俺はボイルの街の様子を見に来ていた。
ファメラの元を訪れて、家の前でテーブルを拡げて、野菜と肉の寄付を行っていた。
ボアボアボア!
メラメラメラ!
と急に何かが焼ける音が鳴り響いた。
あり得ない出来事が起こっていた。
俺の目の前に炎が現れて、炎の中から人が現れたのだ。
そいつは男性で、体を炎で纏っており、上半身裸で、入れ墨が上半身の至る所に刻まれている。
蛮族といってもいいような姿をしている。
締まった身体に均整のとれた身体をしていた。
挑発的な眼つきでこちらを見ている。
その眼は真っ赤だ。
フレイズなる人物が、俺の目の前に現れていた。
火の神フレイズ、こいつでまず間違いない。
俺は直感的に感じた。
こいつは強い!
「島野、我と立ち会え!」
俺に向かって中指を立てたフレイズ。
フレイズの瞳が怪しく光輝いた。
急に俺の中の何かが弾けた。
あれ?おかしいぞ。どうした?
闘争心がメラメラと燃え上がって来るのを感じる。
何かの能力か?
興の乗った俺は止まらない。
口角が上がっているのが自分でも分かっている。
らしくない、どうして・・・
「おい!お前がフレイズか?てめえ、俺のことを勝手に言いふらしやがって。お前何様だ?ことと次第によっては成敗するぞ!」
フレイズはニヤニヤしながら俺を見ていた。
楽しげな表情が、逆に不気味な怖さを感じる。
「ほおー、我を成敗するとな?それは嬉しいではないか!」
俺は違和感を感じていた。
こんなに俺が急に好戦的になるのはおかしい、何か精神操作をされているのか?
でも同時にこいつと殺りあいたいとの、衝動も感じている。
それも純粋に想いが込み上げてくる。
おそらくこの強烈な闘争心を抑えることは可能だろう。
でも、半分神となった今、上級神相手にどれだけ立ち会えるのか試してもみたい。
「ファメラ、子供達を連れて下がってくれ!」
「う、うん」
ファメラは子供達を連れて離れて行った。
肌がヒリヒリするのを感じる。
圧倒的な威喝感だ。
力試しがしたい。ここは敢えて乗っかってみるか。
『身体強化』で急激にはフォーマンスを上げる。
俺は自分から仕掛けていた。
俺は勢いに任せてフレイズの腹に、一撃を喰らわせていた。
これは決まったか!
否、浅い。
フレイズは腰を引いて、致命傷を避けている。
ならばと俺は転移を繰り返して、フレイズをタコ殴りする。
フレイズも俺の攻撃を避けようと、転移を繰り返していた。
でもここは俺の方が一枚上手だ。
俺は転移だけでは無く、行動予測を駆使していたからだ。
結果、俺がフレイズを袋叩きにしていた。
一旦距離を取る。
「ほおー、我を一方的に攻めるとはな・・・」
まだまだ余裕の表情のフレイズ。
だが身体は傷だらけだ。
何を余裕ぶってやがるんだか・・・隙だらけだぞ。
貰った!
俺は拳を握りしめて、顎に一撃を放った。
ここで躱されるとは思って無かったが、俺は止まらない。
身体を捻って、回し蹴りで鳩尾に一撃を加える。
真面に急所に一撃が入り、フレイズの動きが止まる。
フレイズが前向きに倒れ込んでいた。
「う!」
これで決まりか?
「ちょっと待った!」
ファメラの慟哭が響き渡った。
ファメラの一言が、俺を瞬く間に現実に引き戻した。
「フレイズ様・・・島野・・・なんでこんなことになってんの?よく周りを見てよ!加減を考えてよ!」
ファメラは真剣そのものだ。
何かが俺の中から抜けていった。
な!
俺は反省しか無かった・・・ほんとにごめん・・・すまなかった・・・許してくれ・・・。
やり過ぎてしまったようだ・・・
孤児達がワナワナ震えており、腰が引けていた、泣き出す子達もいた。
なんで俺はこんなことを・・・おかしい・・・何か精神操作された様な・・・
フレイズはケロッと立ち上がると、
「すまんすまん!ファメラよ!ナハハハ!これは面白い!」
フレイズは悪びれることすらなかった。
当然の如く笑っている。
「フレイズ様!すまんじゃないですよ!何してくれるんですか!無茶苦茶じゃないですか!子供達もいるんですよ!」
ファメラはフレイズに詰め寄っている。
「ナハハハ!これは悪かった!にしても強いな!島野!恐れ入った!我が一方的にやられるとは、想像神の爺い以外では始めてだぞ!」
まったく態度は変わらない。
「おい!・・・お前、俺に何か精神操作したか?」
「ああ、我の挑発の能力だ。でもお前、乗っかった振りをしていたよな?余裕が見受けられらたぞ!ナハハハ!」
と宣わっている。
どうやら俺もまだまだのようだ、加減を間違ってしまうとはな。
にしても・・・
フレイズの言に、俺は普通に腹が立った。
こいつ・・・どうしてくれようか?
「まあそう怖い顔をするな!我が悪かった!」
フレイズは普通に頭を下げていた。
ん?・・・随分素直だな・・・まあいいのか?・・・
よく分からんのだが・・・
「で、何の用だ?ことと次第によっては締めるぞ!」
「おお怖!だから悪かったって、この通りだごめん!」
フレイズは両手を目の前で重ねていた。
はあ・・・もうどうでもよくなってきたな。
なんなんだこいつ・・・
「お前に会いに来たんだ、島野。ボイルの街とファメラを救ってくれて、ありがとうな!」
また頭を下げられた。
ならばお礼だけでよかったのでは?
なんで戦う必要があったんだ?
普通に感謝の意を伝えてくれればよかったのに・・・
こいつ戦闘狂なのか?
「なあフレイズ、戦う必要はあったのか?」
こいつに敬語を使う気にはなれない。
対等に相手をしてやる。
なんか腹立つし・・・
上級神だが何だか知らんが、敬う相手とは思えない。
だっていきなり挑発してくる相手なんだよ?
いいでしょ?それで・・・
「だってよ、想像神の爺いが、お主でも島野には勝てんかもなって言うんだぜ、そう言われちゃあ、挑みたくなるだろうが!ナハハハ!」
フレイズは高笑いをしていた。
そんな理由なのか?
あり得ない。
マジでもう一回締めてやろうか?
怒りが再燃し始めてきたぞ。
「おまえ、マジでもう一回締めてやろうか?」
「だからすまんて、この通りだ」
はあ・・・凝らしめてやらんと気が済まんが・・・これ以上暴れる訳にはいかんよな。
「それで、俺はもう帰ってもいいよな?」
「ちょっと待ってくれ!我もサウナ島に行ってもいいか?」
フレイズはサウナ島に来たいみたいだ。
「いいけど、どうしてだ?」
「我も飲み食いしたいし、風呂にも入りたい。それにサウに入ってみたいのだ。な!いいだろ!」
娯楽に飢えてるのかこいつ?
全く、何なんだこいつは・・・
「別にサウナ島に来る分には構わんが、飲み食いするって、お前そもそもお金持ってるのか?」
「・・・要るのか?・・・」
フレイズはキョトンとしている。
「当たり前だろ!何でお前にタダ飯を食わせなきゃならんのだ?」
「だって我・・・上級神だもん・・・」
「うるせえ!上級だろうが下級だろうが、家は全員そういうのは関係無いルールでやってんだ。それに上級神だからって偉いのか?サウナ島ではそんなことは通用しないんだよ!文句あるなら来るな!」
俯きげにフレイズが言った。
「・・・我は見ていたぞ・・・島野はしょっちゅう奢っているだろう?・・・」
「だから?」
「だから我にも・・・奢ってくれ・・・」
こいつどういう神経してんだ?
呆れるぞ。
馬鹿なのか?
「あのな、いきなり喧嘩を吹っ掛けてくる。それも能力を使ってくるような奴に、なんで奢らないといけないんだ?お前舐めてんのか?」
いい加減マジで締めるぞ・・・
「いや・・・それは・・・うう・・・」
フレイズは完全に落ち込んでいた。
俺は息を整えた。
ふう、意趣返しとしてはこれぐらいでいいだろう。
ちょっと気が済んだからな。
にしてもこいつ・・・常識が無いのか?
「しょうがない、フレイズ、お前にチャンスをやろう・・・働くなら、考えてやってもいいぞ?」
そう働くならな。
お前は俺の手の平で踊らせてやる・・・
「働く?我が?何をだ?」
フフフ・・・しめしめだ。
これであの問題が解決するぞ・・・
「確認するが、お前は結界は張れるか?」
「ああ、出来る」
「ならよし!」
俺達のやり取りをファメラが、未だ冷や冷やしながら見つめている。
「ファメラ、もう大丈夫だ。安心してくれ。こいつの面倒を俺が見てやるからさ」
「島野・・・何だかごめんよ・・・」
ファメラはすまなさそうにしている。
「任せとけ、ただこいつを特別扱いはしないけどな」
「うん、それでいいと思うよ」
ファメラは笑顔だ。
「な!ファメラ、お前まで何を言っている!」
「だって、フレイズ様が悪いんじゃないか!」
「うう・・・我が悪いのか・・・そうだな・・・確かに・・・」
「まあ、飲み食いしたければ働け、それは神だろうが人だろうが、一緒ということだ」
「そうなのか・・・」
フレイズはしょぼくれている。
「まあいいから、一先ずサウナ島に行くぞ。話はそれからだ。行くぞフレイズ!」
「分かった、我!サウナ島に行くぞ!」
急に持ち直しているフレイズ。
こいつやっぱり何処か壊れて無いか?
俺達は連れ立って、サウナ島に向かった。
転移扉を潜ってサウナ島に着いた。
入島受付でエクスにフレイズを紹介すると、エクスは腰を抜かしていた。
ランドは言葉も無かった。
俺は気にせずサウナ島に入り、フレイズに注意した。
「なあフレイズ、その炎、危険だから引っ込めろよな」
「ああ、そうか、すまんすまん」
フレイズは身体に纏った炎を引っ込めた。
もっと早く注意しとくべきだった。
こいつはただの馬鹿だ、他者への気遣いなんて出来る訳が無い。
多分これがあったから、エクスとランドはビビッてたんだろう。
俺達は備蓄倉庫に向かった。
備蓄倉庫から、二酸化炭素吸収ボンベを数本回収した。
その後向かったのは海岸だった。
ここならば安全だろう。
俺はフレイズに、二酸化炭素吸収ボンベを手渡した。
「いいかフレイズ、これは二酸化炭素吸収ボンベだ」
「二酸化炭素?はて?」
フレイズは何も分かってはいないみたいだ。
でも俺は、そもそもこいつに理解は求めていない。
「二酸化炭素とは、簡単にいうと、空気を炎で燃やすと、二酸化炭素という物資を発生させるんだ、このボンベはその二酸化炭素を吸収する装置だ」
「ほお、そうなのか・・・で我は何をやればよいのだ?」
「お前はまず結界を張って、周りに被害が出ない様に注意してくれ、その後、結界内を炎で充満させるんだ。その中にこのボンベを入れて、二酸化炭素を吸収させるということさ」
フレイズはボンベを繁々と眺めていた。
「なるほど、我は我の権能にて、その二酸化炭素とやらを、このボンベに蓄えさせればよいのだな?」
まあここまでは分かっているみたいだ。
「そうだ、ただ気をつけろよ、あまりに高温過ぎると、ボンベ自体が破損するからな」
「そうか・・・加減が大事か・・・」
こいつなりに分かっているようだ、どうやら馬鹿ではないようだ。
どう見ても馬鹿なんだがな・・・
「そうだ、出来るか?ちなみに、このボンベ一本を満タンにさせたら金貨一枚やるぞ」
要はバイトだな。
働けフリーター!
「おお!金貨一枚か?・・・って、それでどれぐらい飲み食いできるんだ?」
俺はずっこけそうになった。
こいつ金銭感覚すらないのか・・・上級神って・・・下界の常識が無いのか?
「まあ、腹いっぱい食って、それなりに飲めると思うぞ」
「そうなのか?じゃあ一先ず二本は満タンにしたいな」
ガッツリ食う気満々かよ。
「じゃあまずはやって見せてくれ」
「おおよ!任せろ!」
フレイズはそう言うと、結界を張り出した。
そして、結界内を炎で埋め尽くした。
おお!これは期待できるかも・・・
結界を拡げて、更に結界内を炎で埋め尽くしている。
あとはボンベが耐えられるのかだ。
俺は、結界の脇にボンベを設置した。
「フレイズ、調整は自分でやってくれ!」
「おうよ!元よりそのつもりだ!」
フレイズは結界の広さを加減している。
すると、ボンベが二酸化炭素を急激に吸収しだした。
ヒューヒューと音を発している。
おお!これはどうなんだ?
数分間それを繰り返し、どうやら二酸化酸素が満タンに溜まったようだ。
腐っても上級神だ。
仕事はできるようだ。
しめしめだ。
「よし、フレイズもう一本だ!」
俺はボンベをもう一本設置した。
これにより、二日に一度の炭酸泉が、毎日行われる様になった。
お客からの感謝の声が後を絶たなかった。
ブラッシュアップ成功!
フフフ・・・計算通りだな。
その後、フレイズはしょっちゅうサウナ島に、やってくるようになっていた。
フレイズは前に俺が想像神様に持ってかれた、日本酒が飲みたかったようで、日本酒に嵌っていた。
それと辛い食べ物が大好きなフレイズは、何度か予約もせずにサウナビレッジの食堂に侵入し、通報を受けた俺から、手痛いしっぺ返しを受けていた。
やっぱりこいつはアホだと、俺は確信した。
残念で仕方がない。
そして、俺はフレイズと話をしていた。
「なあ、フレイズ、これまでどうしてサウナ島に来なかったんだ?神界から見てたんだろ?」
「ああ、そのことか・・・実はな、爺いから行くなと止められてたんだ」
「どうしてだ?」
「理由は分からんが、爺いは南半球が全て転移扉で繋がるまでは行くなって、我達上級神を咎めたんだ」
「そうなのか・・・」
何でだろう?
何かしら意味があるんだろうか?
「あの爺いは未来予測が出来るから、何かしらの意味があるんだと思うが、我にはよく分からん」
「そうか・・・」
未来予測か・・・俺は封印していたな・・・使う気にはなれないが・・・
「だからこの先、上級神が我以外にもやってくると思うぞ」
「そうなのか?」
あまり嬉しくはないのだが・・・
神様は充分足りてるっての。
「ああ、神界ではこのサウナ島を眺めるのが、皆な好きだったからな。分かるだろ?」
「分からねえよ・・・なんだ?お前達上級神ってのは、覗きが趣味なのか?」
「そうじゃねえよ島野、我達は娯楽に飢えてるんだよ」
娯楽に飢えてるって・・・詰まる所暇なんでしょう?
神といっても娯楽は必要ってことね。
まあ分からなくはない。
「それで、今日もバイトしていくのか?」
「おお、助かる。そろそろお金が無くなってきたからな。一気に十本ぐらい溜めていっていいか?」
やる気満々だな。
「いいぞ、任せた」
「よっしゃ!これで、日本酒が飲めるぞ!」
フレイズは、はしゃいでいた。
上級神って・・・ちょろいな。
俺は朝食を食べ終え、畑に向かった。
朝のルーティーンの一つの、畑の神気やりの時間だ。
畑班のスタッフ達から挨拶を受けて、俺とギルは分担して畑に神気を流していた。
すると突然地面が揺れた。
ん?地震か?
微振動だった。
震度一もない程度の揺れだった。
そして、俺達はあり得ない光景を目にしていた。
畑から花魁が生えて来た・・・
何だこれは?・・・
「えええええええ!」
数秒固まった後、皆が叫んでいた。
なんてシュールな絵なんだろう。
花魁が畑から生えてくるなんて・・・
するとアイリスさんが叫んだ、
「お、お母様!」
・・・
「えええええええ!」
全員叫んだ後、フリーズしていた。
お母様?
どゆこと?
「息災であったか?」
花魁がアイリスさんに話しかけている。
アイリスさんが、花魁に駆け寄っていた。
「お母さま、ご無沙汰でございます!」
アイリスさんは眼に涙を浮かべていた。
「お母様、何でこれまで来てくれなかったのですか?」
アイリスさんは、駄々っ子の様な表情で詰め寄っていた。
それを涼しい顔で受け流す花魁。
「そう言うではないわ、余もいろいろあったのじゃ」
「でも・・・」
アイリスさんは言葉にならない。
ここで俺は意識を取り戻した。
どうなってんだ?いったい。
俺は二人に近づいた。
「アイリスさん・・・こちらの方はいったい・・・」
「守さん、こちらは大地の神アースラ様でございます」
そうなのか・・・アイリスさんの母親ってことは、それ以外は考えられないな。
それにしても花魁って・・・インパクトが過ぎるでしょう。
「余は大地の神アースラじゃ、そちが島野よな?」
「はい、俺が島野です。よろしくお願いします」
「神界から見ておったぞ、娘が世話になっておるようじゃ、礼を言うぞ」
アースラ様は、口元を扇子で隠して、軽く会釈した。
「いえいえ、アイリスさんにはこちらがお世話になってますよ」
ほんとにそう。
もはやアイリスさんのいないサウナ島は、考えられない。
「さようか?アイリスと言う名をもらったんじゃな。良い名じゃ」
「はい!私も気に入っております!」
アイリスさんは笑顔だ。
アースラ様は周りを見回して。
「見事な畑よのう、惚れ惚れするぐらいじゃ」
「私が管理しているのです、お母様」
そうです、この畑はアイリスさんの愛情で出来ているんです。
アースラ様はアイリスさんの頭を撫でていた。
「して、島野や。ここにアンジェリはおるか?」
「ええ、居ますが、お知り合いですか?」
なんでアンジェリっちなんだ?
「そうじゃ、余はあ奴の上客じゃ」
上客?何のこと?店の客ってことか?
聞いたことないけど・・・
あれ?でも前に『転移』は上級神の能力だって、アンジェリっちは言ってたような・・・
前からの知り合いということかな?
「そうなんですね・・・でもこの時間だと、まだお店は開いてませんよ」
「さようか?では待たせて貰おう」
「分かりました、ではこちらにどうぞ」
俺はアイリスさんと共に、事務所にアースラ様を誘導した。
それにしても、また上級神の登場かよ。
フレイズが、上級神がやってくると言ってたけど、まさか身内の母親とは恐れ入ったぞ。
でもアイリスさんが嬉しそうだから文句はないが、アースラ様は花魁とは・・・
まあお綺麗な女神に代わりはないのだが・・・
何もないと良いのだが・・・ひと騒動ありそうだな・・・
それにしても、ちょっと煙管は羨ましいな。
でも室内は禁煙ですよ。
俺も一口頂戴したいな。
久しぶりにタバコを吸ってみたいな。
まあどうせ蒸せるだろうけどね。
やっぱり止めとこう。
事務所に入ると、アースラ様が意味深に尋ねてきた。
「島野や、ここにはオリビアもおるのか?」
「ええ、いますよ、こちらもお知り合いですか?」
「・・・」
あれ?返事が無いぞ・・・
表情が読み取れないな・・・
どういうことだ?
「オリビアは息災か?」
「ええ、元気ですが・・・」
アースラ様の言いたいことが読み取れない・・・
表情も読めない・・・
ポーカーフェイスが凄い!
俺が表情を読み取れないとは・・・流石は上級神だな。
ゴンが飲み物を尋ねてきた。
「俺はアイスコーヒーで」
「私は麦茶で」
「余はなんでもよいぞ」
「では、アイリスさんと同じにしておきます」
ゴンは飲み物を準備しに向かった。
「アースラ様も神界から眺めていたんですね?」
「そうじゃ、可笑しかったぞ。本当はもっと早く来たかったんじゃがな」
「想像神様から止められていたんですよね?」
と聞いているが。
「それもあるが、下界は神気が薄くなっておるからじゃ。余達上級神とて、神気が薄いとどうともならんのじゃ」
そういうことね。
「でもフレイズは、時々ファメラの所にやって来ていたと聞きましたよ」
「あれは別じゃ、火山が噴火したら目も当てられんからのう」
確かにそうか・・・フレイズはファメラを手伝っていたのかな?
「特例ということですか?」
「そうじゃ、それにフレイズは炎から神力を得られるのじゃ、ボイルの街であれば、問題なかろう」
ファメラの能力と一緒ということか。
ならば問題無いか。
「そうじゃった。愚弟も世話になっておるようじゃな」
「愚弟?」
「フレイズじゃ、あ奴は余の弟じゃ」
「兄弟なんですか?」
ちょっと意外、全く似てませんがな。
「そうじゃ、大地、火、水、風は兄弟じゃ」
あらまあ。
雷と氷は違うんだ。
もしかして従妹?
「なるほど。ということは水と風の神様も、サウナ島にじきに来られるのですか?」
「それは分からぬ、あ奴等しだいじゃな。余はここに来る理由がいくつもあるのでな」
「理由ですか?」
何の事だ?
「そうじゃ、まずは娘に会いに来てもよかろう?世界樹は余の権能から生まれた存在じゃ。本当は枯れた時に来たかったのじゃが、そうともいかなくてのう、またタイミングも悪かったのじゃ」
何か来れなかった理由がありそうだな。
「・・・」
「それにここにはアンジェリがおるから、着付けと髪を結って貰わねばな」
「それで上客ということなんですね」
「あ奴の腕は別格じゃ、外ではこうはいかぬ」
流石はアンジェリっちだ、上級神も認める腕前とは。
ここでゴンが飲み物を持ってきた。
飲み物を全員分配る。
アースラ様が麦茶に口を付ける。
「ほお!これが麦茶か。良い味じゃ、美味じゃな」
「ありがとうございます」
アイリスさんの大好物だしね。
味覚は近しいのかな?
「どうやらこの島には、いろいろな飲み物と食べ物がある様じゃな?」
「そうなんです、何を飲んでも食べても美味しいんですよ、お母様」
アイリスさんはにこやかだ、こんな表情をするんだな。
母親に対する信頼がそうさせるのだろう。
これまでに、アイリスさんのこんな表情は見たことがない。
「ただこの島では、食事には金銭が伴いますが、アースラ様は金銭はお持ちですか?」
「守さん、私が出しますわ」
アースラ様はアイリスさんを手で制した。
「アイリスや、そうともいかぬ。娘に払わせたとあっては、余の矜持に関わる。では金銭に変わる物を提供するのはどうじゃ?」
「金銭に変わる物ですか?」
「そうじゃ、後で先ほどの畑に行かせてもらうとする」
もしかして畑作業をするつもりなのか?
この着物でか?
作業着を造ったほうがいいのかな?
まあいいか。
アースラ様に任せておこう。
「そろそろアンジェリさんの美容室の営業が始まりますが、あそこは予約制ですが、予約は取ってますか?」
「予約制じゃと!余は聞いておらん!」
あれま、まあアンジェリっちに任せよう。
「ではまずは畑に行く、その後美容室じゃな」
「分かりました」
飲み物を飲み切り。
俺達はもう一度畑にやってきた。
スタッフ達が畑作業に勤しんでいる。
畑の縁にやってくると、不意にアースラ様が叫んだ。
「『豊穣の祈り』」
すると畑が金色に輝きだした。
農作物が一気に成長を開始する。
凄い!俺やギルの神気やりを、遥かに凌駕する成長速度だ。
いけない、見とれていてはもったいない。
俺は全身を神気で纏ってみた。
畑の輝きに集中する。
どうだ?
畑は色を取り戻していった。
・・・
アナウンスはなかった。
パクれなかったか・・・でも何となく分かったぞ・・・次は出来ると思う。
それにしても素晴らしい能力だ、これは恐らくただ神気を与えるだけでは無く、土の中にある栄養素なども同時に、作物に吸収させているのだと思う。
大地の神は伊達ではないな。
それにしても・・・これはどれぐらいの価値になるんだろうか?
畑の全ての作物が、収穫できる状態になってしまった。
畑班のスタッフは大変だな。
急に畑全面の収穫作業を行わなければならなくなったぞ。
時間的にみても、一週間は短縮できたと思われる。
困った、全く金銭的な価値が分からない。
もう適当でいいか?いいよね?
「アリスさん、後でゴンに言って、アースラ様に金貨二十枚渡してください」
「分かりましたわ」
アイリスさんはどや顔をしていた。
母親の活躍に嬉しいのだろう。
「島野や、これでよいか?」
「・・・ええ、充分です」
ほんとに。
「さようか?では余は美容室に向かうとしよう」
「お供させて貰います」
俺はアースラ様と、美容室アンジェリを目指した。
アイリスさんは、収穫作業が急務となった為、畑に残ることになってしまった。
俺も後で手伝います。
これは大変だ。
美容室アンジェリにやってきた。
営業を開始してからまだ僅かだというのに、全てのカット台が埋まっていた。
相変わらず凄い人気だ。
「いらしゃいませ!」
元気な挨拶が木霊する。
「え!アースラ様!」
「ほんとだ、アースラ様だ!」
メグさんとカナさんも、アースラ様を知っているようだ。
アンジェリっちが、前に出て来た。
「アースラ様、お久しぶりです」
「アンジェリよ、息災か?」
「ええお陰様で、守っちどうしたの?」
何故俺がいるのか?という疑問のようだ。
「どうしたのじゃないよ、アースラ様を送り届けにきたんだよ」
「そういうこと、それでアースラ様、どうしましたか?」
「そろそろ髪を結って欲しくてのう、あと着付けも頼もうと思ったんじゃ」
アンジェリっちは苦い顔をしている。
「アースラ様、申し訳ないのですが、この店は完全予約制なんです。エルフの村の店とは違うんです」
「そのようじゃな」
「なので、いくらアースラ様でも、予約が無くては受け付けられないです」
「・・・駄目か?」
アースラ様は上目遣いでアンジェリっちを見つめている。
「駄目です、上級神様でもこればっかりは・・・」
サウナ島のルールがちゃんと徹底されているな。
「さようか・・・」
「予約していかれますか?」
「そうじゃな・・・」
アースラ様は少しショックを受けているようだ。
でもここはフレイズとは違うところだ。
大人の対応だ。
アンジェリっちも流石だ。
上級神様であっても、いち客との扱いだ。
商売を分かっている。
それにここはサウナ島だ。
皆な平等ということだ。
上級神であっても特別扱いはできない。
予約を済ませたアースラ様は、結局畑に戻ってきた。
俺はアイリスさんにアースラ様を任せて、畑の収穫作業を行った。
アースラ様は、アイリスさんとメルラドの服屋と、スーパー銭湯に向かったようだ。
どうやら風呂に浸かりたいらしい。
着替えが無い為、服もいるということのようだ。
それにしても、まだまだ上級神様の御来島がありそうだ。
その内、想像神の爺さんもやってくるかもしれないな。
まあ前にも一度来てるしね。
でも来たら来たで大変だろうな。
時にメタンが・・・
アースラ様は炭酸泉が、大のお気に入りとなったらしい。
また食事も大いに気に入ったようで、蕎麦が大好物らしい。
裏メニューのザル蕎麦をしょっちゅう注文しているようだ。
酒も口に合ったようで、しょっちゅうスーパー銭湯で見かけるようになった。
アースラ様はスーパー銭湯の中では、浴衣を着ていることが多く。
男性陣の目の保養になっていた。
アースラ様は威厳があり、近寄りがたい雰囲気だが、いざ親しくなると話の分かる女神様だった。
特に他の女神達からの信頼が厚く、オリビアさんとも親しいようだった。
どういう関係なのかは、俺はよく分からないが、再会した時のオリビアさんは、大泣きしていたらしい。
過去に何があったのかは知らないが、俺から聞く気にもなれない。
その内に話してくれるだろう。
それにしても、上級神が二人もアルバイトとして働くこのサウナ島って・・・
なんなんだろうね?
俺もそうだが、この島も出鱈目だな。
摩訶不思議な島だよ。
因みにだが『豊穣の祈り』は、後日ちゃんとパクっておきましたよ。
サクッとね。
でもこの能力は、今のところ使い道がないのだけどね。
アースラ様のバイトを奪う訳にはいかんでしょう?
まあこんな能力は、使い処は無いに越したことは無いのだけどね。
さて、次は誰がくるのだか・・・
まあ、俺は通常運転を心がけるだけですよ。
水の神と、風の神がサウナ島に現れた。
案の定である。
彼女達は、俺の前に直接転移してきて。
開口一番。
「バイトさせて!」
「バイトさせろ!」
遠慮も無く、好き勝手に目的を告げていた。
こんなことになるだろうと、俺は前もってアルバイトを用意していたのだ。
彼女達には洗濯機と乾燥機になってもらう。
これは正直に言って、ありがたい申し入れだ。
実は、スーパー銭湯とサウナビレッジの、裏方作業の一番大変な作業が、洗濯なのである。
今はスタッフ達が、サウナマットや水取マット等を、手を休めることなく、常に洗濯を行っている。
何度か、洗濯機と乾燥機を造ってみたのだが、いざ使ってみると、燃費が恐ろしく悪かったのだ。
なかなか上手くはいかない。
魔石に風魔法を付与した乾燥機は、風魔法を使えない者達用に造ったのだが、燥くまでに時間が掛かった。
その為、常時魔力を流していないといけない為、直ぐに魔力が底を付いてしまう。
これでは使い物ならない。
改良を重ねようにも、何処をどう弄ったらいいのか分からず、今は塩付けとなっている。
洗濯機はもっと雑だった。
水を発生させる方向を調整して、水流があるだけの物になっている。
始めは浄化魔法を多用する、洗濯スタイルだったのだが。
やはり、お日様の匂いのする方が良いと、水から洗濯するスタイルを今は取っている。
勿論洗剤は使っている。
手間がかかるのは分かっているのだが、ここは譲れないところだ。
聞いたところでは、五郎さんの所でもそうしているらしい。
想いは一緒ということだ。
水の神アクアマリン様は洗濯、風の神ウィンドミル様は乾燥という役割だ。
アクアマリン様は結界を張って、その中に洗濯物を入れていく。
アクアマリン様は特徴的な水色の髪を靡かせながら、楽しそうに作業を行っている。
ブルーのワンピースがよく似合っている。
とても穏やかな女神さまだ。
結界内に水を大量に発生させ、大量の洗剤を入れて、グルグルと洗濯物を回していく。
もの凄い水流だ。
そして泡立ちも良い。
その後、すすぎを数回行って。
洗濯は完成する。
ウィンドミル様も結界を張って、その中に洗濯の済んだ洗濯物を入れていく。
結界内を強風で満たし、ものの数分で洗濯物は乾燥する。
強烈な乾燥機そのものだ。
ウィンドミル様は、黒髪のお淑やかや女神さまだ。
すらっとした体躯に、こちらは緑のドレスを纏っている。
二人の女神は特徴こそ違えど、美人の女神様だ。
聞いた所では、この二人は双子の様だった。
髪色等が違ってなければ区別がつかない程にそっくりだ。
ていうか、この世界の女神様は全員美人さんだ。
黙っていれば、見惚れてしまうと思う。
黙っていればである。
現に洗濯機と乾燥機に成り変わった女神様達は、
「ウォリャー!」
「トリャー!」
等と言いながら作業をしている。
・・・
洗濯物と戦うなよな。
そして、こちらも作業の対価の金銭価値が、よく分からない。
どうしたものかと思案したが、三日間分の洗濯物をしてくれたので、一人金貨十五枚渡しておいた。
これで合っているのかは全く不明だ。
まあその分スタッフ達は、外の仕事に掛れるので、良しとしよう。
アクアマリン様は、甘味が好きなようだ。
よく、ソフトクリームを食べているのを見かける。
そして、かなりの酒豪のようで、前にレケを潰しているのを見かけたことがある。
甘味好きで、飲める人って、酒豪が多いよね?
アクアマリン様はいつもケロッとしている。
随分とさっぱりした性格のようだ。
ウィンドミル様は、ピザが好きなようで、たまにメルルに、マルゲリータ以外のピザを作ってくれと、注文しているみたいだ。
実は裏メニューでピザは何種類もある為、通な注文をしているとも言える。
神様にしては珍しく、あまりお酒を飲まないみたいだ。
だが決して飲めない訳ではないらしい。
あまり好まないといった程度のようだ。
ウィンドミル様は見た目通り、おっとりとしている性格だ。
話をしている時も、時折何を考えているのか分からないところがある。
会話のリズムもゆっくりだ。
フレイズとアースラ様のインパクトが凄かったから、どんな神様が来るのかと身構えていたが、そんな必要は無かったみたいだ。
この二人も、その後サウナ島でよく見かけることになった。
サウナ島は今では普通に上級神様が闊歩する街になっていた。
なんだかね・・・
まあ、上級神だからって気は使わないのだけれどね。
ていうか、神様多すぎなんだよ!
よく考えると、このサウナ島も可笑しなところだと思う。
上級神様がアルバイトにくる島って、外にはないだろう。
上級神様は他にもまだまだ居るということだが、今の所御来島する気配は感じない。
正直お腹一杯なので、控えて貰えると助かる。
もう充分ですって、ほんとに。
冗談抜きでね。
ふと考えたことがある。
ギルやエリスのことを考えると、直ぐにでも北半球に向かうべきなんだろうが、そうとも思えない。
焦りは禁物である。
今や南半球の全ての国や街が転移扉で繋がり、国交も結ばれている。
タイロンを中心とした、友好条約がメッサーラとメルラドの三国間で締結され、南半球の平和は揺るぎないものとなっていた。
この友好条約だが、調印式をサウナ島で行った所為か、俺の功績との噂がたっていた。
実際のところはちょっと違う。
俺はエンゾさんに、
「友好条約を結んだら、より文化交流や技術交流が盛んになって、経済効果は高くなると思いますよ」
と入知恵し、メリッサさんと、ルイ君を引き合わせただけである。
その為、俺は友好条約の中身については、どんな条項があるのかは知らないし、どんな内容かも知らない。
サウナ島で調印式を行ったのも、中立を謳っているサウナ島が打って付けだったからだ。
深い意味は全くない。
誰の功績か?と問われたら。
間違いなくエンゾさんだろう。
この友好条約締結以降、三国間での交流は盛んになっている。
もはや南半球の平和は担保されている。
しかし、現状で満足していいのか?との考えが過る。
もし俺がこの島を離れたらどうなるのか?
当然五郎さん達神様ズが、纏め役を担ってくれるのだろう。
それに今では上級神達もいる。
戦争の様な事は間違っても起きないだろう。
だが危惧するのは、エンゾさんではないが、産業と娯楽の中心がサウナ島に偏り過ぎているのでないか?ということだ。
ここに来て俺は、娯楽が一所集中なのは良くないのではないかと、思う様になってきたのだ。
何もサウナ島に娯楽を集中させる必要は、無いのではなかろうか?
何が思い浮かぶか?
娯楽を広めることを考えてみたい。
まずこの島には四季がない。
それは逆を言えば、季節に伴う娯楽が無いということだ。
俺は思い至って、リチャードさんと話をすることにした。
場所は事務所の社長室だ。
「島野様、お呼びでしょうか?」
リチャードさんが息を切らして、社長室に飛び込んできた。
「リチャードさん、落ち着いてください。走ってきたんですか?」
リチャードさんは肩で息をしている。
「ええ、島野様からのお呼びとあっては、直ぐに駆けつける必要がございます」
「・・・まあまずは座ってください」
これは少し時間が必要だな。
ゴンが飲み物を尋ねてきた。
「俺はいつもの」
アイスコーヒーのことである。
ゴンにはこれで通じる。
「私は、はあ・・・はあ・・・水を」
息も絶え絶えだ。
相変わらずリチャードさんは生真面目だな。
ゴンが飲み物を持ってきた頃には、リチャードさんは落ち着きを取り戻していた。
「リチャードさん、今の時期のメルラドは雪が降っていますよね?」
「はい、その通りでございます」
「スキー場を造りませんか?」
「スキー場でございますか?」
「はい、街から簡単に行ける山はありますか?」
「・・・おそらくは・・・」
リチャードさんは考えているみたいだ。
右上方を眺めている。
「それがあれば、スキー場が作れます。それで、この時期のメルラドにも人が集まって来るようになりますよ」
「え!本当ですか?」
リチャードさんは眼を輝かせている。
「まずは見にいきましょうか?」
俺としては現地をまずは確認してみたい。
山の斜面を見てみないことにはね。
「是非お願いします」
俺は雪でも寒くないように、服装を変えて、リチャードさんとメルラドに向かった。
メルラドは雪に覆われていた。
メルラドの雪景色は久しぶりに見るな。
街が銀色に輝いていた。
綺麗な景色だ。
「山はどちらにありますか?」
「こちらでございます」
リチャードさんは指を指している。
うーん、町並みで隠れて見えないな。
俺達は連れ立って、歩を進めた。
じきに山が見えて来た。
良い傾斜だ、これならいけるか?
穏やかな斜面だった。
「リチャードさん、あの山は国の物ですか?」
「そうなります、どうされますか?」
「どうされますか?って、俺の独断でどうにかしていいのですか?」
「勿論でございます、国には私の方から捻じ込んでおきますので」
捻じ込むって・・・まあいいか・・・
俺を買い被りし過ぎなんじゃ・・・
そういうのならやっちゃうけど。
「そうですか・・・」
では遠慮なく。
「島野様はメルラドにとって損となるようなことは決してなさらないと、存じ上げておりますので」
じゃあお言葉に甘えて。
好きにやらせて貰いますよ。
俺は『転移』して、次々に木々を伐採していった。
伐採した木は後で使うので、一箇所に集めておいた。
その後伐採を繰り返し、概ね作業が終わったところで天候が吹雪に変わってきた為、一旦作業は終了することにした。
リチャードさんの元に戻ると、
「島野様、とてつもないスピードで伐採を行っておりましたね」
と慄いていた。
「そうですか?今日はとりあえず終了します。続きは明日行います」
「畏まりました、それにしてもスキー場とは、いったいなんでしょうか?」
そうだった、スキーを説明していなかった。
俺は先ほど伐採した木から、スキー板を造ってみせた。
「この板に靴を繋げて、雪の上を滑走するんです」
「滑走でございますか?」
「はい、これから帰ってスキー板を完成させるので、スキーを明日やってみましょう」
「畏まりました」
俺達は一旦サウナ島に帰ることにした。
それにしても寒かったー!
もっと厚着にすればよかった。
霜焼けが出来るかと思ったよ。
足先が冷たい・・・
サウナ島に帰ると、赤レンガ工房に直行した。
赤レンガ工房に入ると、リチャードさんが、
「ここが赤レンガ工房ですね」
工房内を見回していた。
「リチャードさんは、赤レンガ工房は始めてでしたか?」
「はい、小職は赤レンガ工房に入るのは始めてでございます」
小職って・・・サラリーマン時代のメールのやり取りを思い出すな。
「じゃあ早速スキー板を造っていきますね」
俺は『加工』と『合成』を繰り返し、スキー板を作製した。
スキー靴は堅めのゴムをベースとして、寒さ対策で靴内に皮と、麻を敷きつけておいた。
設置部分の金具も造っていく。
次に同じ要領で、今度はスノーボードを造ってみた。
どちらを使うかは好みが分かれるところだ。
更に、子供用にソリを造る。
勿論木製だ。
楽しめることは間違いないだろう。
最後に本命のスノーモービルを造っていく。
ここはベースを木製にして、クルーザーの時と同じ要領で、心臓部とハンドルを造っていく。
装甲はアルミを使うことにした。
神石バージョンと、魔石バージョンの両方を造っていく。
またこれで爆走できるだろう。
楽しみで仕方がない。
リチャードさんは常に、
「おお!」
「なんと!」
「これはいったい・・・」
と声を漏らしていた。
これにより、ウィンタースポーツ道具が一式完成した。
後はウェアーだが、一先ず後回し。
実走してからでもいいだろう。
メルラドの服飾職人達には、スキーウェアーの発注だけはしておいた。
後は彼らに任せるのみだ。
そして、翌日。
朝から俺はフレイズを伴ってメルラドに向かった。
フレイズには、特別なバイトがあると声を掛けたところ。
「我に任せよ!」
と喜んでいた。
どれだけ稼ぎたいのやらこいつは・・・
現地に着くと、既にリチャードさんが待機していた。
「リチャードさん、こちら火の神のフレイズです」
「我がフレイズだ!ナハハハ!」
フレイズはいつも通り偉そうにしている。
もう咎める気にもならない。
「フレイズ様でございますね、始めまして、私はメルラドの外務大臣を務めております。リチャードと申します、以後お見知りおきを」
リチャードさんは、仰々しくお辞儀をしていた。
リチャードさんにとっては、相手が上級神であっても、もう慣れっこになってしまったようだ。
これぐらいではもう驚かないらしい。
そんなに驚かせたっけ?
「それで島野。我は何をすればよいのだ?」
「この山の伐採しているエリアに積もっている、雪を溶かしてくれ」
「そんなことでよいのか?」
「ああ、これで金貨十枚はお手頃だろ?」
「なんと!金貨十枚もか?これはコスパが良いな!」
コスパってどこで覚えたんだよ?
変なことばかり覚えやがって・・・
まあいいか。
「フレイズ、さっそく頼む」
「心得た!」
フレイズは炎を纏って、雪すれすれに飛んで行く。
ものの数分で全ての雪が解けていた。
おおー、腐っても上級神だな。
仕事が早い。
やれば出来る子のようだな。
「よし、おつかれさん」
俺は金貨を十枚フレイズに手渡してやった。
「おお!ものの数分でこんなにも!島野、外にもこんなバイトはないのか?」
バイトを催促されてしまった。
もはや上級神の威厳はないらしい。
「今の所はないな、っていうかお前そんなにお金に困ってるのか?」
「ちょっと心元無くてな。まあよい、またこんなバイトがあったら声を掛けるのだぞ!」
「ああ、分かった」
フレイズは転移してサウナ島に帰っていった。
どうせ日本酒を飲むか、辛い食べ物を食べに行くのだろう。
さて、ここからは俺の仕事になる。
まずは自然操作の土で、坂の地面を耕していく。
小石や、石、岩等を『念動』で脇に追いやっていく。
この石はあとで、階段の材料になる。
全ての石を取り除いたら、今度は土を『自然操作』で固めていく。
これでコース自体は完成だ。
次に先ほど取り除いた石と、先日伐採した木材も使って、階段を造っていく。
階段造りには、地味に時間が掛かった。
リチャードさんも息も絶え絶え手伝ってくれた。
お疲れ様でございます。
後でお風呂にでも入って、温まってくださいな。
最後に自然操作で、雪を降らせてスキー場が完成した。
後は下部にロッジを作るのだが、まずは滑走してみたい。
俺はスキーを選択し、リチャードさんは子供用のソリを選択した。
「じゃあリチャードさん、行きますよ」
俺は一足先に滑り出した。
リチャードさんが、
「島野様、待ってください」
と言いながら後を追いかけてくる。
シュッ、シュッ、シュッ。
リズムを取りながら、俺は滑走していく。
リチャードさんは、
「あわわわわ!」
「おっとととと!」
等と言いながら、ソリを滑らせていた。
久しぶりのスキーだ。
これは楽しい!
疾走感が半端ない!
腰が引けながらも、リチャードさんも楽しんでいる様子。
「おお!おお!」
雪の上を滑る感覚を楽しんでいるみたいだ。
「よし、次はスノーボードだな」
「では、私はスキーを体験させていただきます」
ウィンタースポーツに前向きなリチャードさんだ。
俺は『転移』で一気に山頂まで移動した。
「では、行きましょう!」
「ちょっと待ってください!」
俺はスノーボードを楽しんだ。
リチャードさんは・・・かなり苦戦していた。
「これは・・・修業が必要です」
俺はまず、リチャードさんにパラレルを教えた。
Ⅴ字で内股のあれね。
リチャードさんは見かけによらず、めきめきとスキーが上達していた。
日が暮れる頃には、一端のスキー上級者になっていた。
この人は見かけによらず、運動神経が良いようだ。
そして俺は待望のスノーモービルを楽しんだ。
これは想定以上にスピードが出る。
雪上の暴走族だな。
ガンガン飛ばしていく。
ぶっこんでいくんでよろしく!と心の中で叫ぶ。
ネタが古いかな?
無茶苦茶楽しい!
スノーモービルを造って良かった。
もしかして俺は暴走狂なのか?
そんな自覚は無いのだが・・・
その翌日にはマークとランドを伴って、ロッジ建設に勤しんだ。
途中途中で俺達はスキーなどを楽しんだ。
マークはスキー派、ランドはスノーボード派だ。
こいつらは当初から上手に滑っている。
俺は勿論スノーモービル派だ。
一度スノーモービルの後部座席に二人を乗せてやったが、
「怖すぎる!」
「目が開けられなかった!」
二人は腰が引けてしまったようだった。
軟弱な奴らだ、もっと気合を入れろよな!
脱線してしまった・・・
そして二週間後にはロッジが完成し、このロッジは休憩所兼食堂として、使われることになった。
その後ブランドショップにて、スキー用品や、スノーボード用品の取り扱いが始まり、これは何だと、ウィンタースポーツの一大ブームが巻き起こった。
因みにスキーウェアーは、メルラドの服飾職人達が、大いに腕を振るってくれた。
そして冬の時期のメルラドに、たくさんの人達が訪れることになった。
沢山の人達がウィンタースポーツを楽しみ、スキーやスノーボード等を堪能していた。
この現象にメルラドの国民は沸いた。
我先にと、ウィンタースポーツを楽しむだけでは無く。
メルラドに訪れる人達を歓迎しようと、国を挙げての歓迎ムードになっていた。
冬の時期なのに、食堂や商店等が建設されていた。
そしてこの娯楽に特に飛びついたのは、上級神達だった。
あの人達は全く・・・
花魁がスノーボードをする仕草には笑えた。
何故かアースラ様は、スキーウェアーを着ようとはしなかった。
寒くないのかな?
拘りなのかな?
フレイズはスノーモービルを乗り回していた。
流石にこちらはスキーウェアーを着用していた。
フレイズは寒さには弱いらしい。
アクアマリン様はソリが大好きなようで、その様はとても可愛く見えた。
子供用のソリにちょこんと乗っている姿はとても和んだ。
ウィンドミル様はスキーを楽しんでいた。
一度調子に乗ったフレイズが、スキーの速度を上げようと、炎を纏って滑走していたところ。
雪が解けてしまい、スキー場が使えなくなってしまった。
これにキレたアクアマリン様が、フレイズを水浸しにして凍えさせていた。
フレイズの天敵はアクアマリン様らしい。
火に水とあれば、そうなんだろう・・・
急遽呼び出された俺は、自然操作で雪を降らせることになっていた。
フレイズは、
「我、死ぬかも・・・」
残念ながら完全にノックアウトされていた。
チーン!
という効果音を付けてください。
ウィンタースポーツブームにメルラドは沸いた。
そこで興の乗った俺は、モーグルの出来る瘤のある個所を何カ所か造ってみたところ。
ウィンドミル様は、難なくモーグルを滑走していた。
凄い運動神経だ。
思わず見惚れてしまった。
宿泊宿は、これまで冬場は閉店していたのが、常時開店となり大賑わいとなっていた。
今では予約が取れない事態となっているようだ。
そしてロッジには島野プロデゥースとして、新たな味が提供されることになった。
目玉のメニューは豚汁とトマトスープである。
あのメルラドを救ったメニューが、ここに来て異彩を放っていた。
メルラド国民は感慨深くこれを受け止めていた。
スキーで冷えた身体には持って来いだと大好評だ。
外には鍋料理を各種取り揃えている。
トマト鍋、豆乳鍋、が売れ筋として、水炊き鍋、カレー鍋が定番となっている。
異彩を放っているのがキムチ鍋だ。
フレイズが連日食べに来ていた。
ファメラもキムチ鍋が好きなようだ。
キムチはスーパー銭湯での裏メニューだったのだが、ここに来て瞬く間に人気メニューの仲間入りになっていた。
その後、キムチはチャーハンやラーメン等にも使われる様になっていた。
また俺の仕事が増えてしまった・・・
勘弁してくれよ・・・
誰か早く『熟成魔法』を覚えて欲しいものだ。
ゴンに期待するしかないな・・・
これによって、冬の時期のメルラドにも人が集まるようになった。
リチャードさんの興奮は、留まることを知らないようで。
これでメルラドは大国に成った!
と鼻息は荒い。
まあ俺としては、娯楽を広めたかっただけなのだが・・・
結果良しとしておこうかね。
そして今度は、メッサーラに話を持ち込んだ。
ルイ君は二言返事で俺の提案を了承した。
こちらも必ず議会を通すからと、確約してくれた。
メッサーラでは、俺はスポーツ施設を建設することにした。
まずは野球場と体育館だ。
特にバスケットボールの人気が高いメッサーラでは、喜ばれることは間違いないだろう。
それに、今ではバスケットボールだけに留まらず。
スーパー銭湯の漫画の影響で、バレーボール人気も高くなっている。
バレーボールは以外にも、エンゾさんが嵌っていた。
これで甘味が沢山食べられると、彼女は息巻いていた。
カロリーを消費出来るということなんだろう・・・
そこまでして甘味が食べたいのか?
お好きにどうぞ・・・
体育館はあまりの人気の高さに、二棟造ることになった。
さらに陸上競技場を作り、ここでは陸上競技を行えるようにした。
今ではメッサーラは魔法国というよりも、スポーツ王国といってもいいのではないかというほどの、スポーツ熱を帯びていた。
ルイ君も積極的にスポーツを行う様になっていた。
ルイ君は運動が得意とは思えない・・・
怪我には気を付けてくれよ。
次に手を加えたのは、コロンとカナンとエルフの村だ。
ここは自然を生かした、キャンプ場を建設することにした。
ドラン様も、レイモンド様も、大喜びしていた。
アンジェリっちは、エルフの村長に任せて報告だけ受けていた。
彼女は相変わらず忙しく、美容室に張り付いていた。
特にコロンのキャンプ場建設は、テリー達が奮起していた。
故郷に錦を飾れると、気合が入っている。
キャンプに関しては、今ではプロとの呼び声高いテリーだ。
彼は上級キャンパーと言っても過言では無いだろう。
フィリップとルーベンも肩を回していた。
鼻が高いと宣っている。
まあ気持ちは良く分かる、今ではこいつらも島野商事の主力と言える存在だ。
ただの孤児だった面影すらない。
青年の成長は本当に早い。
キャンプ場の建設には、一ヶ月の歳月を有することになった。
というのも、ロッジにちょっとした拘りを設けたからだ。
それは何かというと、屋根裏部屋を設けて、満天の星空を眺めることが出来る使用にしたからだった。
これはとても好評だった。
横になりながら満天の星空が眺めることが出来ると、大勢の人達が予約に殺到した。
そしてキャンプ場のオペレーションに関しては、テリーが全てを教え込み、文句の無いものに仕上がっていた。
これにより、娯楽目的でコロンとカナン、そしてエルフの村に訪れる人達が増えた。
今では、街を挙げて食堂や商店を建設するほどになっている。
更に俺はパターゴルフ場を造ってみた。
これが驚くほどにウケてしまった。
男女年齢関係なく楽しめると人気は高い。
因みにこれにドラン様は大嵌りしていた。
ホールインワンが出来たと、先日自慢していた。
鍛冶の街フランに関しては、本当に悩んだ。
だって酒の印象しかないんだもの。
外に何があるってのよ。
捻りに捻りを重ねた結果、室内競技場を造ることにした。
ビリヤードやダーツを中心に、将棋やチェス、ボードゲームを楽しむ施設だ。
ドワーフ達は、酒を煽りながら、ゲームを楽しんでいた。
よくもまあそんなことが出来るものだ。
更に俺は物足りないだろうと、ボーリング場を造った。
これが大人気となった。
色々な街からボーリングを楽しむ方々が、フランの街に訪れる様になった。
中にはマイボールを造る拘りを持つ者まで現れた。
今ではどうやって自動で、ボールが戻るのかの仕組みに、親父さんと頭を悩ませているぐらいだ。
そして俺はこっそりと、あるプロジェクトに着手した。
それは、不定期に現れる謎の屋台。
日本で集めれる高アルコールのお酒を提供する、謎の屋台だ。
いつ何時何処に現れるのかは秘密だ。
というより、俺の気が向いた時にしか現れない。
遂に禁断のカードを引いたと言える。
異世界のアルコールを持ち込んでしまったのだ。
メインの商品はウォッカだ。
これをショットで飲ませるのだ。
ライムを口に咥えるスタイルだ。
漏れなくドワーフ達は、酩酊にさせられている。
だがここは流石のドワーフだ。
数名は、これを乗り越えてきた。
ある猛者が言った。
「あれは最高峰のアルコールだ!」
「あの衝撃は人生を変える!」
「ここまで追い込まれたのは後にも先にも無い!」
と・・・
知るか!
俺はどこまでドワーフがアルコールを飲めるのかを、試したかっただけである。
これを嗅ぎ取った親父さんからは、
「儂には飲ませんのか?」
挑戦状を受けることになってしまった。
さっそくウォッカの試飲が始まった。
大満足の親父さん。
「もっとよこせ!」
瓶をぶん捕られてしまった。
こうなると思ったよ、全く。
その後ことある事にウォッカを強請られることになったが、断固として拒否した。
ここは譲れない。
異世界の物を際限無く持ち込むことになってしまう。
これは頂けない。
あくまで俺の気が向いた時に、しれっと行う屋台である。
タダの趣味でしかない。
常時何て・・・あり得ないでしょ?
そして俺の、娯楽を広めよう作戦に共鳴した、五郎さんが遂にその重い腰を上げることになった。
「島野、ボルンとボイルに温泉旅館を造るぞ、手伝え!」
との協力要請があった。
俺はこの時を待っていた。
泉源のあるこの二つの街には、温泉旅館が必要だと思っていた。
温泉旅館となれば、俺が発起人になる訳にはいかない。
ここは五郎さんの土俵だ。
五郎さんの指示の元、まずはボルンから温泉旅館が造られることになった。
ランドールさんからは、
「せっかくだから、これを機に上下水道を通そうと思います。協力して貰えますか?」
こちらからも協力要請があった。
メッサーラの学校の建設は弟子達に任せて、ランドールさんは上下水道の設置と、温泉旅館の建設に勤しんだ。
まずは上下水道から引き込みを行うことになった。
その隙に五郎さんは、温泉旅館の構想を練っていく。
サウナ島からは俺とマーク、ランドが積極的に手伝いを行った。
上下水道工事はもはや手慣れたマークとランドが、力を発揮していた。
故郷に恩返しができると、いつも以上に力が入っている。
時々マークの親父さんが現場を視察しに来ていたが、俺は捕まると長くなりそうなので、作業に没頭する振りをしていた。
だって、無駄な長話はしたくないじゃない?
上下水道は、今後は一般家庭にも広げると、ランドールさんは入念に作業を行っていた。
上下水道は一から造る方が簡単で、今ある家に引き込む方が大変だ。
それを理解しているランドールさんは、温泉旅館用に上下水道を引き込むだけでは無く、その先を見据えなければならない。
こちらもいつも以上に力が入っていた。
そして俺はアースラ様に声を掛けた。
「アースラ様、臨時バイトをやりませんか?」
「臨時バイトとな?」
「はい、土を掘り返して貰えればと」
「ほう、よかろう。余が手を貸そう」
アースラ様も満更でもなさそうだった。
上下水道の引き込みで、最も大変な土を掘り起こす作業を、一瞬で行うアースラ様だった。
これはありがたい。
一週間以上は期間を短縮できたかもしれない。
俺はバイト代をアースラ様に払って、作業に戻った。
アースラ様もほくほくの表情で、サウナ島に転移していった。
俺はどうやら上級神の扱い方に慣れて来たようだ。
ちょろくて助かる。
しめしめだ・・・
そして今ある温泉はもっと豪華な物に変えようと、五郎さんは余念が無い。
上下水道の引き込みが粗方完成するまでに、一ヶ月を要することになった。
そして遂に温泉旅館の着工が始まった。
俺は特に瓦等を能力で造っていくことになった。
その他の材料もサウナ島の木材などを使い、金具に関しては、ゴンガスの親父さんに造ってもらうことになった。
建築現場にゴンガスの親父さんがいることに、ちょっと違和感を感じたが、親父さんも建設現場に興味があったらしく。
入念に視察していた。
今では五郎さんを中心に、俺とランドールさん、親父さんのグループが出来上がり、親交はより深い物となっていた。
特にランドールさんは、これまで五郎さんとはあまり交流が無かったようで、親しくなれたと喜んでいた。
作業もどんどんと進んでいく。
ここぞとばかりにランドールさんは『加工』を使っていた。
俺がいるから、ここでもレベル上げがしたいのだろう。
精度も前に見た時よりも良くなっているのが分かる。
そして温泉旅館が遂に完成した。
温泉旅館は、日本家屋造りの豪華な物になっていた。
ボルンの街にはこれがよく似合う、宮造りの家と遜色ない。
いよいよ温泉街『ゴロウ』以外の街で、温泉旅館が出来上がった。
五郎さんは完成した温泉旅館を、感極まる表情で眺めていた。
「いよいよやっちまったな」
五郎さんは呟いていた。
俺がサウナを五郎さんの温泉街に広めた時と同じなんだろう。
気持ちはよく分かる。
自分の愛した文化が広まったと感激したものだ。
「島野、ここからだな」
五郎さんは気合を入れ直していた。
ボイルの街に降り立った俺と五郎さん。
「島野、どうするよ?」
と五郎さんが投げかけてきた。
言いたいことは分かる。
木造建築でいいのか?ということだろう。
「実は、ちょっと考えていたことがあるんです」
「ほう、なんでえ?」
「木造建築でいいのか?ってことですよね?」
「そうだ、この火山の影響を考えん訳にはいくめえ」
そこは考えていることがあった。
「結界を張るってのはどうですか?」
「結界?」
五郎さんには分からないようだ。
「俺の能力で結界を張れるんです、そうしたら万が一火山が噴火しても温泉旅館に火が付くことは無いかと思います」
「そうか・・・島野がやるのか?」
「でもいいですし、フレイズにやらせてもいいかと」
「そうか、ならこれまでと同じ温泉旅館でもいいとうことか?」
「ですね、でもこの街に馴染みますかね?」
「確かにな・・・ちょっと思案のし処だな。時間をくれや」
と一旦持ち帰ることになった。
ここは五郎さんに預けるしかない。
数日後、
五郎さんが事務所に現れた。
「島野、考えが纏まったぞ!」
「そうですか」
俺は五郎さんに着席を促した。
「島野、お前えコンクリートってものを準備できるよな?」
「ええ、出来ますが」
「それで造ろうと思ってな」
「コンクリートでですか?」
「ああ、そうでえ」
と五郎さんはほくそ笑んでいた。
なるほど、それならば街にも馴染むし、耐火能力も高い。
流石は五郎さんだ。
ホテルに舵を切ったということなのだろうか?
でも温泉旅館としては、異質に感じるのだがどうなんだろうか?
まあやってみようかな?
先入観は捨てましょう。
こうして五郎さんが構想を練ることになった。
その隙に俺はマークとランドを連れて、上下水道の引き込みを行う事にした。
ボイルの街には川まで結構な距離があった。
ここでもアースラ様のバイトが役に立った。
副産物的にありがたかった事は、ここの川でも大工の街ボルン同様に、鮭が取れたことだった。
ボルンに続きここでも鮭が取れるとは思わなかった。
鮭は今ではサウナ島でも取れない珍味となっている。
これも新たな特産品になるだろう。
ファメラも喜ぶことは間違いない。
こうしてボイルの街に温泉旅館の建設が始まった。
果たしてどうなることやら・・・
まあ、何とかなるだろう
ボイルの街の温泉旅館の建設だが、はっきりって俺の能力頼みの物になっていた。
それはそうだろう、コンクリ張りの建設物だ。
これならば耐火能力は高い。
でもこれが、思いの外この街の景観に合っていた。
五郎さんの先見の明が嵌った形だ。
一見異質だが、そうでも無いと感じてしまう。
温泉旅館とは言いづらいが、これはこれで良いのではないか?と思えるホテルが出来上がっていた。
ここは五郎さんなりの、棲み分けということなのかもしれない。
一気に日本風からは離れるが、こういう施設があってもいいと感じる。
温泉も豪華な造りになっている。
五郎さんに言わせると、
「ここの街には豪華さが必要だ。これぐらいやらねばなるめえ」
ということだった。
何となく言いたいことは分かる。
一見質素なこの街には、これぐらい目立つ建物があってもいいと感じる。
それに他の温泉旅館とは違って、これまでに無い楽しみ方ができそうだ。
流石は温泉街の神様だ。
発想が違う。
その後ボイルの温泉旅館は大人気となっていた。
ファメラもとても喜んでいた。
よかったよかった。
次に漁師街ゴルゴラドだが、ここは簡単だ。
既に半分は出来上がっていると言える。
ゴンズ様には既に構想は伝えてある。
ゴンズ様は街の為になるのならと、了承済みだ。
ゴルゴラドでは、マリンスポーツを充実させるつもりだ。
俺はゴンガスの親父さんを伴って、クエルさんの所にやってきた。
悪だくみ三人集の再結成だ。
ここでもまた、連日クエルさんの所に入り浸って、俺達は作業に没頭することになった。
まず最初に造ったのは、サーフボードだ。
これはウケるに決まっている。
サーフィンはマリンスポーツの花形だ。
それに波に乗るのは楽しい。
当然ボディーボードも作成した。
これも大いにウケるに決まっている。
次にジェットスキーだ。
前に造ったクルーザーの心臓部を参考に、ジェットスキーを造っていく。
素材はアルミを選択した。
そして水に浮かぶ様に、空気を含む箇所を何カ所も散りばめていく。
それでも水に浮かぶのか心配になったので、下部の脇にゴムで造った浮き輪を『合成』で設置していく。
日本のジェットスキーほどの、洗練されたフォルムにはなっていないが、これはこれで楽しめそうだ。
試走してみたが、思いの外速度は出なかった。
でもこれぐらいで良いのかもしれない。
安全第一に勤めたい。
体感としては、最大で時速四十キロぐらいだ。
問題になるかもと思っていた燃費問題だが、クルーザーとは違って、ジェットスキーは軽量な為、問題なく済んだ。
だが、ここは更に改良を加えたいところだ。
そして俺は、バナナボート、巨大浮き輪を造り、クルーザーで引くことを提案した。
試しに漁師達で試乗してみたところ。
「面白い!」
「楽しい!」
「新感覚!」
と大いにウケた。
一先ず開発系はこれで一旦ストップ。
ここからは、漁港と海岸を分ける護岸工事を開始した。
ゴルゴラドの漁師総出で、作業を開始していく。
俺は現場監督の様に、その作業を指揮していた。
これによって、海水浴場が出来上がった。
その様にゴルゴラドの街は沸き立った。
これまでは、この街に海岸は有って無いようなものだったからだ。
あまりに漁に特化し過ぎていた弊害とも言える。
これまで漁師以外の者達が海に近づくことは無かったが、このお陰で漁師以外の者達が、海に興味を示すようになっていた。
でもまだまだ手を加えなければならない。
次に手を入れたのは海の家だ。
まずは屋台を沢山造っていく。
そして休憩所兼食事が出来る場所を造っていく。
ここでは海の家に見合った屋台が提供されることになった。
大たこ焼きは当然の如く導入された。
それはそうだろう、ゴンズ様の肝いりだ。
とても食べ応えがある大たこ焼きだ、そして美味しい。
今では、紅ショウガを加えた大たこ焼きは、ゴルゴラドの名物とも言える。
この紅ショウガを加えることは、実は俺がアドバイスした結果だ。
そして、焼きそば、イカ焼き、フランクフルト、魚介類の焼き物、かき氷などの食べ物を提供できるようにした。
飲み物も多岐に渡る。
ビールは元より、ジュースやお茶等様々だ。
けど高アルコールの商品は置かない。
酔っぱらって溺死されたら元も子も無い。
そして、浮き輪やシュノーケル等も販売されている。
勿論水着もだ。
海水浴場の使用は夏場に限定されるが、ゴルゴラドの夏は半年近くある為、充分ともいえる。
新たな街の財源になると、ゴンズ様も大喜びしていた。
ゴルゴラドの今後に期待だ。
エアルの街の娯楽導入だが、俺には案があったのだが、カインさんからは。
「カレーの専門店を造って欲しい!」
と懇願されてしまった。
それはいいのだが・・・これも娯楽だよな?
そもそもダンジョンがあるからいいのか?
この要望を受けて、カレーの専門店を造ることにした。
島野商事直営のカレー専門店だ。
このカレー専門店では、これまで提供されているカツカレーに加え、スープカレー、ナン、カレーうどんも提供することにした。
そして何よりも喜ばれたのが、トッピングが出来ることだった。
トッピングは二十種類もある。
カインさんはほぼ毎日通い詰めていた。
あの人は本当にカレーが好きなようだ。
俺には毎日カレーは無理だな。
胸焼けが起こりかねない。
でもこれで喜んでもらえるのなら、それでいいのだろう・・・
外にも娯楽はあるのだが・・・
まあ無理強いはしまい・・・
やれやれだな。
タイロンの娯楽を充実させなければならない。
これは・・・重大だ・・・
連日俺の所にオズとガードナーが現れては、
「期待してます!」
「好きに何でもやっちゃってください!」
勝手にハードルを上げてくれていた。
いい迷惑です!
しかし、俺にはタイロンに娯楽を持ち込むつもりは全くない。
それは簡単な理由で、タイロンには温泉街『ゴロウ』があるからだ。
それに移動式サウナまである。
既に最高の娯楽があるでは無いか。
更にと言われてもねえ。
欲張らないでくれよな。
五郎さんがこれまで頑張って広めてくれた文化があるんだ、俺が横から入っていくってのもねえ?
それよりも俺には気になることがあった為、エンゾさんとオズ、ガードナーを呼び出すことにした。
場所は事務所の社長室である。
「島野君、私を呼び出すとはどういうことなの?」
今日のエンゾさんはご機嫌斜めのようだ。
甘味でも奢ってやろうかな?
相変わらずの上から女神だ。
出会った頃のエンゾさんは何処え・・・
「エンゾ、別にいいじゃないか?」
「そうだぞ、そんなことで食ってかかるなよ。どれだけ島野さんにお世話になってると思っているのだ?」
オズとガードナーが擁護に回る。
「フン!あなた達は島野君に甘すぎるのよ、まったく・・・」
俺に甘い?
何処が?
まあいい、この人の不機嫌にはもう慣れた。
「今日三人を呼んだのには理由があります」
「それは何故なんですか?」
オズは前のめりだ。
「まず俺は今、各国に娯楽を広めています」
「知っているわよ。それでタイロンにはどんな娯楽を広めてくれるのかしら?」
「タイロンには娯楽は広めません」
「・・・」
三人とも絶句している。
「まず、タイロンには温泉街『ゴロウ』があります。充分に娯楽は足りているかと思いますがどうでしょうか?」
「そう言われればそうだけど・・・ねえ?」
「確かに・・・」
「欲張り過ぎていたようですね・・・」
ガードナーは項を垂れていた。
「五郎さんが頑張って築いてきたところに、俺が乗り込む訳にもいかないでしょう?それよりも話し合いたいことがあります」
「それは何?」
エンゾさんは機嫌を一旦、横に置いてくれたようだ。
俺はさっそく切り出す。
「銀行を造りませんか?」
「銀行?」
「それは何ですか?」
知らなくて当然か。
「説明しましょう、まず簡単に言うと、銀行はお金を集める機関です」
「お金を集める?」
「はい、まずは預金です。銀行にお金を預けることによって、年に一度その金額に応じた利息を貰います」
「利息ですか?」
ガードナーは分からないようだ。
「利息とは、例えば金貨一枚を銀行に預けたとする。そのままお金を引き出さずに一年を迎えた時に、銀行から銀貨一枚を貰えるということだ。金貨一枚預けた者は、金貨一枚と銀貨一枚になるということだ。すなわち利息は1%」
これでも日本よりかよっぽど高利息だけどね。
「なるほど」
「そして、メインとなるのはこの先になる。預金を集めたそのお金で、銀行はお金が必要な者にお金を貸し出すことが出来る。そしてそのお金に利息を付けるということだ。それにお金を預けるところがあることで、犯罪の抑止にもなるだろ?」
俺はガードナーを見ていた。
ガードナーはブンブンと首を縦に振っていた。
「その場合の利息は、預金で得られる利息よりも大きいものになるという事ね」
じゃないと成り立たないよね。
「その通りです、銀行はそうやって利益を得ます。とは言っても借り入れる時の利息は決して暴利にはしません、高くても5%までとします」
これでも高めだと思うけどね。
それにこの世界にも高利貸しがいるとのことだったが、あまり良い噂を聞かない。
これを機に廃業してくれると助かる。
「5%ね・・・」
エンゾさんは考え込んでいる、頭の中で計算しているのだろう。
「それ以上となると、元金を返済できなる可能性が高くなります。それでは意味がありません。それに銀行は高利貸しになってはいけません」
そうなのだよ、高利貸し反対!
「島野さん、なぜそのようなお考えを持たれたのですか?」
お!良い質問ですね。ナイスパス!
「実は、この世界に来てからというもの、今では様々な人達と話ができるようになった、その会話の中で感じたのは、この世界は既得権益を得ている者達に、利益が偏り過ぎているということなんだ」
「確かに・・・」
オズは納得しているみたいだ。
「一部の豪商や領主は、元々持っている家を貸し出して、賃料で収入を得ている。それ自体は可笑しなことではない。俺が問題と感じる部分は、一般の国民達にチャンスがないということなんだよ」
「それは・・・」
「例えばタイロンの国民で、自分の家を持っている一般国民達はどれだけいるんだ?既得権益者以外でいるのか?」
「この十年で自分の家屋を所有出来た者は、S級のハンターが二名いただけね」
エンゾさんが答えた。
やっぱりな。
「ですよね、あまりに夢が無いと思いませんか?」
「・・・」
三人は黙ってしまった。
「自分の家を持ちたいと思う者は多い、でも現状としては、現金が家を買えるだけの金額にまで達しなければ、まず購入することが出来ない。そうでない場合は相当な信用が必要となる」
「そうですね・・・」
「毎日労働に勤しんで、食べて行くだけというのはあまりに不憫だ。そう思わないか?」
自分の頑張りの成果が欲しいものだよね。
それが形になるのはもっと嬉しいはずだ。
「夢が無い・・・言われてみればそうだ・・・」
それに大工の街ボルンの大工はまだしも、外の国の大工達の需要がなさ過ぎる。
公共事業以外の仕事が必要でしょう。
「銀行は国民に対して、より豊かな生活を送ってもらう為の機関とも言える。住宅ローン、事業の融資などを行って、より経済を潤滑に活性化させる機関なんだ」
まあ、借り物でも日々の生活は出来るし、商売も出来るけど、そういうことじゃあないんだよね。
「島野君、貸し倒れの懸念はどうなの?」
エンゾさんからの当然の疑問だ。
「そこは担保を取るんです」
「そういうことね」
エンゾさんは経済の神様だけあって理解が早い。
オズとガードナーは、何とか食いついて来ているみたいだ。
「住宅ローンであれば、新たに建てる家を担保にします。土地は国の物だからその限りではありません。他にも何かしら担保に相当する物があれば、それも担保にします。更にそれでも足りなければ、連帯保証人を付けます」
「連帯保証人ですか?」
オズには連帯保証人の意味が分からないようだ。
「そうだ、例えば一般的な家庭で考えてみて欲しい。まず父親名義で住宅ローンを組むとする。担保として新たに建てる家を担保にする。その連帯保証人は妻となる。これは万が一父親が何かしらの事故などで死んでしまった場合、その住宅ローンを妻が引き継がなければならない。そして更にその妻に不幸があった場合には、担保となっている家を、銀行に引き渡さなければならないということだ」
「なるほど、理解出来ました」
オズは理解できたようだ。
「銀行をタイロン国主導で造らないか?ということなんです。どうでしょうか?」
「島野君、ちょと考えさせて貰える?」
慎重なエンゾさんなら、そう言うだろうなとは思っていたよ。
「俺は別に構いませんよ」
「エンゾ、考える必要があるのか?私にはやらない選択肢を考えられないが?」
オズはあっさりと受け入れていた。
「それに今では転移扉の恩恵で、タイロンも好景気になっている。これを更に加速させることができるのではないのか?」
ガードナーも前向きなようだ。
「そんなことは分かっているわよ。一番の問題は初期投資の問題よ。タイロンにそれだけの体力があるのか調べてみないといけないわ。それに人材が不足しているのよ」
そういうことね、それならば・・・
「それなら、銀行の役割を商人組合が行ってみてはどうでしょうか?新たに造るのもありですが、初期投資を大幅に削減できませんでしょうか?それに人材も揃っている」
それに商人組合はエンゾさんが創立者だと聞いている。
話は通り易いだろう。
「その手があったわね・・・」
エンゾさんは俯いてしまった。
一点を見つめている。
どうやら考えているようだ。
「分かったわ、やりましょう。まずはタイロン国の承認を得ましょう。オズワルド、ガードナー協力して貰うわよ」
「分かっている」
「ああ、もちろんだ」
こうしてこの世界初の銀行が誕生する運びとなった。
俺としては、これでタイロンが上手くいくとは言えないが、タイロン国民達の出来ることの幅が広がったのではないかと思う。
そして外の国々もこれを参考にして、より発展していってもらえたら何よりだ。
運営上の詳細は、後日時間を作ってくれとエンゾさんからは言われている。
俺は出来る限りのアドバイスをするのみだ。
これにて、娯楽を広めよう作戦は完了した。
タイロンは娯楽じゃなかったけどね。
少し疲れたかな、サウナにでも入りましょうかね。
今後のことを考えて、俺は久しぶりにゴンガスの親父さんを誘って、船大工のクエルさんの所に来ている。
クエルさんと、クルーザーの改良版を造ろうと考えているのだ。
というのも、北半球に向かうことを考えた時に、瞬間移動を繰り返す移動手段は、下策であると考えたからだ。
何といっても、空中で食事という訳にはいかないだろう。
それにトイレを催したくなった時に困る。
要は休憩場所があるとは限らないということだ。
後はあまりに北半球との間に交流が無いという事は、北半球と南半球の間に、休憩できる島などがあまり無い、ということではないだろうか?
何日の旅になるのかは分からないが、そう考えるのがスマートに思える。
そうなると、船を使うしかない。
今の現状としては、その選択肢しかない。
流石に航空機は作る気にはなれない。
『浮遊』と『自然操作の風』を駆使すれば、出来なくはないだろうが・・・
余りに突飛過ぎると思う。
それに航空機はハードルが高すぎる。
ホバーボードを改良してもたかが知れているだろうし。
そして今あるクルーザーは、サウナ島の漁等に使っている為、それに手を加えるという訳にはいかない。
新たに船旅用のクルーザーを造る必要がある。
その為にクエルさんの所に訪れているのである。
悪だくみ三人衆がまた再結成された。
今のクルーザーを造った時の高揚感が蘇ってくる。
また楽しめそうだ。
まずは現クルーザーの問題となっている、燃費の悪さを改良する必要がある。
今のクルーザーの構造としては、風魔法の付与された魔石が、パイプに繋がっており。
そして、パイプの先にはプロペラがあり、プロペラが周ることで、推力を得ている。
まずはここから改良をする必要がある。
「お前さん、どう改良するつもりなのだ?」
「いつくか解決策がありますが、まずはパイプの口径を変えてみようかと」
風を凝縮させた方が推力を得られるとの考えからだ。
「小さくするというのだの?」
「そうです」
「そうすると、魔力が少なくても済むということか・・・」
ちょっと違うが、クエルさんも前向きに考えてくれているようだ。
「それを実験してみようと思います」
「実験とな?」
いきなり造る訳にはいかんでしょう。
「そうです。いきなり船を造るんじゃなくて、心臓部だけを造って、実際にプロペラがどれぐらい周るのか?魔力がどれぐらい必要か?を確かめて、納得がいく段階になったら船を造ろうと思います」
「そういうことか・・・」
クエルさんも親父さんも理解したようだ。
「それと、今はプロペラに風が当たる箇所が一箇所しかないじゃないですか?これをパイプをもう一本分岐させて、プロペラに当てたらどうかも、検証してみたいと考えています」
要は一気筒を二気筒にするということだ、その分魔力の消費が倍にならない様に、魔石の設置部分はあくまで一箇所で、その先でパイプが分岐する形をとるつもりだ。
「儂も考えてみたんだが、プロペラの形も変えてみてはどうかの?」
そこに辿り着いたか、流石は親父さんだ。
「それも考えてました、今のプロペラの羽の形は成型ですが、流線形にするのもありかと思います」
「なるほど、まあ島野さん、やってみようや?」
クエルさんの言う通りだ、まずはやってみよう。
俺達は実験を繰り返すことになった。
まずは口径を絞ってみた。
サイズ感はとても難しかった。
小さくすればいいという物ではなかったからだ。
一番良いサイズを探すことになった。
次に二気筒にしてみた。
これはあっさりと結果がでた。
二気筒の方がはるかにパワーがあった。
まあそうだろうとは思っていたが・・・
でも四気筒までする気にはならなかった。
そこまでの出力は要らないだろう。
ここから先はトライアンドエラーの日々が続いた。
そして遂に後はプロペラの形状を試すのみとなった。
ここからは実際に海でプロペラを回してみないと分からない。
風を感じるだけでは何とも分かりづらかったからだ。
そこでまずは簡単に筏を造って、心臓部のみを設置して海で実走してみることにした。
筏なら速攻で造れるし、安価だ。
海に浮かべて実走を開始することにした。
結果、プロペラの形状に最も最適なのは、楕円型の物であることが分かった。
最終的には二気筒で、楕円型のプロペラにすることに決定した。
これで心臓部の概要は固まった。
この実験には数日かかったがまったく気にならなかった。
それよりも、三人とも活き活きと実験を行っていた。
悪だくみ三人衆は健在である。
実験楽しかった!
ここからは、実際にクルーザーを造っていく。
サイズ感としては今のクルーザーよりも、一回り大きくしようと考えている。
このクルーザーはあくまで船旅用だ、設備は重要になる。
設備はトイレとキッチン、更に簡単なシャワールーム、仮眠室を設けようと考えている。これは欠かせない。
外にも細かい調整を入れるつもりだが、今はこれぐらいにしようと思う。
悪だくみ三人衆だが、一度クルーザーを造っている所為か、親父さんもクエルさんも作業が早い。
次々にクルーザーが組み上がっていく。
俺は余念なく心臓部を作り上げていった。
そして遂にクルーザーが完成した。
新クルーザーの完成には、実に十日間の歳月を有することになった。
ゴンズ様が気になったのか、何度も覗きにきていた。
試走を開始することにした。
実験の成果をお披露目だ。
俺と親父さんとクエルさんに加えて、ゴンズ様も同乗している。
ゴンズ様は新クルーザーが気になって仕方がないようだ。
当然の如く新クルーザーに乗り込んできた。
まずは俺が舵を取る。
ここは役得ですよね。
一番手は譲れない。
「では、出発進行!」
俺は神石に神力を込めていく。
クルーザーが静かに音を経てて進んで行く。
沖に出ると、
「どうなんだ?島野?」
ゴンズ様が尋ねてくる。
「ええ、順調です。速度を上げますよ」
俺は神力を更に込める。
ぐんぐんと速度が上がっていく。
クルーザーが風を切って走っている。
爽快な気分だ。
恐らく時速六十キロは出ていると思う。
俺は体感的に分かったことがある。
成功だ!各段に燃費が良くなっている。
前のクルーザと比べて、半分以下の神力で、同等以上の速度が出ている。
燃費としては、たぶん三倍以上は良くなったと感じる。
「皆さん、成功です!」
と俺は宣言した。
「おお、やったか!」
「やりやがったな!」
「よっしゃ!」
三人は盛り上がっていた。
「変わりますか?」
「儂に運転させてくれ!」
ここは年の功でゴンガスの親父さんからハンドルを握る。
クルーザーを楽しそうに運転している親父さん。
笑顔が輝いている。
「よし!各段に燃費がよくなっておる!」
親父さんは、ハンドルを切ってクルーザーの動きを確認していた。
運転を変わったゴンズ様は、
「島野!同じやつが欲しい!いくらだ?」
と聞かれてしまった。
いくらなんだろうか?
悪だくみ三人集で相談だな。
そして、いよいよクエルさんの出番だ。
クエルさんは少し緊張している様に見える。
魔力に関する部分はクエルさんの担当だ。
「クエル、一気に行け!」
ゴンズ様が背中を押す。
「分かりました!」
クエルさんは魔石に魔力を込め出した。
クルーザーが一気に進みだす。
「おお!魔力の減りが少ない!」
よし!
魔石バージョンも上手くいったみたいだ。
その後は遊びとなってしまった。
海上の暴走族となった俺達は、新クルーザーを目一杯楽しんだ。
途中で海獣に遭遇したが、轢き逃げしてしまった。
あれはクラーケンか?
ごめんね・・・
調子に乗って俺が時速百キロぐらいで走らせた時には、
「島野、早すぎる、いい加減にしろ!」
「怖え!」
「お前さん、クルーザーがもつのか?」
咎められてしまった。
反省して、俺はハンドルを手放した。
調子に乗ってすんません。
こうしてクルーザーの試乗は終了した。
それにしても楽しかった。
また遊びたい。
あ!遊び用じゃなかったな。
いけない、いけない。
船旅用だった・・・
ちょいちょい調子に乗ってしまう俺。
反省です。
港に戻ると、漁師達から歓迎を受けることになった。
港は大騒ぎだ。
何故にこんなことになっているんだ?
「島野さん、新しいクルーザーですか?」
「すげー!かっこいい!」
「なんだこの船は!」
漁師達は盛り上がっている。
「これは困りましたね・・・」
「そうだな、こいつら何やってんだか・・・」
ゴンズ様もぼやいている。
「いっそのこと、このままサウナ島に転移しますか?」
「それはいいな、そうしてくれ」
「儂も構わんぞ」
「俺もそれでいいですよ」
合意が得られたので、問答無用でクルーザーごとサウナ島に転移した。
漁師の皆よ、すまんな。文句は君達の親方に言ってくれ。
フュン!
サウナ島の港に転移すると、たまたま居合わせたレケが突然現れたクルーザーに、腰を抜かしていた。
驚かせてすまん。
それを見てゴンズ様は、
「レケ!何ビビってんだよ!ガハハハ!」
大爆笑していた。
「煩せえ!親方!ビビるに決まってるだろ。せめて沖に転移してくれよボス!」
レケも言い返していた。
レケの言う通りだった。
いきなり港はまずかったな。
ごめんなさい。
「すまんレケ!」
俺は謝っておいた。
でも俺も笑えて仕方が無かった。
だってあのレケの顔って・・・目ん玉飛び出そうだったぞ!
「プププ!」
「ボスも笑ってんじゃねえよ!」
「ガハハハ!」
俺とゴンズ様は、笑いのツボに入ってしまった。
レケは俺達が笑い終わるまでずっと怒っていた。
すまん、すまん。
にしてもオモロ!
ノンも悪く無いが、レケの驚く様も面白い。
レケが疑問をぶつけてきた。
「それでボス、なんでまたクルーザーがあるんだ?」
「ああ、これは北半球に乗り込む為に造ったんだ」
「え!」
レケは絶句していた。
「何?島野お前マジか!?」
ゴンズ様も驚いている。
そうか言ってなかったな。
驚かせてごめんなさい。
「言って無かったですね。準備が整ったら俺は北半球に乗り込みますよ」
「だと思ったわい、急にクルーザーを改良すると言い出した時には、何故かと思ったが、そういう訳だの」
親父さんは合点がいったみたいだ。
「そうか・・・遂に行くのか・・・」
ゴンズ様は苦い顔をしていた。
「俺が行くしかないでしょう?それに俺が南半球で出来ることは、大体済んだと思ってますよ」
南半球ではもう、俺に出来ることは無いかもしれないな。
娯楽も広めたし、全ての街も転移扉で繋げたしね。
あとは見守ることしか出来ないでしょう。
「だがの・・・大丈夫なのか?」
親父さんが俺の心配とは珍しいな。
「正直言って、あまりに情報が無いので、困ってますけどね」
「そうか・・・まあお前さんなら問題なかろう」
ですよねー、そう言われると思ってましたよ。
「でも、まだまだ準備には時間が掛かると思いますよ」
「壮行会でもするか?」
ゴンズ様がこんなことを言い出すとは思ってもみなかったな。
意外過ぎる。
というよりは、神気減少問題を押し付けて、申し訳ないと感じているのだろう。
そんなこと気にしなくてもいいのにね。
「いや、そう言うのは止めてください。それにしょっちゅう帰ってきますので、返って気まずくなります」
間違いなくしょっちゅう帰ってきますよ。
だってサウナに入りたいですからね。
「分かった」
「まずは準備が整ったら、皆さんには改めてお話させていただきますよ」
「無理はするなよ」
またも、らしくないことを言う親父さんだ。
どうやら相当な大ごとに感じているみたいだな。
そんなこととは、俺は思っていないんだけどね。
まあいっちょやってみますか、って程度なんだけど。
それにしても、これはちゃんとした説明が必要みたいだ。
面倒くさ!
俺はその後も準備を行っていた。
まずはメンバーだ。
敢えて聞く必要は無いのだが、聞いてみる。
「ギル、北半球に行くよな?」
「当たり前でしょ?」
「だよな」
ギルは早くエリスのその後を知りたいに決まっている。
俺も知りたい。
オリビアさんが何か知ってそうだけど・・・俺から聞いていいのだろうか?
でもそろそろ待ってはいられない。
どうしたものか・・・
次にノンだ。
「ノン、北半球に行くけど来るか?」
「行くよー」
相変わらずのマイペースだ。
俺が地獄に行くけど一緒に来るか?
と言ってもこいつは、
「行くよー」
といいそうだ。
流石は俺のソウルメイトといった所か。
ゴンに関しては俺が聞くより先に、
「私も行きますから!」
と宣言していた。
だろうな、俺もゴンが来ないとは考えられないからな。
そしてこちらも来るに決まっているメンバーに声を掛ける。
「エル、北半球に行くけど来るか?」
「勿論ですの」
安定の回答だった。
問題はここからだった。
レケはどうするのか?
ダンジョンの時の反応を見る限り、何とも言えない。
それにこいつが魚の養殖場から離れられるのか?
と思ってしまう。
案の定レケは、
「ボス、考えさせてくれ」
といった回答だった。
どうやら考えたいみたいだ。
俺としてはどちらであっても良いと考えている。
さて、これからはどうしたものか・・・
言わざるを得ない為、マークとランドに話をした。
「くっそ!連れて行ってほしい!でも・・・」
「俺は島野さんに・・・」
と歯切れは悪い、俺は分かっていた。
こいつらが付いてきたいのは分かっている、でも俺の真意を分かっているこいつらはそうは言わないのだと・・・
すまんなマーク、ランド、・・・
メタンだが・・・無茶苦茶泣かれた。
こいつも付いてきたかったみたいだ。
メルルは、
「行ってらっしゃい!」
と元気に送り出してくれるみたいだ。
ロンメルは、
「そうか旦那・・・」
と少し寂しそうな顔をしていた。
すまんなお前達、留守は任せる。
俺はオリビアさん、アンジェリっち、マリアさん、アースラ様に社長室に来て貰うことにした。
俺の隣にはギルとゴンが控えている。
既に飲み物は配られている。
各自好きな飲み物を飲んでいる。
俺はいつものアイスコーヒーだ。
美容室アンジェリは、今日は定休日だ。
彼女とじっくり話をしようと思うと、定休日を選ぶしかない。
このメンバーに心当たりがあるのだろう。
オリビアさんを始め、マリアさんも緊張しているのが分かる。
明らかにいつもの遠慮無さを感じない。
それに押し黙っている。
普段ではあり得ない姿だ。
常にこうあって欲しいものだ。
女神達が俺の前にあるソファーに座っている。
一人は・・・女神では無いな、女装をしたおっさんだ。
今日もバッチリ決め込んでいる。
まあそんなことはいいとして。
これまでは北半球の戦争の話を、切り出すまで待つ気でいたが、乗り込む準備がほとんど整った今となっては、もう待つ気にはなれない。
いい加減話して貰わないと話にならない。
時間が迫っているということだ。
それに俺は良くても、ギルが待てる訳がない。
ギルがどれだけエリスのことを想っていることやら。
北半球に乗り込むことが決定してからというもの、ギルの表情は硬い。
何かを決心したような、そんな趣きを感じる。
ギルらしくも無く、常に何かを考えているのが分かる。
ゴンはついでとばかりに同席している。
こいつも何かを感じ取ったのだろう、重要な局面であることを本能的に理解しているみたいだ。
聖獣の直感は馬鹿に出来ない。
こいつらの本能は本物だ。
これまでの彼女達との会話のやり取りや態度など、断片的ではあるが、俺の記憶の中に有る、百年前に起きたと言われている北半球での戦争について、何かしら知っていそうな者達を集めた結果がこれだ。
アースラ様に関しては、立場上話せない事があるかもしれない、とも詮索したのだが、同席をお願いすることにした。
もしかしたら色々と話してくれるかもしれない。
ここはまず俺から口火を切る必要があるだろう。
俺から話し始めることにした。
「皆さん、お時間を作って頂きありがとうございます」
返事すること無く、参席者達は会釈を行っていた。
緊張感は続いている。
「たぶん噂話などで、お聞きになっているかもしれませんが、改めて俺の方からお話しさせていただきます」
何故か俺達の北半球行きは噂になっていた。
別に構わない事なのだが、何を勘違いしたのか分からない商人から、同行させてくれと言われた時には首を傾げてしまった。
噂がどんなものになっているのかは知らないが、販路を求めて北半球に乗り込むのではない。
いい加減にして欲しい。
お呼びでは無いのだ。
商人には早々に退散して貰った。
身の程を弁えて欲しい。
「俺達は近々、北半球に乗り込みます」
俺は宣言した。
「そうなのね・・・」
「やっぱり・・・」
オリビアさんとアンジェリっちが、声を漏らしていた。
「そこで、北半球の事情を知っていそうな方々に集まって貰いました。それも百年前に起こった戦争についてです」
マリアさんが口を挟む。
「守ちゃん、あの戦争は百年前のことよ。知る必要があるのかしら?」
あるに決まっている。
エリスの生死が掛かっているのだから。
「マリアさん、大いにありますよ。これまでは俺は話を打ち明けられるのを待っていました。ギルにしてもそうです。でももう待てません」
ギルが顔を上げて全員に聞いた。
「エリスは・・・ドラゴンのエリスは・・・生きているの?」
その声はとてもか細く、懇願しているようにも聞こえた。
まるで生きていてくれとの願いも含んでいるようだった。
振り絞って放ったギルの一声は、この場の空気を変えていた。
重く空気が圧し掛かってくるのが分かる。
「ギルよ、エリスは生きておるぞ」
アースラ様が断言した。
まさかアースラ様が答えてくれるとは・・・
アースラ様に同席して貰ってよかった。
「ほんとですか?!」
ギルは必死だ。
叫ぶ様に尋ねていた。
「余は嘘はつかぬ、安心せい。エリスは生きておるよ」
ギルの表情は瞬く間に変わった。
歓喜と安堵が入り混じった顔をしている。
今にも泣きだしそうだ。
「うう・・・良かった・・・」
オリビアさんが泣きだてしまった。
オリビアさんの肩を抱くマリアさん。
マリアさんとゴンは貰い泣きしていた。
それを見て、ギルも静かに涙していた。
アンジェリっちは上を向いて、涙を堪えていた。
アースラ様は静かに皆を見守っていた。
俺は思わず拳を握りしめていた。
全員がエリスの存命に安堵していたのだった。
本当によかった。
重たい空気が晴れやかな空気に変わっていた。
間を置くと、やっとオリビアさんが落ち着きを取り戻した。
「オリビアさん、教えて貰えますね?」
俺の問いに、決心した表情のオリビアさんが深く頷いた。
エリスの存命が影響したのかもしれない。
やっと話してくれるみたいだ。
百年前に起こった北半球の戦争が遂に詳らかになる。
「守さん、ギル君・・・これまで話せなくてごめんね・・・怖かったのよ、私。今でも思い出したくない、大失敗したのよ、私・・・」
大失敗?
ここは口を挟むべきではないな・・・
彼女の発言を待とう。
「私はエルフの村の出身よ、それは知っていると思うけど、エルフの村では成人すると、村の為に何が出来るかを選択する風習があるのね」
そうなんだ・・・でもある意味日本でも同じだよな。
成人して、学業を終えると就職を迫られる現実がある。
中には起業する者などもいるが、極めて一部だ。
こうして社会の枠に捕らわれていくことになる。
どの世界でも一緒だな。
働かなければ食べてはいけない。
ある意味の弱肉強食だ。
「そこで私は、村の為に何かをするという事を選択できなかったの」
「そうだったわね」
アンジェリっちが口を添える。
「それはお姉ちゃんも一緒でしょ?」
「まあね、今は私のことはいいでしょ、ほら?」
アンジェリっちは、顎で話の催促をしていた。
「ああ、ごめんなさい。それで私は旅に出ることにしたの、これでも狩りぐらいなら出来るんだからね」
オリビアさんは力瘤を見せていた。
へえー、そうなんだ。
ちょっと意外。
オリビアさんに狩りができるとはな。
どうやらエルフは身体能力が高い種族みたいだ。
「それでいろいろな街を転々として、私はある人に出会ったの」
「ある人って?」
今度はマリアさんが話を促す。
「それはね吟遊詩人のサマンサ、老齢の女性よ。偶然に入った酒場の片隅で、彼女は歌を歌っていたわ。彼女の歌は凄かった。これまでにも吟遊詩人に出くわしたことはあったけど、彼女の歌は全く違った。心と魂が揺さぶられたわ。とても老齢の女性が歌い上げる歌とは思えないぐらいのパワーがあって、一気にその世界観と迫力に私は魅了されたわ。まるで命を削るかのような彼女の歌に、私は心を鷲掴みにされたの」
「吟遊詩人サマンサ・・・」
マリアさんが呟いた。
「私は思った、否、全身で感じたの、私は吟遊詩人になるべきだってね・・・」
「・・・」
「そして、私はサマンサに弟子入りしたの、始めは取り合ってくれなかったけど、何度も何度も彼女の元に足を運んだわ」
弟子入りの登竜門だな。
本気を試されたんだろう。
弟子入りとはどこの世界でもこんなものなのだろう。
「そして根負けした彼女から、やっと弟子入りの許可が得られたわ。凄く嬉しかった、私は人生が変わったのを感じたわ」
オリビアさんは当時を思い出しているのだろう、笑顔になっている。
「それからは毎日毎日、彼女から歌を教わり、楽器を習う日々が過ぎ去っていったわ、とても楽しかった、これは本当に修業なのか?と思えるぐらい毎日が楽しかった。そして私も気が付いたら、一端の吟遊詩人になっていたわ。サマンサとの暮らしは本当に楽しい日々だった」
オリビアさんは遠い眼をしていた。
「そしてサマンサと別れる時が訪れたの、彼女は言ったわ、オリビア、もうお前に教えることはない。お前には人を幸せにする力がある。世界を周って、人々を笑顔にしなさい。ってね」
オリビアさんは少し寂しそうな顔をしていた。
サマンサとの別れが辛いものだったのだろう。
「彼女との別れは辛かった、老齢の彼女は、日に日に身体が弱っていくのが分かっていたし、できれば彼女の命の灯が消えるまで、彼女の側にいたかった。でも彼女はそれを許さなかった。たぶん彼女のプライドが許さなかったのかもしれない。彼女は勝気な性格をしていたしね。人間である彼女の寿命は短い、私に出来ることは、彼女から教わった歌を皆に届けるだけだった。そして私は彼女の元を去ることにしたのよ」
「その後サマンサはどうなったの?」
ギルが思わず尋ねていた。
その気持ちは分かる、俺も気になっていた。
「彼女とは・・・再会することは叶わなかったわ。その後、音楽の神になった私は彼女を訪れたけど、もうそこには彼女は居なかった。彼女のことを詳しく知る人に聞いたところ、私が彼女の元を離れてからわずか半年後に、彼女は息を引き取ったということだったわ。でもね、彼女はこう言ってくれていたらしいのよ、人生の最後に神に成る素質を持った歌い手を、弟子にすることが出来た。私の魂の歌は永遠になったとね。だから彼女は私の歌の中に生き続けているのよ」
オリビアさんの神になったルーツが、オリビアさんの音楽のルーツが語られた。
それはとても感動的な物だった。
子弟関係を理解するには、あまりにも分かり易かった。
神の素質を持ったエルフの女性を育て上げた、老齢の人間の女性。
寿命が違えば、こうはいかなかったのかもしれない。
偶然のようで必然の出会いであったのだろう。
この出会いが、オリビアさんを作り上げたと言える。
この二人は、ソウルメイトであると俺には思えた。
それぐらいの深い繋がりを、俺はオリビアさんの話から感じたのだった。
「そして、私は流浪の神として各地を転々とした。そして久々にエルフの村に帰ってきたら、お姉ちゃんが帰ってきていて、お姉ちゃんが美容の神になっていたから、ビックリしたわよ」
そうだったのか・・・
「そうだったわね、私も驚いたわよ。あんたが音楽の神になっていたからね」
アンジェリっちも何かしらの出会いや修業を得て、神になったのだろう。
この場では語られないのが残念でならない。
今度じっくり聞いてみよう。
とても興味がある。
「そして私は旅を続けた、何年も何年もかけて人々に歌を届け続けたわ。そんなある日、北半球に向かう船団があることを私は知ったの。あれは確かボイルの街から離れた港だったと思うわ。その船団には旅芸人の一団が乗っていたの、そして私は声を掛けて同行させて貰うことにしたの。その頃には私も、それなりに音楽の神として名を馳せていたから、あっさりと受け入れて貰えたわ」
そして北半球に向かったということだな。
「船旅はとても厳しいものだった、でも旅芸人達が居たから楽しくもあったわ、そしてエリスに出会うことになったのよ」
オリビアさんはギルを見据えていた。
ギルは息を飲んでいる。
「船旅を続けていたある日、大空に舞うドラゴンを見つけたの、そしておーい!って手を振っていたら、ドラゴンが急降下を始めたの、ビックリしたわよ。別に呼び込んだつもりは無かったのにね」
オリビアさんはおちゃらけていた。
「そして、急降下してきたドラゴンが人化して、船に乗り込んで来たの。心臓が止まるかと思ったわよ」
ギルは楽しそうに話を聞いている。
「エリスらしい登場のしかたじゃな」
アースラ様が言った、どうやらアースラ様は、エリスの人と成りを知っているみたいだ。
だろうなとは思っていたが・・・
どうして知っているのだろうか?
今後の話に期待だ。
「エリスは開口一番、ちょっと休ませてくれといって、座り込んでしまったのよ。皆な唖然としていたわ。その後、水をくれーだの、食い物があったら分けてくれーって、喚いていたわ」
エリスは天真爛漫な性格のようだ。
ギルが少し笑っているように見えた。
エリスの人柄が分かって嬉しいのだろう、俺は微笑ましく見守ることにした。
「そして、落ち着いたエリスは、あろうことか、船を引き返した方がいいって言いだしたのよ。船内の動揺はすさまじかったわ」
「何で・・・」
ギルが呟いていた。
「いきなりドラゴンが現れて、南半球に引き返せだなんて、なんの冗談なのよ?って思ったわ。でもエリスから衝撃の一言が告げられたのよ・・・それは北半球では戦争が始まっている、巻き込まれるぞ。というものだったの・・・」
ゴンが唾を飲み込んでいる音がした。
相当話に熱中しているみたいだ。
ギルも眼つきが変わっていた。
「そして、私は音楽の神であることと、歌を聞いた者達の気分を変える能力があることをエリスに告げて、彼女と一緒に北半球に向かうことにしたの。船団は南半球に引き返すことを余儀なくされたわ」
そりゃそうだろう。
誰も戦地に行きたいなんて思わない。
それも旅芸人が戦地で出来ることなんて、何もないだろう。
下手すりゃ死んでしまうことになりかねない。
「最初はエリスも私に懐疑的だったけど、一曲私の歌を聞かせたら信じてくれたわ。それに私も戦争を止められると自信に満ちていたの」
俺は敢えて聞かなければならないことがあった。
これは聞かざるを得ない。
「オリビアさん、話の腰を折ってしまいますが、そもそも神が人の争いに手を出してもいいのですか?」
この際だから神様のルールをちゃんと知っておきたい。
俺も半分は神様だからな。
知らぬ間にルール違反をしていた、っていうのは避けたい。
まだ半分だからと、いい訳出来るかもしれないけど・・・
そんなに甘くはないだろう。
「それは余が答えよう」
アースラ様が答えてくれるようだ。
聞かせて頂きます。
「まず神のルールとして、人の争いに加担することは出来ぬ」
でしょうね。
でないと世界の均衡が保てない。
神が直接善悪を決めてしまっては、人類の発展は望めない。
人類が自らの考えを持たなくなる危険性を帯びている。
人にとって神は殿上人に等しい。
神のジャッジが世界のルールになりうるだろう。
制限があって当たり前だろう。
「じゃがドラゴンは別じゃ、人の争いを止めることが許されておる。ドラゴンは平和の象徴じゃからな」
だからエリスは戦地に向かったと・・・
ということは、ギルも人の争いを止めることが出来るということだな。
そんなことは起きてほしくないが・・・
ギルに出来るのだろうか?
俺は全力で力を貸すがね。
例え神のルールに抵触してもね。
「じゃが、ここで間違ってはいけないのは、片方に加担することはできぬということじゃ。あくまで仲裁、又は争い自体を止めることまでじゃ」
なるほど、一国に肩入れすることは許されないということだな。
それはよく分かるが・・・
そうなると何かと制限されてしまうよな。
戦争の仲裁って、いざ戦争が始まってしまったら、出来ることはあるのだろうか?
争いを止めるって・・・
なかなか難しいぞ。
戦争が起こらない様にすることが大事だな。
それ以外に何が出来るだろうか・・・
ここは考えておかないといないな。
今後も決して戦争が無いとは言えないからな。
「そして今回のオリビアの件じゃが、なんとかギリギリセーフじゃ」
「セーフなんですか?」
「それはドラゴンと一緒で、片方に肩入れしてないという事と、オリビアの権能による処じゃな」
「そういうことですね、万人に向けた権能だから通用すると・・・」
ほんとにギリギリセーフだな。
ちょっとこじ付けにも思えるのだが・・・まあいいか。
上級神が言っているのだから、よしとしておこう。
俺が口を挟ところではないな。
「その通りじゃ、でもあくまでギリギリじゃぞ。現に余は・・・まあよい」
何か含みがあったが、話を戻そう。
神様のルールの一部はこれで把握できた。
とても重要なことだ。
「すいません、オリビアさん続けてください」
ギルは複雑な顔をしていた。
自分ならどうやって戦争を止めれるのか?を考えているのだろう。
ギルならそう考えるはずだ。
制限がある中での仲裁だ、これはなかなか一筋縄ではいかないだろう。
どうしたものか・・・
「話を続けるわね、私はエリスの背に乗って、北半球を目指すことになったのよ。エリスとの旅は楽しかったわ。彼女は豪快で物怖じしない性格よ、私とはとてもウマが合ったわ。それに彼女はとても強かった。ジャイアントイーグルをブレスでやっつけていたわ。そうそう、そういえばこんなことがあったの」
ギルは話に集中していた。
ちゃんと切り替えが出来ているみたいだ。
「休憩しようと、小さな島に降りたらね。エリスが凄い音を立ててお腹を鳴らしていたの。エリスは恥ずかしかったのか、ちょっと行ってくると言って、何処かに行ってしまったと思ったら。たくさんの魚を抱えてきてね。豪快にブレスで焼いていたのよ。もうちゃんと料理しなさいよ、って私は笑ったわ。あの焼き魚は考えられないぐらいに不味かったわ。炭化してるし、生焼けだしね。でもとても楽しかった。そんな彼女を私は大好きになったわ」
エリスはなかなか豪快な人らしい。
魚をブレスで焼いてはいけません。
それは料理ではありませんよ。
エリスに早く会ってみたいものだ。
「そして私達は遂に北半球に降り立ったわ、多少旅の疲れがあったけど、そんなことは構っていられない。戦地は何処かと聞いて周ったわ。そして戦地を突き止めた私達は、戦地に急行することにしたの」
「オリビアさん、因みにその戦争の原因とか、国名は知っていますか?」
これがまず一番知りたいところだ。
「戦争の原因は知らないわ、国の名前は確か、オーフェルン国とサリファス国だったはうね」
国名だけしか知らないか・・・
オーフェルン国とサリファス国ね、覚えたぞ。
「ありがとう」
戦争の原因を一番知りたかったが・・・しょうがないよな。
原因が分かれば対処は可能かと思うのだが・・・でも戦争だよな。
領土拡大とか単純なものであれば、いくらでも案はありそうだ。
一番厄介なのは累々と連なる恨みの連鎖だ。
断ち切ることは容易ではないだろう。
殺られたから殺り返す。
これが最も根深い。
復讐の連鎖は留まることを知らない。
「戦地は酷い状況だった。大地は焼かれ、人々の叫び声や金切声、武具のぶつかる音や、凄惨な音で戦場は埋め尽くされていたわ。数々の人が倒れ、命を失っていた。これまでに聞いたことが無い音に戦場は支配されていたわ」
音で例えるとは流石は音楽の神だな。
とても分かりやすい。
「戦場の上空に私達は位置どって、私は全力で歌ったわ。魂を込めて、想いを乗せて、この戦場にいる全員に聞こえる様に歌ったわ・・・エリスは拡声魔法を持っていたから魔法を掛けて貰ったわ・・・でも・・・私の声は届かなかった。何故なのかは分からない。確実に歌は聞こえていたはずなのに・・・なのに戦士達は止まらなかったのよ・・・私は大失敗してしまったのよ・・・」
能力が効かなかった?何故だ?
俺みたいに耐性が付いていた?
それはあり得ない。
オリビアさんが北半球に現れたのはこれが始めてだ。
耐性を持っている訳がない。
どういうことだ?
オリビアさんの能力は折紙付きだ。
戦場の音にかき消された?
でもオリビアさんの声は何処でも通る声し、拡声魔法も使っていた。
聞こえない訳がない。
耳栓なんてあり得ない。
根本的な何かが違う気がする。
「そしてエリスも、困惑していたわ。彼女が牽制でブレスを吐いても、戦士達は気にも留めていなかったのよ」
普通じゃないな・・・
ドラゴンのブレスが脇を掠めたら、飛び退くに決まっている。
あり得ないことだ。
これはもしかして・・・
「それに何か変だったのよ、争う人々の眼が異常に感じたわ。あんな眼をした人を私は見たことがないわ、異常だった。まるで自分の意思で戦っていない様な・・・それでも私は止まれない・・・全力で歌い続けたわ、エリスも牽制を続けた。でも戦争は止まらなかった・・・」
もしかして洗脳か?
それ以外考えられないぞ。
ということは誰かが糸を引いている?
洗脳の魔法?
まさか神の能力の洗脳?
断定はできないが・・・
第三者の意図を感じる・・・
これはただの戦争では無いな。
謎が深まってしまった・・・
「気が付くと、戦場は砂塵が舞う状況でまったく視界が遮られていたわ。そしてそこに極大の火魔法が放たれたの・・・どちらから放たれたかは、私には分からない、何であんなにも大きな爆発になったのか・・・」
粉塵爆発だな、この世界の人達には無い知識だ。
その威力は測り知れないだろう。
辺り一帯を巻き込んだことは間違いない。
相当な被害が出ただろう。
オリビアさんはよく無事だったな。
「そして私達は爆発に巻き込まれて、地面に打ち付けられてしまったの、それも戦場のど真ん中に・・・私の記憶は・・・ここで終わっているの。その後気が付くとアースラ様が、私を介抱してくれていたわ。それもメルラドでね、私はアースラ様に助けて貰って・・・うっうっ・・・」
とオリビアさんは泣きだしてしまった。
忸怩たる思いなのだろう。
あのオリビアさんが拳を握りしめている。
「オリビアや、もうよいのじゃ、気にするでないわ」
とアースラ様はオリビアさんを宥めている。
背中を擦られているオリビアさんは、涙を隠そうともしない。
「だってその所為でアースラ様は・・・神界から百年間出られなくなったじゃないですか?私の所為で・・・」
そういうことか・・・だからアイリスさんが枯れてしまった時に、アースラ様は来れなかったんだな。
百年経った今、アイリスさんの所にしょっちゅう訪れるのは、懺悔の気持ちもあるのかもしれないな。
アースラ様がオリビアさんを助けることは、神様のルールに抵触してしまう行為だったみたいだ。
たぶん直接的に他者の命を助ける行為は禁忌なんだろう。
でも慈悲深いアースラ様は手を出してしまったと・・・
ある意味無慈悲なルールだ。
そう想う俺はまだ神に成り切れていないということなんだろう。
でもそう想ってしまう。
しょうがないじゃないか。
だって今目の前で命の危険がある人がいたら、俺は間違いなく手を出してしまうと思う。
たぶん反射的に手がでるだろう。
俺は資質があるとはいっても、神に向かない性格なのかもしれないな。
恐らく禁忌に抵触しまくるのではないだろうか?
これは神罰という事で合っているのだろうか?
神のルールにアースラ様は、抵触してしまったということなんだな。
「それで、エリスとはそれっきりということなんですね」
「そうよ・・・」
これが百年前の戦争の顛末か・・・
オリビアさんにとっては、トラウマとなる出来事だったのかもしれない。
でもいくつか疑問が生じてしまったことも事実だ。
これより先の疑問は、恐らく今は知りえない事なのだろう。
第三者の意図・・・
洗脳の有無・・・
戦争の原因等・・・
疑問は後を絶たない。
この世界の神様のルール。
知りえた情報はとても貴重だ。
でも、これはあくまで百年前の話だ。
北半球の今は、どうなっているのかは全くもって謎だ。
それになにより、エリスの存命が確認できたことが大きい。
この場にいる全員が、肩を撫で降ろしたことは間違いない。
なりよりギルに笑顔が戻ったのが俺には嬉しい。
あとはエリスを早く探し出すことだ。
「アースラ様、エリスは今何処にいるのか教えてもらえますか?」
「それは出来ぬ相談じゃ、答えてしまったら、また何年禁固刑になることやら、すまぬな島野よ」
「でも、アリスを助けたのはアースラ様なんですよね?」
「・・・答えられぬ・・・」
アースラ様は無表情だった。
またあのポーカーフェイスだ。
残念ながら教えては貰えなかった。
何かしらの神様のルールの制約に引っかかるみたいだ。
しょうがないか・・・
でもどうやって探そうか?
やはり乗り込むしか無いようだ。
こうなったら俺も腹を決めるしか無いようだ。
エリス・・・絶対に探し出してやる。
そしてギルと再会させてやる。
絶対にだ!
俺は決意を固めた。
俺の息子の母親であろうドラゴン・・・
必ず会いに行くぞ、エリス。
待っててくれよ。
ギルと視線を合わせると、同じ思いであることが分かった。
俺はギルの肩を抱いた。
思いの外ギルが大きくなっていることに気づいた。
もう大人と言ってもいいのかもしれない。
俺は少しだけ寂しさを覚えた。
俺の手を離れる日も近いのかもしれない。
ドラゴンの成長は・・・ほんとに早いな・・・
戦争の様子を小高い山の麓から見つめる一団がいた。
一様に黒の外套を羽織り、フードを目深に被っている。
その表情を伺い知ることはできない。
不気味な雰囲気を漂わせていた。
「ドラゴンを始末することは叶わなかったようだな」
地を揺らすような低く響く声だった。
「あのような女神の介入があろうとは」
「でも念の為の保険が上手く嵌ったようね」
甲高い声が発せられた。
上機嫌なようにも聞こえる。
「まさか上級神が介入してくるとは、想定外じゃったわい」
「これで上級神には神罰が降るだろう」
「ドラゴンも始末はできなかったがあの有様だ、もうあのドラゴンは飛ぶことは叶うまいて」
「当面の活動には邪魔者がいなくなっただけでも、我らの目的は達成されたと言える」
「ああ、重畳だ」
「フフフ」
「フハハハ!!!」
不気味な声が木霊していた。
俺はサウナ島をマークとランド、ロンメルに任せて、日本で一週間過ごすことにした。
休暇という側面もあるが、本命の目的としては、俺がサウナ島に居なくても無事に済むのかを確認する為だ。
あいつらなら問題無い事は分かっているが、一応試してみたくなったのだ。
それに自分の考えを纏めてみたいとも思った。
一度じっくりとサウナ島を離れてみようということだ。
まあ一週間がじっくりなのかは分からないが・・・
適当に考えてみた。
俺らしいということで許してくれ。
これまでのことを振り返り、今後の方針を今一度整理してみたいと思う。
状況整理ってやつですね。
大事ですよ、状況整理は。
俺は考えを纏める時には、サウナを多用する。
蒸されながらだと、考えが纏まり易いことは経験則から分かっている。
これが一番俺には合っているとも言える。
だがサウナ島のサウナでは、どうしても常連達から話し掛けられることが多い為、なかなかそうはいかない。
というより、何故だか俺と一緒にサウナに入りたがる者達が急増した。
どうしてんなのか?と一緒に入ってきた獣人に聞いてみたところ、
「島野さんと一緒にサウナに入ると、幸運が訪れるみたいです」
などという、根も葉もない噂が経ってしまっているようだった。
オーマイガー!
非常に迷惑している。
というか、無茶無茶困っている。
いい加減にして欲しい。
そんな訳がないだろう!
俺のサウナ満喫生活を脅かす、あってはならない噂だ。
噂を流した犯人を炙り出そうかとも思ったが、止めておいた。
本当は犯人を引きずり出して、お仕置きをしてやろうと思ったのだが・・・
ここは穏便にすますことにした。
どうせ他意の無い虚言なのだろう。
サウナの神様と呼ばれている弊害が、まさかこんな所に現れるとは思ってもみなかった。
その為、俺は日本に帰ることにしたのだ。
とは言っても『おでんの湯』では、飯伏君達から話し掛けられるのだが・・・
その為、今回はいつもの来店時間をずらして『おでんの湯』に行くことにした。
それでもサウナフレンズに捕まったら、それはその時だ。
会話に花を咲かせよう。
サウナ談義は楽しいしね。
俺はいつものルーティーンを終え、サウナ室に入った。
程よい湿度が俺を迎えてくれる。
今日も良い温度だ。
お!上段が空いている。
残念!
俺は考え事をする時は、下段に陣取ることにしている。
その理由はパフォーマンスを求めていないことと、じっくりと時間が欲しいからだ。
上段ではそうはいかない。
直ぐに汗をかきだすからだ。
名残惜しさに後ろ髪を引かれながらも、俺は一番温度が低い最下段に陣取った。
体感としては七十度ぐらいだろうか?
まだオートロウリュウには時間がある。
タイミングはばっちりだ。
まずはこれまでを振り返ってみることにした。
定年退職を機にサウナ満喫生活を送って、余生を過ごすつもりが、異世界で神様修業をすることになろうとはな・・・
なんという人生だろうか?
奇想天外にも程がある。
現実は小説よりも奇なりとはよく表現したものだな。
まぁ、マイサウナにつられてしまった俺が悪いのだが・・・
もし断っていたらどんな生活を送っていたのだろうか?
俺の性格からしたら、断ることはなかったとは思うけどね。
たぶんそこまで見越しての創造神様のスカウトだったのだろうな。
創造神の爺さんは、俺の性格まで分かっていたみたいだったし。
にしても、まさかこんな事になるとは思ってもみなかった。
無人島にノンと二人で放り出されてからの事を思い出していた。
最初は何かと苦労した。
特に最初の一週間は酷かったな・・・
ノンがいなかったら、お陀仏だったかもしれないな。
特に万能種には困ったものだった。
ほんとにちゃんと説明書を造っておけよな、まったく。
でも家族が出来、仲間が出来、会社を設立し、スーパー銭湯を造った。
よくもまあこんなにもいろいろと、出会いや物事があったものだ。
だいたいが向うからやってきたような気もするけど・・・
そしてたくさんの神様達に出会い、多くを俺は学んだ。
思い出したら限がない出来事の数々、たくさん笑い、大いに楽しんだ。
今では最高の人生を過ごしていると感じている。
創造神の爺さんに感謝しないといけないな。
爺さんあざっす!
出会いに感謝だ。
そして遂に俺は人では無くなってしまった。
実感は全く無いけども・・・
ステータス上のことでしか、今は受け止められていない。
自分が神だと、どうしたら実感できるのだろうか?
ここは考えるところでも無いのかもしれないな。
考えてどうにかなるとも思えない。
おそらく神様修業も折り返し地点に差し掛かっているような気がする。
半人半神とはそういう事なんだと思う。
これから先はどうなることだろうか?
なる様になるしかないよな。
依然として北半球の情報は薄い、オリビアさんが語ってくれた百年前の戦争の話ぐらいしか知らない。
あとは眉唾ものばかりだ、前にエンゾさんが北半球には宗教があるというようなことも言っていたが、本当の所は分からない。
神様が顕現しているあの世界では、正直考えられないことだ。
北半球への旅は行き当りばったりになるのは否めないだろう。
でも行かない訳にはいかない。
良い出会いがあることを祈るばかりだ。
北半球に行く第一目的はエリスの捜索だ。
ギルのことを想うと、歯痒く感じてしまう。
ギルはエリスの事をどう想っているのだろうか?
ただ生存は間違いない事が分かった今となっては、そこまで急ぐ必要は無くなったが、俺としてもエリスには早く会いたい。
無茶苦茶興味がある存在だ。
エリスはどうやら豪快な性格のドラゴンのようだ。
そして戦争を止めようと挑む、気概のある人物のようだ。
人物?ドラゴン物?
どうでもいいか。
まぁちょっと無謀な性格でもあるとは思うけどね。
それにしても、北半球へは長い船旅になりそうだ。
でも新クルーザーならば、最高時速百キロ近くまで出る為、もしかしたら数日で済むのかもしれない。
でも焦らず行こうと思う。
いろいろ暇つぶし出来るように、準備をしておかないとな。
絶対にやりたいのはトローリングだ。
やっぱり大物を釣り上げたいものだ。
ロッドはカーボン製にして・・・
後にしておこう。
汗をかきだしたな。
今では俺達が北半球に乗り込むことは噂になっているみたいだ。
噂になっていることは別に気にしてないけど。
後日神様ズと会議を行い、北半球に乗り込むことを俺はちゃんと宣言するつもりだ。
神様ズはどんな反応をするのだろうか?
間違っても反対はされないだろうとは思うが・・・
もしかして誰か連れていけとか言い出すのかな?
勿論、連れていかないけどね。
安全かどうかも分からないのに連れていけないでしょう?
安全第一で努めたいでしょう。
第二の目的は神気減少問題の対応だ。
いい加減原因を突き止めなければならない。
神気減少問題の最大の理由が、北半球に眠っていると俺は考えている。
南半球では、できる限りのことをこれまで行ってきたが、もう打てる手はないだろう。
これまでに行ってきたことは、世界樹の件を除いては、神気を増やす方法であって、減少している原因を突き止めた訳ではない。
どうして減少しているのかを突き止める必要がある。
神様ズからの話としては、神気の濃さはそれなりに持ち直したとのことだが、減少している原因を突き止め、対処しない限り、決して安心はできない。
いつこの世界の崩壊が始まってもおかしくはないのだ。
今は一時凌ぎであることは間違いない。
一度、創造神の爺さんを呼び出して、あと何年持つのかを聞いてみようかとも思ったが、どうせ真面に答えてはくれないだろうと、止めておいた。
今となっては、あの人に頼るのは筋違いだとも俺は思う様にもなってきていた。
これは神になってきている俺の自覚なのだろうか?
よく分からないが、そんな気もしないでもない。
そして第三の目的は神様に会いに行くことだ。
北半球にも神様はいるだろう。
新たな出会いに期待したい。
ああ、そろそろサウナ室を出よう。
だいぶ汗をかいたみたいだ。
時計をみると、入室してから十分以上が経過していた。
サウナ室を出て、掛け水をしてから水風呂に入る。
タオルで身体を軽く拭いて、外気浴場に向かう。
嬉しい事にインフィニティーチェアーが空いていた。
インフィニティーチェアーに掛け湯をしてから腰かける。
心拍数に耳を傾け『黄金の整い』を開始した。
複式呼吸を始め、深い自己催眠の状態に入っていく。
この時ばかりは頭の中を空にする。
整うことに集中する。
呼吸を整え、身体を神気で充満させる。
そして程なく余韻を堪能した。
本日も良い整いでした。
サウナって最高だな!
どうしたらこれを止められるのやら・・・止める気は全くありませんけどね。
俺は二セット目を開始した。
その後サウナフレンズに捕まってしまい、自己問答は出来なかった。
でも俺はサウナ談義を楽しむことができた。
これはこれで楽しかった。
結局俺は、一週間の全日をサウナに費やした。
『おでんの湯』以外にも『キャッスルリゾート』や『花しょうの湯』『竜泉の湯』などにも通った。
サ飯にも積極的にトライした。
台湾まぜそばは本当に辛かった。
汗をかき過ぎたので、もう一度風呂に直行してしまった。
俺って潔癖症なのかな?
じっくりと休暇を楽しむことができたと思う。
サブスクもたくさん観ることができた。
俺はおおいに休暇を満喫することが出来ただろう。
楽しい休暇はあっと言う間に終わってしまった。
名残惜しくも楽しい時間の経過は早い。
そして休暇は終わってしまった。
一週間が空け、サウナ島に戻ると、いつのも日常が帰ってきた。
まずはマーク達から報告を受けることになった。
特にこれと言って問題はなかったみたいだ。
唯一あった事件としては、俺がいない事を嗅ぎ取ったフレイズが。
サウナビレッジの食堂に予約無しで転移して現れて、台湾ラーメンを注文。
通報を受けたアクアマリン様に、とっちめられたらしい。
フレイズは台湾ラーメンを食べること無く、サウナビレッジの食堂を退場する事となったようだ。
勿論お代は貰ったみたいだ。
台湾ラーメンは出来上がっていたからね。
「せめて食わせてくれー!」
とフレイズは懇願していたらしい。
そんなことは知らないな。
前以て察知していた俺は、マークにフレイズが予約無しにサウナビレッジの食堂に来たら、アクアマリン様に通報しろと言っておいたのが功を奏したようだ。
アクアマリン様にはバイトとして頼んでおいたのだ、彼女はとても喜んでいたのを覚えている。
まったく、フレイズはアホだな。
というか、そろそろ食堂の辛みと甘味の棲み分けは無くそうかな?
まぁまたでいっか。
外には特に何もは問題なく、マークは商人の相手をしたことが、思いの外疲れたと言っていた。
その気持ちは良く分かる。
あいつらは正直いってウザい。
まあ頑張ってくれ、マークよ。
俺の気苦労を知ってくださいな。
神様ズを集めて会議を行うことにした。
ついでに月に一度の報酬を渡すことにした。
いつのも様に纏まりなく、神様ズはぞろぞろと集まってきた。
場所は事務所の会議室だ。
今回は上級神達にもオブザーバーとして参加して貰う事にした。
そしてマークとランド、ロンメルも同席している。
こいつらは、ほどんとの神様が顔見知りだとは思うが、紹介はちゃんとしなければならないだろう。
まずは神様ズに報酬を渡すと共に、感謝の言葉を添えていく。
最近はこのやり取りも慣れたもので、従業員に給料を払う感覚と勘違いしそうになる。
ちゃんと敬意を持って接しないといけないな。
人間関係の基本ですね。
報酬を貰う神様ズを羨ましそうにフレイズが眺めていた。
「島野!我にも報酬をよこせ!」
と宣っている。
誰がお前に報酬を渡すってんだよ!
締めてやろうか?こいつ。
懲りてないのか?
「アホか!お前が誰をサウナ島に連れて来たっていうんだ?五郎さん達は転移扉を使って街の人達をサウナ島に連れてきてくれているから、報酬を貰っているのだぞ。それぐらい分かるだろう?」
「そうなのか・・・」
フレイズは意気消沈していた。
分かってなかったみたいだ。
馬鹿が、いい加減学べ!
にしても何と勘違いしたんだ?
俺が神様ズにお小遣いでも配っていると勘違いしたのか?
ほんとに神界から眺めていたのか?
こいつ、自分に都合の良い事しか見て無いのか?
こつならあり得るな・・・多分・・・
「フレイズよ、お前え儂のところでもバイトするか?儂のところにも炭酸泉はあるからな」
「本当か五郎?助かるぞ!」
喜々としているフレイズ。
「フレイズや、儂の所でもどうだ?鍛冶仕事に火は欠かせんからのう」
「ゴンガスもか!ナハハハ!我人気者!」
フレイズに新たなバイト先が見つかったみたいだ。
人気者って・・・調子に乗ってやがるな。
やれやれだ。
「そんなことはいいとして、今日は皆さんにお話があります」
俺は神様ズを見ると、好き放題にがやがややっていた。
駄目だこりゃ、もう帰ろうかな?
という訳にもいかないよね。
「おーい!静かにしてください!」
やっと静まりかえってくれた。
この人達は小学生の集まりかっての。
「今日は皆さんに折り入って話があります」
「どんな話しなんだ?」
親父さんは相変わらずせっかちだな。
「だから親父はせっかちなんだよ!黙って聞いてろよ!」
五郎さんが親父さんを叱っている。
このやりとりは何度目だ?
「噂で聞いているかとは思いますが、俺は近々北半球に乗り込みます」
「遂にですか?島野さん、行くんですね?」
オズがしみじみと言った。
「ああ、準備もほとんど済んだし、行かない訳にはいかないだろう?」
「ですが・・・」
オズは心配してくれいているみたいだ。
「結局よう、北半球の情報は集まったのか?島野?」
ゴンズ様が尋ねてきた。
「全くと言っていいほど無いです。先日オリビアさんから百年前に起こった戦争の話は聞きましたが、それ以外では何も分からないです。ちょこちょこ話はありましたが、全て眉唾ものばかりです」
ほんとにそう、困ったものです。
「そうなのか、百年前の戦争の話を俺にも聞かせて貰ってもいいか?」
オリビアさんが答える。
「いいわよ」
オリビアさんが掻い摘んで百年前の戦争の話をしだした。
全員が話に引き込まれている。
この人も熱弁の能力があるのでは?
と思える程の話ぶりだった。
話は二回目だから上手く話せるようになったのかもしれないな。
ていうか、元々吟遊詩人だったんだから、これぐらいできて当然かな?
「そうか・・・オリビアも苦労したんだな」
ゴンズ様は関心していた。
「それで、戦争は今ではどうなっているのだ?」
ガードナーが質問した。
「知る訳無いじゃない」
軽くオリビアさんが答える。
まあ知る訳はないよな。
「だよな」
ゴンズ様が相槌を打っている。
「話を戻しますね。それで俺がいない間は、マークとランド、ロンメルに代わりを務めて貰います。皆さん三人のことは知っていますよね?」
三人は立ち上がって、お辞儀をしていた。
「ああ、知っているぞ」
「儂もな」
「私も」
三人とも認知されているみたいだ。
よかった、よかった。
「お前達座ってくれ」
三人は着席した。
「何かお困りごとや、相談事も三人に相談してください、今日渡した報酬も俺が居なければ、彼らが代行して行います」
「「「よろしくお願いします!」」」
三人は声を合わせていた。
少し緊張しているみたいだ。
表情は硬い。
「それは構わないけど、島野君。長旅になりそうなのね?」
エンゾさんが尋ねてきた。
「長旅になるでしょうね、でも転移扉がありますので、しょっちゅう帰ってきますよ。毎晩帰ってくる予定です」
風呂とサウナは欠かせませんからね。
ここは譲れないですよ。
俺のライフワークですから。
「そうか、でも日中はおらんということだの?」
親父さんが言った。
「そうです、何日の船旅になるのかは分かりませんし、北半球についてからも何があるか分かりませんので」
「ねえ守ちゃん、北半球と転移扉は繋げるつもりなの?」
マリアさんは不安そうな顔をしていた。
百年前の戦争のことを聞いた所為か、マリアさんは北半球にいいイメージを持ってないみたいだ。
「今の所はそのつもりはありません、まずは現地に行ってみないとなんとも言えないですね」
「そう・・・」
「誰といくのですか?」
オズが聞いてきた。
メンバーを知りたいみたいだ。
「島野一家でいくよ」
「レケも行くのか?」
ゴンズ様が心配そうな顔をしている。
「レケは行きません、彼女は居残りです。養殖場から離れられないみたいですからね」
「そうか・・・」
安心したみたいだ。
ゴンズ様は親バカだな。
まあ気持ちは分からんでもないが。
「私も付いて行きたいけど・・・駄目よね?」
オリビアさんから申し入れがあった。
だろうなとは思っていたが・・・
「まずは俺達に任せて貰えませんかね?」
「でも・・・」
オリビアさんは懇願するような表情をしている。
「安全が担保できるまでは任せてくださいよ。その後ということでどうですか?」
「分かったわ・・・」
オリビアさんは引き下がってくれた。
まだ百年前の件が尾を引いているかもしれない。
いやエリスに会いたいのかもしれないな。
でも危険が無いとは言えない状態で、彼女の同行を許す訳にはいかない。
断固として拒否だ。
それに今では彼女はメルラドの一柱だ。
メルラドを空けさせるのは良くない。
エルフの村に里帰りした時とは勝手が違う。
それなりに身体能力は高いと言っていたけど、確認しようが無いからね。
『鑑定』させてくださいとは、紳士な俺としてはとても言えない。
女神の個人情報ですよ、そりゃあ駄目でしょ。
ちょっと見たい気もするが・・・
「それで島野、いつから行くんでえ?」
五郎さんが話を進めてくれた。
「三日後には出発しようと思います」
「三日後?早くねえか?」
「そうか・・・」
「もうすぐね」
数名の神様ズは動揺していた。
特にオズの意気消沈ぶりが半端ない。
そう嘆くなよ。
ありがとうなオズ、心配してくれて。
嬉しいよ、でも俺を信じてくれよな。
これでも上級神をボコれるぐらいは強いんだからさ。
「オズ、心配してくれてありがとうな」
オズは涙目だった。
「・・・」
「今生の別れじゃないんだからさ。大丈夫だ、任せてくれ。それに神気減少問題の本質が俺は北半球にあると睨んでいるんだ」
「そうだね、島野君と言うとおり、そうとしか考えられないね」
ドラン様も同意見だ。
「そうだのう、儂もそう思うぞ。南半球が全て繋がったいま、そうとしか思えんのう」
「だな」
「だろうな」
同意は続く。
「なのでいっちょ乗り込んで来ますよ!」
俺は再度宣言した。
「お前さん軽いのう」
「らしくて笑えるな」
「そうよね」
俺の宣言に神様ズは表情を緩めた。
さて、ちょっと行ってきましょうかね、でいいでしょ?
会議はお開きとなり、恒例の月一の宴会が始まった。
上級神達も参加することになった。
オブザーバーとして参加して貰ったからには、今日は俺の奢りだ。
随分賑やかな宴会となってしまった。
フレイズが必要以上に騒いでいたので、懲らしめてやった。
でもこれからは、こんなことは出来なくなるかもしれないな。
北半球・・・三日後には出発だな。
期待と不安の入り混じった気分だった。
でも島野一家なら大丈夫だろう。
ギルではないが、俺達は最強だからな。
北半球・・・
無知の領域に挑むことになるな。
はぁ、やれやれだ。
でもちょっとワクワクしている俺がいた。
さーてと・・・やってやりましょうかね。
俺は根拠のない自信に満ち溢れていた。
島野一家は新クルーザーに乗り込んだ。
大勢の人達が見送りに来てくれていた。
まったく、全員勢ぞろいかってぐらい賑わっている。
珍しくタイロンのマッチョな国王まで来ている。
なにやってんだ?あの人?
礼の如くポージングを決めていた。
何処でもやるんだな。
エンゾさんが延髄蹴りを決めていた。
お!決まったか?
マッチョな国王は頭から倒れ込んでいた。
ありゃりゃ、あれは意識を刈り取られているな。
エンゾさん・・・こんな残念女神ではなかったはずでは?
マリアさんが投げキッスをしていた。
決してここまで届きませんように。
レケとエクスが号泣していた。
なんでかな?
君達は俺の説明をちゃんと聞いていたのかな?
夜には帰ってくるのだよ?
それも毎日。
残念な家族みたいだ。
さて、目指すは北半球。
まずはボイルの街の北側の港に転移する予定。
予め現地は視察済だ。
オリビアさんの話にあった北半球への出発地点だ。
俺の予想としては、北半球までの旅路は五日間だ。
これもオリビアさんの話を参考に計算してみた。
でも所々で遊びを行うつもりだから、もう少し長い日程になるのかもしれない。
ただ船を進めるだけなんて、俺の性に合わない。
海上で出来る遊び道具は既に『収納』と新クルーザーに積み込んである。
はっきり言ってしまえば、遊びに行く気分である。
これまで船旅はしたことがない。
ワクワクとドキドキが大半を占めている。
さて、そろそろ出発しようかな。
俺は大声で叫んだ。
「行ってきまーーーす!!!」
声が返ってくる。
「「「「「いってらっしゃーーーーい!!!」」」」」
俺は『転移』の能力を発動した。
フュン!
さあ、旅の始まりだ!
旅を命一杯楽しもう!
ボイルの港に転移した俺達は船旅を開始した。
まずは俺がハンドルを握る。
方角は北西、風速はおよそ二キロメートル。
追い風が吹いている。
幸先良好だ。
俺は神石に神力を込めて、クルーザーを走らせていく。
クルーザーが音を立てて進んで行く。
ギルは穂先に立って、海上を眺めていた。
ノンは絶賛お昼寝中。
エルは早くも台所に立って、理料を始めていた。
ゴンは読書に夢中になっている。
皆リラックスしているみたいだ。
俺の運転に全幅の信頼を寄せているようだ。
ならばと俺は速度を上げる。
クルーザーが壊れない程度に、最高速度で走らせていった。
海中のスクリューが途轍もない音を立てていた。
たぶんこれぐらいなら問題ないだろう。
と安易な俺。
最悪壊れても、スペアは準備されているしね。
それに直ぐに造れるし。
海上の暴走族と化したクルーザーは、進路をグングン進めていった。
潮風が気持ちよかった。
船旅は順調と言える。
二時間すると運転をノンにスイッチした。
こいつも遠慮なく速度を上げている。
その後、ギル、ゴン、エルの順に操縦者を変更する。
途中何度かカモメのような鳥が並行することがあった。
これぞ船旅と楽しくなってしまった。
さっそく暇になったので、釣りでも行うことにした。
クルーザーの速度を時速二十キロぐらいに落として貰う。
今の操縦者はエルだ。
『探索』を行ってみたところ、魚群があった為、釣りを開始した。
狙いの魚かどうかは釣ってみないと分からない。
今回は大物狙いではない。
俺としては、俺以外の家族に釣りを経験させたかったのだ。
俺とエルを除くその他の家族達は、釣り竿を垂らして、今か今かと当たりに集中している。
今回のエサは疑似餌を選択している。
海老で鯛を釣るにしようかとも考えたが、疑似餌を選択した。
だって、何度も同じ疑似餌で釣れた方が、エコでしょ?
間違ってるかな?
疑似餌は一般的にタイラバと呼ばれている物で。
派手な装飾に、触手の様なヒラヒラが付いた物だ。
ロッドはカーボン製の頑丈な一品だ。
仕掛けなどは赤レンガ工房で、俺がせっせと造った物だ。
糸やリールなども拘った使用になっている。
後日トローリングを行うつもりだが、まずは前哨戦である。
家族の中で釣り初心者はノンとゴンだ。
エルとギルはロンメル達との漁で、時々釣りを行っていたらしい。
ただ釣り竿等の仕掛けは、ここまで豪華な物ではなかったらしく。
これならばばらすことは無いだろうと、鼻息は荒い。
俺はノンとゴンに釣りのやり方を教えてから、早速釣り糸を垂らすことにした。
釣り方は簡単で、着底させてから巻くだけだ。
着底させたままだと、根が掛かりしてしまう。
時々タックルと呼ばれる疑似餌を上下させる方法を取る。
さてどうなることやら・・・
真っ先に当たりがあったのはノンだ。
お!ビギナーズラックか?
本人が予想する以上の引きだったのか、面食らっているノン。
「ノン、落ち着いて」
「ん!」
明らかに力んでいる。
「ゆっくり巻きながら、時折竿を上に挙げるんだ。ゆっくりとだぞ」
「うん」
ノンはぎこちなくも、リールを巻きながら、時々竿をしゃくっている。
俺は網を持ってノンに近づく。
魚影が見えてきた。
「お!真鯛か?」
「嘘!」
「いきなり!」
ギルとゴンも驚いていた。
俺は魚を網に捉えて引き上げた。
本命の真鯛をビギナーのノンが釣り上げていた。
「ノン!真鯛だぞ!やったな!」
疑似餌を外して、鯛の口を掴んでノンに差し出した。
「いいよ、持たなくても・・・」
こいつ始めて釣れた感動は無いのか?
ていうか魚が苦手なのか?
「お前、持ってみろよ」
「いいよ、僕は食べ専なの」
はあ?
よく分からんが、これ以上は止めておこう。
ノンの顔は忌避感満々だ。
こいつのことはよく分からん。
そうこうしていると、ギルとゴンの竿にも当たりがあったみたいだ。
俺はゴンのサポートに向かった。
何とかして釣り上げたゴン。
ゴンが釣り上げた魚はブリだった。
「ゴン、やったな!真鯛ではないけど立派なブリだぞ!」
「はい、やりました!釣りって楽しいですね!」
眼を輝かせているゴン。
釣れれば嬉しいよね。
今後はギルから声が挙がる。
「パパ、こっちも!」
網を持って駆け寄ると、魚影が見えてきた。
今度はどの魚なんだ?
「よし!」
俺は魚を網で掬った。
平目だった。
高級魚だ!
これは今日は刺身パーティーだな。
豪勢でいいじゃないか。
「ギル、平目だ!やったな!」
平目の尻尾を持って渡すと、ギルは大事そうに平目を抱えていた。
「主!またこっち!」
ノンが叫んでいた。
網を持って駆け寄る俺。
結局俺は網役になってしまい、まともに釣りが出来なかった。
俺以外は全員入れ食いだった。
もう!
俺にも釣らせてくれよな!
この日の晩飯は豪華刺身の盛り合わせになった。
それにしても旨い!
最高だ!
普段は魚をあまり食べないノンだが、今日は自分で釣ったからか、たくさん刺身を食べていた。
ちくしょう!
明日は絶対に俺が釣るぞ!
晩飯を終え、俺はクルーザーに『結界』を張って、念の為『探索』で海獣が居ないのを確認してから転移扉を開いた。
この転移扉は社長室に繋がっている。
だって入島受付にする理由は無いしね。
今日の見張り当番は俺とゴンの為、俺はゴンと二人で先にサウナ島に帰ってきた。
社長室にはマークがおり、疲労感たっぷりの顔をしていた。
「ただいま」
「あ、島野さんお帰りなさい」
マークが席から立ち上がって迎えてくれる。
「どうした?疲れた顔して?」
いきなりトラブルか?
大丈夫か?
「いえ、そうでもないです・・・」
マークの表情は変わらない。
「何かあったのか?」
「いえ、商人達の相手をして疲れただけです」
そういうことね。
洗礼を受けたって訳だな。
「相手が俺だからか、無理難題を言われまして。困ったものです」
「そうか、そんな輩は遠慮なく追い出していいぞ」
無理難題を言う輩は追いだすに限る。
二度と敷居を跨ぐんじゃない!ってね。
「そう言われましても・・・」
ここはちょっと葉っぱをかけておこう。
「マーク、お前は俺の代理なんだぞ、お前が舐められるってことは、俺を舐めてるってことなんだぞ?お前それでいいのか?」
マークは顔を上げた。
その眼には炎が灯り出していた。
「そうですね、島野さんが舐められるのは許せませんね!」
拳を握っている。
これで大丈夫だろう。
マーク性格から考えて、自分より他者を優先する。
それが俺となれば血相を変えるだろうことは分かっている。
「じゃあ俺は風呂に行くけど、一緒に行くか?」
「はい、お供します」
俺達は連れ立って、スーパー銭湯に向かった。
今日もスーパー銭湯は繁盛していた。
未だ俺と一緒にサウナに入ろうとする者達がいた。
俺はもう気にしないことにした。
やれやれだ。
ゴンとクルーザーに戻り、三人と交代した。
今日はこのまま俺とゴンはクルーザーの見張り番だ。
『結界』が張られているので、安全は担保されている。
これと言って心配はないのだが、放置って訳にはいかない。
俺は星空を眺めて見た。
満天の星空だった。
日本ではこうはいかない。
日本では星空を眺めるなんて無かったな。
センチな気分になりそうだ。
俺達は仮眠室で寝ることにした。
お休みなさい。
いい夢が見られますように。
ターラーラーラーラッタッター。
翌日。
転移扉を潜ってギル達がクルーザーに乗り込んできた。
「おはようさん」
「「おはよう」」
「おはようですの」
挨拶を終え、朝食作りに取りかかる。
朝の散歩を行っていないのは久しぶりだ。
たまにはいいよね。
今日は久しぶりに俺が料理を作ることにした。
メニューはノンのリクエストがあり、味噌汁は外せないことになった。
どんだけ犬飯が好きなんだか・・・
昨日釣れた魚を焼いて、お米を炊く。
焼き魚定食だ。
焼き揚がったブリが油を滴らせている。
旨そうだ。
「「「「「いただきます!」」」」」
久しぶりの島野一家の大合唱。
ノンが骨がめんどくさいと文句を言いながら食べていた。
好き嫌いは良くないですよ、ノン君。
ゴンは綺麗に魚を食べていた、骨のみが残っている。
お上手なことで。
ギルは骨ごとボリボリと食べていた。
まぁ豪快!
エルは大根おろしで食べていた。
なんとも皆さん個性的ですな。
朝食を終え、本日も順番にクルーザーを走らせていく。
そして今日は念願のトローリングを行うことにした。
腕がなるぜ。
遂にこの時がきたな・・・
竿はクルーザーの床板に装備してある金具に装着してある。
これで竿が持っていかれることはないだろう。
こちらもエサは疑似餌だ。
昨日のタイラバよりも倍以上の大きさだ。
速度を時速三十キロぐらいに落として貰い、レッツフィッシュ!
俺は敢えて『探索』は行わなかった。
始めぐらいちゃんとトローリングを楽しみたい。
まずはズル無しからだ。
竿先を眺めてみる。
軽く撓っているのが分かる。
一時間後。
当たりは全く無かった。
ただただ海面を眺めている。
自己催眠に入ってしまいそうだ。
昔テレビで見た、大物俳優がトローリングをする番組『世界を釣る』を思い出していた。
トローリングとはこんなものなのだろう。
半日近く経っても当たりが無いなんてことはざらの様だ。
そんなことを考えていると念願の当たりがあった。
ビッグヒット!
レッツファイト!
えぐい角度でロッドがしなっている。
俺は一度竿をしゃくって併せた。
これで獲物は掛かったはず。
その後も糸がグイグイと引かれていく。
クルーザーの速度を落として貰い、巻き上げを開始した。
巻いては引かれて、巻いては引かれてを繰り返す。
無茶苦茶楽しい!
これがトローリングか?!
結局三十分間格闘し、釣り上げることに成功した。
俺は『身体強化』等の能力は一切使わなかった。
純然とトローリングを楽しみたかったのだ。
釣り上げた獲物はカジキマグロだ。
二メートル越えのサイズだ。
良い戦闘だった。
少し腕に疲労感を感じる。
「パパ凄えー!」
「主、やりましたね!」
「大きいですの!」
賛辞が続いた。
ノンは、
「へえー」
と無感動だった。
こいつはほんと・・・マイペースが過ぎるな。
「僕もやりたい」
ギルの申し入れに答えることにした。
竿をギルに渡す。
俺はギルにトローリングのやり方を教えた。
気合の入ったギルが、トローリングを開始した。
俺はカジキマグロを千貫してから『自然操作』の氷で凍らせて、『収納』に保管しておいた。
今日の晩御飯はマグロ尽くしか?
でも昨日の夜も、今日の朝も魚だったから辞めておこうかな?
するとギルの竿にいきなり当たりがあった。
恐ろしい程の引きだった。
ロッドのしなりが半端ない。
ボキッといってしまいそうだ。
リールも煙を発生しそうなぐらいだ。
猛烈な勢いで引かれている。
でもご安心ください。
糸はワイヤーと呼べるぐらい頑丈な物だし。
針も『合成』で張り付けてあるから切れることはまず無い。
そしてロッドとリールは実はミスリル製なのだ。
実に金貨五百枚掛かった装備なのだよ。
破壊の心配は不要なのです。
フフフ。
無駄使いと言いたければ言ってくれ。
最高の娯楽には、お金の糸目は付けてはいけないと、俺は学んだのだよ。
それにしても・・・引きが強すぎるような・・・
絶対カジキマグロでは無い・・・
俺は『探索』を発動した。
ん!・・・マジか?・・・
「おーい!皆手伝ってくれ!」
全員を集合させた。
ギルは必死に竿を引いている。
「どうやら海獣が掛かったみたいだ、全員で引くぞ!」
「嘘!」
「海獣?!」
「やるねー」
俺達は全員で竿を引きリールを巻くことになった。
ギル君やビギナーズラックが過ぎませんかね?
始めてのトローリングで海獣に当たるなんて・・・
結果、一時間の格闘の末、シーサーペントを釣り上げることに成功したのだった。
あー、疲れた。
いや、ほんと。
「やったー!」
「疲れた」
「釣れましたの!」
騒いでいるのはいいのだが、このシーサーペント、どうしようか?
リリースする訳にはいかないしな。
にしても腕がパンパンだ。
明日は筋肉痛確定だな。
いや、今日の夜か?
俺は『自然操作』の氷で固めて『収納』に放り込んでおいた。
どうしたものか?
サウナ島に持って帰る?
ゴンズキッチンでもやって貰うか?
まぁいいや。
とりあえず『収納』の中に塩漬けにしておこう。
その後も、途中でマリンスポーツを楽しみつつ北半球を目指した。
特に海上のホバーボードを皆なやりたがった。
船旅は実に楽しいものだった。
俺達は大いにエンジョイしたのだった。
そして分かったのは、小島が所々にあったが、これといった人が生息できるような島は無かったということ。
それにしても天候に恵まれたな。
一度だけ雨が降ったことがあったが、嵐に巻き込まれるようなことにはならなかった。
ありがたいことです。
そして遂に俺達は北半球にたどり着いていた。
やっと辿りついた。
実に六日間の船旅だった。
大半は遊んでいた様な気もするが・・・
まあ許してくださいな。
その海岸はサウナ島の海岸とは違い、断崖絶壁の崖が連なっていた。
クルーザーを何処に接舷しようかな?・・・
接舷できなくてもいいか?
錨を降ろして、沖にクルーザーを固定することにした。
念の為『結界』は張っておいた。
これで大丈夫だろう。
見張りを置こうかとも考えたが、止めておいた。
やんちゃはされないと思う。
そんな不届き者は成敗してやるしね。
俺達はいつもの飛行スタイルで、崖を登っていく。
そこには開けた広場があり、その先には森が広がっていた。
誰かに遭遇した時に怖がらせない様に、全員人化スタイルになった。
そして森に入ろうかと歩を進めた時。
ガザッ!
という音がした。
一人の人?
魔物?が現れた。
それは全身が薄緑色で、貧相な体つきをしていた。
まるでユニセフの宣伝に出てくるような、恵まれない子供達の様な体躯。
ガリガリの身体に、お腹だけがポッコリと飛び出している。
腰布を纏っただけの服装。
尖った耳と尖った鼻。
右手にはこん棒?
角材?
の様な木材を持っていた。
これは・・・
間違いない、異世界物の雑魚キャラの定番のゴブリンだった。
嘘だろ?!
ここに来てまさかのゴブリン?
第一村人がゴブリン?
オーマイガー!
世界観変わり過ぎじゃね?
北半球ってなんなの?
うーん差し詰めこいつはゴブリンのゴブオ君だな。
多分男性だろう。
胸が無いしね。
するとゴブオ君が話した。
「ダレ、ダべ?」
・・・
話せるんだ・・・
無茶苦茶たどたどしいぞ・・・
ダべって・・・
どうしよう・・・
知性はあるんだ・・・
ここでの正解が分からない・・・
そうだ!
ここは無害な神様アピールをしよう!
それなら怖がられることは無いだろう。
俺は身体に神気を纏って話し掛けた。
「やあ!始めまして!」
ゴブオ君は固まってしまった。
木材を落としている。
そして一目散に逃げだしてしまった。
「ビエエエエーーーー!」
と叫んでどっかに行ってしまった。
ゴブオ君・・・何処え・・・
想定外の第一村人であった。
俺はゴブオ君が落としていった、木材を拾った。
ポイ捨てはいけませんよ。
いや落とし物かな?
ゴブオ君は『探索』で簡単に補足することができた。
ゴブオ君・・・足遅すぎだって・・・
もっと早く走りなさいな。
俺達は怖がらせては不味いと、ゆっくりと後を付けることにした。
森の中を進んでいく。
俺は『探索』を行った。
あれまあ。
どうやら五百メートル先に集落があるみたいだ。
それもゴブオ君と同じ青色の光点を発している光が百ぐらいある。
ゴブオ君を俺が敵では無いと認識したから青色なんだろう。
だって意思の疎通が出来るのなら、敵や獣と見做す訳にはいかないでしょ?
とはいっても襲われたら敵になるかもだけどね。
ゴブオ君は集落に向かっているみたいだ。
逃げ帰ったのか、応援を呼びにいったのか?
今の段階としては何とも言えないな。
俺達は歩を進めて、ゴブオ君の後を追った。
そろそろ集落にたどり着く。
集落に入る前に、ゴブリンの集団が俺達を待ち受けていた。
とても貧相な集団だった。
ボロボロの布を纏い、手にしている武器も木材や、錆び付いた剣。
折れたナイフ等だ。
全員漏れなく栄養失調の体格をしている。
だが顔などは個性が出ていて、全員似てはいるが、違う個体だとは認識はできる。
そして杖を突いている、よぼよぼの老人までいた。
全員が震えていた。
恐怖で顔が引き攣っている。
明らかにゴブリン達は腰が引けていた。
「ギギ」
「ググ」
「グゲ」
等と呻いている。
杖を突いたゴブリンが前に出てきた。
ワナワナと震えている。
稀にこういうお爺さんを見かけるよね。
常にワナワナと震えている。
俺はプルプル爺さんと脳内ネーミングしているけどね。
たぶんこの爺さんが族長なんだろう。
眼を見る限り、一番知性を感じる。
「ナニ、ゴヨウ、ショウカ?」
やっぱりこのプルプル爺さんも、意思の疎通が出来そうだ。
どうしようかな?
今は神気を纏って無いけど、無害な神様アピールは必要だろう。
でもゴブオ君は逃げちゃったんだよな。
まあいっか。
とりあえずやってみよう。
俺は神気を纏ってみた。
ゴブリン達が騒ぎだした。
「ガミ」
「グガ」
「ギギ!」
声になって無い。
この反応は・・・分かりずらいな・・・
どうにかならないのか?
「カミ、オシヅメクダサイ」
プルプル爺さんが頭を下げながら呟いた。
あれ?無害な神様アピールは失敗なのか?
さっぱり分からん。
でも神って言ったよね?
「俺は島野だ、よろしくな」
俺は手を挙げて挨拶した。
「オオ!シマノサマ・・・オシズメ・・・クダサイ・・・」
また沈めてくれと言われてしまった。
神様アピールは違ったみたいだ。
俺は神気を纏うのを止めた。
「アリガトウ、ゴザマス」
プルプル爺さんがそう言うと、ゴブリン達は全員平伏しだした。
どうなってるんだ?
さっぱり分からん。
「あの・・・どういうこと?」
と聞くのが精一杯だった。
プルプル爺さんが言った。
「ワレラ、マモノ、チョクシ、ムリ」
ということらしい。
どうやら魔物には神気を直視できないらしい。
そうか、それは悪いことをした。
「まず話しづらいから顔をあげてくれ、平伏しなくてもいいから立ち上がってくれよ」
ゴブリン達は顔を見合わせて、俺がそう言うなら、といった感じで立ち上がった。
そういえば。
俺は第一村人のゴブオ君を探した。
落とし物の木材を渡してやらなければ。
おお、いた。
俺はゴブオ君に手招きして近づいてこいと誘った。
恐る恐るゴブオ君が近づいてくる。
眼の前にやって来たので、俺は落とし物の木材を手渡した。
「ゴブオ君、落とし物だぞ」
俺がそう言うと、ゴブオ君が木材を受け取ると共に、俺の中の神気がゴブオ君に微量ながらも流れ出した。
なんだこれは?
どうなっている?
「主、何を?」
「ググ!」
「ギガ!」
この場にいる全員が驚いている。
俺も何がなんだかさっぱりだ。
すると神気がゴブオ君を包み込んだ。
そしてゴブオ君の気配が変わった。
顔つきや体形などはあまり変化が無かったが、何よりもその眼が知的に変化していた。
始めてあった時の印象からは、あり得ないぐらいの知性を感じる。
「おお、島野様ありがとうございますだべ!」
ゴブオ君が歓喜の表情を浮かべていた。
そして流暢に話していた。
ゴブオ君は今にも小躍りしそうだ。
「主、これは?」
ゴンが疑問をぶつけてきた。
でも俺にも何が何だか分かっていない。
考えられることは二つだ。
木材を渡したことと、脳内ネームを口を滑らせて言ってしまったことだ。
木材を渡してこうはならないだろう・・・たぶん・・・
となると・・・
「主、ネーミングしてしまったからでしょうか?」
「たぶんな・・・」
「もしかして眷属になったのでしょうか?」
ゴンが忌避感満載の表情をしている。
「しょうがない『鑑定』させて貰うか、ゴブオ君『鑑定』してもいいか?」
「『鑑定』って何だべ?」
ゴブオ君は『鑑定』を知らないようだ。
首を捻っている。
まあいい、やってしまえ。
『鑑定』
名前:ゴブオクン
種族:ゴブリンLv3
職業:ゴブリン兵士
神気:0
体力:256
魔力:120
能力:木材投げLv1 島野守の加護
俺の加護?
何それ?
すまない、ゴブオクンってカタカナ表記になっている・・・
どこかの筋肉芸人みたいになってしまったな。
ゴブオクン君って呼ばないとな。
呼ばないけど・・・煩わしい。
「ゴン、眷属にはなっていないようだ」
ゴンは胸を撫で降ろしていた。
「でもな、俺の加護が付いたらしい・・・」
「主の加護ですか?」
「ああ・・・」
「どういうこと?」
ギルも疑問に思っているみたいだ。
俺は能力欄にある、島野守の加護に触れた。
説明が表示される。
島野守の加護 全てのステータスの向上(個人差あり) 知力が上がる
「どうやら俺の加護でゴブオクンは全てのステータスと知力が上がって、流暢に喋れるようになったみたいだ」
「「「ええええ!!!」」」
全員が仰け反っていた。
俺も仰け反りたいよ・・・俺はまたやってしまったようだ・・・
口を滑らせて脳内ネームを口にしてしまったからな。
ゴブリン達が羨望の眼差しで俺を眺めていた。
そりゃあそうなるよね・・・
ハハハ・・・
「パパ、どうするの?」
「・・・そうだな・・・どうしよっか?」
正解が分からない。
「全員名付けるしかないんじゃない?」
「そうだそうだ」
「そうですの、そうすれば意思の疎通が上手くいきますの」
エルの言う通りかもしれない。
てか、軽く言ってくれるよなこいつら。
どうしたものか・・・
プルプル爺さんが言った。
「オタス、クダサイ・・・」
助けろってことか?
「何をだ?」
「ワレラ、トラレ、スベテ」
全て取られる?だよな?
「それは誰からだ?」
「オーク、コボルト」
うーん、とりあえずたどたどし過ぎて会話のテンポが悪いな。
とりあえずこのプルプル爺さんも名付けしとこうかな?
このままでは会話が上手くいかないかもしれない。
でも、プルプル爺さんが名前では可哀そうだよな。
どうしようか・・・
「そうだな、お前の名前はプルゴブだ」
俺から神気がプルゴブに流れ出した。
プルゴブは神気を纏うと、震えるのを止めた。
そして背筋を伸ばして、若返った様に見えた。
もう杖を必要としないぐらいだ。
眼には知的な光を宿している。
更に体系も健康な体形に変わっていた。
身長も少し伸びた。
プルプル震えていた爺さんが、ナイスミドルに変化していた。
ゴブオクンとの違いが・・・これが個人差か・・・
話を戻そう。
ゴブリン達が騒めいている。
「それでプルゴブ、詳細を教えてくれ」
「ありがとうございます島野様!畏まりました、お話させて頂きます」
プルゴブは跪いた。
すると全てのゴブリンが跪いた。
プルゴブはまるで別人のように流暢に話している。
「我らゴブリンの村は今、危機的状況にあります」
「それで」
「我らの低いながらも知性に従って、農業や狩り、森の実りを収穫し生活を行っております。そしてあろうことか、オークとコボルトが我らの食物を搾取し、我らの暮らしを脅かしております」
弱肉強食色が強いな北半球は。
南半球とは大違いだ。
魔物と言っていたが、魔物の世界はこんな物なんだろうか?
ちょっと引くな。
「続けてくれ」
「はい、奴らは収穫の時期に合せて、我らの村を襲撃してくるのでございます!」
プルゴブの慟哭が響き渡った。
とても悔しそうだ。
眼には涙が浮かんでいる。
「そうか・・・」
「島野様、お力添えください、よろしくお願いします!」
ゴブリン達がまた平伏した。
「オネガイ!」
「ヨロシク!」
「宜しくだべ!」
懇願し出した。
すると、
「いいでしょう、その願い我が主が引き受けました!」
勝手にゴンが引き受けてしまった。
おい!何やってるんだ。
「そうだよ、パパなら御茶の子さいさいさ!」
「御主人に任せるですの」
「主なら楽勝~」
余計な追撃が加わる。
なんでお前達が引き受けるんだよ!
安請け合いしていいものなのか?
まあいいか。
「ということだ・・・」
こうい言うしかないよね?
「ありがとうございます!」
「島野様、感謝だべ!」
「アリガト」
平伏したままゴブリン達が感謝を述べた。
はあ・・・しょうがないな。
やれやれだ。
俺達はゴブリンの村に招待された。
とても貧相な村だ。
まるで家とは呼べない、掘っ立て小屋以下の住居。
そして驚くほどに臭くて汚い。
鼻の利くノンが苦悶の表情を浮かべている。
「じゃあ、まずは全員に名前を付けて俺の加護を与える、いいな?」
「「「ハイ!!!」」」
俺は総勢百二十四名のゴブリンの名づけを始めた。
五十人ぐらいまでは、考えながら行ったが、それ以降は適当になってしまった。
だって飽きてきちゃったんだもん、ごめんよ。
それに思いつかなくなってきちゃったし・・・
なんとか全員の名づけを終えた。
念の為、俺のステータスを確認したが、やっぱり神気は測定不可のままだった。
結局の処、俺の神気の総量っていくつなの?
全く分かりません。
膨大にあるってことなんでしょうね?
恐らく・・・
俺のことはいいとして。
「じゃあまず今後の方向性の話をしよう」
ゴブリン達を整列させた。
全員が片膝をついて俺の言葉を待っている。
あれま壮観。
偉い人になったみたいだ。
ちょっと照れるな。
「まず今から結界を張る」
俺は『結界』を張って『限定』でゴブリンと、島野一家しか行き来できない様にした。
範囲はゴブリンの村を一回り大きくした範囲だ。
ちゃんと要らない者が入り込んでいないか『探索』でチェックはしましたよ。
問題ありませんでした。
「島野様、結界とはなんでしょうか?」
ゴブタロウから質問された。
ゴブタロウは青年といったいで立ちをしている。
たぶんゴブリンの中ではイケメンなんだろう。
引き締まった身体と顔付きをしている。
とても好感が持てるゴブリンだ。
「良い質問だ、結界とはこの村を守る物だ、この村から一回り先に結界を張った、この結界の中には、ゴブリン達と俺達しか潜り抜けることは出来ない。この結界にオークやコボルトは潜り抜けることは出来ない」
「「「おお!」」」
ゴブリン達は慄いていた。
「ということはこの村はもう、搾取されることは無いということでしょうか?」
「ゴブタロウ、そういうことだ」
「やった!」
「なんてことだ!」
「この村は守られた!」
大騒ぎとなっていた。
歓喜し涙する者。
俺に土下座する者。
安堵して途方に暮れる者。
様々な反応を見せていた。
俺は静まるのを待った。
その時間およそ十五分。
「お前達、そろそろいいか?」
俺の呆れ顔に数名は恐縮した顔をしていた。
さて、これはギルにとっていい機会になると俺は考えていた。
争いごとの仲裁だ。
ギルにとっては、今後のテーマともなる事態だ。
どちらに付くことも無く、争いごとを納めなければならない。
従って争いごとが起こった場合、仲間意識が芽生えつつあるゴブリン達の肩を持つことはできない。
ここでギルには良い事例を見せておきたい。
俺には考えがあった。
それを実践し、まずは見せることにしたい。
それを参考にして、今後に生かして欲しいと思う。
「君達、よろしいかな?」
ゴブリン達が押し黙った。
俺の発言を聞き逃さまいと集中している。
「まずは、この村を大改造します!」
「「「おおお!!!」」」
またゴブリン達が騒ぎ出した。
その様を俺は冷ややかに眺めていた。
それを嗅ぎ取ったゴブオタロウやプルゴブが他者を窘める。
「いちいち興奮しない!」
「ごめんなさい」
「すいません」
「だって・・・」
気持ちは全く分からんが、人の話を遮るのはよくありませんよ。
ちゃんと最後まで聞くこと。
これはマナーです。
「まずはこの村の文明を各段に飛躍させます!」
俺は宣言した。
「「「おおおおお!!!!!」」」
さっきの俺の話は何処え・・・
また大興奮が始まった。
もう・・・いいや・・・
好きに騒げ!
やれやれ!
やっちまえ!
俺はてきぱきと指示を与えていった。
まず最初に取り組んだのは掃除だった。
「皆さん、聞いてください。知性を得た君達にはもう分かっていることだとは思いますが、この村は汚いし臭い!」
ガーン!
と衝撃を受けたゴブリン達が数名倒れ込んでいた。
俺は正直に話したまでだ。
「なので、まずはこの村の掃除を開始します。いいですか?」
「「「はい!」」」
俺は適当に箒や塵取りを木材から『加工』で作り、せっせとゴブリン達に手渡していった。
彼らはそれを受け取ると、各々掃除を始めた。
これまでのゴブリンの村は、本当に酷かった。
こう言ってはなんだが、鼻がひん曲がるぐらい臭かった。
ゴンにしれっと『浄化魔法』を俺の周りに使ってくれと言ったぐらいだ。
でなければ、完全にこの匂いにノックダウンされていただろう。
現にそこら辺で糞尿の跡が散見されていた。
知能が低い魔物だったのだからしょうがないとも言えるが、こればかりは放置出来ない。
だってこのままでは、いつ病気にかかっても可笑しくないぐらいに酷かったからだ。
そして知性を得たゴブリン達はそれを恥じていた。
今だからこそ分かる行いだったのだろう。
全員が俯きながらも精一杯掃除を行っていた。
よしよし。
まずは掃除からだ、頑張れ!
村を綺麗にしましょうね。
一通りの掃除を終えて、最初に行ったことはトイレの建設だった。
今後のことを考えて、畑の候補地の側に造っていく。
建設系のこととなるとマークとランドの手を借りたいところだが、そういう訳にもいかない。
今はまだ北半球と南半球の交流を行う段階ではないと、俺は判断したからだ。
あいつらにとっては未知との遭遇だ。
あまりに種族差があり過ぎる。
驚愕することは眼に見えている。
ゴブリン達を率いて、俺はトイレの建設を行っていく。
本当は水洗式にしたかったのだが、プルゴブに川の所在を聞いてみたところ。
「川は随分と離れておりますし、オークたちの生息地に近く、近づかないほうがよろしいかと」
ということだった。
それでも取れる方法はあるが、面倒事は今は避けるべきだろう。
残念ながら半水栓トイレになってしまった。
そこでまずは井戸を掘ることにした。
俺は地面に座り込み『同調』を行う。
大地と同化し、地下水脈を辿る。
地下水脈は直ぐに発見できた為、その箇所の地面を『自然操作』の土で掘り起こしていく。
ものの十メートルほど掘り起こしたところで、地下水源に達した。
その作業を観察していたゴブリン達は、またもや大騒ぎだ。
「井戸がこうも簡単に!」
「これで雨乞いをしなくて済む!」
「水が湧き出ている!」
どうやらこれまでは、雨水を樽に貯め込んで凌いでいたみたいだ。
それはそれで凄いな。
そんな水を飲んだら一発でお腹を壊すんだろうな。
俺は勘弁願いたい。
井戸はポンプ式の組み上げ方式にした。
これで、水を組み上げるのは容易になるだろう。
水を得たゴブリン達は、文明が一段階上がったことになる。
まずは第一歩だ。
更に俺はもう一つ井戸を組み上げていった。
『鑑定』で確認したところ、水質が飲めるレベルにあったが、心元無い為。
一度組み上げた水を浄化するスペースを設けて、そこに『浄化魔法』を付与してある魔石を嵌め込んでおいた。
これで確かな水質の水になったであろう。
水の確保は急務だしね。
一先ず腹が減ったので、飯にすることにした。
まずは木から『加工』を駆使して、大量の木皿と器とフォークを作製した。
『収納』に塩漬けになっているシーサーペントがあるので、これでいいだろう。
『収納』の片付けに打って付けだ。
ゴブリン達がどれだけ食べるのかは分からないが、充分に足りるだろう。
なにせゴンズキッチン一回分だからね。
『収納』から調理道具を一式を取り出し、足りない道具はクルーザーにギルが取りにいった。
俺はギルとエルに手伝って貰い、調理を開始した。
『収納』からシーサーペントを取り出すと、ゴブリン達がどよめいた。
「し、島野様、その巨大な蛇はなんでしょうか?」
プルゴブが目を見開いて尋ねてきた。
「これはシーサーペントっていう海獣だ」
「海獣でございますか?」
「そうだ、海に生息する獣だ」
「おお!そんな生き物がいるのですね?」
「ああ、プリっとした身が美味しいぞ」
「左様でございますか」
プルゴブは下舐めずりをしている。
そうとう腹が減っているみたいだ。
更にお腹を鳴らしていた。
俺はシーサーペントを『分離』で調理していく。
千貫を行い、皮を剥ぎ、骨を取る。
本当は包丁を使って、調理する姿を見せて学ばせたいところだが、今はそれだけの余裕はない。
今はパフォーマンスを優先する時だ。
更に『分離』で身を切り、刺身にする。
ゴブリン達は行儀よく、整列して並んでいる。
ゴンが口酸っぱく行儀を教育していた。
流石は生徒会長兼風紀委員長だ、ゴブリン達の風紀や行儀、作法に関する教育はこいつに任せておけば間違い無いだろう。
寸胴鍋に大量の油を入れ、エルが素揚げを作り出していた。
ギルは刺身を炙って、たたきにしていた。
俺は刺身を配るのをノンに任せて、もう一品作ることにした。
やはり汁物は欲しいだろう。
料理を受け取ったゴブリン達は、涎を垂らしながら俺の方をちらちらと見ていた。
何をやってるんだこいつら?
早く食えよ。
あれ?もしかして・・・
「おい!お前達、早く食べろよ」
「しかし・・・」
「でも・・・」
「いや・・・」
歯切れが悪いな。
俺が口をつけて無いから食べられないのだろう。
ゴンめ、躾が過ぎるんだよ。
俺は刺身を一口食べた。
「お前達!ささっと食え!」
我先にとゴブリン達が食事を開始した。
それにしてもこいつらどれだけ知力が高くなったんだ?
行儀まで身に付いているなんて・・・
いや、これはゴンの教育の賜物だな。
ゴンちゃんやり過ぎです!
ゴブリン達は、
「旨い!」
「こんな美味しいなんて」
「最高だべ!」
と騒いでいる。
たんとお食べ。
まだまだあるよ。
俺は寸胴鍋で味噌汁を作ることにした。
当然シーサーペントの身入りである。
出汁になるだろうと、シーサーペントの頭と骨、尻尾を砕いてから茹でる。
灰汁が出るので、灰汁を取って捨てていく。
出汁が出たら、頭と尻尾、骨を取り出して、シーサーペントの切り身をぶち込む。
『収納』内にある野菜を取り出し『分離』で刻んでいく。
ダイコン、ニンジン、タマネギ等。
そして味噌を加えて味を調えていく。
隠し味で醤油を少々加えていく。
よし、完成。
せっかくなのでノンに味見をさせた。
「主!美味しいよ!」
ノンの太鼓判を頂いた。
味噌汁の味見に関しては、こいつの右に出る者はいない。
器に味噌汁を注ぎ、ゴブリン達に手渡していく。
ゴブリン達は喜び勇んで味噌汁を飲んでいた。
相当口に合ったみたいだ。
何度もお替わりに並んでいる。
もしかして塩分不足だった?
それにしても・・・
よく食う奴らだ。
この調子では今日中にシーサーペントの半分は無くなりそうだ。
ここぞとばかりにむしゃむしゃ食っている。
かなり腹が減っていたのかな?
全員満足そうな顔をしていた。
食いたいだけ食ってくれ!
一通りの食事を終え、俺は作業に戻ることにした。
次に取り掛かったのはテントの建設だ。
一気に家とまではいかない。
まずは雨風を防げればいい。
木から『加工』で大量の糸を造り『合成』でテントを造る。
このテントは大きめの物で、無理やり詰めれば五十人は雑魚寝できるだろう。
骨組みは木材だ。
万能鉱石は使わない。
俺は極力この村の物で取れる物から、工作物を作ることを心掛けることにした。
南半球から参考程度の物は持ってはくるけどね。
その後、大量の糸と木材を造り、後は任せるとゴブコに無茶ぶりをした。
すまんな、俺は他にやることがあるんだ。
完成形を見て学んでくれ、お前なら出来るはずだ。
適当に針等を渡して、簡単な使い方を教えておいた。
ゴブコは女性型のゴブリンで、最も知性の高さを感じさせるゴブリンだった。
容姿も他のゴブリン達よりも抜きに出て可愛い。
ひと際大きな胸が存在感をアピールしている。
ちょっと眼のやり場に困るぐらいだ。
そんなことは置いといて。
俺は畑を造ることにした。
この人数になるとそれなりに大きな畑を造る必要がある。
俺はゴブリン達に指示を出して、まずは雑草を毟らせた。
総勢五十名のゴブリンが、我先にと雑草を毟っている。
皆働けることが嬉しいのだろう。
笑顔で作業を行っている。
誰一人作業を手抜きする者はいない。
知性を兼ね備えたゴブリン達は働き者のようだ。
そして雑草を抜き終えた地面を『自然操作』の土で耕して『万能種』を植えていく。
これは俺にしかできない作業だ。
俺は一つ一つ植えることはせずに『念動』を駆使して、種を一気に植えた。
そうとうズルをしているが、今はそんな事には構ってはいられない。
全ての種を植え終えた俺は『自然操作』で雨を降らせて畑を湿らせていく。
天候を操る俺にゴブリン達は平伏していた。
でしょうね・・・
そしてシーサーペントの骨などの残骸や、初めに纏めた糞等のゴミを『分離』
と『合成』で混ぜ合わせて、畑に『念動』で撒いた。
これは肥料になるだろう。
そして遂にあの上級神からパクった能力を使うことになった。
まさかこの能力を使うことになろうとはな。
使うことは無いと思っていたのだが・・・
「『豊穣の祈り』」
俺は両手を広げて顎を挙げ、それっぽく格好をつけてみた。
すると畑が光輝きだした。
一気に農作物が成長し、ほとんどの農作物が収穫できる状態に育っていた。
その光景にゴブリン達は驚愕し、平伏して俺を拝んでいた。
引いている者もいた。
ハハハ・・・
まあそうなるよね・・・無茶苦茶なことだもんな。
この能力は常識を飛び越え過ぎているからね。
分かるよ・・・上級神の能力だしね。
収穫作業を指示し、俺は備蓄倉庫の建設に入ることにした。
急ぎで仕上げなければならない為、雑な造りになってはいるが、今は収穫物の保管庫が急務の為、仕上げは後日ということにして貰おう。
何とか備蓄倉庫が完成した。
ゴブリン達が収穫物を備蓄倉庫に運んでいる。
時々勝手に収穫物を味見をするゴブリンがいたが、ゴンに見つかっては説教をされていた。
流石は風紀委員長だ。
ゴンの眼を掻い潜ることは不可能に近いだろう。
これでやっと急場は凌げたと言えるだろう。
水と食事を得られたからね。
そして俺はゴブリン達を集めた。
話をしなければならない。
とても大事な話しだ。
ゴブリン達は片膝をついて俺の言葉を待っている。
それにしてもちょっと躾過ぎじゃないですか?ゴンちゃん。
ゴンはドヤ顔でゴブリン達を眺めていた。
まあいいや。
俺もこの光景に慣れないといけないみたいだ。
「諸君顔を上げてくれ、そして寛いでくれ」
そう言うと、ゴブリン達は顔を上げ、座り込みだした。
ゴンが眼を皿のようにしてゴブリン達を観察している。
無礼な態度を取った奴は許さんぞ、といった感じだ。
ゴンよ・・・ちょっとは抑えてくれよ・・・
やり過ぎはいけませんよ。
「一先ずはこれで急場は凌げたと思う、どうだろうか?」
俺の問いにゴブリン達が答える。
「充分過ぎます!」
「ありがとうございます!」
「愛してます!」
要らん発言もあったが、それは無視して、肯定的な反応だった。
よしよし。
「お前達、俺の話を良く聞いて欲しい」
「「「は!!!」」」
大合唱が返ってきた。
軍隊かよ!
「お前達は俺の加護によって、急激に知力を得た。そのことでまだ戸惑う者もいるのかもしれない」
ゴブリン達が集中して話を聞いている。
全員の視線が俺に集まっている。
「そして今日、最低限の文明を手に入れた」
「・・・」
全員が頷いている。
「大事なのはここからだ、お前達分かるか?」
ほとんどのゴブリンが首を傾げていた。
「要は、お前達は賢くなってしまった。それはオークやコボルトでは、もうお前達に太刀打ちできなくなったということだ」
ゴブリン達は戸惑っている。
騒めきが止まらない。
「本当でしょうか?」
「しかし・・・」
「でも・・・」
俺は手を挙げて制した。
「いいか、知力は最強の武器だ。よく考えてくれ。ゴブタロウ、お前ならどうやってオークを退治する?」
ゴブタロウが姿勢を正して答える。
「は!俺ならば、ゴン様から教えて貰った水魔法を使って地面を泥濘にし、足が止まったところで仕留めます」
いい方法だな。
にしてもゴンは魔法まで教えていたのか・・・
でゴブタロウは直ぐに習得したのか?
知性を得たゴブリンは魔法の適正もありそうだな。
いいじゃないか。
ていうか進化が凄すぎないか?
「ゴブオクンならどうする?」
「おでは一人ではできないから、三人で三角状に囲んで、おでが引き付けている間に仲間に背後から仕留めてもらうだべ」
なるほどとゴブリン達が聞き及んでいる。
妥当な戦略だな。
「どうだ?分かるだろ?お前達は強くなったんだ。もうオークやコボルトに引けは取らないだろう。そこで俺から守って欲しい重要な話がある」
ゴブリン達は息を飲んで俺の言葉を待っている。
「これからは他者や他種族を見下さないで欲しい、そして許す心を持って欲しい」
「・・・」
ゴブリン達はなんとも言えない顔をしている。
意味は理解しているみたいだ。
「これまでお前達は迫害され、搾取されてきた。奪われるばかりの人生だったかもしれない。それでもそれを行ってきた者達すらも許す、そんな大らかな心を持って欲しい・・・これは俺の望みでもある」
難しことだとは思うが、出来ればそうして欲しい。
復讐の連鎖だけは認められない。
力を得た今だからこそ、この話をする意味がある。
「思う処はあるだろう。もしかしたらこれまでに大事な存在を手に掛けられた者もいるかもしれない、自分にとっては許せない何かがあるのかもしれない。どうしても気持ちを抑えられない時は、俺に相談しにきてくれないか?どうだろうか?」
数名のゴブリンは俯いていた。
「・・・」
「もしこの俺の提案を受け入れてくれるのなら、これを受け取って欲しい」
俺は『収納』からワインを取り出した。
ゴブリン全員の視線がワインに向かう。
「主、盃を受け取れということですね」
ゴンが要約してくれた。
その通りだ、誓いの儀式を行いたい。
「そういうことだ。そしてもし、俺の盃を受け取って、それを蔑ろにした者には神罰が降ることになるだろう」
「「「おお!!!」」」
ゴブリン達が慄いる。
ほんとに神罰が降るかどうかは俺には分からない。
でも何となくそうなる様な気がする。
この場合の神罰は、俺の加護が無くなるということだ。
わざわざ盃で誓わなくとも、そう出来ることも実は直感的に感じている。
俺の意に背いた時点で、俺の加護を剥奪できるのだと・・・
でもこういう体裁は必要だと俺は考えている。
こうすることで、こいつらの意思を確認したい。
各自思う処はあるはずだからだ。
それに覚悟を固めて貰いたい。
ちゃんと俺の口から話しておきたかったのだ。
プルゴブが立ち上がった。
「島野様、我ら誰一人掛けることなく、あなた様の意に従いましょう!」
「「「「「は!!!」」」」」
ゴブリン達は再び片膝をついて俺に頭を下げた。
こいつら・・・
聞き分け良すぎじゃないか?
まあいいか?
ならば俺も覚悟を決めよう。
やってやろうじゃないか!
「ではお前達、先ほど配った器を持参してきてくれ」
俺はゴブリン達全員の器に、ワインを注ぎ周った。
全員が頭を垂れていた。
俺は宣言した。
「今日の良き日に、誓いを交わそう。乾杯!」
「「「「「乾杯!!!」」」」」
大歓声と拍手が入り乱れた。
ゴブリン達は一気にワインを煽り、全員が器をひっくり返して、全部飲んだとアピールしていた。
それに答えて俺も器を逆さにして見せた。
そして一斉に器を地に投げつけた。
ゴリ!パリ!グリ!
と器が破損する音が響き渡った。
誓いの儀はこれにて終了した。
ゴブリン達は眼を輝かせていた。
中には泣き出す者までいた。
大笑いをする者、拳を握りしめる者。
各々が心の中で何かを誓っていた。
島野一家の面々はこれを感極まる想いで眺めていた。
ノンはにやけて、ゴンは眼光鋭く、エルは歯茎を剥き出しに、ギルは顎を挙げて腰に手を当てていた。
こうしてゴブリンの街の初日は終了した。
何ともヘビーな一日だった。
その後俺達は、転移扉を使ってサウナ島に帰ることにした。
サウナ島に帰るとマークとランド、ロンメルが迎え入れてくれた。
サウナ島に帰ってくるとどっと疲れが押し寄せてきた。
それにしても本当に疲れた。
「島野さん、お疲れ様です」
そう言うとマークはおしぼりを手渡してくれた。
「おお、サンキューな」
おしぼりで手を拭い、思わず顔を拭いてしまった。
あまり褒められたことでは無いかもしれないが・・・
あー、気持ちいい・・・
「北半球はどうでしたか?」
「ああ、またゆっくり話すよ。まずは風呂に入って、サウナに入りたいな」
これ以外言えることは無かった。
「そうですか、楽しみにしてます」
「すまんな」
俺達は連れ立ってスーパー銭湯に向かうことにした。
風呂に浸かり、サウナに入る。
今日の整いは深いものだった。
俺は明日からの事に想いを馳せていた。
さて、どうしたものか・・・
やることは満載だ。
やれやれだな。