神様のサウナ ~神様修業がてらサウナ満喫生活始めました~

タイロンには闇がある。
その闇は深く、根強い。
その闇は一人の神によって、齎されたといえる。
その神の名は『法律の神オズワルド』
彼は神であるのに慈悲が無い。
犯罪者に対しては、特にまったくといっていい程容赦が無い。
本来神には慈悲の心が存在し、それなくしては神にはなれない。
しかし彼はそれには当て嵌らず、神と成った。
いや、成ってしまった。
どうしてなのかは、創造神にしか分からないであろう。

彼の闇は深淵。
彼はこの世の犯罪者を許すことは到底出来ない。
彼はこの先も犯罪者をとことん追い詰めることだろう。
彼は何かに取りつかれているかのように、鬼気迫る表情を浮かべている。
そしてオズワルドは、遂に触れてはならないものに触れてしまうのだった。



俺は、社長室で優雅にアイスコーヒーを飲んでいる。
様々な報告書を眺めながら、今のサウナ島の現状を把握する。
特にこれといった問題は無く、お客様アンケートも嬉しい意見が多い。
既にこのサウナ島は村では無く、街としての規模感がある。
だが俺はそれに満足はしていない。
更にブラッシュアップできることはないかと、日々アンテナを張り巡らせている。
だだ、そんな俺の思惑とは裏腹に、厄介な案件が持ち込まれようとしていた。



俺は、一通りの報告書を読み終わり、今日はどうしようかと思案中。
そこにお客が訪れた。
受付でゴンが対応した後に、ガードナーさんが社長室に入ってきた。

「失礼します」

「ガードナーさん、珍しいですね、ここにくるなんて」

「ええ、少しお話ししたくて、寄らせていただきました」

「そうですか、どうぞ掛けてください」
ガードナーさんは言われるが儘にソファーに腰かける。
そこにゴンが現れて、飲み物を尋ねてくる。

「俺はもう一杯アイスコーヒーを貰えるか?」

「では私もそれで」

「畏まりました」
軽く会釈したゴンは、社長室を出ていった。
それにしても、ガードナーさんの表情が硬い。
それに顔色も悪く見える。
何かあったのだろうか?

「それで、お話とは?」

「はい、本来島野さんにお話するような事では無いのですが、島野さんなら何かしらのアドバイスを貰えるのではないかと思いまして」
目線すら合わせずにガードナーは言った。

「・・・」

「島野さんは会ったことが無いとは思いますが、タイロンには法律の神がいます」

「法律の神様ですか、会ったことはないですね」

「何度かスーパー銭湯には連れていったことはあります」
あの神経質そうな人のことかな?
何となく覚えている。

「そいつの名はオズワルドといいます」

「オズワルド・・・」
ここでゴンがアイスコーヒー持って現れた。
会話がストップする。

「そのオズワルドなんですが、先ほどお話した通り法律の神です」

「・・・」

「そのオズワルドが、今から約百年ほど前に制定した法律を、現在タイロンでは運用しています」
また百年前か・・・
百年前に物事が集約しているのは何故なのか?・・・

「そうですか」

「その法律には他国では見られない特徴があります」

「それはどんな特徴ですか?」
ガードナーさんは眉間に眉を寄せている。
言うべきか言わざるべきかと逡巡が見受けられる。

「奴隷制度です」

「はあ?」
奴隷制度って、神が顕現しているこの世界にあっていいものなのか?
考えられないのだが・・・

「驚かれますよね?」

「ええ、この世界でそういった制度があるとは初耳です」

「だと思いました。タイロンの国民も奴隷制度については、口を開かない者がほとんどですし・・・」
そりゃあ口にしたくない話題だよな。

「その奴隷制度なんですが、犯罪者は漏れなく奴隷になります」

「それは軽微な犯罪でもですか?」

「はい、そうなります。但し十二歳以下は例外となります」

「それはそうでしょう」
子供も奴隷なんてありえないでしょう普通に。

「でも例外になったのも、二十年前の話なんです」

「え!」

「耳を疑いたくなりますよね?」

「まったくです」

「軽微な犯罪であれ、重大な犯罪であれ、等しく犯罪者は奴隷になる法律を運用しております」

「・・・」
おいおい、ほんとかよ。
なんでまた・・・

「そして、奴隷となった者はその罪の重さに応じて、国が管理する労働施設で働くことになります」

「労働施設ですか?」

「はい、鉱山での労働がメインです。そして軽微な犯罪であれば、数年で解放されるのですが、その後が問題となります」

「どんな問題があるんですか?」

「ステータスに元奴隷であることが記載され、永久的に消すことが出来ない様になります」
それは・・・更生の機会が無いということになるな。
やり過ぎだろうが。

「ああ・・・」

「島野さんなら分かるかと思いますが、タイロンで就職する時には、鑑定屋に行って履歴書を作ることが一般的です。そこに元奴隷と書かれるということです」

「就職に不利になりますね」

「そうです、一度の軽微な犯罪で一生を棒に振ることになります」
そうなるわな。
それにしても極端すぎるだろう。

「そうなると、唯一出来るのがハンターですが、そもそも犯罪に手を染める者が、ハンターをやることすら出来ず、犯罪者になった者達です」
ハンターとしてやっていけなくて、犯罪者に身を落とした者がハンターに復帰してもやって行ける訳は無い。

「そもそも、何でそんな法律を運用しているのですか?」

「百年前は今とは違い、法律が緩くその為、犯罪が多かったからです」
だから引き締めたということか・・・

「それに悩んだ当時のハノイ王が、オズワルドが持ち込んだ法律を制定させたのです」

「・・・」

「結果、犯罪は減りましたが、今の様な側面が現れたということです」

「犯罪者を更生させる様な考えはないということですね?」

「ええ、オズワルドにはその様な考えは一切なく、また結果的に犯罪者の数も減っていますので、現国王も口が出せないのです」

「なるほど」

「私は何度かオズワルドと話をしましたが、一向に取り合ってくれず、その打開策として国の警備兵の数を増やし、私の悪評を広めることにしたのです」
そういうことか、警備兵の数が多すぎると思っていたが、ガードナーさんとしては、軽微な犯罪すらも起こさせないという配慮だったのか。
俺がタイロンに感じていた違和感はこれなんだ。
やっと腑に落ちたよ。

「そのオズワルドさんは、どうしてそんなに頑ななんですか?」

「それが分からないのです。あいつは犯罪者に対して、異常とも思えるほど慈悲の心が無いのです」
神なのに慈悲が無い?
どういうことなんだ?

「実際、ステータスに手を加えるのもオズワルドの権能で行っています、その時の彼はとても神の顔をしておりません」

「犯罪者以外に対してはどうなんですか?」

「それは・・・似たり寄ったりです、そもそもクレバーで合理的な性格なんです。そんな彼を知っている者は、彼に近づこうとはしません」

「・・・」

「彼の唯一の話相手は、もしかしたら私なのかもしれません」
ガードナーさんは寂しげに下を向いた。

「エンゾさんは?」

「彼女はオズワルドには近づこうともしません、一度大きく揉めたことがありましてね」

「そうですか・・・」
エンゾさんらしいな。
あれでいて正義感が強いからな。

「私は職務上、彼と距離を置くわけにもいきませんので・・・」
ガードナーさんは随分と苦労してるようだ。
悲壮感が現れている。

「それに気になることがあるんです」

「気になることですか?」

「実は先日オズワルドと飲んだのですが、酔っぱらった彼が、ポロっと漏らしたんですが、どうやら子供の頃の記憶が無いらしいのです」

「記憶がないと?」
記憶喪失か・・・

「ええそのようです、それに親の顔も覚えてないし、居たかどうかも分からないと・・・」

「そうですか・・・」

「覚えているのは、孤児院で過ごしていたことだけらしいのです」
子供の頃の記憶だけがないとなると、子供の頃に記憶を無くす、何かがあったということだな。

「これは私の直感なんですが、子供の頃の記憶が無いことが、オズワルドの異常さに関係があるのではないかと思うのです」

「そうでしょうね、そうとしか考えられないですね」

「やはりそうですか、島野さんもそう思いますか?」

「記憶を失うということは、外的な損傷を負う事以外では、相当なストレスを感じないと滅多に起こらないことです」

「そうですよね」

「ええ、まず間違いなく子供の頃に起こったことが原因で、トラウマを抱えているということだと思います」
これ以外考えられないな。

「それで、ここのスーパー銭湯の大食堂で、たまたま出会ったロンメル達と一緒に飲んだことがあるんですが、その時にヒプノセラピーの話を聞きまして、ロンメルが言うにはレケの前世を島野さんが見せたということを聞いたのですが・・・」
正確には違うが、今はいいだろう。

「それで俺を頼ったと、いうことなんですね?」

「そうです・・・お門違いとは思いましたが、島野さんなら何とかしてくれるのではないかと・・・」
ふう、どうしたもんか・・・
他国に干渉することにはならないだろうか?
まずは確認だな。

「まず大事な事は、オズワルドさん自身に、ヒプノセラピーを受ける気があるのかということです」

「どういうことでしょうか?」

「本人の意思なくヒプノセラピーは行えません」

「・・・」

「本人の意思無く、無理やり行うことは出来ないということです」

「そうですか・・・そこは私が何とかします・・・」

「・・・」
これ以上路頭に迷う者達を増やしたくないのだろう、ガードナーさんの必死さが伝わってくる。
それにしても、本当になんとかできるのだろうか?
聞いている限りの人物像だと、一筋縄ではいかなそうだぞ。
ガードナーさんが何とかするといったからには、俺は彼に任せるしかない。
まあ健闘を祈ろう。
ガードナーさんは一人ごちながら帰っていった。



ガードナーさんがオズワルドさんを伴ってサウナ島に現れたのは、それから一週間後のことだった。

オズワルドさんは前にサウナで見かけた神経質そうな男性だった。
黒髪を後ろに束ねて、痩せ細った体形をしていた。
表情は口を引き締めており、俺を凝視している。
視線には独特な纏わりつく様なものがあり、見られていて気持ちの良いものでは無かった。
明らかに心に問題を抱えている者の目だった。
俺はこの目をした人を何度も見ている。
入島受付を終えた後、直接俺の書斎兼寝室に来てもらうことにした。

オズワルドさんが口を開く。
「サウナ島の盟主にして、多数の聖獣の主、そしてタイロンの英雄、もはや一国の王ですね。島野守」
どうやら試されているようだな。
視線があまりに挑戦的だ。

「そう思われます?」

「いろいろ噂を聞く限り、あなたは実質的にそれだけの力を持っている、それは武力のみならず財力や各国とのネットワークもしかり、違いますかな?」

「そうですか?」

「ええ」
挑戦的な視線は止まない。

「でも俺は王様になんかなるつもりはないですよ」

「では何になると?」

「そうですね、特に決めてはいませんが、ゆくゆくは神になると思いますよ」

「そうですか、やはり」
オズワルドさんはニヤリと口元を緩めた。
挑戦的な視線をまだ止めようともしない。

「オズワルド、どういうつもりだ?」
ガードナーさんが横槍を入れる。

「どういうつもりも何も、聞いてみたかっただけだ」
俺から目線を反らさず答える。

「それで、ヒプノセラピーというもので、私の記憶を蘇らせれるとは本当のことなのか?」

「ああ、そうだ、その可能性は非常に高い」

「その根拠は?」

「俺はここでは無い世界で、ヒプノセラピストをしていた、その経験からさ」
俺は今まで神様に対して、敬意を持って様呼びから始めることをしてきたし、極力敬語を使ってきたが、こいつに対してはそういった扱いをする気は無い。
あくまで対等として扱うことを俺は決意した。

「そうか、それで保証は出来るのか?」

「保証する必要がどこにある?」

「・・・」
オズワルドが顔を引きつらせた。
彼にとっては意外な答えだったようだ。

「仮に上手くいかなかったとして、今のあなたに戻るだけだ、何故保証が必要なんだ?それに俺は金銭を要求した覚えはないのだが?」
下を向くオズワルド。

ただのクレーマーみたいなことを言うなよ!
曲りなりにも神だろうが!
まったく・・

「そうだな、言われてみればそうだ、失礼した」
相当プライドが高そうだと思ったが、意外な反応だな。
自分の否をあっさりと認めたな。
どうやら理性的ではあるようだ。
ガードナーさんを見ると、驚きの表情を浮かべていた。

「始めはガードナーがあまりにしつこかったから、嫌々来てみたが、あなたの態度を見て考えを変えた。私も人を裁いてきた身だ。あなたがどれだけの人物なのかは分かる。どうかよろしく頼む」
オズワルドは頭を下げた。

「ああ、任せてくれ。でも一つ教えてくれないか?」
顔を上げるオズワルド。

「何をだ?」

「受けたいと思う動機は何なんだ?」
表情を緩めたオズワルドが呟く。

「もし、子供の時の記憶が戻るのなら、両親の顔が思い出せるのだろう?だからさ・・・」
はやりな・・・こいつも結局は人の子なんだ。
親の顔を知らないなんて、あまりに辛いだろう。
いきなり本音を語るとは・・・良い傾向だ。
オズワルドにしても、このチャンスに賭けてみたいのが本音なんだろう。

「ありがとう、言いづらい話をして貰った」
オズワルドは首を横に振った。
俺は改めて椅子に座り直した。

「じゃあ、さっそくだが、簡単な説明をしてから始める」

「よろしく頼む」
オズワルドも姿勢を正す。

「まず俺が催眠の状態へ誘導する」

「ああ」

「俺の誘導に従う様にしてくれればいい」

「・・・」

「催眠の状態とはわかり易く言えば、無意識の状態だ。無意識とは何か分かるか?」

「無意識、思わずやってしまったりすることだと思うが・・・」

「ああ、それで合っている。その無意識の状態になるが、ちゃんと意識は保っているから心配しないで欲しい」

「分かった」

「万が一、嫌だなと感じたり、不快感があるようならその都度言って欲しい」

「・・・」

「そして、この無意識に記憶が眠っていると考えていい」

「・・・」
オズワルドの視線は真剣そのものだ。

「その記憶にこれからアクセスをするということだ」

「なるほど」

「まず、質問はあるか?」

「ガードナーの話だと、私が子供の頃の記憶を見る、ということであっているか?」

「そうだ、イメージとして見るという感じで捉えてくれて構わない」
オズワルドにはテレビを見る様に、と言っても伝わらないからな。

「イメージとして見る・・・いまいちよく分からないな」

「まあ、いいだろう、やってみれば分かる。他にはあるか?」

「いや、大丈夫だ」

「そうか、じゃあそこのベットに横になってくれ。ちょっと準備する。あっ、そうだ覚えている記憶で構わないのだが、親しい者からは何と呼ばれていた?」
これは非常に大事なポイントとなる。

「シスターや、孤児院の仲間達からはオズと呼ばれていた」

「そうか、これからはオズと呼ばせて貰う」
オズワルドは少し照れたような顔をした。
これは、心の距離を近づける大事なことだ。
疑問形では無く断定として言い切る必要がある。
あえて愛称で呼ぶことで、一見でも信頼を得るテクニックだ。
オズワルドはベットに横になり、緊張で固まっていた。

俺は、カーテンを閉めて、部屋を暗くする。
決して真っ暗にはしない。薄明りは入る程度だ。
椅子をベットの脇に据えて、腰かける。

「あと、ガードナーさんは退室して貰っても構わないがどうする?」

「すまないが外して欲しい」
ガードナーさんは気にするなと、部屋を出ていった。

「じゃあ始めるか?」

「ああ、よろしく頼む」
ここで俺は声音を変える、いつもより低く響く声に、そして話すテンポをゆっくりにする。催眠声というやつだ。

「それでは・・・まず・・・呼吸に意識を向けよう」
一拍置く。

「深い呼吸を繰り返そう・・・何度も・・・何度も・・・繰り返そう」
オズの状態を見る。
大きく胸が上下している。
深く呼吸が出来ているようだ。

「吸う息は・・・鼻から・・・吐く息は・・・口から・・・何度も・・・何度も・・・繰り返そう」
もう一度オズを見る。
お腹が上下するのを確認する。
よし、大丈夫だ。

息を吐くタイミングを見計らって。
「鼻から吸う息は・・・空気中の・・・綺麗な空気・・・体に良い・・・新鮮な空気を・・・取り込むイメージをしよう・・・色は・・・金色・・・」

今度は息を吸うタイミングを見計らって。
「口から吐く息は・・・体の中の・・・悪い物・・・ストレス・・・体のコリ・・・疲れ・・・要らない物を吐くイメージをしよう・・・色は・・・黒色」
と誘導する。

「これを・・・何度も・・・何度も・・・繰り返そう」
オズを確認する。
次第に、神気がオズに吸い込まれる様に漂いだした。

「何度も・・・何度も・・・繰り返そう」

「すると・・・体が・・・どんどんと・・・金色に輝いてくるよ・・・何度も・・・何度も・・・繰り返そう・・・」
神気がオズを完全に覆いつくした。

「この呼吸を・・・繰り返すだけで・・・どんどんと・・・どんどんと・・・催眠の状態に・・・入って・・・いくよ・・・」

「深ーい・・・深ーい・・・催眠の状態に・・・ぐんぐんと・・・ぐんぐんと・・・入って・・・行くよ・・・」

「ただただ・・・呼吸を・・・繰り返す・・・だけで・・・深ーい・・・深ーい・・・催眠の状態に・・・入って・・・いくよ」

「深ーい・・・深ーい・・・催眠の状態に・・・入って・・・いくと・・・体から・・・力が・・・抜けていって・・・とても・・・リラックスした・・・状態に・・・なって・・・いくよ・・・どんどんと・・・どんどんと・・・催眠の状態に・・・入って・・・いくよ・・・もっと・・・もっと・・・力を抜いて・・・いいよ・・・」
オズの状態を確認する。
だいぶ表情が解れているが、まだまだだ。

「頭の・・・力が・・・無くなって・・・いくよ・・・顔の・・・力が・・・無くなって・・・いくよ・・・首の・・・力が・・・無くなって・・・いくよ・・・次は・・・肩の・・・力が・・・無くなって・・・いくよ・・・胸の・・・力が・・・無くなって・・・いくよ・・・腕の・・・力が・・・無くなって・・・いくよ・・・そして・・・腰の・・・力が・・・無くなって・・・いくよ・・・最後に・・・足の・・・力が・・・無くなって・・・いくよ・・・」
オズの状態を確認する。
いい具合に体の力が抜けている。

「ぐんぐんと・・・ぐんぐんと・・・催眠の・・・状態に・・・入って・・・いくよ・・・もっともっと・・・深く・・・もっもと・・・深く・・・さらに・・・深く・・・さらに・・・深く・・・」

「ぐんぐんと・・・深く・・・ぐんぐんと・・・深く・・・これから・・・私が・・・十から・・・ゼロ・・・まで・・・数を・・・数えて・・・いくよ・・・すると・・・さらに・・・深ーい・・・深ーい・・・催眠の・・・状態に・・・入って・・・いくよ」
オズが軽くコクリと頷く。
順調、ここで眠っていないことを確認した。

「十・・・さらに深ーく・・・九・・・もっと・・・もっと・・・深ーく・・・八・・・心地の良い・・・催眠の・・・世界に・・・七・・・けど・・・意識は・・・ちゃんと・・・あるよ・・・六・・・催眠の・・・世界でも・・・ちゃーんと・・・意識は・・・あるよ・・・五・・・より深ーく・・・もっともっと・・・深ーく・・・四・・・ぐんぐんと・・・ぐんぐんと・・・入って・・・いくよ・・・三・・・遠慮は・・・要らない・・・もっと・・・入って・・・いこう・・・二・・・もう・・・深い・・・催眠の・・・世界は・・・感じて・・・いるだろう・・・一・・・さらに・・・深い・・・催眠の・・・世界へ・・・次の・・・カウントで・・・最も・・・深い・・・催眠の・・・世界に・・・辿り・・・着くよ・・・ゼロ、はいスーと催眠の世界に、辿り着いた」
オズを確認する。
よし、催眠に入っている。

「今・・・どんな・・・状態か・・・教えて?」

一拍いてから、囁く様にオズが答える。
「ふわふわした・・・感じだ・・・宙に・・・浮いてる・・・みたいだ・・・心地いい・・・」

「そう・・・それは・・・よかったね・・・オズは・・・ここに・・・この・・・安全な・・・場所に・・・いつでも・・・帰って・・・くることが・・・できるよ・・・」
オズの左手を掴み、胸のところに置いた。
オズの声は優しい響きのする少年の様な声になっている。

「今の・・・様に・・・左手を・・・胸に・・・あてて・・・呼吸を・・・深く・・・繰り返す・・・だけで・・・この・・・安全で・・・心地いい・・・世界に・・・帰って・・・くることが・・・出来るよ」
オズがこくんと頷いた。

「この状態を・・・この余韻を・・・たくさん・・・味わおう・・・気が・・・済んだら・・・教えてね」
と言って。見守る。
当然俺も催眠の状態に入っている。
ここで更に能力の『催眠』を使用した。
心地よさを堪能するオズ。

数分後
「もう・・・大丈夫・・・」
とオズが呟いた。

「じゃあ・・・ここから・・・忘れられた記憶の世界に・・・入って・・・いくよ・・・」

「ああ・・・」

「目の前に・・・階段が・・・あるところを・・・イメージ・・・してみて・・・十段の・・・下りの・・・階段を・・・イメージ・・・できたかな?」
頷くオズ。表情は柔らかい。

「じゃあ・・・これから・・・合図に・・・合わせて・・・ゆっくりと・・・階段を・・・下って・・・いこう・・・一番下の・・・階段の・・・先には・・・大きな・・・扉が・・・まって・・・いるよ・・・じゃあ・・・右足から・・・ゆっくりと・・・降って・・・いこう・・・扉の・・・前に・・・着いたら・・・教えて・・・」
オズの回答を待つ。

「着いた・・・」

「OK・・・その・・・扉は・・・どんな・・・扉かな?・・・もし・・・分からなかったら・・・触れて・・・みると・・・分かるよ」

「木の扉・・・」

「ドアノブは・・・あるかな?」

「ある・・・」

「どんな・・・ドアノブ?」

「木製の・・・開くやつ・・・」

「そう・・・そのドアの・・・先には・・・川岸が・・・あるよ・・・合図と・・・共に・・・ドアを・・・開けよう・・・そして・・・川岸に・・・移るんだ・・・」

「ああ・・・」

「じゃあ・・・いこうか・・・」
オズの状態を確認する。
閉じた目の中が、ぐるぐる動いている。
ちゃんとイメージが出来ているようだ。

「今は・・・どんな・・・状態かな?」

「川岸で・・・川を・・・見てる・・・」

「立っているのかな?・・・座っているのかな?・・・」

「座っている・・・」

「何か・・・見えるかな?」

「橋が・・・見える・・・」

「他には・・・」

「特には・・・なにも・・・」

「川は・・・深いかな?・・・浅いかな?」

「深い・・・」

「川幅は・・・広いかな?・・・狭いかな・・・」

「広い・・・」

「橋は・・・どんな橋かな?」

「石造りの・・・頑丈な橋」

「そう・・・ここに・・・見覚えは・・・あるかな?・・・」

「分からない・・・どうだろうか・・・」

「そう・・・じゃあ・・・川を・・・眺めて・・・みよう・・・」

「ああ・・・」

「オズは・・・ただただ・・・川を・・・眺めて・・・いよう・・・ただただ・・・川を・・・眺めて・・・いよう・・・すると・・・周りから・・・生まれた・・・時の記憶が・・・ゆっくりと・・・確実に・・・迫って・・・来るよ・・・でも・・・オズは・・・ただただ・・・川を・・・眺めて・・・いるよ・・・生まれた・・・時の記憶が・・・オズの・・・背中に・・・ゆっくりと・・・触れているよ・・・でも・・・オズは・・・ただただ・・・川を・・・眺めて・・・いるよ・・・生まれた・・・時の記憶が・・・じわりと・・・オズを・・・包み込んで・・・きたよ・・・イメージの・・・中の・・・目を・・・瞑ろう・・・生まれた時の・・・記憶が・・・オズを・・・包み込んで・・・いるよ・・・合図を・・・したら・・・目を・・・開けよう・・・そこは・・・オズの・・・知るべき・・・生まれた・・・時の記憶だよ・・・オズが・・・感じるべき・・・生まれた時の・・・記憶だよ・・・じゃあ・・・いいかな?」

「ああ」

「じゃあ・・・目を・・・開けよう」
と言うと共にオズの肩に優しく手を添えた。
オズの眼球がぐるぐる動いている。
生れた時の記憶に入ったことが確認できた。

「何が見えるかな?」
オズが驚愕の表情を浮かべている。

「見える・・・ああ・・・なんてことだ・・・そんな・・・両親はこんな顔をしていたのか・・・とても優しい表情をしている・・・ああ・・・」

「今どんな感じで見えている?」

「上から俯瞰で見えている・・・とても穏やかだ」

「赤ちゃんの自分の中に入ることも出来るけど、どうする?」

「ああ、そうして欲しい」
懇願するかのように呟いた。

「では、俺の合図と共に赤ちゃんの中に入ることができるよ、そして、両親の想いをもっと強く感じることができるよ・・・いくよ・・・一・・・二・・・三」
三の合図と共にオズの方に手を添える。

「・・・ああ・・・なんて幸せなんだ・・・こんなにも・・・愛されていたんだ・・・」
オズの瞑られた目には大粒の涙が浮かんでいた。
今正に親の愛情を一身に受けている。
愛されることの幸福感で満たされていることだろう。

「う・・・うう・・・」
オズの涙は止まらない。

「今の満たされた心を堪能しよう」
オズが軽く頷いた。

数分後
「ありがとう、もう大丈夫」
オズは別人かと思え程に顔つきが変わっていた。
長い事彼の中に眠っていた、慈悲の心を取り戻したのだろう。
その口元には柔和な笑顔が浮かんでいる。

「そう・・・じゃあ場面を変えよう・・・」

「・・・」

「オズが知るべき過去の時間に移ろう、いくよ・・・一・・・二・・・三」
オズの肩に手を添える。
オズの眼球がぐるぐる動き、彼の見ている場面が変わったのが分かる。

「これは・・・そうか・・・思い出した。両親のお店だ・・・」

「そう・・・何のお店かな?」

「それは・・・食堂だよ・・・両親自慢のお店さ」
オズの言葉遣いが、声音が少年のものに変わっている。

「そうなんだね・・・今はどうしてるんだ?」

「お店のまかない料理をお父さんが作っていて、お母さんはお片付けしているよ。後は従業員がお皿を洗っている・・・」

「その従業員はどんな人かな?」

「ああ・・・思い出した・・・思い出したよ・・・この人は元スリの常習犯の人だよ・・・反省しているから雇って欲しいとお父さんに話していた人だ・・・お母さんは反対だったみたいだけど・・・お父さんは更生しようと頑張ってるんだからって・・・雇ったんだよ・・・」
なるほど・・・見えてきたな。
執着の問題点が・・・

「そうなんだ・・・このお店で気になることはあるかい?」

「・・・特にはないよ・・・」

「じゃあ、また場面を変えよう・・・オズにとって知るべき場面に移るよ・・・いくよ・・・一・・・二・・・三」
再びオズの肩に手を乗せて合図を送った。
オズの眼球がぐるぐる回り出す。

「う!・・・そんな・・・ああ・・・なんてことだ・・・止めてくれ!・・・なんでそんなことをするんだ!・・・更生したんじゃなかったのか!・・・」
オズが明らかに怯えている。

「何が起こってる?」

「・・・ああ・・・完璧に思い出したよ・・・そうだ・・・そうだったんだ!・・・このスリの常習犯は、お父さんとお母さんを僕の目の前で殺したんだ!・・・ちくしょう・・・ちくしょう!・・・僕は何もできなかった・・・お店の金を奪って・・・お父さんとお母さんを殺して・・・僕も頭を殴られて・・・意識を失ってしまったんだ・・・ちくしょう!・・・許せない・・・許せない!・・・この犯罪者め!・・・くっそう・・・はあ・・・はあ・・・そうだったんだ・・・そうだったんだ!・・・だから私は・・・犯罪者を許せないんだ・・・一度犯罪に手を染めた者は・・・決して更生なんかしない・・・そう断言してしまったんだ・・・ああ・・・お父さん・・・お母さん・・・ごめんよ・・・ごめんよ・・・」
俺は黙って成り行きを見守ることにした。
ここからはオズの自問自答が繰り広げられるだろう。
キリが付くまで待つしかない。

オズは過去を思い出し、そしてこれまでの自分の行いを反芻していくことになるのだろう。
原因を知ったいま、彼は間違いなく変わる。
どう変わって行くのかは彼次第だ。
神である以上の慈悲の心も取り戻すだろう。
親の愛を知ったことだしな。
そして、この先彼は後悔と懺悔の気持ちで押しつぶされることになるだろう。
これまでの行い、自分が苦しめてしまった人達への謝罪。
今度はその想いがトラウマにならないように、見守る必要がある。
どうやらこいつとは長い付き合いになりそうだ。

「そろそろ、纏まりそうかな?」

「ええ、そうですね・・・」

「じゃあ、私の合図でその体から離れて、上へ上へと向かっていこう、いくよ」
オズの肩に合図を送る。

「はい」
オズの眼球がぐるぐると動いている。

「ここでいいと感じるところで止まっていいよ、止まったら教えて」

「はい、ここで大丈夫です」

「今はどんな状態かな?」

「今は肉体を離れて、魂のような存在となって、宙に浮かんでいます」

「今見て来た過去を、どう感じたかな?」

「まだ、消化しきれてないですが、私がどうして犯罪者に拘るのかが、分かりました。でも今はそんなことよりも、両親にとても愛されていたこと、何より両親の顔を思い出せました・・・すごく嬉しい・・・ありがとう」

「そう、これから合図を送ると、少年のオズが目の前に現れるよ、いくよ、はい」
と肩に合図を送った。

「オズ少年はどんな表情をしているかな?」

「幸せに満ちた笑顔をしています」

「そう、ではオズ少年を抱きしてめてあげよう、そして、オズ少年の想いを受け取るんだ」
オズはコクリと頷くと、再び涙を流していた。
これで、彼のトラウマは解消されただろう。
オズ自身の表情も柔らかくなっている。

「満足したら教えてくれ」

数秒後
「もう大丈夫です」

「何かやり残したことはあるかな?」

「ないです」

「OK、じゃあ、あのフワフワしたところに戻るよ」
オズの肩に合図を送る。

「はい、移った」

「じゃあ、目覚めていこうか、いいかな?」

「大丈夫です」

「じゃあ、目覚めていくよ、私が一から十まで数えると、すっきり、しゃっきりと目が覚めるよ」
ここで声色を変える。大きな声にボリュームも変える。

「1、2、3、足と手を動かしてみよう!」
オズが足と手をバタバタ動かした。

「4、5、6、腰を動かしてみよう!」
腰を捩じっている。

「7、8、9、大きく伸びをして!」
背伸びをしている。

「10!お帰り!」
と言って、肩に強く手を添える。

オズが目覚めた。
カーテンを開けて、オズを見る。

「オズ、ゆっくりでいいぞ」

「ああ、まだボーっとする」
再び伸びをしている。
オズが起き上がってきた。
椅子に座るように誘導する。

オズが腰をかけると言った。
「素晴らしい出来事だった」
というオズの表情は、これまでの神経質そうな表情では無く、融和で柔らかみのある表情になっていた。

「そうか」

「ああ、やっと要らないものを手放せたようだ」

「・・・」

「島野さんとガードナーには感謝してもしきれないな」

「気にするなよ」

「私はいろいろと改めなければならないようだ」

「ああ、頑張れよ」

「ありがとう」

「それはきっかけを与えてくれたガードナーさんに言ってやってくれ。多分今もやきもきしてオズの帰りを待っていると思うぞ」
オズは鼻で笑った。
だがその笑みは見下した笑いでは無く、良き友への賛辞の笑いだった。

「島野さん、今度改めて時間を貰えないだろうか?」

「分かった」
オズは立ち上がり、深々と一礼して、俺の部屋を去っていった。

オズの未来に幸あれだな。

約束通り、オズが俺の元に現れた。
オズは付き物が取れたような表情で、今では生まれ変わった様に人が変わっていた。
神経質そうな顔が、今では爽やかさすら感じさせる顔に変貌している。

「島野さん、九尾の狐と、ここで生まれたドラゴンを呼んで頂けないでしょうか?」
この二人を呼ぶということは・・・そういうことなんだろう。
オズの表情は硬い。
何となくそうだろうな、という気はしていたが・・・
オズが何を言い出すのか聞いてみたいところだ。
俺は『念話』でギルを呼び出した。

ゴンは事務所の受付で、こちらも堅い表情で俺を待ち受けていた。
ゴンはオズの顔を知っているから当然か・・・これからどうなるのだろうか?
緊張感のある時間を過ごしそうだ。
ギルが事務所にやってきた。

「パパ、何か用?」

「ギルまずは座りなさい」
俺の横にはオズが座り、その正面にゴンが座る、ゴンの隣にはギルが座っている。

「ゴンは知っていると思うが、こちらはオズワルドさんだ、タイロンで法律の神をやっている」

「オズワルドだ、よろしく頼む、そして九尾、久しぶりだな」

「はい、お久しぶりです、中級神様・・・」
ゴンは複雑な表情でオズを見つめている。

「もしかして・・・」
ギルが漏らすようにつぶやいた。

「ああ、君はギル君というらしいね」

「はい・・・」
なんとも言えないやり取りだ。

「この島の社に君を奉納したのは、私だ」
だろうな。

「そうなんだ・・・」
ギルも複雑な表情をしている。

「まずは二人に謝罪をさせて貰いたい、本当に申し訳なかった」
オズは深々と頭を下げた。
その様を見て、ゴンは嗚咽を漏らしていた。
そのゴンを見て俺は、言いようのない感情を抱えていた。

「特に九尾、私はお前にとても辛い思いをさせてしまったと思う、許してくれとは言わないが、謝罪を受け入れて貰えると助かる」
ゴンは堰を切った様に泣き出した。
ギルはゴンを見て狼狽えるばかりだ。
何かが俺の中で弾けた。

「オズ!それは自分勝手な物言いだな。ふざけてんのか?ゴンは百年も独りぼっちだったんだぞ!お前にそれが出来るのか?意味の無い役目を与えられて、無駄に時間を過ごすことがどれだけ辛い事かお前に分かるのか?それにギルだって随分悩んだんだぞ。島の土地神にならなければいけないのかってな、僕には自由がないのかってな!何とか言ってみろよ!おい!」
これだけは言ってやらなければ気が済まなかった。
こいつの事情は分かってはいるが、俺の子供達を苦しめたのは事実だし、過去の事と簡単に済ませていいことではない。
何より俺がこいつを許せない!

「主・・・主・・・」
ゴンは泣きながらも、俺に何かを訴え掛けようとしている。
ギルは、先ほどまでとは打って変わり、神妙な表情になっている。
オズは座るのを止め、その場で土下座しだした。

「なっ!」
そこにゴンが寄り添う様に、オズを後ろから抱きしめた。

「主・・・もういいんです・・・ありがとうございます・・・もういいんです」
ゴンは必死にオズを庇おうとしている。
だが俺はまだ止まれない。
止まれる訳がない。

「オズ、俺は今お前を蹴り飛ばしたい衝動を必死で堪えている。何でだか分かるか?今のお前なら分かるよな?子供を傷つけられたんだ。土下座ぐらいで許せるもんか!」
俺の殺気にギルとゴンは狼狽えていた。

オズは涙を流しながら、
「島野さん、すまない、申し訳ない」
と必死に額を床に擦りつけている。
ああ、これで二人の溜飲が多少は下がることだろう。
俺がここまでの態度を、今まで見せたことは無いからな。
それにこれぐらいは言ってやらないと、俺の気も収まらない。
ゴンがオズの土下座を止めさせようと、必死に体を掴んでいる。
オズは抵抗して、土下座を止めようとはしない。

不意にギルが呟いた。
「もういいよパパ、ありがとう、オズワルドさんももういいよ、ゴン姉が受け入れているみたいだし、もう止めてよ」
と吐き捨てた。

「うう・・・ですが・・・」

「オズ!もういい、頭を上げろ!」
俺は命令口調で強く言う。
観念したオズは零れる涙を拭おうともせずに、席についた。
ゴンもほっとした表情を浮かべている。

「オズ、経緯を聞かせて貰おうか?」

「はい、ありがとうございます」
ゴンがハンカチを差し出し、オズは受け取ってから、顔を拭いていた。
オズは気を取り直そうと、肩で息をしている。
少し時間が必要だろう。

「ゴン、何でもいいから飲み物を取ってきてくれ」

「畏まりました」
ゴンは部屋から出て行った。
数分後、ゴンがお茶をお盆に乗せて戻ってきた。

お茶を受け取ると、オズが、
「九尾、ありがとう」
と言うと、

「オズワルド様、私には主から頂いた、ゴンという大切な名前があります。今後はゴンとお呼びください」

「そうか・・・分かった、そうさせて貰う」
俺は、お茶を一口飲んだ。
そろそろオズも落ち着いたことだろう。
話を進めようか。

「オズ、そろそろ話せるか?」

「ええ、失礼しました。御心遣い感謝します」
ゴンも着席し、準備は整った。

一度肩で息をしてからオズは話始めた時
「まず、私はタイロン出身です。幼少期の頃の記憶を、島野さんのお陰で取り戻すことができました。改めましてありがとうございます」
オズは会釈した。
それにしてもこいつ、言葉使いまで変わってるぞ。

「両親は小さいながらも、食堂を営んでおり、お客様に愛される素敵なお店で、私もこのお店が大好きでした」
ゴンはオズワルドの過去に興味があるようで、食い入るように耳を傾けている。

「しかし、更生すると約束した、元犯罪者を雇ったことで、状況は一変しました。その者があろうことか、父と母を殺害し、私の頭を殴りつけて、お店の売上金を奪い、逃走したのです」
ゴンは口に手を当てて、驚いている。

「頭を殴られた事が原因なのか、あまりのストレスが原因なのか、この出来事によって、私は子供の頃の記憶を無くしてしまいました」

「記憶喪失ですか?」
ギルが尋ねる。

「ええ、そうです。その記憶を島野さんのヒプノセラピーによって、蘇らせることができたのです」

「流石はパパだね」
俺はギルに親指を立ててみせた。

「その後の私はというと、孤児院で育てられ、青年となった時には、有志の者達を集めて自警団を結成しました」

「自警団?」

「そうです、当時のタイロンは犯罪が多く、今とは比べ物にならないぐらい、国も荒廃していたのです」

「なるほど」

「そして、徐々に治安が良くなり、私は風紀の神になることができたのです」
風紀の神ね。その発展系で法律の神ということか。
分かり易いな。

「しかし、私は何故私が神に成れたのか不思議で仕方がありませんでした」

「それはどうしてでしょうか?」
ゴンが尋ねる。

「それは、私は自分自身神になる素質など無いと自覚していたからです」

「そうなの?」
ギルの純粋な疑問だ。

「私は自分で言うことでもありませんが、徹底的な合理主義者で、慈悲の心など持ち合わせていないと思っていたからです」

「そんな・・」

「ゴンよ、そうなのだ、実際私には特に犯罪者に対して憎悪ともとれる思いを抱いていた。そして、そうでない人達に対しても、決して慈悲深いと思えるような感情を持った事がなかったのだ」

「オズ、それはお前のトラウマが、お前の性格に影響していたと考えるべきだろう」

「そうなのかもしれません、今では過去の自分に対して、嫌悪感すら覚えています」

「今のオズは、本来のオズに戻ったということだな、両親の愛を知り、心を取り戻したことによって、慈悲深い神になったということだ」

「主、トラウマとはそれほどのものなのでしょうか?」
ゴンにはいまいち分かっていないようだ。

「ああ、トラウマを舐めてはいけない。心を縛る鎖みたいなものなんだ。本来明るい性格の持ち主だった者が、トラウマを抱えることによって、暗い性格になってしまうものなんだよ」

「パパ、オズワルドさんのトラウマって、両親を犯罪者に殺されたことなの?」

「ああ、オズは小さな子供の時に、目の前で元犯罪者に両親を殺されたことによって、犯罪者に異常なまでの、増悪の感情を持つ様になったということだ。それがオズ自身の性格にも影響し、本来オズの持つ慈悲の心や愛の心を封じ込め、合理的で、無慈悲な性格に変異してしまったということなんだ」

それを受けてオズが続ける。
「しかし、私が本来の自分に戻ったとしても、過去の行いは変えられない。今は懺悔の気持ちでおかしくなりそうだ」

「それは、お前自身で乗り越えなければならないことだ、ただその思いに捕らわれ過ぎるなよ。また違うトラウマを抱えることになるぞ」

「はい、ご忠告痛み入ります」

「それで、続きを聞こうか?」

「ありがとうございます。その後タイロンで神をしておりましたが、この島の話を聞き、私はこの島に下級神として、赴任することになりました」

「なるほど」

「そして、ゴンと出会ったのです」

「えっ!それじゃあ、私は・・・」

「ああ、私がこの島に赴任してきた時にはゴンは既に島にいた。当時の住民からの話だと、ある時森から弱ったお前が現れたようだ。そのお前を私が保護し、その後は恐らくお前の記憶にある通りだと思う」

「オズワルドさん、ということは、ゴン姉は元々このサウナ島に居たってことですか?」
ギルが話を纏める。

「恐らくはそうだろうと思う、私がゴンを保護した時には、ゴンは弱っていたので、もしかしたらゴンの親は、ゴンを守る為に、獣か魔獣と戦い、ゴンを村の者に預けたのかもしれない。ただ、細かいことは私も知らないんだ。すまないなゴン」

「いいえ、オズワルド様が謝ることではありません。それに私がこの島出身であることは間違いがなさそうです、それが分かっただけでも嬉しいです」
ゴンは笑顔だ。
自分の歴史を知ることに思う所があるのだろう。

「先を話そう、その後私はこの島で下級神として、暮らしていたが、犯罪者を取りしまることに執着していた私は法律を考えだし、法律書を纏めたところで中級神に成ったのです」
そして、世界樹の件に繋がるということなんだろうな。

「その時の私は、法律を纏めることに必死になっていて、島の住民が世界樹の葉を巡って争っていたことにすら気づいていませんでした」

「それで、事件が起こったということだな」

「はい、死者が出てしまいました。責任を感じた私は、この島を離れることを決意し、島を離れることにしたのです」

「で、タイロンに帰ったということか」

「その通りです」
そういうことか・・・
さて、ギルのことを聞かなければいけないな。

「で、ドラゴンの卵をどうやって手に入れたんだ?」

「ドラゴンの卵を手に入れたのは、世界樹の葉の事件が起こる少し前に、エリスを名乗るドラゴンがこの島に現れたからです」

「エリス・・・」
ギルが呟いていた。
その表情は複雑だ。

「そのエリスを名乗るドラゴンが、今から北半球の戦争を止めに行くから、ドラゴンの卵をこの島で預かって欲しいと言われまして、私が預かることになったのです」
戦争を止める?オリビアさんが酔っぱらって、戦争を止めれなかったとか言ってなかったか?
それに百年経ってるのにまだ迎えに来ないってことは・・・
考えたくも無いが、もうこの余には・・・
卵を持ってきたってことは、エリスはギルの母親か?
断定はできないが・・・

「他にはなんか言ってなかったの?」
ギルは必死に尋ねていた。

「エリスはどうやら相当急いでいたようで、あまり会話が出来ませんでした。エリスが言ったことといえば、直ぐに卵が孵ることは無いということと、必ず帰ってくるからということだけでした」
だからこのサウナ島に奉納したということか・・・

「後は無いんですか?」
ギルは懇願する様な顔をしている。

「あとは何も・・・すまないギル君・・・私の直感だから余り頼りにならないかもしれないが、エリスはとても強いと思う。実際とても大きな体をしていたよ。それに聞く限りでは、そう安々と殺られるような質ではないと思うよ」

「だといいんですが・・・」
おいおい心配しかないぞ・・・

「それに結構クレバーな一面もあるという噂もあったし、何の慰めにもならないかもしれないが、私はエリスは生きていると信じている、彼女は決して約束を違わないと信じているよ」

「だからこのサウナ島に卵を奉納したということだな」
ギルの表情は晴れない。

「はい、でももし卵が孵ってしまってはよくないと、ゴンを島に置いて行ったということです・・・すまないことをした」
オズはゴンに頭を下げた。

「いえ、やっと理解出来ました。でも何で人から守るなどという役割を与えたのですか?」
それはそうだ腑に落ちない。

「それは、その可能性が無いとは思えなかったからだ」
ん?なぜ?

「どういうことだ?」

「世界樹の葉の事件は、裏である豪商が糸を引いていたからなんです」

「豪商?」

「はい、当時のこの島に住んでいた者達は、実は研究者であったり、学者が大半だったのですが、その中で弱みを握られた者が世界樹の葉を、豪商に流していたようなのです」
俺は手を挙げて話を制した。

「ちょっと待ってくれ、もう少し背景を説明してくれるか?」
要点過ぎて話が入って来ない。

「ああ、すいません。まず世界樹の葉は大変貴重な物で、その価値は測り知れない物であります」

「そこは分かっている」

「その世界樹の葉がこの島にあることを知った、当時のタイロンの王は、他国に知れてしまってはいけないと、この島に多くの研究者や学者を極秘で、送り込むことにしたのです」

「それは何でだ?」

「当時は国家間での緊張状態が続いており、いつ戦争やクーデターに発展してもおかしくなかったからです」
戦争やクーデターって、いい加減にしろよな。

「学者や研究者の家族を含めて、およそ千名近くの者がこの島に上陸し、この島をタイロンで管理することになりました」

「・・・」

「しかし、どこでどう情報が漏れたのか、この島に世界樹の葉があることをあることを知った豪商が、世界樹の葉を集めようと、島民の家族を脅し、時には弱みを握って、島民達を外部から操り、いつしか事件へと発展してしまったのです」

「そういうことか、一部の者の欲望が、凄惨な事件を引き起こし、世界樹を枯らせることに至ったということだな」

「そういうことになります」

「そういったことから、誰かがいつこの島に現れてもおかしくないと考えたんだな?」

「そうです」

「それで、その豪商はどうなったんだ?」

「その豪商は今は墓の中に居ます。当時活躍していたガードナーが、豪商を追い詰め家族諸共粛清しました」

「そうか・・・」
ガードナーさんもやるじゃん。
それにしてもお腹一杯だな。一気にいろいろ話が繋がったな。
でもギルには辛い話だ。
今のすぐにでも北半球に殴り込むなんて言わないだろうな?
ギルを見ると、何かを考え込んでいるのが分かる。

「ギル、何を考えているんだ?」

「パパ、僕はどうしたらいいんだろう・・・今直ぐにでも北半球に向かいたい気持ちだけど、それは違うと思うんだ・・・僕もオズワルドさんが言った様に、エリスを信じてみたい。でも・・・辛いよ・・・何で戦争なんて起こるんだよ・・・それに何で止めに向かったんだよ・・・きっと僕の母親なんだろ?・・・僕を誰かに任せて行っちゃうなんて・・・何でだよ!」
ギルは泣き崩れていた。
俺はギルを抱きしめてやることしか出来なかった。
掛ける言葉が思い付かない。

散々泣き散らして冷静になったギルは、
「僕はエリスを信じることにしたよ」
と必死に苦笑いをしながら、言葉を紡いでいた。



ひとまずは、区切りをつけようと、一度食事休憩を取ることにした。
まだ、オズは話があるようで、もう少し時間をくださいとのことだった。
ゴンとギルも興味があるのか、昼飯後も残るようだ。
昼飯を終え、ソファーに腰かける。

「ゴン、アイスコーヒーを頼む」

「外の二人は何にします?」

「では、私はお茶を」

「僕もアイスコーヒーで」

「おお!ギルお前、コーヒーを飲めるようになったのか?」
ギルは止めてよと言わんばかりに、手を払っていた。

「もう僕も大人だよ」
と強がって見せている。
でも午前中に比べて少し気分が落ち着いたようだ、まだまだ子供と思っていたが、精神力はかなり鍛えられているようで安心した。
流石はドラゴンと言っておこう。
ゴンは飲み物を取りに行き、ちょっとした世間話となった。

「そういえば、オズ、お前も転移扉いるか?」

「いいのですか?」

「ああ、構わないが、連れてくる人選だけは間違ってくれるなよ」

「大丈夫です、私は友達がいませんので」
と下を向くオズ。

「寂しい事言うなよオズ、こう言っちゃあ何だが、俺は友達ぐらいに思ってるぞ」
そう、もはやこいつとは絆すら感じ始めている。
とてもじゃないが、今さら神様扱いなんてできそうもないしな。

「いえいえ、滅相も無い」

「じゃあさ、僕と友達になってよ?」
ギルはオズに好奇の目を向けている。

「そんなギル君まで・・・」

「否な申し入れではないだろ?」

「はあ・・・ではお言葉に甘えて二人共私の友人ということで」

「ハハハ!」

「やったね!」

「島野さん・・・照れますよ・・・」
オズは顔を赤らめていた。

「あと、ガードナーさんもな」

「そうですね」
ゴンが飲み物をお盆に乗せて現れた。
各自に飲み物を渡す。

「なんだか楽しそうな声が聞こえてきましたが?」

「まあな、それでオズ、話を聞こうか?」
ギルがアイスコーヒーを口にして、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
舌はまだ子供の様だ、大人振りたいんだろうな。

「島野さんのいた、異世界での法律の事を教えて貰えないかと思いまして・・・」
法律か・・・あまり詳しくはないんだがな。

「それは構わないが、あまり参考にしない方が良いかもしれないぞ」

「それはどうしてでしょうか?」

「社会構造があまりに違うからだよ」

「社会構造ですか?」

「ああ、法律とは社会の構造があって、始めて機能するものだと思うんだが、違うか?」

「それはそうですね」

「まず、この世界と俺がいた異世界、異世界とは俺の故郷の日本のことだが、世界の有り様から違うんだ」

「有り様ですか?」

「そうだ、まず簡単な所から話すと、異世界には魔法が無い」

「えっ!そうなの?」
あれ?ギル達も知らなかったのか?
そういえば、日本の話をほとんどした事がなかったかな?
今さら感が強いな。
やれやれだ。

「ゴンやギルにも日本の話をあまりしてこなかったな」

「はい、特に伺ったことはありませんでした」

「僕も」

「じゃあせっかくだから話そうか、先ほど言った様に魔法が無いし、神様もいない」

「「えー!」」
全員驚いている。

「神様は創造の産物とさえ考えている人達もいるんだぞ」

「神の権能無くして世界が成り立つのですか?」
オズの質問は当然とも言える、この世界の者達からしたら、考えられないことなんだろう。

「世界はちゃんと成り立っている、何といっても科学技術が発展しているからな」

「科学ですか?」

「ああそうだ。例えば、この島にあるなんちゃって冷蔵庫だが、本物の冷蔵庫は日本にはあって、電気を動力にいつでも冷蔵庫の中は冷えてるし、自動で氷を作ることもできるんだ」

「自動で氷を・・・」
オズは考えられないという顔をしている。

「他にも言ったらキリがないぐらいだ、飛行機といって、簡単にいうと鉄の塊が空を飛んだり」

「はあ?何それ?」

「それが科学なんだよ、だから文化レベルとしてはこの世界の比ではないぐらい高い」

「・・・」

「だが俺はその化学をこの世界に持ち込むことは、今の所考えていない」

「それは、どうしてでしょうか?」

「理由はいくつもあるが、まずは俺がそうしたくないからだ。この世界で自然と科学が発展するならば問題はないと思うが、化学は使い方ひとつで世界の破滅を招くものだといえる」

「・・・」
全員神妙な面持ちだ。

「それにこの世界には魔法や神様達がいるから充分だと思うし、俺は今のこの世界が好きなんだ、だから今後もこの世界には無い物を俺は造るだろうし、研究も行っていくが、この世界にある物で造ることにすると決めている」

「パパはこの世界が好きなんだね」
ギルは嬉しそうだ。

「ああ、俺はこの世界が好きだ。なによりお前達がいるからな」
ゴンは顔を赤らめている、照屋さんだな。

「はっきりとそう言える島野さんが羨ましい・・・」

「オズもこの世界がもっと好きになるさ、そう言うなよ。ちょっと脱線したみたいだな、社会の構造について話そうか?」
皆は興味が止まらないようだ、前のめりになっている。

「まずは今の日本は民主主義だ」

「民主主義ですか?」

「ああそうだ」
俺は民主主義について説明した。

「あまりに社会構造違いすぎますね・・・」

「だろ、だから日本の法律がこの世界に当てはまらないとも言える。それに民主主義になったのも、まだまだ歴史としては浅い」
俺は日本の歴史を掻い摘んで説明した。

「日本でも戦争があったんだね」
ギルは残念そうにしていた。
エリスの話を聞いた後だから尚更だろう。

「日本の戦争に関しては、五郎さんから聞いてなかったか?」

「パパと五郎さんが話してたことは覚えてるけど、ほとんど寝ちゃってたからさ」
ギルは頭を掻いて誤魔化している。
正直でよろしい。

「五郎さんは戦争の当事者だから、戦争の苦しみや辛さ、悲しみを知っている、俺には慮ることは出来ない。それにこの世界の戦争を俺は知らないが、戦争の有り様も違うものだと思う」

「そうなの?」

「ああ、先ほど話した科学によって様々な兵器が開発され、いかに簡単に多くの者を殺すかに重点をおいた戦争になっていたからな」

「そんな・・・」

「科学の取り扱いとはそういうものなんだよ、良い側面もあるが悪い側面もある、結局は扱う者の意思次第だからな」

「どういうことですか?」

「簡単な話だよ、包丁は料理をするには便利で良い物だけど、人を殺す道具にもなるだろ?」

「確かに、扱う者の意思次第ということですね」
オズは納得の表情で頷いている。

「そういうことだ、だから俺は科学を持ち込む気にはなれないんだ、あまりに便利な道具は時として武器になってしまうからな」

「この世界には平和であって欲しいと」
その通りだ。

「ああそうだ、危険な物は持ち込まない、だがこの世界にとって便利となる物は今後も開発していくがな」
ギルは随分持ち直したようだ。表情が変わってきている。

「さて、法律について話そう思うが、実に日本の法律は幅広い、どんなところが聞きたいんだ?」

「一番聞きたいのは刑罰に関するものですね」

「そうか、分かった。じゃあまずはタイロンの刑罰や裁判について教えてくれないか?」

「裁判ですか?」

「ああ、もしかして無いのか?」

「はい、裁判という物事自体が存在しません」

「じゃあ、犯罪者は捕まったあと、どう裁かれているんだ?」

「犯罪者は、犯した犯罪の内容に応じて、法律の基に裁かれます」

「それで」

「以上です」

「はい?」

「後は私がステータスを書き換え、鉱山送りとなります」
荒い仕組みだな、情状酌量なんてまったく存在しないな。

「そうか、オズはそれを変えていきたいということだな?」

「その通りです、タイロンの法律や追随する仕組みを変えれば、他の国や街にも波及するのではと考えています」
そこまで考えていたのか。
じゃあじっくり話すとするか。
俺は日本の法律について説明した、特に裁判員制度について一番時間を割いた。
これは俺の持論だが、裁判員裁判は情状酌量を得るには、優れている制度だと思っているからだった。

「なるほど、島野さんの言う通りですね、これをタイロンで行使することは難しいでしょう」

「だろ?でもなオズ、俺の考えとしてはまずは、犯罪者が社会復帰できる仕組みを作ってみたらどうかと思うんだ」

「どういうことですか?」
腑に落ちていないようだな。

「これはガードナーさんに聞いたことだが、犯罪者は全員鉱山の労働施設で働かされることになってるんだろ?」

「ええ、仰る通りです」

「重犯罪を犯した者ならそれでもいいと思うが、軽犯罪者には他にも出来ることが多くあると思うぞ」

「それはなんでしょうか?」

「例えば、国が管理する施設を造って、そこで、服飾を造らせたり、鍛冶仕事をさせたり、又は農業をさせることも出来るんじゃないか?」
オズは何か合点がいったようだ。

「そういうことですか、鍛冶や服飾、農業を行うことで、社会復帰した時に就職先があるということですね」

「そうだ、犯罪者に労働を行わせること自体は間違ってはいないし、それが国の財源になっていることも悪い事ではないと思う、であるならば何も重労働に拘る必要は無いんじゃないのか?それに技術を学ばせることにもなる」

「確かに・・・」

「農場に関していえば、国が管理している農場があるんじゃないのか?」

「あります」

「あと、できれば、読み書き計算を教えた方がいいな」

「確かに・・・」

「そういうことだよ、あと奴隷制度は止めるべきだ」

「そう・・・ですよね・・・」
オズは言われるだろうなという顔をしていた。

「これは真っ先に行うべきだ」

「・・・」

「ステータスに元奴隷と書きこむ必要はないと思うが?」

「その通りです」
後々しったのだが、オズは過去にステータスを書き換えた者達を探し出し、ステータスを治すことに相当な時間を割いていたようだった。
彼の懺悔は今後も続く。

「これが犯罪の抑止になっていたことも事実だろうが、あまりに更生させることが出来ない要因になっていることも事実だ」

「はい」

「それにガードナーさんだって、自分の身を投げうって頑張っていることを、オズは分かってるんだろう?」

「・・・」

「今のタイロンは昔とは違う、もっと国民を信じてみてもいいんじゃないか?」

「ありがとうございます」

「あと、裁判はどんな形であれ行うべきだと思うぞ」

「そうですね」

「冤罪ということもありそうだしな」

「はい、可能性はありますね」

「出来れば、ちゃんと物的証拠を揃えたりした方がいい」

「全くです」

「その辺はガードナーさんと話してみたらどうだ?」

「そうしてみます、ご相談に乗って貰えますよね?」

「もちろんだ」
そういえばこのサウナ島には法律は無いし、特にルールもないんだよね。
強いて言うなら、立場や地位に関係なく皆が平等にというぐらいだ。
まあ国では無いし、常識ある者達がほとんどだから特に要らないと思うが。

「島野さん、ガードナーを呼んで来てもよろしいでしょうか?」

「今からか?」

「はい」

「流石に今日は疲れた、又の機会にしてくれないか?」

「畏まりました、そうさせて頂きます」
その後、オズに転移扉を渡して解散となった。



仕事熱心なオズは、翌日にはガードナーさんを伴い事務所に現れた。

「オズ、随分熱心だな」

「はい、ここが私の分岐点と捉えてますので」

「肩に力が入り過ぎだぞ、ちょっとリラックスしろよ」

「そうですかね?」

「あれ?いつの間に二人はそんなに仲良くなったんですか?」
ガードナーさんが横やりを入れる。

「いつの間にも何も俺達は友達だぞ、なあオズ?」
オズは恥ずかしそうにしいている。

「嘘でしょ?」

「ほんとだよ」

「それに島野さん、オズワルドのことオズって言うんですね・・・」

「いけなかったか?」

「いえ、そうではなくて、私にはさん付ですよね?」

「そうだな・・・」

「無しでお願いします」
何だこの距離の詰め方は・・・
まあいっか。

「分かったよ、ガードナー」

「はい、ありがとうございます」
ここで、もはや秘書のゴンが飲み物を尋ねにきた。

「俺はアイスコーヒーで」

「私はお茶を」

「私もお茶をお願いします」

「畏まりました」
退室するゴン。
ゴンも昨日とは打って変わり、終始ご機嫌だ。
昨日のことで、蟠りが無くなったのだろう。
実に晴れ晴れとしている。

「それで、ガードナーはどこまで聞いたんだ?」
ガードナーと呼ばれて喜んでいる様子、何でそんなに嬉しいの?

「大体のことは聞いたかと思います」

「そうか」

「それで二人で話しあったんだろ?」
ここは私が、と言わんばかりにオズが前のめりになった。

「裁判自体は何とかなるんじゃないかと結論が出ました」

「ほう、というと?」

「裁判官を私が行い、聞き取り調査を行ったガードナーが弁護をするのが一番いいかと考えています」

「そうか・・・」
検事がいない裁判か・・・
成り立つのだろうか?
まあまずはやってみてからということなんだろうな。
それにしても、他国の内情に俺は随分と首を突っ込み過ぎてはいないのだろうか?
完全に巻き込まれているよな。
今となってはしょうがないか・・・
まあいいや。

「まずはやってみたらいいんじゃないか?」

「そうしようと思います」

「そこで、ちょっと具体的な話になるのですが、犯罪の証拠を集めるとなると、なかなか難しいのではないかと話が座礁に乗り上げまして・・・」

「そこか・・・」

「どうしたものなのでしょうか?」
日本で行われている化学捜査や、DNA鑑定なんて出来ないだろうし、指紋すら採取できないだろうからな。

「何も物的証拠に拘る必要は無いと思うがどうなんだ?」

「といいますと?」

「要は目撃者だよ」

「犯罪の目撃者ということですね」

「ああ、あと何か捜査に役立つような魔法とか魔道具とかは無いのか?」

「それは有りますが・・・あまり使いたくはないですね」

「どういうことだ?」

「実は嘘が付けなくなる魔道具があるんですが、使用者の精神を著しく消耗してしまうのです」
なんだその魔道具、怖わ!

「それは頂けないな」

「そうですよね」

「それこそトラウマになりかねないです」
オズがいうと説得力があるな。

「そうなると、疑わしきは罰せずにするしかないかもしれないな」

「疑わしきは罰せずですか・・・」

「後は捜査に特化した部隊や職業を育ててみたらどうだ?」
二人はいまいち理解できていない様子。

「要は探偵とか、身辺調査をすることに特化した者達を育ててみてはどうなのかということだよ」

「身辺調査を行う部隊ですか・・・いいかもしれませんね」
家でいうロンメルだな。
あいつの情報収集力は半端ない。

「情報集めの上手い奴は結構いると思うぞ、酔っぱらった振りして実はしたたかに噂話に聞き耳立ててる情報屋とかな」

「そんな奴がいるのですか?」
あ、駄目だ、こいつら世間離れしてるな。

「なあ、お前達もっと住民達と交流を持ってみたらどうなんだ?」

「・・・」
二人は下を向いてしまった。
反省しているのだろう。

「そんな奴はいくらでもいるし、そういう奴らをスカウトしたら探偵なんて直ぐにでもゲットできるぞ」

「「ええ!」」
おいおいハモってんじゃないよまったく。

「えーと、まず君達はもっと国民と触れ合う機会を作ってください」

「「はい・・・」」
どうやら結論が出てしまったようだ。
真面目過ぎるこいつらには全く周りが見えていないようだ。
はあ、疲れるな。
やれやれだ。



その後情報部という部署が設立され、タイロンでは闇の部署として暗躍することとなった。
そして彼らの功績は著しく、様々な事件の裏側を暴くプロとして、一部の犯罪者集団から恐れられる存在となった。
彼らは普段一国民として過ごしているが、実は国を守るエリート集団という裏の顔を持ち合わせている。
タイロンの闇は、彼らへと受け継がれていくのだった。
現在の暮らしぶりについて話をしよう。
日々満たされていると言える。
何一つ不満なんてない。
こんなこと言ったら罰が当たるかもしれないが、実際そうなのだから許して欲しい。

不満というと、強いていえば時々やってくる、無茶を言う商人の相手をしなければならないことぐらいだ。
まあ、暇つぶしにはなっているからいいのだが。
いい加減扱いにも慣れて来た。
体よく愛想笑いをして、少し威圧を目に宿しながら相槌を打つと、たいていは帰っていく様になった。
どこでどういった噂が流れているのか、俺は怒らせてはいけない人というレッテルを張られているらしい。
それでもこの様に無茶をいう商人が現れるのだから、何とも御し難い。
商魂逞しいとしておこう。



朝起きたら、浜辺の散歩。
今では大所帯だ。
俺に付き会って散歩をする従業員が多い。
好きにしてくれればいいのだが、多分そう言ったら。
自分たちの意思でそうしていると言われてしまうだろう。
であれば、それはそれでいい。

朝飯を済ませたら、歯を磨いて出勤。
服装は適当。
間違ってもスーツにネクタイなんてことは無い。
この好きな服で出勤出来ることは地味に嬉しい。
俺は背広に疲れてしまっていたということだと思う。
服装に特に拘りもなければ、気にすることもない。

前にオリビアさんから、
「守さんはもっと派手な服装が似合うと思うな」
とメルラドの服屋で派手な服を勧められたが、趣味ではなかった為、止めてくことにした。

隣にいたリチャードさんからは、
「オリビア様から勧められて、購入しなかった人は始めてかもしれない」
と驚愕されてしまったのだが、これはなんだったのかと思える出来事だった。

俺は要らない物を買うことはしない主義なので、勘弁して欲しい。
俺にとって勧められたから買うという選択肢は、無いのだからしょうがない。
それに派手な服はそもそも苦手だ。
目立つことはあまり好きではない。
趣味ではありませんということだ。
これで矛を収めて欲しい。

出勤したら、社長室にて報告書に目を通す。
そこに気になることがあれば、現場に出向いて状況を確認するが。
今ではそんなことはほとんどない。
更にブラッシュアップされているということだ。

お客様アンケートも引き続き行っており、これを確認するのが俺の趣味といえるのかもしれない。
概ね好意的な内容がほとんどだが、中には気づかされる意見もまだまだある。
最近で一番気になった意見は、大食堂の食事のレシピを公開して欲しい、という意見だったのだが。

俺は良いじゃないかと、メルルに意見を求めにいったが、
「お願いだから辞めてください!」
と言われてしまった。
もはや一流料理人としての彼女の意見は絶大で、聞かない訳にはいかなかった。

彼女曰く、
「味を知りたければ、盗みに来い!」
ということだった。

一流ラーメン店の店主を彷彿とさせる意見に、俺は賛同するしかなかった。
一理あると、認めざるを得ない。
メルルの迫力たるや否や・・・
おー、怖!

そして俺は来客は基本的に、午前中にしか受け入れない方針の為、来客があったら対応することになる。
現在では、来客のほとんどが雇って欲しいという者達が多い。
申し訳ないとは思うのだが、残念ながらご縁がなかったと、全員引き取って貰っているのが現状。
過剰人員を雇う程、俺もお気楽では無い。

利益は相変わらず鰻登りだが、要らないものは要らないのだらからどうしようも無いのが現状だ。
無駄な人員は不要ということ。
中にはこんな経歴ですと、履歴書持参でアピールする者や、推薦状を持参する者もいる。
推薦状に関しては、そもそも推薦者を俺は知らないので、勝手に推薦されても困るだけである。
恐らく過去に面談した誰かだろうが、知らないものは知らない。
いい迷惑である。
いい加減止めて欲しい。
神様ズや、俺のよく知る人達で、推薦状など書く人は一人も居ないことは分かっているし、彼らが本当に推薦するのなら、こんな面倒なことはせずに直接言ってくるに決まっている。
遠慮がない人達が大半だしね。
それはそれで問題なのだが・・・
必死な気持ちは受け止めるが、それまでということだ。
お気持ちだけ受け取っておきます。

島野商事の従業員の満足度は相当に高いようだ。
中にはこのサウナ島で働けることは、ステータスだ。
と言う者達もいるようで、こちらとしては鼻が高くなる。
実にありがたいことだ。

これまでに、退職者は一人もいない。
現在の島野商事の従業員数は、二百五十人を少し下回るぐらいだが、これが日本であれば異例中の異例である。
賞賛されること間違いなしだ。
テレビの取材が来てもおかしくないレベルだ。
これだけの人数の従業員を抱えていて、退職者が一人もいないなんてことは常識ではありえないことである。
過去にも聞いたことがない事態だ。
その要因の一つは、恐らく福利厚生ではないかと俺は勝手に考えている。
今まで聞いてきたこの世界の職場環境としては、寮があり、三食付いていて、風呂も無料で入れる職場は皆無だった。
さらにビールが二杯までは無料というおまけが、駄目押しとなっているのではないかと考えている。
まあ、旧メンバーからも散々待遇が良すぎると言われてきたから、実際そうなんだろうと思う。

それにいろいろ聞く限り、この世界の常識として朝食は無いものらしい。
だが俺の知る限り、朝食を取ることは重要な健康管理だという認識がある。
それをこの世界の人達は理解していないのだろうか・・・
たぶんそういった知識がないのだろう。

五郎さんの温泉街では普通に朝食を提供していたな・・・
まあ、今さら三食を変える必要も無いし、変えるつもりも無いのだが・・・
従業員満足度が高いことは良い事で、今後もそうあって欲しいと思う。
嬉しい限りだ。
満足度が高いということは、やりがいを感じて仕事をしてくれている、ということだろうしね。
やる気を持って仕事が出来ているということだろう。

でもいつかは独立したり、退職を申し入れる者もいるだろうが、その時はそれを受け入れるしかないと思う。
というよりそうありたいと思う。
特に独立したいという想いを持って働いてくれている、マット君なんかは実力をつけて巣立って欲しいと思う。
独立の際には、俺は全力でサポートをしたいと考えている。
職業選択の自由はあって当然ということだ。

それにしても、利益の鰻登りに関しては頭痛の種でもある。
またエンゾさんから、懇々と経済を周せ、と叱られるのではないかと冷や冷やしているのだ。
結局クルーザーの購入金額も、万能鉱石をふんだんに使ったが、たいした出費にならなかったし、マウンテンバイクの出費も微々たるものでしかなかった。
そもそも質素倹約を行ってきた俺としては、大きな出費をすることはハードルが高いのだ。
どうにかしたいのだが・・・

エンゾさんを見る度に、ビクついてしまう俺は小市民だな。
何とかならない物なんだろうか・・・
やれやれだ。

そういえば、話は脱線するが、遂に豚骨ラーメンが完成した。
今では一番人気のあるラーメンとなっている。
豚骨シャーシュー麺が最も売れている。
トッピングはネギに、紅ショウガだ。
完成には構想からなんと、三ヶ月も掛かってしまった。
ラーメンは奥深い。
今後も改良は必要だ。

話しを戻そう。
まあ、こんな感じで午前中が終わり、昼食を挟んで午後を迎える。
午後からはフリーと言っても過言では無いが、週に一度はちゃんと仕事をしている。
それは俺の能力でしか出来ない仕上げを行う業務だ。
特にアルコール類や、調味料などの仕上げを行う作業だ。
いい加減これも引き継ぎたいのだが、現状ではそれは叶わない。
『熟成』魔法が無いのだからどうしようも無い。
『熟成』無しで作ってみるのもありなのだが、能力をもっているのだから、使わない手はないだろう。
それに時間があまりにかかる。

少し話は変わるが、スーパー銭湯に定休日を設けようかという事を検討してみたことがあった。
五郎さんはどうしているのかと、尋ねてみたが。
「温泉街は公衆浴場の側面もあるから、休む訳にはいくめえ」
と回答されてしまった。

確かにその通りだ。
特にこの世界の人達は風呂を持っていない人が大半だ。
流石は温泉街の神様だ。
利用者を優先に考えるということだ。
その言を受けて、スーパー銭湯の定休日は設けないことにした。
でも年に一度ぐらいはどうかとは考えている。

実は社員旅行に行きたいと思っているのだ。
場所は温泉街『ゴロウ』
泊りで行くとなると、ここしかない。
従業員を労ってやりたいし、大きな買い物になるのではないかと考えたからだ。
人数が多い為、前もって計画して、五郎さんに相談する予定だ。
その際は温泉街『ゴロウ』を貸し切りにすることになると思う。
社員旅行は是非行いたい。
あと忘年会もね。

あと最近少し取り組みだしたのは、季節感を演出できないかということだった。
切っ掛けは十二月に入ったからだ。
イベントが多い月に、何か出来ないかと考えたからだ。
まずは、桜の木を万能種で植えた。
春には桜を見てみたい。
俺としては桜見がしたい。
場所はキャンプ場だ。
ここならば、花見が可能だ。

さらに銀杏の木を植えた。
こちらも紅葉が見ものだ。
銀杏も取れるし、理に敵っていると言える。
ただこのサウナ島は気温の変化があまりない為、ちゃんと季節にあった花の付き方をするのかは、実際に咲いてみないと分からないのだが、何とかなるだろう。
と安易に考えている。

そして、年末年始は特別なイベントを行う予定だ。
詳細は後日ということで勘弁して欲しい。
だいたい想像は着くと思うのだが・・・
けどクリスマスは行わない。
神様が顕現しているこの世界には似合わないだろう。

午後からの俺の過ごし方はその日によって違うが、一番多いのは野球に誘われることが多い。
マークが休みの日は決まってお昼時に誘いにくる。
マークは現在『島野サウナーズ』の選手であり、キャプテンだ。
そして俺は、俺の意思とは関係なく、選手権監督をさせられている。
そもそも勝手に『島野サウナーズ』と俺の名前を使われている。
何故にというところなのだが・・・

そして『山野オンセンズ』との試合を行うことになっており、相手チームの監督はもちろん五郎さんだ。
五郎さんは、選手は行わない。
やればいいと思うのだが、
「儂は走ったり、飛んだりはごめんだ」
と言っていたが、飛ぶことはないと思うのだが・・・

前に一度試合を行った時には、五郎さんの監督としての采配は素晴らしかったと言っておこう。
とにかく裏をかいてくる。
ここでバントは無いだろうというタイミングで仕掛けてくる。
まるで山師だ。
だが『島野サウナーズ』は負けることは無かった。
『島野サウナーズ』は盤石だ。

そして残念なことに、俺はほとんど試合には出しては貰えなくなってしまった。
以前マークから、
「島野さんが試合に出ると、試合がワンサイドゲームになって、試合が成立しなくなる」
と言われてしまった。

「島野さんはここぞという時の切り札としてお願いします」
と体良く、お預けされてしまったということだ。

その為、今はほとんど監督として指揮することしか出来なくなってしまった。
そもそも俺が監督の筈なのだが・・・
何故だ?
そう言われてしまえば、しょうがないと飲みこむしかない。
俺は監督業に専念することになったのだった。

それにしても『島野サウナーズ』はそもそもズルい。
というか反則だ。
外野に飛行能力を持った、ギルとエルがいる時点で相手チームのホームランはあり得ないのだ。
俺もそうだが、この二人も選手にするのは考えものだと思う。
五郎さんから抗議がありそうなものだが、ギルのこととなると優しくなる五郎さんからは抗議はない。
祖父は孫に甘いということだろう。
これには俺も意見を言う事すら憚られる。
やれやれだ。
ほんとにこれでいいのだろうか?
先が思いやられる・・・

次に俺を誘いに来るのはランドだ。
こちらはバスケットボールだ。
こちらも勝手に『島野ブルズ』と、俺の名を冠するチームを結成しており、俺はこちらでも監督をすることになっている。

まあ、ランドに関しては長い事俺の指導を受けていたこともあり、今ではバスケットボールプレイヤーとしてのポテンシャルも高い。
俺としては監督業も板に付いている始末だ。
ただ、野球と違ってこちらは選手としても俺は現役である。

理由は簡単で、相手チームが強力だからだ。
バスケットボールは特に、大工の街ボルンとの対抗戦が熱を帯びている。
『ボルンレイカーズ』は強敵だ。
二メートル越えの選手が多く、また大工達は手先が器用なせいか、ボールの扱いが上手い。
毎回接戦となっている。
それに何度か負けたこともある。

ランドに続いて頑張っているのがリンちゃんで、大きな身体を生かしてチームを盛り立てている。
そのリンちゃんの出身地のメッサーラには『メッサーラサンズ』があり、こちらは全員巨人族のチーム。
それは強いに決まっている。
全員二メートル越えの選手しかいない。
もはや反則だ。
ちなみにこのチームのキャプテンは、リンちゃんのお兄さんのバット君である。
リンとバットって・・・
あの漫画を転写して無くてよかったと思う。
世紀末・・・

そして、バスケットゴールは、今では俺が訪れたほとんどの街や、村に設置されている。
その為、ほとんどの街や村にバスケットボールチームがある。
ランドの普及活動が実ったということだろう。
特にボルンとメッサーラは、バスケットボール人気が高いと言える。
そりゃあそうだろうなと思わざるを得ない。
こいつらは押しなべて身長が高いのだから・・・

メルラドの服屋でも、バッシュが良く売れている。
微力ながらもゴムの木をサウナ島では提供している。
今ではいろいろなタイプのバスケットシューズがあり、普段から履いている人も見かけるほどだ。

ランドはどうしたら興行ができるかを必死に考えてるらしい。
ここまでこればあと一歩だ。
是非頑張ってみて欲しい。

そして、週に一度はメンテナンスの日としている。
この日にまず行うのは、紙を木から造ることから始める。
かなり大量に造っている。
これも俺にしか出来ない作業の為、しょうがない。
でも一本の木から相当数の紙が出来上がる為、作業的には大したことではない。
造った紙は備蓄倉庫にしまっておく。

そして生クリームを大量に作る。
その後、浄化池を見て周る。
今でもプルコは飼育してる為、大量発生していないかを確認する必要がある。
そして念のため、下に溜まった石やゴミを取り出しておく。
最近ではそれもほとんど無く、石などは溜まっていない。
誰かが代わりに作業を行ってくれている様だ。

是非お礼を言いたいものだが、誰が代わりをしてくれているのかは定かではない。
犯人探しをするものどうかと思い、捜索は止めている。
サウナ島は誰かの善意で成り立っているということだ。

その後、施設を全部見て回り、ほころびや傷などが無いかをチェックする。
メンテナンスが必要な個所を見つけたら、その場で補修を行う。
これまでに補修した箇所は少なく、簡単なものでしかなかった。
まだ一年も経っていないのだから、逆に補修箇所が多くあっては問題だ。
リコール問題となるしね。

この見回りをしている時に、従業員から声を掛けられることが多くある。
ほとんどが挨拶程度だが、中には相談に乗って欲しいという事もある。
相談の大半は仕事の内容についてで、作業の効率化といったことが多い。
皆さん仕事熱心で頭が下がります。

俺は各リーダー達に、従業員は全員、直接俺に意見させる様に伝えてある。
中には萎縮してしまう者もいるようだが、サウナ島では立場や地位は関係なくがモットーであり。
それは従業員達にも当てはまる。
その為、今では俺のことを社長と呼ばないことが徹底されている。
ほとんどの者が俺のことを島野さんという。

これまでと違い、従業員との心の距離が近くなったと感じている。
俺はヒプノセラピーを行う際にも、必ず相手の愛称を聞き出し、それで呼ぶ様にしている。
これは一気に心の距離を詰めるテクニックの一つで、通常の心理カウンセリングでも必ずおこなうことだ。
だが流石に俺に対して、敬語を使わない者は少ない。
TPOを弁えているということだろう。
皆さんとても優秀です。

砕けた物言いをするのは、ロンメルとレケぐらいだろうか?
ノンとギルとエルは・・・砕けて当たり前だな。
ゴンは相変わらずの優等生キャラなので、敬語であることが多い。
マークとランドは、何だかんだいっても敬語を使っている。
まあ旧メンバーは昔からのことなので、好きにしてくれればいいし、他の従業員達も敬語に拘ってくれなくてもいい。
好きにやってくれということだ。
まあそんな感じで日々を過ごしている。

あと余談として、管理チームから離れたメタンが、神社で神主を行うことになった。
妥当な判断だと思う。
それに本人経っての希望の為、断る理由はない。
これまで管理チームをサポートしてくれていたことに感謝だ。
メタンはある意味、神気減少問題の立役者だし。
こいつはもはや神気発生装置といえる。
実際このサウナ島の神気が濃いのは、もしかしたらこいつのお陰かもしれない。
この先も彼の聖者の祈りに期待することにしよう。



決まって休日は日本に帰り、日本で過ごしている。
一度だけ、ノンが同行したことがあったが、ノンは一日中を家の中で過ごし、そのほとんどがテレビを見ていた。
何となく帰ってきてみたかったんだろう。
特に外には出たいとも言わなかった。
外で獣化されたら大事になることも分かっているのだろう。

「やっぱり、サウナ島のほうが楽しいや」
とノンは言っていた。

ノンにとっては異世界の方が楽しいらしい。
その日の夜にはサウナ島に帰りたいと言い出したので、サウナ島に送ることになった。
俺は相変わらず、日本では朝から『おでんの湯』に行き、サウナを満喫している。
飯伏君を筆頭に、サウナフレンズとの交流を楽しんでいる。
先日の飯伏君はどこか元気がなかったので、

「何かあったのかい?」
と尋ねたところ。

「なかなか子供が出来なくて悩んでいるんですよ」
と、結構ヘビーな悩みを打ち明けられてしまった。
俺には妻がいないので、何とも回答に困った。
でも知っている知識だけはあったので、おこがましくも披露することにした。

「なんでも、私が通っていた接骨院の先生が言うには、一人目の子供が出来ない理由の大半は、精子に対してアレルギーを持っていることが原因らしいよ」

「そうなんですか?」

「らしいよ、その先生はちょっと変わった人でね、私は腰の治療に通っていたんだけど、アレルギーの治療も行っているんだよ」

「へえー」

「まあ何なら一度通ってみたらどうだい?」

「そうですね・・・」
イエスともノーとも言えない返事だな。
後は飯伏君が決めればいいことだ、この世界では子供がいない俺の言うことなんだから、信憑性に欠けると言えるだろう。
一応、接骨院の名前と場所は教えておいた。
彼の家庭に幸あれ。

昼前には家に帰り、昼飯を適当に済ませて、ビールを飲む。
二本ほど空けたところで眠くなり、昼寝をする。
夕方からは大体はサブスクの映画やドラマ、アニメを見て過ごす。
そして適当に料理をはじめるが、ここで日持ちのする様な料理はしない。
一週間空けてしまう為、煮込み系やシチューやカレーはご法度だ。
大抵は炒めもので済ましてしまうことが多い。

たまに買い物ついでに総菜を買って帰ってくる。
夜には晩酌を始めて、サブスクを見ることを再開する、
気が付くとソファーで眠ってしまうことが多い。
不健全な暮らしぶりだとは思うが、この暮らしが俺には大事な時間だ。
これで心が充電できた気分になる。

気分というのは大事で、これ一つで成果や結果が変わることがあるのを俺は知っている。
なにより、休日を過ごしたと実感が持てる。
そんな暮らしぶりをしている。



五郎さんに相談をすることにした。
相談内容は慰安旅行兼忘年会に関する件だ。

「五郎さん、どうでしょう?」
場所は社長室だ。

「ありがてえ話だが、全員一緒にとはいくめえよ」

「やはりそうですか・・・」

「そうだな・・・最大で百名ぐらいならなんとかなるな・・・」

「となると、三回に分けてということになりますね」

「そうなるな、後よ、一つの宴会場で纏めてとはいかねえな、ここの大食堂みたいな宴会場は儂のところにはねえからな」

「最大でどれぐらいになりますか?」

「家で一番でけえ宴会場で、最大五十名ってところだ。次にでけえところで三十名弱だな」

「八十名ですね・・・ぎりぎりの数字ですね」

「それとな、時期だがこの年末という訳にはいかねえな」

「予約で埋まってますか?」

「ああ、早くて年明けてから十日後だな」
忘年会が新年会に変更か・・・でもやりたいな。
せっかくだ、決行しよう。

「わかりました、そこでお願いします」

「おお、分かった、三日連荘だな」

「そうなりますね」

「にしても羽振りがいいじゃねえか、ええ!」

「お陰様で、それなりに儲けてますので」

「この三日間は島野のところで温泉街は占拠されちまうな」

「団体の利用は少ないですか?」

「あまりねえな。あっても年一だ」

「そうなんですね」

「ありがてえ話だな、でお前えの会社が全部支払うのか?」

「はい、そのつもりです」

「お前えどんだけ稼いでやがるんだ、まったく」

「ちなみに宿泊費と食事代でどれぐらいになりますか?」

「そうだな、食事内容にもよるが、一人金貨三枚ぐらいでどうでえ?」

「では一人金貨四枚にして、部屋と食事のグレードを上げてください」

「かあ!お前えはいちいちやることが大胆だな!」
金貨千枚、楽勝です!
こうやってお金を使えばいいんだよな、それに温泉街『ゴロウ』はタイロン国内だから、エンゾさんには文句は言わせないぞ。
しめしめだ。
上から女神をぎゃふんと言わせてやる。

「にしても助かるぜ、島野」

「いえいえ、これぐらいはさせてください、それにこれは五郎さんの為ではなくて、家の従業員の為なんですから、気にしないでください」

「そうか、なら遠慮はいらねえな」

「はい」

「じゃあはっきりとした日にちが決まったら、教えにくるぜ」

「ええ、よろしくお願いします!」

「じゃあ儂は行くぞ」

「はい、忙しい所ありがとうございました」

「じゃあな」
と片手を挙げて五郎さんは社長室を後にした。
良いお金の使い方ができそうだ。
よかった、よかった。

後日話を聞きつけたリーダー陣から、社員旅行中の休みは必要ないとの意見が多数出され、結局定休日は設けないことになった。
どうやら年中無休は変わらないようだ。
リーダー陣達によると、そもそもシフトはダブついているので、問題ないとのことだった。
三百六十日営業は続いている。



そして俺は、年末年始の仕込みを開始した。
今回の年始の行事の目玉は餅つき大会だ。
どうやら餅はこの世界にはこれまで無いようだった。
年始の行事といえば、ご近所さんが集まって、餅つきを行ったものだが。
今の日本ではもはやそのような風景は見られなくなった。
少し寂しさを覚える。

俺はさっそく畑でもち米を栽培し、神気を流し込んで、成長を促進した。
アイリスさんがこれは何だと興味深々。
もち米はアイリスさんでも知らない植物であったようだ。
アイリスさんには収穫後に、餅を振舞うことを約束した。

数日後には収穫を行い、もち米が手に入った。
臼と杵を準備し、これからもち米を蒸す。
珍しくアイリスさんが、調理を見に来ていた。
俺は力自慢のマークとランドを呼び、もち米が蒸しあがるのを待つ。
マークとランドに餅つきの手順を教え、大食堂の一角で餅つきの準備を開始した。
すると興味を覚えたお客達が、何が始まるのかと集まってきた。

どうやら場所を間違えてしまったらしい。
まあしょうがないか、今さら変えれないしな。
もち米が蒸しあがり、臼に入れる。
まずは俺が手本として、杵を振う。

「よいしょ!」
メルルがもち米を返す。

「よいしょ!」
更にメルルがもち米を返す。

「よいしょ!」
お客達が俺に合わせてよいしょコールを始めた。

「よいしょ!」
少し楽しくなってきた。

「よいしょ!」
そうそう、こんな感じだった。

「よいしょ!」
楽しいな!

「よいしょ!」
独り占めは良くないと、マークに杵を渡す。

「よいしょ!」
まだまだ、よいしょコールは続く。

「よいしょ!」
十数回マークが打ち終えたところで、今度はランドにチェンジした。

「よいしょ!」
まだまだよいしょコールは止みそうにない。
よく見ると、人が随分集まってきていた。
これは参ったな・・・
餅を振舞うしかなさそうだ・・・

その後餅が出来上がり、お客含めて餅を振舞うことになった。
味付けは、醤油に海苔を撒いたシンプルな物にした。

口々に、
「美味しい!」

「旨い!」

「伸びるぞ!」

「いくらでも食べられるぞ!」
と大反響だった。

但し、それほど量を準備していなかった為、一人一つまでとなってしまった。
俺はちゃっかりと、
「正月から三日間餅つき大会を開催しますので、是非お起こしくださいね」
とアナウンスをしておいた。

「必ず行く!」

「また食べたい!」

「絶対行く!」
と三賀日は忙しくなりそうだ。
試食したアイリスさんが、これは美味しいと大絶賛。

「甘未になりそうな食材ですね」
と言われてしまい、さっそくきな粉を準備することになってしまった。

まあ好みは分かれるが、俺は断然醤油マヨ派だ。
場所を変えて再度餅を作り直した。
メルルにぜんざいとお雑煮を伝授した。
お雑煮は日本全国各地で随分違う料理なのだが、俺は簡単に醤油ベースの、出汁は鰹節、具は餅とほうれん草にした。
お雑煮に関しては地方によっては、具材や調理法がほんとうに違う、どれも美味しいのだが好みは分かれる。
以前にバターを入れたお雑煮を食べたことがあったが、それはそれでおいしかった。
いくらでも手を加えることができるが、シンプルイズベストにしてみた。

ぜんざいに関しては小豆は既にある為、こちらも簡単なものにした。
メルルはぜんざいを食べて大興奮。

「なんで今まで教えてくれなかったんですか!」
と逆ギレされてしまった。
そんなこと言われても・・・
どうもすいません・・・
甘味はあまり好みではないので・・・

俺は先回りし、五郎さんの所にもち米を持っていった。
「島野、分かってるじゃねえか」
と案の定の反応だった。
その数時間後には、大将が大食堂にやってきて。
試食をおこなっていた。

「これはまた料理界に革命が起きる!」
と騒いでいた。
革命って・・・言い過ぎだろ!毎度毎度!
まあ、大将らしい反応だけど。
もう好きにしてくれ。

大将はメルルから調理方法を教わり、満足して返っていった。
餅は保存食の一面もあるから、今後は定期的に作ることになった。
まずは鏡餅を作って、正月に備えておいた。
ここにたどり着くまで随分回り道をしたようだ。
やれやれだ。

次に取り掛かったのは門松をつくることだった。
これは簡単だった。
竹は既にある為、松を海岸沿いに数本植えた。
そこから松の枝を採取し、門松の基礎は出来上がった。
あとは適当に花や色鮮やかな枝を採取し、門松が完成した。

問題は年末だった。
一つ決まっていることは、年越しアウフグーズだ。
年跨ぎに行うサービスだ。
従って大晦日は閉店時間は深夜二時となる。
あと年末で思い着くのは除夜の鐘とか、紅白歌合戦ぐらいだが。
どうなんだろうか?

紅白歌合戦を喜ぶのはオリビアさんぐらいだと思うのだが・・・
一先ずメタンに除夜の鐘の話をしたことろ、

「是非、お願いできますかな」
ということだったので、鐘を神社に造った。
これで、年越し時には壱百八の鐘が打たれることになるのだろう。

紅白歌合戦か・・・
オリビアさんに話すことは憚られた。
紅白歌合戦ではオリビアさんに対抗できる者はいない為。
いっそのこと、のど自慢にしてしまえば、オリビアさんは審査員になるし、上手く纏まらないかと思えた。
でもこれであのオリビアさんが収まるのだろうか?
そうとは思いづらい・・・
どうしたものか・・・

これは企画倒れにした方が良いような気がするな。
年末に関しては、年越しアウフグースと除夜の鐘のみにすることにした。
スーパー銭湯にしても深夜二時まで営業する訳だし、充分なイベントとも言えるだろうしね。

後は、従業員に対して、いつもは手入れをしないようなところも掃除する様に指示した。
大掃除といったところだが、ある程度掃除は行き届いている為、特に変化はなかった。
無理して特別感を出すこともないと思い知らされた。

後は正月用にコマをキッズムールに用意した。
キッズルームの担当者には使い方は伝授済だ。
正月にはコマ大会を子供用に行う。
参加費は貰わないし、優勝しても何も差し上げることはないのだが。

餅つき大会にしても同様で、参加費は頂かない、でも餅は無料で振舞われる。
さて、どうなることやら。
楽しみである。



大晦日当日を迎えた。
この世界には休日の概念が薄いせいか、特にこれといっていつもと変わらない日常だった。
大晦日気分なのは俺だけなのかもしれないな。
お客さんの流れも通常営業だ。
若干少ない気がしないこともないのだが、特に変化は見られなかった。

そして、年越しアウフグースサービスを行うことになった。
俺はお客として参加した。
サウナ室は満席だった。
夜の九時頃までは通常運転だったのだが、急にスーパー銭湯の客が増えだした。
気が付いたら、入場制限の一歩手前までになっていた。
年越しアウフグース恐るべしだ。

ノンが口上を始める。
「皆さん、賑わってますねー」
お客は拍手で迎える。

「さて、本日は年越しアウフグースにご参加いただきまして、誠にありがとうございます」
更に拍手が起こる。

「今回のイベントは初の開催となります、見たところ見慣れた方々ばかりですので、特にアウフグースの説明は行いません」

「よ!いいぞ!」
と声が掛かる。

「早速ではありますが、時間となりそうです。では皆さんで年越しのカウントダウンを行いましょう」

「五!」

「四!」

「三!」

「二!」

「一!」

「明けまして!おめでとうございます!」
と叫ぶと共に、サウナストーンにアロマ水を掛ける。
ところ処で、おめでとうございますと挨拶が行われている。

どうやらノンがアウフグーズサービスの度に、新年の挨拶はこうするんだと、話をしていたらしく。
アウフグースを受けたお客さんの間では新年の挨拶は浸透していたみたいだ。
また、新年の挨拶を知っていた五郎さんのところの人達も、新年の挨拶を広めだしたらしい。
後で知ったのだが、そのお客さんから更に話が広がり、新年の挨拶がこの世界に広まりつつあるとのことだった。
俺にとっては不思議な現象だった。
結果年越しアウフグースサービスは大反響を呼び、早くも来年の開催を望む声まで上がっていた。
この世界の人々もなんだかんだ言ってイベント事は好きなようだ。
よかった、よかった。
年越しのアウフグースサービスの裏側では、メタンが除夜の鐘を百八回鳴らしていた。
何事が起こったのかと、神社にも人が集まっていたようだ。
メタンが力が入っているのは間違いないだろう。
鼻息荒いメタンが想像できる。
案の定メタンが百八の煩悩について来訪者に説明をしていたようで、又、三が日には神社に初詣にお参りをすると良いといったことまで、説明をしていたらしい。
熱心な事です。
頭が下がります。

この知識は俺がメタンに懇願されて、披露した知識だ。
外にも祝詞の奏上の言葉であったりを、ネットで手に入れて適当に教えておいた。
勿論参拝用にお賽銭箱も設置済である。

昨日の閉店前に正月用の飾りなどは既に設置済だ。
サウナ島は正月モードに入っていた。
俺は正月気分でウキウキするのを感じていた。
年甲斐も無く・・・だって正月だよ?

リーダー陣に朝食を終えたら、神社に集まるように指示してある。
俺は朝食の雑煮を食べ終え、神社に向かった。
それにしても雑煮は美味しかった、久しぶりの雑煮、良いじゃないか。
まだ数名しか集合していない。
俺は一人一人に新年の挨拶を行った。
順次集まり出し、最後にレケが眠そうに現れた。
こいつはこんな時まで寝坊かい!
いい加減にせい!

「ボス、待たせたか?」

「ああ、それはいいとして、明けましておめでとう、今年もよろしくな」

「お!そうだった、確か・・・明けましておめでとうございます、今年もよろしく!で合ってたか?」

「いいぞ合ってるぞ、じゃあ早速初詣に行くとしようか」
俺達は連れ立って神社の中に入っていった。
手を洗い、水を口に含み、吐き出す。
俺を真似てそれぞれが同じ所作を行う。
お賽銭箱に金貨一枚を投げ込み、鈴を鳴らす。
二礼二拍手一礼。
(旧年中は大変お世話になりました。今年もよろしくお願い致します。世界が平和でありますように)
これまた俺に続いて同じ所作で、リーダー陣が同じ所作を行う。

レケが小声で囁く。
「なあ、ボス、俺金貨持って来てねえよ」

「いくらなら持ってるんだ?」

「今か?お金持ってきてねえよ」
しょうがない奴だな。
教えておいたはずなんだが?
まあいいか・・・
俺は銀貨一枚をレケに渡した。

「サンキュな、ボス」

「レケ、後で返しに来いよ」

「わかったよ」
こんなこともあろうかと準備しておいてよかった。
皆には、お賽銭の金額は特に決まっていないことは伝えてある。
お気持ち分で充分だということだ。

日本では五に纏わる数字が良いとされている。
それはただの語呂合わせでしかないのだが、五円イコールご縁というものだ。
メタンはニコニコ顔で、参拝にきた俺達を眺めていた。
こいつはもはや宮司でしかない。
メタンにとっては天職だな。

神社の脇では、屋台が所狭しと並んでおり、今はその準備をしている。
この屋台は各街や村の代表者達に、三日間限定で各街二台の屋台を出店していいと、前もって話をしていた。
その屋台が限定三日間の出店をしているということだ。
サウナ島からは、メルルとマット君が屋台を出店することになっている。
内容は全て二人にお任せしている。
こいつらはもはやプロだから、俺が口を挟む必要は全くない。

俺が準備したのは、ゴミ箱を設置したぐらいだ。
そして最終的にこのゴミは、俺の能力の『分解』を駆使して畑の肥料になる。
食べ残しもここサウナ島では立派な肥料だ。
ありがたいことだな。
おトイレは神社にある為、渋滞はするかもしれないが、困ることは無いだろう。
どんな屋台が出店されるのか、楽しみである。
あとで手が空いたら覗きに来ようと思う。
この世界の食文化は変わりつつある為、どんなメニューの屋台が出店されるのか、期待が高まる。

その後海岸に集まって、初日の出を拝んだ。
ここでも二礼二拍手一礼を行った。
これにて一旦解散とした。



俺達は大食堂へと向かっている。
これから従業員全員に新年の挨拶をする予定である。
大食堂に着くと、既にほとんどの従業員が俺達を待っていた。
時間になった為、新年の挨拶を始める。
全ての従業員が集まっているだろうと思う。

「皆、新年明けましておめでとう!今年もよろしく!」

「おめでとう!」

「今年もよろしくお願いします!」

「新年おめでとう!」
と皆口々に挨拶を行いだした。
それを微笑ましく見守る俺。
この世界で新年の挨拶を行うことになるとはな・・・
それもこんなに大人数と・・・
嬉しい限りだ。
皆が概ね挨拶を終わったところで、俺は話を続けた。

「さて、俺の居た異世界には正月にはお年玉を手渡すという行事がある。これから皆に手渡すことにするから並んでくれ。受け取ったら流れ解散で、仕事の者は仕事に向かってくれ、ではよろしく!」

「おお!」

「お年玉?」

「何だそれ?」

「玉をくれるってことか?」
何を貰うのかも分からず、ぞろぞろと並びだした。
先頭に並んだのは、ギルだった。
ギルに前もって準備しておいた、お年玉袋を手渡した。

「大事に使えよ」
お年玉袋を受け取ると、嬉しそうにしているギル。

「何?何が入ってるの?」
お年玉袋の中を確かめてギルが驚く。

「皆!金貨が一枚入ってるよ!」
その言葉を受けて

「嘘!」

「凄い!」

「やった!」

「ラッキー!」
と従業員達が騒ぎだした。
俺は一人一人に日頃の感謝の意を込めて、お年玉を手渡した。
感謝を述べる者。
中には深々と頭を下げる者もいた。
ボーナスとして渡すよりも、こうやって渡した方がいいと考えてのものだったが、思った以上に喜んでもらえたようだ。
よかった、よかった。
大事に使って下さいな。



次に新年の挨拶周りに向かうことにした。
まずは営業している、魚屋に向かった。
残念ながらゴンズ様はいなかった。
まあ、この店にゴンズ様はあまりいないことがほとんどの為、いればいいなぐらいの気持ちだったのだが。
どうせ後でどこかで鉢合うだろう。
別に気には掛けていない。
よく見かける魚人の店員に新年の挨拶を済ませ、次に向かった。

隣の八百屋は身内の為、先ほど挨拶は済ませているからスルー。
ちなみに八百屋には鏡餅と門松が飾られている。
そして前もって作ってある餅を、三日間限定で販売することになっている。
これはアイリスさんからの申し入れである。
アイリスさんは相当餅を気に入っているようだ。
毎日でも食べたいと漏らしていた。
気持ちは分かるが、ちゃんと噛んで食べて下さいね。
喉に詰まらないようにしてくださいよ。
と心配はするのだが、お構いなしだろう。

その隣は美容室だが、三が日は休日にすると言っていたので、アンジェリっちはいない事は分かっている。
でもサウナ島に顔を出すといっていたから、こちらもどこかで鉢会うだろう。
アンジェリっちは、とにかく忙しくしている。
お店の開店から閉店まで手が休まることが無い。
まさに多事多端だ。
酷いときにはお昼御飯すら取れない時があるらしい。

それはよくないと俺は定休日を提案すると共に、年始や、数ヶ月に数回は休むべきだと話をした。
美容室はスーパー銭湯の様に無いと困るお店では無い為、無理はしなくていいということだ。
アンジェリっちは、見るからに神気不足気味の為、彼女はその提案をあっさりと受け入れた。
そしてこっそりと俺の神力を籠めてある神石を渡してある。
ほかの神様ズにはばれないように念押してはしてある。
ばれたらせがまれるに決まっている。
俺は神力タンクではない。
メルラドの服屋に行くと、オリビアさんとリチャードさんが準備をしていた。
年始早々お疲れ様です。

「オリビアさん、リチャードさん、新年明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い致します」
俺は軽く会釈した。

「守さん、今年もよろしくね」
とオリビアさんも会釈を返す。

「島野様、こちらこそよろしくお願い致します。すいません、本来であればこちらから挨拶に伺うところ、足をお運びくださいまして申し訳ありません」
相変わらずリチャードさんは堅いな。
そろそろ砕けて欲しいものだ。

「いえいえ、気にしないでください。それにしても正月でも営業するんですね」

「そうよ、正月はこのサウナ島には人が集まることは分かってるから、去年売り切れなかった商品をセール品として販売することにしたのよ、賢いでしょ?」
オリビアさんがどや顔をしているが、それは普通に日本では当たり前の光景なんだよね。
でもここは褒めておこう。

「凄いですね、正月セールですね」
オリビアさんのどや顔が止まらない。

「へへん!」

「ところでオリビアさん、アンジェリっちは何処にいますか?ロッジですか?」
とても嫌そうな表情を浮かべるオリビアさん。
何でだ?

「なんでお姉ちゃんの居場所が気になるの?」
少し険があるのだが・・・?
どうしてだ?

「新年の挨拶をしようと思いまして」
なぜかほっとした表情を浮かべるオリビアさん。

「そういうこと・・・今はロッジで寝てるわよ、昼には起きてくるんじゃないかしら?お姉ちゃんは休みになると昼まで寝るからね」
相当疲れているようだ。

「そうですか、ありがとうございます。ではまた」

「え!もう行くの?」

「新年の挨拶に伺っただけですので」
と早々にメルラドの服屋をあとにした。
ゴンガス様の鍛冶屋に行くと、ゴンガス様が受付にいた。
こちらも正月早々お疲れさんです。

「親父さん、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」

「おお、お前さんか、今年もよろしくな」
今ではゴンガス様のことを、俺は親父さんと呼んでいる。
ある時何となく俺は普通にその様に呼び、親父さんも抵抗なく受け入れていた。

「正月でも営業するんですか?」

「休もうかとも思ったんだが、どうにもまだ休むことに慣れておらん」

「そんなもんですかね?」

「儂としても変えていきたのだが、慣れんでの」
習慣はなかなか変わらないよね。

「働き過ぎは良くないですよ」

「分かってはおる、だがのう・・・」

「まあ、ゆっくりと変えていったらどうですか?」

「そうするかの」

「では、また」

「もう行くのか?」

「はい、新年の挨拶に伺っただけですので」

「律儀な奴だの」

「ハハハ」
親父さんの鍛冶屋を後にした。
お店に関しては、ほとんど周ったので、入島受付に移動することにした。
道すがらすれ違う人達に新年の挨拶をされた。
何人かは見覚えのある常連さんだ。
それにしてもこの世界でも、新年の挨拶が根付きだしている。
入島受付に行くと、ちょうどランドールさんとマリアさん、ルイ君が受付待ちをしていた。
珍しい組み合わせだ。

「三人とも、明けましておめでとうございます。今年もよろしく」

「あら、守ちゃん新年の挨拶ね。こちらこそよろしくね」

「島野さん、明けましておめでとうございます。こちらこそよろしくお願い致します」

「島野さん、今年もよろしくお願いします」
ランドールさんは新年の挨拶を知っているようだ。
一番堂に入っている。
確か師匠が日本人だったよな、だからだろうな。

「それにしても、三人一緒ですか?」

「そうです、昨日学校の最後の仕上げが終わりまして、三ヶ日はサウナ島でゆっくりしようという話になりまして」
ルイ君が説明してくれた。

「そうか、学校もいよいよ完成か?」

「はい、これから忙しくなりますので、骨休めです」

「ゆっくりしていってくれ」

「それにしても守ちゃんは、ルイちゃんの親戚のお兄ちゃんみたいね」
とマリアさんがウィンクをしながら言った。

「そうですか?」
まあ、実際甥っ子ぐらいに思えるからな。

「いえいえ」
とルイ君は顔の前で手を振っている。

「なんだ、嫌なのか?」

「滅相も有りません、嬉しいですよ」
何だそりゃ、国家元首がそれでいいのかね?

「ランドールさんは三が日はお休みですか?」

「ええ、師匠の教えで、三が日は休むことにしてます」

「なるほど」

「ねえ守ちゃん、メルルちゃんから聞いたんだけど、ぜんざいっていう、新しいスイーツが出来たんですって?」
メルルのやつ、マリアさんと仲いいんだな。

「三が日は餅つき大会をやってますので、是非参加していってください。そこでぜんざいを食べられますよ」
とお勧めしておく。

「ほんと?嬉しいわね」

「私も食べてみたいな」

「僕もです」

「昼から始めますので、どうぞ顔を出してください」

「分かったわ」
と三人は入島受付へと向かっていった。
その数十分後にゴンズ様が、部下をたくさん引き連れてやってきた。

「ゴンズ様、明けましておめでとうございます、今年もよろしくお願い致します」

「おお、よろしくな。お前がここにいるなんて珍しいな」

「新年の挨拶をしようと、待ち構えていました」

「律儀な奴だなお前は」

「ゴンガスの親父さんからも言われました」

「そりゃそうだろ、もう少しどっしりとしていろよな」

「こういう性分ですので・・・」

「まあ、島野らしいっちゃあ、らしいな」

「ハハハ、あっ!そうそう、餅つき大会をやりますので是非参加してみてくださいね」

「ほう、よく分からんが楽しみにしておくか」
ゴンズ様はサウナ島に入っていった。
そのまた数十分後、
今度はドラン様とアグネスが現れた。

「島野君、ハハハ!」
と手を振っている。

「ドラン様、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。アグネスもな」

「こちらこそよろしく頼むよ、ハハハ!」

「ちょっと!私の扱いひどくない?」
ちらりとアグネスを見て、うざいから無視することにした。

「今日は屋台の方ですか?」

「そうだよ、新たな牛乳料理をお披露目だよ」
アグネスが俺の肩をポコポコ叩いてくる。
うざいとしか言いようがない。

「へえ、そうですか。後で見に行かせて貰いますね」

「是非そうしてくれたまえ、ハハハ!」
とご機嫌なドラン様はサウナ島に入っていった。
アグネスはプリプリしながらも、嬉しそうにサウナ島に入っていった。
あいつは変わらんな・・・
その一時間後に五郎さんが現れた。

「五郎さん、明けましておめでとうございます」

「おお、島野!明けましておめでとう、今年もよろしくな」

「それにしても、新年の挨拶がこの世界には結構根付いていますね」

「それは儂がそういうもんだと広めたからだろうな」

「やっぱりそうですか、驚きましたよ」

「ハハハ!いいじゃあねえか」

「ですね」

「それにしても、餅つき大会だって?お前え懐かしいじゃねえか、ええ!」

「ですよね、昔はお隣さんとかと餅つきをやったものでしたよ」

「だな、儂の爺さんの温泉旅館の目玉イベントだったぞ!」

「そうなんですね」

「盛り上がったもんさ」
五郎さんは遠い眼をしていた。

「今の日本ではそんな風景は見られなくなりましたよ」

「そうか・・・寂しい話じゃねえか」

「ですね」

「まあ、今日は餅つきを楽しませて貰おうじゃねえか」

「そうしてみてください」

「じゃあ、後でな」
と言って、五郎さんはサウナ島に入っていった。
その数分後、オズとガートナーが現れた。

「島野さん・・・ええと・・・確か・・・明けましておめでとうございます。で合ってますか?」

「明けましておめでとう、今年もよろしくな。それにしてもオズ、良く知ってるな」

「ゴンに教えて貰ったんです」

「そうか」

「島野さん、明けまして、おめでとうございます」

「ああガードナー、今年もよろしくな」
あの件以降オズはしょっちゅう俺の所に、顔を出すようになった。
友達だから別にいいのだが、本当のところは、ゴンのことが気になっているのだと思う。
ガードナーも時々同席するようになった。
何だかんだいってもこいつらは仲が良い。

「今日のゴンは屋台の手伝いみたいだぞ」

「そうですか、屋台ですか?」

「ああ、神社にいけば分かると思うぞ」

「へえ、面白そうですね」

「ああ、顔を出してやってくれ、ゴンも喜ぶと思うぞ」

「はい、そうさせて頂きます」

「じゃあ、また後でな?」

「では、後で」
と二人はサウナ島に入っていった。
その三十分後にエンゾさんが現れた。
なぜか怒っている様子。

「エンゾさん、明けましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします」

「今年もよろしく・・・ちょっと!島野君、またやってくれたようね!」
またやった?
はて?

「何をですか?」

「聞いたわよ・・・新しいスイーツを完成させたらしいわね!」
それで何で怒られるの?

「ぜんざいのことですか?」

「それよそれ!もう!」

「何で怒ってるんですか?」

「それは・・・いいのよ!」
エンゾさんは怒ったままサウナ島に入っていった。
訳が分からん。
ぜんざい作って何故に怒られるの?
その後、デカいプーさんを待っていたが、来そうな気配がなかった為、場所を変えることにした。

まずは餅つき大会の準備が進んでいるか確認することにした。
臼が二つと杵が二つ、二か所で餅つきを行う予定だ。
上半身裸のマークとランドがさらしを撒いて杵を担いでいる。
場所は大食堂、テーブルと椅子の一部が片付けられており、餅つき用のスペースが造られていた。
料理班のスタッフが、餅抜きのぜんざいとお雑煮の準備をし、海苔、醤油、マヨネーズ、きなこがカウンターに並べられている。
屋台の手伝いをしていたゴンが、スーパー銭湯の前に現れて、リンちゃんに拡声魔法を掛けて貰いアナウンスを行う。

「これより、スーパー銭湯の大食堂にて、餅つき大会をおこないます。参加希望の方はお集りください!繰り返します。これより、スーパー銭湯の大食堂にて、餅つき大会をおこいます。参加希望の方はお集りください!」
アナウンスを受けて、お客が集まり出した。
結構な人数が集まってきた。
頃合いとみて、マークが口上を述べる。

「皆さん、明けましておめでとうございます!本年もサウナ島をよろしくお願い致します!これより餅つき大会を始めます。もちろんお代はいただきません。皆さんこぞって参加してください、では始めます!」
大食堂に拍手が響き渡った。
蒸したもち米が臼に入れられる。

「では始めます!よいしょ!」
とマークとランドは声を合わせて、杵でもち米を突く。
餅がひっくり返される。

「よいしょ!」
と杵でもち米を突く。

「よいしょ!」
しだいによいしょコールが始まる。

「よいしょ!」
よいしょコールが拡大していく。

「よいしょ!」
よいしょコールが最大化していた。

「よいしょ!」
会場が揺れているかと思う程に、よいしょコールが大きくなっている。
凄い!
まるでコンサートだな。
大盛り上がりだ。
マークとランドは、客と入れ替わり、次々にお客が餅つきを行っていく。
そして、付きたての餅が振舞われていく。
次々に上がる。

「旨い!」

「美味しい!」

「伸びるぞ!」

「新食感!」
の声、大好評のようだ。
中には案の定喉に痞えてしまって、背中を叩かれている者もいた。
ゆっくり食べてくださいな。
餅は逃げませんよ。

子供と女性の人気ナンバーワンはぜんざいだ。
やはり甘味は安定の人気だ。
そして、きな粉や、醤油などで餅を好きなように食べて貰っている。
加えて、雑煮が振舞われていく。
中には雑煮を十杯も食べた強者もいた。
お腹を壊したという苦情は受つけないよ。
なんにせよ、餅つき大会は大好評だった。
よかった、よかった。
五郎さんが年甲斐も無く、必死に腰を入れて餅を付いていたのには、ちょっと笑えた。



神社の屋台の様子を見に行くことにした。
こちらも大賑わいだ。
参拝客が、参拝を終えて屋台に並んでいる。

まずは身内の屋台を観にいくことにした。
マット君は焼きそばの屋台を開いていた。
これは間違いなくウケるだろう。
屋台と言えば、焼きそばだろう。
これは定番だ。
現に長蛇の列が並んでいた。
俺は声を掛けようかと思ったが、あまりに忙しそうにしていた為、止めておくことにした。
落ち着いたら声を掛けに行こうと思う。

隣に並ぶ屋台も行列が凄かった。
マット君のところよりも長蛇の列になっている。
これは・・・メルルの屋台だった。
流石は料理長だ、負けてはいない。
というより、負ける訳にはいかないという気概を感じる。
どうやらメルルはラーメンを選択したようだ。
忙しそうにしていたが、興味が勝ってしまい、覗きに行くことにした。

「メルル、忙しそうだな」
メルルは湯切りをしながら答える。

「ええ、お陰様で。島野さん一杯食べていってくださいよ」

「そうだな、並ぶよ」

「いいですよ並ばなくて、直ぐ出しますから」

「そういう訳にもいかんだろう、気持ちだけ受け取っておくよ」
俺はそう言うと列に並んだ。
特別扱いは憚られる。
ちゃんと並びますよ俺は。
結局三十分ほど並んだ。
待ってる事もまったく苦にはならなかった。
皆の楽しそうにしている表情を見ているだけで、俺は嬉しくなっていた。

「私の新作です、どうぞ!」
とラーメンを手渡される。

「これは・・・豚骨醤油か!」

「流石は島野さん、直ぐに見抜きましたね」

「やるなメルル!」
やられたー!
次に手を加えようと、取っておいたレシピだったのにな。
まあいっか。
それにしても旨い、大したもんだ。
濃厚な豚骨に醤油の深みがマッチしている。

「メルル、美味しかったぞ!」
と声を掛けて、他の屋台を観にいくことにした。
次に列をなしているのは大将の屋台だった。
一先ず声を掛けにいく。

「大将、賑わってますね?」

「島野さん、待ってましたよ」

「お!大判焼きですか?」

「ええ、師匠から教わりました」

「この鉄板は何処で?」

「ゴンガス様に師匠が造って貰ったようです」

「なるほど」

「それで、買っていきますか?」

「ああ、並ばせて貰うよ」

「律儀ですね」

「常識だろ?」

「そうですね」
それにしても大判焼きとは、五郎さんらしいや。
大判焼きは円盤焼きとも言われているようだけど、大将の反応をみる限り、五郎さんは大判焼きの方なんだな。
まあ、どっちでもいいんだけど。
久しぶりに食べる大判焼きは美味しかった。
皮がもちもちで旨い。
大将はまた料理の腕を上げたようだ。

外の屋台も覗きたかったが、既に腹いっぱいの為、今日は止めておくことにした。
明日に期待しようと思う。
ちらりと遠目に屋台を眺め、何となく明日行く屋台をチェックしておく。
それにしても、ここまで参拝客が訪れるとは思ってもいなかった。
参拝客も長蛇の列になっている。
メタンが、お賽銭箱の前でニコニコしていて。
時々作法を教えているようだった。

屋台を各街二台にしたことが、かえって宣伝効果に繋がったみたいだ。
そういえば、お賽銭はどうしたらいいんだろうか?
寄付するしかないだろうけど、流石にここには待ったは掛からないよな?

お店街に戻ると、服屋のセールがとんでもないことになっていた。
新年のセールってこんなにも凄いものだったんだ・・・
俺は日本で新年のセールなんていかなかったが、日本でもこんな感じなんだろうか?
奪い合っているようで正直怖い。

オリビアさんもレジに張り付いていた。
リチャードさんは品出しに大忙しだ。
あれ?メリッサさんまで借りだされているぞ。
国家元首がなにやってんだ?
いつものお付きの警備兵まで、お店の手伝いをしていた。
国家総出かよ。
ここは、お店を拡張した方がいいのだろうか?
ところ狭しと客が入り乱れている。
判断に困るところだ。
巻き込まれて話不味いと早々に退散した。

レイモンド様とすれ違い、新年の挨拶を行った。
後はアンジェリっちで、神様ズへの新年の挨拶はコンプリートだ。
餅つき大会に戻ると、ちょうどアンジェリっちが餅つきを行っていた。
遠目に眺めていると、餅つきを終えたアンジェリっちが、こちらに気づいて近寄ってきた。

「明けましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします」

「こちらこそよろしく、新年の挨拶ってやつね」

「そうです、親しき仲にも礼儀ありです」

「ほんとにね」

「それで、三が日はどうする予定なんですか?」

「とくに決めてないけど、三日間ともサウナ島に居させて貰うわ、神力不足をこの機会に改善しようと思うじゃんね」

「ちょっと働き過ぎなんじゃないですか?」

「そうかも、でも求められると嬉しいじゃん?」

「ですね、気持ちは分かりますよ」

「でしょ?それにエルフの村にもっとお金を落としてあげないといけないしね」

「もうだいぶお金が周ってると思うんですが、足りませんか?」

「出来れば、もう少し流通させたいじゃんね」
本当は美容室の更なるブラッシュアップを提案したいけど、今は止めおいた方がよさそうだ。
これ以上忙しくなるのもね。
ちょっと心配だし。

「そうですか・・・とりあえず今はゆっくりしてください」

「そうさせて貰うわ」

「ではまた」

「じゃあね」
俺は餅つき大会を手伝うことにした。
結局初日分の餅が夕方には尽きてしまい、初日の餅つき大会は終了した。
そして、正月のスーパー銭湯だが、二回に渡る入場制限をすることになってしまった。
充分過ぎる賑わいとなったのである。



翌日、初日程ではないが、朝から賑わいをみせている。
念のため餅の量を昨日より多めに準備しておいた。
というのも、夜にスーパー銭湯に訪れたお客達から、餅つきが出来なくて、残念との声を多数いただいたからだ。
少しでも期待に応えたい為、急遽の対応となった。
まあそもそも無料のサービスだから、こちらに非は無いのだが、お金の問題では無く、楽しんで欲しいという想いが先立つ。
この世界には餅つきが無いのだから是非経験して欲しい。
今日の餅つき当番はギルとノン。
上半身裸に、さらしを撒いて気合を入れている。

「二人共、今日は頼んだぞ」

「任せておいて」

「楽勝」
と安定の二人。
ここは二人に任せて、昨日チェックしておいた屋台に向かうことにした。
始めに訪れた屋台はドラン様の屋台だ。

「ドラン様、来ましたよ」

「おお、島野君、是非買っていってくれよ、ガハハハ!」

「これは・・・」
おいおい、コーヒー牛乳とフルーツ牛乳じゃないか!
屋台じゃなくて、スーパー銭湯で販売してくれよ。

「ドラン様・・・屋台でもいいですが、この商品はスーパー銭湯でも販売してくださいよ・・・」

「お!そうかい?では今後はそうしよう」

「間違いなく売れますからよろしくお願いします」

「そうか、島野君のお墨付きか、ガハハハ!」
やれやれだ。
俺はコーヒー牛乳を一本購入し、一気飲みした。
さて次はエルフの村の串焼きの屋台だ。
これまで見て来た串焼きとは、匂いが違うのだ。
おそらく香草をブレンドしたスパイスを使っていると思われる。
匂いが、食欲を擽る。

「一本下さい」

「はい、お待ち」
俺は串焼きを購入し、口にした。
やはりこれは旨い、スパイスが断トツに美味しい。

「このスパイスは何ですか?」
俺はエルフの屋台主に尋ねた。

「これは、エルフの村に伝わる秘伝のスパイスです」

「おお!秘伝のスパイスですか?」

「門外不出です」

「素晴らしい!」
ここでもエルフの伝統が生きているのか。
エルフの伝統恐るべしだ。
そして、ゴルゴラドのたこ焼き屋台に向かった。

「これは大蛸ですね?」

「ああ、島野さん。さすがに分かるかい?」
見知った魚人の店主が答える。

「この鉄板はゴンガス様が造ったんですか?」

「そうだ、それにこの蛸はゴンズ様の養殖の蛸だ、大きいだろう?」

「ですね、これは豪快だ」
通常のたこ焼きの倍の大きさのたこ焼きだった。
これは食べ応えがありそうだ。
焼き上げるのにも時間が掛かりそうだ。
ゴンズ様の養殖の蛸ということは、ゴンズ様の肝いりということだな。
そしてその横にあるもう一台の屋台は、蛸の串焼きだった。
こちらの蛸もデカい。
ここぞとばかりにデカい蛸をアピールしてくるな。
蛸の串焼きは、醤油が塗られており、香ばしい匂いが食欲をそそる。
ここに来てゴンズ様の蛸の養殖が生きてきている。
採算が合わないだろうと思っていたが、こんな方法を用いるとは・・・
案外あの人も商才があるのかもしれない。

結局この日もサウナ島は大賑わいだった。
餅つき大会も何とか夜まで餅が足りた。
明日はどうなることだろうか?
最終日も気が抜けない。



最終日。
今日も朝からサウナ島は賑わっている。
まだまだ参拝客の列は途絶えることが無い。
メタンは今日も絶好調だ。
今日は朝から聖者の祈りを行っており、神気製造機と化している。
良いぞメタン!もっと神気を放出してくれ!

こいつはもはや神気製造機だ。
こいつがあと十人いれば、この世界の神気減少問題は解決できるのではないだろうか?
そう思わずにはいられない。

さて、決して気を抜いてはいなかったが、これまで以上にサウナ島の賑わいは、時間を重ねるごとに増していった。
最終日が盛り上がるってどういうことだ?
徐々にフェードアウトするものでは無い様だ。
それよりも最後だからと楽しもうとする人達の方が多いようだ。
こうなると逆に明日からの反動が気になってくる。
明日からのサウナ島は大丈夫なのだろうか?

今日の餅つき大会当番は、テリーとフィリップだ。
こちらも上半身裸にさらしを撒いて気合を入れている。
残っても保存食になるだろうと、今日は昨日より多めに餅が用意されている。
なのにだ・・・なんだこの人数は?
初日の倍はいるな・・・
急遽臼と杵をもう一組準備し、ルーベンを捕まえて、餅つき当番に指名した。
テリー少年とその仲間達の再結成だ。

これはまずいと、俺は畑に向かいもち米を一気に育てた。
アイリスさんには無理をさせてしまったかもしれないが、最終日は有終の美を飾りたいものだ。
それを察したアイリスさんは、俺の無理に笑顔で答えてくれた。
そしてこの日はスーパー銭湯の入場制限が、四回も行われることになってしまった。
過去最大の入場者数になってしまった。
どうしてこんなことに・・・
まさかの新記録となってしまったのである。
やれやれだ。

季節感を演出できたことに俺はいささかの満足感を得ていた。
お客さんはイベント気分を楽しんでくれたのだろう。
客入りを見る限り、それは正解であると解釈している。

日本人にとって、正月はどうしても特別感がある。
テレビも特番一色になるし、街の人通りも日常とは違うからね。
神社に人が集まって、初日の出を見に行く。
餅を食べて、昼間から酒を飲む。
晩御飯もちょっと豪勢になる。

サウナ島もそうなっていた。
でもこれで良いと思う。
日本の文化ではあるが、この島には似合っている。

そしてブラッシュアップはまだまだ出来るのでは?
と考えてしまう。
ここで止まる訳にはいかない。
更なる進化を求める気持ちは強い。

嬉しくも時季外れの桜が咲いた。
さっそく花見を行うことにした。
キャンプ場の利用客に許可を貰い、キャンプ場の脇に咲いている、桜の木を中心に御座を敷く。
利用客には今回は半額にさせて貰うことを伝えた。
喜ばれてしまった。

身内だけで花見を行うことにした。
あまり大っぴらにするのは気が引ける。
まだ三ヶ日が空けて間もないからだ。
それにキャンプ場の利用者にも申し訳ない。
初期メンバーのみが集まって、バーベキューコンロを持ち込んで、肉を焼いていく。

最近の肉には『熟成』を使って熟成肉となっている。
これにより、肉が各段に旨くなったと評判は高い。
勿論キャンプ場の利用客にもお裾分けを渡す。
桜を見ながら食事を楽しみ、昼からお酒を飲む。
まだ正月気分は抜けていないみたいだな。

そしてどこから聞きつけたのか、神様ズが花見に交じってきた。
この人達は遠慮が無い。
まぁこうなるだろうとは思っていたけどね。
にしてもちょっとは遠慮してくれよな。
やれやれである。

正月の三が日が空けて、日常が戻ってきたころだった。
その時は突然訪れた。
親父さんが社長室に飛び込んできた。

「お前さん!緊急要請だ!力を貸してくれ」
親父さんが珍しく慌てていた。

「ちょっと落ち着いてくださいよ、どうしたんですか?」
親父さんは汗だくだ。

「先ほどダンジョンの街から使いが来ての、ダンジョンの神から至急来てくれと要請があったんだ」
ダンジョンの神?

「それはどうして?」

「多分、あ奴は神力を補給したいんだと思うぞ」

「神力の補給?」

「実は前にも一度あったんだ、あ奴はダンジョンを管理する権能を持っておる。その為神力を切らす訳にはいかんのだ」

「前にも一度って・・・」
対策を何もしてないってことか?

「ああ、今では神気が薄くなっておるから、ダンジョンの利用は制限しておるとの話だったが、何かしらトラブルがあったのやもしれん」
対策はしていたみたいだ、その上でのトラブルか?

「ちょと待ってください、そもそも神力はどうやって補給する気なんですか?」

「あ奴は神力を他の神から吸収する能力を持っておる」

「あらま?」
神力吸収ってところか?

「儂も一度ごっそり持ってかれたぞ」

「それで今回も不足してるから、助けに来てくれということですか?」

「恐らくな・・・」

「それで俺に行けということですか?」

「そうだ、お前さんならどれだけ吸われても平気だろう?」
俺の神力の量については話したことはないが、察しがついているということか。
このおっさんは意外に目聡いからな。

「はあ・・・」
俺は神力タンクじゃねえっての。

「儂が行くよりよっぽど良い、お前さんなら直ぐに駆けつけれるしのう」

「それはそうですが・・・」
ダンジョンの街か・・・
ロンメルからその存在は聞いてはいたんだよね・・・
その言葉の響きから避けてきたんだけどな・・・
だってダンジョンって、あれでしょ?
魔物やモンスターがたくさんいて、罠とかいろいろあって大変なところなんでしょ?
そんなの、家の聖獣勢やギルが耳にしたら、行きたいとか言いそうなんだもん・・・
避けていたら、向うからやって来たか・・・
行くしかないか・・・
やれやれだ。

「行くしかなさそうですね」

「すまんが、お前さんに託す」

「託されました」
俺はギルに『念話』で、今直ぐに俺の元にノンと集合する様にと指示をだした。
数分後にノンとギルが社長室に現れた。

「お前達、直ぐに準備しろ、今からダンジョンの街に行くぞ」

「ええ!ダンジョンの街?」

「やっとこの時が来たか・・・」
とのコメント。
ギルに至ってはガッツポーズをしている。
こいつらダンジョン知ってたんだ・・・
なんだかな・・・
悪い予感しかしない。

「道すがら説明はするが、一先ずは緊急要請があったみたいだから、直ぐに行くぞ」

「「了解!」」
ダンジョンの街までの道のりを親父さんに教えて貰い、念の為の準備を整えて出発することにした。
俺の勘が言っている、神力を分けるだけでは終わりませんよと。
巻き込まれ体質なのはもう分かっている。
ノンとギルがいれば大体はどうにかなるだろうと思うが。
ほんとにやれやれだ。



俺達はまず転移扉を使って、鍛冶の街に移動した。
そこから東に陸路では三日かかるところを、ズルして瞬間移動を繰りかえす。
ものの三時間でダンジョンの街に着くことになった。
この移動にももう慣れている。
既に日常とも言える。
チートであることは間違いない。
三日掛かるところを三時間だもんね。

街の入場口では、あまり待たされること無く、中に入ることができた。
これまでの街と風景はさほど変わり映えしないが、何となく寂しい空気感が漂っている気がする。
というのも人が少ないからだ。
門番にダンジョンの神からの緊急要請を受けて来たと言ったら。
とてつもなく驚かれた。

即座に門番にダンジョンに誘導された。
ダンジョンと思わしき場所の入口に、胡坐をかいて、目を瞑った男性がいた。
まるで座禅を組んでいるようだ。
見た目としては四十歳前後、おそらく人間と思われる。
戦士風の格好をしていた。
門番の兵士が話し掛ける。

「カイン様、緊急要請に応じた者達が現れました」

「そうか、随分早いな」
と眠そうな目を開けて、カイン様と呼ばれた男性がこちらを見る。
訝し気な目でこちらを睨みつけ、

「ゴンガスの親父さんではないのか?」
と話しかけてきた。

「始めまして、俺は島野と言います。そしてこちらはギルとノンです」
ギルとノンが会釈した。

「ああ、私はダンジョンの神カインだ、よろしく頼む」

「ゴンガスの親父さんから代わりに行ってくれと言われまして、こちらに来ました」
察したのか、カイン様は表情が柔らかくなった。

「君は神なのか?」

「正確には違いますが、似たような者です」
と言って、手の平に神気を出してみた。

「そうか、助かる」

「それで、まずは神力が要るということですか?」

「そうだ、分けて貰えるかな?」

「いいですよ、どうすればいいですか?」

「握手をして欲しい」

「分かりました」
と俺は右手を指しだした。
カイン様は立ち上がり、俺の右手を掴み握手をした。

「神力吸収!」
とカイン様が叫ぶ。
俺の中から神力がカイン様に移るのが分かる。
俺は右手に神力を籠める。
俺は神力が吸われる感覚と、吸い出す感覚を同時に意識した。

せっかくなので神気を身体に纏わせる。
ピンピロリーン!
「熟練度が一定に達しました、ステータスをご確認ください」
のアナウンスが流れた。
よし、パクれたぞ!

「もういいよ、ありがとう」
とカイン様は手を離した。
たいして吸われたとは思えないのだが?
もしかして遠慮している?

「あの、もっと吸ってくれていいのですが・・・」
カイン様がほんとか?という目で俺を見ている。

「まだまだいけますよ」

「そうなのか?」

「はい、遠慮なくどうぞ」

「そうか・・・ではお言葉に甘えて・・・」
再び握手をし、神力吸収を受ける俺。
先程よりも吸われている感覚がある、でも全然余裕だ。
結局俺の神力ってどれぐらいなんだろうか?
未だに計測不能なんだよな・・・
毎日サウナで補給しているし、休日には日本で大量の神気を補充してるから、この先もずっと計測不能何だろうか?
等と考えていると、
「もう充分だ、これ以上は吸いきれない。君はいったどれだけ神力を貯め込んでいるんだ?」

「どうなんでしょうか?ハハハ!」
笑って誤魔化そう。
うん、そうしよう。
計測不能だなんて言えるはずも無い。

「それで、現状を教えては貰えないでしょうか?」

「ああ、そうだったな。まずは礼を述べさせてくれ。ありがとう」
と言って、カイン様は頭を下げた。

「それにしても、随分早かったな」
また胡坐を掻いてカイン様が言った。
これが彼のベスポジのようだ。
それに倣って俺もその場に座り込んだ。

「はい、俺には転移能力がありますので」

「本当か?」
目を真ん丸にしているカイン様。
確か上級神様の能力だって、アンジェリっちが言っていたな。
余り言わない方が良いのかも?

「ええ」

「そうか、羨ましいなそれは・・・」
この能力を得るのは大変だったよな。
自分で自分を褒めてあげたいよ、全く。

「今の現状を話す前に、君はダンジョンのことをどれぐらい知っているんだ?」

「ダンジョンのことはほとんど知らないです、噂で少し聞いた程度です」
なんだよね、教わりましょう!

「そうか、ならまずはそこから話そう」

「お願いします!」
俺は姿勢を正した。

「まず、ダンジョンとは自然発生した。瘴気が造りだした神殿と捉えて貰ったら分かり易いと思う」
神殿?
ちょっとイメージと違うのだが・・・

「神殿ですか?」

「そうだ、元は違う物だったのだが、私の能力で作り変えてしまったからね。神殿といった方が適切だろう」

「そうですか・・・」
神の力で行使しているからそうなんだろうね。

「その神殿では試練を与え、様々な事にチャレンジして貰うことになる」

「試練ですか?」

「そうだ、主に戦闘に特化しているが、それだけではない。知力や胆力を試される階層もある」

「階層ですか?」

「そうだ、私の管理するこのダンジョンは二十階層あり、その階層ごとにそれぞれの試練が用意されている」

「なるほど」

「そのダンジョンを管理運営するのが、私ダンジョンの神カインの権能なんだよ」

「へえ」

「そしてこのダンジョンは、ハンター達のレベルアップの為の場所として、人気を博してきたのだが、今では神気が薄くなったことによって、あまり私のダンジョンを解放できなくなってしまっていてね。そのこともあって、このダンジョンの街も随分寂しくなってしまったんだよ」
だから人が少なかったのか。

「そうなんですね」
この街の産業の中心がダンジョンという事なんだな。
だから寂しくなってしまったと言う事。

「でも今は君から貰った神力のお陰で、全ての階層が開けそうだよ。ガハハハ!」
おい、いきなり調子に乗るんじゃねえよ。
全くこの世界の神様ってお調子者が多いよな。

そんな俺の視線を察したのか、
「ああ、すまない。悪気はないんだ、権能を使って人々を喜ばせたい気持ちが先走ってしまったようだ」

「そのようですね・・・」

「それで、実はちょっとお願いしたいことが・・・」
そらきた、始まったよ。
イベント発生ってことなんでしょ?

「その、私の権能で二階層まで開いていたんだが、遭難者が出てね」
カイン様はバツが悪そうに頭を掻いている。

「遭難者?」

「そうなんだ、初級のハンター達なんだけど、何を間違ったのか、三階層にまでたどり着いてしまったんだ」

「はあ・・・」

「そして、この復活の指輪を付けている限り、ダンジョン内で死んでも蘇るのだが、有ろうことか籠城してしまっているんだよ」

「もう少し詳しく話してください、後、外に救出に行けるハンターはいないのですか?」

「今はこの街には、外にハンターはいないんだ・・・すまない」
どうせそんなことだろうと思ったよ。

「説明をすると、まずこの復活の指輪を必ずダンジョンに入る者達には装備させているんだ」

「・・・」

「これがある限り、戦闘で命を落としたり、罠に嵌って命を落とした時には、必ずこのダンジョンの入口で復活することができるんだ」
へえ、便利な道具だな。
修業し放題じゃないか。
でも、トラウマになったりしないのか?
いくら蘇るといっても、心には傷が残るもんだろ。
そうなったら、ハンターは引退だろうな。
これは復活出来るからと安易に考えてはいけないな。

「だが、今ダンジョンに潜っている者達は、有ろうことか、セーフティーポイントで数日を過ごしているんだよ」

「どういうことなんですか?」

「ダンジョンにはセーフティーポイントといって、魔物に襲われないポイントがあるんだよ」
まあよくある話しですよね。

「そこに留まり続けている一団がいるのだよ」

「それが何か問題でも?」

「問題になるよ。餓死に関しては復活の指輪の権能は及ばないからね」
抜け道があるのかよ・・・
全く、そもそもなんで籠ってるんだ?

「なんで籠ってるんですか?」

「おそらく、三階層から魔物が強くなるから、出られないんだと思う。そもそも初心者向けの階層ではないからね」

「何かの手違いで入ってしまったと」

「だと思う。すまないが助けに行ってもらえないだろうか?」
行くしかないようだな。

「分かりました、どうせこいつらが行きたいって言うでしょうし」
隣を見ると案の定ギルとノンが頷いていた。

「それで帰りはどうやって帰ってこればいいですか?」
何かしら裏技とかあるんでしょ?
セーフティーポイントがあるぐらいだし。

「直ぐに帰還できるような裏技とかは無いんですか?」

「そういった物は用意されていないのだよ」
準備しておいてよー。
楽出来ないということじゃないか。

「転移は出来ますか?」

「試した者はいないが、多分出来ないと思う」

「それはどうしてですか?」

「ダンジョンはある意味生き物だと言えるからだよ。ダンジョン自身も意思を持っているからね。生き物の中で転移が出来るとは考えづらいよ」

「そうですか・・・」
一応試してみるか?

「それで遭難して何日経ってるんですか?」

「だいたい二日だね」
災害の救助なら厳しい日数だな。

「急いだほうがよさそうですね」

「そうして貰えると助かるよ」

「じゃあ行きますか」
カイン様から指輪を三つ受け取り、その場で指輪を装備した。

「ではいってきます」

「よろしく頼む、念のため罠は解除しておくよ」
それぐらいはして貰って当然か。
俺達はダンジョンに向かっていった。



ダンジョンの中は薄暗い場所と、明るい場所があり、所々にランタンの様な照明があった。
まるで洞窟だ。
さて、どんな魔物が出てくるのかな?
スライムとかかな?
そういえば、異世界物の定番のスライムは、今まで見たことも聞いたこともないんだよな。
スライムはいないのかな?

「ノンとギルはどうしてダンジョンを知ってるんだ?」

「マークから聞いたんだよ」

「僕はロンメルから教えてもらった」

「そうか、何て聞いてるんだ?」

「ハンターの腕試しや、レベル上げにもってこいの場所だって教えて貰ったよ」

「僕もそんな感じかな」

「そうか、まあ聞いた感じとしては、二階層までは初心者向けらしいから、どうってこと無いだろうけど、気は抜くなよ」

「了解」

「分かった」

「ちょっと急ごうか」
そう言って俺達は駆け足で先を急いだ。
ギルに乗って一気に飛んでいこうかとも思ったが、始めて足を踏み入れる場所である為、止めておいた。
何があるのか分からないからね。
念の為の用心です。

お!あれが魔物だろうか?
デカい芋虫みたいなのが、道の真ん中にいた。
ギルが邪魔だと蹴り上げる。

「ギャギャ」
と叫ぶとデカい芋虫は消えていた。
おお!倒すと消えるんだな。
衛生的でよろしい。
ん?なんか落ちてきたぞ。
ドロップ品ってやつかな?
小さい毛糸玉が落ちていた。
手に取って『鑑定』してみた。

『鑑定』
ジャイアント芋虫の毛糸玉   服飾に用いることができる一般的な糸

なるほど、でもこのサイズだと服を造るには十個でも足り無さそうだな。
こんなことを続けることに意味は無さそうだ。

「ひとまず救助優先だから倒さずに済むなら、素通りしていくぞ」

「「了解!」」
俺達は先に進むことにした。
その後も、デカい芋虫やデカい蜂に遭遇した。
躱して行ける物は躱していったが、倒さないといけない位置にいる魔物は倒していった。
そのほとんどが蹴ったり、殴ったりで対処できた。
ドロップ品は外っておいた。
ちなみに蜂のドロップ品は針だった。

「恐らくここが一階層の終着地点だな」
目の前に下りの階段がある。
俺達は階段を降っていった。

二階層。
唖然としてしまった。
目の前には草原が広がっていた。

「おいおい、どうなっているんだ」

「なんで草原が・・・」

「へえー」
ノンはひとりマイペースだ。
それにしてもどうして明るいんだ?
太陽は出てないけど、充分に明るい。
どういう構造なんだ?
まあ、考えるだけ無駄かな。
何てったってダンジョンだからな。
よし、切り替えよう。

「先を急ごう!」

「「了解!」」
俺達は駆け足で先を急ぐことにした。
行く手を塞ごうと、角の生えた兎が三匹現れた。
跳ねる様にこちらに向かってくる。
大きさは日本で見る兎の倍ぐらいの大きさだ。

『鑑定』
ジャイアントホーンラビット   狂暴な性格をしており、頭の角で襲ってくる。食用可

蹴り倒して先を急ぐ。
ノンとギルも面倒だと同じ様に蹴り倒していた。
首を狙って放つ蹴りは難なく兎の首の骨を砕いている。
ドロップ品は毛皮だった。
これも放置することにした。

先を急ぐ。
今度はジャイアントラットだ。
こちらは見たことある獣だ。
簡単に蹴り飛ばして先を急ぐ。
こちらのドロップ品も毛皮だった。

うーん。どれも服飾に役立つものばかりだな。
メルラドの人達が知ったら、こぞってこのダンジョンに来るんじゃないか?
先を急ぐと何度も魔物に遭遇した。
躱していきたかったが、どの魔物も何故か好戦的で、目が合うと途端に襲い掛かってくる。
走って追いつかれることは無いだろうが、倒した方が早いと考えられた為、どれも蹴り倒していく。
ノンとギルも同様にしている。
そして、二階層の終着地点に到達した。

「やっとか」

「だね」

「結構広いよね」

「次が三階層だ、遭難者達はセーフティーポイントにいるらしい。セーフティーポイントを探さないとな」

「そういえば、一階層と二階層にはそれらしい所は無かったね」
ノンの奴ちゃんと観察していたようだ。
えらいえらい。

「そうだな、あれぐらいのレベルの魔物相手なら、初心者でもセーフティーポイント無しでもいい、ということなんじゃないか?」

「そうかもね」

「さて、行くぞ」

「「了解!」」
俺達は階段を降っていった。



ほんとにこのダンジョンってところはどうなっているんだ?
今度は森の中に出た。

「今度は森?」

「そのようだな」

「へえー」
考えたら駄目だ。
考えたら負けだ。
さてと、早く遭難者を見つけましょうかね。

「ノン、遭難者の匂いが分かるか?」

「んー、まだ分からないね。それにいろいろな魔物の匂いが混じってて、ちょっと分かりづらいよ」

「そうか」
俺は『探索』を行ってみた。
お!こちらは使えるみたいだ。
ということは転移も使えるのか?
だが、感覚的には転移は使えないだろうということが解る。
転移は行先を強くイメージすることが重要だが、それと共に今いる自分の位置も同時に意識している。
このダンジョンに潜ってからというもの、自分の位置を上手く把握できていないような感覚なのだ。
さてと、今は転移は置いといて。
探索マップには二キロほど先に人を示す四つの光点があった。
恐らくこれが、遭難者だろう。

「よし、こっちだ。ついてこい」

「はい」

「分かった」
森の中の為、あまり走ることは出来なかった。
それに結構な確率で、魔物に遭遇する。
魔物というよりも獣だ。
ご存じのジャイアントピッグや、ジャイアントチキン、ジャイアントボアといった。
ジャイアントシリーズだ。
これまで美味しく頂いてきた獣たちだ。
でもこれが初心者にとっては太刀打ちできない相手ということだ。

こちらも正確に首を狙って蹴り倒している俺達を、初心者達が見たら卒倒しかねないな。
こちらのドロップ品は毛皮や爪など。
今は急いでいる為、放置。
肉がドロップしてくれたら、間違いなく拾うんだけどな。
だって肉は放置できないでしょうよ。
肉に魔物が群がるだろうし、衛生的にも問題があるよね。
決して食い意地を張っている訳ではないからね。
その後も何度も魔物と遭遇を繰り返した。
はやり普通に森で狩りで出会う獣達とは質が違う。
どの魔物も好戦的だ。

ジャイアントボアあたりだと、こちらが複数人だと、逃げたりするものなのだが、漏れなく襲ってくる。
正直めんどくさい。
ダンジョンの獣はつまるところ、魔物ということなんだろう。
違うものと考えた方がよさそうだ。
でも、ハンターの修行場になることは間違いないと思う。
ドロップした品物が、どれぐらいの価値がある物なのかは判断しかねるな。
三階層はハンターランクでDランクぐらいだろうか?

お!あそこかな。
森を抜けた。
森を抜けると小さな広場があり、小さな小屋があった。
おそらくこれがセーフティーポイントだろう。
小屋の中に人の気配がする。
小屋のドアをノックした。

ドンドン!
返事がない。
もう一度ノックする。
ドンドン!

しばらくすると、
「はい・・・」
と消え入りそうな声が返ってきた。
ドアを開けて中に入ると、男女二名づつが、壁に体を預けて虚ろな目でこちらを見ていた。
俺達は駆け寄る。

「おい、大丈夫か?」

「はい・・・なんとか・・・」
立ち上がろうとするハンターを、俺は手を出して制する。
俺は『収納』から体力回復薬を取り出し四人に手渡す。
ノンとギルも介抱にあたった。

「これを飲め、体力が回復する」
彼らは体力回復薬を受け取ると、申し訳なさそうに頭を下げた。

「ゆっくりと飲めよ」
蓋を開け、体力回復薬を流し込んだ。

「ああ・・・凄い・・・」

「助かった・・・」

「死ぬかと思った・・・」

「ありがとうございます」
と口々に話しだす。
どうやら落ち着いたようだ。
小屋の中を眺めて見ると、台所を見つけた。
ギル手伝ってくれ。

「消化に良い物を作ってやろう」

「何にするの?」

「お粥でどうだ?ちょうど『収納』におにぎりがあるから、お湯で解したらお粥になるだろ?まだ固形物を食べるのは難しいかもしれない」

「そうだね、じゃあまずはお湯を沸かさないとね」
『収納』からヤカンとなんちゃって水筒を取り出し、天然水をヤカンに入れてギルに渡した。
『収納』からおにぎりと茶わんとスプーンを人数分取り出して、茶わんにおにぎりを入れて、スプーンで解していく。
お湯が温まったところで、茶わんに注いでお粥の完成。
背中に期待の視線を感じ続けてする食事の準備は、何とも言えない気分だった。

「さあ、ゆっくりと食べてくれ。熱いからな、気をつけろよ」
と四人にお粥を配る。

「ありがとうございます」

「三日ぶりの飯だ」

「温かい料理・・・」

「うう・・・」
四人は涙を流しながらお粥を食べていた。

「美味しい」

「旨い」

「何杯でもいけそう」

「なんてこと・・・」
これはお替りが必要みたいだ。
ギルが察したのか、お湯を沸かしに向かう。

「まだまだあるから遠慮なく食えよ、若者達!」

「「はい!」」
元気よく答えが返ってきた。
その後結局三回お替りを食べ、一段落ついていた。
俺達も腹が減ったので、おにぎりを食べることにした。
ギルがフードファイターの如く、がつがつとおにぎりを流し込んでいる。
もはやギルとは張り合わなくなったノンは、マイペースに具の中身を確認してからおにぎりを食べている。
気に入らなかった具は、しれっとギルの皿に置かれている。
それを気にすることも無く、ギルはがつがつとおにぎりを頬張る。
その様子に呆気にとられた四人が、真ん丸の目で眺めていた。

「さて、そろそろ話しをしようか」
四人は姿勢を正した。

「俺は島野だ、それで君たちは?」

「僕はノンだよ」

「僕はギル」
二人はおにぎりを頬張りながら言う。
青年の一人が前にでる。

「僕たちはハンターグループの『ニュービー』です。そして僕はヴィクトール」
『ニュービー』新星ってことね。

「僕はワット」

「私はマル」

「私はマイン」
新人のハンター然としている四人。
年齢は十五歳ぐらいだろうか?
戦士風の青年一人と、魔法士が一人、後は僧侶と斥候か。
装備も新人の如く軽装、何とも心もとないハンターグループだ。
それにしても、どうしてこんなことになったんだ?

「で、どうしてここに籠っていたんだ?」

「はい、二階層までは潜ってもいいと、カイン様に言われたので、二階層で魔物を狩っていました」
ヴィクトール君が答える。

「それで?」

「はい、一段落ついて休憩をしようと、壁にもたれかかったところ、三階層の入口を見つけてしまいまして」
カイン様はどうやら、入口を壁に見立てて入口を見えなくしていただけだったようだ。
ただの手抜きじゃねえか。
ちゃんと仕事しろ!

「それで、せっかくだから覗いて見ようといったところか?」

「そうです、全員レベルも上がったので、なんとかなるだろうと挑んだんですが・・・」

「まったく刃が立たなかったと」

「はい・・・」

「それで、引き返そうとしたんですが、二階層への階段が見当たらなくて・・・」
ワットと名のった青年が説明を加えた。

「それで、この小屋に籠ってたんだな」

「そうです・・・申し訳ありません」

「いや、謝ることはない。だが自分達の力を過信することはよくないな。後は自死する勇気も無かったということだろ?覚悟を持たない者がハンターをやっていくことは。お勧めできないな」
四人とも頭を垂れている。
それにしても、これぐらいの年齢の子に、いくら指輪の効果で入口で蘇ることが出来ると分かっていても、自死を選択することは難しいぞ。
考えものだな。

「さて、じゃあ帰るか?」

「「はい!」」
隣を見ると、ギルがまだおにぎりを頬張っていた。
よく食う子ですな。
たんとお食べ。



四人を連れて、俺達は帰還することにした。
行きと違って、走って行くわけにはいかない。
『探索』が使える俺が先頭に立ち、その後ろに四人が控え、その脇をギルとノンが固める布陣。
これならこの四人に魔物の手が伸びることはないだろう。
三階層の魔物はやはり執拗に襲ってきた。
実際の獣とは訳が違う。
これもほとんどを、首をピンポイントに狙った蹴りで仕留めていった。
四人には欲しければドロップした品は、持って帰っていいと言ってある。
四人は我先にと、ドロップ品を採取していた。

「島野さん、なんでそんなに強いんですか?」
ヴィクトール君からの質問だ。

「俺か?決して強くはないと思うぞ」

「でも一撃であっさりと、それも武器無しで」

「ああ、俺は魔物の弱点を狙って蹴っているからな」

「弱点ですか?」

「そうだ、大体の魔物は首から上が弱点だからな、そこを狙うんだ」

「なるほど」

「やってみるか?」

「いいんですか?」

「やばそうなら助けてやるからやってみろよ、いいかちゃんと魔物の動きを捉えて、首から上を狙うんだぞ」

「分かりました」
ヴィクトール君は俺の斜め前に立ち、剣を両手で構えて前に進んでいく。
ちょうどタイミング良く、ジャイアントピッグが一頭、ヴィクトール君に一直線に向かってくる。
ヴィクトール君は腰を深く構え、剣を前に構えている。
突進してくるジャイアントピッグの頭に剣を突き刺す。
ジャイアントピッグの眉間の所に剣が突き刺さる。
ゴリっという嫌な音がした。

「やった、一撃で倒した!」
ヴィクトール君がガッツポーズをしている。

「いいじゃないか、悪くない」

「ありがとうございます!」

「でも、今の狩り方だと、直ぐに剣を駄目にしかねないな。現に嫌な音がしただろ?」

「はい」
ヴィクトール君は剣を眺めている。

「魔物の頭蓋骨は結構堅い、できればもっと柔らかい場所を狙った方がいい。ちょっと剣を借りてもいいか?」

「どうぞ」
とヴィクトール君は剣を俺に差し出してきた。
この重さだったら俺には片手剣になってしまうが、敢えて両手で使わないと参考にならないよな。
俺は両手で剣を構えて、獲物が現れるのを待った。
直ぐに獲物が現れた。
ジャイアントボアが鼻息荒く、俺に向かって突っ込んでくる。
俺は直前でサイドステップで躱し、斜め上から首に剣を降ろした。
シュン!
うん、良い音だ。

「おお!」
ヴィクトール君が目を丸く見開いていた。

「と、こんな感じだ」

「凄い!スパッといきましたね!」

「分かったみたいだな、真正面からの攻撃は入りづらいものなんだよ」

「なるほどです」
俺は剣をヴィクトール君に返した。

「さて、次はヴィクトール君の番だ、頑張れ!」

「はい!」
この俺達のやり取りを見て、ノンとギルも他の子達にアドバイスや魔物の狩り方を教えていた。
そして、三階層を抜けて二階層に登っていった。



「ありがとうございます。お陰でレベルアップしました!」

「俺もです!」

「私も!」
と全員レベルアップしたようだ。
二階層からは陣形を変え『ニュービー』に前を任せることにした。
時折アドバイスをしながら先を進んでいく。
行きとは違って、時間が掛かっている。
三階層を抜けるのに三時間近くかかってしまった。
ちょっと小休止でもしようかな。

「ちょっと、休憩するか?」

「「はい!」」
元気のいい声が返ってくる。
俺はこっそりと結界を張って、魔物が近寄って来られないようにした。
『収納』からサンドイッチを取り出して、人数分渡す。

「旨い!」

「最高!」

「こんな柔らかいパンは始めて!」
と好評だった。
若者達よ、たくさん食べなさい。
と俺は次々にサンドイッチを『収納』から取り出していく。
みるみるサンドイッチが無くなっていった。
でも半分以上はギルのお腹に入っていったのだが・・・
まあいいでしょう。

腹が満たされたので帰還を再開した。
まずは結界を解除する。
布陣は変わらず『ニュービー』に前を任せる。
二時間ほど経ったところで、一階層に到達した。
そのまま一階層を進んでいく。
ゴールは目の前だ。
その後一時間ほどで、ダンジョンの入口に到着した。

到着を待っていたカイン様から、労いの言葉を頂戴した。
「それにしても島野君、君達無茶苦茶強いじゃないか、驚いたよ!君達ならこのダンジョンを踏破出来るんじゃないか?」
ダンジョンを踏破って、買い被り過ぎですよ。

「そうですか?俺が強いというより、こいつらが強いんですよ。なあノン、ギル」

「それほどでも」
と照れるギルに対し、

「まあねー」
と相変わらずマイペースなノン。

「それにギルはドラゴンですし、ノンはフェンリルですから」

「「ええ!」」
とニュービーの視線が熱い。

「島野さん達ってもしかして・・・」
ああ、始まったな。
お決まりのやつだ。

「「タイロンの英雄!」」
ノンがノリノリで獣化している。
それに負けじとギルも獣化していた。
なにやってんだか・・・こいつらは・・・

「すげー!」

「本物見ちゃった!」

「まじ!」

「これはなかなか見られるものではないな!」
とカイン様まで、感心している。

「ハハハ」
こうなると笑うしかないんだよな・・・
やれやれだ。
なんにしてもミッションコンプリートということで、めでたしめでたし。
興奮さめやらぬところすまないが、カイン様と話をしなければならない。

「カイン様、お時間頂戴できますか?」

「ああ、構わないよ。家にくるかい?」

「いいのですか?」

「是非来て欲しい、お礼もしたいしね」
というと、カイン様はダンジョンに手を翳し、ダンジョンの入口を塞いでいた。
ということで、カイン様の家に御呼ばれすることになった。
改めてニュービーの面々から感謝の意を伝えられた。
彼らは何度も頭を下げながら、帰っていった。



カイン様の家は、いたってごく普通の一軒家だった。
調度品なども特になく、質素といえる部屋だ。

「適当に腰かけてくれ。今お茶を入れるよ」
と、台所に立つカイン様。
なんとも一人寡の哀愁が漂っているな。
その背中がなんとなく寂しい。

「どうぞお構いなく」
と社交辞令を言っておく。

「そうはいかんよ、茶ぐらい出させてくれ」
カイン様はきびきびとお茶の準備をしている。
随分と板についているな。

「そういえば、ゴンガスの親父さんとは知り合いですか?」

「そうだね、知り合いというか、ご近所さんかな?」
ご近所さんと呼ぶには距離があるんじゃないか?
隣街になるのだろうか?
まあこの世界の人達の距離感はよく分からんからな。

「カイン様は神様に成ってどれぐらいですか?」

「島野君、様は止めてくれ、柄じゃないよ。それと私は神に成って、だいたい二百年ぐらいかな」
この神様もフランクな性格のようだ。
恰好から見るに元ハンターかな?
二百年ということは、神気減少問題については分かっていることだろう。
さっそく聞いてみようか。

「そうですか、それじゃあ神気の減少についてはご存じですよね?」

「なんで君が!」
とこちらを振り返るカインさん。

「そうだった、そうだった。君は神力を持っていたんだったね、もう神気の減少については死活問題だよ」
と項垂れている。

「といいますと?」

「神気が薄くなったせいで、ダンジョンの維持管理が行き届かなくなってしまってね。今では利用をかなり制限しなくては、いけなくなってしまったからね」
たしかゴンガスの親父さんがそんなこと言っていたな。

「百年前までは、このエアルの街もそれは大いに賑わっていたんだよ。多くのハンター達が腕試しにやってきたり、レベル上げにやってきたり、初心者のハンター達は、まずは二階層を踏破しないと、ハンターとして認めて貰えないなんて制度も当時はあったんだよ」
そんな制度があったんだ。

「へえー、そうなんですか」

「ハンター協会も今では随分と緩くなっているみたいだね」
緩くなったか・・・
俺にはよく分からんが・・・

「・・・」

「昔はダンジョンに夢を見る者達が多くいたものだよ」

「ロマンってやつですか?」
ギルが口を挟む。

「そうだ、ロマンだ。ギル君は若いのにそんなことも知っているんだね?」

「いえいえ」
と照れているギル。
どうせマーク辺りの受け売りだろう。
よくハンターの話をしているみたいだしな。
それに未だに、勇者の英雄譚なんかが好きみたいだし。
そういうのに憧れるお年頃なんだろ。
一方ノンは興味無さそうで、眠そうにしている。

「さて、待たせたね?」
とカインさんはお茶を人数分持ってきてくれた。
お茶が配られる。

「それで、神気の減少問題なんですが、何か心当たりはありませんか?」
真っすぐ目をみてカインさんが答える。

「全くないよ、というかそれがあったら、真っ先に対処に向かうよ。それぐらい切羽詰まっている」
どうやらほんとうに困っているようだ。

「そうですか、では」
と俺は『収納』からお地蔵さんを取り出した。

「これは!凄い造形の石像だね!ここまで見事な石像は始めて見るよ」
と感心している。

「これはお地蔵さんと言って、祈ると神気を放出してくれる物なんです」
カインさんが目を見開いている。

「本当かい?」

「ええ、これを何体か寄贈したいと考えています。あと、この街に教会はありますか?」
もはや新たな街に訪れた時のルーティーンだ。

「ああ、一つあるよ」

「後で教会に祭ってある石像を俺に改修させてください」

「そうか、これが噂に聞くお地蔵さんか・・・ほうほう」
カインさんはまだ、まじまじとお地蔵さんを見ている。

「噂になっているんですか?」

「ハンター達から少し聞いたことがあってね。実は欲しかったんだよ。島野君が造っていたんだね、本当に助かるよ」
とカイン様はお地蔵さんをべたべたと触っていた。

「でも、これで解決とはならないのが現状なんです。多少は益しにはなりますがね」

「でもありがたいよ、特に私には死活問題だからね。ありがとう」
とカインさんは右手を指し出してきた。
俺もそれに答えて握り返す。
相当に力が入っていた。
それだけ喜んでいるということなんだろう。
多少はこれで貢献できるといいのだが。

「あと、よかったらこちらも差し上げます。お土産です」
俺は『収納』からいつものお土産セットを取り出した。

「これはまた立派なワインと野菜だね。君はいったい何者なんだ?」

「俺は・・・神様修業中の異世界からの転移者です」
これが正解の回答だと思うのだが・・・
どうだろう?
間違ってるか?

「へえ、転移者なのか。それは凄いな」
そっちに食いつくんだ。
神様の修業中ではないんだ。

「俺が知る限り転移者は結構いるみたいですね?」

「そうなのかい?」
あれ?
知らない?
何で?

「はい」

「そうか、私は世間知らずな神でね」

「どういうことですか?」
世間知らずとは?

「神になってからというもの、この街から離れられなくなってしまったからね・・・世情には疎いんだよ」
何でだ?
ダンジョンの所為か?

「それは、ダンジョンの維持の為ということでしょうか?」

「そういった面もあるが、この街はダンジョンに訪れた者達から収入を得ている街なんだよ。ダンジョンを今のように封鎖して離れることは出来るけど、街の住民達にとってはね・・・」
そういうことか、産業の中心がダンジョンであるが故に起こる現象といえるな。
であれば、協力は出来る。
というよりは、手を貸すしかなさそうだ。
やるからには徹底的にやろう。
再生事業、いいじゃないか。
腕がなるねー。

「あの、いきなりいろいろ話をするのもなんなんですが、俺達が街の再興に協力できると思います」

「ん?」
カインさんは首を傾げている。
俺は『収納』から転移扉を取り出した。

「なんだい?この扉は?」
カインさんは扉を繁々と眺めている。

「これは転移扉といって、転移の能力が付与してある扉です」

「まさか・・・そんな伝説のアイテムが・・・」
カインさんが驚愕の表情を浮かべていた。
伝説って・・・そうなのか?
そもそもアイテムなんだ・・・
知らなかったよ。
まぁ道具だからアイテムか。

「これは凄いことになってきたぞ!」
とカインさんは興奮しだした。

「実は既に南半球の街や村のほどんどが、この転移扉を通じて繋がってますので、大いに期待してください」

「な!・・・・」
今度はびっくりしていた。

「ビックリさせて申し訳ありませんが、後でサウナ島に招待させてください」

「サウナ島・・・」

「サウナ島は俺達が住む島です」

「楽しい島だよ」
とギルは喜々としている。

「そうなのか・・・」
カインさんにしたら余りに現実離れした出来事なのだろう。
そろそろフリーズしかねない。
ここで固まってしまっては先に進めない。
どうしたものか・・・
まずは基の話しに立ち返ろう。

「まずはお地蔵さんですが、街道筋や街の片隅に何体か置いて欲しいのですが、何体必要でしょうか?」
顔を振ってなんとか理性を取り戻しているカインさん。
ほんとにフリーズ手前だったようだ。
よかった、危うく止まってしまうところだった。

「一先ず七体ほど貰えないだろうか?」

「分かりました、さっそく教会に行きましょうか?」

「ああ、そうして貰おう・・・」
俺達は教会に移動した。
カインさんがシスターと牧師に事情を説明している。
俺は、創造神様の石像を見てみることにした。
これまでの教会と同様に、創造神様の形を呈していない。
何でどこもこんな仕上がりなんだろうか?
でもこの仕事って、マリアさんでも出来るんじゃないのか?
彫刻も出来るって言ってなかったか?
石像に彫刻刀では無理か?
まあいいか。

「島野君、お願いしてもいいかい?」

「では始めますね」
俺は『加工』で石像を改修した。

「ええ!」

「なんと!」
シスターと牧師さん、カインさんが驚愕の声を漏らしていた。
そしてシスターと牧師が祈りを始める。
すると、聖者の祈りが発動しだした。
神気が空気中に広がっていく。

「素晴らしい!」
とカインさんが拍手をしている。
シスターは聖者の祈りが出来て嬉しいのだろう。
万遍の笑顔をしている。
そして牧師は涙を流していた。

「ありがとう・・・」
と今度はカインさんが涙を流していた。



一度カインさんの家に戻ることになった。
どうやら、何かを俺に渡したいらしい。
お礼の品なのだろうか?
再度、部屋に戻って来た。

「島野君ちょっと待っててくれないか?」

「ええ」
カインさんは何処かにいってしまった。
数分後、笑顔のカインさんが現れた。

「島野君、これを貰ってくれないか?」
鞘に収まったナイフを手渡された。
意匠が凝られた一品だった。
相当に高価な物と見受けられる。
頂いても良い物なんだろうか?

「これは?」

「オリハルコンのナイフだ」

「はい?」
オリハルコンってやっぱあるんだ。
ミスリルより硬いんだよな。
そんな一品を貰っていいのか?
これこそ伝説のアイテムじゃないのか?
というよりこれを持ってダンジョンに挑めってことなのか?
そんな気がしてならない・・・

「君とはまだ出会って半日足らずだが、神力をたらふく貰ったし、ハンター達を助けて貰ったし、お地蔵さんも貰ったし、教会の石像も改修して貰った、挙句の果てにはこの転移扉だ、聞いた話を察するに、この街は君に救われたということになる。貰ってばかりでは申し訳ない。このオリハルコンのナイフはこの世界では、他には無い一品だと自負している。受け取って貰えないだろうか?」
うう・・・そこまで言われると断れないじゃないか。
断ることすら憚られる。

「分かりました、そこまでおっしゃるのでしたら遠慮なく頂いておきます」

「それを携えて、是非ともダンジョンを踏破してみてくれたまえ」
やっぱり言われた。
案の定じゃないか。
ノンが、暇そうにしていたのに急に顔を上げて、こちらを見ている。
ギルも興奮した顔をしてこちらを見ている。
こいつら・・・
はあ、ダンジョンに挑むしかなさそうだ。
やれやれだ。

「頑張ります・・・」

「言質は取ったからね」

「・・・」
言質って・・・ただの誘導尋問じゃないか!

「パパ、ダンジョンに挑むの?」

「そうだな」
あまり乗り気ではないのだが・・・
こんな物貰って辞めておきますとは言えんだろう。

「主!今から?」
こいつはアホなのか?
な訳無かろうが。

「な訳ないだろう。また今度だ」
ノンもギルもやる気満々だ、目がぎらついている。
こいつらはほんとに・・・どんだけ暴れたいんだよ。
全く・・・
そんなに欲求不満でも溜まってんのか?

「君なら踏破出来るかもしれない、今まで踏破した者はいないからね」

「そうなんですか?」

「そうだ、S級のハンターチームの最高到達点は十六階層までだ」

「S級でも十六階層ですか・・・」
俺達で大丈夫なのか?
まあ、なんとかなるだろう。
と思う・・・

「さて、そろそろサウナ島に行きましょうか?」
うん、サウナで気分を変えよう。

「ああ、よろしく頼む」
俺達は転移扉を開いて、サウナ島に帰島した。



サウナ島に移動すると、
「凄い・・・」
とカインさんが呟いていた。
入島受付を出て、島の景観を眺めている。

「こんな街は見たことがない・・・」
お褒めいただき光栄です。

「これを君が造ったのかい?」

「皆の力を借りてですね」
そう俺一人ではここまでは出来ませんでしたよ。
皆さんの協力あってのことです。
ありがたいことです。

「そうか・・・」
カインさんはキョロキョロと島のあちこちを眺めている。
まるでお上りさんだ。
ノンとギルは解散した。
これ以上カインさんに付き合う必要はないだろう。

まずはゴンガスの親父さんに報告に行くことにした。
やきもちして待っているとは思えないが、念のためだ。
鍛冶屋に着くと、ゴンガスの親父さんが待ち構えていた。

「お前さん、帰ったか」
やっと来たかという顔をしていた。

「ただいまです」

「お!カインじゃないか?」

「お久しぶりです」
二人は握手をしていた。

「また神力不足か?」

「ええ、お手数をおかけしました」

「ここなら神気が満ちておるから補充出来るだろう」
よく言うよ、まったく・・・
もう充分に渡してますよ。

「島野君からたくさん貰いましたから大丈夫です」
分かってた筈でしょうが、全く。

「そうか、こいつは底なしだからの」
何だそれ。
俺のことなんだと思ってんだよ!

「俺は神力タンクじゃないっての」

「そうか、ガハハハ!」
ほんとこの親父は・・・
いい加減にせい!

「それにしても、ここは凄いですね。転移扉も始めて使いましたが、驚きが止まりませんよ!」
カインさんはまだ興奮しているようだ。

「だろうのう、儂は今では慣れたが、始めてきた時にはド肝を抜かれたわい」
へえー、そうなんだ。
普通にずかずかと土足で上がってきたような気がするのだが・・・
記憶間違いか?

「ひとまず、飯にしませんか?」
そろそろ腹も空いてきた。

「そうですね」

「儂も着いて行こう」
儂も着いて行こうは、要は奢れということだ。
いい加減慣れて来た。
俺達は連れ立って、大食堂に向かった。



カインさんは終始圧倒されっぱなしだった。
それはそうだろう、ダンジョンの街からほとんど出ていないという話だったし、このサウナ島は、そもそもこの世界の中では異質な場所だからね。
カインさんは、始めて食べたカツカレーの味に猛烈に感動していた。
お替りをするほどだった。
カツカレーのお替りって・・・
気に入ってくれたということだろう。
俺にはカツカレーのお替りは無理です。
ゴンガスの親父さんもちゃっかりと、ご相伴に預かっており、案の定俺の奢りとなっていた。
まあ、毎度のことなので気にしないのだが・・・
ほんとに親父さんって金に執着してるよね。
俺はハンバーガーとフライドポテトにした。
何となくジャンクフード的なものを食べたくなった。
たまにはいいよね。

「それで、お前さんダンジョンの街はどうだった?」
親父さんが話を振ってきた。

「ダンジョンにも潜りましたが、面白かったですよ」

「そうか、お前さんなら踏破出来るんじゃないか?」
あんたもそれを言うんかい!

「カインさんと同じこと言うんですね」

「島野君なら出来ると思うよ」

「またまたー」
社交辞令と受け取っておこう。

「お前さんと、聖獣陣を連れて行ったら、出来ると思うがの」
確かに戦力としては充分だと思う。
でもなー、乗り気では無いのが本音です。
ダンジョンは争いごとではないかもしれないが、いまいち乗り気にはなれないのが本音だ。

「まあ、後日挑みますので期待していてください」
社交辞令では済まないよな。

「かあー、お前さんがダンジョンに挑むか。これは一大事だの」
何が一大事なんだよ。
大袈裟だっての。

「それは良いとしてカインさん、今後のことを話したいんですけどいいですか?」

「ああ、是非聞かせて欲しい」
カインさんは姿勢を改めていた。

「まず、転移扉の運用方法ですが、基本的に任せます」

「いいのかい?」
嘘だろといった表情をしていた。

「はい、どこの街でも神様に一任してますので、カインさんの判断で使ってください」

「分かった、そうさせて貰うよ」

「そして、ここからが重要なんですが、入島受付で見られたと思うのですが、他の街からダンジョンの街に一瞬で移動が可能です」

「そのようだね」
真剣な表情に変わった。

「今後ダンジョンの街に訪れる者達は多くなります。その目的はもちろんダンジョンですし、中には行商が新たな販路を作ろうと、多く訪れることも間違いありません」

「そうなのかい?」
カインさんは喜びで笑顔に溢れている。
それだけこれまでが、辛かったということなんだろう。
エアルの街はこれから変わっていくことになる。

「そしてそれはダンジョンの街の住民にとっても、逆に新たな街や村に簡単に訪れることができるようになるということになります」
逆も然りってね。

「なるほど、相互利用が出来るということか・・・」

「儂の街の住民もこのサウナ島にはしょっちゅう訪れておるし、いろんな街に良く鍛冶で作った物を売りにいっておるのう」
実際に利用している、神様の先輩からの言葉は説得力があるようだ。
カインさんは何度も頷いていた。

「そこで問題となるのは、ダンジョンをどれぐらい解放するのかということです」
カインさんは眉を潜める。

「どういうことかな?」

「教えて欲しいのは、まずダンジョンを解放している時は、カインさんはダンジョンから離れることが可能なのか?ということと、仮に全階層を解放した時に、神力が何日持つのかということです」
これが重要なポイントだ。

「そうか、そういうことか」
納得いったようだ。

「転移扉はカインさんにしか開けられませんので、ダンジョンに掛りっきりとなるようでは、一方通行になってしまいます」

「まず、ダンジョンを解放している時に離れることは出来る」
一先ずはOKだ。

「であれば、転移扉の運用は双方向に出来そうですね」
一歩前進だ。

「そうなると思う、あと全階層を解放した場合に私の神力がどれだけ持つかというと、これまでを基準に考えると一ヶ月が限界だと思う」
お地蔵さんを設置したら倍ぐらいにはなるのだろうか?

「そうなりますか、これは提案なんですが、セーフティーポイントに転移扉を設置してみませんか?」
これでいくらかは時間短縮が出来ると思う。

「それはどうしてだい?」

「まず、今回の様な遭難を避けることと、途中で帰れるようにしたら、常時解放しなくてもよくなるんじゃないでしょうか?」
カインさんは目を見開いている。

「君は・・・天才か?・・・すごく良いアイデアじゃないか!」
上手く嵌ったようだな。

「それで、セーフティーポイントはいくつあるんですか?」

「三、五、七、十、十四、十七階層だから、計六カ所だね」

「分かりました、準備しておきます」
これぐらいは楽勝だね。

「いいのかい?」
ここで遠慮されても困る。

「もちろんです、このセーフティーポイントなんですが、一度辿り着いたら、次はそこからチャレンジできるようにすれば、何日間も潜らないといけないことにはならないかと思いますが、どうでしょうか?」

「そうなるね」
神妙な表情を浮かべている。

「そうすれば、例えば週に二回ぐらいはダンジョンを閉鎖して、ここにも来れるようになりますし、他の街や村にも行くことが出来ませんかね」

「できるかもしれない・・・」
カインさんがわなわなと震えている。

「あと、セーフティーポイントに通信用の魔道具を設置すれば、更に運用がしやすくなると考えられます」
ハンター側からもお迎えに来てくれと言えるしね。

「おお!」
カインさんの興奮が止まらない。

「ちなみにダンジョンに入るのに、いくら貰ってるんですか?」

「銀貨二十枚貰っているよ」
安すぎる・・・
それはないでしょう・・・

「せめて倍、いや銀貨五十枚にしませんか?」

「でも、そうすると挑む者達が減りはしないだろうか?」
カインさんは眉間に皺を寄せている。

「いえ、それはないですね」

「どうしてだい?」

「これまでは陸路での移動だったのが、転移扉での移動に変わります」
カインさんはそうかという表情をしている。

「そうだったね」

「ダンジョンの街までいく経費が大幅に減るんです。銀貨五十枚にしても、充分にお釣りがくると考えられます」
時間も短縮できる訳だし、惜しまないでしょう。

「カインよ、こ奴の助言は受け入れるべきだと思う。こやつのアイデアは外したことが無いからのう」
先輩からのアドバイスは重要ですよ。

「ええ、分かります」
でもいきなり全面的に信頼するには早すぎると思うのだが・・・
こちらとしてはありがたいが・・・

「それでどうでしょうか?」

「ああ、これでエアルの街も救われる・・・」
カインさんは涙に暮れていた。



その後、お風呂とサウナを堪能したカインさんは、
「ここは天国だ・・・」
とご満悦だった。

その後は大食堂で、ビールを飲み、
「ここは楽園だ・・・」
と漏らしていた。

その気持ちはよく分かる。
サウナ明けのビールは堪らんよね。
ちょうど良い事にロンメルが通り掛かったので手招きした。

「旦那、どうしたんだ?」

「ロンメル紹介するよ。カインさんだ。ダンジョンの神様だ」

「あれ?ほんとうだ。カイン様お久しぶりです」

「・・・」
カインさんは首を傾げている。

「ハンターに成りかけの頃に、一度ダンジョンに挑戦したことがあるんですよ。その時に挨拶をさせて貰ったんですが、さすがに覚えてないですよね?」
ロンメルにしては珍しく低姿勢だ。

「そうなのか?・・・すまない。あまりに多くの者に挨拶をされるから。どうしても覚えられないんだ」
カインさんは頭を下げていた。

「いえ、謝ってもらうことではありませんよ」
ロンメルにしては珍しく、敬語に近い。

「それでなロンメル、ダンジョンの街とも繋がったから、ダンジョンの街に転移扉で行けると、噂を流して欲しいんだ」

「なんだそんなことか、任せてくれ」
こいつに任せておけば、ものの数日で広がるだろう。

「ロンメル君、よろしく頼むよ」
とカインさんも頭を下げていた。

「カイン様止めてくださいよ」
と流石のロンメルも恐縮していた。



翌日、ダンジョンの街に行くと、お地蔵さんを設置する場所を検討しているカインさんを見かけた。
挨拶を終えて、俺はエアルの街を散策することにした。
はやり他の街や村とは変わり映えしないという印象だったが、少し気になる露店を見かけた。
これは・・・ダンジョンのドロップ品を売っている露天商だった。
これがこの街の特産品なんだろうか・・・
そのほとんどが服飾に役立つ品物ばかりだった。
だろうなとは思っていたのだが、案の定だ。
これは報せないといけないな。
俺は一度転移扉でサウナ島に帰り、服屋に寄ってリチャードさんを誘い、エアルの街に訪れた。

露天商をみてリチャードさんが、
「これは・・・新しい仕入れ先が見つかりましたね」
と商魂逞しい意見を述べていた。
しめしめだ。

リチャードさんにカインさんを紹介したところ、
「早くも恩恵が・・・」
とカインさんは涙を浮かべていた。

こうやって広げていければいいと思う。
そして、ロンメルの噂が早くも効力を発揮し出していた。
商人がこぞってエアルの街に訪れていた。
その光景に街の住民が狂喜乱舞している。
そこいらで商談が行われていた。
ロンメルのネットワークたるや否や・・・
あいつはここぞとばかりに、真価を発揮しているといえる。
やるな情報屋・・・



ダンジョンアタックは一旦置いといて。
俺はエアルの街の再興に力をいれることにした。
まず行ったことは、入島受付に『ダンジョンの街エアル開通』と大きく横断幕を設置することにした。
真っ先にやらなければいけない宣伝だろうといえる。
これでサウナ島に来た人達だけでは無く、移動で来た人達にも宣伝になるだろう。
そして、カインさんに宿屋や食堂の値段を上げる様に入知恵した。
これもダンジョンの入場料と同じで、転移扉で来る人には、移動で浮いた金銭と時間がある為、釣り合うことは間違いないと思われる。

そして、各国や街のハンター協会にその土地の神様達と共に出向き、ダンジョンの街に転移扉で行けることになったことを話に行った。
神様ズも皆な好意的だ。
ハンター協会の会長達は、昔のダンジョンの二階層踏破をしないとハンター登録が出来ない制度を、再検討する必要があると前向きだった。

そして、俺は盛り上がればと、ダンジョンに賞金を出すことを提案した。
もちろん賞金の支払い先は島野商事である。
内容は簡単で、最初に十七階層に到達したハンターチームには、金貨五百枚を支払うといったもの。
さらにその後に十七階層到達者には、スーパー銭湯の年間パスポートを贈呈するというおまけまでつけておいた。
俺としては、自分達で賞金を取りに行くつもりだから、問題ないと考えている。
もし先に到達されても、それはそれで賞賛しようと思う。

賞金のことをカインさんに話すと、
「ほんとうにそんなことまで世話になっていいのかい?」
と言われたが。

「これまで十七階層の到達者はいないんですよね?」

「そうだが・・・」

「それに俺のチームで取りに行きますので、問題ありませんよ」

と言うと、
「流石は島野君だ。君なら最終階層まで行ってもおかしくないな。ハハハ!」
と笑っていた。

そして俺はゴンガスの親父さんに、
「出資するからエアルの街に武器屋を作りませんか?」
と提案したところ。

「元よりそのつもりだ、なんだ出資してくれるのか。ありがたいのう」
と言われてしまった。

どうやら余計なことをしてしまったようだ。
というか上手く使われてしまった。
ちょっと調子に乗り過ぎたか?
まあいいや。

そして、さっそくカインさんに許可を貰い。
鍛冶屋の建設にマークとランドを伴って行うことになった。
更に島野商事のお店も出店させてもらうことにした。
お店の内容は道具屋といったら分かり易いだろうか。
体力回復薬と魔力回復薬を中心に販売するお店だ。
後は少しだけ食べ物を販売している。
主に飴などのお菓子なのだが、携行食になるのではと考えたからだ。
なんちゃって冷蔵庫に関しては、小さい版を鍛冶屋で販売して貰う様に親父さんに話してある。
お客様には魔力回復薬と体力回復薬は、なんちゃって冷蔵庫で保管することをお勧めしている。

体力回復薬に関しては、ハンター協会からの許可は得ている。
ダンジョンでは復活の指輪がある為、無理をするぐらいが丁度いいだろうと判断したようだ。
その方がレベルアップに繋がるとも思える。
まだ三階層までしか潜ったことはないが、三階層に関しては狩りの参考になることは間違いない。
体力回復薬の有効性がこれで示せれば、外での販売も許可されることだろう。
もはや秒読みといってもいいだろう。
それに実は既にサウナ島の野菜の販売所にて、体力回復薬は販売している。
流石のハンター協会も、ここには文句は言ってきてはいない。
治外法権というところだ。

ハンター協会から体力回復薬の販売許可を得た時は、少し笑えた。
タイロンのハンター協会が、全てのハンター協会の仕切り役であった為。
俺はオズとガードナーに付いてきて貰った。
気合の入ったオズとガードナーは、まるで脅すかのごとく、販売の許可をさせていた。
オズの理論武装は秀逸だったと言っておこう。
ちょっと総会長が可愛そうに思えたぐらいだ。
オズはどうやら、俺から頼られて嬉しかったようだ。
ちょっとやり過ぎたとも思えるが、大目にみて欲しい。

管理チームに仕切らせて、従業員の中から異動希望者を公募した。
異動希望者は少なかったが、なんとか道具屋を運営できるだけのメンバーが集まった。
まあ、手が足りなくなったら、また従業員を増やせばいい。
お店の建設は、ものの一週間で終わった。
その間にもたくさんのハンター達が、ダンジョンに挑む姿を見かけた。
それを嬉しそうにカインさんが眺めていた。
ダンジョンの絶頂期の賑わいが、どれほどのものかは知らないが、人が集まり出していることには変わりはない。
今後さらに人が集まりだすだろう。
ダンジョンの街の再興は、まだ始まったばかりだった。
ダンジョンの街の再興にバタバタしたが、俺にはやらなければいけないことがある。
そう社員旅行兼新年会である。
他の街のことばかりを構っている訳にはいかない。

社員旅行兼新年会は、三日間に渡って温泉街ゴロウにて、行われることになっている。
結構な強行軍だ。
さっそく第一陣が転移扉を使って、従業員達が温泉街ゴロウに向かっている。

俺はリスクヘッジする為に、宴会の三日間全日を、リーダー陣を同行して行くことにした。
どんなリスクがあるかって?
それはどれだけ飲まされるのか?というリスクがある。
それも三日間連続となると、肝臓君の心配をしなければならない。
注いだ分注がされるというリスクは、この異世界でも似たようなものなのだ。
俺一人では身が持たない。
分散させるのは当たり前の手段といえる。
特に意味も無くレケに気合が入っている。
既に飲む気満々のようだ。
頑張れレケ!俺の肝臓君を守ってくれ!
お前は俺の肝臓君の盾だ!



まずは部屋にチェックインする。
久しぶりに五郎さんの温泉を楽しむことにした。
やはり温泉はいい。
とても気持ちいい。
それに全てのスタッフの対応が丁寧で好感が持てる。

次に五郎さんに寄贈した、サウナを楽しむ。
久しぶりのサウナ一号機に出会えて少し嬉しかった。
塩サウナ一号機も好調に稼働中とのことだったが、塩サウナ一号機は、女性風呂の方に設置してある為。
今回はお預けとなってしまった。
こうなってしまうと、もう塩サウナ一号機には会うことが出来ないだろう。
少し寂しさを感じる。

浴衣に着替えて準備を整える。
この日の為に作ったといっても過言ではない、ウコンのエキスをグビっと一気に飲み込む。
これで多少は肝臓君のバリアになるだろう。
念の為リーダー陣にもウコンエキスを飲ませた。
さっそく宴会場に乗り込むことになった。
いざ!戦場へ!

何故か俺達は拍手で迎えられている。
皆、旅行を楽しんでいるようでなによりです。

お土産を買ったという社員が多かった。
お土産のナンバーワン商品は饅頭だったようだ。
また、アイリスさんには買ってあげようと思う。
彼女は五郎さんのところの饅頭が大好きだからね。
食事もほどほどに、さっそく数名の社員が徳利片手に俺に向かってきた。

「島野さん、注がせてください」
俺はお猪口を持って注いで貰う。
いざ尋常に!

「ありがとう、俺だけじゃなく、他の皆にも注いでやってくれよ」

「いやいや、まずは島野さんに注がないと話にならないですよ、さあ!どうぞ!」
と俺のお猪口に日本酒が注がれる。
俺もお猪口を受け取り、注ぎ返す。

「「乾杯!」」
と勢いよく飲む。
パアー!
美味しいが、この調子では身が持たないぞ。
早々に援軍に救援を求めなければならない。
俺はマークに目線を向ける。
分かったとマークが前に出る。

「島野さんに注ぎたい気持ちは分かるが、それでは島野さんの身が持たない、代わりに俺に注いでくれないか?」
とお猪口を持ち上げる。
それに倣って他のリーダー陣もお猪口を持ち上げる。

因みにこのリーダー陣にギルは含まれていない。
まだギルにはアルコールは早いと思われる。
前に一度ビールを飲ませたことがあるが、
「うえ・・・まずい・・・苦い」
と溢していた。
ギルがお酒の味が分かるようになるのは、まだまだ先のようだ。

横を見ると、調子に乗ってレケがかなりのハイペースで日本酒を飲んでいる。
大丈夫かな?レケの奴。
ペース早すぎないか?
今日はあと二件、宴会場を周らないといけないんだぞ?

「レケ、ちょっとはペースを考えろよ」

「大丈夫だって、ボス!」
とまったく注意を気に留めていない。
どうなっても知らねえぞ・・・まったく。

何とかのらりくらりとお酌を躱しながら、次の宴会場に向かった。
既にお酒が周っているのが分かる。
少しフラフラする。
ここでも同様のやり取りが始まった。
皆が皆、俺にお酒を飲ませにやってくる。
躱すのも骨が折れる。

案の定レケが出来上がっていた。
顔が真っ赤になっている。
あいつは飲まされるのではなく、飲みにいっている。
現に手酌で日本酒を飲んでいる。
駄目だなこりゃ。
あいつはやっぱり当てにならない。
酒が絡むと、あいつはただのへべれけのレケだ。

その後最後の宴会場に移った。
ここでもお酌タイムが繰り広げられている。
俺もかなり酔っている。
いまいち会話を覚えていない。
いい加減眠たい・・・
そろそろ限界というところで、宴会は終了した。
俺はなんとか部屋に辿り着き、一瞬で倒れ込む様に寝てしまった。



翌日の朝には、案の定二日酔いで、朝からサウナに入り、酒を抜く作業に取り掛かった。
いくら二十歳の肉体とはいっても限度がある。
結局、酒を抜け切るのに五セットも掛かってしまった。

これを後二日敢行し終えた時には、身体に鉛でも背負いこんでいるのかと思える程の疲労感があった。
なんとかやりきったと自分で自分を褒めてあげたい。
だが、当分の間はお酒を控えたい。
回復するのに二日間掛かった。
急性アルコール中毒にならなかっただけでも御の字か?
だが同時に従業員達を労ってあげられたという、満足感もあった。

はやり連日は堪える。
でも二百五十名全員となると、受け入れ先は温泉街『ゴロウ』以外に見当たらないのが実情だ。
どうしたものだろうか?
いっそのこと本格的な宿泊施設でも造ろうかな?

まあ、そんなことは置いておいて。
そういえばほとんどの従業員から、ダンジョンに挑むのか?と聞かれた。
ダンジョンに挑むことが、この世界では注目を集めることなんだろうか?
俺にはよく分からない。

マーク曰く、
『ダンジョンを踏破することはとても名誉なことです』
ということだった。

そうなると、カインさんはとても誉高き神様となる。
確かダンジョンを踏破して、神になったと言っていたはずだ。
それでいて、カインさんはとても気さくな人だ。
尊敬するに値する人物だ。

俺達がダンジョンを踏破したら、どうなるんだろうか?
挑むというだけでこんなに注目されているんだよな・・・
タイロンの時のように人に囲まれるのは嫌だな・・・
まあ、成るように成るか?



ダンジョンアタックについて考えなければいけないが、その前にエアルの街の再興の様子を確認しようと思う。
俺はエアルの街に転移扉を使ってやってきた。
エアルの街は随分と賑わっていた。
街の喧騒を感じつつも、まずはカインさんのところに行くことにした。

「カインさん、調子はどうですか?」
カインさんはいつものダンジョンの入口で、座禅を組んでいた。
目を開けるとこちらを見つめた。

「やあ、島野君、君のお陰で大賑わいだよ」

「そうですか」
それはよかった。

「今日も朝から百名近いハンターが、ダンジョンに潜って行ったよ」

「へえー、それはよかったですね」
カインさんは嬉しそうだ。
それに充実した表情をしている。
本来の自分のやるべきことが、行えているということなんだろう。

「ハンター達は、皆な賞金目当てに集まり出しているようだ」

「そうですか、それはよかった。街の再興は上手くいっているようですね」

「そうだね、街は賑わいを取り戻したし、多くの商人がやってくるようになったよ。あ!そうそう、島野君が以前紹介してくれたリチャード君が、たくさんの素材を買い取りに来ていたよ。本当に助かる」

「メルラドは服飾が盛んな国ですからね、まだまだ買い取りにくると思いますよ」

「そうか、それは助かる」

「ではまた後で」

「ああ、また寄ってくれ」
俺は道具屋に行くことにした。
俺を見つけた従業員が寄ってきた。

「島野さん、お疲れ様です!」

「お疲れさん、それでお店は順調かな?」
上手くいっていると報告は受けているが、聞いてみた。

「はい、今日だけでも体力回復薬と魔力回復薬が七十個売れてます。お客さんの切れ目がないです」
魔力回復薬は、メッサーラと同じ値段設定にしている。
メッサーラよりもこちらの方が、需要が高いと考えられたから、値段を高くしようかとも思ったが止めておいた。
体力回復薬に関しても、同じ値段設定にした。
変えようかとも思ったが、どちらの価値が高いかが分からなかった為、同じにすることにした。
無難な考えであるといえる。

こちらも瓶の持ち込みに関しては銀貨五十枚となる。
今のところ瓶の持ち込みは少ないようだが、直に増えてくることになるのは目に見えている。
一日で約金貨三十八枚の売り上げか、決して悪くはない。
というより好調といえる。

魔力回復薬も体力回復薬も、ほぼ仕入れは無いに等しい。
相当に利益率が高い。
唯一瓶だけは親父さんに造って貰っているが、一瓶で銀貨五枚でしかない。
掛かるのは人件費ぐらいだが、この道具屋で勤務している従業員は五名しかいない。
三日もあれば、五人分の人件費になってしまう。
また利益が大きくなることは目に見えている。

エンゾさんに嫌味の一つも言われそうだが、もうお金の使い道に関しては気にしない事にした。
経済が不健康になる?
知るか!
俺には大きな買い物は出来そうにない。
そもそも大きな金額の掛かる物が、この世界には見当たらないし、見当もつかない。
有るのなら教えてくれということだ。
だから知るか!である。
もしエンゾさんから文句を言われたら・・・新しいスイーツでも作ってはぐらかしてやろうと思う。
最近はあの人の扱いにも少し慣れて来た。
上から女神め、やれやれだ。



親父さんの武器屋を見に行くことにした。
随分好調との評判だ。

「お前さんか、どうした?」

「ちょっと様子を見に来ました」
親父さんはニコニコ顔だ。
これは相当に稼いでいるな。

「そうか、何か武器でも買ってくか?」

「なんで俺が武器を買わないといけないんですか?」
俺に武器が要るって?
冗談でしょ?

「お前さん、ダンジョンに挑むんじゃなかったのか?」

「そうですが・・・武器なんていりますかね?」

「お前さん・・・ダンジョンを舐めとりゃせんか?階層が深くなればなるほど強い魔物がおるんだぞ」
それぐらい知ってるっての。

「ですが、素敵なナイフをカインさんから貰いましたし、特に家の聖獣達は獣化して戦いますので、武器は要らないと思いますよ、強いて言えば何かしらの防具はあった方が良いかもしれませんが」

「ちょっと待て、カインからどんなナイフを貰ったんだ?見せて見ろ」
と親父さんは手を指し出した。
何やら意味深な表情をしている。

「ええ、いいですよ」
俺は『収納』からオリハルコンのナイフを取り出した。
鞘ごと親父さんに手渡す。

ナイフを抜くと親父さんが、
「お前さん・・・これはオリハルコンか?」
と驚愕の表情を浮かべていた。

「そのようですね」

「そのようですねって・・・お前さんこのナイフの価値を分かっておるのか?国宝級だぞ、否、それ以上と言っていい」

「そうなんだ・・・」
価値のある物だとは思っていたけど、そんなに凄いんだ。
国宝級以上って・・・なんなの?

「それに、カインの奴も何を考えておるのか、これはカインがダンジョンを踏破した時の戦利品だぞ」

「ええ!」
そんな一品、貰ってよかったのか?
でも今さら返す訳にはいかないよな。
戦利品って・・・記念品みたいなもんだよね。
例えるなら、オリンピック選手が金メダルを取って、その金メダルを差し上げるみたいなことなんじゃないのか?
正直引くのだが・・・

「やっぱりお前さんは知らなんだが、これはあ奴が始めてダンジョンを踏破した時に授けられた、伝説のアイテムだ」

「伝説って・・・」

「それだけの価値のある物を、よりによってお前さんに渡すとは・・・そうじゃないのう、お前さんだからこそ託したんかもしれんのう」
そもそも恩返しの品じゃなかったか?
託したって、何を?
ダンジョンを踏破しろってことか?

「ダンジョンを踏破してくれってことですか?」

「それ以外に何がある?お前さんなら出来ると見込んでおるに違いない」
そういうことか・・・ますますダンジョンに挑まないといけなくなったな。
ちょっとめんどくさいと思ってしまう俺は、正真正銘のめんどくさがり屋のようだ。
カインさん、ごめんなさい・・・

「それで、防具は何か買うのか?」

「そうですね・・・お勧めはありますか?」
特に必要性を感じないが聞くだけ聞いてみよう。

「お勧めというより、そもそもお前さんの戦闘スタイルはどんなだ?」
戦闘スタイルか・・・考えたこともなかったな。
殴る蹴るみたいなもんだと思うのだが・・・
どうだろう?
眠らせて首をって・・・

「特に無いですね」

「はあ?」

「これといって戦闘スタイルはありませんね」

「何だそれは、狩りはしたことはあるんだろ?」
まあ何度かね・・・
もういい、言ってしまえ。

「はい、あります。でも大体は眠らせてから首を折るで終わらせてますね」

「無茶苦茶だな・・・呆れるわい」
親父さんは首を横に振っていた。
やっぱ呆れられたか。

「後は前回のダンジョンに救助に向かった時は、ほとんど蹴り飛ばしてましたね」
親父さんが今度はため息をついていた。

「真面に取り合った儂が間違っておったようだな。盾と籠手ぐらいが丁度いいかもしれんのう」
盾はいるのか?
瞬間移動で躱せるんだけど・・・
転移は無理そうだったけど、瞬間移動なら出来そうだったんだよね。
盾はいらないよな。

「盾はいらないです、籠手はあっても良いかもしれないですね」

「盾は要らんか・・・」
と親父さんは重い腰を上げて、店内をうろつきだした。

「これならどうだ?」
と意匠が凝った鉄製の籠手を手渡された。
案外重いな・・・
これではただの重りでしかない。

「ちょっと重くないですか?」

「そうか?」

「そうだ、万能鉱石で軽くて硬い鉱石にして、造ってくれませんか?」

「そうか、じゃあ工房に行くか?」
親父さんは工房に行くことが嬉しいようだ。
目をキラキラとさせている。

「ですね、店番は大丈夫ですか?」

「おお、店番を呼んでくるからちょっと待っててくれ?」

「俺がそれまで店番ですか?」

「すまん、頼んだぞ」
と親父さんは言うと、店から飛び出していった。
何で俺が店番を・・・
やれやれだ。



三十分後に親父さんが、店番のドワーフの女性を連れてやってきた。
幸いにも俺が店番をしている時には、お客さんは来なかった。
来られたら大変だっただろう、ところ処、値札が無い品物がある訳で・・・
そんな品物の値段なんて分からないんだからさ。
勘弁してくれよ、まったく。

俺達は連れ立って、サウナ島に帰島した。
工房に着くと、さっそく火入れを開始する親父さん。
俺は『万能鉱石』を準備する。
考えた結果、素材はカーボンにすることにした。
カーボンであれば、柔軟性もあり軽くて丈夫だ。
『万能鉱石』をカーボンに変えて、あとは親父さんに任せることにした。

出来たら呼んで欲しいと伝えたら、
「儂が呼びに行くのか?」
と言われたので、

「俺が店番したでしょうが」
と返しておいた。

俺だけ使われるのは気が済まない。
親父さんは一本取られたという顔をしていた。
俺はただのお人好しではありませんよ。
全く!



さて、本格的にダンジョンアタックについて考えてみようと思う。
まず食事については、セーフティーポイントで取ることが基本になると考えている。
台所があったのは確認できたが、毎食わざわざ作るのもめんどくさそうだ。
弁当などを沢山作って貰い『収納』に入れておこう。

トイレに関しても、セーフティーポイントで使えるから問題ないだろう。
そう考えるとセーフティーポイントは、重要な施設だと言える。
逆に無くては困る施設だ。
安全に食事と用を足すことが出来るのはありがたい。
これが無いとなると、不便で仕方が無い。

セーフティーポイントは三、五、七、十、十四、十七階層だから、極力その間の階層は早く抜ける必要がある。
催すタイミングは人其々だからね。
どうしてもという時には、結界を張ることができるが、あまり結界を使う所を誰かに見られたくはない。
それにズルをしている様で、ちょっと気が引ける。
まあでも結局は、結界を使うことになるとは思う気がする・・・

さて、メンバーをどうするか?
ノンとギルは既にやる気満々だ。
こいつらは外せない。

エルとゴンも行くと言うに決まっている。
こいつらも実は案外好戦的だ。
レケはどうだろうか?
いまいちあいつのことはよく分からんというのが本音だ。
前の狩りの時は、石化の魔法を使っていたな。
あいつの戦闘力が高いのは分かるが、どうだろうか?
狩りとダンジョンは別物だから何とも言えない。
これは本人に聞くとしよう。

マーク達は行きたいだろうか?
前の狩りでは随分とやる気だったのだが、どうだろうか?
多分足手まといになると遠慮しそうだな。
そうなると、確定メンバーは初期メンバーということになる。
安定のメンバーとも言える。
連携もお手の物だろう。
聖獣三人と神獣一人と俺という、これだけで充分にズルいメンバーだ。
詰まるところ、島野一家は過剰戦力なんだよね。

これまでの経験からそう思わざるを得ない。
はっきり言って、こいつらは強い。
特にノンとギルは反則だ。
でもダンジョンに挑むには、このメンバー以外には考えられない。
後は何を準備しておくか・・・

準備には万全を尽くしたい。
魔力回復薬と体力回復薬は多めに持っていこう。
装備は特に必要は無いが、オリハルコンのナイフと、ミスリルのナイフは必須だろう。
これぐらいだろうか?
後は何がある?

随分軽装な気もするが、不要な物は持って行きたくはないしな。
マーク達にアドバイスを貰ったほうがいいだろうか?
昔挑戦したことがあると言っていたしな。
カインさんにアドバイスを求めるのは気が引ける。
ダンジョンの神様に、ダンジョンのアドバイスを聞くのは、おこがましいだろうし、ズルいだろう。
まあ、まともに答えてくれるとも思えないのだが・・・
そんなところだろうか?
後は特に思い付かない。



翌日、
親父さんがカーボンの籠手を持ってきてくれた。
値段は言われるがままだが、決して吹っ掛けられたとは思えない値段だった。
素材はこちらの持ちだから作業代のみ。
まあ鍛冶の神様のお手製だ、大事に使おうと思う。
軽くて頑丈な籠手だ、しっくりとくる。
これで殴るものありだな。
それなりの防御力もありそうだ。
これは造って貰って正解だったか?
どうだろう?



エルとゴンにダンジョンに行くかと聞いてみた所、案の定行くと即答していた。
やっぱりこいつらは好戦的なようだ。
レケに関しては随分悩んでいたが、養殖がどうしても気になると、参加はしないことになった。
まあ、あいつの養殖愛は本物だからそっちが勝ったということだろう。
それはそれで構わない。
好きにしてくれということだ。

マークにも行くか?と誘ってみたが、俺の予想通り、足手まといになるので止めておきますとの回答だった。
実にマークらしい返事だ。
マークは何だかんだいって、慎重な性格だ。
無理強いしようとは思わない。
アドバイスを求めてみた所、俺達に役立つようなアドバイスは、特に思い付かないとのことだった。

ちなみにマーク達の最高到達地点は、五階層だったらしい。
まだC級のハンターだった時の話しらしいが。
当時の戦力ではそこまでが限界だったようだ。
今ならもう少し行けるかもと話していたが、どうなんだろうか?
俺の見立てでは、ロックアップはA級のハンターといってもいいと思えるんだが、どうなんだろうか?

そして今回はカインさんから、セーフティーポイントへの転移扉と、通信用の魔道具の設置もお願いされている。
従って最低でも十七階層のセーフティーポイントまでは、到達しなければいけない。
S級のハンターでもそこまで到達していないというのに・・・
正直めんどくさい・・・
でも今さら引けないよね・・・
やらない選択肢は俺には無いようだ。
本当にやれやれだ。
骨が折れる。



ダンジョンアタック当日を迎えた。
どこでどうなったのか、見送る人々でサウナ島は大賑わいだった。
所々で歓声が挙がっている。
勘弁してくれよ、まったく。
見世物では無いんだが・・・
ノンが調子に乗って、変なダンスを披露している。
やれやれだ。

転移扉を使ってエアルの街に移動する。
エアルの街でも大歓声で迎えられた。
いったいどうなっているんだ?
確かに今日挑戦すると、聞かれた時には答えていたが、こんなことになるとは・・・
期待の眼差しが痛い。
ここでも調子に乗ったノンが、変てこなダンスを披露している。
ノンはお調子者だ。
目立つことが大好物のようだ。
俺とは正反対・・・
何だかな・・・

ダンジョンの入口では、待ってましたとカインさんが笑顔で迎えてくれた。
カインさんに手を差し出された。
握手で迎えいれる。
俺は念の為に神力をカインさんに手渡した。
前回の神力吸収された時に、俺は二つの能力を手にしていた。
『神力吸収』と『神力贈呈』だ。
神力を与えることと、吸うことができるということだ。
カインさんに神力を与えたのは、ダンジョンに潜っている間に、何かあっては困るからだ。
念のための対応ということ。

「島野君、貰ってしまっていいのかい?」

「ええ、念のためです。あとこれも貰っておいてください。ただし他の神様達には内緒ですよ」
と俺は、神力を籠めてある神石を手渡した。

「神石だね、貰っておくよ」

「どうにも神力が足りなくなった時に使ってください」

「ありがとう、そうさせて貰うよ」
とカインさんは、大事そうに神石を懐に仕舞っていた。

「セーフティーポイントに転移扉を設置していきますね、こちらは出口用の転移扉です、使い勝手の良い所に設置しておいてください」
と俺は『収納』から転移扉を六個手渡した。

「扉に書いてある階層に繋がるようになっています、あとで確認を行いましょう」

「分かった、設置後にそちらから開いてくれると助かる」
後は実際に設置してみて、具合を確かめることにしようと思う。

「あとはこちらもどうぞ」
と今度は通信用の魔道具を六個手渡した。
この魔道具はメッサーラで購入した物だ。

「何から何まで申し訳ないね。島野君には頭が上がらないよ」

「いえいえ、それ以上の一品を頂いてますので、これぐらいして当然ですよ、こちらも設置後に繋がるか確認しましょう」
オリハルコンのナイフを貰ってしまったからね。
これぐらいして当然ですよ、ハハハ。

「そうすることにしよう」

「ちなみに今は何人ぐらい潜ってますか?」
少ないと嬉しいが・・・

「そうだね、だいたい百五十名ぐらいだね」
多いじゃないか!
先日は百人だったのに・・・

「そうなんですね・・・」

「S級のハンターが挑んでいるよ、たぶんすれ違うことになるんじゃないかな?」

「そうですか・・・」
S級のハンターか・・・会ったことはないな。
挨拶出来るといいのだが・・・
良い人達だといいな。

「S級のハンター達は、随分と島野君を意識していたよ、先に踏破するんだって意気込んでいたよ」
これは参ったな。
先行されているってことじゃないか。

「そのハンター達は、今何階層にいますか?」

「ちょと待ってくれ」
と言うとカインさんは座禅を組みだした。
どうやら座禅を組むとダンジョンの中を見ることが出来るようだ。
目を瞑って集中している。
瞼の下で目玉がグルグルと周っている。
まるでヒプノセラピーを受けている時の反応のようだ。
カインさんの目が開かれた。

「今は七階層のセーフティーポイントにいるみたいだ」
七階層か・・・だいぶ先行されているみたいだ。
まあ気にする必要はないだろう。
先に踏破されたとしても、それはそれでいい。
祝ってあげればいいと思う。
賞金は持ってかれるが、それで盛り上がるならいいじゃないか。
こちらとしては競い合う気は全くない。
それにしても盛り上がっているな。
まだ歓声が鳴りやまない。
ていうか、ノンの奴まだ踊ってやがる。
アホだなあいつは。

「ノン、良い加減にしろ!そろそろ行くぞ!」

「分かったー」
とのんきな返事をしている。
それではダンジョンに挑むとしましょうかね。
やれやれだ。
一階層は前に一度来た事がある。
デカい芋虫とデカい蜂がいる階層だ。
洞窟の様な造りをしている。
前回は始めてだったので、走って進んだが今回は違う。
俺はエルに乗り、ギルの背にノンとゴンが乗るいつもの島野一家スタイル。
飛びながら、どんどんと進んで行く。

念のため結界を張っておいた。
途中デカい蜂にぶつかったが、ほとんど轢き逃げ状態だった。
プチプチと潰れていった。
デカい芋虫は近寄ることすらも無かった。
そりゃあそうだよな。

壁が迫ってくることが一度あったが、難なく抜けて行った。
恐らく罠なんだろう。
やはりこのスタイルは速い。
どんどん進んでいく。

数名のハンター達が嘘だろ?といった顔をしていた。
適当にドロップ品を拾って行ってくださいな。
こちらは先を急ぎますのでね。
さらばだ!諸君!

ものの数分で二階層に繋がる階段にたどり着いてしまった。
さっさと先に進もうと思う。
俺達は早々に二階層にやってきた。

ギルが、
「前もこうすればよかったね」
と言っていたが、まったくその通りだった。
でも前回は始めてのダンジョンだったから、慎重に歩を進めたのでしょうがない。
慎重に事は進めるべきだからね。
そんなことは露知らず、ノンに至ってはギルの背中でほとんど寝ていた。

ここの階層もすいすいと飛んで行く。
草原をただ単に飛んでいっただけ。
ここでもハンター達が考えられないといった顔で俺達を見つめていた。
なんだかごめん。
悪気は無いのだ、でも飛べるんだから飛ぶに決まっている。
決してズルしている訳ではない。
これも能力なんです。

ここも数分で、階段に辿り着いた。
ノンはギルの背中で鼾をかいていた。
階段を降りる時にギルは、人化しないといけないぐらい階段が狭い為、ノンはギルに叩き起こされていた。

「ノン兄!いい加減にしてよ!」

「ん?ああ、めんごめんご」

「またそれ?何やってんの?」
とじゃれ合っている。
階段を降って行く。
まだスタートから三十分も経っていない。
早くも三階層に到達した。
この階層も飛んで行くことにした。
下に見えるハンター達の反応も同じだ。

中には
「ずるいぞ!」
と叫ぶ者もいたが、気にしない。
だから能力なんだって!
俺達は先を急ぐことにした。
今日の目標は、七階層までの転移扉を設置することだ。
いちいち気にしていられない。

あっという間にセーフティーポイントに着いた。
まずは小屋の中に転移扉を設置する。
念のため『加工』で転移扉を床に張り付ける。
持っていく者はいないと思うが、一応ね。
そして、テーブルの上に通信の魔道具を設置する。
ゴンに魔道具を使用して貰う。

ゴンは通信の魔道具を手に持つと、
「こちら三階層のセーフティーポイントです、聞こえますか?」
と通信出来るかをチェックする。

「こちらダンジョンの入口、聞こえてるよ」
とカインさんの声が返ってきた。

俺は横から話をする。
「カインさん、転移扉の設置が完了しましたので、今から開けますね?」

「島野君、随分早いね、よろしく頼むよ」
と回答があった。
俺は転移扉を開いてみた。
扉の先にはカインさんが居た。
早速扉を潜ってみる。
俺はダンジョンの入口に出た。

「よし、上手くいきましたね」

「成功だ、凄い!」
とカインさんは興奮している。

「これで運用が出来ることが、証明されましたね」

「ああ、そのようだ」

「では次は五階層ですね」

「それにしても早すぎるよ、島野君・・・」

「今回は前回と違って、飛んで行ってますからね」

「見ていたよ、あれは何というか・・・まあいい」
含みの有る言い方だな。
どうせズルいとか言うんでしょ?

「今日中に七階層まで行く予定ですので、よろしくお願いします」

「・・・そうか・・・助かる」
カインさんは歯切れが悪い。

「では先を急ぎます」
そう言って俺は、先ほど使った転移扉を開いた。
扉の先では、エルが手を振っていた。

「それでは後ほど」

「待ってるよ・・・」
カインさんは、今後は呆れた顔をしていた。
俺は無視して転移扉を潜っていった。
セーフティーポイントに戻ると、俺達以外のハンター集団が一組いた。
俺達とは距離を取っている。

「さあ、行こうか」
俺達はセーフティーポイントを離れ、階段へと向かった。

階段を降り四階層へと向かう。
四階層も森だった。
三階層とたいして変わらない。

飛んで行こうかとも思ったが、
「せっかくだから、どんな魔物が要るのか確認してから飛んでいこうか?」

「うん、そうしよう」
とノリノリなギル。

「僕もそうしたい」
ノンも同意見のようだ。
先に進むと森の中から、さっそく魔物が現れた。
ジャイアントブルが三匹だ。
ノンが先行して、一匹を獣化して首を爪で抉った。
ジャイアントブルが消えていく。
ドロップ品は角だった。
これは肥料になりそうだ。
確かアイリスさんが欲しがっていたはずだ。

「ドロップ品は、アイリスさんが欲しがってた角だから、回収していこう」

「「了解!」」
残りの二匹もゴンが土魔法で作った、先の尖った土の塊をジャイアントブルの腹に突き刺していた。
あっさりと終了。
ジャイアントブルの角を回収した。

先を急ぐことにする。
森を進んでいくと、今度はジャイアントボアが二匹現れた。
獣化したエルが、角で胴体を横からぶっ刺した。
ジャイアントボアが消えていく。
もう一匹は俺に向かってきたので、首を蹴って骨を折った。
ドロップ品は前回と同じ毛皮だった。
要らないが、いちおう拾っておく。
その先もジャイアントボアとジャイアントブルしか出てこなかった。

「よし、もういいだろう、飛んで行こう」

「そうだね」

「もう飽きたよ」
ギルとエルが獣化し、俺達は乗り込んだ。

『探索』で階段を探す。
階段の方向をエルに指示し、そちらに飛んで貰う。
ものの数分で階段に辿りついた。
軽い運動をしたが、四階層に入ってからまだ二十分程度だ。
五階層に降りていく。

五階層は草原だった。
二階層の草原とは様子が違う。
二階層は昼のようだったが、こちらは夕方の様相だ。
陽光に赤みがある。

先に進んで行くが、魔物が見当たらない。
数分進んだ所で襲撃があった。
ジャイアントイーグルだ。
これはありがたい。

「飛びながら戦闘しよう、先を急ぐぞ」
再び獣化したギルとエルに乗り込み、ジャイアントイーグルを迎え撃つ。
前回のジャイアントイーグルとの戦闘は間抜けなものだったが、今回はもっと間抜けな戦闘になると思う、それは魔獣化していないからだ。
案の定ギルに丸焦げにされて消えていた。

その後も何度か襲撃にあったが、ギルのブレス一撃でジャイアントイーグルは沈んでいった。
ギルのブレスが強すぎるのか、ドロップ品が出なかった。
もしかしたら、ドロップ品も焼いてしまったのかもしれない。

「ギル、ドロップ品まで焼けてるようだから、次はブレスは無しな」

「分かった」
次の襲撃では、ギルは珍しく土魔法で攻撃していた。
ゴンの魔法を真似たようだ。
先の尖った土の塊が、ジャイアントイーグルの腹に刺さっていた。
ドロップ品が地上に落ちて行った。

「エル拾ってくれ」

「分かりましたの」
とエルは急降下して、ドロップ品の下に潜り込んだ。
拾いあげると、ドロップ品は爪だった。
これは要らないのか?要るのか?判断に悩む。
鑑定してみよう。

『鑑定』 ジャイアントイーグルの爪 薬の材料になる

へえー、薬の材料になるんだ、エルフの村に寄贈しようかな?
まあ、好んで拾う必要は無いな。

そろそろセーフティーポイントに着く。
最後にもう一度ジャイアントイーグルの襲撃を受けたが、ドロップ品は要らないと言うと、ギルが問答無用でブレスで焼いていた。
セーフティーポイントの小屋に着いた。
小屋の中が少し騒がしい。
ノックをして中に入った。
一組のハンター集団が、食事を取っていた。
この階層まで来れるということは、Cランクぐらいだろうか?
よく見ると、餅を練炭のような物で焼いていた。

「おお、餅だ!」
俺は思わず声を出してしまっていた。
その声に振り返るハンター達。
何気に視線が合う。
お互いが軽く会釈した。

すると、犬の獣人に話し掛けられた。
「もしかして、島野一家の人達ですか?」
何故に知っている?
顔に見覚えはないが・・・
何処かで会ったかな?

「そうだが・・・」

「やっぱり、だと思いましたよ」

「はあ・・・」

「島野一家がダンジョンに挑むって、噂になっていたので」
そういうことね。

「噂になっているみたいだね」

「そりゃあ島野一家が動くとなれば、ハンターとしては見過ごせないですよ」

「そうか・・・」
見過ごしてくれていいのに・・・
結構迷惑なんですけど・・・

「それでここまで何日掛けたんですか?」

「何日?」

「ええ、俺達は三日目です」
これは・・・真面に答えていいんだろうか・・・

「今日だよ」

「・・・」

「だいたい二時間ぐらいかな・・・」

「「えええ!!」」
ハンター達は腰を抜かしていた。
やっぱりな、こうなると思ったよ。
それよりも気になるのがあの餅だ。
保存食として使えるのは分かっていたが、こういう使い方が出来るとは驚きだ。

「それよりも、その餅はどうしたんだい?」
犬の獣人が気を取り直したようで、

「サウナ島でもち米を買ったんです。それで調理の仕方を教えて貰って、試しに作ってみたんです」
犬の獣人は誇らしげにしていた。

「そうなんだ」

「店員の女性の方が凄く親切に教えてくれて、保存食になるっていわれたので・・・」
アイリスさんかな?
良い仕事してるじゃないか、今度褒めておこう。

「正月の餅つき大会は楽しかったです、また参加したいです」
そうか、あの時の参加者か。

「そうか、それは良かった」

「あそこで餅の美味しさに目覚めました」
それにしても考えたな。
ハンターの食料といえば、干し肉だと聞いていたがこれは賢い選択だ。
固形の餅であれば、マジックバックで運ぶのは簡単だし、焼き餅にすれば美味しく食べられる。
干し肉を食べるより、数段増しだ。
これは道具屋で販売しようと思う。

「干し肉を食べるよりも、餅の方がよっぽど旨いですよ」

「だろうね、そうだ」
と俺は『収納』から醤油を取り出した。

「よかったら使ってくれよ」

「いいんですか?これってあれですよね、餅つき大会の時にあった調味料ですよね?」
犬の獣人は醤油を受け取ると、大いに喜んでくれた。
いいヒントを貰ったお礼ということだ。

「そうだ、これは醤油というんだ。餅にはこれだろう?」

「ありがとうございます!」
相当嬉しかったのだろう、きっちりと頭を下げられた。
ハンター達は再度餅を焼きだした。
餅が焼ける美味しそうな匂いがする。

さて、ハンター達に構ってばかりはいられない。
まずは転移扉の設置をしなければならない。
三階層の時と同じ要領で『加工』で転移扉を動かせないようにした。
そして、通信用の魔道具も設置した。

「ゴン、通信用の魔道具を使って、カインさんに繋げてくれ」

「分かりました、主」
とゴンが通信用の魔道具を使用した。

「こちら五階層のセーフティーポイントです、カイン様聞こえますでしょうか?」
一拍置いて返答があった。

「ああ、聞こえているよ」
俺は横から話し掛ける。

「カインさん、転移扉の設置が完了しています、今から向かってもいいですか?」
カインさんからの返答を待つ。

「今回は私がそちらに向かってもいいかい?」
どうやら転移扉を使ってみたいようだ。

「いいですよ、お待ちしています」
すると、数秒後に転移扉が開かれた。
カインさんが転移扉を潜って、セーフティーポイントに現れた。

「おお、繋がったね」
とカインさんはご満悦だ。

「これで二つ目設置完了ですね」

「すまないね、こんなことをさせて」

「いえいえ、ついでですので気にしないでください」

「それにしても島野君、君達は早すぎるよ。ちょっとは戦闘を楽しんでくれたようだけど。にしても強すぎる」

「ハハハ!」
笑うしかないな。
島野一家は過剰戦力なんです。

「それで今日は七階層までは潜るのかい?」

「その予定です、今日はそれぐらいでいいかと」

「そうなんだね」

「その後はいつも通り、サウナ島に帰ってサウナに入りたいので」

「・・・」
カインさんが呆れた顔をしていた。
あれ?間違った?

「島野君はほんとに規格外だよ、サウナに入りたいからって・・・でもそれが君らしいということなんだね」
そうです、私とサウナは切り離せないのです。
永遠のパートナーです。
俺はサウナと結婚したと言っても過言ではないのです!
寂しい発言なのだが・・・

「じゃあ俺達も食事にしますが、カインさんも食べて行ってくださいね」

「いいのかい?」
といいつつも、顔はやったという表情になっている。

「せっかくですので、一緒に食べましょう」
俺はそういうと『収納』から弁当を取り出した。
本日の献立は、ジャイアントチキンのから揚げと、ハンバーグ、海老フライ、スパゲッティーサラダに、各種おにぎり、そしてなんちゃって水筒に入れた味噌汁だ。
ノンから、から揚げとハンバーグが食べたい、とのリクエストがあった為、この献立にした。
お弁当の定番ともいえるメニューだ。
カインさんが目を輝かせている。
随分とサウナ島の食事に期待を寄せているようだ。
先日、未だカツカレーの衝撃が忘れられないと溢していたしな。

「「いただきます!」」
と俺達は食事を始めた。

から揚げを食べたカインさんは、
「旨い!」
と年甲斐も無く大声で叫んでいた。

「なんでこんなにサウナ島の食事は美味しいんだ・・・信じられない」
と言いつつも、今度はおにぎりに貪りついている。

「ああ、これも最高!」
とカインさんの興奮は止まらない。
ノンはここでも犬飯にして食べていた。
どんだけ好きなんだか。
おにぎりの具は先に食べて、ご飯は味噌汁に入れていた。
すると先程のハンター達が物欲しそうにこちらを見ていた。
視線が痛い。
しょうがないな。
サービスしましょうかね。

「君達も食べるかい?」
と俺は声を掛けた。
ハンター達から、羨望の眼差しで見つめられている。

「いいのですか?」

「ほんとに!」

「やった!」

「ああ、こちらにおいで」
と俺は『収納』から更に食事を取り出した。

「好きなだけ食ってくれ、たくさん用意しているからな」

「「いただきます!」」
と食事会が始まった。
せっかくだ、皆な腹いっぱい食べてくれ。

「旨い!」

「ホクホクで最高!」

「何だこれ、上手すぎる!」
どうやら好評のご様子。
それを島野一家の皆は微笑ましそうに眺めている。
褒められると嬉しいよね。
それにしてもカインさんの食欲が凄かった。
特にから揚げが好きなようで、十個以上も頬張っていた。
胃もたれしないといいのだが・・・

「旨い!」

「最高!」
とカインさんは何度も連呼していた。
今後はダンジョンでの食事の度に、カインさんを呼んであげようと思う。
餅を食べていたハンター達も、美味しそうに食べている。
食事を食べさせてニコニコ眺めるって・・・俺もお爺さんだな。
孫に食べられない量の食事を与えて、たんとお食べってね。
まあ、家にはギルがいるから食べ残しはあり得ないんだけどね。



さて、ダンジョンアタックを再開することにした。
階段を降って六階層に出る。

これまた不思議な光景だった。
俺達は海岸に降り立っていた。
砂浜の上に立っている。
向かって左手には海?湖?があり、右側には崖がせり立っている。
これはどう進もうかな?

一先ず『探索』を行った。
うーん、海岸線を進めということね。

「海岸線を進もう、ここでもある程度狩りを行ったら、飛んで行こうか?」

「そうだね」

「了解です」
俺達は海岸線を歩いていった。
すると水辺の方から魔物が出て来た。
デカい蟹だった。

『鑑定』 ジャイアントクラブ 水辺に棲む魔物 食用可

ノンが火魔法で焼いていた。
デカい蟹のドロップ品は甲羅だった。
甲羅って・・・何に使うんだ?

『鑑定』 ジャイアントクラブの甲羅 堅い甲羅、防具の材料になる

「へえー」
一先ず回収することにした。
親父さんにでもあげようと思う。
特に必要性を感じないが、お土産に渡す分には喜ばれるだろう。
その後もデカい蟹の襲撃を何度も受けた。
漏れなく焼いていく。

時折、デカい亀も現れた。
このデカい亀は口から高圧縮された水を吐いてきた。
ただ動きが遅い為、躱すのは容易だった。
デカい亀は面倒なことに、近づくと顔と手足を甲羅の中に引っ込めてしまう。
その為、ノンの雷魔法で倒していった。
雷には弱いのか、あっさりと消えて行く。
こちらのドロップ品も甲羅だった。
蟹の甲羅よりも少し大きい。
この甲羅も防具の材料になるらしい。
これまた親父さんへの土産だな。
親父さんの喜ぶ姿が目に浮かぶようだ。

「主、もうそろそろいいのでは?」
と痺れを切らしたゴンから要請があった。

「そうだな、エル、ギル飛ぶぞ」

「了解」

「はいですの」
俺達は飛行スタイルに変更し、先を急いだ。
階段にたどり着き、階段を降っていく。

遂に七階層。
本日のダンジョンは、ここのセーフティーポイントに転移扉を設置して終了の予定だ。
軽い運動をしたせいか、少し汗ばんできた。
そろそろサウナに入りたくなってきた。
早く終わらせてしまおう。

七階層も水辺だった。
ただ、六階層ほど海岸は広くない。
ところ処で、足が水に浸かってしまう地形だ。
濡れるのは面倒だ。
始めから飛んでいこうかな?

それに気づいたのかノンが、
「主、濡れたくないんでしょう?」
と言ってきた。

「そうだな、あまり濡れたくはないな・・・」

「どうするの?」

「しょうがない、飽きるまでは魔物を倒そうかな?」

「分かった」
と会話を済ませ。
先を急ぐことにした。



少々面倒なことになっていた。
水辺から、クラーケンやシーサーペントの襲撃を受けた。
どうやら水辺はなかり深い構造のようだ。
奴らは攻撃を外すと、水中に潜っていってしまう。
ヒットアンドアウェーとは姑息な。
いっそのこと捕まえて水辺から引っ張り出してやろうか?
などと考えていると、遠慮なくノンが雷撃をぶつけていた。
だが仕留めるまでには至ってない。
水中では効き目は薄い。
今度は痺れを切らしたエルが氷魔法で氷塊をぶつけていた。
クラーケンとシーサーペンとが水中に沈んでいく。

ドロップ品は回収する気にはなれなかった。
わざわざ魔物がいる水中に潜る気にはなれない。
すると水辺が騒がしくなってきた。
またクラーケンかと思ったが違った。
デカいオットセイが三匹体当たりしてきた。
俺達は寸での所で躱した。
ちょっと油断しすぎていたらしい。
危ない、危ない。
油断は禁物だな。
『収納』からミスリルのナイフを取り出して、首元にぶっ刺す。

「ギョエエエエ!」
と気持ち悪い声を挙げるデカいオットセイ。
更に首元に一撃を加える。

「ギョエエ・・・」
と声を漏らしながら、デカいオットセイは消えていった。
残りの二匹もギルに焼かれて消失していた。
ドロップ品は牙だった。

『鑑定』 ジャイアントオットセイの牙 粉にすると精力剤になる

・・・何だこれは・・・一応拾っておこう。
使い場に困る・・・
エルフの村に寄贈?
何だか違う気がする。
俺はしれっと牙を三個回収した。
使い道はなさそうだが・・・念のためね・・・
なんだか疾しい気分。
この後も海獣達からの襲撃を受けたが、デカいオットセイは現れなかった。
もしかしてレアなのか?
まあいいや。
どのみちドロップ品の使い道に困るし。

「そろそろ飽きたな」

「だね」

「ですの」
皆も同意のようだ。

「飛んで行こうか」

「「了解!」」
俺達は空の旅に変更した。
だがここでも水中からの攻撃があったが、流石に高度を上げていた為、攻撃が届くことはなかった。
海獣はしつこい、否になる。

『探索』してセーフティーポイントを探す。
直ぐに見つかり、向かうことにした。
八階層に繋がる階段の手前に、小屋を発見した。
やっと今日のダンジョンを終えれるようだ。
小屋に入る前に、念のためノックをする。
誰もいないのは分かってはいるが、マナーということで。
当然返事は無い。
中に入り、さっそく作業を行う。
転移扉を固定し、あとは通信用の魔道具を設置する。

「ゴン、通信を頼む」

「畏まりました」
ゴンは通信用の魔道具を手にして話し掛ける。

「カイン様、こちら七階層のセーフティーポイントです、聞こえますか?」
少しして返事があった。

「ああ、聞こえてるよ。転移扉も設置済みの様だね」

「そうです完了してます。主、変わりますか?」
俺は横から話し掛けた。

「今から戻りますね」

「分かった、待ってるよ」
との返事を受け、俺達は転移扉で帰ることにした。
ダンジョンの入口に戻ると、カインさんと先ほどの餅を食べていたハンター達に迎えられた。

「島野君、お帰り」
とカインさんに右手を差し出される。
俺達は握手を交わす。

「いやー、疲れましたよ」

「島野さん、先ほどはごちそう様でした!」
と一緒に食事をした犬の獣人に、話し掛けられた。

「いやいや、気にしないでくれ。それよりも君達は戻ってきたのか?」

「はい、なんだかサウナ島に行きたくなってしまったので、あの後カイン様と一緒に入口に戻ってきたんです」

「そうなのか?」
それで俺達を待っていたということか。

「はい、今回のダンジョンアタックで結構稼げたのでサウナ島に行こうかと、それに島野さんに奢って貰ってばかりでは悪いので、少しでもサウナ島にお金を落としておこうと思いまして」
そんな気にしなくてもいいのに・・・律儀な奴だな。
まあ、ありがたく好意は受け取っておこう。

「そうか、返って気を使わせてしまったかな?」

「いえ、そんなことはありません、元々今回のダンジョンの後で、サウナ島に行こうと決めてましたので」

「そうか、なら一緒に行こうか?」

「是非!」
と俺達は連れ立って転移扉に行こうと思ったのだが、そうはいかなかった。
ぞろぞろと俺達の周りに人が集まってきた。

「ダンジョンはどうでした?」

「何階層までいったんですか?」

「俺の話を聞いてください!」
とたくさんの人に囲まれてしまった。
これは良くない。
このままでは転移扉に辿り着けそうもない。
するとカインさんが割って入ってきた。

「お前達いい加減にしろ!」
カインさんの一喝に、人々は静まり返った。

「島野君もお疲れだ、いろいろと聞きたい気持ちは分かるが、時と場所を考えろ!」
カインさんの男気、あざっす!

「じゃあ、行かせてもらいますね」
と俺達は転移扉に向かった。
やれやれだ。

それでもまだ数人が付いてこようとしていた。
それを先ほどの餅ハンター達が壁になって、制止していた。
なんだか巻き込んですまん。
こいつらには晩飯を奢るしかないな。
そしたらまた気を使わせてしまうのか?
もうどうでもいいや。
成るように成れだ。
転移扉に着くと、俺は島野一家と先ほどの餅ハンターのみを潜らせた。

入島受付に着くとにやけ顔のランドがいた。
「おや、お早いお帰りで」
と弄ってきたので、脇腹に肘鉄を入れてやった。

「ちょっと痛いですよ」

「嘘つけ、相当優しくやったわ」

「ハハハ!」
と笑ってやがる。

「それで、どうだったんですか?」

「お前もそれを聞くのか?」

「そりゃあ聞くに決まってますよ、だって島野一家がダンジョンに挑んでるんですよ?」
興味深々って訳ね。
勘弁してくれよ、まったく。

「まあ、予定通り今日は、七階層まで踏破してきたぞ」

「おお、この短時間でですか?」

「まあな、そんなに気になるのかよ」

「気になりますよ、当たり前じゃないですか」
駄目だこりゃ、もしかしてサウナ島でもこの調子なのか?
もう日本に帰ろうかな?

「まあ、そんな感じだ。もう入らせて貰うぞ」

「どうぞどうぞ、後でまだまだ聞かせて貰いますからね」

「いい加減にしてくれ」

「いえいえ、逃がしませんよ」
はあ、参ったな・・・
こうなってくると、当初の考えを変えないといけないな。
無理なく休み休み行こうと思っていたが、一気に行けるところまで行った方がよさそうだ。
こんなに注目されているのか・・・
俺の好きにやらせてくれよ。
全く!



そのままスーパー銭湯に向かい、風呂とサウナに入ることにした。
先程の餅ハンター達には、あとで大食堂に顔を出して欲しいと伝えてある。
風呂の中でも、数名に話し掛けられた。
漏れなくダンジョンの話だ。
いい加減勘弁して欲しい。

早々にサウナに向かい、サウナを三セット行った。
邪念があった所為か、いまいち今日の整いは浅かった。
大食堂に着くと、既に先ほどの餅ハンター達が俺を待っていた。

「すまない、待たせたようだな」

「いえいえ、今集まったばかりです」

「じゃあ飯にしようか、今日は世話になったから奢らせてくれ」

「え!昼飯も奢って貰ったのに、そんな・・・」
と恐縮している。

「いや奢らせてくれ、先ほどは烏合の衆を追っ払ってくれたじゃないか、本当に助かったよ」

「それぐらいのこと・・・」

「俺の気が済まないんだ、遠慮なく食って飲んでしてくれよ」

「そこまで言われるのでしたら・・・」

「ああ、一緒に食べよう」

「ありがとうございます!」
俺達は好きに注文をし、一緒のテーブルに着いた。
まずは乾杯だな。

「では、新しい出会いに乾杯!」

「「乾杯!」」
俺達はビールを流し込んだ。
旨い!身体に染み渡る。
こればっかりは止められない!

「いやー、上手い、ここのビールは最高です!」

「そうか、嬉しい事言ってくれるね。ところで名前を聞いてなかったな」
というと四人は姿勢を正した。

「俺達は『ブルーエッグ』というハンターチームを名乗ってます。俺は斥候兼リーダーのドリルです」
とずっと俺と話している犬の獣人が名のった。

「私は魔法士のサルーです」
と恐らく人間の男性が言った。

「私は回復薬のルミナです」
とこちらも恐らく人間の女性が答える。

「最後に俺はアタッカー役のダノンです」
と馬の獣人が名のった。

「そうか、俺のことは知っているようだな」

「そりゃあ知ってますよ、島野さんの事を知らないなんてモグリですよ」
とダノンが答える。

「そうなのか?」

「そうですよ、島野一家の頭領で、サウナ島の盟主、知らないなんてあり得ないです」
そうなのか・・・これはまた認識を改めないといけないのか?
俺ってそんなに有名なんだ・・・
非常に否なのだが・・・

「俺も声を掛けるのに勇気が要りました、失礼になるんじゃないかと・・・」
とドリルが首を窄めて話していた。
あちゃー、そんなんなんだ俺って・・・
どうしたもんかね・・・
恐縮されるのも考えもんだな。

「そうか、悪い事をしたようだな」

「いえいえ滅相もないです、こうして一緒に卓を囲ませて貰ってるんですから、鼻が高いですよ」

「そうですよ、島野さんと一緒に食事をしたって自慢出来ますよ」
とルミナも誇らしげな顔をしている。

「あと、今日のハンター達の行動ですが、許してやって貰えませんでしょうか?」
と今度はサルーが神妙な表情で言った。

「どういうことだ?」

「島野さんはご存じないかもしれませんが、ダンジョンに挑むハンター達はダンジョンの情報が欲しいんです」

「ダンジョンの情報とは?」

「特に六階層より先の情報が無いので、知りたいのです」
ドリルに目をやるとウンウンと頷いていた。

「ちなみになんだが、ブルーエッグのハンターランクは?」

「Cランクです」
とドリルが答える。
となると、六階層は行けるのか?

「そうか分かった、今日は七階層まで潜ったから教えてやるよ」

「「ええ!」」

「いいので?」
と驚愕の表情を浮かべている。
そもそもSランクのハンターがいるのに、何で公開されてないんだ?

「ていうか、Sランクのハンターが今も八階層以上に潜ってると思うんだが、そいつらは教えてくれないのか?」

「ダンジョンの情報はとても貴重です。誰もが最初に踏破することを夢見てますから」
とダノンが答える。

「先に踏破されたくないから教えないってことなのか?」

「そうです」
それはそれでセコクないか?

「秘匿すべきことなのか?そうとは思えないが・・・」

「そう考えてくれるのは嬉しいことですが、現実は違います。中には偽の情報を売っている輩までいます」
そこまでするのか?
マジかよ?

「島野さんはお気づきになってないかもしれませんが、今ではハンター達は通常の狩りよりも、ダンジョンに目が向いています」
サルーが未だ神妙な表情をしている。
もしかしてこういう顔なのか?

「どうしてだ?」

「いくつか理由があります」

「というと?」

「まず、通常の狩りの場合は空振りになることもあります、それに得られる報酬もその時で違うので、博打の要素が高いです」

「それは分かる」

「それに比べてダンジョンなら、ドロップ品が確実に手に入りますし、今のエアルの街はバブルになってまして、買取の金額も今までよりも高いのです」
そうなのか・・・
カインさんに入知恵したのがまずかったか?

「一回で得られる報酬がはっきりしているダンジョンの方が、効率的ですし、なにより最悪の場合は死ぬこともないので・・・」
そういうことか・・・
となれば、そうなるわな・・・
不味ったか?

「なるほど」

「それに、ダンジョンを踏破するのは名誉なことですし、なにより島野さんが賭けた賞金が魅力的です」
あちゃー、調子に乗り過ぎたかも?

「やり過ぎたか?」

「というより、俺達ハンターにとっては夢とロマンが大きくなりました」

「・・・」

「それでダンジョンはブームになっています、そしてハンター達は我先にと挑んでます。さらに情報を明かす訳にはいかないという考えが普通になっているんです」

「そういうことか・・・まったく知らなかったよ」

「ということなんです、なのであいつらも悪気は無いんです」

「話は分かった、それで俺にどうして欲しい?」

「どうして欲しいとは?」

「これから島野一家は最終階層まで挑むんだ、全ての情報を公開して欲しいか?」

「「う!」」
全員が困った顔をしている。

「それは・・・」

「俺にはなんとも・・・でも本音を言えば、これから挑む六階層と七階層に関しては教えて欲しいです」
とドリルが答えた。
ドリルは随分正直者だな。
嫌いじゃないな、こういう奴は。

「そうか分かった、ダンジョンの全階層の情報をどうするかは、ハンター協会と話をした方がよさそうだな」

「そうかと思います」
俺はその後、六階層と七階層の情報をブルーエッグの面々に教えた。
どうやらまた俺はやり過ぎてしまったようだ。
何とも言えないな・・・
でもやるからには徹底的にエアルの街の再興に手を貸すと決めたんだ、決して後悔はない。
とっととダンジョンを踏破しちゃいましょうかね。
それでチャラになるかな?
どうだろう・・・