【書籍化】ポイ捨てされた異世界人のゆるり辺境ぐらし~【成長促進】が万能だったので、追放先でも快適です~

「これが十階層のドロップアイテムか?」
「はい。こっちはホブゴブリンの角で、こっちは……まぁ見たまんまで、スケルトンの骨だそうです」
「冒険者には口止めをちゃんとしたのだろうな」
「も、もちろんだよ皇帝《しいざあ》くん。ギルドより三割増しの金額で買い取ってくれるからって、喜んでたよ」

 王都からほど近い迷宮都市に、彼ら異世界人の少年らは来ていた。
 というより、行かされたというべきか。

 実戦経験を積み、スキルの熟練度を上げるために迷宮都市へ連れてこられた彼らだが――
 クラスの中心人物である荒木皇帝、伊勢崎金剛《いせざききんぐ》、諸星輝星《もろぼしだいや》ら三名は、努力――というものを嫌う。
 自分たちは努力しなくても才能がある。だからする必要はない。
 たしかに彼ら三人は、文武両道タイプだ。
 努力しなくても人並みより少し優れた人間だ。

 そう。少し、だ。
 少しで補えない部分はどうするのか――金だ。
 金で解決すればいい。

 そして彼らは、異世界でも金で解決出来ることを知った。

「大臣。これが今日の戦利品だ」
「おぉ。お見事です、シーザー殿」
「こんなものが何の役に立つって言うんだい?」
「まぁ素材としては対して役には立ちません。みなさまが迷宮で鍛錬を行っているという証拠の品としてお持ちいただいているだけですので」

 ぶくぶくと肥ったこの大臣が、彼らの世話係となっている。
 大臣は少年らが迷宮に行っていると信じて疑わないが、実は彼らは迷宮には行っていない。
 いや、一度は大臣の部下たちと共に行った。

 迷宮の一階にはゴブリンやスライムといった、お馴染みの雑魚モンスターのみ。
 皇帝らは内心ビクビクしていたものの、あっさり勝利。

 なお、実際に戦ったのは非戦闘スキルを授かった五人だ。

「雑魚相手に僕たちが出る必要はないだろう。あちらの世界でも僕らは、鈴木たちより上位の存在だったのだからさ」

 鈴木というのが、生産スキルを授かったクラスメイトだ。
 皇帝の言葉を鵜呑みにした大臣の部下たちへ、彼らはさらにこう告げた。

「君らの同行は必要ない。心配してくれているのだろうが、僕らは大丈夫だから」
「それとも、俺たちを信用出来ないのか?」
「ボクらは異世界から召喚された勇者だよ? そんなハズ、ないよねぇ?」

 そう言われては反論できないし、何より自分たちもその方が楽なので助かる。
 そうして「ダンジョンモンスターの素材を、討伐証拠としていくつか持ち帰って見せる」という約束を交わし、大臣の部下たちは迷宮への同行を止めた。

 で、皇帝らは人柄の悪そうな(・・・・)冒険者に声を掛け、モンスターの素材を取って来るように依頼。
 もちろん、冒険者ギルドを介さぬ非公式な依頼だ。

 お金は毎週、彼らを召喚したゲルドシュタル王国から貰っている。
 結構な額だ。
 本来なら迷宮で使用する消耗費や武具の修繕にと用意した金銭なのだが――行ってないのだから使うこともない。

 更に非戦闘スキルを授かったクラスメイトらに働かせ、そのお金も使っている。
 モンスター素材を買い取る程度、造作もない金額が三人の手元にはあった。

 三人以外の戦闘スキル持ちはというと、好んで迷宮に入るものもいる。
 せっかく来た異世界なのだから、冒険してみたい――という軽いノリで。
 そんな訳だから、地下一階で安全にゴブリンやスライムを倒して満足する。
 しかも支給されたお金は全て皇帝らに握られているため、消耗品ゼロで迷宮に潜らなければならない。
 危険を冒してまで地下に潜ろうとは、誰も思わなかったようだ。

 それでも数人が迷宮に潜っているおかげで、大臣らは異世界人が真面目に鍛錬している――と思い込んでいた。

「なぁ、たまには俺らもダンジョンに入ってみないか?」
「金剛、いったいどうしたんだ?」
「こうさ、スキルを使って無双するのも楽しそうだなと思ってよ」
「結果が分かり切っているのに、わざわざやる必要があるのか? 僕らが圧勝するに決まっているだろう」
「ダンジョンのモンスターを死滅させたら、冒険者がかわいそうじゃないか」
「はははは。輝星の言う通りだ。でもまぁ、金剛が行きたいというなら一度くらい付き合ってやってもいいよ」

 迷宮都市に来て一カ月。
 ついに三人は迷宮へと潜った。
 もちろん、手下である他のクラスメイトを連れて。

 地下第一階層――
 ゴブリンが現れた。

「ゴブリンだ。いつ見ても醜いな」

 皇帝がゴブリンを見たのは、この町に来た初日だけ。
 大臣の部下が同行していた一日だけだ。

「小林。あいつは君に譲ろう。戦闘スキルを授かったとはいえ、凡人の君には訓練が必要だろう?」

 ということで、他の戦闘スキル持ちのクラスメイトに押し付ける。

 先へ進むと、次にスライムが現れた。
 掌サイズの小さな奴だ。

「よし、俺に任せろ。さぁモンスターめ、かかってこい! 俺様の完璧な防御を崩せるか!」

 金剛のスキルは剛腕鉄壁。
 鉄のように肉体を硬くし、どんな攻撃からも身を護る。
 と同時に一定時間怪力となって、硬い拳から繰り出されるパンチは大岩をも砕く――とスキル鑑定にはあった。

 だが金剛が今相手にしているのは、一匹のスライムである。
 しかも手のりスライムだ。

 びょんっと跳ねたスライムが、金剛の腹に当たって弾むように跳ね返る。
 スキルによるものなのか、それとも……この世界に来てから食っちゃ寝生活をしていたことで太ったからなのか。

 それは神にも分からない。

「はっはっは。痛くなーい、痛くない」
「じゃあボクが止めを――」
「おいおいおいおい、止めろ輝星! お前のスキルは隕石を召喚する奴だろっ」
「ははは。僕たちまで巻き添えを喰らうな」
「あぁ、そうだった。悪かったよ」

 それ以前に地下では隕石召喚――メテオストライクは使えない。
 誰か教えてやれよと誰もが思っているのだが、誰も言わない。

 こうして一時間ほど地下一階層を探索し、皇帝が一匹、金剛と輝星がゼロという成果で迷宮を出た。

「地下一階が温いな。せめて地下百階まで一気に下りることが出来れば、僕らの活躍の場もあるのだろうけれど」
「地下百階まであるのか、ここ?」
「さぁ?」

 そうして迷宮から戻って来た彼らを見て、大臣は笑みを浮かべる。
 熱心に修行をしているな――と勘違いして。

 大臣は喜んでいた。
 王女の愚痴を聞かされることもなく、ただこの迷宮都市でぐーたらしているだけでお給金が貰えるのだから。
 異世界人をただ見ているだけでいい。
 こんな楽な仕事はない!

 だが彼は知らない。
 異世界人らがほとんど鍛錬などしていないことを。
 毎日持って来るモンスター素材は、冒険者から買い取っていたものだということも。


 そして王都では――

「穀物庫が全焼したですって!?」
「も、申し訳ございません。こ、今年は雨量も少なく、乾燥しておりましたので一気に燃え広がりまして」

 国内各地から送られて来た小麦を収めた倉庫が――燃えた。
 王都で暮らす国民の食卓を支える大事な小麦だ。
 もちろん、王城で暮らす貴族や王族にとっても大事な小麦だ。

 それが全焼した。

「すぐに各地から追加の小麦を送らせなさいっ」
「し、しかし――今年は想定外の災害続きで収穫量が……」
「言い訳は聞きたくないわっ。民へ分配する量を減らしてでも、こちらを優先させるのよっ」
「しょ、承知いたしました。マリアンヌ王女」

 誰も口にはしないが、誰もが思っているかもしれない。
 あの時の、農業チートスキルを授かった異世界人をぽい捨てしなければよかったのに――と。

「こいつはダメだ。それとこれ、これもだ」
「へぇ、山羊ってジャガイモやトマト、あとナスもダメなのか」
「腹ぁ下すからな」

 バフォおじさんのことは、他の人には内緒にしてある。
 彼自身は、言葉を話せることに対して――

「昔知り合ったドラゴンがな、知識と言語をくれたのさ」

 とか説明して、みんなはそれを信じた。
 それでいいのか……。

 しかしバフォおじさん。さすがにいろいろと物知りで助かる。
 この砂漠地帯に来たのは三〇〇年も昔のこと。
 それより以前は別の土地で山羊ライフを送っていたらしい。
 なんで砂漠に来たのか――

「戦争さ。人間てぇのは、なんで戦争好きかねぇ」
「じゃあ、前に住んでた土地で戦争が?」
「おぅ。山羊ライフを初めて千年ぐらいだがなぁ、その間に、えぇっと、ひぃ、ふぅ、みぃ……あぁ、山羊の足だと指折り数えんのが出来ねぇのがなぁ」

 まぁ……そうだろうな。

「お、そうそう。五回だ。五回オレぁ引っ越してんだ。引っ越しの理由は全部、人間どもの戦争でうるさくなったからだぜ」

 千年で五回。ここへは三〇〇年前に来たっていうし、七〇〇年で五回みたいなもんだよな。
 結構頻繁にやってんだなぁ。

「千年前、初めて異世界から人間が召喚されて、魔王がぶっ飛ばされてから平和になるのかと思いきや」
「え!? 千年前にもっ」

 そこでバフォおじさんはニタリと笑った。

 しまった。
 ついうっかり「も」なんてつけてしまった。

「魔王がいなくなると、今度は人間同士が喧嘩をし始めるようになってな」
「そ、それって戦争?」
「おぅよ。たまーに異世界人が召喚されて、戦争に駆り出されたりもしたみてぇだぜ」

 まさか俺たちを戦争の道具にするために、召喚したってことなのか?

「まぁ運よく、戦争にゃ役立ちそうにねぇスキルを授かって、捨てられた奴もいるみてぇだなぁ」

 バフォおじさん、気づいてんのじゃねえのか?
 俺見てニヤニヤしてんじゃん。

「ま、オレには関係ねえけどな。美味い飯が食えて、家族を養えりゃそれでいい」
「な、なぁ。バフォおじさんの子供たちって……」
「心配すんな。ただの山羊だ。いたすこといたす際には、山羊としていたしてるからな」

 いたすことって……えっちだ。

「ちょっとそっち。手伝いなさいよっ」

 バフォおじさんの家族に食べさせてもいい野菜とダメな野菜を選別しながら、無駄話もしていると――怒られた。
 水も潤ったことだし、周辺の緑化計画を進めているところだったんだ。

 地底湖の上にあった滝の周辺には草が生えていた。
 水を引いてきたわけだし、この辺りでも草が育つだろうと思ってまずは土を掘り返して柔らかくする作業だ。
 トラクターでもあればなぁ。

 いや、ここにはドリュー族がいる。
 彼らが爪で土を掘り返した所に、俺たち人間が水を撒く。
 瓢箪の上の方に小さな穴をいくつか開け、それをジョーロ代わりに使って。
 何度も何度も繰り返して、それからバフォおじさんお勧めの雑草の種を植えた。

「こいつぁ少ない水分でもよく育つ。一年草だ。枯れりゃそいつを土に混ぜてやりゃ、肥料にもなるだろう」
「助かるよおじさん」
「なぁに、いいってことよ。さて、オレぁガキどもの教育しに行くか」
「教育?」
「あぁ。新居の周辺のな、危ねぇとこと、遊んでいいとこを教え込まなきゃならねぇんだ。特に砂漠の方はあぶねぇし、逃げ場もねぇ。あっちにゃ行かねぇよう、教えなきゃならねぇんだよ」

 意外と教育熱心な悪魔だな。

「お前ぇもそのうち、子育ての苦労ってもんを知るさ」
「え?」
「女房が二人いるだろう。だったら子供もすぐだ、すぐ」
「にょ、女房!?」

 まさかルーシェとシェリルのことか!?

「おう、一夫多妻制の先輩からアドバイスしてやらぁ」
「いらねぇよっ」
「まぁまぁ、そう言わずに聞けよ。女房とは分け隔てなくいたせ」
「なにをだよっ」

 なんて話をしているんだ。

「お、噂をすれば」
「ん? なんの噂よ」
「何かありました?」
「な、なんでもない。なんでも。さ、バフォおじさんは教育の時間だろ。行ったいった」
「む。オレを邪魔者扱いか? おぉ、そうかそうか。任せろ。オレぁ空気を読む男だからな」

 余計は空気なんだよな、それ。
 バフォおじさんがスキップしながら去ったあと、二人が首を傾げてこっちを見てる。

「何の話をしてたのよ」
「空気って、何の空気なのでしょうか?」
「いや、あの……お、男同士の会話なんで」
『ワケヘダテナクイタセッテオジサン言ッテタヨ」』
「わぁぁぁーっ!? ア、アスっ」

 いたのかアス!?
 いつから聞いてた?

「いたす?」
「何をいたすのでしょう?」
『ニョー「アス、あっちでレタスを成長させてやるぞぉ」ワーイ』

 この日の夜。
 バフォおじさんの話と、それから砂漠で野宿した時の両手に花を思い出してしまって……。

 眠れなかった。

「よぉし。じゃあアス、行くぞ」
『ウン。イイヨォ』

 前に脚力だけを成長させることに成功した。
 ならパワーだけ成長させることも出来るはず――ってことでやってみた。
 どのくらいパワーがアップしたのか確かめるために、アスを押してみることに。

 いくら子供とはいえ、アスは人間よりデカい。そして重い。
 スキルを使う前はビクともしなかった。

「くっ……んぐぐぐぐぐ」
『オ、オッ。ユタカ兄チャン、スコシウゴイテルヨ』
「凄いじゃない!」
「本当に筋力がアップしているのですね」
「はぁ、はぁ……全力で押してもジリジリと動かせる程度か。もう少し成長させてみるかなぁ」

 担げるぐらいの力は欲しいよなぁ。
 まぁ人間の限界として、可能なのかどうか分からないけれど。

 筋力をスキルで成長しようとした時、久々に吹き出しが出て来た。

【身体能力を成長させたいときには、それに必要な行動を行う必要がある】

 というものだった。
 力を成長させたいなら力を使いながらスキルを使え――みたいなものだ。
 重い物を持っている状態とか、そんなやつ。
 脚力を成長させた時は、そもそも足を使っていたもんな。それで吹き出しが出なかったんだろう。

「ルーシェ、シェリル。悪いが狩りに行って貰えないだろうか?」
「オーリさん。もう足りなくなりましたか?」
「ドリュー族も増えたし、最近は俺たちも贅沢に食材を使っているからなぁ」

 村を出たドリュー族も、幸い全員生きてて無事、ここに移住してきた。
 土堀人員も増えて、西側の崖には彼らの住居が次々と完成している。
 もっとも、子供たちはツリーハウスを気に入っているようだけど。

「狩りなら俺も行くよ。収納出来るし、一度にたくさん狩れるだろ?」
「助かるよ、ユタカくん。なら大量に塩漬けできるよう、準備をしておこう」
『外ニイクノ!? ボクモイキタイッ』
「アスも? けど外にはモンスターがいるし……」

 鱗が生えて自由に動けるようになったから、あちこち走り回りたい……みたいなんだよな。
 だけど集落は崖に囲まれていて、走り回れる範囲は決して広くはない。
 でも渓谷の外は砂漠だし、大型のモンスターもいるんだよなぁ。

「連れて行ってやればいい。アスも暇してんだろうよ」
「バフォおじさん。連れていけって言ったって、外は危険なんだぞ」
「学びだ、学び。狩りの仕方を教えてやれよ。本当は親が教えるもんだが、そいつには親がいねぇ。面倒みてやるって決めたんだろ」
『マナブ!』

 狩りの仕方かぁ。
 といってもだ、俺たちとアスとじゃ、狩りの仕方も違うだろうし。

 けどまぁ……外の世界も見せてやらなきゃな。
 いつか独り立ちできるときになって初めて砂漠に出たんじゃ、余計に危険だろうし。
 俺たちが守ってやれるうちに慣れさせた方がいいんだろうな。

「よし、じゃあ行くかアス」
『ヤッター!』





『ナニコレェ、歩キニクゥーイ』

 初めて見る砂に、アスは大興奮だった。
 歩きにくいといいつつ、砂の上を飛んだり跳ねたり。

「アス。あまり音を立てないでっ」
「音を立てると砂の中に生息しているモンスターが来てしまいます」
『狩リスルナラキテモイインジャナイノ?』
「ここじゃダメ。渓谷を出てすぐでしょ。集落の人たちに危険が及ぶかもしれないじゃない」
「バフォおじさんのお子さんたちもいますしね」
『ソッカァ』

 何故――を教えてやれば、アスは素直に聞き入れてくれる。
 いい子だ。

 夕方から出発して、日が暮れてしばらくしたら野宿の準備に取り掛かる。
 種の採取も出来ると分かったし、出し惜しみはしない。

 用を快適に過ごし、明け方、太陽が昇る前に出発する。

『アツクナルカラァ?』
「そうよアス」
「集落は渓谷が日陰を作ってくれるから、昼間もそこまで暑くはなりません」

 いや、十分暑いよ。

「でも砂漠では日陰がないから、あっという間に灼熱地獄なのよ」
『フゥン。ユタカ兄チャンガ、イッパイ木ヲウエレバイインジャナイノ?』
「そうしたいのはやまやまだけど、俺の魔力じゃ集落の周辺に少し草を生やすので精一杯だよ」

 それに成長させた後は自然成長と同じ。
 なら、砂漠に木を植えたところで枯れるだけだ。

 地底湖から引いた水は、川になって渓谷の外まで流れて入る。
 が、砂地までいくと吸収されて、川終了。
 短い流れだった。

『ンン。ネェ、ムコウノホウデ人間ノ声ガスルヨ』
「人間の?」
『ナンカネェ、タスケテーッテイッテル』 
「誰かがモンスターに襲われているのかもしまれません」
「誰かって、誰が?」
「あんただって襲われてたでしょ」

 そうでした。
 急いで砂丘を乗り越えると、大きな狼が五匹、壊れた荷車と人を囲んでいるのが見えた。
 よく見るとあの狼、毛が生えてないな。

「スケイルウルフよ!」
「ユタカさん、お肉です!」
「え、あれ食えるの?」

 そう尋ねると、二人は嬉しそうに笑みを浮かべた。

 じゃ、老化させないように一部だけ成長していただきましょうか。
「スケイルウルフはね、お腹以外の皮膚は硬くて刃も通らないんですよ」
『ヘェ。ダカラルーシェオ姉チャンハ、コイツヲヒックリカエシテイタンダネ』
「はい。でないと私の刃が折れてしまうかもしれませんから」
『ユタカ兄チャンハドウヤッテ悪イモンスターヲ倒スノ?』
「ん。触るだけ」
『……学ブトコロガナイ』

 なんかいろいろごめん……。
 俺に戦闘技術なんてものはない。
 だって触るだけで倒せるんだから、仕方ないじゃないか!

「あのぉ……」
「はい?」

 声を掛けられてそちらを見ると、小太りな男が汗だくな顔で立っていた。

「あぁ、そうだった。えっと、大丈夫ですか?」

 そうだそうだ。このスケイルウルフは、人を襲ってたんだったな。

「ようやく気付いてくれましたか。いやはや、お強いですねぇ。おかげで命拾いしました。どうお礼をしたらよいか」
「あぁ、お気遣いなく。俺たちは食材を探して狩りをしていましたから、ちょうどよかっただけですんで」
「……そうですか。ところで、面白いものをお連れですねぇ」

 なんか一瞬、にやりと笑ったなこの人。
 男が「面白いもの」と言いながら見ていたのはアスだ。
 この目……俺をこの世界に召喚したあの女に似ている。
 品定めをしているような、そんな目だ。

 自然と男の視界を遮るように、アスとの間に立つ。
 それを見て男の口角が上がった。

「珍しい生き物ですな。それはいったいなんでしょう?」
『ボクネェ――』
「アス、黙ってろ」
『ウ、ウン……ゴメンナサイ』

 ごめんな、アス。別に怒ってる訳じゃないんだ。
 なんかこの男からは、嫌な感じがするんだよ。

「あー、いやいや失礼。別にとって食ったりはしませんですよ、はい。ただ……よろしければそれをお譲りいただけませんか? もちろんお金は――」
「断る」
「まぁまぁ。お話だけでも聞いてくださいよ。お金が不要だと仰るなら、小麦五、いや六袋と、綿の生地一〇メートル。あとそうですねぇ」
「断るって言ったよな。金も小麦も布もいらない。必要ない。アスは物じゃないんだ。アスは俺たちの家族だ。家族を金や物と引き換えに売る奴なんていないだろ」

 この男、商人か?
 ルーシェたちの故郷の村に、砂漠では手に入らない物を物々交換で売りに来る商人がいるって言ってたな。
 にしても、荷物は持っていないようだ。
 さっき荷車に見えていたのはそれじゃなく、船?
 砂漠に船って……二艘のヨットと繋げたようなそんな船に、数人の男たちがいた。

「家族をお金で? えぇ、売りますよ。必要のない子は売りますし、将来有望そうな子がいれば、お金で買いますし」
「……な、んだって」
「難しく考えなくていいんですよ。自分にとって必要なものか、そうでないか。ただそれだけなんです。あなたに必要なのは資源。そうでしょう? 仕方ありません。今回持ってきた物全てとそれをこうか――うぐっ」
「言っただろ。アスは物じゃない。あんたはどうだか知らないが、俺は家族を売ったりしない!」

 男の胸ぐらを掴んで思わず……おも、え?
 軽く力を入れただけなのに、なんで俺、男を持ち上げてるんだ?
 どう見ても一〇〇キロを超えてそうな男を軽々と――実際軽く感じる。

 あ、もしかして力を成長させたからか。
 アスは重く感じても、この男ぐらいなら軽いってことか。

「う、うぐぅ。くる、苦しい」
「誰もがあんたみたいなクズだとは思うな。たとえ国が買えるほどの大金を積まれたって、アスを売ったりはしない。絶対にだ」
「わ、わかった。わかったから……」
「二度と俺たちに取引を持ち掛けるな。次、あんたがモンスターに襲われていても、もう助けないからな」

 突き飛ばすように男を離すと、ルーシェたちを連れてその場を離れた。
 せっかくの獲物だけど、なんとなく、あの男の前でインベントリに入れるのはマズい気がする。

「ごめん。せっかく狩ったのにさ」
「いいんです。あの方の発言、私も腹が立ちますもの」
「ほんとよ。あぁ、助けるんじゃなかったわね」
『ボクノセイ?』

 アスは不安そうに俺を見る。
 さっき強い口調で言ったから、まだ怒ってるのかと勘違いしているのかもしれない。

「お前のせいじゃないよ、アス。さっきは怒鳴って悪かったな。あの人間にお前のことを教えたくなかったんだ」
『アノ人間……悪イ人間?』
「かもしれない」
 
 陽が昇って気温が上がって来たけど、少し無理して奴らから離れた。
 
「まだ来てるか?」
「……ううん、諦めて引き返したみたい。気配はもう感じないわ」
「よっぽどアスちゃんが欲しいみたいですね」
『ボク? ドウシテカナァ』

 たぶんあの商人は、アスがドラゴンの子供だと気づいた。
 それで是が非でも手に入れたいんだろう。

 この日は日陰用の木を成長させず、テントを張って休むことにした。
 目印になる物を残さないように、だ。

 夕方、シェリルが周辺を索敵してみたが奴らの気配もなく、狩りを再開。
 
「砂漠に兎がいる」
「そりゃいるわよ」
「お肉、美味しいんですよ」
『ウサギ、ウサギ。ウン、ボク覚エタ』
「待てアス! あれは兎でも、普通の兎じゃないっ」

 ドリュー族の大人とそう変わらない大きさで、額にはドリルのような角がある。
 何よりあいつらは、跳ねるんじゃなく砂の中を潜って来てるじゃねーかっ。

「モンスターだろ、アレ」
「決まってるじゃない」
「ユタカさん。砂漠に普通の動物なんて生息していませんよ」
『モンスターノウサギ。ボク覚エタ』
「直前まで来たら砂から飛び出してくるから、そこを狙うのよ」

 と言ってる傍から兎が飛び出してきた。

『イィィーヤァハァァァーッ』
「なんか楽しそうだな!」

 頭の角を突き出して飛び込んできた兎を横に避け、すれ違いざまに触れる。
 
 バフォおじさんが、もっと効率のいい戦い方――と言って、心臓じゃなく脳を狙えば血抜きもしやすいぞと教えてくれた。
 脳の活動が止まるまで成長しろと命令するようにスキルを使えば、兎は砂の中に潜らず、ずささささーっと転がった。
 なんか足がビクンビクンしてるな。
 それもほんの数回だけ。すぐに動かなくなった。
 
『ネェネェ。砂ノナカニイルウサギ、ボクガ出シテアゲラレルヨ?』
「アスが?」
『ウン、コウヤルノ』

 アスが後ろ足で立ち上がるように、上体を起こす。
 持ち上げた前足で、ズオォーンっと地面を打ち鳴らした。

 うぉ、凄い振動だな。
 その振動に兎たちが飛び出してきた。
 シェリルの矢が飛び、ルーシェの大剣が兎を仕留める。
 砂に落ちて目を回している兎には、俺が止めに触れた。

「アス、やるじゃないか」
『エッヘン。ボクエライ?』
「あぁ、偉いぞ。これなら安全で楽に狩りが出来るな」
「ほんと。凄いわアス」
「デザートラビットは群れで襲って来ますが、いつも一、二匹狩ると逃げてしまうんです」

 だがアスのおかげで、兎たちは無理やり砂から追い出され、しかも目を回している。
 仕留めた兎は全部で九体。こんなにいたのか。

「これだけあれば一カ月は困らないわね」
「毛皮もいろいろ使えますし」
「アスのあれって、ただズドーンってやっただけなのか?」
『ウウン。大地ノ魔法ツカッタヨ』

 ……魔法。
 いくら五年分成長させたとはいえ、孵化後半年ぐらいだぞ。
 さすがはドラゴン、ってことか。

「魔法はお母様に習っていたのですか?」
『ンー、ヨクワカンナイケド、ナンカ出来ル気ガシテ』
「わかんなくて使えるものなのか、魔法って」
「本能なのでしょうけれど、ちゃんと学べるといいのですが」

 まぁ、そこはバフォおじさんに頼んでみよう。
 悪魔だし、魔法には詳しいだろうからな。

 冷える前に狩りを止め、この日は兎の他に双頭の蛇を仕留めた。
 集落に戻ったのはその二日後。

「デザートラビット一五体、ツインヘッドスネーク一体、サンドキャンサー三体、サンドシェル一二個……た、大量だな」

 オーリが唖然とした顔で数える。
 だけどこれ、食材向けの奴だけ持ち帰ってんだよな。
 襲って来る奴らだけ倒してきたけど、半分ぐらいは「美味しくない」って奴だった。

「塩漬けにするための器が足りないな……」
「あ、それならアレが使えるじゃないか」

 水が流れてくるようになって、あまり収穫しなくなったアレ。
 俺たちが狩りに出ている間も収穫はしていなかったらしく、見に行くと――。

「うわ……デカく育ったなぁ」
「ぷっ。確かにこれなら塩漬けの器にちょうどいいわね」

 高さ一メートル近く育った、立派な瓢箪が実っていた。 

ある日突然、スキルが進化した。

「そりゃするわよ」
「スキルを毎日使っていましたし、進化してもおかしくありませんね」
「そんなものなのか」
「ね、どんな風に進化したの?」
「うん、わりと便利だよ」

 これまで成長促進のスキルは、俺が対象に触れている間だけ効果があった。
 だけどスキルが進化したことで、俺が触れていない間も成長させることが可能に。

 たとえば――

「通常の十倍の速さで成長って指定すれば、俺が触れていない間も成長し続けるんだよ」
「それがどう便利なのよ」
「それでしたら、種をたくさん握ってスキルを使った後は、私たちがそれ畑に植えていけばいいんですね」
「そう、そうなんだ。今まで芽を出させたら土に植えて、葉に触れてまたスキルを使ってって感じでやってただろ? 一つずつ俺が手作業でやってたじゃないか」

 スキルが進化したことで、一度に大量の種にスキルを使えるようになる。
 俺が触れてなくてもいい訳だから、他の人に種を植えて貰えばあとは勝手に成長するようになるってことだ。
 成長させるスピードも調節できる訳だから、数日おきに野菜を集中成長させなくても済む。

「土の状態も以前よりよくなっているし、そのうち俺のスキルがなくてもちゃんと育つようになるだろう」
「不思議ね……あんたが来る前は、その日食べる物にも悩むような暮らしだったのに」
「えぇ、本当に。ユタカさんと出会えて、幸運でした……。あ、で、でも、食料のことだけじゃないですっ。ユタカさんという男性と出会えて……や、やだ、私ったら。何を言っているのでしょう」
「ほーんと。顔を真っ赤にして、何を言ってるのかしらねぇ」
「もうっ。シェリルちゃん言わないでっ」

 お、男としての俺と出会えて……どう、なの?

「あ、えと……俺も二人と出会えてよかったと思ってるよ。ほら、この前の商人とかさ。あんなのと出会ってたら、今頃どうなってたか」
「あぁ、あのアスを売ってくれってしつこかった奴ね」
「砂漠では誰かと出会うことなんて稀ですが、それでも彼のような方に拾われていたら……きっと今頃ユタカさんは、どこかに売られていたかもしれませんね」

 売られる……人を売り物にするなんて。
 ただの商人じゃなさそうだ。

「あいつが村との取引もしている商人なんだろうか」
「直接会ったことはないけれど、こんな所までわざわざ来るような商人はそうそういないわよ」
「私たちは物の相場を知りませんから、あちらのいい値で取引するしかないですし」

 砂漠の住人にとって、ここで手に入らない物を持ち込んでくれる商人は生きていくために必要だ。
 向こうもそれを知っているから、かなりぼったくっているんだろうな。
 俺自身、この世界の物の物価なんて何も知らないけど。

「さぁて、嫌な奴のことは忘れて、せっかくスキルが進化したんだし試してみるか」
「種植え、手伝います」
「私も」
『ボクモォ~』
「お、アス。バフォおじさんの魔法授業は終わったのか?」

 アスに魔法を教えてやって欲しいとバフォおじさんに頼むと、愚痴をこぼしながらも引き受けてくれた。
 愚痴ってはいたけど、嫌がってはいないようだ。
 なんだかんだと面倒見がいいんだよなぁ。
 悪魔なのに。

『ウン、オワッタヨォ。今日ハネェ、土ヲ元気ニスル魔法ヲナラッタヨォ』
「土を元気に?」
『土ノ精霊サンヲヨンデネ、オネガイスルンダァ』
「精霊を呼んでってことは、精霊魔法か?」
『ソウ、ソレ! ネェ、三人ハナニシテタノ?』

 何ってお前、手伝いに来たんじゃないのか。
 それとも、何も分からずとにかく一緒に混ざりたかっただけか。
 
「せっかくだしアス。その精霊さんに土を元気にしてもらう魔法、お願いしていいか?」
『マカセテ! ボクガンバルッ』

 土を元気にしたら野菜の成長にもいいんじゃないかな。
 アスが折れには分からない言葉を言ってから、畑の土がぼこぼこと盛り上がる。
 その土から、手足の生えた雪だるまみたいなものが出て来た。
 もちろん雪ではなく、土で出来た土だるまだ。

「これが精霊なのか」
「わぁ、初めてみましたぁ」
「かわいいわね」

 え、かわいいのか、これ?
 なんせこの土だるま、顔には黒い目と団子っ鼻しかない。
 眉毛、口、耳がなくて、個人的にかわいいとは思えないんだけどな。
 女の子って、かわいいの基準がよく分からないよ。

 土だるまとアスが何か話をしているようだけど、何を言っているのはサッパリ。
 言語がそもそも違うみたいだ。
 やがて話が終わったようで、土だるまがどこから取り出したのか、鍬を持って畑を耕し始めた。

 背丈は三〇センチ程しかない。
 それが自分の背丈と同じぐらいの鍬を振り回している。
 けどその畑、耕した所なんだけどな……。

『もっもっ』
「なんか言ってるぞ」

 土だるまが地面を指さしている。

『オ水ホシイッテイッテルヨ』
「私、持ってきますね」

 その次に葉っぱが欲しいというので、桜を成長させて葉を集めた。

『ももっも』
「アスさーん。通訳お願いしまーす」
『ボクノ出番? ナニ、ドウシタノ?』
『もも、もももっもも』
『ウン、ウンウン。アノネ、ユタカ兄チャンノスキルヲネ、土ニツカッテホシイッテ』

 土に?
 いやでも土は生きていないしなぁ。
 まぁやれと言われればやるけど。

 成長させる時間は二カ月程度でいいというから、土だるまが指さす――いや指もないんだけどさ。そこに手を突いて二カ月成長させた。
 すると土に混ぜていた桜の葉がみるみるうちに腐っていく。
 枯れるんじゃなく、腐ったんだ。

「腐葉土か」
『もっ』
「でもなんで、土は生きてないのに時間が経過したんだろう?」
『精霊サンガイキテルカラダヨ。精霊サンガ耕シタカラ、ソコニ命ガヤドッタ――ッテイッテル』

 命というよりも、精霊力――らしい。
 その精霊力は、時間の経過で薄くなっていく。
 普通の状態に戻れば、俺のスキルが土に働くことはないだろうとも精霊は言った。(通訳曰く)

 更に精霊たちは土をかき混ぜ、全体に腐葉土がいきわたるようにすると、土はふかふかになった。

「おぉ、土の質がよくなってる。これならもしかすると自然成長もいけるかもしれないぞ」
「本当ですか?」
「あぁ。でもスキルも確かめたいし、一カ月分を一日で成長するように調整してみよう」

 何種類かの野菜の種にスキルを使って、三人で手分けして種を植える。
 植えてからじーっと見てみたけど、うんともすんとも言わない。
 いや、よく考えたら三〇日分を二四時間で成長だ。
 一時間で一日ちょいだと、さすがに数分じゃ変化はないか。

「このまま見てても仕方がないし、別の作業の手伝いに行くか」
「そうですね」
「ね、例のお風呂ってやつ。見に行きましょうよ」
「お、いいね」
『オフロー』

 風呂がなんなのかアスは知らないのに、俺たちが笑顔になるとアスも一緒に嬉しそうにする。
 土だるまはどうか分からないけど、アスは本当にかわいいやつだ。

 風呂は共同のもので、滝の近くに小屋を建ててそこに造っている最中だ。
 小屋の中はすのこ状にして、浴槽は贅沢な檜仕様。
 ドリュー族が見つけて来てくれた粘土で竈を作り、滝から引いて来た水をそこで沸かすってやりかただ。
 
「トミー。親父さんはいるか?」
「あ、ユタカ兄ちゃん。父ちゃーん」

 竈作りはドリュー族に任せてある。
 竈は二層式で、上の段に水を流して下の段で火を起こせるような造りにしてもらっている。
 うまく出来てるかなぁ。

「おぉ、ユタカくん。完成を見にきたモグか?」
「え、もう完成したのか!?」
「竈だけモグがね。完全に乾燥するまでは水を流しこめないモグから、もう二日ぐらいは使えないモグよ」
「おぉ、みるみる」

 入り口で靴を脱いで中に入る。
 あ、シューズラックが必要だな。

 おぉ、のれんもちゃんと掛けられてるじゃん。
 ん。女湯の方だけ色を染めているんだな。男湯は無地か。なんか寂しい。

「脱衣所の棚もオッケー。中は……おぉ、いい感じ」
「結構広いのですね」
「何人ぐらい入れるのかしら?」
「まぁ三、四人かなぁ」

 檜の浴槽はやや浅めで、その代わり広くしてある。

「楽しみですね」
「ほんと、早く入ってみたいわ」
「俺もだ」

 異世界に来て、やっと風呂に入れると思うと嬉しくて仕方がない。
 あとは竈がしっかり乾いたら――

「まず熱で割れないか確かめるモグ。それをクリアしたら、今度は上の段に水を流すモグ。水漏れがしなければ、次に実際に沸かしてみるモグよ」
「あ、二日後には風呂に入れるって訳じゃないのか」
「モグ。まぁ上手くいっていれば三日後には入れるモグから、そう焦らないモグよ」

 あと三日の辛抱か。
ついにこの日がやってきた!
 ついに……ついに異世界で初風呂!!

 の、はずだったんだが、集落に急な来客があった。

「ユタカくん、あの薬草を貰えないか?」
「分かりました。すぐ量産します」

 怪我人だ。
 ここから徒歩一日の距離にある、お隣の集落から二〇人ほどがやって来た。
 集落が襲われ、逃げて来たという。

 ドリュー族も手伝ってくれて、量産した薬草は直ぐに塗り薬に。
 小さな子まで怪我をして……かわいそうに。
 死者は出なかったということで、その点は幸いだ。

 治療と同時に食事も用意された。
 それを見てみんな驚いている。

「野菜が豊富だ。それに木……木が生えている。去年来た時にはなかったのに、いったいどうなっているんだオーリ」
「まぁ……話せば長くなる。今は食え」

 前にオーリから相談されたことがあった。
 自分たちだけが十分な食事が出来ていることに、罪悪感を持っている。
 出来る事なら、他の集落にも作物を分けてやりたい――と。

 ただ成長促進のスキルは、一日に使える回数、実際には年数か、それには限界がある。
 そんな状態で近隣の集落に「作物がすぐに育つスキルがある」なんて話して、我も我もという状態になれば俺がぶっ倒れてしまう。
 オーリもそのことは十分に理解している。
 だからここで野菜を自然栽培出来るようになったら、他の集落に分けてやりたい。
 そのために俺のスキルで支援してくれないか……と。

 気を使ってくれることは嬉しいし、俺だって出来るならこのスキルでいろんな人の役に立ちたいと思っている。
 出来る事ならなんだって手伝うと、オーリには伝えた。
 それもあって他の集落には俺のことも、スキルのことも何も伝えていない。

 それがこんな形で知られることになるとは。
 けど仕方ない。モンスターに集落を襲われたんじゃ、逃げるしかないもんな。
 一番近い隣の集落がここだったって訳だ。

 怪我をした人も、暖かい物を食べると気持ちが落ち着いたようだ。

「とりあえず、みんな落ち着いたわね」
「オーリ。ツリーハウスいらないか?」
「いや。元々我々が使っていたテントがある。大丈夫だ」

 ひとまず綺麗なシーツをかき集め、彼らに提供。
 翌日には彼らから話を聞けることになった。
 どんなモンスターが、どう襲って来たのか。

「バジリスク? おい、バジリスクなんてこの辺りにはいないはずじゃ? そうだろう、ルーシェ」
「はい。バジリスクはもっと南部の荒れ地に生息しているモンスターです。砂地である砂漠にいるなんて、おかしいですね」

 そうなのか? とシェリルに尋ねると、彼女は頷いた。
 バジリスクは砂の上を素早く動けないらしく、それで砂地であるこの辺りには生息していないらしい。
 
「バジリスクが砂漠に来る理由ってなんだろう」
「うぅん……バジリスクより強いモンスターに追われたりしたら……かなぁ」
「そんなモンスター、いる?」

 そう聞くと、シェリルは一瞬アスを見た。
 アスがって訳じゃないだろう。
 ドラゴンがってことだろうな。
 でもドラゴンなんて、その辺にうじゃうじゃしてる訳ないだろうし。

「まぁとにかく無事でよかった。落ち着くまでここにいればいい」
「助かるよ。けど……ここはいったいどうしたんだ。なんでこんな……緑がいっぱい」

 そりゃ気になるよなぁ。

「あの。その件は俺から説明するよ」
「ユタカくん。いいのかい?」

 オーリの気遣いに俺は頷く。
 だけどいつかは説明しなきゃならないんだ。先延ばしにしても仕方がない。

 で、口で説明するより見て貰ったほうが早い。
 人参の種をインベントリから一つ取り出し、成長させて見せる。

「……え?」
「これが俺のスキルだ。まぁこのスキルのせいで、魔法で砂漠に強制転移させられたんだけどな」
「な、なんでまた!? こんな素晴らしいスキルなのにっ」
「ここではそうかもしれないけど、緑が溢れている土地では必要ないんだ」

 一日にせいぜい数十人の食料を生産出来る程度のスキルだ。
 雀の涙にもほどがある。

 そう説明すると、彼も――隣の集落の最年長であるマストも納得した。

 翌日、大人たちが話し合って小川の向こう側をマストたちに使って貰おうってことになった。
 
「でも向こう側の土地は、畑として使う予定だったんじゃ」

 自然栽培が軌道に乗れば、他所の集落に配る野菜も作れる。
 そのために少し広い畑が欲しかった。
 川の傍ってのもあって、畑として使うにも都合が良かったんだけどな。

「だったら、わしらが貰った土地を使えばいいモグ」
「トレバー。でもそうしたらドリュー族はどうするんだよ。」
「モグゥ。わしらは穴を掘って暮らす種族モグよ。忘れたモグか?」





「"成長促進"」

 種が実るまで。二階建て。子供も喜ぶ家に――そう指定しながらスキルを使用。
 もさもさと葉が茂り、立派なツリーハウスが完成する。

「ユタカ兄ちゃん、あそこに種あるよ」
「お、トミー。見つけてくれてサンキューな」

 トミーが見つけた種をシェリルがひょいひょいっと登って収穫。
 それをまた成長させて、二軒目完成。さらにもう一軒。

 魔力を成長させたおかげで、一日三軒まではいけるな。

「残りはまた明日で。悪いな、俺の魔力じゃこれが限界なんだ」
「そんな、謝らないでくれ。君のおかげで、こうして家を持つことが出来た。感謝しかないよ」
「子供たちも喜んでるわ。ありがとうございます」

 ドリュー族が暮らす西側の崖の上に、避難してきた集落の人たち用の家を植えることになった。
 ドリュー族の家もだいぶ完成に近づいてて、もう中で生活することも出来るらしい。
 
 ってことで、彼らはこのままここで暮らすことになった。
 人間族の人口が一気に倍になったなぁ。

 ま、メリットもあるだろう。
 人数が増えたことで、出来ることも増える。
 主に周辺の開拓だけど。

 ただ……。
 
『ユタカ兄チャン、ドウシタノ?』
「ん。いやな、なーんか気になるんだ」
『気ニナル?』

 どうしてもバジリスクのことが気になって仕方がない。
 なんでわざわざ北上してきたのか。
 バジリスクを追いやるほどのモンスターが南部にいるのか。

 とにかく今は、そのバジリスクがこっちに来ないことを祈ろう。
「ふぅぅ、夜はやっぱり寒いなぁ」
『ソウナノ? ボクサムクナイヨ』

 お隣の集落の人たちが逃げ込んで来てから、夜には見張りを立てることにした。
 集落への入り口は狭いが、バジリスクなら崖を登ってくるかもしれない――ってことで。

「アス。お前まで一緒に見張りなんてしなくていいんだぞ」
『ボクダッテ男ダモン! ミハリスルンダイっ』

 男っていうか、男の子《・》だけどな。

「それにしてもお前、なんかぽかぽかするよな」
『ボクガ?』
「そう。ドラゴンって体温が高いのか?」
『ンー、ワカンナイ』

 分かんないかぁ。

 アスの体に触れていると、なんていうか……床暖みたいな感じで暖かい。
 子供は寝るのも仕事だって言いたくなるが、こう寒いとアスの鱗が心地いいんだよな。

「おっ。アス坊も見張り番か」
『ア、バフォオジチャン』

 バフォおじさんもバジリスクが気になるのか?
 まぁバフォおじさんと違って、奥様方や子供たちは普通の山羊だもんな。
 バジリスクからしたら美味しい獲物でしかない。

「偉ぇなぁ。そうだアス坊、お前ぇの目なら、あの岩の上から遠くまで見えるんじゃねえか? 何か来てねぇか、ちょっくら見てきてくれよ」
『ウン、イイヨ!』

 アスがとてとてと少し離れた岩の方へと向かう。

「わざと遠ざけただろ?」
「ベヘヘ。鋭どいじゃねえか」
「アスに聞かれちゃマズいことなのか?」
「んー、いやなぁ。あいつが暖かいってのは、もしかすると親父に関係するのかもしれねぇ」
「親父って、アスの父親か?」

 バフォおじさんは頷く。

 バフォおじさんがここの山奥で暮らすようになったのは三百年ほど前から。
 当時、アスの母親はここよりもっと東の方にいたらしい。

「アス坊の母親がこの山に来たのは、百年ぐれぇ前だ。なんつーか、失恋したとか言ってな」
「し、失恋」

 ドラゴンの世界にもそういうのあるのかよ!

「ん、失恋? ってまかさ、アスの父親がその別れた元彼の可能性があるってことか!?」
「しーっしーっ。声がでけぇよ」
「あ……」

 二人で同時にアスを見るが、首を長くして遠くをじーっと見ている。
 聞こえていないみたいだ。

「元彼とアスが暖かいことと、何の関係があるんだ?」
「その元彼っつぅのが、火竜《フレイムドラゴン》なんだよ」
「火竜……なんか強そう」
「そりゃ強ぇよ。ドラゴンにもランクってのがあってだな、『下位《レッサー》ドラゴン』『ドラゴン』『ハイ・ドラゴン』『エンシェント・ドラゴン』の四つに分けられるんだ。アースドラゴンと火竜はハイ・ドラゴン種だ。正直、オレぁ相手にしたくねぇな」

 おいおい。上位種の両親を持つアスって……実はめちゃくちゃ強いんじゃ!?
 ま、まぁ今はまだ子供だけど。
 けど孵化後半年であのパワーだ。最強種に相応しい強さだよな。

「アス坊。変わったことはあったか?」
『ンー。人間ナラキテルヨォ』

 ん?

「「人間?」」

 思わずバフォおじさんと顔を見合わせた。
 ちょっと噴き出しそうになるのを堪える。

「また他の集落が襲われたんか」
「その可能性はないとは言えないな。俺も見えればなぁ」

 アスの隣に立って遠くを見るけど、月明かりに照らされているとはいえやっぱり暗くて何も見えない。

「見るか? オレが遠目の魔法を掛けてやるぜ」
「いいのか?」
「おうよ。精度上げるとよ、目に負担くるから三〇秒までな」

 事前にアスに教えて貰った方角に視線を向け、バフォおじさんに魔法を掛けて貰う。
 ぉ、おおぉ!
 望遠鏡を覗くのと同じだな。

 アスが見たっていう人間はっと――いた。
 十数人いるな。

「バフォおじさん。悪いんだけどさ、急いでみんなを起こしてくれないか」
「だな」

 おじさんも見たんだろう。
 だから「何故」とは聞かなかった。

『ドウシタノ?』
「うん。アスが見つけてくれたあの人間たちな、ご近所の集落の人じゃないんだよ」
『ゴ近所サンジャナイノ? ジャア、誰ダロウ』

 三〇秒過ぎたからもう見えなくなってしまったけれど、あいつらは全員、完全武装だった。
 そいつらは砂漠に不釣り合いな乗り物――船に乗ってこちらに向かって来ている。
 その船に見覚えがあった。

「アス。やって来るのはもしかすると悪い奴らかもしれない」
『悪イヤツナノ!? ボクモヤッツケルノ手伝ウ』
「目的はお前かもしれない。だから絶対にひとりになるなよ。俺やルーシェたちか……一番安全なのはバフォおじさんの傍かもな」

 さて、こっちも準備をするか。





「アスを奪いに来たかもしれないってことね」
「なんて執念深いのでしょう」

 こちらも完全武装――といっても武器を手にしただけ――のルーシェとシェリルが怒っている。
 オーリたちも各々武器を手に集まっていた。
 奥様方や子供たちは山羊たちがいる岩塩洞窟に隠れさせ、そこへ続くサルノコシカケ階段は枯らしておいた。

「あとはっと……"成長促進"」

 集落から渓谷へと入る細い谷間に、巨豆を二つ(・・)成長させる。
 完全に塞ぐことは出来ないけど、侵入を邪魔することは出来る。
 もちろん豆はあとで収穫して、みんなで美味しくいただく。
 
「渓谷に入ったとクリントが合図しているモグよ」
「ありがとう、トレバー。みんな、奴らが来るぞ」
「驚いてるでしょうね。きっと寝静まってると思ってるだろうし」
「あぁ、そうだな。みんなでお出迎えしてやろう」

 そうして待つこと十分。
 驚いた顔の武装集団が到着した。

「ようこそ。こんな夜更けにいったい何の用だよ」
「な、なんで……ちっ。こうなったら全員皆殺しにしろっ」

 おっと。めちゃくちゃ分かりやすい悪者だった。
 ならこうだ。

「やってくれー」

 俺が夜空に向かってそう叫ぶと、「「モグゥ」」とハモった返事が返って来る。
 そして。

「いてっ。な、なんだ?」
「いてててっ」
「う、上から岩がっ」

 上には夜でもしっかり目が見えているドリュー族がいる。
 渓谷は狭い。
 そこを並んでやって来た武装集団に岩を落としてぶつけるなんて、見えているドリュー族には簡単なことだ。

「くそっ。構わず進めっ」
「おっと、そうはいかない。こうなりたくなかったら、大人しくそこでじっとしていろっ」

 巨豆の脇からこちらへ侵入しようとしていた奴らに向かって叫び、あるものを見せた。
 奴らが見やすいような位置に成長させた巨豆だ。
 それに手を突き、小声で成長促進と唱える。
 枯れるまで――と指定して。

「か、枯れた!? 木が一瞬で枯れただと!?」
「な、なんだこいつっ」
「くく。これが俺の、生命力を抜き取る力だ」
「「ひいいぃぃぃぃぃぃぃぃーっ!?」」

 大の大人たちが悲鳴を上げ、何人かは踵を返して逃げ、何人かが腰を抜かしてその場に座り込んだ。

 ふへへへ。
 嘘っぴょーん。
「なんでも話しますから、どうか触らないでくださいっ」

 腰を抜かして逃げられなかったのは四人。他は全員逃げた。
 こんなことだったら時間差で成長する巨豆の木を向こう側に植えておくんだったなぁ。
 あと……脅したとはいえ、触らないでくださいとか言われたらちょっと傷つく。

「じゃ、話して貰おうか」

 そう言って右手をわきわきして見せた。

「ひいいいぃぃぃぃぃ。なななな、なんでもお答えしますっ」

 傷つくなぁ。傷つく。もっとわきわきしてやろう。

 怯えて口が軽くなった奴らは全員、砂漠の盗賊団だという。
 
「砂船って、あの帆船か?」
「そ、そうですっ。ソリみたいになってやしてね、魔道具で動かすんっすよ。へへへ」

 その砂船に乗って西に二、三日のところに、この砂漠唯一の町があるらしい。
 盗賊たちは町の周辺で商団を襲ったりしているそうだ。

「そんなオレらに、取引を持ち掛けてきた商人がいましてね。へへ」
「そいつ、太ってたか?」
「へ? まぁ、そうっすね」

 あいつだな。

「目的はドラゴンの子供だろう?」
「えっと、それは……」
「ん?」

 わきわきしてみる。

「ひいぃぃ、そうですっ。三メートル弱の子供のドラゴンがいるはずだからそいつを捕まえて来いってっ。ついでにいい女もいるからって、へへ」

 男はルーシェとシェリルを見て、下品な笑みを浮かべる。

「私たちのことかしら?」
「お褒め頂き、ありがとうございます」

 ルーシェが大剣を担ぎ、シェリルが弓に矢を番える。

「ひいぃぃぃぃ、すすす、すみません許してください命だけはっ」
「ユタカくん。そいつらをどうするんだい?」
「んー、どうしましょうか……」

 法が存在する世界――いや、あるんだろうけど、この砂漠ではないよな。
 だからって感情に任せて処刑なんてのも嫌だ。
 温いことを言ってるのかもしれないけど、日本って国で生まれ育ってたらそう簡単に人を殺せる人間にはならないだろう。
 なりたくもない。

「こいつらの仲間はどこかにいるのかな?」
「崖の先端から見てたモグが、その砂船っていうのに乗って西に逃げて行ったモグよ」
「追跡してくれてて助かるよ、オースティン」
「いやいや。わしら、目がいいのと穴を掘ること以外で役に立てんモグから。あぁ、あとかわいいから癒しにはなるモグな」

 はいはい、モグかわいい。
 よく考えたら三〇代のおっさんなんだよな、オースティンとかトレバーって。
 おっさんが自分のことかわいいとか言ってるの、なんか怖いんだけど。

「ベヘヘェ。ベヘ、ベヘヘェ」
「あ? どうしたんだ、バフォおじさん」
「ベエェ」

 なんで山羊の鳴きまねなんがしているんだ。
 もしかして、こっちへ来いって言ってる?
 付いていくと、離れた所で立ち止まった。

「おい、やつらにバジリスクのことを聞いてみろ」
「バジリスク?」
「なんでやつらはここの場所を知った?」

 なんで……そうだ。なんで知ったんだ。
 まさか。

 すぐさま戻って怯える男たちに尋ねた。
 もちろん、わきわきしながら。

「お前らが集落にバジリスクを襲わせたのか?」
「はひっ。そ、そうです。バジリスクが嫌うサンド・シャークの糞と――」
「あぁ、クサイ話はいい」
「はひっ。と、とにかく南部のバジリスクを三体砂漠に向かわせて、あとは獲物をチラつかせて見つけた集落に誘導したんですっ」

 襲えば別の集落に避難するだろう。
 逃げた先の集落に俺たちがいればよし。いなければまたモンスターに襲わせて、別の集落へ向かわせる。
 そのために住民には生きていてもらわなければならないから、ただ集落の上を通過させるのに苦労した――と言っていた。
 そんな苦労しるか!

 けど変な話、一発目で当ててくれてよかったかもしれない。
 マストたちがここじゃなく、他の集落に逃げていたらそっちも襲われただろうからな。
 
 アスを奪い取るために、モンスターを使って集落を襲わせるなんて……。
 しかもこいつら、そのことに罪悪感も何も感じていない。

「決めた」
「なにを?」
「こいつらをどうするか」

 怯える盗賊たちに手をわきわきして見せて――

「や、やめてくれっ」
「お願いだっ。命だけはっ」





 命は奪わない。
 奪ったのは武器。その他の持ち物。
 まぁ真っ裸ってのはかわいそうだし、女性陣に見苦しい物を見せる訳にもいかないしな。

「あんなのでいいの?」
「運が良ければ仲間と合流しちゃいますよ?」

 真夜中の砂漠へと歩き出す盗賊たちを見送った。

「運があれば、な」
「また襲ってきたら?」
「その時は、また脅して撃退するさ」

 と言ったものの、こっちの手の内を半分ぐらいは知っただろうし、次は備えてくるだろうなぁ。
 ならこっちはさらに備えておかないと。

 まずは――

「なぁ、お腹……空かないか」
「そう……ね」
「で、ですがこんな時間に食べてしまっては、太ってしまいますっ」
「いやいや、ルーシェはそんなこと、気にしなくていいと思うぞ」

 むしろ今でも痩せすぎなほうだと思う。

「き、気にしますっ。私だって……私だって、綺麗に……見られたい、ですから」

 そう言って頬を染めるルーシェは、月明かりに照らされているのもあって綺麗……に見えた。

「い、いや、綺麗だって。十分綺麗だよ」
「そ、そんなことありませんっ」
「いや、本当だって。でもさ、俺はルーシェもシェリルも、もう少ししっかり食べて、健康的でいて欲しいなって思うんだ」
「健康的、ですか?」
「そ。そりゃさ、太り過ぎるのは良くないぜ。ほら、この前の悪徳商人みたいなさ。あれはダメだ。でもほどよく肉付きがいい方が、健康的に見えるしさ。だから――」

 ルーシェは俺の言葉にじっと耳を傾けている。
 その顔はどこか恍惚としているようにも見えた。
 その顔を見ていると、こっちまでドキドキしてきて……。

「なんかカッコつけた言い方してるけど、夜食が食べたいだけでしょ?」

 と隣でシェリルがツッコミを入れた時、俺の腹がぐぅーっと鳴った。

「え? 魔力を成長させてほしいだって?」
「モグ」

 盗賊を撃退した翌日、昼過ぎに起きた俺の所へドリュー族がやって来た。

「わしらドリュー族には、種族スキルがあるモグ」
「種族スキル? そんなものがあるのか」
「モグ。人間にはそういうのがないと聞いたモグが、わしらドリュー族は誰でも使えるスキルがひとつあるモグ」

 実際にそのスキルを見せてやると言うのでついていく。
 向かったのは崖下。
 そこでトレバーが地面に両手をつき、

「どとんモグ!」

 ――と。

 え、ちょっと待って。
 ど、土遁?
 ドリュー族って、忍者ポジションだったのか!?

 ずずんっと振動があったかと思うと、トレバーの前にある崖に穴が開いた。
 それからトレバーが直ぐに横を向く。
 すると地面がもこっと盛り上がった。

 どういうこと?

「ふぅ。これが土とんモグ。わしからある程度の範囲にある土を、任意の場所に移すスキルモグ」
「土を……移動させる?」
「そうモグ。まぁ主に掘った土を外に出すのに使っているモグよ」

 思ってた土遁と違う……。

「わしらにとっては便利はスキルだが、なんせドリュー族は魔力が少ないモグ。二、三回使うと、疲れてしまうモグよ」
「そう、なんだ。魔力が増えれば、開けられる穴のサイズとかが増えるのかな」
「モグ。ちなみに穴は、こうして崖に開けることも出来るモグが、もちろん、地面にも開けられるモグよ」

 地面に――トレバーがにやりと笑う。
 もしかして盗賊対策に落とし穴を掘るってことか?

「これなら事前に穴を掘らなくても、悪い奴らを一瞬で落とせるモグ」
「あっ、そうか。スキルだし、時間を掛けずに落とし穴を作れるって訳だ」
「モグ。だが今のままだとあの通り、小さな穴しか掘れん。だから魔力を成長させて欲しいモグ」

 他にもトンネルを掘って、崖の移動も楽にしたいというのもあるらしい。
 あの燃える団子作りの場所へもトンネルを繋げれば、上り下りが減って移動も早くなるだろうって。
 確かにそれは助かるな。





「って訳で、ドリュー族の魔力を少しずつ成長させることにしたんだ」
「少しずつなの?」
「うん。まぁさ、どのくらいまで成長させてもいいのか分からないし」

 それに関しては俺も同じだ。
 よく魔法を使い過ぎて気絶するなんて設定の漫画や小説は見る。
 ならその逆は?
 突然膨大な魔力を手に入れたら、体は……精神は耐えられるんだろうか?

 そんなことを一瞬考えたもんだから、怖くなって一気に成長させられなくなった。
 ということもあって、手の空いた時に少しずつ成長させてみている。

「私たちも、魔力のことはよく分かりませんしねぇ」
「町に行けば魔術師がいるって、父さんが言ってたわ。そういう人なら詳しいんだろうけど」
「あぁ、西の町ってところか」
「はい。でも遠くて……歩くと一カ月ぐらい掛かるんです」

 砂漠を一カ月も移動するのは、確かに無謀だよな。
 けどあの盗賊たちは、砂船で二、三日って言ってたな。
 船なら日中も走らせるし、交代で操舵すれば二四時間動かせる。

 欲しいなぁ、砂船。

 でも今のはいいヒントになった。

 そうだよ。
 魔力のことは魔術師がよく知っている。
 魔術師じゃないが、魔法に詳しいおじさんがいるじゃないか。





「で、少しずつ成長させているんだ。でも一気に成長させても安全なら、一気に――」
「それはやめとけ。許容量を超える魔力を手に入れると、魔力が暴走してあぶねぇぞ」
「やっぱりかぁ」

 相談した相手はバフォおじさんだ。
 彼ならいろいろ知っているだろう。

「魔力をな、水に例えるとする。で、それを入れる器がある訳だ。突然、器に入りきらない量の水が現れたらどうなる?」
「まぁ、零れる?」
「そうだ。ダダ洩れだ。漏れるだけならいい。まぁ魔法が使えるやつがそうなると、さっき言ったみてぇに暴走してあぶねぇけどな」

 だけど器が貧弱で、一度に大量の水を注ぐと……

「器が壊れて、水を溜められなくなる。つまり魔力がなくなるってぇことだ」
「スキルが使えなくなるのか。それは困るな」
「使えなくなるだけじゃねえ。最悪の場合、死ぬかもしれねぇぞ」
「うえっ。マジか」
「お前ぇがちまちま成長させてたのは、正解だ。出来れば一度成長させたら、数日は置いた方がい。でだ、魔力を疲れるぐらい使うんだ。そうすりゃ、魔力を貯める器のサイズも大きくなりやすい」

 へぇ。器のほうも大きくなるのか。

「器も成長させたり……出来ないかな」
「例えただけで、目に見えてる器じゃねえぞ。まぁ出来る出来ないはオレぁ知らねぇが、どっちにしろ突然大魔力なんて手に入れたら、スキルを暴走しかねねぇ。少しずつ慣らしていけよ」
「分かった。そうするよ」
「しっかし、お前ぇのスキルは、なんでも成長させちまうんだなぁ」
「生きているものなら、ね」

 じゃ、ドリュー族に話しておくか。

 魔力の成長は三日に一度、少しずつ。
 成長した日は、疲れるまでスキルを使う事。
 そういう計画で進めることになった。

 帰宅してそのことをルーシェたちに話すと、

「私も成長させてくださいっ」

 とルーシェが身を乗り出す。
 せ、成長って……もしかして胸?
 いやいやいやいや。違う、断じてそうじゃない。

「私も。もっと強くなって、集落を守りたいもの」
「あ、魔力のことね」
「なんのことだと思ったのですか?」
「いやいや、なんでもないよ」

 口が裂けても言えない。

「魔力もだけど、ユタカみたいに身体能力も成長させて欲しいわね」
「あ、私もです。もっと俊敏に動けるようになったらって、いつも思っていました」

 いやいや。まだ強くなる気か。
 むしろ成長させてやっと追いつけそうなとこなのに。

「し、身体能力の方はその……お、俺も男だし……女の子を守ってあげたいじゃん」
「え? ユタカさんが、私たちを?」
「な、なに言ってんのよ。守られるほど、弱くないんだからっ」
「そうだけど。でもやっぱり守りたいんだ。二人には世話になってばかりだしさ」
「そんなこと……私たちの方こそ、ユタカさんには助けられています」

 そんなルーシェの言葉に、シェリルも頷く。

「ユタカさん。あなたが私たちを守りたいと思ってくださるように、私たちもユタカさんを守りたいんです」
「そうよ。どちらか片方だけ守られるなんて、不公平じゃない」
「だからこうしましょう。三人が同じような強さになるよう、成長させてください」
「二人も……俺を……」

 そうだ。二人は初めて出会った時もそうだったじゃないか。
 俺を守ろうとしてくれた。
 二人は戦士なんだ。
 か弱いヒロインじゃない。

 そうだ。三人で強くなればいい。
 そのためにも――

「じゃ……俺がもう少し成長しなきゃな」
「え?」
「だって俺の方が弱いじゃん。そもそも二人の身体能力って、ビックリするほど高いんだからな」
「そ、そうなの、ですか?」
「き、気にしたことなかったわ」

 そりゃそうだろう。自分たちのことなんだし。

「うぅ、もうしばらくお待ちください」
「わ、分かりました」
「む、無理しなくていいんだからね」
「いや。二人を守るためだから、頑張るよ」

 と拳を握りしめ言ったところで、盛大に腹が鳴った。
 やや間を空けて、二人が笑い出す。

「……ごめん。ほんっと空気の読めない胃袋でごめん」
「ふふ、ふふふ。いいんです」
「あはは。ご飯にしましょう」
「ですね」

 くそぉ、俺の胃袋めぇ。
 だがナイスだ。
 ちょっと恥ずかしいことを言ったから、話題を変えたかったんだ。

 あぁ。
 マジで俺、なんて恥ずかしいことを。
 あれじゃまるで、プロポーズの言葉みたいじゃねえか!

 ああぁぁ、なんでバフォおじさんのにやけ顔が浮かぶんだよ!!