ひと騒動あったその後、風呂に入る者、食事をする者に分かれ、何とか全員をスーパー銭湯に、入場させることができた。
それにしても騒がしい。
いつも以上に客で混雑している。
それにもういい加減遅い時間だ、閉店時間が迫ってきている。
そして問題となるのは明日だ。
言ってしまったからには、やらなければいけない。
明日はスーパー銭湯の無料開放だ。
間違いなく大人数が、駆けつけるだろう。
入場制限は当たり前におこることだろう。
それだけで終わる訳はないのだが・・・
選択を間違ってしまったか?
それにしても、そもそも俺は祝われる側であって、何で俺がサービスする側に周らなければいけないのか?
いっそのこと、全員分の入場料をカインさんに請求してやろうか?
ふう・・・まあ皆が喜んでくれるのならいいか?
これは慈悲深いってことなのか?
違うと思うのだが・・・
まあいい、こうなったからにはやるまでだ。
俺はサービス精神の塊ということにしておこう。
これ以上の解釈を、俺は出来そうもない。
それにしても今日はもう遅いからもう寝るか、明日は朝から大変だな。
やれやれだ。
翌朝。
いつも通りの朝の散歩に向かうと、多くの従業員から話し掛けられた。
「今日は無料開放って、ほんとですか?」
「ああ、そうだ」
「今日は休みなんですが、手伝いますので指示してください」
「そうか・・・すまんな」
「島野さん、無料開放ってことは、屋台とか出しますよね?」
「その予定だ」
「俺にやらせてください、やってみたかったんです」
「そうか、何の屋台をやるんだ?」
「ラーメンがいいかと思うんですが?どうでしょう?」
「いいが、メルルの許可をちゃんと取るんだぞ」
「分かりました、場所は何処にしましょうか?」
「そうだな、スーパー銭湯の入口付近しかないだろうな」
「ですよね」
とよくできた従業員達で助かります。
皆が皆、自主的に考えて行動している。
なんとも逞しい限りである。
ランドからは、
「島野さん思い切りましたね。入島料と入泉料無料ですか?」
「まあな、そうでも言わんとあの場では、納得してもらえなかっただろうしな、ギルにやられたよ」
「にしもギルの奴、好き放題やってましたね」
ほんとだよ。
「だな、これで気が済んだんじゃないか?」
「ですかね?まだまだやりそうな気がしますよ」
「おいおい、勘弁してくれよ。ギルはいいとして、無料でもちゃんと受付業務は行ってくれよ。何かあった時には頼むぞ。あとエクスもちゃんと指導してくれよ。舐めたこといったら締め上げてくれな」
あいつには強めの指導が必要だからな。
「締めあげてくれって、俺に出来ますかね?」
「簡単なことだ、俺に言いつけるって言えばいいさ」
「それでいいなら楽勝です」
「あいつはまだまだ子供だから、一から教育しないといけないからな」
「それは分かります」
「昨日でだいぶ分かったとは思うが・・・根が人を舐めている上に、お調子ものだからな」
「そのようですね」
「困ったものだ」
「気苦労が絶えませんね」
「全くだ」
俺達は散歩を終えて、朝食を取る為に大食堂に向かった。
大食堂では既に多くの従業員が朝食を取っていた。
いつもよりも多いな。
皆なありがたいことだ、今日の状況を理解している。
最近の朝食は、バイキング形式となっている。
各自が好きな物を食べれるのが好評だ。
所謂ホテルの朝食ってやつだな。
「皆、食事しながらでいいから聞いてくれ」
全員がこちらに注目している。
「今日は無料開放することになったのは、聞いていると思う。悪いが休日の者で手伝うことが出来る者は出勤して欲しい。もちろん休日手当は支給させて貰う。あと、この場にいない従業員にも、声を掛けてやってほしい。本来なら残業もさせないが、今日に限っては、残業出来る者は残ってくれ、当然残業手当は支給する」
本当は、休日出勤や残業は認めたくないのだが、今日ばかりはどうしようもない。
無念だ!
「やった!」
「よっしゃ!」
「やりますよ!」
こいつらはほんとうに働き者だな。
ありがたや、ありがたや。
「あと、テリーはいるか?」
「はい!ここです」
とテリーが手を挙げる。
「ちょっといいか?」
「はい、今向かいます」
とテリーが席を並べる。
「テリー、おはようさん」
「おはようごいます」
「今日のキャンプ場はどんな感じだ?」
「夜の予約は既に満席です」
「昼は大丈夫だよな?」
「はい、特には。何かしますか?」
「たぶんお客で溢れるから、昼からバーベキューを行えるようにしておいてくれ。下手すると朝からかもしれん。飲み物と食べ物も、多めに準備しておいてくれ」
「分かりました」
「頼んだぞ」
「了解です!」
うん、良い返事です。
にしてもテリーも頼れる存在になったもんだ。
俺としても誇らしいよ。
俺は朝食を終えて厨房に入った。
さっそくメルルを捕まえる。
「メルル、今いいか?」
「はい、屋台ですよね?」
話が早くて素晴らしいです。
「そうだ、何台いける?」
「四台ですね?」
「そうか、内容は任せるが、アルコール類も提供できるように手配してくれ」
「分かりました、いつから始めますか?」
「落ち着いてからでいいぞ、俺も手伝うから言ってくれ」
「否、それには及びません。それよりも来賓のお相手をしてください。島野さんにしか出来ませんよね?」
うう・・・メルルにはバレているようだ。
それが一番したくないんだよな。
流石に昼から飲まされることは無いとは思うが、気は抜けないな。
俺は念のため、各施設を巡ってみた。
至るところで、
「大丈夫です」
「手は足りてますから」
「ちゃんと分かってますから」
と誰も取り合ってはくれなかった。
俺の存在意義って・・・
自分の仕事をやれということなんだろう。
うん、きっとそうだ。
要はお前は自分の仕事をしろと、手伝いと言う名のサボりは許さんぞ、ということだな。
それが一番めんどくさいんだよね!
そうこうしていると『念話』が入った。
「マスター、聞こえるか?」
「ああ、エクスどうした?」
「マスター大変だ、もう入島受付がいっぱいなんだよ。どうすればいい?」
はあ?もう?
まだ八時前だぞ。
しょうがないか、開けるか。
「しょうがない、開けてくれ」
「分かった。じゃあ受付を開始するぞ」
「頼んだ」
始まったか・・・激動の一日になりそうだ。
入島受付を解放してから僅か三十分後。
サウナ島は人で溢れていた。
嘘だろ?!
途轍もない数の人々が、大挙して訪れていた。
早くもスーパー銭湯の入口には長蛇の列が並び、今か今かと入口の扉が開くのを待っていた。
それだけでは無い、入島受付からスーパー銭湯まで敷かれている、石畳の両脇に設置を開始している屋台にまで、列が作られている。
まだ、屋台は建設中だというのに・・・
流石に見かねて俺も屋台の設置を手伝うことにした。
ありがたいことに、数名のお客も作業を手伝ってくれた。
手数が多いお陰か、僅か数十分で四台の屋台が完成した。
その後も手伝おうとしたのだが、
「もう大丈夫です」
と追いやられてしまった。
うう、やっぱり駄目か・・・
また『念話』が入る。
今度はギルだ。
「パパ、スーパー銭湯開けてもいいかな?」
「開けるしかないだろう」
「だよね、じゃあ開けるね」
「任せた」
とスーパー銭湯も入場を開始した。
そして、ものの三十分でお風呂の入場制限が行われていた。
入場制限が行われる最短記録である。
そして、大食堂を覗くと既に満席となっていた。
それだけならまだしも、朝から宴会を開始している客が多数いた。
これは・・・カオスだな・・・
手が付けられない・・・
そして、スーパー銭湯自体にも、入場制限が行われていた。
無料開放恐るべしだ!
外を見に行くことにした。
案の定キャンプ場では、バーベキューが開始されていた。
テリー達もてんやわんやだ。
ここでも宴会が開かれていた。
どんだけ朝から飲みたいんだよ!こいつら!
一旦これは事務所に避難だな。
俺は事務所に行くと、マリアさんとオリビアさんが、俺を待ち受けていた。
「守さん、おはよ」
「守ちゃん、おはよう!ムフ!」
「お二方おはようございます、二人揃ってどうしたんですか?」
二人を社長室に通した。
「守ちゃん、お願いがあるのよ」
マリアさんが話し出す。
「お願いですか?」
「そうよ守ちゃん、歌劇場を造ってちょうだい!」
「歌劇場ですか?」
「いいでしょ?」
オリビアさんも追随する。
さては昨日のギルの一件で火がついたな。
でも、はいそうですかとはいかないな。
「歌劇場で何をする気なんですか?」
「ライブよ!」
「ミュージカルよ!」
「・・・」
揃ってませんがな・・・
「どっちもよね、マリア・・・」
「そう、そうねオリビア・・・」
なんだかな・・・
「あれですか?昨日のギルの熱弁で火が付いたんですか?」
「そうよ!ギルちゃんはエンターテイナーよ。あの子はもっと伸びるわ。私がプロデュースすればもっともっとよくなるわ!」
マリアさんは必死だ。
「それに私も、もっといい環境で歌いたいのよ!」
オリビアさんも必死だ。
なんだかな・・・まあ別にいいけど・・・けどな・・・
「別にいいですけど、どれぐらいの規模で考えてるんですか?」
「そうね・・・五百人が入れるぐらいかしら?」
「駄目よ!そんなんじゃ、もっとよ!」
「ちょっと待ってください。適当に言わないで貰えますか?まさか何も考え無しにここに来てないですよね?」
二人は分かり易く下を向いていた。
おいおい、いい加減にせいよ。
丸投げは許さんぞ。
「あのですね、俺は何でも屋ではありませんよ、ただやりたいで、何でも叶えるランプの魔人じゃありませんからね」
「そ、そうよね」
「だよねー」
視線すら合わせない二人。
「ちゃんとそれなりに話を纏めてから来て貰えませんか?別に協力しないとは言わないですから、丸投げは止めてください」
「う・・・」
「ムフ・・・」
ほんとにこの人達は・・・甘やかし過ぎたか?
「それにやるからにはちゃんと、利益が出る構造にしないと続きませんから、ちゃんと考えてくださいね」
「利益って・・・」
絶望な表情を浮かべるオリビアさん。
「そ、そうよね・・・」
考え込むマリアさん。
「歌劇場を造るのにいくらかかるのか?誰が管理して、どういった興行を行うのか?どうやって客を集めるのか?考えることは山ほどありますよ、ほんとに分かってますか?」
「うう・・・」
「・・・」
二人は小さくなっていた。
「せめてそれぐらいは考えを纏めてからにして下さい。俺に丸投げは絶対に無しです。特にオリビアさん、いいですね?」
「・・・分かりました・・・」
二人は肩を落として帰っていった。
歌劇場か・・・大食堂のステージで充分だと思うのだが・・・物足りないということなのかな?
まぁいいや。
そういえば、アンジェリっちが話があると言っていたことを思い出し、俺は美容室に行くことにした。
それにしても凄いことになっている。
島の至る所で、宴会が開かれていた。
準備がいいとい言うのかなんと言うのか、こうなることを見越していた者達が多いようだ。
なんと御座を敷いて、宴会を行っている。
そこまでして朝から飲みたいのかね?
絶対にこいつらは、努力の方向性を間違っている。
もっと違うことに頭を使ってくれよ。
お店街では宴会を行っている者達は居なかった。
いたら追い出してやろうと思っていたが、それぐらいの配慮は有るみたいだ。
返って面倒だな。
なんなんだよ全く!
美容室に入ると、アンジェリっちが。
「守っち、お帰り」
と独特な歓迎を受けてしまった。
この人達のノリは独特だ。
メグさんとカナさんも、
「お帰りなさい」
「お帰り」
と俺に挨拶を行っている。
俺の家ではないのだが・・・
でも何だか悪い気はしない。
身内と感じてくれているということなんだろう。
であれば遠慮なく。
「ただいま、アンジェリっち、話があるっていってなかった?」
「そうそう、奥で待ってて」
「はいはい」
と俺は奥の控室で待つことにした。
確かに俺はこの控室に慣れている。
お帰りなさいとは言いえて妙だな。
俺は『収納』からアイスコーヒーを取り出して、アンジェリっちを待つことにした。
それにしても、今日はこの先どうなるんだろうか?
サウナ島は大宴会場と化している。
無料開放がここまでのインパクトになるとは思わなかった。
夜まで持つんだろうか?
幸い今のところ、お酌攻撃は始まってないが、気は抜けないな。
どこでどう捕まるか分かったもんじゃない。
そういえば、エルフの胃薬を貰ってなかったな。
後で貰いに行こう。
等と考えていると、アンジェリっちが控室にやってきた。
「守っち、お待たせ」
「お疲れさん、で話って?ああ待った、何か飲む?」
「ありがとう、同じ物を貰うわ」
俺は『収納』からアイスコーヒーを取り出して渡した。
「それで、今は大丈夫なの?」
「うん、丁度手が空いたから」
「それで?」
「あのね、こんなこと守っちに聞くことでも無いかもしれないけど、もしかしたら異世界の知識で何とかなるかも?と思っての相談なんだけどね」
「望み薄ってこと?」
「そう、でもせっかくだからする相談なんだけど、エルフの村全体、否、エルフ全体に関わる話なんだけどね、実はエルフって妊娠率が低いのよね」
「妊娠率?」
「そう、種族的なことなんだと思うんだけど、簡単にいうとエルフは妊娠しづらいのよね」
「へえー」
「それでも、これまで何とか血を絶やすことなく、種族を存続させてきたんだけど、最近は特に妊娠率の低下が著しくてね。どうにか出来ないかと思ってね」
これは俺にはどうにもできないな。
俺は産婦人科医では無いし、ましてや誰かを妊娠させたことすらない。
それに妊娠率を上げるような手立ては、まったくもって思いつかない。
これは現代日本にとっても、問題となっている課題だ。
正に少子化問題だ。
到底どうにかできるとは思えない。
アンジェリっちには悪いが、力になれるとは思えないな。
「すまないがこればかりはどうすることも出来ないな・・・」
「そうよね・・・」
ん?ちょっと待てよ?・・・でもこれでどうにか出来るのだろうか?
でも有ったに越したことはないのか?
どうなんだろう?
俺は『収納』からオットセイの牙を取り出した。
「よかったらこれをあげるけど、妊娠率を上げる効果があるかは分からないな」
オットセイの牙をアンジェリっちに手渡した。
「ちょっと・・・」
何故だかアンジェリっちは顔を真っ赤に染めていた。
ん?どういうこと?
「どうした?」
「・・・」
アンジェリっちは、らしくも無く照れた表情をしていた。
「ん?」
「・・・守っち・・・知らなかったんだろうから、いいんだけどね・・・・」
アンジェリっちにしては歯切れが悪いな。
「何が?」
「・・・あのね・・・エルフの風習でね・・・オットセイの牙を男性が女性に渡すのはね・・・結婚してくださいってことなのよ・・・」
アンジェリっちは下を向いて話していた。
・・・嘘でしょ!
いやいやいや!
「ちょっ・・・そんなつもりは・・・ねえ?」
「分かってるわよ・・・」
俺も顔が赤くなってきているのが分かる。
無茶苦茶恥ずかしい!
ちょっと、ちゃんと教えといてよ!
これはいかんよ。
「あの・・・何だかごめんなさい・・・」
「うん・・・ちょっとビックリした・・・」
あれ?満更でもない?
もしかしてアンジェリっち・・・いやいやいや!
勘違いは良くない。
俺としても嬉しいな・・・
駄目だ、俺は何を勘違いしている・・・
冷静になろう・・・そうだ複式呼吸だ。
鼻から吸って・・・口から吐く・・・鼻から吸って・・・口から吐く・・・
はあ・・・これは何とも・・・
ちっとも落ち着かない。
心臓がバクバクする。
「それで、このオットセイの牙で妊娠率は上がるのかな?」
「・・・多分ね・・・」
「あといくつかあるけど・・・エルフの村に寄贈しようか?」
「そ・・・そうね・・・貰えるなら・・・」
「分かった・・・何だかごめん・・・」
「いいのよ・・・」
気まずい!
無茶苦茶気まずい!
逃げ出したい!
「じゃあここに置いておくね」
俺は四個オットセイの牙を置いておいた。
「ごめん・・・じゃあ行くわ・・・」
「うん・・・」
俺はそそくさと美容室を後にした。
ああ・・・まだ顔が赤くなっているのが分かる。
俺は年甲斐も無く何をやっているんだか・・・
この齢でアオハルかよ!
でも悪い気はしないな・・・
いやいや、何を考えているんだ。
その後エルフの薬ブースに立ち寄って、俺は胃薬を受け取った。
事務所に帰ると、社長室でオズとガードナーが待っていた。
「島野さん、お祝いに来ました!」
「おめでとうございます!」
二人は既に一杯始めていた。
どうやらワインを持ち込んでいるみたいだ。
ワインの瓶が五本も置かれている。
どんだけ飲むつもりなんだ?こいつらは?
なんだか俺も飲みたくなってきた。
まだ気が動転しているみたいだ。
とにかく落ち着きたい。
「じゃあ俺も飲ませて貰おうかな?」
「もちろんですよ、ゴンすまないがグラスをもう一つ貰えるか?」
オズが受付に向かって話し掛ける。
「分かりました」
ゴンの返事が返ってくる。
「あれ?島野さん顔が赤くないですか?」
「そ、そうか?まだ飲んでないぞ・・・」
いやいやいや、オズそこはツッコまないでくれよ。
「にしてもお前達、朝からここに居ていいのか?」
「何を言ってるんですか?祝いに絶対に駆けつけるって、言ったじゃないですか?」
「そうですよ島野さん、祝いなんですから、今日は仕事は無しです」
笑顔で答える二人。
そんなに祝いたいのか?
何でなんだ?
「なあ、なんでそんなにこの世界の人達は、ダンジョンを踏破したことに、そこまで興奮するんだ?俺にはちょっと分からんぞ」
「島野さん、ダンジョンの踏破は歴史的な快挙なんですよ。カイン様がダンジョンを踏破したのは、今より二百年以上も前なんです。それにカイン様が踏破したダンジョンは、今のダンジョンとは違って、十階層までしか無かったということらしいです、現在のダンジョンを踏破するのは、簡易モードであってもS級ハンターでも無理と言われていたんです。そりゃあ興奮するに決まってます。ましてや超ハードモードとなると、真の勇者にしか踏破出来ないと言われてきたんですから」
勇者って・・・これを聞いたら、またギルが何かやらかしかねないぞ。
あいつの中二病は治りそうもないからな。
「勇者ってさあ、いちいち大袈裟なんだって」
「何を言ってるんですか?もっと誇ってくださいよ」
「とはいってもな・・・そもそも島野一家は過剰戦力なだけなんだって」
「それが良いんじゃないですか?私にとっては誇り以外の何物でもないですよ。だって友人二人とゴンがいるんですよ!これ以上に嬉しいことはないですよ!」
オズはギル並みに熱弁していた。
オズにしてみればそうなのかもしれないが、なんだかね・・・
ここでゴンがグラスを持ってやってきた。
グラスを受け取ると、並々とワインが注がれる。
「ゴンは飲まないのか?」
「私は今日は止めておきます。先日飲み過ぎてやらかしましたので」
「そうか、じゃあまた飲もうな」
「はい」
オズとゴンは親し気にしていた。
こいつらは再会時にはいろいろとあったが、今ではいい関係性を保てているようで、なによりだ。
「では、ダンジョン踏破おめでとうございます!乾杯!」
「「乾杯!」」
ワイングラスを持ち上げた。
グビグビと飲みだす、オズとガードナー。
ちょっとペース早いって・・・
俺は一口ワインを舐めた。
朝から飲む罪悪感ったら、ありゃしないよ。
「そういえばゴン。ダンジョンを踏破して更に強くなったんじゃないか?」
オズは誇らしげだ。
オズにとってはゴンが強くなることが嬉しい様で、興味津々らしい。
確かにダンジョンを踏破してから、ステータスを確認してなかったな。
正直気にもかけて無かった。
そもそもこいつらのステータスを、長い事確認していない。
ギルからは『熱弁』と『千両役者』を、手に入れたとは聞いたけど。
俺はどうなっているのだろうか?
今は止めておこう。
到底そんな気分にはなれない。
気を抜くとアンジェリっちのことを考えてしまいそうだ。
たぶんダンジョン踏破で、レベルが上がってはいるだろうけどね。
何度もアナウンス入ってたし。
でもゴンのステータスはちょっと気になるな。
せっかくだから見てみようかな?
「ゴン『鑑定』してもいいか?」
「いいでよ」
「そうか」
『鑑定』
名前:ゴン
種族:九尾の狐Lv23
職業:島野 守の眷属
神力:0
体力:2556
魔力:3457
能力:水魔法Lv23 土魔法Lv20 変化魔法Lv16 人語理解Lv9 人化Lv8 人語発音Lv8 念話Lv3 照明魔法Lv2 浄化魔法Lv2 契約魔法Lv2 付与魔法Lv2 空間収納魔法LV2
そこまで上がってないような・・・
まあ、そもそもこいつらは、レベルが高いような気がする。
すでにカンスト状態か?
これ以上はそうそう上がらないだろうな。
充分に強いしな。
水魔法が特出しているのは、一時期畑の水やりをゴンに任せていたからだろうか。
特にゴンは強さに拘っていないように思える。
こいつが今求めるのは生活魔法の類だろうし。
多分強さを求めているのはギルぐらいだろう、ノンに関してはよく分からん。
エルは・・・もっと分からん。
せっかくだから他のメンバーも見てみるか。
俺は『念話』でギルに社長室に、ノンとエルと集合する様に伝えた。
こいつらのステータスを見るのも久しぶりだな。
どうなっていることやら。
『鑑定』
名前:ノン
種族:フェンリルLv30
職業:島野 守の眷属
神力:0
体力:5448
魔力:4985
能力:火魔法Lv19 風魔法Lv22 雷魔法Lv25 人語理解Lv8 人化Lv7 人語発音Lv7 念話Lv3
ノンが一番レベルが高いな、しょっちゅう狩りをやっているから、そんなもんか。
でもこいつも頭打ちっぽいな。
『鑑定』
名前:エル
種族:ペガサスLv21
職業:島野 守の眷属
神力:0
体力:3043
魔力:5002
能力:風魔法Lv23 浮遊魔法Lv18 氷魔法Lv19 雷魔法Lv18 治癒魔法Lv15 人語理解Lv8 人化Lv8 人語発音Lv7 念話Lv3
エルも強くなってるな。
でもエルも頭打ちのように感じるな。
『鑑定』
名前:ギル
種族:ドラゴンLV3
職業:島野 守の子供
神力:2843
体力:6504
魔力:5434
能力:人語理解Lv7 浮遊魔法Lv7 火魔法Lv18 風魔法Lv17 土魔法LV17 人語発言L18 人化魔法Lv7 神気操作LV4 念話Lv3 念話(神力)Lv3 神気解放Lv1 神気放出Lv2 熱弁Lv1 千両役者Lv1
おお!遂にギルがドラゴンに成ったぞ!
いよいよ大人の仲間入りか?
「ギル!遂にお前ドラゴンになったじゃないか!おめでとう!」
「おお、ギル君おめでとう!」
「「おめでとう!」」
ギルは照れていた。
「これで僕も大人の仲間入りさ!」
せっかくだから俺のステータスも見ることにした。
『鑑定』
名前:島野 守
種族:半人半神
職業:神様見習いLv51
神気:計測不能
体力:2404
魔力:0
能力:加工L7 分離Lv7 神気操作Lv7 神気放出Lv4 合成Lv6 熟成Lv5 身体強化Lv5 両替Lv2 行動予測Lv3 自然操作Lv7 結界Lv2 同調Lv2 変身Lv2 念話Lv3 探索Lv4 転移Lv5 透明化Lv3 浮遊Lv4 照明LV2 睡眠LV2 催眠LV3 複写LV4 未来予測LV2 限定LV2 神力贈呈Lv1 神力吸収Lv1 初心者パック
預金:6432万4355円
ああ・・・いよいよ俺は人では無くなったようだ・・・
さらば人類・・・さらば人間としての俺・・・
一気にレベルが上がったのは、ダンジョンを踏破したからなのか?
否、エアルの再興に協力したからだろうな。
それなりに徳を積んだという事かな?
やれやれだ。
「なあ、遂に俺も人では無くなったみたいだ」
「「「「ええー!!」」」」
全員が仰け反っていた。
その後酔っぱらったオズが、俺への賛辞と感謝を語り出し。
隣にいるガードナーが、それを聞いて大号泣。
何とも言えない気持ちになっていたところに、なし崩し的に神様ズが現れて、結局会議室で宴会となってしまった。
今回もアホほど飲まされて、気がついたら会議室の机に突っ伏すようにして、俺は寝てしまっていた。
起きるとさっそく頭痛と吐き気に襲われた。
息が酒臭い。
完全な二日酔いである。
ありがたい事にエルフの胃薬はとても良く効いた。
胸焼けが一瞬で治っていた。
でも、当分の間はアルコールは控えたい。
あー、しんど。
周りを見ると地獄絵図となっていた。
床には裸にされたランドールさんが寝ており、よく見ると顔に落書きをされていた。
そのランドールさんに、後ろから抱きつくようにマリアさんが眠っており、そのマリアさんに後ろから抱きつくように、オリビアさんが寝ていた。
この人達はなにやってんだか・・・
机にはタイロンの三柱が突っ伏して寝ており、その足元ではゴンズ様が大鼾をかいて寝ており、そのゴンズ様を枕にレケが酒瓶を抱えて寝ていた。
社長室のソファーでは剣化したエクスを抱えて、ゴンガスの親父さんが鼾をかいて寝ており、その足元でカインさんが大の字を書いて寝ていた。
どうやら五郎さんと、ドラン様とデカいプーさんは帰っていったみたいだ。
そこら中に酒瓶が散らかっている。
俺はため息をつくしか無かった。
酒を抜こうとスーパー銭湯に行くと、エルフの薬ブースで、顔見知りの店員に話し掛けられた。
「島野さん、ゾンビみたいな顔してますよ。大丈夫ですか?」
「いや、大丈夫じゃない。二日酔いで死にそうだ」
ほんとにしんどい・・・
「そんな感じですね。あっ!そうだ。これ飲んでください」
丸薬を手渡された。
「これは毒消しです。二日酔いにはこれですよ」
おお!そんな薬があったとは!
これは助かる!
「ありがとう!いくつかストックも貰えるか?」
「ええ、いいですよ。島野さんにはお世話になってますので」
更に丸薬を貰った。
俺は丸薬を口に入れ、自然操作の水を口にダイレクトに入れて飲み込んだ。
ものの数分後、頭痛が治っていた。
エルフの薬、恐るべし!
エルフの伝統に感謝です!
でも当分の間は、アルコールを控えたい。
肝臓君が心配でなりませんよ。
無料開放は相当なインパクトを残していた。
過去最高の客入りとなり、入場制限も常に行われることになっていた。
夕方に来島したお客が、スーパー銭湯に入るのに、最大二時間待ちとなっていたらしい。
スーパー銭湯だが、現場の判断で、閉店時間が深夜二時まで延長されたらしい。
当分の間俺は、無料開放は行わないことを俺は心に誓った。
というより二度とやりたくない。
本当にやれやれだ。
無料開放の余波が未だ押し寄せていた。
無料開放で初めてサウナ島に訪れ、スーパー銭湯を体験した人達が一定数いたみたいだ。
無料開放は新たな顧客の獲得になっていたようだ。
行った意味があって、よかったー。
ただ騒いで終わることになると思っていたのだが・・・
これまでサウナ島の話は聞いており、スーパー銭湯の存在も知ってはいたが、経済的な理由で、訪れることが出来なかった者達が結構いたみたいだ。
そのような方々が我先にとサウナ島に訪れ、スーパー銭湯を楽しんでくれたようだった。
これは嬉しい誤算だった。
俺としては、お風呂やサウナをもっと広めたい。
娯楽をもっとこの世界に蔓延させたいと考えているからだ。
そして一度訪れたことによって、また行きたいと思って貰えたみたいで、新たなリピーターの獲得に繋がったということだ。
経済的に大丈夫なのだろうか?
俺が心配してもしょうがないか?
娯楽は重要だが、ほどほどにね。
適度に娯楽は行ってくれ。
酔いつぶれていた神様ズは、漏れなく二日酔いになっていた。
見てられなかった為、胃薬と毒消しの丸薬をあげることにした。
ゴンガスの親父さんだけはケロッとしていた。
あの人は酒に強すぎるんだよ。
どんな身体してんだ?
あのおっさんは異常だな。
剣化したエクスがフラフラと歩いていた為、
「おいエクス、危ないだろうが」
と注意しておいた。
「そうだった」
と人化したエクスは、まだ酒が抜けて無いのか、千鳥足だった。
かなり笑えた。
俺はエクスに無理やり毒消しの丸薬を飲ませた。
今はサウナ島を挙げてゴミ拾いをしている。
結構なゴミが出ていた。
ちゃんとゴミ箱を設置しておくべきだった。
このゴミはその後、良質な肥料に変わる。
この異世界にはゴミ問題は起こらないだろう。
廃棄された構造物なども、リサイクルされることになっている。
今ではこの島の北部にある廃棄された集落も、建築部材はリサイクルされ。
一面広場になっている。
この世界の再生能力は実に高い。
とてもエコで助かっている。
地球もそうあって欲しと切に願う俺だった。
プラがある以上そうはいかないだろうが・・・
科学技術に期待だ!
ふと思いつき、エクスを呼びだすことにした。
念話でエクスに話し掛ける。
「エクス、ちょっと来てくれ」
「分かった、何処にいけばいいんだ?」
「事務所に来てくれ」
「了解!」
エクスが元気よく事務所に駆け込んできた。
「マスター、何か用か?」
「ああ、ちょっと試したいことがあってな」
「何をやるんだ?」
「一時的に装備者を俺にしてもいいか?」
「いいけど、どうしてだ?」
「いいから、いいから」
「ちゃんとギルに戻してくれよ」
「分かってるって」
エクスは怪訝そうな表情をしている。
「いいけど・・・」
人化を解いたエクス。
例の如く、剣になりフワフワと浮いている。
俺はエクスの柄を握り締めた。
「俺になったか?」
「ああ、なってるぜ」
「よし!」
俺はエクスを手放した。
「エクス、そのままフワフワ浮かんでいてくれ」
「そんなことでいいのか?」
「ああ」
俺はエクスとの繋がりに意識を向ける。
そして、念動で動いているエクスに意識を集中する。
「ちょっと、マスター、何をしてるんだ。ぞくぞくするぞ」
「いいから、そのまま浮いてろ」
更に意識を集中する、そして全身を神気で纏う。
ピンピロリーン!
「熟練度が一定に達しました、ステータスをご確認ください」
よし!パクったぞ!
俺は『念動』を取得した。
「もういいぞエクス、お疲れさん」
「マスター、何したんだよ?」
「お前の念動をパクったんだよ」
「パクった?嘘だろ?」
「本当だ、見てろよ」
と俺は社長室にある、椅子に意識を向け、念じて動かしてみた。
椅子がフワフワと上下に動いている。
「嘘だろ!マジか!」
「マジだ、もういいぞ。装備者をギルに戻していいぞ」
「・・・マスター・・・出鱈目過ぎだって・・・」
俺はそんなエクスを無視して、いろいろな物を念動で動かして、感触を確かめていた。
ウン!これは使える!
便利な能力だな。
赤レンガ工房に籠って、俺は念動の能力を神石に付与していく。
そして革張りの椅子を作製し、骨組みに神石を『合成』で設置していく。
その神石にはゴムで出来たローラーが付いており『限定』と『念動』で動きを制限していく。
そのゴムローラーは主に肩と背中、そして腰周りを中心に動くことになっている。
そして微調整を繰り返し、遂に出来上がった。
「自動マッサージ機」が完成した!
やった!
遂に出来た!
この日をどれだけ待ち焦がれていたことか。
使い道が薄いと思われた『限定』も、ここに生きてくるとは思わなかった。
神様ズにしか使えないが、これは喜ばれると思う。
それにしても気持ちがいい。
特に腰周りは最高だ!
よく逸れているのが分かる。
思わず声が漏れる。
「ああああああああああ」
そんな俺を不思議そうに、親父さんが眺めていた。
「お前さん、何をやっておるのだ?」
「親父さん、ちょっと座ってみてくださいよ」
俺は親父さんに席を譲る。
「ここに座ればよいのか?」
「ここの神石に神力を流してください」
「そうか・・・ん?」
親父さんがマッサージ機を堪能していた。
その様はちょっと笑えた。
ドワーフのおっさんが、マッサージ機で繕いでいる。
「ああああああああああ」
親父さんは声を漏らしていた。
「でしょ?」
「おお・・・・止められんな・・・」
親父さんはマッサージ機を堪能した様だった。
その後、マッサージ機は、スーパー銭湯の休憩室の片隅に、神様ズ専用として、ひっそりと置かれることになった。
神様ズは我先にと、このマッサージ機を使う様になった。
気持ちいいよねマッサージ機、気持ちは良く分かる。
神様ズはご満悦のようだった。
連日奪い合いが続いている。
神様ズの間で、ちょっとしたブームになった。
特に五郎さんが、これで腰痛が治ると大喜びだった。
治るかどうかは分からんが・・・
にしても、サウナ明けのマッサージ機は格別だよね。
分かるよ、大いに分かる。
ほんとに気持ちが良い。
最近のアンケートを見ると結構な確率で、サウナに関するものが増えていた。
どうやらこの世界にも、サウナ文化が根付きつつあるようで、俺としては嬉しい限りである。
まだこの世界の全員が、スーパー銭湯に訪れた訳ではないが、相当数の方々が、この島にやってきている。
この先もまだまだ様々な人々が、やってくるだろう。
アンケートにもあったサウナに関する声として、サウナの温度についての意見が多かった。
もっとサウナの温度を上げて欲しいとか、もっとサウナの温度を下げて欲しいとかがほとんどだ。
その気持ちはよく分かる。
サウナの温度については、好みが分かれるところだ。
俺は九十前後の温度帯が好きだし、個人的な意見としては、最もパフォーマンスが良い温度ではないかと考えている。
そこでサウナに特化した施設の建設を行おうと、今は思案している。
もっともっとサウナを楽しんでもいいと思うのだ。
森の一部を切り開いて、自然の中でサウナを大いに楽しんで貰いたい。
そこでは様々な温度帯のサウナを用意し、また水風呂も温度帯を変えるだけではなく、川から引いた水をそのまま使うことも検討している。
そこでは男女問わず水着を着用し、外気浴ではポンチョを着ることにしようと思う。
そして足元にはサンダルを使用する。
休憩所も造るが、スーパー銭湯ほどの大きな物とは考えていない。
休憩所とは言っても要は外気浴場だ。
この休憩所は、雨の時に使用する程度との考えだ。
その為簡単な屋根を設けるぐらいで、壁は造らないつもりだ。
もしかしたら、日に焼けたくない人も使うかもしれないが、好きにしてもらったらいい。
食堂も併設するが、最大で五十名ぐらいが使用できる施設にしようとの考えだ。
コンセプトとしては『サウナ好きによるサウナ好きの為のサウナ施設』だ。
従ってここではお風呂は設けない。
簡単なシャワー室は設けるが、これはあくまでサウナ前後に身体を洗って貰う為でしかない。
そしてログハウスを建設し、泊まることも可能とする。
終日サウナを楽しんでもらう施設だ。
今回の建設には、ランドールさんの手を借りることはできない。
彼は既にメッサーラの学校建設で、手一杯の状況だからだ。
その為今回の建設は、俺がゆっくりと造ろうと考えている。
まあ休日の従業員達が、また赤レンガ工房の時の様に、手伝うと言い出すだろうしね。
それにどうせマークとランドは、勝手に手伝うに決まっている。
俺一人でコツコツと、とはならないだろう。
でも急いで建設するつもりは全くない。
ゆっくりとじっくりと、手作り感剥き出しの施設にしようと思う。
スーパー銭湯は公衆浴場として、多くの人々に使っていただくことを前提に造った施設だが、こちらは違う。
こちらはサウナが好きな人が、終日サウナを楽しむだけの施設だ。
当然宴会場なんて設けない。
食堂で宴会を勝手に始められてしまうことはありそうだが・・・
まあ好きに使ってくれればいいさ。
俺はまず森の一部を切り開きだした。
場所としては、入島受付から北に百メートルほどの位置だ。
『加工』をひたすら繰り返して、木を木材へと変える。
木の根は自然操作の土で剥き出しにし、後で一部は肥料に変え、その他は薪になる。
広さは適当にする。
敢えて成型にはしない。
整った造りに見えると、手造り感を損なうからだ。
そしてまずはサウナを造っていく。
サウナは一見ログハウスに見えるかもしれない。
今は無きサウナ一号機を広くしたものだ。
このサウナの最大収容人数は十名ほど。
ここではセルフロウリュウを行うことが出来る。
温度帯は八十度にする予定だ。
サウナの入口には、アロマ水の入ったバケツを設置する。
使いたい人が好きに使ってくれといった具合だ。
セルフロウリュウをしたい人はお好きにどうぞ。
そして更にサウナをもう一棟建設していく。
サウナの造りはほとんど同じだが、先ほどのサウナよりも少し大きめに造っていく。
最大の収容人数はおよそ十五名だ。
こちらは温度帯を九十度にする予定。
今のスーパー銭湯と同じ温度帯だ。
その為、一番利用者が多いのではないか?
というのがその理由だ。
このサウナでも先ほどと同様に、セルフロウリュウを行うことが出来。
入口にはアロマ水の入ったバケツを設置する予定だ。
そして更にもう一棟サウナを建設する、こちらのサウナはこれまでのサウナと多少造りを変えることにした。
簡単に言うと、吹き抜けのある二階建てとしたのだ。
こちらのサウナの温度帯は七十度にする予定だ。
そしてセルフロウリュウが出来、これまで同様にアロマ水も、入口にバケツを置いておくようにする。
こちらは二階建ての為、最大の収容人数は二十名程度。
先程のサウナよりも多く収容できる造りとなってしまったが、それはご愛敬。
まあ特に困ることも無い為、これで良しとしようと思う。
そしてここからはまず三棟を繋げる様に、石畳みを地面に設置していく。
石は『万能鉱石』は使わず、東の海岸から運んできた。
そして石を『加工』で成型して地面に埋めていく。
この作業が地味に日数が掛かった。
作業に関しては、案の定マークとランドは、常に手伝いをしており。
また、時間を持て余している従業員達が、手伝いを申し入れてきた。
俺が森を切り開きだした時には、既にマークが目聡くやってきて。
「島野さん、今度は何を造るんですか?」
興味深々の顔をしていた。
「今度はサウナ好きの施設を造ろうと思ってな」
「サウナ好きの施設ですか?」
いまいち理解できていないみたいだ。
そりゃあそうだろう、そんな施設にはこの世界にはないからな。
まぁ楽しみにしていてくれ。
「ああ、サウナに特化した施設だ」
「へえー、面白そうですね」
「ランドも誘うのか?」
「そりゃ声を掛けないと、恨まれますからね」
「そうか、任せる」
といった具合だ。
その後更に森を切り開き、休憩所兼外気浴場を造る。
ここにはインフィニティーチェアーを二十五台設置した。
加えて屋根を設けて、こちらには屋根の有る部分だけは、地面をコンクリートで固めた。
その他の場所はあえて土剥き出しにしている。
これは使用してみて、具合が悪ければ変更しようと思うのだが、サンダルを履いて使用する為、問題ないと今は考えている。
そして水風呂だが、まずは浄水池から分岐する形で水を引き込み。
その先には更に分岐する形で、ドラム缶を五台設置した。
今回の水風呂は、温度帯を変えることを検討していたのだが、雰囲気を第一優先としてこの様に変更した。
この案にランドは、
「これは面白いですね、水風呂を独り占めってのは嬉しいですね」
と感心していた。
マークは、
「流石はサウナ上級者だ、発想が違う」
と褒めてくれたのかどうか、よく分からないことを言っていた。
俺としては五右衛門風呂を、水風呂にしてみただけだったのだが。
これが良いとのことだった。
そしてこの水風呂で一番苦労したのは、排水をどう流すのかということだった。
その為、ドラム缶は簡単に言えば、大きな側溝の上に設置することになった。
そして、スーパー銭湯の排水施設からは離れている為、新しく排水施設も造ることになった。
とはいっても俺達は排水施設を、これまでも何度も造ってきている為、決して手間とはならない。
マークとランドも手慣れたもので、排水施設を造るのに数日で完成していた。
建設中には神様ズが、何度も視察に訪れていた。
皆な今度は何を始めたのか?と興味津々だった。
オリビアさんからは、
「そんなことよりに歌劇場を造ってよ」
とまたおねだりをされたが、
「計画がちゃんと出来たら考えます」
きっぱりとお断りしておいた。
そして一番熱心に通っていたのはランドールさんだ。
「ランドールさん、学校の建設はいいんですか?」
「大丈夫だよ、二校目ともなるとノウハウは共有済だからね、弟子たちだけでもなんとかなるよ」
とのことだった。
だったら最初からこの人に頼ればよかったな、と思ってしまった。
無理だろうと決めつけずに、声を掛ければよかった。
「それで、今度は何を造ってるんだい?」
「今回はサウナに特化した施設を造ってます」
「サウナに特化か・・・面白そうだね」
ランドールさんもサウナに嵌ってるからな。
完成したら使ってくださいな。
「まあ、サウナ好きにしかウケないでしょうがね」
「そうなのかい?」
ランドールさんには意外そうだ。
「だと思いますよ」
「でも、この世界では既にサウナは認知されてるからね。流行るんじゃないかな?」
「だといいんですけどね」
「島野さんが外すなんて想像できないね」
「ハハハ」
俺を買い被り過ぎなんだって。
それに今回もただの思いつきといってもいいぐらいだ。
まあ外したとしても、多いに結構なんだけどね。
俺としてはサウナ満喫生活を、よりグレードアップさせるだけなんだから。
「『加工』がもう少しでどうにかなりそうなんだよ」
「へえー」
「見れば、ヒントがあるかもしれないだろ?」
「確かに」
俺も見てパクったからな。
念動なんかはそうだろう、でもエクスとの繋がりがあったから違うのか?
よく分からんな。
「そういえば、能力を得る時に、俺は神気を全身に纏うようにしてますが、ランドールさんはどうですか?」
「全身に神気を纏う?やってないね」
と答えるとランドールさんは考え込んでいた。
もしかして全身に神気を纏うことが出来ないのだろうか?
「島野さん、ちょっとやって見せてくれないか?」
「いいですよ」
それぐらい楽勝です。
俺は全身に神気を纏って見せた。
「うわ!」
ランドールさんが仰け反っている。
「これは・・・私にも出来るのだろうか?・・・」
ん?どういうことだ?
「島野さん、多分その全身に神気を纏うのって、かなり神力を消費すると思う・・・恐らく私では、完全に神力が溜まった状態でないと出来ないな」
あらら・・・神力お化けの俺だから簡単に出来るってことか・・・
でも『黄金の整い』を教える訳にはいかないからな。
「でも、満タンの時なら出来そうなんですよね?」
「多分どうにか・・・ちょっと怖いけど」
そうだよな、神力切れになるのは怖いだろうな。
俺も神力が無くなったらと思うと怖いもんな。
「でも今度試してみるよ。その時は一緒にいて貰っていいかな?」
「ていうか、よかったら神力分けましょうか?」
「はい?君はそんなことができるのかい?」
「ええ、カインさんからパクりましたので。神力贈呈っていう能力です」
「おお・・・凄いな・・・」
ランドールさんはちょっと引いている。
「今からやってみますか?」
「いいのかい?」
「せっかくですので、やってみましょう」
「そうだね、お願いするよ」
前向きになっているランドールさん。
「ちょっと、それ見学させて貰っていいですか?」
「俺も!」
マークとランドが興味を持ったようだ。
「俺は構わないけど、ランドールさんは?」
「ああ、構わないよ」
俺はまずランドールさんの肩を掴んで、神力贈呈を行った。
俺の中の神力がランドールさんに流れていく。
「凄い!ほんとうに神力が溜まっていく」
ランドールさんは両手を凝視していた。
「じゃあ、ちょっと待ってくださいよ」
俺は適当に地面に転がる石を掴んだ。
それをランドールさんに手渡す。
「まず、この石に意識を集中してください」
「ああ」
「次にこの石が、真っ二つになる所を想像してください。それも強く!」
「・・・」
ランドールさんが石に集中している。
「もっと強く!」
ランドールさんの集中力が高まっているのが分かる。
「今だ!身体に神気を纏って!」
ランドールさんが神気を身体に纏った。
すると石が少し欠けた。
「どうですか?」
「・・・駄目だ・・・」
項垂れているランドールさん。
相当神力を使ったのか、肩で息をしている。
何が足りなかった?
ランドールさんはちゃんと集中出来ていた。
それは見ていたから良く分かる。
イメージも良く出来ていたと思う。
何でだ?
あれ?
ちょっと待てよ。
俺の時と何が違うんだ?
もしかして・・・
「ランドールさん、もう一度やってみましょう、ちょっと俺に考えがあります」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
というと、まだランドールさんは肩で息をしていた。
これは息が整うまで待つしかないな。
数分待つと、ランドールさんが。
「待たせた、再トライだ!」
俺に手を差し出した。
俺はその手を握り返して、神力贈呈を行う。
俺の身体から、神力がランドールさんに移っていく。
「島野さん、もう大丈夫だ」
神力は充分に溜まったようだ。
「ランドールさん、ちょっと腰かけましょう」
俺は地面に腰かけた。
それに倣ってランドールさんも地面に腰掛けた。
二人で胡坐を掻いて、正面に座っている状態。
「俺の能力を使って、ランドールさんの状態を無意識の状態にします」
「無意識ですか?」
「そうです、おそらくここが能力開発の鍵では無いかと思います」
「なるほど」
神妙な表情のランドールさん。
「これは俺の直感と経験則からの予想なんですが、能力開発はイメージだけでは無く、潜在意識に関係していると思うんです」
「潜在意識ですか?」
「そうです、俺は実は自己催眠が得意なんです。なので俺は常に無意識に自己催眠の状態に、なっている可能性が高いです。その状態を作り出せば、能力開発が可能かと考えたのです」
「・・・」
「実験するようで悪いですが、今はやってみましょう」
「島野さんがそういうのなら、私は君に任せるよ」
不安な顔をしているランドールさん。
そりゃあ怖いよな。
でも任せてくれるんだから、目一杯やりましょう。
「ありがとうございます」
ランドールさんはコクリと頷く。
「じゃあ俺の誘導に従ってください」
マークとランドが息を飲んで俺達を見守っている。
「行きますよ『催眠』」
俺は『催眠』の能力をランドールさんに使った。
するとランドールさんが一気に力を抜いて、リラックス状態に入ったのが分かった。
よし、いいぞ!
「ランドールさん、この石に意識を集中してください」
俺は石をランドールさん手渡す。
すると先ほど以上にランドールさんが、集中して石に意識を向けていた。
でも身体はリラックス状態だ。
さっきとは明らかに集中力が違う、全身全霊で石に意識を集中しているのが分かる。
「では今度は、この石が真っ二つに分かれるところをイメージしてください」
更にランドールさんが石に集中する。
「ではそのイメージを保ちながら、身体に神気を纏ってください」
ランドールさんが神気を全身に纏った。
すると、石が真っ二つに割れていた。
やったか?
ランドールさんが不意に糸の切れた操り人形の様に、パタンと倒れた。
嘘だろ!
生きてるか?
俺は思わず『鑑定』を使用していた。
『鑑定』
名前:ランドール
種族:大工の神 (下級神)
職業:大工の神Lv5
神気:16
体力:2824
魔力:234
能力:土魔法Lv5 大工道具使用Lv8 測量Lv7 製図Lv6 構造計算Lv5 加工Lv1
おお!
『加工』があるぞ!
俺は神力贈呈をランドールさんに行った。
多分急激に神力を失ったから、気絶したと思うがどうだろうか?
身体をビクっと震わせたランドールさんが、意識を取り戻した。
「ああ・・・」
「ランドールさん、大丈夫ですか?」
未だ夢現なランドールさん。
まだ眼に力が無い。
「ランドール様!」
マークが心配している。
「どうですか?」
「・・・ああ・・・ちょっと休憩させて貰えないかな・・・」
俺達はランドールさんの回復を待つことにした。
ランドールさんが急激に回復していくのが分かる。
「おお・・・島野さん・・・これは何といったらいいのか・・・」
と回復したランドールさん。
「どうですか?大丈夫ですか?」
「ああ・・・心配させてすまない、もう大丈夫だ。ありがとう」
ランドールさんは顔を振っていた。
「どうですか?」
と敢えて振ってみた。
能力の取得が出来ていることは分かっているのだが。
「・・・おお!やっと『加工』が手に出来たようだ・・・ああ・・・ありがとう、島野さん・・・やっと・・・やっとだ!」
ランドールさんにとっては念願の能力獲得なんだろう。
涙目になっているランドールさんは、泣きながら笑っていた。
それにしても・・・この人にとってはある意味、命を懸けた能力開発の様に俺は思えた。
簡単に能力開発を行ってきた俺って・・・
何とも申し訳ない。
でも能力開発のヒントが、ここに来て大いに分かった気がする。
結局のところ、能力開発にはイメージ力だけでは無く、潜在意識にアクセスすることが重要なようだ。
俺は自己催眠に慣れているから、潜在意識を解放することは、無意識に行っていたんだと思う。
それにしても・・・ランドールさんには、辛い思いをさせてしまったのかのしれない。
だが、その俺の想いとは裏腹に、ランドールさんは万遍の笑顔をしていた。
よかった、よかった。
「じゃあちょっと試してみましょう」
「そうだね、まずはどれからにしようか?」
「そこの木なんかどうですか?」
俺は木材の切れ端を手渡した。
「これをどう加工するかをイメージして能力を発動してみてください」
「分かった、やってみよう」
ランドールさんは木材に集中している。
「『加工』」
とランドールさんが唱える。
すると木材が三つに分かれていた。
「成功ですか?」
木材を拾うとランドールさんが呟いた。
「だと思うが、木材の表面がイメージよりも荒いね」
「俺も始めはそうでしたよ、レベルが上がると表面がツルツルになる様になりますよ」
「そうか・・・あと思いの外神力の減りが多いね。これでは一日に仕える回数が限定されるな」
「使いどころを見極めないといけないようですね」
「そうだな、でもまずは能力の獲得を喜ぶとするよ、島野さんありがとう」
右手を指し出された。
勿論俺は握り返す。
俺達は力強い握手を交わした。
更に作業を進めて行く。
まずは一旦、寮の増築を行った。
今回の施設の運営に、従業員を増やさないといけないのは、目に見えている。
先にそちらに手を付けようということだ。
今後どれだけの従業員を増員するのかは、まだ決めていないが、多少多くても良いように、五十名が住める寮を建設することにした。
場所は現在の寮の隣である。
この寮の建設はとても早く行われた。
というのも『加工』を取得したランドールさんが、寮の建設の手伝いを、買って出てくれたからだった。
彼にしてみれば、一度造った寮の小規模サイズを、もう一度造るだけのことなので、なんてことはない作業だ。
更に当時の資料も残っていることから、お手の物だろう。
相当な急ピッチで作業は進められた。
だが、彼の本音は少し違っていたと思う。
『加工』を沢山試したいということなんだろうが、神力の量からいって乱発は出来ない。
けど俺が近くにいれば、どうにかなるだろうし、最悪サウナ島は外の場所よりも神気が濃いから、どうにかなると考えているのだろう。
詰まるところ『加工』のレベルアップ上げがしたいんだと思う。
俺としてはそれでも全く構わない。
そういった下心があっても一向に問題は無いのだ。
レベルアップに努めたい気持ちは充分に分かるし、実際彼にはもっとレベルアップして欲しいとすら思う。
彼がレベルアップするということは、今後の様々な建築物が早くて、良質な物になるということだからだ。
おそらく彼は、今はサウナ島に修業にやってきている気分なんだと思う。
実際そういった眼をしている。
エロ神モードは完全に封印し、真剣に作業に没頭しているのが分かる。
大いに結構だ。
ここは使わせて貰うほかない。
恩にきます。
次に取り掛ったのは、食堂兼宿泊施設の建設だ。
まず一階は食堂がメインとなっているが、入口を入って直ぐに受付がある。
この受付で手続きを行わないと、中には入れないことになる。
受付を通過すると、まずは更衣室に入ることが出来る。
ここで着替えを済ませてから、サウナに向かうことが出来るし、食堂に行くことも出来る造りとなっている。
そして二階と三階は宿泊施設となっており、一部屋で最大四名が寝泊り出来ることになっている。
部屋の数は十部屋だ。
最大で四十名が寝泊り出来ることになる。
少ないのでは?と思われるかもしれないが、日帰りの方もいることだろうし、これぐらいが丁度いいと考えている。
それに宿泊料金は決して安くはしない予定だ。
五郎さん温泉旅館ほどは掛からないが、迎賓館のビジネスホテルほど、リーズナブルにするつもりはない。
どちらかというと、バカンスに使って貰うという方が、意味合いが近いと思われる為、その様にしようと考えた。
宿泊部屋には二段ベットが二つと、遊び心を擽る設備にしており、談笑が出来るテーブルも設置されている。
俺は二段ベッドを使ったことは無いが、寮生活のようで楽しんで貰えることだろう。
そして外周を簡単な木の枠で囲っていく。
特に測量や、丁張などは張らず、手作り感満載の木枠だ。
ぱっと見、素人の手作り感をあえて演出している。
木枠は当初無くても良いかと考えていたが、獣が紛れ込む可能性がゼロでは無い為、止む無く造ることにした。
最後に、入島受付までの道を石畳みで繋げて、完成と相成った。
「サウナ好きのサウナ好きによるサウナ施設」
俺はこの施設を、
「サウナビレッジ」
と名付けることにした。
自然の中で、ただ単にサウナを楽しむ。
贅沢な時間を過ごして欲しいと思う。
ある人は、自分自身の人生を振り返る時間となるだろう。
ある人は、この先の人生を考える時間となるだろう。
サウナの可能性は無限大だ。
大いに整って頂きたい。
俺ももちろん整わせていただくけどね。
サウナビレッジ、よろしくお願い致します!
まずは身内で、サウナビレッジを堪能することにした。
営業を開始するのはまだまだ先だ。
施設自体は造ったが、備品などは持ち込んでいない。
ここからは時間が掛かる作業が多いし、従業員をどうするかもこれからである。
俺は新しいサウナを、まずはじっくりと堪能したい。
今日は三種類のサウナを二セットづつは行いたい。
俺は旧メンバーに声を掛けて、サウナビレッジのサウナに入ることにした。
神様ズはどうせ遠慮なく混ざってくるだろう。
あの人達は外っておけばいい。
気を使う必要は全くない。
好きにしてくれればいい。
メルルには適当に食べ物と、飲み物を準備してくれとお願いしてある。
エルと一緒に携帯用のなんちゃって冷蔵庫に、いろいろと詰めていた。
ギルとノンには既に、サウナの火入れは指示してあり、アロマ水も準備してある。
ポンチョとサンダルに関しては、既に手配してある為、メルラドの服屋にマークが取りに行っている。
まずは一通り巡回して、サウナビレッジを見て周る。
個人的な感想になるのだが、何といってもこの手作り感がいい。
村と形容するにはぴったりだ。
森の中に佇むロッジ風のサウナ達、心が踊る。
ギルからそろそろいいよと『念話』が入った為、まずは更衣室で水着に着替えた。
水着着用のサウナは久しぶりだ。
期待で胸が高まる。
ちょうどマークがポンチョとサンダルを持ってきた為、受け取ると、タオルを持ってサウナに向かった。
その道すがら、皆には好きにしていいからなと声をかけて行く。
最初にシャワーを浴びて、体を洗う。
これは当たり前のマナー。
まず俺は九十度のサウナから入ることにした。
サウナ室の入口にポンチョとサンダルを置いて、アロマ水の入ったバケツと柄杓を持って中に入る。
俺はこのサウナの最初の利用者だ。
今後ともよろしくお願いしますと、俺はサウナに一礼した。
サウナ室に入ると、まだ木の香りが充満していた。
これがアロマの匂いに包まれるサウナになるのだろう。
俺はサウナ一号機を思い出していた。
彼を今は五郎さんが使ってくれている。
はやり少人数で入れるサウナは良い。
スーパー銭湯が出来る前までは、少人数用のサウナを使っていたからか、懐かしさがある。
とてもいい雰囲気だ。
パフォーマンスも悪くない、まだ入って三分と経ってはいないが、汗をかきだしている。
とてもいい感じだ。
雑多な雰囲気が無く、自問自答を行うには打って付けだな。
スーパー銭湯のサウナではこうはいかない。
どうしても周りに目が行きがちだ。
するとギルがサウナ室に入ってきた。
「パパが一番乗り?」
「そうだ、役得だろ?」
「なんか昔のサウナを思い出すね」
「そうだな」
「スーパー銭湯のサウナもいいけど、これもやっぱりいいね」
ギルの奴、分かってるじゃないか。もはやこいつも一端の上級サウナーだな。
「じゃあそろそろやろうか?」
と俺は柄杓を握り、アロマ水をサウナストーンにかけた。
アロマ水が音を立てて蒸気に変わっていく。
これはレモンの香りだな、いいね。
湿度が上がって、一気に体感温度を上げていく。
ああ・・・気持ちいい・・・
「おお・・・いいねー・・・」
ギルが呟いていた。
だいぶ汗をかいてきたな、でももう少し粘ろう。
そこにノンが入ってきた。
「あれ?ロウリュウやっちゃった?」
「ああ、さっきな」
「アウフグースする?」
「いや、いい。そろそろ俺は出るから」
「そう」
とノンは腰かけた。
「じゃあお先に」
と俺はサウナ室から出た。
サンダルを履いて、ポンチョを持って水風呂へと向かう。
ちょっと煩わしいな。
インフィニティーチェアーにポンチョを置いて、水風呂へと向かう。
サンダルを脱いで、掛け水を行う。
おお!思った以上に冷たいな。
一気に水風呂に入る。
「ああ・・・」
思わず声が漏れる。
身体から熱が奪われていく。
いいねー、気持ちいい。
最高だ!
水風呂を出てサンダルを履き、インフィニティーチェアーに向かう。
ポンチョを着て腰かける。
体重を後ろにかけて、一気に横になる。
「ふううー、これはこれでいいねー」
おじさんの独り言が木霊する。
って見た目は若いのか・・・
今回は敢えて、俺とギルの整い部屋は造っていない。
それは純粋にサウナを楽しもうと考えたからだ。
でもこれは・・・自己催眠に入らなくても、神気を吸収できそうだ。
ああ・・・やっぱりいい。
俺は整いを堪能した。
余韻も素晴らしい。
どうやら意識すること無く。神気を吸収できたようだ。
よし、今度は八十度のサウナだな!
俺はサウナビレッジを存分に堪能した。
今はサウナを終え、外気浴場で焚火を囲んでいる。
夕方になり、少し肌寒くなってきたからだ。
これはこれで良いものだ。
「島野さんどうぞ」
とランドがビールを持ってきていた。
「おお、ありがとう」
と俺はジョッキを受け取った。
「「乾杯!」」
ランドと乾杯した。
じっくりサウナ六セット明けのビール、最高だな。
のど越したるやいなや・・・ああ、身体に染み渡る。
充実感が半端ないな。
至極の一杯だ。
「昔のサウナを思い出しましたよ」
こいつもか、まあ皆なそうなんだろうな。
「分かるぞ」
「ですよね、これはこれで俺は好きですね」
続々と皆なが集まり出した。
ちょっとしたキャンプだなこれは。
「島野さん、こうなったらバーベキューにします?バーべキューコンロを持ってくれば直ぐですし」
メルルからの提案だ。
「ああ、任せるよ」
「じゃあ準備しますね、エル、ギル手伝って?」
「分かった」
「ですの」
と三人はバーベキューの準備に向かった。
眼の前の焚火に俺は眼を奪われていた。
外の皆なも、ゆっくりとしている。
不意にロンメルが問いかけて来た。
「なあ旦那、この施設は誰が面倒みるんだ?」
「ああそれか、サウナビレッジはマークに任せるよ」
「俺ですか?」
「そうだ、迎賓館はロンメルが仕切ってくれ」
「そうか分かった。サウナビレッジは旦那の肝いりだ、リーダーがやるべきだろうな」
「そうなのか?」
「妥当な人選だと思うぜ」
「そうだ、とは言っても立ち上げは俺も手伝うから、安心してくれ。あとついでに言っておくと、マークとランドは副社長も兼任してくれ。お前らは昇進だ!」
「嘘でしょ?!」
「マジかよ!」
と二人は驚いている。
だがこれは前々から考えていたことだった。
今はのんびりとしているが、いつかは俺は、北半球に乗り込まなければいけない。
何も情報の無い今の状況としては、万が一を考えなければいけない。
それに聖獣勢は経営には向いていないし、北半球に向かうとなったら、付いてくるというに決まっている。
「そんな・・・本当によろしいのですか?」
「そうですよ、俺達じゃなくても、ゴンとかギルとか・・・」
「よく考えてくれよ、ゴンもギルも柄じゃないだろ?それにノンなんて絶対に向かないし、エルもレケもそうだろ?」
「まあ、そうだろうな」
とロンメルも同意見のようだ。
「お前達は神様ズからも顔が売れてるし、問題ないだろう?なんだ?断るつもりなのか?」
「ちょっと、それはないでしょう!受けるに決まってますよ!」
「そうですよ、やりますよ!」
「だったらこの不毛なやり取りはなんなんだよ?」
とロンメルがツッコんでいる。
まあ、多少は驚いたんだろうが、謙虚さが先だったということだろうな。
こいつららしいな。
「じゃあそういうことで、あとロンメルとメルルも昇進だ。お前らは専務だ。よろしく頼むぞ」
「ああ、分かったぜ」
ロンメルは謙虚さを見せないみたいだ。
まあこいつらしくて分かりやすいな。
「お前達は昇格に伴って給料も増えるから、今度俺に奢るようにな」
「やった!」
「もちろんです!」
「ちゃっかりしてんな、旦那は」
と嬉しさを隠すことは無かったようだ。
そうこうしていると、バーベキューが始まった。
案の定、神様ズが乱入してきた。
神様ズはサウナを後日じっくりと堪能したいと、ちゃっかりと予約していた。
ご自由にどうぞ。
サウナを楽しんでくださいな。
どうぞ骨抜きになってくれ。
やれやれだ。
俺はマークと打ち合わせを行っている。
サウナビレッジの運営についてだ。
まずは人材をどうするのか?というところだ。
話し合う順番としては人・物・金と言ったところか。
まぁ前後しても構わないが。
「マーク実はな、声を掛けたい人材がいるんだ」
「へえー、島野さんが目を付けるって、相当使える人材なんでしょうね?」
「ああ、あいつらは使えると思う。特にリーダーのドリルは空気が読めるし、逸材だな。他にもダノンとサルーも、仕事が出来るタイプだな」
「そうですか」
「あいつらは確か・・・餅・・・いやブルーエッグだったな」
「餅?」
どうしても餅ハンターとしての印象が強い。
餅ハンター改め、ブルーエッグだ。
そうだブルーエッグ・・・覚えれたかな?たぶん・・・
餅の印象が強すぎるよ。
「そこは忘れてくれ。あいつらは二日に一度はスーパー銭湯に来てるみたいだから、俺から声を掛けてみるよ。でもあいつらが、ここで働くことになるかは分からないけどな」
「そうですか・・・ではそこは島野さんに任せます」
俺は確信があった。
前にブルーエッグと話をしていた時に、あいつらはサウナにド嵌りしていて、ダンジョンで得た儲けを、全てサウナに費やしていると言っていた。
更にここで働きたいと漏らしていたからな。
まあ最終的にはどうなるかは、話してみないと分からないけどね。
「それで、外はどうしますか?」
「また客から募集するか?」
「そうですね、それがいいでしょう」
「出来ればサウナ好きな奴に拘りたいな」
「ですね、サウナビレッジですからね。サウナ好き以外は考えられんでしょう」
「後は厨房は、マット君に任せようと思うがどうだ?」
「マットなら問題ないでしょう、ただメルルが何というかは、聞いてみないと分からないですけど」
「メルルなら大丈夫だろう、料理班はめきめきと育っていると言っていたからな」
「そうですか、じゃあ大丈夫でしょう」
「何人雇うかだが、全員で三十名ぐらいでどうだ?」
「多くないですか?」
「いやサウナビレッジに雇うのは二十五名ぐらいで、あとは外の部署に補充したらどうかと思うがどうだ?」
「そうですね、何処に補充しますか?」
「それは今度の会議で聞いてみよう」
「分かりました」
「料金とかはどうしますか?」
「料金もそうだが、今回は時間制も導入しようと考えている」
「時間制ですか?」
「そうだ、朝から終日いられるのもどうかと思ってな」
「なるほど、スーパー銭湯とは、棲み分けを行うということですね」
「それもあるが、サウナビレッジは収容人数を敢えて絞っているだろ?でも出来る限り多くの人に、使って欲しいとも思うんだ」
「・・・」
「だから時間制を導入してみようということさ」
「そうですか、そうなるとどれぐらいの時間にしますか?」
「そうだな、三時間ぐらいでどうだろうか?」
「それは受付から退店するまでですか?」
「そうだ」
「個人的には食事と、少しゆっくりすることを考えると、もう一時間ぐらいは欲しいところですね」
「そうか、そうするか?じゃあ四時間制にして、泊りの客に関してはフリーにするってことでどうだ?」
「そうですね、そうなるとほとんどの客が、泊まりになりませんか?」
「そこは泊りの客は、最大でも四十名だから大丈夫じゃないか?」
「確かに」
「最大の収容人数を百名にすれば、じっくりとサウナを堪能してもらえると思うがどうだろうか?」
「その人数ならじっくりと出来そうですね、たまに渋滞はするかもしれませんけど」
「そこはどうにかなるだろう、あとサウナビレッジは完全予約制にするつもりだ」
「随分強気ですね?」
「そうか?」
「そうですよ、完全予約って、そこまでして客は集まりますかね?」
「どうかな?俺としては別にここで、収益を得ようとは考えていないからな」
「そうですか、そういう考えならば、いいかもしれませんが」
「というよりは、サウナをこの日は楽しみたいと、その日に向けて仕事を頑張ろう、という客が結構いるような気がするけどな」
「それは分からなくはないですね」
「あと、ちょっと心苦しいが、ここは従業員の福利厚生には含めたくないな」
「ですね、そうしないと夜は従業員で、いっぱいになりますからね」
「でも、休日に予約を取って利用する分には構わないけどな、ちゃんと料金は貰うけど」
「それはそうでしょう、社員割引もいらないでしょう」
「そうしないと、従業員の保養所になりかねないしな」
「全くです」
「あとは料金ですが、どうしますか?」
「そうだな・・・まずは四時間で銀貨三十枚、泊りは金貨一枚でどうだ?」
「うーん、悩ましいですね」
「この世界の水準としてはちょっと高めだが、それぐらいでいいと俺は思うんだ。それぐらいの価値が、サウナビレッジにはあると俺は思っている」
「そうですか・・・ではそうしましょうか」
「そう構えなくてもいいだろう、それにこの世界にも、サウナ文化が随分根付いている様だし、成るようになるさ」
「それでしたら、いいんですけどね」
マークは真面目だな。
まあ、それがこいつの良いところなんだけどね。
「後は設備だが、厨房は俺とマット君で造っていくよ、備品については任せるが、出来るだけ手作り感のある物に拘ってくれ」
「手作り感ですか?」
「そうだ、高級感は一切いらない。田舎の村をイメージしたいからな」
「なるほど、そういうことですね」
「落ち着く感じが欲しいんだ、だからテーブルとかは木とかの方が良いかもしれないな」
「そうなりますね」
「一先ずはそんなところだな、後は追々詰めていこう」
「分かりました」
その後スーパー銭湯に行くと、案の定ブルーエッグがいたので誘ってみた。
すると、無茶無茶喜ばれた。
サルーに至っては、
「サウナ島に永久就職します!」
と泣いていた。
サウナ島と結婚するつもりか?
そんなになのか?
こちらとしては嬉しいのだが・・・
メルルにマット君の異動について話すと。
「いいですよ、あの子は厨房を仕切れるレベルに達していますので」
と快く受け入れてくれた。
俺はその足でマット君の元に向かい、異動を告げた。
「ほんとですか?ありがとうございます!」
とマット君はガッツポーズを決めていた。
皆な前向きで助かります。
俺はマット君と厨房の作成を行っている。
今回の厨房では、魔道具を大いに使うことになった。
実験的な意味合いもある。
まずはコンロだ。
魔道具のコンロは、親父さんに手伝って貰って、造ることにした。
日本の簡易コンロを参考に、親父さんと開発を進めていく。
親父さんは魔道具の作成にも高い知識を持っており、大いに助かった。
そして換気扇も魔石を埋め込み、常時換気を行う事になっている。
今では魔石と神石は充分の数を確保できている。
魔石は魔獣の森で、ノンとギルが確保してきているし。
神石に関しては、ランドールさんが役立ててくれと、たくさん寄贈してくれていた。
大いに助かっている。
まあ今回に関しては、神石は必要無いのだが・・・
厨房の作りに関しては、極力マット君の意見を取り入れるようにした。
実際に働く者の意見を参考にした方が、良いに決まっている。
そしてマット君からは、意外な申し入れがあった。
それは婚約者がマット君にはおり、一緒に働かせて貰えないかというものだった。
リア充かよ・・・
将来を見越して、連れ合いにも料理を学ばせたいということだった。
まあ好きにしてくれ。
そう言われれば断れる訳がない。
マット君には独立という夢があるのだから、協力しない訳にはいかない。
そして厨房が出来上がると、今度は新メニューの開発に着手した。
というのも、ここではサ飯を提供しようと考えたからだ。
俺の趣味ではないのだが、日本でウケているということは、何かしらの理由があるのではないか?と思ったからだ。
どうしても俺には体を綺麗にした後に、また汗をかくことに抵抗があるのだが・・・
俺の趣味を押し付けるのは良くない。
ここは俺以外の者達の反応を見てみようと思う。
「マット君、新メニューだが、辛い物を中心に行おうと考えている」
「辛い料理ですか?」
「そうだ、俺のいた異世界ではサ飯というんだが、サウナ明けに辛い料理を食べるのが流行っているんだ」
「へえー、そうなんですね。でも何となく分かる気がします」
「そうなのか?」
「はい、サウナ明けには塩分が欲しくなるので、それならば汗をまたかける辛い物を、食べたくなるのは理解できます」
へえー、そうなんだ。
「それに実際、スーパー銭湯の一番人気のメニューは、不動のカツカレーですしね」
「それはそうだが・・・」
確かに実績を兼ね備えているな。
そう言われてみればそうだな。
それにサウナ明けは妙に腹が空くしな。
「そこで俺からいつくか新メニューを伝授する、心して掛かってくれ」
「了解です!」
とマット君は期待に満ちた眼差しをしていた。
俺はまず麻婆豆腐を伝授した。
それも山椒を効かせまくった一品だ。
鼻から抜ける山椒の香りが辛さを助長させる。
「こ、これは・・・山椒のピリッとした辛さが舌に残って癖になりますね」
「だろ?これを米にかけて、マーボー飯として提供しようと考えている」
「お米に合うのは間違いないですね、辛さをマイルドにしてくれるでしょうし」
流石はマット君だ、分かっているな。
マーボー飯は大いにウケるだろう。
そして俺は次に、台湾ラーメンを作った。
台湾ミンチが程よい辛さを引き出している、それにニンニクは増し増しだ。
「おお!これは後を引く辛さです!凄い!こんな料理があったとは」
マット君は一気に平らげていた。
その気持ちはよく分かる。
台湾ラーメンは癖になるよね。
台湾ミンチをちゃんと漏れなく食べれる様に、俺は穴あきスプーンを大量に作成した。
台湾ミンチを全部食べ切るにはこれは必須だ。
無くてはならないとも言える。
そして俺の拘りのスパイシーピザを作った。
これはチリソースをベースに、唐辛子を練り込んだソーセージとハラピーニョ、そしてアンチョビをトッピングしたピザだ。
俺はハラピーニョの辛さが好きだ。
某バーガー店のスパイシーチリドッグに、トッピングされている、ハラピーニョを始めて食した時の衝撃は、今でも忘れない。
こんな辛さがあるのかと、連日リピートしたことを覚えている。
これにマット君は大興奮していた。
「この辛さは異次元です!」
と少々分かりづらい食リポをしていた。
まあ気に入ってくれたということだろう。
そして更に、石焼きチーズカレーを伝授した。
表面をカリっと焼き上げる、このチーズカレーにマット君は唸りまくっていた。
「チーズをこんに感じる料理は始めてです」
とのことだった。
いやピザがあるだろう、とはツッコまなかった。
マット君のケアレスミスという事で・・・
最終的にこの四品を軸に、定番のカツカレーを加えたメニューを提供することにした。
ただ、辛い食事が苦手な人もいる為、通常の辛くないメニューも加えることにした。
だが塩分が過多の料理が多いのは、趣旨をちゃんと理解したマット君の考えだ。
特に塩おにぎりは、分かり易くてちょっと笑えた。
そして遂にある商品の作製に成功した。
それは『サ水』である。
とは言っても、分かり易いところのスポーツ飲料だ。
もっと分かり易く言えば、オロポのポの方である。
サウナ好きにしか通用しないかな?
ほんとはオロポを作りたかったが、オロの方が作れなかった。
小さな巨人は作るのが難しいということだ。
ネタが古くてすいません。
精神年齢が定年なもんで・・・
塩分と糖分のバランスに相当頭を悩ませた。
最終的には味の良しあしにまで拘り、これでどうだ!
という一品が完成した。
これは売れるだろう。
俺は『サ水』の満足感で整いそうだった。
かくして準備は進められていった。
再度マークと打ち合わせを行っている。
「人員に関しては、ほとんど完了しました」
「そうか、受け入れ態勢は問題ないか?」
「はい、ほとんどの者が既にサウナ島で住んでいます」
「なるほど、実際の業務についてはどうなんだ?」
「ほとんどの者がレクリエーションを終了し、後は配置を待つばかりです」
「そうか、じゃあ配置に着かせてくれ。いよいよプレで実施だな」
「ですね、プレはどうします?」
「そうだな、まず三日間は旧メンバーと神様ズで良いんじゃないか?神様ズに関しては勝手に使ってるんだろう?」
「はい、困ったことに、遠慮は全くありませんね」
「・・・」
あの人達は全く・・・
ちょっとは遠慮ってもんを覚えて欲しいものだ。
まあいいけど・・・
もう慣れたし。
「その後一週間は、休日の従業員達に客役をやって貰おう」
「そうしましょう、皆な喜びます」
「そうか、でも旧メンバーも、使いたい奴は使ってもいいぞ、人数的にもその方がいいだろうしな」
「そうですね、そうしましょう」
「神様ズはどうします?」
「好きにさせてやってくれ」
「ですね」
恐らくほぼ全員が入りにくるだろう。
既に何人かの神様ズが、そういった反応を示している。
それに本格稼働したら、神様ズでも予約をして、料金を払わないと使えないと宣告している。
そりゃあそうだろう、俺でも予約を取らなければ、入れないとしているのだ。
ここは役得は通じない。
特別配慮は俺であっても無しということだ。
その所為か、皆が皆こぞって、連日サウナビレッジに訪れている。
特にド嵌りしているのが、オズとガードナーで、本格稼働し出しても、週一はマストで通うと豪語していた。
後、余談として五郎さんが、従業員を数名連れて来ていいかと申し入れがあった。
外の神様ズには同行は許していない。
その理由は明らかで、何人連れてくるか分かったもんじゃないからだ。
スーパー銭湯のプレオープンで、俺は懲り懲りしている。
あの人達の遠慮の無さは、折紙付きだ。
だが五郎さんは別なのには理由がある。
それは温泉街『ゴロウ』でサウナを導入するという案が、浮上しているからだった。
俺は遠慮なくサウナ導入してくれと、五郎さんに話している。
そして、それをアドバイザーとして、サポートして欲しいと言われている。
遂に島野守プロデュースのサウナが、サウナ島以外の場所でもお披露目となるかもしれない。
俺は嬉しくて溜まらなかった。
今はどんなサウナにしようかと、思案中である。
いくつか案が既にあるのだが、サウナビレッジが一段落ついてから、話し合おうということになっている。
まだまだ楽しみがあるようだ。
嬉しいなー!
三日間のプレを終え、一度反省会を行うことになった。
「では皆さんお疲れ様」
場所はサウナビレッジの食堂だ。
「いつくかの意見を元に、これから反省会を行う」
「「「はい!」」」
と良い返事が木霊する。
今回の募集倍率は、なんと五十倍という異例の数字を叩きだした。
面接官が足りなくなり、急遽ランドとロンメルにも手伝って貰う事態となっていた。
それを潜り抜けた精鋭達である。
皆が皆、優秀で助かる。
それにサウナジャンキーが、ここまでいたのかと、俺は嬉しくもあった。
面接に訪れた者達の多くがサウナ愛を語り、俺はそれに耳を傾けた。
頷ける話がほとんどだった。
是非サウナフレンズになりたいものだ。
そして数名から、俺はサウナの神様であると、大衆に言われていることを知った。
悪い気はしなかった、というより本位である。
サウナの神様・・・照れるじゃないか。
でも厳密には全くもって違うのだが、気が大きくなった俺は、敢えて否定しないでいた。
だって嬉しいんだもん。
俺はアンケート用紙に目を通した。
「まずはサウナの温度が、思いの外低かったように感じたという意見だ、温度管理班どうだ?」
ブルーエッグのドリルが手を挙げる。
「どうしても、扉の開閉が多いと温度が落ちるようです」
「そうか・・・二重扉に変えるか?どう思うマーク?」
「スーパー銭湯の二重扉と同じにするということですよね?温度管理という点では良いと思いますが、手作り感からはちょっと離れる気がします」
「そうだよな・・・そこは譲れないな・・・ドリル、温度管理の見回りを倍に出来るか?」
「多分問題ないかと・・・」
「じゃあ、一先ずはそれで様子見だな」
「はい、分かりました」
「次に・・・これは要らんな」
その意見は台湾ラーメンが辛すぎるという意見だった。
この文字は・・・ノンだな。
無視でいいだろう。
あいつは何がしたいのだか・・・
よく分からん。
「今度は清掃に関してだ、外気浴場の地面の土がむき出しなのが気になる、という意見だ。お前達はどう思う?」
ダノンが手を挙げる。
「これは私の意見ですが、水風呂の後にはどうしても水が身体に着くので、ポンチョを着ても地面が濡れて、ビショビショになってしまいます。それはそれで気持ちは分かりますが、自然の中でサウナを楽しむ、というコンセプトを考えると、それすら楽しんでくれと思うのですが、いかがでしょうか?」
「うーん、その意見は妥当だが、実は俺もこれに関しては思った部分だから、石畳みを敷こうと思う、ダノン良い意見だ、ありがとう。マーク明日には対応を始めるぞ」
「了解です、この中でも手の空いた者は手伝うように」
「「「はい!」」」
このようにして反省会は行われていった。
五郎さんが従業員を連れてやってきた。
案の定大将も紛れていた。
俺は絶対に大将が来ると思っていた。
大将は当然のように厨房に入り、マット君と新メニューについて話をしていた。
大将はハラピーニョに目を付けたご様子で。
「島野さん、このハラピーニョは仕入れできますよね?!」
と大興奮していた。
まったくこの人はブレないな。
関心するよ、全く。
料理馬鹿一筋だ。
好きにしてください。
「それで、五郎さん。サウナ計画はその後どんな感じですか?」
「サウナを導入することは、概ね了承なんだがな。今のお前えから貰ったサウナや、ここのサウナと同じじゃ面白くねえだろ?どうしたもんかと思ってな」
「それなら俺が良いアイデアがありますので、任せてください」
「そうなのか?」
「こことも被らない、斬新なサウナをプロデュースしますよ」
「本当か?なら島野に任せるか?」
「ありがとうございます」
「お前え以上にサウナを知り尽くしている奴はいねえからな、それに島野が知恵を貸してくれたと言えば、宣伝効果にもなるってなもんよ」
「ハハハ、そうですね。どうやら巷では俺は、サウナの神様って言われてるみたいですからね」
「らしいな、笑ったぞ!」
ですよねー。
「まあ、本格稼働は落ち着いてからになりますが、任せてください」
「ああ、期待してるぞ!」
と五郎さんの温泉街にも、サウナ文化は広がりつつあるようで俺は嬉しかった。
その後、従業員達のプレを経て、サウナビレッジの最終調整が行われていった。
最後にサウナビレッジの従業員達が、自分達で使ってみるという過程を、今は行っている。
やはり自分達で使ってみると、感じるものがあるだろうということだ。
そしてその効果は絶大で、ほぼ全ての従業員達が、感じるものがあったようで。
顔つきが変わっていた。
そもそもサウナを好きな者達だから、尚更だろう。
ほとんどの従業員から、
「島野さん、サウナビレッジは最高です!」
「俺はここに就職が出来て光栄です!」
「サウナは宇宙です!」
と声を掛けられた。
まあ、頑張って欲しいものだ。
さて、いよいよ明日から予約受付となるが、どうなることだか・・・
俺は期待と不安が入り混じった想いを抱えていた。
遂にサウナビレッジの予約受付が始まった。
早くも長蛇の列が並んでいる。
その数なんと五百名弱・・・
皆な、どんだけサウナが好きなんだか・・・
嬉しい・・・
ああ!最高だ!
こんなに多くの者達、がサウナを愛してくれているのか・・・
この光景を見るだけで、もはや整いそうだ。
スーパー銭湯で見かける者達が多く、その中にはよく話し掛けてくるお客達も、ちらほらいた。
「島野さん、遂にやりましたね。この時を待ってましたよ!」
「サウナに特化した施設とは、行かない訳にはいかないでしょ!」
「流石はサウナの神様だ。ワクワクしかないですね!」
と期待値は高いようだ。
俺はその光景を飽きずに見ていたいが、そうとも言ってはいられない。
予約受付が大渋滞となっていた為、俺は受付を手伝うことにした。
受付を手伝っていると、ここでも様々な人達に声を掛けられた。
「予約出来て良かったです!」
「三時間待った甲斐がありました!」
「早く予約日が早くこないかな?」
と待ち詫びる声が多かった。
朝から始めた予約受付だが、夕方になるまで対応は続いた。
その後もちらほらと、予約に訪れる人達は続いたが、手伝うほどでは無くなった為、俺は一度事務所に帰ることにした。
事務所に戻ると、やっと一息つくことができた。
ゴンに入れて貰ったアイスコーヒーを飲んでいる。
そういえば、昼飯を食べてなかったな。
急にお腹が減ってきた。
今日は風呂前に飯にしよう。
それにしても、サウナビレッジは大好評のようだ。
多少の不安があったが、要らない世話だったようだ。
あそこまで喜んでもらえるとは、正直思っていなかった。
だがまだまだこれからも、ブラッシュアップを行っていかなければいけない。
今後のアンケートも読みごたえがありそうだ。
遂に明日はサウナビレッジのグランドオープンだ。
スーパー銭湯の時とは違って、セレモニーは行わないし、五郎さん達にも、花などは要らないからと遠慮気味に伝えてある。
明日は流石に、現場に入ってみることにしようと思う。
流石にそこに駄目だしを行う者はいないだろう。
その後は現場に任せることにするつもりだ。
サウナビレッジに関しては、ヘルプやアドバイスを求められない限り、俺は客として見守ろうと思っている。
まあ、マークなら問題なくやってくれるだろう。
あいつに任せておけば、大丈夫だろう。
サウナビレッジオープン初日。
オープンを前に予約のお客が並んでいた。
まだオープン一時間前なのに・・・
予約の意味ある?
近づいていくと、
「待ちきれなくて、並んじゃいました!」
「いても経ってもいられなくて」
「ちゃんと時間まで待ってますから、気にしないでください」
と声を掛けられた。
気持ちは分かるが・・・
気にしない訳にはいかないでしょうが・・・
中に入るとさっそく従業員がオープンに向けて、準備を開始していた。
受付に入っていくと、マークから。
「どうします?開けます?」
と案の定、相談された。
「いや、時間まで待ってもらおう。そうじゃないと予約の意味が無くなるし。早くこれば長い時間居れると、勘違いされても困るからな」
「そうですよね」
「でも、お茶ぐらいは出してやろう。せっかく楽しみにしてくれているんだからな」
「そうですね、そうします」
とマークは厨房に入っていった。
俺もそれを手伝うことにした。
オープン待ちの客は、喜んでお茶を飲んでいた。
これぐらいはしてあげてもいいだろう。
俺は施設内を見回ることにした。
サウナの中にも入ってみる。
サウナ室内には既に火が入っており、温度も上がってきている。
実は全てのサウナと、水風呂や外気浴場の至る所に、想像神様の小さな石像が飾ってある。
大きさは親指ぐらいの小さなフィギュアだ。
それがどうにも可愛いと従業員や、これまで訪れた神様ズからは好評だ。
中には動きを付けた、フィギュアや顔を大きくした二頭身人形のような物まである。
マークからは、
「いっそのこと販売してみればいいじゃないですか?」
と言われたが、想像神様を販売するのはどうかと思い、止めておいた。
もしかしたら神気減少問題に役立つかも?とも思ったが・・・流石にねえ。
そこで、俺は不定期にというより、俺の気まぐれでサウナビレッジに予約をしてくれた人達に、フィギュアを差し上げるとこにした。
既に差し上げる用に作った百体は、無くなっている。
フィギュアを作るのは簡単なので、大きめの石を集めて来ては、気が向いた時に造ろうと思っている。
これは俺の趣味だな、神気減少問題に役立つかはよく分からないので、積極的に造ろうとは考えてはいない。
気が向いた時に造ろうと思う。
次に水風呂を見て周った。
水風呂に手を入れてみる。
これは良い温度だ、おそらく十四度ぐらいだろうか?
最も整いを得やすいと言われている温度だ。
だがここは温度管理を行っていない水風呂だ。
入水時間によっては、温度は上下する。
これがまた良いと俺は思っている。
川から浄水池を経て、ダイレクトに引き込んでいる水だ。
川の水と言ってもいい水だ。
川の水の水風呂とは、贅沢な水風呂だ。
気持ちいいに決まっている。
まさに大自然の水風呂だ。
いや、川の水から不要な不純物や汚れや、微生物を取り除いているのだから、大自然以上と言って良いかもしれない。
それも五右衛門風呂方式だ。
是非とも楽しんで貰いたいものだ。
外気浴場も、一部の改装は既に対応済で、完成している。
あとオープンまで三十分。
最後に俺は厨房を覗くことにした。
「マット君、順調か?」
マット君はまな板を掃除していた。
「あ、島野さん。おはようございます」
「おはようさん」
俺は手を挙げて答える。
「特に問題はないかと」
「そうか、厨房は早くても十一時までは暇だろうな?」
「そうでも無いかもしれないですよ」
「そうなのか?」
「ええ、サ水です」
「ああ・・・」
サウナビレッジのオープン時間は十時だ。
従ってチェックイン時間も十時で、チェックアウト時間は一時間早く九時だ。
厨房の稼働時間は十時から二十四時で、泊り客の朝食は提供しない方針だ。
今の話のサ水に関しての話は、少し遡ることになる。
それは俺が全従業員に対して、なんちゃって水筒を、福利厚生として無料で提供している。
サ水完成と共に、先行してサ水をスーパー銭湯で、販売を行ったところ。
これに目を付けた客の一部が、なんちゃって水筒にサ水を入れて飲みたい、との意見が殺到したのだ。
実際にその様に使っている従業員が増え、話題が話題を呼び、なんちゃって水筒を販売して欲しい、との声が多数に渡っていた。
そこで、俺はゴンガスの親父さんに発注して、なんちゃって水筒の大量生産を行うことにした。
そのなんちゃって水筒は、このサウナビレッジのみで販売することになっており、実は予約受付時に大量に販売されていた。
親父さんからは、
「儂の鍛冶屋でも販売させてくれんかのう?」
と言われたが、予約の足しになると考えた俺は。
「サウナビレッジがオープンしてから、一ヶ月経ってからならいいですよ。その分仕入れ値は勉強しますので」
と合意に漕ぎつけた。
親父さんとしては、俺がなんちゃって水筒を造れることは、分かっているので、受け入れざるを得なかったということだろう。
俺としてはサウナビレッジの、予約に保険を掛けたかっただけのことでしかない。
その為、厨房も開始時間の十時から、気が抜けないということだ。
「まあ、でもそれぐらいなら負担にはならないだろう?」
「なんですけど、気は抜けないです」
マット君は真面目だな。
というよりは、初日だから力が入っているのかもしれないな。
「まあ、いつも通りやっていこうや」
「そうですね」
俺はその後、料理の仕込みを確認して、受付に行くことにした。
そろそろオープン時間となる。
そこでちょっとした出来事が起こった。
なんと神様ズが全員勢ぞろいしていたのだった。
何でかな?
聞いて無いのだが?
入口の外に行くと、さっそく五郎さんから声を掛けられた。
「島野、おめでとう!」
「「「おめでとう!」」」
と歓迎ムードだった。
「いやあ、お前え、花も要らねえと言われちゃあいたが、せめてお祝いに来ない訳にはいかねえだろう!」
「そうだの、お前さん、それぐらいはいいだろ!」
「そうですよ、島野さん!」
と、どうやらオープンを祝いに来てくれたようだ。
「ありがとうございます!」
「じゃあ景気づけだ!」
というと俺は宙を舞うことになった。
「「バンザーイ!」」
と結構な高さを舞っていた。
「「バンザーイ!!」」
更に大きく舞っていた。
「「バンザーイ!!!」」
と落とされる気配を察知して、俺は上空に留まった。
神様ズを上空から眺めると、
「くそう!」
「落ちて来いよ!」
「躱すな!」
と不評を買ってしまった。
俺はゆっくりと降りていった。
「いやいや、危ないじゃないですか?勘弁してくださいよ!」
「ガハハハ!」
「ハハハ!」
「何はともあれ、おめでとう!」
「ああ、おめでとう!」
と不要な洗礼を受けてしまった。
「ありがとうございます。せっかくですから、ちょっと早いですけど、飯だけ奢らせてもらいますよ」
何もせん訳にはいかんだろう。
「よ!待ってました!」
「嬉しいわ!ムフ!」
「タダ飯最高!」
と予期せぬ流れになってしまった。
祝ってくれたんだから、何もしない訳にはいかないでしょう?
やれやれだ。
でもこの人達の最大限の想いを受け取って、俺は嬉しくもあった。
まあ何かあるとは思ってたんだけどね。
こうなるとは思ってもみなかったよ。
その後オープン時間を迎え、サウナビレッジの、グランドオープンが始まった。
予約客が続々と入店していく。
俺はその様子を神様ズと見守った。
感慨も何もあったもんじゃなかった。
その後、神様ズを伴って食堂に入り、食事を奢ることになってしまった。
マット君からは、
「島野さん、さっきの不毛なやり取りは何だったんですか?」
とマット君に睨まれてしまった。
「すまん、文句は神様ズに言ってくれ」
「言える訳ないじゃないですか?」
「だな・・・手伝うよ」
と俺は厨房を手伝うことにした。
神様ズは辛い料理に舌鼓を打っていた。
口々に、
「辛い!けど旨い!」
「辛さの奥に何かおるぞ!」
「辛いは芸術よ!」
「僕にはー、無理ー」
「ガハハハ!」
と独特な感想を述べていた。
食事を終えた神様ズは、祝いの言葉を残して退散していった。
朝から何やってんだか、あの人達は。
さて、仕事に戻ろう。
俺は店員のユニフォームである法被を着て、サウナ室を見て周った。
すると、客から声を掛けられた。
「あれ?島野さんは入らないんですか?」
「そうともいかんだろう」
「何でですか?」
意外そうな顔をしていた。
「ここは完全予約制だからな」
「ええー!役得はないんですか?島野さんはここのオーナーですよね?」
「役得なんて有る訳ないだろう、公私は分ける質なんでね」
「凄い!流石だ!」
何が流石なのかは分からんが、言いたいことはわかる。
でもここは譲れんところだ。
「まあ、そういうことだ」
俺は羨望の眼差しで見つめられていた。
後日談になるのだが、この俺ですらも予約しないと入れない、完全予約の意味が噂によって広まり。
サウナビレッジは更に人気の施設となっていった。
当初は値段が高いとの意見もあったようだが、オーナーである、あの島野ですら、予約をしないと使えないとのことが、さらに人気に拍車を掛けていた。
俺は、その他の施設も一通り見て周り、手が足りてないところは、積極的に手を貸して周った。
それにしても、よく客に話し掛けられる。
顔見知りのスーパー銭湯の常連がほとんどであるが、ほとんどの者から。
「おめでとうございます!」
「やりましたね!」
「最高の施設をありがとございます!」
と言われた。
実に誇らしく、嬉しい出来事だった。
どうやらサウナビレッジは、この異世界では、最高の娯楽施設となるようだ。
今後も更にサウナ文化が広がることを、俺は切に願うのだった。
その後も俺はほとんどの従業員に声を掛けつつも、お客の動向を見守ることにした。
それにしても笑顔が多い。
嬉しい事だ。
外気浴場では、さっぱりした表情を浮かべる者達が多く。
気持ちよさそうにしていた。
大いに整ってくださいな。
俺はそれを満足げに眺め、この日の仕事を終えることにした。
サウナビレッジのグランドオープンから三日が経っていた。
既に評判が評判を呼び、どこでもサウナビレッジが話題になっていた。
これが日本ならば、取材が殺到している事態だろう。
テレビやら何やらで、大忙しだっただろう。
だがここは異世界、そんな煩わしさは無い。
ありがたいことです。
予約状況もほとんど四ヵ月先まで埋まっている。
後はブラッシュアップをどう行っていくかである。
そこで、まずは軌道に乗り出すサウナビレッジよりも、スーパー銭湯に目を向けることにした。
まずはメルルと新メニュー会議だ。
「やっぱり辛い物はサウナビレッジの売りでもありますので、ここは甘味を増やしてはいかがでしょうか?」
やはりそうきたか・・・
メルルは甘味に目が無いからな。
それに何と言っても、メルルとしては辛い料理に負けたくはないとの、意気込みもあるのだろう。
焦燥感に満ちているのが分かる。
彼女のプライドが許さないのだろう。
「そうだな」
「何かこれと言った物は無いでしょうか?」
「まずはソフトクリームの完成を急ごう」
「ですね、忙しさにかまけて目を向けていませんでした」
「そうだな、アイスクリームとは違う、甘くて冷たいスイーツと言えば、ソフトクリームだしな」
「ですね」
「問題は温度管理なんだよな」
「魔石でどうにかできませんかね?」
「実は神石ではどうにか出来るんだ・・・それでは意味がないだろ?」
「どういうことですか?」
メルルは分かっていないようだ。
「ソフトクリームの最大の難点は温度管理にある。そこで俺の『限定』の能力を使えば、一定の温度の材料のみが送り出されることになる。そうなれば材料は確保できるから作成は可能なんだ」
「なるほど『限定』ですか?その問題点は一定の温度を保つということですよね?」
「そうだ、氷の様に固まってしまってはいけないし、温度が高くなってしまってはビショビショになってしまうんだ」
「そうなると、温度を一定に保つことが重要と・・・」
「そうだ、なんちゃって冷蔵庫の様にはいかない。あれは徐々に温度は低下していっているからな」
「そうですね、定期的に氷を補充してますからね」
「そこなんだ、もしかしたら氷の大きさを決めて、補充時間を決めて行えば、出来なくは無いかもしれないが、管理には人が張り付かないといけなくなる可能性が高いんだ」
「それでも、そうするだけの価値があるのでは?」
「そうかもしれないな」
でも問題点がある。
「温度管理のプロが必要だな。そう言った人物に心当たりはあるのか?」
「・・・ノービスが良いかもしれません・・・」
ノービス?
誰だ?
多分家の従業員なんだろうけど、申し訳ないが、全員の名前を憶えれてないんだよね。
特に二百人超えた辺りからは・・・すまん。
「誰?」
「ああ、島野さんはあまり見かけないかもしれませんが、家の料理班にいるスタッフです」
「そうか、でもそのノービスだけでどうにかなるのか?ノービスが休みの日にはどうするんだ?」
「・・・そうでした・・・」
メルルは見落としに気づいたようだ。
「ひとまずはトライアンドエラーを繰り返すしかなさそうだ。最悪は神石でソフトクリームマシーンを造ってみるかだな」
「・・・」
「あと実はな、今まで手を付けて来なかった究極の甘味があるんだ・・・」
この世界にはない、究極の甘味。
俺の好みではないので、積極的には取り入れなかったし、俺は敢えてこれまで手を出してこなかった。
それには理由がある。
甘味の少ないこの世界で、これが流通するとなると、大きく反響を呼ぶのは、火を見るより明らかだからだ。
「それは・・・」
メルルが息を飲んでいる。
「チョコレートだ!」
「チョコレート!」
メルルが仰け反っていた。
お前チョコレートを知らないだろうが!
まあノリが良いということで・・・
「ああ、そうだ」
と俺はメルルを伴って、畑に向かった。
アイリスさんに了承を得て、畑を拡張した。
そしてそこにカカオの木を『万能種』で栽培することにした。
カカオ豆が栽培できるまでに、五日間掛かった。
そしてここからの工程だが、まずはカカオ豆からカカオマスとカカオバターを作らなければならない。
まずはカカオ豆を『熟成』の能力で発酵させ、それを乾燥し、ローストする。
それを今度はすり潰して、カカオマスが完成した。
更にカカオマスから『加工』でカカオバターを抽出する。
これで後は砂糖や乳製品等と、どう配合を合わせていくのか?ということになる。
ここからはメルルと実験の日々が続いた。
途中参考に日本のチョコレートを持ち込んでみようか?とも思ったが、思い留まって止めておいた。
ここはズルをしてはいけない。
最初に俺は適当な配分で、ミルクチョコレートを作ってみた。
型版は『万能鉱石』で造った。
試作品一号のミルクチョコレートを試食したメルルは大興奮。
眼がハートになっていた。
はやりこうなったか・・・
興奮するメルルを宥め、一番良い配合を見定めていく。
目指したのはビターなチョコレートと、ミルクチョコレート。
そこで俺は改めて肉体は若いのだと実感した。
試食を繰り返した結果、なんと吹き出物が出来たのだ。
駄目元でエルフの薬ブースに駆け込んだところ、塗り薬を貰った。
それを塗ったところ、物の半日で吹出物は完治した。
エルフの薬、凄!
エルフの伝統の破壊力やいやな。
そして最初にビターなチョコレートが完成した。
そこに俺は手を加えて、チョコバナナを作ってみた。
料理班のスタッフは大歓声に沸いていた。
チョコバナナは新メニューに即時採用となった。
次にミルクチョコレートが完成し、まずはチョコアイスを新メニューに加えた。
そして次はクレープの皮の作成に取り掛かる。
タンパク質が少なくて柔らかい、軟質小麦から薄力粉を作り、砂糖、溶き卵を加えて泡立てる。
牛乳を少しづつ加えて混ぜ合わせる。
オリーブオイルを少々加え、なんちゃって冷蔵庫で一時間ほど寝かす。
そこからはクレープ用に作成しておいた、円盤状のフライパンに火魔法を付与して有る魔石を『加工』で設置する。
ここからは薄っすらと油をひいてから、軽く拭き取り、生地を作っていく。
そして出来上がった生地に、生クリーム、溶かしたビターチョコ、イチゴをトッピングして、生地を撒いていく。
料理班に期待の眼差しで、見つめられている俺。
ちょっと照れるな。
完成したクレープをメルルに渡した。
既に涎が垂れそうな口元をしているメルル。
周りの目など一切気にせずに、一心不乱に貪りついていた。
一蘭かよ・・・一人の世界に入るんじゃないよ。
食べきったメルルは、何故かガッツポーズを決めていた。
そして一気に沸き立つ料理班。
「きたー!」
「料理長のガッツポーズ!」
「旨いに決まっている!」
「俺にも食わせてくれ!」
と今度は俺が一心不乱に、クレープを作る羽目になっていた。
お前ら自分でやれよな・・・
お前らならこれぐらい、見てたんだから出来るだろうが?
そして、ソフトクリームマシンが完成した。
妥協に妥協を重ねた、神石バージョンである。
本来そうすべきではないのだが、今後も開発は行うことを約束に、俺は作成に踏み切った。
そうすべきでない理由は明らかだ。
俺に負担が生じるからだ。
各自で出来ないようでは、意味が無いからだ。
今回工夫したことは、神石を取り外し可能にしたことだった。
これによって、俺がいない時でも使用が可能である。
自然操作の氷によって、マシーン内のソフトクリームの材料が冷やされるのだが『限定』で一定の温度に保つことができる。
そこに俺が神力を込めた神石を、神力が切れたら取り換えるといった寸法だ。
これにより、バニラ味、チョコレート味のソフトクリームが完成した。
そしてスーパー銭湯の大食堂では、甘味の一代ブームが巻き起こっていた。
サウナビレッジには負けないと、スーパー銭湯が起死回生の反撃に出たのである。
今やサウナ島は料理大戦争が起こっていた。
辛み対甘味だ。
各自各々の言い分にて、闘争が繰り広げられていた。
「味の最高峰は甘味である!」
「否、辛みのインパクトの方が上である!」
「甘未の幸福感には、世界平和を感じる!」
「辛みは世界を温かくする!」
などとの意見があった。
そして俺はそれをぬるい眼つきで、生温かく見守っていた。
・・・どっちでもいいでしょうが・・・
ていうか、どっちも旨いじゃないか・・・
なんで争うんだ?
訳が分からん。
そして遂に俺の前に、あの女神がやってきた。
来ることは分かっていたのだが、正直面倒臭い。
ていうか、そもそもこの人こんなキャラじゃなかったよね?
「島野君!またやってくれたわね!」
エンゾさんである。
「なんですか?」
「チョコレートよ!」
始まったよ・・・
もはやこの人は甘味クレーマー女神でしかない。
残念で仕方がない。
もっとこう女神然とした凛々しさであったりとかさ・・・あったじゃない?
「チョコレートが何か?」
エンゾさんが全力で睨んでくる。
何でこの人はこうも俺が甘味の新メニューを作ると、文句を言ってくるんだ?
どうにも分からん。
「美味しすぎるじゃないのよ!」
はあ?
「もう手が止まら無くなっちゃうのよ!こんな神を駄目にする様な甘味は、作っちゃ駄目よ!」
嘘でしょ?
そんな理由なの?
相手にしてられない。
ただの残念女神だった・・・
「お疲れ様でした・・・」
と言って、俺はその場を立ち去ることにした。
背後に何かを叫ぶ気配を感じたが、俺は無視することにした。
いい加減にしてくれよ。全く!
そして五郎さんの温泉街に、新たなサウナの導入が正式決定した。
今はその最終打ち合わせを、五郎さんの執務室で行っている。
「それで島野、お前えはいってえどんなサウナを造ろうってんだい?」
「・・・それは・・・移動式サウナです!」
五郎さんは慄いている。
「移動式って・・・どういうことでえ?」
「簡単に言うと、荷車の上にサウナを造るんです」
「・・・」
「まずメリットとしては、どこでもサウナが可能ということです」
「だろうな」
五郎さんは頷いている。
「そしてデメリットは、収容人数が限られるということです」
「だな」
「そのデメリットを無くす為に、複数個移動式サウナを造ります」
「ああ・・・」
「そして水風呂はヒノキの水風呂を、五郎さんの『収納』で持ち運ぶ、又は移動式サウナの上部に格納できるように、設計しようと考えています」
「なるほどな」
「大枠はこんな感じですが、どうでしょうか?」
五郎さんは腕を組んでいる。
「儂の希望に沿ってはいるな。場所を選ばず、今の施設の改装を伴わねえ。いいんじゃねえか?」
「でしょ?実はこっそりと一台造ってみたんです」
「なに?!」
そりゃあ驚くよね、要らないと言われてもサウナ島で使えばいいかと、安易に造ってしまったんですよね。
嬉しくなってついね。
「お前えって奴は・・・分かった見に行くぞ!」
「了解です」
俺達は連れ立って赤レンガ工房に向かった。
赤レンガ工房では、ゴンガスの親父さんがこれは何だと、移動式サウナを眺めていた。
「おお、お前さん、お?五郎もおるのか。して、これは荷車か?」
親父さんは不思議そうに眺めている。
内部をみれば分かるもんだが、流石にそれは気が引けたんだろう。
煙突のある荷車なんて無いからね。
「親父、これは移動式サウナなんだとよ」
「なんと?それで煙突があるんだのう?」
「そうです、中を見てみましょう」
俺は二人を移動式サウナに備え付けの梯子を掛けて、扉の中に誘った。
「おお!これはサウナだのう!」
「ああ、サウナだ。それも島野から貰った奴に似ているな」
「でしょ?車輪と軸は軽量な材質を使ってます、それにこの世界の荷車の車輪と違って、ゴムを使用してますので、軽い力で運べます」
車輪も力の分散と、運びやすさを優先して六輪あるんだよね。
これなら力持ちの人でも運べてしまう。
まあ馬に引かせることも出来るけど。
ヒノキの水風呂はサウナ室の屋根に、すっぽりと嵌る様に設計されているし、側部に備え付けることも出来る。
自慢の一品だ。
正直サウナ島で使いたいぐらいだ。
「これをいくつ造るつもりなんでえ?」
「後三つと考えてますが、どうでしょか?」
「まあ、それぐらいが妥当か、島野から聞いた時には、何のこったいと思ったが、こうやって見てみるとありだな。否、これがいいな!」
嬉しい事言ってくれるじゃないですか。
「ありがとうございます」
「いや、礼を言うのはこっちのほうでえ」
「五郎よ、お前さんはこれを温泉街で使うってことなのか?」
「おお、遂に本格的に儂の温泉街も、サウナを導入するぜ」
「そうか・・・サウナは凄いのう。もはや南半球にサウナを知らん者はおらんかもしれんのう?」
「それは言い過ぎじゃないですか?」
「いや、あながちそうとも言えん、お前さんが開いたスーパー銭湯から始まり、サウナビレッジ、そして温泉街『ゴロウ』、娯楽の中心地には必ずサウナがある。それは紛れも無い事実だの」
「確かにな、親父のいう事も間違っちゃいねえな。結局は島野の手のひらの上ってことか?」
手の平の上って、止めてくださいよ。
「ちょっと、止めてくださいよ。俺はただ単にサウナ好きの異世界人でしかないんですよ」
「馬鹿言うんじゃねえ!お前えはそれ以上に、この世界の有り様を変えちまったじゃねえか、それに神気問題にしてもお前えがいなけりゃ、どうなってたことか、自分を卑下するんじゃねえ!」
ちょっといきなり真面目に叱らないでくださいよ。
分かってますって。
少しは謙遜させてくださいよ。
俺が引いているのが分かったのか、五郎さんが、
「ああ、すまねえ。柄にも無くちょっと力んじまった」
「五郎や、気持ちは分かるぞ。儂らとしたら歯痒いからのう。島野任せになっているのは事実だからの」
「・・・」
「悪かったな島野、気にしねえでくれ」
と五郎さんは頭を垂れていた。
でも気持ちは分からなくはない。
俺にとっては好きにやってきたことでしかないが、この世界の神様達にとっては、自分に何が出来るのか?と自問自答をすることになっていたのかもしれない。
常にこの世界の平和や、安寧を考えている人達に代わりは無いからだ。
その点、俺はお気楽だし、好きにやっている様に見えて当然だ。
そんな俺が謙遜しては面白くは無いだろう。
でも俺としてはこのスタンスは変えないし、変えようが無いからね。
でもそろそろ神気減少問題に関しては、取り組まなければならないかもしれない。
それは分かっている。
でもあまりに情報がない、手の付けようも無いのも事実だ。
どうしたものか・・・
その後、移動式サウナは温泉街『ゴロウ』の目玉イベントとなり、多くの客から支持される施設となった。
それを守は恍惚の笑みで、眺めていたのだった。
どんだけサウナが好きなんだこいつ・・・
守ではないが・・・やれやれだ・・・
五郎さんに叱られたとは言っても、俺の本質を変えられる訳は無く、この世界の問題よりも、サウナ愛が溢れ出てしまうことは変えようがない。
そこで俺は前々から考えていたプロジェクトに、遂に動き出すことにしたのである。
それは・・・『サウナ検定』である!
ここは背景にドドン!
が欲しい所だ。
ここは目立させて欲しい。
いや、大いに目出させてくれ!
サウナビレッジが繁盛し、温泉街『ゴロウ』の移動式サウナが受け入れられた今、俺がやらなければいけないことは、これ以外には考えられなかった。
今一度、この世界にサウナとは何ぞや?と、問う必要がある。
そこで『サウナ検定』である。
内容は簡単だ。
使用上のマナーを中心とした問題を出題する。
そして、皆がどれぐらい理解しているのかを把握する。
ここはすまないが上から目線とさせて貰う。
何といっても、サウナ歴四十年以上の俺からの挑戦状だ!
手は一切抜かない。
異世界の上級サウナー達よ、掛かってきなさい!
サウナの神と謳われる俺からの試練である!
挑戦者望む!
フフフ・・・
サウナ島に激震が走った!
前々から噂はあった。
島野さんが遂に、動き出すのではないかと・・・
島野さんはこの世界にサウナを持ち込んだ第一人者であり、立役者だ。
あの人のサウナ愛は本物だ。
誰が何と言ってもそれは間違いない。
そして俺は知っている、あの人のサウナに対するマナーの徹底さは・・・時に苛烈になってしまう。
ああ、すまない。俺はマークだ。
お久しぶりです。
まあ、聞いて欲しい。
サウナビレッジがオープンしてから、かれこれ三ヶ月近くが経った。
今は慣れたこともあってか、落ち着いたものだ。
とはいっても、相変わらず予約は四ヶ月先まで一杯だ。
決して暇な訳ではないから、勘違いしないで欲しい。
大繁盛していると言える。
そもそも人材を多く揃えたから、仕事に慣れてしまえば、上手くシフトが周ることは想定済みだ。
実際に俺もだいぶ時間に余裕が出来たよ。
でもここまでの三ヶ月間は何かと大変だった。
特に大変だったのは、甘辛論争だった。
なんであんなことになったんだか・・・
恐らく震源地はメルルだろう。
あいつはハンター時代からそうだ。
とことん攻撃的になる時がある。
何があいつをそうさせるのか?
そもそもあいつは回復役だろう?
どうかしてるよ。
甘辛論争の所為で、注文が辛み一辺倒になった時には、流石に俺も焦ったよ。
可哀そうにマットも項垂れていたよ。
連日連日、辛い物ばかり作らされて・・・
見てられなかったな。
でも今では自然と落ち着いて、お客も好きな物を注文する様になった。
それでも辛い物が好まれるのは、スーパー銭湯との棲み分けの結果だからしょうがないのだが。
俺は台湾ラーメンが好きだ。
あの台湾ミンチの深みを感じる辛さが癖になる。
俺も当然予約しないと、食べることは出来ない。
要らない情報だったかな?
でも分かってくれるだろ?
あれは本気で旨い!
最高だ!
そして、遂には温泉街『ゴロウ』にまでサウナが設置されることになった。
それも移動式って・・・島野さんの頭の中はどうなってるんだ?
どうしたらそんな発想になるんだ?
俺には到底分からない、俺もサウナは好きだし、上級サウナーであるとの自負もあるが。
でもあんなサウナを思いつくなんて、島野さんはどうかしてるよ。
でも大したもので、これが温泉街『ゴロウ』で大いに流行ってるというからには、あの人の発想は間違い無かったということなんだろう。
訳が分からねえな。
そして遂にだ、島野さんが動きだした。
俺は驚愕したよ。
『サウナ検定』だ。
俺はこの時が来て欲しくはなかった。
何でかって?
分かってくれよ。
この世界の中では、俺は初期からサウナを嗜んで来たんだぞ。
その俺が検定に落ちる訳にはいかないだろう?
それにサウナビレッジの支配人なんだぞ?
もう今はプレッシャーと戦う毎日だよ。
サウナは楽しむものなんじゃなかったのか?
そうだよな?
なのに何で・・・
そうだよな・・・勝手に俺が自分でプレッシャーに、感じているだけなんだよな・・・分かってるよ・・・立場に拘るなっていうんだろ?・・・でも俺にだってプライドがあるんだ・・・分かってくれるかい?
はあ・・・
そもそも勘違いした、サウナビレッジの常連客が。
「俺は上級サウナーだ!」
なんて宣い出すからこんなことになるんだ。
それも一人や二人じゃない、それなりの数の奴らが言い出したから、質が悪い。
これは良くないと思っていたが、案の定だ。
いつもは温厚で、飄々としている島野さんだが、ことサウナに関しては人が変わってしまう。
遂に我こそは上級サウナーだと、名乗りを上げる不届き者を征伐すると、その鉄槌が下されることになったんだ。
島野さんの上級サウナー狩りだよ!
遂にこの時が訪れてしまった。
俺は巻き込まれただけなんだけどな・・・そりゃあ心の中では、俺も上級サウナーだと思っていたさ。
でも間違っても口には出さなかった。
そんなこと・・・島野さんに聞かれたら・・・言える訳がないだろう!
ちくしょう、これからランドとロンメルとサウナの勉強会だ。
試験勉強なんて始めてするよ。
はあ・・・
どうしたもんか・・・
胃が痛くなってきた・・・
うう・・・
最近は俺を訪れる人達の質が変わりつつある。
商人から常連のお客にだ・・・
理由は簡単だ。
サウナ検定の内容を知りたいと、連日遠慮の無い顔見知りの常連が、何を勘違いしたのか、事務所にまでやってくるようになった。
俺はゴンに言って、当然如く追い返すことにした。
何をそんなにまでやっきになっているのか?
まあそれだけ興味があると、前向きに受け止めているが、正直煩わしい。
我こそが上級サウナーだ!と宣言したからには、堂々と検定を受けろということだ。
いちいち探りに来るんじゃないよ、全く。
小賢しいんだよ!
まあサウナ検定とは言っても、そう大逸れた物ではない。
俺の意図としては、これを気にサウナのマナーの、更なる向上をはかるのが一番の目的で、何も本気で上級サウナーを名乗るなとは、思ってはいない。
そもそも好きに自分のことは、名乗ってくれればいい。
別に咎めるつもりは全くない。
後は副産物的に、この世界の識字率がこれを気に、少しでも上がったら嬉しい、というのもある。
現に一部の常連客が、メッサーラの学校に通い出したという噂まである。
真意は定かではないが・・・
サウナ検定の内容は実に簡単だ。
筆記問題を十問解いてもらうだけだ。
その一問を十点として、計百点満点の問題を解いてもらう。
制限時間は三十分。
その内八十点以上取れた者をサウナ一級、六十点以上取れた者をサウナ二級とする。
そんな簡単なテストでしかない。
それを受けたい者は、受けてくれというだけのことで、この一級二級というのも、俺が勝手に言っているだけで、資格でもなければ、免許でも無い。
正直ただのお遊びだ。
それをどう勘違いしたのか、特に旧メンバー達は戦々恐々としているようだ。
挙動の可笑しいあいつらを見ているのが面白いから、俺は放置しているのだけどね。
趣味が悪いって?
これぐらいいいじゃないか?
決していびっている訳じゃないからね。
フフフ・・・
因みに出題問題を並べてみるとこんな感じとなる。
・サウナ前には全身を洗った方が良いか否か、またその理由は?
・サウナ前には体を拭いて水気を取った方が良いか否か、またその理由は?
・水風呂に入る前には掛け水、又は掛け湯を行った方が良いか否か、またその理由は?
・サウナは粘れるだけ粘った方が良いか否か、またその理由は?
・サウナ後に取る水分で最も適した飲み物を二つあげなさい。
・サウナ室内では大声を出しても良いか否か、またその理由は?
・サウナに入室する際には、入る側優先であるか否か、またその理由は?
・サウナ室は上段の方が温度が高く、下段が温度は低いか否かまたその理由は?
・サウナは島野守が考案したものであるか否か
・あなたにとってサウナとは?
とこんな感じである。
少々厭らしい問題や、身内びいきを疑う問題もあるが、大目に見てやって欲しい。
特に最後の問題に関しては、俺の趣味でしかない。
勿論どんな回答であっても、満点をつけるつもりだ。
その人にとってのサウナなんて、その人の自由でしかない。
好きに回答してくれればいい。
俺は皆がサウナをどう思っているのか?に興味があるだけでしかない。
ただふざけたことを書かれたら、問答無用で切り捨てるけどね。
まあ、お遊びである。
好きに回答して欲しい。
どんな回答があるのか楽しみだ。
フフフ・・・
そして、サウナ検定の日時が公表された。
サウナ島は異様な空気に包まれていた。
入島受付とスーパー銭湯、サウナビレッジの受付に大体的に張り紙が掲示された。
その掲示内容はこれだ。
『挑戦者求む!サウナ検定を開始する!』
加えて来週の月曜の午前十時からと午後八時から、スーパー銭湯の大食堂にて、サウナ検定を行うという旨も知らされた。
参加費は一人銀貨三十枚。
検定内容は全問題筆記試験の全十問、制限時間は三十分と、公表されたのはこれだけである。
受付はサウナビレッジの受付にて行われ、最終受付は土曜日の午後八時までとする。
この告知にサウナ島は揺れていた。
特に従業員からの動揺が激しい。
それもその筈で、実にこの識字率の低いこの世界で、サウナ検定を受けるのは、サウナ島に住む者が大半と考えられた。
まさかのオチとなりそうだ・・・
そうあっては欲しくないのだが。
だが実際に受付を行ってみると、そうでもなかった。
実に四百名近い者達が、申し込みを行ったのである。
旧メンバー達とサウナビレッジの従業員には、強制的に参加する様に伝えてある。
それはそうだろう、こいつらが受けないのは考えられない。
そして神様ズからの参加者は、なんとカインさんのみだった。
流石に五郎さんは、
「儂は止めとく、趣味じゃねえ」
と言っていた。
ランドールさんはどうするか真剣に悩んでいたが、メッサーラの二校目の完成がまじかとなっている為、時間が取れるか分からないと、止めておくと残念そうにしていた。
彼には是非参加して欲しかったのだが、こればかりはしょうがない。
もし次回があったら参加して欲しい。
まあ予定はないのだが・・・
外の神様ズも、
「儂は興味無いのう」
「俺はそういうのはいらねえ」
「私は上級とか拘らないし」
「ムフ!」
「塩サウナ検定なら考えるけど・・・」
とこんな感じだった。
遂にサウナ検定が開始された。
大食堂には緊張感が漂っていた。
押し黙る者達、貧乏ゆすりを繰り返し、睨まれている者。
複式呼吸を行ってる、旧メンバー達。
不正は許さないと、スタッフが見回りを行っている。
この時ばかりは、関係無いお客さんも息を飲んで、スーパー銭湯を利用していた。
なんだかすんません。
空気を読んでくれてありがとう。
ていうかごめんなさい。
遂に開始時間を迎えた。
「サウナ検定開始!」
裏返された用紙を捲って、真剣に向き合う受験者達。
異様な空気感が漂っていた。
俺はその光景を、後ろから腕を組んで眺めていた。
俺は俯瞰で見ていた。
いったいこいつらは何をやっているんだ?と吹き出しそうになってしまったが。
でもここは笑ってはいけない。
真剣に挑んでいる者達がいる手前、俺もふざける訳にはいかない。
にしても俺も、よくもこんな事を考えついたものだ。
我ながら笑える。
サウナ検定って・・・日本でも聞いたことがないぞ。
カリカリと問題用紙に、記入する音が木霊している。
緊張の時間が過ぎて行った。
そして三十分が経過した。
検定終了の時間を向かえた。
「終了です!記入するのを止めてください!」
とアナウンスが入る。
「なお、夜の受験者に問題内容を漏らすことは控えてください。契約魔法までは行いませんが、後日その事実が判明したら、失格となります」
と、脅しまでかけていた。
いちいちそんなこと調査する訳がないのに・・・
でもこれぐらいで丁度いいだろう。
緊張感は崩したくはない。
そして夜の部も無事に、サウナ検定は終了したのだった。
結果は三日後に、事務所まで受け取りに来るようにと、最終のアナウンスが行われた。
検定を終え緊張感が解れてきているのが分かる。
いつのも大食堂が帰ってきた。
お客様にはご迷惑をお掛けしました。
本当に申し訳ありませんでした。
またのご来店をお待ち申し上げております!
俺は今、四百人近くの回答を行っている。
はっきり言って無茶苦茶楽しい!
そして、面白い!
俺は全ての回答に真摯に向き合い、そして間違いには模範解答を添えている。
間違いをここで正し、今後のサウナマナーの向上に努めて頂きたい。
実感したのは、皆が皆、サウナを好きなんだなということ。
俺は嬉しくて溜らなかった。
正直言って、遊び気分のおふざけで行ったサウナ検定だが、こうしてみると、やってよかったと思える。
回答をすることに、とても遣り甲斐を感じる。
俺は終日回答に没頭することになっていた。
楽しいと時間が過ぎるのが早いよね。
理解が得られたら幸いです!
いよいよ結果が伝えられる時がきた。
事務所の前では既に長蛇の列が並んでいる。
皆な、緊張の趣きである。
最前列にはマークとランドとロンメルがいた。
「お前ら何やってんだ?」
旧メンバーが一番乗りってどうなの?
「いや・・・気になって・・・」
「そうですよ、気になりますよ・・・」
「旦那・・・早く結果を教えてくれよ」
と小さくなっている。
こいつらは・・・結構小市民だな。
こいつらなりにプレッシャーがあったのだろう。
ちょっと笑える。
「そうか・・・俺としては・・・何とも言えんな・・・」
敢えてどうとも取れる発言をしてみた。
「ええ!」
「そんな・・・」
「マジか・・・」
と不安を助長させていた。
当然結果を知る俺としては、焦らしているだけなのだが・・・
オモロ!
もっと焦らしてやろうか?
流石にこれ以上は酷か・・・
「まあ、後十五分は待て。お前達・・・」
と言って、俺は平然と事務所の中に入っていった。
事務所の中ではゴンを始め、スタッフ達が慌ただしく作業を行っていた。
回答の結果を伝えるのは俺の仕事だが、スタッフ達は備品の準備に奔走している。
今回の結果に応じて、俺は一級合格者には、俺のお手製のサウナハットを渡すことになっている。
そのサウナハットには、〇島標に加え『FIRST』と書かれている。
そして二級合格者には、〇島標に加え『SECOND』と書かれている。
そしてそれ以外の者には、〇島標のみのサウナハットが、贈呈されることになっている。
その選別にスタッフ達は、朝から忙しくしていた。
そして何気にゴンが、一級合格者のサウナハットを被っていた。
どうやら一級に合格したことを、アピールしたいらしい・・・
俺は生温かくゴンを眺めていた。
まあ気持ちは分からなくはないが、露骨すぎないか?
そんなに誇らしいのだろうか?
よく分からん。
まあ、外っておこう。
因みに模範解答と解説は以下の通りとなっている、是非ご自身のサウナ満喫生活の参考にして貰えると嬉しく思う。
・サウナ前には全身を洗った良いか否か、またその理由は?
良い、当たり前の常識と言えるだろう。それを行っていない方は、まずはサウナへの敬意を持つべきだろう。
サウナ然り、スーパー銭湯然り、自分一人で使っている訳ではないことをまずは理解して欲しい。
誰もが気持ちよく使う為には、自分の汚れを利用前に綺麗にすることは、当たり前の常識と考えて欲しい。
誰もが、汚れの詰まったサウナや、お風呂なんかには入りたくはない。
自分が上級者との自覚があるのなら、行っていて当然の行為とも言える。
サウナマットを、汗以外で濡らすことを恥と感じて欲しい。
・サウナ前には体を拭いて水気を取った方が良いか否か、またその理由は?
良い、これも先ほどの問題に通じるものがあるが、それ以前に、身体に水分が付いていない方が、サウナのパフォーマンスが良いと言える。
それに何度も言うが、サウナマットを汗以外の水分で濡らさないで欲しいと思う。
少しでも綺麗に保ちたいとの思いがあって、当たり前だろう。
もう一度言うが、自分一人で利用している訳ではない。
外の利用者に気を配るのは、当たり前のことだと思う。
・水風呂に入る前には掛け水、又は掛け湯を行った方が良いか否か、またその理由は?
良いに決まっている。
してない者を見かけたら、ガードナーに付きだした方がいい。
そしてオズに裁かれて欲しい。
皆で使う水風呂だ、少しでも汚さないのが常識的なマナーだ。
これ以外何があるというのか?
汗を流した綺麗な体で水風呂に浸かる、常識です!
・サウナは粘れるだけ粘った方が良いか否か、またその理由は?
否、絶対にこうは考えて欲しくない。
無理は禁物である、ひと昔前にはそう考える人もいたようだが、決してそんなことは無いので止めて欲しい。
体調に合わせて、無理の無い範疇でサウナを楽しんで欲しい。
無理をしても整いは深くはならないよ。
程よく楽しんでください。
指先や足先がピリピリしだしたら危険なサインだ、今直ぐサウナ室から出て欲しい。
・サウナ後に取る水分で最も適した飲み物を二つあげなさい。
サ水と麦茶である。
ただしこれは異世界での話である。
日本では、オロポであったり、リラクゼーションドリンクなどがあるので、自分の好みで選んで欲しい。重要なのは塩分とミネラルの補給ということだ。
汗をかくという事は、その分の補給が必要ということだ。
間違っても痩せる為と、水分を控えるのは止めて欲しい。
それはただの脱水症状に繋がるだけでしかない。
減量中のボクサーの様な行為は控えて欲しい。
・サウナでは大声を出しても良いか否か、またその理由は?
否、に決まっている。一人で利用している訳では無い事を理解して欲しい。大声を出すことは、他のお客様の迷惑になる行為になりかねない。
それに会話を聞かれることに抵抗はないのだろうか?
サウナ室にいる全員が、あなた達の会話に耳を傾けているのだよ?
どうしても話したい時には小声でね。
・サウナに入室する際には、入る側優先であるか否か、またその理由は?
否である。実はこれを理解している方が、日本でも少ないのが現実である。
それにこれは、諸先輩方に特にこの傾向がある。
恐らく電車やエレベーターの利用を、あまりしてこなかったからなのかもしれない。
だが普通に考えれば分かることで、出る人が居なければ、入ることができない。
従って出る側優先に決まっている。
これはあらゆる施設や、お店でも同様のことである。
それにサウナに関しては、自分のタイミングで出たいと思う為、入口を入る人で塞がれると、正直イラっとするものである。
最低限のマナーであって欲しいと、ここは切に願う。
・サウナ室は上段の方が温度が高く、下段が温度は低いか否かまたその理由は?
上段の方が温度が高い。
熱や蒸気は上の方に溜まり易い為である。
これは経験則として、サウナによく入っている者なら、分かって当然と言える。
下手な解説は要らないだろう。
・サウナは島野守が考案したものであるか否か
否である、な訳がない。俺はただの愛好家でしかない。
だが、そう思っている者が多いと、俺はこの検定で知った。
サウナは誉れ高きフィンランドの誰かが始めた、健康法の一つであるとの一説が有名だが、いろいろ調べた所、詳細は定かではない。
一つ言えるのは、フィンランドの偉人様・・・ありがとう!
貴方のお陰で、これまで何人の悩める者達が整うことが出来たのか・・・
きっとドMさん何でしょうが、恩にきます。
ということだ。
・あなたにとってサウナとは?
これは自由に書いてくれといった所だ。
あなにとってはどうだろうか?
是非じっくりと聞かせて欲しい所だ。
時間はどれだけでも作ろう。
俺にとってはどうかって?
さて何日貰おうかな?
フフフ・・・
事務所の扉を開けた。
検定を受けた者達が中に入って来る。
受付ではマーク達が、不安な顔をしてこちらを見ていた。
俺はマークの側に近寄り、
「マーク、ランド、そしてロンメル・・・お前達!一級合格だ!おめでとう!」
と回答と、サウナハットを渡していく。
「やった!」
「よっしゃ!」
「よかったー!」
とマーク達は、歓喜の表情を浮かべていた。
その後も回答とサウナハットを、受験者に渡していった。
その結果に歓喜する者、残念だと下を向く者と反応は様々だった。
一級になった者は、百十二人だった。
二級になった者は、二百十一人。
その他の者は、八十九人だった。
因みに、旧メンバーは全員一級に合格した。
レケはギリギリの点数だったのだが・・・
あいつはよりによって、サウナ後に取る水分で最も適した飲み物を二つあげなさい。の問題に、
「キンキンに冷えたビールとワイン」
と書いていた。
話にならん。
これはもはや病気だな。
お薬を処方してもらってください。
そしてカインさんは、残念ながら二級となっていた。
彼はかなり落ち込んでいた。
立ち直るには、数日は掛かりそうだった。
サウナ島歴が短い彼には、少々難しかったようだ。
これを気に、サウナのマナーを学んで欲しい。
こうしてサウナ検定は終わりを迎えたのだった。
その後サウナ島では、サウナに入っていない時でも、サウナハットを被るのがトレンドとなっていた。
既にファッションの一つとして受け入れられている。
そしてその後、
「俺は上級ハンターだ!」
と宣う者達は現れなくなっていた。
それはそれで少し寂しい気がするが・・・
一級に合格した者達は、無言でサウナハットで、上級者であるとアピールしていた。
更にサウナマナーを積極的に広めようと、サウナマナーを分かっていない者達に、指導する姿が目に付いた。
これはこれで良かったと思う。
こうしてサウナマナーを広めていって欲しい。
どうやらFIRSTのサウナハットを被っている者は、一目置かれる存在となっているようで、マークに関しては。
「サウナハットが手放せない」
と言っていた。
外にもこれは手放せないという者達が、後を絶たなかった。
まあ好きにしてくれればいいさ。
サウナ検定は成功したということで、いいよね?
多分・・・あまりに自信が無いのだが・・・
まあお遊びということで・・・
勘弁してください。
後日、このサウナハット現象に目を付けたジョシュアから、ある提案をされることになった。
それはブランド化である。
ジョシュアから、
「〇島標はこの世界では、注目すべきブランドです!まずは服飾からブランド化をさせて、いただけないでしょうか?」
という提案を受けた。
言わんとすることは分かる。
だがここでのブランド化は、服飾に留まるとは思えない。
そこで、俺は一先ずこのブランド化に、打ってつけの人物に相談することにした。
それはマリアさんである。
彼女の芸術力は、今さら語る必要はないだろう。
抜きに出ているだけではない、その感性すら素晴らしいのだ。
そこに商業的な視点で、彼女が考えれる人物なのかどうかを、俺は知りたかったのだ。
場所は社長室である。
ジョシュアとマリアさんが、俺の前に腰かけている。
そして、マリアさんは既に興奮気味である。
眼がぎらついている、今にも飛び掛からんばかりの勢いだ。
ちょっと怖いのだが・・・
「守ちゃん聞いたわよ!ムフ!」
マリアさんの鼻息が荒い。
ジョシュアには概ねの話を、マリアさんにしておくように指示していたのだ。
「マリアさん、まあ落ち着いてください」
顔が近いって・・・
唾が掛かりそうなんだけど・・・
「これが興奮せずにいられますかっての!」
と今にも叫びだしそうだ。
俺は後ろに仰け反って話し出す。
「いいですか?島野ブランドの立ち上げを行うと共に、マリアさんには、主に服飾の商品のアドバイザーをして貰おうかと思います」
「いいわよ!もちの論よ!」
「そこで、商売のイロハを、マリアさんは学んでください。そうすれば歌劇場についても、計画ができるようになるのでは?と思うのですが、どうですか?」
「ムフ!・・・守ちゃん・・・あなたって人は・・・」
マリアさんは感心しているようだった。
「分かったわよ、やってやろうじゃないのよ!」
とマリアさんは顔を近づけてきた。
だから近いって・・・
「じゃあ詳細は後日という事で、よろしくお願いします」
「ムフフ・・・エクセレントよ!」
結局叫ぶんだ・・・
煩い!
ブランド化について、打ち合わせを重ねている。
「まずは、今あるルートとして、カベルさんに服飾は作成して貰うとして、その前にデザインをマリアさんは作ってください。それも出来るだけ今までにないデザインを、お願いします。それを俺とジョシュアがまずはチェックして、問題無ければカベルさんに発注する、という流れにしましょう」
「了解よ!」
「島野さん、まずは決定事項として、全ての商品に〇島標を付けること、そして、今後島野さんが開発する商品は、全てこの〇島標を付けて、ここで販売するということでよかったでしょうか?」
「そうなるか・・・なあジョシュア、メルラドの服屋と、随分と被るがどうなんだ?」
「そこは任せてください。リチャードさんとは俺が話を付けます。それにあくまでこちらはブランド化です。商品が被るのは当然かと、商品に魅力があるかどうかは、客が判断します。それに俺が売りたいのは〇島標です」
随分と強気だな。
まあ、未だに〇島標の入ったタオルを、首や腰からかけている人がいるぐらいだから、分からなくはないが・・・
「特に絶対販売しなくてはならないのは、サウナ関連商品です」
「でもサウナビレッジや、スーパー銭湯でも販売していると思うが?」
「そうです、ここでも販売します。料金は一緒でいいです。大事なのはブランドショップで買ったということなんです」
「そうなのか?」
「はい、客が求めるのは、島野ブランドのお店で、商品を買う事なんです。そこに価値を感じるのです」
・・・ということらしい・・・
俺にはよく分からんが、そんなもんなんだろうか?
「それに服飾とは言っても、作業着をメインに考えています」
「ほう?」
作業着ならそんなに被らないかな?
「実は、前に期間限定社員で雇って貰った時に頂いた、長靴と作業着なんですが、今は畑作業を行わなくなったので、メルラドの友人に譲ったんです」
「・・・」
「その友人は作業着と長靴をいたく喜んでくれており、何処で売っているのかと聞かれたことがあります」
そういうことか。
「なるほど」
「作業着も長靴も、機能性が高く、高品質です。これは売れるに決まってます」
「かもしれないな」
要は●ークマンだな。
「普段着なんかは、メルラドにお任せして、作業着などに特化した服飾を、それも〇島標入りで販売するんです」
「そうか」
「その為、一つ島野さんにはお願いしたいことがあります」
「何だ?」
「〇島標の入った紙袋を、大量に作ってください」
なるほどな・・・ジョシュアが言いたいことが分かってきたぞ。
「そうか・・・分かった・・・」
「これが重要な部分です」
ジョシュアはどや顔だ。
「ジョシュアちゃん・・・あなた分かってるわね」
マリアさんも趣旨を理解できたようだ。
「要は、ステータスを求めるということだな?」
「そういうことです、それに〇島標は高品質であるということが、これまでの経験から、皆なが知っています。そこにマリアさんの芸術性が加われば、鬼に金棒かと・・・」
「分かった、実はな、一つ開発したい商品があるんだ。服飾ではないが、大いに流行る商品じゃないかと思う。それのお披露目がてらショップを作ってみるか?」
「おお!それはどういった商品ですか?」
「まあ、それはお楽しみだな」
俺としては、ブランド化に関係なく、この商品の販売をする店というだけで、充分に儲かる気がしてならない。
まあブランドショップに、花を添えてあげると考えればいいだろう、それにジョシュアには、ただのブランド化というだけでは無い、何かを考えている気がする。
俺はジョシュアに全幅の信頼を寄せているから、好きにやらせようと考えている。
こけたらこけたでいいだろう。
やりたいことがあるのなら、全力でやればいい。
俺はサポートするだけだ。
さっそく俺はマークとランドと、ブランドショップを造ることにした。
ものの一週間でお店は出来上がり、当然内外装はマリアさんの手で行われた。
ブランドショップの看板には、大きく〇島標が入っていた。
うん目立つな。
俺はブランドショップの計画の、遂行実施をジョシュアに任せて、新商品の開発を行っている。
まずは俺が試そうと作成に取り掛かった。
今回造る商品は、ホバーボードだ。
バックトゥー・ザ・ヒューチャーで、マーフィーが未来で乗っていたあれである。
まずは先が上に曲がった板を作製し、その下に神石を二つ『合成』で張り付ける。
その神石に『浮遊』の能力を付与し、地面から浮かぶのを確認する。
グリップが滑らないようにと、ゴムを靴が設置する箇所に張り付けあっさり完成した。
本当はスケートボードを造ろうかと思っていたが、舗装が出来ていないこの世界では上手くいなかいだろうと、ホバーボードにしたのだ。
まずは試乗してみる。
良い感じでホバーボードが浮かんでいる。
それに俺は乗っかり、浮遊感を感じてみる。
おお!予想以上にフワフワするな。
今度は体重移動してみる。
んん・・・思いの外進まないな・・・
では地面を片足で蹴って進んでみる。
良い感じで推力が得られている。
これは・・・良いんじゃないか?
すいすいと進んでいく。
まるで氷の上を滑っているようだ。
ホバーボードは、蹴り上げる推力は必要だが、一定の推力を得ると、すいすいと進んで行く。
これは面白い!
もしかして新たな移動手段にもなるかもしれない。
それぐらいの可能性を感じてしまった。
俺は『念話』でギルを呼び出し、まずはホバーボードを試させた。
「うわわわ!パパ!これ凄い面白いよ!」
とギルは直ぐに乗りこなしていた。
流石はドラゴン・・・運動神経抜群だな。
ギルは楽しそうにしている。
「ギル、これの魔石バージョンを造るぞ!」
「喜んで!」
おい!どこの居酒屋だ!
その後、試行錯誤を繰り返しながらも、ホバーボードが完成した。
それを試した身内からは、
「これ欲しい!」
「いくらですか?」
「絶対買います!」
と大好評だった。
安全を考えて、ヘルメット、肘当て、膝当ても作成した。
ほとんどゴム製となってしまったが、安全には変えられない。
皆にはヘルメット着用を義務化した。
これが新商品だとジョシュアに渡すと。
ジョシュアは、
「何てことをしてくれたんですか?想像の遥かに上を行き過ぎですよ!」
と何故か叱られてしまった。
でもこれが大いにウケた。
ブランドショップは、ホバーボード屋として、商売を開始することになってしまった。
ジョシュアとしては、出先を挫かれてしまったことには、間違いはないのだが、彼は商魂逞しく。
ここからブランドショップを軌道に乗せる!
と気合たっぷりだった。
ジョシュア・・・何だかごめん・・・
今では街の至る所で、ホバーボードを使っている人を見かける。
移動手段になっているのかはさておき、一人一台持ってるのでは?
というほどのブームになっていた。
因みに一台金貨五枚と決して安くはないのだが、我先にと飛ぶように売れていってしまった。
タイロンではホバーボードの事故もあったと、報告を受けていたが、ちゃんとヘルメットを装着していた為、大事には至っていないとうことだった。
よかったよかった。
そして、このホバーボードだが、ランドールさん曰く、建築部材の移動にも役立つと、建築現場でも使っているらしい。
そこまでの強度があるのか心配したが、結構うまくいっているようだ。
更にホバーボードが、海面上でも利用が可能なことが判明した。
これをゴンズ様が利用しない訳は無い。
漁でも新たな利用がなされることになり。
特に接近戦が難しかった、海獣の狩りに役立つと、ゴンズ様は言っていた。
思わぬ副産物であった。
そうと分かると、サウナ島でも、ホバーボードの改良版を造った。
クルーザーの後部に紐で繋げて、引っ張るという新たな遊びが大人気となった。
要はウェイクボードである。
皆な遊びへの転用が、好きなようです。
休日の従業員達が我先にと、ウェイクボードを楽しんでいた。
その後ブランドショップでは、タオル、バスタオル、サウナハット、ポンチョ、ガウンのサウナ関連商品は元より。
作業着、靴下、下着、上着、長靴、安全靴、足袋などが飛ぶように売れた。
特に作業着の売れ行きは凄く、機能性に合わせて、マリアさんのデザインが大いに評価されていた。
先日ランドールさんに会ったが、全身〇島標のコーデであったのが少し笑えたが、本人にとっては大のお気に入りらしい。
ランドールさん曰く、周りからの評判もいいと、鼻を高くさせていた。
女性人気も高いらしい・・・
彼が言うと説得力に欠けるのだが・・・
まあ好評でなによりです。
既にブランド化は、成功したと言ってもいいかのしれない。
さて、俺は今後について考えている。
最近では久しぶりとなってるが、今釣りを行っている。
考え事や、考えを纏めたい時には釣りに限る。
ただ、そんな時の釣果は著しく悪いのだが、それはご愛敬として欲しい。
寄り道だらけの神様修業だが、いよいよ人では無くなった為。
この先をどうするのかを思案中だ。
半人半神となれば、神様修業も半分は終えたとも言えるだろう。
俺が知る限り南半球の国や村、街はほとんど訪れており、後は火山の街『ボイル』を残すだけである。
ロンメル情報よると、この村にはフェニックスが居るということらしい。
あの聖獣から神になったという神獣だ。
南半球最北の街で『火山の街ボイル』その名の通り、ここには火山が有るということらしい。
そしてこの火山だが、どうやら活火山のようだ。
今でも火山活動は続いているらしい。
数年単位で噴火を繰り返しており、余念を許さない状況が続いているとのことだった。
その内容に、俺はこれまで避けていたことは事実で、いつ噴火するか分からない火山の街に行くことに、躊躇していたのだ。
俺としては、安全第一に勤めたいからだ。
そして、いつかは北半球に、乗り込まなければいけないことは理解している。
だが北半球は謎に包まれており、情報はほとんど皆無と言ってもいい。
聞いた限りでは、数百年前には北半球とも、交流があったようだが、いつしか交流が無くなり、今ではほとんど絶縁に近い状況にあるみたいだ。
特に百年前の戦争からは、全くといっていいほど、交流は途絶えているようだ。
そして、百年以上前の話となると、知っている者すら少なく、また聞いても内容が眉唾ものが大半らしい。
北半球に乗り込むとして、どうやって乗り込むのか?
メンバーはどうするのか?
その際にはサウナ島はどうするのか?
考えなければならないことは多岐に渡る。
でもまずは『火山の街ボイル』を目指そうと思う。
フェニックスに挨拶をし、いつもの神気減少問題の対策も、行わなければならない。
さて、どんな出会いが待っているのだろうか。
ちょっと楽しみでもある。
お!引きがあったぞ。
それ!
どうやら今日は坊主ではなさそうだ。
今日の俺の晩飯は、お魚定食だな。
俺はギルとゴンを連れて『火山の街ボイル』を目指すことにした。
ゴンに話をすると。
「主、私も同行させてください。フェニックスに興味があります」
ということだった。
聖獣から神獣に成った存在だ。
興味があって当たり前、ということだろう。
断る理由も無い為、同行を許した。
外の聖獣勢は、特に興味無しといった具合だったので、留守番を頼んだ。
ゴンは前にもそうだったが、自分のルーツや、存在意義について、人並み以上に興味があるようだ。
まず俺達は、ダンジョンの街エアルに到着した。
ロンメル情報によると、ボイルはエアルから北西に陸路で七日間程度とのことだった。
エアルとボイルは、数は少ないが、交易もあるらしい。
ボイルの特産品は野菜と果物で、特にダイコンはとても大きな形状をしてるらしい。
外にもミカンは糖度が高く、美味しいと評判だ。
外にもサツマイモや、お茶が栽培されているようだ。
ただ、火山のもたらす弊害もあるようで。
栽培が上手く行く時と、行かない時があるらしい。
俺の予想としては、火山灰だろうと思う。
それ以外には考えられない。
まずはカインさんに、挨拶を行うことにした。
彼はいつものべスポジにいることだろう。
ダンジョンの入口にいくと、案の定ダンジョンの入口で、カインさんは胡坐を掻いていた。
「カインさん、こんにちは」
眼を開けると、カインさんはこちらを見た。
少し眠そうだ。
「おお、島野君、それにギル君とゴンちゃんまで、どうしたんだい?」
「これからボイルに行こうと思ってまして、ちょっと寄ってみたんです」
「そうなのか、ボイルに・・・」
こうしている間にも、ハンター達がダンジョンの入口で受付を行っていた。
ダンジョンはその後も盛況のようだ。
「はい、ボイルにはまだ行ったことが無いので、転移扉を繋げに行こうかと思いまして」
「そうなのか、それは良い事だ。この街には少しだが、交易があるから、これからはもっと移動が楽になりそうだ」
「そうなりますね、でもフェニックスの同意を得られれば、ということなんですけどね」
「断る理由がないだろう?大丈夫だよ、彼女も分かってくれるだろう」
彼女?そうか女性なのか・・・勝手に男性と想像していた。
これは良くない、此処に立ち寄って正解だったようだ。
「女性なんですね?」
「とは言っても私も会ったことは無いんだけどね、商人から教えて貰ったんだよ」
「そうですか・・・」
「確か名前は・・・ファメラだったと思う。特徴的な名前だったから憶えているよ」
「ファメラ・・・確かに特徴的ですね」
「あ!そうだ。今日の夜にスーパー銭湯に行かせてもらうよ。今では金銭的にもゆとりが出来てきたからね」
とカインさんは嬉しそうだ。
前に神様ズへの毎月の報酬を配った際には、とても感謝された。
今では毎晩と言っていいほど、スーパー銭湯に通っており、食事に舌鼓を打っているみたいだ。
サウナビレッジの予約が出来ないと、愚痴も溢していたようだが・・・
彼からは次のサウナ検定は、何時なんだ?と迫られている。
俺は次の予定は無いのだが・・・結構問題を十問被らなく作るのも、難しいものなのだよ。
前回の問題と模範解答は既に出回っているしね。
それはそれでサウナマナー向上に繋がっているから、いいんだけどね。
そんなことはさておき、ここで油を売っている訳にはいかない。
俺達は挨拶を済ませて、ボイルの街を目指すことにした。
移動方法はもはや安定の、上空での瞬間移動を繰り返した。
三時間ほど進んだところで、街っぽい景観が見えて来たので、瞬間移動を止めて、地面に降り立つことにした。
ギルもゴンも慣れたもんで、転移酔いすらなかった。
ゴンはあまり瞬間移動での移動は、行っていなかったはずだが、聖獣の三半規管は頑丈に出来ているようだ。
俺達は街道筋の様な道を、ゆっくりと歩くことにした。
それにしても・・・目の前には大きな山が聳え立っていた。
雄大な山だ。
標高はどれぐらいなんだろうか?
雰囲気としては阿蘇山に似ている。
先程までの上空から見た感じとしては、カルデラの地形をしていた。
山の上部に向かえば向かう程、地面が剥き出しになっている。
正に活火山だ。
街の入口では、簡単なチェックを受けることになった。
「ボイルに訪れた目的は?」
皮の鎧を纏った兵士に尋ねられた。
険悪な雰囲気は全くない。
「フェニックスに会いに来ました」
とそのままの目的を告げた。
「ええ!」
とても驚かれてしまった。
「今は何処にいますか?」
「何処にって・・・多分モンドール山の中にいると思いますよ」
「山の中ですか?」
「はい、彼女は大体そこに居ますので」
「そうですか・・・ありがとうございます」
ゴンとギルも首を傾けていた。
いまいち要点を得ない回答だった。
「ではどうぞ」
と街への入場は許可された。
街の雰囲気としては、広大な山の裾に出来た街で、のどかな雰囲気と喧騒の入り混じった、独特な雰囲気があった。
建造物のほとんどが、石やレンガで出来ており。
頑丈な印象を受ける。
噴火した時のことを考えて、木製にはしていないのかもしれないな。
人の数もそれほど多くは感じないが、長年に渡り、脈々と歴史を重ねてきた街であることが空気感として分かる。
新しい建造物などは見当たらない。
中世ヨーロッパの田舎町といったところだろうか。
道行く人々に、フェニックスの居場所を尋ねてみたが、
「山の中じゃないかい?」
「山の中だと思うぞ」
とこちらも意味が分からない。
もしかしてそのままの意味で、噴火口にでもいるだろうか?
だとすると、ちょっと困るな。
いけなくは無いのだが・・・少々危険では無かろうか?
「ギル、ゴン、フェニックスは本当に山の噴火口に居るってことなのか?」
「そうしか考えられないよ」
「そうですね、主」
どうしたものか・・・
そうだ!
「二人共ちょっと待っててくれるか?」
「いいけど・・・」
「はい・・」
俺は瞬間移動で山の中腹に転移した。
ここで『探索』を使用する。
すると、噴火口らしき場所の近くに青色の光点があった。
おいおい、そのまんまかよ。
参ったな。
一旦、二人の所に戻った。
急に転移してきたが、二人に慌てた様子は無かった。
俺が何をしにいったのか、分かっていたようだ。
結果を告げなければならない。
「言葉通りだったよ、火山の噴火口の側にいたよ」
二人は困った顔をしていた。
「どうするの?」
「主・・・」
「行くしかないだろう、どうする?結界を張ったらいけなくは無いだろうが、危険だぞ。活火山だ、いつ何時火山活動を始めるか、分かったもんじゃないからな」
「だよね」
「・・・」
「一先ず俺だけ行って、フェニックスを呼んでくるか?」
「いえ、せっかくです。お供させてください」
「僕も行くよ」
そうは言うが、本当に大丈夫だろうか?あまり危険な目には合わせたくないのだが。
もし噴火にでも巻き込まれたら、堪ったもんじゃないぞ。
まあ、結界が破れるとは思えんけど。
問題はガスだな。
火山の噴火に伴うガスは、致死性があったはずだ。
最悪は転移で逃げるか?
そうだ、そうしよう。
どうにも危なそうなら転移だな。
「よし、取り合えず行ってみるか?どうにも危なそうなら転移すればいいしな」
「そ、そうだよね」
「う、うん、そうですね」
と二人は不安そうだ。
そうだよな、俺に預けるってことだもんな。
全ては俺の能力しだいってことだからな。
まあ、行くしかないな。
「じゃあ行くか!」
と敢えて大きな声で言ってみた。
「「はい!」」
と元気よく返事が返ってきた。
お!腹を決めたようだな。
よしよし。
俺はギルとゴンと共に瞬間転移して、山の中腹に転移した。
ここでまずは結界を張る。
そして、山頂付近に瞬間移動した。
シュン!
「お!これは凄い!」
思わず声に出していた。
眼の前には、正に火山活動真っ最中の火口部が見えた。
まるで生き物のように、噴火口が上下し、赤色や黒色が入り混じっている。
その表面は柔らかいアスファルトを彷彿とさせる。
しかし、その下には溶岩があり、何千度、何万度という強烈な熱を持った、マグマが蠢いている。
「うう」
「うえ」
とギルとゴンも言葉になっていない。
すると視線を感じた。
眼をやると、噴火口の脇で一羽の鳥がいた。
フェニックスか?
その様は正に火の鳥だった。
全身を炎が纏っており、優雅に開かれた、羽にも悠然と炎を纏っている。
そして鋭い眼光で、こちらを睨んでいた。
その視線は強烈だ。
こちらを見透そうとするかのようだ。
不意にフェニックスが飛び立った。
こちらに向かってくる。
見惚れるほど優雅に舞っていた。
羽の動きはゆっくりではあるのだが、思った以上に跳躍力を得ていた。
悠久の時を刻んできたであろう、その佇まいは、彼女の存在をより際立たせている。
とても神々しい。
俺はそう感じてしまった。
俺達の目の前でホバリングしたフェニックスは、
「ここに来ては危ないよ、帰りなよ」
と問いかけて来た。
「そう言われても、こちらはあなたに会いに来たんです」
と俺の発言にフェニックスは首を傾けている。
「僕に会いに来たの?」
僕っ子かよ。
「そうです、俺も神みたいな者なので・・・」
「へえー、そうなんだ」
「俺は、島野守、よろしく」
「島野・・・ああ!君が!」
とファメラは俺のことを知っていたようだ。
意味ありげにこちらを見ている。
「俺のことを知っているのですか?」
「聞いてるよ、フレイズ様からね」
フレイズ?
誰?
俺のその様子に気づいたのか、
「まあいいよ。それよりも場所を変えた方がよさそうだね?」
「ここから離れても宜しいのですか?」
「数日なら問題ないよ」
とファメラは飛び立っていった。
俺はファメラを追いかけて、転移を繰り返した。
その様子にファメラは、
「へえー、やるねー」
と目を細めていた。
それにしても速い、ギルやエルよりも数段に速い。
動きは優雅だが、そのスピードは驚愕的な速さだ。
羽の動きと合っていない?
炎を纏っているからか?
驚異的な瞬発力だ。
追いかけること数分。
一件の屋敷の前にやってきた。
ファメラは着地すると同時に人化していた。
その姿は少女の様だった。
だが、もしファメラが女性であると聞いていなかったら、そうは見えなかったかもしれない。
とても中性的に見える。
現に一人称が僕だしね。
短く刈り上げた金髪の髪に、健康的な褐色の肌。
穏やかさを含んだ視線は、男性とも女性ともとれる。
服装は個性的な臍だしルックで、ショートパンツが似合っていた。
「ここが僕の家だよ」
と手を広げて見せている。
大きな家だった。
一人で住むには広すぎると感じる。
二百坪は有りそうな屋敷だった。
「ここでお住まいなんですね?」
「そうだよ、孤児の皆と一緒にね」
だからか・・・広いと思ってたんだよな。
ファメラの気配を感じ取ったのか、家の中から子供達が飛び出してきた。
「ファメ姉!お帰り!」
「ファメラ!」
「ファメラ!お腹減った!」
と駆け寄り、ファメラに抱きついている。
子供達は元気一杯だ。
「こらこら、お客さんがいるから辞めなさい」
ファメラも嬉しそうだ。
俺は笑みが零れてしまった。
ギルとゴンを見ると、二人も笑顔でこの光景を眺めていた。
こうなったらやるしかないでしょう!
「ファメラ様、この子達はお腹が空いているようですが、俺達に任せて貰えませんか?」
「え!どういうこと?」
「まあまあ、こういうのは得意なんで」
とギルとゴンに合図を送って。
さっそく食事の準備を開始した。
俺は始めてリズさんの教会に訪れた時を思い出していた。
『収納』からテーブルと椅子を取り出し、食事の準備を開始する。
ギルとゴンもノリノリだ。
子供達とコミュニケーションを取りながらも、食事の準備を進めていく。
そして食事の準備が完成した。
「おおー!」
「旨そう!」
「良い匂いー!」
と子供達も涎たらたらだ。
「じゃあ皆な、席に座ってくれ!」
と俺は子供達を席に誘導する。
「じゃあ、ファメラ様、お願いします」
あれよあれよと始まった、急展開にファメラ様は面食らっていた。
付いて来れていない様子。
「ええと・・・いただきます」
「「「いただきます!」」」
子供達の元気のいい掛け声が木霊する。
食事が開始された。
テーブルを覆う様々な食事。
パン、シチュー、揚げ物各種、カレーやお惣菜など、種類を問わず、俺の『収納』にある食べ物がふんだんに置かれている。
ファメラ様は唖然としていた。
まるで心ここに有らずだ。
子供達は無我夢中で食事を貪っていた。
良いじゃないか、腹いっぱい食ってくれ!
俺は満足気にこの光景を眺めていた。
たんと食えよ。
俺もおじいちゃんだな・・・
ハハハ。
食事会は猛烈に進んでいた。
子供達の食欲は半端ない。
途中で足りなくなりそうだと、俺はスーパー銭湯の大食堂に転移し、メルルにおにぎりを適当に作ってくれ、と指示を出した。
何かを察したのかメルルは、直ぐに料理班を纏め、おにぎりを速攻で作り上げていった。
出来たスタッフでありがたい。
そのおにぎりを抱えて、俺はボイルの街に転移した。
子供達は美味しそうに、おにぎりにムシャぼりついていた。
だが流石に全てを食べきれることは無く、残りは明日の朝食へと成り代わっていた。
にしてもよく食う子たちだ。
我を取り戻したファメラ様は、
「ごめんよ、恩にきる」
とすまなさそうにしていた。
こっちとしては好きでやっていることなので、恩でもなんでもないんですがね。
だって子供達が美味しそうにご飯を食べている姿って・・・癒されるんですよねー・・・
その姿を見るだけで、こっちも腹一杯になるってくるというか、なんというか・・・
爺い黙ってろ!って感じかな?
爺いって失礼な!肉体は二十台ですよ!あっ!精神年齢は・・・定年です。
要らない、自問自答ですいません。
「ファメラ様、食事は満足できましたでしょうか?」
「満足も何も・・・こんなお腹いっぱい食べたことなんて・・・あ!そうえば。僕のことをファメラ様なんて言わないでくれるかな?堅苦しい話し方をしないでよ」
「では、ファメラさんとお呼びすれば?」
「止めてよ!子供達ですら呼び捨てなんだよ、ファメラでいいよ!」
相当フランクな神様のようだ。
であれば遠慮なく。
「ファメラ、満足出来たかな?」
「ああ!それはもう!・・・」
あれ?急にテンションが変わってしまったぞ!
どういうことだ?
「ああ・・・ごめん・・・ここ数年こんなことは無かったから、嬉しくって・・・つい・・・」
そういうことか・・・
こんな事でよければ、どれだけでも力を貸しますがな!
フンス!
「島野だったよね?・・・」
「そうだ」
「フレイズ様から聞いてはいたけど、出鱈目だね!」
なんでそうなるかな?
そもそもフレイズって誰?
まあ俺は出鱈目だって、自覚はありますがね。
「あの・・・フレイズって誰なの?」
「え!」
考えられないといった表情を浮かべるファメラ。
だって知らないんだもん。
俺は知ったかぶりはしないのでね、知らないことはちゃんと聞くことにしているのだよ。
かくは一時の恥ってね。
「フレイズ様は、火の神様だよ・・・」
おおい!
上級神様かよ!多分そうだよね!
言葉の響きとして・・・多分・・・
「で・・・その火の神様が何故に俺のことを?・・・」
「フレイズ様はね、いつもは神界にいるんだけど。時折この世界を覗いているみたいなんだ・・・趣味としてね・・・それで、面白い奴がいるからと、君のことを教えてくれたんだよ・・・いつかボイルにも来るかもって・・・」
何だそれ?
おい!フレイズとやら!
勝手に俺の噂をしてるんじゃねえよ。
上級神?
知らねえよ!
困った上級神様だな。
「フレイズ様は、時々僕の様子を見に来てくれるんだよ」
へえー、そうなんだ。
まあそんなことはいいとして、話すことが沢山ある。
「ちょっと話をしないか?」
「そうだね、僕も君に興味があるよ」
興味って・・・あっそう。
「まずは、神気の減少についてだが、気づいてるよね?」
「勿論、僕は困ってはないけど、外の神達は大変なんだろうね?」
困ってない?どうして?
「困って無いとはどういうことなんだい?」
「僕は炎から神力を得られる能力があるんだ、だから噴火口に居ることにしているんだよ。それに火山が噴火しない様に見張ってるんだ。炎を操って、息抜きさせないと、大きな噴火が起きちゃうからさ」
それは大仕事だな。
それに炎から神力を得るって、とんでもないな。
「そうか・・・となると、火山からは離れられないということなのか?」
「そんなことはないよ、大きい噴火となると、予兆があるからね、それが無ければ、数週間ぐらいは離れることはできるけど・・・この子達がいるからね」
結局は離れられないということか、子煩悩な神様だな。
「まず、協力して欲しいことがあるんだ」
俺は『収納』からお地蔵さんを取り出した。
「へえー、上手なもんだね。想像神様そっくりじゃないか?」
「ファメラは想像神様に会ったことがあるのかい?」
「うん、一度だけね。神獣になった時にさ」
「そうなんだ、それでこれはお地蔵さんっていうんだけど、この街の街道筋なんかに置いて欲しいんだけど、どうかな?」
「僕は構わないけど、一応町長に聞いてみるよ」
「そうか、ありがとう、あとこの街に教会はあるかい?」
「いや、教会はないよ」
そうだよな、じゃないとファメラが孤児達の面倒を見ることに、ならないだろうし。
後はこれだな。
俺は『収納』から転移扉を取り出した。
「これは何だい?」
「これは転移扉っていうんだけど、転移の能力を付与した扉なんだ」
「へえー、それは凄いね」
あんまり驚いた感じではないな。
そんな物もあるか?といったぐらいだ。
「これを使えば、俺達が住んでいるサウナ島に来ることが出来るし、南半球の全ての国や街に繋がっているから、便利に使って欲しいんだ。それにサウナ島には、南半球の全ての神様達が集っているんだよ」
「そうなんだね」
あれ?そこまででも無い・・・もしかして知ってた?
「もしかして・・・知ってた?」
「うん・・・フレイズ様から聞いてたよ」
おいおい!
何なんだよフレイズって!
いいとこ持ってくんじゃないよ!
驚かれる楽しいパートなのに・・・
まあいいか。
「そうか・・・それでいるかい?」
「勿論頂くよ、まずはそのサウナ島に行ってみたいな。凄いところなんでしょ?」
「そうだよ、凄いところだよ!」
「そうです、サウナ島は凄い所なんです!」
とゴンとギルは片付けが済んだのか、会話に交じってきた。
「紹介するよ、ギルとゴンだ」
「ギルだよ、よろしくね!」
「ゴンです、よろしくお願いします!」
と二人は会釈していた。
「僕はファメラ、よろしく!」
紹介は済んだご様子。
「ファメラ様、聞きたいことがあります」
ゴンは質問がみるみたいだ。
「何だい?あと様は止めてくれよ、同じ聖獣じゃないか?」
「でもファメラ様は、神獣に成られたんですよね?」
「そうだよ、でもそんなことはどうでもいいじゃないか。たいして変わらないよ」
「たいして変わらないですか?」
ゴンには分からないようだ。
「そうだよ、違うかい?」
とファメラは首を傾げている。
「そう言われましても、こちらとしては大きく違うとしか言いようがないです」
「でも、ギルは神獣だろ?それに見てたけど、ゴンはギルのお姉ちゃんなんだろ?」
「それはそうですが・・・」
「でしょ?変わらないよ」
「・・・」
ゴンはいまいち理解できていない顔をしている。
「僕はね、確かに聖獣から神獣になったよ、でもやってることは同じだし、寿命が無くなったぐらいしか変わってないよ。それに神の能力も魔法も開発していく物だからね」
なるほど、確かにそうだな。
やっていることは同じで、神の能力も魔法も、神獣であっても、聖獣であってもすることは一緒ということだな。
言いたいことは分かる。
「そう言われるとそうなのかもしれませんが・・・」
「僕はゴン姉とたいして変わらないと思っているよ」
ギルも追随する。
「だよね?」
「そうだよ」
表情を見るに、ゴンはまだ納得はいっていないようだ。
でも、反論も出来ないみたいだ。
「それで何を聞きたいんだい?」
「いえ・・・もう大丈夫です・・・」
ゴンの用事はあっさりと済んでしまったようだ。
神獣と聖獣の違いが聞きたかったらしい。
「そう?」
「ファメラは子供が好きなんだね?」
ギルは笑顔だ。
「そうだよ」
「またここに来てもいいかい?友達を連れてさ」
「いいよ、いくらでも来てくれよ。子供達も喜ぶよ」
「ほんと?やった!」
ギルはほんとに子供達が好きなようだ。
どうせテリー達を連れてくるに決まっている。
あいつらも孤児を外っとくことは、出来ないだろうしな。
「ねえパパ、子供達をサウナ島に連れて行っていい?」
「ああ、そう言うと思ってたぞ。それにファメラもサウナ島に来たいみたいだしな」
「うん!行きたい!」
「じゃあ早速行くか?」
「行こう行こう!」
子供達を連れて、サウナ島に向かうことになった。
勿論料金なんて頂かない。
全て俺持ちである。
サウナ島の景観にファメラと子供達は驚いていた。
そして子供達のテンションが上がっていく。
まずは風呂に入ることになったが、まだ小さい子達もいる為、半分は家族風呂を使う事になった。
引率はギルが買って出ていた。
風呂を楽しんだ後、ファメラはさっそく、神様ズの対応に追われることになっていた。
ほどんどの神様ズから挨拶を受けていた。
ファメラは神様ズからは、それなりに認知されていたようで、話はスムーズだ。
その時には俺とゴンと、新たに加わったノンで、子供達を遊戯スペースで遊ばせていた。
子供達は我先にと遊びに夢中で、スーパー銭湯を楽しんでいた。
俺はそれを微笑ましく眺めつつ、子供達の相手をしていた。
ファメラは終始圧倒されており、それでいて、新しい世界感を楽しんでいるようだった。
案の定、お腹が減ったと子供達が騒ぎだした。
あんなに食べたのに、凄い食欲だ。
大食堂に子供達を集めて、再度食事会が始まった。
子供達は我先にと、思い思いの食事を楽しみ、甘味に貪りついていた。
ソフトクリームの人気が半端なく、漏れなくポタポタと溢していた。
拭けばいいから大丈夫。
気にしなさんな。
あ!丸ごと落とすのは流石になしだ。
やれやれだ。
その後遊び疲れた子供達は眠ってしまい。
従業員達に手伝って貰って、ボイルの街に子供達を背負って、送ることになってしまった。
帰り際にファメラからお礼と共に、相談したいことがあるから、明日にまた来て欲しいと言われた。
何の相談だろうか?
大体の想像は付くが・・・
翌日。
俺は一人で、ボイルの街に行くことにした。
当然たくさんのお土産が『収納』に入っている。
どうやらファメラは、ワインが気に入ったみたいだ。
それだけでは無く、子供達に大量の食料品と野菜と肉がある。
恐らく一週間以上は、充分にもつと思われる。
果たして誰が調理をするのかは知らないが、あったに越したことはないだろう。
ファメラの家に着くと、猛烈な歓迎を受けることになった。
子供達が我先にと、俺に纏わりついてくる。
中には俺の肩に登ろうと、必死に人間クライミングを敢行する強者までいた。
俺は為すが儘に受け入れていた。
子供の無邪気な想いを楽しんでいた。
そこにファメラが現れた。
「島野、捕まっちゃったね」
とファメラは笑顔だ。
「ああ、そのようだ。でもちょっとごめんよ、やることがあるからな」
と俺は子供達を引き剥がした。
俺は『収納』からお土産を取り出し、そして、なんちゃって冷蔵庫を造ることにした。
これがあれば、食材も腐らせることはないだろう。
その様子を子供達とファメラは、興味深々に眺めていた。
「おおー!」
「これは何?」
「なんかカッコいい!」
と子供達はお行儀よく観察している。
完成したなんちゃって冷蔵庫に氷を入れて、食材を詰め込んで終了した。
「よし!完成!」
さくっと造ってみましたよ。
これで当面は食材に困る事は無いでしょう。
「凄い島野!」
「島野凄い!」
「島野!」
と子供達から島野扱いを受けてしまった・・・別にいいのだが・・・
俺は、完成したなんちゃって冷蔵庫を眺めていた。
ファメラが近づいてくる。
「何から何までありがとう、島野」
とファメラは笑っていた。
「これぐらい、いくらでも頼って下さいな」
「助かるよ」
「それで?相談に乗ってやりたいが、どうすればいい?」
まだ子供達が纏わりついてくる。
「そうだね、ちょっと待ってて」
とファメラは奥に引っ込んでいった。
その後に、一人の女性を伴って現れた。
その女性はこれぞビックママといった、風貌の豊満な女性だった。
エプロン姿がとても似合っている。
「島野、こちらはマロンさん。皆の面倒を見てくれているんだ」
「あら、あなたが島野さんね、ファメラから聞いているわよ。いい男じゃないの」
と大人の余裕を滲ませる発言をしている。
「始めまして、マロンさん。あなたもお綺麗で」
とこちらもウィットに飛んだ返しをしておいた。
「あらやだ!お上手ね!」
「いえいえ、そちらこそ!」
と大人の会話を楽しんでみた。
そんな俺達を、生暖かい眼でファメラが見つめていた。
「そろそろいいかな?」
「ああ、ではマロンさん。子供達をお願いします」
俺は、マロンさんに会釈した。
奥の部屋に入ると、簡単な椅子があり、ファメラはそこに腰かけた。
俺は正面の椅子に腰かける。
「それで、相談とはいったい何なんだい?」
「まずはその前に、町長の許可が出たから、お地蔵さんを何体か頂くよ」
「それは助かる。何体ぐらい設置できるかな?」
「そうだね、六体貰うよ」
「分かった」
と俺は『収納』からお地蔵さんを六体取り出した。
「それで、あまりまだ付き合いの短い君に、相談することではないんだけど。昨日ほとんど神達から、困りごとがあったら、島野に相談しろと言われてね」
「へえー」
あの人達は何やってんだか・・・
まあいいけどさ。
「実は、簡単な話が、子供達のことなんだ」
「子供達?」
どういうことだ?
「うん、これまでは何とか寄付やらで、やりくりしてきたけど、そろそろ限界でね。どうしたものかと困っているんだ」
「なるほどね」
概ね想像通りだな。
要は稼ぎ口が欲しいという事だな。
「今日もいろいろ貰って、ほんとに助かっているよ。でもいつまでも好意に頼っては要られないと思ってさ」
「そうだろうな」
「それで、島野に相談したいということなんだよ」
なるほどね。
「そういうことね、いくつか案があるが、まずは教えて欲しい事があるんだが、いいかな?」
「教えて欲しい事とは?」
「まずはこの街の現状と特産品だな」
「そうだね、まずは街の現状としては、貧しい街だと思う。ゆとりがあるとは思えないよ、特に昨日サウナ島を見た限りでは、ね」
とファメラは歯切れが悪い。
サウナ島の現状を見て、この街の現状をそう捉えたみたいだ。
「そうか」
「それと慢性的に火山灰に困っているよ。僕も頑張ってはいるけど、こればかりはどうにも出来ないんだよ。風魔法を使える者に頼んで、灰を除去するんだけど、上手くはいってないね。時に農作物に大きな被害が出る時があるんだ」
「そうだろうな」
「でも不思議なもので、逆に農作物が大きくなって上手くいく時もあるんだ。僕にはよく分からないよ」
「そういう事ね」
ここはアイリスさんの出番だな。
彼女なら確実に上手くやってくれるはずだ。
丸投げしますがすんません。
「後は、交易もこれまではエアルと少しあったぐらいでしかないよ」
ここまでは、概ねロンメルから聞いていた通りだな。
「特産品はどうなんだ?」
「それは先ほど話した、農産物が上手くいった時に、それが特産品になっているぐらいしか思いつかないな」
「そうか・・・」
「どうだろうか?」
とファメラは不安そうだ。
「まず、火山灰だが、これが特産品になる」
「え!どういうこと?」
とファメラは驚いている。
それはそうだろ、火山灰はこの街にとっては害でしか無かった物だ。
それが特産品になるんだからな。
驚いて当然だろう。
「火山灰は俺が知る限り、様々な使い道があるんだ。まずは火山灰を孤児達に集めさせたらどうだろうか?いい収入になると思うぞ?」
「嘘!そんな・・・」
ファメラは眼を輝かせている。
「いいかい?まずは火山灰だが、扱い方が重要になるが、畑の肥料になるんだ。それに陶磁器の良質な釉薬にもなる。独特な色合いが出ると、陶磁器を扱う者にとっては、とても貴重なものだ。更に建築部材としても使える。とある建築部材に混ぜ合わせることによって、とても頑丈な物になるんだ」
「そうなのか・・・」
「ああ、そうだ。火山灰は決して害では無いということだ。使い方次第なんだ」
「・・・」
「そして、気をつけないといけないことは、火山灰はあまりに多くを吸ってしまうと、健康被害に繋がる危険性がある。そこで俺が作るマスクを、必ず子供達には着用させて欲しい。これは絶対だ、嫌がるようならその子は作業から外して欲しい」
「そこまでなのか?」
「ああ、健康には代えられない」
そう、健康に難がある様では意味が無い。
そんなことは断じてさせられない。
「まずは準備してくるよ。明日にまた打ち合わせをしよう」
「分かった」
俺はサウナ島に帰ると、収集用の袋と、紙製のマスクを大量に作成した。
ゴンにはマジックバックを十個ほど造って貰った。
後、スコップを大小各自十個ほど造っておいた。
こんなもので充分だろう。
翌日
俺はギルを伴って、ボイルの街にやってきた。
ギルは子供達に会えると、朝からご機嫌だ。
さっそくファメラに準備した物を渡していく。
収集作業を出来なさそうな小さな子供は、マロンさんとお留守番。
そして、俺達は子供達を連れて、火山灰の収集を行った。
ギルにも内容を予め共有済の為、ギルも積極的に作業に交じり、子供達にレクチャーを行っている。
それにファメラも続く。
作業は思いの外大変だった。
これは作業着が必要だ。
火山灰で服が灰色になっていた。
今日帰ったら作業着を造ろうと思う。
それも〇島標入りだ。
それでも子供達は、作業を楽しんでいたようだ。
街を掃除している様で嬉しいといっていた。
前向きでよろしい!
結局半日かけて、十袋満タンに火山灰が取集ができた。
まだまだ収集出来そうだったが、これぐらいでいいかと作業を終了した。
まずは昼飯だ。
ファメラの家に帰り、さっそく昼飯の準備に取り掛かる。
まずは火山灰を飛ばそうと、全員軒先で自然操作の風で服に付いた火山灰を飛ばして、綺麗にした。
清潔にしてから食事はしたいからね。
「島野はこんなこともできるんだね」
とファメラは関心していた。
私はもっといろいろ出来ますよ。
フフフ。
今日の昼飯は、焼き肉にした。
これならば、マロンさんの手を煩わせることが無いだろう。
魔道具のコンロを四台準備し、その上に大きな鉄板を敷く。
皆で好きに焼いていくスタイルだ。
特に野菜は多めだ。
栄養のバランスは気にしたい所だからね。
子供達は好き嫌いすることも無く、我先にと焼き肉を楽しんでいた。
肉はボア、ピッグ、ブル、チキンと豊富だ。
焼き肉のタレはないが、ハーブを混ぜ合わせた塩を中心に、味付けを楽しんでいた。
子供達用に、焼き肉のタレを開発すべきなのだろうか?
出来なくはないのだが・・・
俺は焼き肉は断然塩派なので、必要性を感じないが、子供達にはタレなんだろうか?
焼き肉のタレは、肉の味では無く、タレの味になってしまうので、正直好みではないのだが・・・一先ず保留だな。
ファメラには、アクセントにと、一味唐辛子を薦めてみた。
これが相当お気に入りになったようで。
「こんな美味しい調味料は始めて食べた!」
とドバドバと、一味唐辛子を掛けていた。
どうやらファメラは辛みが好物らしい。
マロンさんも焼き肉を楽しんでくれているようだ。
魔道具のコンロは差し上げると話したら。
「うっそ!島野さん私と結婚して!」
とウィットに飛んだプロポーズを受けてしまった。
「俺の嫁になると、泣くことになりますよ」
と大人の冗談で返しておいた。
それをギルとファメラは生暖かく眺めていた。
こいつらには大人の冗談は分からないようだ、お子ちゃまだな。
子供達は、
「島野美味しい!」
「旨いよ島野!」
「ありがとう島野!」
とここでも島野扱いを受けてしまった。
まあ、どうでもいいか。
昼飯を終え、ギルとファメラと数人の子供達を連れて、サウナ島に帰ることにした。
その理由はアイリスさんに、火山灰がどれだけの価値があるのかを、見定めて貰う為だ。
「アイリスさん、火山灰を持ってきました。見定めて貰えますか?」
「ええ、見せてください」
子供達が、火山灰が詰まった袋をアイリスさんに渡した。
前持って話を聞いていたピコさんも、同席している。
アイリスさんが火山灰に手を触れる。
「・・・」
「どうですか?」
アイリスさんの表情は真剣そのものだ。
彼女は畑に関しては、一切の妥協がない。
「これは・・・いいです!凄くいいです!これは根菜類の肥料に持ってこいです!」
「おお!」
「やった!」
「ファメラ!良かったね!」
と一同大喜びだ。
そこにピコさんが続く。
「これはメルラドでも購入させて貰えますか?」
「ええ!是非!」
とファメラも興奮を隠さない。
「よし!まずはここからだな!」
と足がかりは出来た。
よかったよかった。
「アイリスさん、これを農業従事者に広めてください」
「ええ、守さん。もちろんです」
アイリスさんは笑顔だ。
アイリスさんの影響力は凄い、これで南半球の全ての農業従事者に、ボイルの街の火山灰が広がると言っても、過言ではないだろう。
「よし、次にいくぞ!」
「「おお!」」
俺達は次に、ゴンガスの親父さんの所に向かった。
「おお!ちびっこ大集合だの!」
と親父さんは上機嫌だ。
「よし、さっそく火山灰をよこせ」
親父さんはノリノリだ。
実は俺は昨日親父さんに、火山灰の話をしていたのだった。
親父さんも火山灰のことは知っており、既に話はついてると言ってもいい状況なのだ。
でも、ここはちゃんと確認が必要なところでもある。
どれだけの品なのか、目利きは必須だ。
親父さんは火山灰を受け取ると、前もって準備されていた、粘土に練り合わせていく。
それを竈に入れて、様子を見る。
親父さんは能力を駆使して、通常は数日かかる作業を、短時間で終わらせていく。
「よし、出来上がったのう」
親父さんは竈から土器を取り出す。
「んん・・・これは良いな・・・」
声を漏らす親父さん。
確かに良い、素人の俺でも、この土器の模様が芸術的に見える。
斑模様と言えばいいのだろうか?
繊細な模様の土器が出来上がっていた。
親父さんが意図して造ったのかは分からないが、相当な芸術品に見える。
「ファメラよ、数袋置いてゆけ」
親父さんの太鼓判を貰うことになった。
ファメラは上を向いて涙を堪えていた。
職人モードに入った親父さんは、一心腐乱に作業を開始してしまった。
高級な土器が、沢山出来上がることになるのだろう。
こうなると作業の邪魔になるので、お暇するしかない。
次に向かったのは、ランドールさんのところだ。
彼は遂に三校目の学校の着工を行っていた。
場所はメッサーラだ。
「やあ、島野さん、ファメラ、火山灰を持って来てくれたのかい?」
ランドールさんは、俺達を待ってくれていたようだ。
タイミングよく、俺は昨日ランドールさんにコンクリートの強度を増す、火山灰があると話をしていた。
ちょうど三校目の基礎を作り出していたランドールさんは、これに飛びついた。
「これで、もっと頑丈な基礎が出来上がる。最高だよ!」
とこちらは試すも何も、あったもんじゃなかった。
その場であるだけ置いていってくれと、二言返事だった。
ちょっと俺を全面的に信用し過ぎなんじゃないですか?
責任は取れませんよ?
まあいいか。
彼の判断に口を挟むことはしまい。
その後、ボイルの村長を代表者に巻き込んで、火山灰の販売は行われるようになっていった。
ファメラにはファメラの仕事がある。
いつまでも子供達に張り付いている訳にはいかない。
それに、火山が噴火してしまっては目も当てられない。
そこまでして火山灰は要りませんて。
そして火山灰を集めるのは、孤児達だけでは無く、手の空いた街の者達が全員行うことになった。
ボイルの街は、新たな収入源に沸いた。
そして販路を広げようと、商人達がボイルの街に訪れる様になっていた。
ボイルの街は活気に溢れていた。
そして、俺は五郎さんにあることを依頼した。
俺には確信があったのだ。
ボイルには泉源があるだろうと。
前に火山のある地域には温泉が出やすいと、聞いたことがあったからだ。
温泉が出れば、新たな収入源になるし、街の人達の新たな娯楽にもなる。
これはとても期待ができる。
俺はギルと五郎さんと、ボイルの街を訪れていた。
五郎さんとボイルの街に行くと言ったら、ギルは付いてきた形だ。
五郎さんはさっそく泉源探索を行った。
「島野!お前えの言うとおりでえ、此処には泉源がある。それも二つもだ!」
「おお!それは凄い!」
ファメラを連れて、さっそく泉源を掘り当てることにした。
五郎さんの指示の元、ギルが土魔法で土を掘り返していく。
すると勢いよく源泉が湧き出て来た。
「熱っちい!」
とギルは源泉に触れて騒いでいた。
前にもこんなことがあったような・・・
ギル君は勉強できているのかい?
「よし、ここは岩風呂にしよう。まずは岩を集めようか?のその前に何人か人を集めよう」
と俺は提案した。
「そこは僕に任せて!」
ファメラは喜々としている。
ファメラが街の人達を集めてきた。
さっそく五郎さんと俺が指示をだした。
街人達が岩を集めている合間に、俺は源泉から引き込みを行い。
浄水場を造っていく。
これは俺も手慣れたもので、数時間で引き込みを完成させた。
浄水場には浄化の魔法を付与してある魔石と、水魔法を付与してある魔石を嵌め込んで、完成した。
そうしたのには意味がある。
源泉が熱すぎたからだ。
それに水道管を引き込んでいない為、こうするしかなかった。
排水は側溝を作製して、自然と土に帰る様にした。
側溝の脇の部分はコンクリートにしてある。
そうしている間に岩が集まってきていた。
岩を纏めて『合成』を行い、岩風呂が完成した。
これにボイルの街人達は大興奮。
「凄い!温泉がボイルに出来上がったぞ!」
「新たな街の特産が出来た!」
「これで毎日風呂に入れる!」
と新たな温泉の完成に沸き立っていた。
だがこれでは終わらない。
泉源はもう一つある。
俺達はもう一つの泉源を掘り当てて、温泉をもう一つ造ることになった。
こちらはちょっと豪華に、檜の温泉にした。
俺は一度サウナ島に帰り、檜の木を伐採してから、檜風呂を造ることにした。
引き込みや浄水場、排水の造りは一つ目と同じになっている。
檜の風呂を造り上げていく。
「よし!二つ目完成だ!」
ボイルの街は異常なテンションになっていた。
「ボイルが変わるぞ!」
「これで街は救われた!」
「ボイルの進化が止まらない!」
と街人達が騒いでいる。
「島野、こうなってくると温泉宿が欲しくなってくるな」
「そこは五郎さんに任せますよ。五郎さんの領分じゃないですか?」
「そうだな、どうしたもんか・・・」
五郎さんは真剣に悩んでいた。
まあ協力を依頼されたら、俺は手伝うまでだ。
その後、この温泉の取扱いについて、ファメラや町長達が話し合うことになった。
この先の営業面については、俺の関与するところではない。
好きにやってくれということだ。
ボイルの街は大きく舵を切り出したようだ。
是非もっともっと発展して貰いたいものだ。
よかったよかった。
俺はボイルの街の様子を見に来ていた。
ファメラの元を訪れて、家の前でテーブルを拡げて、野菜と肉の寄付を行っていた。
ボアボアボア!
メラメラメラ!
と急に何かが焼ける音が鳴り響いた。
あり得ない出来事が起こっていた。
俺の目の前に炎が現れて、炎の中から人が現れたのだ。
そいつは男性で、体を炎で纏っており、上半身裸で、入れ墨が上半身の至る所に刻まれている。
蛮族といってもいいような姿をしている。
締まった身体に均整のとれた身体をしていた。
挑発的な眼つきでこちらを見ている。
その眼は真っ赤だ。
フレイズなる人物が、俺の目の前に現れていた。
火の神フレイズ、こいつでまず間違いない。
俺は直感的に感じた。
こいつは強い!
「島野、我と立ち会え!」
俺に向かって中指を立てたフレイズ。
フレイズの瞳が怪しく光輝いた。
急に俺の中の何かが弾けた。
あれ?おかしいぞ。どうした?
闘争心がメラメラと燃え上がって来るのを感じる。
何かの能力か?
興の乗った俺は止まらない。
口角が上がっているのが自分でも分かっている。
らしくない、どうして・・・
「おい!お前がフレイズか?てめえ、俺のことを勝手に言いふらしやがって。お前何様だ?ことと次第によっては成敗するぞ!」
フレイズはニヤニヤしながら俺を見ていた。
楽しげな表情が、逆に不気味な怖さを感じる。
「ほおー、我を成敗するとな?それは嬉しいではないか!」
俺は違和感を感じていた。
こんなに俺が急に好戦的になるのはおかしい、何か精神操作をされているのか?
でも同時にこいつと殺りあいたいとの、衝動も感じている。
それも純粋に想いが込み上げてくる。
おそらくこの強烈な闘争心を抑えることは可能だろう。
でも、半分神となった今、上級神相手にどれだけ立ち会えるのか試してもみたい。
「ファメラ、子供達を連れて下がってくれ!」
「う、うん」
ファメラは子供達を連れて離れて行った。
肌がヒリヒリするのを感じる。
圧倒的な威喝感だ。
力試しがしたい。ここは敢えて乗っかってみるか。
『身体強化』で急激にはフォーマンスを上げる。
俺は自分から仕掛けていた。
俺は勢いに任せてフレイズの腹に、一撃を喰らわせていた。
これは決まったか!
否、浅い。
フレイズは腰を引いて、致命傷を避けている。
ならばと俺は転移を繰り返して、フレイズをタコ殴りする。
フレイズも俺の攻撃を避けようと、転移を繰り返していた。
でもここは俺の方が一枚上手だ。
俺は転移だけでは無く、行動予測を駆使していたからだ。
結果、俺がフレイズを袋叩きにしていた。
一旦距離を取る。
「ほおー、我を一方的に攻めるとはな・・・」
まだまだ余裕の表情のフレイズ。
だが身体は傷だらけだ。
何を余裕ぶってやがるんだか・・・隙だらけだぞ。
貰った!
俺は拳を握りしめて、顎に一撃を放った。
ここで躱されるとは思って無かったが、俺は止まらない。
身体を捻って、回し蹴りで鳩尾に一撃を加える。
真面に急所に一撃が入り、フレイズの動きが止まる。
フレイズが前向きに倒れ込んでいた。
「う!」
これで決まりか?
「ちょっと待った!」
ファメラの慟哭が響き渡った。
ファメラの一言が、俺を瞬く間に現実に引き戻した。
「フレイズ様・・・島野・・・なんでこんなことになってんの?よく周りを見てよ!加減を考えてよ!」
ファメラは真剣そのものだ。
何かが俺の中から抜けていった。
な!
俺は反省しか無かった・・・ほんとにごめん・・・すまなかった・・・許してくれ・・・。
やり過ぎてしまったようだ・・・
孤児達がワナワナ震えており、腰が引けていた、泣き出す子達もいた。
なんで俺はこんなことを・・・おかしい・・・何か精神操作された様な・・・
フレイズはケロッと立ち上がると、
「すまんすまん!ファメラよ!ナハハハ!これは面白い!」
フレイズは悪びれることすらなかった。
当然の如く笑っている。
「フレイズ様!すまんじゃないですよ!何してくれるんですか!無茶苦茶じゃないですか!子供達もいるんですよ!」
ファメラはフレイズに詰め寄っている。
「ナハハハ!これは悪かった!にしても強いな!島野!恐れ入った!我が一方的にやられるとは、想像神の爺い以外では始めてだぞ!」
まったく態度は変わらない。
「おい!・・・お前、俺に何か精神操作したか?」
「ああ、我の挑発の能力だ。でもお前、乗っかった振りをしていたよな?余裕が見受けられらたぞ!ナハハハ!」
と宣わっている。
どうやら俺もまだまだのようだ、加減を間違ってしまうとはな。
にしても・・・
フレイズの言に、俺は普通に腹が立った。
こいつ・・・どうしてくれようか?
「まあそう怖い顔をするな!我が悪かった!」
フレイズは普通に頭を下げていた。
ん?・・・随分素直だな・・・まあいいのか?・・・
よく分からんのだが・・・
「で、何の用だ?ことと次第によっては締めるぞ!」
「おお怖!だから悪かったって、この通りだごめん!」
フレイズは両手を目の前で重ねていた。
はあ・・・もうどうでもよくなってきたな。
なんなんだこいつ・・・
「お前に会いに来たんだ、島野。ボイルの街とファメラを救ってくれて、ありがとうな!」
また頭を下げられた。
ならばお礼だけでよかったのでは?
なんで戦う必要があったんだ?
普通に感謝の意を伝えてくれればよかったのに・・・
こいつ戦闘狂なのか?
「なあフレイズ、戦う必要はあったのか?」
こいつに敬語を使う気にはなれない。
対等に相手をしてやる。
なんか腹立つし・・・
上級神だが何だか知らんが、敬う相手とは思えない。
だっていきなり挑発してくる相手なんだよ?
いいでしょ?それで・・・
「だってよ、想像神の爺いが、お主でも島野には勝てんかもなって言うんだぜ、そう言われちゃあ、挑みたくなるだろうが!ナハハハ!」
フレイズは高笑いをしていた。
そんな理由なのか?
あり得ない。
マジでもう一回締めてやろうか?
怒りが再燃し始めてきたぞ。
「おまえ、マジでもう一回締めてやろうか?」
「だからすまんて、この通りだ」
はあ・・・凝らしめてやらんと気が済まんが・・・これ以上暴れる訳にはいかんよな。
「それで、俺はもう帰ってもいいよな?」
「ちょっと待ってくれ!我もサウナ島に行ってもいいか?」
フレイズはサウナ島に来たいみたいだ。
「いいけど、どうしてだ?」
「我も飲み食いしたいし、風呂にも入りたい。それにサウに入ってみたいのだ。な!いいだろ!」
娯楽に飢えてるのかこいつ?
全く、何なんだこいつは・・・
「別にサウナ島に来る分には構わんが、飲み食いするって、お前そもそもお金持ってるのか?」
「・・・要るのか?・・・」
フレイズはキョトンとしている。
「当たり前だろ!何でお前にタダ飯を食わせなきゃならんのだ?」
「だって我・・・上級神だもん・・・」
「うるせえ!上級だろうが下級だろうが、家は全員そういうのは関係無いルールでやってんだ。それに上級神だからって偉いのか?サウナ島ではそんなことは通用しないんだよ!文句あるなら来るな!」
俯きげにフレイズが言った。
「・・・我は見ていたぞ・・・島野はしょっちゅう奢っているだろう?・・・」
「だから?」
「だから我にも・・・奢ってくれ・・・」
こいつどういう神経してんだ?
呆れるぞ。
馬鹿なのか?
「あのな、いきなり喧嘩を吹っ掛けてくる。それも能力を使ってくるような奴に、なんで奢らないといけないんだ?お前舐めてんのか?」
いい加減マジで締めるぞ・・・
「いや・・・それは・・・うう・・・」
フレイズは完全に落ち込んでいた。
俺は息を整えた。
ふう、意趣返しとしてはこれぐらいでいいだろう。
ちょっと気が済んだからな。
にしてもこいつ・・・常識が無いのか?
「しょうがない、フレイズ、お前にチャンスをやろう・・・働くなら、考えてやってもいいぞ?」
そう働くならな。
お前は俺の手の平で踊らせてやる・・・
「働く?我が?何をだ?」
フフフ・・・しめしめだ。
これであの問題が解決するぞ・・・
「確認するが、お前は結界は張れるか?」
「ああ、出来る」
「ならよし!」
俺達のやり取りをファメラが、未だ冷や冷やしながら見つめている。
「ファメラ、もう大丈夫だ。安心してくれ。こいつの面倒を俺が見てやるからさ」
「島野・・・何だかごめんよ・・・」
ファメラはすまなさそうにしている。
「任せとけ、ただこいつを特別扱いはしないけどな」
「うん、それでいいと思うよ」
ファメラは笑顔だ。
「な!ファメラ、お前まで何を言っている!」
「だって、フレイズ様が悪いんじゃないか!」
「うう・・・我が悪いのか・・・そうだな・・・確かに・・・」
「まあ、飲み食いしたければ働け、それは神だろうが人だろうが、一緒ということだ」
「そうなのか・・・」
フレイズはしょぼくれている。
「まあいいから、一先ずサウナ島に行くぞ。話はそれからだ。行くぞフレイズ!」
「分かった、我!サウナ島に行くぞ!」
急に持ち直しているフレイズ。
こいつやっぱり何処か壊れて無いか?
俺達は連れ立って、サウナ島に向かった。
転移扉を潜ってサウナ島に着いた。
入島受付でエクスにフレイズを紹介すると、エクスは腰を抜かしていた。
ランドは言葉も無かった。
俺は気にせずサウナ島に入り、フレイズに注意した。
「なあフレイズ、その炎、危険だから引っ込めろよな」
「ああ、そうか、すまんすまん」
フレイズは身体に纏った炎を引っ込めた。
もっと早く注意しとくべきだった。
こいつはただの馬鹿だ、他者への気遣いなんて出来る訳が無い。
多分これがあったから、エクスとランドはビビッてたんだろう。
俺達は備蓄倉庫に向かった。
備蓄倉庫から、二酸化炭素吸収ボンベを数本回収した。
その後向かったのは海岸だった。
ここならば安全だろう。
俺はフレイズに、二酸化炭素吸収ボンベを手渡した。
「いいかフレイズ、これは二酸化炭素吸収ボンベだ」
「二酸化炭素?はて?」
フレイズは何も分かってはいないみたいだ。
でも俺は、そもそもこいつに理解は求めていない。
「二酸化炭素とは、簡単にいうと、空気を炎で燃やすと、二酸化炭素という物資を発生させるんだ、このボンベはその二酸化炭素を吸収する装置だ」
「ほお、そうなのか・・・で我は何をやればよいのだ?」
「お前はまず結界を張って、周りに被害が出ない様に注意してくれ、その後、結界内を炎で充満させるんだ。その中にこのボンベを入れて、二酸化炭素を吸収させるということさ」
フレイズはボンベを繁々と眺めていた。
「なるほど、我は我の権能にて、その二酸化炭素とやらを、このボンベに蓄えさせればよいのだな?」
まあここまでは分かっているみたいだ。
「そうだ、ただ気をつけろよ、あまりに高温過ぎると、ボンベ自体が破損するからな」
「そうか・・・加減が大事か・・・」
こいつなりに分かっているようだ、どうやら馬鹿ではないようだ。
どう見ても馬鹿なんだがな・・・
「そうだ、出来るか?ちなみに、このボンベ一本を満タンにさせたら金貨一枚やるぞ」
要はバイトだな。
働けフリーター!
「おお!金貨一枚か?・・・って、それでどれぐらい飲み食いできるんだ?」
俺はずっこけそうになった。
こいつ金銭感覚すらないのか・・・上級神って・・・下界の常識が無いのか?
「まあ、腹いっぱい食って、それなりに飲めると思うぞ」
「そうなのか?じゃあ一先ず二本は満タンにしたいな」
ガッツリ食う気満々かよ。
「じゃあまずはやって見せてくれ」
「おおよ!任せろ!」
フレイズはそう言うと、結界を張り出した。
そして、結界内を炎で埋め尽くした。
おお!これは期待できるかも・・・
結界を拡げて、更に結界内を炎で埋め尽くしている。
あとはボンベが耐えられるのかだ。
俺は、結界の脇にボンベを設置した。
「フレイズ、調整は自分でやってくれ!」
「おうよ!元よりそのつもりだ!」
フレイズは結界の広さを加減している。
すると、ボンベが二酸化炭素を急激に吸収しだした。
ヒューヒューと音を発している。
おお!これはどうなんだ?
数分間それを繰り返し、どうやら二酸化酸素が満タンに溜まったようだ。
腐っても上級神だ。
仕事はできるようだ。
しめしめだ。
「よし、フレイズもう一本だ!」
俺はボンベをもう一本設置した。
これにより、二日に一度の炭酸泉が、毎日行われる様になった。
お客からの感謝の声が後を絶たなかった。
ブラッシュアップ成功!
フフフ・・・計算通りだな。
その後、フレイズはしょっちゅうサウナ島に、やってくるようになっていた。
フレイズは前に俺が想像神様に持ってかれた、日本酒が飲みたかったようで、日本酒に嵌っていた。
それと辛い食べ物が大好きなフレイズは、何度か予約もせずにサウナビレッジの食堂に侵入し、通報を受けた俺から、手痛いしっぺ返しを受けていた。
やっぱりこいつはアホだと、俺は確信した。
残念で仕方がない。
そして、俺はフレイズと話をしていた。
「なあ、フレイズ、これまでどうしてサウナ島に来なかったんだ?神界から見てたんだろ?」
「ああ、そのことか・・・実はな、爺いから行くなと止められてたんだ」
「どうしてだ?」
「理由は分からんが、爺いは南半球が全て転移扉で繋がるまでは行くなって、我達上級神を咎めたんだ」
「そうなのか・・・」
何でだろう?
何かしら意味があるんだろうか?
「あの爺いは未来予測が出来るから、何かしらの意味があるんだと思うが、我にはよく分からん」
「そうか・・・」
未来予測か・・・俺は封印していたな・・・使う気にはなれないが・・・
「だからこの先、上級神が我以外にもやってくると思うぞ」
「そうなのか?」
あまり嬉しくはないのだが・・・
神様は充分足りてるっての。
「ああ、神界ではこのサウナ島を眺めるのが、皆な好きだったからな。分かるだろ?」
「分からねえよ・・・なんだ?お前達上級神ってのは、覗きが趣味なのか?」
「そうじゃねえよ島野、我達は娯楽に飢えてるんだよ」
娯楽に飢えてるって・・・詰まる所暇なんでしょう?
神といっても娯楽は必要ってことね。
まあ分からなくはない。
「それで、今日もバイトしていくのか?」
「おお、助かる。そろそろお金が無くなってきたからな。一気に十本ぐらい溜めていっていいか?」
やる気満々だな。
「いいぞ、任せた」
「よっしゃ!これで、日本酒が飲めるぞ!」
フレイズは、はしゃいでいた。
上級神って・・・ちょろいな。
俺は朝食を食べ終え、畑に向かった。
朝のルーティーンの一つの、畑の神気やりの時間だ。
畑班のスタッフ達から挨拶を受けて、俺とギルは分担して畑に神気を流していた。
すると突然地面が揺れた。
ん?地震か?
微振動だった。
震度一もない程度の揺れだった。
そして、俺達はあり得ない光景を目にしていた。
畑から花魁が生えて来た・・・
何だこれは?・・・
「えええええええ!」
数秒固まった後、皆が叫んでいた。
なんてシュールな絵なんだろう。
花魁が畑から生えてくるなんて・・・
するとアイリスさんが叫んだ、
「お、お母様!」
・・・
「えええええええ!」
全員叫んだ後、フリーズしていた。
お母様?
どゆこと?
「息災であったか?」
花魁がアイリスさんに話しかけている。
アイリスさんが、花魁に駆け寄っていた。
「お母さま、ご無沙汰でございます!」
アイリスさんは眼に涙を浮かべていた。
「お母様、何でこれまで来てくれなかったのですか?」
アイリスさんは、駄々っ子の様な表情で詰め寄っていた。
それを涼しい顔で受け流す花魁。
「そう言うではないわ、余もいろいろあったのじゃ」
「でも・・・」
アイリスさんは言葉にならない。
ここで俺は意識を取り戻した。
どうなってんだ?いったい。
俺は二人に近づいた。
「アイリスさん・・・こちらの方はいったい・・・」
「守さん、こちらは大地の神アースラ様でございます」
そうなのか・・・アイリスさんの母親ってことは、それ以外は考えられないな。
それにしても花魁って・・・インパクトが過ぎるでしょう。
「余は大地の神アースラじゃ、そちが島野よな?」
「はい、俺が島野です。よろしくお願いします」
「神界から見ておったぞ、娘が世話になっておるようじゃ、礼を言うぞ」
アースラ様は、口元を扇子で隠して、軽く会釈した。
「いえいえ、アイリスさんにはこちらがお世話になってますよ」
ほんとにそう。
もはやアイリスさんのいないサウナ島は、考えられない。
「さようか?アイリスと言う名をもらったんじゃな。良い名じゃ」
「はい!私も気に入っております!」
アイリスさんは笑顔だ。
アースラ様は周りを見回して。
「見事な畑よのう、惚れ惚れするぐらいじゃ」
「私が管理しているのです、お母様」
そうです、この畑はアイリスさんの愛情で出来ているんです。
アースラ様はアイリスさんの頭を撫でていた。
「して、島野や。ここにアンジェリはおるか?」
「ええ、居ますが、お知り合いですか?」
なんでアンジェリっちなんだ?
「そうじゃ、余はあ奴の上客じゃ」
上客?何のこと?店の客ってことか?
聞いたことないけど・・・
あれ?でも前に『転移』は上級神の能力だって、アンジェリっちは言ってたような・・・
前からの知り合いということかな?
「そうなんですね・・・でもこの時間だと、まだお店は開いてませんよ」
「さようか?では待たせて貰おう」
「分かりました、ではこちらにどうぞ」
俺はアイリスさんと共に、事務所にアースラ様を誘導した。
それにしても、また上級神の登場かよ。
フレイズが、上級神がやってくると言ってたけど、まさか身内の母親とは恐れ入ったぞ。
でもアイリスさんが嬉しそうだから文句はないが、アースラ様は花魁とは・・・
まあお綺麗な女神に代わりはないのだが・・・
何もないと良いのだが・・・ひと騒動ありそうだな・・・
それにしても、ちょっと煙管は羨ましいな。
でも室内は禁煙ですよ。
俺も一口頂戴したいな。
久しぶりにタバコを吸ってみたいな。
まあどうせ蒸せるだろうけどね。
やっぱり止めとこう。
事務所に入ると、アースラ様が意味深に尋ねてきた。
「島野や、ここにはオリビアもおるのか?」
「ええ、いますよ、こちらもお知り合いですか?」
「・・・」
あれ?返事が無いぞ・・・
表情が読み取れないな・・・
どういうことだ?
「オリビアは息災か?」
「ええ、元気ですが・・・」
アースラ様の言いたいことが読み取れない・・・
表情も読めない・・・
ポーカーフェイスが凄い!
俺が表情を読み取れないとは・・・流石は上級神だな。
ゴンが飲み物を尋ねてきた。
「俺はアイスコーヒーで」
「私は麦茶で」
「余はなんでもよいぞ」
「では、アイリスさんと同じにしておきます」
ゴンは飲み物を準備しに向かった。
「アースラ様も神界から眺めていたんですね?」
「そうじゃ、可笑しかったぞ。本当はもっと早く来たかったんじゃがな」
「想像神様から止められていたんですよね?」
と聞いているが。
「それもあるが、下界は神気が薄くなっておるからじゃ。余達上級神とて、神気が薄いとどうともならんのじゃ」
そういうことね。
「でもフレイズは、時々ファメラの所にやって来ていたと聞きましたよ」
「あれは別じゃ、火山が噴火したら目も当てられんからのう」
確かにそうか・・・フレイズはファメラを手伝っていたのかな?
「特例ということですか?」
「そうじゃ、それにフレイズは炎から神力を得られるのじゃ、ボイルの街であれば、問題なかろう」
ファメラの能力と一緒ということか。
ならば問題無いか。
「そうじゃった。愚弟も世話になっておるようじゃな」
「愚弟?」
「フレイズじゃ、あ奴は余の弟じゃ」
「兄弟なんですか?」
ちょっと意外、全く似てませんがな。
「そうじゃ、大地、火、水、風は兄弟じゃ」
あらまあ。
雷と氷は違うんだ。
もしかして従妹?
「なるほど。ということは水と風の神様も、サウナ島にじきに来られるのですか?」
「それは分からぬ、あ奴等しだいじゃな。余はここに来る理由がいくつもあるのでな」
「理由ですか?」
何の事だ?
「そうじゃ、まずは娘に会いに来てもよかろう?世界樹は余の権能から生まれた存在じゃ。本当は枯れた時に来たかったのじゃが、そうともいかなくてのう、またタイミングも悪かったのじゃ」
何か来れなかった理由がありそうだな。
「・・・」
「それにここにはアンジェリがおるから、着付けと髪を結って貰わねばな」
「それで上客ということなんですね」
「あ奴の腕は別格じゃ、外ではこうはいかぬ」
流石はアンジェリっちだ、上級神も認める腕前とは。
ここでゴンが飲み物を持ってきた。
飲み物を全員分配る。
アースラ様が麦茶に口を付ける。
「ほお!これが麦茶か。良い味じゃ、美味じゃな」
「ありがとうございます」
アイリスさんの大好物だしね。
味覚は近しいのかな?
「どうやらこの島には、いろいろな飲み物と食べ物がある様じゃな?」
「そうなんです、何を飲んでも食べても美味しいんですよ、お母様」
アイリスさんはにこやかだ、こんな表情をするんだな。
母親に対する信頼がそうさせるのだろう。
これまでに、アイリスさんのこんな表情は見たことがない。
「ただこの島では、食事には金銭が伴いますが、アースラ様は金銭はお持ちですか?」
「守さん、私が出しますわ」
アースラ様はアイリスさんを手で制した。
「アイリスや、そうともいかぬ。娘に払わせたとあっては、余の矜持に関わる。では金銭に変わる物を提供するのはどうじゃ?」
「金銭に変わる物ですか?」
「そうじゃ、後で先ほどの畑に行かせてもらうとする」
もしかして畑作業をするつもりなのか?
この着物でか?
作業着を造ったほうがいいのかな?
まあいいか。
アースラ様に任せておこう。
「そろそろアンジェリさんの美容室の営業が始まりますが、あそこは予約制ですが、予約は取ってますか?」
「予約制じゃと!余は聞いておらん!」
あれま、まあアンジェリっちに任せよう。
「ではまずは畑に行く、その後美容室じゃな」
「分かりました」
飲み物を飲み切り。
俺達はもう一度畑にやってきた。
スタッフ達が畑作業に勤しんでいる。
畑の縁にやってくると、不意にアースラ様が叫んだ。
「『豊穣の祈り』」
すると畑が金色に輝きだした。
農作物が一気に成長を開始する。
凄い!俺やギルの神気やりを、遥かに凌駕する成長速度だ。
いけない、見とれていてはもったいない。
俺は全身を神気で纏ってみた。
畑の輝きに集中する。
どうだ?
畑は色を取り戻していった。
・・・
アナウンスはなかった。
パクれなかったか・・・でも何となく分かったぞ・・・次は出来ると思う。
それにしても素晴らしい能力だ、これは恐らくただ神気を与えるだけでは無く、土の中にある栄養素なども同時に、作物に吸収させているのだと思う。
大地の神は伊達ではないな。
それにしても・・・これはどれぐらいの価値になるんだろうか?
畑の全ての作物が、収穫できる状態になってしまった。
畑班のスタッフは大変だな。
急に畑全面の収穫作業を行わなければならなくなったぞ。
時間的にみても、一週間は短縮できたと思われる。
困った、全く金銭的な価値が分からない。
もう適当でいいか?いいよね?
「アリスさん、後でゴンに言って、アースラ様に金貨二十枚渡してください」
「分かりましたわ」
アイリスさんはどや顔をしていた。
母親の活躍に嬉しいのだろう。
「島野や、これでよいか?」
「・・・ええ、充分です」
ほんとに。
「さようか?では余は美容室に向かうとしよう」
「お供させて貰います」
俺はアースラ様と、美容室アンジェリを目指した。
アイリスさんは、収穫作業が急務となった為、畑に残ることになってしまった。
俺も後で手伝います。
これは大変だ。
美容室アンジェリにやってきた。
営業を開始してからまだ僅かだというのに、全てのカット台が埋まっていた。
相変わらず凄い人気だ。
「いらしゃいませ!」
元気な挨拶が木霊する。
「え!アースラ様!」
「ほんとだ、アースラ様だ!」
メグさんとカナさんも、アースラ様を知っているようだ。
アンジェリっちが、前に出て来た。
「アースラ様、お久しぶりです」
「アンジェリよ、息災か?」
「ええお陰様で、守っちどうしたの?」
何故俺がいるのか?という疑問のようだ。
「どうしたのじゃないよ、アースラ様を送り届けにきたんだよ」
「そういうこと、それでアースラ様、どうしましたか?」
「そろそろ髪を結って欲しくてのう、あと着付けも頼もうと思ったんじゃ」
アンジェリっちは苦い顔をしている。
「アースラ様、申し訳ないのですが、この店は完全予約制なんです。エルフの村の店とは違うんです」
「そのようじゃな」
「なので、いくらアースラ様でも、予約が無くては受け付けられないです」
「・・・駄目か?」
アースラ様は上目遣いでアンジェリっちを見つめている。
「駄目です、上級神様でもこればっかりは・・・」
サウナ島のルールがちゃんと徹底されているな。
「さようか・・・」
「予約していかれますか?」
「そうじゃな・・・」
アースラ様は少しショックを受けているようだ。
でもここはフレイズとは違うところだ。
大人の対応だ。
アンジェリっちも流石だ。
上級神様であっても、いち客との扱いだ。
商売を分かっている。
それにここはサウナ島だ。
皆な平等ということだ。
上級神であっても特別扱いはできない。
予約を済ませたアースラ様は、結局畑に戻ってきた。
俺はアイリスさんにアースラ様を任せて、畑の収穫作業を行った。
アースラ様は、アイリスさんとメルラドの服屋と、スーパー銭湯に向かったようだ。
どうやら風呂に浸かりたいらしい。
着替えが無い為、服もいるということのようだ。
それにしても、まだまだ上級神様の御来島がありそうだ。
その内、想像神の爺さんもやってくるかもしれないな。
まあ前にも一度来てるしね。
でも来たら来たで大変だろうな。
時にメタンが・・・
アースラ様は炭酸泉が、大のお気に入りとなったらしい。
また食事も大いに気に入ったようで、蕎麦が大好物らしい。
裏メニューのザル蕎麦をしょっちゅう注文しているようだ。
酒も口に合ったようで、しょっちゅうスーパー銭湯で見かけるようになった。
アースラ様はスーパー銭湯の中では、浴衣を着ていることが多く。
男性陣の目の保養になっていた。
アースラ様は威厳があり、近寄りがたい雰囲気だが、いざ親しくなると話の分かる女神様だった。
特に他の女神達からの信頼が厚く、オリビアさんとも親しいようだった。
どういう関係なのかは、俺はよく分からないが、再会した時のオリビアさんは、大泣きしていたらしい。
過去に何があったのかは知らないが、俺から聞く気にもなれない。
その内に話してくれるだろう。
それにしても、上級神が二人もアルバイトとして働くこのサウナ島って・・・
なんなんだろうね?
俺もそうだが、この島も出鱈目だな。
摩訶不思議な島だよ。
因みにだが『豊穣の祈り』は、後日ちゃんとパクっておきましたよ。
サクッとね。
でもこの能力は、今のところ使い道がないのだけどね。
アースラ様のバイトを奪う訳にはいかんでしょう?
まあこんな能力は、使い処は無いに越したことは無いのだけどね。
さて、次は誰がくるのだか・・・
まあ、俺は通常運転を心がけるだけですよ。
水の神と、風の神がサウナ島に現れた。
案の定である。
彼女達は、俺の前に直接転移してきて。
開口一番。
「バイトさせて!」
「バイトさせろ!」
遠慮も無く、好き勝手に目的を告げていた。
こんなことになるだろうと、俺は前もってアルバイトを用意していたのだ。
彼女達には洗濯機と乾燥機になってもらう。
これは正直に言って、ありがたい申し入れだ。
実は、スーパー銭湯とサウナビレッジの、裏方作業の一番大変な作業が、洗濯なのである。
今はスタッフ達が、サウナマットや水取マット等を、手を休めることなく、常に洗濯を行っている。
何度か、洗濯機と乾燥機を造ってみたのだが、いざ使ってみると、燃費が恐ろしく悪かったのだ。
なかなか上手くはいかない。
魔石に風魔法を付与した乾燥機は、風魔法を使えない者達用に造ったのだが、燥くまでに時間が掛かった。
その為、常時魔力を流していないといけない為、直ぐに魔力が底を付いてしまう。
これでは使い物ならない。
改良を重ねようにも、何処をどう弄ったらいいのか分からず、今は塩付けとなっている。
洗濯機はもっと雑だった。
水を発生させる方向を調整して、水流があるだけの物になっている。
始めは浄化魔法を多用する、洗濯スタイルだったのだが。
やはり、お日様の匂いのする方が良いと、水から洗濯するスタイルを今は取っている。
勿論洗剤は使っている。
手間がかかるのは分かっているのだが、ここは譲れないところだ。
聞いたところでは、五郎さんの所でもそうしているらしい。
想いは一緒ということだ。
水の神アクアマリン様は洗濯、風の神ウィンドミル様は乾燥という役割だ。
アクアマリン様は結界を張って、その中に洗濯物を入れていく。
アクアマリン様は特徴的な水色の髪を靡かせながら、楽しそうに作業を行っている。
ブルーのワンピースがよく似合っている。
とても穏やかな女神さまだ。
結界内に水を大量に発生させ、大量の洗剤を入れて、グルグルと洗濯物を回していく。
もの凄い水流だ。
そして泡立ちも良い。
その後、すすぎを数回行って。
洗濯は完成する。
ウィンドミル様も結界を張って、その中に洗濯の済んだ洗濯物を入れていく。
結界内を強風で満たし、ものの数分で洗濯物は乾燥する。
強烈な乾燥機そのものだ。
ウィンドミル様は、黒髪のお淑やかや女神さまだ。
すらっとした体躯に、こちらは緑のドレスを纏っている。
二人の女神は特徴こそ違えど、美人の女神様だ。
聞いた所では、この二人は双子の様だった。
髪色等が違ってなければ区別がつかない程にそっくりだ。
ていうか、この世界の女神様は全員美人さんだ。
黙っていれば、見惚れてしまうと思う。
黙っていればである。
現に洗濯機と乾燥機に成り変わった女神様達は、
「ウォリャー!」
「トリャー!」
等と言いながら作業をしている。
・・・
洗濯物と戦うなよな。
そして、こちらも作業の対価の金銭価値が、よく分からない。
どうしたものかと思案したが、三日間分の洗濯物をしてくれたので、一人金貨十五枚渡しておいた。
これで合っているのかは全く不明だ。
まあその分スタッフ達は、外の仕事に掛れるので、良しとしよう。
アクアマリン様は、甘味が好きなようだ。
よく、ソフトクリームを食べているのを見かける。
そして、かなりの酒豪のようで、前にレケを潰しているのを見かけたことがある。
甘味好きで、飲める人って、酒豪が多いよね?
アクアマリン様はいつもケロッとしている。
随分とさっぱりした性格のようだ。
ウィンドミル様は、ピザが好きなようで、たまにメルルに、マルゲリータ以外のピザを作ってくれと、注文しているみたいだ。
実は裏メニューでピザは何種類もある為、通な注文をしているとも言える。
神様にしては珍しく、あまりお酒を飲まないみたいだ。
だが決して飲めない訳ではないらしい。
あまり好まないといった程度のようだ。
ウィンドミル様は見た目通り、おっとりとしている性格だ。
話をしている時も、時折何を考えているのか分からないところがある。
会話のリズムもゆっくりだ。
フレイズとアースラ様のインパクトが凄かったから、どんな神様が来るのかと身構えていたが、そんな必要は無かったみたいだ。
この二人も、その後サウナ島でよく見かけることになった。
サウナ島は今では普通に上級神様が闊歩する街になっていた。
なんだかね・・・
まあ、上級神だからって気は使わないのだけれどね。
ていうか、神様多すぎなんだよ!