遂にサウナビレッジの予約受付が始まった。
早くも長蛇の列が並んでいる。
その数なんと五百名弱・・・
皆な、どんだけサウナが好きなんだか・・・
嬉しい・・・
ああ!最高だ!
こんなに多くの者達、がサウナを愛してくれているのか・・・
この光景を見るだけで、もはや整いそうだ。
スーパー銭湯で見かける者達が多く、その中にはよく話し掛けてくるお客達も、ちらほらいた。

「島野さん、遂にやりましたね。この時を待ってましたよ!」

「サウナに特化した施設とは、行かない訳にはいかないでしょ!」

「流石はサウナの神様だ。ワクワクしかないですね!」
と期待値は高いようだ。
俺はその光景を飽きずに見ていたいが、そうとも言ってはいられない。
予約受付が大渋滞となっていた為、俺は受付を手伝うことにした。
受付を手伝っていると、ここでも様々な人達に声を掛けられた。

「予約出来て良かったです!」

「三時間待った甲斐がありました!」

「早く予約日が早くこないかな?」
と待ち詫びる声が多かった。
朝から始めた予約受付だが、夕方になるまで対応は続いた。
その後もちらほらと、予約に訪れる人達は続いたが、手伝うほどでは無くなった為、俺は一度事務所に帰ることにした。



事務所に戻ると、やっと一息つくことができた。
ゴンに入れて貰ったアイスコーヒーを飲んでいる。
そういえば、昼飯を食べてなかったな。
急にお腹が減ってきた。
今日は風呂前に飯にしよう。

それにしても、サウナビレッジは大好評のようだ。
多少の不安があったが、要らない世話だったようだ。
あそこまで喜んでもらえるとは、正直思っていなかった。
だがまだまだこれからも、ブラッシュアップを行っていかなければいけない。
今後のアンケートも読みごたえがありそうだ。

遂に明日はサウナビレッジのグランドオープンだ。
スーパー銭湯の時とは違って、セレモニーは行わないし、五郎さん達にも、花などは要らないからと遠慮気味に伝えてある。
明日は流石に、現場に入ってみることにしようと思う。
流石にそこに駄目だしを行う者はいないだろう。
その後は現場に任せることにするつもりだ。
サウナビレッジに関しては、ヘルプやアドバイスを求められない限り、俺は客として見守ろうと思っている。
まあ、マークなら問題なくやってくれるだろう。
あいつに任せておけば、大丈夫だろう。



サウナビレッジオープン初日。
オープンを前に予約のお客が並んでいた。
まだオープン一時間前なのに・・・
予約の意味ある?

近づいていくと、
「待ちきれなくて、並んじゃいました!」

「いても経ってもいられなくて」

「ちゃんと時間まで待ってますから、気にしないでください」
と声を掛けられた。
気持ちは分かるが・・・
気にしない訳にはいかないでしょうが・・・
中に入るとさっそく従業員がオープンに向けて、準備を開始していた。

受付に入っていくと、マークから。
「どうします?開けます?」
と案の定、相談された。

「いや、時間まで待ってもらおう。そうじゃないと予約の意味が無くなるし。早くこれば長い時間居れると、勘違いされても困るからな」

「そうですよね」

「でも、お茶ぐらいは出してやろう。せっかく楽しみにしてくれているんだからな」

「そうですね、そうします」
とマークは厨房に入っていった。
俺もそれを手伝うことにした。
オープン待ちの客は、喜んでお茶を飲んでいた。
これぐらいはしてあげてもいいだろう。

俺は施設内を見回ることにした。
サウナの中にも入ってみる。
サウナ室内には既に火が入っており、温度も上がってきている。
実は全てのサウナと、水風呂や外気浴場の至る所に、想像神様の小さな石像が飾ってある。
大きさは親指ぐらいの小さなフィギュアだ。
それがどうにも可愛いと従業員や、これまで訪れた神様ズからは好評だ。
中には動きを付けた、フィギュアや顔を大きくした二頭身人形のような物まである。

マークからは、
「いっそのこと販売してみればいいじゃないですか?」
と言われたが、想像神様を販売するのはどうかと思い、止めておいた。

もしかしたら神気減少問題に役立つかも?とも思ったが・・・流石にねえ。
そこで、俺は不定期にというより、俺の気まぐれでサウナビレッジに予約をしてくれた人達に、フィギュアを差し上げるとこにした。
既に差し上げる用に作った百体は、無くなっている。
フィギュアを作るのは簡単なので、大きめの石を集めて来ては、気が向いた時に造ろうと思っている。
これは俺の趣味だな、神気減少問題に役立つかはよく分からないので、積極的に造ろうとは考えてはいない。
気が向いた時に造ろうと思う。

次に水風呂を見て周った。
水風呂に手を入れてみる。
これは良い温度だ、おそらく十四度ぐらいだろうか?
最も整いを得やすいと言われている温度だ。
だがここは温度管理を行っていない水風呂だ。
入水時間によっては、温度は上下する。
これがまた良いと俺は思っている。
川から浄水池を経て、ダイレクトに引き込んでいる水だ。
川の水と言ってもいい水だ。
川の水の水風呂とは、贅沢な水風呂だ。
気持ちいいに決まっている。
まさに大自然の水風呂だ。
いや、川の水から不要な不純物や汚れや、微生物を取り除いているのだから、大自然以上と言って良いかもしれない。
それも五右衛門風呂方式だ。
是非とも楽しんで貰いたいものだ。

外気浴場も、一部の改装は既に対応済で、完成している。
あとオープンまで三十分。
最後に俺は厨房を覗くことにした。

「マット君、順調か?」
マット君はまな板を掃除していた。

「あ、島野さん。おはようございます」

「おはようさん」
俺は手を挙げて答える。

「特に問題はないかと」

「そうか、厨房は早くても十一時までは暇だろうな?」

「そうでも無いかもしれないですよ」

「そうなのか?」

「ええ、サ水です」

「ああ・・・」
サウナビレッジのオープン時間は十時だ。
従ってチェックイン時間も十時で、チェックアウト時間は一時間早く九時だ。
厨房の稼働時間は十時から二十四時で、泊り客の朝食は提供しない方針だ。

今の話のサ水に関しての話は、少し遡ることになる。
それは俺が全従業員に対して、なんちゃって水筒を、福利厚生として無料で提供している。
サ水完成と共に、先行してサ水をスーパー銭湯で、販売を行ったところ。
これに目を付けた客の一部が、なんちゃって水筒にサ水を入れて飲みたい、との意見が殺到したのだ。
実際にその様に使っている従業員が増え、話題が話題を呼び、なんちゃって水筒を販売して欲しい、との声が多数に渡っていた。

そこで、俺はゴンガスの親父さんに発注して、なんちゃって水筒の大量生産を行うことにした。
そのなんちゃって水筒は、このサウナビレッジのみで販売することになっており、実は予約受付時に大量に販売されていた。

親父さんからは、
「儂の鍛冶屋でも販売させてくれんかのう?」
と言われたが、予約の足しになると考えた俺は。

「サウナビレッジがオープンしてから、一ヶ月経ってからならいいですよ。その分仕入れ値は勉強しますので」
と合意に漕ぎつけた。
親父さんとしては、俺がなんちゃって水筒を造れることは、分かっているので、受け入れざるを得なかったということだろう。
俺としてはサウナビレッジの、予約に保険を掛けたかっただけのことでしかない。
その為、厨房も開始時間の十時から、気が抜けないということだ。

「まあ、でもそれぐらいなら負担にはならないだろう?」

「なんですけど、気は抜けないです」
マット君は真面目だな。
というよりは、初日だから力が入っているのかもしれないな。

「まあ、いつも通りやっていこうや」

「そうですね」
俺はその後、料理の仕込みを確認して、受付に行くことにした。
そろそろオープン時間となる。

そこでちょっとした出来事が起こった。
なんと神様ズが全員勢ぞろいしていたのだった。
何でかな?
聞いて無いのだが?
入口の外に行くと、さっそく五郎さんから声を掛けられた。

「島野、おめでとう!」

「「「おめでとう!」」」
と歓迎ムードだった。

「いやあ、お前え、花も要らねえと言われちゃあいたが、せめてお祝いに来ない訳にはいかねえだろう!」

「そうだの、お前さん、それぐらいはいいだろ!」

「そうですよ、島野さん!」
と、どうやらオープンを祝いに来てくれたようだ。

「ありがとうございます!」

「じゃあ景気づけだ!」
というと俺は宙を舞うことになった。

「「バンザーイ!」」
と結構な高さを舞っていた。

「「バンザーイ!!」」
更に大きく舞っていた。

「「バンザーイ!!!」」
と落とされる気配を察知して、俺は上空に留まった。
神様ズを上空から眺めると、

「くそう!」

「落ちて来いよ!」

「躱すな!」
と不評を買ってしまった。
俺はゆっくりと降りていった。

「いやいや、危ないじゃないですか?勘弁してくださいよ!」

「ガハハハ!」

「ハハハ!」

「何はともあれ、おめでとう!」

「ああ、おめでとう!」
と不要な洗礼を受けてしまった。

「ありがとうございます。せっかくですから、ちょっと早いですけど、飯だけ奢らせてもらいますよ」
何もせん訳にはいかんだろう。

「よ!待ってました!」

「嬉しいわ!ムフ!」

「タダ飯最高!」
と予期せぬ流れになってしまった。
祝ってくれたんだから、何もしない訳にはいかないでしょう?
やれやれだ。

でもこの人達の最大限の想いを受け取って、俺は嬉しくもあった。
まあ何かあるとは思ってたんだけどね。
こうなるとは思ってもみなかったよ。
その後オープン時間を迎え、サウナビレッジの、グランドオープンが始まった。
予約客が続々と入店していく。
俺はその様子を神様ズと見守った。
感慨も何もあったもんじゃなかった。
その後、神様ズを伴って食堂に入り、食事を奢ることになってしまった。

マット君からは、
「島野さん、さっきの不毛なやり取りは何だったんですか?」
とマット君に睨まれてしまった。

「すまん、文句は神様ズに言ってくれ」

「言える訳ないじゃないですか?」

「だな・・・手伝うよ」
と俺は厨房を手伝うことにした。
神様ズは辛い料理に舌鼓を打っていた。

口々に、
「辛い!けど旨い!」

「辛さの奥に何かおるぞ!」

「辛いは芸術よ!」

「僕にはー、無理ー」

「ガハハハ!」
と独特な感想を述べていた。
食事を終えた神様ズは、祝いの言葉を残して退散していった。
朝から何やってんだか、あの人達は。

さて、仕事に戻ろう。
俺は店員のユニフォームである法被を着て、サウナ室を見て周った。
すると、客から声を掛けられた。

「あれ?島野さんは入らないんですか?」

「そうともいかんだろう」

「何でですか?」
意外そうな顔をしていた。

「ここは完全予約制だからな」

「ええー!役得はないんですか?島野さんはここのオーナーですよね?」

「役得なんて有る訳ないだろう、公私は分ける質なんでね」

「凄い!流石だ!」
何が流石なのかは分からんが、言いたいことはわかる。
でもここは譲れんところだ。

「まあ、そういうことだ」
俺は羨望の眼差しで見つめられていた。
後日談になるのだが、この俺ですらも予約しないと入れない、完全予約の意味が噂によって広まり。
サウナビレッジは更に人気の施設となっていった。
当初は値段が高いとの意見もあったようだが、オーナーである、あの島野ですら、予約をしないと使えないとのことが、さらに人気に拍車を掛けていた。

俺は、その他の施設も一通り見て周り、手が足りてないところは、積極的に手を貸して周った。
それにしても、よく客に話し掛けられる。
顔見知りのスーパー銭湯の常連がほとんどであるが、ほとんどの者から。

「おめでとうございます!」

「やりましたね!」

「最高の施設をありがとございます!」
と言われた。

実に誇らしく、嬉しい出来事だった。
どうやらサウナビレッジは、この異世界では、最高の娯楽施設となるようだ。
今後も更にサウナ文化が広がることを、俺は切に願うのだった。

その後も俺はほとんどの従業員に声を掛けつつも、お客の動向を見守ることにした。
それにしても笑顔が多い。
嬉しい事だ。

外気浴場では、さっぱりした表情を浮かべる者達が多く。
気持ちよさそうにしていた。
大いに整ってくださいな。
俺はそれを満足げに眺め、この日の仕事を終えることにした。



サウナビレッジのグランドオープンから三日が経っていた。
既に評判が評判を呼び、どこでもサウナビレッジが話題になっていた。
これが日本ならば、取材が殺到している事態だろう。
テレビやら何やらで、大忙しだっただろう。
だがここは異世界、そんな煩わしさは無い。
ありがたいことです。

予約状況もほとんど四ヵ月先まで埋まっている。
後はブラッシュアップをどう行っていくかである。
そこで、まずは軌道に乗り出すサウナビレッジよりも、スーパー銭湯に目を向けることにした。
まずはメルルと新メニュー会議だ。

「やっぱり辛い物はサウナビレッジの売りでもありますので、ここは甘味を増やしてはいかがでしょうか?」
やはりそうきたか・・・
メルルは甘味に目が無いからな。
それに何と言っても、メルルとしては辛い料理に負けたくはないとの、意気込みもあるのだろう。
焦燥感に満ちているのが分かる。
彼女のプライドが許さないのだろう。

「そうだな」

「何かこれと言った物は無いでしょうか?」

「まずはソフトクリームの完成を急ごう」

「ですね、忙しさにかまけて目を向けていませんでした」

「そうだな、アイスクリームとは違う、甘くて冷たいスイーツと言えば、ソフトクリームだしな」

「ですね」

「問題は温度管理なんだよな」

「魔石でどうにかできませんかね?」

「実は神石ではどうにか出来るんだ・・・それでは意味がないだろ?」

「どういうことですか?」
メルルは分かっていないようだ。

「ソフトクリームの最大の難点は温度管理にある。そこで俺の『限定』の能力を使えば、一定の温度の材料のみが送り出されることになる。そうなれば材料は確保できるから作成は可能なんだ」

「なるほど『限定』ですか?その問題点は一定の温度を保つということですよね?」

「そうだ、氷の様に固まってしまってはいけないし、温度が高くなってしまってはビショビショになってしまうんだ」

「そうなると、温度を一定に保つことが重要と・・・」

「そうだ、なんちゃって冷蔵庫の様にはいかない。あれは徐々に温度は低下していっているからな」

「そうですね、定期的に氷を補充してますからね」

「そこなんだ、もしかしたら氷の大きさを決めて、補充時間を決めて行えば、出来なくは無いかもしれないが、管理には人が張り付かないといけなくなる可能性が高いんだ」

「それでも、そうするだけの価値があるのでは?」

「そうかもしれないな」
でも問題点がある。

「温度管理のプロが必要だな。そう言った人物に心当たりはあるのか?」

「・・・ノービスが良いかもしれません・・・」
ノービス?
誰だ?
多分家の従業員なんだろうけど、申し訳ないが、全員の名前を憶えれてないんだよね。
特に二百人超えた辺りからは・・・すまん。

「誰?」

「ああ、島野さんはあまり見かけないかもしれませんが、家の料理班にいるスタッフです」

「そうか、でもそのノービスだけでどうにかなるのか?ノービスが休みの日にはどうするんだ?」

「・・・そうでした・・・」
メルルは見落としに気づいたようだ。

「ひとまずはトライアンドエラーを繰り返すしかなさそうだ。最悪は神石でソフトクリームマシーンを造ってみるかだな」

「・・・」

「あと実はな、今まで手を付けて来なかった究極の甘味があるんだ・・・」
この世界にはない、究極の甘味。
俺の好みではないので、積極的には取り入れなかったし、俺は敢えてこれまで手を出してこなかった。
それには理由がある。
甘味の少ないこの世界で、これが流通するとなると、大きく反響を呼ぶのは、火を見るより明らかだからだ。

「それは・・・」
メルルが息を飲んでいる。

「チョコレートだ!」

「チョコレート!」
メルルが仰け反っていた。
お前チョコレートを知らないだろうが!
まあノリが良いということで・・・

「ああ、そうだ」
と俺はメルルを伴って、畑に向かった。
アイリスさんに了承を得て、畑を拡張した。
そしてそこにカカオの木を『万能種』で栽培することにした。
カカオ豆が栽培できるまでに、五日間掛かった。

そしてここからの工程だが、まずはカカオ豆からカカオマスとカカオバターを作らなければならない。
まずはカカオ豆を『熟成』の能力で発酵させ、それを乾燥し、ローストする。
それを今度はすり潰して、カカオマスが完成した。
更にカカオマスから『加工』でカカオバターを抽出する。
これで後は砂糖や乳製品等と、どう配合を合わせていくのか?ということになる。

ここからはメルルと実験の日々が続いた。
途中参考に日本のチョコレートを持ち込んでみようか?とも思ったが、思い留まって止めておいた。
ここはズルをしてはいけない。
最初に俺は適当な配分で、ミルクチョコレートを作ってみた。
型版は『万能鉱石』で造った。
試作品一号のミルクチョコレートを試食したメルルは大興奮。
眼がハートになっていた。
はやりこうなったか・・・
興奮するメルルを宥め、一番良い配合を見定めていく。
目指したのはビターなチョコレートと、ミルクチョコレート。

そこで俺は改めて肉体は若いのだと実感した。
試食を繰り返した結果、なんと吹き出物が出来たのだ。
駄目元でエルフの薬ブースに駆け込んだところ、塗り薬を貰った。
それを塗ったところ、物の半日で吹出物は完治した。
エルフの薬、凄!
エルフの伝統の破壊力やいやな。

そして最初にビターなチョコレートが完成した。
そこに俺は手を加えて、チョコバナナを作ってみた。
料理班のスタッフは大歓声に沸いていた。
チョコバナナは新メニューに即時採用となった。
次にミルクチョコレートが完成し、まずはチョコアイスを新メニューに加えた。

そして次はクレープの皮の作成に取り掛かる。
タンパク質が少なくて柔らかい、軟質小麦から薄力粉を作り、砂糖、溶き卵を加えて泡立てる。
牛乳を少しづつ加えて混ぜ合わせる。
オリーブオイルを少々加え、なんちゃって冷蔵庫で一時間ほど寝かす。
そこからはクレープ用に作成しておいた、円盤状のフライパンに火魔法を付与して有る魔石を『加工』で設置する。

ここからは薄っすらと油をひいてから、軽く拭き取り、生地を作っていく。
そして出来上がった生地に、生クリーム、溶かしたビターチョコ、イチゴをトッピングして、生地を撒いていく。
料理班に期待の眼差しで、見つめられている俺。
ちょっと照れるな。

完成したクレープをメルルに渡した。
既に涎が垂れそうな口元をしているメルル。
周りの目など一切気にせずに、一心不乱に貪りついていた。
一蘭かよ・・・一人の世界に入るんじゃないよ。
食べきったメルルは、何故かガッツポーズを決めていた。
そして一気に沸き立つ料理班。

「きたー!」

「料理長のガッツポーズ!」

「旨いに決まっている!」

「俺にも食わせてくれ!」
と今度は俺が一心不乱に、クレープを作る羽目になっていた。
お前ら自分でやれよな・・・
お前らならこれぐらい、見てたんだから出来るだろうが?

そして、ソフトクリームマシンが完成した。
妥協に妥協を重ねた、神石バージョンである。
本来そうすべきではないのだが、今後も開発は行うことを約束に、俺は作成に踏み切った。
そうすべきでない理由は明らかだ。
俺に負担が生じるからだ。
各自で出来ないようでは、意味が無いからだ。

今回工夫したことは、神石を取り外し可能にしたことだった。
これによって、俺がいない時でも使用が可能である。
自然操作の氷によって、マシーン内のソフトクリームの材料が冷やされるのだが『限定』で一定の温度に保つことができる。
そこに俺が神力を込めた神石を、神力が切れたら取り換えるといった寸法だ。
これにより、バニラ味、チョコレート味のソフトクリームが完成した。

そしてスーパー銭湯の大食堂では、甘味の一代ブームが巻き起こっていた。
サウナビレッジには負けないと、スーパー銭湯が起死回生の反撃に出たのである。
今やサウナ島は料理大戦争が起こっていた。
辛み対甘味だ。
各自各々の言い分にて、闘争が繰り広げられていた。

「味の最高峰は甘味である!」

「否、辛みのインパクトの方が上である!」

「甘未の幸福感には、世界平和を感じる!」

「辛みは世界を温かくする!」
などとの意見があった。
そして俺はそれをぬるい眼つきで、生温かく見守っていた。
・・・どっちでもいいでしょうが・・・
ていうか、どっちも旨いじゃないか・・・
なんで争うんだ?
訳が分からん。

そして遂に俺の前に、あの女神がやってきた。
来ることは分かっていたのだが、正直面倒臭い。
ていうか、そもそもこの人こんなキャラじゃなかったよね?

「島野君!またやってくれたわね!」
エンゾさんである。

「なんですか?」

「チョコレートよ!」
始まったよ・・・
もはやこの人は甘味クレーマー女神でしかない。
残念で仕方がない。
もっとこう女神然とした凛々しさであったりとかさ・・・あったじゃない?

「チョコレートが何か?」
エンゾさんが全力で睨んでくる。
何でこの人はこうも俺が甘味の新メニューを作ると、文句を言ってくるんだ?
どうにも分からん。

「美味しすぎるじゃないのよ!」
はあ?

「もう手が止まら無くなっちゃうのよ!こんな神を駄目にする様な甘味は、作っちゃ駄目よ!」
嘘でしょ?
そんな理由なの?
相手にしてられない。
ただの残念女神だった・・・

「お疲れ様でした・・・」
と言って、俺はその場を立ち去ることにした。
背後に何かを叫ぶ気配を感じたが、俺は無視することにした。
いい加減にしてくれよ。全く!



そして五郎さんの温泉街に、新たなサウナの導入が正式決定した。
今はその最終打ち合わせを、五郎さんの執務室で行っている。

「それで島野、お前えはいってえどんなサウナを造ろうってんだい?」

「・・・それは・・・移動式サウナです!」
五郎さんは慄いている。

「移動式って・・・どういうことでえ?」

「簡単に言うと、荷車の上にサウナを造るんです」

「・・・」

「まずメリットとしては、どこでもサウナが可能ということです」

「だろうな」
五郎さんは頷いている。

「そしてデメリットは、収容人数が限られるということです」

「だな」

「そのデメリットを無くす為に、複数個移動式サウナを造ります」

「ああ・・・」

「そして水風呂はヒノキの水風呂を、五郎さんの『収納』で持ち運ぶ、又は移動式サウナの上部に格納できるように、設計しようと考えています」

「なるほどな」

「大枠はこんな感じですが、どうでしょうか?」
五郎さんは腕を組んでいる。

「儂の希望に沿ってはいるな。場所を選ばず、今の施設の改装を伴わねえ。いいんじゃねえか?」

「でしょ?実はこっそりと一台造ってみたんです」

「なに?!」
そりゃあ驚くよね、要らないと言われてもサウナ島で使えばいいかと、安易に造ってしまったんですよね。
嬉しくなってついね。

「お前えって奴は・・・分かった見に行くぞ!」

「了解です」
俺達は連れ立って赤レンガ工房に向かった。



赤レンガ工房では、ゴンガスの親父さんがこれは何だと、移動式サウナを眺めていた。

「おお、お前さん、お?五郎もおるのか。して、これは荷車か?」
親父さんは不思議そうに眺めている。
内部をみれば分かるもんだが、流石にそれは気が引けたんだろう。
煙突のある荷車なんて無いからね。

「親父、これは移動式サウナなんだとよ」

「なんと?それで煙突があるんだのう?」

「そうです、中を見てみましょう」
俺は二人を移動式サウナに備え付けの梯子を掛けて、扉の中に誘った。

「おお!これはサウナだのう!」

「ああ、サウナだ。それも島野から貰った奴に似ているな」

「でしょ?車輪と軸は軽量な材質を使ってます、それにこの世界の荷車の車輪と違って、ゴムを使用してますので、軽い力で運べます」
車輪も力の分散と、運びやすさを優先して六輪あるんだよね。
これなら力持ちの人でも運べてしまう。
まあ馬に引かせることも出来るけど。

ヒノキの水風呂はサウナ室の屋根に、すっぽりと嵌る様に設計されているし、側部に備え付けることも出来る。
自慢の一品だ。
正直サウナ島で使いたいぐらいだ。

「これをいくつ造るつもりなんでえ?」

「後三つと考えてますが、どうでしょか?」

「まあ、それぐらいが妥当か、島野から聞いた時には、何のこったいと思ったが、こうやって見てみるとありだな。否、これがいいな!」
嬉しい事言ってくれるじゃないですか。

「ありがとうございます」

「いや、礼を言うのはこっちのほうでえ」

「五郎よ、お前さんはこれを温泉街で使うってことなのか?」

「おお、遂に本格的に儂の温泉街も、サウナを導入するぜ」

「そうか・・・サウナは凄いのう。もはや南半球にサウナを知らん者はおらんかもしれんのう?」

「それは言い過ぎじゃないですか?」

「いや、あながちそうとも言えん、お前さんが開いたスーパー銭湯から始まり、サウナビレッジ、そして温泉街『ゴロウ』、娯楽の中心地には必ずサウナがある。それは紛れも無い事実だの」

「確かにな、親父のいう事も間違っちゃいねえな。結局は島野の手のひらの上ってことか?」
手の平の上って、止めてくださいよ。

「ちょっと、止めてくださいよ。俺はただ単にサウナ好きの異世界人でしかないんですよ」

「馬鹿言うんじゃねえ!お前えはそれ以上に、この世界の有り様を変えちまったじゃねえか、それに神気問題にしてもお前えがいなけりゃ、どうなってたことか、自分を卑下するんじゃねえ!」
ちょっといきなり真面目に叱らないでくださいよ。
分かってますって。
少しは謙遜させてくださいよ。

俺が引いているのが分かったのか、五郎さんが、
「ああ、すまねえ。柄にも無くちょっと力んじまった」

「五郎や、気持ちは分かるぞ。儂らとしたら歯痒いからのう。島野任せになっているのは事実だからの」

「・・・」

「悪かったな島野、気にしねえでくれ」
と五郎さんは頭を垂れていた。
でも気持ちは分からなくはない。
俺にとっては好きにやってきたことでしかないが、この世界の神様達にとっては、自分に何が出来るのか?と自問自答をすることになっていたのかもしれない。
常にこの世界の平和や、安寧を考えている人達に代わりは無いからだ。
その点、俺はお気楽だし、好きにやっている様に見えて当然だ。
そんな俺が謙遜しては面白くは無いだろう。

でも俺としてはこのスタンスは変えないし、変えようが無いからね。
でもそろそろ神気減少問題に関しては、取り組まなければならないかもしれない。
それは分かっている。
でもあまりに情報がない、手の付けようも無いのも事実だ。
どうしたものか・・・



その後、移動式サウナは温泉街『ゴロウ』の目玉イベントとなり、多くの客から支持される施設となった。
それを守は恍惚の笑みで、眺めていたのだった。
どんだけサウナが好きなんだこいつ・・・
守ではないが・・・やれやれだ・・・