「あれが川なのね!」
「本当に水が流れています。でも、下ではこんなの見たことありません。どうしてでしょう?」

 地底湖の先にあった、干上がった小川。
 崩落で水が流れなくなっていたが、その先を地上から辿ってみると小さな滝を見つけた。
 滝つぼに岩が突き刺さるようにして立っているのを見ると、あの下が地底湖に続く横穴に繋がっていたんだろうな。
 ドリュー族の見立ても同じだった。

 流れが変わったため、水は地上を這うようにして流れている。
 川……と呼べるようなものじゃない。
 岩に当たって跳ねた水が、放射線状に水の筋をいくつも作っているだけ。
 こんなんじゃ麓まで届く訳ないよな。

「広く浅く流れてるせいで、途中で完全に蒸発しているんだろう」

 せめてまとまって流れていれば、多少は麓まで届いたかもしれない。
 いや、この気温じゃ難しいかな。
 地下を流れていたからこそ、麓まで届いていたんだろうし。

 その地下の水路を塞いでいた岩も、子アースドラゴンの精霊魔法で既に撤去済み。
 これで麓の集落まで水が届くだろう。
 あとは――

「わしらが地底湖に届く水路を新しく掘るモグよ」
「なぁに、そう深くは掘らなくていいし、一日でなんとかなるモグよ」
 
 ならその間に俺たちは考えることにしよう。
 子ドラゴンのことを。





『ボクヲ捨テルノ?』
「捨てる訳ないでしょ!」
「そうです! 捨てたりなんかしません!」
「「ね?」」

 ダメだこりゃ。
 完全に子ドラゴンにメロメロじゃないか。
 確かにドラゴンというには厳つくないし、全体的にぽちゃぽちゃしてて……あぁ、うん。かわいいね。
 それに捨てるのかと聞かれたら……。

 あの時の、この世界に召喚されたときの自分を思い出してしまう。

 俺はルーシェとシェリルに拾われた。
 こいつも拾ってくれる人が必要、だよな。

 だけどドラゴンだ。成長すれば巨大生物になる。

「ドラゴンって、大人になるのに何年ぐらい掛かるんだろう?」
「え? まさか成長させる気じゃ!?」
「いやいや、そうはしないよ。ただこの子はドラゴンだ。どうやったって巨大になるに決まってるだろ? 集落に連れて行って体がデカくなったら……」
「そう、ですね。この子が暮らすには、あそこは狭すぎますね」

 そう、狭いんだ。
 砂漠から集落へ入るための渓谷は狭い。今のサイズでもギリギリだろう。
 この子には翼がない。穴の底に横たわった、この子の母親にも翼はなかったと思う。
 飛ぶことが出来ないなら、集落から出ることも出来なくなる。
 
「翼でもあって飛べるっていうならまだしも」
『翼アルヨ』
「そっか、あるのか……ん?」

 子ドラゴンがふんすと鼻を鳴らして自慢気に背中を見せた。
 翼?
 つば……さ?
 どこ。

『ンンー」

 なんか息みだすと、背中の一部が捲れ――いや、翼だ!
 折り畳まれていると気づかないもんだな。

 にしても……。

「ちっさ」
『ガァーン!』
「ちょっとユタカ、かわいそうじゃないっ」
「そうです! この子はまだ子供なんですよっ。きっとこれから大きくなるのよねぇ?」
『オオキクナルモン』

 いや、無理だろ。
 母親にも同じように翼があったかもしれないが、俺的にはないように見えた。
 ってことは退化するか、ちっさいままのどちらかだ。
 まぁ体は成長しても、翼は成長――成長?

 い、いや。肉体的な成長には寿命がついてまわる。
 翼だけ成長させても、そこだけ老化するのが早まるだけだ。

「ドラゴンなら何百年と生きるモグから、成長にも時間がかかるんじゃないモグか?」

 汗を拭きながらトレバーたちドリュー族が戻って来た。
 何百年、か。
 そりゃドラゴンだもんな。人間と同じ寿命だとはとても思えない。

「ユタカくん、この前話した山羊のことモグが、彼らなら詳しいことを知っているかもしれないモグよ」
「へぇ、山羊が……や、山羊が?」

 物知りの山羊?
 
 え?





「っという訳で連れて来たんだけど……」
『ツイテキタヨ』

 集落に戻って来て、まずはみんなに子ドラゴンを紹介した。
 水は既にこっちにも届いていて、みんなが大はしゃぎする中に連れて来たもんだから、今度は大騒ぎ。

「ア、アース……え? アー、え?」
「うわぁぁ、おっきなトカゲだぁ」
『ボクトカゲジャナイヨ。ドラゴンダヨ。スゴイデショ?』
「すごーい!」
『エッヘン』

 大人たちは目を点にし、子供たちは大はしゃぎだ。
 まぁそうなるよね。

「面倒はちゃんと俺たちで見ます。何かあれば俺がちゃんと――」

 この手で。
 そうしたくないし、そうならないと信じている。
 でも大人たちを安心させるために、俺はそう約束した。

「俺も誰かに捨てられた身なんで、捨てられた者の気持ちは分かります。こいつは俺たち人間よりも大きいけど、でもドラゴンとしてはまだ子供なんです」
「そ、そうです」
「むしろ赤ん坊も同じよっ」

 ルーシェやシェリルも必死に懇願する。

「お願いしますっ。あいつをここに置いてやってください」
「お願いします、みなさん」
「お願いっ」

 俺たちが頭を下げてから少し間があって、

「はぁ、分かった。分かったよ三人とも」
「ほら、頭を上げて」
「ここに置いてやるのはいいが、その……ドラゴンって何を食べるんだ? 肉食……だったりするのか?」

 大人が心配しているのは、自分たちが捕食される側になるんじゃないかってことだろう。
 だがその心配はない!

「あいつの好物は」
「こ、好物は?」

 インベントリからそれを取り出す。
 鮮やかな緑色をしたソレを見て、子ドラゴンが掛けてきた。

『レタスダァァ』

 俺が掲げたレタスに、子ドラゴンが嬉しそうにかぶりついた。