「水、来たわよぉ」

 離れた場所から、シェリルの声が聞こえた。

 集落には井戸がない。
 代わりに崖の途中から、ちょろちょろ零れ落ちる水がある。
 山の上のほうで降った雨水が、地下を通って流れて来たものだ。
 水量は少ないが、ずーっと出続けているのでギリギリ最低限の量はある。

 いや、むしろ水受けから零れて地面にしみ込んでるぐらいだ。
 その水を無駄にしないために、新しい水受けを作った。
 材料ならいくらでも用意できるからな。

 しかも水汲みまでの距離を縮めるために、竹を水道管のようにして使って、集落の中心まで水を引いた。

「よし、竹の水道管も水漏れもはなさそうだな」
「ですね」

 途中で副産物のたけのこも収穫して、焼きたけのこにしてみたけど美味かったなぁ。

「こんな大きなバケツは、初めて作ったよ。おかげで何度か失敗したけれどね」

 そう言いながらも、ダッツさんは満足気だった。

 大きなバケツ――桶の直径は一五〇センチあって、深さは一メートルほど。
 それにしてもこの桶見てると、風呂に見えてくるな。

「風呂……入りたい」
「ふろ? ユカタさん、なんですかそれ」
「あー……お湯をたくさんためた、これみたいなヤツ。ほら、バケツの水で体拭いてるだろ? そうじゃなくって、お湯を張った大きなバケツの中に入って温まるんだ」
「バケツの中に入るのですか!? あ、でもこのぐらい大きなバケツなんですよね」
「うん。丸くなくてもいいんだ。四角でもさ」

 ここでは風呂に入る習慣がない。
 というか、そこまでの水がないから仕方ないんだけどさ。

 落ちてくる水の量から考えると、一日かけてもこの桶いっぱいにはならないだろう。
 飲み水、料理に使う水は、絶対に欠かせない。
 洗濯、畑に撒く水、体を拭くための水。ここをずっと節約してきた。
 もっとも、俺がここに来てからは水の木のこともあって、数日に一回だったのが毎日出来るようにはなったけれど。
 
 新しい桶で水を溢すことがなくなれば、水の木の分が余る。
 いや、少量の水しか畑に撒けてなかったし、余った分はそっちに回すべきなんだろうけど……。

 でも風呂……入りたいな。
 水の木を増やすかなぁ。でもいつ枯れるか分からないし。

 畑に水を撒くのを止めるか?
 俺のスキルで野菜はどうにでも出来るし。

 ただなぁ、そうなると俺がいなくなったら途端に野菜が育たなくなってしまう。
 俺だっていつかは寿命で死ぬんだ。その先のことも考えると、土壌の改善は絶対に必要だ。
 畑に撒く分の水も減らせない。むしろ増やさなきゃいけない方なのに。

「水、もう少し湧き出てくれればいいんだけどなぁ」
「俺たちがこの地に来た頃は、今よりももう少し水の量は多かったんだけどなぁ」

 ダッツさんが両親とここへ来たのは、十歳頃らしい。
 岩塩がある。水もある。そして渓谷の底というのもあって、日陰になっている時間も長い。
 それでこの地で集落を作ることを決めたんだとか。

「ここに定住するようになって二、三年経ったころだったか、大きな嵐が来てね。まぁここは地形のこともあって、風の被害はなかったんだけど……それからさ、水の出が悪くなったのは」
「上の方の水脈が塞がったとか、なにかあるのかな」
「かもしれないね。ただ水脈がどこにあるのか、分からないからさ」

 地下を流れてるのなら、探しようがないよな。





「石炭を取りに?」
「「せきたん?」」
「ごめん。燃える石に似たもので、石炭って呼んでたんだ」
  
 晩飯の時、二人が『燃える石』を取りに行かなきゃならないと伝えてきた。
 見た目は黒い泥団子。
 燃えるから石炭なのかなと思うけど、俺も実物を見たことがある訳じゃないしな。
 でも燃える石ってきくと、やっぱり石炭を連想するよなぁ。

 集落では火を起こすとき、この燃える石を使う。
 あと日中なら鉄のフライパンを日向に置いておけば、薄い肉ぐらいなら焼けるから石の必要もない。
 とはいえ、明け方や夜は石がなきゃ料理が出来ないからな。
 燃える石もここでは必需品になる。

「後ろの山を結構登って、西の方に行ったところなのよ」
「片道二日は掛かります」
「結構遠いな。石拾いは二人の担当?」
「いえ、交代で行っているのですが、その……」
「あんたの収納魔法に入れさせて貰えたら、一度にたくさん持ち帰れるから」

 なるほど。
 石だもんな。重たい分、一度も持って帰れる量に限界がある。
 二人の話だと、毎回四人で行って一カ月弱分の量なんだとか。
 でも俺のインベントリなら大量に入るから、何か月分でも持って帰れるだろう。

「いいよ。一緒に行く」
「本当ですか! よかったぁ」
「なら私たち三人で充分ね」

 集落にだって常に大人を残しておかなきゃならない。
 小さな子供がいるし、極まれに小型のモンスターが来ることもあるから。

 俺がここに来てから二匹ぐらい姿を現したことがある。
 小型といっても大型犬ぐらいのサイズがあるから、子供たちが襲われれば大変だ。

「採掘なら、ピッケルがいるよな。オーリさんに借りてくるよ」
「え、掘削なんてしないわよ」

 ん?
 石、だよな?

 翌朝、明るくなってから直ぐに出発。
 サルノコシカケモドキを登り、そのついでに胞子を採取。
 それには二人が編んでくれた綿のタオルを使用。
 真っ白なタオルに付着した薄茶色のが胞子だ。

 崖を登ったらまた次の崖に登る。
 その時に採取した胞子でサルノコシカケモドキを成長させていく。
 一つ成長させたら斜め上に次のコシカケを。それを繰り返して階段を作って行った。
 そのおかげか、二日かかると言っていた道のりも、翌日の昼前には到着。
 
 そして理解した。
 ピッケルがいらない訳を。

「まさかこれが?」

 荒れ地の中に、そこだけ真っ黒い地面があった。

「そ。これが燃える石の材料よ」
「ざい、りょう……」

 ってことはまさか、これから石を作るのか!?

「これを丸めて乾燥させ、乾いたら上からまた土を追加して乾燥させて、それと何度か繰り返して作った物が燃える石なんですよ」

 ルーシェはそういってにっこりと笑う。

 完全に泥団子の作り方ぁぁぁぁぁ!