あの子の秘密は地雷系

 黒いフリルのついたスカートに、大きなリボンを基調としたトップスを合わせる。涙袋とアイライナーを濃くはっきりと描き、髪はツインテールでまとめる。
 鏡の前でくるっと一回転して今日の出来栄えを確認する。

「うん! 上出来!」

 新調した鞄を手に持ち、厚底ブーツを履けば完成。
 私は週一回、学校がないこの日曜日を生きがいに学校生活を送っている。
 別に学校が嫌いなわけじゃない。だけど学校では自分の好きな格好が出来ないし、知り合いの前では恥ずかしさが勝ってしたいと思えない。遊ぶときだって無難な服を着るようにしている。
 だからこの日だけは家の誰よりも早く起きて、誰よりも早く自分の好きな姿で出かける。それが私の楽しみだった。
 電車に揺られながら買いたい服のリストを眺め、何を買うか頭の中でシュミレーションする。
 鞄は新調したばかりだし、買うとするならブーツだ。今履いているものも汚れや解れが目立つようになってきたから丁度いい。
 駅に着き、改札を抜けてから一目散にお目立ての店に行く。今度はどんなブーツにしようか、そんなこと考えているといつの間にかお店の前まで着いていた。
 一通り店内を見てから目に止まった物を手に取る。それは私が今まで履いたどのブーツよりも厚底で、サイドにチェーンの飾りが施されていた。
 普段はリボンの飾りがついたブーツしか履かない私だけれど、不思議とそれに魅了された。
 気がつくと私はレジにブーツを持っていき、お金を払っていた。
 好きな物の誘惑は怖いな、なんて思いながら気になっていたカフェに足を進めていると、後ろから声をかけられた。

「あの、すみません。これ落としましたよ」

 振り向くとそこには同い年くらいのパンクファッション姿の男の子が、私のハンカチを片手に持っていた。

「あ、ありがとうございます」

 地雷系ファッションに身を包んでいてもいつもの内気な性格は変わらなくて、言葉に詰まってしまう。
 私が今こんな格好をできているのが奇跡なくらい、普段は陰のオーラに包まれている。

「えっと、じゃあ失礼します」

 ハンカチを受け取ったあとも何故かその場から動かない彼の視線に耐えられず、逃げるように軽く頭を下げて走り出した。
 変な服だって思われたかもしれない。でも彼も似たような服を着ていたし、きっと私の気にしすぎだ。
 冷や汗が頬をつたる。ああ、嫌だ。どうして私は私が好きな服を来ているだけなのに、こんなにも周りの目を気にしているんだろう。
 もっと堂々としている方が服だって輝くはずなのに。
 そんなことを考えていると、ビルの大きな窓に反射した自分の姿が視界に入った。

「似合ってないよね……」

 どれだけ見た目を取り繕っても、そこには自信のなさが現れている。
 最悪の気分の中、カフェに行くメンタルを私が持ち合わせているわけもなく、その日はいつもより早く家に帰った。


   ***



 あれから数日後の朝、私は学校の準備をするためにベッドからもぞもぞと這い出ていた。
 部屋の壁にかかっている制服に腕を通し、薄く淡い色のアイシャドウでメイクをしていく。髪は低い位置でひとつに括る。全ての準備をし終えたあと、朝ご飯を食べにリビングへと向かう。

「瑠奈、おはよう。ぱぱっと食べなね」
「うん、わかってる」

 お母さんの言葉に返事をすると同時に席に座り、食パンにイチゴジャムを塗りたくる。

「あ、そうだ。あんたそろそろ買った靴しまいなよ。いつまでも玄関に置かれてちゃ邪魔だからさ」
「ん〜、そのうちするよ」

 適当に言葉を返しながらパンを口に運ぶ。ちらっと時計を見ると、あと十分で学校行きのバスが出発してしまう時間に迫っていた。
 用意されていたカフェラテで無理やり流し込み、スクールバックを手に玄関を飛び出す。

「行ってきます」
「気をつけなさいよ!」

 お母さんの声を背中に受けながら、バス停まで全力で走る。ギリギリのところでなんとか乗り込むことができたけど、体力がない私の息は上がってしまっている。
 運良く空いている席を見つけ、腰を下ろとすぐにバスは出発した。揺れる車内でぼうっと窓の外を眺めながら、学校近くのバス停に着くまで時間を潰した。
 バスから降りると同じ制服を来た生徒をちらほらと見るようになる。その波に紛れ、学校までの道を歩いて正門を通る。 
 ローファーから上靴に履き替えてから、自分の教室に向かう。もう既に来ている人達は心做しか、どこか浮ついているように見えた。

「瑠奈、おはよう!」
「おはよう、菜月。今日何かあるの?」

 一年のときから仲がいい菜月に話しかけられ、あいさつし返すついでに気になっていたことを聞いてみた。

「あ、わかる? 今日転校生が来るらしいよ。朝早く来た人が担任と歩いてる男の子を見たんだって」
「へぇ、そうなんだ」
「まあ噂なんだけどね」

 転校生が来たところで、私にはきっとなんの関係もない。コミュ力の高い人たちが最初に話しかけて、その人と仲良くなるのが落ちだ。
 私は自分の席に座り、教科書を取りだしながら席が前後である菜月と喋っているとチャイムが鳴った。
 先生が教室に入ってくる。すると、今まで騒がしかった教室が一瞬で静まり返った。
 みんな転校生について早く知りたいんだろうな、なんて他人事のように考えていると先生が話し始めた。

「もう知っているかもしれないが、今日このクラスに転校生が来る。入ってきてくれ」

 先生がドアに視線を移すと、みんなそれを追ってドアをまじまじと見ている。
 張り詰めた空気のなか、ドアが静かに開いて男の子が入ってきた。肩より少し上くらいまで伸びた髪に、ツリ気味で大きな目。決して体は大きくなく、華奢な方なのにその存在感に目が離せなくなる。

「それじゃあ自己紹介を頼む。名前を黒板に書いてくれるか?」

 言われた通りにその男の子は黒板に自分の名前を書き、自己紹介を始めた。

「元木拓磨です。ここに来てまだ数日なので色々教えてくれると助かります。よろしくお願いします」

 彼が頭を下げると教室中から拍手が送られた。転校生は私の学校では珍しく、みんな質問タイムは今か今かと待っている。

「ありがとう。それで質問タイムのことだが……授業が他クラスより遅れてるから休み時間にでもやってくれ」

 さっきの拍手とは裏腹に今度は、先生に向けて教室中からブーイングが巻き起こった。

「スムーズに進んだら授業の最後に時間を取ってやる。その代わりくれぐれも騒がないように。元木はあそこの空いてる席に座ってくれ」
 
 先生が指名したのは一番後ろの窓側から二番目の席だった。つまり、私の右斜め後ろということになる。
 元木くんが私の隣の通路を歩いてその席に向かっていると、ばちっと目が合った。

「君、あのときの……」

 元木くんは驚いたように目を見開いて、私を見つめたまま動こうとしない。

「なになに? 瑠奈知り合いなの?」

 菜月が興味津々といった様子で身を乗り出し聞いてくるが、私には何も心当たりがない。

「そんなんじゃない、初めましてのはずだよ。多分ね」

 みんなの視線がこっちに集まってくる。どうしたらいいのかわからず、元木くんに会釈だけすると、彼ははっと我に返ったみたいで席に腰を下ろした。
 もしかしたら私が忘れているだけかもしれない。でもあんな不思議な存在感がある人をそう簡単に忘れるものだろうか。
 考えれば考えるほど、わからなくなる。ただでさえこれから難しい授業が始まるというのに、これ以上他のことに頭を使いたくなくて途中で思考を放棄した。

 その後、授業が終わり休み時間になると元木くんの周りに人だかりができていた。結局、授業中に質問タイムが取られることはなくて、我慢の限界に達した人たちがチャイムと同時に集まって来たのだった。
 他クラスの生徒もドアや窓からその様子を伺っている。

「元木くんはどこから来たの?」
「彼女とかいるのか?」
「どんなスポーツが好きなんだ?」

 各々が好き勝手質問をするせいで、その中心にいる彼は眉を下げ困ったように笑っていた。

「私も瑠奈との関係聞きたかったのになあ。今は無理そうだね」
「本当に何の関係もないから」

 そう言いながらみんなの質問一つ一つに丁寧に答えている元木くんをちらっと見ると、また目が合ってしまった。慌てて視線を逸らす。

「まあ、瑠奈がそう言うなら信じるけど……」

 つまらなそうに頬を膨らませる菜月に「ごめんね」と笑いかける。元木くんの話から離れて、二人でさっき受けた授業の話をしていると、当然何かを思い出したように菜月が声をあげた。

「そういえば新しく服屋さんがオープンするんだって。ほら! 瑠奈こういうの好きだったよね? 今度一緒に行かない?」
 
 菜月が手に持ったスマホに映し出されていたのは、大人の女性に似合う清楚系の服だった。これは私が菜月と遊ぶときによく着る系統の服だ。だけど、私が好きなのはこれじゃない。これはただ、自分の趣味を隠すための手段に過ぎないものだから。

「瑠奈? どうかした?」
「ああ……うん、好きだよ。とっても可愛いと思う。でも最近金欠だからな……」

 私が金欠なのは本当。数日前にあのブーツを買って、今は貯金がない。学校とバイトの両立を心がけていると、あまりシフトを入れることも出来ない。

「そっか、残念。じゃあまた余裕あるとき行こうね!」
「うん、約束ね」

 菜月は私の親友。だからこそ、その彼女に自分の趣味を知られるのが怖い。それに何より、そういう姿をしている自分を見られるのが恥ずかしい。そう思うと、自然と自分を取り繕ってしまう。
 
 休み時間の終了を知らせるチャイムが鳴り響く。菜月も私にある自分の席に戻っていった。深く重いため息が漏れる。今日もまた彼女に嘘をついた。
 罪悪感を感じながらも私はこの嘘だらけの自分をやめることができずにいた。


   ***


 放課後になると、菜月はテニスの部活があるため、早々と部室に行ってしまった。他の人たちも次々に教室を出ていく。今日はバイトもないし、私も早く帰って休もうとスクールバックに手をかけたとき、ひとつの影が私の上に落ちてきた。
 誰かと思い顔を上げると、そこには元木くんが立っていた。彼は何か言いたげな瞳でこっちを見ている。

「やっぱり間違いない」
「え?」

 何のことを言っているのかわからなくて、思わず聞き返す。状況を飲み込めない私に対し、元木くんは何かを確信したように瞳を輝かせていた。

「君、先週の日曜日にハンカチ落とした子だろ? ほら、あの可愛い服来てた子。メイクの雰囲気とか全然違うけど間違えるわけない」

 彼の言葉に一気に血の気が引いていく。
 見られてた? でもいつ? 
 疑問が際限なく頭の中に浮かびあがる。だけど今はそんなものの答えを探している暇はない。どうにかして誤魔化さなきゃ。きっとまだ間に合う。

「人違いじゃないかな? 私、元木くんのこと見てないし……」
 
 そんな私の反撃も虚しく、彼の口からでた言葉は予想の斜め上をいくものだった。

「君と僕会っているよ。僕が君のハンカチを拾ったんだからな。まあ、驚くのも無理ないよ」

 開いた口が塞がらない。
 まさかあのパンクファッションをした男の子が今、目の前にいる彼だなんて。

「なんだよその顔。別に僕がどんな格好をしようが勝手だろ? それに君だって僕と一緒じゃんか」

 確かに元木くんと私は似ている。でも私には自分からあの趣味を教えるほどの勇気はない。
 私がなんと返していいかわからずに、口を閉ざしていると元木くんは「はあ」っとため息をついた。

「僕さ、パンクファッション好きなんだよね。今まで誰にも言ったことないけど。だから僕と似たような子がいて、ちょっと嬉しかった」

 こんな恥ずかしいこと言わせるなよ。
 元木くんはそう言うかのように、頬を少し赤らめている。その様子がなんだか可愛くて、少しだけ笑ってしまった。
 安心したんだ。私と同じ気持ちの人がいて。

「笑うなよ! 僕はこう見えて今、大真面目なんだ」
「ごめん。でも元木くんの気持ちちょっとわかるかも」
「ほんとか!?」

 元木くんは驚いたように目を見開いている。その反応がなんだか子供っぽくて、私はまた笑ってしまった。彼はそんな私を見て「なんだよ」と少しふてくされている。それがまたおかしくて、私はさらに笑った。
 ふと元木くんの方を見ると考え込むように手を顎に当てていた。

「元木くん?」

 不思議に思って、彼の名前を呼ぶ。すると少し目を泳がせたあと口を開いた。

「……今度の日曜日、一緒に出かけないか? ていうか、出かけたい。午後一時。あの日と同じ場所に同じ格好できてくれ。じゃあ待ってるから!」
「え、ちょっと待って!」

 私の制止の声を振り切って、元木くんは帰ってしまった。俗に言ういい逃げというやつだ。
 私はその場に立ち尽くすことしかできなかった。だって、そんな誘いを受けるとは思ってもいなかったし、知り合いとあの姿で歩いている自分を想像できない。
 
「とは言っても、もう見られてるわけだよね……」

 まとまらない思考に嫌気が差す。今度の日曜日まであと三日。それまでになんとかしてこの誘いを断ろう。
 そう心に決めて、私も学校をあとにした。
 
 あの誘いを受け三日が経った今日は日曜日。結局、元木くんと話す機会に恵まれなかった私は、そのまま当日の朝を迎えてしまった。
 
『あの日と同じ場所に同じ格好できてくれ』

 元木くんの言葉を思い出しながらクローゼットを開け、綺麗に収納されたモノトーンの服の前で腕を組む。
 正直、まだ迷っている。自分を全面的に出した地雷系コーデで行くか、自分を隠すための清楚系コーデで行くか。
 かれこれ昨日の夜からずっと考えていて、よく寝れていないくらいだ。大きなため息をひとつつく。
 とりあえずご飯を食べてから考えよう。そう思って、働きっぱなしの脳を休めるためにリビングに向かった。
 すると、お母さんが驚いた様子で話しかけてきた。

「あれ? 今日は遅いね。いつもなら今頃電車の中でしょ?」
「まあね。今日は一時から友達と遊ぶから」
「へえ、珍しい。じゃあいつものスカートいるの? 今、洗濯終わって干してるところなんだけど」

 お母さんが言っているスカートは友達と遊ぶときによくきるもののことだ。清楚系の服の中ではそのスカートを履くことが多い。

「あー、いや大丈夫。今日はいいの」

 初めから元木くんには地雷系コーデで来てと言われていたんだ。それに洗濯中なら仕方ないでしょ、と自分に言い聞かせる。

「ならよかった。ご飯食べたらお皿洗っといてよ」
「うん、わかった」

 お母さんはそれだけ言うと、忙しそうに他の部屋に行ってしまった。主婦は大変だな、と他人事のように考えながらご飯を食べて食器を洗う。
 自分の部屋にもどる前に、玄関に箱ごと置きっぱなしにしてた厚底ブーツを取り出す。
 チェーンの飾りが電球の光を反射してキラキラと輝く。もうこの際、似合う似合わないなんて関係ない。
 私はこの可愛い厚底ブーツを履いて外を歩きたい。一度そう思ってしまったら、もうこの想いを止めることはできなくて自分の部屋に駆け込んだ。

 前と同じように黒いフリルのついたスカートに、リボンを基調としたトップスを合わせる。スカートは膝上、十センチになるように調節する。
 アイシャドウは最初にベージュ系のアイシャドウをまぶたに塗り、次に赤系の色で泣きはらしたような目元を作れれば完璧。
 涙袋とアイライナーをがっつり濃く描き、ビューラーでまつ毛を上げて、マスカラを塗る。最後にピンセットで束感を出したら完成だ。
 髪の毛はコテで軽く巻いてからツインテールでまとめあげた。
 鏡に自分の姿を映し出し、出来栄えをチェックする。

「大丈夫、大丈夫。可愛いよ」

 そうは言ってみるものの、やっぱり内心は心臓バクバクだ。本当は不安で仕方ない。時計を見ると待ち合わせ時間まであと一時間以上ある。
 でもじっとしていられなくて、お気に入りの鞄と買ったばかりの厚底ブーツを履いて家を飛び出した。
 電車に乗り、集合場所付近についたのは三十分前。それなのに元木くんはもう既にそこにいた。彼は言っていた通り、この前と同じパンクファッション姿でスマホを見ながら私を待っている。
 メイクも相まって何度見ても別人にしか見えない。
 
「私も人のこと言えないけど……」

 急に自分の見た目が気になって、手ぐしで前髪を整える。曲がり角から顔だけを出し、しばらくの間彼の様子を伺っていると、スマホから顔を上げた元木くんと目が合ってしまった。
 彼はぱっと笑いながらこっちへ走ってくる。

「白井さんだよね? おはよう」
「お、おはよう……」

 遠目からじゃ気づかなかったけど、ピアスが左右の耳にたくさんついていた。髪を伸ばしているのは、ピアスホールがばれないようにするためかと一人納得する。
 
「今日来てくれてありがとう。いい逃げみたいな感じになっちゃってたから心配だったんだ」
「ううん、こちらこそ誘ってくれてありがとう」

 昨日までどうにかして断ろうとしていたことは口が裂けても言えないな、と心の中で密かに思う。
 元木くんが転校してきてからは毎日顔を合わせているというのに、お互い見た目が全く違うからなんだか落ち着かない。
 そんなことを考えていると、元木くんが私のことを観察するようにじっと見ていることに気づいた。
 まるで彼と初めて会ったときのような状況に、やっぱり自分のどこかが変なのか不安になる。

「あの……」

 私が声をかけると元木くんは、自分のしていた行動をそのとき初めて認識したとでもいうように、はっと顔をあげた。
 
「あっ、ごめん! 初めて見たときからメイク上手だなと思ってて……それでつい見入っちゃってた。すごい可愛いなって」

 予期せぬ褒め言葉に顔に熱が集まっていくのを感じる。男の子に対して耐性が全くない自分をただただ恨むことしかできない。
 けれど、仮に彼の言葉がお世辞だったとしても、自分が可愛くなるために努力したものを褒められて嫌な気なんて起こるはずもなくて、自然と頬が緩む。
 それを元木くんに悟られないように俯いた。

「自分で言っといてなんだけど照れるな」

 その声につられて、顔をあげると目元を下げ、手で口を多いながらそっぽ向いてる彼の姿を視界に捉えた。
 私以上に恥ずかしそうにしているところを見ていると、こっちの方が冷静になってくる。
 
「でもそう言ってもらえて嬉しい」

 これは本音だ。今まで親以外の誰にも地雷服を着たところなんて見せたことなかったけど、今日勇気を出して良かったと思えたから。
 
「なら……良かった」

 そうやって調子を取り戻した元木くんに微笑まれる。私もつられるように笑ってしまった。
 すると彼は突然、何かを思い出したように「そういえば」お話を切り出した。

「白井さんはもうお昼食べたのか?」
「まだだけど。なんで?」
「実は行ってみたいところがあって……」

 彼はそう言いながらスマホの画面を私に見せる。そこには私が先週の日曜日に行こうとしていたカフェが映っていた。

「男一人で……しかもこの格好で入るのは抵抗あるんだよ。だから白井さんが着いてきてくれたら心強いんだけど……」

 確かにこのカフェは若い女の子を客層に、今人気を集めている。男の子一人で店内に入るにはそれ相応の覚悟が必要だ。
 今月は金欠だけど、カフェに行くくらいなら問題ないかと二つ返事で頷く。

「あ、もちろん奢るからお金の心配はしなくていいよ」

 まるで私の心を読んだかのような言い草に目を見張る。金欠だということを彼に言った覚えはなくて、私は首を傾げた。
 すると、それを感じとったらしい元木くんが困ったように眉を下げながら答えてくれた。

「実は、僕が転校してきた日に話してるの聞いちゃったんだ。ごめんな」

 確かにあの日、菜月と私はそういう話をしていた。よくそんな前のことを覚えているな、と素直に感心する。

「ありがとう、でも大丈夫だよ。カフェに行くお金くらい持ってるから」

 私がそう言うも、元木くんはなかなか受け入れてくれない。
 
「これはお詫びでもあるんだ。今日は無理やり連れて来ちゃったようなものだしな」

 目の前で手を合わせて「だから頼む!」とお願いしてくる彼の迫力に負け、私は結局奢ってもらうことになった。

 カフェに行くまでの間、私たちは普段は誰ともできない趣味の話をした。どこのブランドが好きなのかとか、最近買った服のこととか。
 そんなことばかりだけど、似たような趣味を持つ人と共有できることが嬉しかった。

 そんなこんなで話に花を咲かせていると、いつの間にかカフェに着いていた。
 丁度お店から出てきた人と入れ違いで、お店に入った。二人でメニュー表を覗き込み、好きなケーキを注文する。
 その待ち時間に、元木くんは自分がパンクファッションを好きになったきっかけを話し始めた。

「高校一年のときに、ロックバンドのライブに行ったんだよ。興味はなかったけど友達がチケットくれたから。それで一瞬で好きになった。もちろん歌もよかったんだけどさ、それよりも服で自分らしさを体現してる人達に目がいった」

 彼の目は柔らかに細められ、その出来事が元木くんにとってどれだけ大切なことなのかひしひしと伝わってくる。

「白井さんは? 好きになった理由とかある?」

 一通り話し終わると、今度は私の話に移り代わった。彼は首を傾げながら、私の言葉を待っている。

「……ほんとに大した出来事じゃないの。中学生のころに、たまたま前を通りかかったお店のショーウィンドウに可愛い服が飾ってて……」

 あのときのことは今でも鮮明に覚えている。その服を見た途端に、私の世界が百八十度変わったあの瞬間を。

「一目惚れだった。それからそういう服が載ってる雑誌を片っ端から読むようになったの」
「わかるなあ、その気持ち」

 彼は相槌を打ちながら、共感してくれた。
 自分のことを話すのはなんだか小っ恥ずかしい。だけど、元木くんが聞き上手なこともあり、スラスラと言葉が出てくる。

 ケーキを食べたあとは、その周辺を歩きながら気になったお店に入るのを繰り返していた。元木くんの両手には大量の紙袋がぶら下がっている。
 私も残り少ないお金を使って小物を買うことができて大満足だ。

 日も暮れ始め、帰りの電車に乗るために駅まで並んで歩いていると、元木くんが「あのさ」と口を開いた。
 
「やっぱり今日、白井さんを誘ってよかった。すっごい楽しかったから。ありがとな」
「うん、私も楽しかったよ」
 
 元木くんが誘ってくれたおかげでとても楽しい時間を過ごせた。その気持ちを素直に伝えると、彼は照れくさそうに笑ってくれた。
 他愛ない会話のドッチボールを繰り返しているうちに、あっという間に駅に着いてしまった。私と彼の家の位置は真反対だから、同じ電車に乗ることはできない。
 
「じゃあまた明日。学校でな」

 私に軽く手を振り、改札へ足を進める元木くんの後ろ姿を見つめる。今日は生まれて初めて体験したことばかりだった。男の子と一緒に出かけたのも、自分の趣味を家族以外の人に打ち明けたのも。
 その全てが私にとって新鮮で、本当に楽しかったから。だから――今日だけで終わらせたくない。
 
 そう思うと同時に体が動いた。人をかき分けて元木くんの背中を追う。

「元木くん!」
「白井さん!?」

 彼は私が追ってくるとは思ってもいなかったみたいで目を見開き驚いていた。当たり前だ。私だって自分がこんな行動をできるだなんて知らなかった。
 息を整え、今自分にできる精一杯の顔で笑いかける。

「次は私から誘っても……いいかな?」
「もちろん」

 彼は私の問いかけに顔をくしゃくしゃにして笑い返してくれた。私は大きく手を振って、今度こそ彼の背中を見送った。

 元木くんと話している間、終始顔が緩みっぱなしだったと思う。家についてからも胸の高鳴りが止まらない。落ち着くためにお風呂に入ってみても、お気に入りのボディコロンを使ってみても効果がない。
 ベッドに顔をうずくめて、足をばたつかせる。

「いくらなんでもちょろすぎるぞ、私」

 この気持ちがわからないほど私は鈍感でも天然でもない。だからと言って言葉に出すこともできない。だって、彼はきっと趣味仲間くらいにしか私を思っていないから。
 本音に蓋をするようにそっと瞼を閉じて、そのまま意識を手放した。
 
 あれから元木くんとは何度か一緒に映画館や水族館なんかに行ったりした。学校にいるときも、顔を合わせればときどき話すようになった。
 そんな様子を菜月はいつもニヤニヤしながら見守ってくれている。菜月曰く、最近の私は前よりも輝いているらしい。もちろん物理的な意味じゃない。
 笑う回数が増えたり、周りの人とよく話すようになったり。そういう些細な変化を菜月は自分事のように喜んでくれていた。
 
 そして今日も私は元木くんと遊ぶ約束をしている。場所は最近建てられたばかりの大型ショッピングモール。ここへは買いたいものがあるから着いてきてほしいという建前の元で私が誘った。
 待ち合わせ場所までツインテールを揺らしながら向かう。

「ごめん、待った?」

 時計台の下にあるベンチに座っている元木くんに駆け寄った。彼はどういうわけか、いつも私より必ず先に待ち合わせ場所についている。何回か先につけるように時間をずらして行ってみたりしたけれど、必ず先に待っているのだ。

「めちゃくちゃ待ったかも」

 元木くんは悪戯を楽しむ子供のように言葉を放った。私の反応を伺うように顔を覗き込んでくる彼の横腹を軽く小突く。
 今となってはこんなやり取りすら日常になりつつあった。

「冗談だって。まじで全然待ってないから」

 そうやって笑う元木くんがどうしようもないほど輝いて見える。好きな人フィルターって恐ろしいな、なんて独り言を心の中で呟く。

「それで買いたいものってなんだ?」

 元木くんは立ち上がりながら聞いてきた。
もちろん買いたいものがあったというのは嘘だ。ただ、今日は元木くんと出かけたかっただけ。でもこんなこともあろうかと、予め考えてきている。

「えっと……私もピアス開けてみたいなと思って。だから一緒にデザイン選んでくれないかな?」

 彼が耳につけているピアスに目線を移しながらそう言った。私が思うに、元木くんはアクセサリーが大好きだ。でもその中でも一番好きなのがピアス。
 だからこの誘い文句に必ず食いついてきてくれると思った。案の定、彼は首を縦に振っている。

「いいよ。見に行こ!」

 その言葉を合図に私たちはショッピングモール内へと足を進めた。新しくできたばかりで流石に人も多い。はぐれないよう必死に元木くんの背中を追いながら、ピアスが売られているお店を何軒かまわった。

「んー。どれも可愛かったけど、白井さんにもっと似合いそうなものがどこかにあるはずなんだよなあ」

 真剣に考えてくれている元木くんの横顔を見て、少し心が痛んだ。私の不純な動機に付き合わせてしまってごめんなさい、と思いながらも真実を伝えるほどの勇気を私は持ち合わせていない。

「白井さん、ちょっと休憩するか? 疲れただろ?」
「えっ、うん。そうだね」

 俯いている私を見て、疲れていると勘違いしたらしい。私たちがどこか休める場所を求めて歩き始めたとき――後ろから聞き覚えのある声が私の名前を呼んだ。

「瑠奈……?」

 振り返るとそこには部活のユニフォームを着た菜月が立っていた。一気に血の気が引いていくのがわかる。ここは学校からも遠いし、知り合いに会うことなんてないと思っていたのに。

「あれ? 柚木さんだ。こんなところで会うなんてな」

 私と一緒に振り返った元木くんも菜月のことを視野に収めたようで、躊躇なく話しかける。

「……どなたですか?」

 メイクで雰囲気が一変した元木くんに菜月は気づくことなく、怪訝な顔をしている。

「あー……僕だよ。同じクラスの元木拓磨」
 
 元木くんは少しの間のあと、意を決したように自分の名前を言った。それに対して、菜月は雷を落とされたような衝撃の事実に開いた口が塞がらないようだった。
 でもそんなことは私にとってどうでも良かった。ただ、この危機をどう脱しるか。そのことしか頭を巡らない。

「じゃあ、やっぱり隣にいる人は瑠奈だよね?」

 また名前を呼ばれ、体が強ばる。親友であるはずの菜月の顔を見ることができない。だって、今までずっと隠してきたことがこんなかたちで知られるなんて、思いもしなかったから。
 呼吸が浅く、速くなっていく。
 菜月はお構い無しに一歩、また一歩と私に近づいてくる。

「いつもと格好が全然違うくて一瞬わからなかったけど……瑠奈ってそういう服が……」
「違うの!!」

 私は自分でも驚くくらいの声量でこれから発せられるであろう菜月の言葉を否定した。
 スカートが破れてしまうくらいにギュッと握りしめる。

「わ、私は好きでこんな服着てるんじゃない! た、ただお願いされたから仕方なく」

 本当の想いとは裏腹な言葉しか出てこない。まるで私の中にもう一人の私がいるかのように。

「別に好きなわけじゃないから!!」

 自分が放った言葉にはっとして顔を上げると、辺りは静まり返っていた。通行人も菜月も元木くんも、動きを止めて私のことをじっと見ている。

 次の瞬間、私は走り出した。遠くから元木くんが私を呼んだ声が聞こえた気がしたけど、振り返らずにひたすら逃げた。
 気がつけば、どこかもわからない人気が少ないところに来ていた。それから私はその場で泣き崩れた。
 違う、違うのに。あんなことを言いたかったわけじゃない。だけど本当の私を知られて、菜月にどう思われるのか考えると怖くなった。
 好きなものを好きだと言えない。そんな自分が大嫌い。どれだけ見た目を取り繕ったって、やっぱり私は私だ。
 菜月に真実を伝える勇気も、元木くんに好きだと伝える勇気もない。結局、嘘の仮面をつけなければ、人と関われないんだ。
 泣き声を必死に押し殺す。けれどそんな抵抗も意味を成さず、涙は溢れ出てくる。こんな情けない姿を誰にも見られたくなくて、涙が止まるのも待たずに家に向かって走り出した。
 翌日、私はどんな顔をして二人に会えばいいのかわからず、仮病をつかって学校を休んだ。
 親にはきっとそのことがばれていると思う。でも、何も聞かずに学校に欠席の連絡をしてくれた。

 特になにをするわけでもなく、さっきからずっとベッドの上で暇を持て余している。もう時計の針は十二時を指している。朝ご飯もろくに食べていない私のお腹からは、地響きのような音が放たれていた。
 台所に行って棚という棚を開けてみても、食パンの一枚も見当たらない。仕方なく寝巻きから着替えて、コンビニに向かう。昨日泣きじゃくって浮腫んでしまった顔を隠すために、眼鏡とマスクもつけて。
 
 コンビニ内で適当に手に取ったおにぎりと飲み物を買って、家に帰っていると見慣れた制服を着た人達が視界に入った。
 そういえば今日は午前中授業で学校が早めに終わるんだった。そんな大事なことを忘れていた自分に悪態をつきながら、家に帰る足を早める。誰か知り合いにでも会ったりしたら一大事だ。
 意味がないことを十分理解しながらも、最大限息を潜める。何事もなく家の玄関先につくと、その安心感からふっと力が抜けた。
 けれど玄関の鍵を開けようとしたとき、後ろから誰かに手首を掴まれてしまった。

「元木くん……」

 予想外のその人物に目を見開く。彼はここまで走ってきたのか、肩で息をしていた。

「柚木さんに家の場所教えてもらった」
 
 元木くんは私の問に淡々と答える。家の中に逃げ込みたくてもしっかりと手首を掴まれていて、それは叶わない。
 彼の目を見ることができなくて視線を下に落とす。どことなく気まづい雰囲気が私たちを包み込み始めたとき、元木くんがそれを打ち破るように口を開いた。

「明日は絶対学校来いよ。本当は言いたいことたくさんあるんだけど、今日ここに来たのはそれ伝えるためだから」

 元木くんはそう言うと私の返事も聞かず、元来た道を帰って行った。私はただ遠ざかっていく彼の背中をぼんやりと見つめることしかできない。
 本当は明日も学校を休むつもりでいた。ずるずると引きずるのはよくないとわかっていながらも、どうしても行く気にはなれなかったから。
 けれど、元木くんが家に来たことで学校に行かなくちゃいけない理由ができた。それ自体はよかったのかもしれない。
 
 大きな息をひとつ吐いて、今度こそ家のなかに入る。行くと決まったからには今更どうこう考えても意味がないと自分にいい聞かせながら、買ってきたおにぎりをお茶で一気に流し込んだ。
 

          ***


 朝、アラームの音に揺さぶられ、まだ重い瞼を開けた。制服に腕を通し、準備してくれた朝ごはんを食べてから家を出ると、眩しい陽射しが私を迎えた。
 私の心は沈んでいるというのに、目の前には憎いほどの青空が広がっている。その清々しさに思わず目を細めた。
 
 今日は早めに家を出たからのんびりと歩いても、いつもより何本か前のバスに乗ることができた。朝練をしている部活動生の掛け声が響く学校に足を踏み入れ、自分の教室を目指す。教室のドアを開け、中を覗き込むとまだ誰も来ていなかった。そのことに少し安堵している自分がどこかにいた。時間がくるまで大人しくしていようと、机の横にスクールバッグをかけてから椅子に腰掛ける。
 時計の針が進むにつれて、次第に教室内は騒がしくなっていった。そして菜月もその流れにのって登校してくる。

「おはよう」

 菜月は私を見つけた途端、速歩でこっちによってくるといつも通り声をかけてきた。私もそれに応えようと口を開けるも、喉に何かがつっかえたように言葉が上手く出てこない。

「あ……え、お、おはよう」

 私は俯きがちにそう言った。さっきから菜月はしっかり私を見て話してくれているのに、私にはそれができない。クラスメイトも私と菜月の不穏な空気を感じとったのか教室内はしんと静まり返る。
 どうして人というのは読んでほしくないときほど、空気を読むんだろう。

「あの……この前はごめんね」

 静寂に包まれた教室で菜月が躊躇いがちにそう言った。そんな菜月の様子を見て私は更にいたたまれなくなった。謝らないといけないのは私の方なのに。あのとき言ったことは全て嘘だと告白するべきなのに。それなのに、まだ私は真実を話すことを怖がってしまっている。

 教室中の視線が私たちに突き刺さり続けている。それが嫌でまた逃げ出してしまいそうになったとき、教室のドアが勢いよく開けられた。

「なんで……」

 驚きのあまり言葉を失う。そこに立っていたのは元木くんだった。けれど、そんなことに驚いたわけじゃない。
 もう見慣れてしまったパンクメイク――それを目の前の彼がしていることに驚いたんだ。それは私だけじゃなく、みんなも同じように彼を凝視している。

「お前、元木……なのか?」

 元木くんと仲がいい一人の男の子が信じられないというように問いかける。すると元木くんはケロッとした表情で「そうだよ」と言った。

「そうだよって……なんでそんなメイクしてんだ?」

 その男の子は続けて元木くんに質問を投げかけた。

「そりゃ好きだからに決まってるだろ?」

 元木くんは顔色変えずに淡々と答える。それでもまだ何か言いたげに「いや、でも……」と口を開く。

「好きなことを好きだと言うのは別に変なことじゃない。それが少し人と違うってだけで否定される理由にはならないからな。違うか?」

 そうやって元木くんはいつもと変わらない優しい笑みを浮かべて男の子に微笑みかけた。彼と話しているのは私じゃないのに、その言葉はきっと私に向けられたものなんだと思った。それほどまでにすっと元木くんの言葉が心に溶け込んでいく。

「まあ、確かにそうだよな。悪い! お前の趣味を馬鹿にするようなこと言って」

 男の子は顔の前で手を合わせ謝っていた。元木くんも「大丈夫だよ。わかってくれたみたいだし」と人当たりのいい笑みを浮かべている。

 そのやり取りを見て私は、自分のするべきことがわかったような気がした。

「ねえ、菜月。今週の日曜日一緒に遊びに行かない? そのときにきっと……きっと全部話すから」

 しっかりと菜月の目を見据える。菜月はそれに納得してくれたようで「わかった。信じるよ」と言うと、自分の席に腰を下ろた。

 ふと元木くんの方に顔を向けると、彼と目が合った。すると彼が口パクで何やら言っていることに気がついた。じわりと心が温かくなる。それに応えるように私は大きく頷いた。
 元木くんにこれだけ背中を押してもらったのだから、もう逃げ出すわけにはいかない。あとはもう私の勇気次第だ。
 彼の言葉を心の中で反芻する。それだけで強くなれたような気がした。

『――頑張れ』

           ***


 そして迎えた日曜日。私は地雷系の服に身を包み待ち合わせ場所へと向かっていた。今にも口から心臓が飛び出してしまいそうなくらいバクバクしている。
 まだ三十分前だというのに、待ち合わせ場所には菜月の姿があった。その面持ちはどこか固くて、仕草には落ち着きのなさが現れている。
 菜月も緊張しているんだと思うと、幾分か自分の緊張が和らいだ気がする。大きく息を吐いてから菜月の前に足を進める。

「菜月、おまたせ」
「あっ、瑠奈。全然待ってないよ。私も今来たとこだし」

 私を気遣う言葉を口にしながらも、菜月は私が着ている服にチラチラと視線を向けている。

「この前はごめん。私、本当はこういう服が好きなの。でも菜月に知られるのが怖くて……恥ずかしくて……」
 
 ぎゅっと手を握りしめながら俯きがちに話す私の手をとって、菜月は私の言葉を遮った。
 
「私こそ気づけなくてごめん! でもそんなことで絶対に瑠奈のこと避けたり、嫌いになったりしないよ! 親友ってそういうものでしょ?」

 はっとなって顔を上げると、菜月の真っ直ぐな瞳が私を見据えていた。その優しい眼差しに胸が温かくなって、視界がぼやけてくる。

「なに泣いてんの。ほら、せっかくの可愛いメイクが台無しになるよ」

 菜月はおどけたようにそう言いながら、私の頬をつたう涙を拭ってくれた。

「うん、ごめん。ごめんね。ありがとう」

 今まで嘘をつき続けていたこと。私を受け入れてくれたこと。懺悔と感謝が入り乱れた言葉が溢れ出てくる。

「それは私のセリフだから。瑠奈のこと、勇気だして教えてくれてありがとう」

 私たちはどちらからともなく笑いあった。今度こそ、嘘偽りない友情というものが芽生えた気がした。
 その後は二人でカフェやゲームセンター、服屋なんかに行ってめいいっぱい遊んだ。まるで昨日までの不穏な関係が嘘のように。さらに深まった友情を噛み締めながら。

 日も暮れてきて菜月と別れたころ、元木くんにメールを送った。しっかり仲直りできたことをどうしても伝えたくて。しばらくすると彼から返信がきた。

『よかったな。僕も嬉しいよ』

 私はまだこの前のことを元木くんに謝れていない。それなのに彼は私を責めることもせず、菜月との関係を心配してくれていた。その優しさに胸が高鳴ってしまう。
 
 この気持ちを元木くんに伝えたくて、震える手で文字を打った。本当は怖くて怖くてたまらない。拒絶されたらどうしようかと、どうしても考えてしまう。
 だけど今の私はもう勇気の出し方を知っているから。大きく深呼吸してからメッセージを送信した。

『――明日話したいことがあるの』

 ふと顔をあげるといつかの日と同じように、建物の窓に映った自分の姿が視界に入った。あの日とは違う、自信に満ち溢れた自分の姿が。
 
「今日も明日も明後日も、きっと私は可愛いよ」

 自分の好きなものを好きだと言える。そんな私が大好きだ。

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