年越しのアウフグースサービスの裏側では、メタンが除夜の鐘を百八回鳴らしていた。
何事が起こったのかと、神社にも人が集まっていたようだ。
メタンが力が入っているのは間違いないだろう。
鼻息荒いメタンが想像できる。
案の定メタンが百八の煩悩について来訪者に説明をしていたようで、又、三が日には神社に初詣にお参りをすると良いといったことまで、説明をしていたらしい。
熱心な事です。
頭が下がります。

この知識は俺がメタンに懇願されて、披露した知識だ。
外にも祝詞の奏上の言葉であったりを、ネットで手に入れて適当に教えておいた。
勿論参拝用にお賽銭箱も設置済である。

昨日の閉店前に正月用の飾りなどは既に設置済だ。
サウナ島は正月モードに入っていた。
俺は正月気分でウキウキするのを感じていた。
年甲斐も無く・・・だって正月だよ?

リーダー陣に朝食を終えたら、神社に集まるように指示してある。
俺は朝食の雑煮を食べ終え、神社に向かった。
それにしても雑煮は美味しかった、久しぶりの雑煮、良いじゃないか。
まだ数名しか集合していない。
俺は一人一人に新年の挨拶を行った。
順次集まり出し、最後にレケが眠そうに現れた。
こいつはこんな時まで寝坊かい!
いい加減にせい!

「ボス、待たせたか?」

「ああ、それはいいとして、明けましておめでとう、今年もよろしくな」

「お!そうだった、確か・・・明けましておめでとうございます、今年もよろしく!で合ってたか?」

「いいぞ合ってるぞ、じゃあ早速初詣に行くとしようか」
俺達は連れ立って神社の中に入っていった。
手を洗い、水を口に含み、吐き出す。
俺を真似てそれぞれが同じ所作を行う。
お賽銭箱に金貨一枚を投げ込み、鈴を鳴らす。
二礼二拍手一礼。
(旧年中は大変お世話になりました。今年もよろしくお願い致します。世界が平和でありますように)
これまた俺に続いて同じ所作で、リーダー陣が同じ所作を行う。

レケが小声で囁く。
「なあ、ボス、俺金貨持って来てねえよ」

「いくらなら持ってるんだ?」

「今か?お金持ってきてねえよ」
しょうがない奴だな。
教えておいたはずなんだが?
まあいいか・・・
俺は銀貨一枚をレケに渡した。

「サンキュな、ボス」

「レケ、後で返しに来いよ」

「わかったよ」
こんなこともあろうかと準備しておいてよかった。
皆には、お賽銭の金額は特に決まっていないことは伝えてある。
お気持ち分で充分だということだ。

日本では五に纏わる数字が良いとされている。
それはただの語呂合わせでしかないのだが、五円イコールご縁というものだ。
メタンはニコニコ顔で、参拝にきた俺達を眺めていた。
こいつはもはや宮司でしかない。
メタンにとっては天職だな。

神社の脇では、屋台が所狭しと並んでおり、今はその準備をしている。
この屋台は各街や村の代表者達に、三日間限定で各街二台の屋台を出店していいと、前もって話をしていた。
その屋台が限定三日間の出店をしているということだ。
サウナ島からは、メルルとマット君が屋台を出店することになっている。
内容は全て二人にお任せしている。
こいつらはもはやプロだから、俺が口を挟む必要は全くない。

俺が準備したのは、ゴミ箱を設置したぐらいだ。
そして最終的にこのゴミは、俺の能力の『分解』を駆使して畑の肥料になる。
食べ残しもここサウナ島では立派な肥料だ。
ありがたいことだな。
おトイレは神社にある為、渋滞はするかもしれないが、困ることは無いだろう。
どんな屋台が出店されるのか、楽しみである。
あとで手が空いたら覗きに来ようと思う。
この世界の食文化は変わりつつある為、どんなメニューの屋台が出店されるのか、期待が高まる。

その後海岸に集まって、初日の出を拝んだ。
ここでも二礼二拍手一礼を行った。
これにて一旦解散とした。



俺達は大食堂へと向かっている。
これから従業員全員に新年の挨拶をする予定である。
大食堂に着くと、既にほとんどの従業員が俺達を待っていた。
時間になった為、新年の挨拶を始める。
全ての従業員が集まっているだろうと思う。

「皆、新年明けましておめでとう!今年もよろしく!」

「おめでとう!」

「今年もよろしくお願いします!」

「新年おめでとう!」
と皆口々に挨拶を行いだした。
それを微笑ましく見守る俺。
この世界で新年の挨拶を行うことになるとはな・・・
それもこんなに大人数と・・・
嬉しい限りだ。
皆が概ね挨拶を終わったところで、俺は話を続けた。

「さて、俺の居た異世界には正月にはお年玉を手渡すという行事がある。これから皆に手渡すことにするから並んでくれ。受け取ったら流れ解散で、仕事の者は仕事に向かってくれ、ではよろしく!」

「おお!」

「お年玉?」

「何だそれ?」

「玉をくれるってことか?」
何を貰うのかも分からず、ぞろぞろと並びだした。
先頭に並んだのは、ギルだった。
ギルに前もって準備しておいた、お年玉袋を手渡した。

「大事に使えよ」
お年玉袋を受け取ると、嬉しそうにしているギル。

「何?何が入ってるの?」
お年玉袋の中を確かめてギルが驚く。

「皆!金貨が一枚入ってるよ!」
その言葉を受けて

「嘘!」

「凄い!」

「やった!」

「ラッキー!」
と従業員達が騒ぎだした。
俺は一人一人に日頃の感謝の意を込めて、お年玉を手渡した。
感謝を述べる者。
中には深々と頭を下げる者もいた。
ボーナスとして渡すよりも、こうやって渡した方がいいと考えてのものだったが、思った以上に喜んでもらえたようだ。
よかった、よかった。
大事に使って下さいな。



次に新年の挨拶周りに向かうことにした。
まずは営業している、魚屋に向かった。
残念ながらゴンズ様はいなかった。
まあ、この店にゴンズ様はあまりいないことがほとんどの為、いればいいなぐらいの気持ちだったのだが。
どうせ後でどこかで鉢合うだろう。
別に気には掛けていない。
よく見かける魚人の店員に新年の挨拶を済ませ、次に向かった。

隣の八百屋は身内の為、先ほど挨拶は済ませているからスルー。
ちなみに八百屋には鏡餅と門松が飾られている。
そして前もって作ってある餅を、三日間限定で販売することになっている。
これはアイリスさんからの申し入れである。
アイリスさんは相当餅を気に入っているようだ。
毎日でも食べたいと漏らしていた。
気持ちは分かるが、ちゃんと噛んで食べて下さいね。
喉に詰まらないようにしてくださいよ。
と心配はするのだが、お構いなしだろう。

その隣は美容室だが、三が日は休日にすると言っていたので、アンジェリっちはいない事は分かっている。
でもサウナ島に顔を出すといっていたから、こちらもどこかで鉢会うだろう。
アンジェリっちは、とにかく忙しくしている。
お店の開店から閉店まで手が休まることが無い。
まさに多事多端だ。
酷いときにはお昼御飯すら取れない時があるらしい。

それはよくないと俺は定休日を提案すると共に、年始や、数ヶ月に数回は休むべきだと話をした。
美容室はスーパー銭湯の様に無いと困るお店では無い為、無理はしなくていいということだ。
アンジェリっちは、見るからに神気不足気味の為、彼女はその提案をあっさりと受け入れた。
そしてこっそりと俺の神力を籠めてある神石を渡してある。
ほかの神様ズにはばれないように念押してはしてある。
ばれたらせがまれるに決まっている。
俺は神力タンクではない。
メルラドの服屋に行くと、オリビアさんとリチャードさんが準備をしていた。
年始早々お疲れ様です。

「オリビアさん、リチャードさん、新年明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い致します」
俺は軽く会釈した。

「守さん、今年もよろしくね」
とオリビアさんも会釈を返す。

「島野様、こちらこそよろしくお願い致します。すいません、本来であればこちらから挨拶に伺うところ、足をお運びくださいまして申し訳ありません」
相変わらずリチャードさんは堅いな。
そろそろ砕けて欲しいものだ。

「いえいえ、気にしないでください。それにしても正月でも営業するんですね」

「そうよ、正月はこのサウナ島には人が集まることは分かってるから、去年売り切れなかった商品をセール品として販売することにしたのよ、賢いでしょ?」
オリビアさんがどや顔をしているが、それは普通に日本では当たり前の光景なんだよね。
でもここは褒めておこう。

「凄いですね、正月セールですね」
オリビアさんのどや顔が止まらない。

「へへん!」

「ところでオリビアさん、アンジェリっちは何処にいますか?ロッジですか?」
とても嫌そうな表情を浮かべるオリビアさん。
何でだ?

「なんでお姉ちゃんの居場所が気になるの?」
少し険があるのだが・・・?
どうしてだ?

「新年の挨拶をしようと思いまして」
なぜかほっとした表情を浮かべるオリビアさん。

「そういうこと・・・今はロッジで寝てるわよ、昼には起きてくるんじゃないかしら?お姉ちゃんは休みになると昼まで寝るからね」
相当疲れているようだ。

「そうですか、ありがとうございます。ではまた」

「え!もう行くの?」

「新年の挨拶に伺っただけですので」
と早々にメルラドの服屋をあとにした。
ゴンガス様の鍛冶屋に行くと、ゴンガス様が受付にいた。
こちらも正月早々お疲れさんです。

「親父さん、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」

「おお、お前さんか、今年もよろしくな」
今ではゴンガス様のことを、俺は親父さんと呼んでいる。
ある時何となく俺は普通にその様に呼び、親父さんも抵抗なく受け入れていた。

「正月でも営業するんですか?」

「休もうかとも思ったんだが、どうにもまだ休むことに慣れておらん」

「そんなもんですかね?」

「儂としても変えていきたのだが、慣れんでの」
習慣はなかなか変わらないよね。

「働き過ぎは良くないですよ」

「分かってはおる、だがのう・・・」

「まあ、ゆっくりと変えていったらどうですか?」

「そうするかの」

「では、また」

「もう行くのか?」

「はい、新年の挨拶に伺っただけですので」

「律儀な奴だの」

「ハハハ」
親父さんの鍛冶屋を後にした。
お店に関しては、ほとんど周ったので、入島受付に移動することにした。
道すがらすれ違う人達に新年の挨拶をされた。
何人かは見覚えのある常連さんだ。
それにしてもこの世界でも、新年の挨拶が根付きだしている。
入島受付に行くと、ちょうどランドールさんとマリアさん、ルイ君が受付待ちをしていた。
珍しい組み合わせだ。

「三人とも、明けましておめでとうございます。今年もよろしく」

「あら、守ちゃん新年の挨拶ね。こちらこそよろしくね」

「島野さん、明けましておめでとうございます。こちらこそよろしくお願い致します」

「島野さん、今年もよろしくお願いします」
ランドールさんは新年の挨拶を知っているようだ。
一番堂に入っている。
確か師匠が日本人だったよな、だからだろうな。

「それにしても、三人一緒ですか?」

「そうです、昨日学校の最後の仕上げが終わりまして、三ヶ日はサウナ島でゆっくりしようという話になりまして」
ルイ君が説明してくれた。

「そうか、学校もいよいよ完成か?」

「はい、これから忙しくなりますので、骨休めです」

「ゆっくりしていってくれ」

「それにしても守ちゃんは、ルイちゃんの親戚のお兄ちゃんみたいね」
とマリアさんがウィンクをしながら言った。

「そうですか?」
まあ、実際甥っ子ぐらいに思えるからな。

「いえいえ」
とルイ君は顔の前で手を振っている。

「なんだ、嫌なのか?」

「滅相も有りません、嬉しいですよ」
何だそりゃ、国家元首がそれでいいのかね?

「ランドールさんは三が日はお休みですか?」

「ええ、師匠の教えで、三が日は休むことにしてます」

「なるほど」

「ねえ守ちゃん、メルルちゃんから聞いたんだけど、ぜんざいっていう、新しいスイーツが出来たんですって?」
メルルのやつ、マリアさんと仲いいんだな。

「三が日は餅つき大会をやってますので、是非参加していってください。そこでぜんざいを食べられますよ」
とお勧めしておく。

「ほんと?嬉しいわね」

「私も食べてみたいな」

「僕もです」

「昼から始めますので、どうぞ顔を出してください」

「分かったわ」
と三人は入島受付へと向かっていった。
その数十分後にゴンズ様が、部下をたくさん引き連れてやってきた。

「ゴンズ様、明けましておめでとうございます、今年もよろしくお願い致します」

「おお、よろしくな。お前がここにいるなんて珍しいな」

「新年の挨拶をしようと、待ち構えていました」

「律儀な奴だなお前は」

「ゴンガスの親父さんからも言われました」

「そりゃそうだろ、もう少しどっしりとしていろよな」

「こういう性分ですので・・・」

「まあ、島野らしいっちゃあ、らしいな」

「ハハハ、あっ!そうそう、餅つき大会をやりますので是非参加してみてくださいね」

「ほう、よく分からんが楽しみにしておくか」
ゴンズ様はサウナ島に入っていった。
そのまた数十分後、
今度はドラン様とアグネスが現れた。

「島野君、ハハハ!」
と手を振っている。

「ドラン様、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。アグネスもな」

「こちらこそよろしく頼むよ、ハハハ!」

「ちょっと!私の扱いひどくない?」
ちらりとアグネスを見て、うざいから無視することにした。

「今日は屋台の方ですか?」

「そうだよ、新たな牛乳料理をお披露目だよ」
アグネスが俺の肩をポコポコ叩いてくる。
うざいとしか言いようがない。

「へえ、そうですか。後で見に行かせて貰いますね」

「是非そうしてくれたまえ、ハハハ!」
とご機嫌なドラン様はサウナ島に入っていった。
アグネスはプリプリしながらも、嬉しそうにサウナ島に入っていった。
あいつは変わらんな・・・
その一時間後に五郎さんが現れた。

「五郎さん、明けましておめでとうございます」

「おお、島野!明けましておめでとう、今年もよろしくな」

「それにしても、新年の挨拶がこの世界には結構根付いていますね」

「それは儂がそういうもんだと広めたからだろうな」

「やっぱりそうですか、驚きましたよ」

「ハハハ!いいじゃあねえか」

「ですね」

「それにしても、餅つき大会だって?お前え懐かしいじゃねえか、ええ!」

「ですよね、昔はお隣さんとかと餅つきをやったものでしたよ」

「だな、儂の爺さんの温泉旅館の目玉イベントだったぞ!」

「そうなんですね」

「盛り上がったもんさ」
五郎さんは遠い眼をしていた。

「今の日本ではそんな風景は見られなくなりましたよ」

「そうか・・・寂しい話じゃねえか」

「ですね」

「まあ、今日は餅つきを楽しませて貰おうじゃねえか」

「そうしてみてください」

「じゃあ、後でな」
と言って、五郎さんはサウナ島に入っていった。
その数分後、オズとガートナーが現れた。

「島野さん・・・ええと・・・確か・・・明けましておめでとうございます。で合ってますか?」

「明けましておめでとう、今年もよろしくな。それにしてもオズ、良く知ってるな」

「ゴンに教えて貰ったんです」

「そうか」

「島野さん、明けまして、おめでとうございます」

「ああガードナー、今年もよろしくな」
あの件以降オズはしょっちゅう俺の所に、顔を出すようになった。
友達だから別にいいのだが、本当のところは、ゴンのことが気になっているのだと思う。
ガードナーも時々同席するようになった。
何だかんだいってもこいつらは仲が良い。

「今日のゴンは屋台の手伝いみたいだぞ」

「そうですか、屋台ですか?」

「ああ、神社にいけば分かると思うぞ」

「へえ、面白そうですね」

「ああ、顔を出してやってくれ、ゴンも喜ぶと思うぞ」

「はい、そうさせて頂きます」

「じゃあ、また後でな?」

「では、後で」
と二人はサウナ島に入っていった。
その三十分後にエンゾさんが現れた。
なぜか怒っている様子。

「エンゾさん、明けましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします」

「今年もよろしく・・・ちょっと!島野君、またやってくれたようね!」
またやった?
はて?

「何をですか?」

「聞いたわよ・・・新しいスイーツを完成させたらしいわね!」
それで何で怒られるの?

「ぜんざいのことですか?」

「それよそれ!もう!」

「何で怒ってるんですか?」

「それは・・・いいのよ!」
エンゾさんは怒ったままサウナ島に入っていった。
訳が分からん。
ぜんざい作って何故に怒られるの?
その後、デカいプーさんを待っていたが、来そうな気配がなかった為、場所を変えることにした。

まずは餅つき大会の準備が進んでいるか確認することにした。
臼が二つと杵が二つ、二か所で餅つきを行う予定だ。
上半身裸のマークとランドがさらしを撒いて杵を担いでいる。
場所は大食堂、テーブルと椅子の一部が片付けられており、餅つき用のスペースが造られていた。
料理班のスタッフが、餅抜きのぜんざいとお雑煮の準備をし、海苔、醤油、マヨネーズ、きなこがカウンターに並べられている。
屋台の手伝いをしていたゴンが、スーパー銭湯の前に現れて、リンちゃんに拡声魔法を掛けて貰いアナウンスを行う。

「これより、スーパー銭湯の大食堂にて、餅つき大会をおこないます。参加希望の方はお集りください!繰り返します。これより、スーパー銭湯の大食堂にて、餅つき大会をおこいます。参加希望の方はお集りください!」
アナウンスを受けて、お客が集まり出した。
結構な人数が集まってきた。
頃合いとみて、マークが口上を述べる。

「皆さん、明けましておめでとうございます!本年もサウナ島をよろしくお願い致します!これより餅つき大会を始めます。もちろんお代はいただきません。皆さんこぞって参加してください、では始めます!」
大食堂に拍手が響き渡った。
蒸したもち米が臼に入れられる。

「では始めます!よいしょ!」
とマークとランドは声を合わせて、杵でもち米を突く。
餅がひっくり返される。

「よいしょ!」
と杵でもち米を突く。

「よいしょ!」
しだいによいしょコールが始まる。

「よいしょ!」
よいしょコールが拡大していく。

「よいしょ!」
よいしょコールが最大化していた。

「よいしょ!」
会場が揺れているかと思う程に、よいしょコールが大きくなっている。
凄い!
まるでコンサートだな。
大盛り上がりだ。
マークとランドは、客と入れ替わり、次々にお客が餅つきを行っていく。
そして、付きたての餅が振舞われていく。
次々に上がる。

「旨い!」

「美味しい!」

「伸びるぞ!」

「新食感!」
の声、大好評のようだ。
中には案の定喉に痞えてしまって、背中を叩かれている者もいた。
ゆっくり食べてくださいな。
餅は逃げませんよ。

子供と女性の人気ナンバーワンはぜんざいだ。
やはり甘味は安定の人気だ。
そして、きな粉や、醤油などで餅を好きなように食べて貰っている。
加えて、雑煮が振舞われていく。
中には雑煮を十杯も食べた強者もいた。
お腹を壊したという苦情は受つけないよ。
なんにせよ、餅つき大会は大好評だった。
よかった、よかった。
五郎さんが年甲斐も無く、必死に腰を入れて餅を付いていたのには、ちょっと笑えた。



神社の屋台の様子を見に行くことにした。
こちらも大賑わいだ。
参拝客が、参拝を終えて屋台に並んでいる。

まずは身内の屋台を観にいくことにした。
マット君は焼きそばの屋台を開いていた。
これは間違いなくウケるだろう。
屋台と言えば、焼きそばだろう。
これは定番だ。
現に長蛇の列が並んでいた。
俺は声を掛けようかと思ったが、あまりに忙しそうにしていた為、止めておくことにした。
落ち着いたら声を掛けに行こうと思う。

隣に並ぶ屋台も行列が凄かった。
マット君のところよりも長蛇の列になっている。
これは・・・メルルの屋台だった。
流石は料理長だ、負けてはいない。
というより、負ける訳にはいかないという気概を感じる。
どうやらメルルはラーメンを選択したようだ。
忙しそうにしていたが、興味が勝ってしまい、覗きに行くことにした。

「メルル、忙しそうだな」
メルルは湯切りをしながら答える。

「ええ、お陰様で。島野さん一杯食べていってくださいよ」

「そうだな、並ぶよ」

「いいですよ並ばなくて、直ぐ出しますから」

「そういう訳にもいかんだろう、気持ちだけ受け取っておくよ」
俺はそう言うと列に並んだ。
特別扱いは憚られる。
ちゃんと並びますよ俺は。
結局三十分ほど並んだ。
待ってる事もまったく苦にはならなかった。
皆の楽しそうにしている表情を見ているだけで、俺は嬉しくなっていた。

「私の新作です、どうぞ!」
とラーメンを手渡される。

「これは・・・豚骨醤油か!」

「流石は島野さん、直ぐに見抜きましたね」

「やるなメルル!」
やられたー!
次に手を加えようと、取っておいたレシピだったのにな。
まあいっか。
それにしても旨い、大したもんだ。
濃厚な豚骨に醤油の深みがマッチしている。

「メルル、美味しかったぞ!」
と声を掛けて、他の屋台を観にいくことにした。
次に列をなしているのは大将の屋台だった。
一先ず声を掛けにいく。

「大将、賑わってますね?」

「島野さん、待ってましたよ」

「お!大判焼きですか?」

「ええ、師匠から教わりました」

「この鉄板は何処で?」

「ゴンガス様に師匠が造って貰ったようです」

「なるほど」

「それで、買っていきますか?」

「ああ、並ばせて貰うよ」

「律儀ですね」

「常識だろ?」

「そうですね」
それにしても大判焼きとは、五郎さんらしいや。
大判焼きは円盤焼きとも言われているようだけど、大将の反応をみる限り、五郎さんは大判焼きの方なんだな。
まあ、どっちでもいいんだけど。
久しぶりに食べる大判焼きは美味しかった。
皮がもちもちで旨い。
大将はまた料理の腕を上げたようだ。

外の屋台も覗きたかったが、既に腹いっぱいの為、今日は止めておくことにした。
明日に期待しようと思う。
ちらりと遠目に屋台を眺め、何となく明日行く屋台をチェックしておく。
それにしても、ここまで参拝客が訪れるとは思ってもいなかった。
参拝客も長蛇の列になっている。
メタンが、お賽銭箱の前でニコニコしていて。
時々作法を教えているようだった。

屋台を各街二台にしたことが、かえって宣伝効果に繋がったみたいだ。
そういえば、お賽銭はどうしたらいいんだろうか?
寄付するしかないだろうけど、流石にここには待ったは掛からないよな?

お店街に戻ると、服屋のセールがとんでもないことになっていた。
新年のセールってこんなにも凄いものだったんだ・・・
俺は日本で新年のセールなんていかなかったが、日本でもこんな感じなんだろうか?
奪い合っているようで正直怖い。

オリビアさんもレジに張り付いていた。
リチャードさんは品出しに大忙しだ。
あれ?メリッサさんまで借りだされているぞ。
国家元首がなにやってんだ?
いつものお付きの警備兵まで、お店の手伝いをしていた。
国家総出かよ。
ここは、お店を拡張した方がいいのだろうか?
ところ狭しと客が入り乱れている。
判断に困るところだ。
巻き込まれて話不味いと早々に退散した。

レイモンド様とすれ違い、新年の挨拶を行った。
後はアンジェリっちで、神様ズへの新年の挨拶はコンプリートだ。
餅つき大会に戻ると、ちょうどアンジェリっちが餅つきを行っていた。
遠目に眺めていると、餅つきを終えたアンジェリっちが、こちらに気づいて近寄ってきた。

「明けましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします」

「こちらこそよろしく、新年の挨拶ってやつね」

「そうです、親しき仲にも礼儀ありです」

「ほんとにね」

「それで、三が日はどうする予定なんですか?」

「とくに決めてないけど、三日間ともサウナ島に居させて貰うわ、神力不足をこの機会に改善しようと思うじゃんね」

「ちょっと働き過ぎなんじゃないですか?」

「そうかも、でも求められると嬉しいじゃん?」

「ですね、気持ちは分かりますよ」

「でしょ?それにエルフの村にもっとお金を落としてあげないといけないしね」

「もうだいぶお金が周ってると思うんですが、足りませんか?」

「出来れば、もう少し流通させたいじゃんね」
本当は美容室の更なるブラッシュアップを提案したいけど、今は止めおいた方がよさそうだ。
これ以上忙しくなるのもね。
ちょっと心配だし。

「そうですか・・・とりあえず今はゆっくりしてください」

「そうさせて貰うわ」

「ではまた」

「じゃあね」
俺は餅つき大会を手伝うことにした。
結局初日分の餅が夕方には尽きてしまい、初日の餅つき大会は終了した。
そして、正月のスーパー銭湯だが、二回に渡る入場制限をすることになってしまった。
充分過ぎる賑わいとなったのである。



翌日、初日程ではないが、朝から賑わいをみせている。
念のため餅の量を昨日より多めに準備しておいた。
というのも、夜にスーパー銭湯に訪れたお客達から、餅つきが出来なくて、残念との声を多数いただいたからだ。
少しでも期待に応えたい為、急遽の対応となった。
まあそもそも無料のサービスだから、こちらに非は無いのだが、お金の問題では無く、楽しんで欲しいという想いが先立つ。
この世界には餅つきが無いのだから是非経験して欲しい。
今日の餅つき当番はギルとノン。
上半身裸に、さらしを撒いて気合を入れている。

「二人共、今日は頼んだぞ」

「任せておいて」

「楽勝」
と安定の二人。
ここは二人に任せて、昨日チェックしておいた屋台に向かうことにした。
始めに訪れた屋台はドラン様の屋台だ。

「ドラン様、来ましたよ」

「おお、島野君、是非買っていってくれよ、ガハハハ!」

「これは・・・」
おいおい、コーヒー牛乳とフルーツ牛乳じゃないか!
屋台じゃなくて、スーパー銭湯で販売してくれよ。

「ドラン様・・・屋台でもいいですが、この商品はスーパー銭湯でも販売してくださいよ・・・」

「お!そうかい?では今後はそうしよう」

「間違いなく売れますからよろしくお願いします」

「そうか、島野君のお墨付きか、ガハハハ!」
やれやれだ。
俺はコーヒー牛乳を一本購入し、一気飲みした。
さて次はエルフの村の串焼きの屋台だ。
これまで見て来た串焼きとは、匂いが違うのだ。
おそらく香草をブレンドしたスパイスを使っていると思われる。
匂いが、食欲を擽る。

「一本下さい」

「はい、お待ち」
俺は串焼きを購入し、口にした。
やはりこれは旨い、スパイスが断トツに美味しい。

「このスパイスは何ですか?」
俺はエルフの屋台主に尋ねた。

「これは、エルフの村に伝わる秘伝のスパイスです」

「おお!秘伝のスパイスですか?」

「門外不出です」

「素晴らしい!」
ここでもエルフの伝統が生きているのか。
エルフの伝統恐るべしだ。
そして、ゴルゴラドのたこ焼き屋台に向かった。

「これは大蛸ですね?」

「ああ、島野さん。さすがに分かるかい?」
見知った魚人の店主が答える。

「この鉄板はゴンガス様が造ったんですか?」

「そうだ、それにこの蛸はゴンズ様の養殖の蛸だ、大きいだろう?」

「ですね、これは豪快だ」
通常のたこ焼きの倍の大きさのたこ焼きだった。
これは食べ応えがありそうだ。
焼き上げるのにも時間が掛かりそうだ。
ゴンズ様の養殖の蛸ということは、ゴンズ様の肝いりということだな。
そしてその横にあるもう一台の屋台は、蛸の串焼きだった。
こちらの蛸もデカい。
ここぞとばかりにデカい蛸をアピールしてくるな。
蛸の串焼きは、醤油が塗られており、香ばしい匂いが食欲をそそる。
ここに来てゴンズ様の蛸の養殖が生きてきている。
採算が合わないだろうと思っていたが、こんな方法を用いるとは・・・
案外あの人も商才があるのかもしれない。

結局この日もサウナ島は大賑わいだった。
餅つき大会も何とか夜まで餅が足りた。
明日はどうなることだろうか?
最終日も気が抜けない。



最終日。
今日も朝からサウナ島は賑わっている。
まだまだ参拝客の列は途絶えることが無い。
メタンは今日も絶好調だ。
今日は朝から聖者の祈りを行っており、神気製造機と化している。
良いぞメタン!もっと神気を放出してくれ!

こいつはもはや神気製造機だ。
こいつがあと十人いれば、この世界の神気減少問題は解決できるのではないだろうか?
そう思わずにはいられない。

さて、決して気を抜いてはいなかったが、これまで以上にサウナ島の賑わいは、時間を重ねるごとに増していった。
最終日が盛り上がるってどういうことだ?
徐々にフェードアウトするものでは無い様だ。
それよりも最後だからと楽しもうとする人達の方が多いようだ。
こうなると逆に明日からの反動が気になってくる。
明日からのサウナ島は大丈夫なのだろうか?

今日の餅つき大会当番は、テリーとフィリップだ。
こちらも上半身裸にさらしを撒いて気合を入れている。
残っても保存食になるだろうと、今日は昨日より多めに餅が用意されている。
なのにだ・・・なんだこの人数は?
初日の倍はいるな・・・
急遽臼と杵をもう一組準備し、ルーベンを捕まえて、餅つき当番に指名した。
テリー少年とその仲間達の再結成だ。

これはまずいと、俺は畑に向かいもち米を一気に育てた。
アイリスさんには無理をさせてしまったかもしれないが、最終日は有終の美を飾りたいものだ。
それを察したアイリスさんは、俺の無理に笑顔で答えてくれた。
そしてこの日はスーパー銭湯の入場制限が、四回も行われることになってしまった。
過去最大の入場者数になってしまった。
どうしてこんなことに・・・
まさかの新記録となってしまったのである。
やれやれだ。