時間に余裕が生まれた俺はさっそくメッサーラに訪れていた。
ルイ君の所には顔パスで行くことが出来る。
何度か顔を合わせたことがある警備兵に会釈をし、ルイ君の執務室へと向かう。
ルイ君の執務室に入ると、オットさんもいた。

「島野さん、どうしたんです?」

「今は外したほうが良かったか?」
俺は二人に尋ねてみた。

「いえいえ、大丈夫です。ちょうど話が終わったところです」

「お久しぶりです、島野様」

「オットさん、ご無沙汰です」
俺達は握手を交わした。

「お元気ですか?」

「元気ではありますが、最近はサウナ島にもなかなか行けなくて、難儀しております」

「そうなんですか?」
オットさんは相変わらず忙しくしているようだ。
でもオットさんなら大丈夫だろう。安心と信頼のオットさんだからな。

「ええ、遂に学校の建設がまじかに迫ってきておりますので」
そうか、遂に始まるのか・・・
ランドールさんと何度も打ち合わせしてしている姿を、サウナ島で見て来た俺としては、やっとかと思えてしまうのだが・・・いよいよか。

「資金は集まってますか?」

「ええ、なんとか。予定道りにいっております」

「それは良かったです」
学校が出来れば、メッサーラも変わっていくだろう。まだまだ成長段階にある国だ、大きく羽ばたいて欲しい。

「それで今日はどうしたんですか?」
ルイ君が問いかけて来た。

「ああ、実はちょっとお願いしたいことがあってね」

「島野さんが僕にですか?」

「そうだ、この国には魔獣の森があるよな?」

「ありますね」

「その魔獣の森で狩りをさせて欲しいんだ」

「狩りをですか?」
ルイ君は不思議そうな表情を浮かべていた。

「スーパー銭湯の大食堂で扱う肉が足りて無くて、困ってるんだよ」

「どれぐらい足りてないのですか?」

「慢性的に足りてないと言えるな、今はタイロンの商人達に頑張って貰って、なんとか凌いでいるが、時間の問題になりそうなんだ」

「そうですか」

「島にも獣がいるんだけど、狩り尽くしてしまわないかと心配でな、今ではノンに狩りを制限させているんだよ」

「島だから狩り尽くしてしまえば、それまでだということですね?」

「そうだ、それに生態系にも異常が現れるかもしれない。そんな時に魔獣の森の魔獣は、いくら狩っても湧き出てくるといった噂を聞いてね」

「それで魔獣の森で狩りをしたいということですね」

「そういうことだ」

「確かにどういう仕組みなのか分かりませんが、魔獣の森の魔獣はどれだけ狩り尽くしても、直ぐに増えてくるんですよ、メッサーラの悩みの種でもあるんです」

「悩みの種?」

「はい、いつか魔獣が国民に被害を与えるかもしれないと、これまでに何度か掃討作戦を行ったことがあるんです」
掃討作戦か・・・

「ほう、それで?」

「結論から言って、掃討できませんでした。一時的には魔獣の数は減ったようではありますが、上手くいった試しはありません」

「・・・」

「ですので、魔獣を狩ってくれるのは一向にかまいませんが、ハンター協会には話しておく必要はありますね。狩りは彼らの領分ですので」

「やっぱりそうなるか・・・」

「やっぱりですか?」

「ああ、ハンター協会を通すと報酬を貰うことになるだろうし、肉や素材を卸してくれって言われちゃうだろ?」

「それはそうですね」

「正直言って、肉が欲しいだけで、報酬はまったくもって要らないし、肉以外の素材も何かと使えるからあんまり卸したくはないんだよな・・・」

「そういうことですか、でも報酬が要らないって島野さん、サウナ島でいったいいくら稼いでいるんですか?」
ルイ君それを聞くかね?

「うーん、内緒」

「内緒って・・・」
訝し気な表情のルイ君。

「個人的には勝手に狩りをしに行くってことも考えたが、あまりやんちゃなことはしたくないからな、相談に来たってところなんだよね」

「でも聞く限り、こちらにとっては悪い話では無いので、あとはハンター協会がどう思うのかということだけですね」

「ということで、ズルい手だとは思うが、ルイ君からちょちょっと手を回しては貰えないだろうか?」
ルイ君は目を瞑って腕組をしてしまった。

「大恩ある島野様の申し入れとあっては、断ることはできません、私で良ければ、お手伝いさせて貰いましょう」
とオットさんから嬉しい言葉をいただいた。

「ありがとうございます!」

「いえいえ、ルイ様では立場が高すぎます。私ぐらいならハンター協会も話しやすいということです」
なるほど、地位や立場というものは俺にはよく分からない。
そういうことはオットさんのいう事が正しいのだろう、オットさんが居てくれて助かったー。

「それではオットさん、よろしくお願いします」

「承りました」
これで何とかなるだろう。

「じゃあ帰るけど、ルイ君とオットさんはまだ仕事中かな?」

「いや、ちょうど終わりましたので、サウナ島に行かせていただきます」

「私も同席させていただきます」
この二人もサウナ島に嵌っているようだ。
俺は二人を連れて、サウナ島に帰った。



二日後
仕事の早いオットさんから、メッサーラのハンター協会に来て欲しいとの話があった。
俺はさっそく伺うことにした。
受付で要件を話すと、奥の部屋へと誘われた。
部屋に入ると、オットさんとハンター協会の会長と思われる人物が待ち受けていた。

「島野様、お呼び経て致しまして申し訳ありません」
とオットさんが立ち上がってから言った。

「こちらにお掛けください」
言われるが儘に、俺はソファーに腰かけた。

「こちらはメッサーラのハンター協会会長のオルカです」

「オルカです、よろしくお願いいたします」
とオルカさんが軽く会釈をした。

「島野です、こちらこそよろしくお願いいたします」
オルカさんは壮年の男性で、片目に眼帯をしていた。
歴戦の猛者といった風貌だ。
真面にみれば、やくざ者だな。

「島野さん、オットからだいたいの話は聞いています」

「そうですか」
流石オットさんだ、仕事が早い。

「できれば、魔石だけでも卸して貰えないでしょうか?あと本当に報酬が要らないのですか?」

「報酬は要らないです、魔石ですか・・・」
魔石は使い道が多いから貯め込んでおきたいんだよな。
譲歩したい思いはあるのだが・・・

「どうでしょうか?」

「出来れば魔石は欲しいですね、こちらとしては、肉と魔石と骨が一番欲しいんです」

「肉と魔石はまだしも骨もですか?」

「はい、獣の骨は畑のいい肥料になりますので」

「肥料ですか・・・知らなかった」
どうにもこの世界の人達は、農業に関する知識が低いようだ。
かくいう俺も、アイリスさんから教わるまではまったくの素人だったんだけどね。

「ちなみにこれまでは、獣の骨はどうしてたんですか?」

「廃棄してました」

「それはもったい無い・・・」

「そのようですね・・・」
がっくりと項垂れるオルカさん。

「もし今後も処分に困るようでしたら、こちらで引き取らせて貰いましょうか?」

「そうですね、ちょっと考えさせてください」
もし引き取れたらアイリスさんは大喜びするだろうな。
アイリスさんが小躍りするのが目に浮かぶようだ。

「牙や皮は引き取って貰ってもいいんですが・・・」
本当は使い道があるから嫌なんだけどな。

「それはありがたいですが・・・ちなみに狩りはどれぐらい行うつもりなんでしょうか?」

「今考えているのは、週に二回ぐらい行おうと思っています。ジャイアントボアとジャイアントブルとジャイアントピッグを各三体は、毎回狩れればと思っています」

「う!・・・・そうですか・・・」
あれ?欲張りすぎたかな?

「でも、あの伝説の島野一家なら可能か・・・」
伝説って、どうなってるの?
噂が一人歩きしてないか?

「分かりました、それだけの数を狩れるのなら、牙と皮だけでもいいです」

「良かったです」
なんとか纏まったな。
想定内に収まったので、これで良しとしよう。
こうなってくればさっさと話しを纏めてしまいましょうかね。

「解体はどうしますか?」

「解体はこちらで行います」

「そうですか・・・そもそも無報酬で狩りを行ってくれるのですから、これ以上の申し入れは失礼ということでしょう、今後ともよろしくお願いします」
オルカさんは頭を下げていた。

「こちらこそ、無理を言ったようで、すいません」
俺達は握手を交わして腰を上げた。

「いえいえ、こちらこそすいませんでした」
無事話は着地できたようだ。
さて、これで肉の安定供給ができるようになりそうだ。
そうなるとやれることが増えてくるな。
あれを開始するとしよう。



サウナ島に帰ると『念話』でギルにノンと一緒に社長室にくるように伝えた。
余談になるのだが、旧メンバー以外のだいたいのスタッフ達は、いつの間にか俺のことを社長と呼ぶようになっていた。
あまり呼ばれ方を気にしない俺だが、この呼ばれ方は今でも若干抵抗感がある。
正直苦手だ。
できれば社長とは呼ばれたくない・・・何だか距離感を感じる・・・でも社長に変わりはないのだが・・・いつか慣れるのだろうか?・・・役職で呼ばれるのは何か違う気がする。せめて島野さんぐらいで呼ばれたいのだが・・・

「主どうしたの?」
マイペースなノンがドアをノックもせずに部屋に入ってきた。

「ギルは?」

「まだ来てないの?」

「こっちが聞いているのだが?」
分からないとお道化るノン。

「パパ、お持たせ」
とギルが部屋に入ってきた。

「ノン、お前マイペース過ぎやしないか?」

「そんなことないよ」
とノンのマイペース発言は変わらない。

「いいからまずは座れ」

「はーい」
と腰を掛けた二人。

「明日だが、メッサーラの魔獣の森に狩りに行くことになった」

「魔獣の森?」

「へえ」

「明日は空けとくように、いいか?」

「はーい」

「分かったよ、でもパパ、三人で行くの?」

「ああ、そうだ充分だろう?」

「だね」

「以上!」

「じゃあねー」
と集めるまでも無い打ち合わせは終わった。



翌日
俺達は一応ハンター協会の会長のオルカさんに挨拶だけを済まして、さっそく魔獣の森に入っていった。
魔獣の森はこれまでの森とは雰囲気が明らかに違った。
一言でいうと、森が暗いのだ。
何とも得体のしれない不気味さを感じる。
森全体を気持ちの悪い空気が漂っている。

「この気持ち悪さは何だろうな?」

「主、これ多分あれだよ、魔獣が纏ってる瘴気だよ」
敏感なノンは直ぐに察知したようだ。
よく見ると確かに薄っすらと瘴気が漂っているのが分かる。

「これはお前達には影響は無いよな?」

「多分・・・」
間違っても魔獣化したノンと戦うなんて止めてくれよ。
一歩間違えたらこっちが殺られかねないぞ。

「パパ、これはこの森自体に瘴気があるみたいだね。でもこれぐらいなら僕やノン兄がどうにかなることはないよ」
ギルが断言した。
まあ息子の言うことを信じよう。
俺にはそれしか出来ない。

「さあ、お客さんが現れたようだ」
俺達の前に鼻息の荒いジャイアントボアが二体現れた。

「毛皮はハンター協会に納めないといけないから、ブレスは無しだぞギル」

「そうなの?まあ楽勝だけどね」
ギルが身体を伸ばして準備運動を始めた。
視線は獲物からは離していない。
ノンは口元を緩めて、にやついている。
ほんとにこいつは狩りが好きなようだ。
ノンはこんな好戦的な奴だったか?
もしかして瘴気の影響か?
よく分からん・・・

「さて、どっちがやるんだ?」

「「僕!」」
何はもってんだよ。

「じゃあ、じゃんけんするか?一人一体づつだな」

「じゃあ一体づつでいいよ」

「分かったよ」
言い終わるやないなや、ノンは駆け出した。
ジャイアントボアに一直線に向かった。
獣化することも無く、人型のままで思いっきり顔面に拳を見舞っていた。
おお!痛そうな一撃。
声も無く崩れ落ちるジャイアントボア。

今度はギルが悠然ともう一匹に向かって歩んでいく。
尻尾のみ獣化していた。
あと一歩で間合いという距離で、ギルは体を回転させて顔面に尻尾を叩きつけていた。
ゴリッ!という音と共に、ジャイアントボアは絶命していた。
ギルもやるねー。

「二人とも一発だったな、やるじゃないか!」

「へへ!」

「あたりまえだよ」
余裕な表情を浮かべる二人。
なんとも心強くなったものだ。
これは俺の出番は無さそうだ。

「さてと、回収しますかね」
俺は『収納』にジャイアントボアを二体回収した。
そうしている間にも魔獣の気配を数カ所から感じる。
この森は魔獣だらけというのは本当のようだ。
これは入れ食いだな。

「主ー!、次はこっち!」
とノンが既にジャイアントピッグを狩っていた。
俺は回収作業に徹した方がよさそうだ。
結局ものの数十分で、予定していた数に達してしまった。
なんとも張り合いの無い狩りだ。

狩り過ぎは良くないなと、魔獣の森を立ち去ることにした。
帰り道で向かってくる魔獣が数体いたが、ギルが追い返していた。



報告の為にハンター協会のオルカさんの所に向かった。
先程挨拶をしてまだ数時間しか経っていない。
受付の方に事情を話し、オルカさんを呼んでもらう。
階段を足早に降りて来たオルカさん。

「島野さん、随分早いお帰りですね」
と期待の眼差しで見つめられた。

「ええ、予定の数が狩れましたのでご挨拶だけして帰ろうかと」

「もう予定の数を狩ったのですか?」
オルカさんは驚きの表情に変わっていた。

「はい、ジャイアントボアが三体と、ジャイアントピッグが三体と、ジャイアントブルが三体、しっかりと狩らせていただきました。なんなら見せましょうか?」

「いえ、流石にそこまでは結構です。それにしても噂以上の強さですね、それだけの数をこんな短時間で狩ってしまうなんて」

「まあ、こいつらが出鱈目に強いんですけどね」
ノンとギルの肩を叩いてやった。

「えへへ」

「そうだよ」
照れるギルと、マイペースなノン。

「フェンリルとドラゴンとは・・・反則ですね」
ですよねー、俺もそう思いますよ。

「ええ、よく言われます。それで今後なんですが、狩りには俺は同行しないのでこの二人に任せます」

「そうですか、かしこまりました」

「約束の素材ですが、次に来る時に二人に持たせますので、狩りの前にこちらに寄らせて貰います」

「そうして貰えると助かります」

「狩りが終わったら、今日みたいに挨拶に寄らせて貰います」

「ありがとうございます、もし私が居ないようでしたら、受付の者に言っておきますので、預かった素材の料金を受け取ってください」

「ということだ、ノン、ギル頼んだぞ」

「分かった」

「OK」

「では、そんな感じで週に二度ほど伺いますので、今後ともよろしくお願いします」

「こちらこそ、ご丁寧にありがとうございます」
これであとはノンとギルに任せるだけだ。
オルカさんに見送られて俺達はハンター協会を後にした。



さて、肉の安定供給が約束された今、サウナ島は次の段階に進むべきである。
それは、キャンプ場を併設させることだ。
肉の安定供給が出来るイコール、バーベキューが出来る。
ならばキャンプ場を作ろうということだ。

悩みは、テントを張るタイプのキャンプ場にするのか、それともロッジタイプのキャンプ場にするのか、どっちにしようか?ということ。
ここは若い者の意見を聞こうと、ギル、テリー、フィリップ、ルーベンを社長室に呼び出した。

「お前達、キャンプをしたことはあるか?」

「キャンプですか?」
テリーもすんなりと敬意をもって話を出来るようになったものだ、前のこいつなら。ええ!キャンプ!とでも言っていたのだろう、ちゃんと語尾にですかを付けれる様になった。

「そうだキャンプだ」

「俺はないです」

「僕もない」
フィリップとルーベンも首を横に降っている。

「そうか、じゃあ今度簡単なキャンプをしてみるか?」

「やった!キャンプって野宿するってことですよね?」
テリーが喜んでいる。

「野宿って、どんなイメージだよ。まあ野宿には違いないが、ちゃんとテントを張ってテントの中で寝るんだぞ」

「テントは使った経験はないです」

「お前らもか?」

「「はい」」

「分かった、テントが出来たらキャンプだな」

「分かりました」

「楽しみだな」

「面白そう」
興味深々といった感じだな。
でもこの世界ではキャンプをするのはハンターぐらいなのだろうか?旅の商人も行うよな?
キャンプというよりは、テリーではないけど野宿なのかもしれないな。
この世界ではキャンプはもしかして受けないのか?
とりあえずメルラドの懇意にしている裁縫職人のところにいって、テントの構造を教えてテントの発注と、寝袋の発注をしてきた。

この裁縫職人には実は、サウナ島で採れる綿と麻を提供している。
いろいろな服飾に使ってみて欲しと渡しているのだ。
裁縫職人の名前はカベルさん、いぶし銀の職人さんだ。
材料を提供しているのは、所謂先行投資といった所だ。
カベルさんは時折俺を尋ねて来ては、なにか異世界の技術を教えて欲しいとせがまれるのだが、俺は服飾には疎い為、これといって教えれることは何もない。
次に日本に帰った時に、参考になりそうな服でも買ってこようと思う。

この世界でもテントはあるようだが、あまり使われることは無いらしい。
俺は柱となる骨組みを造ることにした。
素材はカーボン、しなやかさもある素材だ。
金額はするが、気にしない。
テントの完成は早くても一週間後になる。
この世界での始めてのキャンプ、いったいどうなることやら。



テントが完成した為、始キャンプ開始だ。
とはいっても、やることは限られている。
まずはテントを張る。
俺は四人に任せて、だた見てるだけ。

椅子に腰かけて温かく見守る。
ギルとテリーが積極的に、こうなんじゃないか?ああなんじゃないか?とテントを組み立てている。
結局テントを張るのに三十分近くかかっていた。
まあ最初はこんなもんだろう。
日本のキャンプ道具は一瞬で組み立てれるテントとか様々あるが、ここは異世界だからテントを張るのも、一つのイベントなのである。
楽しそうにしていたからそれで良い。

更にこの日の為に、バーベキューコンロを新たに造っておいた。
敢えてレンガ造りでの仕様となってる。
網を張って、薪を組み始める。
そして火を熾す。

そして前もってメルルにお願いしておいた、バーベキューセットを持ってきて貰った。
セットの内容は、三種の肉と野菜各種、ウィンナーに今回はゴルゴラドで仕入れた、海老も加えてある。
更に飯盒にて米を炊く。
まずは飯盒を火にくべる。

「始めちょろちょろ中パッパだったよね?」
とギルが言った。

「兄貴何それ?」

「ご飯を炊く時のおまじないみたいなものさ」

「へえ、兄貴は物知りなんだな」

「パパに教えて貰ったんだよ」

「そうだ、よく聞けよお前ら、始めちょろちょろ中パッパ、じゅうじゅう吹いたら火を引いて、一握りの藁燃やし、赤子泣いても蓋取るなだ」

「へえ、赤ちゃんが泣いたからといって何で蓋を取ってはいけないんだろう?」
テリーの純粋な質問だ。

「ハハ、それはどんなことがあっても蓋を取ったら駄目だという例えだ。炊きあがった米を蒸らすと美味しくなるからな」

「へえー、そうなんだ」
こんな他愛もない会話も、バーベキューの醍醐味だな。

「さあ、飯盒はギルに任せてテリー、フィリップ、ルーベンは肉や野菜を焼いていきなさい」

「はい、分かりました」
テリー達はバーベキューを始めた。
わいわいがやがやと賑やかに、バーベキューを楽しんでいる。
そこに両手にビールジョッキを持った、マークが現れた。

「島野さん、どうぞ」
ビールジョッキを渡された。

「おお、悪いな」

「お疲れさん」
マークと乾杯した。

「なんだか賑やかにしてるなと思って、覗きにきましたよ、ついでに一杯必要かなと」

「気が利くじゃないか、ありがとうな」

「いえいえ、どういたしまして」

「パパ、肉が焼けたよ」

「ああ、適当に分けてくれ」

「分かった」

「島野さん、野菜は?」

「任せる」

「了解です」

「賑やかでいいですね」

「バーベキューはこんなもんだろ、賑やかでちょうどいいのさ」

「ですね、それにしてもテントですか・・・何でまた?」

「今日はこいつらとテントで寝ようと思ってな、キャンプってやつだよ」

「なるほど、今日なら星が綺麗でしょうね、雲一つない晴天ですから」

「そうだな、キャンプの醍醐味はいくつもあるが、星を眺めるってのもいいよな」

「ですね。俺は火を眺めるのも好きですね」

「それもいいな、後は語らいだな、火を囲みながらする語らいは、いつもとは違うちょっとした異空間だからな」

「ですね・・・キャンプかー・・・もう長い事やってませんでしたよ」

「そうなのか?」

「はい、ハンターの暮らしは半分キャンプ生活みたいなものでしたから。でもこんな感じに気は抜けませんでしたよ、いつ獣が現れるかと内心冷や冷やしながらでしたから、こうやって酒を飲みながらなんて、絶対できませんでしたよ。こんな安全なキャンプなら、また違った楽しみがあるんでしょうね」

「だろうな、サウナ島ならではのキャンプを楽しもうと思ってな、それにこいつらはキャンプ経験が無いらしぞ」

「ほお、それはもったいない」

「パパ出来たよ、ここに置いておくよ」

「分かったギル、ありがとう」
俺は食事を取りにいった。

「マーク、食事は済んだのか?」

「はい、済ませてきました」

「今日のまかないは何だったんだ?」

「ジャイアントボアのカツ定食でした」
肉の供給が安定してから、肉の提供は上手く回り出したようだ。
でもタイロンの肉卸業者からは、ちゃんと肉は仕入れている。
止めてもいいけど、せっかくの付き合いができたんだから、今後も上手くやっていこうと思っている。
それに彼らはジャイアントチキンをよく仕入れてくれるから助かっている。
魔獣の森ではジャイアントチキンは見かけないからな。
一度ノンに捜索させたけど、見つからなかったようだった。
棲み分けは上手くいっているということだ。

「肉の一番人気は何肉なんだろうな?」

「どうでしょうか・・・俺はブルが好きですが、あの時は凄かったですよね」
そうだった、オープン二日目に手にしたキングワイルドボアの肉がうま過ぎて、お客の大半がキングワイルドボアのステーキを注文して、一週間もつ想定がものの三日で売り切れてしまったことがあった。
キングワイルドボアのステーキは、日本の和牛を超える旨さだったといえた。
あれほどの肉はもう手に入らないのかもしれない。
魔獣の森にはいるのだろうか?
もう一度食べてみたいと思わせるほど旨かった。

「あれはもう一度食いたいな」

「ですね、驚くほどに美味かった」
マークは遠い眼をしていた。
気持ちは痛いほどに分かる。俺ももう一度食いたい。
ギル達も楽しそうにしている。
バーベキューはどの世界でも共通に楽しいもののようだ。

「お、もうビールが無くなってしまった。島野さんももう一杯要ります?」

「ああ、頼む」
マークにジョッキを渡すと、マークはお代わりを取りにいってくれた。

「パパ、ご飯炊けたけど、どうするの?」

「じゃあ、焼きおにぎりで頼む」

「分かった、テリー達は?」

「じゃあ俺も」

「僕も」

「同じく」
と皆焼きおにぎりとなった。

「醤油が無いから取ってくるよ、ルーベンはお米を冷ましといて」

「兄貴、どうやって冷ますんだ?」

「団扇があったはず・・・あった」
ギルがルーベンに団扇を渡していた。
それにしても、こいつらも気が付いたらこのサウナ島の主要メンバーといってもいいぐらいの仕事をしている。
もはや少年ではない顔つきだ。
今でも孤児院には顔を出し、寄付まで行っているという話だった。
俺は素直に関心した。
若者の成長は早い、こう思う時点で俺は精神年齢が老けているのかもしれない。
でも、こいつらの成長を見守るのも嬉しく思ってしまう。
俺は見守る楽しさにも目覚めつつあった。



最近は社長業が板に付いてきたのか、見守るということの楽しさを感じ始めていた。
最初は俺にとっては見守るということは苦痛でしかなかった。
どうしても自分でやってしまいたい衝動に駆られる。
でも、それを乗り越えると今度は違う感覚が頭を過る。
駄目になっても、間違ってもいいから、経緯と結果を見てみたいと思えるようになってくる。
不思議なものだ、どうしてそんな余裕が生まれてくるのか・・・
どこかで俺はリカバリーが出来るという想いがあるのかもしれない・・・
いや、そうではないな・・・
仮に失敗してもそれはそれで笑えるんじゃないか、と思っている俺がいるからだろう。
たぶんそうに違いない。
他者の間違いを笑って許せる、そんな気がするのだ。

いつから俺はそんな様に思える様になったのだろう・・・
分からないが、これまでの経験や出来事が、そんな俺に変えてしまったのかもしれない。
それはそれでいいことかは分からないが、俺はそれでいいと受け止めてしまっている。
なんだろう、俺は見守る怖さを手放せたということなんだろうか?
特に最近は「任せる」が口癖になっているように思う。
それも勝手に口から漏れ出る様に、そう言ってしまっているように思う。
なにか一つ乗り越えたような、そんな気もする。
不思議な感覚だ。



おいおい、何がどうしてこうなったんだ?
あれよあれよと人が集まってきて、結構な大所帯となっていた。
それにバーベキューが、既に三回戦が始まっている。

気が付けば、俺達の周りには屋外の宴会が始まっていた。
歌を歌うオリビアさん。
狂ったように踊りまくるマリアさん。
トウモロコシ酒を浴びる様に飲むゴンガス様。
女の子相手に鼻の下を伸ばすランドールさん。
ハチミツ酒を飲んで、いつも以上に間延びして話すレイモンド様。
ガハハハと笑い続けるドラン様。
酒を煽りまくるゴンズ様。
阿鼻叫喚とはこのことかもしれない、大騒動になっていた。

俺達の始めてのキャンプは何処へ・・・
もっとしっとりとこう・・・
神様ズの遠慮のなさに、キャンプはフェスへと変わっていた。
なんだかなー、まあこういうのもキャンプの醍醐味かな。
毎日これだと疲れてしまうが。

「どうなってやがる、島野」
五郎さんが日本酒片手にやってきた。

「いやー、どうなってるんでしょうね。気が付いたらこんなことになってまして」

「こいつらまったく遠慮がねえな」

「ですね、まあ賑やかなのも悪くないんですけどね」

「それで、このテントは何だってんだい?」

「本当はキャンプをするつもりだったんですけど、それもしっとりと」

「興味深々のこいつらに捕まっちまったってことか?」

「そういうことです」

「まあ、こいつらの気持ちも分からなくはねえな」

「・・・」

「お前えはこの世界の有り様を変えちまった、それもいい方向にだ。さて次は何をしでかしてくれるんだと、興味がつきねえ。島野が何を考えて、何をやるのか、儂ら神は見たくて溜まんねえのさ」
なんともコメントに困る五郎さんからの発言だった。

「その通りよ、もう目立ちたくないなんて言ってられないわよ、今や注目度ナンバーワンなんだから、島野君は」
いつのまにか、エンゾさんまで加わっていた。

「そうなんですか?」

「何がそうなんですか?だ、お前自覚ないだろ?」
今度はゴンズ様まで会話に交じりだした。

「自覚と言われましても・・・」

「俺にとってもそうだ、お前から目を反らすなんてことは出来ない。次に何をやるのか知りたくて溜まんねえ」

「・・・」

「それで、次は何をするつもりなのかしら?」

「見て頂いた通り、キャンプ場を造ろうかと思ってます」

「そういうことね」

「はい、まずはギルとか若者達の反応を見ようとキャンプを始めたら、この有様です」

「ハハハ!皆、外っといてはくれなかった訳だな」

「はい・・・」

「でもこれで分かったんじゃねえか?大成功するってよ」

「そうなんでしょうか?」

「間違えねえな、見て見ろよ、皆楽しそうにしてるじゃねえか」
五郎さんの言う通り、皆笑顔に溢れている。
会話に花が咲き、楽しそうにしている。
この笑顔が大成功ということなんだろう。
五郎さんらしいや。
でもあながち間違っちゃいないな、利益も大事だが、それよりも優先すべきことがあるということなんだろう。
こういった考え方には同意できる。
その後、自然と解散し始め宴会は終了した。

今はまったりと火を囲んでいる。
メンバーは俺とギルとテリー、そしてマークだ。
ルーベンとフィリップは風呂に入りにいったようだ。
焚火を囲み、特に何をする訳でもなく、火を眺めている。
不思議と火を眺めているだけで、楽しい気分になれる。
何かしらの浄化作用でもあるのか、心が落ち着く。

「パパ、火を見てるだけなのに、なんとも癒されるね」

「ああ、そうだな」

「火がいろいろな形に変わって面白いよ」

「だな」

「これも一つの催眠効果だろうな、力を抜いて一点を眺める、すると体はリラックスするが、集中力は高まってくる」

「なるほど、催眠効果か・・・島野さんの得意とするところですね」
マークが応えた。

「そうだな、それにしても皆な集まってきちゃたな」

「知り合いの神様ほぼ全員でしたよ。相当気になるんでしょうね?」

「何がだ?」

「島野さんが何をするのかですよ」

「ああ、五郎さんも同じことを言ってたよ」

「思うところは皆な同じなんですね」

「パパは人気者ってことだよ」

「人気者?」

「人が集まってくるからさ、僕は嬉しいよ」

「そうか」

「俺も嬉しいです」
テリーがギルに賛同する。

「そうか、テリーも嬉しいか」

「はい、島野さんに俺はこの先も付いていきます」

「テリーも変わったな」
テリーはマークに褒められていた。

「変わったというより、成長しただろ?」

「そうか、成長か」
テリーは照れていた。

「テリーもフィリップもルーベンも、サウナ島に来た頃とは比べ物にならないぐらい成長したと思うぞ、この先もサウナ島を頼んだぞ」

「はい!」
元気いっぱいの返事が返ってきた。

「それにしてもキャンプ場か・・・また流行りそうですね」

「だな、まあ利益ド外視しても、皆が笑顔になるならやらないとな」

「ええ、それで具体的にはどうするんですか?」

「そうだな、テントを張るパターンとロッジで寝るパターンとどっちも用意した方が面白そうだな」

「欲張りますねー」

「せっかくだからいろいろやってみたいじゃないか?」

「そうですね」

「それに雨が降ることも考えて、バーべキュー場には屋根が必要だろうしな。今は俺も時間があるからのんびりと造っていこうかな?」

「俺も手伝いますよ」

「俺も」

「僕も」

「ハハ、結局俺の出番は無いかもな、じゃあ今回のプランはギルとテリーに任せる」

「えっ!いいの?」

「ほんとですか?」

「ああ、修正はしてやるから、お前達で考えてみろ。コンセプトは一つ、笑顔の集まるキャンプ場にする、どうだ?」

「うん、やってみるよ。なあテリー!」

「うん、頑張ります!」

「マークもサポートしてやってくれよ」

「もちろんです」
皆なで笑い合った。
あとは気ままにやっていこう。
現場は若い者に任せよう。
さて、俺は寝袋で寝るかな・・・いい夢が見れそうだ。

「じゃあ、お休み」

「「お休みなさい」」
寝袋は思いの外寝やすかった。
翌朝はとても目覚めが良かった。