「本当なんです、信じてくださいっ」
魔術師の名前はマリウス・イズ。
ゲルドシュタル王国の宮廷魔術師――の弟子だという。
「元」がつくけれど。
「なんで俺ひとりのためにそこまでするんだ……」
「たぶん、王女も意地になっているだけだと思います。あの方、プライドが物凄く高いので。あの……そろそろ起き上がっても」
「ンベェッ」
「すみませんすみませんすみません。踏まれたままでいいですっ」
「おじさん。変な性癖に目覚められても鬱陶しいし、解放してやってくれよ」
山羊に踏まれて快感になられても困る。
バフォおじさんはぶつぶつ文句を言いながらも、マリウスを解放してくれた。
「王国騎士団は二四〇〇人……か」
「ま、まぁ、ここに到着するまでに千人ぐらいは脱落すると思いますが」
「……まさかと思うけど。また全身フルアーマーで来てんの?」
俺の質問にマリウスは頷いた。
その場にいた全員がため息を吐く。
「こんな砂漠で……バカなの?」
「前回のこと、学んでいないのでしょうか?」
「あんな重い恰好で砂漠を横断しようなんて、緑の大地の人たちは何を考えているんだ」
「砂漠のモンスターが肥えてしまうモグな」
そしてまた全員でため息を吐いた。
いや、ため息吐いてる場合じゃない。
「それでも千人以上は来るんだ。なんとかしないと」
「騎士団は一度南下しています。そこを拠点にして攻め込んでくると思われますが……」
「南って、バジリスクがいる荒れ地だっけ? そこからここまで、何日ぐらいだろうか」
「いつもみたいに、明け方と日が暮れてからの移動だと半月ぐらいかしら」
「重たい鎧を着ていたら、もっとかかると思います」
しかもいったん南下して――だもんな。
いや、なんで南下したの?
直接こっち来た方が早かったんじゃ?
やっぱり……バカなんだろうか。
「実は僕が報告書に、嘘の転移位置を記載しました。南部の荒れ地まで徒歩一日の距離だって。実際には二週間ほどかかるはずです。まぁ夜通し歩けば十日も掛かりませんが」
「距離的にはこっちに来る方が、実際早かったんだな」
「で、こいつはどうすんでぇ」
「うぎっ」
バフォおじさんが蹄でマリウスの足を踏む。
「んー……ってかなんで、知らせにきたんだ?」
「そ、それは……」
「あっ。このまぁのおじちゃん」
安全が確認されたからか、子供たちもやって来た。
「おいもおいちぃ?」
前にマリウスにサツマイモをあげた子か。
その子を見て、マリウスは目に涙を浮かべる。
「あぁ、美味しかったよ。そうだ。お礼にいい物を持って来たんだ」
「いいもぉ?」
マリウスが小さなポーチから取り出したのは、色とりどりの……。
「飴玉?」
「はい。あとチョコレイトも。きっと砂漠では手に入らないだろうと思いまして」
「きえぇい」
「それなんだ? 食べられるのか?」
「あぁ、食べられるよ」
子供たちがわぁっと集まって、みんなが飴玉に手を伸ばす。
「ちょっと待ちなさいっ。毒が入ってたらどうするのっ」
「そ、そうだ。こいつがいい人間とは限らないだろっ」
「ま、そうだよな。簡単に信じるわけにはいかない」
大人たちの反応は、いたって正常だ。
危険を知らせに来たって話も、実際本当なのか分からない。
ただ、ハリュ――サチマイモをあいつにあげた子を見た時の反応は、信じてやりたいと思う。
「オレぁ……性根の腐った人間を嗅ぎ分ける能力は高ぇが、そうじゃねえ奴はよく分かんねぇ。まぁ分かんねぇってことは、少なくとも腐ってはねぇってことだ。っち」
バフォおじさん……。
『ンー。ボクハネェ、コノ人間、ウソイッテナイト思ウ』
「アス坊が言うんだったらまぁ……毒みてぇなもんはにおわねぇよ。それだきゃぁオレにも分かる」
「そうか。なら、いただきますっ」
もとより、毒なんて入ってないと思っている。
だから飴玉をひとつ手に取って、口へと放り込んだ。
「ユタカさん!?」
「ちょ、ちょっとっ」
「んま」
飴玉なんて何カ月ぶりだろう。
んー、これは苺味かぁ。他のヤツの色からして、果物で甘みを付けているようだな。
『ボクモタベタイ』
「アスも? んー、まぁ砂糖と果汁が主な原材料だろうし、大丈夫か」
緑色の飴を掴んで、アスの口に入れてやる。
すぐにゴリゴリと音がした。
あ、こいつ噛んでしまったな。
「アス。飴玉は舐めるものなんだ。噛んでしまったらすぐなくなるか――」
『アンマァーイ! スゴク甘イヨコレッ』
それを聞いた子供たちは、もう我慢出来ないと一斉に飴玉に手を伸ばした。
「な、舐めるんだよ。このお兄ちゃんがいったように、舐めるんだからね。小さい子はこっち」
「お、ペロペロキャンディーか。懐かしいなぁ」
喉を詰まらせないよう、小さい子には棒付きの飴か。用意がいいな。
「み、みなさんもどうぞ。暑さでとけてしまうので」
「大丈夫。俺が保証するよ」
「ユタカさんが大丈夫だというなら」
「そ、そうね。でも綺麗だから、食べるの勿体ないわ」
といいながらも、シェリルはオレンジ色の飴玉を口に放り込んだ。
ルーシェは自分の髪と同じ、桃色の飴玉だ。
「んっ」
「あまぁ~い」
二人が飴を食べると、他の大人たちもおっかなびっくり食べ始めた。
「本当だ。爽やかな甘さがある」
「この甘さは、疲れが癒されるわねぇ」
「ッケ」
バフォおじさんは自分が――いや、家族が飴玉を食べられないからちょっと拗ねたようだ。
だがこのマリウスは抜かりがなかった。
「ダ、ダイチ様、こちらを」
「様!? え、種?」
「栄養があって甘みもある、山羊や羊が大好物だという植物の種です」
「な、なにぃ!? おい、ユタカ。早く成長させろっ」
「わかった、わかったよ」
ぐいぐい角をこすりつけてくるおじさんに押され、畑の隅で種を成長させた。
「まずは増やすために種を採取する」
ん? これはクローバーか?
けど花の色は水色だ。
形はクローバーそっくりだけど、この世界固有の花だろうか。
「うわ、種が小さくて集めづらいな」
「手伝うよ、兄ちゃん」
「あ、僕がやります。魔法で――」
マリウスが何かを唱えると、散らばった種だけはふわぁっと浮かび上がる。
その種にスキルを使ってばら撒くと、時間差であっという間に小さなクローバー畑になった。。
更に種を浮かせてもらう。数百個……もしかして数千個あるかもしれない。
「おじさん、いいぞ」
「よし。まずはオレだ――おい、倅っ」
「ンメェー。ンメ」
「美味いらしいぜ、おじさん」
「こ、こんにゃろ……おい、みんなも食え」
「ンメェェ」
仔山羊も奥様がたも集まって、みんなでクローバーをもりもり食べ始めた。
一家の様子を見て、マリウスの顔もほっこりする。
が、次の瞬間、真顔になった。
「ところで、なぜ山羊が人語を話しているのでしょうか?」
「え? だってバフォおじさんは――え、気づいてなかったのか?」
「え? ばふぉおじさ……バフオオォォォォォォォ!?」
えぇー、こいつ気づいてなかったのかよぉ。
魔術師なら気づいているとばかり思ってたのに。
それを知ってバフォおじさんが嬉しそうに、にちゃあっと笑った。
「シーザー様ぁ。魔宮で魔晶石を集めてきてくださいませんかぁ?」
アリアンヌは、猫なで声を発しながら荒木皇帝に腕を絡めた。
彼女は黙ってさえいれば、なかなかの美貌の持ち主である。
胸も豊かで、鼻の下を伸ばさない男は少ないだろう。
そう。今目の前にいる荒木皇帝のように。
「おやすいごようさ。ところで魔晶石とはなんだい?」
「はい。魔晶石はアメジストに似た石ですわ。その石は魔力を蓄える性質がありますの。それを割ることで、魔力が枯渇した状態でも瞬時に回復出来ますのよ」
「なるほど。魔法が存在するこの世界では、重宝される石なのだね」
「えぇ。それをたーっくさん、欲しいんですの」
アリアンヌが皇帝の上に覆いかぶさる。
「魔晶石はレアな素材ですが、魔宮のモンスターは比較的ドロップしやすいんですの」
「なるほど。では王女のために百……いや、千ほど集めてこよう」
「まぁ、嬉しい」(これで魔力不足の問題は解決ね)
「異世界人の方々が魔宮へと挑まれますわ。すぐに馬車の用意をしなさいっ」
「今すぐに、ですか?」
「えぇ。今すぐによ」
心なしか肌艶のいいアリアンヌはそう言って、侍女らに支度を急がせた。
「ふんっ。魔力が少ないから、一日に使えるスキルの回数が少ないですって? そんなことで私の手から逃げられるとでも思っているの?」
大地豊のスキルについては、唯一精神を病むことなく戻って来た魔術師の報告で聞いている。
だからなんだというのだ。
死なない程度にスキルを使い続けさせ、倒れる寸前で魔晶石を使わせればいい。
魔晶石は消耗品だ。
皇帝は千個と言ったが、アリアンヌは一万でも欲しいと思っている。
だが他国からは買いたくない。
だから兵士を使って、各地の迷宮に潜らせるつもりだ。
王国でもっとも多くの魔晶石が見込める魔宮には、皇帝たちを向かわせて……。
「んっふふふ。彼らのスキル熟練度を上げるのにも、ちょうどいいでしょうね」
アリアンヌは知らない。
彼らが――特に優秀なスキルを授かった三人の熟練度が、今だ1であることを。
スキルは使うことで熟練度があがっていく。
一、二度使った程度では上がらず、しかも不必要な場面で連続使用しても滅多なことでは上がらない。
ゴブリンやスライムを数匹倒した程度の荒木たちでは、熟練度が上がることなどない。
ちょこっとは戦闘をしている小林や三田でさえ、熟練度は2か3である。
「彼らのスキルが進化すれば、国攻めも容易になるでしょうね。ふふふ、ふふふふふふ」
スキルの進化には熟練度が20も必要なのだが、はたして小林と三田がそこまで上がるのに何カ月かかるのか。
いや、熟練度は高くなればなるほど、上がりにくくなっていく。
それを考えれば、最低でも一年は必要だろう。
ずっと実戦を避けていた皇帝ら三人に至っては、実戦をしない限り上がることはない。
果たして三人が魔宮にちゃんと潜るのか――。
十日後――
魔宮へとやって来たのは皇帝、金剛、輝星の三人と、小林、三田、佐藤、上本の戦闘系スキルを授かった七人全員。
「僕らが後ろで見守っていてやるから、君らだけでまずは頑張ってみたまえ」
「う、うん。そ、それじゃあ行くぞ」
「あ、あぁ」
いつものように皇帝と金剛、そして輝星の三人は何もしないらしい。
ダンジョンを進むと、さっそくモンスターと遭遇。
「なんだ、犬じゃないか」
皇帝が「なんだ」と言ったその犬には、頭が三つあった。
「ケ、ケルベロスだ!?」
「なんでケルベロスなんかが地下一階にいるんだよっ」
「ケルベロスって、あれか? 地獄の番犬とかいう?」
金剛の言葉に小林たちが頷く。
「強いのかい?」
皇帝の言葉に小林たちが頷く。
「ならボクに任せろ。"招来――メテオストライク"」
「うわっ、ちょ、おまっ」
宣言するかのように高らかに呪文を唱えた輝星だが、しー……んっと静寂が辺りを包む。
「ああああ、あの、も、諸星くん……。こ、ここは地下だから、その……隕石は……」
「あ、なるほど。ここは地下だからメテオは発動しないんだな。輝星、残念だったね」
佐藤が言おうとしたことを、皇帝が横取りする。
それと同時に彼は踵を返していた。
『グルルルアアァァッ』
「僕は服が汚れてしまったし、先に上に上がっているよ。君たちは頑張りたまえ」
「そ、そんなっ。い、伊勢崎くんっ」
「お、俺がいたら、ぬぐゲーになり過ぎてお前たちが成長できないだろっ」
「ボクの出番は地上にしかないってことだね。じゃ、そゆことでぇ」
三人は全力で来た道を引き返した。
が、ここはダンジョン。
突然モンスターが床から湧くのは当たり前のこと。
「ひっ。こ、今度は牛!?」
「俺こいつ知ってるぞ! ミノタウロスってやつだっ」
「二人でなんとかしなよっ。ボクは地下では何も出来ないんだからさっ」
「ただの役立たずじゃないかっ。くそ――エクスカリバー!!」
皇帝のスキルはエクスカリバー。
剣を振る際に真空波を放ち、飛ぶ距離は熟練度《・・・》によって伸びる攻撃用スキルだ。
しかも貫通攻撃で、範囲は熟練度《・・・》によって扇状に開いていく。
当然、攻撃力も熟練度に左右する。
熟練度1の状態ではスライムを真っ二つには出来るが、ゴブリン相手では致命傷も与えられない。
実はこのスキル、大器晩成型だったりする。
熟練度が高ければ非常に強力なのだが、それゆえに低い時にはさして強くもない。
更に言えば他のスキルに比べても、熟練度が上がりにくい。
こつこつ努力家向けのスキルだったりもするのだ。
放たれた真空波はミノタウロスの頑丈な皮膚に当たりはしたが、皮一枚傷つける事は出来なかった。
「あ、れ?」
『ブモオオォォォォォッ』
「怒らせただけじゃねーか!」
「おい、三田、上本! こっちに来てボクを守れっ」
「輝星、抜け駆けすんじゃねー! おい、俺も守れっ」
「そ、そんな余裕ないよっ。上本くん、回復っ」
「うるせーっ。早くこっちこいっ」
『モオオォォォォォッ』
ケルベロスとミノタウロスに挟まれた彼らは、絶体絶命のピンチだった。
だが神は彼らを見捨てはしなかった。
「んぁ? 初心者が間違って入って来たのか?」
「しゃーねぇなぁ。よっと」
『ブモッ』
「はいはい。君ら壁に寄って。矢を放てないでしょ」
今まだにダンジョンへと入ったばかりの冒険者によって救われた。
ミノタウロスは巨大な戦斧を担ぐ戦士が、たった一振りで。
ケルベロスは美しい装飾がほどこされた弓を持つ美女の、わずか一矢で倒れた。
「君たち、ここは中級者向けの中でも上位のダンジョンよ。ミノタウロスもケルベロスも、ここじゃ雑魚なんだから」
「そんなんで悲鳴を上げてるような奴は、さっさと上がって初心者向けダンジョンにいきな」
「偶然俺たちがダンジョンに入ったところでよかったけど、ミノタウロスを倒せないんじゃここでは生きていけないぞ」
「じゃあな。あんま死に急ぐなよ」
爽やかな笑みを浮かべ、彼らはダンジョンの奥へと向かった。
その後ろ姿を見送ることなく、皇帝、金剛、輝星の三人は猛ダッシュで地上へと上がった。
「こいつ、あんたを追いかけて来たんじゃないだろうなぁ」
「えぇ!? ぼ、僕のせいですか??」
マリウスが集落の一員になった翌日。
遠くにサンドワームの姿を見たという子供たちの声を聞き、退治するために砂漠へと出た。
太さは俺の身長を超え、長さは二十メートルにも及ぶ巨大なミミズだ。
ルーシェたちが「食べられない」というので、容赦なく成長させてお亡くなりになって貰った。
「それは違うと思います。マリウスさんを追って来たのでしたら、とっくに食べられているはずですので」
「ひえっ」
「サンドワームの移動速度は、人間より早いものね」
「ひえぇぇ」
「サンドワームはここからずっと、南東を縄張りにしています。他の大型モンスターと縄張り争いしないよう、本来はこの辺りまで来ることはないんです」
普段、獲物の少ない砂漠に、大量の人間が投入された。
サンドワーム歓喜。
ついつい縄張りを出て獲物を追いかけたが、興奮気味に追い回したせいで帰り道が分からなくなった。
で、偶然こっちに来た――というのはルーシェの考えだった。
「見てください。このサンドワームには剣で斬られた傷がたくさんあります」
「んー、あ、ほんとだ。けど薄皮一枚程度の傷だな」
「サンドワームの皮膚は、ぶよぶよしてて傷つきにくいのよ。他のモンスターも、サンドワームを襲わないぐらいだし」
モンスターにとっても、こいつはマズい肉のようだ。
「他にも来てなきゃいいけどな」
「そうね。でもサンドワームは渓谷内には入れないから」
「あの辺りは地面が硬く、サンドワームは潜れませんから」
「サンドワームはその名の通り、砂の中にしか生息していないんです」
と、最後にマリウスがドヤ顔で言った。
どうせ本で得た知識だろ?
けどそれを聞いて少し安心した。
渓谷から出さえしなければ、安全だってことだし。
「あ、ワームで思い出した。土壌改良計画が止まったままだ。トミーたちにまた、ミミズを探して貰わな……」
ミ、ミズ……。
ワームってミミズだよな。
サンドワームの死体を見つめる。
「なぁ。サンドワームを使って、土壌改良とか出来ないのかな?」
「サンドワームを?」
「もしかしてユタカさん。畑のミミズさんと同じように使えないかって考えているのですか?」
「その通り!」
「あの、それは無理ですよダイチ様」
なんでだよ。
「サンドワームは砂と一緒に獲物を丸のみします」
「それ本に書いてあったやつ?」
「あ、はい。ですが嘘は書かれておりません。それでですね、サンドワームをはじめとする砂漠のモンスターというのは、過酷な環境で生き抜くために、捕食した物は全て栄養分として吸収するのです」
ん? どういうこと??
「つまりですね――排泄物には砂しかないんですよ」
後半はルーシェたちに配慮してか、小声で話した。
「砂だけ?」
「はい。獲物と一緒に飲み込んだ砂だけを、排泄するんです」
マジで!?
「マリウスと何を話してるか想像つくけど、サンドワームはミミズの代わりにはならないわよ」
「ダメ、なのか……」
「残念ですけれど、ダメなんです」
「普通のワームなら、もちろんミミズと同じく土を肥えさせられるんですけどねぇ」
同じワームなのに、サンドがつくかつかないかで変わるのか。
まぁそうだよな。
サンドワームで土を肥えさせることが出来るから、砂漠になってる訳ないんだし。
集落に戻って、トミーたちにミミズ探しを頼んでサンドワームの話をしていると――
「ただのワームなら、山の上の方にもいるぜ」
とバフォおじさんが。
「本当かおじさん!?」
「オレぁ平気だけどな、山羊にとってワームは天敵なんだよ。去年も隣の隻眼んとこの仔山羊が食われてなぁ。かわいそうだったぜぇ」
「隣……他にも山羊の群れがいるのか」
「おう。五つぐれぇあるぜ」
意外といるもんだ。
けど仔山羊を食べるってことは、ドリュー族なんかもヤバそうだよなぁ。
いや、人間の子供もヤバいか。
「ワームを使って砂漠の土壌改良が出来ないかと思ったんだけど、無理そうだなぁ」
「テイムすればいけるのでは?」
「……は?」
「お、その手があったか。ユタカ、お前ぇちょっくら試してみろや」
……ミミズを……テイム?
『コッチダヨォ。コッチコッチィ』
『もっももも』
ワームはいい土と肉が大好きだ。
そこで土の精霊に肉を持たせ、山を練り歩かせる。
すると土の精霊=いい土と肉に誘われて、ワームがついて来ると。
精霊を召喚したのはもちろんアス。
そして作戦はバフォおじさんが考えたものだ。
なんか肉を抱えてとてとて走ってる精霊の姿が、めちゃくちゃシュールだった。
「釣れたのは三匹か。まぁまぁだな」
「うええぇぇ。デカいミミズ……」
「あれでも小せぇ方だぜ。山ん中も奴らの獲物になる生き物が少ねぇからな。オレら山羊は崖を好むのも、奴らから逃げるためだ」
確かに崖にいられちゃ、迂闊に襲えないもんな。
この辺りの地面は堅く、ワームたちも潜れないようだ。
おかげで地面の上を這うミミズの姿がモロ見えで、正直、キモぃ。
おじさんの家族や子供たちが怯えないように、渓谷の東側の開けた場所にワームを誘導。
そこでテイムにチャレンジするわけだが――
「マリウスがやってくれよ」
「いやぁ、僕はテイミング魔法との相性が悪くて」
「魔法に相性とかあんの?」
「ありますよ。まぁダイチさんがどの魔法と相性がいいのかは分かりませんが。あはははははは」
あはははじゃねーよ!
「まぁ安心しな。嬢ちゃんたちもいるんだ。誰かひとりぐれぇ、相性のいい奴がいるだろうよ。いねぇときは――」
隣でマリウスがガクブルしながら「悪魔の契約です」と小声で教えてくれる。
おじさんの正体は他の人たちは知らないから、マリウスにも「喋る変な山羊」ってことにしてもらっている。
「魔法、私たちに使えるのでしょうか?」
「大丈夫です。テイミング魔法は魔力より相性の方が大事ですから。それに僕の見立てだと、お二人の魔力はそこそこのレベルですよ」
マジか……。
おかしいな。二人の身体能力も魔力も、まだスキルで成長させたことないのに。
精霊が連れて来たワームは俺たちを見て「ご飯だ!」と歓喜しているようだった。
けどバフォおじさんが一声鳴いた瞬間、ぷるぷると震えだす。
だいぶ躾されてるみたいだな。
「では、テイミングの呪文をお教えします」
マリウスから呪文を教えて貰い、そのまま唱えてワームに触れる。
間違って成長促進しないようにしなきゃな。
ん?
なんかワームの頭頂部に……
「ね、ねぇ。テイミング出来たかどうかって、どうやったら分かるの?」
「あぁ、それでしたら、ワームの額に術者の名前が浮かびますので」
「あの……これのこと、でしょうか? 私たち、文字の読み書きは出来ませんので、これがそうなのか分からないのですが」」
ルーシェが触れたワームの頭頂部に文字が!?
「す、凄いですルーシェさん! テイム成功です!」
「ねぇ……これ、も、そうなの?」
「え? えぇぇー!? シェリルさんもですか!?」
「ほぉ。さすが双子だな。まさか二人ともテイミング魔法との相性がよかったとはなぁ」
……どうしよう。
俺が触れたワームさん。めちゃくちゃくねくねしてなんかアピールしてんだけど。
そのワームの頭頂部には、しっかり漢字で「大地豊」って出てんぞ。
まさかの三人揃ってワームをテイムしてしまうとは……。
くねくねするワームを見ると「うわぁぁ……」って気分になるが、土壌改良計画としては万々歳な結果だろう。
ワームのサイズは長さが三メートルほど。
サンドワームと比べると確かに小さいが、三メートルのミミズと考えたら巨大だろう。
少し成長させてみるか?
「バフォおじさん。ワームの寿命ってどのくらいなんだ?」
「二〇〇年か、二五〇年ぐれぇか。サンドワームは一五〇年ぐれぇだぜ」
「サンドワームの方が短いのか。まぁそれでも人間よりも長いけどさ」
「サンドワームはクソをしねぇ分、体への負担もあるんだろ」
……せっかくマリウスが女性陣に配慮したのに、おじさんときたら。
「こいつら、何歳ぐらいなんだろうか」
ワームに年輪なんてないだろうしな。
そう思っていると『二一歳歳』なんて声が頭の中で聞こえた。
まさか今の、ワームなんて言わないよな?
「この子は一九歳と言っています」
「この子もよ」
「そ、そうなんだ……」
うわぁぁぁ。ミミズの声が聞こえるようになってるうぅぅぅ。
ルーシェやシェリルは、さっそくミミズに名前を付けようとしているし。
え、かわいい? ミミズが、かわ……いい?
嘘だ。信じられない。
「齢のわりに、やっぱ小せぇな」
「そ、そうなのか。ちょっとぐらい成長させてみるか」
「どうせならサンドワームの屍を処理させりゃいいんじゃねえのか?」
「屍って、サンドワームを倒したのは昨日だぞ? 傷んでないか」
「それにサンドワームの肉は、とてもじゃないけど食べられるようなものじゃないわよ」
モンスターですら食わないんだしな。
まぁそのせいで死骸は残ったまま。腐って砂に還るのを待つしかない。
「ワームの胃袋を侮るなよ。こいつらぁな、どんなに腐ったもん食ったって、下すこたぁねえよ。聞いてみな」
「き、聞く?」
「大丈夫なの?」
「お腹痛くなったりしませんか?」
聞いてるよこの二人。
するとワームが首? をもたげて頷いている。
大丈夫なのかよ。
まぁ……そういうことなら。
「"成長促進"」
まずは五年分。
サンドワームの屍に吸い付くワーム三匹を成長させる。
その五年分を三〇分かけて成長させた。
暑さ対策に木を数本植えて、日陰で俺たちは待った。
その間に――
「アス。砂を圧縮して固めたりとか出来るのか?」
『精霊ト力ヲアワセタラ出来ルヨ。ヤル?』
「出来るなら渓谷の近くからスタートしようと思うんだ。砂を土に変えるために、少しずつな」
「砂漠を土に……出来るのかしら」
「やれるだけやってみよう。少しでも土が増えれば、畑の面積も増やせるしさ」
三〇分ほど経つと、ワームの体は倍のサイズにまで成長していた。
六メートルのミミズ……。
「立派になったわねぇ」
「ほんと。え、まだ食べられるんですか? もちろん、いいですよ」
二人はすっかりワームと仲良しだ。
『僕も食べて、いい?』
うああぁぁぁ。ワームの声だあぁぁぁ。
僕ってことはこいつ、雄?
いや、ミミズは雌雄同体だったよな。
まぁワームもそうとは限らないのかもしれないけど。
「あ、あぁ。食べていいぞ」
『やったぁー』
他のモンスターは食わないってのに、こいつらは美味しそうに食べてくれてるな。
せっかくだし、追加で五年ほど成長させるか。
そして三〇分後。成長したワームの体長は、一〇メートル近くになっていた。
「こいつら、どこまで大きくなるんだ……」
「すくすく成長するわね」
『ボクヨリ大キクナルノ?』
『分かんない』
分かんないかぁ。
『お腹いっぱい』
「そうか。ルーシェ、シェリル。こいつはお腹いっぱいらしいけど、そっちは?」
「この子もお腹いっぱいのようです」
「この子もよ。残りは今度食べるって言ってるわ」
「なら戻るか」
そう言うと、ワームは嬉しそうに尾? を振った。
『ご飯たくさんあるけど、ここ暑くて皮膚が乾燥しそうだったの』
「乾燥するのか?」
『うん。乾燥すると土に潜った時に、石や岩で皮膚がぼろぼろになっちゃう』
そうなのか。
あまり長時間、砂漠にはいさせないほうがいいようだ。
渓谷の入り口周辺は、奥から流れてくる水のおかげで砂も湿っている。
そこまでくると、ワームたちはごろごろ転がって皮膚を湿らせた。
「ワームたちはこの辺りで暮らして貰おう。アスと精霊、ワームで力を合わせて、この辺りの砂を土に変えられるといいんだけどな」
『ボク頑張ルヨ』
『もっも』
『いい土にする? いい土大好き。いっぱい食べて、いっぱいうん――……するよ』
このワーム……羞恥心があるのか!?
なんか意外だ。
「ユタカさん。この子たちのために、日陰になる木を植えていただけませんか?」
「そうね。太陽が真上に来てる時間は、この辺りは日陰がなくなるから」
「あぁ、分かったよ。この辺なら水も来てるし、枯れることもないだろうね」
常緑樹のモミの木を五本ほど成長させて、日陰が出来るようにした。
夜は砂の中に潜って寒さをしのぐから大丈夫だと、本人たちは言う。
食べたものは二日ぐらいかけてゆっくり消化し、排泄を行うんだとか。
そしたらまたサンドワームを食べて、消化して……どのくらい繰り返せば土壌改良されるかなぁ。
騎士団の襲撃に備えて、集落では準備を始めていた。
まぁ出来れば無駄な備えに終わって欲しいところだけど。
ワームをテイムして十日目。
食事の旅に五年ずつ成長させ、今じゃ四五歳前後だ。
ただ体だけ成長させてしまったせいで、中身は子供のまま。
体長は一五メートルを超えたが、このサイズで最大かもしれない。前々回の食事からサイズアップしてないしな。
だが――
『赤ちゃん、生まれたの』
「……えぇー」
ワーム……名前はユタカのユを取って『ユユ』が、チビワームを連れて砂から出てきた。
大きさはまだ一メートルにも満たないが。ミミズサイズじゃないのは確かだ。
「ママはどっちだ」
ルーシェんとこの『ルル』か、それともシェリルんところの『リリ』か。
あ、れ?
ルルとリリもチビワームを連れてる。
『ママ……。この人がママだよ。さぁママにご挨拶して』
「まてまてまてまてっ。俺はママじゃない! ママはあっちじゃないのかっ」
『ん?』
首傾げてんじゃないよ!
「ワームは雌雄同体だ。ミミズと違ってそいつらは、一匹でガキを作れんだよ」
「えぇー……」
「もちろん繁殖期になるためには、二匹以上のワームが必要だけどな」
なんだそりゃ……。
『ママ』
「だから待て! せめてパパにしてくれよっ」
『じゃーパパ。パパだよぉ』
あぁぁーっ!?
人間の子供だってまだなのに、まさかワームのパパになる日がくるなんて。
「凄い!」
「うわっ。マリウス?」
「見てくださいダイチ様。このワームの赤ん坊、額に薄っすらですが名前が浮かんでいますよ」
「え? でもテイミング魔法は使ってないぞ」
「はいっ。おそらく親から遺伝したのでしょう。ですが不完全ですので、完全なテイミングモンスターではありません。魔法で定着するべきでしょう。ルーシェさんとシェリルさんも」
「分かったわ」
「テイミングすればよろしいんですね」
呪文を唱えて触れると、額の名前がくっきり浮かび上がった。
そして――
『パパァ』
俺はパパになった……。
あっちの二人はどうなんだろう?
「ルーシェ、シェリル。赤ちゃんワームから、なんて呼ばれてるんだ?」
「え? 普通に名前だけど」
「ルーシェお姉さんって呼んでくれてますよ」
「え!? ちょ、俺なんてパパって呼ばれてんだけど!」
二人は顔を見合わせ、それから笑い出した。
「ワームにパパママの概念はないんだと思いますよ」
「それをあんたが、ママはどっちだとかせめてパパにとか言ったからじゃないの?」
俺が余計な事言ったからなのか……。
「ユユ、頼む。子供にはユタカ兄ちゃんって呼ぶように言ってくれよ」
『じゃあ、ユタカ兄ちゃん』
『ユタカ兄ちゃん、お腹空いた』
お腹かぁ。サンドワームの死骸はもうないんだよなぁ。
「お。おあつらえ向けのご飯が、向こうから来たようだぜ」
「ご飯が? あ」
西の方角から砂煙が近づいて来る。
その砂の上を飛び跳ねる何かの姿が見えた。
「さか、な? あれ、魚か?」
「サンドフィッシュね! 鱗は堅いけど、身は美味しいのよ」
「ルル。子供のご飯が来ます」
「リリも、たっくさん捕まえるのよ」
魚の大きさは一メートルほど。見た目はトビウオそのものだ。
「アス。捕まえやすいように、頼む」
『マカセテェ。ミンナニボクガゴ飯ツカマエテアゲルヨォ』
『アス先輩かっこいい!』
ユユ。先輩って言葉、どこで覚えた?
「ぼ、僕はどうしましょう?」
「アスの振動でサンドフィッシュが脳しんとうを起こすから、仕留めてくれ。魔法で出来るだろ?」
「わ、わかりました。焼かない方がいい、ですかね?」
焼いたものでも食べられるのかな?
『んまんま。こっちおいちぃ』
「焼いたサンドフィッシュの方が人気みたい」
「こちらの子たちもです。焼き魚は美味しいですものね」
マリウスが炎の魔法で仕留めたサンドフィッシュの方が美味いようだ。
正直、香ばしいニオイがたまらない。
仕留めた数は四〇匹を超える。
「なんだユユ。二匹でいいのか?」
『うん。体が大きくなったら、どうしてかあんまりお腹が減らなくなったの』
「え、大丈夫、なのか?」
まさか成長促進の弊害!?
「あー、食欲旺盛なのはガキの頃までだ。成長すりゃ、食う量は減るんだよ」
「そう、なのか。バフォおじさんが言うんなら、まぁ大丈夫か」
ただ心配はある。
これ以上ユユが子供を産んだら、さすがに食料が追い付かなくなるんじゃないかって。
新しく生まれた三匹の子供たちにも言える。
「ネズミ算式とまではいかないんだろうけど、どんどん増えていくとさすがにマズいな」
「そこは心配いらねぇ。十分な餌がねぇ状態だと、モンスターってのは繁殖しねぇんだよ。まぁ例外もいるけどな。頭の悪りぃゴブリンとかよ」
『いい土にしたくて、仲間いた方が早いかなって思ったの。でもたくさんいるとご飯食べられなくなるし。もう赤ちゃん産まないから安心して』
「そっか。ユユたちもちゃんと考えてくれてたんだな」
ワームって意外と賢いモンスターなのか。
知らなかった。
ワームの人口が単純に倍になったし、日陰用の木も増やしてやらなきゃな。
この十日の間に、土の状態は見違えるほどよくなった――と思う。
これまで俺が成長させた木以外、緑は皆無だった。
だけど――
「見てください! 葉っぱですっ。葉っぱが生えてますっ」
「これは……山羊邸の周辺に生えてるのと似てるな。種が風に乗って飛んできたのか」
「その種がここで芽吹いたのね。自然に生えて来たなんて、信じられないわ」
『葉ッパカワイイネェ』
『かわいい』
少しずつ。少しずつ、だけど着実に土壌改良は進んでいる。
「デ、デートしないか!?」
交際を始めたってのに、一度もらしいことをしてこなかった。
まぁ交際前からいつもそばにいたし、同じ家にも住んでいたから今更感もあるけど。
「た、たまにはさ、いいかなと思って」
デートの申し込みなんて、もちろん人生で初めてだ。
彼女が出来たのだって初めてだし。
二人は顔を見合わせてから、同時に俺を見て首を傾げた。
あ、れ?
「でーととは、なんでしょうか?」
「あ……そこからか。えっと、デートっていうのは……こ、恋人同士で出かける事、さ」
「お出かけ? でもお出かけならいつもしてるじゃない」
そうだけどさぁーっ。
はぁ。異世界じゃデートってものがないのかなぁ。
いや、ここだからないのかもしれない。
都会ならまだ、どこかに遊びにとかってのもありそうだし。
美味しいお店にいくとか、買い物するとかさ。
でも砂漠じゃそれが出来ないし。
「ただ出かけるんじゃなく、こう……綺麗な景色を眺めるとか、普段行かない所に行くとかさ」
「普段行かないところ、ねぇ」
「そうだっ。俺がまだ知らない所とか、どう?」
「ユタカさんが知らない……それでいて綺麗な所……あっ。シェリルちゃん。あそこなんてどうでしょう?」
「あそこ? あぁ、あそこね! そういえばユタカには見せてなかったわね、アレを」
アレ?
まぁなんにしろ、デートの場所は決まった。
それから三人で弁当を作り、デートへと出発。
『オッデカケ、オッデカケ』
「アス……あのな、これはデートなんだ」
『デートスルゥ』
「みんなで一緒に行きましょうか」
「そうね。アスにも見せてあげる」
『ワーイ』
わーい……もうただのピクニックだ。
はぁ……ま、仕方ないか。
ひとりで留守番するの、アスは嫌がるもんな。
ひとりが寂しいのは、俺もよく分かるし。
「この中?」
山羊が暮らす岩塩洞窟のある場所から、さらに少し北東に進んだ先。
アスがぎりぎり通れるほどの洞窟があった。
「ここでは岩塩が取れないのですが、奥にとっても綺麗な場所があるんですよ」
「へぇ。楽しみだ」
「少し冷えるから、避難場所としても使われているのよ」
「避難場所?」
「はい。数年に一度、強烈な熱波が発生するんです。他の集落では避難用に地下室を掘ったりしているんですよ」
熱波か。
次に来るのはいつになるんだろうか。
ドリュー族に山羊、それにワームたちもいる。お隣の集落とも合併したし、人口はかなり増えた。
全員が避難出来る広さがあるのだろうか。
あぁー、ダメだ。
今日はデートなんだから、集落のこととかはあとで考えよう。
中に入ってしばらく進むと、シェリルが言うように肌寒くなってきた。
インベントリに入れっぱなしのジャンパーを取り出し、それをルーシェに着せた。
シェリルにはマフラーと、それからブレザーのジャケットを。
「もう、私たちはいいのに」
「そうです。ちゃんとショールを持って来たんですから」
「あ、そう、だったんだ」
「じゃ、このショールはユタカさんとアスちゃんに巻いてあげましょうね」
『ワーイ。グールグル』
むしろアスは暖かいんだけどな。
「このあたりの岩は滑るから、気を付けてね」
「ユタカさん。お手をどうぞ」
「あぁ、ありがとう」
って違ぁーう!
男がエスコートするのであって、エスコートされてどうするんだよ!
まぁ、でも。
「ふふ。デートって楽しいわね」
「そうですね。ここへ来るのは熱波の時でしたけど、避難のためじゃなくユタカさんとアスちゃんにアレを見せてあげるためだけと考えたら、わくわくしますね」
「どんな顔するかしら」
「そんなに凄い物があるのか?」
『ナニ? ナニガアルノ?』
「「まだ内緒」」
二人が楽しんでるなら、いくらでもエスコートされるさ。
……。
帰ったら身体能力を成長させよう。
「あ、見えて来たわ」
「お? お、おおぉぉ!?」
進む先に、ドーム状の開けた場所があった。
その壁が松明の明かりを反射して、キラキラと光って見える。
「ここに座ってください」
「松明消すから、一瞬だけ真っ暗になるわよ」
「お、おぅ。アス、じっとしてろよ」
『ウン』
明かりが消されると、完全な暗闇に……あ、れ?
上の方が薄っすら光りだした。
見上げると、まるで満天の星空のように小さな光が無数に広がっている。
「凄いでしょ」
「亡くなった父が言うには、壁の表面は透明な鉱石らしいんです。その奥に光りを出す別の鉱石があって」
「それで光るのよ。綺麗でしょ」
「あ、あぁ……凄く綺麗だ」
透明な鉱石って、クリスタルとかそんなのだろうか。
これは本当に綺麗だ。
「花見もいいけど、星見もいいな」
「でしょ?」
「喜んでくれました?」
「あぁ。凄く綺麗だ」
本当は、二人の方がもっと綺麗だとよか、歯の浮くセリフが言えればいいんだろうけど。
でも今は恥ずかしいから、そっと二人の肩を抱いて天井を見上げた。
い、いや。むしろこっちの方が恥ずかしいか!?
二人とも俺の肩に頭を預けてるから、今更恥ずかしいからって離せないし。
『寒イ? ボクアタタメル?』
背中にアスがぴったりくっついてきて、余計に離れられなくなってしまった。
「暖かいですね」
「そ、そうだな」
「ユタカさん」
「ん? どうした、ルー……」
唇に、柔らかい感触が伝わった。
「ル、ルーシェ」
「そ、そうだわ。そろそろお弁当にしませんか?」
「そ、そうだな。ご飯にしようっ」
と、隣のシェリルを見ると、不貞腐れたように頬を膨らませている。ように見える。
「姉さんだけ……るい」
「シェリル?」
「べ、別に私は……して欲しい、なんて、思ってないもん」
キス……して欲しいってことか?
仕方、ないなぁ。
「シェリル」
「ん?」
振り向いたところで、軽く唇にキスをする。
「ひゃっ」
「さ、さぁ、弁当にするぞ」
「う、うん」
うおぉぉ。俺、頑張った。
するとアスが頭突きをしてきて『ボクモ』とか言い出す。
「もう、甘えん坊ねアスは。ちゅ」
「仲間外れは嫌なんですよね。ちゅ」
『エヘェ』
なんだろう。相手は子供だし、ドラゴンなのに……何故か少し、嫉妬してしまう。
ん?
アスがこっち見てる。
まさか!?
「俺もやれってのか!?」
『チュッテシテェ』
「男が男にキスなんかしないんだぞっ」
『チュー』
まさかのキス魔か!?
「してあげたらいいのにぃ」
「そうですよ。子供なんですから」
「うぅぅ、くそぉう。一回だけだからな!」
オデコに軽くキスしてやると、そりゃもう大喜び。
それから四人で弁当を食べて、しばらく星見を満喫してから洞窟を出た。
「んあぁー。まっぶしぃなぁ……ん?」
地面に伸びた崖の影。
その先端に何か、いる。
このシルエットはもしかして――。
振り返って見上げると、何も……いない。
どうやらあの御仁は、近くでずっと見ているのかもしれないな。
初デートの夜。
「で、会いに行こうと思うんだ」
昼間に見た影のことを、ルーシェとシェリルにも話した。
これから火竜に会いに行こうと思って。
「じゃ、私たちも準備するわ。待ってて」
「いや、俺ひとりで行くよ」
「でもっ」
「三人で出て行ったら、アスがついて来るだろ? まだ火竜がアスの父親だって決まった訳じゃない。話を聞かれると、ちょっと、な」
「あ……そう、ですね。確認が先ですよね」
「寒いから、ちゃんとジャンパー着ていくのよ」
頷いて、インベントリからジャンパーを取り出し着込む。
ツリーハウスを出ると途端に肌寒さを感じる。
アスが眠るツリーハウス前を避け、ドリュー族と移住してきた住民が暮らす高台に登った。
そこから地底湖近くまで、ドリュー族が掘ったトンネルが開通している。
「ちょっと走るか」
中は緩やかな傾斜になっているから、とうぜん走ると直ぐに疲れる。
ここで――
「"せ、成長促進"。坂道、走っても、はぁ、疲れないぐらい、身体能力、成長……」
すると、すぐに体が楽になった。
外に出てから、ランタンの明かりで自分の体をチェックする。
スキルで体が老けていないかを、だ。
手の皺……特に増えた様子はない。爪も伸びてない。髪の毛もだ。
よし。大丈夫っと。
「さぁて、あそこにいてくれるといいんだけどな」
目指すがアスのお袋さんの墓前。
なんとなく、ここにいるんじゃないかと思って来たんだが……。
月明かりの下、葉桜の傍には紅の竜がいた。
その姿はどこか、悲しそうに見える。
『何をしに来た、人間』
「伝えたいこと、それから確認しておきたいことがあって来た」
俺のことには興味なさそうに、火竜は一点をずっと見つめていた。
そこは桜の木の脇、少しだけ土が盛り上がった場所。
アスのお袋さんの亡骸が埋葬された墓だ。
「アスの鱗には、ところどころ赤い縁がある」
『それがどうした……赤?』
「それから、背中には翼もある」
『な、に?』
「アースドラゴンには、翼がないんだろう?」
ずっともたげていた首を持ち上げ、火竜が初めて俺を見た。
「あんたはアスのお袋が別の雄とって思ってるみたいだけど、バフォおじさんはあんたが父親じゃないかって思っているそうだ」
『わ、我が!? いや、だがしかし……それならどうしてアースは知らせなかったのだっ』
「それは……」
『連絡を寄越さなかったということは、別の雄との子を孕んだからであろう。他の、翼のある種との子なのだっ』
「赤い鱗はどう説明するんだよっ。あんたの鱗の色とソックリだったんだぞ」
『ならば別の火竜との子だっ。そうに違いないっ』
なんで否定するんだよ。
少しは自分の子かもって、思わないか。
いや、待てよ……本当に他の火竜の子だったり……する?
「この砂漠に、あんた以外の火竜が他にもいるのか?」
『ふんっ。おるものか。ここはかつて我が縄張りであった。アース以外の他の竜など、入れるはずもない』
「……だったらあんた以外にいないだろ!」
『ぐぬっ……し、しかし』
「アスのお袋さんは、失恋してこの山に来たと話していたそうだ。あんたがアスのお袋を捨てたんだろ? だったら伝えられないはずだ」
『す、捨てた!? 我がアースを捨てただとっ』
あ、あれ? なんか怒ってるような。
違った、のか。
『我がアースを捨てたなどといったい誰が! 喧嘩はしたが、捨てた覚えなど一度もないっ』
「で、でも、本人から聞いたって奴が」
バフォおじさん、まさか適当なこと言ったんじゃないだろうなっ。
『我はアースを心から愛しておったっ。喧嘩して出て行ったアースを、何十年も待ってやっていた
「な、何十年もって……まさか待ってただけ? 追いかけなかったのかよ!」
『わ、我は雄だっ。雄はどっしりと構えて、雌を受け止めるだけ』
「違うだろ! 喧嘩したなら追いかけて行って、謝るべきだろう! もしろん、相手が浮気したとかなら別だけど。でもっ」
うちの両親が喧嘩した時は、たいてい親父が謝っていた。
どっちが悪いって訳じゃなく、なんとなく喧嘩に発展した時みたいなんかは特にだ。
親父曰く。
女は意地っ張りだけど、同じぐらい寂しがり屋だって。
「ここは元々あんたの縄張りだったって言ってたな。わざわざあんたが追って気安い場所に来てんのに、あんたは追いかけなかった。アスのお袋さんは、あんたに嫌われたって思ったんだろう。そして追いかけてこないから、捨てられたんだとも」
『そ、そんなことっ……そんな……』
「なんで追いかけなかったんだよ。男のプライドなんて、どうでもいいじゃないか。アスが……アスがどんな思いで、暗い地底湖で母親の帰りを待ってたと思うんだ。たったひとりで、ずっと……」
帰宅しても「おかえり」と言ってくれる人がいない辛さ。
待っても待っても、玄関を開けて帰って来る家族のいない辛さ。
俺はそれを知っているから、アスの気持ちも痛いほど分かる。
「アスがあんたの子供かは、正直、俺には判断できない。ただ鱗に赤い縁があること。アースドラゴンにはないっていう翼があること。それを伝えたかったんだ」
医学的レベルでの判断は出来ない。まぁここは異世界だしな。
けど、この火竜がアスの父親だってのは間違いないはずだ。
ドラゴンなんて早々いないもんだし、集落に人たちだって見たことないと言っていた。
自分の縄張りだと言っていたが、人前に姿を見せたりはしていなかったんだろう。
この地方にあいつ以外のドラゴンはいない。
アスのお袋さんだって、元は別の場所にいたようだし。
他にアスの父親候補なんていないんだ。
消去法なんか使わなくたって、もうあいつしかいない。
あとはどうするか。
それは本人が決める事だろう。
「じゃ、俺は帰るよ。どうしたいかは、あんたが決めてくれ」
集落に到着するのは、明け方かなぁ。
子ワームたちのご飯、今日はまだ大丈夫だっけ。
ふああぁぁぁ、ねみ。
そうだ。
せっかく来たんだし――
「"成長促進"」
桜の葉が散り、芽が出て、開花する。
満天の星空の下、夜桜が風に舞う。
「アスが……お母さんに見せたかったんだってさ」
『……美しい。なんという名の花だ』
「さくら」
『サクラ……アースのように、可憐な花だ』
風に舞う花びらを愛おしそうに、火竜は見つめた。
「えぇー、やだぁ。きれちゃってる」
「困りましたねぇ」
何が困ったのだろうか?
今日も一日、騎士団に対する備えと土弄りに精を出し、一日の疲れを癒すための風呂に来ている。
隣の女湯からルーシェたちの声が聞こえるが、何か困っているようだ。
先に風呂を終えてアスのツリーハウスへ。
「アス。鱗拭いてやるぞ」
『ワァーイ』
少し熱めのお湯にタオルを浸して絞る。蒸しタオルにして、それで拭いてやるとアスは喜んだ。
『気持チイィ』
「翼広げてくれ。内側にも砂が入り込むからな」
『ウン。砂タイヘン。ジャリジャリスルノ』
「あ~、分かる。ここはまだいいが、外に出ると頭が砂だらけだからなぁ」
外、というのは渓谷の外のこと。
ワームたちの様子を見に行ったり狩りに出たりすると、気づいたら頭がじゃりじゃりになっている。
砂漠が緑化したら、じゃりじゃりともオサラバ出来るんだろうか。
アスの体を拭き終える頃、ルーシェとシェリルが戻って来た。
「あ、もう終わったの?」
「ごめんなさいアスちゃん、遅くなっちゃって」
『ウウン。女ノ人ノオ風呂ハ長イノガ普通ダッテ言ッテタ』
「あ、あはは。そ、そうだ。さっき風呂場でなんか困ってなかったか? 男湯の方まで声が聞こえてたけど」
「聞こえてたの? は、恥ずかしい……」
い、いや、声が聞こえてただけだし。
恥ずかしがられると、なんかこっちも恥ずかしいんだけど。
「実は髪を洗うときに使う石鹸が、なくなってしまったんです」
「あぁ、シャンプーか。男湯の方にはまだあったけど」
「それを借りたのよ。だけど石鹸ともうひとつ使ってて」
もしかしてリンスか。まぁ男湯にはないけど。
「以前は髪を洗うなんて、週に一度ぐらいでしたから。でも毎日みんなが入るようになって、予想外に石鹸が減ってしまっていたんです」
「あぁ、そういうことか。石鹸も作っているんだろう? 材料とかは?」
「サボテンのエキスから作ってるの。ここから南の方に生えてるわ」
「南か……距離は?」
「二時間ほどです」
なら大丈夫だな。
騎士団が進軍してきていないかも確認出来るし。
翌朝早くに俺たち三人とアス、それから――
「僕もですか?」
「そう。遠くを見ることが出来る魔法とかって、使える?」
「遠見ですね。もちろんですが」
「よし、行くぞ」
『ワーイ。オ出カケェ』
マリウスを連れていくことにした。
「じゃ、バフォおじさん。俺たちがいない間、よろしく頼むよ」
「あぁ、任せときな。ところでそのサボテンはうめぇのか?」
「どうだろう?」
「ボンズはうまかった。食えるようなら食ってみてぇなぁ」
ボンズなぁ。あれ意外とクセになるんだよな。
「じゃ、種を持って帰って来るよ」
「おぅ」
集落を出発して二時間半ほどで、目的のサボテンを発見した。
だがこれが、かなり危険なサボテンだった。
「気を付けて。ヘタに触ると棘が飛んでくるから」
「と、飛んでくる!?」
「お二人とも、砂の上に寝転がってください」
「砂の上に?」
「アスちゃんは体が大きいから、地面に伏せても当たりそうですね一〇メートル以上離れてくれますか?」
『コノ棘飛ンデクルノ? ンー、ボク平気ソウ』
そういいつつ、アスは言われた通り後ろに下がった。
俺とマリウスは砂の上に寝転ぶ。ルーシェとシェリルも同じように砂の上に横になると、二人はそれぞれの武器でサボテンを突いた。
すると、シュバババっと棘が発射された!?
「アス!」
『ハーイ』
「いや違うっ。こっちに来るんじゃな……弾かれてる……」
アスに刺さるんじゃないかって心配したが、硬い鱗が全て弾き飛ばしていた。
子供とはいえ、さすが最強種族のドラゴンだ。
「アスちゃん、痛くありませんか?」
『ンー、ナニカ当タッタノハ分カッタノ。デモソレダケェ』
「強いわね、アス。これ、丈夫な皮でもなければ貫通するほどなのよ」
ひえぇ。
「もしやこれは、ニードルサボテンですか!?」
「そうです。マリウスさん、ご存じなんですか?」
「はいっ。このサボテン、非常に危険な植物として知られていますが、そのエキスには様々な美容効果がある点でも有名なのです! 凄く高級品なんですよっ」
「高級品か。まぁ棘が飛んでくるようなサボテンだし、栽培するのは難しいだろうしな」
「湿度が高いと直ぐに根腐れしてしまいますから、砂漠地帯以外での栽培は難しいですね。何より、数十年に一度しか花を咲かせないんです。種の採取は難しいんですよ」
サボテンだから、ひょこっと出ている株の部分を取って植えれば増やせるだろう。
そのためにはサボテンに触れる必要がある。
触れれば棘が発射される。
フルアーマーでも着込んでなきゃ、蜂の巣にされてしまう。
「ですが棘を失うと、ニードルサボテンは徐々に枯れてしまうとかで」
「そうよ。一カ月ぐらいで枯れてしまうかしら」
「私たちはエキスが目的ですので関係ありませんが。でもニードルサボテンは取り過ぎないようにしています」
花が咲くのは数十年に一度だけ、か。
まぁ俺にとって数十年なんて関係ないけどな。
「棘を飛ばさない方法とかって、ある?」
「揺らしたり振動を与えると飛ばしますので、そぉっと触れる分には大丈夫です」
「収穫するにはどうしても切らなきゃいけないから、わざと先に棘を飛ばしておくのよ」
「了解。なら俺がスキルを使うために触れるぐらいなら、大丈夫ってことだな」
まだ棘のあるサボテンに近づき、念のため砂の上に転がる。
他の三人はアスの後ろに隠れた。
「花を咲かせるのですね! 図鑑でも見たことがないんです。楽しみだなぁ」
「では――"成長促進"」
花が咲くまで!
するとサボテンのてっぺんの方に、ぽん、ぽぽぽんっと黄色い花が咲いた。
「まぁ、かわいい。まるで花冠を載せているみたいです」
「ふふ。ほんとだわ」
「ニードルサボテンの花は、黄色だったのですねぇ」
『イイ香リスルヨォ』
「ほんとだわ。エキスも香りがいいんだけど、花の方がもっとステキね」
おっと。花を咲かせるだけじゃダメだった。
種が必要なんだよ。
でも花は全部で二〇輪ほどある。
「"成長促進"」
二輪だけ成長させて、残りはそのまま――。
指定した二輪だけがしおれ、クルミサイズの種がぽとんと落ちて来た。
「よし。トゲを飛ばすぞ」
「了解よ」
足でごんっと蹴ると、棘がシュバババっと飛んでいく。
残ったのは禿げたサボテンと、そして黄色い花。
「花の蜜も使えないかな? 香りもあるだろうし」
そう言うと、ルーシェとシェリルの顔に笑顔が浮かんだ。