「じゃ、出発するわよ」
「よし、行こう」
左右の花より、眠気の方が勝ってぐっすり眠れた。
しかしこれば毎晩続くことになるのか?
・
・
・
続くことになった。
この日も、翌日も、そして今日も……二人は俺にぴったりくっついて眠った。
そして俺はドキドキしながらも、疲れであっさり寝た。
そしてツリーハウスを出発して四日目の朝――
昨日から視界に映っていた切り立った山の麓までやってきた。
まるでグランドキャニオンだな。行ったことはないけど、テレビで見たやつによく似ている。
地層がはっきりくっきり見える壁が左右に広がる谷間を抜けていく。
「ずいぶん狭いな」
「だからこそ安全なんじゃない」
「この広さだと、中型のモンスターも入ってこれませんので」
あぁ、なるほど。
谷は二人横に並んで歩くにも狭く感じるほどだ。
そんな谷を抜けると開けた場所に出る。
そこにいくつかのテントが見えた。
「まぁ、凄い」
「久しぶりの大猟じゃないか。これでしばらく持つだろう」
到着して早々に、集落の全員が集まって来た。
その理由は、俺のインベントリ内に入れた物にある。
「日焼けしていない新鮮な肉じゃない。まさかこの近くで?」
「ううん、違うわおばさん。それは昨日仕留めた奴」
「これだけの量を、よく運べたなぁ」
「ここにいるユタカさんのおかげです」
そう、肉だ。
正確にはモンスター肉。
正直、ここまでめちゃくちゃ苦労した。
砂漠を移動している最中も、休んでいる最中も、モンスターが襲って来る。
その度に――
――こいつは私が殺《や》るわっ。あんたはスキルを使わないでよ!
あ、はい。
――ユタカさん。こっちをお願いします。
――これは食べられませんし、素材にもなりませんから。
あ、はい。
そんな訳で、俺も容赦なく戦闘に参加させられた。
しかも俺のスキル、対象に触れていないと効果が出ない。
つまり、超至近距離でモンスターと対峙しないといけない訳だ。
いやもう、生きた心地がしなかったよ。
ま、でも頑張った甲斐はあったかな。
インベントリから取り出した肉を見て、こんなに喜んで貰えたんだからさ。
それだけじゃない。
狩ったモンスターの素材や肉をどんどんインベントリに詰め込んでいると、変化があったんだ。
横五マス、縦十マスだったインベントリに、ページが増えた。
ページというよりタブか。
どうやら上限の五〇マスに達したところで、タブが増えたみたいだな。
しかもタブは『種』『飲食物』『素材』に分かれて、見やすくもなった。
「ユタカさん。みんなにお話ししておきました」
「よかったわね。ここで暮らしてもいいってよ」
「え、本当!?」
よそ者だから受け入れて貰えるか少し心配だった。
はぁ、よかった。
「二人からお話は聞いたよ。いやぁ、大変だったねぇ」
そう声を掛けてくれたのは、三〇台半ばだろう男の人だ。
「ここで一番の年長者のオーリさんよ」
とシェリルが教えてくれる。
「悪い魔法使いに突然砂漠へ飛ばされたと聞いたけれど、故郷には戻らなくてもいいのかい? 家族が待っているだろう」
「あ……家族はいません。両親は去年、事故で亡くなっているので。他に兄弟もいませんし」
これは本当だ。
両親が事故で亡くなった後、疎遠だった親戚がいきなり来て遺産相続の件でいろいろ揉めた。
帰ったって、おかえりと言ってくれる人はいない。
召喚されたばかりの時は動転していたし、捨てるなら帰らせてくれと言ったけどさ。
でも今更ながら思う。
「俺に帰る場所なんてありませんから、どうせなら新天地で心機一転、頑張ってみたいなって思うんです」
こうなったら、異世界ライフを満喫するしかないだろう。
「ユタカさん……」
「そうだったのか。辛いことを思い出させたね」
「あ、いえ。もう慣れましたから」
「まぁ、そういうことだったら。砂ばかりなこんな土地だけどね、遠慮なく住んでくれていいよ。だけど家はどうしたもんかな」」
「あ、家の心配はいりません。自分で成長させるんで」
というと、オーリさんは首を傾げた。
「今日はこのベッドを使ってください。父が使っていたもので申し訳ないのですが……」
今夜は二人の家に泊めてもらうことになった。
四日間の疲れもあるし、ツリーハウスの成長にはだいぶMP《マジックポイント》を使いそうだからな。
けどルーシェのこの言い方。もしかして。
「うちも……親、いないのよ」
「母は私たちが幼い頃に病で亡くなって、父は一昨年、狩りの最中に……」
「そう、だったんだ……いいのかな、お父さんのベッド、使わせてもらって」
「はいっ。ぜひ使ってください」
「なんだったら、あの木の家が完成したら持って行ってもいいわよ。ね、ルーシェ」
「えぇ、それがいいです」
貰っちゃっていいのかな。
いやでも嬉しい。ツリーハウスの中は快適だけど、床は木だから寝るには硬い。硬すぎる。
まずは一休みして、昼から周辺を案内して貰った。
周りを断崖絶壁に囲まれた場所に、この集落はある。
家は遊牧民が使うような、丸いタイプのテントだ。
まぁ木がどこにも見当たらないし、木造住宅なんて無理だろう。
そのテントが六つ。
「四人家族が二軒、三人家族も二軒。それで二人家族も二軒です」
「えぇっと……一八人、か」
「あんたを入れて、十九人になったわね」
「あ……そう、か」
俺のこと、カウントしてくれてるんだ。
なんか嬉しいな。
「あそこが水場です。山の上の方では時々雨も降りますから、その雨水が流れてくるんですよ」
「量は少ないけどね。ま人も少ないからなんとかなってるわ」
「そっか。飲み水はなんとかなってるんだな。あとは……」
集落の傍に畑が見える。
家庭菜園レベルといってもいいほど小さな畑だ。
それに、畝にはあるのは数株のじゃがいも、人参、それに大豆しか見当たらない。
すっかすかな畝だ。
しかもどれも、今にも枯れそうなほど痩せている。
水不足……だろうな。
それに土そのものが痩せている。
この二つは、俺のスキルじゃ成長させられないもんなぁ。
けど。
「今日の晩飯はさ、俺がご馳走するよ。ここのみんなに」
「んん~、ピリ辛でおいひぃ~」
「人参いっぱい入ってるよママァ」
「これなぁに、なぁに?」
タマネギを知らない子に、切る前の奴を見せてやる。
大人たちもタマネギを知らない。
この砂漠ではどこにも栽培されていないんだな。
「ユタカさん。この料理はなんていうものなんですか?」
「あぁ、それはカレーラ……いや、カレーっていうんだ」
ライスはない。
代わりにナンっぽいものを焼いて、それを浸して食べる。
小麦の木の種からは、一粒ピンポン玉サイズの麦が実った。
中身は粉。
臼で挽く手間が省けてラッキーだ。
いやぁ、調味料の木からスパイスが採れてよかった。
おかげでこうしてカレーっぽいものも作れたし。
小麦粉もあるし、次は天ぷらもいいかもな。
あ、肉があるんだ。唐揚げもいけるかも……じゅるり。
「「ごちそうさまでしたぁ」」
「れしたぁ」
「どういたしまして。辛くなかったか?」
「ううん、へいきぃ」
子供には辛いかなと思ったけど、大丈夫だったようだ。
「もっと辛いものあるもん」
「え、もっと?」
「トマトっていうのと同じ赤色で、とっても辛いんですよ」
「見せてあげるぅー」
ルーシェの話を聞いて頭に浮かんだのは、ハバネロ……だ。
そして子供たちがテントまで走って取に行ったものは、案の定ハバネロだった。
こんなもん食ってたら、そりゃあスパイス抑えめにしたカレーなんて辛くもなんともないだろう。
その夜、久しぶりにベッドで寝た。
マットは薄いけど、砂の上よりはましだ。
それに、モンスターの襲撃に怯える必要もない。
いやぁ、ぐっすり眠れたよ。
なんせ両手に触れる柔肌もなかったし、ね。
そして翌朝――
「さぁて、がっつり育っていただきますか。"成長促進"」
ツリーハウスの種を、ルーシェとシェリルのテントの傍に植えて成長させた。
お、最初の奴より大きく育ってるじゃん。
背も結構高くなったなぁ。
中に入ってみると、なんと二階建てになっていた!
「すっげー。二階の床も出来てるのか」
一階部分も前回のより広くなっている。
階段部分は吹き抜けになっている分、二階の床面積は少し狭い。
が、ひとり暮らしにしては広い方だ。
「お、これ窓枠か。けどガラスがないんだよなぁ」
窓を嵌めてくれと言わんばかりの四角い隙間がある。
二階にもそれがあって、そこから差し込む日差しで中は明るい。
「出来たぁ?」
「わぁ、砂漠にあったお家より広いですねぇ」
一階からシェリルたちの声が聞こえた――と思ったら。
「うわぁぁーっ、すっげぇー」
「お野菜のおうちぃ」
「あ、こらっ」
「ダメです、砂だらけの靴で上がっちゃぁ!」
はしゃぐ子供たちの声と、二人の怒る声が聞こえた。
「いやったぁー!」
「あたし二階がいいぃ」
「二階は兄ちゃんのに決まってるだろ」
「兄ちゃんずるーいっ」
「あにょね、あにょね。ミルね、ちっちゃいお部屋がいいの」
しばらく遊んでもいいよ――と招き入れたんだけど……。
「ボクたちもこのお家欲しい。エディだけずるいよ」
「オレが先に来たんだから、オレんちのっ」
いやいや君たち。ここは俺の家だからね。
「こらっお前たち! ここはユタカお兄ちゃんの家だろうっ」
「「えぇぇーっ」」
なんで「えぇー」なの?
オーリさんが来て子供たちを叱る。
ユタカお兄ちゃんの物を盗ったら、お兄ちゃんが困るだろうと言って。
うん、凄く困ります。
でも……。
「「うわあぁぁぁぁん」」
子供たちが一斉に泣き出した。
「ごめんなさい、ユタカさん。私が子供たちを中に入れてしまったせいで」
「いや、親であるわたしの責任だよルーシェ。本当に悪かったね、ユタカくん」
「泣いてたってこの家はユタカのなの。それともあんたたち、ユタカお兄ちゃんに外で寝ろっていうの?」
「ちがぁもん」
「じゃあ泣いてないで、お家をお兄ちゃんに返しなさい」
シェリルが厳しい口調でそう言うと、子供たちはしゅんとなってツリーハウスから出て行く。
あぁあ。ハウスの中が砂だらけだ。
けど、子供たちにとってツリーハウスは、よっぽど魅力的だったんだろうな。
「オーリさん。ツリーハウスの種は残り八個あるんだ。ひとり一軒は当然無理だけど、各家庭に一軒なら用意出来るよ」
「よ、用意って……スキルのことは昨日ざっくり聞いたが、大丈夫なのか? 無理して倒れられたら大変だ」
「うぅん。スキルを手に入れたのがそもそも最近のことで、それまでスキルなんて使ったこともなかったから分からないんだよね」
「確かに突然バタっといかれても困るわね」
「そうですね。私たちがいるときならいいですが、ひとりの時だと命にかかわりますし」
だよなぁ。
「たぶん魔力の消費量は、自然成長に必要な時間が長ければ長いほど、消費量も多いみたいなんだよね」
野菜を種から成長させたときと、杉の木を成長させたときじゃ抜けていく何か――たぶん魔力だけど、これが全然違う。
野菜は収穫出来るようになるまでと考えてスキルを使っているが、三、四カ月をスキルで成長させているはずだ。
杉は大きく育つまでと考えている。詳しい樹齢とかわかんないけど、一年や二年じゃないはずだ。もしかすると数十年かもしれない。
「となると、この家は木だ。結構な年数分を一気に成長させているだろう?」
「えぇ、たぶん。樹齢はまったく分からないけどね」
「そうか。子供の頃住んでいた村にも、枯れかけの木が何本かあった。あんなのでも、十年以上は生えていたらしいからね。それよりも立派なこの家は、数十年になるのかもしれない」
どのくらいスキルで成長させたら、俺の魔力って切れるんだろう。
確かめたいけど、どうやればいいのか。
「とにかく、今日のところは止めておいた方がいい。ま、まぁ、この家は、うん、いい家だけどね」
とオーリさんが照れくさそうに言う。
つまり……。
「じゃ、明日から順にみんなの家の横に一本ずつ成長させるよ」
「ん……ん……ありがとう。いやぁ、中は快適そうだね。あぁ、そうだ。子供たちが汚してしまったから、掃除をしないとな。うん」
「もう、オーリってば嬉しそう」
「ふふふ。でも本当にステキなお家ですものね」
「もちろん、二人の分も成長させるから」
そう言うと、ルーシェもシェリルも大喜びでぴょんぴょんと跳ねた。
「あ、でも、先に調べたほうがいいのでは?」
「確認?」
「はいです。ユタカさんの魔力量――というか、何年分成長させると、ユタカさんの魔力が枯渇するのかを」
とはいえ、どうやって調べたものか。
「そうだ。ボンズサボテンを成長させてもらうのはどうだ? 種から育てて最初に花をつけるのに、だいたい十年かかる。その後は五年に一度の周期で花を咲かせるだろう?」
「あ、いいですね。花が咲く回数を数えれば、何年成長させたか分かりますし」
「それでユタカがどのくらいで疲れるのか見ればいいのね。うん、いいんじゃない」
五年に一度花を咲かせるサボテンか。
うん。確かにそれだと花の開花を数えるだけで、何年成長させたか分かるな。
サボテンでの検証は明日。
今夜ゆっくり休んで、魔力をリセットしてからだ。
そして夜は天ぷら大会になった。
まぁ手持ちの野菜だと、タマネギ、人参、ナス、カボチャぐらいしか天ぷらに出来ないけど。
それと――
「んまっ。この黄色いつぶつぶ、甘くて美味しい」
「あま~い。兄ちゃん、これなんていうの?」
「それな、トウモロコシって言うんだ。美味しいだけじゃなく、栄養も豊富なんだぞ」
「「おぉ~」」
野菜の木にトウモロコシも生った。それを乾燥させて全部種にしておいた。
落ち着いたら他の野菜の木も育てたい。
日が暮れる前にオーリさんや他の大人の人が手伝ってくれて、俺のツリーハウスにベッドが運ばれた。
今はベッドだけ。
十分だ。
木材の心配もないし、少しずつ作って揃えて行こう。
そして翌朝――
「これがボンズの種だ。で、あれが成長したボンズだ」
「ウチワサボテンだっけか、それに似てるな」
真ん中に一本太い幹のようなのがあって、そこから枝の代わりに平ぺったくて楕円形の葉が縦に連なって生えている。
平ぺったいと言っても、厚みは二センチほどあるけど。
俺が知ってるウチワサボテンより棘は少なそうだ。
「じゃ、成長させるよ」
「ゆっくりとか出来ますか? お花が咲く回数を数えたいので」
「それなら、花が咲くまで成長させて、それからまた次の花が咲くまで成長ってやるよ」
いつものように種を芽吹かせてから地面に植える。
そこから成長させ、まずは一回目の花を咲かせた。
最初は十年。次から五年ごとだったな。
「次、五年後行くよ――」
こうして成長させては花を咲かせ、また成長させて花を咲かせ――。
その度にサボテンも大きく伸びて行って、時々触れる場所を変えながら成長させていった。
「サボテンの寿命は八〇年ぐらいだと聞いた。花を九回咲かせたら別の種を成長させよう」
「九回――ってことは五〇年?」
「それを過ぎると食用に向かなくなるんだよ」
「あぁ、なるほ……ん?」
食用……これ食べるのか!?
つまりこれは、検証をしつつ食料を育てているって訳だ。
結果。
五つ目の種を成長させて三回花が咲いた辺りで軽い眩暈を起こした。
俺が安全に成長させられるのは、二七〇年ってことが分かった。
野菜ならめちゃくちゃたくさん成長させられるな。
「たださ、このツリーハウスが何年成長したらこのサイズになるのかってのは、分からないんだよなぁ」
「そうよねぇ……」
「何歳なんですかねぇ、このお家」
眩暈を起こすまでスキルを使った後は、体がだるく感じた。
この状態でスキルを何回か使うと、気絶するらしい。
で、今はツリーハウスの中で、ぼぉっと横になっている。
右にはルーシェが、左にはシェリルが同じく横になっていた。
なんか慣れて来たな、この並びにも。
「うぅ、やっぱり木の床に寝転ぶのは、体が痛くなるな」
「ですねぇ。ユタカさん、ベッドでお休みください」
「お昼はこっちで用意してやるわよ。だから大人しく寝てなさいよね」
「了解でありまーす」
体を起こして立ち上がる。
二人を踏まないよう、床に気を付けて――ん?
そう言えば床、木目がくっきり……木目!?
「これだ!」
「ひゃっ」
「ど、どうしましたか?」
「床のこの木目、木の年輪だっ」
「「ねんりん?」」
これ数えて行けば、ある程度の木の年齢が分かるんじゃないか。
真ん中から数え始めると、二人も同じように年輪を数えだした。
「一五五ぐらい」
「私は一六八でした」
「一五〇よ」
「平均して一五七ぐらいかな。結構成長するんだなぁ。まだ大きくなりそうだし」
ってことは、一日にツリーハウスは一本までだな。
「あ……」
「ど、どうしたのっ」
「ユタカさん?」
じ、じぃーっと床見て年輪数えてたから、なんか目が回った。
倦怠感出てるのに目ぇ回したから、余計にどっと疲れた感じだ。
「……寝てなさい」
「寝てください」
「はい。了解であります」
二階に上がってベッドで横になる。
ベッドのマット、もうすこーし厚みがあったらなぁ。
まぁ贅沢は言えないけど。
マットの中身……中身……やっぱり、綿かな?
綿……そうだ!
「インベントリ・オープン」
種、種……あった!
綿の木!
綿の木ってことは、綿花だよな。
杉とかと同じで、これは普通のやつだろう。
綿。これをたくさん成長させれば、マットを分厚く出来るぞ。
それに綿があれば、糸や布だって作れる――はず!
「綿の種があるの!?」
「あれ? 綿を知ってる?」
「知っています。他所の集落で栽培されていますので」
「物々交換で、綿を貰うの。でも去年は収穫量が減ったからって、交換して貰えなかったのよね」
そうか。他の集落とは物々交換で交流しているのか。
「ならツリーハウスの方が落ち着いたら、次は綿花だな」
そう言うと、二人は嬉しそうに顔を見合わせた。
「ユ、ユタカさんは何か欲しいものありますか? 綿の生地で」
「あ、生地っていうか……マットの補強がしたいなと思って」
「やってあげる。だからその……」
二人はもじおじして、なかなか先を言い出せない。
物々交換、か。
「じゃ、マットのほうお願いするよ。代わりに綿、全部やるからさ」
「いいの!?」
「本当ですか!」
「うん。だってさ、俺……綿の加工の仕方とかまったく知らないし……」
「あ……そういうこと、ね」
俺は成長させるだけで、あとは二人に任せよう。
「はい、お待たせしましたぁ」
「塩を少しつけながら食べるのよ」
「おぉ、これがサボテンステーキか」
肉厚なボンズの葉っぱは、一枚でLサイズのピザに匹敵する。
その葉は今頃、他の家でもサボテンステーキとして食卓に出ているんだろう。
「白い、んだな」
「皮は堅いですし、凄く苦いので火で焙ってから剥ぐんです」
「生だと半透明の果肉なんだけど、熱を通すとこんな風に白くなるのよ」
「へぇ。初体験だし、最初のひと口はそのまま食べてみよう」
一切れボンズサボテンをフォークに刺して食べてみる。
ん……んー……
「歯ごたえはいいね。シャクシャクっとしてて」
「でしょ」
「でも味はあまりないんですよね。だからお塩を付けるんです」
だよねー。
まったく味がしない訳じゃない。でもどんな味かっていうと、答えられないほど薄味だ。
なーんかに似てるなぁ。
なんだろう?
んー……あ、そうだ。
山芋。あれに似てる。
ってことはもしかして。
インベトリを開いて、ある実を取り出す。
見た目は黒いソラマメ。俺が知ってるものより三倍ほどデカいし、何より黒い。
「ルーシェ、これお願い」
「しょーゆの実ですか? 温めればいいんですよね」
これは醤油だ。ただし液体ではなく、硬めのゼリーに近い。
熱を通すととろりと融けるから、まぁ結局液体の醤油と同じなんだけどさ。
それに気づいたのはこの二人。
俺だけだったら、醤油をゼリーのまま使ってたな。
融けた醤油にボンズサボテンをすこーしだけつけて食べる。
「んっ。やっぱり合う! 二人とも、食べてみて」
「んー……んっ。ほんとだ、塩より断然美味しい」
「このしょーゆ、本当になんでも合いますね。ボンズがこんなに美味しくなるなんて」
「そうだ。醤油の実、まだあるから他の家にも配ってやろう。使い方も説明して」
つける量はほんの少しでいい。
一家に二粒もあれば十分だろう。
醤油の実をテーブルの上に出すと、それを二人が小さなカゴに入れて――
「私たちが行きます」
「あんたは大人しく座って食べてなさい」
「お疲れなんですから」
と、言われてしまった。
……ひとりでご飯……寂しい。
あれ?
なんで寂しいなんて思うんだ?
今までだってひとりだったじゃないか。
両親がいなくなってから、ずっと。
こっちに来て、二人に出会ってからは三人で飯食ってたもんな。
昨日一昨日は大人数で、まるでパーティーのような食事会だったし。
たった数日なのに、誰かと食べることに慣れてしまったなんてなぁ。
「にーかいっ、にーかいっ」
「ちっちゃいお部屋ぁ」
サボテンでの検証をした翌日から、ツリーハウスの成長に取り掛かった。
木の家が出来る――となると子供たちは大はしゃぎ。
大人たちが「一日一本だ」「二本成長させたらお兄ちゃんが死んでしまう」と大袈裟にいったおかげで子供たちは納得。
そうなると今度は順番で揉め始めたが、そこは俺はあみだクジを作って決めた。
そして最初の一件目は四人家族のダッツさん宅。
一一歳と五歳の兄妹がいる。
二階は成長させれば自動的に出来上がるけど、小さい部屋はどうかなぁ。
「"成長促進"」
芽吹かせて、植えて、少し成長させて木になったら。
「よし、二人とも木に触って。ここからは二人も協力するんだぞ」
「触るの?」
「しゃわるの?」
「そ。それで考えるんだ。どんなツリーハウスになって欲しいかって」
「二階!」
「ちっちゃいお部屋ぁ」
二人が嬉しそうに木に触れてから、さらに成長させる。
俺んちが一六〇年弱だったから、樹齢一七〇年をまず目指そう。
ぐんぐんと伸びたツリーハウスは、俺のより少し背が高く育った。
「いったん中に入ってみるか」
「「わぁーい」」
ダッツさんとこの兄妹だけじゃなく、他の子供たちも我先にと入っていく。
「こらっ。入口で靴を脱ぎなさいっ」
「足も拭きなさぁーい!」
ダッツさん夫妻は大変だ。新居を汚されそうになっているんだから。
「俺たちも入ろうか。まぁ俺んちと同じだろうけどさ」
「でもワクワクしますね。こういうのって」
「木のニオイ、凄くいいよねぇ」
俺たち三人も中に入ってみた。
そして絶句した。
「なんで家の中に滑り台があるんだよ!」
二階へと上る階段横には、滑り台がある。
子供たちは大はしゃぎだ。
さらに吹き抜けから見える、三階らしきスペース。
三階……というかロフトみたいな感じか?
上がってみると、ロフトに上がる階段とそれにネット?
蔓で編まれたネットが階段に併設されていて、ちょっとしたアスレチック気分も楽しめるようになっていた。
ロフトには転落防止の柵もある。
いたれりつくせりじゃないか。
「ユタカお兄ちゃん、ちっちゃいお部屋あったぁ」
「え、あったの!?」
ミルちゃんが壁から顔を出している。
おぉ、壁の一部が膨らんでいて、大きなこぶみたいなのがある。
その中は小さな部屋になっていた。
「お兄ちゃん、どうじょ」
「おじゃましまぁす。あぁ、兄ちゃんだと立ったまま入れないなぁ」
天井の高さは一五〇センチもない。まぁ子供なら十分な高さだ。
広さにしても縦横一メートルほどしかない。
でも、秘密基地っぽくていいな。
「お兄ちゃん、ありがとう。ミルのお家作ってくれて」
「どういたしまして。でもお兄ちゃんひとりだと、こんな形にはならなかったなぁ」
きっと子供たちの願いも、スキルに上乗せされたんだろう。
ちょっとイベントみたいな気分でやってみたことが、こんな効果を生み出すとは。
「本当にいらないの?」
五日かけてツリーハウスを作った。
そして最後はルーシェとシェリルの分――と思ったのに、二人は必要ないという。
「あ、あのさ……あんたひとりじゃない」
「ん?」
「それで、その……私たちはユタカさんの家に、居候させてもらえたらなと思いまして」
「いそう、ろう……えぇ!? お、俺と一緒に、その、暮らすってこと?」
二人が頷く。
いや、待って待って。どうしてそうなるんだ。
「ひとりは、寂しいですの」
「え……」
「そ、それにっ。ち、中型モンスターより大きいのは入ってこれないけど、小型のやつとかは時々くるのよっ。でもそれって私たちにとっては、貴重な食料でもあるから。あ、あんたにミイラにされたら困るのっ。だから……守ってやるってこと」
「年に一回あるかどうかですけどね。ふふ」
「あ、あんたは砂漠に不慣れなんだからっ。だ、だから慣れてる私たちが、面倒見てあげるって言ってるの」
二人は俺のことを気にかけてくれてて、それで一緒に暮らそうって言ってくれたのか。
ひとりは寂しい。
そう、かもしれない。
両親がいなくなってから、ずっと考えないようにしていたことだけど。
やっぱし、寂しかった。
「じゃ……もう少し、成長させないとな」
そして我が家に、ロフトが出来た。
「いっぱい実ったわね」
「ほんと、たっくさん実りましたね」
「「綿」」
ルーシェとシェリルの二人が、嬉しそうに綿を見上げて言った。
見上げるとそこには、リンゴのように枝からぶら下がった綿がある。
おかしい。俺が知ってる綿と少し違うぞ。
なによりこの綿、バレーボールほどの大きさがある。
そういやインベントリには『綿の木』って書かれてたな。
木……そういうことね。
二人の様子からすると、これが普通サイズっぽいな。
「まぁ、いっぱい生ったわねぇ」
「ユタカくんが成長させたものは、どれも立派だわぁ」
ご近所の奥様方も集まって、みんなで綿の収穫を始める。
俺の仕事はここまで。
あとは任せてオーリさんたちの方へ向かった。
「手伝いに来たよ」
「お、きたきた。こっちの準備も出来てるよ」
「いやぁ、荷物を何も持たなくていいってのは、助かるなぁ」
「いくらでもコキ使ってよ。いくら入れてもまったく重くないからさ」
集落で暮らすようになって十日。
これから岩塩を採掘しにいく。採掘場が少し山を登った所らしい。
「岩塩が採れるってことは、ここは昔、海だったってことか」
「言い伝えではね、大昔の神々の戦いの時に隆起した大地だって言われているんだ」
神々、か。
スキルがあってモンスターがいる世界なら、神様も実在するんだろうな。
ピッケルやカゴ、それから水の入った瓢箪と食料をインベントリに入れ、俺たちは出発した。
しかし、山を登るって言ってたけど……これは……。
「崖……」
「あぁ、ここを登るんだ。ほら、あそこに足場があるだろう」
「足場……あれ足場って言うの!?」
ほぼ垂直に近い崖。
その崖からサルノコシカケみたいなのが生えていた。
もちろん、デカい。
人が二、三人座れそうなサイズだ。
そのコシカケからロープが垂れ下がっている。
いやぁーな予感しかしないな。
「こいつで登るんだ」
オーリさんが笑顔でロープを掴んだ。
マジか。
「なぁに、心配しなくてもあのキノコは頑丈だ。二、三人乗ってもビクともしないし」
「え、キノコ?」
「そう、キノコだ。硬いから食用には出来ないがね」
キノコ……成長、出来るんじゃね?
「おっほ。こいつはいい」
「ははは。キノコで階段を作るとはなぁ」
足場のキノコを少し成長させ、まずは胞子を手に入れる。
文字通り、手に――だ。
手に着いた胞子を崖にこすりつけて、人が乗っても大丈夫なサイズまで成長。
成長させたら、斜め上の位置で同じように胞子をこすりつけ――を繰り返す。
キノコ階段の完成だ。
崖の高さは三〇メートルほどあるんで、さすがに少し怖い。
上まで行くと、少し開けた場所があった。
その先はまた崖。下の方に穴がある。
「あの穴?」
「そうそう。俺たちの親の代からの採掘場なんだ」
入り口は狭いけど、中は数人入っても余裕のある大きさになっている。
というか岩塩を掘ることで広くなっていったんだろうな。
ピッケルで壁を砕けば、それが岩塩だ。
ざっくざくじゃん。
大きなカゴ二つに岩塩がいっぱいになったら、またキノコ階段を下りて集落へと戻る。
普段は崖を登るのに時間が掛かるから、一日がかりの作業らしい。
それが半日ちょっとで終わってしまった。
「ただいまー。岩塩いっぱい採って来た――あれ、どうしたんだ二人とも」
帰宅すると、二人がテーブルに突っ伏していた。
「あ、おかりなさいユタカさん」
「早くない?」
「あーうん。崖に生えてたキノコを成長させて、階段を作ったんだ。それで上り下りが早くてね」
「キノコで階段? はぁ、よくそんなこと思いつくわね」
「キノコを足場になんて、普通は考えないけどな。で、そっちはどうしたんだよ」
そう聞くと、二人は大きなため息を吐いた。
「ユタカさん、すみません。せっかく綿を育てて貰ったのに」
「ま、まぁベッドの補強には使えるわよ」
「ん? どういうことだ」
「実は……綿を紡ぐための道具が……」
道具が?
「もう何十年も使ってたヤツなのよ」
「あぁ、もしかして壊れてたとか?」
二人が同時に頷く。
「集落に一つしかなくて」
「手作業でも出来るけど、凄く時間がかかるのよ」
「ダッツおじさんに修理出来るかどうか見て貰ってから、どうするか考えようってことになりました」
「でも修理出来るかな、あれ」
「うぅん、無理っぽいですねぇ」
二人の様子から、かなり酷く壊れてたみたいだな。
「でも新しく作れるほどの木材もないし」
「そういや、ここで使ってる木製のものって、どうやって手に入れたんだい?」
「あ、それは行商人さんとの物々交換です」
「でも故郷の村にしかこないのよ。各集落を回ってたら、それだけで数カ月かかっちゃうから」
しかもいつ来るか分からない行商人相手だから、事前に村の方へ物々交換出来る物を渡しておかなきゃならないらしい。
なるほど。外から仕入れていたのか。
「木材、あればいいんだよな?」
それならお安い御用だ。
翌日、樫の木を数本成長させた。
ガタついてる椅子やテーブルもあるし、どうせなら新品にしたい。
「よぉし、それじゃあ作るか。みんなも手伝ってくれ」
ダッツさんの号令に、みんなが元気よく返事をした。
まずは、糸紡ぎ機だ。
「ん? お前だけ収穫されなかったのか」
野菜を収穫し終えたら、枯らしてから燃やす。肥料にするためだ。
そのために追加成長をさせようとしたら、緑色の小さなトマトが一つだけ残っていた。
小さすぎて気づかれなかったのかもしれない。
このトマト、一昨日成長させたやつだから、早くも枯れ始めているんだよな。
まぁこの暑さだし、仕方ない。
しかも夜は逆に寒いしな。一日の寒暖差が酷いんだよ、ここは。
「枯れるのとこいつが赤く育つの、どっちが先かなぁ」
せめてこのトマトだけを成長させられたり出来ればいいのに。
「"成長促進"」
緑のトマトに触れたままスキルを使うと、トマトはすくすくと成長して赤く染まった。
「お、赤くなる方が早かった……か?」
おや?
他がまったく成長していない。いや成長というか、枯れてない?
他の苗は十日も追加成長させたら枯れてしまうのに。
こいつは……トマト、だけ?
もしかして一部分だけ成長させられたり、出来るとか。
「試してみよう。んーっと。よし、あのカボチャで確かめるか」
実ったばかりで、まだ花を頭に付けたカボチャがある。
周りには他のカボチャもいくつかあった。
このカボチャだけを成長させよう。
そう考えながらスキルを使った。
数秒のうちに立派なサイズに成長する。
周りのカボチャは……さっきと同じサイズのままだ。
「出来るんだ、局部的成長って」
「どうしたの? あ、カボチャだ」
シェリルは成長したカボチャを見て、嬉しそうにする。
カボチャ、甘いもんな。
野菜の木の種、まだ残ってるしサツマイモが出たら喜ぶだろうな。
「さっき見た時には、収穫出来そうなサイズのものはなかったですが」
「うん。どうやら一部だけをスキルで成長させるってことが出来るみたいだから、確認したんだ」
「「一部だけ?」ですか?」
さっきと同じように、手近なカボチャだけを成長させて見せた。
「な。こいつ以外のカボチャはそのままのサイズだろ」
「本当だわ。ひとつだけ成長させられるのね」
「いろいろ出来るのですねぇ」
「だね。これ、成長させたい実に触れている時だけなのかな……あの実だけ成長させたい。"成長促進"」
触れていない、視線の先にあるカボチャだけ成長させたいと考えてスキルを使った。
出来た。
「触れているものの一部なら、どこでも自由に成長させられるのか」
「ふぅーん。じゃあ、たとえば……心臓だけ、とかも?」
「ん?」
「行ったわよユタカ!」
「おう!」
心臓だけとか、どこの誰を暗殺させられるんだと思ったら。
相手はモンスターだった。
岩が点々とする彼女らの狩場。
そこで二人が、俺が隠れている岩場までモンスターを誘導する。
俺はすれ違いざまのモンスターに一瞬触れ、「心臓だけ止まるまで成長しろ!」と叫びながらスキルを唱えた。
叫ぶのはたんに気合を込めてるだけ。深い意味はまったくない。
『ゲウッ』
サイに似たモンスターが一瞬、えづくような声を上げてそのまま岩に激突。
「や、やったか?」
「動かないみたいね」
「えぇっと――死んでいますね」
「おおぉ!」
い、いや、喜ぶのはまだ早い。
ただ単に寿命まで成長させただけかもしれないし。
二人が死体をチェックする。
サイに似ているが、大きさは五トントラック並み。そして角は左右に伸びていて、ここだけみると闘牛のようにも見える。
あの角、そして硬い皮膚が素材として使えると二人は言ってたな。
あと肉も美味いって。
「ユタカさん、大成功です!」
「皮膚のはりは残ったままだし、肉にも弾力があるわ」
「素材もお肉も、無事ですよ」
「本当か! やった、これで――」
ん?
これで?
「これであんたも、狩りで役に立つわね」
「ふふ。戦力増強ですの」
そう、なりますよねぇー。
はぁ……こりゃ体を鍛えた方がよさそうだ。
「水、来たわよぉ」
離れた場所から、シェリルの声が聞こえた。
集落には井戸がない。
代わりに崖の途中から、ちょろちょろ零れ落ちる水がある。
山の上のほうで降った雨水が、地下を通って流れて来たものだ。
水量は少ないが、ずーっと出続けているのでギリギリ最低限の量はある。
いや、むしろ水受けから零れて地面にしみ込んでるぐらいだ。
その水を無駄にしないために、新しい水受けを作った。
材料ならいくらでも用意できるからな。
しかも水汲みまでの距離を縮めるために、竹を水道管のようにして使って、集落の中心まで水を引いた。
「よし、竹の水道管も水漏れもはなさそうだな」
「ですね」
途中で副産物のたけのこも収穫して、焼きたけのこにしてみたけど美味かったなぁ。
「こんな大きなバケツは、初めて作ったよ。おかげで何度か失敗したけれどね」
そう言いながらも、ダッツさんは満足気だった。
大きなバケツ――桶の直径は一五〇センチあって、深さは一メートルほど。
それにしてもこの桶見てると、風呂に見えてくるな。
「風呂……入りたい」
「ふろ? ユカタさん、なんですかそれ」
「あー……お湯をたくさんためた、これみたいなヤツ。ほら、バケツの水で体拭いてるだろ? そうじゃなくって、お湯を張った大きなバケツの中に入って温まるんだ」
「バケツの中に入るのですか!? あ、でもこのぐらい大きなバケツなんですよね」
「うん。丸くなくてもいいんだ。四角でもさ」
ここでは風呂に入る習慣がない。
というか、そこまでの水がないから仕方ないんだけどさ。
落ちてくる水の量から考えると、一日かけてもこの桶いっぱいにはならないだろう。
飲み水、料理に使う水は、絶対に欠かせない。
洗濯、畑に撒く水、体を拭くための水。ここをずっと節約してきた。
もっとも、俺がここに来てからは水の木のこともあって、数日に一回だったのが毎日出来るようにはなったけれど。
新しい桶で水を溢すことがなくなれば、水の木の分が余る。
いや、少量の水しか畑に撒けてなかったし、余った分はそっちに回すべきなんだろうけど……。
でも風呂……入りたいな。
水の木を増やすかなぁ。でもいつ枯れるか分からないし。
畑に水を撒くのを止めるか?
俺のスキルで野菜はどうにでも出来るし。
ただなぁ、そうなると俺がいなくなったら途端に野菜が育たなくなってしまう。
俺だっていつかは寿命で死ぬんだ。その先のことも考えると、土壌の改善は絶対に必要だ。
畑に撒く分の水も減らせない。むしろ増やさなきゃいけない方なのに。
「水、もう少し湧き出てくれればいいんだけどなぁ」
「俺たちがこの地に来た頃は、今よりももう少し水の量は多かったんだけどなぁ」
ダッツさんが両親とここへ来たのは、十歳頃らしい。
岩塩がある。水もある。そして渓谷の底というのもあって、日陰になっている時間も長い。
それでこの地で集落を作ることを決めたんだとか。
「ここに定住するようになって二、三年経ったころだったか、大きな嵐が来てね。まぁここは地形のこともあって、風の被害はなかったんだけど……それからさ、水の出が悪くなったのは」
「上の方の水脈が塞がったとか、なにかあるのかな」
「かもしれないね。ただ水脈がどこにあるのか、分からないからさ」
地下を流れてるのなら、探しようがないよな。
「石炭を取りに?」
「「せきたん?」」
「ごめん。燃える石に似たもので、石炭って呼んでたんだ」
晩飯の時、二人が『燃える石』を取りに行かなきゃならないと伝えてきた。
見た目は黒い泥団子。
燃えるから石炭なのかなと思うけど、俺も実物を見たことがある訳じゃないしな。
でも燃える石ってきくと、やっぱり石炭を連想するよなぁ。
集落では火を起こすとき、この燃える石を使う。
あと日中なら鉄のフライパンを日向に置いておけば、薄い肉ぐらいなら焼けるから石の必要もない。
とはいえ、明け方や夜は石がなきゃ料理が出来ないからな。
燃える石もここでは必需品になる。
「後ろの山を結構登って、西の方に行ったところなのよ」
「片道二日は掛かります」
「結構遠いな。石拾いは二人の担当?」
「いえ、交代で行っているのですが、その……」
「あんたの収納魔法に入れさせて貰えたら、一度にたくさん持ち帰れるから」
なるほど。
石だもんな。重たい分、一度も持って帰れる量に限界がある。
二人の話だと、毎回四人で行って一カ月弱分の量なんだとか。
でも俺のインベントリなら大量に入るから、何か月分でも持って帰れるだろう。
「いいよ。一緒に行く」
「本当ですか! よかったぁ」
「なら私たち三人で充分ね」
集落にだって常に大人を残しておかなきゃならない。
小さな子供がいるし、極まれに小型のモンスターが来ることもあるから。
俺がここに来てから二匹ぐらい姿を現したことがある。
小型といっても大型犬ぐらいのサイズがあるから、子供たちが襲われれば大変だ。
「採掘なら、ピッケルがいるよな。オーリさんに借りてくるよ」
「え、掘削なんてしないわよ」
ん?
石、だよな?
翌朝、明るくなってから直ぐに出発。
サルノコシカケモドキを登り、そのついでに胞子を採取。
それには二人が編んでくれた綿のタオルを使用。
真っ白なタオルに付着した薄茶色のが胞子だ。
崖を登ったらまた次の崖に登る。
その時に採取した胞子でサルノコシカケモドキを成長させていく。
一つ成長させたら斜め上に次のコシカケを。それを繰り返して階段を作って行った。
そのおかげか、二日かかると言っていた道のりも、翌日の昼前には到着。
そして理解した。
ピッケルがいらない訳を。
「まさかこれが?」
荒れ地の中に、そこだけ真っ黒い地面があった。
「そ。これが燃える石の材料よ」
「ざい、りょう……」
ってことはまさか、これから石を作るのか!?
「これを丸めて乾燥させ、乾いたら上からまた土を追加して乾燥させて、それと何度か繰り返して作った物が燃える石なんですよ」
ルーシェはそういってにっこりと笑う。
完全に泥団子の作り方ぁぁぁぁぁ!
最初はビー玉サイズで丸めて、その辺に置いておく。
切り立った山を登り、登り、そして奥へ進んで下り……ここ自体はそう標高は高くない。
だから気温も高いし、ジリジリした太陽は照り付けている。
さすがに炎天下で泥団子作りなんてしてたら熱中症で倒れてしまうから、樫の木を一本植えて日陰を作った。
「捗るわね」
「そうですねぇ。いつもは泥をバケツに入れて、あちらの日陰まで移動してやってたんです」
「でもそれだと泥をまた取に戻らなきゃいけないから、それが手間だったのよ」
ルーシェがいう「あちら」とは、大きな岩が見えるところだ。
二〇〇メートルぐらい離れているのかな。
まぁ近いと言えば近いけど、泥を運ぶと考えるとちょっと遠くもあるな。
「この土、湿り気があるな」
「はい。この辺りの地下は水分を含んでいるかもしれないですね」
表面だけは乾いていたので、引っぺがして裏返しにして乾燥させる。
湿っていると火が点かないんだとか。
引っぺがした下は粘土のような肌触りで、水を含んでいるのが分かった。
この下に水が流れているんだろうか……。
いや、そうだとしても集落まで水を引くのは無理だな。距離がありすぎる。
「ここで五日間、ひたすら団子作りかぁ」
「つ、疲れたら、休んでてもいいわよ」
「そうですっ。ユタカさんは、石を収納魔法に入れてくれさえすればいいので」
「いやいや、団子作りぐらい手伝うよ。単調作業だから、ちょっと飽きてきたってだけだからさ。二人は飽きない?」
だってひたすら、手でくるくる丸めてるだけだもんなぁ。
疲れるって訳でもなく、ただただ飽きただけ。
「そうね、ずっと捏ねてるだけだもの、飽きるわよそりゃ」
「えぇ~、シェリルちゃんは飽きてたの? 私は全然平気。すっごく楽しいもの」
「「えぇ……」」
「な、なんですか二人して。そんな目で見ないでくださぁい」
そういえばルーシェの泥団子、めっちゃ綺麗な丸だよな。
それに比べて俺とシェリルの団子は、わりと適当。
こんなのが楽しいとはなぁ。
日が暮れる前にテントを張って、晩飯の準備をする。
燃える石は使わず、持ってきた薪で火を起こした。
「なぁ、乾燥を早めるなら、夜の間は焚き火の周りに団子を転がしておけばいいんじゃないか?」
「え、でも薪が足りなくならない?」
「大丈夫さ」
インベントリから種を取り出す。
樫の木は樹齢が長いから、薪として燃えやすくするため枯らすのに数百年分成長させなきゃならない。
それが無理なので、使うのは桜の木だ。
ただし、種じゃない。枝だ。
「桜は種じゃなく、枝を植えることで増やせるんだ」
と聞いた気がする。
まぁだからインベントリに枝が入っていたんだろうけど。
「枝で?」
「木の寿命は六、七十年ぐらい。まぁ一〇〇年以上生きるのもあるらしいけど」
さっそく成長させる。
ぐんぐん伸びて、何度か開花を繰り返してようやく満開になった。
「はぁ……すご、い」
「なんて綺麗なんでしょう」
「この辺りで枝を折っておこう」
ポキポキと枝を折る。
試しに地面に植えて、成長させてみた。
お、ちゃんと成長するじゃん。
魔力温存のために、こっちは放置。
最初のヤツだけ追加でスキルを使い、ミシミシっと幹に亀裂が入った所で成長は止まった。
「あぁ……」
「綺麗なお花が……」
な、なんでそんな悲しそうな顔するんだよ。薪が必要なんだから、いいじゃん。
……。
「あぁ、分かった分かった。集落に戻ったら、桜の木、植えてやるからっ」
「本当ですか!?」
「やったぁっ」
きゃっきゃとはしゃぐ二人。
花ぐらいで……そう思ったけれど、まぁ、いいかもな。
異世界で花見なんて、うん、いいかもしれない。
黒い泥団子をせっせと丸めて乾かし、泥を追加して丸めて乾かし。
ゴルフボールほどの大きさになったら完成だ。
泥を成長させられれば、簡単なのになぁ。
まぁ生きてないんだから仕方ない。
そうして五日目、今日で団子作りも終了だ。
インベントリの中には燃える石が、二五〇〇個とちょっと入っている。
一家で一日に六個から八個使うが、何度か繰り返し使える。
「これで三か月分ぐらいじゃない?」
「そうですね。たくさん作れました。これでしばらくお団子作り出来ませんね」
と、ルーシェはやや寂しそうだ。
そんなにか……そんなに楽しかったのか。
「ま、今日の分、頑張って丸めますかね」
「「はーい」」
明日にはここを出発するから、出来るだけ丸めておきたい。
乾いてない分は集落に戻ってから日向に置いておけばいいし。
ころころころころ。
ころころべちゃべちゃころころ。
昨日なんか夢の中でもころころしてたなぁ。
そんなことを考えていると、ゴロゴロと岩が転げ落ちてくるような音が聞こえた。
「落石?」
落ちて来た丸い岩はそのままごろごろ転がってこっちに向かって来る。
黒くて丸い岩……まさか、泥団子の逆襲!?
だが岩は十数メートル手前で、パタリと止まった。
よく見たら岩じゃない!
手足があって、鼻が長くて、こげ茶色……え、これモグラ?
いやでもデカい。
一メートル以上あるし、何より服を着ている。
デカいモグラ=モンスター!?
「ルーシェ、シェリル。これっていったい?」
「わ、分かんないわよっ。こんなの、見たことないもん」
「ってことはやっぱり、モンスターってことでいいんだよな」
右手を構える。
その時、モグラがピクリと動いた。
「――けて」
「うひぃっ。し、しし、喋った!?」
喋れるってことは、知能が高い証拠。
知能の高いモンスターなんて、厄介でしかない。
早めに殺っておこう。
「たす、けて……父ちゃん、母ちゃんを、たす、け……」
「え?」
「ユタカさん、待ってくださいっ。父に聞いたことがあります。この砂漠のどこかに、亜人種が住んでいるって」
「あ、亜人?」
「そ、そう言えばそんな話、聞いたことある、ような?」
モンスターじゃないのか。
「たすけ、て」
伸ばした手はモグラのそれにそっくり。
つぶらな瞳で、もこもことした体……ちょっと、かわいいかもしれない。
『キシェアアァァァッ』
「な、なんだ?」
モグラが転がり落ちて来た斜面の上からだ。
「とうちゃ……母ちゃん……」
上にこいつの両親がいるってことか?
あの声はその両親なのか、それとも……。
突然のことで動転しているけど、目に涙を浮かべて助けを求めるモグラを放ってはおいて……いいのか?
「あぁ、クソっ。二人はここにいてくれ」
「な、なに言ってんのよバカっ」
「そうです。戦闘でしたら私たちの方が慣れているんですよ」
ですよねー。
モグラを一匹にしておくわけにもいかないし、こいつを担いで斜面を登った。