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「ああ、あったあった。ちゃんと片付けてくんなきゃ見つからないっての。お母さん、相変わらず整理が下手よね」
 水池家のリビング、木製のチェストから絆創膏の缶を取り出した未奈ちゃんが、困った感じで呟いた。対面に位置するソファーベッドにいる俺に、ゆっくりと歩み寄ってくる。
 白を基調としたリビングはシック感じで、テレビ、本棚、木製机、カーペット、ソファーベッド。どれを取ってもごく普通だった。
「ありがと。後は自分でやるよ」絆創膏を受け取るべく、俺は左手を差し出した。
 だけど未奈ちゃんはフィルムを剥がしつつ、それをスルーした。未奈ちゃんは絆創膏を傷に当て、両サイドの接着部分をぐっと押さえる。
「未奈ちゃ……」「うだうだ言わずに黙ってろ。とっとと終わらせるから」
 直立する未奈ちゃんはつまらなさそうな調子で、俺の言葉にかぶせた。傷に目を遣る未奈ちゃんを、俺は見つめ返す。ふんわりと、女の子特有の甘くて優しい香りが鼻をくすぐる。
 数秒後、未奈ちゃんは離れた。わずかに細めた目で、俺の顔の傷のあたりをじっと見ている。
「楓ちゃんはやっぱ凄いね。今日はあの子が日本の宝たるゆえんを、まざまざと見せつけられた感じだよ。俺とはやっぱモノが違う。悔しいけど、厳然たる事実だね」
 静かな気持ちで思いを吐露した俺を、未奈ちゃんは揺れない瞳で凝視し続けている。
「いつになく悲観的ね。そんな自分を卑下する必要はないわよ。高いモチベーションに素直な姿勢。人間出来てるし、あんたは絶対上に行く。今は単なるカス選手だけどね」
 初めて耳にした率直な賛辞に、俺は耳を疑った。
「未奈ちゃん、やっぱり俺のこと……」
「あー、やめろやめろ。あんたはほんっと、すーぐそっちに話を持ってくんだから。そのわけのわかんない思考法、どうにかしなさいよ。ったく、たまに褒めたらこれだ。柄にもないことはするもんじゃないわね」
 かわいらしく照れる未奈ちゃんを見ながら、俺の心は暖かくなり始める。
 サッカーへの思いの強さ故にむちゃくちゃ言うこともあるけど、やっぱり未奈ちゃんは基本的に面倒見の良い女の子だ。今日もきっちり手当してくれたしね。
 ほら、「愛の反対は憎しみじゃなくて無関心」って言葉があるじゃんか。ほんとにどうでもいい相手には、何にも言ったりしないって。
「あと未奈ちゃんって、皇樹のことが好きなんだよね」
 俺は超真剣に秘密事項を口に出した。
 未奈ちゃんが固まった。
「な、なんでそう思うのよ。いったいどこにどんな証拠があって、私があのサッカー馬鹿を好きだって……」
 すぐに身体全体で慌て始め、未奈ちゃんはごにょごにょと言葉を濁した。
「今はそれでいいんだよ。でもこれだけは知っといてね。俺は世界中の誰よりも未菜ちゃんが好きで、誰よりも大切にする自信があるよ」
 俺の真摯な宣言に、未菜ちゃんの挙動不審が止まった。表情は静かなものとなり、俺たちは再び見つめあう。
 その後? 別に何もなく帰ったよ。絆創膏は当然、家宝認定、クリアケースに入れて永久保存したけどね。