げることも出来ない。
倒すことも出来ない。
そんなの、負けに決まってるじゃないか。
農業系チートスキルでも、何か出来ないか?
植物で足止め……そのためにいったい何本必要になるんだ。
なにか他に、他にないかっ。
「インベントリ・オープン」
樫の木――調味料の木――果物の木――小麦の木――竹――巨豆――。
竹――大量に生やせれば足止めは出来そうだ。
だけどあっさり迂回されて終わりな気もする。
完全な足止めをするには、蔓系植物で――
豆!?
わざわざ巨豆って書いてあるんだ、恐竜の足ぐらい絡みとったりとか……。
「あぁっ。何もやらないよりはマシだ!」
巨豆の種――というより豆そのものを掴みだす。
うわっ、本当にデカい。子供の握り拳ぐらいあるんじゃないか?
「"成長促進"!」
大きな芽が出る。
あいつの傍で成長させないと意味がない。
「少しだけ、少しだけでいいから、そいつの気を逸らしてくれっ」
「なんですって!?」
「す、少しだけですのぉ」
怖い……でも彼女たちだって命がけなんだ。
俺だけ何もしない訳にはいかないだろ!
砂に足を取られながらも走って、奴の背後に回り込む。
急いで砂に豆を植え、もう一度成長させた。
奴の尾っぽに巻き付け!
――と考え、いや、祈りながらスキルを使う。
お、おおぉ。
砂がもこっと盛り上がる。
「うひぃ!?」
わっ、わっ、わっ。予想以上にデカい!
これなら恐竜の尾っぽも、よし、よしいけ!
『ンギュオオオォォォォ』
「もう一本は無理かっ」
さすがに一株じゃ足りなかった。
急いで豆をもう一粒取り出して――
「"成長――"」
促進。
そう唱える直前に、巨豆に巻き付かれた尾っぽの先っぽが俺の手に触れ豆が落ちた。
「"――促進"。ああぁぁっ」
『グギョッ』
豆じゃなく、恐竜を成長させてしまったぁぁ……あれ?
「あ、あんた何したのよ!? スピュラウスが大きくなってるじゃないっ」
「お、大きく? あっ」
そうだ。全ての生命の成長――あの時、荒木はそう言った。
そのあとでたとえば野菜をというから、てっきり植物限定だと思い込んでいたけど。
だけど全ての生命だ。生命と言えば当然、生き物だって含まれるだろう。
そう。
こいつも成長させられる。
成長させられるなら――
「寿命を迎えるまで成長しろ! "成長促進"!!」
びちびちしている尾の先にちょこんと触れ、スキルを使った。
ミイラのように干からびるまで成長しろと、自分でも意味の分からないことを考えながら。
するとどうだ!
本当に恐竜が見る見る間に干からびて、まさにミイラみたいになったじゃないか。
皮膚は灰色に変色し、ひび割れ、その下の肉はどこにいったのか分からないほど痩せこけている。
『ア、ガ……』
どうっと砂を巻き上げ恐竜が倒れた。
そのまま血泡を吹いて、動かなくなってしまった……。
マジ、か。
農業系チートスキルだったはずなのに、普通にチートスキルじゃないかこれ。
「あらあら、どうしましょう」
「ん?」
「あ、あんた……いったい何をしたのよ!」
「え?」
ミイラと化した恐竜の隣で、桃色の髪の子は困ったように見下ろしている。
銀髪の子は何故か怒ったように俺を睨んでいた。
「これじゃ肉も素材も取れないでしょっ!」
この世界は……
やっぱり、
モンスター〇ンターかもしれない。
「こいつを仕留めるため、三日も追いかけてたのに」
「え、追いかけて」
「えへへ。でも途中まで追いかけられていたのは、私たちなのです」
「シェ、ルーシェ姉さんは余計な事言わな――姉さんっ」
桃色の髪の子が、へなへなとその場に膝をつく。
顔色が悪い。どこか怪我でも!?
「大丈夫かっ」
「ルーシェ、しっかりして」
そう言うと、銀髪の方が恐竜の死体に駆け寄った。
何をするのかと思ったら、腰にぶら下げた革袋の中に恐竜の……うっ、血か?
血を入れているのか?
「そ、その血……」
「水がもうないのよっ。これを飲ませるしか――」
「ちょ、ちょちょちょ。待ったっ。水なら持ってるっ」
この様子だと、脱水症状を起こしかけてるとか、むしろ起こしてるとかかな。
あんなどろっどろの血なんか飲ませたって、渇きは癒せないだろう。
むしろ腹を壊しそうだ。
インベントリから瓢箪を取り出し、栓を抜く。
それを銀髪の子に手渡した。
「水……なの?」
「うん。飲んで大丈夫。俺も飲んでるから」
今のところお腹は壊していない。大丈夫だ。
「貴重な水なのに、なんで」
「なんでって、え? だって脱水症状を起こしているんだろう? だったら飲ませなきゃ」
なんでって聞く方が理解出来ないよ。
いや、違うな。
俺はいつでも水を手に入れられる環境に育ってきた。
そして今も、とりあえずではあるけど水は確保出来ている。
彼女たちにとって水は、貴重過ぎるものなんだろう。
生きていくために必要不可欠なものなんだし。
なんの見返りもなく水を差し出す男なんて、警戒して当然だよな。
「こうしよう。俺は砂漠で迷子になっているんだ。もし町まで案内してくれるなら、この水を全部譲るよ」
「砂漠で、まい、ご? いったいどこから来たのよ、あんた。見慣れない変な服を着ているし」
「それには長いようで短い話になってしまうんだけど……それよりどう?」
ブレザーなんだけど、こっちの人の感覚だと変な服なのか……。
彼女は少しだけ考えてから、無言で頷いた。
瓢箪を受け取り、桃色の髪――お姉さんに中身を飲ませる。
「君も飲んでおきなよ。水は戻ればまだあるから」
「まだ!? え、戻るってあんた、迷子になっているんじゃ」
「あー、うん。町を探して歩き回って、これはヤバいなと思ったから休憩場所を作ったんだ。そこを拠点にして町を探そうと思って」
「そ、そう。水をそこに隠してあるのね」
ん? 隠す?
「いや、隠してないけど」
「あんたバカなの!?」
「ケホケホッ」
「あぁ、ごめんルーシェ姉さんっ」
あぁ、咽ちゃってるよ。
「と、盗られでもしたらどうするつもりっ」
「うぅーん……わざわざ砂漠のど真ん中まで、盗みに来る奴とかいるのかなぁ」
「私たちは砂漠のど真ん中にいるわよっ」
ぽんっと手を叩く。
「なるほど」
「なるほどじゃないわっ」
「そうだ。そっちのお姉さん、涼しい所で休ませた方がいいだろう。その休憩所に日陰があるんだ。少し歩くけど、来ないか?」
「日陰……ん……そう、ね。ルーシェ、歩ける?」
「俺がおんぶしようか?」
細身だし、たぶん出来ないことはないと思う。
園芸クラブで十キロの肥料を三、四袋担いで倉庫と花壇を往復してたから多少、体力にも自信がある。
「へ、変なこと、しないでよ。もし変なことしようものなら、私が矢で脳天を射抜くからっ」
「し、しないって」
の、脳天を射抜く……やだこわい。
それにしても、こんな手足も細い子があんな大剣を……。
銀髪の妹さんも、お姉ちゃんの大剣を軽々と持ち上げている。
この二人が力持ちなのか、それともこの世界の人たちが平均して力持ちなのか……。
しばらく歩いて目印の杉の木を見つけた。
「な、なんなのこれ!?」
「え、杉の木だよ。あぁ、砂漠じゃ生えてないか。目印に俺が植えたんだ」
「植えたですって!?」
歩いて来た方角が分かるように、枝を折ってある。
折れた枝を背にして再び歩き、次の杉の木を見つけて、さらに歩いて――
「あそこだよ。あの木の中で休めるから、もう少し頑張って」
「き、木の中で休む? どういうことなの」
「まぁ口で説明するより、見て貰った方が分かりやすいから」
と、ツリーハウスのところまで歩いた。
はぁ、さすがに疲れたな。
「中に入って。まずはお姉さんを休ませよう」
「すみま、せん、ですの」
かなり弱っているみたいだな。
体を冷やしてやった方がいいんだろうけど、氷なんてないしなぁ。
鞄にタオルが入ってたはずだ。それを濡らして、体を拭いてやるぐらいしか出来ないか。
瓢箪を一つ収穫して――お、今朝より大きくなってないか?
成長が早いのはスキルの影響なのか、それとも水が溜まっていくから勝手に成長しているのか。
まぁどっちでもいい。
栓を抜いてタオルをしっかり濡らす。
「タオル濡らしてきたよ。これで体を拭いてあげて。俺は外に出てるから」
外に出た俺は、砂の上に落としておいたキュウリとトマトを見に行った。
いい具合に水分が飛んで、種が取り出しやすくなってるな。
人参とカブの方も乾燥している。
にしても……
「砂あっつ」
裸足で歩いたら火傷しそうだ。
……お?
これだけ熱いなら、もしかしてじゃがいもとか埋めてたら焼けるんじゃ!?
収穫してあった大きめのじゃがいもをインベントリから取り出し、砂に埋めておく。
蒸かし芋みたいになるのかな。
そろそろ中に入っても大丈夫かな?
俺も一休みしたいし。
扉をノックしていたけど、返事がない。
ただのしかば――まさか!?
慌てて中へ入ると――
「そっか。彼女だって疲れてたよな」
二人は寄り添って眠っていた。
「はふ、はふっ。んふぅ~」
「あむ、あむっ。おいひぃ、おいひぃですぅ」
ぐったりしていた桃色の子も、涼しい所で休んだおかげか元気になったようだ。
食欲もあるようだし、大丈夫だろう。
「二人が塩を持ってて良かったよ。蒸かし芋そのままだと、味気ないからさ」
と話しかけても、二人は夢中で食べてて返事はない。
彼女たちの荷物に鍋があったのが見えた。
借りれば何か作れるなと思って、何にしようかと考え――
野菜の木と調味料の木を成長させて、材料をゲット。
いやぁ、タマネギ欲しいなぁって思って成長させたら、本当に生るんだもんな。
それから調味料の木。
いったい何が実るのかと思ったけど、野菜の木同様、一本から複数の調味料が生った。
そもそも、調味料って実る物だっけ?
確かにさ、スパイス系は植物だしいいよ。
でもな、なーんでコンソメの粉末が生るんだ?
グミの実みたいなやつの中身が、まさかのコンソメ粉末。
まぁおかげでオニオンスープが作れたんだけどさ。
「んっく……ぷはぁ~」
「ふぅ~」
二人とも、いい飲みっぷりだ。
「ごちそうさまです」
「ご、ごちそう、さま」
「二人とも、具合はどう?」
「はい、落ち着いたですの。ね、シェリルちゃん」
「え、あ……うん」
「そか、よかった」
夜はどうするかな。
スパイスがあるし、カレーが作れそうではあるけど。
もちろん、肉はないから野菜カレー。
種の中には小麦の木なんてのもある。
もうこの流れだと、小麦粉が生るに決まってるよなぁ。
「オイルの木まであるし、なんでもござれだな」
「なにがです?」
「あ、いや、こっちの話。そうだ、自己紹介してなかったね。俺は大地豊」
「だいちが……ゆたか?」
銀髪の子が首を傾げる。
異世界でも俺の名前は弄られるのか。
「ユタカって呼んでよ」
「ユヤカさん、ですね。私はルーシェ。こっちは双子の妹でシェリルちゃんです」
双子だったのか。
顔立ちは似ているけど、髪や瞳、それに雰囲気は全然違う。
桃色の髪で姉のルーシェはおっとりした感じで、銀髪の妹の方のシェリルは勝気な気がする。
しかしおっとりで大剣使い。
勝気で弓使いかぁ。
ギャップが激しいなぁ。
あとこの二人、決定的な違いがもう一つある。
ルーシェはその……俗にいう貧乳……ちっぱいだ。
対してシェリルはたわわな胸の持ち主。
双子なのにここまで違うとは。
「貴重な食料を分けてくださり、ありがとうございます」
「あ、いや。野菜はいくらでも成長させられるから、気にしなくていいよ」
「成長、ですか?」
「あー、俺のスキルは――」
スキルのこと、言っても平気だろうか。
スキル鑑定なんてあるぐらいだ。この世界の人だってスキルは持っているだろう。
「俺のスキルは成長促進と言って、生き物の成長速度をコントロール出来るんだ」
「じゃ、今食べた野菜も?」
「そう。ちなみにこのツリーハウスも、昨日成長させたばかりの木なんだ」
「えぇ!? こんな立派な木を、昨日植えたばかりだってこと!?」
「そ。さっき倒したモンスターも、このスキルを使ったのさ」
そう言うと、二人が同時に首を傾げた。
おぉ、シンクロしてる。
「待って。成長させるスキルなんでしょ?」
「それでどうやって、スピュラウスを倒せたのですか?」
「うん。十歳の子供を十年成長させたら、何歳になる?」
「「ニ十歳」」
「だよね。じゃあ、百年成長させたら?」
ここまで話すと、二人は分かったようだ。
生き物は死ぬ瞬間まで、成長し続けている。
だから限界まで成長させれば、死ぬに決まっているんだ。
――と思う。
「実はこのスキル、使えるようになったのが昨日で、正直俺もまだよく分かってないんだ」
「え、昨日ですか……」
「どういうこと?」
「えっと、それが……実は俺、悪い魔術師軍団に拉致されて」
「「拉致ぃー!?」」
俺を召喚した連中を、悪い魔術師軍団に置き換えてみた。
「そいつらは、その時までまだ発現していなかった俺のスキルを呼び覚ましたんだけど、思っていたスキルとは違っていたんだ」
「思っていたもの?」
「あぁ。戦闘系のスキルを欲しがっていたみたいだ」
「ですがユタカさんのスキルは」
「あぁ、まさかモンスターを一瞬で倒せるスキルだとは俺も思わなかったよ。それはあいつらもそうだったみたいだ」
「た、確かに成長促進なんて聞いたら、対象は植物っぽく感じるわね」
そして有無を言わさず、俺は魔法陣に乗せられて。
「気づいたら砂漠だったんだ」
それっぽく説明出来たと思う。
あとは信じてくれるかどうかだ。
「大変だったのですね」
「それで迷子だって言ってた訳ね」
よし。信じて貰えたようだ。
まぁ嘘って訳でもないしな。
「いきなり砂漠のど真ん中だし、ここがどこなんかもさっぱりなんだ。だから、頼む」
頭を下げ、手をその上て合わせた。
「砂漠じゃひとりで生きていけない。どこか人が暮らしてる――そうだ、君たちが住んでる場所に連れて行ってくれないか?」
そう頼み込んだ。
「水はこのぐらいでいいか?」
「はい、十分すぎるほどありますっ」
シェリルとルーシェに出会った翌々日。
十分な水分補給と、栄養バランスはどうかしらないがしっかり食事をしたことで二人の体力も回復。
今日、ついにここを発つ。
にしても、眠い……だってまだ太陽も昇ってないからなぁ。
けど仕方ないか。
太陽が出れば気温が上昇して、熱中症で倒れる危険もあるんだから。
まだ薄暗い砂漠を、俺たち三人は出発した。
彼女らは星を見ながら方角を確かめているようだ。
星、めちゃくちゃ綺麗だなぁ。
しばらく歩くと太陽が昇り、途端に気温が上昇しはじめる。
もうダメ……って手前で杉の木を植えて日陰を作った。
「はぁ……日陰があるだけで、こんなに違うんだなぁ」
「ユタカさんのおかげで、こうして涼めます。私たちのテントは、途中であのスピュラウスに襲われた時に置いてきてしまったので」
「そうだったんだ。ツリーハウスの種に十分な余裕があれば、都度成長させてもよかったんだけど」
種は残り九個。二人が暮らす集落まで三日掛かるという。
遠いからじゃない。
砂漠じゃ足を取られて歩くのも遅くなるし、日中は暑すぎて歩けないからだ。
「でも本当にいいのですか? 私たちが暮らす集落には、二十人ほどしかいませんの」
「それは別に構わないよ。ひとりじゃないなら、それでいい。むしろよそ者の俺を受け入れて貰えるか、それが心配だけど」
「ま……それは……心配ないわよ。ね、ルーシェ」
「はい。ユタカさんには助けていただきましたから、私たちは大歓迎ですよ」
元々は小さなオアシスのある村で暮らしていたそうだ。
といっても二人のご両親が若い頃の話だけど。
だが二五年ほど前からオアシスが枯れ始め、村人全員に水が行き渡らなくなってしまった。
「じゃあ、少しでも水のある場所を探して村を出たってこと?」
「はいです。半数以上の人たちが村を出て、小さな集落を作って暮らしているんですよ」
「他の集落との交流もあるわよ。まぁ隣の集落まで三日とか四日の距離だけど」
はは。それじゃあ滅多に交流はないんだろうな。
どんな所なんだろうなぁ。
杉を見上げて新天地を夢見る。
「そうだ。日中は日陰でなんとかなるけど、夜はどうするか……やっぱりツリーハウスを」
「でも種が少ないのでしょう? 無理して使わせるわけにはいかないです。それよりこの木」
ルーシェは杉の木を見上げた。
しっかりと日陰を確保したかったから、結構成長させたなぁ。
「これ、薪に出来ませんか?」
「え、薪……あっ」
そうだっ。木なんだから薪にすればいいじゃん。
いらなくなって出発するときに伐り倒して……どうやって?
斧なんてないぞ。
「木を伐るための道具が」
「それなら、これが」
そう言ってルーシェは、自分の大剣を指さしてにっこり微笑んだ。
ただの大剣じゃない。その刃の幅は、三〇センチ以上はありそうなぶっとい剣。
「じ、じゃあ、夕方の出発の時に」
「はいです」
「そ、それにしても、凄い剣だよね。ずいぶん重そうだけど」
「あ~、はい、どうぞ」
はい、どうぞって言われても。
そんな大きな剣……あ、あれ?
受け取った大剣は、予想外に軽い。
「これは父から譲り受けたものなのです。剣には魔法が掛けられていて、持つ者にとって扱いやすい重さに変わるんですよ」
「重さが、変わる?」
「実際には重いんですよ」
「試しに砂の上に投げてみなさいよ」
言われて剣を軽く投げてみた。
するとどうだ。
ぶぉふっという音と、凄い量の砂を巻き上げて落ちた。
「うわぁ、砂にめり込んでるよ」
「実際は私たちの体重ぐらいあると思いますよ」
というルーシェに体重を聞いたりはしない。
ここで夕方まで休憩をする。
朝が早かったのもあって、意外なほどあっさり眠れた。
「このぐらいかな」
「いいんじゃない。このぐらい水分が飛んでれば、燃えやすいだろうし」
「シェリルのお墨付きを貰えたなら、大丈夫だな」
「べ、別に、お墨付きを出してあげた訳じゃないわよっ」
彼女は頬を染め、慌ててそっぽを向いた。
日陰用の杉の木は、寿命で倒木寸前になるまで追加で成長させた。
そうすれば木の水分がとんで、燃えやすくなるんじゃないか――ってルーシェの案で。
それに伐採もしやすくなったようだ。
ルーシェが輪切りにした杉は俺のインベントリへ。
そして歩き出す。
太陽が沈めば気温が下がり始める。
寒くなり過ぎれば体力が奪われるから、そうなる前に野営の準備だ。
焚き火の準備をして、温かいスープを作る。
具はキャベツと人参、タマネギ。たっぷり使ってお腹を満たせば、疲れもあって瞼が重くなる。
「交代で寝るわよ。野宿慣れしてないようだから、あんたは一番に寝て。見張りをするのは三番目よ」
「あ、うん。ごめん、先に休ませてもらって」
「いいんです。ユタカさん、どうぞお休みになって」
眠い……眠りたいけど……寒い。
焚き火があってもこの寒さだ。なかなか眠れない。
いやむしろ寝たらヤバいんじゃないかって心配になる。
そういや紙類を服の下に挟むと、寒さ対策になるって聞いたな。
ノートを鞄から取り出そうと思って開けて思い出した。
「あ、これ使えるじゃん」
鞄にあったのは、園芸クラブで使うから代理で買って来てくれと頼まれたもの。
冬場に撒いた種が寒さで枯れないよう、土の上に被せる保温シートだ。
「なんですか、それ?」
「焚き火の明かりが反射して、ピカピカしてるわね」
「保温シートっていうんだ。焚き火を遠巻きに囲むように立てれば、その内側は暖かくなると思う」
木の枝を砂に立てて、それに這わせるようにシートを伸ばす。
思った通り。シートに焚き火の熱が反射して、その間の空間が暖かくなってる。
「どう?」
「ふわぁ、暖かいですぅ」
「ほんとだわ。暖かぁい」
やっぱり二人も寒かったんじゃん。
これなら眠れるな。
砂の上に横になって目を閉じる。
ふあぁ、ぽかぽかするなぁ。
特に右腕とか――ん?
左腕も、暖かい……。
パチっと目を開けてそぉっと横目で左右を見る。
ど、どういうこと?
右にはルーシェが、俺の腕を抱え込むように眠っている。
左には見張りのために起きているシェリルが、俺の腕にピッタリくっつくようにして座っている。
両手に花……って、こういうことを言うのかな。
あぁ。
俺、眠れるかな……。
「じゃ、出発するわよ」
「よし、行こう」
左右の花より、眠気の方が勝ってぐっすり眠れた。
しかしこれば毎晩続くことになるのか?
・
・
・
続くことになった。
この日も、翌日も、そして今日も……二人は俺にぴったりくっついて眠った。
そして俺はドキドキしながらも、疲れであっさり寝た。
そしてツリーハウスを出発して四日目の朝――
昨日から視界に映っていた切り立った山の麓までやってきた。
まるでグランドキャニオンだな。行ったことはないけど、テレビで見たやつによく似ている。
地層がはっきりくっきり見える壁が左右に広がる谷間を抜けていく。
「ずいぶん狭いな」
「だからこそ安全なんじゃない」
「この広さだと、中型のモンスターも入ってこれませんので」
あぁ、なるほど。
谷は二人横に並んで歩くにも狭く感じるほどだ。
そんな谷を抜けると開けた場所に出る。
そこにいくつかのテントが見えた。
「まぁ、凄い」
「久しぶりの大猟じゃないか。これでしばらく持つだろう」
到着して早々に、集落の全員が集まって来た。
その理由は、俺のインベントリ内に入れた物にある。
「日焼けしていない新鮮な肉じゃない。まさかこの近くで?」
「ううん、違うわおばさん。それは昨日仕留めた奴」
「これだけの量を、よく運べたなぁ」
「ここにいるユタカさんのおかげです」
そう、肉だ。
正確にはモンスター肉。
正直、ここまでめちゃくちゃ苦労した。
砂漠を移動している最中も、休んでいる最中も、モンスターが襲って来る。
その度に――
――こいつは私が殺《や》るわっ。あんたはスキルを使わないでよ!
あ、はい。
――ユタカさん。こっちをお願いします。
――これは食べられませんし、素材にもなりませんから。
あ、はい。
そんな訳で、俺も容赦なく戦闘に参加させられた。
しかも俺のスキル、対象に触れていないと効果が出ない。
つまり、超至近距離でモンスターと対峙しないといけない訳だ。
いやもう、生きた心地がしなかったよ。
ま、でも頑張った甲斐はあったかな。
インベントリから取り出した肉を見て、こんなに喜んで貰えたんだからさ。
それだけじゃない。
狩ったモンスターの素材や肉をどんどんインベントリに詰め込んでいると、変化があったんだ。
横五マス、縦十マスだったインベントリに、ページが増えた。
ページというよりタブか。
どうやら上限の五〇マスに達したところで、タブが増えたみたいだな。
しかもタブは『種』『飲食物』『素材』に分かれて、見やすくもなった。
「ユタカさん。みんなにお話ししておきました」
「よかったわね。ここで暮らしてもいいってよ」
「え、本当!?」
よそ者だから受け入れて貰えるか少し心配だった。
はぁ、よかった。
「二人からお話は聞いたよ。いやぁ、大変だったねぇ」
そう声を掛けてくれたのは、三〇台半ばだろう男の人だ。
「ここで一番の年長者のオーリさんよ」
とシェリルが教えてくれる。
「悪い魔法使いに突然砂漠へ飛ばされたと聞いたけれど、故郷には戻らなくてもいいのかい? 家族が待っているだろう」
「あ……家族はいません。両親は去年、事故で亡くなっているので。他に兄弟もいませんし」
これは本当だ。
両親が事故で亡くなった後、疎遠だった親戚がいきなり来て遺産相続の件でいろいろ揉めた。
帰ったって、おかえりと言ってくれる人はいない。
召喚されたばかりの時は動転していたし、捨てるなら帰らせてくれと言ったけどさ。
でも今更ながら思う。
「俺に帰る場所なんてありませんから、どうせなら新天地で心機一転、頑張ってみたいなって思うんです」
こうなったら、異世界ライフを満喫するしかないだろう。
「ユタカさん……」
「そうだったのか。辛いことを思い出させたね」
「あ、いえ。もう慣れましたから」
「まぁ、そういうことだったら。砂ばかりなこんな土地だけどね、遠慮なく住んでくれていいよ。だけど家はどうしたもんかな」」
「あ、家の心配はいりません。自分で成長させるんで」
というと、オーリさんは首を傾げた。
「今日はこのベッドを使ってください。父が使っていたもので申し訳ないのですが……」
今夜は二人の家に泊めてもらうことになった。
四日間の疲れもあるし、ツリーハウスの成長にはだいぶMP《マジックポイント》を使いそうだからな。
けどルーシェのこの言い方。もしかして。
「うちも……親、いないのよ」
「母は私たちが幼い頃に病で亡くなって、父は一昨年、狩りの最中に……」
「そう、だったんだ……いいのかな、お父さんのベッド、使わせてもらって」
「はいっ。ぜひ使ってください」
「なんだったら、あの木の家が完成したら持って行ってもいいわよ。ね、ルーシェ」
「えぇ、それがいいです」
貰っちゃっていいのかな。
いやでも嬉しい。ツリーハウスの中は快適だけど、床は木だから寝るには硬い。硬すぎる。
まずは一休みして、昼から周辺を案内して貰った。
周りを断崖絶壁に囲まれた場所に、この集落はある。
家は遊牧民が使うような、丸いタイプのテントだ。
まぁ木がどこにも見当たらないし、木造住宅なんて無理だろう。
そのテントが六つ。
「四人家族が二軒、三人家族も二軒。それで二人家族も二軒です」
「えぇっと……一八人、か」
「あんたを入れて、十九人になったわね」
「あ……そう、か」
俺のこと、カウントしてくれてるんだ。
なんか嬉しいな。
「あそこが水場です。山の上の方では時々雨も降りますから、その雨水が流れてくるんですよ」
「量は少ないけどね。ま人も少ないからなんとかなってるわ」
「そっか。飲み水はなんとかなってるんだな。あとは……」
集落の傍に畑が見える。
家庭菜園レベルといってもいいほど小さな畑だ。
それに、畝にはあるのは数株のじゃがいも、人参、それに大豆しか見当たらない。
すっかすかな畝だ。
しかもどれも、今にも枯れそうなほど痩せている。
水不足……だろうな。
それに土そのものが痩せている。
この二つは、俺のスキルじゃ成長させられないもんなぁ。
けど。
「今日の晩飯はさ、俺がご馳走するよ。ここのみんなに」
「んん~、ピリ辛でおいひぃ~」
「人参いっぱい入ってるよママァ」
「これなぁに、なぁに?」
タマネギを知らない子に、切る前の奴を見せてやる。
大人たちもタマネギを知らない。
この砂漠ではどこにも栽培されていないんだな。
「ユタカさん。この料理はなんていうものなんですか?」
「あぁ、それはカレーラ……いや、カレーっていうんだ」
ライスはない。
代わりにナンっぽいものを焼いて、それを浸して食べる。
小麦の木の種からは、一粒ピンポン玉サイズの麦が実った。
中身は粉。
臼で挽く手間が省けてラッキーだ。
いやぁ、調味料の木からスパイスが採れてよかった。
おかげでこうしてカレーっぽいものも作れたし。
小麦粉もあるし、次は天ぷらもいいかもな。
あ、肉があるんだ。唐揚げもいけるかも……じゅるり。
「「ごちそうさまでしたぁ」」
「れしたぁ」
「どういたしまして。辛くなかったか?」
「ううん、へいきぃ」
子供には辛いかなと思ったけど、大丈夫だったようだ。
「もっと辛いものあるもん」
「え、もっと?」
「トマトっていうのと同じ赤色で、とっても辛いんですよ」
「見せてあげるぅー」
ルーシェの話を聞いて頭に浮かんだのは、ハバネロ……だ。
そして子供たちがテントまで走って取に行ったものは、案の定ハバネロだった。
こんなもん食ってたら、そりゃあスパイス抑えめにしたカレーなんて辛くもなんともないだろう。
その夜、久しぶりにベッドで寝た。
マットは薄いけど、砂の上よりはましだ。
それに、モンスターの襲撃に怯える必要もない。
いやぁ、ぐっすり眠れたよ。
なんせ両手に触れる柔肌もなかったし、ね。
そして翌朝――
「さぁて、がっつり育っていただきますか。"成長促進"」
ツリーハウスの種を、ルーシェとシェリルのテントの傍に植えて成長させた。
お、最初の奴より大きく育ってるじゃん。
背も結構高くなったなぁ。
中に入ってみると、なんと二階建てになっていた!
「すっげー。二階の床も出来てるのか」
一階部分も前回のより広くなっている。
階段部分は吹き抜けになっている分、二階の床面積は少し狭い。
が、ひとり暮らしにしては広い方だ。
「お、これ窓枠か。けどガラスがないんだよなぁ」
窓を嵌めてくれと言わんばかりの四角い隙間がある。
二階にもそれがあって、そこから差し込む日差しで中は明るい。
「出来たぁ?」
「わぁ、砂漠にあったお家より広いですねぇ」
一階からシェリルたちの声が聞こえた――と思ったら。
「うわぁぁーっ、すっげぇー」
「お野菜のおうちぃ」
「あ、こらっ」
「ダメです、砂だらけの靴で上がっちゃぁ!」
はしゃぐ子供たちの声と、二人の怒る声が聞こえた。
「いやったぁー!」
「あたし二階がいいぃ」
「二階は兄ちゃんのに決まってるだろ」
「兄ちゃんずるーいっ」
「あにょね、あにょね。ミルね、ちっちゃいお部屋がいいの」
しばらく遊んでもいいよ――と招き入れたんだけど……。
「ボクたちもこのお家欲しい。エディだけずるいよ」
「オレが先に来たんだから、オレんちのっ」
いやいや君たち。ここは俺の家だからね。
「こらっお前たち! ここはユタカお兄ちゃんの家だろうっ」
「「えぇぇーっ」」
なんで「えぇー」なの?
オーリさんが来て子供たちを叱る。
ユタカお兄ちゃんの物を盗ったら、お兄ちゃんが困るだろうと言って。
うん、凄く困ります。
でも……。
「「うわあぁぁぁぁん」」
子供たちが一斉に泣き出した。
「ごめんなさい、ユタカさん。私が子供たちを中に入れてしまったせいで」
「いや、親であるわたしの責任だよルーシェ。本当に悪かったね、ユタカくん」
「泣いてたってこの家はユタカのなの。それともあんたたち、ユタカお兄ちゃんに外で寝ろっていうの?」
「ちがぁもん」
「じゃあ泣いてないで、お家をお兄ちゃんに返しなさい」
シェリルが厳しい口調でそう言うと、子供たちはしゅんとなってツリーハウスから出て行く。
あぁあ。ハウスの中が砂だらけだ。
けど、子供たちにとってツリーハウスは、よっぽど魅力的だったんだろうな。
「オーリさん。ツリーハウスの種は残り八個あるんだ。ひとり一軒は当然無理だけど、各家庭に一軒なら用意出来るよ」
「よ、用意って……スキルのことは昨日ざっくり聞いたが、大丈夫なのか? 無理して倒れられたら大変だ」
「うぅん。スキルを手に入れたのがそもそも最近のことで、それまでスキルなんて使ったこともなかったから分からないんだよね」
「確かに突然バタっといかれても困るわね」
「そうですね。私たちがいるときならいいですが、ひとりの時だと命にかかわりますし」
だよなぁ。
「たぶん魔力の消費量は、自然成長に必要な時間が長ければ長いほど、消費量も多いみたいなんだよね」
野菜を種から成長させたときと、杉の木を成長させたときじゃ抜けていく何か――たぶん魔力だけど、これが全然違う。
野菜は収穫出来るようになるまでと考えてスキルを使っているが、三、四カ月をスキルで成長させているはずだ。
杉は大きく育つまでと考えている。詳しい樹齢とかわかんないけど、一年や二年じゃないはずだ。もしかすると数十年かもしれない。
「となると、この家は木だ。結構な年数分を一気に成長させているだろう?」
「えぇ、たぶん。樹齢はまったく分からないけどね」
「そうか。子供の頃住んでいた村にも、枯れかけの木が何本かあった。あんなのでも、十年以上は生えていたらしいからね。それよりも立派なこの家は、数十年になるのかもしれない」
どのくらいスキルで成長させたら、俺の魔力って切れるんだろう。
確かめたいけど、どうやればいいのか。
「とにかく、今日のところは止めておいた方がいい。ま、まぁ、この家は、うん、いい家だけどね」
とオーリさんが照れくさそうに言う。
つまり……。
「じゃ、明日から順にみんなの家の横に一本ずつ成長させるよ」
「ん……ん……ありがとう。いやぁ、中は快適そうだね。あぁ、そうだ。子供たちが汚してしまったから、掃除をしないとな。うん」
「もう、オーリってば嬉しそう」
「ふふふ。でも本当にステキなお家ですものね」
「もちろん、二人の分も成長させるから」
そう言うと、ルーシェもシェリルも大喜びでぴょんぴょんと跳ねた。
「あ、でも、先に調べたほうがいいのでは?」
「確認?」
「はいです。ユタカさんの魔力量――というか、何年分成長させると、ユタカさんの魔力が枯渇するのかを」
とはいえ、どうやって調べたものか。
「そうだ。ボンズサボテンを成長させてもらうのはどうだ? 種から育てて最初に花をつけるのに、だいたい十年かかる。その後は五年に一度の周期で花を咲かせるだろう?」
「あ、いいですね。花が咲く回数を数えれば、何年成長させたか分かりますし」
「それでユタカがどのくらいで疲れるのか見ればいいのね。うん、いいんじゃない」
五年に一度花を咲かせるサボテンか。
うん。確かにそれだと花の開花を数えるだけで、何年成長させたか分かるな。
サボテンでの検証は明日。
今夜ゆっくり休んで、魔力をリセットしてからだ。
そして夜は天ぷら大会になった。
まぁ手持ちの野菜だと、タマネギ、人参、ナス、カボチャぐらいしか天ぷらに出来ないけど。
それと――
「んまっ。この黄色いつぶつぶ、甘くて美味しい」
「あま~い。兄ちゃん、これなんていうの?」
「それな、トウモロコシって言うんだ。美味しいだけじゃなく、栄養も豊富なんだぞ」
「「おぉ~」」
野菜の木にトウモロコシも生った。それを乾燥させて全部種にしておいた。
落ち着いたら他の野菜の木も育てたい。
日が暮れる前にオーリさんや他の大人の人が手伝ってくれて、俺のツリーハウスにベッドが運ばれた。
今はベッドだけ。
十分だ。
木材の心配もないし、少しずつ作って揃えて行こう。
そして翌朝――
「これがボンズの種だ。で、あれが成長したボンズだ」
「ウチワサボテンだっけか、それに似てるな」
真ん中に一本太い幹のようなのがあって、そこから枝の代わりに平ぺったくて楕円形の葉が縦に連なって生えている。
平ぺったいと言っても、厚みは二センチほどあるけど。
俺が知ってるウチワサボテンより棘は少なそうだ。
「じゃ、成長させるよ」
「ゆっくりとか出来ますか? お花が咲く回数を数えたいので」
「それなら、花が咲くまで成長させて、それからまた次の花が咲くまで成長ってやるよ」
いつものように種を芽吹かせてから地面に植える。
そこから成長させ、まずは一回目の花を咲かせた。
最初は十年。次から五年ごとだったな。
「次、五年後行くよ――」
こうして成長させては花を咲かせ、また成長させて花を咲かせ――。
その度にサボテンも大きく伸びて行って、時々触れる場所を変えながら成長させていった。
「サボテンの寿命は八〇年ぐらいだと聞いた。花を九回咲かせたら別の種を成長させよう」
「九回――ってことは五〇年?」
「それを過ぎると食用に向かなくなるんだよ」
「あぁ、なるほ……ん?」
食用……これ食べるのか!?
つまりこれは、検証をしつつ食料を育てているって訳だ。
結果。
五つ目の種を成長させて三回花が咲いた辺りで軽い眩暈を起こした。
俺が安全に成長させられるのは、二七〇年ってことが分かった。
野菜ならめちゃくちゃたくさん成長させられるな。
「たださ、このツリーハウスが何年成長したらこのサイズになるのかってのは、分からないんだよなぁ」
「そうよねぇ……」
「何歳なんですかねぇ、このお家」
眩暈を起こすまでスキルを使った後は、体がだるく感じた。
この状態でスキルを何回か使うと、気絶するらしい。
で、今はツリーハウスの中で、ぼぉっと横になっている。
右にはルーシェが、左にはシェリルが同じく横になっていた。
なんか慣れて来たな、この並びにも。
「うぅ、やっぱり木の床に寝転ぶのは、体が痛くなるな」
「ですねぇ。ユタカさん、ベッドでお休みください」
「お昼はこっちで用意してやるわよ。だから大人しく寝てなさいよね」
「了解でありまーす」
体を起こして立ち上がる。
二人を踏まないよう、床に気を付けて――ん?
そう言えば床、木目がくっきり……木目!?
「これだ!」
「ひゃっ」
「ど、どうしましたか?」
「床のこの木目、木の年輪だっ」
「「ねんりん?」」
これ数えて行けば、ある程度の木の年齢が分かるんじゃないか。
真ん中から数え始めると、二人も同じように年輪を数えだした。
「一五五ぐらい」
「私は一六八でした」
「一五〇よ」
「平均して一五七ぐらいかな。結構成長するんだなぁ。まだ大きくなりそうだし」
ってことは、一日にツリーハウスは一本までだな。
「あ……」
「ど、どうしたのっ」
「ユタカさん?」
じ、じぃーっと床見て年輪数えてたから、なんか目が回った。
倦怠感出てるのに目ぇ回したから、余計にどっと疲れた感じだ。
「……寝てなさい」
「寝てください」
「はい。了解であります」
二階に上がってベッドで横になる。
ベッドのマット、もうすこーし厚みがあったらなぁ。
まぁ贅沢は言えないけど。
マットの中身……中身……やっぱり、綿かな?
綿……そうだ!
「インベントリ・オープン」
種、種……あった!
綿の木!
綿の木ってことは、綿花だよな。
杉とかと同じで、これは普通のやつだろう。
綿。これをたくさん成長させれば、マットを分厚く出来るぞ。
それに綿があれば、糸や布だって作れる――はず!
「綿の種があるの!?」
「あれ? 綿を知ってる?」
「知っています。他所の集落で栽培されていますので」
「物々交換で、綿を貰うの。でも去年は収穫量が減ったからって、交換して貰えなかったのよね」
そうか。他の集落とは物々交換で交流しているのか。
「ならツリーハウスの方が落ち着いたら、次は綿花だな」
そう言うと、二人は嬉しそうに顔を見合わせた。
「ユ、ユタカさんは何か欲しいものありますか? 綿の生地で」
「あ、生地っていうか……マットの補強がしたいなと思って」
「やってあげる。だからその……」
二人はもじおじして、なかなか先を言い出せない。
物々交換、か。
「じゃ、マットのほうお願いするよ。代わりに綿、全部やるからさ」
「いいの!?」
「本当ですか!」
「うん。だってさ、俺……綿の加工の仕方とかまったく知らないし……」
「あ……そういうこと、ね」
俺は成長させるだけで、あとは二人に任せよう。
「はい、お待たせしましたぁ」
「塩を少しつけながら食べるのよ」
「おぉ、これがサボテンステーキか」
肉厚なボンズの葉っぱは、一枚でLサイズのピザに匹敵する。
その葉は今頃、他の家でもサボテンステーキとして食卓に出ているんだろう。
「白い、んだな」
「皮は堅いですし、凄く苦いので火で焙ってから剥ぐんです」
「生だと半透明の果肉なんだけど、熱を通すとこんな風に白くなるのよ」
「へぇ。初体験だし、最初のひと口はそのまま食べてみよう」
一切れボンズサボテンをフォークに刺して食べてみる。
ん……んー……
「歯ごたえはいいね。シャクシャクっとしてて」
「でしょ」
「でも味はあまりないんですよね。だからお塩を付けるんです」
だよねー。
まったく味がしない訳じゃない。でもどんな味かっていうと、答えられないほど薄味だ。
なーんかに似てるなぁ。
なんだろう?
んー……あ、そうだ。
山芋。あれに似てる。
ってことはもしかして。
インベトリを開いて、ある実を取り出す。
見た目は黒いソラマメ。俺が知ってるものより三倍ほどデカいし、何より黒い。
「ルーシェ、これお願い」
「しょーゆの実ですか? 温めればいいんですよね」
これは醤油だ。ただし液体ではなく、硬めのゼリーに近い。
熱を通すととろりと融けるから、まぁ結局液体の醤油と同じなんだけどさ。
それに気づいたのはこの二人。
俺だけだったら、醤油をゼリーのまま使ってたな。
融けた醤油にボンズサボテンをすこーしだけつけて食べる。
「んっ。やっぱり合う! 二人とも、食べてみて」
「んー……んっ。ほんとだ、塩より断然美味しい」
「このしょーゆ、本当になんでも合いますね。ボンズがこんなに美味しくなるなんて」
「そうだ。醤油の実、まだあるから他の家にも配ってやろう。使い方も説明して」
つける量はほんの少しでいい。
一家に二粒もあれば十分だろう。
醤油の実をテーブルの上に出すと、それを二人が小さなカゴに入れて――
「私たちが行きます」
「あんたは大人しく座って食べてなさい」
「お疲れなんですから」
と、言われてしまった。
……ひとりでご飯……寂しい。
あれ?
なんで寂しいなんて思うんだ?
今までだってひとりだったじゃないか。
両親がいなくなってから、ずっと。
こっちに来て、二人に出会ってからは三人で飯食ってたもんな。
昨日一昨日は大人数で、まるでパーティーのような食事会だったし。
たった数日なのに、誰かと食べることに慣れてしまったなんてなぁ。