「スケイルウルフはね、お腹以外の皮膚は硬くて刃も通らないんですよ」
『ヘェ。ダカラルーシェオ姉チャンハ、コイツヲヒックリカエシテイタンダネ』
「はい。でないと私の刃が折れてしまうかもしれませんから」
『ユタカ兄チャンハドウヤッテ悪イモンスターヲ倒スノ?』
「ん。触るだけ」
『……学ブトコロガナイ』
なんかいろいろごめん……。
俺に戦闘技術なんてものはない。
だって触るだけで倒せるんだから、仕方ないじゃないか!
「あのぉ……」
「はい?」
声を掛けられてそちらを見ると、小太りな男が汗だくな顔で立っていた。
「あぁ、そうだった。えっと、大丈夫ですか?」
そうだそうだ。このスケイルウルフは、人を襲ってたんだったな。
「ようやく気付いてくれましたか。いやはや、お強いですねぇ。おかげで命拾いしました。どうお礼をしたらよいか」
「あぁ、お気遣いなく。俺たちは食材を探して狩りをしていましたから、ちょうどよかっただけですんで」
「……そうですか。ところで、面白いものをお連れですねぇ」
なんか一瞬、にやりと笑ったなこの人。
男が「面白いもの」と言いながら見ていたのはアスだ。
この目……俺をこの世界に召喚したあの女に似ている。
品定めをしているような、そんな目だ。
自然と男の視界を遮るように、アスとの間に立つ。
それを見て男の口角が上がった。
「珍しい生き物ですな。それはいったいなんでしょう?」
『ボクネェ――』
「アス、黙ってろ」
『ウ、ウン……ゴメンナサイ』
ごめんな、アス。別に怒ってる訳じゃないんだ。
なんかこの男からは、嫌な感じがするんだよ。
「あー、いやいや失礼。別にとって食ったりはしませんですよ、はい。ただ……よろしければそれをお譲りいただけませんか? もちろんお金は――」
「断る」
「まぁまぁ。お話だけでも聞いてくださいよ。お金が不要だと仰るなら、小麦五、いや六袋と、綿の生地一〇メートル。あとそうですねぇ」
「断るって言ったよな。金も小麦も布もいらない。必要ない。アスは物じゃないんだ。アスは俺たちの家族だ。家族を金や物と引き換えに売る奴なんていないだろ」
この男、商人か?
ルーシェたちの故郷の村に、砂漠では手に入らない物を物々交換で売りに来る商人がいるって言ってたな。
にしても、荷物は持っていないようだ。
さっき荷車に見えていたのはそれじゃなく、船?
砂漠に船って……二艘のヨットと繋げたようなそんな船に、数人の男たちがいた。
「家族をお金で? えぇ、売りますよ。必要のない子は売りますし、将来有望そうな子がいれば、お金で買いますし」
「……な、んだって」
「難しく考えなくていいんですよ。自分にとって必要なものか、そうでないか。ただそれだけなんです。あなたに必要なのは資源。そうでしょう? 仕方ありません。今回持ってきた物全てとそれをこうか――うぐっ」
「言っただろ。アスは物じゃない。あんたはどうだか知らないが、俺は家族を売ったりしない!」
男の胸ぐらを掴んで思わず……おも、え?
軽く力を入れただけなのに、なんで俺、男を持ち上げてるんだ?
どう見ても一〇〇キロを超えてそうな男を軽々と――実際軽く感じる。
あ、もしかして力を成長させたからか。
アスは重く感じても、この男ぐらいなら軽いってことか。
「う、うぐぅ。くる、苦しい」
「誰もがあんたみたいなクズだとは思うな。たとえ国が買えるほどの大金を積まれたって、アスを売ったりはしない。絶対にだ」
「わ、わかった。わかったから……」
「二度と俺たちに取引を持ち掛けるな。次、あんたがモンスターに襲われていても、もう助けないからな」
突き飛ばすように男を離すと、ルーシェたちを連れてその場を離れた。
せっかくの獲物だけど、なんとなく、あの男の前でインベントリに入れるのはマズい気がする。
「ごめん。せっかく狩ったのにさ」
「いいんです。あの方の発言、私も腹が立ちますもの」
「ほんとよ。あぁ、助けるんじゃなかったわね」
『ボクノセイ?』
アスは不安そうに俺を見る。
さっき強い口調で言ったから、まだ怒ってるのかと勘違いしているのかもしれない。
「お前のせいじゃないよ、アス。さっきは怒鳴って悪かったな。あの人間にお前のことを教えたくなかったんだ」
『アノ人間……悪イ人間?』
「かもしれない」
陽が昇って気温が上がって来たけど、少し無理して奴らから離れた。
「まだ来てるか?」
「……ううん、諦めて引き返したみたい。気配はもう感じないわ」
「よっぽどアスちゃんが欲しいみたいですね」
『ボク? ドウシテカナァ』
たぶんあの商人は、アスがドラゴンの子供だと気づいた。
それで是が非でも手に入れたいんだろう。
この日は日陰用の木を成長させず、テントを張って休むことにした。
目印になる物を残さないように、だ。
夕方、シェリルが周辺を索敵してみたが奴らの気配もなく、狩りを再開。
「砂漠に兎がいる」
「そりゃいるわよ」
「お肉、美味しいんですよ」
『ウサギ、ウサギ。ウン、ボク覚エタ』
「待てアス! あれは兎でも、普通の兎じゃないっ」
ドリュー族の大人とそう変わらない大きさで、額にはドリルのような角がある。
何よりあいつらは、跳ねるんじゃなく砂の中を潜って来てるじゃねーかっ。
「モンスターだろ、アレ」
「決まってるじゃない」
「ユタカさん。砂漠に普通の動物なんて生息していませんよ」
『モンスターノウサギ。ボク覚エタ』
「直前まで来たら砂から飛び出してくるから、そこを狙うのよ」
と言ってる傍から兎が飛び出してきた。
『イィィーヤァハァァァーッ』
「なんか楽しそうだな!」
頭の角を突き出して飛び込んできた兎を横に避け、すれ違いざまに触れる。
バフォおじさんが、もっと効率のいい戦い方――と言って、心臓じゃなく脳を狙えば血抜きもしやすいぞと教えてくれた。
脳の活動が止まるまで成長しろと命令するようにスキルを使えば、兎は砂の中に潜らず、ずささささーっと転がった。
なんか足がビクンビクンしてるな。
それもほんの数回だけ。すぐに動かなくなった。
『ネェネェ。砂ノナカニイルウサギ、ボクガ出シテアゲラレルヨ?』
「アスが?」
『ウン、コウヤルノ』
アスが後ろ足で立ち上がるように、上体を起こす。
持ち上げた前足で、ズオォーンっと地面を打ち鳴らした。
うぉ、凄い振動だな。
その振動に兎たちが飛び出してきた。
シェリルの矢が飛び、ルーシェの大剣が兎を仕留める。
砂に落ちて目を回している兎には、俺が止めに触れた。
「アス、やるじゃないか」
『エッヘン。ボクエライ?』
「あぁ、偉いぞ。これなら安全で楽に狩りが出来るな」
「ほんと。凄いわアス」
「デザートラビットは群れで襲って来ますが、いつも一、二匹狩ると逃げてしまうんです」
だがアスのおかげで、兎たちは無理やり砂から追い出され、しかも目を回している。
仕留めた兎は全部で九体。こんなにいたのか。
「これだけあれば一カ月は困らないわね」
「毛皮もいろいろ使えますし」
「アスのあれって、ただズドーンってやっただけなのか?」
『ウウン。大地ノ魔法ツカッタヨ』
……魔法。
いくら五年分成長させたとはいえ、孵化後半年ぐらいだぞ。
さすがはドラゴン、ってことか。
「魔法はお母様に習っていたのですか?」
『ンー、ヨクワカンナイケド、ナンカ出来ル気ガシテ』
「わかんなくて使えるものなのか、魔法って」
「本能なのでしょうけれど、ちゃんと学べるといいのですが」
まぁ、そこはバフォおじさんに頼んでみよう。
悪魔だし、魔法には詳しいだろうからな。
冷える前に狩りを止め、この日は兎の他に双頭の蛇を仕留めた。
集落に戻ったのはその二日後。
「デザートラビット一五体、ツインヘッドスネーク一体、サンドキャンサー三体、サンドシェル一二個……た、大量だな」
オーリが唖然とした顔で数える。
だけどこれ、食材向けの奴だけ持ち帰ってんだよな。
襲って来る奴らだけ倒してきたけど、半分ぐらいは「美味しくない」って奴だった。
「塩漬けにするための器が足りないな……」
「あ、それならアレが使えるじゃないか」
水が流れてくるようになって、あまり収穫しなくなったアレ。
俺たちが狩りに出ている間も収穫はしていなかったらしく、見に行くと――。
「うわ……デカく育ったなぁ」
「ぷっ。確かにこれなら塩漬けの器にちょうどいいわね」
高さ一メートル近く育った、立派な瓢箪が実っていた。
『ヘェ。ダカラルーシェオ姉チャンハ、コイツヲヒックリカエシテイタンダネ』
「はい。でないと私の刃が折れてしまうかもしれませんから」
『ユタカ兄チャンハドウヤッテ悪イモンスターヲ倒スノ?』
「ん。触るだけ」
『……学ブトコロガナイ』
なんかいろいろごめん……。
俺に戦闘技術なんてものはない。
だって触るだけで倒せるんだから、仕方ないじゃないか!
「あのぉ……」
「はい?」
声を掛けられてそちらを見ると、小太りな男が汗だくな顔で立っていた。
「あぁ、そうだった。えっと、大丈夫ですか?」
そうだそうだ。このスケイルウルフは、人を襲ってたんだったな。
「ようやく気付いてくれましたか。いやはや、お強いですねぇ。おかげで命拾いしました。どうお礼をしたらよいか」
「あぁ、お気遣いなく。俺たちは食材を探して狩りをしていましたから、ちょうどよかっただけですんで」
「……そうですか。ところで、面白いものをお連れですねぇ」
なんか一瞬、にやりと笑ったなこの人。
男が「面白いもの」と言いながら見ていたのはアスだ。
この目……俺をこの世界に召喚したあの女に似ている。
品定めをしているような、そんな目だ。
自然と男の視界を遮るように、アスとの間に立つ。
それを見て男の口角が上がった。
「珍しい生き物ですな。それはいったいなんでしょう?」
『ボクネェ――』
「アス、黙ってろ」
『ウ、ウン……ゴメンナサイ』
ごめんな、アス。別に怒ってる訳じゃないんだ。
なんかこの男からは、嫌な感じがするんだよ。
「あー、いやいや失礼。別にとって食ったりはしませんですよ、はい。ただ……よろしければそれをお譲りいただけませんか? もちろんお金は――」
「断る」
「まぁまぁ。お話だけでも聞いてくださいよ。お金が不要だと仰るなら、小麦五、いや六袋と、綿の生地一〇メートル。あとそうですねぇ」
「断るって言ったよな。金も小麦も布もいらない。必要ない。アスは物じゃないんだ。アスは俺たちの家族だ。家族を金や物と引き換えに売る奴なんていないだろ」
この男、商人か?
ルーシェたちの故郷の村に、砂漠では手に入らない物を物々交換で売りに来る商人がいるって言ってたな。
にしても、荷物は持っていないようだ。
さっき荷車に見えていたのはそれじゃなく、船?
砂漠に船って……二艘のヨットと繋げたようなそんな船に、数人の男たちがいた。
「家族をお金で? えぇ、売りますよ。必要のない子は売りますし、将来有望そうな子がいれば、お金で買いますし」
「……な、んだって」
「難しく考えなくていいんですよ。自分にとって必要なものか、そうでないか。ただそれだけなんです。あなたに必要なのは資源。そうでしょう? 仕方ありません。今回持ってきた物全てとそれをこうか――うぐっ」
「言っただろ。アスは物じゃない。あんたはどうだか知らないが、俺は家族を売ったりしない!」
男の胸ぐらを掴んで思わず……おも、え?
軽く力を入れただけなのに、なんで俺、男を持ち上げてるんだ?
どう見ても一〇〇キロを超えてそうな男を軽々と――実際軽く感じる。
あ、もしかして力を成長させたからか。
アスは重く感じても、この男ぐらいなら軽いってことか。
「う、うぐぅ。くる、苦しい」
「誰もがあんたみたいなクズだとは思うな。たとえ国が買えるほどの大金を積まれたって、アスを売ったりはしない。絶対にだ」
「わ、わかった。わかったから……」
「二度と俺たちに取引を持ち掛けるな。次、あんたがモンスターに襲われていても、もう助けないからな」
突き飛ばすように男を離すと、ルーシェたちを連れてその場を離れた。
せっかくの獲物だけど、なんとなく、あの男の前でインベントリに入れるのはマズい気がする。
「ごめん。せっかく狩ったのにさ」
「いいんです。あの方の発言、私も腹が立ちますもの」
「ほんとよ。あぁ、助けるんじゃなかったわね」
『ボクノセイ?』
アスは不安そうに俺を見る。
さっき強い口調で言ったから、まだ怒ってるのかと勘違いしているのかもしれない。
「お前のせいじゃないよ、アス。さっきは怒鳴って悪かったな。あの人間にお前のことを教えたくなかったんだ」
『アノ人間……悪イ人間?』
「かもしれない」
陽が昇って気温が上がって来たけど、少し無理して奴らから離れた。
「まだ来てるか?」
「……ううん、諦めて引き返したみたい。気配はもう感じないわ」
「よっぽどアスちゃんが欲しいみたいですね」
『ボク? ドウシテカナァ』
たぶんあの商人は、アスがドラゴンの子供だと気づいた。
それで是が非でも手に入れたいんだろう。
この日は日陰用の木を成長させず、テントを張って休むことにした。
目印になる物を残さないように、だ。
夕方、シェリルが周辺を索敵してみたが奴らの気配もなく、狩りを再開。
「砂漠に兎がいる」
「そりゃいるわよ」
「お肉、美味しいんですよ」
『ウサギ、ウサギ。ウン、ボク覚エタ』
「待てアス! あれは兎でも、普通の兎じゃないっ」
ドリュー族の大人とそう変わらない大きさで、額にはドリルのような角がある。
何よりあいつらは、跳ねるんじゃなく砂の中を潜って来てるじゃねーかっ。
「モンスターだろ、アレ」
「決まってるじゃない」
「ユタカさん。砂漠に普通の動物なんて生息していませんよ」
『モンスターノウサギ。ボク覚エタ』
「直前まで来たら砂から飛び出してくるから、そこを狙うのよ」
と言ってる傍から兎が飛び出してきた。
『イィィーヤァハァァァーッ』
「なんか楽しそうだな!」
頭の角を突き出して飛び込んできた兎を横に避け、すれ違いざまに触れる。
バフォおじさんが、もっと効率のいい戦い方――と言って、心臓じゃなく脳を狙えば血抜きもしやすいぞと教えてくれた。
脳の活動が止まるまで成長しろと命令するようにスキルを使えば、兎は砂の中に潜らず、ずささささーっと転がった。
なんか足がビクンビクンしてるな。
それもほんの数回だけ。すぐに動かなくなった。
『ネェネェ。砂ノナカニイルウサギ、ボクガ出シテアゲラレルヨ?』
「アスが?」
『ウン、コウヤルノ』
アスが後ろ足で立ち上がるように、上体を起こす。
持ち上げた前足で、ズオォーンっと地面を打ち鳴らした。
うぉ、凄い振動だな。
その振動に兎たちが飛び出してきた。
シェリルの矢が飛び、ルーシェの大剣が兎を仕留める。
砂に落ちて目を回している兎には、俺が止めに触れた。
「アス、やるじゃないか」
『エッヘン。ボクエライ?』
「あぁ、偉いぞ。これなら安全で楽に狩りが出来るな」
「ほんと。凄いわアス」
「デザートラビットは群れで襲って来ますが、いつも一、二匹狩ると逃げてしまうんです」
だがアスのおかげで、兎たちは無理やり砂から追い出され、しかも目を回している。
仕留めた兎は全部で九体。こんなにいたのか。
「これだけあれば一カ月は困らないわね」
「毛皮もいろいろ使えますし」
「アスのあれって、ただズドーンってやっただけなのか?」
『ウウン。大地ノ魔法ツカッタヨ』
……魔法。
いくら五年分成長させたとはいえ、孵化後半年ぐらいだぞ。
さすがはドラゴン、ってことか。
「魔法はお母様に習っていたのですか?」
『ンー、ヨクワカンナイケド、ナンカ出来ル気ガシテ』
「わかんなくて使えるものなのか、魔法って」
「本能なのでしょうけれど、ちゃんと学べるといいのですが」
まぁ、そこはバフォおじさんに頼んでみよう。
悪魔だし、魔法には詳しいだろうからな。
冷える前に狩りを止め、この日は兎の他に双頭の蛇を仕留めた。
集落に戻ったのはその二日後。
「デザートラビット一五体、ツインヘッドスネーク一体、サンドキャンサー三体、サンドシェル一二個……た、大量だな」
オーリが唖然とした顔で数える。
だけどこれ、食材向けの奴だけ持ち帰ってんだよな。
襲って来る奴らだけ倒してきたけど、半分ぐらいは「美味しくない」って奴だった。
「塩漬けにするための器が足りないな……」
「あ、それならアレが使えるじゃないか」
水が流れてくるようになって、あまり収穫しなくなったアレ。
俺たちが狩りに出ている間も収穫はしていなかったらしく、見に行くと――。
「うわ……デカく育ったなぁ」
「ぷっ。確かにこれなら塩漬けの器にちょうどいいわね」
高さ一メートル近く育った、立派な瓢箪が実っていた。