あの誘いを受け三日が経った今日は日曜日。結局、元木くんと話す機会に恵まれなかった私は、そのまま当日の朝を迎えてしまった。
『あの日と同じ場所に同じ格好できてくれ』
元木くんの言葉を思い出しながらクローゼットを開け、綺麗に収納されたモノトーンの服の前で腕を組む。
正直、まだ迷っている。自分を全面的に出した地雷系コーデで行くか、自分を隠すための清楚系コーデで行くか。
かれこれ昨日の夜からずっと考えていて、よく寝れていないくらいだ。大きなため息をひとつつく。
とりあえずご飯を食べてから考えよう。そう思って、働きっぱなしの脳を休めるためにリビングに向かった。
すると、お母さんが驚いた様子で話しかけてきた。
「あれ? 今日は遅いね。いつもなら今頃電車の中でしょ?」
「まあね。今日は一時から友達と遊ぶから」
「へえ、珍しい。じゃあいつものスカートいるの? 今、洗濯終わって干してるところなんだけど」
お母さんが言っているスカートは友達と遊ぶときによくきるもののことだ。清楚系の服の中ではそのスカートを履くことが多い。
「あー、いや大丈夫。今日はいいの」
初めから元木くんには地雷系コーデで来てと言われていたんだ。それに洗濯中なら仕方ないでしょ、と自分に言い聞かせる。
「ならよかった。ご飯食べたらお皿洗っといてよ」
「うん、わかった」
お母さんはそれだけ言うと、忙しそうに他の部屋に行ってしまった。主婦は大変だな、と他人事のように考えながらご飯を食べて食器を洗う。
自分の部屋にもどる前に、玄関に箱ごと置きっぱなしにしてた厚底ブーツを取り出す。
チェーンの飾りが電球の光を反射してキラキラと輝く。もうこの際、似合う似合わないなんて関係ない。
私はこの可愛い厚底ブーツを履いて外を歩きたい。一度そう思ってしまったら、もうこの想いを止めることはできなくて自分の部屋に駆け込んだ。
前と同じように黒いフリルのついたスカートに、リボンを基調としたトップスを合わせる。スカートは膝上、十センチになるように調節する。
アイシャドウは最初にベージュ系のアイシャドウをまぶたに塗り、次に赤系の色で泣きはらしたような目元を作れれば完璧。
涙袋とアイライナーをがっつり濃く描き、ビューラーでまつ毛を上げて、マスカラを塗る。最後にピンセットで束感を出したら完成だ。
髪の毛はコテで軽く巻いてからツインテールでまとめあげた。
鏡に自分の姿を映し出し、出来栄えをチェックする。
「大丈夫、大丈夫。可愛いよ」
そうは言ってみるものの、やっぱり内心は心臓バクバクだ。本当は不安で仕方ない。時計を見ると待ち合わせ時間まであと一時間以上ある。
でもじっとしていられなくて、お気に入りの鞄と買ったばかりの厚底ブーツを履いて家を飛び出した。
電車に乗り、集合場所付近についたのは三十分前。それなのに元木くんはもう既にそこにいた。彼は言っていた通り、この前と同じパンクファッション姿でスマホを見ながら私を待っている。
メイクも相まって何度見ても別人にしか見えない。
「私も人のこと言えないけど……」
急に自分の見た目が気になって、手ぐしで前髪を整える。曲がり角から顔だけを出し、しばらくの間彼の様子を伺っていると、スマホから顔を上げた元木くんと目が合ってしまった。
彼はぱっと笑いながらこっちへ走ってくる。
「白井さんだよね? おはよう」
「お、おはよう……」
遠目からじゃ気づかなかったけど、ピアスが左右の耳にたくさんついていた。髪を伸ばしているのは、ピアスホールがばれないようにするためかと一人納得する。
「今日来てくれてありがとう。いい逃げみたいな感じになっちゃってたから心配だったんだ」
「ううん、こちらこそ誘ってくれてありがとう」
昨日までどうにかして断ろうとしていたことは口が裂けても言えないな、と心の中で密かに思う。
元木くんが転校してきてからは毎日顔を合わせているというのに、お互い見た目が全く違うからなんだか落ち着かない。
そんなことを考えていると、元木くんが私のことを観察するようにじっと見ていることに気づいた。
まるで彼と初めて会ったときのような状況に、やっぱり自分のどこかが変なのか不安になる。
「あの……」
私が声をかけると元木くんは、自分のしていた行動をそのとき初めて認識したとでもいうように、はっと顔をあげた。
「あっ、ごめん! 初めて見たときからメイク上手だなと思ってて……それでつい見入っちゃってた。すごい可愛いなって」
予期せぬ褒め言葉に顔に熱が集まっていくのを感じる。男の子に対して耐性が全くない自分をただただ恨むことしかできない。
けれど、仮に彼の言葉がお世辞だったとしても、自分が可愛くなるために努力したものを褒められて嫌な気なんて起こるはずもなくて、自然と頬が緩む。
それを元木くんに悟られないように俯いた。
「自分で言っといてなんだけど照れるな」
その声につられて、顔をあげると目元を下げ、手で口を多いながらそっぽ向いてる彼の姿を視界に捉えた。
私以上に恥ずかしそうにしているところを見ていると、こっちの方が冷静になってくる。
「でもそう言ってもらえて嬉しい」
これは本音だ。今まで親以外の誰にも地雷服を着たところなんて見せたことなかったけど、今日勇気を出して良かったと思えたから。
「なら……良かった」
そうやって調子を取り戻した元木くんに微笑まれる。私もつられるように笑ってしまった。
すると彼は突然、何かを思い出したように「そういえば」お話を切り出した。
「白井さんはもうお昼食べたのか?」
「まだだけど。なんで?」
「実は行ってみたいところがあって……」
彼はそう言いながらスマホの画面を私に見せる。そこには私が先週の日曜日に行こうとしていたカフェが映っていた。
「男一人で……しかもこの格好で入るのは抵抗あるんだよ。だから白井さんが着いてきてくれたら心強いんだけど……」
確かにこのカフェは若い女の子を客層に、今人気を集めている。男の子一人で店内に入るにはそれ相応の覚悟が必要だ。
今月は金欠だけど、カフェに行くくらいなら問題ないかと二つ返事で頷く。
「あ、もちろん奢るからお金の心配はしなくていいよ」
まるで私の心を読んだかのような言い草に目を見張る。金欠だということを彼に言った覚えはなくて、私は首を傾げた。
すると、それを感じとったらしい元木くんが困ったように眉を下げながら答えてくれた。
「実は、僕が転校してきた日に話してるの聞いちゃったんだ。ごめんな」
確かにあの日、菜月と私はそういう話をしていた。よくそんな前のことを覚えているな、と素直に感心する。
「ありがとう、でも大丈夫だよ。カフェに行くお金くらい持ってるから」
私がそう言うも、元木くんはなかなか受け入れてくれない。
「これはお詫びでもあるんだ。今日は無理やり連れて来ちゃったようなものだしな」
目の前で手を合わせて「だから頼む!」とお願いしてくる彼の迫力に負け、私は結局奢ってもらうことになった。
カフェに行くまでの間、私たちは普段は誰ともできない趣味の話をした。どこのブランドが好きなのかとか、最近買った服のこととか。
そんなことばかりだけど、似たような趣味を持つ人と共有できることが嬉しかった。
そんなこんなで話に花を咲かせていると、いつの間にかカフェに着いていた。
丁度お店から出てきた人と入れ違いで、お店に入った。二人でメニュー表を覗き込み、好きなケーキを注文する。
その待ち時間に、元木くんは自分がパンクファッションを好きになったきっかけを話し始めた。
「高校一年のときに、ロックバンドのライブに行ったんだよ。興味はなかったけど友達がチケットくれたから。それで一瞬で好きになった。もちろん歌もよかったんだけどさ、それよりも服で自分らしさを体現してる人達に目がいった」
彼の目は柔らかに細められ、その出来事が元木くんにとってどれだけ大切なことなのかひしひしと伝わってくる。
「白井さんは? 好きになった理由とかある?」
一通り話し終わると、今度は私の話に移り代わった。彼は首を傾げながら、私の言葉を待っている。
「……ほんとに大した出来事じゃないの。中学生のころに、たまたま前を通りかかったお店のショーウィンドウに可愛い服が飾ってて……」
あのときのことは今でも鮮明に覚えている。その服を見た途端に、私の世界が百八十度変わったあの瞬間を。
「一目惚れだった。それからそういう服が載ってる雑誌を片っ端から読むようになったの」
「わかるなあ、その気持ち」
彼は相槌を打ちながら、共感してくれた。
自分のことを話すのはなんだか小っ恥ずかしい。だけど、元木くんが聞き上手なこともあり、スラスラと言葉が出てくる。
ケーキを食べたあとは、その周辺を歩きながら気になったお店に入るのを繰り返していた。元木くんの両手には大量の紙袋がぶら下がっている。
私も残り少ないお金を使って小物を買うことができて大満足だ。
日も暮れ始め、帰りの電車に乗るために駅まで並んで歩いていると、元木くんが「あのさ」と口を開いた。
「やっぱり今日、白井さんを誘ってよかった。すっごい楽しかったから。ありがとな」
「うん、私も楽しかったよ」
元木くんが誘ってくれたおかげでとても楽しい時間を過ごせた。その気持ちを素直に伝えると、彼は照れくさそうに笑ってくれた。
他愛ない会話のドッチボールを繰り返しているうちに、あっという間に駅に着いてしまった。私と彼の家の位置は真反対だから、同じ電車に乗ることはできない。
「じゃあまた明日。学校でな」
私に軽く手を振り、改札へ足を進める元木くんの後ろ姿を見つめる。今日は生まれて初めて体験したことばかりだった。男の子と一緒に出かけたのも、自分の趣味を家族以外の人に打ち明けたのも。
その全てが私にとって新鮮で、本当に楽しかったから。だから――今日だけで終わらせたくない。
そう思うと同時に体が動いた。人をかき分けて元木くんの背中を追う。
「元木くん!」
「白井さん!?」
彼は私が追ってくるとは思ってもいなかったみたいで目を見開き驚いていた。当たり前だ。私だって自分がこんな行動をできるだなんて知らなかった。
息を整え、今自分にできる精一杯の顔で笑いかける。
「次は私から誘っても……いいかな?」
「もちろん」
彼は私の問いかけに顔をくしゃくしゃにして笑い返してくれた。私は大きく手を振って、今度こそ彼の背中を見送った。
元木くんと話している間、終始顔が緩みっぱなしだったと思う。家についてからも胸の高鳴りが止まらない。落ち着くためにお風呂に入ってみても、お気に入りのボディコロンを使ってみても効果がない。
ベッドに顔をうずくめて、足をばたつかせる。
「いくらなんでもちょろすぎるぞ、私」
この気持ちがわからないほど私は鈍感でも天然でもない。だからと言って言葉に出すこともできない。だって、彼はきっと趣味仲間くらいにしか私を思っていないから。
本音に蓋をするようにそっと瞼を閉じて、そのまま意識を手放した。
『あの日と同じ場所に同じ格好できてくれ』
元木くんの言葉を思い出しながらクローゼットを開け、綺麗に収納されたモノトーンの服の前で腕を組む。
正直、まだ迷っている。自分を全面的に出した地雷系コーデで行くか、自分を隠すための清楚系コーデで行くか。
かれこれ昨日の夜からずっと考えていて、よく寝れていないくらいだ。大きなため息をひとつつく。
とりあえずご飯を食べてから考えよう。そう思って、働きっぱなしの脳を休めるためにリビングに向かった。
すると、お母さんが驚いた様子で話しかけてきた。
「あれ? 今日は遅いね。いつもなら今頃電車の中でしょ?」
「まあね。今日は一時から友達と遊ぶから」
「へえ、珍しい。じゃあいつものスカートいるの? 今、洗濯終わって干してるところなんだけど」
お母さんが言っているスカートは友達と遊ぶときによくきるもののことだ。清楚系の服の中ではそのスカートを履くことが多い。
「あー、いや大丈夫。今日はいいの」
初めから元木くんには地雷系コーデで来てと言われていたんだ。それに洗濯中なら仕方ないでしょ、と自分に言い聞かせる。
「ならよかった。ご飯食べたらお皿洗っといてよ」
「うん、わかった」
お母さんはそれだけ言うと、忙しそうに他の部屋に行ってしまった。主婦は大変だな、と他人事のように考えながらご飯を食べて食器を洗う。
自分の部屋にもどる前に、玄関に箱ごと置きっぱなしにしてた厚底ブーツを取り出す。
チェーンの飾りが電球の光を反射してキラキラと輝く。もうこの際、似合う似合わないなんて関係ない。
私はこの可愛い厚底ブーツを履いて外を歩きたい。一度そう思ってしまったら、もうこの想いを止めることはできなくて自分の部屋に駆け込んだ。
前と同じように黒いフリルのついたスカートに、リボンを基調としたトップスを合わせる。スカートは膝上、十センチになるように調節する。
アイシャドウは最初にベージュ系のアイシャドウをまぶたに塗り、次に赤系の色で泣きはらしたような目元を作れれば完璧。
涙袋とアイライナーをがっつり濃く描き、ビューラーでまつ毛を上げて、マスカラを塗る。最後にピンセットで束感を出したら完成だ。
髪の毛はコテで軽く巻いてからツインテールでまとめあげた。
鏡に自分の姿を映し出し、出来栄えをチェックする。
「大丈夫、大丈夫。可愛いよ」
そうは言ってみるものの、やっぱり内心は心臓バクバクだ。本当は不安で仕方ない。時計を見ると待ち合わせ時間まであと一時間以上ある。
でもじっとしていられなくて、お気に入りの鞄と買ったばかりの厚底ブーツを履いて家を飛び出した。
電車に乗り、集合場所付近についたのは三十分前。それなのに元木くんはもう既にそこにいた。彼は言っていた通り、この前と同じパンクファッション姿でスマホを見ながら私を待っている。
メイクも相まって何度見ても別人にしか見えない。
「私も人のこと言えないけど……」
急に自分の見た目が気になって、手ぐしで前髪を整える。曲がり角から顔だけを出し、しばらくの間彼の様子を伺っていると、スマホから顔を上げた元木くんと目が合ってしまった。
彼はぱっと笑いながらこっちへ走ってくる。
「白井さんだよね? おはよう」
「お、おはよう……」
遠目からじゃ気づかなかったけど、ピアスが左右の耳にたくさんついていた。髪を伸ばしているのは、ピアスホールがばれないようにするためかと一人納得する。
「今日来てくれてありがとう。いい逃げみたいな感じになっちゃってたから心配だったんだ」
「ううん、こちらこそ誘ってくれてありがとう」
昨日までどうにかして断ろうとしていたことは口が裂けても言えないな、と心の中で密かに思う。
元木くんが転校してきてからは毎日顔を合わせているというのに、お互い見た目が全く違うからなんだか落ち着かない。
そんなことを考えていると、元木くんが私のことを観察するようにじっと見ていることに気づいた。
まるで彼と初めて会ったときのような状況に、やっぱり自分のどこかが変なのか不安になる。
「あの……」
私が声をかけると元木くんは、自分のしていた行動をそのとき初めて認識したとでもいうように、はっと顔をあげた。
「あっ、ごめん! 初めて見たときからメイク上手だなと思ってて……それでつい見入っちゃってた。すごい可愛いなって」
予期せぬ褒め言葉に顔に熱が集まっていくのを感じる。男の子に対して耐性が全くない自分をただただ恨むことしかできない。
けれど、仮に彼の言葉がお世辞だったとしても、自分が可愛くなるために努力したものを褒められて嫌な気なんて起こるはずもなくて、自然と頬が緩む。
それを元木くんに悟られないように俯いた。
「自分で言っといてなんだけど照れるな」
その声につられて、顔をあげると目元を下げ、手で口を多いながらそっぽ向いてる彼の姿を視界に捉えた。
私以上に恥ずかしそうにしているところを見ていると、こっちの方が冷静になってくる。
「でもそう言ってもらえて嬉しい」
これは本音だ。今まで親以外の誰にも地雷服を着たところなんて見せたことなかったけど、今日勇気を出して良かったと思えたから。
「なら……良かった」
そうやって調子を取り戻した元木くんに微笑まれる。私もつられるように笑ってしまった。
すると彼は突然、何かを思い出したように「そういえば」お話を切り出した。
「白井さんはもうお昼食べたのか?」
「まだだけど。なんで?」
「実は行ってみたいところがあって……」
彼はそう言いながらスマホの画面を私に見せる。そこには私が先週の日曜日に行こうとしていたカフェが映っていた。
「男一人で……しかもこの格好で入るのは抵抗あるんだよ。だから白井さんが着いてきてくれたら心強いんだけど……」
確かにこのカフェは若い女の子を客層に、今人気を集めている。男の子一人で店内に入るにはそれ相応の覚悟が必要だ。
今月は金欠だけど、カフェに行くくらいなら問題ないかと二つ返事で頷く。
「あ、もちろん奢るからお金の心配はしなくていいよ」
まるで私の心を読んだかのような言い草に目を見張る。金欠だということを彼に言った覚えはなくて、私は首を傾げた。
すると、それを感じとったらしい元木くんが困ったように眉を下げながら答えてくれた。
「実は、僕が転校してきた日に話してるの聞いちゃったんだ。ごめんな」
確かにあの日、菜月と私はそういう話をしていた。よくそんな前のことを覚えているな、と素直に感心する。
「ありがとう、でも大丈夫だよ。カフェに行くお金くらい持ってるから」
私がそう言うも、元木くんはなかなか受け入れてくれない。
「これはお詫びでもあるんだ。今日は無理やり連れて来ちゃったようなものだしな」
目の前で手を合わせて「だから頼む!」とお願いしてくる彼の迫力に負け、私は結局奢ってもらうことになった。
カフェに行くまでの間、私たちは普段は誰ともできない趣味の話をした。どこのブランドが好きなのかとか、最近買った服のこととか。
そんなことばかりだけど、似たような趣味を持つ人と共有できることが嬉しかった。
そんなこんなで話に花を咲かせていると、いつの間にかカフェに着いていた。
丁度お店から出てきた人と入れ違いで、お店に入った。二人でメニュー表を覗き込み、好きなケーキを注文する。
その待ち時間に、元木くんは自分がパンクファッションを好きになったきっかけを話し始めた。
「高校一年のときに、ロックバンドのライブに行ったんだよ。興味はなかったけど友達がチケットくれたから。それで一瞬で好きになった。もちろん歌もよかったんだけどさ、それよりも服で自分らしさを体現してる人達に目がいった」
彼の目は柔らかに細められ、その出来事が元木くんにとってどれだけ大切なことなのかひしひしと伝わってくる。
「白井さんは? 好きになった理由とかある?」
一通り話し終わると、今度は私の話に移り代わった。彼は首を傾げながら、私の言葉を待っている。
「……ほんとに大した出来事じゃないの。中学生のころに、たまたま前を通りかかったお店のショーウィンドウに可愛い服が飾ってて……」
あのときのことは今でも鮮明に覚えている。その服を見た途端に、私の世界が百八十度変わったあの瞬間を。
「一目惚れだった。それからそういう服が載ってる雑誌を片っ端から読むようになったの」
「わかるなあ、その気持ち」
彼は相槌を打ちながら、共感してくれた。
自分のことを話すのはなんだか小っ恥ずかしい。だけど、元木くんが聞き上手なこともあり、スラスラと言葉が出てくる。
ケーキを食べたあとは、その周辺を歩きながら気になったお店に入るのを繰り返していた。元木くんの両手には大量の紙袋がぶら下がっている。
私も残り少ないお金を使って小物を買うことができて大満足だ。
日も暮れ始め、帰りの電車に乗るために駅まで並んで歩いていると、元木くんが「あのさ」と口を開いた。
「やっぱり今日、白井さんを誘ってよかった。すっごい楽しかったから。ありがとな」
「うん、私も楽しかったよ」
元木くんが誘ってくれたおかげでとても楽しい時間を過ごせた。その気持ちを素直に伝えると、彼は照れくさそうに笑ってくれた。
他愛ない会話のドッチボールを繰り返しているうちに、あっという間に駅に着いてしまった。私と彼の家の位置は真反対だから、同じ電車に乗ることはできない。
「じゃあまた明日。学校でな」
私に軽く手を振り、改札へ足を進める元木くんの後ろ姿を見つめる。今日は生まれて初めて体験したことばかりだった。男の子と一緒に出かけたのも、自分の趣味を家族以外の人に打ち明けたのも。
その全てが私にとって新鮮で、本当に楽しかったから。だから――今日だけで終わらせたくない。
そう思うと同時に体が動いた。人をかき分けて元木くんの背中を追う。
「元木くん!」
「白井さん!?」
彼は私が追ってくるとは思ってもいなかったみたいで目を見開き驚いていた。当たり前だ。私だって自分がこんな行動をできるだなんて知らなかった。
息を整え、今自分にできる精一杯の顔で笑いかける。
「次は私から誘っても……いいかな?」
「もちろん」
彼は私の問いかけに顔をくしゃくしゃにして笑い返してくれた。私は大きく手を振って、今度こそ彼の背中を見送った。
元木くんと話している間、終始顔が緩みっぱなしだったと思う。家についてからも胸の高鳴りが止まらない。落ち着くためにお風呂に入ってみても、お気に入りのボディコロンを使ってみても効果がない。
ベッドに顔をうずくめて、足をばたつかせる。
「いくらなんでもちょろすぎるぞ、私」
この気持ちがわからないほど私は鈍感でも天然でもない。だからと言って言葉に出すこともできない。だって、彼はきっと趣味仲間くらいにしか私を思っていないから。
本音に蓋をするようにそっと瞼を閉じて、そのまま意識を手放した。