俺はオリビアさん、アンジェリっち、マリアさん、アースラ様に社長室に来て貰うことにした。
俺の隣にはギルとゴンが控えている。
既に飲み物は配られている。
各自好きな飲み物を飲んでいる。
俺はいつものアイスコーヒーだ。

美容室アンジェリは、今日は定休日だ。
彼女とじっくり話をしようと思うと、定休日を選ぶしかない。
このメンバーに心当たりがあるのだろう。
オリビアさんを始め、マリアさんも緊張しているのが分かる。
明らかにいつもの遠慮無さを感じない。
それに押し黙っている。
普段ではあり得ない姿だ。
常にこうあって欲しいものだ。

女神達が俺の前にあるソファーに座っている。
一人は・・・女神では無いな、女装をしたおっさんだ。
今日もバッチリ決め込んでいる。

まあそんなことはいいとして。
これまでは北半球の戦争の話を、切り出すまで待つ気でいたが、乗り込む準備がほとんど整った今となっては、もう待つ気にはなれない。
いい加減話して貰わないと話にならない。
時間が迫っているということだ。

それに俺は良くても、ギルが待てる訳がない。
ギルがどれだけエリスのことを想っていることやら。
北半球に乗り込むことが決定してからというもの、ギルの表情は硬い。
何かを決心したような、そんな趣きを感じる。
ギルらしくも無く、常に何かを考えているのが分かる。

ゴンはついでとばかりに同席している。
こいつも何かを感じ取ったのだろう、重要な局面であることを本能的に理解しているみたいだ。
聖獣の直感は馬鹿に出来ない。
こいつらの本能は本物だ。

これまでの彼女達との会話のやり取りや態度など、断片的ではあるが、俺の記憶の中に有る、百年前に起きたと言われている北半球での戦争について、何かしら知っていそうな者達を集めた結果がこれだ。

アースラ様に関しては、立場上話せない事があるかもしれない、とも詮索したのだが、同席をお願いすることにした。
もしかしたら色々と話してくれるかもしれない。

ここはまず俺から口火を切る必要があるだろう。
俺から話し始めることにした。

「皆さん、お時間を作って頂きありがとうございます」
返事すること無く、参席者達は会釈を行っていた。
緊張感は続いている。

「たぶん噂話などで、お聞きになっているかもしれませんが、改めて俺の方からお話しさせていただきます」
何故か俺達の北半球行きは噂になっていた。
別に構わない事なのだが、何を勘違いしたのか分からない商人から、同行させてくれと言われた時には首を傾げてしまった。

噂がどんなものになっているのかは知らないが、販路を求めて北半球に乗り込むのではない。
いい加減にして欲しい。
お呼びでは無いのだ。
商人には早々に退散して貰った。
身の程を弁えて欲しい。

「俺達は近々、北半球に乗り込みます」
俺は宣言した。

「そうなのね・・・」

「やっぱり・・・」
オリビアさんとアンジェリっちが、声を漏らしていた。

「そこで、北半球の事情を知っていそうな方々に集まって貰いました。それも百年前に起こった戦争についてです」
マリアさんが口を挟む。

「守ちゃん、あの戦争は百年前のことよ。知る必要があるのかしら?」
あるに決まっている。
エリスの生死が掛かっているのだから。

「マリアさん、大いにありますよ。これまでは俺は話を打ち明けられるのを待っていました。ギルにしてもそうです。でももう待てません」
ギルが顔を上げて全員に聞いた。

「エリスは・・・ドラゴンのエリスは・・・生きているの?」
その声はとてもか細く、懇願しているようにも聞こえた。
まるで生きていてくれとの願いも含んでいるようだった。
振り絞って放ったギルの一声は、この場の空気を変えていた。
重く空気が圧し掛かってくるのが分かる。

「ギルよ、エリスは生きておるぞ」
アースラ様が断言した。
まさかアースラ様が答えてくれるとは・・・
アースラ様に同席して貰ってよかった。

「ほんとですか?!」
ギルは必死だ。
叫ぶ様に尋ねていた。

「余は嘘はつかぬ、安心せい。エリスは生きておるよ」
ギルの表情は瞬く間に変わった。
歓喜と安堵が入り混じった顔をしている。
今にも泣きだしそうだ。

「うう・・・良かった・・・」
オリビアさんが泣きだてしまった。
オリビアさんの肩を抱くマリアさん。
マリアさんとゴンは貰い泣きしていた。
それを見て、ギルも静かに涙していた。
アンジェリっちは上を向いて、涙を堪えていた。
アースラ様は静かに皆を見守っていた。
俺は思わず拳を握りしめていた。
全員がエリスの存命に安堵していたのだった。
本当によかった。
重たい空気が晴れやかな空気に変わっていた。

間を置くと、やっとオリビアさんが落ち着きを取り戻した。
「オリビアさん、教えて貰えますね?」

俺の問いに、決心した表情のオリビアさんが深く頷いた。
エリスの存命が影響したのかもしれない。
やっと話してくれるみたいだ。
百年前に起こった北半球の戦争が遂に詳らかになる。

「守さん、ギル君・・・これまで話せなくてごめんね・・・怖かったのよ、私。今でも思い出したくない、大失敗したのよ、私・・・」
大失敗?
ここは口を挟むべきではないな・・・
彼女の発言を待とう。

「私はエルフの村の出身よ、それは知っていると思うけど、エルフの村では成人すると、村の為に何が出来るかを選択する風習があるのね」
そうなんだ・・・でもある意味日本でも同じだよな。
成人して、学業を終えると就職を迫られる現実がある。
中には起業する者などもいるが、極めて一部だ。
こうして社会の枠に捕らわれていくことになる。
どの世界でも一緒だな。
働かなければ食べてはいけない。
ある意味の弱肉強食だ。

「そこで私は、村の為に何かをするという事を選択できなかったの」

「そうだったわね」
アンジェリっちが口を添える。

「それはお姉ちゃんも一緒でしょ?」

「まあね、今は私のことはいいでしょ、ほら?」
アンジェリっちは、顎で話の催促をしていた。

「ああ、ごめんなさい。それで私は旅に出ることにしたの、これでも狩りぐらいなら出来るんだからね」
オリビアさんは力瘤を見せていた。
へえー、そうなんだ。
ちょっと意外。
オリビアさんに狩りができるとはな。
どうやらエルフは身体能力が高い種族みたいだ。

「それでいろいろな街を転々として、私はある人に出会ったの」

「ある人って?」
今度はマリアさんが話を促す。

「それはね吟遊詩人のサマンサ、老齢の女性よ。偶然に入った酒場の片隅で、彼女は歌を歌っていたわ。彼女の歌は凄かった。これまでにも吟遊詩人に出くわしたことはあったけど、彼女の歌は全く違った。心と魂が揺さぶられたわ。とても老齢の女性が歌い上げる歌とは思えないぐらいのパワーがあって、一気にその世界観と迫力に私は魅了されたわ。まるで命を削るかのような彼女の歌に、私は心を鷲掴みにされたの」

「吟遊詩人サマンサ・・・」
マリアさんが呟いた。

「私は思った、否、全身で感じたの、私は吟遊詩人になるべきだってね・・・」

「・・・」

「そして、私はサマンサに弟子入りしたの、始めは取り合ってくれなかったけど、何度も何度も彼女の元に足を運んだわ」
弟子入りの登竜門だな。
本気を試されたんだろう。
弟子入りとはどこの世界でもこんなものなのだろう。

「そして根負けした彼女から、やっと弟子入りの許可が得られたわ。凄く嬉しかった、私は人生が変わったのを感じたわ」
オリビアさんは当時を思い出しているのだろう、笑顔になっている。

「それからは毎日毎日、彼女から歌を教わり、楽器を習う日々が過ぎ去っていったわ、とても楽しかった、これは本当に修業なのか?と思えるぐらい毎日が楽しかった。そして私も気が付いたら、一端の吟遊詩人になっていたわ。サマンサとの暮らしは本当に楽しい日々だった」
オリビアさんは遠い眼をしていた。

「そしてサマンサと別れる時が訪れたの、彼女は言ったわ、オリビア、もうお前に教えることはない。お前には人を幸せにする力がある。世界を周って、人々を笑顔にしなさい。ってね」
オリビアさんは少し寂しそうな顔をしていた。
サマンサとの別れが辛いものだったのだろう。

「彼女との別れは辛かった、老齢の彼女は、日に日に身体が弱っていくのが分かっていたし、できれば彼女の命の灯が消えるまで、彼女の側にいたかった。でも彼女はそれを許さなかった。たぶん彼女のプライドが許さなかったのかもしれない。彼女は勝気な性格をしていたしね。人間である彼女の寿命は短い、私に出来ることは、彼女から教わった歌を皆に届けるだけだった。そして私は彼女の元を去ることにしたのよ」

「その後サマンサはどうなったの?」
ギルが思わず尋ねていた。
その気持ちは分かる、俺も気になっていた。

「彼女とは・・・再会することは叶わなかったわ。その後、音楽の神になった私は彼女を訪れたけど、もうそこには彼女は居なかった。彼女のことを詳しく知る人に聞いたところ、私が彼女の元を離れてからわずか半年後に、彼女は息を引き取ったということだったわ。でもね、彼女はこう言ってくれていたらしいのよ、人生の最後に神に成る素質を持った歌い手を、弟子にすることが出来た。私の魂の歌は永遠になったとね。だから彼女は私の歌の中に生き続けているのよ」
オリビアさんの神になったルーツが、オリビアさんの音楽のルーツが語られた。

それはとても感動的な物だった。
子弟関係を理解するには、あまりにも分かり易かった。
神の素質を持ったエルフの女性を育て上げた、老齢の人間の女性。
寿命が違えば、こうはいかなかったのかもしれない。
偶然のようで必然の出会いであったのだろう。
この出会いが、オリビアさんを作り上げたと言える。
この二人は、ソウルメイトであると俺には思えた。
それぐらいの深い繋がりを、俺はオリビアさんの話から感じたのだった。

「そして、私は流浪の神として各地を転々とした。そして久々にエルフの村に帰ってきたら、お姉ちゃんが帰ってきていて、お姉ちゃんが美容の神になっていたから、ビックリしたわよ」
そうだったのか・・・

「そうだったわね、私も驚いたわよ。あんたが音楽の神になっていたからね」
アンジェリっちも何かしらの出会いや修業を得て、神になったのだろう。
この場では語られないのが残念でならない。
今度じっくり聞いてみよう。
とても興味がある。

「そして私は旅を続けた、何年も何年もかけて人々に歌を届け続けたわ。そんなある日、北半球に向かう船団があることを私は知ったの。あれは確かボイルの街から離れた港だったと思うわ。その船団には旅芸人の一団が乗っていたの、そして私は声を掛けて同行させて貰うことにしたの。その頃には私も、それなりに音楽の神として名を馳せていたから、あっさりと受け入れて貰えたわ」
そして北半球に向かったということだな。

「船旅はとても厳しいものだった、でも旅芸人達が居たから楽しくもあったわ、そしてエリスに出会うことになったのよ」
オリビアさんはギルを見据えていた。
ギルは息を飲んでいる。

「船旅を続けていたある日、大空に舞うドラゴンを見つけたの、そしておーい!って手を振っていたら、ドラゴンが急降下を始めたの、ビックリしたわよ。別に呼び込んだつもりは無かったのにね」
オリビアさんはおちゃらけていた。

「そして、急降下してきたドラゴンが人化して、船に乗り込んで来たの。心臓が止まるかと思ったわよ」
ギルは楽しそうに話を聞いている。

「エリスらしい登場のしかたじゃな」
アースラ様が言った、どうやらアースラ様は、エリスの人と成りを知っているみたいだ。
だろうなとは思っていたが・・・
どうして知っているのだろうか?
今後の話に期待だ。

「エリスは開口一番、ちょっと休ませてくれといって、座り込んでしまったのよ。皆な唖然としていたわ。その後、水をくれーだの、食い物があったら分けてくれーって、喚いていたわ」
エリスは天真爛漫な性格のようだ。
ギルが少し笑っているように見えた。
エリスの人柄が分かって嬉しいのだろう、俺は微笑ましく見守ることにした。

「そして、落ち着いたエリスは、あろうことか、船を引き返した方がいいって言いだしたのよ。船内の動揺はすさまじかったわ」

「何で・・・」
ギルが呟いていた。

「いきなりドラゴンが現れて、南半球に引き返せだなんて、なんの冗談なのよ?って思ったわ。でもエリスから衝撃の一言が告げられたのよ・・・それは北半球では戦争が始まっている、巻き込まれるぞ。というものだったの・・・」
ゴンが唾を飲み込んでいる音がした。
相当話に熱中しているみたいだ。
ギルも眼つきが変わっていた。

「そして、私は音楽の神であることと、歌を聞いた者達の気分を変える能力があることをエリスに告げて、彼女と一緒に北半球に向かうことにしたの。船団は南半球に引き返すことを余儀なくされたわ」
そりゃそうだろう。
誰も戦地に行きたいなんて思わない。
それも旅芸人が戦地で出来ることなんて、何もないだろう。
下手すりゃ死んでしまうことになりかねない。

「最初はエリスも私に懐疑的だったけど、一曲私の歌を聞かせたら信じてくれたわ。それに私も戦争を止められると自信に満ちていたの」
俺は敢えて聞かなければならないことがあった。
これは聞かざるを得ない。

「オリビアさん、話の腰を折ってしまいますが、そもそも神が人の争いに手を出してもいいのですか?」
この際だから神様のルールをちゃんと知っておきたい。
俺も半分は神様だからな。
知らぬ間にルール違反をしていた、っていうのは避けたい。
まだ半分だからと、いい訳出来るかもしれないけど・・・
そんなに甘くはないだろう。

「それは余が答えよう」
アースラ様が答えてくれるようだ。
聞かせて頂きます。

「まず神のルールとして、人の争いに加担することは出来ぬ」
でしょうね。
でないと世界の均衡が保てない。
神が直接善悪を決めてしまっては、人類の発展は望めない。
人類が自らの考えを持たなくなる危険性を帯びている。
人にとって神は殿上人に等しい。
神のジャッジが世界のルールになりうるだろう。
制限があって当たり前だろう。

「じゃがドラゴンは別じゃ、人の争いを止めることが許されておる。ドラゴンは平和の象徴じゃからな」
だからエリスは戦地に向かったと・・・
ということは、ギルも人の争いを止めることが出来るということだな。
そんなことは起きてほしくないが・・・
ギルに出来るのだろうか?
俺は全力で力を貸すがね。
例え神のルールに抵触してもね。

「じゃが、ここで間違ってはいけないのは、片方に加担することはできぬということじゃ。あくまで仲裁、又は争い自体を止めることまでじゃ」
なるほど、一国に肩入れすることは許されないということだな。
それはよく分かるが・・・
そうなると何かと制限されてしまうよな。
戦争の仲裁って、いざ戦争が始まってしまったら、出来ることはあるのだろうか?
争いを止めるって・・・
なかなか難しいぞ。
戦争が起こらない様にすることが大事だな。
それ以外に何が出来るだろうか・・・
ここは考えておかないといないな。
今後も決して戦争が無いとは言えないからな。

「そして今回のオリビアの件じゃが、なんとかギリギリセーフじゃ」

「セーフなんですか?」

「それはドラゴンと一緒で、片方に肩入れしてないという事と、オリビアの権能による処じゃな」

「そういうことですね、万人に向けた権能だから通用すると・・・」
ほんとにギリギリセーフだな。
ちょっとこじ付けにも思えるのだが・・・まあいいか。
上級神が言っているのだから、よしとしておこう。
俺が口を挟ところではないな。

「その通りじゃ、でもあくまでギリギリじゃぞ。現に余は・・・まあよい」
何か含みがあったが、話を戻そう。
神様のルールの一部はこれで把握できた。
とても重要なことだ。

「すいません、オリビアさん続けてください」
ギルは複雑な顔をしていた。
自分ならどうやって戦争を止めれるのか?を考えているのだろう。
ギルならそう考えるはずだ。
制限がある中での仲裁だ、これはなかなか一筋縄ではいかないだろう。
どうしたものか・・・

「話を続けるわね、私はエリスの背に乗って、北半球を目指すことになったのよ。エリスとの旅は楽しかったわ。彼女は豪快で物怖じしない性格よ、私とはとてもウマが合ったわ。それに彼女はとても強かった。ジャイアントイーグルをブレスでやっつけていたわ。そうそう、そういえばこんなことがあったの」
ギルは話に集中していた。
ちゃんと切り替えが出来ているみたいだ。

「休憩しようと、小さな島に降りたらね。エリスが凄い音を立ててお腹を鳴らしていたの。エリスは恥ずかしかったのか、ちょっと行ってくると言って、何処かに行ってしまったと思ったら。たくさんの魚を抱えてきてね。豪快にブレスで焼いていたのよ。もうちゃんと料理しなさいよ、って私は笑ったわ。あの焼き魚は考えられないぐらいに不味かったわ。炭化してるし、生焼けだしね。でもとても楽しかった。そんな彼女を私は大好きになったわ」
エリスはなかなか豪快な人らしい。
魚をブレスで焼いてはいけません。
それは料理ではありませんよ。
エリスに早く会ってみたいものだ。

「そして私達は遂に北半球に降り立ったわ、多少旅の疲れがあったけど、そんなことは構っていられない。戦地は何処かと聞いて周ったわ。そして戦地を突き止めた私達は、戦地に急行することにしたの」

「オリビアさん、因みにその戦争の原因とか、国名は知っていますか?」
これがまず一番知りたいところだ。

「戦争の原因は知らないわ、国の名前は確か、オーフェルン国とサリファス国だったはうね」
国名だけしか知らないか・・・
オーフェルン国とサリファス国ね、覚えたぞ。

「ありがとう」
戦争の原因を一番知りたかったが・・・しょうがないよな。
原因が分かれば対処は可能かと思うのだが・・・でも戦争だよな。
領土拡大とか単純なものであれば、いくらでも案はありそうだ。
一番厄介なのは累々と連なる恨みの連鎖だ。
断ち切ることは容易ではないだろう。
殺られたから殺り返す。
これが最も根深い。
復讐の連鎖は留まることを知らない。

「戦地は酷い状況だった。大地は焼かれ、人々の叫び声や金切声、武具のぶつかる音や、凄惨な音で戦場は埋め尽くされていたわ。数々の人が倒れ、命を失っていた。これまでに聞いたことが無い音に戦場は支配されていたわ」
音で例えるとは流石は音楽の神だな。
とても分かりやすい。

「戦場の上空に私達は位置どって、私は全力で歌ったわ。魂を込めて、想いを乗せて、この戦場にいる全員に聞こえる様に歌ったわ・・・エリスは拡声魔法を持っていたから魔法を掛けて貰ったわ・・・でも・・・私の声は届かなかった。何故なのかは分からない。確実に歌は聞こえていたはずなのに・・・なのに戦士達は止まらなかったのよ・・・私は大失敗してしまったのよ・・・」
能力が効かなかった?何故だ?
俺みたいに耐性が付いていた?
それはあり得ない。
オリビアさんが北半球に現れたのはこれが始めてだ。
耐性を持っている訳がない。
どういうことだ?
オリビアさんの能力は折紙付きだ。
戦場の音にかき消された?
でもオリビアさんの声は何処でも通る声し、拡声魔法も使っていた。
聞こえない訳がない。
耳栓なんてあり得ない。
根本的な何かが違う気がする。

「そしてエリスも、困惑していたわ。彼女が牽制でブレスを吐いても、戦士達は気にも留めていなかったのよ」
普通じゃないな・・・
ドラゴンのブレスが脇を掠めたら、飛び退くに決まっている。
あり得ないことだ。
これはもしかして・・・

「それに何か変だったのよ、争う人々の眼が異常に感じたわ。あんな眼をした人を私は見たことがないわ、異常だった。まるで自分の意思で戦っていない様な・・・それでも私は止まれない・・・全力で歌い続けたわ、エリスも牽制を続けた。でも戦争は止まらなかった・・・」
もしかして洗脳か?
それ以外考えられないぞ。
ということは誰かが糸を引いている?
洗脳の魔法?
まさか神の能力の洗脳?
断定はできないが・・・
第三者の意図を感じる・・・
これはただの戦争では無いな。
謎が深まってしまった・・・

「気が付くと、戦場は砂塵が舞う状況でまったく視界が遮られていたわ。そしてそこに極大の火魔法が放たれたの・・・どちらから放たれたかは、私には分からない、何であんなにも大きな爆発になったのか・・・」
粉塵爆発だな、この世界の人達には無い知識だ。
その威力は測り知れないだろう。
辺り一帯を巻き込んだことは間違いない。
相当な被害が出ただろう。
オリビアさんはよく無事だったな。

「そして私達は爆発に巻き込まれて、地面に打ち付けられてしまったの、それも戦場のど真ん中に・・・私の記憶は・・・ここで終わっているの。その後気が付くとアースラ様が、私を介抱してくれていたわ。それもメルラドでね、私はアースラ様に助けて貰って・・・うっうっ・・・」
とオリビアさんは泣きだしてしまった。
忸怩たる思いなのだろう。
あのオリビアさんが拳を握りしめている。

「オリビアや、もうよいのじゃ、気にするでないわ」
とアースラ様はオリビアさんを宥めている。
背中を擦られているオリビアさんは、涙を隠そうともしない。

「だってその所為でアースラ様は・・・神界から百年間出られなくなったじゃないですか?私の所為で・・・」
そういうことか・・・だからアイリスさんが枯れてしまった時に、アースラ様は来れなかったんだな。
百年経った今、アイリスさんの所にしょっちゅう訪れるのは、懺悔の気持ちもあるのかもしれないな。
アースラ様がオリビアさんを助けることは、神様のルールに抵触してしまう行為だったみたいだ。

たぶん直接的に他者の命を助ける行為は禁忌なんだろう。
でも慈悲深いアースラ様は手を出してしまったと・・・
ある意味無慈悲なルールだ。
そう想う俺はまだ神に成り切れていないということなんだろう。
でもそう想ってしまう。
しょうがないじゃないか。
だって今目の前で命の危険がある人がいたら、俺は間違いなく手を出してしまうと思う。
たぶん反射的に手がでるだろう。
俺は資質があるとはいっても、神に向かない性格なのかもしれないな。
恐らく禁忌に抵触しまくるのではないだろうか?
これは神罰という事で合っているのだろうか?
神のルールにアースラ様は、抵触してしまったということなんだな。

「それで、エリスとはそれっきりということなんですね」

「そうよ・・・」
これが百年前の戦争の顛末か・・・
オリビアさんにとっては、トラウマとなる出来事だったのかもしれない。
でもいくつか疑問が生じてしまったことも事実だ。
これより先の疑問は、恐らく今は知りえない事なのだろう。
第三者の意図・・・
洗脳の有無・・・
戦争の原因等・・・
疑問は後を絶たない。
この世界の神様のルール。
知りえた情報はとても貴重だ。
でも、これはあくまで百年前の話だ。
北半球の今は、どうなっているのかは全くもって謎だ。
それになにより、エリスの存命が確認できたことが大きい。
この場にいる全員が、肩を撫で降ろしたことは間違いない。
なりよりギルに笑顔が戻ったのが俺には嬉しい。
あとはエリスを早く探し出すことだ。

「アースラ様、エリスは今何処にいるのか教えてもらえますか?」

「それは出来ぬ相談じゃ、答えてしまったら、また何年禁固刑になることやら、すまぬな島野よ」

「でも、アリスを助けたのはアースラ様なんですよね?」

「・・・答えられぬ・・・」
アースラ様は無表情だった。
またあのポーカーフェイスだ。
残念ながら教えては貰えなかった。
何かしらの神様のルールの制約に引っかかるみたいだ。
しょうがないか・・・

でもどうやって探そうか?
やはり乗り込むしか無いようだ。
こうなったら俺も腹を決めるしか無いようだ。
エリス・・・絶対に探し出してやる。
そしてギルと再会させてやる。
絶対にだ!
俺は決意を固めた。

俺の息子の母親であろうドラゴン・・・
必ず会いに行くぞ、エリス。
待っててくれよ。
ギルと視線を合わせると、同じ思いであることが分かった。
俺はギルの肩を抱いた。
思いの外ギルが大きくなっていることに気づいた。
もう大人と言ってもいいのかもしれない。
俺は少しだけ寂しさを覚えた。
俺の手を離れる日も近いのかもしれない。
ドラゴンの成長は・・・ほんとに早いな・・・



戦争の様子を小高い山の麓から見つめる一団がいた。
一様に黒の外套を羽織り、フードを目深に被っている。
その表情を伺い知ることはできない。
不気味な雰囲気を漂わせていた。

「ドラゴンを始末することは叶わなかったようだな」
地を揺らすような低く響く声だった。

「あのような女神の介入があろうとは」

「でも念の為の保険が上手く嵌ったようね」
甲高い声が発せられた。
上機嫌なようにも聞こえる。

「まさか上級神が介入してくるとは、想定外じゃったわい」

「これで上級神には神罰が降るだろう」

「ドラゴンも始末はできなかったがあの有様だ、もうあのドラゴンは飛ぶことは叶うまいて」

「当面の活動には邪魔者がいなくなっただけでも、我らの目的は達成されたと言える」

「ああ、重畳だ」

「フフフ」

「フハハハ!!!」
不気味な声が木霊していた。