そよ風が気持ちよかった。
頬を薙ぐそよ風が眠気を払ってくれる。
いつもの朝の散歩だ。
俺は伸びをして、体を解す。
上半身を左右に振り、腰周りをリラックスさせる。
これはスワイショウと言う運動だ。
このスワイショウは、何度行っても良いと、ヒプノセラピーから派生した。リセットⓇという心身療法の講座で教えて貰った運動だ。
コツは全身の力を抜くこと、軽く顎を引くこと、そして、猫背にならないように注意が必要だ。
何度も何度も行うことで、体の中心、要は軸を感じることが出来る。
更にはお腹周りも引き締める効果があるとのことだが、その真意は不明だ。
俺はこれでお腹周りが引き締まった、という実感は特に無い。
でも俺はこの運動が好きだ。
このスワイショウを何度何度も行い、体の軸を感じてから、散歩を行うようにしている。
その方が自然と出来てしまう、体のばらつきが無くなるような気がするからだ。
人にはどうしても癖があり、気が付くと体に左右差が生れてしまう。
それが原因で肩が凝ったり、腰が重くなったりするようになると、昔、整体師の先生に教えて貰った。
そんな考えもあり、スワイショウを行って、一度体の左右差をリセットしてから、一日を始める様にしているのだ。
最近はこの朝の散歩に付き合う者達が増えた。
このサウナ島に来てからずっと、散歩は俺一人のルーティーンだったが、自然と人数が増えていった。
とは言っても人数はその日によってバラバラだし、三日坊主で止めてしまった者達もいる。
特に強制したり、勧めたりした訳でもないのだが、散歩を行う者達が出来て来た。
今日はマークと、メタンが散歩に付いて来ている。
そういえば、マークとランドにスワイショウを教えたところ、彼らも良く時間を見つけてはスワイショウを行っているところを見かける。
特にランドは、バスケットボールの練習や試合の前には、必ずと言っていいほど行っている。
ランド曰く、体の中心を感じてからバスケットボールをプレイすると、パフォーマンスが上がるのだとか。
何となくその仕組みは分からなくも無い。
本当はそうではなかったとしても、本人がそう感じているのであれば、それで良い事だと思う。
今日も天気は良好で、雲一つ無い晴れ模様だった。
朝日が海に反射して、少し眩しいぐらいだ。
さて、今日もサウナを満喫させていただきましょうかね。
スーパー銭湯がオープンしてから一ヶ月以上が経過していた。
最近では、客数も落ち着いて来てはいるものの、家のスタッフ達は皆な、慌ただしくしている。
スーパー銭湯の一日の客数は、大体四百人前後で、その日によって若干のばらつきがある程度だ。
ここ最近では、迎賓館の使用者と他の街へ移動する者達が増えてきている。
それだけ転移扉が商売に根を張り出しているということだろう。
特に移動手段として用いるケースは、安全な上に格安であると理解した商人がここぞとばかりに使用している。
ただ、難点もある。
行きはよいのだが、帰りが上手くいかないというケースがあるということ。
行きは顔なじみの神様に送ってもらえるが、帰りは迎えにいくということまではどの神様も行ってはいない。
そこまで神様も暇ではないということだ。
その点を何とかして欲しいとの相談も受けたが、そこまで面倒をみる必要は感じなかったので、丁重にお断りした。
何でもかんでも頼られるのは、正直あまり気持ちの良いものではなかった。
自分で考えて欲しい物だ。
行く先の神様にどうしたら認められるかぐらい、自分でも考えつくだろう、楽をしようという魂胆が透けて見えている。
俺から言わせて貰えば、そんな浅い考えならば、片道だけでも充分でしょうが、というのが本音のところだ。
俺は何でも屋では無いってえの。
と語気を強めたくもなる。
さて月末を間近に迎える為、神様達への報酬を計算しなければならない。
プレオープンを含む、今月の二十日までの、来島者から得た入島料と、移動に掛かった通行料の半分を神様達に渡そうと思う。
その計算を俺は今、黙々と行っている。
金額に関しては、金貨以下の物は全部繰り上げ計算としている。
さてどれぐらいになるのか、興味は尽きない。
まだ、神様達には報酬を渡すことは話していない為、どんな反応をするのだろうか?
大いに楽しみである。
まず最初の五郎さんは金貨九十二枚、これは、移動に掛かった交通料が一番多い結果だ。
主にタイロンやメッサーラから温泉街ゴロウに保養に来て、帰りに転移扉を使うというお客様が増えてきているようだ。
なかなか賢い利用方法と言える。
移動目的であれば、一見さんでも転移扉は潜らせてもいいと、五郎さんは判断したようで、見知らぬ人もいると言っていた。
ルールは各自の判断に任せることになっているから、異論は勿論無い。
ただ、五郎さんは結構こっそり鑑定を行うから、まず間違いはないだろうとも考えている。
決して褒められた事では無いが、俺はそこには口を挟まないことにしている。
五郎さんの判断で行っていることを咎める理由もない。
ゴンガス様は金貨六十枚、金に執着のあるゴンガス様のことだから、喜んでもらえることは間違いないだろう。
だいたいほぼ毎日スーパー銭湯に通っている。
ゴンガス様が連れてくるお客様は、鍛冶職人とドワーフが多い、ドワーフに関しては、トウモロコシ酒を水のようにガバガバと飲み、大食堂で宴会を始めてしまうのが、たまに傷である。
ちなみにスーパー銭湯への飲食物は、持ち込みOKとしている。
オーストラリアでいう処のBYO(手数用を払えばお酒を持参してもよい制度)だ、だけど手数料は頂かない。というより貰う必要はないと考えている。
なのでゴンガス様は、自分で作ったアルコールを持ち込んでよく飲んでいる。
俺は二度とゴンガス様の酒は飲まないと誓っている。
あんな高濃度のアルコールを飲んだら、いつか肝臓が破裂してしまうと思う。
一度飲まされたスピリタスのことは、俺は今でも忘れない。
あれは、とんでもない代物だった。
一瞬で喉が焼かれたし、一口で酔っ払い、帰りは千鳥足になったことを覚えている。
やれやれだ。
ゴンズ様は金貨六十三枚。
ゴンズ様は二日に一度のペースでやってくるのだが、一気に八十人近く連れてくるので入島渋滞が起きてしまう。
とは言っても文句は言えないので、こちらとしてはてきぱきと働くしかない。
大事なお客様をお連れしてくれていることに、変わりはないのだ。
お客様達も事情は承知の為、渋滞しても文句は言わないので助かっている。
お客様の半分は漁師で、ゴンズキッチンで見かけた者達が多い。
ゴンズ様と漁師達は、大食堂でレケと一緒に漏れなく酒盛りを行っている。
ドワーフ達と被った時の賑わいは半端なく、隣の人との会話もままならない時があるほどだ。
何とも困ったものだ。
ドラン様は金貨四十八枚。
とは言っても、牛乳とヨーグルトの販売で他にも収入は得ているし、スーパー銭湯で牛乳の仕入れを行っているから、もっと利益は得ていると思う。
特に牛乳の仕入れ量は多い、アイスクリームが定番の売れ筋となっている為、切らすことは出来ないのだ。
サウナ島でも、牛乳は取れるが、量がまったく足りていない。
こちらとしても多いに助かってる。
ドラン様は販売ブースの管理もあり、ほぼ毎日顔を出している。
そして、三日に一度はアグネスもやってくる。
アグネスはこれまで通り、コロンの街で野菜の叩き売りを継続している。
もはや彼女のワイフワークとなっていると言える。
これまで通り、食事は無料で提供しているが、入島料と入泉料は半額だが払わせている。
これまでのサウナ島とは違い、神様だらけのサウナ島の現状に、アグネスは終始ビビッている。
偉そうな態度を取られるよりは増しなので、俺達は放置している。
このまま、ずっとビビッてくれてたら楽なのだが。
どうせアグネスのことだ、慣れたら偉そうになるに決まっている。
あれは治らんもんかね?
レイモンド様は金貨三十一枚。
カナンの村は人口数が少ない為、これでも多いと言えると思う。
カナンのお客様はリピーターが多く、すでに何度も見かける人達が多い。
何よりもレイモンド様がサウナにド嵌りしており、サウナジャンキーのデカいプーさんとなっている。
カナンのハチミツも販売は好調のようで、良く売れるとレイモンド様は喜んでいた。
商売目的にやってくる商人も、カナンのハチミツを仕入れたい者達が多く、商談に訪れる商人が多い。
商談にはレイモンド様は立ち会わず、お付きのカナンの商人が行っているようだ。
レイモンド様には毎回会う度に、お礼を言われるのだが。俺としてはそろそろ止めて欲しいのだが、言っても治らないだろうから、言わないことにした。
未だに俺のことを神様と思っているようだから、言っても治らないのは間違いないだろう。
マリアさんは金貨五十二枚。
俺の一言が効いたのか、風呂場やサウナでのジロ見事件は収まったが、それ以外のところでは相変わらずの暴れっぷりだ。
ランドールさんを見つけては追いかけ回しているし、しょっちゅう
「エクセレントよ!」
と騒いでいる。
そして、ルイ君が週に一度は同行してくるようになった。
まだ、魔獣の森については話をしていないが、そろそろ話した方が良いのかもしれない。
現在ではタイロンの肉卸業者が頑張ってくれており、一時的に肉問題は解消している。
だが、これも時間の問題と俺は見ている。
ルイ君にはおりを見て話をしようと思っている。
少し話は脱線するが『魔力回復薬』はすでに落ち着きつつあり、今ではリンちゃん達の納品も三日に一度で収まっている。
学校用の資金も集まりつつあるらしく、早ければ半年後に一校目の着工ができるかもしれないと言っていた。
メッサーラは着実に進化を遂げているようで、なによりだ。
学校が出来上がれば、また国としても大きく変わっていくのだろうし、国民からの期待は大きい。
ランドールさんは金貨五十五枚。
サウナ島の魅力を知った大工達が、ほぼ毎日といっていいほどスーパー銭湯に来ている。
彼らはここの建設に携わったという誇りもあるのだろう、たまに他のお客様にここの柱は俺が立てた等と、自慢しているのを見かける。
ランドールさんはマリアさんを恐れて、入島受付で帰ってしまうことがあるが、大体二日に一度はスーパー銭湯に入りに来ている。
俺がマリアさんを注意して以降、風呂やサウナの中ではおとなしくなったマリアさんには追いかけられないと、彼は長湯を楽しんでいるようだ。
いい加減あの人達は普通に出来ないものなんだろうか・・・
口を挟むと巻き込まれかねないので、俺は何も言わないが・・・
最近はちょっと、ランドールさんが可哀そうに思えてきた。
オリビアさんだが、なんと金貨九十二枚の最高額を叩きだした。
だが実はこれはオリビアさんが頑張ったというよりは、アイリスさんが凄いのだ。
メルラドからくる来島者は、アイリスさんの畑の見学者が半数以上で、これは完全に他人のまわしで相撲を取ったという典型だろう。
だが、実際に転移扉を開けているのは間違いなくオリビアさんなので、文句は言えない。
そして、お忍びで魔王メッリサさんもこっそりと来ては、アイリスさんと親しくしているようだ。
彼女にはもっと自由を謳歌して欲しいと思う。
メリッサさんは未だ両親には会えていないと、オリビアさんが教えてくれた。
俺に何かを期待しているのかもしれないが、内政干渉は控えたい。
まだまだ古い体質のあるメルラドだが、メッサーラと同じで、大きく舵を切り出した感はある。
それだけ、アイリスさんが行った農業改革が凄いということなんだろう。
ハウス栽培も成功しており、リチャードさんとピコさんが二つ目に取り掛かりたいと言っていた。
またゴンガス様と打ち合わせしなければならない。
金の事になるとゴンガス様のにやけ顔が目に浮かびそうだ。
メルラドにはまだまだ問題が多いようだが、頑張って欲しい。
前回の飢饉の教訓なのか、リチャードさんが勢力的に迎賓館で、商談を行っている姿を見かける。
今年の冬は何とかなりそうだと安堵していたが、来年以降の仕込みに既に動いているのは、外務大臣としての責務なのだろう、頭が下がる思いだ。
最後にエンゾさんだが、金貨六十二枚となった。
俺の予想としてはエンゾさんが一番お客様を連れてくると思っていたが、一番とはならなかった。
エンゾさん曰く、
「人選が難しい」
とのことだった。
責任感の強いエンゾさんは、間違っても変な輩を連れてくる訳にはいかないと考えてくれていたようで、こちらとしては心強いとも感じる。
基本的に上から女神のエンゾさんだが、実は細かいところにも気が回る人だと俺は分かっている。
やはりガードナーさんにも、転移扉を渡しておくべきなんだろうか?
エンゾさんは生クリームとイチゴのパンケーキと、炭酸泉と塩サウナにド嵌りしているご様子、これなしではもう生きていけないと漏らしていた。
ちなみに気を利かせてくれたのか、マッチョのアホ国王はその後スーパー銭湯には現れていない。
個人的にはもう来てくれなくてもいいと思っているのだが・・・
たぶんそうはいかんよね?
さて、俺は神様達に話があると、神様の面々を集めた。
場所は迎賓館の会議室だ。
まずは全員集まったことを確認し、話を始めた。
「まずは皆さん、お集り頂きありがとうございます」
俺は一礼する。
それに応え、数名の神様が軽く頭を下げた。
「それで、全員集めて何するんだ?」
ゴンガス様が堪えきれず、話し出す。
「だから、ゴンガスの親父はせっかちが過ぎるんだ、島野に任せときゃあいいんだ」
と五郎さんがツッコむ。
「ああ、そうだった、そうだった」
とゴンガス様が頭を掻いていた。
「まずは今日のサウナ島の繁栄は、皆様のご協力があってのものです、改めましてお礼申し上げます」
俺は改めて深く頭を下げた。
「まずは、皆さんにお渡しする物がありますので手渡しさせていただきます」
俺は人数分の革袋を取り出し、名前に照らし合わせて、渡していく。
革袋を受け取ると、神様達が中を確認し、絶句する者、眉を潜める者と反応は様々だ。
そんな中ゴンガス様は、一人にやけていた。
「どういうこと島野君?」
エンゾさんが説明を要求してくる。
まあ当たり前だよね。
「これは、皆さんが連れてきてくださったお客様から頂いた、来島料金と移動料金の半額の合計です。期間はプレオープンから先月末日までのものです」
「それで、なんでこれを私達に?」
ランドールさんは不思議がっていた。
「これは、労働の対価です」
「労働の対価?」
「はい、転移扉を開けて貰った労働の対価です、これはお渡しして当然の物と俺は考えています」
「なるほどね」
とエンゾさんは合点がいったようだ。
「皆さんがお客様を連れてきてくれなければ、このサウナ島に人は集まりませんし、連れてくる人の選別まで行って貰っています。中には自分の仕事の手を止めてまで、転移扉を開いてくれる方もいたと俺は知っています、これぐらいは渡して当然ということです」
「島野、お前え粋なことしてくれるじゃねえか」
「儂はなんであれ、金が貰えるならいくらでも貰ってやるぞ」
「ありがたく受け取らせて貰うわ」
「エクセレントよ、守ちゃん」
と皆が騒ぎだした。
こうなると収集が付かなくなる。
「今後もこれは続けますので、よろしくお願いいたします」
と言うと、
「嬉しい小遣いだ」
「ありがとー」
「ガハハハ!」
「まあ、貰って当然よね」
と騒がしさは止まらない。
「ちょっと皆さん、いいですか?」
「どうした?」
「なになに?」
と場が閉まらなくなっている。
俺は注目を集める為に立ち上がった。
皆の注目が集まる。
「今日は宴会にしましょう!大食堂で二時間後に集合です。俺の奢りです!」
「「おお!」」
「宴会だ!」
「エクセレントよ!」
「今日は飲むわよ!」
と早くもエンジン全開の神様ズ。
これは先が思いやられるな。
でも神様ズを労わる必要はあるからね。
俺達は連れ立って、スーパー銭湯に向かった。
既にスーパー銭湯を使い慣れている神様ズは、各々の楽しみを堪能しているようだった。
俺は俺で、自分の好きにスーパー銭湯を堪能した。
最近は外気浴とサウナの間に、炭酸泉を挟むようにしている。
その理由はサウナでのパフォーマンスを上げる為だ。
身体が温まった状態からサウナを始めると、汗をかきだすまでが早くなる。
短時間で汗を沢山かくということだ。
この先の宴会だが、どうなることやら・・・
まあ、全力で神様ズをもてなしてみましょうかね。
そろそろ時間となる為、俺は大食堂へと向かった。
既に何名かの神様ズが、今か今かと他の神様ズの到着を待っていた。
直に全員が集まり、宴会が雪崩式に始まっていく。
各々が好きに注文をし、飲み食いが始まっていく。
俺はひとまずビールを流し込む、サウナ明けのビールが喉に心地よい。
「プハア!」
「やっぱりサウナ明けはビールだな、島野!」
上機嫌の五郎さんだ。
「ですね、こればかりは止められない!」
「にしても、島野、なんで報酬の件は黙ってたんでえ」
「それは、単純にサウナ島にどれぐらい人が集まる実力があるか、知りたかったんですよ」
「なるほどな」
「下手に話してしまうと一部の人が、張り切っちゃわないかと思いまして・・・」
俺はゴンガス様を見ると、五郎さんもつられて見ていた。
「ああ、親父ならやりかねねえな」
当のゴンガス様は
「儂はサウナ明けは、キンキンに冷やしたワインが好きだ」
などとレイモンド様に語っていた。
「ぼくはービールー」
とデカいプーさんが、ビールをジョッキで飲んでいた。
日本の少年少女達には、決して見せられない姿だ。
プーさんがハチミツじゃなく、ビールをジョッキで飲んでるとこなんて見せられる訳がない。
「でも、まあ助かったぞ。ありがとうな」
「いえいえ、当然の報酬ですよ」
「とは言ってもな、なかなか出来ることじゃああるめえ」
「そうですか?」
「この世界の者達にとっては、金銭の価値は大きい、儂ら神だって一緒だ」
「そうなんですね」
「ああ、儂ら神は、究極は食わんでも生きてはいけるが、腹は減るし、眠くもなる。寿命が無いってだけで、たいして人間と変わりゃしねえんだ。金銭がなけりゃあ、ひもじい想いもするってことよ」
「・・・」
「まあ、儂は詳しいことはしらんが、所詮そんなもんよ」
と吐き捨てて、五郎さんは注文の為に手を挙げた。
「おい若いの、日本酒を持ってきてくれ、燗で頼むぞ!」
「かしこまりました」
とスタッフが受け答えする。
「そういえば、ずっと気になってたんですが、温泉街の客足はどうなんですか?」
ずっと気になってたことがある、スーパー銭湯と温泉は別物だが、似て非なる物である。客がどちらかに偏ることは考えられるのだ。
「ああ、正直にいやあ、ちっとばかし減ってはいらあ、だがな島野、そんなことは気にするな。温泉には温泉の良さがある。スーパー銭湯とは似てはいるが別物だ。案外客も分かってるってなもんよ」
五郎さんならそういうとは分かっていたが、多少の申し訳なさはある。
「それにあれだ、おめえがくれた塩サウナとサウナが好評でな、上手くいってる」
実は、前使っていた塩サウナとサウナを五郎さんに寄贈させて貰った、潰すのは心元無いと、五郎さんに貰って欲しいことを伝えると、喜んで引き受けてくれた。
愛着のある塩サウナとサウナだったから、俺としてもとても嬉しかった。
今は五郎さんが大事に使ってくれている。
「実はな、儂もちょっと考え方を変えたんだ」
「と、いいますと」
「ここサウナ島は温泉街ゴロウの別館と考えてるってことよ」
「別館ですか?」
「ああ、転移扉を開きゃあ、違う風呂が楽しめるってな感じよ」
五郎さんらしい考え方だ、ここサウナ島は温泉街ゴロウの、第二の温浴施設ということだ。
素晴らしい考えだ、天晴だ!
「それにあれだ、帰りは安全に帰れるって、転移扉の移動も好評よ、格安だってハンター達も言ってたな」
これに気づいた五郎さんの商才は本物だと思った。
もしかしたら安全に家路につくまでが、温泉街の仕事と考えているかもしれないが・・・
遠足では無いけどね。
「あれ!五郎さん?」
ギルがサウナ明けなのか、タオルを首に巻いて現れた、テリーと、フィリップ、ルーベンも一緒だ。
「おお、ギル坊!こっちに来いや」
五郎さんがギルを呼び寄せる。
「何で神様達が集まってるの?」
「ああ、まあそれはいいとしてだ、もう飯は食ったのか?」
「まだだけど」
「じゃあ、好きな物食っていいぞ、おめえらも食っていけ、今日は島野の奢りだ、ガハハハ!」
と適当なことを言ってくれている。
ギルが本当にいいの?という視線を向けてくる。
いいも何も、お前達は福利厚生で、そもそもタダだから別にどうでもいいのだが・・・
「ああ、俺の奢りだ、好きなだけ食え!」
と五郎さんに乗っかっておいた。
やれやれだ。
俺は他の神様ズに話掛けることにした。
ランドールさんはマリアさんに捕まっており、灰色と化していた。
マリアさんはランドールさんを愛でており、上機嫌だった。
流石に可哀そうなので、声を掛けることにした。
折角の宴会なのだ、正直見ているこっちも嫌になる。
いい加減にして欲しい。
「マリアさん、いい加減止めて貰えないですかね。宴席ですよ?」
凄むマリアさん。
「いいじゃないのよ!好きにさせてよね!」
俺は引かずに睨み返す。
「あのですねマリアさん、はっきり言いますけど、見ているこっちも気分が悪くなりますよ。それによく見てやってくださいよ、ランドールさんが廃人になってるじゃないですか?そんな廃人になってるランドールさんを相手にして面白いですか?」
マリアさんが怯む。
「でしょ?いつものカッコいいランドールさんならともかく、もっと良くみてやってくださいよ。涎垂れてますよ」
というと
「涎?」
と言って、マリアさんはランドールさんから飛びのいた。
「ほらもっとよく見てくださいよ、こんなランドールさん見てられないですよ」
「・・・確かに・・・」
マリアさんはランドールさんをのぞき込むが、ランドールさんはピクリとも反応しない。
まるで魂が抜けているようだ。
「悪かったわ、守ちゃん・・・」
「いや、いいんですよ、今後はせめて時と場所を考えてくださいよ」
「分かったわよ・・・」
マリアさんは下を向いてオリビアさんのところに向かった。
俺はランドールさんの肩を掴み揺すった。
「ランドールさん、起きてますか?大丈夫ですか?」
まだ、ランドールさんは廃人のままだ。
困ったな、どうしたもんか・・・
横を見るとエンゾさんが上機嫌でワインを飲んでいた。
「エンゾさん、ちょっといいですか?」
「ん?島野君、どうかしたの?」
「あの、ランドールさんに話掛けてもらえませんか?」
「いいけど、どうして?」
「見てくださいよ、放心状態から解放してやって欲しいんですよ」
「あらそう、じゃあ」
とエンゾさんは手をランドールさんの手に添えて。
「ランドール、起きなさい!」
と声を掛けた。
ビクッと体を震えさせたランドールさんは、何事も無かったかの様に復活した。
おお!
流石はエロ神、女性の声なら届くんだな。
「エンゾさん?おはようございます」
とよく見ると手を握り返していた。
どんだけ現金な奴なんだ。美女の掛け声で一瞬で復活かよ。
アホか・・・
まあいいや、
「ランドールさん、起きたようですね?」
「ああ、島野さん、すまない、最近ではマリアの隣にいる時は、無意識に気絶する様になってしまってね」
なんだそれ?
心の自己防衛機能か?
「そうなんですね・・・」
「ランドール、そろそろ手を放してくれるかしら?」
「おっと、失礼。エンゾさんの手はとても柔らかいのでつい」
と下卑た顔をしたランドール。
エンゾさんは強引に手を引き離した。
「ふん!ランドールいい加減におし!」
と一喝する。
するといつもの顔になったランドールさん。
「すいません、つい・・・」
「何がついなんですか?ランドールさん。まあいいとして、それで飲んでますか?」
「いや、全然、これから飲ませて貰うよ、島野さんありがとう」
「何を飲みますか?」
「では、ワインを貰おうかな」
俺は手を挙げてスタッフを呼んだ。
「エンゾさんもお替り要りますよね?」
「あら、気が利くじゃない」
スタッフが駆け寄ってきた。
「ワインを二杯貰えるかな?」
「かしこまりました!」
爽やかに受け答えするスタッフ。
「それにしても、二人にはたくさんのお客様を連れてきていただきありがとうございます」
俺は改めてお礼を言った。
「でもこうやって労ってもらえるなら、やりがいはあるわよ」
「そうです、こちらがお礼を言いたいぐらいですよ」
二人の優しさに感謝だ。
「それにしてもランドール、この島に連れてくる人選はどうしてるのよ?」
「それは、そもそも家の大工達はこの島の建設に携わっていますから、大工連中は顔パスですね、後は、街の者達も小さなころから知ってる者達ばかりですので、大体の者は安心して連れてこれますよ、エンゾさんは違うのですか?」
「私は人選が難しいのよね?」
「それはどうしてですか?」
「タイロンの国民を信じてはあげたいけど、サウナ島に行きたいという者の中には、初めて見る顔の者達も多いから、そんな者を連れてくる訳にはいかないでしょ?」
「それはそうですね、大国なりの悩みですね。私は街の者達はほとんど顔なじみですから」
「そうなのよね・・・どうしたらいい?島野君?」
といきなり話を振られた。
「俺ですか?」
「そうよ、何かいい案はない?出来るだけたくさんの国民に、娯楽は味わって欲しいと思ってはいるのよ」
「そうですね・・・まあ、娯楽に拘らなくても、エンゾさんなら商人の知り合いが多いでしょうから、迎賓館を沢山使って貰ったらいいのでは?」
「島野君、そんなことは分かってるわよ、その商人達の人選が一番難しいのよ、タイロンの商人は海千山千の猛者ばかりなのよ、中には無理難題を言い出す者達もいるわ」
確かにいたな、転移扉の移動の帰りのことを持ち出したのも、タイロンの商人だったよな。
「実際言われましたよ・・・」
肩を落とすエンゾさん、ごめんと目で訴えてきた。
「気にしないでください、まともに相手しませんでしたから」
「ね?難しいでしょ?」
スタッフがワインを持ってきた。
丁度中座するにはいいタイミングだ。
二人に再度お礼を言って。
次の神様ズを目労いにいくことにした。
ゴンズ様とドラン様がゲラゲラ笑っていた。
お!雰囲気がよさそうだ。
こういうところから混じろう。
「それにしても、ドランのところの牛乳は上手いな、ハハハ!」
「それを言うならゴンズのところの魚介類も最高だ、ガハハハ!」
おっと、お互い褒めちぎってるな。
「何を褒め合ってるですか?」
「おお島野、お前飲んでるか?」
「島野君、座ってくれよ」
ウエルカムな雰囲気で助かります。
「じゃあ遠慮なく」
「島野、ありがたく報酬は頂くぞ」
「ええ、そうしてください」
「私も遠慮なく頂くよ」
「どうぞどうぞ、それで何の話をしてたんですか?」
「ああ、今では転移扉を使って頻繁に街の行き来ができるようになったからな。そんな話をしてたんだ」
笑ってはいたが、ビジネスモードだったのね。
「でも、コロンとゴルゴラドはこれまでも交流はあったんではないんですか?」
「確かに交流はあったが、物品のやり取りは鮮度の問題で出来ていなかったからね」
牛乳と魚介類となれば、鮮度が命だから当然か。
「それが今ではどうだ。コロンの乳製品がゴルゴラドで販売され、ゴルゴラドの魚介類がコロンで販売される。ありがてえことだぞ」
「まったく、島野君には頭が上がらないよ」
「そうだな」
「いえいえ、これも全て神様達がこの島に人を連れて来てくれるからですよ」
「何言ってやがる。その仕組みを作ったのはお前だろうが」
「本当に何かやってくれるとは思っていたが、ここまでのことをやってくれるとは思わなかったよ、ハハハ!」
なんだか照れるな。
これは早々に退散した方がいいな。
褒め殺しは苦手なんだよな。これは話を変えた方がいいな。
「ゴンズ様、今年もフードフェスはあるんですか?」
「どうだろうな、毎年のことだから、今年もやると思うぞ。島野はまた屋台を出すのか?」
「どうですかね、今サウナ島を離れるのはちょっと難しいですよ。それこそドラン様が牛乳を使って、何か出品したらいいんじゃないですか?」
「私がかね?」
「ええ、どうですか?」
「そうだな・・・考えてみるか・・・」
そろそろかな。
二人に改めてお礼を言って、場を離れた。
さて次は、ゴンガス様とレイモンド様だな。
どんな会話をしていることやら。
「だからなお前さん。酒ってのは、こうやって作るんだ」
とゴンガス様は酒作りについて語っていた。
あちゃー、これは長くなるぞ、上手く立ち回ろう。
「ゴンガス様、何を語ってるんですか?」
「ああ、お前さんか、いやな、レイモンドに酒作りについて話してたところだの」
「へえー、でレイモンド様は、話を理解できたんですか?」
「・・・わーかーらーなーいー・・・」
ゴンガス様と俺はずっこけそうになった。
「そういえば、ハチミツを使ったお酒ってどうなんでしょうかね?」
確かハチミツ酒があったような・・・
「ほう、ハチミツを使った酒か・・・」
「おもしろいねー」
レイモンド様も乗っかってきた。
「ハチミツの甘さを使ってみれば、女性受けするお酒ができるんじゃないでしょうか?」
「あーまーさーねー」
「なるほどの、レイモンドよ、そもそもハチミツはどうやって作っておる?」
「そーれーはーねー」
「もっと早くしゃべってくれ」
せっかちなゴンガス様らしい、ツッコミだ。
それに酔っているのか、いつも以上に間延びしている。
「むーりー」
ありゃりゃ・・・
さて、退座しますか。
俺はここでも二人に改めてお礼を言って。
この場から離れた。
後は、オリビアさんだが、さて何処にいることやら・・・
あれ?オリビアさんとマリアさんが見当たらないが・・・
何処行った?
まあ、その内戻ってくるだろう。
と考えていたら。
ステージから声がした。
「皆ー!今日も歌うわよー!」
いつの間にか、オリビアさんがステージに立っていた。
「そして、私は踊るわよー!」
とマリアさんもステージに立っていた。
オリビアさんの掛け声に答えて、お客様が集まってきた。
皆オリビアさんの歌が聞きたいのだろう。
始まってしまったか・・・こうなると埒が明かない。
どんちゃん騒ぎが加速する。
皆オリビアさんの権能に支配されてしまう。
まあ楽しい気分になるのだから、いいのだけどね。
歌が始まった。
いつにも増して、ノリノリのオリビアさん。
美声が大食堂を木霊する。
それに合わせて、体を揺する者、手拍子を行う者、皆楽しそうにしている。
オリビアさんの隣で、何とも表現に困る踊りを披露しているマリアさん。
やたらと体をくねくねしている。
俺は大食堂の端に行き、皆の様子を眺めることにした。
最近は慣れてしまったせいか、オリビアさんの権能に、俺は支配されなくなっていた。
皆の笑顔が微笑ましい。
次第にテンポが加速していく。
オリビアさんは、踊りを交えながら歌い上げていく。
神様ズもノリノリだ。
皆が躍り出した。
各々好きに踊っている。
今日のオリビアさんは絶好調のようだ。
いつもよりも声量がある。
いよいよ大詰めだ。
会場のボルテージもマックス状態にある。
大拍手に迎えられて、オリビアさんのステージが終了した。
こうして神様ズの大宴会は幕を下ろした。
来月はご遠慮願おう。
宴会のホストって正直気疲れました。
サウナ島が日常を取り戻しつつあると言っていいだろう。
スーパー銭湯は相変わらず連日大賑わいで、迎賓館も今では空席が無い時もあるほどになっている。
スタッフ達も、仕事に慣れ、各々の仕事をしっかりとこなしている。
ここで俺は更にスタッフを増やすことを決定した。
そのきっかけとなったのは、週二回の休日を取得できない者が、数名現れたからだ。
当初の目論見以上に盛況になったあおりが、スタッフ達に出ていると思われた。
これは見逃せない。
ブラックな労働環境は認められない。
そこで、急遽リーダー陣を集めて会議を行うことにした。
メンバーは俺を筆頭に、ノン、ギル、エル、ゴン、レケ、メルル、マーク、ランド、メタン、ロンメル、アイリスさん、リンちゃんの旧メンバーにジョシュアを加えた。面子となる。
所謂幹部連だ。
「まずは、皆お疲れ様」
「「お疲れ様です!」」
「急な招集に応じてくれてありがとう」
数名が軽く会釈した。
場所は大食堂。
「実は、数名だが、週二回の休日を取得できなかった、ということが先日判明した。これは由々しき事態だ」
頷く一同。
「そこで、従業員を増やそうと思う」
「「おお!」」
好反応だ。
「幸い寮にはまだ空き室がある、そこでざっくりとだが五十名近く増員しようと考えている」
「そんなに増やして大丈夫なんですか?」
メルルからの疑問だ。
「ああ、全然構わない」
そうなのだ、全然構わないのだ。
詳細は後日報告させて貰うが、利益がとんでも無いことになっていた。
「それで、どの部署が何人増員したいのかを教えて欲しい」
マークが手を挙げる。
「島野さん、それはどれぐらいの規模で考えればいいですか?」
妥当な質問だな。
「それは、少々シフトがダブついてしまうぐらいで構わない、これを気に余裕を持ってスタッフ達に、仕事を行って貰えるようにしたいと考えている」
「そんなにですか?」
「ああ、遠慮はいらない」
全員が考え込んでいる。
ノンが手を挙げた。
「僕のところは要らない」
でしょうね、君のところは始めから増員なんて考えていませんよ。
「お前が増員は要らないのは分かっている」
ノンは当たり前といった表情を浮かべている。
メルルが手を挙げた。
「島野さん、増員できるのならこれを気に、メニューにも手を加えてもいいですか?」
「ああ、構わない、それを見越した上で考えてみてくれ」
「わかりました」
メルルはエルと相談を始めた。
ギルが手を挙げた。
「どうしたギル?」
「パパ、僕もせっかくだから提案したいことがあるんだけど」
「ほお何だ、言ってみろ」
「リンちゃんには悪いんだけど、テリー達をスーパー銭湯班に、移籍させて欲しいんだ」
「それはどうしてだ?」
「テリー達は熱波師の仕事もあるから、こっちに来て貰ったほうが、シンプルになるんじゃないかと思って、それに簡単な火魔法とかが、テリー達は使える様になったんだよ。こっちの方が戦力になるかと思って」
「なるほど、言っていることはよくわかるが、リンちゃんとしてはどうなんだ?」
「できれば、直ぐに移籍されるのは困るので、新たに雇う新人が物になりしだいであれば、問題ありません」
「分かった、ではそうしよう」
レケが手を挙げた。
「ボス、出来れば船を扱える者が二人は欲しいな」
「分かった、二人だな」
俺はメモを取った。
「五人欲しいです」
とジョシュアが言う。
これもメモを取っていく。
ランドが手を挙げる。
「七名欲しいです。いっそのこと受付の人数を、今の四人態勢から五人態勢に変更します」
その方がいいだろう、大いに賛成だ。
「OK、良いだろう」
「俺も七人欲しいです」
とマークが続く。
「僕は、テリー達以外に五人欲しいな」
ギルが言った。
メタンが何かを言いたそうにしている。
「メタンどうしたんだ?」
「島野様よろしいでしょうか?」
「ああ、どうした?」
「せっかくなので、神社に人員を配置してもよろしいでしょうか?」
「何を仕事にするんだ?」
「それは・・・神社の管理とかですかな・・・」
「まあいいだろう、何人いるんだ?」
「三人お願いします」
メタンが笑顔になっていた。
「分かった」
これはいるのか?
祝詞でも挙げるってのか?
まあいいだろう。好きにやってくれ。
リンちゃんが手を挙げる。
「テリー達の移籍を考慮して、五人は欲しいですね」
「分かった」
ゴンが手を挙げる。
「管理チームに読み書き計算ができる者を、四人は欲しいです」
これまで管理チームには無理をさせてきたからな、見直したいところだ。
大いに結構。
「あと、事務所が欲しいです。もう倉庫では手狭ですので」
「そうか、分かった」
ランドールさんと後日相談だな。
メルルが手を挙げた。
「調理版とホール班で十人は欲しいです」
アイリスさんが手を挙げた。
「これを機に野菜の販売をサウナ島でも始めたいので、十人欲しいですわ」
これは禁じ手だが、始めるか・・・
このサウナ島での野菜の販売は、イコール畑の拡大だ。
これまた、俺とギルの仕事が増えるが・・・
いつかは始めると言い出すと思っていたのだが、こうなったらやるしかなさそうだ。
全部で五十八人か、妥当なところだろう。
「よし、募集だが、どんな方法を取りたい?意見はあるか?」
レケが手を挙げる。
「ボス、声を掛けたい奴がいるんだけど、どうかな?」
「知り合いに声を掛けるのか?」
「ああ、船を扱える奴に当てがあるんだ」
「そうか、構わない。そうしてくれ。他にも声を掛けたい者がいる者は、直接声を掛けてくれて構わない」
縁故のほうが、信用できる者達が揃いやすいだろう。
悪い考えではないと思う。
メルルが手を挙げた。
「お客様から募集してはどうでしょうか?サウナ島を利用してくれたことがある人の方が、勝手が良いのではないでしょうか?」
「良い考えだ、では、知り合いに声を掛けて集めるのと、お客様には張り紙で募集をおこなうようにしよう。雇用条件は現スタッフ達と同じで、採用は二週間後から、面接は十日後ぐらいに設定するようにしよう」
「募集の張り紙は、何処に張り出しますか?」
マークからの質問だ。
「入島受付と、迎賓館の会計所、後はスーパー銭湯の受付でいいんじゃないか?この三カ所であれば、見落としは無いだろう。あまりたくさん張り出しても、みっとも無いしな、どうだ?」
「「「分かりました!」」」
賛同を得られたようだ。
「それで、今回の面接だが、全てお前達に任せる」
「えっ!」
「嘘でしょ?」
「どうして?」
動揺している者達がいるな。
「まてまて、お前達は各班のリーダーなんだ、もっと胸を張ってくれよ。それにお前達は人を見る目があると俺は考えている。どうしてもという時は相談に乗ろう。問題は無いだろう?」
全てを俺が仕切っているうちは、これ以上の発展は無いだろう。
俺はそろそろ第一線からは離れるべきだ。
現場のことは現場に任せるべきなんだ、高みの見物とまではいかないが、俺は困った時の知恵袋的なポジションに収まるべきだろうし、まだまだ出会ってない神様達もいる。
神様修業中であることは忘れてはいないのだ。
今後はできる限りの仕事は手放していこうと考えている。
「じゃあそういうことで、よろしく。解散!」
俺達は大食堂を後にした。
俺は事務所建設の相談をしようと、ランドールさんを探している。
この時間であれば、そろそろサウナ島に来る時間だ。
俺は入島受付で、ランドールさんを待つことにした。
入島受付では、ちょうどゴンガス様の所からの入島者が受付を行っていた。
手際よく、入島作業が行われている。
ゴンガス様が俺を見かけて話し掛けに来た。
「お前さんが受付にいるなんて珍しいな、どうした?」
「ランドールさんを待ってるんですよ」
「ランドール?てことはまた何か建てるのか?」
目ざとく食いついてきた。
「はい、事務所を建てようと考えています」
「事務所かー、そうなるとあまり儂の出番はなさそうだのう」
確かに今回は、あまりゴンガス様の世話になることはなさそうだな。
「ですね、ちょっとした家具ぐらいですかね」
「だな、でも家具は儂のところから買ってくれよ」
「そうさせて貰います」
相変わらず、抜け目がない人だな。
そういえば、今はゴンガス様への野菜の納品は、サウナ島で行う様になっている。
なかなかサウナ島から離れられない俺は、マジックバックをゴンガス様にプレゼントし、来島した際に、管理チームから野菜を買い付ける様にお願いした。
ゴンガス様はマジックバックが貰えるならと、快く受け入れてくれた。
ちなみにマジックバックはゴンのお手製だ。
本当にゴンガス様は分かり易くて助かる、お金か、物か、酒があれば大体のことは受け入れてくれる。
神としてそれでいいのか?と思う事もあるのだが、それが彼の個性だから俺はそれを否定することは一切ない。
付き合う身としては、ちょろくて助かるのが本音だが、たまに鋭いところがあるので舐めて掛かることは絶対にしない。
敬意を払って付き合っている。
「じゃあ、またの」
とゴンガス様は、サウナ島に入っていった。
これからスーパー銭湯にいくんだろう、右手にはタオルが握られている。
ランドールさんが入島した。
さっそく話掛けに行く。
「ランドールさん、こんちは」
「島野さん、どうも」
「ランドールさん時間ありますか?」
「ええ、どうしました?」
「事務所を作ろうと考えてまして、ご協力いただけないかと」
「事務所ですか?」
「そうです」
「どれぐらいの規模です?」
「そこら辺含めて相談しようかと、ただそんなに大きな物とは、考えてはないんですけどね」
「分かりました」
俺達は迎賓館の個室に入った。
二人ともアイスコーヒーを注文した。
何事かとマークも顔を出した。
「マークも同席するか?」
「ええ、事務所の件ですよね?」
「そうだ」
「であれば、興味がありますので同席させてください」
「ああ」
マークはスタッフにアイスコーヒーを追加で注文し、俺の隣に腰かけた。
「それで、どんなイメージですか?」
「そうですね、入口入って直ぐに受付があって、受付の中では管理チームが資料などを使って作業が出来るスペースがあって、その奥に資料保管庫があるイメージですね。後は簡単な台所とトイレがあればと」
「随分シンプルですね、本当にそれだけでいいのですか?」
「といいますと?」
「サウナ島には島野さんと商談や、話をする為に来ている者達もいるのでしょ?」
「ええ、そうですが」
「であれば、応接室がいるのではないでしょうか?」
マークが横から割り込んで来た。
「あと、島野さんの部屋も要りますね」
「俺の部屋?」
「はい、社長室とでも言うんでしょうか?必要ですね」
「そうなのか?」
「はい要りますね、この際ですからはっきり言わせてもらいますが、これまで島野さんの仕事用の部屋が無いことがまず間違っていると思うんです。島野さんはこれまで、だいたいは現場を見回ったり、手の足りないところを手伝ったりしてましたけど、人も増えるのですから、今後はその必要はなくなるかと。それに島野さんの家の執務室は、あくまで島野さんの家じゃないですか?家で仕事して貰うものどうかと思いますし、俺達旧メンバーならともかく、新しい社員達では、なかなか島野さんの家には伺えないですよ」
そうか、マークの言う通りだな、俺はこれまで何となく社長という立場を、あまり出したく無かったから、無意識に社長然とすることを避けていたと思う。
それは従業員達にとっては、働きづらいことになっていたんだな。
ちゃんと反省すべきだ。
流石はマークだ、こいつでなければ言えない意見だろう。
社長室か・・・この際だから造ってみるか。
「分かったマーク、大事な意見をありがとう、お前の言う通りだと思う。これまですまなかった」
俺はマークに頭を下げた。
「ちょっと、島野さん止めてくださいよ」
マークは立ち上がって制止した。
「いや、まったくもってお前の言う通りだ、これからは人も増えて俺の有り様も変わらなければいけない、ちょうどそんなことを考えていたにも関わらず、そこまで考えが及ばなかった、良い意見をありがとう」
「そ、そんな止めてくださいよ」
マークは謙遜していた。
「せっかくだから会議室も造ろう、大食堂で会議というのも締まらんからな」
「そうですね」
「じゃあ、社長室と会議室を追加と、それで会議室の規模はどれぐらいにしますか?」
ランドールさんが話を進めて行く。
「二十人ぐらいが座れる程度でお願いします」
「それで、応接室はどうしますか?」
「応接室は、無しでお願いします」
「それはどうして?」
「あまり永居されると困るので、今まで道り迎賓館で対応させて貰います。特に商人を相手にする時はね」
これまでも商人達には迎賓館で対応したが、あれが応接室でとなると、結構粘られたと思う。
追い返す訳にはいかないからな。
応接室はいらないな。
無駄な時間を過ごしたくはない。
「分かりました、そうなると平屋でいいですね」
「そうしてください」
「じゃあスケッチが出来たら、また打ち合わせしましょう」
「お願いします」
「また材料は島野さんが準備しますか?」
「そうしましょう」
安く仕上げるに、越したことは無いだろう。
それに工期の問題もある、早く出来たにこしたことは無いからな。
「であれば、工期もそんなに掛からないでしょう」
「ちなみにどれぐらいですか?」
「まだ、何とも言えないけど、十日もあれば十分かと思いますよ」
「分かりました、家具もお願いできますか?」
「もちろんです」
こうして打ち合わせは終了した。
二日後、スケッチを現地で確認し、建設工事の発注をした。
どうやら新しい従業員を、事務所が完成した状態で迎え入れることができそうだ。
各々の班のリーダー達が順調に面接等を行い、新しい従業員が決まっていっているようだ。
今回の応募も凄い人気で、倍率は三十倍近くにもなったらしい。
ここから先、俺は極力手も口も要望が無い限り、出さないと決めている。
今後は各リーダー達が、報連相を行ってくれることだろう。
又、週に一度リーダー達を集めて、会議を行うことにした。
サウナ島は次の段階に入り出している。
これまでは忙しさにかまけて、島野商事がどれだけの利益を上げているのかを、見て見ぬ振りをしてきたが、ここら辺で決算報告をさせて貰わなければいけないだろう。
心して聞いて欲しい。
とは言っても決算月がある訳ではないのだが、雰囲気として捕らえて貰えればと思う。
なにせここは異世界なんでね。
最初に一言いわせて貰うと、ここが異世界で良かったということと、サウナ島で良かったということ。
日本であれば、どれだけの税金を払うことになったのか。
また仮にタイロン王国内であったとしたら、固定資産税を払わなければいけない上に、商人組合に上前を跳ねられていたことだろう。
税金を払うのは国民の義務であるから、払うのは当然なのだが、出来れば払わないに越したことは無いと思ってしまう。
根が貧乏性なのは許して欲しい。
まずはどこで売上が立っており、どれぐらいの利益が出ているのかから、おさらいしようと思う。
一番初めにこのサウナ島にお金を落としてくれたのはアグネスだ。
半ば強引に物にしたのは、目を瞑ってもらうとしよう。
今でも毎月だいたい金貨三十枚ぐらいの利益となっている。
アグネスは相変わらずミックスサラダを、てんこ盛り食べている。
アグネスとは、ここまで長い付き合いになるとは思ってもみなかった。
まあ、相変わらず彼女は駄目天使であることには変わりはない。
今は、サウナ島では神様が大勢いるからおとなしくしているが、時間の問題だろうと思っている。
あの鬱陶しさと偉そうな態度は、治らんだろう。
次にこのサウナ島に大きな利益をもたらしたのは、五郎さんといっても過言ではないだろう。
今でも五郎さんの温泉街には、野菜を始め果物や、味噌や醤油やマヨネーズ等の調味料類や、ビールなど日本酒を除くアルコール類も卸している。
五郎さんとはズブズブの関係を継続している。
毎月の売上は金貨五百枚ぐらいだ、実はこれでもだいぶ売上が落ち着いた方で、スーパー銭湯オープン前までは、金貨七百枚を超えた月もあったぐらいだ。
本当に助かっている。
スーパー銭湯を造ると考えた時は、五郎さんのところのお客様を奪ってしまうのではないかと、心配したが、そこまで影響は出ていない様子。
長年に渡って掴んだお客様は、そう簡単には離れないということだ。
流石は五郎さんだ。
とはいっても多少は影響が出ている訳で、そのことを五郎さんに話した時は、そんなもん気にするんじゃねえ、儂を舐めんな。
と一喝されてしまった。
本当に豪胆な人だ。
頭が下がります。
なんちゃって冷蔵庫の販売も、その後も順調に売れているのだが、今ではなんちゃって冷蔵の製造は、ゴンガス様に移行している。
目聡いゴンガス様が、なんちゃって冷蔵庫を見つけては、意味深に構造や内容を聞いてきたのでピンときた。
ここでも稼ぎたいのが見え見えだった。
俺はそれを察して、製造を任せる様にした。
こちらとしても、なんちゃって冷蔵庫の製造が、多少負担にはなっていた為、快くお願いすることにした。
ただ、真空にする技術は、ゴンガス様は持ち合わせて無い為、そこだけは俺が仕上げを行っている。
材料も、万能鉱石とサウナ島産のゴムを使用している。
ゴンガス様は、鍛冶の街フランでも、なんちゃって冷蔵庫を販売している。
これまではなんちゃって冷蔵庫は、金貨九枚で五郎さんのところに卸し、金貨十五枚で販売してきた。
なんちゃって冷蔵庫一台当たりの材料となる万能鉱石は、金貨二枚となる。ゴンガス様には万能鉱石とゴムを一台当たり、金貨四枚で卸している。従ってこちらの利益は一台当たり金貨二枚とだいぶ利益率は下がったが、ほとんど手間がかかっていない為、特に文句は無い。
その先の五郎さんに卸す価格は、これまで道り金貨九枚として貰っている。
急に卸し値が変わってしまうのは良くない。
ここはゴンガス様には口酸っぱく話をさせて貰った。
なんちゃって冷蔵庫は、毎月百台近く売れている為、ここでも毎月金貨二百枚近くの利益が出ている。
今後も続くとありがたいが、ハード商品の為、一家庭に一台持ってしまえば、もう購入の必要はなくなる為、どこかで販売が止まることは間違いないだろう。
そして魔力回復薬だが、今では随分と落ち着いて来ている。
魔力の回復に、スーパー銭湯を訪れる人も中にはいて、魔力回復薬を購入する必要が無い人も出始めている。
それに瓶入りの魔力回復薬を買う人も、随分といなくなってきており、樽での納品がほどんどだ。
納品頻度も週に二回程度。
売上は今月に関しては金貨四百三十四枚、利益としては、金貨四百一枚となっている。
魔力回復薬班のリーダーのリンちゃんは、俺の見込んだ通りの働きをしてくれていると言ってもいいだろう。
テリー達からの信頼も厚く、また働き者の彼女は、手が空いたら管理チームを積極的に手伝ってくれている。
今でもゴンとは大の仲良しだ。
メッサーラとの関係も、リンちゃんが上手く取りもっているとも言える。
やはり出身者がいるのは心強い。
ここまでで、既に金貨千百三十一枚の利益となるが、ここからがとんでも無いことになっていた。
まずは、今月の入島料金と移動費だが、金貨五百五十枚となった。
神様ズと折半とはいえ、大きな金額だ。
俺は今後は移動費が大きくなっていくと予想している。
エンゾさん曰く、この転移扉での移動は、南半球の国々を、今よりも豊かにする大きなネットワークだ、ということだ。
移動が楽になり、安全と時間が安価に買えるということの意味は、相当にして大きいということだ。
今まさに流通革命が起ころうとしている。
そして、迎賓館の売上は金貨百八十七枚、これは飲み物と食事代を高めに設定しているのが大きいのと、宿泊施設の利用者が多かったことが、要因だろうと考えられる。
宿泊施設は、ベットにトイレと簡易な造りになっており、部屋も一人用としての広さしか無い。
ビジネスホテルといったところか、使用用途としては、主に宿泊以外は無いという、至ってシンプルなものだが、商談にきた商人達がこぞって使いたがった。
どうやら連日の商談には、宿泊した方が安上がりだと考えているようだ。
実際宿泊費は銀貨三十枚と、格安と言える金額だ。
迎賓館の価値は日を追うごとに挙がってきており、当初の目論見通り、迎賓館に訪れることが、商人達にとってはステータスとなっている。
商人達にとっては憧れの施設になっているようだ。
ここまで上手くいくとは正直思ってはいなかった。
迎賓館の価値が伝わるのには、時間が掛かるものと思っていたからだ。
この世界の商人達も、どうやら面子に拘る傾向があるようだ。
そしてスーパー銭湯の入泉料だが、金貨四百八十四枚となった。
後は備品の販売も上手くいっており、金貨五十五枚の売り上げとなっている。
ただし、タオルなどの備品はメルラドから仕入れている為、実際の利益は金貨二十五枚となっている。
受付だけで、金貨五百九枚もの利益となっていた。
更に今後は備品の拡充を行おうと考えている。
一ヶ月間の利用者は約一万二千人、既にリピーターも多く見かける。
サウナ文化がこの異世界で根付き始めているようで、俺としては嬉しい限りである。
後は他にも、遊戯施設に訪れる人達もいて、娯楽がこの世界に浸透しだしているとも言える。
特にバスケットボールは人気で、ランドが頑張ってバスケットボールを拡めた成果が表れている。
来月にはサウナ島対ボルンの対抗戦が控えており、ランドは血気盛んに練習を行っている。
遊びから新たな文化が開けてくることに、俺は期待している。
遊びは重要で、息抜きというだけでは無く、暮らしを豊かにするものだと俺は考えている。
真面目に働くだけではなにも面白くはない。
人生には余白が必要だと思う。
俺は今後もたくさんの娯楽を広めていこうと考えている。
最後に大食堂の売上が異常なことになっていた。
売上がなんと金貨二千三百四枚、破壊力満点の売上となっていた。
仕入れで掛かるのはコロンの乳製品と、カナンのハチミツとゴルゴラドでの魚介類だが、全部足しても金貨八十枚以下となる為、利益としては金貨二千二百二十四枚となる。
全部を足すと金貨四千六百一枚となってしまった。
利益の半分を大食堂で賄っているということだ。
人の食に対する欲求は測り知れない。
三大欲求の一つは伊達ではないということだ。
旨い物には際限なく人が集まる。
ちなみに食事の一番人気は、カツカレーだ。
この世界にはこれまでカレーは無かったが、一度食べると病みつきになると、定番の人気メニューとなっている。
飲み物の一番人気は言わずもがなのビールだ。
サウナ明けの一杯を男女分け隔てなく楽しんでいるし、神様ズも皆んなビールが大好きだ。
まさに神ドリンクだ。
これを味わったが最後、この呪縛からは逃れることは不可能と言える。
売上から支払う経費としては人件費しかないのだが、人件費は一ヶ月で約金貨千四百枚しかかかってない為、最終的な利益は金貨三千二百枚となってしまった。
なんとも恐ろしい数字である。
喜ぶというよりも引いてしまうというのが、偽らざる感想だ。
こんなに稼ぐ気は全くなかったのだが・・・
お金がお金を呼ぶとはこのことだろう・・・
なんだか申し訳なく思ってしまう。
そして、今回の初期投資だが、建設に使った万能鉱石は約金貨千八百枚、ランドールさん達に支払う人件費は金貨三千枚となっている。
実は、ランドールさん達に払う金額も、予定よりもだいぶ大きく払うことにして貰ったのだ。
本当は金貨二千枚という話であったが、これすらも通常の倍近い金額とのことだったが、俺が半ば強引に金貨三千枚を押し付けた形だ。
こうなることが何となく分かっていた俺が、少しでも回避しようと無理やり捻じ込んだことだった。
他には家具などの備品やら、ゴンガス様に頼んでいたロッカー等に金貨千二百枚近くかかった、結局のところ初期投資に掛かったのは約金貨六千枚で、このままでは初期投資の投資回収をわずか二ヶ月で達成することになってしまう。
新たに従業員を六十名近く増やしたが、焼け石に水とはこのことである。
人件費に金貨六百枚増えたぐらいでは、まったくもって揺るがない。
そして初期投資に掛かった金額も、すでに半額以上は支払が済んでしまっている為、来月には初期費用は完済してしまう。
これから先が思いやられるのは間違いないのである。
そして、俺の預金額も遂に五千万円を超えており、どう見繕ってもサウナ満喫生活は当初考えていた三十年を、はるかに上回りそうであった。
この先エンゾさんが言う、経済として不健康な状態は続きそうで、今のところこれと言った打開策も考えついていない。
痛し痒しである。
どうしても俺の性分として、無駄なことや要らないことに、無駄にお金は掛けたくないし、従業員の給料もこれ以上上げるのも良くないようだ。
どうしたものか・・・
何ともしがたいのが現状だ。
寄付でとも考えたが、前にオットさんから咎められたことが頭を過り、莫大な金額の寄付は返って良くない事だと思い留まった。
考え方を変えれば、これで盤石な運営基盤が出来たとも言える。
お金の心配がまったく無くなったとまでは言わないが、今後は経済的に悩むことは少なくなりそうだ。
後は何にお金をかけていくことにするのかということだ。
贅沢な悩みとはこのことだろう。
俺にとっては頭が痛い話なのだが・・・
エンゾさんには到底話すことは出来ない。
無茶苦茶文句を言われるに決まっている。
本気で怒ったエンゾさんは鬼人かと思えるほどに怖い。
やれやれだ。
新たな新入社員を受け入れてからというもの、俺の仕事は随分と楽になってきていた。
朝はこれまで通り、畑に神気を与えに行くのだが、ギルも随分と上手になってきているので、俺の負担は随分と減ってきている。
ギルは成長著しく、今では魔力と神気を上手に使い分けて作業を行っている。
俺は昼前には身軽になるのだが、未だ貧乏性が抜けず、何かとやれることが無いかと見回ってしまうのだが、俺の隙いるところなど無いため、だいたい徒労に終わる。
結局のところ現場感が抜けきらないのだ。
昼からは面談依頼の商人達の相手をすることが多いのだが、これは、サラリと終わらせてしまうことがほとんどだ。
現在サウナ島には、様々な相談や依頼が持ち込まれているのだが、その大半は商人達からのものが多く、その内容は、専属商人にして欲しいという物と、サウナ島で商売をさせて欲しいという物だった。
専属商人はそのままのことで、このサウナ島で行われる商売の全てをその商人が一括で行うというもので、それをするメリットは全く思いつかない為、そうそうに丁重にお断りさせて頂いている。
どういう神経で申し入れているのかが理解できないのが本音だ。
何故にこのサウナ島の商売を取り仕切れると、考えているのかがよく分からない。
根拠のない自信ということなんだろうか?
正直言って呆れてしまっている。
そして、サウナ島で商売がしたいという申し入れは、大体が屋台を開きたいという申し入れなのだが、内容を聞くと、肉の串料理やらがほとんどで、中には試食を持ち込む熱心な者もいたが、お眼鏡に敵う者は一人もいなかった。
残念だが、これは旨いと思える物は今までにはなかった。
アドバイスをしようかとも思ったが、そこまでする必要はないと止めておいた。
中には武器類を販売したいという耳を疑う申し入れもあった、武器の所有を禁止しているのに、何故に武器類の販売が出来ると考えたのだろうか?頭のネジが相当に緩んでいるとしか考えられなかった。
もちのろんで速攻で帰って貰った。
残念な話であったが、この様な素っ頓狂な申し入れをする商人の大半はタイロンからの商人が多かった。
エンゾさんに苦情を入れようかとも思ったが、人選で悩んでることは分かっていたので、止めておいた。
エンゾさんなりに試行錯誤してくれているのだろう。
生温かく見守ろうと思う・・・
はっきりと言わせてもらえば、無駄な時間を過ごしている。
でも、この者達は神様達の信用を勝ち取った者達なのだから、無下には出来ないことは事実だ。
本当にこれが社長業なのか?と考えさせられるのだが・・・
他には雇って欲しいという者や、何の為の売り込みかよく分からない者も多く、どうとも身を結ばない日々を過ごすことになっていた。
まあ、これまでも同様の話は多く、上手に逃げまわっていただけなのだが、時間が出来た今となっては改めて無駄と感じてしまう。
何ともこの世界の商人達の我儘を、俺はひらりと躱し続けるしかないのだろうか・・・
せめて相手にとってのメッリトであったり、受け入れられるだけの工夫をして欲しいと思うのだが・・・
残念としか言いようがない。
そんな中懐かしい人達との再会があった。
『サンライズ』御一行である。
噂を聞きつけ、サウナ島にやって来てくれたのだった。
「皆さんお久しぶりです!」
「島野さん、元気そうですね」
ライドさんが握手を求めてきた。
当然に俺はそれに答える。
「島野さん、どういうことだよ?ここが島野さんの島だってのかよ?」
カイさんも変わらない物言いだ。
「噂を聞いた時には嬉しかったぜ!島野さんが、あのサウナ島の盟主だって話を聞いたからよ」
とサンライズの面々は、会うなり興奮気味だった。
俺も嬉しくなり、これ以降の予約を全部キャンセルして、サンライズの皆さんにサウナ島をアテンドし、サウナを堪能して貰うことになった。
サンライズの皆さんは相変わらずで、俺にとってもいい気分転換となった。
俺にとってはありがたい来島者だった。
「それにしても島野さんが、噂のサウナ島の盟主だったとは思いもしなかったぜ」
カイさんは相変わらずの口調で話し掛けてくれる、嬉しい限りだ。
「それで島野さん、なにがどうしてこんなことになっているんですか?」
ライドさんが尋ねてきた。
「俺もいろいろありまして、どこから何を話したらいいのやら、答えに困ってしまいますよ」
本当に説明に困ってしまう、いろいろとあり過ぎている。
「そんな雰囲気ですね、にしてもあの頃から、この人は何か違うと思っていましたが、まさかここまでのことをやってしまうとは、俺達には想像も出来なかったですよ、なあお前ら!」
「そうだよ、島野さん、何をどうしたらこんな事になるんだよ」
カイさんの遠慮のない物言いが心地よい。
まるで旧友と話しているみたいだ。
「なにをどうって言われても、こんなことになっちゃいましたよ」
「それ説明になってないだろ?島野さん」
「まったくだ」
「島野さんも変わりませんね」
とこんな他愛もない会話が俺には嬉しかった。
サウナと風呂を堪能した俺達は、大食堂に移り、食事とアルコールの時間となっていた。
「そういえば、サンライズの皆さんはどこでサウナ島の噂を聞いたんですか?」
「メッサーラですよ」
ライドさんが答えてくれる。
「メッサーラですか?ということは、最近はメッサーラで狩りを行っているのですか?」
メッサーラとはちょっと意外だ。
「ああ、最近は俺達もA級に昇格したんだ、魔獣の森にチャレンジ中ってところですよ」
お!魔獣の森、そうだったそうだった。あそこには魔獣の森があったんだった。
「魔獣の森の狩りはどうなんですか?」
「島野さん興味があるのか?」
しっかりありますよ。
「ええ、ありますね」
ルイ君にはまだ許可をもらってないが、先に情報収集を行っておこう。
「まあ、島野さん達ならどうってことない狩場でしょうね」
あれ?いきなり梯子を外された様な気がする。
「そうなんですか?」
「魔獣とは言ってもジャイアントピッグとかジャイアントブル、後はジャイアントボアやジャイアントラットが中心で、島野さん達が遅れを取るなんてことはないでしょう」
ああ、そのぐらいでは脅威にもならないな。
だが、今の俺達にとっては・・・
「それは魅力的な狩場ですね」
「でも、間違っても魔獣だから気は抜けませんけどね」
「でしょうね、他の種類の魔獣は出ないんですか?」
「どうだろう、森の奥の方まで潜っていけば、いろいろと出くわすかもしれないけど、だいたい浅いところでも狩れちゃうからな」
「でも家が欲しい獣ばかりですね」
「欲しいってどういうことなんだ?」
ジョーさんも相変わらずグイグイくるな。
「実は、慢性的な肉不足に悩まされているんですよ」
「肉不足?」
「そうです、このサウナ島で得られる肉には限りがあって、でもここの利用者は肉を所望しているということなんです」
俺は掻い摘んでこれまでの経緯を話した。
「てことはだ、島野さんは安定的に肉が欲しい、でもそうともいかないのが現状ということだな」
ウィルさんが話を纏めてくれた。
「そういうことです、なので時間がある時にルイ君と話をしようと考えていたところなんですよ」
俺の発言を受けて、サンライズの一行が引いていた。
どうして?
「島野さん、今さらっとルイ君と言ったけど、もしかして賢者ルイのことなのか?」
「はい、そうですけど・・・」
あれ?
俺は何か間違ってしまったらしい・・・そうか!
「いやいや彼はここの常連なんですよ、それで仲良くなって・・・」
ルイ君は甥っ子みないな感じなんだよな・・・
「まあ、島野さんの出鱈目は今に始まったことではないしな」
「そうだな」
「間違いない」
やはりそういう反応なのね・・・
「それで、ルイ君に許可を貰って魔獣の森で狩りをしようと、俺も考えていたんです」
「島野さん達なら相当数狩れるんじゃないか?」
「ああ、そうだろうな」
「なんなら一緒に狩りに出てみるかい?」
ライドさんからの申し入れだ。
ありがたい申し入れだが、どうなんだろうか・・・
マーク達の時とは事情が違うしな・・・
正直足で纏いな感じがするな、特に今のノンなら一人でも充分過ぎる戦力だしな。
「ありがたい申し入れですが、ちょっと考えさせてください」
「そうか、そうしてくれて構わない」
「俺達じゃあ足で纏いになっちゃうかもな?」
ジュースさんが横から割り込んできた。
「だろうな!ハハハ!」
ライドさんは笑い飛ばしている。
「でもよう、島野さんハンター協会には話を通さなくていいのか?」
ハンター協会か!忘れてた・・・
「そうだな、一応話は通しておいた方がいいかもな。ハンター協会にも面子ってもんがあるだろうしな」
面子ねー、やだやだ。
「討伐報酬とかいらないんですけどね」
「討伐報酬が要らないって?」
「はい、ただ単に肉が欲しいだけですから」
「であっても、一応話はしておいたほうがいいと思うぞ」
「そんなもんなんですかね?」
「そんなもんなんですよ」
面倒くさいがしょうがないか、まずはルイ君に話して、その後にハンター協会に話をしにいくか。
この後、サンライズの面々と何気ない話に盛り上がり、会話を楽しんだ。
旧友との何気ない会話には大きなリセット効果があった。
俺は気分が晴れて前向きになれたような気がした。
時間に余裕が生まれた俺はさっそくメッサーラに訪れていた。
ルイ君の所には顔パスで行くことが出来る。
何度か顔を合わせたことがある警備兵に会釈をし、ルイ君の執務室へと向かう。
ルイ君の執務室に入ると、オットさんもいた。
「島野さん、どうしたんです?」
「今は外したほうが良かったか?」
俺は二人に尋ねてみた。
「いえいえ、大丈夫です。ちょうど話が終わったところです」
「お久しぶりです、島野様」
「オットさん、ご無沙汰です」
俺達は握手を交わした。
「お元気ですか?」
「元気ではありますが、最近はサウナ島にもなかなか行けなくて、難儀しております」
「そうなんですか?」
オットさんは相変わらず忙しくしているようだ。
でもオットさんなら大丈夫だろう。安心と信頼のオットさんだからな。
「ええ、遂に学校の建設がまじかに迫ってきておりますので」
そうか、遂に始まるのか・・・
ランドールさんと何度も打ち合わせしてしている姿を、サウナ島で見て来た俺としては、やっとかと思えてしまうのだが・・・いよいよか。
「資金は集まってますか?」
「ええ、なんとか。予定道りにいっております」
「それは良かったです」
学校が出来れば、メッサーラも変わっていくだろう。まだまだ成長段階にある国だ、大きく羽ばたいて欲しい。
「それで今日はどうしたんですか?」
ルイ君が問いかけて来た。
「ああ、実はちょっとお願いしたいことがあってね」
「島野さんが僕にですか?」
「そうだ、この国には魔獣の森があるよな?」
「ありますね」
「その魔獣の森で狩りをさせて欲しいんだ」
「狩りをですか?」
ルイ君は不思議そうな表情を浮かべていた。
「スーパー銭湯の大食堂で扱う肉が足りて無くて、困ってるんだよ」
「どれぐらい足りてないのですか?」
「慢性的に足りてないと言えるな、今はタイロンの商人達に頑張って貰って、なんとか凌いでいるが、時間の問題になりそうなんだ」
「そうですか」
「島にも獣がいるんだけど、狩り尽くしてしまわないかと心配でな、今ではノンに狩りを制限させているんだよ」
「島だから狩り尽くしてしまえば、それまでだということですね?」
「そうだ、それに生態系にも異常が現れるかもしれない。そんな時に魔獣の森の魔獣は、いくら狩っても湧き出てくるといった噂を聞いてね」
「それで魔獣の森で狩りをしたいということですね」
「そういうことだ」
「確かにどういう仕組みなのか分かりませんが、魔獣の森の魔獣はどれだけ狩り尽くしても、直ぐに増えてくるんですよ、メッサーラの悩みの種でもあるんです」
「悩みの種?」
「はい、いつか魔獣が国民に被害を与えるかもしれないと、これまでに何度か掃討作戦を行ったことがあるんです」
掃討作戦か・・・
「ほう、それで?」
「結論から言って、掃討できませんでした。一時的には魔獣の数は減ったようではありますが、上手くいった試しはありません」
「・・・」
「ですので、魔獣を狩ってくれるのは一向にかまいませんが、ハンター協会には話しておく必要はありますね。狩りは彼らの領分ですので」
「やっぱりそうなるか・・・」
「やっぱりですか?」
「ああ、ハンター協会を通すと報酬を貰うことになるだろうし、肉や素材を卸してくれって言われちゃうだろ?」
「それはそうですね」
「正直言って、肉が欲しいだけで、報酬はまったくもって要らないし、肉以外の素材も何かと使えるからあんまり卸したくはないんだよな・・・」
「そういうことですか、でも報酬が要らないって島野さん、サウナ島でいったいいくら稼いでいるんですか?」
ルイ君それを聞くかね?
「うーん、内緒」
「内緒って・・・」
訝し気な表情のルイ君。
「個人的には勝手に狩りをしに行くってことも考えたが、あまりやんちゃなことはしたくないからな、相談に来たってところなんだよね」
「でも聞く限り、こちらにとっては悪い話では無いので、あとはハンター協会がどう思うのかということだけですね」
「ということで、ズルい手だとは思うが、ルイ君からちょちょっと手を回しては貰えないだろうか?」
ルイ君は目を瞑って腕組をしてしまった。
「大恩ある島野様の申し入れとあっては、断ることはできません、私で良ければ、お手伝いさせて貰いましょう」
とオットさんから嬉しい言葉をいただいた。
「ありがとうございます!」
「いえいえ、ルイ様では立場が高すぎます。私ぐらいならハンター協会も話しやすいということです」
なるほど、地位や立場というものは俺にはよく分からない。
そういうことはオットさんのいう事が正しいのだろう、オットさんが居てくれて助かったー。
「それではオットさん、よろしくお願いします」
「承りました」
これで何とかなるだろう。
「じゃあ帰るけど、ルイ君とオットさんはまだ仕事中かな?」
「いや、ちょうど終わりましたので、サウナ島に行かせていただきます」
「私も同席させていただきます」
この二人もサウナ島に嵌っているようだ。
俺は二人を連れて、サウナ島に帰った。
二日後
仕事の早いオットさんから、メッサーラのハンター協会に来て欲しいとの話があった。
俺はさっそく伺うことにした。
受付で要件を話すと、奥の部屋へと誘われた。
部屋に入ると、オットさんとハンター協会の会長と思われる人物が待ち受けていた。
「島野様、お呼び経て致しまして申し訳ありません」
とオットさんが立ち上がってから言った。
「こちらにお掛けください」
言われるが儘に、俺はソファーに腰かけた。
「こちらはメッサーラのハンター協会会長のオルカです」
「オルカです、よろしくお願いいたします」
とオルカさんが軽く会釈をした。
「島野です、こちらこそよろしくお願いいたします」
オルカさんは壮年の男性で、片目に眼帯をしていた。
歴戦の猛者といった風貌だ。
真面にみれば、やくざ者だな。
「島野さん、オットからだいたいの話は聞いています」
「そうですか」
流石オットさんだ、仕事が早い。
「できれば、魔石だけでも卸して貰えないでしょうか?あと本当に報酬が要らないのですか?」
「報酬は要らないです、魔石ですか・・・」
魔石は使い道が多いから貯め込んでおきたいんだよな。
譲歩したい思いはあるのだが・・・
「どうでしょうか?」
「出来れば魔石は欲しいですね、こちらとしては、肉と魔石と骨が一番欲しいんです」
「肉と魔石はまだしも骨もですか?」
「はい、獣の骨は畑のいい肥料になりますので」
「肥料ですか・・・知らなかった」
どうにもこの世界の人達は、農業に関する知識が低いようだ。
かくいう俺も、アイリスさんから教わるまではまったくの素人だったんだけどね。
「ちなみにこれまでは、獣の骨はどうしてたんですか?」
「廃棄してました」
「それはもったい無い・・・」
「そのようですね・・・」
がっくりと項垂れるオルカさん。
「もし今後も処分に困るようでしたら、こちらで引き取らせて貰いましょうか?」
「そうですね、ちょっと考えさせてください」
もし引き取れたらアイリスさんは大喜びするだろうな。
アイリスさんが小躍りするのが目に浮かぶようだ。
「牙や皮は引き取って貰ってもいいんですが・・・」
本当は使い道があるから嫌なんだけどな。
「それはありがたいですが・・・ちなみに狩りはどれぐらい行うつもりなんでしょうか?」
「今考えているのは、週に二回ぐらい行おうと思っています。ジャイアントボアとジャイアントブルとジャイアントピッグを各三体は、毎回狩れればと思っています」
「う!・・・・そうですか・・・」
あれ?欲張りすぎたかな?
「でも、あの伝説の島野一家なら可能か・・・」
伝説って、どうなってるの?
噂が一人歩きしてないか?
「分かりました、それだけの数を狩れるのなら、牙と皮だけでもいいです」
「良かったです」
なんとか纏まったな。
想定内に収まったので、これで良しとしよう。
こうなってくればさっさと話しを纏めてしまいましょうかね。
「解体はどうしますか?」
「解体はこちらで行います」
「そうですか・・・そもそも無報酬で狩りを行ってくれるのですから、これ以上の申し入れは失礼ということでしょう、今後ともよろしくお願いします」
オルカさんは頭を下げていた。
「こちらこそ、無理を言ったようで、すいません」
俺達は握手を交わして腰を上げた。
「いえいえ、こちらこそすいませんでした」
無事話は着地できたようだ。
さて、これで肉の安定供給ができるようになりそうだ。
そうなるとやれることが増えてくるな。
あれを開始するとしよう。
サウナ島に帰ると『念話』でギルにノンと一緒に社長室にくるように伝えた。
余談になるのだが、旧メンバー以外のだいたいのスタッフ達は、いつの間にか俺のことを社長と呼ぶようになっていた。
あまり呼ばれ方を気にしない俺だが、この呼ばれ方は今でも若干抵抗感がある。
正直苦手だ。
できれば社長とは呼ばれたくない・・・何だか距離感を感じる・・・でも社長に変わりはないのだが・・・いつか慣れるのだろうか?・・・役職で呼ばれるのは何か違う気がする。せめて島野さんぐらいで呼ばれたいのだが・・・
「主どうしたの?」
マイペースなノンがドアをノックもせずに部屋に入ってきた。
「ギルは?」
「まだ来てないの?」
「こっちが聞いているのだが?」
分からないとお道化るノン。
「パパ、お持たせ」
とギルが部屋に入ってきた。
「ノン、お前マイペース過ぎやしないか?」
「そんなことないよ」
とノンのマイペース発言は変わらない。
「いいからまずは座れ」
「はーい」
と腰を掛けた二人。
「明日だが、メッサーラの魔獣の森に狩りに行くことになった」
「魔獣の森?」
「へえ」
「明日は空けとくように、いいか?」
「はーい」
「分かったよ、でもパパ、三人で行くの?」
「ああ、そうだ充分だろう?」
「だね」
「以上!」
「じゃあねー」
と集めるまでも無い打ち合わせは終わった。
翌日
俺達は一応ハンター協会の会長のオルカさんに挨拶だけを済まして、さっそく魔獣の森に入っていった。
魔獣の森はこれまでの森とは雰囲気が明らかに違った。
一言でいうと、森が暗いのだ。
何とも得体のしれない不気味さを感じる。
森全体を気持ちの悪い空気が漂っている。
「この気持ち悪さは何だろうな?」
「主、これ多分あれだよ、魔獣が纏ってる瘴気だよ」
敏感なノンは直ぐに察知したようだ。
よく見ると確かに薄っすらと瘴気が漂っているのが分かる。
「これはお前達には影響は無いよな?」
「多分・・・」
間違っても魔獣化したノンと戦うなんて止めてくれよ。
一歩間違えたらこっちが殺られかねないぞ。
「パパ、これはこの森自体に瘴気があるみたいだね。でもこれぐらいなら僕やノン兄がどうにかなることはないよ」
ギルが断言した。
まあ息子の言うことを信じよう。
俺にはそれしか出来ない。
「さあ、お客さんが現れたようだ」
俺達の前に鼻息の荒いジャイアントボアが二体現れた。
「毛皮はハンター協会に納めないといけないから、ブレスは無しだぞギル」
「そうなの?まあ楽勝だけどね」
ギルが身体を伸ばして準備運動を始めた。
視線は獲物からは離していない。
ノンは口元を緩めて、にやついている。
ほんとにこいつは狩りが好きなようだ。
ノンはこんな好戦的な奴だったか?
もしかして瘴気の影響か?
よく分からん・・・
「さて、どっちがやるんだ?」
「「僕!」」
何はもってんだよ。
「じゃあ、じゃんけんするか?一人一体づつだな」
「じゃあ一体づつでいいよ」
「分かったよ」
言い終わるやないなや、ノンは駆け出した。
ジャイアントボアに一直線に向かった。
獣化することも無く、人型のままで思いっきり顔面に拳を見舞っていた。
おお!痛そうな一撃。
声も無く崩れ落ちるジャイアントボア。
今度はギルが悠然ともう一匹に向かって歩んでいく。
尻尾のみ獣化していた。
あと一歩で間合いという距離で、ギルは体を回転させて顔面に尻尾を叩きつけていた。
ゴリッ!という音と共に、ジャイアントボアは絶命していた。
ギルもやるねー。
「二人とも一発だったな、やるじゃないか!」
「へへ!」
「あたりまえだよ」
余裕な表情を浮かべる二人。
なんとも心強くなったものだ。
これは俺の出番は無さそうだ。
「さてと、回収しますかね」
俺は『収納』にジャイアントボアを二体回収した。
そうしている間にも魔獣の気配を数カ所から感じる。
この森は魔獣だらけというのは本当のようだ。
これは入れ食いだな。
「主ー!、次はこっち!」
とノンが既にジャイアントピッグを狩っていた。
俺は回収作業に徹した方がよさそうだ。
結局ものの数十分で、予定していた数に達してしまった。
なんとも張り合いの無い狩りだ。
狩り過ぎは良くないなと、魔獣の森を立ち去ることにした。
帰り道で向かってくる魔獣が数体いたが、ギルが追い返していた。
報告の為にハンター協会のオルカさんの所に向かった。
先程挨拶をしてまだ数時間しか経っていない。
受付の方に事情を話し、オルカさんを呼んでもらう。
階段を足早に降りて来たオルカさん。
「島野さん、随分早いお帰りですね」
と期待の眼差しで見つめられた。
「ええ、予定の数が狩れましたのでご挨拶だけして帰ろうかと」
「もう予定の数を狩ったのですか?」
オルカさんは驚きの表情に変わっていた。
「はい、ジャイアントボアが三体と、ジャイアントピッグが三体と、ジャイアントブルが三体、しっかりと狩らせていただきました。なんなら見せましょうか?」
「いえ、流石にそこまでは結構です。それにしても噂以上の強さですね、それだけの数をこんな短時間で狩ってしまうなんて」
「まあ、こいつらが出鱈目に強いんですけどね」
ノンとギルの肩を叩いてやった。
「えへへ」
「そうだよ」
照れるギルと、マイペースなノン。
「フェンリルとドラゴンとは・・・反則ですね」
ですよねー、俺もそう思いますよ。
「ええ、よく言われます。それで今後なんですが、狩りには俺は同行しないのでこの二人に任せます」
「そうですか、かしこまりました」
「約束の素材ですが、次に来る時に二人に持たせますので、狩りの前にこちらに寄らせて貰います」
「そうして貰えると助かります」
「狩りが終わったら、今日みたいに挨拶に寄らせて貰います」
「ありがとうございます、もし私が居ないようでしたら、受付の者に言っておきますので、預かった素材の料金を受け取ってください」
「ということだ、ノン、ギル頼んだぞ」
「分かった」
「OK」
「では、そんな感じで週に二度ほど伺いますので、今後ともよろしくお願いします」
「こちらこそ、ご丁寧にありがとうございます」
これであとはノンとギルに任せるだけだ。
オルカさんに見送られて俺達はハンター協会を後にした。
さて、肉の安定供給が約束された今、サウナ島は次の段階に進むべきである。
それは、キャンプ場を併設させることだ。
肉の安定供給が出来るイコール、バーベキューが出来る。
ならばキャンプ場を作ろうということだ。
悩みは、テントを張るタイプのキャンプ場にするのか、それともロッジタイプのキャンプ場にするのか、どっちにしようか?ということ。
ここは若い者の意見を聞こうと、ギル、テリー、フィリップ、ルーベンを社長室に呼び出した。
「お前達、キャンプをしたことはあるか?」
「キャンプですか?」
テリーもすんなりと敬意をもって話を出来るようになったものだ、前のこいつなら。ええ!キャンプ!とでも言っていたのだろう、ちゃんと語尾にですかを付けれる様になった。
「そうだキャンプだ」
「俺はないです」
「僕もない」
フィリップとルーベンも首を横に降っている。
「そうか、じゃあ今度簡単なキャンプをしてみるか?」
「やった!キャンプって野宿するってことですよね?」
テリーが喜んでいる。
「野宿って、どんなイメージだよ。まあ野宿には違いないが、ちゃんとテントを張ってテントの中で寝るんだぞ」
「テントは使った経験はないです」
「お前らもか?」
「「はい」」
「分かった、テントが出来たらキャンプだな」
「分かりました」
「楽しみだな」
「面白そう」
興味深々といった感じだな。
でもこの世界ではキャンプをするのはハンターぐらいなのだろうか?旅の商人も行うよな?
キャンプというよりは、テリーではないけど野宿なのかもしれないな。
この世界ではキャンプはもしかして受けないのか?
とりあえずメルラドの懇意にしている裁縫職人のところにいって、テントの構造を教えてテントの発注と、寝袋の発注をしてきた。
この裁縫職人には実は、サウナ島で採れる綿と麻を提供している。
いろいろな服飾に使ってみて欲しと渡しているのだ。
裁縫職人の名前はカベルさん、いぶし銀の職人さんだ。
材料を提供しているのは、所謂先行投資といった所だ。
カベルさんは時折俺を尋ねて来ては、なにか異世界の技術を教えて欲しいとせがまれるのだが、俺は服飾には疎い為、これといって教えれることは何もない。
次に日本に帰った時に、参考になりそうな服でも買ってこようと思う。
この世界でもテントはあるようだが、あまり使われることは無いらしい。
俺は柱となる骨組みを造ることにした。
素材はカーボン、しなやかさもある素材だ。
金額はするが、気にしない。
テントの完成は早くても一週間後になる。
この世界での始めてのキャンプ、いったいどうなることやら。
テントが完成した為、始キャンプ開始だ。
とはいっても、やることは限られている。
まずはテントを張る。
俺は四人に任せて、だた見てるだけ。
椅子に腰かけて温かく見守る。
ギルとテリーが積極的に、こうなんじゃないか?ああなんじゃないか?とテントを組み立てている。
結局テントを張るのに三十分近くかかっていた。
まあ最初はこんなもんだろう。
日本のキャンプ道具は一瞬で組み立てれるテントとか様々あるが、ここは異世界だからテントを張るのも、一つのイベントなのである。
楽しそうにしていたからそれで良い。
更にこの日の為に、バーベキューコンロを新たに造っておいた。
敢えてレンガ造りでの仕様となってる。
網を張って、薪を組み始める。
そして火を熾す。
そして前もってメルルにお願いしておいた、バーベキューセットを持ってきて貰った。
セットの内容は、三種の肉と野菜各種、ウィンナーに今回はゴルゴラドで仕入れた、海老も加えてある。
更に飯盒にて米を炊く。
まずは飯盒を火にくべる。
「始めちょろちょろ中パッパだったよね?」
とギルが言った。
「兄貴何それ?」
「ご飯を炊く時のおまじないみたいなものさ」
「へえ、兄貴は物知りなんだな」
「パパに教えて貰ったんだよ」
「そうだ、よく聞けよお前ら、始めちょろちょろ中パッパ、じゅうじゅう吹いたら火を引いて、一握りの藁燃やし、赤子泣いても蓋取るなだ」
「へえ、赤ちゃんが泣いたからといって何で蓋を取ってはいけないんだろう?」
テリーの純粋な質問だ。
「ハハ、それはどんなことがあっても蓋を取ったら駄目だという例えだ。炊きあがった米を蒸らすと美味しくなるからな」
「へえー、そうなんだ」
こんな他愛もない会話も、バーベキューの醍醐味だな。
「さあ、飯盒はギルに任せてテリー、フィリップ、ルーベンは肉や野菜を焼いていきなさい」
「はい、分かりました」
テリー達はバーベキューを始めた。
わいわいがやがやと賑やかに、バーベキューを楽しんでいる。
そこに両手にビールジョッキを持った、マークが現れた。
「島野さん、どうぞ」
ビールジョッキを渡された。
「おお、悪いな」
「お疲れさん」
マークと乾杯した。
「なんだか賑やかにしてるなと思って、覗きにきましたよ、ついでに一杯必要かなと」
「気が利くじゃないか、ありがとうな」
「いえいえ、どういたしまして」
「パパ、肉が焼けたよ」
「ああ、適当に分けてくれ」
「分かった」
「島野さん、野菜は?」
「任せる」
「了解です」
「賑やかでいいですね」
「バーベキューはこんなもんだろ、賑やかでちょうどいいのさ」
「ですね、それにしてもテントですか・・・何でまた?」
「今日はこいつらとテントで寝ようと思ってな、キャンプってやつだよ」
「なるほど、今日なら星が綺麗でしょうね、雲一つない晴天ですから」
「そうだな、キャンプの醍醐味はいくつもあるが、星を眺めるってのもいいよな」
「ですね。俺は火を眺めるのも好きですね」
「それもいいな、後は語らいだな、火を囲みながらする語らいは、いつもとは違うちょっとした異空間だからな」
「ですね・・・キャンプかー・・・もう長い事やってませんでしたよ」
「そうなのか?」
「はい、ハンターの暮らしは半分キャンプ生活みたいなものでしたから。でもこんな感じに気は抜けませんでしたよ、いつ獣が現れるかと内心冷や冷やしながらでしたから、こうやって酒を飲みながらなんて、絶対できませんでしたよ。こんな安全なキャンプなら、また違った楽しみがあるんでしょうね」
「だろうな、サウナ島ならではのキャンプを楽しもうと思ってな、それにこいつらはキャンプ経験が無いらしぞ」
「ほお、それはもったいない」
「パパ出来たよ、ここに置いておくよ」
「分かったギル、ありがとう」
俺は食事を取りにいった。
「マーク、食事は済んだのか?」
「はい、済ませてきました」
「今日のまかないは何だったんだ?」
「ジャイアントボアのカツ定食でした」
肉の供給が安定してから、肉の提供は上手く回り出したようだ。
でもタイロンの肉卸業者からは、ちゃんと肉は仕入れている。
止めてもいいけど、せっかくの付き合いができたんだから、今後も上手くやっていこうと思っている。
それに彼らはジャイアントチキンをよく仕入れてくれるから助かっている。
魔獣の森ではジャイアントチキンは見かけないからな。
一度ノンに捜索させたけど、見つからなかったようだった。
棲み分けは上手くいっているということだ。
「肉の一番人気は何肉なんだろうな?」
「どうでしょうか・・・俺はブルが好きですが、あの時は凄かったですよね」
そうだった、オープン二日目に手にしたキングワイルドボアの肉がうま過ぎて、お客の大半がキングワイルドボアのステーキを注文して、一週間もつ想定がものの三日で売り切れてしまったことがあった。
キングワイルドボアのステーキは、日本の和牛を超える旨さだったといえた。
あれほどの肉はもう手に入らないのかもしれない。
魔獣の森にはいるのだろうか?
もう一度食べてみたいと思わせるほど旨かった。
「あれはもう一度食いたいな」
「ですね、驚くほどに美味かった」
マークは遠い眼をしていた。
気持ちは痛いほどに分かる。俺ももう一度食いたい。
ギル達も楽しそうにしている。
バーベキューはどの世界でも共通に楽しいもののようだ。
「お、もうビールが無くなってしまった。島野さんももう一杯要ります?」
「ああ、頼む」
マークにジョッキを渡すと、マークはお代わりを取りにいってくれた。
「パパ、ご飯炊けたけど、どうするの?」
「じゃあ、焼きおにぎりで頼む」
「分かった、テリー達は?」
「じゃあ俺も」
「僕も」
「同じく」
と皆焼きおにぎりとなった。
「醤油が無いから取ってくるよ、ルーベンはお米を冷ましといて」
「兄貴、どうやって冷ますんだ?」
「団扇があったはず・・・あった」
ギルがルーベンに団扇を渡していた。
それにしても、こいつらも気が付いたらこのサウナ島の主要メンバーといってもいいぐらいの仕事をしている。
もはや少年ではない顔つきだ。
今でも孤児院には顔を出し、寄付まで行っているという話だった。
俺は素直に関心した。
若者の成長は早い、こう思う時点で俺は精神年齢が老けているのかもしれない。
でも、こいつらの成長を見守るのも嬉しく思ってしまう。
俺は見守る楽しさにも目覚めつつあった。
最近は社長業が板に付いてきたのか、見守るということの楽しさを感じ始めていた。
最初は俺にとっては見守るということは苦痛でしかなかった。
どうしても自分でやってしまいたい衝動に駆られる。
でも、それを乗り越えると今度は違う感覚が頭を過る。
駄目になっても、間違ってもいいから、経緯と結果を見てみたいと思えるようになってくる。
不思議なものだ、どうしてそんな余裕が生まれてくるのか・・・
どこかで俺はリカバリーが出来るという想いがあるのかもしれない・・・
いや、そうではないな・・・
仮に失敗してもそれはそれで笑えるんじゃないか、と思っている俺がいるからだろう。
たぶんそうに違いない。
他者の間違いを笑って許せる、そんな気がするのだ。
いつから俺はそんな様に思える様になったのだろう・・・
分からないが、これまでの経験や出来事が、そんな俺に変えてしまったのかもしれない。
それはそれでいいことかは分からないが、俺はそれでいいと受け止めてしまっている。
なんだろう、俺は見守る怖さを手放せたということなんだろうか?
特に最近は「任せる」が口癖になっているように思う。
それも勝手に口から漏れ出る様に、そう言ってしまっているように思う。
なにか一つ乗り越えたような、そんな気もする。
不思議な感覚だ。
おいおい、何がどうしてこうなったんだ?
あれよあれよと人が集まってきて、結構な大所帯となっていた。
それにバーベキューが、既に三回戦が始まっている。
気が付けば、俺達の周りには屋外の宴会が始まっていた。
歌を歌うオリビアさん。
狂ったように踊りまくるマリアさん。
トウモロコシ酒を浴びる様に飲むゴンガス様。
女の子相手に鼻の下を伸ばすランドールさん。
ハチミツ酒を飲んで、いつも以上に間延びして話すレイモンド様。
ガハハハと笑い続けるドラン様。
酒を煽りまくるゴンズ様。
阿鼻叫喚とはこのことかもしれない、大騒動になっていた。
俺達の始めてのキャンプは何処へ・・・
もっとしっとりとこう・・・
神様ズの遠慮のなさに、キャンプはフェスへと変わっていた。
なんだかなー、まあこういうのもキャンプの醍醐味かな。
毎日これだと疲れてしまうが。
「どうなってやがる、島野」
五郎さんが日本酒片手にやってきた。
「いやー、どうなってるんでしょうね。気が付いたらこんなことになってまして」
「こいつらまったく遠慮がねえな」
「ですね、まあ賑やかなのも悪くないんですけどね」
「それで、このテントは何だってんだい?」
「本当はキャンプをするつもりだったんですけど、それもしっとりと」
「興味深々のこいつらに捕まっちまったってことか?」
「そういうことです」
「まあ、こいつらの気持ちも分からなくはねえな」
「・・・」
「お前えはこの世界の有り様を変えちまった、それもいい方向にだ。さて次は何をしでかしてくれるんだと、興味がつきねえ。島野が何を考えて、何をやるのか、儂ら神は見たくて溜まんねえのさ」
なんともコメントに困る五郎さんからの発言だった。
「その通りよ、もう目立ちたくないなんて言ってられないわよ、今や注目度ナンバーワンなんだから、島野君は」
いつのまにか、エンゾさんまで加わっていた。
「そうなんですか?」
「何がそうなんですか?だ、お前自覚ないだろ?」
今度はゴンズ様まで会話に交じりだした。
「自覚と言われましても・・・」
「俺にとってもそうだ、お前から目を反らすなんてことは出来ない。次に何をやるのか知りたくて溜まんねえ」
「・・・」
「それで、次は何をするつもりなのかしら?」
「見て頂いた通り、キャンプ場を造ろうかと思ってます」
「そういうことね」
「はい、まずはギルとか若者達の反応を見ようとキャンプを始めたら、この有様です」
「ハハハ!皆、外っといてはくれなかった訳だな」
「はい・・・」
「でもこれで分かったんじゃねえか?大成功するってよ」
「そうなんでしょうか?」
「間違えねえな、見て見ろよ、皆楽しそうにしてるじゃねえか」
五郎さんの言う通り、皆笑顔に溢れている。
会話に花が咲き、楽しそうにしている。
この笑顔が大成功ということなんだろう。
五郎さんらしいや。
でもあながち間違っちゃいないな、利益も大事だが、それよりも優先すべきことがあるということなんだろう。
こういった考え方には同意できる。
その後、自然と解散し始め宴会は終了した。
今はまったりと火を囲んでいる。
メンバーは俺とギルとテリー、そしてマークだ。
ルーベンとフィリップは風呂に入りにいったようだ。
焚火を囲み、特に何をする訳でもなく、火を眺めている。
不思議と火を眺めているだけで、楽しい気分になれる。
何かしらの浄化作用でもあるのか、心が落ち着く。
「パパ、火を見てるだけなのに、なんとも癒されるね」
「ああ、そうだな」
「火がいろいろな形に変わって面白いよ」
「だな」
「これも一つの催眠効果だろうな、力を抜いて一点を眺める、すると体はリラックスするが、集中力は高まってくる」
「なるほど、催眠効果か・・・島野さんの得意とするところですね」
マークが応えた。
「そうだな、それにしても皆な集まってきちゃたな」
「知り合いの神様ほぼ全員でしたよ。相当気になるんでしょうね?」
「何がだ?」
「島野さんが何をするのかですよ」
「ああ、五郎さんも同じことを言ってたよ」
「思うところは皆な同じなんですね」
「パパは人気者ってことだよ」
「人気者?」
「人が集まってくるからさ、僕は嬉しいよ」
「そうか」
「俺も嬉しいです」
テリーがギルに賛同する。
「そうか、テリーも嬉しいか」
「はい、島野さんに俺はこの先も付いていきます」
「テリーも変わったな」
テリーはマークに褒められていた。
「変わったというより、成長しただろ?」
「そうか、成長か」
テリーは照れていた。
「テリーもフィリップもルーベンも、サウナ島に来た頃とは比べ物にならないぐらい成長したと思うぞ、この先もサウナ島を頼んだぞ」
「はい!」
元気いっぱいの返事が返ってきた。
「それにしてもキャンプ場か・・・また流行りそうですね」
「だな、まあ利益ド外視しても、皆が笑顔になるならやらないとな」
「ええ、それで具体的にはどうするんですか?」
「そうだな、テントを張るパターンとロッジで寝るパターンとどっちも用意した方が面白そうだな」
「欲張りますねー」
「せっかくだからいろいろやってみたいじゃないか?」
「そうですね」
「それに雨が降ることも考えて、バーべキュー場には屋根が必要だろうしな。今は俺も時間があるからのんびりと造っていこうかな?」
「俺も手伝いますよ」
「俺も」
「僕も」
「ハハ、結局俺の出番は無いかもな、じゃあ今回のプランはギルとテリーに任せる」
「えっ!いいの?」
「ほんとですか?」
「ああ、修正はしてやるから、お前達で考えてみろ。コンセプトは一つ、笑顔の集まるキャンプ場にする、どうだ?」
「うん、やってみるよ。なあテリー!」
「うん、頑張ります!」
「マークもサポートしてやってくれよ」
「もちろんです」
皆なで笑い合った。
あとは気ままにやっていこう。
現場は若い者に任せよう。
さて、俺は寝袋で寝るかな・・・いい夢が見れそうだ。
「じゃあ、お休み」
「「お休みなさい」」
寝袋は思いの外寝やすかった。
翌朝はとても目覚めが良かった。
ギルとテリーが何度も俺の元に足を運んでいた。
キャンプ場の構想を練る為である。
現在決定していることは、場所と規模のみだ。
場所に関しては、スーパー銭湯の隣接するエリアとなっている。
規模はロッジが三棟と、テントエリアでテントが三体建てれる広さとなっている。
どちらも使用できる人数はロッジ一棟、又は、テント一体で、八人程度としている。
そして、バーベキュー場は各自でそれぞれとはせずに、一カ所に纏めることになっている。
理由としては、飲み物コーナーを併設させる案が浮上しており、各自バラバラとなると、何かと不便であることが上げられた。
又、飲み物コーナーでも簡単なバーベキューの食材の追加が、提供できるようにしようとの考えもあった。
先日の宴会ではないが、量が物足りなくて、もっと欲しいとなることもあり得ると想定されたからだ。
ここは実はギルの意見で、食いしん坊のギルならではの発案と言えた。
「それでお前達、後は何を考えたらいいと思う?」
「後は、ロッジの建設に掛かる費用とかかな?」
ギルが答えた。
間違ってはいないが、まだ早い。
「テリーはどうだ?」
「トイレが欲しいです」
「いい意見だ、どうしてそう思ったんだ?」
「前回のキャンプの時に、夜中にトイレに行きたくて、起きてしまったんです。でもスーパー銭湯は閉まってて、寮まで行く羽目になってしまって・・・」
「いいじゃないか、経験が生きたな」
「はい、なのでテントの方には屋外トイレが必要です」
「よし、外には?」
「何があるだろう・・・」
「後は・・・」
考えろ、考えろ、もっと考えろ・・・そうやって成長していくんだ。
「あっ!スタッフがいる!」
ギルが思い付いたとばかりに言った。
「何人いるんだ?」
「えっと・・・十人ぐらい?」
「こらこら、適当に答えるんじゃない、ちゃんとどこに、どれだけ何人いるか考えなさい。まずはどんな役割がいるんだ?」
「飲み物コーナーに常に二人は要るよね?」
テリーがギルに質問している。
「うんそうなると、休日を考えると最低それの専用のスタッフは三人要るよ」
「後は、バーベキュー場の管理に二人はいるかな?」
「いるね、トイレの清掃とか、ロッジの掃除とか・・・三人は要るかな?」
「いたほうがいいよ、兄貴」
「そうすると管理に最低五人はいるね」
「となると八人はスタッフが必要だ」
「後はどんな役割がある?」
「それを纏める人が居るんじゃないか?」
「リーダーってこと?」
「うん、リーダーとなると新人じゃ無理だよ」
「じゃあ、誰がやるの?」
「・・・テリーがやったら?」
「俺?俺なの?」
「他に誰がいるの?」
「・・・」
「テリー以外いないじゃないか、フィリップやルーベンにいきなりやれっていう訳にもいかないし・・・」
「でも俺はスーパー銭湯班に移ったばっかりだぞ、兄貴」
「それは僕が何とかするよ・・・」
「でも・・・」
俺はこのやり取りを黙って見ていた。
こうやって自分達で考えて、道を切り開いていって欲しい。
俺は少しだけ、方向をより最適になるようにたまに手を加えるだけでいい。
「パパ、テリーが責任者になってもいいかな?」
「お前達がそれでいいと思うならそうしても良いんじゃないか?」
「僕達で決めてもいいの?」
「ギル、今さら何をいってるんだ?俺は任せると言ったんだぞ、好きにやれよ。間違ったら俺がどうにかするから、遠慮なくやりなさい」
「・・・本当にいいのか?」
「いいの」
ギルがニヤリと笑った。
「テリー、君が責任者だ!」
「・・・やるよ!」
テリーは引き攣った顔で宣言した。
頑張れ!テリー!
「責任者はテリーでいいとして、外には考えなくていいのか?」
まだまだ考えることは沢山ありますよ。
「あとは・・・何がある?」
結局俺が承認できるまでのプランが出来上がるまでに、一週間近くの日数が掛かってしまった。
「計画がこんなに大変とは思わなかった」
とギルが漏らしていた。
少々以外だったのは、スタッフの募集が、全て孤児達からのものになっていたことだった。
テリーの境遇がそうさせたのかもしれないが、驚くべきはそのネットワークをギルが構築したことだった。
これまでの神様ネットワークを駆使して、ギルが今このサウナ島に集まっている全ての神様達に事情を説明し、大体的に全ての孤児院に求人募集を掛けていた。
その中から選別された青年達が、新たにスタッフとして受け入れられた。
当然そのリーダーはテリーである。
キャンプ場が上手く言ったら、もっと採用を増やしたいと、テリーは鼻息が荒い。
いつの間にそんな想いまで持っていたのかと、俺は驚きを隠せなかった。
嬉しい誤算であると言っていい。
それにしても子供達の成長は早い。
若い力は無限の可能性を秘めていると感じた出来事だった。
こうしてキャンプ場の建設が始まり、皆の協力もあり、ものの二週間足らずで、キャンプ場が完成した。
ロッジの建設には、マークを始めランドやロンメル達が積極的に、仕事の合間を見ては協力し、ノンも狩りの時間以外は、ほとんど建設工事に従事していた。
俺は材料だけをちゃちゃっと造り、後は皆に任せていた。
この距離感がいいと感じたからだ。
若い息吹の誕生を、温かく見守ろうと思ったのだ。
そして、遂にキャンプ場のオープンを迎える。
式典とまでは言わないが、簡単なセレモニーをやったほうがいいと、五郎さんがギルに入れ知恵したようだ。
そうなると、俺も出席しない訳にはいかない。
また、スーパー銭湯のオープンの時と同じ様に花が送られてきた。
それも全ての神様ズからだ。
だが流石に今回は、テープカットは行われない。
式辞を見て、社長からの一言という要らない項目があった為、司会のオリビアさんに冗談抜きで、これはスキップしてくださいと懇願した。
始めは取り合ってくれなかったが、俺の必死さにオリビアさんは折れてくれた。
そりゃそうでしょう、ほとんど何もやってない俺が、何を偉そうに話せと言うんですか?
俺は精一杯拍手をして上げたいだけですよ。
立場?そんなことはどうでもいいんですって、特にこのサウナ島ではね!
ここは譲れませんよ・・・まったく。
キャンプ場は連日大盛況となった。
今では予約は二ヶ月先まで埋まっている。
早速人員も増員し、テリーが七転八倒しながら活躍していた。
それを俺は微笑ましく眺めている。
元の仕事に戻ったギルも、何かと理由を付けては、テリーを手伝っていた。
友情っていいね!
ちなみにだが、テントスペースでのキャンプ場利用は、十五歳以上の大人は一人銀貨二十枚、六歳以上十四歳以下は銀貨十枚、五歳以下は無料としている。
またロッジ利用の場合は、値段はテントスペースの利用料金の倍の金額になっている。
共通するのは、バーベキューセットの金額で、お一人様銀貨二十四枚となっている。
ここは年齢に関係なく頂くことにしている。
流石に子供だからと半額にしたり、無料にしたりは出来ない。
そして、子供のみの利用は控えて貰っており、必ず十五歳以上の大人が同伴することになっている。
なにかあっても基本的には、お客様のほうで責任を取ってもらうことにしている。
特にバーベキューは火の取り扱いがある為、そうせざるを得ない。
かといっても不慮の事故などがあった場合は、こちらとしてもできる限りの責任は負うつもりだ。
初月の売上が金貨三百六十にもなっており、利益としては金貨百七十枚にもなってしまった。
頭の痛いところだ・・・早く何か大きな買い物をしなければならない。
俺は何を買ったらいいのだろうか?
少し基本に立ち返った話をしようと思う。
まずはこちらを見て欲しい。
『鑑定』
名前:島野 守
種族:人間
職業:神様見習いLv42
神気:計測不能
体力:2290
魔力:0
能力:加工L7 分離Lv7 神気操作Lv7 神気放出Lv4 合成Lv6
熟成Lv5 身体強化Lv4 両替Lv1 行動予測Lv3 自然操作Lv6
結界Lv2 同調Lv2 変身Lv2 念話Lv3 探索Lv4 転移Lv5
透明化Lv3 浮遊Lv4 照明LV1 睡眠LV2 催眠LV1 複写LV2
未来予測LV1 限定LV1
初心者パック
預金:5308万7734円
お気づきの方もいらっしゃるかもしれないが、神様見習いがLV42となっている。
レベルアップシステムはこれまでは、能力の開発と熟練度が上がった時にLVが上がることが多かったが、ここ最近ではそういった傾向はみられなくなってきている。
単純に能力の開発のペースが落ちているというのもあるが、そうではないことが解ってきた。
実は急激にLVがアップしたことが何度かあったのだ。
急激にLVがアップした出来事をおさらいすると、まずはメッサーラで魔力回復薬が販売された時、次に最もLVアップを果たしたのは、メルラドの食料飢饉を封じ込めた時、そして最近ではスーパー銭湯をオープンさせた時だ。
細々したところでは、神様ズに報奨金を渡した時とかだが。
それはさておき。
この傾向を見るに、どうやらLVアップには『得を積む』という側面もあるようで、単純に人助けであったり、流通に革命をもたらしたり、娯楽を広めたりといったことで、LVがアップするようだ。
レベル上限がいくつなのかは分からないが、今後も『得を積む』必要があるようだ。
神様ズからこれまでの話を聞いてきた限り、実績を積んで神様になった人が多数いることから『得を積む』ことも『実績』と考えてもよさそうだ。
従って、これまでいろいろな寄り道をしている異世界生活だが、実はこの寄り道が必要事項であったとも言える。
これまでもこれからも、神様修業に生活の重きを置くことはないが、自分の行いが評価されているようで嬉しくもある。
まあ、今後もサウナ満喫生活は続くということだ。
ありがたい話です。
さて、話は変わるが先日意外な申し入れがあった。
オリビアさんだ。
「守さん、故郷に一時帰省したいから、連れて行って欲しい所があるの」
とのことだった。
「故郷ですか?」
「ええ、私の故郷はエルフの村よ」
「エルフの村ですか・・・聞いたことは無いかな?どうかな?・・・」
よく覚えていないが、カイさんが前に教えてくれたような気もするが・・・
「それで、連れて行って欲しいとはどうやってですか?転移でということですか?」
「そう、それなら早く行けると思って」
俺はタクシーじゃないっての。
「はあ、ちなみにそのエルフの村は何処にあるんですか?」
「エルフの村はね、一番近いのはタイロン王国で、東の国境から北東方面に陸路だと、三週間ぐらいかかるわ」
それなりに遠いな、空路だと五日ぐらいか?
でもズルすれば半日ってとこか・・・
「あの、エルフの村には神様はいるんですか?」
「居るわよ」
となると、こちらとしても行く意味はあるということか。
どうしたものか・・・
「そうなんですね、何の神様なんですか?」
「それは内緒よ、会ってからのお楽しみね」
オリビアさんが小悪魔的な笑顔を滲ましている。
なんで内緒?
「まあ、行くとしていつからですか?」
「準備に二日欲しいから三日後でどう?」
「何の準備があるんですか?」
「それはメルラドの民が、このサウナ島に来れる様に、マリア辺りに扉の開け閉めをお願いしなくちゃならないでしょ?」
へえ、この人なりにちゃんと考えてるんだ。
でもそれはそうだよな、毎日メルラドからこのサウナ島に人が来てるのに、いきなりストップとはいかないよな。
「ちょっと守さん、なに意外そうな顔してるの?失礼じゃないかしら?」
「ああすいません、すいません、悪気はありませんから・・・」
バレてたか。まずったか・・・
「もう、私もそれなりにメルラドの国民のことは、考えてるんですからね」
「はい、恐れいりました」
「それで、一時帰省はお願いできるのかしら?」
断りずれー。
やっちまったな。
「はい、承りました」
「ありがとう守さん。よろしくね」
とニンマリ笑顔のオリビアさんだった。
やれやれだな。
少しは前もって情報を仕入れておきたい俺は、ロンメルを社長室に呼び出した。
内緒よ、会ってからのお楽しみ、では何かしらの失礼があったら良くないと考えたからだ。
俺はオリビアさんの気分に振り回されるつもりは毛頭ない。
「旦那、どうしたんだ?」
「仕事中に悪いなロンメル、ちょっと聞きたいことがあってな、まずは座ってくれ」
ロンメルが俺の正面に座った。
「それで、聞きたいことってのは、何なんだ?」
「三日後にエルフの村に行くことになってな、何かエルフの村について知ってることが会ったら教えて欲しいんだよ」
「エルフの村か・・・」
ロンメルは眉を潜めた。
「確か結構な田舎の村で、その名前の通りエルフばっかり住んでると聞いたことがある、村の歴史は結構古くから続いていて、エルフの族長が仕切っているという噂だったと思う・・・」
田舎の村なのか・・・
「他にはどうだ?特に神様についてとかはどうだ?」
「神様は美容の神様が居ると聞いたことがあるな、名前は知らないけど、どんな能力を使えるのかは知らないが、まあ美容に関することなんだろうな。男の俺には縁遠い話だろうな」
「美容か・・・興味はあるな・・・」
「え!旦那は美容に興味があるのか?」
「ああ、とはいっても俺が化粧をするとかってことじゃないぞ」
「ならどうしてだ?」
「仕事としてだ、スーパー銭湯の脇に美容室が欲しいとずっと思っていたし、シャンプーなんかももっといい物になるなら嬉しいじゃないか」
「なんだ、そういうことか・・・ビックリしたぜ」
「俺はマリアさんじゃねえよ」
「失礼した」
ロンメルは軽く会釈した。
「でもロンメル、俺のいた世界では男性が化粧をすることもあるんだぞ」
「そうなのか?」
ロンメルとしては以外のようだ。
「男性としての美意識というか、身だしなみみたいなものだな、俺は化粧することはないけどな」
「身だしなみか・・・そう言われると、分からなくはないな」
首を傾げながらロンメルは言った。
「俺としては自分にする美容ではなく、美容を一つの産業として見て見たいんだ」
「まあ、旦那らしい考えだな」
「そうか?」
「そうだぜ、俺達とは物の見方がまるで違う、俺には想像もつかねえ」
「・・・」
「今回に限った話じゃねえ、ほんとどういう頭してんだよ。まったく」
「どういう頭って普通だと思うけどな、まあ俺のことはさておき、エルフの村だ。外には何かあるか?」
「あとはそうだな、村は森のかなり奥深いところにあるって話だ」
「ほう・・・」
「あとは、そもそも他の国から距離の離れた村だから、あまり情報は入って来ないな、どちらかと言うと陸の孤島といったところだと思うぜ」
「陸の孤島か・・・鎖国している訳ではないんだろう?」
「そうとは聞いていない、ただ単に距離の問題だと思うぜ」
「やはり距離があると、貿易もしづらいということか」
「だと思うぜ、何日もかけて行くには費用だけじゃなく、時間も掛かるし、特に森の深い所にあるとなると、獣との遭遇はまず間違いなくあるし、一歩間違えると魔獣がでる危険もあるからな」
「そうなるか・・・それで他との交流も少ないといった所なんだろうな」
「だと思うぜ、後は特には無いな」
「そうか、助かるよ」
外とはあまり交流のない村のようだ。
歴史があり貿易も少ないとなると、独自の文化を発展させている村なのかもしれないな。
俺としてはとても興味がある。
どのみち俺としてはまずは南半球の全ての国や街、村に訪れるつもりでいたから、今回のオリビアさんの申し入れも、いい切掛けなのかもしれないな。
いい出会いがあることを期待しよう。
三日後、
俺はギルと入島受付でオリビアさんを待っていた。
「守さん、お待たせ」
オリビアさんが入島受付に現れた。
「おはようございます」
「ええ、おはようございます」
「ギルも同行しますので、よろしくお願します」
「よろしくお願いします」
ギルが軽く会釈をしていた。
「ギル君も行くのね、いいわよ」
「それで、直ぐに行きますか?」
「ちょっと待ってて貰えるかしら、私の代わりにマリアがメルラドの転移扉を開けてくれるんだけど、サウナ島の入島受付にも言っておいた方が、いいわよね?」
「それはもちろんです、ランドに言っておけばいいでしょう」
ランドがちょうど受付を手伝っていた。
作業の隙をみて俺はランドを呼んだ。
「ランド、オリビアさんが話があるから、聞いてやってくれないか?」
「今日から数日間私の替わりにマリアがメルラドの面倒をみるからよろしくね、ちなみに入島できる人選は、リチャードに任せてあるから安心してね」
「畏まりました」
ランドは一礼した。
「あとはいいですか?」
「ええお待たせ、いいわよ」
「では行きましょうか」
俺達はタイロンに繋がる転移扉を開いて、タイロン王国に入国した。
タイロンの転移扉は城門の側に設置してあり、そこからまずは国境を目指さなければならない。
タイロンの城下町は相変わらず賑やかで、人で溢れていた。
警備兵が所狭しに配置されており、安全性の高さが見受けられた。
それにしてもこの警備兵の多さは異常だな、何が何でも犯罪者を出さないという意思を感じる。
ガードナーさんが仕事熱心な人であることは知ってはいるが、よくよく考えて見ると異常な光景とも思える。
俺の感じている違和感の正体はここなのかもしれない、それにしても何でここまでする必要があるんだろうか?
今度ガードナーさんに聞いてみようかな?
「まずは国境までいかないといけませんね」
「そうね、ちゃちゃっといっちゃいましょう」
とノリノリのオリビアさん。
「ちゃちゃっとって、どうやってですか?」
この人は俺を便利道具か何かと思ってるんじゃ・・・
「守さんの転移でよ」
「あのですね・・・こんな人前でそうそう簡単に、やっていいことではないと思いますが?」
やっぱりそうだった。
残念女神の様だった。
「どうして?」
この人何も考えてないんだろうな・・・
「これだけの人の目の前で転移の能力を披露したら、騒ぎになりますよ」
「そうかしら?」
「そうですよ、いきなり目の前から人が消えるんですよ?」
「そうね、確かに言われてみればそうね」
もう少し物事を深く考えて貰えませんかね?
「だから人の目が届かなくなるまでは転移はできませんし、上空の移動の許可も貰ってないので、ギルに乗って移動することもできません」
「ええー、そうなの?なんか方法は無いのかしら?」
「ありません、諦めてください」
まだオリビアさんがブーブー言っていたが、俺達は無視して先を急いだ。
まったく、俺は何でもできる万能な猫型ロボットではありませんよ!
天真爛漫も程が過ぎます。
一時間ほど歩いて、何とか人の目につかない所にやってきた。
「そろそろ転移を開始しますか?」
「やっとなのね」
やっとって、なんか腹立つな。
まあいっか。でもちょっとは懲らしめてやりたいな・・・
「これから転移移動を始めますけど、森の中では転移はしづらいので、上空を中心に瞬間移動を繰り返します。転移酔いを防ぐ為に、何度か休憩を挟みますので、安心してください」
「ちょっと待って守さん、瞬間移動を繰り返すってどういうこと?」
「あのですねオリビアさん、何をどう勘違いしているのかは知りませんが、俺が一度行ったことがある場所にしか転移は出来ないんです」
「そうなの?」
ほんと舐めてるよな、この人・・・
「はい、だから最短で移動しようとなると、この方法しかありません」
「・・・」
「では始めますけど、念のため俺に捕まっててください」
「分かりました」
不安な顔のオリビアさん。
「では行きますよ」
ヒュン!
「え!」
ヒュン!
「ちょっと!」
ヒュン!
「まっ」
ヒュン!
「て」
ヒュン!
一先ず森の開けた所に着地した。
オリビアさんは、完全に腰が抜けた様子で、俺にがっちりしがみついていた。
「オリビアさん大丈夫?」
ギルが心配そうに話しかけていた。
「駄目・・・」
ちょっとした意趣返しとしてはやり過ぎたか?
でも実際この移動手段が一番早いからな、慣れて貰うしかないのだが・・・
「ギル、まだ早いが一度休憩しようか?」
「そうだね」
俺は『収納』からコーヒーとお茶を取り出して、お茶をギルに渡した。
匂いに反応したのか、オリビアさんが正気を取り戻しつつあった。
「守さん・・・心臓が飛び出るかと思いましたわ」
「オリビアさんもなんか飲みます?」
「いえ、今飲んだら、吐いちゃうかも・・・」
「そんな感じですね」
「私、舐めてましたわ」
やっと分かってくれたようだ。
「少し休憩したら、再開しましょう、オリビアさんは俺がおんぶしていきますので、辛いようでしたら目を瞑っていてください」
「そうさせて頂くわ・・・」
まだ、回復には少し掛かりそうだ。
やれやれだ。
それから、何度か休憩を繰り返しつつも、目的地へと転移を繰り返した。
オリビアさんはずっと目を瞑っていたが、途中から慣れてきたのか、鼻歌を歌う様になっていた。
なんちゅう強心臓だ、慣れるのが早すぎるぞ。
鼻歌が心地よかったのか、ギルは完全にリラックスモードで、しまいには合いの手を入れるようになっていた。
ギル君、君も大概ですね。いやオリビアさんの権能か?
まあどっちでもいいや。
そして俺はエルフの村らしき集落を視界に捉えた。
その村の中心には天にも届こうかという程の大樹があった。
その大樹を囲むように村が形成されており、村を囲む枠が正八角形をしていた。
正八角形か・・・
俺は思いだしていた。
何となく立ち寄った書店にあった、風水の本を適当に読んでいた所、ある一節が目に留まった。
「正八角形は、魔を払い、聖を受け入れる」
特に抵抗感も無く、すっと腹に落ちて来た。
そういうものなんだと。
俺は鏡とコルクシート購入して、手作りで正八角形の鏡を造り、玄関先に置いていた。
効果があったのかは知らないが、今でも日本の家の玄関先に置いてある。
「正八角形か・・・」
「守さん何か言いました?」
「いえ、気にしないでください。それよりもう着きますから、森に降りますよ」
「分かりましたわ」
俺は浮遊を止め、森に降り立った。
あと五分も歩けば、村に付くだろう。
俺達はエルフの街へと歩を進めた。
エルフの村には特に入場口がある訳でもなく、警備兵もいない。
木枠の隙間から、人一人がすれ違えるぐらいの空いている箇所があり、そこから入ることになった。
「懐かしいわ、変わらない」
オリビアさんが嬉しそうに呟いている。
ロンメルが片田舎と言っていたことがよくわかる。
近代的な要素がまったくもって見当たらない。
正に森の中の村だった。
道行く人々は全員エルフで、ほぼ全員が美男美女だ。
顔面偏差値が高い。
なんでこれほどまでに・・・
それもただの美男美女ではない。
俺がこれまでに見て来たエルフとは明らかに違った。
まずはその髪色である、赤・青・金・緑・紫と実に様々、それに髪形もロング・ショート・ベリーショート・ボブ・オカッパとこちらも様々で、パーマをかけている者や縦巻にしている者、明らかに前髪を遊ばせている者もいた。
そしてこれが何とも似合って見えてしまうのが素晴らしい。
違和感無く受け入れられてしまう。
それによく見ると化粧をしている人が多い、美意識がとても高いといえる。
ただ服装に関しては誰もが似たり寄ったりであった。
「なんだかお洒落な髪形の人が多いですね?」
「そう?昔からここではこんなもんよ」
オリビアさんは当たり前のことの様に答えた。
建造物は木製の物がほとんどで、稀に石組みの家が見られる。
特に露店などは見当たらない。
これまで見てきた街とはあまりに違って見えた。
「守さん付いて来て」
オリビアさんに誘われるがままに付いていった。
するとこれまでとはまるで違う、異質な建物があった。
恐らく何かのお店なのだろう、夕日に照らされて中をみることは出来なかったが、店の両開きの入口以外がガラス張りになっていた。
看板にはハサミの模様が書かれている。
美容室なのか?
「守さん、入りましょ」
とオリビアさんはまるで臆することなく、入口を開けて入っていく。
俺とギルは一度顔を見合わせてから中に入った。
「いらっしゃませ!」
と爽やかな声で迎えられた。
すると、奥の方から大きな声で、
「オリビア!」
と叫ぶ声がした。
「ただいま!お姉ちゃん!」
と答えるオリビアさん。
お姉ちゃん?
奥から女性のエルフがツカツカと歩み寄り、オリビアさんを抱きしめた。
「おかえり!オリビア!」
「ただいま!お姉ちゃん!」
と二人は抱き合っていた。
「えっ!オリビア様」
「ほんとだ!オリビア様だ」
と店員と思わしき者と、お客と思わしき者が声を漏らしていた。
するとオリビアさんのお姉さんは、オリビアさんを引き剥がし、
「オリビア!あんたどれだけぶりだと思ってるのよ、この馬鹿!」
と大声を張り上げていた。
「うう・・・」
オリビアさんが怯んでいる。
「あんた何年経ってると思ってるの!百年じゃ利かないでしょうが!」
とご立腹の様子。
「ごめんなさい・・・お姉ちゃん」
オリビアさんは下を向いて涙を流していた。
「ほんとにこの子は・・・」
「ご、ごめんなさい」
もう一度オリビアさんはお姉さんに抱きついていた。
しょうがないといった表情を浮かべているお姉さん。
「もう泣かないの・・・もういいから奥で顔を洗ってらっしゃい」
オリビアさんは下を向きながら、店の奥の方へと行ってしまった。
俺とギルはそのやり取りを茫然と眺めていた。
てか置いてきぼりなの?俺達・・・
ふとオリビアさんのお姉さんと目があった。
オリビアさんのお姉さんは、顔つきこそオリビアさんに似ていたが、髪形が違うせいか、オリビアさんとは明らかに違う風貌をしていた。
特に髪形は、ショートカットな上に片側だけをツーブロックに刈上げている、髪色も紫色だった。刈り上げた方の耳には鎖状のピアスがぶら下がっている。
かっこいいとの表現がよく似合う女性だ。
「お客さんかしら?」
なんと答えたらいいのだろうか・・・
機を逸してしまったな・・・
「あのー、何と答えたらいいのか迷いますが、ここまでオリビアさんを連れてきました」
オリビアさんのお姉さんは眉間に皺を寄せている。
「どういうことかしら?」
「えっと・・・俺は島野と申します。そして、こちらはギルです」
ギルが軽く会釈をする。
「はい・・・」
「俺達はオリビアさんが一時帰省したいとのことでしたので、送りがてらエルフの村に寄らせて貰いました」
「島野さんとおっしゃいましたね」
「はい、そうです」
「ちなみにどちらからお越しですか?」
何故かお互い探り探りになってしまっている。
「えっと、サウナ島です」
「サウナ島?」
「はい、コロンの村から半日ほど西にいった島です」
お姉さんが目を見開いた。
「嘘!そんな遠くからいらしたの?」
「はい・・・」
オリビアさん早く戻ってきてくれよ、もう!
いい加減気まずいよ!
「もしかして、あの子の付き添いで来てくれたのですか?」
「はい、そうです」
血相を変えたオリビアさんのお姉さんが
「あの子が失礼しました!」
といきなり頭を下げた。
「えっと・・・大丈夫ですよ、そうたいして時間は掛かっていませんので。あの気まずいので頭を上げてもらえませんか?」
とここでやっとオリビアさんが現れた。
「お姉ちゃん何してるの?」
我関せずのオリビアさん。
顔をがばっと挙げたオリビアさんのお姉さんは、オリビアさんの頭を掴み、無理やり頭を下げさせた。
「あんた、この島野さんにどれだけ迷惑をかけたのよ、謝りなさい!」
「ちょっと、お姉ちゃん痛いよ」
「お姉さん大丈夫ですから、ね、本当に大丈夫ですから」
オリビアさんのお姉さんは俺を見るとすまなさそうに、また頭を下げた。
「家の妹がご迷惑をおかけました!」
「ええ、もういいですから、頭を上げてください」
やっと頭を上げてくれた。
どうやら常識あるお姉さんのようだ。
ほんとは迷惑かけられっぱなしなんですけどね。
さて切り替えよう、これ以上ペースを見失うと話にならなくなる。
「それで、オリビアさんいい加減紹介して貰えませんかね?」
オリビアさんは髪型を気にしながら、不貞腐れている。
「こちらは私のお姉ちゃんで、アンジェリよ、美容の神様よ」
声に不満が滲んでいた。
にしてもやっぱりこの人が美容の神様か、なんとなくそんな気はしたが。
「改めましてアンジェリと申します、妹がお世話になってます」
「いえいえこちらこそ、オリビアさんにはお世話になってます。それで今は営業中ですよね?よろしいのですか?」
「ええ構いませんよ、皆な勝手知ったる仲ですから」
「そうですか、ありがとうございます。さっそくですが、オリビアさんを送って来たのには訳がありまして、ただ単にオリビアさんを送りに来ただけでは無く、俺達もエルフの村に来る理由があったので寄らせていただきました」
「理由ですか?」
「はい、実はギルなんですが、今は人化していますが、ドラゴンなんです」
「ドラゴンね」
あれ?あまり驚かないな。
今までとは反応が違うな。
「それで、神様巡りをさせて貰ってるんです」
「そうですか、大体のことはなんとなく分かりました」
お姉さんは察しがいいようだ。
「そうなると、じっくり話をした方がよさそうね。営業が終わってからでいいかしら?」
神様以外の人も居るから、気を使ってくれているようだ。
「ええ、もちろんです」
「あと一時間ぐらいで終わりますから、オリビア、あんた島野さんに村を案内して差し上げて」
「ええー、やだよー、疲れたよー」
アンジェリ様がオリビアさんを睨みつけている。
「分かったから、お姉ちゃん怒らないでよー」
「早くいってらっしゃい」
「はーい」
「では、島野さん後で」
「よろしくお願いします」
オリビアさんにエルフの村を案内してもらうことになった。
案内とはいってもただの散歩だった。
でも、この村の雰囲気は嫌いじゃないと感じた。
村は自然との調和がとれているといえる。
無駄に力が入っていない感じが、心を穏やかにさせてくれる。
とても気持ちの良い散歩となった。
「オリビアさん、気持ちいいですね。空気が上手いです」
「そう?そう言って貰えると嬉しいわ」
「それにしても、帰省は何年ぶりなんですか?」
「そうね・・・百五十年ぐらいかしら」
ということは・・・オリビアさんも結構なお年で・・・女性に年齢を聞いてはいけないしな。
「それは、アンジェリ様も心配したでしょう?」
「いいのよ、お姉ちゃんは、昔っから何かと煩いんだから」
「それだけ、オリビアさんを大事に想ってくれているってことですよ」
「まあね」
オリビアさんも、まんざらでもないみたいだ。
「でも、実際お姉ちゃんには苦労をかけたから・・・」
「・・・」
「まだ小さいころだけど、お姉ちゃんにはいろいろと苦労をかけたのよ・・・」
「・・・」
「まあ、しんみりした話はしないでおくわ」
作り笑いのオリビアさん、何とも言えない歯がゆさが微笑に含まれている。
「それで、ちょっと気になったことがあるんですけど、聞いていいですか?」
「何?守さん」
「この村の囲いなんですけど、正八角形になってましたけど、どういう意味があるんですか?」
「守さん、何で知ってるの?」
「何でも何も、上から見ましたからね」
「そうなの?」
「風水的なものなんですか?」
「風水って何なの?」
「えっと・・・方位学的な何か・・・」
「方位学が何かは知らないけど、あれは意味のある囲いなのよ」
「と、いいますと?」
「このエルフの村には、昔からの言い伝えや、伝統を守る風習が強く根づいていてね、その中でも正八角形には魔を払い、聖を受け入れるという言い伝えがあるのよ」
まったくもって俺の知っている知識と一緒なのだが、これは偶然か?
自然における摂理なのだろうか?
「それを体現しているのがあの囲いってことなのよ」
「実際、魔獣とかが村に入ってくることってあるんですか?」
「私が知る限り無いわよ、そんなに気になるの?守さん?」
「ええ、まあ」
それはそうだろう、これがもし魔獣よけになるのなら、広めないといけないことだろうと思う、魔獣の脅威がなくなるということに繋がるのだから。
「でも、この正八角形が機能するのは、この大樹があってこそという話らしいわよ」
とオリビアさんは大樹を指さした。
そうなのか・・・そうなると横展開はできないな・・・残念でしかない。
「そろそろ、一時間経つからお姉ちゃんの所に帰りましょうか?」
「分かりました」
俺は少し物足りなさを感じつつ、美容室へと向かった。
俺達は一時間の散歩を終え、美容室に帰ってきた。
まだ閉店作業中であったのか、
「島野さん、ごめんね、もうちょっと待って貰えるかしら?」
とアンジェリ様も片付け作業を忙しそうにしていた。
「ええ、お構いなく」
と俺も言葉を返す。
「お姉ちゃんまだー」
とマイペースなオリビアさん。
数分の後、
「ふう、お待たせ。とりあえず奥に入って貰えるかしら?」
と奥に誘導された。
「晩御飯はまだよね?」
と気づかってくれるアンジェリ様。
「ええ、ですがもしよければ、俺達で準備させて貰いますけど・・・」
「準備って・・・どういうことなの?」
「お姉ちゃん、ここは守さんに任せたほうがいいわよ」
と知ったかぶりのオリビアさん。
「実は俺『収納』持ちなので・・・」
と言うと俺は『収納』から、晩御飯用に前もって準備しておいた、弁当とお重とワインを取り出した。
「弁当ですがどうですか?ワインもありますよ」
唖然とした顔で俺を見るアンジェリ様。
俺は人数分の皿と箸とフォークを取り出した。
「『収納』持ちなんて久しぶりに見るわね、それにこのお弁当なんて豪華なの・・・」
アンジェリ様は弁当とお重を覗き込んでいる。
「へへ、お姉ちゃん凄いでしょう」
と何故かどや顔のオリビアさん。
「あと、お土産でワインを神様達に差し上げてますが、赤か白のどちらが好みですか?」
「そんな・・・ワインなんて贅沢品貰っていいの?」
「はい、これまでも出会ってきた神様達には渡してきてますので、気にしないでください」
「じゃあ、白で・・・」
白ワインを三本取り出し、アンジェリ様に手渡した。
アンジェイ様は嬉しそうにワインを受け取ってくれた。
「頂きましょうよ」
と既に自分の皿におかずを取り分けているオリビアさん。
「「いただきます!」」
と合唱した。
からあげを口にしたアンジェリ様は
「なにこれ、美味しい」
とご満悦な表情を浮かべていた。
「ありがとうございます」
お褒めに預かり光栄です。
「それで、まずは話を聞いた方がよさそうね」
表情を引き締めるアンジェリ様。
「では、アンジェリ様、お言葉に甘えてお話させていただきます」
「様は要らないわ、妹がお世話になっている人に様付で呼ばれるなんて、私はそこまで傲慢になれないわ」
「では、アンジェリさんで」
頷くアンジェリさん。
「先ほどお話した通り、ギルはドラゴンです。そして俺はギルの父親です」
「父親?」
「はい、俺は人間ではありますが、神気の操作ができますし、様々な能力を持っています」
俺は手に神気を集めて見せてみた。
「守さんは凄いのよ、お姉ちゃん」
と口を挟むオリビアさん。
ちょっと黙っててもらえませんかね?
「あなたは神ではないの?」
「神ではありません、ステータスを見る限り人間です。ただ出来ればここだけの話にして欲しいのですが、厳密には神様の修業中なんです」
「修業中ね・・・今までに聞いたことがないわね」
「まあ、そんな感じで神様に会いに行く行脚を続けています」
「それでこの村に訪れたということね」
「はい、それ以外にも理由があって、サウナ島に今南半球の神様達が集まる施設を造りましたので、まずはそこにご招待したいと考えています」
「はあ?そんな施設があるの?嘘でしょ?」
「ほんとよお姉ちゃん、私もしょっちゅう入り浸ってるわ」
なぜにそんなに誇らしげなんですか?オリビアさん・・・
「よかったら後で行きませんか?」
「そんな、ここを空けてそんな遠方までなんて、いくらなんでも止めとくわ」
滅相も無いと顔の前で手を振るアンジェリさん。
「ああ、すいません話を焦ってしまったようです、まずはこちらをご覧ください」
と言って『収納』から転移扉を取り出した。
「島野さん、これは何の扉かしら?」
「これは転移扉といって、転移の能力が付与してある扉です。この扉がサウナ島に繋がっています」
「はあ?転移って・・・上級神様の能力じゃないの・・・」
「そうなんですか?」
知らなかった・・・上級神の能力なんだ・・・まあいっか。
「ええ、私の知る限り転移の能力持ちは、上級神様しか知らないわよ」
「ちなみにその上級神様ってどなたですか?」
「それは・・・言わないでおくわ・・・」
アンジェリさんは、一瞬オリビアさんに目を向けた。
出会ってまだ間もないから、そんなことは言えないか・・・よくよく考えたら個人情報だしな。
いけない、いけない。
「この転移扉を使えば、一瞬でサウナ島に行けますので、よかったら使ってみてください。使い勝手なんかはオリビアさんがよくご存じですので」
「お姉ちゃん、後で教えてあげる〜」
と言いながら、弁当をがっついているオリビアさん。
「ふう、なんだかとんでも無いことになって来たわね。久ぶりにオリビアが帰ってきたと思ったら、とんでも無い客を連れてくるんだから・・・」
とんでも無い客ですいません。
「あと、この村のことも知りたいと思っています。得に特産品とかを中心に」
「ちょっと待って島野さん、まずは状況を整理させて頂戴」
オリビアさんとは違い、冷静に努めようとするアンジェリさん、しっかり者のお姉ちゃんと天真爛漫な妹といったところか。
「はい」
「この村を訪れたのは、オリビアを送るついでと、島野さんとギル君の神様行脚、そして転移扉を神様に配ってる、って事でいいのかしら?」
「そうなります、後は俺自身見聞を広めたいということもあります。特にこのエルフの村はこれまで見て来た村とは一味も二味も違います」
「そうなのね・・・まあこちらとしても大助かりなことは間違いなさそうね」
「といいますと?」
「島野さん達がどうやってこのエルフの村まで移動してきたのかは分からないけど、この村は僻地にあるから、行商人が来ることは滅多にないわ、その所為で外との交流があまりに少ないのよ」
「交流そのものは拒んでは、いないんですよね?」
「そうよ、まあ自給自足が出来る環境にあるから、生活に困ることはないけど、世界から取り残されるってのも考えものよ」
「そうですね」
「このエルフの村は、昔ながらの伝統を重んじる村だけど、決して新しいものを拒んでいる訳ではないのよ、ただ新しいものに出会う切掛けが無いだけなのよ」
温故知新という事だな。
「それであれば、転移扉はうってつけですね」
「そうなるわね、でもこちらにはメリットがあるけど、島野さん達にはどうなの?」
「もちろんありますよ」
「それはなに?」
「まずは、転移扉の利用方法として、単にこのエルフの村とサウナ島を繋げるだけではなく、サウナ島から転移扉で繋がっている、外の国や街に一瞬で移動することが出来ます」
「・・・」
「それは逆もしかりで、他の国や村からこのエルフの村に一瞬で移動が可能です、商人なんかは、新たな販路が出来ると喜ぶことでしょう、それにサウナ島には移動に伴うお金を支払うことになってます」
「そんな利用方法があるのね・・・画期的だわ」
アンジェリ様は髪をかき上げている。
なんとも色っぽい。
「それにこの村の特産品を売りに出すことも可能です」
「この村の特産品ね・・・特に思いつか無いけど・・・」
「えっ!無いんですか?」
アンジェリさん、何で分かってないのかな?特産品だらけなんだけどな・・・
「無いと思うわよ・・・オリビアこの村の特産品って何だと思う?」
「知らない」
この人は全く、考えずに答えるなよ・・・
「あんた、人の話聞いてないでしょ?」
流石にツッコむアンジェリさん。
「聞いてるよ〜」
と言いながらまだ弁当をがっついている。
駄目だ、まともに話を聞いてない。
「あのアンジェリさん、この村の特産品は充分過ぎるほどありますよ」
「えっ!本当に?」
「はい」
「何?何があるっていうの?」
あ!この人本当に分ってないんだ・・・他との交流がない弊害なんだろうな。
余りにもったいない。
「アンジェリさん、この村には美容を中心とした文化が、他の街や国よりも格段に進歩しているんです」
「そうなの?」
「はい、まずは化粧です。俺は実は異世界人なんですが、この世界に来て化粧をしている人を見たのは、このエルフの村に来て初めてなんですよ」
「ほんと?」
「はい、それに今日ちらっと見ましたが、美容室の技術は恐らく他の街では無いものと思います」
「・・・」
「このエルフの村の美容に関する文化は、他の国や村の文化を大きく変えることになると思います」
「そんなになの?」
「はい、まず間違いなく」
女性の美に対する執着は、測り知れないものであることを俺は知っている。
「この村には他との交流を行う必要があると俺は思います」
「そうなのね・・・」
「はい、ぜひ前向きに検討してみてください」
「それにしても・・・あなた一体何者なの?」
「何者と言われましても・・・」
「まあいいわ、悪い人ではないことは分かるわ、オリビアが懐くぐらいだからね、にしても凄いじゃん、あんた明日ちょっと時間を貰える?」
いきなり砕けてますけど・・・何?認められた?
「大丈夫ですが・・・」
アンジェリさんが不敵にほほ笑んだ。
「イメチェンしてあげる」
イメチェン?はて?
「はあ・・・お任せします・・・」
と答えてはいけなかったのだが、この時の俺は知る由もなかった。
結局アンジェリさんはこの日はサウナ島に来ることはなかった、オリビアさんとの姉妹談義に盛り上がっていた。
姉妹水入らずを邪魔するのも引けるので、俺とギルは早々に退散した。
アンジェリさんに渡した転移扉を使って、サウナ島に帰ることにした。
まだ、アンジェリさんのことはよく分からないが、オリビアさんとは違ってしっかり者だという印象がある。
色っぽくて、カッコいい女神様だ。
エルフの村は、他との交流が少なく、この南半球の中では孤立していると言えるのが分かった。
これを機に他との交流が始まることを期待したい。
それにエルフの村のもつ独特な文化が、この世界に広まれば、何かが変わってくるのかもしれない。
エルフの古き良き伝統を俺も学びたいと思う。
まだまだこの世界には、知るべきこと、学ぶべきことが多いということなんだろう。
じっくりとやっていこうと思う。
翌日、ギルを連れてエルフの村を再び訪れた。
アンジェリさんのお店に顔を出すと、オリビアさんが受付をしていた。
「守さん、おはよう」
「おはようございます」
「ギル君もおはよう」
「おはようございます」
「なんでオリビアさんが受付をしているんですか?」
「特にすることがないから、お姉ちゃんが手伝えって」
「そうですか」
声が聞こえたんだろう、アンジェリさんが奥から現れた。
「島野さん、おはよう」
「おはようございます」
「ギル君もおはよう」
「おはようございます」
「さて、じゃあ始めようか?」
「何をですか?」
「昨日話したじゃん、イメチェンよ、イメチェン」
「ああ、そうでしたね」
「二人ともここに座って」
とカット台に座らされた。
どうやら髪を切ってくれるようだ。
「じゃあ、髪を切るけどお任せでいいわよね?」
「ええ」
と答えると、布を首に巻かれた、切った髪が服に付かないようにしてくれいてるのだろう。
ギルには違うスタッフが付き、同じ様に首に布を巻かれていた。
ちょうど、そろそろ日本に帰って髪を切ってこようかと思っていたので助かる。
変身の能力で髪の長さを変えることはできるが、俺は自分の美的センスにはあまり自信がないので、その道のプロにお任せするようにしている。
ギルの髪はよくエルが散髪していたのだが、こういう形で髪を切られるのは初めてだからだろうか、ギルが緊張しているのが分かる。
「じゃあ始めるわよ」
「お願いします」
アンジェリさんはカット用のハサミを構えて、俺の髪を切り出した。
本当は神気の件とお地蔵さんの話がしたかったのだか、この店にはスタッフが三名ほどいる為、止めておくことにした。
神様以外の者がいる場で話すことではないだろう。
「そういえば、アンジェリさん、そのハサミは何処で造ったんですか?」
「これはね、若い頃に旅をしたことがあってね、鍛冶の街の神様に造ってもらったのよ」
「えっ!ゴンガス様ですか?」
「そうよ、よく知ってるわね」
「そりゃあ、あのおじさんはしょっちゅうサウナ島に来てますから、親しくさせて貰ってますよ」
「そう、そういえば、そろそろこのハサミも研がないといけないから、転移扉を使わせてもらおうかしら?」
「ぜひ使ってください」
と会話しつつも、アンジェリさんのハサミは止まること無く動き続けている。
ハサミの奏でるリズムが心地いい。
これぞプロの仕事だ。
少しうとうとしてきたように感じた。
ふう、気持ちよくなってきた。
目を閉じてしまいたくなる。
首が横を向かない様にしないと・・・
どうやら眠ってしまっていたようだ。
目を開けるとイーゼル型の鏡に映っている俺がいた。
んん?
横を見ると気持ちよさそうにギルも眠っていた。
あれ?
頭に、何か塗られているのを感じる。
なんだろう?
独特な草の匂い・・・薬草?
「やっと起きたのね、お寝坊さん」
とアンジェリさんが声を掛けて来た。
「じゃあ、こちらに来てくれる?」
とシャンプー台に誘導された。
シャンプー台に頭を突っ込むと、水魔法でアンジェリさんが、俺の頭を洗い出した。
おお、気持ちいい。
それにこのシャンプーはスーパー銭湯の物とは違って、独特な香りがする。
何の香りだろう・・・いい香りだ。
さらにトリートメントを髪に塗り込んでいる。
トリートメントか・・・スーパー銭湯に欲しいな。
更に髪を洗い流す。
「はい、お疲れ様。席に戻りますよ」
と誘導される。
俺は鏡を見て固まってしまった。
どうして・・・金髪?
齢六十二にしてまさかの金髪!
イメチェンとは言っていたが・・・まさかこんなことになろうとは・・・
寝てしまった俺が悪いのだが・・・
これは・・・サウナ島の皆に笑われるな。
「いいね、島野さん似合ってるじゃん!」
似合ってるじゃんって・・・
「ほんとーだ、似合っている。流石お姉ちゃん」
オリビアさんも同意のようだ。
「に、似合ってます?」
「ええ、とても」
万遍の笑みのアンジェリさん。
「ハハハ・・・」
笑うしかなかった。
それに髪形もツーブロックになっており、見た目の印象としては、ちょっとお洒落な大学生の様に見えた。
正直恥ずかしい。
やっちまったというより、やられてしまったな・・・
まあ、どうにも否になったら、変身で変えてしまおう。
やれやれだ。
結局イメチェンしたのは俺だけで、ギルは普通に散髪して貰っていた。
「それで、アンジェリさんはサウナ島に来られるのですか?」
「昨日あの後、オリビアから散々自慢されたじゃんね、行くしかないっしょ」
それにしても、随分話し方がフレンドリーになったな、もはや警戒はされていないということなんだろう。
外のと交流が薄いともなると、そうなるんだろうな、始めは警戒して当たり前ということだろう。
「それで、守さん今日はお土産ないの?」
オリビアさんの遠慮の無い一言だ。
そんなことだろうと準備してありますよ、まったく。
「今日はミックスサンドを準備してます、後で皆さんと食べましょう」
「やった!」
オリビアさんがはしゃいでいる。
「今日もお土産持って来てくれたの?島野さん、オリビアに甘過ぎでしょ?」
「そうですか?もはや慣れっこですよ」
「あらら、島野さんも大変ねー」
「ハハハ」
甘やかし過ぎなんだろうか?
でも今さら変えられんよな。
アンジェリさんは風魔法で、髪を乾かしてくれている。
「アンジェリさん、折り入って話したいことがあるんですけど、食後に時間を貰えますか?」
「いいわよ」
「よろしくお願いします」
その後、俺とギル、オリビアさんとアンジェリさん、スタッフの方三名の計七名での昼食となった。
ミックスサンドは朝のうちに、迎賓館のスタッフに作って貰っていた。
『収納』からミックスサンド十五人前を取り出した。
「どうぞ、皆さん食べてください。これはサウナ島の迎賓館で提供しているミックスサンドです」
「へえ、こんなに柔らかいパンは始めてみるわね」
とアンジェリさんは関心していた。
「お姉ちゃん、これで驚いてたら、サウナ島に行ったら大変よ。サウナ島のご飯は何を食べても美味しいんだから」
「昨日のお弁当も無茶苦茶美味しかったもんね」
オリビアさんはどや顔をしていた。
だからあなたの島ではないのだが・・・
「なにこれ?旨!」
「うっそ!」
「パンがフワフワ!」
とスタッフさん達にも好評のようだ。
「そういえば、アンジェリさん、先ほど髪を染めた薬液なんですが、何を使ってるんですか?」
「気になる?」
アンジェリさんは小悪魔的な笑顔を浮かべた。
「ええ、とても」
「あれわね、ハーブを混ぜん込んだ私の特別な一品じゃんね、そこに私の能力の『着色』を付与した物なの」
『着色』か、マリアさんの能力の類似能力なのか?
「私はね、髪色はどんな色でも染めることができるじゃんね、それに『形状記憶』の能力もあるから、パーマもできるのよ」
「おお!それは凄い!」
「『形状記憶』に関してはまつ毛も可能じゃんね。なんならやってみる」
「いえいえ、結構です」
もう充分ですって。
これ以上のイメチェンは必要ありませんよ。
「あと、シャンプーですが、独特な臭いがしましたが、何を加えているんですか?」
「それわね、ローズマリーとかよ」
そうか・・・花か・・・これは盲点だ、今まで椿以外考えて来なかった。
ということは、シャンプー開発ももっと改良が出来るということだ。
というより、ここから仕入れてもいい。
参考になるな・・・
「島野さん、随分食いついてくるわね、どういうこと?」
「いえ、スーパー銭湯でシャンプーを提供しているんですが、ここまでの完成度に至っていなかったなと思いまして」
「島野さんもシャンプーを造れるの?」
「はい、俺もシャンプーを造れる能力がありますので」
「へえー、いろいろ話がしたいわね」
「そうですね」
お互いの利点が合致したようだ。
このようにして俺達は昼食を楽しんだ。
さて、そろそろ本題に入らなければいけない。
食事を済ませたスタッフ達は受付の方に向かった。
「アンジェリさん、さっそくですが神気が薄くなっていることは感じていますか?」
「ええ、それはもう充分にね」
「この原因に何か思いあたることはありませんか?」
「・・・」
随分と考え込んでいるな。
「ごめんね、分からないわ・・・」
そうなのか・・・この間はなんだったんだろうか・・・
「そうですか、まずはこれを見て欲しいんですが」
と俺は『収納』からお地蔵さんを取り出した。
「これは何?」
「これはお地蔵さんと言いまして、祈ることで神気を放出してくれる代物なんです」
「嘘でしょ?」
「いいえ、嘘ではないです。まずはこれを村の街道筋なんかに置いて頂けないかと思いまして」
「ちょっと待って、これは創造神様なの?」
「はい、そうです」
「なんで創造神様と言い切れるの?」
「俺は、会ったことがありますので」
「はい?」
アンジェリさんは唖然としていた。
「島野さん、あんたって人は・・・」
何だか申し訳ない気がしてきた。
でも事実だし・・・
「それで、私にどうしろと?」
「まずはお地蔵さんを村に配置して貰うことと、この村に教会はありますか?」
「教会はないけど、大樹の麓に創造神様の石像は祭ってあるわよ」
「その石像を俺に改修せさてください」
「改修って・・・この仕上がりを見る限り、任せるしかなさそうね・・・」
「ありがとうございます、少しでもこの世界の神気不足を解消したいのでご協力いただけると助かります」
「分かったわ・・・」
お地蔵さんは納まりが良いからと、正八角形の枠の角に配置され、大樹の創造神像は俺の手で改修させて貰った。
特に創造神様に祈る習慣は、このエルフの村にはないとのことだったが、少しでも神気不足に役立ってくれるのなら助かるというものだ。
そして、俺はなんともいえない違和感を感じていた。
なんだろうか・・・お地蔵さんを設置し終えた途端に感じた充足感は・・・
あれ?・・・神気が満ちてきているような・・・
なぜだろうか・・・神気が満ち足りているような気がする・・・
あれ?なんだろう・・・
これはどういうことなんだろうか・・・この空間が神気に満ちた空間になっているような気がする・・・どういうことだ・・・空気が上手い・・・
そうか・・・そうなのか・・・この配置に意味があったのか・・・この配置がある意味結界の役割を担っているということか・・・そこまでに意味があったのか・・・正八角形・・・深すぎる・・・ということは・・・神様ズを集める必要があるな。
アンジェリさんが俺の横に並び、この奇跡に涙を流していた。
「島野さん・・・どういうこと・・・神気が満ち出しているわよ」
「ええ、俺もびっくりしてます。まさかこんなことになるとは・・・」
「これは奇跡ね・・・」
「ですね・・・」
この出来事にオリビアさんとギルも変化を感じ取ったのか、こちらに走ってきた。
「パパ、どういうこと?」
「ああ、分からないが、おそらくこの大樹とお地蔵さんの配置に意味があるんだと思う」
「神気が満ち出してるわ・・・」
オリビアさんも涙を流していた。
まさかこんな解決方法があったとは・・・
美容室の営業が終わると、アンジェリさんを連れてサウナ島に帰ることにした。
「凄いわね、なにここ・・・」
サウナ島の入島受付を出て、サウナ島を見渡してアンジェリさんが呟いた。
「だから言ったでしょお姉ちゃん、サウナ島は凄いんだって」
「ええ、なんなのここは・・・」
「サウナ島へようこそ!」
ギルが嬉しそうに言った。
サウナ島が褒められて嬉しいのだろう。気持ちはよく分かる。
「どうします?まずは風呂にします?飯にします?」
って新婚さんかよ。
「そうね、お風呂からにしたいわ」
「では、オリビアさん、アンジェリさんのことお任せしますね」
「了解よ」
二人はスーパー銭湯に入っていった。
さて、エルフの村で起こった現象について検証をしなければならない。
まずは、お地蔵さんを八体準備して、正八角形に配置してみた。
俺はその中央に立ってみる。
・・・
特に神気が満ちている感じはしない。
あの大樹が必要ということなんだろうか?
オリビアさんもそのような事を言っていたな。
中央に創造神様の石像を置いてみたらどうだろうか?
正八角形の中心に想像神様の石像を置いてみた。
・・・
特に変化無し。
やはりあの大樹が必要ということなんだろうか・・・
世界樹はどうだろうか?
世界樹はこの島の中心にあるといってもいい位置にある。
おれは転移を繰り返し、世界樹を中心とした正八角形になる位置にお地蔵さんを配置した。
すると、じきに神気が満ちてくるのを俺は感じた。
ああ、これが正解なのか・・・
となると、横展開は難しいか・・・
でもひとまずは神気減少問題に発展があった。
まずはこれでいいとしよう。
神様ズの意見も聞いてみたい。
その後ことある事に神様ズから
「何が起こった?」
「お前さん、どういうことだ?」
「島野、おめえ今度は何やった?」
「何やらかしたのよ、で、なんで金髪なの?」
と詰め寄られてしまった。
ちなみに金髪は何故か好評だった。
辛口のロンメルですら。
「旦那似合ってるな」
と褒めていた。
俺は正直ほっとしている。
「今度皆さんを集めて説明しますから」
と神様ズの対応に追われた。
結局アンジェリさんはサウナ島を気に入ってくれたようで、さっそくゴンガス様にハサミの研ぎを依頼していた。
ただアンジェリさんには相談事があるらしく、後日、時間を作ってくれと言われている。
その為、今は社長室でアンジェリさんを待っている。
オリビアさんはというと、メルラドに戻り、今まで道りメルラドでの仕事をしているとのことだったが、実際あの人が何をやっているのかはよく分からない。
「ごめんね、島野っち時間を貰って」
とアンジェリさんが現れた。
いつのまにか俺は島野さんから、島野っちに昇格?していた。
「大丈夫ですよ、どうぞ座ってください」
「悪いわね」
ゴンが飲み物を尋ねに現れた。
「俺はアイスコーヒーを、アンジェリさんは何にしますか?」
「そうね、紅茶をお願い」
「畏まりました」
と飲み物を準備しにゴンは去っていった。
「それで、どうしましたか?」
「ちょっと、話づらい話なんだけど・・・」
「ええ、遠慮なくどうぞ」
「この島の魅力はよく分かったし、転移扉の重要性もよく理解できたわ、でもね・・・先立つ物がエルフの村にはあまりないのよ・・・」
「お金ですか?」
「そうよ・・・」
これまで他との交流が無いのだからそうなるのだろう。
仮にお金を持っていても、エルフの村では利用価値がないということだろう。
自給自足が出来ていると言っていたからな。
「エルフの村の美容室では、お金を貰ってないのですか?」
「それは、食材とかを貰うようにしてるのよ」
自給自足が出来る村、ならではということか・・・
「お金に関しては、解決方法があります」
「そうなの?」
「はい、まずはアンジェリさんの美容室で使っている、シャンプーとトリートメントをスーパー銭湯で扱わせて欲しいんです」
「扱うとは?」
「はい、卸して欲しいんです。スーパー銭湯で使いたいんですよ」
「それは嬉しいわね」
アンジェリさんはニンマリしていた。
「そこからまずは利益を得て欲しいと思います、相当数の発注を行うことになると思いますので、何人かそれ用に人を雇う必要があると思いますよ」
「そうなるわね、ちなみにどれぐらい?」
「厳密には分かりませんが、平均してスーパー銭湯の利用客は一日に四百人ぐらいです」
「そうなの・・・分かったわ」
と考え込んでいるアンジェリさん、頭の中で計算しているのだろう。
「あと、このサウナ島で美容室を開きませんか?」
「えっ!どういうこと?」
「支店を作りませんか?ということです」
アンジェリさんは更に考え込んでいる。
腕を組んで眉間に皺を寄せている。
その顔すらも色っぽい。
「あと、エルフの村には特産品が無いと言ってましたけど、俺がいろいろと見させて貰って気になった物があるんです」
ここでゴンが飲み物を持って現れた。
会話が一時中断される。
「それは何かしら?」
「薬草です、エルフの村では様々な薬草があり、傷薬等他では見たことが無い物があります」
「薬草ね・・・これはエルフの村に伝わる、伝統の薬草作りによって作られている物じゃんね。門外不出よ」
「それは作成方法がということですよね?」
「そうよ」
「であれば販売はできるんじゃないでしょうか?」
「確かに・・・販売はこれまでも少数だけど行っていたわ」
「今は俺の思いつくところはそれぐらいですが、エルフの村に伝わる伝統をお金に換えることは出来ると俺は考えています」
「流石は島野っちね・・・これまで外との交流が無かったから考えもしなかったわ」
「なので、エルフの村の技術や文化をこのサウナ島から発信すれば、おのずとエルフの村にもお金が集まってくると思うんです」
アンジェリさんの目が輝いている。
「分かったわ、美容室アンジェリの支店、やるわよ!」
よし!これで更にサウナ島の満足度が上がるぞ!
「ありがとうございます!」
「なに言ってるの?島野っち?こちらがありがとうよ」
「ハハハ!」
「それで、具体的にはどうするの?」
「はい、まずお店は俺の方で造らせて貰います、もちろん意見は聞きますし、内装や外装も相談させて頂きます」
「それで?」
「営業が始まったら、月に一度、売上の十パーセントを賃貸料として納めてくれればいいです」
「それで?」
「それだけです」
「はい?それだけ?」
「ええ、それだけで十分です」
俺の構想としてはそれだけでも充分な物になる、先行投資の費用としては掛かるかもしれないが、投資回収にはそこまで時間が掛かるとは思えない。
スーパー銭湯の投資回収とまではいかないが、営業に関する必要経費は、向うが持つのだから、ある意味権利収入になるとも言える。
それに先行投資するだけの費用は充分に足りている。
問題は大工の街の職人がメッサーラの学校建設に当たっている為、人が少ないということだが、これは俺が頑張れば済むことだ。
「分かったわ、私は何を準備すればいい?」
「まずは、店の中に何が必要なのかを纏めといて貰えると助かります、その後打ち合わせを重ねていって、図面を造りましょう」
「OK!楽しくなってきたわね!」
「あと、同時に薬草を販売するブースをスーパー銭湯内に設けますので、そこで働く人選と販売する物を纏めておいてください」
「忙しくなるわね、島野っち」
「そうですよ、アンジェリっち」
勢いで言ってしまった。
「あ!それいい!今後もそうやって読んでね」
うっ!・・・まあいいだろう。言ってしまったからな・・・
それよりも楽しくなってきたぞ・・・
しめしめ・・・
翌日、更に計画を拡大すべく、リチャードさんを呼び出した。
「リチャードさん、呼び出してすいません」
「いえいえ、島野様の呼び出しとあらば、いつ何時でも駆けつけますよ」
重いって・・・
「それでどうされましたか?」
「前々から相談されていた、服飾のブースの件なんですが、いっそのこと、お店を構えませんか?」
「ええ!よろしいので?」
「はい、実は美容室を作ることになりまして、せっかくだからメルラドの服飾の店も並びで造ってはどうかと思いまして」
「おお!それはありがたいです」
「美容に関して興味がある人達が集まりますので、自然と服飾にも目が向くかと思いますが、いかがでしょうか?」
「素晴らしい考えです!」
「それで、具合的な話としては、お店は俺の方で造りますので、営業が始まったら、月に一度売上の十パーセントを賃貸料として納めるという方法でどうでしょうか?」
つまり売歩ね。
「なるほど、それは良心的ですね。売上からのパーセントとなれば、売上不振に陥っても、経費としては大きくはないということですね」
「その通りです、こちらとしても長く経営して貰えることが一番ですので」
「なるほど」
「ただ、あくまでメルラドの国営店舗として経営してください」
ここが重要な所だ。
「それはどうしてでしょうか?」
「ここで商売をしたがる商人が多いので、個人としては出店出来ないことをアピールする為です」
「そういうことですね、畏まりました、その様にさせて頂きます」
「では、外装や内装など要望があったら教えてください」
「何から何まで、ありがとうございます」
「いえいえ、こちらにも理のある話ですので、お互い様ですよ」
「いやいやまったく、島野様には頭が上がりませんよ」
気にしないでくださいな。
これで、更にサウナ島が大きく発展していくぞ。
まだまだ手は緩めませんからね。
フフフ・・・
その後、アンジェリっちと、リチャードさんとは、喧々諤々打ち合わせを重ね、遂に着工の日を迎えた。
建設には、マークとランドも協力してくれることになった。
なんでも、もはや彼らがいなくとも仕事が充分に周るようになっており、体が訛ると彼らから申し入れがあったぐらいだ。
当然俺は許可し、久しぶりの旧大工班での建築作業となった。
勝手知ったる仲ということもあり、建設作業は着々と進んでいった。
これまでの建築技術が集まった、最高のテナントとなった。
アンジェリっちとリチャードさんは、気になって仕方がないのだろう、何度も現場視察に現れた。
遂に外装ができあがり、まずは内見を行うことになった。
リチャードさんからは特にこれといった意見はなかったが、アンジェリっちからはやはり拘りの意見が多く出され、美容室の建設がいかに大変なものであるのかを思い知らされた。
お客様への気遣い、スタッフの動線、作業のし易さなど、その要望は多岐に渡った。
また、これまでのお店とは違い、シャンプーは水洗式となる為、慎重にことは進められていった。
シャンプー台の場所はあえて薄暗くなるようにし、カット台の場所は明るく髪色がしっかりと分かる様にと、注文は多い。
しかし、それを全てクリアしていくことは、お客様満足度に直結する為、妥協は許されない。
俺はマーク達と、試行錯誤を繰り返しながらも内装を仕上げていった。
最後にマリアさんに発注し、内外装のデザインを完成させた。
マリアさんのひと手間が入るだけで、グッと完成度が増したのは言うまでもない。
アンジェリっちも納得の、美容室が出来上がっていた。
サウナ島に新たな息吹が芽生えつつあった。
美容室の建設を行いつつも神様ズとの神気減少問題の、解決策についての話し合いが行われていた。
場所は事務所の会議室、これまでの神様ズに加えて、アンジェリっちも参加している。
「それでは会議を始めようと思います」
自然と会議の進行役は、俺が務めることになっていた。
神様ズは各々好きな飲み物を飲みながら、砕けた雰囲気になっている。
それにしても神様ズは総勢九名となり、今後もどれだけ増えるのか楽しみである。
ちなみにガードナーさんは含まれていない。
「まずは先日、俺はオリビアさんからの申し入れもあり、エルフの村に行くことになりました」
全員を見回す。
皆ちゃんと話を聞いている様子。
「そこで、アンジェリさんに神気減少問題を説明し、お地蔵さんを設置することになりました」
みんなの前では、アンジリっちと呼ぶのは憚られる。
「ちょっと待ってくれお前さん、この中でエルフの村に行ったことがある者は、外におるのか?」
ゴンガス様が横やりを入れた。
周りを見回すが、誰も手を挙げていない。
「俺とオリビアさん、アンジェリさん以外は、いないということですね。せっかくですから後で、皆でエルフの村に行ってみましょうか?」
百聞は一見に如かずと言うからね。
「そうだの、見てみたいのう」
「儂もそう思うぞ、肌で感じた方が早えな」
「そうね」
と、賛同のようだ。
「話を戻しますが、エルフの村は外の街とは違って、村を正八角形で囲む柵が設けれらています」
「正八角形の柵だと?」
「ええ、現地で見てください、その中心には大樹があります」
「島野、話の腰を折ってすまねえが、その大樹ってのはどんな木なんだ、それが重要なんじゃねえのか?」
「アンジェリさんお願いします」
アンジェリっちに、話を振った。
「エルフの村に大昔からある大樹で、樹齢二千年とも言われてる大樹じゃんね、エルフの村のシンボルとも言えるわね」
「島野の話だと、その大樹が鍵なんだろ?」
これはあくまで俺の推測だ。
「だと俺は考えています、ただ皆さんも感じているとは思いますが、ここサウナ島でも同じ現象が起きました、それには世界樹が関係しているものと思われます」
「するってえと、正八角形と大樹、もしくは世界樹が無いと、神気は発生しねえということだな」
五郎さんが話を纏める。
「今の所そうなります、ただこの正八角形には何かしら意味があると考えています」
「どういうことなんだ?」
「日本でも、正八角形には意味があると言われていて、魔を払い、聖を受け入れると言われているんです」
「ほう、そんなことが」
「それと同じことがエルフの村でも、言い伝えられているという話です」
「そうか島野よ、その大樹だが、アイリスさんに聞いたら、話が早いんじゃないのか?」
ゴンズ様の鋭い一言だった。
その手があったか・・・またやっちまったな。
なかなかに俺は抜けている。
こうも近い所に専門家が居るってのに・・・
「そうしましょう、彼女にも同行して貰いましょう」
「じゃあ早速いくかの?」
せっかちなゴンガス様は、既に立ち上がろうとしている。
「そうしますか」
俺達は連れ立って、エルフの村に行くことになった。
俺はアイリスさんに声を掛けて、これまでの経緯を話し、同行して貰うことにした。
アイリスさんは、大樹に出会えると嬉しそうにしていた。
エルフの村に着くと、神様ズは纏まりなく、各々好き勝手に見学し出していた。
まったく自由奔放で困った人達だ。
神様ズは団体行動には向かないな。
「アイリスさん、あの大樹です」
「ええ、あの子ですね」
と微笑を浮かべるアイリスさん。
大樹に向かい俺達は歩を進める。
たどり着くと、アイリスさんは大樹に触れて目を瞑り集中した。
数分間の間、その状況は続いた。
ふと手を離し、俺に向き合うアイリスさん。
「この子は立派に育ってますわ」
「といいますと?」
「私達樹木は、それぞれ意思を持っています。だいたい千年ぐらい経つと、その意識ははっきりとしだして、強い意思を持ち出します」
樹齢千年経つと意識が強くなるのか・・・
「この大樹は強い意思を持っている、ということなんですね」
「そうですこの大樹の意思で、このエルフの村を守っているということですわ、この子はどうやらエルフ達が大好きなようですわ」
「そうですか」
隣に並ぶアンジェリっちが、膝を付いていた。
「そんな・・・この大樹に私達はずっと守られていたんですね・・・なんてこと・・・知らなかった・・・そんな言い伝えはなかったのに・・・」
どうやらアンジェリっちは知らなかっただけでなく、大樹が村を守っていることは、言い伝えでもないことのようだった。
アンジェリっちは、大樹に向かって手を合わせている。感謝の念を伝えているのだろう。
更にアイリスさんが口を開く。
「この村には魔獣は近寄れないと思いますわ、それに正八角形の枠が壁となっているので尚更でしょう」
「壁ですか?」
「そうですどうやらこの子の意思で、枠を壁に見立てて、結界を形成しているようですわ」
「なるほど、ちなみに枠が無いと結界はどうなるんですか?」
「無くても結界は張れますが、ここまでの強い物は張れませんわ」
枠があった方が、結界が張りやすいということか・・・正八角形が目印になっているということなのだろうか?
「では、お地蔵さんはどうなんでしょうか?」
お地蔵さんが重要ポイントだと思うのだが・・・
「これは、少々説明に困るのですが、このお地蔵さんにも意思が宿っていますので、それと共鳴しているという事が、わかり易い説明になると思いますわ。それはサウナ島でも同様ですわ」
「お地蔵さんにも意思があると・・・」
物質にも意思があるのか・・・
「正確には、造った守さんの意思が宿っている、と考えた方が良いかもしれませんわね」
「俺の意思・・・」
確かに俺はお地蔵さんを造る時には、感謝の念を込めて造っているが、その意思が宿っているということなんだろうか・・・
正に八百万の神だ。
世界の様々な現象や、存在する全ての物に神の意思が宿っているということ・・・
「ちなみにアイリスさん、この正八角形には意味があるんですか?」
「これは、正八角形が結界を形成しやすい形だからですわ」
「そういうことなのか・・・」
樹齢千年以上の意思のある大樹が、お地蔵さんの意思と共鳴し、神気を発生させているということ、更に魔獣を寄せ付けない役割も担っているということか。
これは簡単には横展開はできないな・・・
まずはここエルフの村と、サウナ島での神気が増えただけでも、よしとするしかなさそうだ。
少し残念だがしょうがない。
まずは散り散りばらばらになっている、神様ズを集めなければならない。
ほんとにあの人達は、自由奔放というか、纏まりがないというか・・・
なんとか全員を集めるのに、三十分近くかかってしまった。
あー、無駄な時間を過ごした。
騒ぎ立てる生徒達を纏める先生の気分だ。
俺はこれまでのことを神様ズに伝えた。
「するってえと島野、お地蔵さんはともかく、樹齢千年以上の大樹を探さねえとならねえってことだな」
「そうなりますが、心当たりのある方はいますか?」
あればありがたいのだが・・・
「ないわね」
「ないな」
「儂もないな」
と心当たりのある人はいなかった。
「まあ、原因が分かったんだから、今日は良しとしようや」
そうするしかなさそうだ。
「これを言い出したら終わるしかねえぞ、島野」
ですよね。
「そうですね・・・帰りましょうか?」
「まずはエルフの村と、サウナ島の神気が濃くなったことだけでもよしだな」
五郎さんに肩を叩かれた。
「そう言ってくれるだけで、ありがたいです」
俺達はサウナ島に帰ることにした。
そこからは流れ解散となり、俺はスーパー銭湯に向かった。
サウナに入って、気分を変えようと思う。
僅かだが、神気減少問題がまた一歩前進したことには変わりは無い。
今はこれを喜ぶとしよう。
それにしても先が見えないな・・・
神気の減少問題、どうにも根が深そうだ。
それに何かしらの意思を感じるのだが、気の所為だろうか?
美容室のオープンより先だって、エルフの村の薬草の販売は、既にスーパー銭湯の一角のブースにて、販売を開始している。
これまで薬草はこの世界ではあまり見かけなかった物だったこともあり、販売は順調に行われているようだった。
薬草は特に傷薬がよく売れているようだ。
こちらに関しては、賃貸料金は貰わないことになっている。
カナンのハチミツブースと、コロンの牛乳ブースと同じである。
ブースはあくまでスーパー銭湯の一部という位置づけだ。
従ってお店では無い。だから賃貸料は頂かないということ。
店内屋台といったところだ。
島野商事としても、置き薬として、傷薬を何個か購入させて貰った。
社員が怪我をした時には、これを使って貰おうと思っている。
これでアイリスさんが世界樹の葉を配るという、暴走を疑う必要はなくなりそうだ。
そして、エルフの村に少しずつだが、お金が流通し出している。
アンジェリっちが、
「エルフの村に行商人が来てくれた」
と喜んでいた。
だがまだエルフの村にはお金が少ない為、物々交換から始めているらしい。
エルフ達は、主に食器類や陶磁器などを購入しているようで、エルフ達からは自生しているキノコや、山菜などが交換されているようだ。
この自生しているキノコや山菜の目利きは、エルフの伝統的な知恵で、他の国では無い知識だ。
やはり、エルフの伝統は役立つものであったと感じる出来事だった。
恐らく数ヶ月もすれば、エルフの村にもお金は更に流通するであろう。
アンジェリっちがエルフの族長と話し合い、今後は金銭を持つ者達は、優先的に村の中でも金銭を使うように、することにしたと話していた。
これまで世界から取り残されてきたエルフの村も、今後大きな変革が訪れることになるだろう。
だが良き伝統は続けて欲しいと、俺は切に願うのだった。
それに温故知新という言葉もあるしね。
そして遂に美容室と服屋の建設が完成した。
両店同時にオープンをするのは、お客様渋滞になるのではないかと、まずはメルラドの服屋からオープンすることになった。
サウナ島としてもお店のオープンには全面協力しており、至る所に服屋のオープンを宣伝してきた。
オープン初日には、メリッサさんもお忍びで見学に来ていた。
国営店なのだから気になるのは間違いないだろう。
お忍びでは無く、普通に来ればいいのにと俺は思ってしまったが。
まだまだメルラドの旧体質は変わらないようだ。
なんとも嘆かわしい。
オリビアさんも血気盛んに、お店のお手伝いをしている。
オリビアさんは結構な接客上手で、彼女が服を薦めると、ほとんどの客が服を購入していた。
小声で歌って買う気にさせて無いかと俺は疑ったが、そんなズルはしていなかった。
女神から勧められたら断れない、ということなのだろうか?
こちらの方が彼女にとっては、転職ではないかと思えるほどだった。
お客達は男女年齢問わず、服の購入を楽しんでいた。
リチャードさんは終始ニコニコしており、三日間で金貨五十枚も売上が上がったと喜んでいた。
今はメルラドの服飾職人総出で、服やスカート、ズボン等を製作しているらしい。
様子を覗きに来た、服飾職人のカベルさんも、忙しくなったと漏らしていた。
このカベルさんだが、いくつか参考になるであろうと、俺は日本の服やズボン等を渡し、外にも印刷した服飾の資料を大量に手渡したところ、感動して涙を流しながら感謝されてしまった。
職人魂に火が付いたと、精力的に服飾製作に励んでいるようだ。
そして服飾ではないのだが、良く売れた物として、実は布団が上げられる。
俺がカベルさんに提供した、綿や麻がここにきて、生きて来たと言ってもいいだろう。
布団はこれまで、葉っぱを詰めた物がこの世界の主流だったらしく、これならば長く使用できると驚くほどに売れていた。
この布団だが、実は社員寮には完備しており、社員達からこれは素晴らしいと言われていたので、カベルさんには、絶対売れるから大量に製作する様にと前もって話していたのだ。
今のカベルさんは服飾製作以外の時間を、寝具のマット開発に励んでいる。
これは俺の入れ知恵なのだが、見逃して欲しいと思う。
やはりふかふかの布団と、マットで睡眠は取りたいのである。
今後のカベルさんの働きに期待したい。
マットにはバネが必要なのだろうか?
難しいことろである。
そして、アンジェリっちの美容室だが、俺はここで要らない世話を焼くことになっていた。
それは何かというと『オゾンセラピー』を導入したことだった。
オゾンとは、原子記号としてはO3となる物質で。
このオゾンの生成には高電圧による放電によって、酸素と結合してできる物質だ。
厳密には陰極に黒鉛電極、陰極に白銀電極を用い、希硫酸を電子分解することによって陽極から発生した気体が、酸素と混合気体として生成されるという仕組みだ。
これを俺はなんとか再現し、オゾンの生成に成功した。
このオゾン発生装置を作るのはなかなかにして困難だった、というのも希硫酸なんて物はどうやっても手に入らない。
そこで高電圧を自然操作の雷に変え、神石に付与し、酸素と結合することによって、オゾンが発生した。
オゾンは独特な臭いを発するため、成功したのは直ぐに分った。
酸素は二酸化炭素ボンベの応用で、空気中から酸素を神石で取り込んで、酸素ボンベを作製した。
これによってオゾンが生み出されたのだが、これには俺の思惑が含まれている。
俺が日本で懇意にしている美容室があり、そこではこの『オゾンセラピー』を用いた施術を行っている。
俺は今でも月に一度は通っているのだが、ここで行われているオゾンのサービスは、格別に良い物だ。
それまでは特に俺は拘ることなく床屋で髪を切って貰っていたのだが、年齢的にもそろそろ薄毛を気遣う必要があるかと、何気なくネットで調べてみたところ、家の近くにこの美容室があることを知った。
興味本位で訪れた俺だったが、この『オゾンセラピー』に俺はド嵌りした。
何よりもこのオゾンを使用したシャンプーがとても気持ちが良く、俺を虜にした。
オゾンがどれだけ髪に良いのかは、俺にはよく分からなかったが。
始めて俺がこのオゾンでのシャンプーを行った際に見せて貰った、毛穴や髪についていた汚れを見せられた時には、驚くほどの感動があったのを、俺は今でも覚えている。
聞くところによると、このオゾンは結構万能で、毛穴の汚れや髪の汚れを落とすだけでは無く、パーマや髪色の定着にまで役立つ物だということだった。
このオゾンを使用した『オゾンセラピー』がアンジェリっちもとても気に入り、シャンプーなどに使用することになった。
施術に一手間かかる為、時間効率は悪くなるのだが、お客様満足度が格段に上がると喜んでいた。
アンジェリっちは何度もモニターを募集し、オゾンセラピーの特訓をスタッフと共に行っていた。
それを俺は監督し、偉そうにあーでもない、こーでもないと意見をしていた。
勿論俺も何度もモニターになり、髪がサラサラになっていた。
この美容室が流行るのは、もはや疑いようはないと言える。
実際オープンを待たずに予約が殺到し、既に二週間先まで予約で埋まっているということだった。
そして、シャンプーやトリートメントのみならず、化粧品も美容室で販売することになっており、こちらでも大きな売上が立つことは明らかだった。
化粧品のランナップは、ファンデーションや口紅、化粧水や乳液、化粧筆など、エルフの村産の優れ物だ。
化粧には興味がなさそうなゴンまで、化粧品が気になるとぼやいていた。
女性の美に対する追及心は、並大抵のことでは揺るがない。
それを体現している塩サウナは、女性人気が半端無い。
女性の塩サウナの塩の減り具合は、男性の塩サウナの倍は減っている。
塩での擦り過ぎは返って良くないので、ほどほどにして欲しいと思うが、そうともいかないようだ。
個人的には三日に一度程度が良いと思っている。
アンジェリっちも、塩サウナにド嵌りしているようだった。
シャンプー等はスーパー銭湯で販売することも可能ではあったが、敢えてそれは行わず美容室に客が向くようにした。
これ以上の儲けは要らないのである。
充分に稼がせて頂いている。
本音としては、これ以上欲張ることは気が引けるということだ。
それよりも、美容室、服屋の相乗効果で、スーパー銭湯の客数が伸びてきていることで充分満足ができている。
これでエルフの村にも更にお金が流通することになるだろう。
あとは時間の問題だと思う。
サウナ島の満足度は更に向上したと言える。
嬉しい限りだ。
実は、この美容室の並びに、アイリスさんが熱望した、野菜の販売所を設けている。
造りは至ってシンプルで、ただの掘っ立て小屋といってもいいぐらいの物なのだが。
これもマリアさんが、内外装の仕上げを行うことで、洒落た外見の建物となっていた。
とは言っても八百屋さんに変わりは無いのだが、見た目がお洒落なので、上品な感じに見えてしまう。
ここではサウナ島産の野菜が売られているのだが、金額は五郎さんやゴンガス様の所に卸している金額よりも、高めに設定している。
五郎さんやゴンガス様の所で買い取って貰っている野菜の量は多い為、ここでの金額は同じという訳にもいかない。
それに転売を防ぐ為にも、あえて値段を高く設定する必要があると考えた。
それでも転売が行われるかもしれないが、その先は規制しようがないのでしょうがないと思う。
そしてこの八百屋の野菜も、大変よく売れている。
一番よく売れているのは、玉ねぎ、人参、ジャガイモといった定番野菜を中心に、ダイコンやキャベツなどがよく売れている。
こうなってくるとアグネスの野菜は廃止になるかと思われたが、根強く販売が出来ているということだったので、彼女からのギブアップ宣言がなされるまでは、続けようと思っている。
アグネスは最初の取引先だから、無くなるのはちょっと寂しい。
本当は、調味料系の品物を販売しようかと思ったが、欲張り過ぎだと止めておいた。
それにマヨネーズなどは、賞味期限が分からない為、躊躇するところでもあった。
そして俺としてはありがたいことにこの八百屋の隣に、ゴルゴラドの魚介類を扱う魚屋が造られることになった。
ここもゴンズ様の店という位置づけになっている。
これは俺からゴンズ様に持ち込んだ話で、少しでも販路が増やせるならと、あっさりと許可してくれた。
この魚屋にはたくさんの生け簀があり、生の魚や貝、海老や蟹などの魚介類が販売されている。
ありがたいことに、その場で魚を絞めたり、三枚下ろしにしてくれるサービスもあり、利用者は大いに喜んでいた。
スーパー銭湯の仕入れにも役立っており、こちらとしても大助かりだ。
今は蛸の養殖に取り組んでいるゴンズ様としては、ここで大きな蛸を売れるようになりたいと、鼻息荒く話していた。
これを機にたこ焼きの屋台でも始めようかと思ったが、他の商人の目もあるので止めておいた。
現在のサウナ島にはスーパー銭湯を始め娯楽施設が、揃っている。
そして、八百屋を始め、美容室や服屋、魚屋も有る為、これまでとは違う、買い物目的にサウナ島に来る人達が多くなった。
これまでにない新たな目的である。
もはやこのサウナ島は村ではなく、街の規模になりつつある。
そうなってくると軽微な犯罪などが発生するものなのだが、そういったことは全くなかった。
やはり神様ズの目を欺くことは、なかなか難しということなのだろう。
エンゾさんに至っては、人選の目が肥えて来たと、自慢気に話していた。
大変ありがたく思う。
神様ズにとっても、このサウナ島での交流は楽しいものであるようで、又、自分の懐も温かくなると喜んでもくれている。
本当のところは、自分のところの住民が満足そうにしているのが、嬉しいのだろうことは俺も分かっている。
なんとも慈悲深い人達である。
そして遂に大きな買い物をすることになった。
先日レケから
「ボス、船がもう一隻欲しい」
と言われた。
俺は船の購入を即決した。
その翌日には、ゴンズ様に会いに行き、船大工を紹介して貰った。
船大工の棟梁は魚人のクエルさん、捩じり鉢巻を頭に巻いた、これぞ大工の棟梁といった魚人さんだ。
「ゴンズ様の紹介とあっちゃあ無下にもできまい」
と快く船を作ることを快諾してくれた。
そこで俺は、これまでの帆を扱う船では無く、魔石と神石を利用した、新たな動力源にて動く船を提案させて貰った。
クエルさんは
「そんなもんできっこねえ!」
と当初否定的であったが、船の構造やプロペラに関する知識を話し、スケッチを交えながら話を進めていくと、どんどん身体を前のめりにさせて、最後には
「俺に造らせてくれ!」
と逆にお願いされてしまった。
こうなってくると俺も面白くなってきてしまい、俺は連日クエルさんのところに入り浸っていた。
プロペラの作成をゴンガス様に依頼しにいくと、
「今度は何を造るんだ?」
「船ですよ」
「船か!どうせお前さんの造る船はまともではなかろう、儂にも一枚噛ませろ」
とゴンガス様も仕事そっちのけで、クエルさんの所に入り浸った。
クエルさんも最初はゴンガス様に低姿勢であったが、作業をしていく中で親しくなり、今では打ち解けているようだ。
俺にとってはこの二人は良い遊び仲間、といったところだ。
船を造る作業は楽しく、おれも連日作業場に来るのが楽しくて、時間を忘れて熱中していた。
何かを造ることは楽しいと、改めて思った。
そして、遂に船が完成した。
嬉しさもあるが、寂しさもあった。
遂に出来てしまったのかと。
残念ながら楽しい時間はお終いのようだ。
出来上がった船を眺めて見る。
これは船というよりは、大型のボートいや、中型のクルーザーと言った方が正しいのかもしれない。
船の骨組みは木を多用しているが、鋼板などは万能鉱石で鉄を使用することにした。
耐久性を重要視したということだ。
この船の建設にはゴンガス様も大興奮で、
「やはりお前さんの異世界の知識は面白いのう、ガハハハ!」
と楽しんでいた。
クエルさんも
「こんな船は始めて造ったぞ!」
とご満悦だった。
レケの求める船とは何だったのだろうかと、俺はこの時始めて気づいた。
それだけ夢中になっていたということなんだろう・・・
またやっちまったか?
まあ、どうにかなるだろう。
入船式が行われようとしていた。
見学にきたゴンズ様に
「おまえ何を造ったんだ?」
と言われてしまった。
「船ですよ」
「ふざけるな、こんな船は見たことがないぞ」
「と言われましても・・・」
「まあ、島野が手を加えた時点で、こんなことになるとは思ったがな」
こんなことって・・・
「ハハハ」
俺は笑うしかなかった。
「さて、どんなことになるのか楽しみだな、俺も乗せてくれ」
と興味深々のゴンズ様。
「もちろんですよ」
このクルーザーを漁師の神様はどう思うのか・・・
クエルさんの指示の元、船大工達がクルーザーを海に移動させている。
クルーザーが丸太の上に載せられて、海に近づいていった。
クルーザーは無事に海に辿りつき、海に浮かんでいた。
俺達はクルーザーに乗り込んだ。
このクルーザーの最大収容人数は三十人、俺とゴンガス様とクエルさんと、そのクエルさんの弟子の船大工が五名、後はゴンズ様が乗り込んでいる。
俺は操縦席に乗り込み、左手にはハンドルを握り、右手を動力源となる神石を握り締めている。
この神石がパイプに繋がっており、クルーザーの後ろ下部から風が流れ、スクリューを回転させるという構造となっている。
「では出発進行!」
俺は宣言し、進行方向を指さした。
一度言ってみたかったんだよねこれ。
神石に神力を流し込む。
自然操作の風がスクリューを回し、船がゆっくりと前に進みだした。
「おお、動きだしたぞ!」
クエルさんが興奮している。
「お前さん、これは成功なのか?」
「どうでしょうか?もう少し様子を見ましょう」
俺はクルーザーを沖に進めた。
速度は順調に上がってきている。
俺はハンドルを操作して、船が左右に動くことを確認した。
その度に
「おお、曲がった」
「いいぞ、いいぞ」
「こんな簡単に・・・」
と声が上がる。
船は更に速度を上げた。
「おいおい、何処まで早くなるんだ?」
「凄い、ここまでの速度の船は始めてだ!」
「ばらばらにならないのか?」
と興奮度は上がっている。
俺の体感としては時速八十キロぐらいだろうか、これぐらいがちょうどいいかと神力を調整した。
「島野、お前やりやがったな!」
ゴンズ様に肩を叩かれた。
「お前のせいで漁が変わっちまうぞ、それにこの速度なら、海の流通も変わっちまうんじゃねえか?」
「でもこれは多分俺の能力無くしては造れないかもしれません、増産出来るかどうかはクエルさん次第かと思います」
「そうか・・・まあクエルならやってくれるだろう」
「期待してます!」
「にしても、お前って奴は・・・」
呆れられてしまっているようだ。
確かにゴンズ様の言う様に、漁が変わるとは思う。
だが、転移扉がある今、海の流通は変わるのだろうか?
それにしても塩風が気持ちいい、これはもはやクルージングだな。
日本ではクルージングを体験したことは無いが。資産家達がクルージングを楽しむ気持ちが何となく分かった気がする。
クルージングか・・・こちらの世界でもウケるのだろうか?
まあ、まずはこの船はレケに渡すつもりだから、クルージング用の船はまた別の機会に考えようと思う。
「運転変わりますか?」
「待ってたぜ!その一言をよ!」
ゴンズ様は我先にと、操縦席に座った。
俺は見振り手振りを交えて、クルーザーの操作方法を教えた。
「よし、じゃあ飛ばすぜ!」
と一気に速度を上げるゴンズ様、まるで子供の様にはしゃいでいる。
二十分もすると、
「これはいけねえ、神力を使い過ぎた。交代だ」
と今度はゴンガス様が操縦席に座った。
こちらに関しては、船の構造を熟知している為、操船方法の説明は不要。
「儂も飛ばすぞ!」
とクルーザーの操縦を楽しんでいた。
次はクエルさんの番だ。
ここからは魔石を使用することになる。
気になるのはどれぐらいの魔力が必要かということだ。
「やっと出番が回ってきたな」
と腕に力を籠めるクエルさん。
「出発進行!」
と腕を振り上げている。
やっぱり言ってみたいよね。
その気持ちはよく分かる。
「島野さんよ、これは思いの外、魔力の消費が激しいみたいだ」
ものの数分でクエルさんはへばってしまった。
「問題は燃費ということですね」
「そのようだ、魔力量が多い者ならいいが、俺のように並みの魔力量の者には、ちょいとしんどいな」
そうなるか・・・まあレケは聖獣だから魔力量は多いからいいが、他の漁班の者達にはきついかもしれないな。
魔力回復薬を使う手もあるが、そこまでする必要性を感じない。
この燃費の悪さは改善できるようにしないといけない。
だがひとまずはこれで良しとしておこう。
俺達は港へと帰ることにした。
ゴルゴラドの港に着くと、俺はクルーザーごとサウナ島に転移することにした。
「島野、神力を使い過ぎたから、今日はサウナ島に泊まらせて貰うぞ」
「遠慮なくどうぞ」
「お前さん、儂も泊まるぞ」
「好きにしてください」
最近では、例の正八角形の配置事件以降、神力が不足気味の神様ズが、サウナ島に宿泊することが増えた。
寮の空き部屋を使って貰っているのだが、オリビアさんに関しては、相変わらずロッジの一室を占領している。
たまにアンジェリっちも、その部屋を使っているということだった。
当然神様ズからは宿泊費は貰ってはいない。
神気補給にそうしているのだから貰う訳にはいかないだろう。
クルーザーをレケに見せると、
「ボス、なんて船を造ってくれたんだ、面しれえ!」
と大興奮していた。
レケはクルーザーを試運転してみると、
「すげえ早え!何て馬力だ!」
と大騒ぎ。
魔力量が多いレケには特に問題がないようだ。
これを聞きつけた、ノン達聖獣とギルは、クルーザーの運転を楽しんでいた。
皆なクルーザーを操作するのが楽しいようで、終始操船を楽しんでいた。
マーク達も運転を楽しんでいたが、短時間しか運転できないと少し残念がっていた。
魔力量の問題は今のすぐには解決できそうもない。
一先ずの改善案はあるが、今のすぐには実行する気にはならない。
今はこのクルーザーで遊べればいいと思う。
結局レケが船を欲しがった理由は、追い込み漁がしたかったからで、速度の速いクルーザーは理に敵っていた。
俺は少しほっとした。
またやらかしたのではないかと、内心では冷や冷やしていたからだ。
今では午前中の畑作業をやらないレケは、午前中にはクルーザーを使って、追い込み漁を行っている。
昼からはこれまで通り、養殖場に入り浸っていた。
この追い込み漁ができる様になったことで、漁獲量は大きく上がっており、今ではスーパー銭湯の大食堂にある生け簀には、充分過ぎるほどの魚や海老、蟹がいる。
まるでちょっとした水族館のようだ。
よく子供達が、魚を眺めているのを見かける。
ゴンズ様からは嫌味の一つも言われるかと思っていたが、そんなことはなかった。
それよりもレケが頑張っていると、陰ながらレケを褒めていた。
昼からはクルーザーが使えると、クルーザーは皆のおもちゃになっていた。
ただしあまり沖の方にでると、海獣がでるといけないので、島から目の届く範囲で航行する様に注意はしてある。
念の為、クルーザーには通信の魔道具を装備している。
何かあった時には、直ぐに俺のところに知らせが入る様になっている。
皆が皆、新しいおもちゃに夢中になっていた。
これを見るに、クルーザーではなく、ジェットスキーを造ったほうがよかったかもしれないと思ったが、それはまたの機会にしようと思う。
今回の件で、自分が物造りが好きだということが再確認できたこともあり、今はサウナ島に工房を造ろうと考えている。
というのも、実はゴンガス様から
「お前さんの異世界の知識でもっといろいろと造ってみたくなった、次は何を造る?」
と悪魔の囁きのような一言を受け、俺は魂を売り渡すかの用に、
「次は自転車なんてどうですか?」
と答えてしまっていた。
「じゃあ何処で造る?」
とノリノリなゴンガス様は、俺を急かせてくる。
「せっかくなので、サウナ島に工房を造りますか?」
「工房か?いいのう、儂の竈も造ってもいいか?」
「どうぞどうぞ」
「そうか!ガハハハ!面白くなってきたのう!」
と有頂天なゴンガス様。
ゴンガス様に乗せられたことは分かっているが、気にしないことにした。
ゴンガス様は悪巧み仲間だな。
でも楽しそうだから気にしない。
寮の隣の森を開墾し、工房を造ることにした。
大きさとしては百坪程度、これぐらい広ければ十分だろう。
平屋の大きな倉庫のイメージ、ただゴンガス様の窯も設置予定の為、木製という訳にはいかない。
こうなってくると一番最適なのはレンガだ。
万能鉱石でレンガの材料となる、粘土や長石を準備し『加工』でレンガの出来上がり、まったくもってチートが過ぎる。
本当は寝かせて、乾燥させる必要があるし、焼成しなければならないが、これを俺のレンガの完成イメージを加えるだけで、レンガができてしまう。
時短にもほどがある。
でも出来てしまうからには、使わない理由はない。
俺はゆっくりとゴンガス様と適当に時間を潰しながら、工房を造ろうかと考えていたのだが、基礎を造り始めた時には、すでにマークとランドは手伝う気満々だった。
それに何を島野はまた始めたのかと、休日の従業員やら、挙句の果てには、ランドールさんの所の大工達まで、手伝いに現れた。
自分の休日を優先してくれと俺は言ったのだが、自分の意思で手伝っているのだから好きにさせてくれと言われる始末。
そこまで言うのなら、その好意は受け取るしかなかった。
俺の出来る最大限のお返しは、昼飯と晩飯を奢ることぐらいしかなかった。
まったくもってありがたい話である。
結局レンガ造りの工房は、ものの一週間で建設作業が完成してしまった。
そして、ここからはゴンガス様のターン。
鍛冶用の窯を造っていく。
ゴンガス様の指示の元、釜が作り上げられていく。
窯の作成にはゴンガス様の弟子も手伝いにきていた。
この弟子たちの昼飯や晩飯も、なぜか俺が奢ることになってしまったのだが、それはご愛敬。
完成した窯は素晴らしい出来で、ゴンガス様曰く、
「儂の作業場の窯よりも良い窯が出来てしまった」
とのことだった。
理由は簡単で、俺の能力をフル稼働したからだ。
特に『合成』は大いに役立ち、隙間という隙間を埋めたことで、窯の内部の熱伝導率が高くなったからだろう。
後は適当にテーブルや、作業台をいくつか作成し、工具をどんどん造っていった。
ゴンガス様からも、鍛冶で使う工具をいくつも造る様に強請られ、結局はほどんど俺の造った工具類で埋め尽くされることになった。
費用としては万能鉱石で金貨五百枚ぐらいかかったが、気にしなくていい出費と言えた。
それぐらい今の島野商事は潤っている。
そしてこの工房は『赤レンガ工房』と呼ばれる様になった。
そのまんまだと思うが、いつの間にか誰かが言い出した。
そして、自転車造りを始めた。
俺のイメージとしてはマウンテンバイク。
舗装が行き届いていない異世界で、自転車を乗るにはママチャリでは心もとない。
そうなると、頑丈でオフロード仕様となるマウンテンバイクは最適だと考えた。
まずは部品の一つ一つを万能鉱石から造っていく。
それをゴンガス様に見せて、同様の物をゴンガス様が鍛冶作業で造っていく。
タイヤのスポーク、タイヤ外縁、チェーンと、チェーンホイール、ペダルそしてフレームとハンドル。
フレームの素材はもちろんカーボンを使用した。
しなやかで丈夫な素材となるとこれしか思いつかない。
ゴムを『加工』でタイヤを造り、椅子にはジャイアントボアの皮を使用した。
タイヤは太く、分厚めに造る。
勿論タイヤの溝も深い。
ゴンガス様も負けてはいない、再現性が高く、同様の部品がどんどん造られていく。
調整に手古摺ったのはブレーキだ、ブレーキに繋がれているワイヤーが長すぎたり、短すぎたりして上手く纏まるのに試行錯誤を繰り返した。
それでも何とかマウンテンバイクが完成し、まずは試運転しようと、俺とゴンガス様は、それぞれが造ったマウンテンバイクを走らせることにした。
俺としては自転車に乗るのは何年ぶりになるのだろうか、四十年以上は乗っていないような気がする。
でも体は覚えているだろうと、安易に乗ってみることにした。
サドルの高さを調整し、一番漕ぎやすい高さに調整。
意を決してペダルに足を掛けた。
一気に漕ぎ出してみると、普通にマウンテンバイクに乗ることができた。
「おお!乗れてる!」
思わず声に出してしまっていた。
ゴンガス様は案の定マウンテンバイクから転げ落ちていた。
「お前さん!上手く乗れないぞ!」
と騒いでいる。
俺はゴンガス様を外っといて、久しぶりの自転車の感触を楽しんでいた。
風を切って走る、気持ちいい。
子供の頃に自転車に乗っていた感覚を、身体が覚えていたようだ。
俺は立ち漕ぎをして全速力でペダルを漕いだ。
早い!こんなに自転車って早かったか?
悪道でも簡単に乗り越えて行くマウンテンバイク。
もはや俺を止めることは出来ない。
久しぶりの自転車は、思った以上に楽しかった。
その後ゴンガス様の所に戻ると五郎さんが居て、
「島野、なんで自転車があるでえ?」
「造ってみました」
「お前え!儂にも乗らせろ!」
と俺のマウンテンバイクを颯爽と操る五郎さんだった。
ゴンガス様はそれを見て悔しそうにしていた。
「なんで五郎が乗れて、儂が乗れんのだ?」
そんなこと知りません。
練習頑張って下さい。
結局マウンテンバイクに乗れるようになるのに、一週間以上を費やしたゴンガス様は、
「やっと乗れたぞ!」
と嬉しそうにしていた。
コツは下を見ずに前を向くことだと教えたのに、俺のいう事をまともに聞いてない結果がこれだ。
既にサウナ島にはマウンテンバイクは十台以上有り、それに乗りたいと多くの者達がチャレンジしていた。
流石というべきなのか、家の聖獣勢と神獣は既にマウンテンバイクを乗りこなしていた。
後は、従業員達の中でも数名がマウンテンバイクを乗り回している。
これは既にサウナ島に訪れる人達にも話題となっており、我先にとマウンテンバイクに乗りたがった。
このままでは良くないと、俺はヘルメットを作製し、安全に努めて貰う事にした。
素材はほぼゴム製の物となってしまったが、文句は受け付けない。
安全第一を貫き通すまでだ。
これで事故が起こってしまっては元も子もない。
さて、そんな俺の思惑とはかけ離れた所で、いったい誰が一番早いのか?を競う争いが始まっていた。
その様は俺からしてみたら競輪でしかない。
そして当然のように行われる、オッズに伴うギャンブル。
当然胴元は五郎さんだ。
今回も五郎さんが荒稼ぎすることになるのだろう。
そうなるならと俺も意を決して、マウンテンバイクの競技場を造った。
勾配があり、様々な障害があるレース場、せっかくならと会場を見回すように観客席も造ってみた。
そして、これが大いにウケてしまった。
俺はこれを喜んでいいのかどうなのかも分からぬまま、遂に決戦の日を迎えてしまっていた。
マウンテンバイクのレースが執り行われることになっていた。
参加者は五十名に絞られる。
まずは予選は十名を一括りとして行われることになっている。
予選を一位通過した者と、二位通過した者のみが、決勝戦に出られる。
参加基準はマウンテンバイクに乗れることと、飛行能力を持たない者に限定された。
ギルから抗議があったが、公平を規す為にはしょうがない事だと、言い聞かせた。
ギルは今回はテリーの応援に回ると渋々言っていた。
聞き分けがよくて大変助かる。
息子よ、すまん。お父ちゃんを許してくれ。
せっかくなら飲み食いして観戦したいかと、屋台を準備した。
食事は簡単な物しか用意しない。
おにぎりとサンドイッチだ。
飲み物はコーヒーとお茶と、ジュースとビールに限定した。
久しぶりの屋台だと、メルルは意気込んでいた。
ここでも目立ちたがり屋のオリビアさんが拡声魔法を受けて、レース実況をすることになっている。
参加者の絞り込みは悩んだ末、神様達の推薦ということにした。
これならば、文句は出ないと考えたからだ。
詰まる所、責任分担ということだ。
タイムトライアルも考えてみたが、ストップウォッチが無い為断念した。
競技場だが俺も何度か走ってみたが、我ながら嫌らしい造りになっており。一筋縄ではいかないコースになっていた。
レースでは、どこでどう仕掛けるのかが重要になるだろう。
勾配もあり、下り坂にはS字クランクもある。
ジャンプ台もあり、何処でも追い抜きが出来る様に、幅は充分に広く造られている。
安全にも気を配っており、コースの脇には網状のネットが張られている。
だが、支柱の柱は丸太になっている為、コースアウトして支柱にぶつかれば、それなりに痛い思いをすることになる。
レースのルールは簡単なもので、故意による魔法での妨害や、接触などは禁止であり、審判は神様ズが行うことになっている。
さて今回のレースだが、サウナ島の代表選手は、ノンとゴンとレケ、そしてテリーとマット君だ。
マット君は料理班のホープで、将来はメルラドに帰って食堂を開きたいという夢を持った青年だ。
マット君は働き者で、メルルも認める逸材だった。
マット君は魔人でそれなりのイケメン君だ。
五郎さんから、今回のレースのオッズが公開された。
観衆が注目している。
そして、騒めきが凄い。
はやり一番人気はノンだ、何と倍率は1.4倍、単勝のみのオッズでこれは凄いことになっている。
二番人気はゴンで三倍の倍率で、三番人気はレケで五倍の倍率だった。
三番人気まで全てサウナ島の者であることに、俺は鼻が高かった。
やはり聖獣勢は強い。
レースの順番は、くじ引きで行われることになっている。
レースの参加者が順番でくじを引いて行く。
ここで早くも予選でサウナ島選手による対決が、行われることになった。
ノンとゴンだ。
ある意味因縁の対決だ。
犬飯論争に決着はつかないが、初期メンバーの対決は見どころ満載である。
俺の予想はノンに分があると考えている。
スピードと体力の勝負となるとノンの方が一枚上手だろう。
ゴンには悪いが、身体能力的にもノンの方が高いと思う。
そして、予選が開始された。
観客席には、立ち見も見られるほどの賑わいとなっていた。
スターターは、ゴンズ様が行うことになっている。
まだ予選であるにも関わらず、観客席にまで緊張が伝わってきている。
観客席は満席だ、この世界の人達もお祭り騒ぎは好きなようだ。
是非楽しんで頂きたい。
レースってワクワクするよね。
十名の選手達が横一線に並び、スタートの掛け声を待っている。
観客席は静まりかえった。
ゴンズ様が手を挙げた。
一気に緊張感が増す。
「位置について、用意、スタート!」
一斉に動き出す選手達。
観客席から声援が挙がる。
先頭を走る選手が、始めの直角カーブに差し掛かっていた。
横滑りのドリフト走行を見せている。
「おお!」
「まさかのドリフト!」
「あいつすげえ!」
観客席が熱気に溢れる。
すると、後続で接触事故が起こり、三名が転んでいた。
これは早くもリタイヤかと思ったが、起き上がってレースに復帰していた。
無事に済んでよかった。
やれやれだ。
レース復帰した選手達への歓声が起きていた。
オリビアさんの実況も熱を帯び始めている。
このペースで決勝まで持つのか?というほど熱が入っていた。
その実況に当てられて、観客は更にヒートアップする。
自分の街出身の選手達に対する声援が凄い、中には横断幕まで持参している者もいた。
気持ちはよく分かる。
俺も身内に活躍して欲しいと思っている。
予選一回戦目が終了した。
大きな拍手が起こっていた。
観客達は選手達に労いの声を掛けていた。
何だか運動会の様で俺は嬉しかった。
ほとんどの観客が、選手達をリスペクトしているのが分かる。
とても良い雰囲気だ。
続いて予選のレースが行われていった。
いよいよ因縁の対決が幕を開けようとしていた。
ゴンの隣で余裕の表情を浮かべるノンが、マイペースに開始の合図を待っていた。
ゴンは明らかにノンを意識しているのが分かる。
ちらちらとノンを見ている。
ゴンズ様が腕を上げると、ノンの表情が一変した。
やる気スイッチが入ったか?
「位置について、用意、スタート!」
とゴンズ様の掛け声と共に、ロケットスタートを切ったノン。
一気に先頭に立ち、グイグイと前に進んでいく。
立ち漕ぎが板に付いている。
観客席からどよめきの声があがる。
「早い!」
「ものが違う!」
「おお!」
二番手に付けたゴンが、必死に追い立てている。
しかし、その差は埋まらない。
構図としては、ノンとそれを追うゴンが頭一つ以上抜け出しており、それに追いつこうと後続が続くが、既に青色吐息だ。
結局そのままノンが、余裕で一気に駆け抜けてゴールしていた。
悔しがるゴン、それをまったく気にせずヘラヘラしているノン。
勝負あった感が強い。
これはノンの圧勝か?
その後も予選が行われ、白熱のレースが繰り広げられた。
そして全ての予選が終わり、クールダウンの時間となった。
これまでの予選のレースを見て興奮した観客達が、あーでも無い、こーでもないと議論が白熱している。
まだまだ興奮は止みそうに無い。
ここで五郎さんから最新のオッズが発表された。
観客がどよめいている。
なんとノンの倍率が1.1倍になっていた。
ざわつく観衆。
なぜだか、ノンコールが始まった。
「ノーン!ノーン!」
と大賑わい。
調子に乗って観衆の前に出て来たノンが、へんてこなダンスを踊っている。
どう見てもロボットダンスなのだが・・・
あの野郎・・・ふざけてやがるな・・・
それにしてもここまでのオッズになるとは思わなかった。
これはノンの圧勝だな。
あの走りを見る限り、この予想は当然のことなのかもしれない。
五郎さんも守りに入ったか?
サウナ島から決勝に残ったのは、テリー以外の四人だった。
テリーも健闘したが、最後の下りのS字カーブで転倒してしまい、三位に降格してしまっていた。
残念としかいいようがない。
そんな中、マット君は伏兵的な働きをしそうだった。
マット君は後半に一気に捲る戦法をとっており、予選でも最後に捲って、一位通過していた。
捲りのマットと二つ名がついても不思議ではない走りだった。
決勝ではどういった走りをするのだろうか?
マット君には期待したい。
遂に決勝戦が始まろうとしていた。
既に推しの選手が予選で敗退してる観客達も、決勝戦は見逃せないと、そのほとんどが残っている。
選手の緊張感が、観客席にまで届いていた。
誰かが唾を飲む音が聞こえてきそうだ。
ゴンズ様が思むろに手を挙げた。
遂に始まる決勝戦。
「位置について、よーい、スタート!」
決勝戦が始まった。
スタートダッシュをしたのは、ゴンだった。
ゴンはスタート時に体を前に傾け、一気に踏み出していた。
どよめく観客、誰もがノンがスタートダッシュをするものと考えていたのだろう。
その予想を裏切るスタート後の出来事だった。
続いてスタートダッシュしたのは、エルフの男性だった。
ノンは三番手に付けている。
ノンは戦法を変えて来たのか?
否、余裕をかましているのだろう。
現に口元に笑みが浮かんでいる。
最初の直角カーブを抜け、次にジャンプゾーンに差し掛かる。
そのジャンプゾーンで、優雅にスーパーマンポーズを決めているノン。
観客が大いに沸く。
完全に遊んでいる。
そして遂にノンが動く。
上りの一直線ゾーンに差し掛かったやいなや、一気にラッシュを掛けるノン。
エルフの男性とゴンを一気に抜き去った。
「ああー!」
「ここできたか!」
「やっぱりか!」
と観衆から声が挙がった。
ノンは二人を抜き去ると、そのままペースを落とすこと無く、最後の下りのS字カーブに差し掛かった。
勝負あったか?
誰もがノンの優勝を疑ってはいないだろう。
だが、ここでまさかの出来事が起こる。
最後のS字カーブでノンは急に獣化して、マウンテンバイクをかなぐり捨てて、森の中に一目散に駆け出した。
何が起こった?
俺は思わず立ち上がっていた。
ノンよ何処え?
観客からも、一拍遅れてどよめきの声が挙がる。
そして、そんなこととは露知らず、二位争いをバチバチにしているゴンと、エルフの男性は、ノンが捨てていったマウンテンバイクに気づいておらず、衝突してコースアウトしていた。
それをしっかり見ていた、伏兵のマット君が乗り捨てられたマウンテンバイクを上手に回避し、一着でゴールしていた。
観客から歓声が上がっていた。
「まさかの結末!」
「嘘だろ!」
「これぞまさに漁夫の利!」
と叫んでいる。
意外な結末に観客のテンションも可笑しなことになっていた。
それにしてもノンは何であんな行動を取ったのか?
謎が残るレースとなった。
その三時間後にノンが、ジャイアントベアーを引きづって帰ってきた。
俺が思うに、森の小さな友達を助けにいったという処だろう。
まあ、ノンらしい出来事だと思う、だが他の皆には何が何だかさっぱり分からない出来事だと思う。
そして、優勝したマット君だが、自分に金貨十枚をベットしていたらしく、マット君の倍率は三十五倍であった為、金貨三百五十枚が手に入ったと喜んでいた。
「これで独立が近づいた」
と興奮していた。
マット君は料理班のエースの為、独立されるのはこちらとしては痛いが、マット君の夢が叶うのなら、俺は全力で応援してあげたいと思う。
夢に向かって頑張る若者は応援したくなるものだ。
全力で挑んで欲しいと思う。
マット君頑張れ!
さて、そろそろスーパー銭湯がオープンしてから半年近くが経っていた。
そこで俺は原点に立ち返り、更なる満足度の追求に乗り出した。
所謂ブラッシュアップを行おうということだ。
まず手を加えたのはカレンダーを作ることだった。
一ヶ月間で行われるイベントを纏めたカレンダーだ。
要はイベントカレンダー。
現在行われているイベントは、熱波師イベントぐらいだが、これからはいろいろなイベントを行っていくことになる。
まずはサウナの日だ。
これはいつものサウナの温度設定よりも、五度上げるというものだ。
もはや常連が多いスーパー銭湯だが、その常連を唸らせるイベントと言えると思う。
サウナの日はサウナ愛好家にとっては、無視できないイベントだ。
たかが五度、されど五度だ。
この五度の差がサウナのパフォーマンスを変えることを俺は熟知している。
決して見逃すことは出来ないイベントだ。
この五度の差でサウナに入っている時間が変わってくる。
これをまずは毎週水曜日と土曜日に加えることにした。
ギルには既に指示してある。
そして、次は入浴剤だ。
今では俺がお気に入りの入浴剤がいくつかあるが。
その中でも一番人気なのは柚子湯だ。
湯舟に柚子を何個も浮かべる。
匂いが良く、体もよく温まると好評だ。
これまでも何度かゲリラ的に行ってきたが、評判は良い。
特に女性からの人気が高い。
これは毎週火曜日に行うことにした。
そして子供騙しになるのだが、ゴムで造ったアヒルの人形や、スーパーボールなどを浮かべた遊びの湯だ。
家族連れに絶大的な人気がある。
たまにゴムのアヒルが脱走するのだがご愛敬。
子供が持って帰ってしまうのだろう。
お家で大事にしてやって欲しい。
これは毎週月曜日に開催している。
後は、水風呂にハーブを浮かべる、ハーブ水風呂だ。
清涼感のある水風呂になり、いつもの水風呂よりも、身体が引き締まるような感覚を覚える。
清涼感がたまらない。
俺としてはお勧めの水風呂だ。
これは毎週木曜に行っている。
そして金曜日にはフローラルの湯を開催している。
ジャスミンをメインに花のエキスを『分離』で取り出し、定期的に湯舟にフローラルエキスを加える。
こちらも女性人気が高い。
日曜日には、熱波師によるアウフグースサービスを、いつもの倍行うイベント日にしている。
アウフグースサービスには既にファンが付いている。
熱波師のノンは断トツの人気者で、フィリップとルーベンも頑張っている。
女性の熱波師に関しては、ギルに任せている為、誰が熱波師をやっているのか俺は知らないが三名ほどいるらしい。
そして男女共脱衣所に、なんちゃってウォーターサーバーを設置した。
内容としては、なんちゃって水筒のデカい版を造り、下部に蛇口を取り付けた。
中にはキンキンに冷えた麦茶が入っており、無料で提供されている。
ウォーターサーバの容量は四リットルサイズの物にした。
コップは各自持参してくださいと張り紙に記載している。
紙コップを作ることも出来るが、ゴミが出るのは勘弁して欲しい。
ひと手間掛かるが、無料で提供している為、文句は受けつけない。
エコには拘りたいところだ。
そして毎日の日替わり定食の内容を、ここで記載することにした。
これには客にアピールすると共に、料理班の手間を省くという側面もあった。
今では魚介類や肉などは、ほとんどが間に合っており。
毎日料理班が、日替わり定食の内容を考えている。
その料理班の手間を無くすということにも繋がっていた。
極力同じ内容の料理にならない様に工夫している。
そして、最も注目を受けるイベントは二十六日の「風呂の日」だった。
この日は入泉料と食事代が、全て半額となる特別な日となる。
語呂合わせではあるのだが、こういった日があっても俺は良いと思う。
後日談にはなるのだが、この日を待ち侘びているお客様がとても多く、この日の為に日々の労働を頑張っているお客様が多数いることを、俺はアンケートで知った。
毎月二十六日が待ち遠しいとアンケートに書いてあったのを見かけた時は、風呂の日を導入して良かったと心から思った。
まだまだこのサウナ島に来れるお客様は裕福な者達が多く、そうではない一般の者達には敷居が高いのだと思い知らされた。
だからといって料金設定を変えようとは思わない。
その内、経済や物価が変わってきて、この水準に世界が追いつくと俺は考えている。
こちらから歩み寄るべきではない、というのが俺の持論だ。
それでいいと俺は思っている。
そうあるべきだとも、思うのだった。
なんといってもこの世界にはまだまだ娯楽が少ない、もっと娯楽の重要性に気づけば労働自体も変わってくるはずだ。
そうなれば、雇用条件も変わってくることだろう。
そして次はメニュー開発を行った。
これには肉が安定供給された時に、メルルからお願いさせていた件でもある。
クルーザー作り、マウンテンバイク作りと、遊びにかまけて放置していたことを、俺はメルルには侘びたが、
「島野さんが頭を下げることではありません、島野さんはやりたいことが出来たら全力でやれと、常々言ってることじゃないですか」
と諭されてしまった。
俺はメルルは大人だなー、と感心してしまった。
確かに俺は偉そうに、皆にそんなことを言っている。
まさか自分にボールが返ってくるとは思わなかった。
我ながらやれやれだ。
今回メニューに加える物は、粉物を中心にした。
これまでは提供時間に重きを置いてきたが、お客様の反応を見る限り、そこに拘るよりも、食べたことが無い物などを、提供した方が良いのではないかと思えたからだ。
採用したのは、たこ焼きとお好み焼きと焼きそばだ。
特にたこ焼きは販売開始当初から人気メニューの仲間入りをしていた。
そして禁断のメニューに手を付けることになった。
いや手を付けなければならなくなったと言っていいだろう。
五郎さんのところの大将が、苦虫を噛み潰した表情で、俺の社長室にやってきた。
大将は顔なじみの為、もちろん顔パスだ。
開口一番、大将から衝撃の一言が浴びせられた。
「島野さん、中華そばを作ってください」
「・・・」
なんで大将が中華そばを知ってるんだ?
あっ!そうか、五郎さんの入れ知恵か・・・
ラーメンは一筋縄ではいかない、だからこれまで俺はラーメンには手を出してこなかったのだ。
ラーメンは奥が深い料理だ。
「師匠から、島野さんなら再現できるだろうから、お願いしてこいと言われまして・・・」
やっぱりか・・・
五郎さん無茶ぶりかよ・・・
でも、やってみるか?
時間はあるしな、よしやってみよう!
というよりやるしかないよな・・・
「大将、長い道のりになりますよ」
「はい、心しております」
「では、戦場に向かいましょうか?」
「よろしくお願いします」
俺は大将を連れて、厨房へと向かった。
厨房に入ると、メルルがスタッフ達に指示を飛ばしていた。
「メルル、忙しところすまない」
「あれ?大将も一緒ですか?」
「ああ、実はな、これからとんでもない料理を開発することになった」
「とんでもない料理ですか?」
「ああ、その名もラーメンだ」
「ラーメン?」
「俺の故郷の料理だ、中華そばともいう」
「・・・」
「ラーメンは終わりがないとも言われる、究極の料理なんだ」
「なんでそんな・・・」
五郎さんの無茶ぶりとは言えないな。
「そこで、大将と共同開発を行うことになった」
「そうなんですね・・・」
「メルルも協力して欲しい」
メルルは表情を引き締めた。
「了解です!」
話が早いな、ありがたい。
「メルル、すまない」
と大将はメルルに頭を下げていた。
「いえ、島野さんが究極の料理というからには、私も挑んでみたいです」
「ありがとう!メルル!」
二人はがっちりと握手をしていた。
「さてラーメンだが、流石に俺も一から作ったことが無いから、手探りの物になる。まずは俺のうる覚えの知識から始めてみようと思う」
「わかりました」
「まずはメルラドの炊き出しで使った寸胴鍋を用意してくれるか?」
メルルが倉庫から寸胴鍋を用意してくれた。
俺は寸胴鍋に水を張り、お湯を沸かす。
そこにタマネギ、ネギ、人参をぶち込み。
ジャイアントチキンの骨と、ジャイアントピッグの骨を入れ、さらに鰹節をダイレクトに投げ込み、ぐつぐつ煮込む。
その隙に、麺を作るヌードルマシンをチャチャっと作る。
これまでにもパスタ用のヌードルマシンはあったが、細麺にしようと、新たに作ってみた。
麺の材料は強力粉と薄力粉、重曹に塩と水を加えたもの。
混ぜ合わせて、ヌードルマシンに入れてバンドルを回して麺を作った。
味見してみたが、強力粉と薄力粉の割合を、今後変えてみる必要がありそうだ。
思ったよりも麺が堅い。
ひとまずはこれでいいだろう。今は試作の段階、拘りはこれからの話だ。
まだまだスープの中の骨のエキスが出きってはいないが、ニュアンスを掴むにはこれぐらいでいいだろう。
「初歩中の初歩だが、こんな感じの料理ということを掴んで欲しいと思うがいいか?」
「はい、よろしくお願いします」
俺は麺を茹でて、うどん用に作ってあった湯切りの網を準備した。
麺を湯切りして器に移す、そこにスープを入れて、醤油を加えていく、さらに塩を足して味を確認していく。
うーん、もの足りないが・・・まあこれぐらいでいいか・・・
更に醤油と塩をで味を調整し、なんとかラーメンらしきものが完成した。
「ひとまずこんな料理だというニュアンスを掴んで欲しい、食べてみてくれ」
メルルと大将に試食をさせた。
戸惑いながらも試食をするメルルと大将。
「うん、なんだか物足りなさがありますね」
「ええ、うどんとは違う料理なのは分かりますが、何と評したらいいのでしょうか?」
といった反応だった。
「ここに本当はチャーシユーや、野菜などをトッピングして提供するんだ」
「なるほど、でも島野さんチャーシユーとはなんですか?」
「また後日作るよ」
チャーシユーに関しては、俺は少し自信がある、実はチャーシユーはかつて作ったことがあるのだ。
自己流だが、俺はその味に満足している。
密閉出来る容器を準備し、そこにブロック肉を入れていく。
ブロック肉には串で適当に穴を空けてある。
更に水と醤油、生姜、ネギ、ニンニクを入れる。
ここに決めての二酸化炭素を入れる、要は炭酸水が肉を柔らかくしてくれるということだ。
これを二日間ほど寝かす。
後はブロック肉を焼いて、一度寝かす。
提供前に軽く炙ったら、シャーシューの出来上がりだ。
チャーシューを試食した二人は。
「これだけでも料理として成立してますね」
「これだけ柔らかい肉は始めてです」
と好反応。
そして、問題のスープだが、何とか提供できる物が出来上がるのに二週間近く掛かってしまった。
出来上がったのは二種類のスープ。
魚介を中心としたスープと、ジャイアントチキンの骨から作った、白湯スープだ。
中華そばには白湯の方が合うだろうと、白湯スープに醤油と塩を加えて、味を調整して完成した。
五郎さんを呼び、試食して貰った。
「旨い!旨いが儂の知ってる中華そばとは違うな。ここまで複雑な味はしてねえな」
「もっとシンプルということですか?」
拘りすぎたか?
「そうだな、まあでもこれはこれで、良いんじゃねえか?」
「そうですね新たなメニューとして採用します」
五郎さんの時代の中華そばとはどんな味なのだろうか?
戦前となると、純粋に醤油ベースの物だと思うが・・・
一先ずこれでいいだろう。
まだまだ手を入れなければならないが、提供できるレベルにはなった。
「よし、まだまだ改善したいところはあるが、白湯ラーメンと海鮮ラーメンとしてメニューに加えよう」
「豚骨はどうしますか?」
「あれはまだ駄目だ、もっと旨くなってからだな」
「続けて開発は行うということですね?」
大将はまだまだやる気だ。
「ああ、ここまで来て止めますはあり得ないな」
「よし!やりがいがありますね」
本当に大将は料理のこととなると、情熱が凄い。
実に熱い男だ。
それにしてもラーメンは奥深い。
まだまだ完成には時間が掛かりそうだ。
ブラッシュアップは続いている。
次に行ったことは、日本に帰り古本屋に行った。
そこで、中古の漫画を異世界に持ち込んでも良さそうな内容の作品をピックアップし、購入した。
家に帰ると転写の能力で、異世界使用に仕上げていく。
こうして作った漫画を、スーパー銭湯の休憩室に本棚を造り、漫画を設置することにした。
今では本棚には、持ち帰り厳禁と大きく掲示されており、そのルールを破った者は、今後スーパー銭湯は出入り禁止になるという事が記載されている。
何がなんでも借りパクはさせないということだ。
ゴムのアヒルとは訳が違う。
その理由としては、あまりに人気が出てしまい。奪い合いをする所を何度か見てしまったからだ。
そこで人気作品は複数巻作成することにした。
中にはスーパー銭湯の開店時間から閉店時間まで、風呂にも入らず漫画を読み漁っているお客様もいたようで、漫画は爆発的な人気となってしまっていた。
そして一番興奮したのはマリアさんで、
「守ちゃん、漫画はエクセレントよ!新たな芸術よ!」
と顔が引っ付く距離で熱弁されてしまった。
マリアさんはそうとう影響を受けたようで、
「私も漫画を描くわ!」
と漫画家になることを宣言していた。
いったいどんな作品を書くのか少し興味を覚えたが、アダルトな作品だけは勘弁願いたい。
出来れば男女年齢関係なく、どの種族でも読める内容の作品に期待したいところだ。
ちなみにだが、漫画を選ぶ基準として、異世界物や戦争、戦いを背景とした内容の作品は持ち込まないことにした。
その為スポーツを題材にした作品が多い。
案の定ランドは、バスケットを題材にした王道の漫画を気に入り。
暇さえあれば、何度も読み返していた。
今では赤いバスケットのユニフォームをオーダーで作り、良く着ているのを見かける。
話は脱線するが、今ではメルラドの服屋でバスケットシューズや、スニーカーが買える様になっている。
俺が完成品を持ち込み、それを参考にカベルさんが作ってくれている。
靴底のゴムはサウナ島産ものを使っている。
特にスニーカーが大人気だ。
ただ、この世界には足の形が人型とは違う種族もいる為、そういった方はオーダーメイドで注文をしなければならない。
又、サイズも個人差が大きく、巨人族は三十センチ以上の方も多い。
型のバリエーションを豊富にしないといけないが、腐る物では無い為、特に困ったことではないとカベルさんは言っていた。
なんとも逞しいことだ。
話を戻そう。
漫画効果としては、案の定。
「野球とはなんだ?」
「野球をやってみたい!」
「グローブが欲しい!」
との声が出始めた為。
カベルさんに日本で購入したグローブと硬式球を参考に、グローブと硬式球を作成して貰い、販売して貰うことにした。
流石のカベルさんも随分手古摺っていたが、なんとか量産できるところまで漕ぎつけていた。
彼の職人魂を感じる出来事だった。
バットは俺が適当に木から作り、即席で造った野球場に置いてある。
ランドールさんのところの大工達も何本かバット作っていた。
この野球場だが、即席ではあるが適当に椅子を並べれば、ちょっとした観客席にもなる様になっている。
そして野球は多くの者達の心を掴んだ。
連日野球をしにサウナ島を訪れる人達がいた。
直に野球チームが出来あがるに違いない。
島野商事の従業員達は、既に野球チームが二チームもあり、俺も時々顔を出すようにしている。
野球にド嵌りしたマークが、しょっちゅう俺を誘いに来るのだが、その理由は俺のスライダーを攻略したいようだ。
まだまだ打たせる訳にはいかない。
時折カーブも織り交ぜて、配球は読ませないようにしている。
キャッチャー役のノンは既に目が慣れてきたようで、たまに打たれてしまうことがある。
運動抜群のノンは流石であると言える。
そして、最近は工房に入り浸り気味のゴンガス様が遂に
「儂の店を作ってくれ」
と言い出した。
いつかは言い出すだろうと思っていたが、案の定だ。
「いいですけど、武器とかは置かないでくださいよ」
「分かっておる、家具や食器などを中心に置くように考えておる」
「それならいいですけど」
「後、マウンテンバイクをそこで売ってもよいか?」
「いいですよ」
「ほんとにお前さんは欲張らんな、いくらか回してもよいのだぞ?」
「いえ、充分に間に合ってますので結構です。でも賃貸料は頂きますからね」
「そうか、そう言ってくれるのなら遠慮なくそうさせて貰う。もちろん賃貸料は払わせてもらう」
「それよりも、店員とかはどうするんですか?」
「それは今後考えるが、フランも今ではだいぶ変わってきておるから、直ぐに見つかると考えておる」
「まあ俺が口を出すことでもないんですがね」
「いや、お前さんの意見は的を得とることが多いのは知っておる」
嘘つけ!全然人の話聞いてないじゃないか!
「・・・」
「特に商売に関しては無視できん」
「そうですか」
商売に関してはか・・・
外もちゃんと聞けよ!
その後メルラドの服屋の隣に鍛冶屋を建設することになった。
お店の大きさは服屋と同じサイズにした。
内装に関しては、ゴンガス様の意見を取り入れて、造っていった。
外装の仕上げはもはや安定のマリアさんにお願いし、ポップな鍛冶屋が誕生した。
今ではゴンガス様はサウナ島と、フランの二拠点生活を営んでいる。
ちょっとの間は、新たな商品開発に誘われることはなさそうだ。
それはそれで少し寂しい気もする。
この様にして俺は、スーパー銭湯とサウナ島を、更にブラッシュアップさせていくことにした。
本当は揉みほぐし処を一番作りたいのだが、そういった技術を持った方には、今の所巡り合ってはいない。
何なら自分で、一からそうした人を育てようか?とも考えたが、止めておいた。
よくよく考えたら、種族が多いこの世界では、日本の技術がそのまま通用するかどうか分からない。
それに身体の作りも種族で随分と違っていたりする。
安易に始めるのは止めておいたということだ。
足つぼの神様とか居てくれないだろうか?
まあ、そんな都合の良い事にはならないだろう。
流石に自分本位な考えだろうと思う。
後一手が恐ろしく遠く感じる。
まだまだサウナ島をブラッシュアップする必要がありそうだ。
「ガハハハ!」
いやー、すまんすまん。
笑いが止まらんよ。
私はドランだ。畜産の神をやっている。
皆、牛乳は好きかな?
牛乳はいいよー。身体にいい。
でも、お腹がギュルギュルする人は辞めておいた方がいいぞ。
無理は良くないからな。
ガハハハ!
それにしてもサウナ島は楽しいなあ。
なんといってもビリヤードが面白い。
ロンメル君とはよく一緒に遊ばせて貰っているよ。
ロンメル君はかなりな頭脳派だ。
彼は次の一手まで考えてプレイしている。
なかなかの巧者だ。
ガハハハ!
このサウナ島と繋がってからというもの、何かと助かっているよ。
島野君には足を向けて寝られないな。
サウナは良い!実に良い!
あれは素晴らしい!
サウナ明けの牛乳は旨い!
ビールも悪くないが、私は断然牛乳派だ。
身体に染み渡る感覚がたまらないんだよ。
身体が元気になったと感じる。
それにしても島野君が現れてから、コロンの街も随分変わってしまったな。
野菜の栽培も上手くいっている様だし、今後はもっと美味しい野菜が作れるようになるだろう。
なにより、コロン産の畜産品をスーパー銭湯で販売できるのは、大いにコロンの街に貢献してくれている。
嬉しい限りじゃないか。
ガハハハ!
いやー、笑いが止まらん。
すまんすまん。
それにコロン産の牛乳をサウナ島で使ってくれているのも、ありがたいな。
特にあのパンケーキに乗ってる、生クリームというものは実に美味しい。
あんな調理方があったとは、私でも知らなかったよ。
世界は広いな。
島野君は牛乳のポテンシャルを更に大きくしてくれるだろう。
あの青年はただ者じゃない。
何かやってくれると思っていたが、ここまでのことをやってくれるとは・・・
異世界人の知識とは素晴らしいな。
彼はこの世界を更に住みよい世界に変えてくれるのだろう。
巡り合わせてくれたアグネス君にも感謝しないといけないな。
ガハハハ!
私はスーパー銭湯の大食堂で食べる、カツカレーが大好きでね。
あれは毎日食べても飽きがこない。
カレーというものを始めて食べた時は衝撃を受けたよ。
あの匂い、食欲をそそるね。
ガツンとくる辛み、実に旨い!
ガハハハ!
コロンには無い食べ物だよ。
そういえば、ゴルゴラドのフードフェス、どうしようかと考えている。
ゴンズ君には誘われているけど、牛乳を売りに行くでいいのかな?
天使達と相談しておこう。
それにこのサウナ島には、街の皆が行きたがる。
凄い人気だ。
ただ困ったことに、中にはとても連れていけそうも無い者もいるが、そういった者達にはどうして連れて行ってもらえないかを考えてみて欲しい。
何かしら心当たりがあるということだ。
私はちゃんと見ているよ。
それに私はちゃんと聞き耳を立てている。
天使達からの報告もあったりするからね。
コロンの街は私の街だ。
私の能力には限りはあるが、好き勝手にはさせないよ。
まだコロンの街にはあまりお金たくさんを持っている者は少ないが、コロン産の牛乳等で稼がせて貰っているから、その内コロンの街にもお金が周ってくるだろう。
街の住民が喜んでいる姿をみるのは、私としてはそれ以上に幸福に感じることなんだ。
島野君は良き隣人だ。
これからも良い付き合いが出来ることを願っている。
彼には今後も期待しているよ。
僕はねー、レイモンドだよー。
僕はねー、ハチミツをー作っているんだー。
ハチミツはねー、簡単にはーできないんだよー。
蜂達がー、頑張ってくれるからー出来るんだよー。
このハチミツをねー、サウナ島でー販売しているんだよー。
凄くー売れてるよー。
島の神様がねー、とてもー美味しいーってー言ってくれたよー。
前にねースーパー銭湯にーハチミツを置かせてーと言ったらー直ぐに置かせてーくれたよー。
嬉しかったよー。
あの神様はねー凄いねー。
凄く強いしー、頭がーいいねー。
サウナ島はねー、楽しいねー。
僕はねーサウナがー好きなんだー。
サウナ明けのービールがー美味しいんだー。
ゴンガスのおじちゃんにーハチミツのお酒をー作って貰っているよー。
これもー美味しいよー。
とても身体にーいいんだってー。
島の神様がー教えてくれたよー。
彼はー物知りだねー。
村の皆はーサウナ島に行きたいーって言うよー。
凄い人気ー!
でもーその人気はーよく分かるよー。
だってあそこー楽しいもーん。
僕はねーお魚定食がー好きなんだー。
カナンの村にはーあまりお魚はないからねー。
特にお魚のフライがー美味しいよー。
今度ー食べてごらんよー。
後ねー僕はマウンテンバイクにー挑戦してるよー。
何度も転ぶんだけどー諦めないよー。
絶対に乗れるようにーなるんだー。
あのレースはー凄かったねー。
ノン君がー何でいなくなったんだろうー?
もったいないねー。
一番早かったのにー。
あの子もー強いねー。
ギル君もー強いねー。
二人にはー魔獣を倒してー貰ったんだー。
魔獣はー怖いねー。
僕にはー狩りなんてーできないよー。
僕の養蜂場のー守りはー万全だよー。
蜂達がー守ってくれるんだー。
蜂達の中にはねー警備の蜂がーいるんだよー。
蜂達はー僕の大切なー仲間だよー。
仲良くーしてるよー。
今はねーアイリスさんにー教えて貰ったー。
花をー植えてるんだよー。
蜂達もー喜んでるよー。
アイリスさんはー植物の神様かなー?
違うよねー、神力無いみたいだしー。
僕にはねー神力を持ってる人をー判別できるんだー。
誰にも言ってーないけどねー。
だからー島の神様はー神様なんだよー。
違うってー何度か言ってたけどー。
最近はー言わなくーなったよー。
あんなにー神力がある人はーいないよー。
神様じゃー無い訳がないよー。
それにー神気の問題もー彼がどうにかしてーくれてるよー。
彼にはー感謝しているよー。
僕はよくー皆にもっとー早く話せーって言われるけどー。
それはねー無理ー!
おう!ゴンズだ!
最近では俺も忙しくなっててな。
あまり、飲んでばかりもいられなくなった。
その理由はあいつだ!
島野だ!
あいつはいろいろやらかしやがる。
何だあのクルーザーってやつは。
無茶苦茶しやがる。
クルーザーの量産はクエルの手にかかってはいるが、あいつに丸投げって訳にもいかないだろう?
俺にも責任ってもんがある、それにクルーザーが量産できるとなったら、海が変わるぞ。
間違いなくな。
だから俺もクエルの所にはしょっちゅう顔を出している。
島野が今度改良品を作るとか、ぬかしやがったからな。
やらかしてくれるぜまったく。
でも正直言ってあいつは面白い!
この世界に来て、まだ三年も経っちゃいないって話だが、この世界の有り様を変えやがったからな。
それにあいつは神の素質を充分にもってやがる。
それが分かっててレケを預けたんだけどな。
転移扉はどんでもねえな。
世界を変えやがった。
メルラドに瞬時に行けた時には、流石の俺でもビビったぞ。
船を使って四日以上は掛かるところを一瞬だもんな。
ほんとどうかしているぞ。
でもまあ、これのお陰でゴルゴラドの海産物が、南半球の国々に販売できるってのは嬉しい限りだな。
それにサウナ島にある店も、販売は好調みたいだ。
俺は細かいことは知らんが、あの店は一応俺の物らしい。
なんでもそうして欲しい理由があるとか、島野が言ってたな。
よく分からんが、あいつの言う通りでいいだろう。
そういやあ、蛸の養殖だけどな。
いまいち上手くいかねえな、思いの外蛸の成長が遅い。
レケともよく話すんだが、エサの食いつき自体はいいんだ。
これは生態の話なのかもしれないな。
そうなるとあまり利益にはならんかもしれん。
だが、最近はサウナ島で蛸焼きとかいう食いもんが販売されて、よく売れてるらしいから、蛸の需要は高まっている。
そうなると多少は利益になるかもしれない。
まだまだ結論付けるには早いってことだな。
それにしても、あのサウナにはまいったな。
俺は正直苦手だ。
五分も入ってられない。
でも水風呂明けの外気浴は気持ちいいんだよな。
島野に前に、サウナの楽しみ方は人其々だと言われたが納得だ。
家の若い衆は十分以上入る奴もいるが、長く入っていればいいというものでも無さそうだ。
それとあのサウナ明けのビールは反則だろ!
美味すぎるだろあれ!
まったく、癖になっちまったぜ。
いや病みつきだな。
それにスーパー銭湯の大食堂のビールは、キンキンに冷えてやがる。
旨くない訳がないだろう。
もう酒屋のぬるいエールなんて飲めたもんじゃないな。
今年のフードフェスはどうなるんだろうな?
島野のせいで、この世界の食文化も随分変わってきているからな。
それに転移扉の移動で、簡単にゴルゴラドに来れる様になったから、屋台の数も客の数も過去最大になるんじゃないか?
まあ街が盛り上がるんなら、いいことだけどな。
それにしても島野の奴、サウナ島がどんどん進化していきやがる。
呆れるぜ、ほんとによ。
次々に店や建物が出来てやがる。
住む人こそ少ないが、もう街だなあそこは。
それも一から作ったってことだろ?
考えられんな。
まあ何にしても島野からは目が離せないな。
次にあいつがなにをやらかすのかは知らないが、注目せざるを得ん。
でも実際あいつの働きで神気減少問題も解消していってるし、ここに関しては俺も何が出来るか考えないといけないと思っている。
神気がこの世界から無くなれば、この世界は間違いなく滅ぶ。
俺達神も、うかうかしてられない。
そうなってしまえば、俺達神もついに死を迎えることになるだろう。
そうあってはならないし、そうはさせない。
どうしたもんか・・・
今はまだ何も考えつかないがな。
島野には悪いが今はあいつに期待するしかないな。
おう!五郎だ!
元気にしてたか?
儂は何かと忙しくしてらあ。
にしてもよー。
ちっと聞いてくれるか?
島野だよ、あいつまたやらかしやがった。
タイロンにある儂の借金が帳消しになりやがったぞ。
あの野郎、粋なことをやってくれるじゃねえか。
タイロンからの褒章を、儂の借金に全部当てやがった。
エンゾから聞いた時には、目ん玉が飛び出そうになっちまったぞ。
あの野郎・・・
まあ、ありがたく頂いておくとしようや。
島野曰くズブズブの関係らしいからな。
儂には何ことだかさっぱり分からねえ。
たまに意味不明なことをあいつは言いやがる。
にしてもなー、欲がねえというか何というか。
ほんと可笑しな奴だな。
さて、何を話そうか・・・
そうだな、今の温泉街だが、サウナ島の影響もあって、客数は落ち着いてきたが、料理の質が格段に向上した。
これはよかった、日本の温泉旅館にぐっと違づいた気がする。
それに転移扉だ。
あれのお陰で客が来やすくて帰り易くなった、格段に移動の安全性が担保できるようになったのは間違えねえ。
そのお陰か、サウナ島経由の客が最近では増えつつある。
それにゴンガスの親父もやっと儂の温泉街に来やがった。
あの親父はまったくもって遠慮がねえ。
それに家の日本酒をアホ程飲みやがった。
一升瓶じゃあ足りねえって、何者なんだあの親父は?
でも親父が打ってくれた包丁はすげえぞ。
切れ味がとんでもねえ。
何でも島野の万能鉱石からミスリルっていう物を素材にして、刃先に打ち込んであるらしい。
儂にはそのミスリルってのが何なのかは分からねえが、とんでもない代物であることは間違えねえだろう。
ほんと可笑しな親父だ。
それにしても、あの島野が作った中華そばは旨かった。
あんなに複雑な味の中華そばは食ったことがねえ。
もっと醤油と簡単な出汁で出来てたと思うが・・・
まあいいだろう。
それにしても、島野が現れてからというもの、何ともこの世界も騒がしくなっちまったなあ。
それまでは、この世界の娯楽といえば、温泉街か博打ぐらいしかなかったが、あいつが来てからは娯楽が増えてしょうがねえ。
こないだの自転車レースは面白かったな。
まさかあんな結末を迎えるなんて、誰も予想しちゃいなかったぞ。
まあ、その分儂はしっかりと稼がせてもらったがな。
本命のノンに賭けてる者が相当居やがったからな、ちと肝を冷やしたぞ。
それにしても、この世界で自転車を見るとは思わなかったぞ。
久しぶりに乗ってみたが、案外乗れるもんなんだな。
よく身体が覚えてたもんだ。
儂の知る自転車とはだいぶ違うが、あれはあれで面白え。
砂利道の上でも走れるってのは良いじゃねえか。
儂も一台買おうかな?
まあそんなことはいいとしてだ。
島野から譲られたサウナと塩サウナだが。
温泉街でしっかりと使わせてもらってるぞ。
サウナは島野のスーパー銭湯の様な広さは無いが、客に言わせるとそれが良いらしい。
少人数でこじんまり入るのが良いらしいんだとよ。
まあ、分からなくも無えがな。
お陰で人気の施設になっちまった。
特に塩サウナは女性に大人気だ。
今はサウナと塩サウナを増設すべきか検討中だ。
島野なら喜んで協力してくれるだろうしな。
こういうのがズブズブの関係ってことか?
よく分からねえな。
あいつはサウナに関しては異常な情熱を持ってやがるからな。
さて、気になるのは神気の減少問題だ。
どうにもきな臭えと儂は考えている。
島野の活躍で今はそれほど困っちゃいねえが、この問題は放置できねえな。
とはいっても何も情報が無いから、何とも出来ねえのも事実だ。
島野には悪いが今はあいつに期待するしかねえな。
あいつなら何とかしそうな気がする。
現にこれまでもあいつが頑張ってくれたからな。
すまねえな島野。
頼んだぞ!
ちっ!歯がゆいな。
フフフ、エンゾよ。
直接お話させて貰うのは始めてよね?
次があるか知らないけど、どうぞよろしく。
フウー。
それにしても最近の私の気になることナンバーワンが、体重だなんて・・・
だって生クリームとイチゴのパンケーキは止められないのよ。
だって美味しいんだもの・・・
そうよ、こんな罪深い料理を作った島野君がいけないんだわ、まったくあの子ったら・・・
人のせいにしたら駄目よね・・・
それにしてもオリビアったら遠慮がなさすぎるのよ。
「エンゾ太った?」
なんて聞くのよ!
どういう神経してるのかしらあの子。
人が気にしてることをズケズケと・・・
まあいいわ。
それよりも、今では私もこのサウナ島に入り浸ってるわ。
もうこの島なしでは生きていいけない身体になってしまったわ。
塩サウナにお風呂、はあ・・・駄目ね。
それにしても、島野君よ。
あの子にしても五郎にしても、ニホンていうところ出身なのよね。
この世界とニホンは何か繋がりがあるのかしら?
島野君にも創造神様の意思を感じるのよね、私ごときが創造神様の思慮を伺うことなんて出来ないけど、そう思ってしまうのよ。
あの二人がこの世界に娯楽を持ち込んだことに変わりはないのよね。
娯楽がこんなにも世界を変えるとは思ってなかったわ。
五郎が温泉街を造った時も凄かったけど、このサウナ島はそれを遥かに超えるわね。
それに何と言ってもあの転移扉よ。
この世界の経済を大きく変えたわ。
流通が変わると経済が変わる。
経済の基本中の基本だけど、ここまで目の当たりにすると感慨深いところがあるわね。
タイロンにとってもいい効果が表れているわ。
これまでは魚なんて、川魚が稀に見られる程度だったけども、今ではここサウナ島でも買えるし、ゴルゴラドの商人も、商売をしに現れる様になったわ。
それに何と言ってもここの野菜よ、あり得ないぐらい美味しいし、体力の回復効果もある。
島野君の一人勝ね。
はあ・・・
あの子はもっとお金を使うべきなのよ、それもタイロンに。
でも、タイロンにはあの子の興味を引くような物がないってことなのよね。
困ったことね。
それにここの島の従業員は、随分と給料をもらっているらしいわね。
それでも、利益が出ているのは褒めるしかないわ。
お金がお金を呼ぶとはこのことね。
異世界の知識には学ぶことが多いわね。
そういえば、アンジェリの美容室は最高ね。
この世界に革命が起きたわ。
アンジェリは女性の美意識を分かってるわ。
化粧なんて、今までしてこなかったけど、あれは良いわね。
化粧水と乳液も最高。
お肌が潤うのが分かるわ。
そろそろ私もイメチェンしようかしら?
でも予約が二ヶ月先まで埋まってるって、凄いわね。
でも気になるのが神気の減少の件よ。
島野君が何かと頑張ってくれたけど、根本的な解決には至ってないわね。
まだまだ情報が集まらないけど、いったいどういうことなのかしら?
私は北半球が関わってると睨んでいるわ。
どうにも北半球は謎が多いのよ。
それにあまりに情報が少なすぎる、どれもこれも憶測の粋を出ないわ。
なんとも歯痒いわね。
今は情報収集に努めるしかないけど・・・
でもよく考えたら、神気の問題の解決って全部島野君がやってくれているのよね。
あの子はもしかして・・・その為に創造神様から遣わされた?
いや、そんなことは・・・
はあ、駄目だわ。これも憶測でしか無いわ。
でも今後もあの子に期待するしか今は無さそうね。
頼むわよ島野君。
フフフ。
やあ、私はランドールだ。
大工の神様をやらせて貰っている。
今は、島野さんのお陰で仕事は順調で、メッサーラの学校の建設をしている。
島野さんには充分過ぎるほど稼がせて貰っているよ。
ありがたい限りだ。
それに彼からは学ぶことが多い、能力の開発は上手くいっていないが、もうあとちょっとの様な気がするんだ。
島野さんの言うイメージというのが、どうにも上手くいかない。
でも私は諦めない。
何度もスーパー銭湯の建設で、彼の能力は見せて貰ったからね。
その彼に答える為にも、能力を獲得してみせるよ。
それに彼には恩がある。
何といってもあのマリアが私を追っかけなくなったからね。
ほんとにありがたいと思う。
島野さんがマリアを叱ってくれたようで、大変助かっている。
マリアは私の天敵で、あいつは恐ろしい怪物だ。
私の性を脅かす脅威だ!
でもあの芸術力の高さだけは本物だ。
見習う所はある。
だか、どうしても拒否反応を抑えられない。
分かってはいる。
決して差別している訳ではないんだ。
私の本能が受け入れられないんだ。
そして私はスケベだ!
自分で言うのも何だが自覚はある。
私は女性が好きなんだー!
綺麗な女性を見ると我を忘れてしまうんだ!
私の本能が叫ぶんだ!
女性を愛せと!
・・・
すまない、少し興奮していたようだ。
なんの話をしていた?
話を元に戻そう。
島野さんには大変お世話になっているということだ。
それは私に限った話ではない。
私の部下も島野さんには随分お世話になっている。
それにサウナ島は最高だ。
サウナだけじゃない、今ではいろいろな買い物もできる。
それにゴンガス様の大工道具も買うことができる。
ゴンガス様の造る大工道具はどれも一流品だ。
この鉋なんて、最高の出来栄えだ。
それが簡単にこのサウナ島で買うことができる。
これまでには考えられなかったことだ。
とてもありがたい。
ボルンの皆は、本当にこのサウナ島が好きなようだ。
ボルンの住民が楽しそうにしているところを見るのは、私としてはとても嬉しい。
この充実した生活を今後も続けていければと思う。
そして私には神気の減少については、いまいち分からなかったことが多かったが、今となってはよく分かるようになった。
サウナ島と、こないだ訪れたエルフの村の神気は格段に濃かった。
聞くところによると、百年以上前はもっと濃かったらしい。
この世界はいったいどうなっている?
私は神になってからまだ五十年足らずだが、諸先輩方の話を聞く限り、今は随分と神気は薄くなっているようだ。
それでも島野さんの活躍で、随分と盛り返してきているらしい。
彼は本当に凄いな・・・
本当の勇者は、彼の様な人なのかもしれないな。
彼には感謝しきれない。
でも一緒に建設作業をして分かったが、彼にもおっちょこちょいな一面があることも私は知っている。
とても人間味があると言える。
そんな彼だからこそ、私も何か期待してしまうところがある。
今、この世界は大きく舵を切っていることは間違い無いだろう。
そしてその中心には島野さんがいることは間違いない。
私で良ければいくらでも手を貸そうと思う。
今後も彼には注目させて貰おう。
なんだ、儂の番か?
儂が話すことなんか何もないぞ。
今は忙しい、またにしれくれんか?
だめだと?
まあしょうがないのう。
今何をしていたのかって?
よくぞ聞いてくれた、次に島野に何を造らせるかを考えておった。
最近の島野は創作意欲に溢れておるからの。
儂としては面白くてしょうがないのう。
異世界の知識はとても楽しい!
物造りの神と言われる儂としては、もっと島野から搾り取ってやらんとのう。
この世界にとっては最も重要なことではないのか?
と、儂は思っておる。
暮らしが豊かになるしのう。
現にクルーザーにしても、マウンテンバイクにしても、大流行になったからのう。
それだけまだまだ可能性は秘めているということだの。
それにそもそもこのサウナ島が、この世界にとって大きな一歩だと言える。
この娯楽の少ない世界に娯楽が増え、笑顔が増えた。
これこそが、一番の進歩だのう。
フランの街の住民が楽しそうにしているのを見るのは、儂にとって大きな意味がある。
サウナ島は儂にとっても楽しい遊び場であるし、寛ぎの場でもある。
いや、この世界にとってそうであると言えるのう。
あの島野のやることから目を話すような神は、おらんだろう。
次は何をやるのか楽しみでしかたがないの。
そうそう、儂の店も順調にいっておるよ。
特に家具や食器が良く売れておる。
銀細工はこの世界の住民には憧れの品物だからの。
島野の『万能鉱石』から造る品はどれも出来がよい。
あの能力には驚かされる。
儂も欲しい能力だ。
あれがあれば、今まで以上に鍛冶のグレードが上がる。
その名の通り万能だの。
今ではフランの街におるよりも、サウナ島におる時間の方が長いぐらいだ。
あまりいいことでは無いかもしれんが、特に寂しがる住民もおらんだろうしのう。
どの道、毎朝毎晩は転移扉のお迎えはしなければならんしの。
儂がおらんぐらいで、フランの街が傾くとは思えん。
それに今では、いろいろな街から転移扉を使って、行商人が来ておる。
街は毎日握わっておると聞いておる。
ありがたい話だの。
儂らドワーフの打つ武具などは、どれも秀逸な物ばかりだ。
よく転移扉を使ってハンター達が訪れとるらしい。
だが、この島には武具の持ち込みは禁止されておるからの。
あくまで移動用としてしか使えんがの。
それでも便利になったと、評判の様だ。
ほんと世界が変わったの。
だが、神気の減少問題は早く解決せねばならんの。
こればかりは儂ら神には最重要案件だの。
この世界から神気が無くなったら・・・
考えるだけでも身が震えるのう。
くわばら、くわばら。
これまでは島野が手を尽くしてくれたが、そろそろ儂らも何とかせんとならん。
でも、まったく解決策が見当たらん。
結局島野頼みになってしまうが・・・
すまんと思う。
でも、あやつならと期待してしまうのも事実での。
何とも歯痒いの。
困ったことだの。
マリアよ!
ムフ!
エクセレントよ!
なにあの漫画とかいう芸術の塊は、骨の髄から痺れたわよ。
感動して涙が止まらなかったわ。
あんな芸術があったなんて。
守ちゃんには感謝ね。
エクセレントよ!
今では私も漫画を描いてるわよ。
どんな内容かは、ヒ ミ ツ。
ウフ!
簡単には教えないわよ。
それにしても、サウナ島は芸術の宝庫ね。
私もお店の内外装の仕上げをさせて貰ってるわ。
実に満足のいく仕上げになったわ。
ランドールもこれぐらいできればもっと認めてあげるのにね。
でも守ちゃんから叱られて、始めて気づいたわ。
あんなだらしの無いランドールを愛でても何にも面白くないって。
私はイケメンを見ると血が騒ぐのよ。
心が女の子ですものね。
ムフ!
メッサーラでの芸術活動は順調にいっているわよ。
まだまだあの国には芸術が足りないわ。
もっともっと芸術を広めないとね。
ルイちゃんも協力的で助かってるわ。
なんだかあの子はどんどん逞しくなっている様に思うわ。
私には当たりがきついような気もするけど・・・
まだメッサーラからは当分の間は離れられないわね。
少し愛着も沸いて来てるしね。
これにしてもサウナ島はいいわね。
そもそも島の景観からしてエクセレントよ。
それに守ちゃんはいったい何者?
万能感が凄いじゃない。
あれよあれよといろんな物を開発していくし、私からみてもセンスがいいわね。
守ちゃんは私とは違う天才ね。
間違いないわ。
エクセレントよ!
でもあの転移扉は凄いわ、でも・・・繋げ先には検討が必要よ。
北半球とはあまり繋げて欲しくは無いわね。
理由は私の口からは言えないけど。
今ではメッサーラに身を置いているけど、このサウナ島にもよく泊まらせて貰ってるわ。
芸術活動は案外神力を使うものなのよ。
正八角形の件から、このサウナ島の神気は何処よりも満ちているから、そうさせて貰ってるわ。
守ちゃんには悪いけど、今後もそうさせて貰うしかないようね。
神気の件はどうなるのかしら・・・
それにしてもオリビアは何を考えてるのかしら?
いい加減、守ちゃんとギル君には話した方がいいと思うのだけど・・・
私が口を挟むことでは無いわね。
私は何が出来る訳でもないけど、神気減少問題は外ってはおけないわ。
この世界の崩壊に繋がりかねないわ。
特に私は神力の減りが多いから、何とかしないとね。
でも、これまでの経緯を見ても、結局守ちゃんに期待するしか無いのよね。
守ちゃんは持ってるわね。
引き付ける何かがあるのよ。
私にはそう見えるのよ。
守ちゃんがんば!
オリビアよ。
ウフフ!
私の歌を聞きたい?
残念、文章では聞こえないよね?
でも悪い子には眠って貰うわよ。
私の歌は愛の歌。
そして情熱の歌なのよ。
皆が私の歌にリズムを取ったり、踊ったり、楽しそうにしてくれるのが、私の生きがいなの。
歌は私の全てよ。
これからも私は歌い続けるわ。
この命尽きるまで、歌い続けるわ。
もっと皆の笑顔が見たい。
もっと皆の心を揺さぶりたい。
もっと皆の気持ちに寄り添いたい。
ふう、もっともっと目立つ所で歌いたいわね。
それにしても、守さんは万能ね。
こないだ楽器を作って欲しいとおねだりしたら、あっさりと作ってくれたわ。
今では大食堂のステージに、ドラムとウッドベースとアコースティックギターが置いてあるわ。
私にとって、演奏はお手の物よ。
でも歌いながらとなると、難しいから、今は演奏を教えているのよ。
皆んなには早く演奏を覚えて欲しいものね。
守さんが言うにはバンドというものらしいのだけど。
この楽器のバランスは良いと感じるわ。
リズムを刻むドラムと、低音で底支えするウッドベースの音。
そして高音でメロディーを奏でる、アコースティックギターの響き。
最高のアンサンブルというものね。
ああ、歌いなくなってきたわ。
話は変わるけど、メルラドの服屋も順調よ。
リチャードがしょっちゅう覗きに来るけど、そんなに気になるならお店で働けばいいのにね。
メリッサちゃんもよく見に来てるわよ。
あの子の場合は、ついでに見に来ているんだけどね。
あの子はアイリスさんに会いに来るのが本命だからね。
メルラドの体質も、徐々にだけど変わってきている様に思うわ。
いい加減メリッサも、気にせず両親に会いにいける様になればいいのにね。
それにしても、最近お姉ちゃんが怪しいのよ。
お姉ちゃんもしかして守さんに恋してる?って思うことがあるのよ。
女の勘ってやつ?
もう、守さんは私のものなんだから、いくらお姉ちゃんだからって譲れないわよ。
私ももっとアピールしなくっちゃ。
守さんは渡さないわよ。
フン!
神気の件は・・・私には重すぎるわ。
北半球での失敗は、私を今でも蝕んでる。
エリス・・・無事でいてくれて欲しい・・・
守さんとギル君にはそろそろ話すべきかしら?
今はまだ勇気が持てない。
もう少し時間を頂戴。
ごめんね守さんとギル君。
時が来たらちゃんとお話しさせて貰うわ。
アンジェリよ。
なんだかごめんね、予約が一杯でちょっと疲れ気味じゃんね。
島野っちがこの世界の文化が変わるっていってたけど、本当にそうなってしまったじゃんね。
連日大盛況よ。
あー!疲れた!
島野っちの予言が的中じゃん。
シャンプーもコンディショナーも飛ぶように売れるし、化粧品も次々に売れていくじゃんね。
もうてんてこ舞いよ。
スタッフも増やしたけど、もっと必要ね。
私一人じゃ危なかったわ。
メグとカナには無理させてるけど、ほんとごめんね。
ここまでとは正直思ってなかったわ。
早く次の世代の子達が育つといいのだけど、美容師の技術はどうしても数年単位でしか育たないから、あの子達には当分の間、無理をして貰うしかないじゃんね。
給料は上げるから勘弁してね。
でもあの二人も、何だかんだ言ってサウナ島を楽しんでいるようだから、よかったわ。
お客さんには悪いけど、来月からは島野っちが言う通り、定休日を設けることにしたわ。
そろそろ休まないと神力が持たないわよ。
最近はほとんどサウナ島に入り浸っているじゃんね。
そうしないと神力がいつ切れてもおかしくないじゃんね。
エルフの村でのんびりやってた時とは、大きく変わってしまったわ。
でもこれをすることで、エルフの村にお金が流通するし、今は頑張り処ってことよね。
でも私の今のお気に入りはサウナよ、それも塩サウナ。
あれは良いわ。
今日もサウナ明けのビールが待ってるわね。
早く塩サウナに入りたいわ。
それにしても島野っちから教わったオゾンは良いわね。
あれがあるだけで、シャンプーもそうだけど、カラーの定着やパーマの定着にも効果があるのよ。
異世界人の知識って凄いのね。
島野っちは、ニホンという国にいたみたいだけど。
その国の美容室はどこでもオゾンを使ってるのかしら?
今度島野っちに聞いてみるわね。
島野っち何してるのかな?
なんだか会いたくなってきちゃった・・・
あれ?私恋してる?
まさかね・・・
いやいやいや、早くお風呂に行くわよ。
今日もサウナ明けのビールが待ってるわ。
そんな期待をされていることなど露ほども知らず、守は今日もサウナを満喫しているのだった。
サウナって最高!!
とのんきな守であった。
やれやれである。