逢魔時に出会う誰そ彼

少年は僕を昨日の場所まで連れてきてくれた。部屋に入ると大量の本。普通の教室ではないと思っていたけど、昨日の部屋は図書室だったのか。昨日は必死すぎて本の存在に気づかなかった。くるりとまわって部屋を見る。大きな学校なだけあって図書館のようだ。
「連れてきたぜー。」
少年が言うと、奥の方から昨日の大きな男と青年、少女2人が出てきた。朱音と呼ばれていた少女がツカツカと僕の方に歩いてくる。
「生徒手帳。」
短く言い、手を出す。怖い。生徒手帳を奪ってどうする気なんだろう。助けたんだからお金を払えとか言われたらどうしよう。
「お、お金は持ってません…」
怯えながら返事すると
「はぁ⁉︎カツアゲじゃないんですけど!」
少女は烈火の如く怒る。赤みがかった髪をポニーテールにしていて身長は僕と変わらない。美人なこともあって、圧がありすぎる。僕はチワワのように震えた。
「玉城、その睨みは怖いよ〜」
「カツアゲにしか見えないな。」
青年は笑いながら、男は頷きながら、言うと少女はそちらをキッと睨んだ。目を逸らす2人。
「よっと。」
「あっ⁉︎」
僕の隣にいた少年が僕のポケットから生徒手帳を奪いとる。
「えーと、2年2組、よん…せいじん…?」
「「「「聖人(せいじん)???」」」」
他の4人が首を傾げる。
四方 聖仁(しかた せいじ)!です!」
変わった名前だけど!僕はクラスメイトの3人を見る。
「僕、転校初日、自己紹介したよね⁉︎」
「興味ない。」
「オレも聞いてなかったな。」
「あはは。」
朱音?さん、少年、後ろの席の少女がそれぞれ反応する。つ、冷たい…!僕も3人の名前を知らないけど!流石に僕は自己紹介したばっかりだよ⁉︎ショックを受けていると青年が場の空気を変えるように手を叩く。
「はいはい、2年2組の四方 聖仁(しかた せいじ)くん。とりあえずこっちどうぞ。」
図書室の奥に案内される。
「管理室…?」
ここは司書さんか先生しか入れないのでは?と思ったけど、青年を含め、他の4人も当然のように管理室に入った。管理室に入るとさらに奥に部屋がある。隠し部屋…的な?ついていき、隠し部屋に入る。
「うわ…!」
入ってみるとその部屋は思いの外広くて、応接室をもっと豪華にしたような場所だった。キッチンとベッドもあるようだ。
「はい、どうぞ。」
「あ、どうも…」
椅子に座ると青年がお茶を出してくれる。いい匂い、高そうな紅茶だ。青年の方を見ると、にこりと笑いかけてくれた。品のある微笑み、グレーの瞳や色素の薄い茶色の髪はまるで王子様のようだ。
「自己紹介が遅れたね。ぼくは白水 晶(しらみず あきら)だよ。2年1組。」
「2年3組、黒岩 武(くろいわ たけし)。」
青年に続いて男が自己紹介をしてくれる。真っ黒の髪に、がっしりした筋肉。運動部が取り合いになりそうな見た目だ。僕は腕相撲でもしたら秒で負けるだろう…。
「2人とも…お、同い年…」
「見えねーよな。」
衝撃を受けていると少年が同意してくる。白水くんは、ふふ、と笑ったが、黒岩くんは「どうせ…老け顔…」とショックを受けていた。
「あ、オレは青山 龍哉(あおやま たつや)な。」
青山くんは爽やかな笑顔で言った。深い緑のような青のような髪が少しツンツン跳ねている。白水くんとは違うタイプだけど女の子に人気がありそうだ。スポーツマンって感じというか…。青山くんが少女たちを見た。紅茶を飲む少女にせっせとクッキーを用意する朱音さんが僕たちの視線に気づく。
玉城 朱音(たまき あかね)。」
玉城さんはクッキーを用意する手を止めず、それだけ言った。紅茶を飲んでいた少女がティーカップを置く。そしてこちらを見て微笑み、
黄野 凛(おうの りん)だよ。よろしくね、聖人(せいじん)くん。」
「いや、聖仁(せいじ)です…。」
黄野さんは「せいじん」呼びを気に入ってしまったのか訂正しても、にこりと笑うだけだった。あと、黄野さん、ほっぺにクッキーついてます。
「では本題に入ろうか。」
黄野さんが扇子をパッとひらいて口元に当てた。
聖人(せいじん)くん、昨日、君が見たのはいわゆる、妖怪や幽霊、怪異とか言われるものだよ。私たちはまとめて『あやかし』と呼んでる。アレの名前はがしゃ髑髏。埋葬されなかった死者たちの骸骨や怨念が集まって生まれる。どういうところにああいうものは現れると思う?」
突然の問題形式だ。うーん…と考えてから返す。
「やっぱ、お墓とか…?」
「定番だね。それもあるけど、あやかしは人が多いところに現れるんだ。ああいうのは生が集まる場所に現れる。つまり、うちのような生徒数が多い学校にも集まりやすいんだよ。」
そして僕を見て、すぅ…と黄野さんが鋭く目を細める。まるで見定めるような視線に背筋が伸びる。
「不思議なものでね。この世のバランスは均衡になるように出来ている。善と悪は同じように増えたり減ったりする。」
武、と黄野さんが黒岩くんに声をかけると黒岩くんが大きな巻物を持ってきた。机に広げて見せてくれる。生き物…龍や鳥?が描かれている。
「つまり、あやかしが増えると自然と対抗するものも現れる。それが私たち。五行(ごぎょう)って分かる?」
「中国とかの…自然とかと絡めて考える…方角とかの」
「おっ、十分十分。」
黄野さんの質問に自分の分かる情報を部分的に言うと白水くんが褒めてくれる。へへ、と照れると興味なさそうに玉城さんと青山くんがクッキーをかじる。黄野さんが続ける。
「そう、それが元になった五神というものがあってね、青龍、朱雀、白虎、玄武、麒麟。彼らは瑞獣とも言われてて、私たちは五神である瑞獣たちの加護を受けてるんだ。」
巻物を指でなぞりながら説明してくれる。方角が書かれていて、それぞれの場所に生き物が描かれている。龍、鳥、虎と亀、真ん中の生き物が麒麟…。
「それが、昨日の不思議な力…?」
「そう。この街、特にこの学校はあやかしを引き寄せるらしくてね。加護を受けている者が学校の守り神になるんだよ。」
青山くんがクッキーを飲み込み、声をかけてくる。
「オレは青龍、朱音は朱雀、白水は白虎、武は玄武、凛は麒麟の加護を受けてる。それでこの学校の五神ってなるわけ。」
「へぇ…」
信じがたい話だけど、昨日のことを考えたら納得できる。僕を襲う『あやかし』、それを退治する『学校の五神』。なるほど。
「でもあんなに露骨にあやかしに襲われてるやつも初めて見たけどな。」
青山くんが言う。
「いつもなら気づかないとか、不思議な出来事くらいで終わるんだよ。例えばちょっと怪我をする人が続く、とかそんな程度の間に私たちがあやかしを見つけ出すからね。だから、ほとんどの生徒はあやかしや五神のことは知らない。」
黄野さんが言うと、玉城さんが僕から鞄を奪い、漁る。
「ちょっと…!!」
僕の人権は⁉︎玉城さんが僕の鞄から取り出したのはスマホだった。
「ちょいちょいちょい!」
それはダメだ!人のスマホは見ちゃダメだろう⁉︎いや、やましいことはないんだけども!僕が焦ると、玉城さんはスマホについている御守りを外して、ポイとスマホを返してきた。僕のスマホォ‼︎そして御守りを黒岩くんに見せる。黒岩くんは、ううむ…とつぶやきながら御守りを見た。
「おい、四方、この御守り、使ったな?」
「使った…?」
つけてる、という意味ではなさそうだ。…あ、がしゃ髑髏から守ってくれた火花。スマホから出たと思ってたんだけど、もしかして?
「あの…がしゃ髑髏に追いかけられて捕まりそうになった時、火花が出て、なんか模様みたいな…」
黒岩くんがうなずいて、黄野さんを見た。玉城さんが黄野さんのところに僕の御守りを持っていく。
「命拾いしたんだね。武にお礼を言っておくんだよ。」
御守りの紐を持ってぷらぷらさせながら黄野さんが言った。
「この…うちの学校に入ったお祝いに渡される御守りはね、瑞桃の守りと言うんだ。生徒は絶対持ち歩くように言われていたでしょ?これは玄武の加護がほどこされていて、あやかしから守ってくれるんだよ。」
「御守りの形が六角形なのは玄武の甲羅、桃の刺繍は桃には魔除けの力があるからね。」
白水くんが御守りの形の説明をしてくれる。変わった形の御守りだとは思ってたけどそういう理由があるんだ。
「今回のような『あやかしを退ける』ために使えるのは3回までだ。普段は低級のあやかしを避けることができる程度だ。」
いや、十分効果があるだけですごいけど。
「…で、低級ではないがしゃ髑髏を退けるために僕は1回使ったということですか…」
「そういうこと、あと2回。気をつけるんだよ。」
軽く白水くんが言う。黒岩くんをチラリとみて
「ちなみに〜もう一個もらえたり?」
というと玉城さんが
「3回も危ない場所に突っ込んで行くやつは面倒見きれないってこと。自業自得。」
と言った。そんなぁ。
「まぁ、そういうことだから大切にするんだよ。あと今日、説明したことは言うなとは言わないけど混乱を招くからね。なるべく口外禁止ってことで。」
ポンと黄野さんが僕の手に御守りを置いた。よく見えるように鞄に付け直す。
「説明ありがとうございます。」
「他に聞きたいことは?」
「あ、新聞部の部室の場所教えてくれません?僕、将来記者になりたくて…前の学校でも新聞部だったから。入部希望なんです。」
5人が顔を見合わせる。白水くんが気まずそうに笑う。
「あの、この学校…新聞部はないんだけど…」
「えぇ⁉︎嘘⁉︎」
大きな声で叫んだら、うるさいと青山くんと玉城さんに怒られた。
「…新聞部ないんだ。」
説明が終わり解散して、僕はとぼとぼ帰り道を歩いていた。予想外だ…。こんなに大きな学校なのに新聞部がないなんて。鞄の中のカメラを見る。これは前の学校の新聞部の友達と一緒に選んだお揃いのカメラだ。『一緒に記者になろう』と約束した友人。毎日、何か面白いことはないかと走り回ってたな…。担任の言葉を思い出す。
『うちは強制ではないけどね。』
ということはまだ部活に入ってない人はいるのでは?僕は考えた。
「僕が作るか!新聞部‼︎」
大声で宣言すると近くにとまっていたカラスたちが飛んで逃げて行った。驚かせてごめん。

「新聞部作りたいんですけど…」
翌朝、僕は早速職員室で担任に相談していた。
「いいじゃない!そういうガッツがある感じ、先生いいと思う!」
若くて元気のある女の先生と話題のうちの担任は、僕の考えに大賛成してくれた。
「でもね〜突然部活ってわけにはいかないのよ…。」
「そうですよね…」
「とりあえずね、人数がいるの。5人は必要かな〜。それまでは同好会という形になるから部費はでないんだけど、掲示板に新聞を貼るとかそういう許可は私がとるから!安心してね!顧問になってくれそうな先生も探しとく!」
「ありがとうございます…!」
この先生が担任で良かった…!担任は女子バレーの顧問なので兼任できないらしい。残念だ。でもなかなかにいい調子なのでは‼︎僕は希望に胸を膨らませ、教室に向かった。自席に行くと相変わらず後ろで黄野さんが寝ていた。
「黄野さん、おはよう。」
ぴくりと黄野さんが反応する。きょとんとした顔でこちらを見た。もう一度、挨拶する。
「えーっと…おはよう?」
にこりと笑いかける。
「おはよ、聖人(せいじん)くん」
今日もにこりと笑う。
聖仁(せいじ)だけどね…。」
起きてくれただけマシなのかな…。
「よっ、おはよ、聖仁!」
「おはよう、青山くん!」
「青山じゃなくて龍哉でいいぜ!だいたいそう呼ばれてるし。」
「じゃあ、龍哉くんで。」
「おう。」
龍哉くんが明るく声をかけてくれたので、他のクラスメイトも話しにくる。
「おー、龍哉、転校生と話してんの?どう?教室の場所とか難しくね?おれ、昨日1年の時のクラス行っちゃってさ〜!2年になったの忘れてたのやばくね?」
「入学したてとか迷子になったよな!四方くんも移動教室とかは誰かと一緒にいった方がいいよ!」
僕の席の周りが賑やかになった。そういえば、と思い出す。
「ねぇ、みんなは部活、入ってる?」
聞くとそれぞれ所属してる部活を教えてくれる。
「野球部に入ってる!そこのと…あとあいつも野球部!」
「サッカー部だよ。このクラスだと2人かな。」
「吹奏楽部なんだけど、自分以外だと、このクラスは女子の何人かが同じかな〜」
ふむふむ、みんな強制ではないと言ってもほとんどが部活に入っているようだ。
「龍哉くんは?」
「オレは入っているというかな〜…」
龍哉くんがぽりぽりと頬をかく。隣にいたクラスメイトが龍哉くんの背中を勢いよく叩く。
「いでっ‼︎」
「龍哉はな〜!剣道部の助っ人だ!」
「助っ人?」
剣道部、ではなく?クラスメイトが続ける。
「うちの学校は学年に数人だけ部活の助っ人がいるんだよ!助っ人は部員と同じように部活を毎日してもいいし、逆に全くしなくて試合だけとかもあり!実力が認められているやつしか選ばれない!その分、試合で優勝に導くような活躍をしたら成績にしっかり入れられて、進学や就職に繋がるってやつ!」
なるほど、スポーツ推薦を約束されるし、他の部員より少し特別な扱いというわけか。
「まぁ、龍哉は部活と道場を掛け持ちだもんな。」
「そうなの?」
龍哉くんを見ると
「じいちゃんが剣道の師範。」
龍哉くんが苦い顔で返した。
「こえーんだよ。こいつのじーちゃん。」
クラスメイトが笑った。
「ねぇ、邪魔なんだけど。」
聞くだけで凍えそうな冷たい声が聞こえた。クラスメイトの顔も少し凍った。
「おはよう…玉城さん…」
「おう、朱音。」
僕と龍哉くんが挨拶する。
「おはよ。」
興味なさそうに、でも返してはくれた。スススと全員で僕の席から移動して円になり、話す。
「おっかね〜…」
「でたよ、うちのクラスのもう1人の助っ人。」
「え?玉城さんも助っ人なの?」
玉城さんをもう一度見ると睨まれた。怖い。
「朱音は弓道部、の助っ人。」
龍哉くんが教えてくれた。
「龍哉は玉城さんと幼馴染だからいいけど、圧あるじゃん?こえーよ。」
「おれは結構好きかも。怖いけど、美人じゃん?」
こそこそと話し続ける。
「…ちなみに黄野さんは何部の助っ人?」
「「「「………」」」」
「え、僕、変なこといった?」
「いや、助っ人じゃないし、そもそも部活入ってねーよ。」
龍哉くんが返事した。そうなんだ。今聞いた中で唯一の帰宅部。ふーむ…。考えながら自席に近づく。クラスメイトと龍哉くんも一緒に移動する。席に座り、後ろを振り向く。
「ねぇ、黄野さん。」
「…?」
うとうとしていた黄野さんが集まっていた僕たちを見る。
「新聞部、一緒に作らない?」
「「「「「え…?」」」」」
黄野さんを含め、龍哉くん、クラスメイトたちが目を丸くしていた。そして僕は真後ろからとんでもない圧を感じた。もしかして、僕の後ろに赤髪ポニーテールの般若とかいたりする?
「怖かった…」
あの後、僕は般若…のような顔をした玉城さんに「なに、凛を怪しい部活に入れようとしてるのよ‼︎」とお叱りを受けた。黄野さんには「ごめんね。ちょっと部活は入る予定はなくて…」と断られた。残念。ホームルームが始まったから事なきを得たけど、今度こそ定規でどうにかされると思った…。休憩時間にぐったりしているとクラスメイトが話しかけてくる。
「いや〜、黄野さんを部活に誘うとはナイスガッツだな!」
「断られちゃったけどね…」
「そんな四方くんに朗報だ。」
「もしかして…新聞部に入ってくれる…⁉︎」
「いや、それはない。おれ野球やってるんだって。そうじゃなくて、新聞部ならスクープとかどうかなって。」
「スクープ⁉︎」
僕は目を輝かせる。そうだ。面白い新聞を書いて掲示板に貼れば新聞部の入部希望者が集まるかも!
「何⁉︎スクープって⁉︎」
「すごい勢いだな…最近、UFO見たって言ってたやつがいたんだよ。白いのがふわふわ飛んでいって山の方に行くんだって!」
「UFOか…定番だけどありだね!」

その日から放課後にUFOを探した。毎日カメラを持ってうろうろしてみたけどなかなか見つからない。
「うーん…やっぱりこういうのは簡単には見つからないよね…」
窓の方を見てみる。今日は変な雲だな…。綺麗だけど渦巻いて不自然な形がなんとも不気味だ。写真撮っとこ。シャッターを切った瞬間にふわふわと白いものがレンズ越しに見えた。
「え⁉︎」
UFOというには緩やかな動きで山の方に消えていった。しかも、その白いものはここ最近見たことがある…。
「髑髏…?」
撮った写真を見る。そこには髑髏らしきものは写っていない。僕の気のせいかな…。

次の日、龍哉くんに声をかけた。
「おはよう。龍哉くん、ちょっとだけいい?」
「おっす。なに?オレは新聞部は無理だぜ?」
「あ…はい。」
誘ってもないのに断られた…。周りをきょろっと見て誰も見ていないのを確認して小声で話す。
「ちょっと、変なものを見て…」
「…分かった。昼、図書室な。弁当食いながらでもいい?聖仁も弁当?」
「うん。お弁当。分かった。」

お昼休み。約束通り、図書室に行く。休み時間だから生徒はいたけど、管理室は棚の奥の方で人があまり通らないから隠し部屋に入るのにコソコソする必要はなかった。
「お邪魔しまーす…。」
管理室を抜け、隠し部屋に行く。
「ん。こっち座れよ。」
龍哉くんがいた。そして、あと2人。黄野さんと玉城さんだ。玉城さんは僕が来るまですごく笑顔で黄野さんと話していたけど、僕に気づいた瞬間に一瞬で表情が抜け落ちた。
「凛のストーカー?新聞部は断ってたでしょ?」
玉城さんから冷たい言葉を浴びせられる。
「ち、ちが…!龍哉くんに相談があって…‼︎」
「気にすんな。聖仁、こっち。」
龍哉くんが目の前の椅子を指差した。大きな机に黄野さんと玉城さん、龍哉くんと僕で少し離れて座る。
「んで、変なものって?」
「UFO探してたんだけど、昨日の放課後に空見たら、白いものがふわふわ山に消えていって…多分、髑髏っぽくて…」
「………お前、UFO探してんのか?」
龍哉くんが少し冷めたように言う。いいじゃないか!『あやかし』がいるんだからUFOだってあるかも⁉︎って思ったんだよ!
「………。まぁ、それは置いといて。でもレンズ越しだったから。写真にも写ってないし。」
ほら、とカメラで撮った写真を見せると龍哉くんは険しい顔になった。
玉響(たまゆら)…」
「たまゆら?」
「凛、朱音。」
「ね、聖人(せいじん)くん、私も見せて。」
黄野さんと玉城さんが写真を覗く。
「これは玉響(たまゆら)だね〜。ここ、ただ写真を撮ったにしては不自然な光が入ってるでしょ?」
「あぁ…オーブってやつですよね?」
「そうそう。ホコリや水滴で光が反射して〜とか言われてるけど、これはちょっと不自然だね〜。」
確かに。数も多いし。不自然にゆらゆらと並んでいる。
「この玉響(たまゆら)?が並んでるあたりを髑髏がふわ〜って飛んでいった気がするんです。」
「いるね。どうする?凛。」
玉城さんが黄野さんに聞く。
「うーん…聖人(せいじん)くん、髑髏の飛んでいった山、案内できる?」
黄野さんに聞かれる。
「あっ、はい。」
「こいつ連れてくの?」
玉城さんが僕に隠さず嫌な顔をする。
「この近辺の山を全部探すの?大変だよ?」
黄野さんに言われて、玉城さんが苦虫を噛み潰したような顔になった。
「じゃあ、放課後だな。聖仁、よろしく。」
お弁当を食べ終わった龍哉くんが言った。そして、僕のお弁当から唐揚げをひょいとつまんだ。
「あ!唐揚げ‼︎」
「相談料だな。」
もぐもぐと龍哉くんが唐揚げを美味しそうに食べる。僕の唐揚げ…楽しみにおいてたのに…。

「んじゃ、行くか。」
放課後。龍哉くん、黄野さん、玉城さんと山に向かう。山に向かうといっても学校自体も山の入り口にあるため、さらに奥の山へ、という感じだ。
「確か、こっちの方だったような…」
うろうろと山奥を進む。これ、僕たち帰れるよね…?
「ん…。なんか変な匂いがする?」
僕がつぶやくと
「いるね。これはどんどん近くなってると思うよ。」
のんびりと黄野さんが答える。すると人影が見えた。
「え、人?」
僕は少し駆け足で人に近づいた。綺麗な女の人が立っている。
「どうしたんですか?迷ったんですか?…」
僕が話しかけた瞬間、龍哉くんが女の人に斬りかかる。
「えっ⁉︎龍哉くん⁉︎」
龍哉くんの斬撃をギリギリ避けた女の人が奥に走って逃げていった。
「人間だよ‼︎龍哉くん‼︎」
「人間じゃねぇ‼︎」
「あっちに逃げた。」
玉城さんが走りだす。僕たちも後を追う。
「聖仁、こっからは邪魔すんな。」
「だって、さっきのどう見ても!」
人だよ⁉︎
「2人とも言い合わない。大丈夫。分かるから。」
黄野さんに言われ、僕と龍哉くんは黙って走った。玉城さんに追いついたら、女の人が笑ってこちらを見ていた。さっきの変な匂いが強くなる。
「血の匂いと腐敗臭。ここで食事して力をつけてたんだね。」
黄野さんが言った。女の人の近くを見ると鹿などの野生動物が死んでいる。背中に齧られたような歯形。そして足がぐるぐると白い糸で縛られている。
「ヒッ…‼︎」
「まだ人は食ってねぇ、でもそろそろ食うつもりだったんだろ。それで学校の近くをうろうろして追いかけて来るやつを待っていた。」
龍哉くんが言った。髑髏が飛んでいたのはわざとそれを見せて誘導していたんだ…。
「よく見てるんだよ、聖人(せいじん)くん。」
黄野さんが扇子を広げ、言葉を紡ぐ。
空花乱墜(くうげらんつい)、偽りの影を纏うもの。清き月夜は真実を映す―――』
黄野さんの色素の薄い瞳が金に輝く。
天眼(てんげん)真澄鏡(まそかがみ)
黄野さんがいい終わった瞬間にきらりと何かが変わった。女の人がいなくなって…
「く、蜘蛛…⁈化け物蜘蛛…‼︎でっか…」
蜘蛛だ。それも人間の何倍?うっ…気持ち悪い…。見た目のやばさもだけど、この匂いも相まって吐きそうかも…。
「化け物蜘蛛、というか、土蜘蛛だな。」
龍哉くんが冷静に言う。
「凛。そいつ連れて下がってて。」
玉城さんが土蜘蛛を見るのと変わらない目で僕を見ながら言った。すみません。足手纏いで…。
「こっちおいで。」
黄野さんが手招きをしてるので、そっちに行く。
「2人でなんとかするから守ってあげてだってさ。」
「そういうのかなぁ…。」
黄野さんのハートフルな解釈に疑問を持ちながら2人を見た。どこからか現れた弓と刀を手に土蜘蛛を睨んでいる。
「あたしは正面から。」
「オレ、右。」
2人が走り出す。玉城さんが弓を構える。
桃花鳥(とうかちょう)の風切り』
前にも見た矢が土蜘蛛に向かっていく。土蜘蛛が糸を吐き矢を絡めとる。
「チッ!」
舌打ちをする玉城さん。吐き出した糸がこちらに向かってくる。
「うわっ‼︎」
黄野さんが僕の前に立ち、指で三角を作る。
『火の(いん)
黄野さんがつぶやくと指で作った三角からボゥッ‼︎と火が出て、向かってきた糸を燃やす。
「えっ、えっえっ?」
黄野さんの指を見て真似るが火は出ない。龍哉くんが土蜘蛛に近づく。
蒼天(そうてん)への龍驤(りゅうじょう)!』
地面を抉るような下からの斬撃。土蜘蛛に当たりはしたが、何本もある足で龍哉くんが弾き飛ばされる。
「ぐっ‼︎」
斬撃が痛かったのか、土蜘蛛は龍哉くんを標的にする。矢を絡めとったときと比にならない勢いで糸が龍哉くんを襲う。
「龍哉!」
玉城さんが叫ぶ。
『春荒れ‼︎』
糸が龍哉くんに触れる寸でのところで、刀を振って起こした風が龍哉くんを守る。玉城さんが弓を構え何本もの矢を放つ。それは全て土蜘蛛の周りの地面に刺さる。
「外れちゃった!まずいよ!黄野さん!」
「大丈夫だって。朱音の腕は確かだよ。」
呑気に見ている黄野さんに訴えても相手にしてくれない。
緋緒(ひお)花綵(はなづな)
玉城さんが言葉を放った瞬間に、地面に刺さった弓から赤い花のようなものが伸びて土蜘蛛に巻きつく。ギチギチに拘束された土蜘蛛は動けない。玉城さんは口早に言葉を紡ぐ。
烈日赫赫(れつじつかくかく)、全てが日照り―――』
気の強そうな瞳に朱色の光が宿る。
すると、龍哉くんも続けて紡ぐ。
『渡りし翼は鎧袖一触(がいしゅういっしょく)―――』
彼の瞳も土蜘蛛を捉えたまま蒼色に輝いた。2人が同時に叫ぶ。
『『(あか)飛燕(ひえん)!!!』』
僕は目を疑った。玉城さんの放った弓を龍哉くんが振りかぶって作った斬撃の風が後押しする。弓は太陽のように輝き燃え勢いを増す。そして拘束されたままの土蜘蛛にぶつかる。土蜘蛛はザックリと斬られ苦しそうにもがき逃げようとするが、赤い拘束がそれを許さない。斬られた傷の中から何十個もの髑髏が見える。傷から炎が燃え上がる。
『―――――!!!』
何か甲高い音が聞こえる。土蜘蛛の断末魔だろう。耳をつんざくような音に僕は思わず目をつむり耳を塞いだ。しばらくすると、とんとんと肩をたたかれる。
(もう大丈夫だよ。)
僕が耳を塞いでいたので、黄野さんが口をぱくぱくして教えてくれた。土蜘蛛のいた方を指さす。土蜘蛛だったものはがしゃ髑髏と同じようにどろりとした黒いものとなり地面に染み込んでいっていた。
「終わった…?」
「そうだね。『あやかし』は基本的には人間の恨み辛み、恐れが形を作っているから、ああやって消えていくんだよ。」
黄野さんが教えてくれた。

隠し部屋に戻る。
「ん。」
ガチャン、と玉城さんが僕の前にお茶を置いた。桃の匂いの紅茶だ。
「お疲れ様。お手柄だね。だってさ。」
黄野さんが玉城さんの乱暴なお茶出しをハートフルな解釈で伝えてくれた。
「飲んどいた方がいいぜ。『あやかし』に近づいたっていうのを『他のあやかし』が勘づく前に桃の匂いで浄化して消しておくんだよ。」
黄野さんと龍哉くんもお茶を飲んだ。そうなんだ。(みそぎ)ってやつかな?コクリと紅茶を飲む。苦い。紅茶に詳しくないけど、多分渋くなったの入れられたのかな…。文句を言わずに飲む。
「ねぇ、黄野さん…」
「凛、でいいよ?」
黄野さんがにこりと笑う。後ろには般若。黄野さんは後ろにいる般若の玉城さんを振り返らずに
「凛と朱音でいいよ。」
と玉城さんの許可もとらずに言った。玉城さんが続ける。
「凛がいいって言ってる。」
「…じゃあ、凛さんと朱音さんで…」
おそらく凛さんに従えと言う意味だろう。うんうんと凛さんが嬉しそうにうなずいた。
「あの土蜘蛛って人を襲うんですよね…?被害者とか…」
「そうだね、山に入って行方不明とかの話は聞いてないから人を襲う前だったのかな。野生動物には悪いけど、それくらいの被害で済んでよかったよ。多分、髑髏だ、UFOだってついて行ってたらあの女の人の姿で現れて、近づいてきたところをバクリ、だろうね〜」
カラカラと凛さんは笑ったけど、僕は青ざめていた。もう一度、紅茶を口に含む。怖いし、禊になるなら紅茶を浴びて帰りたい…。凛さんがこっちを見て微笑んだ。
「他に聞きたいことある?」
「あ、そういえば」
ふと、気づいたことがある。
「五神のみんな、攻撃をするときに攻撃技?みたいなの言っていたけど、あれは…?あと、今日聞いたなんか長いのは…?」
あぁ、と龍哉くんが反応する。
「聖仁が言ってる攻撃技ってのは『まじない』だな。『まじないをかける』って言うだろ?普通の攻撃だと『あやかし』への効果はほとんどないからな。『まじないをかけて』攻撃することで『あやかし』に大きなダメージを与えられるんだよ。」
「へぇ〜!」
「長いのっていうのは『真言』。『秘密の言葉』とされる『真言』を紡いでから『まじない』をかけることで五神の加護は強くなり、攻撃が強化される。」
「そうなんですね!」
朱音さんが、説明をしてくれたので心を許してくれたのかと嬉しくなる。朱音さんは僕の方を見ずに凛さんにクッキーを置いた。安定の凛さんへの特別扱い。
「まぁ、『真言』は加護の力を多く使ってるから疲れに繋がるし、疲れると長期戦になったときに不利になるから無闇矢鱈に使うわけにもいかないんだけどね。」
ぽり、とクッキーを一口食べて、凛さんが言う。
「とりあえず、ご苦労様。新聞部、大活躍だったね。UFOが土蜘蛛に繋がるなんて。」
「これを機に新聞部に入ってくれたり…?」
「それはないなぁ〜」
ガクリ。肩を落とす。
「まぁ、不思議なことがあったらここにおいで。がしゃ髑髏に土蜘蛛。こんな大物に遭遇するなんて、聖人(せいじん)くんは『あやかし』になにか関係があるのかもね?」
「そ、んなことないはず…だけど…。何かあったらここに来ます。」
凛さんは笑顔だったけど三日月のように細めた瞳は少し怖かった。
最近、僕には気にかかることがあった。
「UFOのことを教えてくれたクラスメイトが学校に来てない?」
「凛さんのクラスメイトでもあるんだけどね…?」
そうだっけな?と凛さんは首を傾げる。凛さんは寝てるから気づかないよね…。
「担任は病気でお休みって言ってたけど、何の病気だろうって…。龍哉くんもちょっと気にしてたし。」
今日で3日目だ。担任に詳しく聞いても教えてくれなかった。例の隠し部屋でお昼ご飯を食べながら、凛さんに相談する。今日は龍哉くんと朱音さんはいない。
「はい、凛ちゃん。食後のケーキ。紅茶も淹れる?」
「ん。」
朱音さんの代わりに甲斐甲斐しく凛さんの世話を焼いているのは白水くんだ。こう見ると王子というより、執事だな。
「はい、聖仁くんもどうぞ。」
僕にもケーキと紅茶を出してくれる。紅茶が渋くない。
「おいひい。」
凛さんが口いっぱいにケーキを頬張っている。というか、ケーキの切り分けが…凛さんのはホール半分くらいある。僕は通常の一切れ。白水くんが自分用に一切れ用意して凛さんの隣に座る。
「本当?良かった〜!桃の蜜漬けを挟んだケーキにしたんだ!また作るね!」
ニコニコと白水くんが返す。
「えっ、これ作ったの?」
売り物のようなケーキをまじまじと見る。どう見てもプロのものだ。味もむちゃくちゃ美味しい。
「そうだよ。家がケーキ屋をしてるから得意なんだよね。」
「ということは、噂の料理部の王子は…」
「あはは…そんなこと言われてるんだ…」
少し困ったように白水くんが笑った。UFOが土蜘蛛と発覚したので記事にすることが出来ず、次は『校内の有名人』を取材して記事にしようと色んな人のことを聞いていたけど、ここで会えるとは。
「ぼくは助っ人だけどね。」
「えっ?料理部なのに?」
スポーツなら分かるけど、料理部で助っ人とは?
「晶は料理…特にお菓子のコンテストの受賞者常連だよ。」
「へぇ〜」
スマホを取り出し白水くんの名前を検索する。『料理界の貴公子現る!和洋中関係ない美しき料理の数々』おぉ…すごい、本当だ。
「今度、取材しても?」
「いいよ。聖仁くん、新聞同好会だっけ。」
「いずれ、新聞部、になるので新聞部と呼んでください。」
同好会じゃない。僕は新聞部を作るんだ。よし!これはいい記事が書けそう。
「で、クラスメイトの休みの理由を知りたいんだっけ?」
凛さんがケーキを食べてから話を戻した。すごいな、あの量食べるんだ…。
「うん。前日まで風邪っぽくもなかったし、元気だったから急に休むの気になるなぁって。」
「ねぇ、その子ってもしかして、野球部?」
白水くんが話に入ってきた。
「え!そうだけど、なんで?」
僕は野球部とは一言も言ってない…。白水くんは腕を組み、うーんと悩む仕草をした。
「ぼく、昨日部活に言ったんだけど、部員の女の子たちが、野球部が数日前に峠の方まで走り込みしてたって話を聞いたんだよね…。」
「峠…?」
白水くんの話に首を傾げる。走り込みのコースになにか問題があるのだろうか?凛さんは黙って話を聞いている。
「もしかして、あれかなぁって…」
白水くんは凛さんを伺うように見る。凛さんが難しい顔をする。
「あれかぁ…。あれなら、早めに対処しないとまずいよね…。私と晶の2人で行くしかないかぁ…。」
凛さんも心当たりはあるらしい。ため息をついている。
「晶、準備しといて。聖人(せいじん)くん、担任に休んでる子の住所聞いて、家行って。あそこの峠の方まで連れてきて。」
「分かった。聖仁くん、その子の家に行く前にここに寄ってね。」
「えっ、僕が?」
「君の相談でしょ。それに私たちじゃ勘付かれちゃうかもしれないし。」
「『あやかし』が関係してるんだよね?」
「そういうこと。」
そのあと、凛さんは僕にやるべきことを教えてくれた。というか、やるべきことしか教えてくれなかった。もうちょっと説明がほしい。人使いが荒いなぁ。

僕は担任に「プリントを届けます。」と説明して住所を聞き出し、クラスメイトの家に行った。インターホンを鳴らす。
「………もぐ、はい。」
何か咀嚼しながらの返事が聞こえた。クラスメイトだ。
「僕、四方です。体調悪い?」
「まぁ、そんなとこ…。」
「あのさ、もし動けるならさ、ピクニックとかどうかな?僕いっぱいお弁当作ってきてて!おにぎり食べながら学校の近くの峠の方に行って…水筒にお湯も持ってきたから、最後、お茶漬けとかも出来るよ!」
「おにぎり…お茶漬け…。」
クラスメイトが反応する。
「そう!お茶漬け!」
「ん…まぁ、行こうかな?おにぎりも食べながら行けるんだよな?」
「もちろん!いっぱい作っちゃったから食べていいよ!」
クラスメイトが家から出てくる。3日会ってないだけとは思えないほど痩せていて、ギョッとしそうになったがなるべく気づかない振りをする。頭の中で凛さんに言われたことを繰り返す。
『クラスメイトを峠に連れ出すこと。』
『おにぎりがある、お茶漬けがあると言うこと。』
『痩せているだろうが反応しないこと。』
『お弁当は食べさせても最後の一口は絶対に置いておくこと。』
「おにぎりは?」
クラスメイトに聞かれたので、白水くんが用意したおにぎりを渡すと貪るように食べ始めた。
「とりあえず行こう?」
なんとか峠に向かわせるが、お弁当がなくならないペースで行かなければならない。
「もう一個。」
「次。」
「まだあるよな?」
どんどんおにぎりは無くなっていく。峠も近くなってきた。おにぎりはあと2つだ。
「四方、もう一個くれ。」
おにぎりを渡す。常人離れした数を食べ尽くしている。僕の隣を歩いているのは本当に人間だろうか。おにぎりはあと1つ。最後の一口を残せと言っていたけど、渡したら全て食べてしまうだろうからこの一個は渡せない。
「まだあるか?くれよ。」
クラスメイトが言う。
「ごめん。最後の一個だからお茶漬けに置いとこう?峠についたら出すからさ。」
急にクラスメイトの雰囲気が変わる。
「なんでだよ!寄越せよ!腹が減ってんだよ‼︎あるんだろ⁉︎」
すごい勢いだ。ビリビリとした空気に体が固まる。最後のおにぎりを守るように持つ。するとおにぎりを入れた袋を奪おうとクラスメイトが手を伸ばした。
聖人(せいじん)くん!おにぎりを草むらに投げて!」
凛さんの声がしたので、おにぎりを隣の草むらに投げた。おにぎりを追いかけて草むらに入るクラスメイト。
「よくやった!あとは任せて!」
白水くんと凛さんが一緒に峠の方から走ってくる。
「ごめんなさい!峠の目の前で最後になっちゃって!」
「ここまでくれば大丈夫だよ。あとはぼくたちの仕事。」
2人に謝る。凛さんは扇子を、白水くんは薙刀を持っていた。草むらの方を見ているとクラスメイトがおにぎりを食べながら出てきた。泥だらけのおにぎりを貪る姿はもう僕の知ってるクラスメイトの姿ではない。
「ねぇ、あれってどうしちゃったの…?」
クラスメイトに何が起きているかを聞くと白水くんが答える。
「彼はヒダル神に憑かれてる。ヒダル神は餓鬼とも言って空腹をもたらす悪霊。何か食べてないと餓死するんだ。それで学校に来ることもなく家で何か食べ続けてたんだろう。親も担任も病気か何かわからなかったんだろうね。」
凛さんが続ける。
「この峠にはヒダル神を封印している洞窟があってね、普段は通るだけだと憑かれたりしないんだけど、洞窟の近くまで行って覗き込んだんじゃないかな?立ち入り禁止にしてるはずなんだけどね。」
言い終わってから、はぁ…とため息をついた。
「やばいんですか…?」
「やばいというか、なんというか、これまで封印という形にするくらいの相手に私たち2人で挑まないといけないっていうのが…」
「あ…運動部の助っ人のみんなって…」
「みんな試合で今日帰ってくるか微妙なんだよね〜早くても夜とかになるかも。」
あはは…と白水くんが苦笑いをする。そういえば、龍哉くんも朱音さんもいない理由ってそれか…。うちはスポーツ強豪校で全国大会に行く人も多いから、今日は県外まで行ってるんだ…。
「龍哉くんとか朱音さんを待たなくて良かったの?」
「朱音たち待ってたら、彼、餓死するか完全にヒダル神になっちゃうよ。」
「手短に終わらせたいね。」
凛さんと白水くんが言う。ヒダル神に憑かれているらしいクラスメイトがおにぎりを食べ終わり、こちらを見た。
『気づかれたか。』
人ではない声で話すクラスメイト。どう見ても人外だ。話せる『あやかし』は初めてだ。どちらにしても怖い。
「封印されなおしてくださいって言ったら?」
凛さんがヒダル神に話しかける。
『断る。この体で全てのものを食べ尽くす。食べ物も。人の肉も。』
べろりと舌舐めずりをする姿をみてゾッとした。
「大人しくはしてくれないよなぁ。」
「凛ちゃん、頑張ろう?」
「頑張るしかないのかぁ…」
白水くんが凛さんを励ます。なんとも緊張感のない2人だ。前回の経験で学んだので少し離れると、凛さんが扇子を構えた。
宇宙無双日乾坤只一人(うちゅうにそうじつなくけんこんただいちにん)、己を思い出せ。己から悪しきものを排除せよ―――』
金色の瞳がクラスメイトを捉えた。
『はららになる木下闇(こしたやみ)
クラスメイトがうめきだし、バリバリと無理矢理何かを引き裂くような音がする。クラスメイトが倒れた。
「えっ!人間相手だからね⁉︎」
僕が言うと白水くんが「分かってる」とでも言うように手をひらひらさせた。
『小賢しい技を使いよる。引き剥がしのまじないか。』
倒れたクラスメイトの下から声がした。クラスメイトの影が動き、膨らむ。そこには異様に腹だけが膨らんだガリガリの男が立っていた。
「あれがヒダル神の本体。」
ヒダル神から目を離さず、凛さんが説明してくれた。
虎落笛(もがりぶえ)
ヒダル神と倒れたクラスメイトの間に突風が吹く。ヒダル神は腹の膨れた見た目とは裏腹に軽々と突風を避けた。
『かけら星』
凛さんが扇子を向けた瞬間に、輝く星屑が追いかけるように降り注ぐが、これもヒダル神は避ける。凛さんがヒダル神と対峙している間に、白水くんがクラスメイトに駆け寄り、片腕で軽々と担ぐ。そのままヒダル神から目を離すことなく、こちらに戻ってくる。
「はい。よろしく。」
そして、クラスメイトを僕のところに置いて、凛さんの元に行った。
「大丈夫⁉︎」
クラスメイトの肩を叩くと規則正しい寝息が聞こえた。生きてる…。良かった。痩せてしまってはいるけど憑かれていた時と比べて穏やかな顔をしている。
「凛ちゃん、どうする?」
「ぶち込む。」
「りょうかい。」
2人が会話を終えた瞬間に走り出した。
『かけら星!』
凛さんの攻撃である星屑を避けながら、ヒダル神が峠の方に逃げる。白水くんと凛さんが攻撃を繰り出しながら追いかける。
獅子乱刀(ししらんとう)!』
落英繽紛(らくえいひんぷん)銀花(ぎんか)!』
白水くんの鋭い薙刀での攻撃を凛さんの扇子から花のように乱れ散る銀の刃物が援護する。僕はクラスメイトを安全な道の端に寝かせ、2人を追いかけた。峠まできた時にヒダル神が急に振り返り、言葉を発する。
『緑の腐敗!』
「「っっっ!!!」」
急に空気が変わる。目の前にいた2人がぐらりと揺れ、凛さんが膝をつき、白水くんはなんとか薙刀で体を支えている。
「2人とも!」
追いかけてきた僕の視界もぐにゃりと歪む。頭痛と吐き気でうずくまった。
『弱い弱い。我だって神の端くれ。(まじな)いくらいつかえるわい。敵うと思うな。』
ニタニタとヒダル神が笑っているのが分かる。息が苦しい。二酸化炭素中毒を凝縮したかのような症状に顔をあげることさえ叶わない。凛さんが完璧に突っ伏している。白水くんが凛さんを庇うようにヒダル神の前に立つ。
『どうした、薙刀の小僧?お前も立っているのもやっとだろう。』
ヒダル神は白水くんを煽るように言った。白水くんはヒダル神を無視して後ろで倒れている凛さんに背を向けたまま、話しかける。
「はっ…凛ちゃん、一瞬は、っ、ぼくに任せて。あとは頼むよ…。」
反応のない凛さんに過呼吸気味にそう言い、白水くんがヒダル神を睨んだ。その瞳はアイスブルーに輝いていた。白水くんが真言を紡ぐ。
天霧(あまぎ)る霞、我が刃の颶風(ぐふう)により、遙遙(はろはろ)に消えよーーー』
白水くんが振り絞るように薙刀を大きく回す。ぶわり、と空気に不自然な動きを感じた。
『色なき風!』
突然の旋風。全ての空気が飛ばされるようなそれに思わず目を瞑る。新鮮な空気が舞い込み、一瞬、息がしやすくなった。その瞬間に聞こえる鈴のような声。
紅鏡(こうきょう)よ、うらうらと光の恵みを。木叢(こむら)よ、光による清浄な気を生み出せーーー』
凛さんは倒れたままだがしっかり扇子を握っている。
何時迄草(いつまでぐさ)
地面からものすごい勢いで蔦のような植物が生えてくる。真言による光の恵みとやらが植物の成長速度を引き上げているのか、艶艶とした緑は凛さんの近くからヒダル神まで一瞬で辿り着き、避けようとするヒダル神を追いかけ、絡みつき、離さない。そして、『何時迄草』の緑によって清浄な空気が生み出される。頭痛と吐き気が軽くなる。
『ぐぬぅ…‼︎』
ヒダル神はもがく。
『緑の腐敗!』
ヒダル神の二度目のそれは凛さんの『何時迄草』の清浄な気には敵わない。凛さんがふらつきながら扇子を向ける。
『琥珀の光芒(こうぼう)!』
『ぐっ!『水神のよろめき!』』
いくつもの光の柱がヒダル神を狙う。が、うめきながらもヒダル神が唱えた何かが、光の柱を屈折させる。ふらつきとヒダル神の(まじな)いにより、凛さんの攻撃はヒダル神を掠めていった。ダメージはあるだろうが、致命的ではない。
『ぐっ…!ふんっ‼︎』
ヒダル神は蔦を噛みちぎり、逃げる。掠めた光の柱による傷が目立っていたが死に物狂いで逃げる気だ。凛さんが追いかけようとするが、膝をつく。白水くんが駆け寄った。
「晶、行って…」
「分かった!」
白水くんがヒダル神を追った。
聖人(せいじん)くん、肩貸して…」
「分かった‼︎」
凛さんを支えながら出来るだけ早く走る。少し森の方に入ったところに、ヒダル神と白水くんがいた。ヒダル神はすばしっこく逃げていて、白水くんの薙刀という小回りのきかない武器は相性が悪い。
「追いついた!」
凛さんが叫んだ。一瞬だけ、白水くんがこっちを見た。ブンッと薙刀を振りかぶる。
大黒鼠(だいこくねずみ)!』
何もかもをぶち壊しそうな大振りの攻撃だったが、近くの洞窟に入って避けたヒダル神にそれは当たらない。
『どこを狙っている』
ヒダル神がニタァと嫌な笑いを浮かべる。
「どこだと思う?」
白水くんが言った瞬間に洞窟がガラガラと崩れ始めた。
「自分が封印されてた洞窟にわざわざ入っちゃうなんて、そうとう余裕なかったんだね。」
白水くんが嫌味を言って、黒く微笑んだ。これまでヒダル神を封印していた岩の数々が今度は物理的にヒダル神を閉じ込める。
「今度こそ、当てる!」
凛さんが扇子をひらき、言葉を紡ぐ。金色に輝く瞳はきらきらと燃えている。
『現し身を脱ぎ捨てるもの、ゆららと青白く輝き―――』
『その輝き纏う石、牙の如く光貫くものを離さない―――』
アイスブルーの瞳が続きを紡いだ。薙刀を一周まわす。
『『燐光(りんこう)を放つ犬牙(けんが)!!』』
2人の声と薙刀の石突が地面にぶつかる音が響いた。その瞬間、ヒダル神がいる洞窟の下から棘のような岩が生える。というか、サイズ的には岩なんだけど、鉱物だ。宝石のような鉱物が不思議な光を纏いながらバキバキと生えてくる。直接は見えないが、ヒダル神は無事ではないだろう。
『ぐぁぁあ…‼︎』
ヒダル神の苦しそうな声が聞こえて、鉱物が輝きながら消えた。洞窟から黒いどろりとしたものが見えて流れていった。それが見えなくなった頃に空気が澄んだ感じがした。ヒダル神の(まじな)いの『緑の腐敗』の効果が完璧になくなったんだろう。
「終わった…?」
僕がつぶやくと凛さんが
「終わったよ、帰ろっか。」
と返し、ぐらりと倒れた。僕が手を伸ばすより先に白水くんが、支える。そしてお姫様抱っこをする。
「ぼくが連れてくから大丈夫だよ。」
にこりと白水くんが笑う。僕は苦笑いで
「ごめん…あの、クラスメイトの方が重くて…道端に置いてきてて…家に連れて帰りたいんだけど…ぱっと見、白水くん、僕より力持ちだよね…?僕が凛さんをおんぶするからクラスメイトお願いできないかな…?」
チラリと白水くんを見ると笑顔だった。笑顔だけど怖い笑顔だ…。
「今日はこの役、絶対譲れないから。」
白水くんは凛さんを離さない。どうしよう。クラスメイトは野球部で僕より身長も高い。気絶したように寝てたから本当に起きそうにないんだけど…。優しそうな白水くんの容赦ない断りに僕は呆然としていた…。

僕たちは隠し部屋に戻ってきていた。先ほどまでベッドでスヤスヤと寝ていた凛さんも復活したようで、白水くんが用意した桃の紅茶と桃ジャムのパンケーキをもりもり食べている。凛さんにはパンケーキをタワーのように積んでるけど、僕には2枚。晩御飯前だし、そんなにいらないけど、こんなに差をつける?とりあえず紅茶はしっかり飲んでおく。静かな時間を過ごしていると勢いよく扉が開いた。
「凛!」
弓道着のままの朱音さんが入ってくる。あとから龍哉くんが入ってくる。
「あいつ送って、そこで朱音に会ったから一緒に戻ってきた。ヒダル神に憑かれてたんだな。本人も自分の状態をぼんやりしか覚えてないと思うぜ。」
「本当にありがとう!」
クラスメイトを送ってくれた龍哉くんにお礼を言う。結局、白水くんは凛さんを手放さなかった。途方に暮れてたときに龍哉くんから「そろそろ戻るけど今日の凛の様子は?」という連絡がきた。なので、龍哉くんに状況を説明すると試合から戻ってきて、そのままクラスメイトを連れ帰ってくれたのだ。
「白水くん、本当に凛さん連れて先に帰っちゃうし、どうしようかと思ったよ…」
「白水、お前なぁ…」
龍哉くんのため息。白水くんは僕たちの方なんて全然見ない。ニコニコ笑顔で凛さんの紅茶にジャムを入れて混ぜている。僕はもうあの笑顔を信じない…。
「凛、大丈夫⁉︎ヒダル神が相手だったんだよね?怪我してない?」
「らいひょうふ(大丈夫)。」
「あたしがいれば…!」
朱音さんが凛さんに抱きつく。凛さんは気にせずパンケーキを食べ続ける。凛さんの食べっぷりはヒダル神に憑かれたクラスメイトに負けてない。
「あ〜あ、もう帰ってきちゃった。」
残念そうに白水くんが言った。
「帰ってきたら悪いわけ?」
ピクリと朱音さんが白水くんの言葉に反応する。白水くんも笑顔のまま機嫌悪そうに朱音さんに返す。
「ずっと思ってたんだけどさぁ、凛ちゃんの給仕役はじゃんけんでって決めたけど、ぼくの勝率低くない?2割くらいなんだけど。おかしいよね?もしかしてなにかズルしてる?」
「してても絶対に教えない。」
黒い笑顔の白水くんと鋭い視線の朱音さんの間に火花が見える…。美形同士の睨み合いとはこんなに怖いものなのか。
「あいつらまじで仲悪いんだよ。朱音は元々凛以外には冷たい感じだけど、白水とは凛の給仕役の取り合いでずっと本気で喧嘩してる。」
震える僕に龍哉くんが教えてくれる。
「そうなんだ…」
「どっちも凛の世話をしたいタイプというか…。朱音は凛命だし、白水は凛を甘やかしたいし。白水は凛さえ絡んでなければ温厚な方なんだけどな。」
「ちなみに間に挟まれて気にせず食べ続けてる凛さんは晩御飯食べれるの?とんでもない量のパンケーキ食べてるよ?」
「あぁ、凛はな、麒麟の加護は強力なだけあって消耗が激しいんだよ。元々体力もないから腹も減るし眠くもなる。だからいつもなんか食ってるだろ?」
「あ、そういうことなんだ?」
「元々大食いでもあるけどな、白水も食べさせがいあるんだろ。」
「それで白水くんは凛さんにはいっぱいお菓子用意したりするんだ〜。」
「それはただのぼくの気持ち。普通に贔屓だよ。」
朱音さんと睨み合いながら白水くんが返事した。あ、贔屓って思ってたの分かってたんだ…。
「凛がこんなに食べてるんだから、無理させたんでしょ?あんた体力ないもんね?馬鹿力だけが取り柄じゃない。」
朱音さんが白水くんに言う。
「だからいつもお菓子用意してるでしょ。玉城は体力あっても料理は全然ダメだもんね?凛ちゃんに自作のお菓子なんて作れないからぼくを敵視してるんだ?」
し、白水くん…朱音さんに負けてない…。
「今回、よく2人で倒せたよなぁ。ヒダル神って悪霊といえど『神』ってつくからな。神のレベル相手に体力に自信のない凛と白水って…」
龍哉くんがつぶやいた。
「凛さんも運動部の助っ人に入らないってそういうことだもんね?」
「凛は俺らみたいな武器じゃないし、まじないが強いからな。逃げることもないからか走るの苦手だし、体力もあんまりないんだよなぁ。加護のおかげで運動神経が何倍にもなるんだけど、オレらが5×2になってる中で1×2してるようなもんというか…」
元の数字が小さいと何倍にしようがな…と龍哉くんは説明してくれた。
「今日はありがとう。聖人(せいじん)くんが助けてくれたからヒダル神を倒せたんだよ。」
パンケーキを食べ終わり、口の端にジャムをつけたままの凛さんが僕の隣にきて微笑む。
「いや、僕が依頼したし…。助けたってそんな。…えっと、ここにジャムついてるよ!」
お礼を言われたのが気恥ずかしくて、誤魔化すようにして、ティッシュでジャムを拭いてあげた。
「「!!!」」
「あぁ…聖仁…」
「ついてた?ありがとう〜。」
頭を抱える龍哉くん。お礼を言う凛さん。そして、一気に気温がマイナス10度くらい下がった気がした。
「…どういうつもり…?」
「ライバル、かな…?」
朱音さんと白水くんが僕の前に立った。僕はやばいことをしたのかもしれない。

そのあと、僕は朱音さんと白水くんからの質問責めにあった。「お世話係は譲らない!」という2人の圧が強すぎて3センチぐらい身長が縮んだ気がする。質問責めが終わる頃には僕のパンケーキは龍哉くんに食べられていた。
「「「妹が幽霊を見た?」」」
「そう、幽霊。」
龍哉くんと僕はクラスメイトであるサッカー部の田浦くんと野球部の本山くんと4人で昼ご飯を食べていた。田浦くんにお昼を誘われたからだ。
「うっそだぁ〜お前な、UFOだって誰かの見間違いって言われて結局誰も見なくなったんだぞ?それもなんかの間違いだろ〜」
本山くんが馬鹿にしたように返す。違うよ、本山くん。UFOは『あやかし』だったし、君も『あやかし』…『ヒダル神』に憑かれていたんだから、幽霊を馬鹿に出来ないよ。心の中で返す。龍哉くんも本山くんを少し呆れた顔で見ている。「こいつ、死にかけたくせに呑気だな」とでも思っているんだろう。
「で、その幽霊が?」
龍哉くんが話の続きを聞こうとする。田浦くんが続ける。
「妹が言うにはさ、「斬りたい」って言って彷徨うようにうろうろしてるらしくて、保育園の近くをうろついてるのが見えるんだけど保育園に入っては来ないんだとよ。んで、俺が迎えに行くタイミングで消えるらしい。」
「ふ〜ん…保育園の近くにはいるけど入って来れなくて、田浦くんが近づくと消える…」
僕が頭の中で考えたことを龍哉くんも考えたようで田浦くんに少し乗り出して話を続ける。
「なぁ、田浦。お前、瑞桃の守り、どこにつけてんの?」
「え?部活のスポーツバッグだよ。部活ない日でも大抵持ってるしな。これ、持ち歩かなきゃいけないんだろ?」
「そうだな。おい、聖仁、ちょっとこっち。」
龍哉くんが僕を廊下に連れ出して小声で話す。
「お前も思っただろうから言うけど、おそらく田浦が近づくといなくなるのは瑞桃の守りが関係している。」
「でも本山くんはヒダル神に憑かれてたよ?」
「瑞桃の守りの効果が3回の理由、知ってるだろ?」
「3回も危険に飛び込むやつは自己責任…」
「それは冷たく言い過ぎだけどそういうことだ。本山が『ヒダル神』に憑かれたのは洞窟を覗き込んだからだ。瑞桃の守りはな、自分から『あやかし』に接触した場合、効果は薄くなる。『あやかし』を避けるための守りだから、危険に飛び込んでるやつは守れる対象じゃなくなるんだよ。それこそ憑くことが可能になるくらいにな。」
「つまり、田浦くんはたまたまそこを歩いてるってことで自分からの接触には入らないから守られている…?」
「そういうことだ。でも妹から霊の存在を聞いた。存在を認識したということになる。そうなると同じように通ってても話が変わってくる。」
「存在を知ってその場に行くことは自分からの接触になっちゃうってこと?」
「あぁ。まずいな。」
「やっぱり、『あやかし』がいるの?」
「おそらく。」
「いるな。それは『アカシサマ』だ。」
「わぁあ⁉︎」
突然の低い声に驚く。龍哉くんは僕の後ろに目線をやった。
「なんだよ、武。盗み聞きかよ。」
「龍哉、廊下で『あやかし』の話は控えるように。『あやかし』の話をすることで聞いた生徒が不安や恐怖を感じ、その感情が新たな『あやかし』になりかねない。怪異とはそうやって生まれてきたんだ。」
「へいへい。」
黒岩くんのお説教を適当に流す龍哉くん。まるで先生と不良だ。
「四方、お前もだぞ。」
僕も黒岩くんに注意される。
「黒岩くん、ごめんなさい。」
これは素直に謝っておいた方がいいと思ったので謝ると黒岩くんはうなずいた。
「分かればいい。あと黒岩じゃなく、武でいい。」
「友達になりてぇってさ。」
「おい、龍哉‼︎」
黒岩くんをからかうように龍哉くんが言った。
「えっとじゃあ、武くん。僕も聖仁って呼んでね。」
「聖仁、よろしく頼む。」
「こいつ、この前のヒダル神の件を聞いてから五神の加護もないのにクラスメイトのためによく立ち向かったとかなんとか言ってたんだよ。」
「えぇ…そんな。」
恥ずかしい。他の五神のメンバーは僕を手荒に扱うことが多いのでそんなストレートに褒められると照れてしまう。武くんがコホンと咳払いをする。顔が少し赤くなっている。武くんも暴露されて恥ずかしいよね。落ち着いたイメージの彼のそんな姿は僕にとってはかなり好印象だ。
「とりあえずだ。それに関しては俺が対応しよう。」
「えっ、凛さんに言わなくていいの?」
「構わない。」
武くんが即答する。
「えぇ…凛に言わねぇの?う〜ん…念のためオレも行く。相手は「斬りたい」って言ってるんだろ?だったら、オレが適任だろ。」
龍哉くんが面倒くさそうに言った。確かに刀を扱う龍哉くんがいれば心強いだろう。
「僕も行くよ。龍哉くんたちじゃ勘付くかもしれないなら、僕が囮として、御守り外したまま行こうか?」
「おい、聖仁!それは危ないだろ。」
龍哉くんが慌てて僕を止める。
「龍哉くんたちがいるなら大丈夫だよ。それにがしゃ髑髏のときは御守りが僕を守ってくれたんだ。作ってくれた武くんにはお礼をしたいし。」
「聖仁、協力を頼めるか?」
武くんが僕に言った。
「もちろん!」

田浦くんから聞いた話によると保育園に迎えに行く少し前の時間に『アカシサマ』は出るらしい。放課後、保育園の方に向かいながら話す。
「アカシサマは人を斬りたいという欲で乱心している殿様の霊だ。欲を抑えきれず、家からこっそり外にでていた幼子を斬った。そして、それを憎んだ幼子の親によって殺されて霊になったとされている。」
武くんが説明をしてくれる。
「だから「斬りたい」と言って彷徨っている…?」
武くんに確認するように話しかける。
「そうだ。まだ欲を抑えきれず、子どもを探している。それで保育園の近くに出るんだろう。だが、アカシサマは外に出ている子どもにしか接触出来ない。『アカシサマが出るから子どもは夜に外に出て行ってはいけない』という言い伝えがある。怪異などの対策方法は怪異の成り立ちに影響する。外に出ていた子どもを斬ったという成り立ちが「外にいる子どもにしか接触できない」という縛りになったんだ。」
「武くん、詳しいんだね。」
『あやかし』に関わるからと言えど、こんなにしっかり説明をしてくれるとは。
「俺の家は由緒正しい神社だ。姉も巫女をしている。なので『あやかし』のことも幼い頃から知っている。」
武くんが誇らしげに言った。そのあと少し顔を曇らせる。
「学校の守りはまだ完全ではない。姉が玄武の加護で瑞桃を守っていた頃はもっと強固なものだったはずだ…。」
「お姉さんも玄武の加護があるの?」
加護って代々みたいな感じなのかな?僕が驚いていると龍哉くんが続ける。
「瑞桃高等学校附属中学校では五神…というか四神が4年ごとに学校を守るのが伝統なんだよ。」
「四神…」
「そ。青龍、朱雀、白虎、玄武。これで四神。」
龍哉くんが説明してくれる。
「凛さんの麒麟は…?」
「麒麟に加護を与えられる人間は100年に1度いるかいないかの存在なんだよ。だからなのか加護は強力だし、まじないも強くなる。」
「そうなんだ。凛さんってすごいんだね。」
感心したようにいうと武くんがムッとした顔になった。
「別に黄野がすごいわけではない。麒麟の加護があっただけで本人は信心深いわけでも修行をつんでるわけでもないし、別に血筋だって他の四神のような…」
「武。それ以上はやめろ。」
武くんが続けようとしたときに龍哉くんが遮った。横を見ると龍哉くんが武くんを睨んでいた。
「武、お前の努力は認めてるけど、それは凛を悪く言っていい理由にはならねぇ。」
「…すまない。」
武くんが素直に謝った。なんとなく、武くんには彼なりの考えがあって本心から凛さんが憎いわけではないのは分かった。
「ん。オレは武の努力も凛の才能も認めてる。」
龍哉くんの一言に武くんが返すことはなかった。

「じゃあ、ここからは僕が1人で行くね。」
保育園から少し離れたところで2人と別れる。
「聖仁、これを持っていけ。」
武くんに渡されたものを見る。
「これは…小さい木刀?」
「あぁ、これは俺が加護の力をこめて作ったものだ。『あやかし』に勘付かれないように強い加護ではないが、守ってはくれるだろう。」
武くんが僕を見た。自信のある目だ。武くんは自分の力に自信を持っているんだな。
「ありがとう。持っていくね。」
鞄に大切に入れておく。
「アカシサマがでたら、引きつけてここまで来ればいいんだよね?」
2人に確認する。
「この公園に俺の守りの陣を張っておく。がしゃ髑髏のときを覚えているか?あれと同じようなものだ。」
「この五芒星の模様の真ん中に来たら陣が発動する。そしたらオレらにも分かるから駆けつける。んで、オレがアカシサマを斬る。」
武くんと龍哉くんが手順を教えてくれる。
「分かった!待っててね!」
「頼んだ、聖仁!」
「気をつけろよ!」
武くんと龍哉くんは公園から少し離れた場所に待機しに行った。しばらくの間、うろうろしてみたがそれっぽいこともなく、空が暗くなり人通りが少なくなってきた。
「今日は出ない日かな…?」
一言つぶやいたときに、ぞわりとした感覚があった。『それ』はこれまでも何度か経験した命の危機の恐怖。
『キリタイ…斬りたい。』
バッと後ろを見ると歴史上人物のような殿様の格好をした男。『アカシサマ』だ。しっかり目があった。
『斬りたい…お前を斬りたい‼︎』
やばい。そう思った時には体は動いていて。思い切り走る。いける。これなら陣まで誘導できる。そう油断したのがいけなかった。
『ニゲるのか…『迷い子』、『連ぬ人の(ひざまず)き』』
「っ⁈」
急に足の力が抜けた。アカシサマが刀を振りかぶる。顔を守るように鞄を向けると
「うわぁ⁉︎」
鞄が真っ二つになった。一刀両断…。転校してきて、買ったばかりなのに…!咄嗟に鞄から木刀だけ拾うと足に力を入れて公園に入る。油断した…。ヒダル神のときと同じだ。アカシサマは(まじな)いをつかえるのか。でも陣まであと少しだ。
『キる、キリタイ…『幼子の泣き(とよ)み』』
「うっ…‼︎」
頭に爆音が響く。周りで響いてるわけではない。僕の頭の中に人の泣き叫ぶ声が聞こえる。(まじな)いをつかわれたんだ。音の情報はもう拾えないので目を頼りにする。後ろを振り向くとアカシサマは僕を追いかけてきていた。覚悟を決めるしかない。アカシサマが僕に刀を向ける。そして刀を振り下ろす。
『っ⁉︎』
「…っ‼︎やぁっ‼︎」
持っていた木刀でアカシサマの刀を受ける。受けきれなかった刀の切先は肩に当たって斬れて痛い。しかし、木刀が刀を弾くように火花を散らす。加護の火花だ。アカシサマが怯んだ隙に木刀を斜めにすると力を僕の方に入れていたアカシサマがバランスを崩す。バランスを崩した先には、武くんが張った陣。よし!と、思ったがアカシサマは陣の目の前で体勢を立て直した。
「くっ‼︎」
『!』
ここまできて引き下がれるか。陣に押し込むようにアカシサマに木刀を振り下ろす。アカシサマに刀で受けられるが押し込むつもりで力を入れる。頭に爆音が響いてクラクラするし、もうヤケクソだ。体重をかけて押し込む。しかし、相手は戦国を生きたとされる殿様の『あやかし』だ。力の差は歴然で。僕が徐々に押されていく。龍哉くんと武くんは陣の発動で駆けつける予定だ。陣さえ発動すれば2人は来る…!ジリジリと押しあい、僕の手が痺れてきたときに突然僕の後ろからアカシサマの刀が弾かれた。キィン…!という刀同士が当たった金属音が響く。
「聖仁、待たせたな‼︎」
爆音が響いていたはずの僕の耳に、頼りにしていた勇ましい声が聞こえた。アカシサマが弾かれた勢いで陣に入った。そして、出ようとしても陣からは出られない。
「龍哉くん‼︎」
「遅くなってわりぃ。アカシサマが何かしたのか、お前の姿があやふやになっちまって…」
「あ…。」
思い出す。僕が転けてしまう寸前。『ニゲるのか…『迷い子』、『連ぬ人の(ひざまず)き』』とアカシサマは言った。あれは僕を「迷い子」と言ったわけではなく、(まじな)いをつかったんだ。それで僕は迷子のように姿が見えなくなった。
「多分、(まじな)いをつかってた…。」
「やっぱりか。」
龍哉くんが陣の方を見るとアカシサマは自分の身に何が起きたか分からず混乱したように周りを見ている。武くんが陣の近くに立っていた。
「聖仁、協力感謝する。ここからは俺たちの仕事だ。」
武くんからの言葉を聞いて、安心した僕はその場に座り込んでしまった。龍哉くんが両手に刀を持ち、陣の方に走る。
黎明(れいめい)!』
横一閃の太刀筋。アカシサマは陣の中で器用に龍哉くんの攻撃を避けた。
「龍哉、任せろ!」
叫んだ武くんの方を見ると大きな盾を手に持っていた。その盾で勢いよく地面を殴る。
泥土陥穽(うきかんせい)!!』
武くんの低い声が響いた瞬間に、ドプンッとアカシサマの足元が沼地のようになる。足元の変化によりアカシサマがバランスを崩す。
『キル…きル、キリたい…キラセろ!!』
叫ぶアカシサマ。何を言っているのかは分かるけど、それが意思疎通出来る状態の言葉ではないことを感じる。
「龍哉!」
「分かった!」
武くんの目に強い光が入った。言葉を紡ぐ。
『天からの降り積む六つの花―――』
『抜けば玉散る氷の刃―――』
続ける龍哉くんの目が蒼く輝く。
『『(ささ)(ゆき)!!』』
ずしりと何かの重みがかかったような動きをしたアカシサマをキラリと光る刀で龍哉くんが一刀両断した。黒くどろりとしたものが陣に消えていく。
「やった…?」
「あぁ…」
「俺たちの勝ちだ…」
「「「やったーーー!!!」」」
3人で声を上げる。夕方で人通りも少ない場所なので声が響いた。
「聖仁、よくやってくれた…!」
武くんが思い切り僕を抱きしめる。うぎゅ、苦しい…。
「おい、お前ラグビー部なんだから。力いっぱい抱きしめるやつがいるかよ。聖仁、潰れんぞ。」
龍哉くんが止めてくれた。そして僕に拳を出す。
「やったな、聖仁!」
「うん!龍哉くんも、武くんもね!」
僕は2人に拳を出し、グータッチした。3人で力を合わせた『あやかし』退治だ。夕焼けが落ちてきそうな空の中、僕たち3人はわいわいとお互いを褒め称えながら、隠し部屋に帰ったのだった。

隠し部屋の扉を開けると待っていたのは地獄の時間だった。僕たち3人は今、椅子に座って脚を組む凛さんの前に正座している。凛さんは扇子を開いて目を細めている。迫力のある怒り顔だ。
「で?武、言い訳はある?私に言わないって決めたのは武だよね?」
「………」
武くんは黙っている。
「おい、凛…」
龍哉くんが助け舟を出そうとする。
「龍哉は黙ってて。」
「……はい。」
助け舟、沈没。
「神社生まれでもない、修行もしてない、血筋も別に由緒正しいわけではない私が、麒麟の加護のおかげでリーダーです。というのが気に食わないようだけど?」
「おい!凛、それは…!」
龍哉くんが立ちあがろうとする。
「龍哉、うるさい。」
「ごめんね、青山。凛ちゃん話してるから。」
「でも、朱音っ、ぐぇ、白水ぅぅ…」
朱音さんが遮ったあと、白水くんが龍哉くんに絞め技をきめた。綺麗なバックチョークだ…。黙った、わけではなく黙らせられた…。その様子を気にするでもなく凛さんは続ける。
「独断で動いて、協力者が怪我をしたんだよね?聖人(せいじん)くんにお手伝いを依頼したことは私もあるよ?それで怪我をさせてしまうこともあるかもしれない。でも危険度を下げることはできたよね?私に報告しなかったことが、武のミスだよ。」
はぁ〜っと凛さんが苛立ちを含めたため息をつく。見たことない姿だ。
聖人(せいじん)くん、ごめんね。痛かったよね。傷から『あやかし』の(まじな)いは感じないから物理的なものだし、普通に治るとは思うけど…」
凛さんが僕の肩をみる。『アカシサマ』に斬られた肩は、帰った瞬間に凛さんが気づいて手当てをしてくれた。
「大丈夫だよ!僕が囮になるって言ったんだし…」
僕は慌てて返事した。僕がやるって言ったんだし、武くんだけが責められるものではない。
「いや、俺の判断が悪かった。すまない。」
武くんが僕に頭を下げた。
「反省してるなら、もういいよ。私からの話はこれで終わり。」
凛さんは納得はしてなさそうだけど、そう言ってくれた。ほっと胸を撫で下ろす。どうなるかと思った。
「と、いうわけで、朱音、あとはよろしく。」
「「「え???」」」
「凛、任せて。龍哉、黒岩、四方。来なさい。龍哉のお祖父様の道場で稽古と掃除。話はつけてある。待ち構えてるわよ。反省したなら罰を受けなさい。」
朱音さんが外に出る準備をはじめる。
「はぁ⁉︎じいちゃんに言ったのかよ‼︎」
「青山先生の道場か…」
「僕も⁉︎五神じゃないのに⁉︎」
龍哉くん、武くん、僕がそれぞれに文句を言う。龍哉くんのおじいさん、むちゃくちゃ怖い剣道の師範って本山くん言ってたよね…。
「四方が囮になるって言ったんでしょ。自分で言ってたじゃない。連帯責任よ。」
朱音さんは相変わらず冷たい。
「はい、3人、どうぞ。」
白水くんが桃の匂いのする紅茶を出してきた。そうだ。浄化を忘れていた。武くんと龍哉くんと一緒にコップに入った紅茶を飲む。
「「「…!うげぇぇぇ…!」」」
に、苦い⁉︎桃のいい匂いなのに苦いっていうか渋いっていうか…!なんというか…まずい!白水くんを見ると白水くんは笑っている。
「悪い子専用。玉城特製の桃ジャム入り紅茶。味、紅茶じゃないよね。大丈夫だよ、浄化の効果はあるし。」
えぇぇ…桃ジャム?もしかしてこのおこげみたいなのが?よく見ればお茶に黒いものが浮いている。
「朱音、お前、料理苦手にもほどがあるだろ!」
「玉城…」
龍哉くんが朱音さんを責めた。武くんは憐れみの顔で朱音さんを見ている。僕たちの反応に朱音さんが般若の顔になる。
「うるさいわね!こっちもそういうつもりで作ったんじゃないわよ‼︎白水も変なことにジャム使わないで‼︎」
「玉城の作ったジャム残っちゃってたんだもん。」
白水くんはしれっと言った。ふん、と朱音さんは怒ったようにそっぽを向く。そして、勢いよく僕たちを振り返った。
「何してんのよ!早く飲んで準備しなさいよね!」
八つ当たりだ。僕たちは反論も出来ず、渋々紅茶を飲みきり、龍哉くんのおじいさんの道場に行く準備をした。
凛さんに相談なしで危ない『あやかし』退治をした、ということで僕たちは罰として龍哉くんのおじいさんの道場で稽古と掃除をすることになった。
「ほら、入りなさい。」
大きな道場だ…。
「ただいま〜…」
龍哉くんが渋々入る。
「遅い!声に覇気がない!しっかり挨拶せんか!」
道場にいかにも厳しそうなおじいさんが立っていた。おじいさんとは言うものの背筋はまっすぐ伸びていて、上背もある。髪も後ろに撫でつけられていて、見た目が若い。怖い武道担当の体育の先生とかを連想する見た目だ。
「お久しぶりです。青山先生。」
「うむ。武、久しぶりだな。」
武くんが礼儀正しく挨拶する。
「あの…初めまして!四方 聖仁と申します!」
緊張しながらなるべく無礼のないような言葉を選んだ。
「おぉ、元気がいいな!龍哉から聞いている。聖仁くんだな?今回、3人で無茶したらしいな。」
龍哉くんのおじいさんが、一瞬、驚いた顔をしてから笑った。あ、ちょっと龍哉くんに似てるかも。龍哉くん、僕のことなんて話してるんだろう。
「武と聖仁くんは家に電話しなさい。今日はうちで飯を食うといい。ご両親が心配していそうなら私から説明してもいい。」
龍哉くんのおじいさんが言った。
「はい、道着に着替えて。」
龍哉くんのおじいさん…青山先生の隣に立っていた朱音さんが僕たちに指示をした。
「青山先生、よろしくお願いします。」
「任された。朱音はどうする?」
「あたしは一度学校に戻って凛とまた来ます。」
「2時間後に夕飯を準備するからそれくらいに来なさい。」
「分かりました。」
テキパキと僕たちを預け、朱音さんは帰っていった。僕たちは道着に着替える。
「着方、分からない…。」
「しゃあねぇな。見てろよ?こっちを前にして、こうして〜」
「俺たちは授業で着たりするんだが、聖仁は前の学校でなかったのか?」
「うーん…選択授業で…陸上とか選んでたかも。走るのは苦手じゃないから…。」
もたもたと着替えて道場に戻る。
「木刀を持ちなさい。素振りから。」
3人で木刀持ち、素振りをする。流石に龍哉くんは手慣れたもので涼しい顔をしていたし、武くんは力強い。僕はといえば
「聖仁くん、振り下ろす角度が浅い!もっとしっかり振り下ろすんだ!」
「はい…!」
腕が重い…。そのあとも打ち込み稽古などをする。
「休憩!休んだら掃除!」
青山先生がそう言ったときには僕は畳に突っ伏していた。だくだくと汗が流れる。僕は明日、無事に体は動くんだろうか…。
「おい、聖仁、大丈夫かよ。」
僕と違い爽やかな汗をかいた龍哉くんが話しかけてくる。
「ぜぇ…はぁ…なんとか…」
「素人にしては体力がある方だな。」
武くんも近寄ってきた。
「そういや…ぜぇ…武くんは…はぁ…」
「息を整えてから話せよ。」
龍哉くんに言われたので深呼吸をする。少し時間をおいた。畳に寝転んだまま武くんに話しかける。
「武くんはラグビー部ってこと?龍哉くん、今日言ってたよね?」
「そうだ。俺はラグビー部と書道部の助っ人だ。」
「えっ、2つ部活に入ってるの?しかも助っ人で?」
「ラグビー部は俺のガタイをみて分かるだろうが、助っ人を依頼されて入っている。書道部は家の都合上、お札や御朱印などを書くこともあるからな。そういうのも必要ということだ。ただラグビー部も入っているから毎日行けないことも多いと話したら助っ人を勧められたんだ。」
「そうなんだ。」
武くん、多才だな。確かに武くんをみたら、書道部だけだと勿体無いって運動部はいいそうだ。1人でうなずいていると道場の入り口から青山先生が叫んだ。
「話しながらでいいから、次は掃除!」
僕と武くんは走って掃除道具を取りに行った。龍哉くんは頭の後ろで手を組んでゆっくりと歩いていて青山先生に叩かれていた。痛そう。
「他にも聞いていい?」
「どーぞ。」
「ここまで関われば気になることもあるだろう。なんだ?」
僕が話しかけると、2人は手を止めずに答えた。
「加護のこととか…あと血筋って言ってたよね…?武くんも凛さんも言ってたし。」
「あぁ…それな。」
龍哉くんはちょっと武くんを睨んだ。武くんは少し申し訳ない顔をした。龍哉くんは、ふぅ…と一旦手を止める。
「加護を受ける人間は四神が基本って話はしたよな。」
「うん。凛さんの麒麟は100年に1度いるかいないかなんだよね?」
「そう。だから基本は四神。んで、瑞桃の町は学校を中心に『あやかし』が出やすいんだよ。」
瑞桃の町というのはここの地名だ。そして、地域で1番大きな学校が瑞桃高等学校附属中学校。
「人が多いから、だよね?はじめに凛さんが言ってたやつだね。」
「そうそう。『あやかし』が出やすいせいか瑞桃には4年おきに加護を与えられるものが存在する。そして学校や地域を守るんだよ。四神に加護を与えられた人間はその力を持つ者として、四神を名乗る。」
「でも4年ってことは学校に先輩はまだいるよね?」
「そう。武のねえちゃんは4歳上だから先代の玄武。まだ学校にいる。」
「その人たちはどうなるの?」
「先代は当代…今のオレらに引き継ぎとサポートをする。加護は受けると基本は力を失うことはない。けど、当代に引き継いだ後は、この地域ではない場所で活動したりするようになることも多いんだよ。だから、この地域を守るために継承してるんだ。ここに残ってる人もいるにはいるんだけどな。」
「俺の姉も実家の神社で巫女をする予定だから卒業後も残るしな。」
武くんが言葉を挟むと、龍哉くんはニヤリとした。
「残ってくれるの嬉しいんだろ?シスコン。」
「なっ‼︎…龍哉‼︎」
武くんが大声を上げたときにさらに大声で青山先生が叫んだ。
「手を動かせ‼︎」
龍哉くんは肩をすくめながら僕をみて話す。
「そこのおっかねーじじいもずっと前の瑞桃の四神だよ。」
「えっ‼︎青山先生も!あっ…それで血筋…」
青山先生が入り口から歩いて僕の目の前まできた。
「そうだ。60年近く前になるがな。わしも青龍の加護を受けた四神の1人だった。四神の加護を与えられる人間は歴代加護を受けた者の血族が多い。おそらくだが神が愛する血筋ということなのだろうな。」
「じゃあ、他のみんなも…?」
龍哉くんを振り返る。
「うちはじいちゃんとオレが青龍、従兄弟にも四神はいるぜ。朱音は兄貴が四神だ。」
「俺は姉と曾祖父さんがそうだったと聞いている。他にも遠縁にもいる。晶は…確か母親がそうだった気がするな。」
それで血筋が、と言ったのか。
「ということは凛さんは家族に四神がいないの?」
「あぁ、凛は血族に四神はいないし、麒麟の加護を受けた人もいないぜ。」
龍哉くんが言った。
「でも血筋で選ばれること多いなら学校に入る前に分からないの?次は自分の兄弟だ〜みたいな。」
青山先生が首を振る。
「それは出来ない。先代が当代を見つけることができるのは瑞桃高等学校附属中学校でだけだ。四神の力が強まる校内でお互いが引き寄せられるんだ。先代が存在することがない麒麟はまた別なんだがな。」
そうなんだ。小さい頃から血筋だからと思っていても学校に入るまでは分からないのか。青山先生が続ける。
「四神は血縁者が選ばれることが多いが、それ以上に加護を受けるに値する人間がいれば、そちらが選ばれる。選ばれた後は本人が加護を受けるか選ぶんだ。」
「えっ、もう選ばれたら決まりじゃないんですか?」
「大半は加護を受けることを選ぶ者が多いが…本人の意思なく力を与えられるのは加護じゃなく(のろ)いのようなものだからな。本人が意思なく力を与えられて人を守ることを強制されることはあってはならない。」
青山先生が噛み締めるように言った。武くんが説明を続けてくれる。
「継承自体は先代がする。一度だけ、継承の際に青龍、玄武、朱雀、白虎の四神が目の前に現れ、武器を授けてくれるんだ。」
「えっ!てことは見たことあるんだ⁉︎」
すごい!伝説の生き物を見たの⁉︎最近『あやかし』を見ることはあったけど、伝説の生き物となると興奮する。さらに話を聞こうとしたところで、道場の扉が開いた。
「罰は終わったのかしら?」
朱音さんが冷ややかに入ってくる。その後ろを凛さんが少し隠れるようにして歩いていた。すすすと青山先生の前に行く。
「青山先生…お久しぶりです。」
「凛、相変わらず体力があまりもたないらしいな。ヒダル神の話聞いたぞ。晶もだが、お前は体力が足らん!雑巾掛けして体力をつけなさい!」
「びぇっ!やだ!」
凛さんが逃げようとした瞬間に青山先生が足をかけた。転ぶ凛さん。
「びぇぇぇん!私、様子見に来ただけなのに!」
「凛⁉︎青山先生!あたしが雑巾掛けするので!」
「昔から言ってるが、朱音がしても凛に体力はつかんだろう!凛にやらせなさい!」
凛さん、朱音さん、青山先生の3人が騒ぐ。そして凛さんは朱音さんに手伝われながら泣く泣く雑巾掛けをしていた。
「ちなみに龍哉と玉城と黄野は幼馴染だ。青山先生には昔から稽古をつけてもらっていたらしい。黄野はしょっちゅう稽古から逃げ出していたそうだ。」
武くんが教えてくれた。掃除した後に食べた晩御飯は美味しかったけど、僕も稽古は懲り懲りかな…。
僕は絶賛筋肉痛だった。あの稽古&掃除の翌日、翌々日と筋肉痛がすごくて今日で3日目だ…。これは本当に治るんだろうか。ちなみに龍哉くんと朱音さんは涼しい顔をしていた。僕の後ろの席の凛さんはいつも通りに寝ていても姿勢を変えた瞬間に「ゔっ…!」という声が聞こえるので僕と同類だろう。そんなことを考えていたら担任がホームルームの最後に
「そういえばあと1週間でこの学年になって初めてのテストですよ!みんな気合い入れて頑張ってね!」
と言った。忘れていた…。クラスからのブーイングを聞きながら笑顔で立ち去る担任。ちらりとそれぞれを見ると龍哉くんは面倒くさそうに、朱音さんは興味なさそうにしていた。凛さんはというと、眉間に皺をよせ「うゔ…雑巾…」と寝言をうめいていた。雑巾掛けの悪夢でもみているんだろうか…。

「なぁ〜龍哉ぁ…お願いだよぉ!」
お昼休みに本山くんにしがみつかれている龍哉くん。心底迷惑そうな顔をしている。田浦くんも龍哉くんに手を合わせていた。
「やだね。お前らの面倒見てる場合じゃねーの、こっちは。」
「何をお願いしてるの?」
トイレから帰ってきて龍哉くんの席に行く。
「おぅ、聖仁ぃ〜お前も言ってくれよ!というか、お前もやるだろ?テスト勉強会!」
本山くんが今度は僕にしがみつく。
「だから、オレは参加しないって。」
龍哉くんがしがみつかれた服の皺を伸ばす。
「お前がいないと成り立たねぇんだよ!」
「あ、龍哉くんが教えるんだ?」
意外かも…運動神経はいいだろうけど頭もいいんだ。龍也くんを見たら龍哉くんがこっちをじとりと睨んだ。
「聖仁、お前、意外だな〜って思ったろ。失礼なやつだな。」
「べっ…つに…別にそんなこと思ってないヨォ?」
バレた。ふむ、テスト勉強か。
「僕もこの学校のテストのレベル分からないし、教えてほしいかも。」
「ほら!聖仁もこう言ってるって!」
「お願いします。龍哉様…。」
本山くんと田浦くんが粘る。はぁ〜〜〜と長いため息をついた後、龍哉くんは頭をガシガシかいた。
「……休み時間だけな。放課後とかは付き合わねー。」
「「「やった〜!!!」」」
「本山!胴上げしようとすんな‼︎」
龍哉くんが本山くんの頭を叩いていた。騒ぎの中、廊下を見たら武くんがいた。
「あっ、武くん!」
「ん?おぉ、聖仁。お前のクラス、なんか賑やかだな。龍哉はなんで胴上げされてるんだ?」
「あぁ、気にしないで。」
「気になるが…。」
「ねぇ、武くんは誰かとテスト勉強するの?」
武くんが、腕を組み、ううむ…と唸る。
「一応、今週は放課後にあの部屋で五神が集まる予定だが…」
「みんなでテスト勉強ってこと?」
「あぁ、テスト前で部活は無くても校内にいた方が『あやかし』が出たときに動けるからな。」
龍哉くんには休み時間も見てもらうけど、武くんも真面目だし、成績がよさそうだ。きっと面倒見もいいだろう。
「ねぇ、僕って行ったらダメかな?家でやるより集中できそうだし。」
「いいんじゃねーの?」
「あ、龍哉くん、終わった?」
「聖仁、お前、見捨てやがって…」
胴上げされて、なぜかボロボロになった龍哉くんが廊下に出てきた。
「龍哉がいいと言ってるし、来るといい。」
武くんが僕に言った。よし、学生の本分、頑張るかぁ…。

龍哉くんと武くんと例の隠し部屋に行くとすでに色んな教科書が机いっぱい開いてあった。
「ねぇ…あれ…」
「やめろ、聖仁、あんま見てやるなよ。」
「だって…」
「俺らは俺らでやるぞ。」
龍哉くんと武くんに遮られる。僕の視線の先には凛さん。凛さんの右には朱音さん、左には白水くん。
「凛、ここに代入して、この公式を使って…」
「凛ちゃん、この部分、つづり間違えてるね。英単語のまとめ作ったからこれを使って解き直してみて。」
「びぇぇん…」
朱音さんが教科書を手に数学、白水くんがノートを手に英語を教えている…。そして真ん中で泣きべそをかく凛さん…。我関せずと龍哉くんと武くんが自分たちのスペースを確保する。手招きされたので2人の方に行く。
「もしかして…凛さんって成績悪いの?だいたい授業寝てるし…」
朱音さんと白水くんには絶対に聞こえないように小声で聞く。
「いや、凛は教科によってムラはあるけど並だな。苦手教科なら70点くらい。得意教科なら90点取れるし。」
「えっ、なのに…?」
あんな感じなの?と凛さんの方を指さす。
「まぁ…愛ゆえってやつだろう。いい成績にしてやりたいという謎の教育欲だな。」
武くんが気まずそうに言った。朱音さんも白水くんもいつも通り凛さんに優しく話しているが、隣に積んでるノートや問題集がスパルタだ。
「びぇぇ…」
凛さんが力なく声をあげていた。少し可哀想だ。
「ねぇ…まだ1週間前だし、凛さん、そんなに成績悪くないならそんな厳しくしなくても…」
「聖仁、やめとけって」
「「部外者は黙ってて。」」
白水くんと朱音さんに冷たく返された。怖い、教育型モンスターペアレントだ…。僕の声に凛さんが反応する。
「へ…あぁ、聖人(せいじん)くん?来てたんだぁ…。ごめん、気づいてなくて。晶、お茶人数分お願いできる?」
「分かった。紅茶じゃない人〜?」
「俺は緑茶で頼む。棚に補充している。」
「オレ、冷蔵庫の麦茶飲む。聖仁は?」
「あっ、僕は紅茶で。」
白水くんが用意してくれる。凛さんが机に突っ伏した。ぷしゅ〜と音を立てそうだ。
「おい、聖仁、お前どこまで教科書の内容分かる?」
龍哉くんに聞かれて、教科書を開ける。
「えっと…前の学校だとここまでやってたから、授業受けててもついていけてないとかは無さそうなんだけど…。あっ、ここが分かりづらくて。」
「ここな。これは多分、先生が文章問題としてそのまま出してくるだろうから…」
龍哉くんが要点を教えてくれる。武くんも僕の隣でふむふむと聞きながら、ノートを開いた。流石、書道部。ノートの文字が綺麗だ。
「すまない。ここはどう考えたらいい?」
武くんが龍哉くんに聞いた。
「あ〜そこか。自分では解けるけど説明がなぁ。…朱音、ちょっと。」
龍哉くんが朱音さんを呼んだ。凛さんがうんうん唸りながら問題を解いてる隣で朱音さんも教えつつ、勉強している。朱音さんが問題を解く手を止めてこちらを見た。
「何?」
「理数はお前の方が得意だから、ここ説明してやって。」
「…貸して。」
朱音さんは少し考えてから、龍哉くんからシャーペンとノートを奪い、図をかきながら説明してくれる。分かりやすい。
「…だから、この図をかいて考えたら分かるからテストのときも余白にかいて確認して。これでいい?」
「なるほど…これなら考えやすいかも!」
「おぅ。ありがと。」
龍哉くんが手をひらりとさせてお礼を言う。朱音さんが腕を組んで龍哉くんを見る。
「今回も龍哉に負けないから。」
ふっと挑戦的に笑った。ぴくりと龍哉くんが反応する。
「今回も?勝率はオレの方が上だろ。」
「次で同率よ。」
「今回はオレが勝つ。」
龍哉くんが立ち上がり、朱音さんを睨む。鍔迫り合いをしているような2人の距離。バチバチと火花の音が聞こえるようだ。そんな様子を気にせずに問題を解く武くんをつつく。
「ねぇ、武くん。この2人は…」
「玉城と龍哉は学年の2位、3位だ。入れ替わることが多いからほぼ同点なんだろうな。ちなみに前回は玉城が2位で龍哉が3位。」
うちの学年は約170人近く。そこの2位3位となると、かなり賢いのでは…。
「ちなみにあそこで突っ伏している黄野と俺は30位から50位を彷徨っている。真面目に授業を受けてるか、地頭の良さでのりきっている人間のあたりだ。」
凛さんを見ると突っ伏しながら「みぃぃぃい!」と叫んでいた。あの人もう限界きてない?
「分かっていると思うが、俺は真面目に授業を受けている。」
武くんが奇声をあげる凛さんを冷たく見た。あ、地頭でのりきっているって凛さんのことなんだ。そうだよね、今、猛勉強をさせられてるとはいえ、普段の授業は寝てるもん。真面目に授業受けてる武くんと地頭の良さがある凛さん、か。五神関係なく、武くんと凛さんは相性がイマイチなのかもしれない。「それは色々思うところあるよね…」と独りごちる。武くんが僕のノートを覗き込む。
「聖仁、お前、ノート見やすいな。」
武くんが僕のノートを褒めてくれる。
「そう⁉︎僕、ほら新聞部だからね!分かりやすい記事を書くために勉強してるし!」
えへへ、頑張ってるんです!と胸を張る。
「はい、お茶だよ〜。」
白水くんが戻ってきた。手際よくみんなのところにお茶を置いて、最後に凛さんのところに戻る。
「凛ちゃんはココア。頭使ったもんね。ホイップも乗せたよ。どうぞ〜」
「晶、ありがと…。」
こくこくと音を立てて凛さんがココアを飲む。白水くんは優しい笑顔で「頑張ろうね〜」と凛さんの頭を撫でていた。相変わらず白水くんは、凛さんにだけ聖母のようだ。
「青山も玉城もいい加減にしな?睨み合ってても勉強にならないよ。」
白水くんが言った瞬間、睨み合っていた2人が大股で勢いよく白水くんの方に行き、ドン!と机に手を置いた。
「「今回はお前にも負けない!!!」」
「どうだろね〜?」
白水くんがへらっと笑った。僕は無言で3人を指差し、武くんを見た。
「晶は不動の1位だな。あいつは小学生の時から、かなり頭が良かった。」
あ、同じ小学校なんだ。というか、この空間に学年の成績上位TOP3が揃ってるなら、僕も今週はここに通おうかな、教えてくれるかは分からないけど…。

テストまであと3日のお昼休み。僕と本山くんは2人で勉強していた。龍哉くんは部活の呼び出し。田浦くんはサッカー部のメンバーと勉強会をしてるらしい。
「なぁ、これ分かる?」
「あ!これはね、こうやって図をかいて…」
「おぉ…なんだよ!聖仁、お前頭いいな!」
「えへへ、最近、教えてもらったから…」
僕の心配をよそにTOP3は意外にも面倒見が良かった。龍哉くんはもちろん、朱音さんも質問すると普段より話してくれるし、白水くんは家で勉強するタイプだから、と隠し部屋にいる間は教える側に徹してくれる。武くんは歴史を分かりやすく説明してくれるし、僕は武くんにノートの見やすいまとめ方を教えている。凛さんは、せっせと問題集の山を減らすことに集中している。凛さんには白水くん、朱音さん、龍哉くんが入れ替わり立ち替わり教えていた。武くんによると「毎回、誰が黄野の成績をあげることが出来るか争っている」とのこと。凛さん、3人の争いに巻き込まれてるのか…可哀想に。まぁ、今日も授業中は寝てたけど。

テスト前日。
「終わったぁぁぁぁ…」
「頑張ったね!凛!」
朱音さんが凛さんに抱きついた。あ、無事に問題集の山を片付けたんだ。すごいな。テスト1週間前なのに夏休みの課題の倍はあったよ、あれ。
「おっ、凛。やりきったのかよ。すげーな。」
龍哉くんも凛さんを褒める。
「今日はケーキじゃなくてご飯作ったよ〜!縁起を担いで、カツ丼!」
「おぉ!晶の飯か!」
白水くんがカツ丼を持ってくる。武くんが顔を輝かせた。すごい良い匂い。各々片付けをして、カツ丼を食べる。凛さんは口いっぱい頬張っていた。

テスト期間が終わり、今日は結果発表だ。瑞桃高等学校附属中学校は各々に順位表が渡され、成績上位10名は廊下に名前と合計点が貼り出されるらしい。
「聖仁!廊下見に行こうぜ!」
「うん!」
本山くんと田浦くんに誘われて廊下にでる。噂の『不動の1位』こと白水くんはでかでかと1位に名前があった。
「うわ〜合計点的に平均95点…」
通りであの余裕さ。
「ゔぁ〜…まじかよ…」
「ふふん、これで同率。」
「2人ともすごいねぇ。」
声が聞こえた方を見ると龍哉くんと朱音さん。凛さんも廊下に来ていた。貼り紙をもう一度見る。2位が朱音さんで3位が龍哉くん。2人の点差は3点だ。
「龍哉負けたのかよ。まぁ、おれには羨ましい点だけどな?」
本山くんが遠い目をしている。彼は赤点常習犯だけど、ギリギリ赤点を逃れたらしい。逃れることができて良かったね…。龍哉くんと朱音さんは平均92点くらい。
「で?聖人(せいじん)くんは瑞桃で初めてのテストはどうだった?」
「わっ!」
凛さんが真後ろに立っていた。
「あっ、勉強したおかげで結構解けたな〜って感じだった!順位も42位だったし!凛さんはどうだったの?」
「私は…」
「凛ちゃん!」
白水くんが走ってきた。
「27位だったんだってね!これまでで1番いい成績!頑張ったね…!」
そして、ひしっと凛さんを抱きしめた。柔らかなハグなはずなのに凛さんからミシッと骨の軋む音がする。
「ゔっ…!ありがと…というか、私まだ誰にも成績教えてないはず…」
「ぼく、情報通だから…」
「理由になってない…」
凛さんからクタッと力が抜けた。魂も出てきている気がする…。龍哉くんの隣で勝ち誇っていた朱音さんがとんでくる。
「白水!離して!凛が死んじゃう!」
「あっ、つい!感動で…」
「助かった…」
凛さんの魂が戻ってきた。龍哉くんが項垂れながら僕の近くにきた。
「龍哉くん、もしかして僕の勉強見てたから勉強進まなかったとか?」
「それはないし、そうだとしても言い訳にしかならねぇよ。」
「おい、騒ぎすぎだぞ。」
「あ、武くん!どうだった?」
「俺は33位だ。普段と比べたら良い方だな。」
ノートを見やすくまとめられたからな、と武くんが笑った。
「次も一緒に勉強しようね!」
武くんと約束をしている横で、龍哉くんが「次は朱音に負けねぇ。」と燃えていた。

放課後、テストお疲れ様会に誘われたので、僕は隠し部屋に来ていた。
「これでまたゆっくり出来る〜!」
凛さんがにこにこしている。こんな顔見たの久しぶりだな…1週間ぶりか…。
「普段から真面目に授業を受けろ。」
武くんがつっこんだ。その通りだ。凛さんは聞こえない振りをしていた。ちなみに凛さんの成績での争いは前回から8点アップさせた龍哉くんが勝者だったらしい。3人の争いに巻き込まれながら頑張った凛さんはとても褒められていた。
「凛!まじでよくやった!」
「ほんっとうに頑張ったね!次は数学もっと頑張ろうね!」
龍哉くんと朱音さんに存分に褒められて「ふふん。」と気分を良くしている。
「はーい。今日のケーキだよ〜!」
白水くんが持ってきたホールケーキにはプレートチョコがささっていて『りんちゃんおめでとう』と書いてあった。誕生日みたいになってる…。そしていつも通り贔屓たっぷりに切り分けられたのだった。
「すみませーん!」
とある金曜日のお昼休み、僕は校内にある飼育小屋に来ていた。この学校では兎、インコ、鶏、鯉など様々な動物を飼っている。今日は『学校のアイドル!可愛い動物たち特集!』という新聞記事のため飼育小屋に取材の予定だ。月曜日にクラスの飼育委員に取材のお願いをしたところ、案内は飼育委員長がしてくれるとのこと。お昼休みに飼育委員長がいるからその間に取材をする約束だ。
「はーい。」
飼育小屋の近くから動物の餌らしきものを抱えた人物がひょこっと顔をだした。
「今日、取材の約束で来ました!四方です。」
「あっ、どうも〜いらっしゃい。」
飼育委員長ということは高学年の人だろう。にこやかに返事をしてくれた。
「あの…あとからお話も聞きたいんですけど、写真、先にいいですか?うさぎとか可愛い写真撮れそうですし!」
すると飼育委員長が少し顔を曇らせた。
「あっ、えっとね…ちょっと怪我しちゃってる子が多くて…傷が目立つから可哀想な感じになるかも…」
「え?うさぎ同士で喧嘩でもしたんですか?」
「ううん…。」
飼育委員長が悲しそうな顔をする。
「あのね、ここ、うさぎ小屋の扉。少し壊れてるでしょ?いつ壊れたかも分からなくて…それでこの前、ふくろうがね、入ってきてて…」
「え!食べられたり…」
「ううん!食べられそうになってたときに私が来て…放課後だったんだけどたまたま通ったから…それで焦って小屋に入ってふくろうを追い返したんだけど、怪我しちゃってて…」
うるうると目を潤ませている。ほら、と指差したうさぎを見ると酷い傷を負っていた。
「本当に大きくて乱暴なふくろうでね、追い返そうとしたら私にも襲いかかってきて…運がいいのか悪いのか私はうさぎの穴に足を取られて転んでね、それで避けることは出来たんだけどちょっとふくろうの爪で引っ掻かれちゃって…」
飼育委員長が包帯を巻いた腕を見せる。僕はカメラを仕舞った。
「あの…傷が治るまで延期します。僕個人の活動ですし…。今のところはですけど。それより餌、持ちますよ。腕を怪我してるのにそんな重いの持つの大変ですよね、手伝わせてください。」
「えっ!いいの?すごく助かる!」
僕は飼育委員長の手伝いをして、解散した。午後の授業中に少し考える。
「人を襲うくらい大きなふくろう、ね…」

「そんなの分かるはずないじゃない。」
「ですよね〜」
朱音さんにバッサリと切り捨てられ、肩を落とす。書く記事もなくなった僕は隠し部屋にきていた。「飼育小屋に来た大きなふくろうって『あやかし』だったりしません?」と聞いたところ、先ほどのバッサリとした言葉が返ってきた。
「あのね、ふくろうがうさぎを食べるのは自然の摂理でしょ。『あやかし』だけが何かを襲うという考えは間違いよ。」
確かに。僕は朱音さんに定規で襲われそうになったことがあるしな…と返せるわけもなく。
「まぁ、確認くらいはしてあげたら?」
白水くんがお茶を用意しながら話に入ってきた。
「じゃあ、あんたが確認に付き合ってあげたら?」
「朱音は()()リーダーの右腕じゃないの?行ってあげなよ。」
「自称」を強調して白水くんが返した。僕の頭の中でコングのカーン!という音が響く。
「白水、あんた自分が凛のお世話係なかなか出来ないからって恨んでるの?」
「そんなことないよ。玉城こそ、今日ぼくがお菓子とか作ってるのちらちら見てるよね?玉城の料理下手は手がつけられないから、ぼくレベルは諦めた方がいいんじゃない?」
今日はこの部屋、僕を含め3人なんだよなぁ…勘弁してほしい。ずずっとお茶をすする。そしてスマホを開く。
「はぁ⁉︎見てないですけど⁉︎あぁ〜またこいつは凛に気に入られるのに必死だな〜って思ってただけですけど⁉︎」
「なっ⁉︎見てるのは見てるよね?だいたい気に入られるとかじゃなくて凛ちゃんにはこれが必要だし!そりゃ、ぼくの作るお菓子が1番って思ってほしいけど…なんならぼくの作るもの以外は食べないでほしいし…」
「〜〜〜‼︎化けの皮が剥がれたわね⁉︎この束縛野郎!」
まだ口喧嘩だけどそろそろ乱闘になりそうだ。
「ねぇ、2人とも。」
制止の声をかける。
「「止めないで‼︎」」
「凛さんからの連絡。」
2人が反応する。僕はずいっと2人の真ん中にスマホを置いた。
『朱音、晶、2人で飼育小屋に現れるふくろうの調査お願い〜!』
凛さんからの連絡だ。
「「……」」
2人が静まる。ピロンピロンとおって連絡がくる。
『朱音、土曜日におでかけ行く約束、楽しみにしてるから怪我はしないようにね!』
『晶、ご近所さんにフルーツもらったから今度持っていくね!晶にフルーツのはちみつ漬け作ってほしいよ〜』
「「………」」
2人のピリピリした雰囲気が柔らかくなる。ぽわぽわと嬉しそうな空気がでている。
「まぁ?多分普通のふくろうだと思うけどね?凛が確認してって言うなら…」
「リーダーの指示だしね?2人でって言ってるなら1人が行くより2人で行った方がいいだろうし。」
とんでもなく効果があった。凛さんありがとう。2人には途中からしか連絡を見せてないが、ふくろうの件を確認してもらえるように上手いこと連絡を送ってほしいとお願いしたのだ。
「あ、案内は僕がするよ。飼育小屋の扉の壊れたとことか見てもらった方がいいかも。」
2人がこくりと頷いた。

「ここなんだけど…」
運動部もそろそろ帰っている時間帯、飼育小屋に行く。ふくろうは夜行性だからこれくらいの時間なら現れるかもしれない。
「ほら、ここ…なんか壊れたというより、壊された感じがして…」
扉の壊れた部分を指さすと2人がじ〜っと見る。
「う〜ん…ねぇ、玉城。」
「あたしに聞かないで。」
「どうしたの?」
2人がもだもだし始めたので話しかけると白水くんは笑顔で、朱音さんは素っ気なく、気まずそうな反応をする。
「いや〜武とか凛ちゃんとかはこういうの見ただけで『あやかし』の仕業か分かったりするんだけどね?」
「龍哉は野生の勘で違和感くらいなら感じ取るんだけど…」
「えっと、もしかして…」
「「見てもさっぱり分からない。」」
嘘でしょ⁉︎なんとなくこの2人に任せてたら大丈夫か〜って思っちゃってたよ!
「ちなみにこのうさぎ見ても…」
怪我したうさぎを指さす。
「「怪我してるなぁ。引っかかれたのかなぁ。としか。」」
普段仲悪いのにこんなに息ぴったり!それは僕と変わらないレベルの感想!僕の心の声に気づいたのか白水くんと朱音さんが焦って弁解する。
「武とか凛ちゃんみたいなのが特例なんだよ⁈歴代の四神も言ってたし!」
「先代も黒岩家は四神にならなくても『あやかし』についてを学ぶからそういう人間じゃないと分からないことも多々あるって…」
「いや、責めてないんで焦らないでください…」
「焦ってないよ!ほら、凛ちゃんに調査を頼まれてるからね⁉︎こういう木とかに、そのふくろうがとまってるかもしれないよね⁉︎」
「確かに、白水!珍しくいいこと言うわね!分からなければ見つけ出せばいいのよ、そのふくろうを‼︎」
白水くんが飼育小屋の近くの大きな木を揺すり、朱音さんが木の根元を蹴る。
「いや!ちょっとそれは無理があるというか…ちょ!2人とも本当に木が揺れてるし!やめて〜!」
『ボトリ』
「「「え…???」」」
目の前に黒い影が落ちてきた。それは人を攫うことさえ出来そうなサイズの鳥…。まさか木から落とされると思ってなかったのか、ワタワタと飛ぼうとしている。
『バサッ…』
羽を広げて…飛び立つ。
「「「いたぁぁぁあ‼︎」」」
全員で声をあげる。
「山の方に行こうとしてる!2人ともどうしよう⁈」
「あのサイズはおかしいでしょ!玉城!追いかけるよ!」
「先追いかけて!あたしはここから狙う!」
いつの間にか手にしていた弓矢でキリリと山に向かっているふくろうを狙う朱音さん。
遠花火(とおはなび)!』
ビュンと矢がふくろうを狙い、羽を掠めた。羽から一瞬炎がでて、ふくろうがバランスを崩し、ふらふらと落ちていく。
「ちっ、外した!」
「玉城!そんなことしたらどこに落ちたか分からないだろう⁉︎」
「逃げられるよりマシでしょ⁉︎」
ここでも歪み合う2人。
「僕、落ちるまでに追いつくよ!」
「「え⁉︎」」
揉める2人を置いて走り出す。カメラや荷物を持ってない分、全力で走る。校舎の裏門をでて、山の方へ走る。まだふくろうは落ちきっておらず、羽を必死に動かして少しでも遠くに行こうとしている。ふくろうの真下に追いついた。
「こっちにいるよー‼︎」
全力で大きな声を出す。
「「了解‼︎」」
少し遠くから2人の声がした。
『ドサリ』
ふくろうが落ちてきた。木の影に隠れて監視する…つもりが先ほどの大声を聞いていたのか、ふくろうが恨めしそうな目で僕を見ていた。ギラギラと光る金色が恐怖を煽る。
「いや〜さっきの矢は朱音さんなんですけど…」
『ホゥゥウ…ギャァァア!!!』
「そうですよね⁉︎言葉通じませんよね⁉︎というか、僕も同罪ですよね‼︎」
ふくろうに威嚇されてしゃがみ込む。ふくろうがこちらに爪を伸ばした。
獅子乱刀(ししらんとう)!』
ザッ!と音が聞こえて、ふくろうが後ろに下がった。しゃがんだ僕の目の前には薙刀をもつ白水くん。
「ふぅ…聖仁くん、足速いね…」
少し息があがっている。先ほどの白水くんの攻撃をふくろうはうまく避けたのか羽が少し散ってるくらいだった。規格外のサイズの猛禽類というだけあってふくろうは爪もくちばしも鋭く、近づいたら一瞬で八つ裂きにされそうだ。
「『あやかし』なんだよね…」
「どう考えてもそうでしょ。あんなのうさぎと言わず、人を食べるレベルよ?」
後ろを振り向いたら朱音さんがいた。
「大きいけど素早いわね…」
ふくろうはこちらを威嚇しながら飛ぶ。また逃げるかもと追いかけようとすると、もう逃げるつもりはないのか、飛んだと思ったら低空飛行をして僕たちに向かってきた。
「わぁぁあ⁉︎」
白水くんが僕と朱音さんの前に立ち、薙刀の石突で地面を叩いた。
百篝(ももかがり)!』
その瞬間、稲妻が目の前に落ちる。それを避けるためにふくろうは軌道を変えた。
「あんった…!白水!そういう危ないのやめてくれる⁉︎」
「あのふくろうに当てるか軌道を変えさせるためにやったんだけど!」
「2人とも喧嘩してる場合じゃないよ!」
ふくろうはくるりと周って今度は後ろにいた朱音さんの方へ向かって来ている。
『火の(いん)!』
朱音さんが以前凛さんがやっていた印を結ぶとボゥッと炎があがる。『あやかし』だが、野生動物でもあるのかふくろうは炎を怯え、また距離をとる。
「玉城のやる、火の(いん)は火力が異常なんだから山火事になるだろ!」
「うるさい!とりあえず、あたしは距離のあるとこから狙う!四方を守りながら上手くやって!」
「四方を守りながら」。自分が守るわけではないけど…僕の心配をしてくれるのか。そんな場合じゃないけど、じ〜ん…としてしまう。はじめはこんなこと言ってくれなかったもんな…。
「怪我させたら凛が心配して、四方の怪我みるからとかで土曜の約束がパーになるかもしれないから、怪我させるんじゃないわよ!」
前言撤回。感動の涙も引っ込んじゃったよ。自分の身はなんとか自分で守ろう。うん。
「白水くん、なるべく邪魔にならないようにするので…」
「あの木の近くにいて。そこには絶対近づかせないから。」
頼もしい。指示された木の近くで姿勢を低くする。白水くんがブンッと力強く薙刀を回してふくろうの方へ駆ける。朱音さんを見ると真上に弓を構えていた。
『夏の(しも)!』
朱音さんの放った弓が上に飛び、見えなくなったと思ったら何本にも増えて降ってきた。そして、降り注ぐ。ふくろうと…白水くんに。
「うわっ!!!」
白水くんがギリギリのところで薙刀で矢をはらう。
「玉城、ぼくに当てる気だろ!」
「そいつ素早いからこういう攻撃がいいと思っただけ!あんたが飛び込んできたんでしょ!」
このペア、本当に仲悪いな…。頭の中の龍哉くんが「な、言ったろ?」と言ってくる。
桃花鳥(とうかちょう)の風切り――』
虎落笛(もがりぶえ)!』
今度は朱音さんの矢が『あやかし』に当たりかけたときに白水くんが斬撃で矢を斬ってしまう。
「さっきの当たりそうだったのに何すんのよ!」
「たまたま斬っちゃったんだよ!」
ふくろうは2人が歪み合うことで致命傷を避け続けている。僕が頭を抱えていたらピロンとスマホが鳴った。
「だいたいあんたとペアになるの嫌なのよ!あんたが近くに行くから狙いづらいし!」
「ぼくだって容赦なくこっちに当てるつもりだから迷惑なんだよね!同じ中距離や遠距離の攻撃でも凛ちゃんは上手く合わせてくれるし!」
「はぁ⁉︎こっちだって近距離でも龍哉の方がよっぽどマシよ!」
2人は『あやかし』に攻撃を繰り出しながら喧嘩を白熱させている。僕は立ち上がった。
「あのーーー!!!凛さんから『2人のことだから頑張ってくれてるよね?応援してるよ♡』とのことです!」
スマホを持ちながら大声で叫ぶ。
「「!!!」」
2人が振り返る。
「〜〜〜!白水!私が合わせる!」
「分かった!頼む!」
白水くんが薙刀で激しい斬撃を食らわせる。薙刀の重さを感じさせない連続の攻撃。だが、ふくろうは当たりながらも致命傷を避けている。
虎爪(こそう)のごとき荒まし白刃、前に交われば流矢を顧みず―――』
真言を紡いで、大きく薙刀を振ったときにふくろうが攻撃の間をぬい、白水くんに爪を伸ばし、威嚇しながら飛びかかる。
『ギャァァア!』
「白水くん!」
僕が叫んだ時、白水くんの口元は笑った。白水くんの瞳がアイスブルーに輝いている。
『ただそのゆくりなき流矢、(なんじ)の命までを奪う。侮るなかれ―――』
響いた声につられて、朱音さんの方を向くと朱色の瞳が一層強く光った。その手に矢は見えないのに弓を引いている。
『『野分(のわき)驟雨(しゅうう)!!!』』
ふくろうがいる位置に突然矢が現れて、心臓を貫く。
『ギィィィイ!ギャァァア!!』
ふくろうが苦しそうに鳴く。だが、その矢は抜けることなく深く突き刺さっている。やがて、ふくろうは黒くなりどろりと崩れていった。

「2人ともお疲れ様!」
どろりとした黒いものが地面に流れる様子を見ている2人に駆け寄る。朱音さんがパッと僕の手元にあったスマホを取り上げた。
「スマホ、部屋に置いてきたから貸して。凛に連絡する。」
「あっ、ちょっと待って!」
朱音さんが僕のスマホで凛さんに連絡しようとする。そこには先ほどの凛さんからの連絡。
『どうせ、2人、喧嘩してるでしょ?なんか上手いこと言って上手くやっといて〜。』
「「………」」
かたまる朱音さん。そしてスマホを覗き込み同じようにかたまる白水くん。
「…いや〜『応援してるよ♡』って凛さんなら言うかなって…」
僕はだくだくと滝のような汗をかく。『2人のことだから頑張ってくれてるよね?応援してるよ♡』という連絡があったというのは真っ赤な嘘だ。嘘をついて、2人をやる気にさせたのがバレた。今日が僕の命日になるかもしれない。龍哉くん、武くん、僕のお墓にはハンバーガーとかも供えてね…。
「「…っ、あはは!」」
2人が急に笑い出した。もう辞世の句を心の中で読み上げていたので、ぎょっとする。
「えぇ〜?普通、上手くやっといて〜だけで、あれでる?聖仁くん、人使うの上手いね!あはは!」
「ふふっ!あたしたちにバレたらどうなるか大体予想できたのに大胆に言ったわね!あははっ!」
ケラケラと2人があまりにも笑うので、僕もへへっと笑った。
「はぁ〜、笑った。まぁ、それはそれとしてよくも騙してくれたね。」
「凛を使って嘘をつくなんて言語道断。」
急に空気が変わる。白水くんは黒い笑顔だし、朱音さんからは冷たいオーラが立ち上っている。
「「ちょっと部屋で話聞こうか。」」
部屋に戻る道のりは僕にとって処刑台の階段のようだった…。

「それは『たたりもっけ』かな〜。」
「詳しくいうと『たたりもっけ』になりかけだったんだろうな。」
月曜日に隠し部屋に行き、起きた出来事を話すと、凛さんと武くんが言う。ちなみにあの後、部屋で紅茶を飲みながら色々責められていた僕だが、途中で朱音さんと白水くんがまた喧嘩を始めたのでこっそり逃げ出した。
「『たたりもっけ』になりかけって?」
「『たたりもっけ』とは赤子の死霊のことを指すんだが、その死霊はふくろうに魂を宿すことがある。おそらくそれが中途半端な状態だったんだろう。それで人を襲うサイズにも関わらず、うさぎを狙ったりしてたんだ。そのまま放っておいたら人も襲っていただろうな。聖仁、よく見つけてくれた。」
僕が聞くと武くんが説明してくれた。
「いや…たまたま『あやかし』かもしれないって思っただけだし…」
「その勘は大切だ。違和感や自分の勘を信じて動くことで『あやかし』を退治し、大きな被害を起こさず済んだ。」
武くんは朱音さんと白水くんを見た。
「これに関しては本能的なものがあるからお前たちが分からなかったのが悪いとは言わない。だが、はじめに聖仁が話した時に取り合わなかったり、確認を押し付けあったらしいな。」
2人がだらだらと汗をかく。武くんの圧がすごい。事の成り行きを凛さんに話したら武くんにも伝わっていた。
「お前たちが一般生徒の意見をないがしろにしたら、黄野に迷惑がかかるかもしれないことくらい考えろ!」
ビリビリと声が響く。凛さんに迷惑という、2人に1番ダメージがいく形での武くんのお説教だ。
「いつもは、すましてるやつらが怒られてやんの。」
龍哉くんがニヤニヤと2人を見る。この前のバックチョークの件をまだ恨んでいるんだろう。小気味いい、と顔が言っている。じとりと2人が龍哉くんを睨むと、龍哉くんは口笛を吹きながら、顔を逸らした。
「さて、龍哉、聖人(せいじん)くん。帰ろうか。」
「おぅ。」
「えっ?3人は?」
「あれは今回長いぜ?」
龍哉くんが指さす先で、武くんが白水くんと朱音さんに向き合って説教を始めていた。
「武のお説教〜第一章一節 五神の心得〜って感じだね。あぁなると長いし私は帰りたいかな。」
さっさと片付ける2人。3人を見ると武くんが「そもそもだな、俺たちは五神の加護を受けていて、それは人を守る力を得ているんだ。それなのにお前らは〜〈以下略〉」とお説教を続けている。小さくなっていく白水くんと朱音さん。うん、僕も帰ろうかな…。メンテナンスしていたカメラを仕舞う。

帰り道、凛さんと龍哉くんがソフトクリームを奢ってくれた。『あやかし』を見つけたお礼と白水くんと朱音さんの喧嘩に付き合わされたお詫びらしい。