「怖かった…」
あの後、僕は般若…のような顔をした玉城さんに「なに、凛を怪しい部活に入れようとしてるのよ‼︎」とお叱りを受けた。黄野さんには「ごめんね。ちょっと部活は入る予定はなくて…」と断られた。残念。ホームルームが始まったから事なきを得たけど、今度こそ定規でどうにかされると思った…。休憩時間にぐったりしているとクラスメイトが話しかけてくる。
「いや〜、黄野さんを部活に誘うとはナイスガッツだな!」
「断られちゃったけどね…」
「そんな四方くんに朗報だ。」
「もしかして…新聞部に入ってくれる…⁉︎」
「いや、それはない。おれ野球やってるんだって。そうじゃなくて、新聞部ならスクープとかどうかなって。」
「スクープ⁉︎」
僕は目を輝かせる。そうだ。面白い新聞を書いて掲示板に貼れば新聞部の入部希望者が集まるかも!
「何⁉︎スクープって⁉︎」
「すごい勢いだな…最近、UFO見たって言ってたやつがいたんだよ。白いのがふわふわ飛んでいって山の方に行くんだって!」
「UFOか…定番だけどありだね!」

その日から放課後にUFOを探した。毎日カメラを持ってうろうろしてみたけどなかなか見つからない。
「うーん…やっぱりこういうのは簡単には見つからないよね…」
窓の方を見てみる。今日は変な雲だな…。綺麗だけど渦巻いて不自然な形がなんとも不気味だ。写真撮っとこ。シャッターを切った瞬間にふわふわと白いものがレンズ越しに見えた。
「え⁉︎」
UFOというには緩やかな動きで山の方に消えていった。しかも、その白いものはここ最近見たことがある…。
「髑髏…?」
撮った写真を見る。そこには髑髏らしきものは写っていない。僕の気のせいかな…。

次の日、龍哉くんに声をかけた。
「おはよう。龍哉くん、ちょっとだけいい?」
「おっす。なに?オレは新聞部は無理だぜ?」
「あ…はい。」
誘ってもないのに断られた…。周りをきょろっと見て誰も見ていないのを確認して小声で話す。
「ちょっと、変なものを見て…」
「…分かった。昼、図書室な。弁当食いながらでもいい?聖仁も弁当?」
「うん。お弁当。分かった。」

お昼休み。約束通り、図書室に行く。休み時間だから生徒はいたけど、管理室は棚の奥の方で人があまり通らないから隠し部屋に入るのにコソコソする必要はなかった。
「お邪魔しまーす…。」
管理室を抜け、隠し部屋に行く。
「ん。こっち座れよ。」
龍哉くんがいた。そして、あと2人。黄野さんと玉城さんだ。玉城さんは僕が来るまですごく笑顔で黄野さんと話していたけど、僕に気づいた瞬間に一瞬で表情が抜け落ちた。
「凛のストーカー?新聞部は断ってたでしょ?」
玉城さんから冷たい言葉を浴びせられる。
「ち、ちが…!龍哉くんに相談があって…‼︎」
「気にすんな。聖仁、こっち。」
龍哉くんが目の前の椅子を指差した。大きな机に黄野さんと玉城さん、龍哉くんと僕で少し離れて座る。
「んで、変なものって?」
「UFO探してたんだけど、昨日の放課後に空見たら、白いものがふわふわ山に消えていって…多分、髑髏っぽくて…」
「………お前、UFO探してんのか?」
龍哉くんが少し冷めたように言う。いいじゃないか!『あやかし』がいるんだからUFOだってあるかも⁉︎って思ったんだよ!
「………。まぁ、それは置いといて。でもレンズ越しだったから。写真にも写ってないし。」
ほら、とカメラで撮った写真を見せると龍哉くんは険しい顔になった。
玉響(たまゆら)…」
「たまゆら?」
「凛、朱音。」
「ね、聖人(せいじん)くん、私も見せて。」
黄野さんと玉城さんが写真を覗く。
「これは玉響(たまゆら)だね〜。ここ、ただ写真を撮ったにしては不自然な光が入ってるでしょ?」
「あぁ…オーブってやつですよね?」
「そうそう。ホコリや水滴で光が反射して〜とか言われてるけど、これはちょっと不自然だね〜。」
確かに。数も多いし。不自然にゆらゆらと並んでいる。
「この玉響(たまゆら)?が並んでるあたりを髑髏がふわ〜って飛んでいった気がするんです。」
「いるね。どうする?凛。」
玉城さんが黄野さんに聞く。
「うーん…聖人(せいじん)くん、髑髏の飛んでいった山、案内できる?」
黄野さんに聞かれる。
「あっ、はい。」
「こいつ連れてくの?」
玉城さんが僕に隠さず嫌な顔をする。
「この近辺の山を全部探すの?大変だよ?」
黄野さんに言われて、玉城さんが苦虫を噛み潰したような顔になった。
「じゃあ、放課後だな。聖仁、よろしく。」
お弁当を食べ終わった龍哉くんが言った。そして、僕のお弁当から唐揚げをひょいとつまんだ。
「あ!唐揚げ‼︎」
「相談料だな。」
もぐもぐと龍哉くんが唐揚げを美味しそうに食べる。僕の唐揚げ…楽しみにおいてたのに…。

「んじゃ、行くか。」
放課後。龍哉くん、黄野さん、玉城さんと山に向かう。山に向かうといっても学校自体も山の入り口にあるため、さらに奥の山へ、という感じだ。
「確か、こっちの方だったような…」
うろうろと山奥を進む。これ、僕たち帰れるよね…?
「ん…。なんか変な匂いがする?」
僕がつぶやくと
「いるね。これはどんどん近くなってると思うよ。」
のんびりと黄野さんが答える。すると人影が見えた。
「え、人?」
僕は少し駆け足で人に近づいた。綺麗な女の人が立っている。
「どうしたんですか?迷ったんですか?…」
僕が話しかけた瞬間、龍哉くんが女の人に斬りかかる。
「えっ⁉︎龍哉くん⁉︎」
龍哉くんの斬撃をギリギリ避けた女の人が奥に走って逃げていった。
「人間だよ‼︎龍哉くん‼︎」
「人間じゃねぇ‼︎」
「あっちに逃げた。」
玉城さんが走りだす。僕たちも後を追う。
「聖仁、こっからは邪魔すんな。」
「だって、さっきのどう見ても!」
人だよ⁉︎
「2人とも言い合わない。大丈夫。分かるから。」
黄野さんに言われ、僕と龍哉くんは黙って走った。玉城さんに追いついたら、女の人が笑ってこちらを見ていた。さっきの変な匂いが強くなる。
「血の匂いと腐敗臭。ここで食事して力をつけてたんだね。」
黄野さんが言った。女の人の近くを見ると鹿などの野生動物が死んでいる。背中に齧られたような歯形。そして足がぐるぐると白い糸で縛られている。
「ヒッ…‼︎」
「まだ人は食ってねぇ、でもそろそろ食うつもりだったんだろ。それで学校の近くをうろうろして追いかけて来るやつを待っていた。」
龍哉くんが言った。髑髏が飛んでいたのはわざとそれを見せて誘導していたんだ…。
「よく見てるんだよ、聖人(せいじん)くん。」
黄野さんが扇子を広げ、言葉を紡ぐ。
空花乱墜(くうげらんつい)、偽りの影を纏うもの。清き月夜は真実を映す―――』
黄野さんの色素の薄い瞳が金に輝く。
天眼(てんげん)真澄鏡(まそかがみ)
黄野さんがいい終わった瞬間にきらりと何かが変わった。女の人がいなくなって…
「く、蜘蛛…⁈化け物蜘蛛…‼︎でっか…」
蜘蛛だ。それも人間の何倍?うっ…気持ち悪い…。見た目のやばさもだけど、この匂いも相まって吐きそうかも…。
「化け物蜘蛛、というか、土蜘蛛だな。」
龍哉くんが冷静に言う。
「凛。そいつ連れて下がってて。」
玉城さんが土蜘蛛を見るのと変わらない目で僕を見ながら言った。すみません。足手纏いで…。
「こっちおいで。」
黄野さんが手招きをしてるので、そっちに行く。
「2人でなんとかするから守ってあげてだってさ。」
「そういうのかなぁ…。」
黄野さんのハートフルな解釈に疑問を持ちながら2人を見た。どこからか現れた弓と刀を手に土蜘蛛を睨んでいる。
「あたしは正面から。」
「オレ、右。」
2人が走り出す。玉城さんが弓を構える。
桃花鳥(とうかちょう)の風切り』
前にも見た矢が土蜘蛛に向かっていく。土蜘蛛が糸を吐き矢を絡めとる。
「チッ!」
舌打ちをする玉城さん。吐き出した糸がこちらに向かってくる。
「うわっ‼︎」
黄野さんが僕の前に立ち、指で三角を作る。
『火の(いん)
黄野さんがつぶやくと指で作った三角からボゥッ‼︎と火が出て、向かってきた糸を燃やす。
「えっ、えっえっ?」
黄野さんの指を見て真似るが火は出ない。龍哉くんが土蜘蛛に近づく。
蒼天(そうてん)への龍驤(りゅうじょう)!』
地面を抉るような下からの斬撃。土蜘蛛に当たりはしたが、何本もある足で龍哉くんが弾き飛ばされる。
「ぐっ‼︎」
斬撃が痛かったのか、土蜘蛛は龍哉くんを標的にする。矢を絡めとったときと比にならない勢いで糸が龍哉くんを襲う。
「龍哉!」
玉城さんが叫ぶ。
『春荒れ‼︎』
糸が龍哉くんに触れる寸でのところで、刀を振って起こした風が龍哉くんを守る。玉城さんが弓を構え何本もの矢を放つ。それは全て土蜘蛛の周りの地面に刺さる。
「外れちゃった!まずいよ!黄野さん!」
「大丈夫だって。朱音の腕は確かだよ。」
呑気に見ている黄野さんに訴えても相手にしてくれない。
緋緒(ひお)花綵(はなづな)
玉城さんが言葉を放った瞬間に、地面に刺さった弓から赤い花のようなものが伸びて土蜘蛛に巻きつく。ギチギチに拘束された土蜘蛛は動けない。玉城さんは口早に言葉を紡ぐ。
烈日赫赫(れつじつかくかく)、全てが日照り―――』
気の強そうな瞳に朱色の光が宿る。
すると、龍哉くんも続けて紡ぐ。
『渡りし翼は鎧袖一触(がいしゅういっしょく)―――』
彼の瞳も土蜘蛛を捉えたまま蒼色に輝いた。2人が同時に叫ぶ。
『『(あか)飛燕(ひえん)!!!』』
僕は目を疑った。玉城さんの放った弓を龍哉くんが振りかぶって作った斬撃の風が後押しする。弓は太陽のように輝き燃え勢いを増す。そして拘束されたままの土蜘蛛にぶつかる。土蜘蛛はザックリと斬られ苦しそうにもがき逃げようとするが、赤い拘束がそれを許さない。斬られた傷の中から何十個もの髑髏が見える。傷から炎が燃え上がる。
『―――――!!!』
何か甲高い音が聞こえる。土蜘蛛の断末魔だろう。耳をつんざくような音に僕は思わず目をつむり耳を塞いだ。しばらくすると、とんとんと肩をたたかれる。
(もう大丈夫だよ。)
僕が耳を塞いでいたので、黄野さんが口をぱくぱくして教えてくれた。土蜘蛛のいた方を指さす。土蜘蛛だったものはがしゃ髑髏と同じようにどろりとした黒いものとなり地面に染み込んでいっていた。
「終わった…?」
「そうだね。『あやかし』は基本的には人間の恨み辛み、恐れが形を作っているから、ああやって消えていくんだよ。」
黄野さんが教えてくれた。

隠し部屋に戻る。
「ん。」
ガチャン、と玉城さんが僕の前にお茶を置いた。桃の匂いの紅茶だ。
「お疲れ様。お手柄だね。だってさ。」
黄野さんが玉城さんの乱暴なお茶出しをハートフルな解釈で伝えてくれた。
「飲んどいた方がいいぜ。『あやかし』に近づいたっていうのを『他のあやかし』が勘づく前に桃の匂いで浄化して消しておくんだよ。」
黄野さんと龍哉くんもお茶を飲んだ。そうなんだ。(みそぎ)ってやつかな?コクリと紅茶を飲む。苦い。紅茶に詳しくないけど、多分渋くなったの入れられたのかな…。文句を言わずに飲む。
「ねぇ、黄野さん…」
「凛、でいいよ?」
黄野さんがにこりと笑う。後ろには般若。黄野さんは後ろにいる般若の玉城さんを振り返らずに
「凛と朱音でいいよ。」
と玉城さんの許可もとらずに言った。玉城さんが続ける。
「凛がいいって言ってる。」
「…じゃあ、凛さんと朱音さんで…」
おそらく凛さんに従えと言う意味だろう。うんうんと凛さんが嬉しそうにうなずいた。
「あの土蜘蛛って人を襲うんですよね…?被害者とか…」
「そうだね、山に入って行方不明とかの話は聞いてないから人を襲う前だったのかな。野生動物には悪いけど、それくらいの被害で済んでよかったよ。多分、髑髏だ、UFOだってついて行ってたらあの女の人の姿で現れて、近づいてきたところをバクリ、だろうね〜」
カラカラと凛さんは笑ったけど、僕は青ざめていた。もう一度、紅茶を口に含む。怖いし、禊になるなら紅茶を浴びて帰りたい…。凛さんがこっちを見て微笑んだ。
「他に聞きたいことある?」
「あ、そういえば」
ふと、気づいたことがある。
「五神のみんな、攻撃をするときに攻撃技?みたいなの言っていたけど、あれは…?あと、今日聞いたなんか長いのは…?」
あぁ、と龍哉くんが反応する。
「聖仁が言ってる攻撃技ってのは『まじない』だな。『まじないをかける』って言うだろ?普通の攻撃だと『あやかし』への効果はほとんどないからな。『まじないをかけて』攻撃することで『あやかし』に大きなダメージを与えられるんだよ。」
「へぇ〜!」
「長いのっていうのは『真言』。『秘密の言葉』とされる『真言』を紡いでから『まじない』をかけることで五神の加護は強くなり、攻撃が強化される。」
「そうなんですね!」
朱音さんが、説明をしてくれたので心を許してくれたのかと嬉しくなる。朱音さんは僕の方を見ずに凛さんにクッキーを置いた。安定の凛さんへの特別扱い。
「まぁ、『真言』は加護の力を多く使ってるから疲れに繋がるし、疲れると長期戦になったときに不利になるから無闇矢鱈に使うわけにもいかないんだけどね。」
ぽり、とクッキーを一口食べて、凛さんが言う。
「とりあえず、ご苦労様。新聞部、大活躍だったね。UFOが土蜘蛛に繋がるなんて。」
「これを機に新聞部に入ってくれたり…?」
「それはないなぁ〜」
ガクリ。肩を落とす。
「まぁ、不思議なことがあったらここにおいで。がしゃ髑髏に土蜘蛛。こんな大物に遭遇するなんて、聖人(せいじん)くんは『あやかし』になにか関係があるのかもね?」
「そ、んなことないはず…だけど…。何かあったらここに来ます。」
凛さんは笑顔だったけど三日月のように細めた瞳は少し怖かった。