クモマルの家族は簡単に見つけることができた。
我ながら天晴だ!

『探索』を行ったところ、青色の標が直ぐに表示された。
大きな光点が四つ。
クモマルの家族で間違いないだろう。
思いの外、離れたところではなかった。

空中での瞬間移動を繰り返して、光点に近づいていく。
ノンはこの移動に慣れているが、クモマルは移動酔いもなかった。
クモマルは驚きこそすれ、直ぐに慣れていた。
案外肝は据わっているみたいだ。

クモマルの家族達は、上空から突如現れた俺達に全員フリーズしていた。
まあそうなるわな。
警戒を解くため、クモマルは今はアラクネの姿をしている。
そうでないと、いきなり襲撃を受けたのだと勘違いされかねない。
俺はこいつ等とはことを構えたくないしね。

こいつらにしてみれば脅威以外の何物でもないだろう。
驚いて当然だろう、いきなり上空から人をとフェンリルとアラクネが降ってくるのだから。

クモマルが家族達に説明をしていた。
どうやら『念話』が使えるみたいだ。
巨大蜘蛛達の反応は様々だった。
仰け反る者。
プルプル震える者。
万歳する者。
肯定的に受け止めているみたいだ。
よかった、よかった。

全員集まったところで俺は加護を与えた。
全員がよろこんでいるのが何となく分かった。
念のため、クモマルに性別を聞いてみたが、やはり無いとのことだった。

クロマル、シロマル、アカマル、アオマルと名付けた。
漏れなくアラクネに進化していた。
因みにこいつらはクモマルの子供らしい。
全員クモマルに従順だ。

ノンとクモマルによる人化魔法の講義が始まった。
どれだけの時間が掛かるか分からない為、俺はその隙に俺はジャイアントブルを探すことにした。
やっとジャイアントブルを二頭捕獲することができた。
結構時間が掛かったな。

二頭とも魔獣化していた。
はやり北半球は魔獣が多いみたいだ。
というよりほとんどが魔獣化している。
いったいどうなっているんだ?
俺は北半球に来てから魔獣化していない獣を見たことがない。
ノンも同じような事を言っていたし。

ジャイアントブルを二頭とも魔物の国に『転移』で運んだ。
いきなり現れた俺に、数名のオークが飛び退いていた。
目ん玉が飛び出ている様は笑えた。
すまん、すまん。

牧場に二頭を放逐してノン達の所に転移した。
放逐されたジャイアントブルは、何が起きたのかは分かっておら、ずキョトンとしていた。
ジャイアントブルのことは魔物達に任せておけばいいだろう。
それにしてもジャイアントブルは闘牛に近い。
牛乳が出るのだろうか?
なんとも分からん。
異世界パワーに期待したい。

ノン達の処に戻ると、皆な人化していた。
おおー。
ここは盛大な拍手だな。
全員中性的な顔出だちをしていた。
美男美女とも言える。
男性とも女性とも見える。
不思議な顔立ちだ。
どうにも中性的な顔立ちは美しく見えるみたいだ。
神秘的とも受け取れる。

「皆な、無事に習得できたみたいだな」

「「「「「は!」」」」」
とアラクネ達が片膝を付いて頭を下げた。
もはや見慣れた光景だ。
そろそろノンがふざけ出しそうだ。
こいつらもか・・・まあいいけど。

「じゃあ行くか?」

「行こう、行こう」
ノンは早く帰りたいみたいだ。

「よろしくお願い致します」
クモマルが嬉しそうだった。



俺達は『転移』で魔物の国に帰ってきた。
アラクネ達を見て魔物達がざわついている。

プルゴブを呼びだして、首領陣を集める様に指示した。
プルゴブはアラクネ達に相当ビビっていた。
何でだろう?
怖いのかな?
見た目かな?
アラクネ達はもはや人と変わらないからな。

ソバルとオクボス、コルボスが恐る恐る、近づいてきた。
全員腰が引けている。

「お前達、何をビビってるんだ?」
クモマルに敵愾心は全くないのだが。

「島野様、そう言われましても・・・」

「だよな・・・」

「ねえー」
と回答になっていない。
クモマル達は良い奴なんだけどな。
直ぐに意思の疎通を行えたしな。
それに始めから友好的なんだけど・・・
まだまだ弱肉強食感が拭えないのかな?

「お前達、紹介しよう。アラクネの一団だ、仲良くしてやってくれ」

「「「「「よろしくお願いします!」」」」」
クモマル達はお辞儀をしていた。
板に付いているな、友好的な態度に変わりは無い。
よしよし。
幸先は順調だ。
プルゴブ達は困った様な、何とも言えない表情をしていた。

「お前達、こっちは名乗っているのだぞ。何をやっている?無礼じゃないか?」
プルゴブがしまったという顔をしてから、勇気を振り絞るかの如く前に出てきた。

「これは失礼致しました、儂はゴブリンの首領をしております、プルゴブと申します。以後お見知りおきを」
プルゴブは頭を下げていた。
続けて他の三人が名乗りを上げた。

「儂はソバルじゃ、よろしく頼む」

「俺はオクボスだ、こちらもよろしく」

「俺はコルボスだ」
やっと我に返ったみたいだ。
でもその表情は硬い。

「なあ、なんでお前達はそんなに表情が堅いんだ?」

「そうは言われましても島野様、エンペラースパーダーでございますよ、ソバルから話は聞いてはおりましたが、彼らは儂らよりも上位種でございます」
プルゴブが答えた。

「だから?」

「だから?ですか?」
プルゴブは分かっていないみたいだ。

「上位種だから何なんだ?別に事を構えようとしている訳でも無い、ましてやお前達を従えようって訳でもないんだぞ?なあ、クモマル」
クモマルがずいっと前に出てきた。

「皆さん、聞いてください。私達アラクネはそもそも争いを好みません。ましてや貴方達を傷つける気も無ければ、従えるつもりもありません。今では島野様のご厚意により、人の姿を得ましたが、これは人化の魔法の結果にすぎません」
そう言うと、クモマルは人化の魔法を解いた。

その姿に一同は、
「なんと・・・」

「その姿は・・・」

「ありえん・・・」

「嘘だろ?」
プルゴブ達は声を挙げた。
信じられないという顔をしていた。

「この姿も、島野様の加護を頂き得たものです。これまでは声帯を持たない身であった為、誤解を招いたのかもしれません」
クモマルは悲しい眼をしていた。
その気持ちは分からなくもない。
もどかしくてしょうが無かったのだろう。
意志の疎通がしたくても出来なかったのだからな。
友好的なこいつらからしたら、尚のことだ。

「ですが、元のエンペラースパイダーの姿の頃から、私達は貴方がたとは友誼を結びたいと考えていたのです」
その発言にプルゴブ達は打ち震えていた。
彼らにとっては創造の斜め上のことだったらしい。
まさか上位種である者が友誼を求めているとは思ってもみなかったようだ。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。クモマル殿といったか、それは本心か?」
オクボスが尋ねていた。

「はい、ですが、たまに私達の縄張りに踏み込んできた、オークやオーガ達は恐れ慄いて立ち去ってしまう始末。そしてやっとこの様にして、皆さんと会話が出来るようになったのです」
嘘だろ?という表情をオクボスとソバルはしていた。
外の二人は呆気に取られている。

「そんな・・・」
プルゴブとコルボスは頭を抱えていた。

「これで分かったか?お前達は良き隣人を、上位種であるとか、その姿だけを理由に、勝手に恐れていたんだ。相手は友好的に思っていたのにだ」

「何ともお恥ずかしい・・・」
ソバルは項垂れていた。

「これは偏見というものだ、今後は眼に見えるものだけで判断するなよ。それに蜘蛛の姿だってよく見て見ろよ。可愛いじゃないか。なあ?」
アラクネ達は照れていた。
其れとは逆にソバル達は笑顔が引き攣っていた。
なんでかな?

「可愛いよねー」
とノンは俺に賛同のご様子。

「どうやら儂らは、持ってはならぬ偏見を抱いていたようじゃ、これは恥じねばならんな、兄弟達よ」

「ああ」

「そうだな」

「全くだ」
クモマルは人化した。

「やっと分かって貰えたようです、これも全て島野様のお陰です」
とアラクネ達が片膝を付いた。
もういいってそれ。
これに倣ってソバル達も片膝をついた。

「ああ、もうそういうのいいから、立ってくれ」

「主、照れてるの?」

「煩い!ノン!」
こいつは余計なこと言うんじゃない!

「やっぱり照れてるんじゃん」

「グヌヌ!」
調子が狂うな。
まあいいか。

「よし、今後について話し合うぞ。後、ノンはゴンとエルとギルにアラクネ達を紹介してきてくれ。クモマルは残れよ」

「分かったー」

「承知しました」
やれやれだな。
ソバル達は未だ反省しているみたいだ。
沈痛な面持ちをしていた。



会議室で今後について話し合いが行われることになった。

「それでクモマル。こいつらと五分の盃を交わすことになるが、いいんだな?」

「嬉しく思います。初めて兄弟を得ます。最高です!」
クモマルは笑顔だ。
本当に嬉しいみたいだ。
ソバル達も喜んでいる。

「あとせっかくだからお前達にいくつか聞きたいことがあるんだがいいか?」

「何なりと」
プルゴブが答えた。

「このモエラの大森林にはあと他には魔物はいるのか?」
オクボスが手を挙げた。
俺はオクボスを促した。

「俺が知る限りでは、リザードマンが北側の森林地帯の沼地にいます」

「リザードマン?」
沼地に住む、トカゲみたいな奴か?

「はい、あいつらも一定以上の知性を持っています。仲間に成れるかと思います」
知性を持っているのならば、声を掛けても良いかもな。
合流を果たすのかは彼ら次第だ。
だが魔物の国を立ち上げると聞いてしまっては、加わらないという選択肢は考えづらいだろうけどな。
同じ魔物だ、親しくしたいだろう。

「そうか、外にはどうだ?」

「蟲族がちらほらといますが、彼らに知性があるのかは少々疑いがあります」
蟲族?
アラクネは蟲族じゃないのか?

「というと?」

「何度か襲われたことがあるのです」
オクボスはバツが悪そうに頭を掻いていた。
襲われたとは穏やかじゃないな。

「襲われた?」

「はい、ですが今考えてみると、何か理由があって襲われたのかもしれないなと、クモマル殿の件で気づかされましたので・・・それにこちらを追い払う様にしていたように思います」
良い傾向だな。
経験からちゃんと学んでいる。
種族間での偏見が無くなっていってくれると俺としても嬉しい。

「そう考える根拠は?」

「はい、根拠とまではならないかもしれませんが、知らずに巣を荒らしてしまっていたり、なにかしらその種族の禁忌に触れていたのかもしれません」
考察はできているようだな。
大いに結構!

「なるほどな・・・」
でも無くはなさそうだな。

「クモマル、どう思う?」
クモマルは眉間に皺を寄せている。
クモマルにしては珍しい顔付きだ。
そんな顔付きでも、美しく見えるのは無性別の所為なのか?

「そうですね・・・会ってみないと何とも・・・」
歯切れの悪い返事だ。

「じゃあ蟲族はクモマルに任せよう、リザードマンはどうする?」

「俺に任せて貰えませんでしょうか?」
オクボスが再び手を挙げた。

「いいのか?」
オクボスは積極的だな。

「はい、オークとリザードマンは交流がありますので」
そういうことね、ならば任せよう。

「分かった、オクボスお前に任せる」

「は!」
オクボスの返事が響き渡った。

「あと、アラクネ達の役割についてだが、お前達で話し合って決めてくれ。だが、アラクネの糸は、今後この街にとって、とても大きな意味を持つ事になると俺は考えているんだ」
ソバルが手を挙げた。

「島野様、それはどういうことでしょうか?」
活発な質問が飛び交っている。

「アラクネの糸は強靭な上に柔軟性がある、素材としては一級品だ。これは衣服だけでは無く、外にも使える用途が多岐に渡るだろう」
ソバルは頷いている。

「なるほど、今後の魔物同盟国としての特産品になるということですな」

「ソバル、理解が早いな」

「お褒め頂き光栄です」
ソバルは恐縮していた。

「じゃあ後は任せる」

「「「「「は!」」」」」
後は当事者に任せて立ち去ることにした。
有意義な会議を期待したい。



俺はノン達の処にやってきた。
ノン達はアラクネ達と交流をしていた。
話に花が咲いているみたいだ。

「あ、島野様」
俺を見つけるとアラクネ達がお辞儀をした。

「お前達、紹介は済んだのか?」

「はい」
シロマルが答える。

「これからこの街の施設を案内しようかと思います」
ゴンが得意げにしている。

「ゴンに任せるよ」

「パパ、僕も付いていっていい?」

「好きにしろ」
アラクネ達はゴンとギルに任せることにした。



俺は前もって貰っておいた、クモマルの糸を持参してゴブコの所へ向かった。
裁縫場では魔物達が熱心に作業を行っていた。
ゴブコを探すと、ゴブコは一心腐乱にミシンと向き合っていた。
この集中力はまるで一蘭だな。
麺とスープに真正面から向き合っている。
声を掛けるのが憚られる。

「ゴブコ、ちょっといいか?」
声に反応してゴブコが俺を見上げる。

「島野様、どうかなさいましたか?」

「この糸なんだがな」
俺はゴブコにクモマルの糸を手渡した。

「これは・・・」
と言いながらゴブコは入念に糸を触っていた。
余念無く糸を確認している。

「素晴らし糸ですね、強靭な上に、柔軟性がある。これは素材として一級品です。是非これを私達に使わせてください」
元よりそのつもりだよ。

「ああ、好きにしてくれ」
やっぱりこいつは天才だ。
一瞬でアラクネの糸の潜在能力を見抜いたな。
ゴブコのことだ、これで最高の衣服が出来ることだろう。
もはやカベルさんでもゴブコには敵わないかもしれない。
それぐらいこいつの技術は抜きに出ている。



俺はクモスケの糸を持って、ゴブスケの工房にやってきた。
ゴブスケは鍛冶作業に没頭していた。
弟子の者達も一生懸命鍛冶仕事を行っている。
弟子の一人が俺に気づいた。

「島野様、お疲れ様です」

「お疲れさん。俺を気にせず仕事に戻ってくれ」

「は!」
俺に気づいたゴブスケが駆け寄ってきた。

「島野様、如何なさいましたか?」

「ゴブスケ、お疲れさん、ちょっとお前に見せたい物があってな」

「お疲れ様です、見せたい物とは何でしょうか?」

「ああ、これだ」
俺はクモマルの糸を手渡した。

「これは・・・糸ですか?」

「そうだ、アラクネの糸だ」

「アラクネの糸ですか?信じられない!」
ゴブスケが興奮していた。

「アラクネといえば、エンペラースパイダーの上位種、その糸なんて・・・考えられない!そんな高級品、僕に扱えと?」
ゴブスケは糸を入念にチェックしている。

「ああそうだ、お前ならこれをどう扱うか気になってな」

「そんな・・・嬉しいです!必ず最高の品物に仕上げてみせます!」

「期待してるぞ、ゴブスケ」

「は!」
ゴブスケは跪いていた。
それに倣って弟子達も片膝を付く。
各自の作業が一旦中止され、ゴブスケを中心にアラクネの糸で何が出来るのかを話し合うセッションが始まった。
俺はこっそりとその場を離れた。
後は任せるぞ、ゴブスケ。
頑張ってくれ。
お前ならやれる。



その後出来上がった品物は、漁の網、狩りに使う網だった。
どちらも好評だった。
特に漁に使う網は破れない上に引き上げやすいと、コボルトの漁師達から大絶賛だった。
これで連日大漁だとコボルト達は騒いでいた。
現にその後大漁の日が続いた。

伊勢海老と蟹が捕れた時は大興奮していた。
蟹は結構デカかった。
俺の身体の倍ぐらいのデカさがあった。
流石は異世界、何でもありだな。
でもこれが旨かった。
プリプリの身が締まっており、ポン酢とよく合った。
腕一本で十人は満足できるだけの量になっていた。
これは海獣じゃないのだろうか?
多分そうだよな?
まあいいか。



その後アラクネの糸は建設部材や、家具などにも転用された。
特に寝具に関しては、南半球の物よりも質がよかった。
やはり思った通り、アラクネの糸の使用用途は多岐に渡る。

アラクネ達は魔物の国での重要度がぐっと挙がった。
これにクモスケ達は大喜びしていた。
魔物の皆の役に立っていると誇らしくしていた。
良いじゃないか。
支え合ってより発展していってくれ。

アラクネは特に甘い物に目が無く、果物を特に好んで食べていた。
リンゴやバナナが大好物で、以前にクモマルが食べたクレープは奇跡の食事としてアラクネの中で語り継がれていた。
卵が手に入る様になったら作ってやるからな。
まだジャイアントチキンが卵を産んだという報告は受けていない。
まぁ気長にやっていこう。