ギルとテリーが何度も俺の元に足を運んでいた。
キャンプ場の構想を練る為である。

現在決定していることは、場所と規模のみだ。
場所に関しては、スーパー銭湯の隣接するエリアとなっている。
規模はロッジが三棟と、テントエリアでテントが三体建てれる広さとなっている。
どちらも使用できる人数はロッジ一棟、又は、テント一体で、八人程度としている。

そして、バーベキュー場は各自でそれぞれとはせずに、一カ所に纏めることになっている。
理由としては、飲み物コーナーを併設させる案が浮上しており、各自バラバラとなると、何かと不便であることが上げられた。

又、飲み物コーナーでも簡単なバーベキューの食材の追加が、提供できるようにしようとの考えもあった。
先日の宴会ではないが、量が物足りなくて、もっと欲しいとなることもあり得ると想定されたからだ。
ここは実はギルの意見で、食いしん坊のギルならではの発案と言えた。

「それでお前達、後は何を考えたらいいと思う?」

「後は、ロッジの建設に掛かる費用とかかな?」
ギルが答えた。
間違ってはいないが、まだ早い。

「テリーはどうだ?」

「トイレが欲しいです」

「いい意見だ、どうしてそう思ったんだ?」

「前回のキャンプの時に、夜中にトイレに行きたくて、起きてしまったんです。でもスーパー銭湯は閉まってて、寮まで行く羽目になってしまって・・・」

「いいじゃないか、経験が生きたな」

「はい、なのでテントの方には屋外トイレが必要です」

「よし、外には?」

「何があるだろう・・・」

「後は・・・」
考えろ、考えろ、もっと考えろ・・・そうやって成長していくんだ。

「あっ!スタッフがいる!」
ギルが思い付いたとばかりに言った。

「何人いるんだ?」

「えっと・・・十人ぐらい?」

「こらこら、適当に答えるんじゃない、ちゃんとどこに、どれだけ何人いるか考えなさい。まずはどんな役割がいるんだ?」

「飲み物コーナーに常に二人は要るよね?」
テリーがギルに質問している。

「うんそうなると、休日を考えると最低それの専用のスタッフは三人要るよ」

「後は、バーベキュー場の管理に二人はいるかな?」

「いるね、トイレの清掃とか、ロッジの掃除とか・・・三人は要るかな?」

「いたほうがいいよ、兄貴」

「そうすると管理に最低五人はいるね」

「となると八人はスタッフが必要だ」

「後はどんな役割がある?」

「それを纏める人が居るんじゃないか?」

「リーダーってこと?」

「うん、リーダーとなると新人じゃ無理だよ」

「じゃあ、誰がやるの?」

「・・・テリーがやったら?」

「俺?俺なの?」

「他に誰がいるの?」

「・・・」

「テリー以外いないじゃないか、フィリップやルーベンにいきなりやれっていう訳にもいかないし・・・」

「でも俺はスーパー銭湯班に移ったばっかりだぞ、兄貴」

「それは僕が何とかするよ・・・」

「でも・・・」
俺はこのやり取りを黙って見ていた。
こうやって自分達で考えて、道を切り開いていって欲しい。
俺は少しだけ、方向をより最適になるようにたまに手を加えるだけでいい。

「パパ、テリーが責任者になってもいいかな?」

「お前達がそれでいいと思うならそうしても良いんじゃないか?」

「僕達で決めてもいいの?」

「ギル、今さら何をいってるんだ?俺は任せると言ったんだぞ、好きにやれよ。間違ったら俺がどうにかするから、遠慮なくやりなさい」

「・・・本当にいいのか?」

「いいの」
ギルがニヤリと笑った。

「テリー、君が責任者だ!」

「・・・やるよ!」
テリーは引き攣った顔で宣言した。
頑張れ!テリー!

「責任者はテリーでいいとして、外には考えなくていいのか?」
まだまだ考えることは沢山ありますよ。

「あとは・・・何がある?」
結局俺が承認できるまでのプランが出来上がるまでに、一週間近くの日数が掛かってしまった。

「計画がこんなに大変とは思わなかった」
とギルが漏らしていた。

少々以外だったのは、スタッフの募集が、全て孤児達からのものになっていたことだった。
テリーの境遇がそうさせたのかもしれないが、驚くべきはそのネットワークをギルが構築したことだった。
これまでの神様ネットワークを駆使して、ギルが今このサウナ島に集まっている全ての神様達に事情を説明し、大体的に全ての孤児院に求人募集を掛けていた。
その中から選別された青年達が、新たにスタッフとして受け入れられた。

当然そのリーダーはテリーである。
キャンプ場が上手く言ったら、もっと採用を増やしたいと、テリーは鼻息が荒い。
いつの間にそんな想いまで持っていたのかと、俺は驚きを隠せなかった。
嬉しい誤算であると言っていい。
それにしても子供達の成長は早い。

若い力は無限の可能性を秘めていると感じた出来事だった。
こうしてキャンプ場の建設が始まり、皆の協力もあり、ものの二週間足らずで、キャンプ場が完成した。
ロッジの建設には、マークを始めランドやロンメル達が積極的に、仕事の合間を見ては協力し、ノンも狩りの時間以外は、ほとんど建設工事に従事していた。

俺は材料だけをちゃちゃっと造り、後は皆に任せていた。
この距離感がいいと感じたからだ。
若い息吹の誕生を、温かく見守ろうと思ったのだ。

そして、遂にキャンプ場のオープンを迎える。
式典とまでは言わないが、簡単なセレモニーをやったほうがいいと、五郎さんがギルに入れ知恵したようだ。
そうなると、俺も出席しない訳にはいかない。

また、スーパー銭湯のオープンの時と同じ様に花が送られてきた。
それも全ての神様ズからだ。
だが流石に今回は、テープカットは行われない。
式辞を見て、社長からの一言という要らない項目があった為、司会のオリビアさんに冗談抜きで、これはスキップしてくださいと懇願した。
始めは取り合ってくれなかったが、俺の必死さにオリビアさんは折れてくれた。
そりゃそうでしょう、ほとんど何もやってない俺が、何を偉そうに話せと言うんですか?
俺は精一杯拍手をして上げたいだけですよ。
立場?そんなことはどうでもいいんですって、特にこのサウナ島ではね!
ここは譲れませんよ・・・まったく。



キャンプ場は連日大盛況となった。
今では予約は二ヶ月先まで埋まっている。
早速人員も増員し、テリーが七転八倒しながら活躍していた。
それを俺は微笑ましく眺めている。
元の仕事に戻ったギルも、何かと理由を付けては、テリーを手伝っていた。
友情っていいね!

ちなみにだが、テントスペースでのキャンプ場利用は、十五歳以上の大人は一人銀貨二十枚、六歳以上十四歳以下は銀貨十枚、五歳以下は無料としている。
またロッジ利用の場合は、値段はテントスペースの利用料金の倍の金額になっている。
共通するのは、バーベキューセットの金額で、お一人様銀貨二十四枚となっている。
ここは年齢に関係なく頂くことにしている。

流石に子供だからと半額にしたり、無料にしたりは出来ない。
そして、子供のみの利用は控えて貰っており、必ず十五歳以上の大人が同伴することになっている。
なにかあっても基本的には、お客様のほうで責任を取ってもらうことにしている。
特にバーベキューは火の取り扱いがある為、そうせざるを得ない。

かといっても不慮の事故などがあった場合は、こちらとしてもできる限りの責任は負うつもりだ。
初月の売上が金貨三百六十にもなっており、利益としては金貨百七十枚にもなってしまった。
頭の痛いところだ・・・早く何か大きな買い物をしなければならない。
俺は何を買ったらいいのだろうか?



少し基本に立ち返った話をしようと思う。
まずはこちらを見て欲しい。

『鑑定』

名前:島野 守
種族:人間
職業:神様見習いLv42
神気:計測不能
体力:2290
魔力:0
能力:加工L7 分離Lv7 神気操作Lv7 神気放出Lv4 合成Lv6 
熟成Lv5 身体強化Lv4 両替Lv1 行動予測Lv3 自然操作Lv6
結界Lv2 同調Lv2 変身Lv2 念話Lv3 探索Lv4 転移Lv5 
透明化Lv3 浮遊Lv4 照明LV1 睡眠LV2 催眠LV1 複写LV2
未来予測LV1 限定LV1
初心者パック
預金:5308万7734円

お気づきの方もいらっしゃるかもしれないが、神様見習いがLV42となっている。
レベルアップシステムはこれまでは、能力の開発と熟練度が上がった時にLVが上がることが多かったが、ここ最近ではそういった傾向はみられなくなってきている。
単純に能力の開発のペースが落ちているというのもあるが、そうではないことが解ってきた。
実は急激にLVがアップしたことが何度かあったのだ。

急激にLVがアップした出来事をおさらいすると、まずはメッサーラで魔力回復薬が販売された時、次に最もLVアップを果たしたのは、メルラドの食料飢饉を封じ込めた時、そして最近ではスーパー銭湯をオープンさせた時だ。
細々したところでは、神様ズに報奨金を渡した時とかだが。
それはさておき。

この傾向を見るに、どうやらLVアップには『得を積む』という側面もあるようで、単純に人助けであったり、流通に革命をもたらしたり、娯楽を広めたりといったことで、LVがアップするようだ。
レベル上限がいくつなのかは分からないが、今後も『得を積む』必要があるようだ。
神様ズからこれまでの話を聞いてきた限り、実績を積んで神様になった人が多数いることから『得を積む』ことも『実績』と考えてもよさそうだ。

従って、これまでいろいろな寄り道をしている異世界生活だが、実はこの寄り道が必要事項であったとも言える。
これまでもこれからも、神様修業に生活の重きを置くことはないが、自分の行いが評価されているようで嬉しくもある。
まあ、今後もサウナ満喫生活は続くということだ。
ありがたい話です。



さて、話は変わるが先日意外な申し入れがあった。
オリビアさんだ。

「守さん、故郷に一時帰省したいから、連れて行って欲しい所があるの」
とのことだった。

「故郷ですか?」

「ええ、私の故郷はエルフの村よ」

「エルフの村ですか・・・聞いたことは無いかな?どうかな?・・・」
よく覚えていないが、カイさんが前に教えてくれたような気もするが・・・

「それで、連れて行って欲しいとはどうやってですか?転移でということですか?」

「そう、それなら早く行けると思って」
俺はタクシーじゃないっての。

「はあ、ちなみにそのエルフの村は何処にあるんですか?」

「エルフの村はね、一番近いのはタイロン王国で、東の国境から北東方面に陸路だと、三週間ぐらいかかるわ」
それなりに遠いな、空路だと五日ぐらいか?
でもズルすれば半日ってとこか・・・

「あの、エルフの村には神様はいるんですか?」

「居るわよ」
となると、こちらとしても行く意味はあるということか。
どうしたものか・・・

「そうなんですね、何の神様なんですか?」

「それは内緒よ、会ってからのお楽しみね」
オリビアさんが小悪魔的な笑顔を滲ましている。
なんで内緒?

「まあ、行くとしていつからですか?」

「準備に二日欲しいから三日後でどう?」

「何の準備があるんですか?」

「それはメルラドの民が、このサウナ島に来れる様に、マリア辺りに扉の開け閉めをお願いしなくちゃならないでしょ?」
へえ、この人なりにちゃんと考えてるんだ。
でもそれはそうだよな、毎日メルラドからこのサウナ島に人が来てるのに、いきなりストップとはいかないよな。

「ちょっと守さん、なに意外そうな顔してるの?失礼じゃないかしら?」

「ああすいません、すいません、悪気はありませんから・・・」
バレてたか。まずったか・・・

「もう、私もそれなりにメルラドの国民のことは、考えてるんですからね」

「はい、恐れいりました」

「それで、一時帰省はお願いできるのかしら?」
断りずれー。
やっちまったな。

「はい、承りました」

「ありがとう守さん。よろしくね」
とニンマリ笑顔のオリビアさんだった。
やれやれだな。



少しは前もって情報を仕入れておきたい俺は、ロンメルを社長室に呼び出した。
内緒よ、会ってからのお楽しみ、では何かしらの失礼があったら良くないと考えたからだ。
俺はオリビアさんの気分に振り回されるつもりは毛頭ない。

「旦那、どうしたんだ?」

「仕事中に悪いなロンメル、ちょっと聞きたいことがあってな、まずは座ってくれ」
ロンメルが俺の正面に座った。

「それで、聞きたいことってのは、何なんだ?」

「三日後にエルフの村に行くことになってな、何かエルフの村について知ってることが会ったら教えて欲しいんだよ」

「エルフの村か・・・」
ロンメルは眉を潜めた。

「確か結構な田舎の村で、その名前の通りエルフばっかり住んでると聞いたことがある、村の歴史は結構古くから続いていて、エルフの族長が仕切っているという噂だったと思う・・・」
田舎の村なのか・・・

「他にはどうだ?特に神様についてとかはどうだ?」

「神様は美容の神様が居ると聞いたことがあるな、名前は知らないけど、どんな能力を使えるのかは知らないが、まあ美容に関することなんだろうな。男の俺には縁遠い話だろうな」

「美容か・・・興味はあるな・・・」

「え!旦那は美容に興味があるのか?」

「ああ、とはいっても俺が化粧をするとかってことじゃないぞ」

「ならどうしてだ?」

「仕事としてだ、スーパー銭湯の脇に美容室が欲しいとずっと思っていたし、シャンプーなんかももっといい物になるなら嬉しいじゃないか」

「なんだ、そういうことか・・・ビックリしたぜ」

「俺はマリアさんじゃねえよ」

「失礼した」
ロンメルは軽く会釈した。

「でもロンメル、俺のいた世界では男性が化粧をすることもあるんだぞ」

「そうなのか?」
ロンメルとしては以外のようだ。

「男性としての美意識というか、身だしなみみたいなものだな、俺は化粧することはないけどな」

「身だしなみか・・・そう言われると、分からなくはないな」
首を傾げながらロンメルは言った。

「俺としては自分にする美容ではなく、美容を一つの産業として見て見たいんだ」

「まあ、旦那らしい考えだな」

「そうか?」

「そうだぜ、俺達とは物の見方がまるで違う、俺には想像もつかねえ」

「・・・」

「今回に限った話じゃねえ、ほんとどういう頭してんだよ。まったく」

「どういう頭って普通だと思うけどな、まあ俺のことはさておき、エルフの村だ。外には何かあるか?」

「あとはそうだな、村は森のかなり奥深いところにあるって話だ」

「ほう・・・」

「あとは、そもそも他の国から距離の離れた村だから、あまり情報は入って来ないな、どちらかと言うと陸の孤島といったところだと思うぜ」

「陸の孤島か・・・鎖国している訳ではないんだろう?」

「そうとは聞いていない、ただ単に距離の問題だと思うぜ」

「やはり距離があると、貿易もしづらいということか」

「だと思うぜ、何日もかけて行くには費用だけじゃなく、時間も掛かるし、特に森の深い所にあるとなると、獣との遭遇はまず間違いなくあるし、一歩間違えると魔獣がでる危険もあるからな」

「そうなるか・・・それで他との交流も少ないといった所なんだろうな」

「だと思うぜ、後は特には無いな」

「そうか、助かるよ」
外とはあまり交流のない村のようだ。
歴史があり貿易も少ないとなると、独自の文化を発展させている村なのかもしれないな。
俺としてはとても興味がある。
どのみち俺としてはまずは南半球の全ての国や街、村に訪れるつもりでいたから、今回のオリビアさんの申し入れも、いい切掛けなのかもしれないな。
いい出会いがあることを期待しよう。



三日後、
俺はギルと入島受付でオリビアさんを待っていた。

「守さん、お待たせ」
オリビアさんが入島受付に現れた。

「おはようございます」

「ええ、おはようございます」

「ギルも同行しますので、よろしくお願します」

「よろしくお願いします」
ギルが軽く会釈をしていた。

「ギル君も行くのね、いいわよ」

「それで、直ぐに行きますか?」

「ちょっと待ってて貰えるかしら、私の代わりにマリアがメルラドの転移扉を開けてくれるんだけど、サウナ島の入島受付にも言っておいた方が、いいわよね?」

「それはもちろんです、ランドに言っておけばいいでしょう」
ランドがちょうど受付を手伝っていた。
作業の隙をみて俺はランドを呼んだ。

「ランド、オリビアさんが話があるから、聞いてやってくれないか?」

「今日から数日間私の替わりにマリアがメルラドの面倒をみるからよろしくね、ちなみに入島できる人選は、リチャードに任せてあるから安心してね」

「畏まりました」
ランドは一礼した。

「あとはいいですか?」

「ええお待たせ、いいわよ」

「では行きましょうか」
俺達はタイロンに繋がる転移扉を開いて、タイロン王国に入国した。
タイロンの転移扉は城門の側に設置してあり、そこからまずは国境を目指さなければならない。
タイロンの城下町は相変わらず賑やかで、人で溢れていた。
警備兵が所狭しに配置されており、安全性の高さが見受けられた。

それにしてもこの警備兵の多さは異常だな、何が何でも犯罪者を出さないという意思を感じる。
ガードナーさんが仕事熱心な人であることは知ってはいるが、よくよく考えて見ると異常な光景とも思える。
俺の感じている違和感の正体はここなのかもしれない、それにしても何でここまでする必要があるんだろうか?
今度ガードナーさんに聞いてみようかな?

「まずは国境までいかないといけませんね」

「そうね、ちゃちゃっといっちゃいましょう」
とノリノリのオリビアさん。

「ちゃちゃっとって、どうやってですか?」
この人は俺を便利道具か何かと思ってるんじゃ・・・

「守さんの転移でよ」

「あのですね・・・こんな人前でそうそう簡単に、やっていいことではないと思いますが?」
やっぱりそうだった。
残念女神の様だった。

「どうして?」
この人何も考えてないんだろうな・・・

「これだけの人の目の前で転移の能力を披露したら、騒ぎになりますよ」

「そうかしら?」

「そうですよ、いきなり目の前から人が消えるんですよ?」

「そうね、確かに言われてみればそうね」
もう少し物事を深く考えて貰えませんかね?

「だから人の目が届かなくなるまでは転移はできませんし、上空の移動の許可も貰ってないので、ギルに乗って移動することもできません」

「ええー、そうなの?なんか方法は無いのかしら?」

「ありません、諦めてください」
まだオリビアさんがブーブー言っていたが、俺達は無視して先を急いだ。
まったく、俺は何でもできる万能な猫型ロボットではありませんよ!
天真爛漫も程が過ぎます。

一時間ほど歩いて、何とか人の目につかない所にやってきた。

「そろそろ転移を開始しますか?」

「やっとなのね」
やっとって、なんか腹立つな。
まあいっか。でもちょっとは懲らしめてやりたいな・・・

「これから転移移動を始めますけど、森の中では転移はしづらいので、上空を中心に瞬間移動を繰り返します。転移酔いを防ぐ為に、何度か休憩を挟みますので、安心してください」

「ちょっと待って守さん、瞬間移動を繰り返すってどういうこと?」

「あのですねオリビアさん、何をどう勘違いしているのかは知りませんが、俺が一度行ったことがある場所にしか転移は出来ないんです」

「そうなの?」
ほんと舐めてるよな、この人・・・

「はい、だから最短で移動しようとなると、この方法しかありません」

「・・・」

「では始めますけど、念のため俺に捕まっててください」

「分かりました」
不安な顔のオリビアさん。

「では行きますよ」

ヒュン!

「え!」

ヒュン!

「ちょっと!」

ヒュン!

「まっ」

ヒュン!

「て」

ヒュン!



一先ず森の開けた所に着地した。
オリビアさんは、完全に腰が抜けた様子で、俺にがっちりしがみついていた。

「オリビアさん大丈夫?」
ギルが心配そうに話しかけていた。

「駄目・・・」
ちょっとした意趣返しとしてはやり過ぎたか?
でも実際この移動手段が一番早いからな、慣れて貰うしかないのだが・・・

「ギル、まだ早いが一度休憩しようか?」

「そうだね」
俺は『収納』からコーヒーとお茶を取り出して、お茶をギルに渡した。
匂いに反応したのか、オリビアさんが正気を取り戻しつつあった。

「守さん・・・心臓が飛び出るかと思いましたわ」

「オリビアさんもなんか飲みます?」

「いえ、今飲んだら、吐いちゃうかも・・・」

「そんな感じですね」

「私、舐めてましたわ」
やっと分かってくれたようだ。

「少し休憩したら、再開しましょう、オリビアさんは俺がおんぶしていきますので、辛いようでしたら目を瞑っていてください」

「そうさせて頂くわ・・・」
まだ、回復には少し掛かりそうだ。
やれやれだ。



それから、何度か休憩を繰り返しつつも、目的地へと転移を繰り返した。
オリビアさんはずっと目を瞑っていたが、途中から慣れてきたのか、鼻歌を歌う様になっていた。
なんちゅう強心臓だ、慣れるのが早すぎるぞ。
鼻歌が心地よかったのか、ギルは完全にリラックスモードで、しまいには合いの手を入れるようになっていた。
ギル君、君も大概ですね。いやオリビアさんの権能か?
まあどっちでもいいや。

そして俺はエルフの村らしき集落を視界に捉えた。
その村の中心には天にも届こうかという程の大樹があった。
その大樹を囲むように村が形成されており、村を囲む枠が正八角形をしていた。
正八角形か・・・

俺は思いだしていた。
何となく立ち寄った書店にあった、風水の本を適当に読んでいた所、ある一節が目に留まった。

「正八角形は、魔を払い、聖を受け入れる」
特に抵抗感も無く、すっと腹に落ちて来た。
そういうものなんだと。

俺は鏡とコルクシート購入して、手作りで正八角形の鏡を造り、玄関先に置いていた。
効果があったのかは知らないが、今でも日本の家の玄関先に置いてある。

「正八角形か・・・」

「守さん何か言いました?」

「いえ、気にしないでください。それよりもう着きますから、森に降りますよ」

「分かりましたわ」
俺は浮遊を止め、森に降り立った。
あと五分も歩けば、村に付くだろう。
俺達はエルフの街へと歩を進めた。



エルフの村には特に入場口がある訳でもなく、警備兵もいない。
木枠の隙間から、人一人がすれ違えるぐらいの空いている箇所があり、そこから入ることになった。

「懐かしいわ、変わらない」
オリビアさんが嬉しそうに呟いている。
ロンメルが片田舎と言っていたことがよくわかる。
近代的な要素がまったくもって見当たらない。
正に森の中の村だった。
道行く人々は全員エルフで、ほぼ全員が美男美女だ。
顔面偏差値が高い。
なんでこれほどまでに・・・
それもただの美男美女ではない。
俺がこれまでに見て来たエルフとは明らかに違った。
まずはその髪色である、赤・青・金・緑・紫と実に様々、それに髪形もロング・ショート・ベリーショート・ボブ・オカッパとこちらも様々で、パーマをかけている者や縦巻にしている者、明らかに前髪を遊ばせている者もいた。
そしてこれが何とも似合って見えてしまうのが素晴らしい。
違和感無く受け入れられてしまう。

それによく見ると化粧をしている人が多い、美意識がとても高いといえる。
ただ服装に関しては誰もが似たり寄ったりであった。

「なんだかお洒落な髪形の人が多いですね?」

「そう?昔からここではこんなもんよ」
オリビアさんは当たり前のことの様に答えた。
建造物は木製の物がほとんどで、稀に石組みの家が見られる。
特に露店などは見当たらない。
これまで見てきた街とはあまりに違って見えた。

「守さん付いて来て」
オリビアさんに誘われるがままに付いていった。
するとこれまでとはまるで違う、異質な建物があった。
恐らく何かのお店なのだろう、夕日に照らされて中をみることは出来なかったが、店の両開きの入口以外がガラス張りになっていた。
看板にはハサミの模様が書かれている。
美容室なのか?

「守さん、入りましょ」
とオリビアさんはまるで臆することなく、入口を開けて入っていく。
俺とギルは一度顔を見合わせてから中に入った。

「いらっしゃませ!」
と爽やかな声で迎えられた。

すると、奥の方から大きな声で、
「オリビア!」
と叫ぶ声がした。

「ただいま!お姉ちゃん!」
と答えるオリビアさん。
お姉ちゃん?
奥から女性のエルフがツカツカと歩み寄り、オリビアさんを抱きしめた。

「おかえり!オリビア!」

「ただいま!お姉ちゃん!」
と二人は抱き合っていた。

「えっ!オリビア様」

「ほんとだ!オリビア様だ」
と店員と思わしき者と、お客と思わしき者が声を漏らしていた。
するとオリビアさんのお姉さんは、オリビアさんを引き剥がし、

「オリビア!あんたどれだけぶりだと思ってるのよ、この馬鹿!」
と大声を張り上げていた。

「うう・・・」
オリビアさんが怯んでいる。

「あんた何年経ってると思ってるの!百年じゃ利かないでしょうが!」
とご立腹の様子。

「ごめんなさい・・・お姉ちゃん」
オリビアさんは下を向いて涙を流していた。

「ほんとにこの子は・・・」

「ご、ごめんなさい」
もう一度オリビアさんはお姉さんに抱きついていた。
しょうがないといった表情を浮かべているお姉さん。

「もう泣かないの・・・もういいから奥で顔を洗ってらっしゃい」
オリビアさんは下を向きながら、店の奥の方へと行ってしまった。
俺とギルはそのやり取りを茫然と眺めていた。
てか置いてきぼりなの?俺達・・・

ふとオリビアさんのお姉さんと目があった。
オリビアさんのお姉さんは、顔つきこそオリビアさんに似ていたが、髪形が違うせいか、オリビアさんとは明らかに違う風貌をしていた。
特に髪形は、ショートカットな上に片側だけをツーブロックに刈上げている、髪色も紫色だった。刈り上げた方の耳には鎖状のピアスがぶら下がっている。
かっこいいとの表現がよく似合う女性だ。

「お客さんかしら?」
なんと答えたらいいのだろうか・・・
機を逸してしまったな・・・

「あのー、何と答えたらいいのか迷いますが、ここまでオリビアさんを連れてきました」
オリビアさんのお姉さんは眉間に皺を寄せている。

「どういうことかしら?」

「えっと・・・俺は島野と申します。そして、こちらはギルです」
ギルが軽く会釈をする。

「はい・・・」

「俺達はオリビアさんが一時帰省したいとのことでしたので、送りがてらエルフの村に寄らせて貰いました」

「島野さんとおっしゃいましたね」

「はい、そうです」

「ちなみにどちらからお越しですか?」
何故かお互い探り探りになってしまっている。

「えっと、サウナ島です」

「サウナ島?」

「はい、コロンの村から半日ほど西にいった島です」
お姉さんが目を見開いた。

「嘘!そんな遠くからいらしたの?」

「はい・・・」
オリビアさん早く戻ってきてくれよ、もう!
いい加減気まずいよ!

「もしかして、あの子の付き添いで来てくれたのですか?」

「はい、そうです」
血相を変えたオリビアさんのお姉さんが

「あの子が失礼しました!」
といきなり頭を下げた。

「えっと・・・大丈夫ですよ、そうたいして時間は掛かっていませんので。あの気まずいので頭を上げてもらえませんか?」
とここでやっとオリビアさんが現れた。

「お姉ちゃん何してるの?」
我関せずのオリビアさん。
顔をがばっと挙げたオリビアさんのお姉さんは、オリビアさんの頭を掴み、無理やり頭を下げさせた。

「あんた、この島野さんにどれだけ迷惑をかけたのよ、謝りなさい!」

「ちょっと、お姉ちゃん痛いよ」

「お姉さん大丈夫ですから、ね、本当に大丈夫ですから」
オリビアさんのお姉さんは俺を見るとすまなさそうに、また頭を下げた。

「家の妹がご迷惑をおかけました!」

「ええ、もういいですから、頭を上げてください」
やっと頭を上げてくれた。
どうやら常識あるお姉さんのようだ。
ほんとは迷惑かけられっぱなしなんですけどね。
さて切り替えよう、これ以上ペースを見失うと話にならなくなる。

「それで、オリビアさんいい加減紹介して貰えませんかね?」
オリビアさんは髪型を気にしながら、不貞腐れている。

「こちらは私のお姉ちゃんで、アンジェリよ、美容の神様よ」
声に不満が滲んでいた。
にしてもやっぱりこの人が美容の神様か、なんとなくそんな気はしたが。

「改めましてアンジェリと申します、妹がお世話になってます」

「いえいえこちらこそ、オリビアさんにはお世話になってます。それで今は営業中ですよね?よろしいのですか?」

「ええ構いませんよ、皆な勝手知ったる仲ですから」

「そうですか、ありがとうございます。さっそくですが、オリビアさんを送って来たのには訳がありまして、ただ単にオリビアさんを送りに来ただけでは無く、俺達もエルフの村に来る理由があったので寄らせていただきました」

「理由ですか?」

「はい、実はギルなんですが、今は人化していますが、ドラゴンなんです」

「ドラゴンね」
あれ?あまり驚かないな。
今までとは反応が違うな。

「それで、神様巡りをさせて貰ってるんです」

「そうですか、大体のことはなんとなく分かりました」
お姉さんは察しがいいようだ。

「そうなると、じっくり話をした方がよさそうね。営業が終わってからでいいかしら?」
神様以外の人も居るから、気を使ってくれているようだ。

「ええ、もちろんです」

「あと一時間ぐらいで終わりますから、オリビア、あんた島野さんに村を案内して差し上げて」

「ええー、やだよー、疲れたよー」
アンジェリ様がオリビアさんを睨みつけている。

「分かったから、お姉ちゃん怒らないでよー」

「早くいってらっしゃい」

「はーい」

「では、島野さん後で」

「よろしくお願いします」
オリビアさんにエルフの村を案内してもらうことになった。
案内とはいってもただの散歩だった。

でも、この村の雰囲気は嫌いじゃないと感じた。
村は自然との調和がとれているといえる。
無駄に力が入っていない感じが、心を穏やかにさせてくれる。
とても気持ちの良い散歩となった。

「オリビアさん、気持ちいいですね。空気が上手いです」

「そう?そう言って貰えると嬉しいわ」

「それにしても、帰省は何年ぶりなんですか?」

「そうね・・・百五十年ぐらいかしら」
ということは・・・オリビアさんも結構なお年で・・・女性に年齢を聞いてはいけないしな。

「それは、アンジェリ様も心配したでしょう?」

「いいのよ、お姉ちゃんは、昔っから何かと煩いんだから」

「それだけ、オリビアさんを大事に想ってくれているってことですよ」

「まあね」
オリビアさんも、まんざらでもないみたいだ。

「でも、実際お姉ちゃんには苦労をかけたから・・・」

「・・・」

「まだ小さいころだけど、お姉ちゃんにはいろいろと苦労をかけたのよ・・・」

「・・・」

「まあ、しんみりした話はしないでおくわ」
作り笑いのオリビアさん、何とも言えない歯がゆさが微笑に含まれている。

「それで、ちょっと気になったことがあるんですけど、聞いていいですか?」

「何?守さん」

「この村の囲いなんですけど、正八角形になってましたけど、どういう意味があるんですか?」

「守さん、何で知ってるの?」

「何でも何も、上から見ましたからね」

「そうなの?」

「風水的なものなんですか?」

「風水って何なの?」

「えっと・・・方位学的な何か・・・」

「方位学が何かは知らないけど、あれは意味のある囲いなのよ」

「と、いいますと?」

「このエルフの村には、昔からの言い伝えや、伝統を守る風習が強く根づいていてね、その中でも正八角形には魔を払い、聖を受け入れるという言い伝えがあるのよ」
まったくもって俺の知っている知識と一緒なのだが、これは偶然か?
自然における摂理なのだろうか?

「それを体現しているのがあの囲いってことなのよ」

「実際、魔獣とかが村に入ってくることってあるんですか?」

「私が知る限り無いわよ、そんなに気になるの?守さん?」

「ええ、まあ」
それはそうだろう、これがもし魔獣よけになるのなら、広めないといけないことだろうと思う、魔獣の脅威がなくなるということに繋がるのだから。

「でも、この正八角形が機能するのは、この大樹があってこそという話らしいわよ」
とオリビアさんは大樹を指さした。
そうなのか・・・そうなると横展開はできないな・・・残念でしかない。

「そろそろ、一時間経つからお姉ちゃんの所に帰りましょうか?」

「分かりました」
俺は少し物足りなさを感じつつ、美容室へと向かった。