結局マウンテンバイクに乗れるようになるのに、一週間以上を費やしたゴンガス様は、
「やっと乗れたぞ!」
と嬉しそうにしていた。

コツは下を見ずに前を向くことだと教えたのに、俺のいう事をまともに聞いてない結果がこれだ。
既にサウナ島にはマウンテンバイクは十台以上有り、それに乗りたいと多くの者達がチャレンジしていた。
流石というべきなのか、家の聖獣勢と神獣は既にマウンテンバイクを乗りこなしていた。
後は、従業員達の中でも数名がマウンテンバイクを乗り回している。

これは既にサウナ島に訪れる人達にも話題となっており、我先にとマウンテンバイクに乗りたがった。
このままでは良くないと、俺はヘルメットを作製し、安全に努めて貰う事にした。
素材はほぼゴム製の物となってしまったが、文句は受け付けない。
安全第一を貫き通すまでだ。
これで事故が起こってしまっては元も子もない。

さて、そんな俺の思惑とはかけ離れた所で、いったい誰が一番早いのか?を競う争いが始まっていた。
その様は俺からしてみたら競輪でしかない。
そして当然のように行われる、オッズに伴うギャンブル。
当然胴元は五郎さんだ。
今回も五郎さんが荒稼ぎすることになるのだろう。

そうなるならと俺も意を決して、マウンテンバイクの競技場を造った。
勾配があり、様々な障害があるレース場、せっかくならと会場を見回すように観客席も造ってみた。
そして、これが大いにウケてしまった。

俺はこれを喜んでいいのかどうなのかも分からぬまま、遂に決戦の日を迎えてしまっていた。
マウンテンバイクのレースが執り行われることになっていた。
参加者は五十名に絞られる。

まずは予選は十名を一括りとして行われることになっている。
予選を一位通過した者と、二位通過した者のみが、決勝戦に出られる。
参加基準はマウンテンバイクに乗れることと、飛行能力を持たない者に限定された。
ギルから抗議があったが、公平を規す為にはしょうがない事だと、言い聞かせた。
ギルは今回はテリーの応援に回ると渋々言っていた。
聞き分けがよくて大変助かる。
息子よ、すまん。お父ちゃんを許してくれ。

せっかくなら飲み食いして観戦したいかと、屋台を準備した。
食事は簡単な物しか用意しない。
おにぎりとサンドイッチだ。
飲み物はコーヒーとお茶と、ジュースとビールに限定した。
久しぶりの屋台だと、メルルは意気込んでいた。
ここでも目立ちたがり屋のオリビアさんが拡声魔法を受けて、レース実況をすることになっている。

参加者の絞り込みは悩んだ末、神様達の推薦ということにした。
これならば、文句は出ないと考えたからだ。
詰まる所、責任分担ということだ。
タイムトライアルも考えてみたが、ストップウォッチが無い為断念した。

競技場だが俺も何度か走ってみたが、我ながら嫌らしい造りになっており。一筋縄ではいかないコースになっていた。
レースでは、どこでどう仕掛けるのかが重要になるだろう。
勾配もあり、下り坂にはS字クランクもある。
ジャンプ台もあり、何処でも追い抜きが出来る様に、幅は充分に広く造られている。
安全にも気を配っており、コースの脇には網状のネットが張られている。
だが、支柱の柱は丸太になっている為、コースアウトして支柱にぶつかれば、それなりに痛い思いをすることになる。

レースのルールは簡単なもので、故意による魔法での妨害や、接触などは禁止であり、審判は神様ズが行うことになっている。



さて今回のレースだが、サウナ島の代表選手は、ノンとゴンとレケ、そしてテリーとマット君だ。
マット君は料理班のホープで、将来はメルラドに帰って食堂を開きたいという夢を持った青年だ。
マット君は働き者で、メルルも認める逸材だった。
マット君は魔人でそれなりのイケメン君だ。

五郎さんから、今回のレースのオッズが公開された。
観衆が注目している。
そして、騒めきが凄い。
はやり一番人気はノンだ、何と倍率は1.4倍、単勝のみのオッズでこれは凄いことになっている。
二番人気はゴンで三倍の倍率で、三番人気はレケで五倍の倍率だった。
三番人気まで全てサウナ島の者であることに、俺は鼻が高かった。
やはり聖獣勢は強い。

レースの順番は、くじ引きで行われることになっている。
レースの参加者が順番でくじを引いて行く。
ここで早くも予選でサウナ島選手による対決が、行われることになった。
ノンとゴンだ。
ある意味因縁の対決だ。
犬飯論争に決着はつかないが、初期メンバーの対決は見どころ満載である。
俺の予想はノンに分があると考えている。
スピードと体力の勝負となるとノンの方が一枚上手だろう。
ゴンには悪いが、身体能力的にもノンの方が高いと思う。

そして、予選が開始された。
観客席には、立ち見も見られるほどの賑わいとなっていた。
スターターは、ゴンズ様が行うことになっている。
まだ予選であるにも関わらず、観客席にまで緊張が伝わってきている。
観客席は満席だ、この世界の人達もお祭り騒ぎは好きなようだ。
是非楽しんで頂きたい。
レースってワクワクするよね。

十名の選手達が横一線に並び、スタートの掛け声を待っている。
観客席は静まりかえった。
ゴンズ様が手を挙げた。
一気に緊張感が増す。

「位置について、用意、スタート!」
一斉に動き出す選手達。
観客席から声援が挙がる。
先頭を走る選手が、始めの直角カーブに差し掛かっていた。
横滑りのドリフト走行を見せている。

「おお!」

「まさかのドリフト!」

「あいつすげえ!」
観客席が熱気に溢れる。
すると、後続で接触事故が起こり、三名が転んでいた。
これは早くもリタイヤかと思ったが、起き上がってレースに復帰していた。
無事に済んでよかった。
やれやれだ。

レース復帰した選手達への歓声が起きていた。
オリビアさんの実況も熱を帯び始めている。
このペースで決勝まで持つのか?というほど熱が入っていた。
その実況に当てられて、観客は更にヒートアップする。
自分の街出身の選手達に対する声援が凄い、中には横断幕まで持参している者もいた。
気持ちはよく分かる。
俺も身内に活躍して欲しいと思っている。

予選一回戦目が終了した。
大きな拍手が起こっていた。
観客達は選手達に労いの声を掛けていた。
何だか運動会の様で俺は嬉しかった。
ほとんどの観客が、選手達をリスペクトしているのが分かる。
とても良い雰囲気だ。

続いて予選のレースが行われていった。
いよいよ因縁の対決が幕を開けようとしていた。
ゴンの隣で余裕の表情を浮かべるノンが、マイペースに開始の合図を待っていた。
ゴンは明らかにノンを意識しているのが分かる。
ちらちらとノンを見ている。
ゴンズ様が腕を上げると、ノンの表情が一変した。
やる気スイッチが入ったか?

「位置について、用意、スタート!」
とゴンズ様の掛け声と共に、ロケットスタートを切ったノン。
一気に先頭に立ち、グイグイと前に進んでいく。
立ち漕ぎが板に付いている。
観客席からどよめきの声があがる。

「早い!」

「ものが違う!」

「おお!」
二番手に付けたゴンが、必死に追い立てている。
しかし、その差は埋まらない。
構図としては、ノンとそれを追うゴンが頭一つ以上抜け出しており、それに追いつこうと後続が続くが、既に青色吐息だ。
結局そのままノンが、余裕で一気に駆け抜けてゴールしていた。
悔しがるゴン、それをまったく気にせずヘラヘラしているノン。
勝負あった感が強い。
これはノンの圧勝か?

その後も予選が行われ、白熱のレースが繰り広げられた。
そして全ての予選が終わり、クールダウンの時間となった。

これまでの予選のレースを見て興奮した観客達が、あーでも無い、こーでもないと議論が白熱している。
まだまだ興奮は止みそうに無い。
ここで五郎さんから最新のオッズが発表された。
観客がどよめいている。
なんとノンの倍率が1.1倍になっていた。
ざわつく観衆。
なぜだか、ノンコールが始まった。

「ノーン!ノーン!」
と大賑わい。
調子に乗って観衆の前に出て来たノンが、へんてこなダンスを踊っている。
どう見てもロボットダンスなのだが・・・
あの野郎・・・ふざけてやがるな・・・
それにしてもここまでのオッズになるとは思わなかった。
これはノンの圧勝だな。
あの走りを見る限り、この予想は当然のことなのかもしれない。
五郎さんも守りに入ったか?

サウナ島から決勝に残ったのは、テリー以外の四人だった。
テリーも健闘したが、最後の下りのS字カーブで転倒してしまい、三位に降格してしまっていた。
残念としかいいようがない。
そんな中、マット君は伏兵的な働きをしそうだった。
マット君は後半に一気に捲る戦法をとっており、予選でも最後に捲って、一位通過していた。
捲りのマットと二つ名がついても不思議ではない走りだった。
決勝ではどういった走りをするのだろうか?
マット君には期待したい。

遂に決勝戦が始まろうとしていた。
既に推しの選手が予選で敗退してる観客達も、決勝戦は見逃せないと、そのほとんどが残っている。
選手の緊張感が、観客席にまで届いていた。
誰かが唾を飲む音が聞こえてきそうだ。
ゴンズ様が思むろに手を挙げた。
遂に始まる決勝戦。

「位置について、よーい、スタート!」
決勝戦が始まった。

スタートダッシュをしたのは、ゴンだった。
ゴンはスタート時に体を前に傾け、一気に踏み出していた。
どよめく観客、誰もがノンがスタートダッシュをするものと考えていたのだろう。
その予想を裏切るスタート後の出来事だった。
続いてスタートダッシュしたのは、エルフの男性だった。
ノンは三番手に付けている。
ノンは戦法を変えて来たのか?
否、余裕をかましているのだろう。
現に口元に笑みが浮かんでいる。

最初の直角カーブを抜け、次にジャンプゾーンに差し掛かる。
そのジャンプゾーンで、優雅にスーパーマンポーズを決めているノン。
観客が大いに沸く。
完全に遊んでいる。

そして遂にノンが動く。
上りの一直線ゾーンに差し掛かったやいなや、一気にラッシュを掛けるノン。
エルフの男性とゴンを一気に抜き去った。

「ああー!」

「ここできたか!」

「やっぱりか!」
と観衆から声が挙がった。
ノンは二人を抜き去ると、そのままペースを落とすこと無く、最後の下りのS字カーブに差し掛かった。
勝負あったか?
誰もがノンの優勝を疑ってはいないだろう。

だが、ここでまさかの出来事が起こる。
最後のS字カーブでノンは急に獣化して、マウンテンバイクをかなぐり捨てて、森の中に一目散に駆け出した。
何が起こった?
俺は思わず立ち上がっていた。
ノンよ何処え?
観客からも、一拍遅れてどよめきの声が挙がる。

そして、そんなこととは露知らず、二位争いをバチバチにしているゴンと、エルフの男性は、ノンが捨てていったマウンテンバイクに気づいておらず、衝突してコースアウトしていた。
それをしっかり見ていた、伏兵のマット君が乗り捨てられたマウンテンバイクを上手に回避し、一着でゴールしていた。
観客から歓声が上がっていた。

「まさかの結末!」

「嘘だろ!」

「これぞまさに漁夫の利!」
と叫んでいる。

意外な結末に観客のテンションも可笑しなことになっていた。
それにしてもノンは何であんな行動を取ったのか?
謎が残るレースとなった。



その三時間後にノンが、ジャイアントベアーを引きづって帰ってきた。
俺が思うに、森の小さな友達を助けにいったという処だろう。
まあ、ノンらしい出来事だと思う、だが他の皆には何が何だかさっぱり分からない出来事だと思う。
そして、優勝したマット君だが、自分に金貨十枚をベットしていたらしく、マット君の倍率は三十五倍であった為、金貨三百五十枚が手に入ったと喜んでいた。

「これで独立が近づいた」
と興奮していた。
マット君は料理班のエースの為、独立されるのはこちらとしては痛いが、マット君の夢が叶うのなら、俺は全力で応援してあげたいと思う。
夢に向かって頑張る若者は応援したくなるものだ。
全力で挑んで欲しいと思う。
マット君頑張れ!



さて、そろそろスーパー銭湯がオープンしてから半年近くが経っていた。
そこで俺は原点に立ち返り、更なる満足度の追求に乗り出した。
所謂ブラッシュアップを行おうということだ。

まず手を加えたのはカレンダーを作ることだった。
一ヶ月間で行われるイベントを纏めたカレンダーだ。
要はイベントカレンダー。
現在行われているイベントは、熱波師イベントぐらいだが、これからはいろいろなイベントを行っていくことになる。

まずはサウナの日だ。
これはいつものサウナの温度設定よりも、五度上げるというものだ。
もはや常連が多いスーパー銭湯だが、その常連を唸らせるイベントと言えると思う。
サウナの日はサウナ愛好家にとっては、無視できないイベントだ。
たかが五度、されど五度だ。
この五度の差がサウナのパフォーマンスを変えることを俺は熟知している。
決して見逃すことは出来ないイベントだ。
この五度の差でサウナに入っている時間が変わってくる。
これをまずは毎週水曜日と土曜日に加えることにした。
ギルには既に指示してある。

そして、次は入浴剤だ。
今では俺がお気に入りの入浴剤がいくつかあるが。
その中でも一番人気なのは柚子湯だ。
湯舟に柚子を何個も浮かべる。
匂いが良く、体もよく温まると好評だ。
これまでも何度かゲリラ的に行ってきたが、評判は良い。
特に女性からの人気が高い。
これは毎週火曜日に行うことにした。

そして子供騙しになるのだが、ゴムで造ったアヒルの人形や、スーパーボールなどを浮かべた遊びの湯だ。
家族連れに絶大的な人気がある。
たまにゴムのアヒルが脱走するのだがご愛敬。
子供が持って帰ってしまうのだろう。
お家で大事にしてやって欲しい。
これは毎週月曜日に開催している。

後は、水風呂にハーブを浮かべる、ハーブ水風呂だ。
清涼感のある水風呂になり、いつもの水風呂よりも、身体が引き締まるような感覚を覚える。
清涼感がたまらない。
俺としてはお勧めの水風呂だ。
これは毎週木曜に行っている。

そして金曜日にはフローラルの湯を開催している。
ジャスミンをメインに花のエキスを『分離』で取り出し、定期的に湯舟にフローラルエキスを加える。
こちらも女性人気が高い。

日曜日には、熱波師によるアウフグースサービスを、いつもの倍行うイベント日にしている。
アウフグースサービスには既にファンが付いている。
熱波師のノンは断トツの人気者で、フィリップとルーベンも頑張っている。
女性の熱波師に関しては、ギルに任せている為、誰が熱波師をやっているのか俺は知らないが三名ほどいるらしい。

そして男女共脱衣所に、なんちゃってウォーターサーバーを設置した。
内容としては、なんちゃって水筒のデカい版を造り、下部に蛇口を取り付けた。
中にはキンキンに冷えた麦茶が入っており、無料で提供されている。
ウォーターサーバの容量は四リットルサイズの物にした。
コップは各自持参してくださいと張り紙に記載している。
紙コップを作ることも出来るが、ゴミが出るのは勘弁して欲しい。
ひと手間掛かるが、無料で提供している為、文句は受けつけない。
エコには拘りたいところだ。

そして毎日の日替わり定食の内容を、ここで記載することにした。
これには客にアピールすると共に、料理班の手間を省くという側面もあった。
今では魚介類や肉などは、ほとんどが間に合っており。
毎日料理班が、日替わり定食の内容を考えている。
その料理班の手間を無くすということにも繋がっていた。
極力同じ内容の料理にならない様に工夫している。

そして、最も注目を受けるイベントは二十六日の「風呂の日」だった。
この日は入泉料と食事代が、全て半額となる特別な日となる。
語呂合わせではあるのだが、こういった日があっても俺は良いと思う。
後日談にはなるのだが、この日を待ち侘びているお客様がとても多く、この日の為に日々の労働を頑張っているお客様が多数いることを、俺はアンケートで知った。
毎月二十六日が待ち遠しいとアンケートに書いてあったのを見かけた時は、風呂の日を導入して良かったと心から思った。

まだまだこのサウナ島に来れるお客様は裕福な者達が多く、そうではない一般の者達には敷居が高いのだと思い知らされた。
だからといって料金設定を変えようとは思わない。
その内、経済や物価が変わってきて、この水準に世界が追いつくと俺は考えている。
こちらから歩み寄るべきではない、というのが俺の持論だ。
それでいいと俺は思っている。
そうあるべきだとも、思うのだった。
なんといってもこの世界にはまだまだ娯楽が少ない、もっと娯楽の重要性に気づけば労働自体も変わってくるはずだ。
そうなれば、雇用条件も変わってくることだろう。

そして次はメニュー開発を行った。
これには肉が安定供給された時に、メルルからお願いさせていた件でもある。
クルーザー作り、マウンテンバイク作りと、遊びにかまけて放置していたことを、俺はメルルには侘びたが、
「島野さんが頭を下げることではありません、島野さんはやりたいことが出来たら全力でやれと、常々言ってることじゃないですか」
と諭されてしまった。

俺はメルルは大人だなー、と感心してしまった。
確かに俺は偉そうに、皆にそんなことを言っている。
まさか自分にボールが返ってくるとは思わなかった。
我ながらやれやれだ。

今回メニューに加える物は、粉物を中心にした。
これまでは提供時間に重きを置いてきたが、お客様の反応を見る限り、そこに拘るよりも、食べたことが無い物などを、提供した方が良いのではないかと思えたからだ。
採用したのは、たこ焼きとお好み焼きと焼きそばだ。
特にたこ焼きは販売開始当初から人気メニューの仲間入りをしていた。

そして禁断のメニューに手を付けることになった。
いや手を付けなければならなくなったと言っていいだろう。
五郎さんのところの大将が、苦虫を噛み潰した表情で、俺の社長室にやってきた。
大将は顔なじみの為、もちろん顔パスだ。
開口一番、大将から衝撃の一言が浴びせられた。

「島野さん、中華そばを作ってください」

「・・・」
なんで大将が中華そばを知ってるんだ?
あっ!そうか、五郎さんの入れ知恵か・・・
ラーメンは一筋縄ではいかない、だからこれまで俺はラーメンには手を出してこなかったのだ。
ラーメンは奥が深い料理だ。

「師匠から、島野さんなら再現できるだろうから、お願いしてこいと言われまして・・・」
やっぱりか・・・
五郎さん無茶ぶりかよ・・・
でも、やってみるか?
時間はあるしな、よしやってみよう!
というよりやるしかないよな・・・

「大将、長い道のりになりますよ」

「はい、心しております」

「では、戦場に向かいましょうか?」

「よろしくお願いします」
俺は大将を連れて、厨房へと向かった。
厨房に入ると、メルルがスタッフ達に指示を飛ばしていた。

「メルル、忙しところすまない」

「あれ?大将も一緒ですか?」

「ああ、実はな、これからとんでもない料理を開発することになった」

「とんでもない料理ですか?」

「ああ、その名もラーメンだ」

「ラーメン?」

「俺の故郷の料理だ、中華そばともいう」

「・・・」

「ラーメンは終わりがないとも言われる、究極の料理なんだ」

「なんでそんな・・・」
五郎さんの無茶ぶりとは言えないな。

「そこで、大将と共同開発を行うことになった」

「そうなんですね・・・」

「メルルも協力して欲しい」
メルルは表情を引き締めた。

「了解です!」
話が早いな、ありがたい。

「メルル、すまない」
と大将はメルルに頭を下げていた。

「いえ、島野さんが究極の料理というからには、私も挑んでみたいです」

「ありがとう!メルル!」
二人はがっちりと握手をしていた。

「さてラーメンだが、流石に俺も一から作ったことが無いから、手探りの物になる。まずは俺のうる覚えの知識から始めてみようと思う」

「わかりました」

「まずはメルラドの炊き出しで使った寸胴鍋を用意してくれるか?」
メルルが倉庫から寸胴鍋を用意してくれた。
俺は寸胴鍋に水を張り、お湯を沸かす。
そこにタマネギ、ネギ、人参をぶち込み。
ジャイアントチキンの骨と、ジャイアントピッグの骨を入れ、さらに鰹節をダイレクトに投げ込み、ぐつぐつ煮込む。

その隙に、麺を作るヌードルマシンをチャチャっと作る。
これまでにもパスタ用のヌードルマシンはあったが、細麺にしようと、新たに作ってみた。
麺の材料は強力粉と薄力粉、重曹に塩と水を加えたもの。
混ぜ合わせて、ヌードルマシンに入れてバンドルを回して麺を作った。
味見してみたが、強力粉と薄力粉の割合を、今後変えてみる必要がありそうだ。
思ったよりも麺が堅い。

ひとまずはこれでいいだろう。今は試作の段階、拘りはこれからの話だ。
まだまだスープの中の骨のエキスが出きってはいないが、ニュアンスを掴むにはこれぐらいでいいだろう。

「初歩中の初歩だが、こんな感じの料理ということを掴んで欲しいと思うがいいか?」

「はい、よろしくお願いします」
俺は麺を茹でて、うどん用に作ってあった湯切りの網を準備した。
麺を湯切りして器に移す、そこにスープを入れて、醤油を加えていく、さらに塩を足して味を確認していく。
うーん、もの足りないが・・・まあこれぐらいでいいか・・・
更に醤油と塩をで味を調整し、なんとかラーメンらしきものが完成した。

「ひとまずこんな料理だというニュアンスを掴んで欲しい、食べてみてくれ」
メルルと大将に試食をさせた。
戸惑いながらも試食をするメルルと大将。

「うん、なんだか物足りなさがありますね」

「ええ、うどんとは違う料理なのは分かりますが、何と評したらいいのでしょうか?」
といった反応だった。

「ここに本当はチャーシユーや、野菜などをトッピングして提供するんだ」

「なるほど、でも島野さんチャーシユーとはなんですか?」

「また後日作るよ」
チャーシユーに関しては、俺は少し自信がある、実はチャーシユーはかつて作ったことがあるのだ。
自己流だが、俺はその味に満足している。
密閉出来る容器を準備し、そこにブロック肉を入れていく。
ブロック肉には串で適当に穴を空けてある。
更に水と醤油、生姜、ネギ、ニンニクを入れる。
ここに決めての二酸化炭素を入れる、要は炭酸水が肉を柔らかくしてくれるということだ。
これを二日間ほど寝かす。
後はブロック肉を焼いて、一度寝かす。
提供前に軽く炙ったら、シャーシューの出来上がりだ。
チャーシューを試食した二人は。

「これだけでも料理として成立してますね」

「これだけ柔らかい肉は始めてです」
と好反応。

そして、問題のスープだが、何とか提供できる物が出来上がるのに二週間近く掛かってしまった。
出来上がったのは二種類のスープ。
魚介を中心としたスープと、ジャイアントチキンの骨から作った、白湯スープだ。
中華そばには白湯の方が合うだろうと、白湯スープに醤油と塩を加えて、味を調整して完成した。

五郎さんを呼び、試食して貰った。

「旨い!旨いが儂の知ってる中華そばとは違うな。ここまで複雑な味はしてねえな」

「もっとシンプルということですか?」
拘りすぎたか?

「そうだな、まあでもこれはこれで、良いんじゃねえか?」

「そうですね新たなメニューとして採用します」
五郎さんの時代の中華そばとはどんな味なのだろうか?
戦前となると、純粋に醤油ベースの物だと思うが・・・
一先ずこれでいいだろう。
まだまだ手を入れなければならないが、提供できるレベルにはなった。

「よし、まだまだ改善したいところはあるが、白湯ラーメンと海鮮ラーメンとしてメニューに加えよう」

「豚骨はどうしますか?」

「あれはまだ駄目だ、もっと旨くなってからだな」

「続けて開発は行うということですね?」
大将はまだまだやる気だ。

「ああ、ここまで来て止めますはあり得ないな」

「よし!やりがいがありますね」
本当に大将は料理のこととなると、情熱が凄い。
実に熱い男だ。
それにしてもラーメンは奥深い。
まだまだ完成には時間が掛かりそうだ。



ブラッシュアップは続いている。
次に行ったことは、日本に帰り古本屋に行った。
そこで、中古の漫画を異世界に持ち込んでも良さそうな内容の作品をピックアップし、購入した。
家に帰ると転写の能力で、異世界使用に仕上げていく。

こうして作った漫画を、スーパー銭湯の休憩室に本棚を造り、漫画を設置することにした。
今では本棚には、持ち帰り厳禁と大きく掲示されており、そのルールを破った者は、今後スーパー銭湯は出入り禁止になるという事が記載されている。
何がなんでも借りパクはさせないということだ。
ゴムのアヒルとは訳が違う。
その理由としては、あまりに人気が出てしまい。奪い合いをする所を何度か見てしまったからだ。
そこで人気作品は複数巻作成することにした。

中にはスーパー銭湯の開店時間から閉店時間まで、風呂にも入らず漫画を読み漁っているお客様もいたようで、漫画は爆発的な人気となってしまっていた。
そして一番興奮したのはマリアさんで、

「守ちゃん、漫画はエクセレントよ!新たな芸術よ!」
と顔が引っ付く距離で熱弁されてしまった。

マリアさんはそうとう影響を受けたようで、
「私も漫画を描くわ!」
と漫画家になることを宣言していた。
いったいどんな作品を書くのか少し興味を覚えたが、アダルトな作品だけは勘弁願いたい。
出来れば男女年齢関係なく、どの種族でも読める内容の作品に期待したいところだ。

ちなみにだが、漫画を選ぶ基準として、異世界物や戦争、戦いを背景とした内容の作品は持ち込まないことにした。
その為スポーツを題材にした作品が多い。
案の定ランドは、バスケットを題材にした王道の漫画を気に入り。
暇さえあれば、何度も読み返していた。

今では赤いバスケットのユニフォームをオーダーで作り、良く着ているのを見かける。
話は脱線するが、今ではメルラドの服屋でバスケットシューズや、スニーカーが買える様になっている。
俺が完成品を持ち込み、それを参考にカベルさんが作ってくれている。
靴底のゴムはサウナ島産ものを使っている。
特にスニーカーが大人気だ。
ただ、この世界には足の形が人型とは違う種族もいる為、そういった方はオーダーメイドで注文をしなければならない。
又、サイズも個人差が大きく、巨人族は三十センチ以上の方も多い。
型のバリエーションを豊富にしないといけないが、腐る物では無い為、特に困ったことではないとカベルさんは言っていた。
なんとも逞しいことだ。

話を戻そう。
漫画効果としては、案の定。

「野球とはなんだ?」

「野球をやってみたい!」

「グローブが欲しい!」
との声が出始めた為。
カベルさんに日本で購入したグローブと硬式球を参考に、グローブと硬式球を作成して貰い、販売して貰うことにした。

流石のカベルさんも随分手古摺っていたが、なんとか量産できるところまで漕ぎつけていた。
彼の職人魂を感じる出来事だった。
バットは俺が適当に木から作り、即席で造った野球場に置いてある。
ランドールさんのところの大工達も何本かバット作っていた。

この野球場だが、即席ではあるが適当に椅子を並べれば、ちょっとした観客席にもなる様になっている。
そして野球は多くの者達の心を掴んだ。
連日野球をしにサウナ島を訪れる人達がいた。
直に野球チームが出来あがるに違いない。
島野商事の従業員達は、既に野球チームが二チームもあり、俺も時々顔を出すようにしている。
野球にド嵌りしたマークが、しょっちゅう俺を誘いに来るのだが、その理由は俺のスライダーを攻略したいようだ。
まだまだ打たせる訳にはいかない。
時折カーブも織り交ぜて、配球は読ませないようにしている。
キャッチャー役のノンは既に目が慣れてきたようで、たまに打たれてしまうことがある。
運動抜群のノンは流石であると言える。

そして、最近は工房に入り浸り気味のゴンガス様が遂に
「儂の店を作ってくれ」
と言い出した。

いつかは言い出すだろうと思っていたが、案の定だ。

「いいですけど、武器とかは置かないでくださいよ」

「分かっておる、家具や食器などを中心に置くように考えておる」

「それならいいですけど」

「後、マウンテンバイクをそこで売ってもよいか?」

「いいですよ」

「ほんとにお前さんは欲張らんな、いくらか回してもよいのだぞ?」

「いえ、充分に間に合ってますので結構です。でも賃貸料は頂きますからね」

「そうか、そう言ってくれるのなら遠慮なくそうさせて貰う。もちろん賃貸料は払わせてもらう」

「それよりも、店員とかはどうするんですか?」

「それは今後考えるが、フランも今ではだいぶ変わってきておるから、直ぐに見つかると考えておる」

「まあ俺が口を出すことでもないんですがね」

「いや、お前さんの意見は的を得とることが多いのは知っておる」
嘘つけ!全然人の話聞いてないじゃないか!

「・・・」

「特に商売に関しては無視できん」

「そうですか」
商売に関してはか・・・
外もちゃんと聞けよ!

その後メルラドの服屋の隣に鍛冶屋を建設することになった。
お店の大きさは服屋と同じサイズにした。
内装に関しては、ゴンガス様の意見を取り入れて、造っていった。
外装の仕上げはもはや安定のマリアさんにお願いし、ポップな鍛冶屋が誕生した。
今ではゴンガス様はサウナ島と、フランの二拠点生活を営んでいる。
ちょっとの間は、新たな商品開発に誘われることはなさそうだ。
それはそれで少し寂しい気もする。



この様にして俺は、スーパー銭湯とサウナ島を、更にブラッシュアップさせていくことにした。
本当は揉みほぐし処を一番作りたいのだが、そういった技術を持った方には、今の所巡り合ってはいない。
何なら自分で、一からそうした人を育てようか?とも考えたが、止めておいた。
よくよく考えたら、種族が多いこの世界では、日本の技術がそのまま通用するかどうか分からない。
それに身体の作りも種族で随分と違っていたりする。
安易に始めるのは止めておいたということだ。
足つぼの神様とか居てくれないだろうか?
まあ、そんな都合の良い事にはならないだろう。
流石に自分本位な考えだろうと思う。
後一手が恐ろしく遠く感じる。
まだまだサウナ島をブラッシュアップする必要がありそうだ。