まずいなとテシアは思い始めていた。
 ニンクアが禁止植物を燃やし始めてからだいぶ時間が経つ。

 いくら吸わないようにしていても部屋に煙が充満してきてしまう。
 呼吸を止めることなどできないのでテシアも煙を吸い込んでしまうことになる。

 少しずつ頭の中がぼんやりとしてきた。
 正常な思考が塗りつぶされていくような感覚に恐怖すら覚える。

 早めに逃げないとこのままでは動けなくなってしまう。
 しかしニンクアだけならともかくもう1人の男も植物の煙を楽しんでいて部屋から出ていく様子がない。

 漏れ聞こえる会話からすると黒狼会という組織のリーダーであるズグと名前らしい。
 拘束状態を脱したとしても相手が1人ならともかく男性2人となると厳しい。

 下手に抵抗すると今度こそ逆上して殺されてしまうかもしれない。
 せめて1人にならないかと意識を手放さないようにしながら待ち続ける。

「失礼します」

「なんだ?」

「教会の連中が何か動いているようです」

「なに?」

 そんな時にまた別の男が入ってきた。

「神官の騎士を連れて救済活動なんて言って説教をしているようです。……騎士まで連れているので追い返すこともできなくて」

「また何が目的だ? 俺も行って見てみよう」

 教会が動いた。
 ぼんやりとしていた頭にその言葉がこだまする。

 このタイミングは多分偶然ではないとテシアの直感が告げている。
 キリアンとハニアスは賢いし強い。

 多分あの状況でも煙さえ吸い込まなかったら無事でいるはずだから教会に助けを求めたのかもしれないと思った。
 ともあれズグは教会の動きを確認するために部屋を出て行った。

 残されたのはテシアとニンクアの2人。

「にしても……」

 最初は大きく苛立ちを見せていたニンクアも煙の効果なのか、かなり落ち着いていた。
 うつむき気味のテシアのアゴを掴んで顔を持ち上げる。

「顔は綺麗だよな。……他のやつにくれてやるのがもったいなくなるほどだ」

 こんなやつに褒められたところで何も嬉しくない。
 アゴを掴む手を噛みちぎってやりたいぐらいである。

「どうだ? その鎧脱いで俺に大人しく抱かれてみないか? そしたら他のやつには手を出させないで売り飛ばしてやるよ」

 結局売り飛ばすのではないかと思ったが、同時にこれはチャンスだと感じた。

「……分かった」

「おっ? 急にしおらしくなったな」

 ニンクアはいやらしくニタリと笑った。
 諦めたのか、それとも薬が回ってきて正常な考えができなくなったのか。

 もしかしたら多くの連中に触れられることを嫌がったのかもしれないと考えた。

「鎧……脱ぐから拘束を解いてほしいな」

「…………ああ、いいぜ」

 少し悩んだようだったがニンクアは結局女相手だと思った。
 抵抗されたところで押さえつけるのは難しくなく、逃げ出したところで外にも人はいる。

 逃げることなどできない。
 ニンクアはナイフを取り出すとテシアの手を縛っていたロープを切った。

 テシアが大人しくカチャカチャとやると手甲が外れて床に落ちた。
 本当に鎧を脱ぐらしいとニンクアはゾクゾクとした気持ちが背中を走った。

「どうした?」

 鎧に手をかけてテシアの動きが止まった。

「あの……恥ずかしいので後ろを向いててもらえますか?」

 こんな時に恥じらいかと思わなくもないがこうした雰囲気もまたちょっとしたスパイスになる。

「いいだろう」

 植物の影響で判断が鈍っているのはニンクアも同じ。
 鎧だけか、それとも上の服まで脱いでくれるだろうかと期待しながら後ろを向く。

 鎧を触り、重たく床に落ちた音がした。
 ニンクアの中では妄想が広がる。

 一国の皇女に手を出せる機会などきっとこの先ありはしない。
 楽しむだけ楽しむのだと顔のニヤつきが止まらない。

 このまま振り向かせるのか、それともまだ脱ぐか。
 ニンクアは耳に神経を集中させた。

 しゅるりと衣が擦れる音がして、服を脱ぐのだと思った瞬間背中が熱くなった。

「なっ……!」

「ごめんね。僕は君の相手をするつもりはないよ」

「そんなもの……どこから」

 ニンクアが熱さから逃げるように前に進んで振り返るとテシアの手にはナイフが握られていた。
 武器は取り上げた。

 どこからナイフなんて取り出したのか分からなくてニンクアが困惑の表情を浮かべる。

「乙女には色々と秘密があるのさ」

 ナイフはテシアの鎧の中から取り出したものであった。
 体格を隠すようにややゆとりとある設計の鎧は内側に少しの余裕があった。

 そこにテシアはナイフを隠していたのである。
 問題は鎧を外さねばナイフも取り出せないということであるが、ニンクアが色にボケて隙を作ってくれたので助かった。

「ぐっ……くそ……」

 ニンクアはやられたと思いながら壁にもたれかかってズルズルと力なく床に座り込む。

「早く出なきゃ……」

 かなり頭がふわふわとしている。
 早くまともな空気を吸わないと危険だとテシアは鎧を拾い上げて着け、テーブルの上に置かれているヘルムを被りながらドアに向かう。

「失礼します! 屋敷に侵入者が……」

「ちぃっ!」

「う、うわっ!?」

 突然ドアが開いて鎧の兵士が入ってきた。
 テシアは力を振り絞って兵士に飛びかかり、押し倒しながら首にナイフを突き立てた。