縁もたけなわといったタイミングで、ゴンズ様が近寄ってきた。
「島野、今回はありがとよ、お前のお陰で最高に楽しめたぞ!」
「何をいいますのやら、こちらこそゴンズ様にはお世話になりましたよ」
「しかしお前はいろいろ呼び込む体質のようだな」
「そうですか?」
「ああそうだろうが、お地蔵さんの件といい、内のレケも引き取ってくれたこともそうだ、それでいてメルラドの一件だ、そうじゃなくて何だってんだ!」
「ハハハ、確かにそうですね」
渦中の栗を拾いに行ってる訳ではないんですがね。
「でも、それだけ前に進んでるってことだ、現にレケは随分成長した様だしな、助かってるぞ」
「そういえば話は変わりますが、オリビアさんとは知り合いなんですね?」
「ああそうだ、あいつはふらりと現れてはどっかに行っちまう、流浪の神だからな」
「流浪の神様が、今回はメルラドを救ったという話でしたよ」
「だろうな、あいつの歌の力は強力だからな、不思議と気が付いたら気分が変わっちまってるからな」
「さっきも凄かったですね、俺も思わずリズムを刻んでましたよ」
「ハハハ、そうだったな」
ふとゴンズ様の表情が変わった。
「それで島野、お前はこの先どうするつもり何だ?」
「どうするとは?」
「今回の件もそうだが転移扉だ。使い方によってはこの世界が変わるぞ」
「ええ分かってます。五郎さんにも言われました」
「五郎ってあの温泉街のか?」
「はい、五郎さんとは同郷なんです」
「へえー、そうなのか」
「はい、良くして貰ってます」
「その五郎ともここで会おうと思えば、会えるということだな」
「そうなります」
「なあ、これはお前がこの先考えることなんだが、一度集めれるだけの神を集めてみたらどうだ?」
「はい、神気の件ですね」
「ああそうだ、だいぶ濃くはなってきてはいるが、まだまだだ、根本的な解決が出来ているとは思えねえ」
やはりそう感じるか。
「そうですね。ただ今はこれといった情報が無いので、動くのはまだ先かと思いますが・・・」
「いずれにしてもお前が決めることだ。何かあったら言ってくれ、相談には乗らせて貰うぞ。それにここの風呂はいいな。最高だぞ!」
「ありがとうございます。サウナは試しましたか?」
「いやまだだ、取っておいてある」
「楽しみは取っておくタイプなんですね?」
「ああ、また来させてもらうつもりなんでな」
「ええ、いつでもどうぞ。レケも喜びますよ」
「あとそうだ、今度養殖場を見せてくれ。どうにも気になってな」
恥ずかしいのか、頭をポリポリ掻いている。
「そういうと思ってましたよ」
「レケの自慢が煩いんだぞ、知ってるか?」
「あいつは養殖にそうとう自信を持ってますからね」
「その様だな、それに盗める技術は盗みたいのも本音だ」
正直な神様だ。
「いいですよ、いくらでも盗んでください」
「ハハハ、軽いな」
「ええ、囲い込むつもりは毛頭ありませんから、独占なんて俺の性に合わないんですよ、有効な技術は広めるべきなんです」
「やっぱりお前は神の素質に溢れてるな」
「えっ!そうですか、照れるじゃないですか」
「けっ!そんなことで照れるんじゃねえよ」
とここで、オリビアさんが混じってきた。
「あら、本日の主役がこんな所にいた」
随分と飲んでいる様だ。フラフラだ。
「オリビア、飲みすぎなんだよお前。なに浮かれてやがる、らしくもねえな」
「へへ、良いじゃないの、そんな日もあってもさ。どうせ私達は寿命なんて無いんだからさ」
「けっ!まあ気持ちは分かるがな」
「守さん、私本当に嬉しかったのよ、あなたが来てくれて」
ジャイアントベアーのことかな?
「いえいえ、たまたま居合わせただけですよ」
「そうじゃなくて、ヒック!」
「はあ・・・」
「私は一度失敗してますわ、ヒック!」
「失敗ですか?」
「ええ、ヒック!戦争を・・・止められなかった」
戦争を止められなかった?
「えっと・・・それは・・・」
「百年近く前のことよ、ヒック!・・・北半球で起こった大規模な戦争を止められなかったのよ」
百年前・・・北半球での戦争・・・神気の件に関係があるのか?
「だから・・・今回も失敗するかと怖かった・・・ヒック!」
「・・・」
「でも、あなたは来てくれた・・・嬉しかったわ・・・ありがとう」
ここまで言うと、急にすやすやと寝てしまった。
ゴンズ様を見ると、両手を挙げていた。
また一つピースが現れた。
神気問題に、北半球の戦争が関係しているのか?
世界樹の件と偶然重なった?
でも百年前から神気が薄くなっていったことは間違いない。
北半球に何があるのか・・・
今はまだ分からないな。
謎を残して宴会は終了した。
炊き出しは開始から十日で終了した。
七日目あたりから、街の様子が大きく変わっていた。
天候を操作したことが、大きかったのかもしれない。
雪が解けると体力を回復した人々は、自分の仕事を始めだした。
中には食材を買い取りたいと言い出す者まで現れた。
いい傾向だ。
メルラドの人々は決してお金が無いわけではない、ただ単に買える食材が無いだけなのだから。
既に炊き出しは、美味しい物がただで貰えるから、貰いに行く物に変わってきていた。
食料飢饉は脱したと言ってもいいだろう。
あとは、この国が独り立ちできることをサポートをすることだ。
明日からは炊き出しを止め、野菜の販売に切り替えることにした。
日持ちのする根菜を中心に販売する予定だ。
そこで、誰が屋台の販売をおこなうのか?ということになったのだが、船員の中から四人が手伝いたいと言い出した。
「嬉しい話だが、船の方はいいのか?」
「船は当分の間出ることはありません。今は国の復興に尽くすべきだと思うのです」
こういうのはリーダー格のジョシュアだ、魔人の男性である。見た目は人間とほぼ変わらない。
「それに打算もあります」
「打算?」
「ええ、サウナ島の食事は美味しいし、風呂もサウナも最高です!」
「随分正直だな」
「へへ」
「まあいいだろう、その正直さに免じてお前達に託すとしよう」
「ほ、本当ですか?」
「やった!」
「よし!」
「ああ本当だ、ちゃんと給料も出そう」
「うおお!」
「島野さん、恩にきます!」
「ひとまず打ち合わせが必要だ、島に行くぞとその前に、リチャードさんを呼んで来てくれるか?」
「了解です!」
四人は王城に向かった。
リチャードさんを待ちつつ、最後の炊き出しを終了した。
数分後リチャードさんが現れた。
「島野様、お待たせしました」
「いえいえ、今日で炊き出しは終了しようと思います」
「これまで本当にありがとうございました」
「それで、今後のことなんですが」
「ちょっと待って下さい、場所を変えましょうか?」
とリチャードさんに誘われた。
人目に付くところは避けようという気遣いかな?
「そうですね、こいつらも連れて行っていいですか?」
「ええ、どうぞ」
王城の中に歩を進める。
王城とは言っても質素な建物だった。
装飾品の類は見当たらない。
石造りの重厚感はあるが、城とは言いづらい質素な建物だった。
「失礼かもしれませんが、随分と質素な城ですね」
「ええ、お恥ずかしながら」
「いえ、質素倹約という言葉もありますから」
「そう言って貰えると助かります」
部屋の中に通された。
リチャードさんの執務室なのだろうか、大きな木製の机に、四人掛けのテーブルとソファーが置いてあった。
「こちらにどうぞ」
とソファーに手を向けている。
船員達は座らずに俺の後ろに立っていた。
「まずは島野様、これまで本当にありがとうございました」
リチャードさんは深々とお辞儀した。
「どういたしまして」
「それで、この先についてお話させてください、本来であれば私の方から出向かなければいけない所、申し訳ありませんでした」
リチャードさんは堅いな。
でもこれがリチャードさんということなんだろう。
嫌いじゃないよ。
「いえ、さっそく始めましょう」
「はい、お願いします」
「まず今日で炊き出しは終了と考えています」
「はい、同意いたします」
「明日からはサウナ島の野菜や、その他の食料品の販売を始めようと思います」
「よろしくお願いいたします」
「それと並行して、農家に対して技術提供と、寒い地域でも育つ野菜の種を提供しようと考えております」
「えっ!そんなことまでよろしいのですか?」
「ええ、せっかく乗り掛かった船です。ちゃんと独り立ち出来るまで、面倒をみさせて頂きますよ」
「おお!なんとお礼を言ったらよいのやら」
「お礼なんて要りません、出来る者が出来ない者に知恵を共有することは、当たり前のことです」
「なんと・・・島野様には独占するという考えは無いご様子」
「独占なんてなんの意味も持ちません。独占は独立を生みますが、孤独も生みます。孤独は寂しいものです。私はそんな人生は歩みたくはないのでね」
「ああ、やはり島野様は別格です。オリビア様が認める訳です」
オリビアさんが認める?
俺を?
「それで話を戻しますが、食品の販売をこの四人に任せる予定です」
船員の四人が頭を下げた。
「「よろしくお願いします!」」
リチャードさんも軽く頭を下げた。
「この者達であれば問題ないでしょう、私も船の中でこの者達の働きをみておりましたが、しっかりしたものでした。取り立ててジョシュアは人望も厚く、一生懸命に働いておりました。周りを見る目も持っている」
ジョシュアが再度頭を下げた。
「ありがとうございます。リチャード様」
リチャードさんは笑顔で返した。
「さて、まずは技術提供に関してですが、まずは集めれるだけの、農家の代表を一ヶ所に集めて欲しいのですが、段取りを任せてもいいですか?」
「はい、それしきのこと当然です」
「お願いします。それでここはお金の掛かることになりますので、相談になりますが、メルラドは気温の低い国であると聞いております」
「おっしゃる通りです」
「そこで私の異世界の知識でハウス栽培という物がありますが、これを試してみてはと思うのですが、どうでしょうか?」
「島野様、少々お待ちいただけませんでしょうか?」
「ええ」
リチャードさんが退室した。
数分後、一人の女性を伴って入室してきた。
「島野様、この者はメルラドの農政大臣のピコです」
と言うと、ピコさんがお辞儀をした。
「島野様、農政大臣のピコと申します。この度はお力添えいただきありがとうございます。島野様の野菜は本当に素晴らしい物であることを、私は存じております。恥ずかしくも私も炊き出しの美味しさに魅了された一人でございます、本日も並ばせていただきました」
低身長な女性だった。
可愛らしい容姿をしている。
なんか見たことあるなこの人。
思い出した!毎回炊き出しを受け取った時に、涙を流していた人だ。
確かさっきもそうだったような・・・
「先ほどのハウス栽培について提案があった話を軽くしてあります、詳細をお願いします」
「ピコさん、ハウス栽培とは分かりやすく言えば、気温を落とさず、適切な温度を管理する施設です」
「えっと、それはどうやって」
ピコさんはいまいち分かっていないようだ。
「たとえば、ガラス張りの施設を造るとかですかね」
「・・・」
ピコさんは驚くほどに目を見開いている。
「そんな考え方があったとは!」
ピコさんが突然騒ぎだした。
「ああ!凄い!天才!そうか、そんなことが・・・」
と言って、右往左往している。
ちょっと落ち着いてくださいな。
「ピコ!落ち着きなさい!」
「はいー!」
ピコさんが我に返ったようだ。
「ピコさんまずは座ってください」
「すみません、取り乱しました」
ピコさんはやっと座ってくれた。
なかなかの癖すごさんのようだ。
「そんな考え方があったとは、しかし島野様、ガラスは高価な物です。金額として釣り合う物なのでしょうか?」
「高価な物とは思えません、というのもガラスの質にもよりますが、安く仕上げる自信がありますし、こちらには鍛冶の神様もついてますのでね」
「鍛冶の神様・・・かの有名なゴンガス様でしょうか?」
「ええ、ドワーフのおじさんです」
「・・・」
「いや、おのおじさんはよくサウナ島に遊びに来ますよ」
「・・・」
「あれ?どうかしましたか?」
「島野さま・・・ゴンガス様といえば、鍛冶のみならず物作りの神ともいわれる著名なお方です。ドワーフのおじさんなどと・・・」
「そうなんですか?あの酒飲みおじさんが著名なんですか、へえー」
「う!・・・」
「まあ、ゴンガス様のことは置いといて、費用面として、そこまで心配は無いかと思います」
「そうですか・・・」
「それで、実験的に始めて見る気があるのかどうかということです」
ピコさんもリチャードさんも考え込んでいた。
「決めかねるのですが・・・」
「ではこうしませんか、半分を私が持ちますので、収穫できた農作物を折半しませんか?実験が上手くいくかどうかに、俺も興味がありますので」
「おお、折半ですか、であれば可能かもしれません」
「ただし、これはあくまでこちらからの発案ですので、労働力は提供頂くことになります」
「それはもちろんです、そこまで甘えるつもりはありません」
「では決定ということでいいですね?」
「ええ、お願いします」
ちょっと強引だったか?
まあいいや。
「じゃあその方向で、場所の選定はお任せします」
「「かしこまりました」」
「あと、アイリスさんから農業の手ほどきも行ってもらいますので、その予定でいてください」
「アイリスさんとは?」
「サウナ島の農業を取り仕切っている人で、食物栽培の専門家です」
「食物栽培の専門家ですか?その様な方がおられたとは、いやはや何とも心強いですね」
アイリスさんそういうことになってますので、よろしくお願いします。
「では日程が決まりしたらご連絡ください。明日より野菜の販売を始めますので、ジョシュアに言伝ください」
「その様にさせていただきます」
俺はジョシュア達を連れて席を立った。
サウナ島にジョシュア達を連れて帰ってきた。
「さて、屋台販売の打ち合わせだ」
「「「はい!」」」
「まずは座ってくれ」
全員が腰かけた。
「まず、次に出航するまで何ヶ月あるんだ?」
「およそ三ヶ月ほどです」
「じゃあ三ヶ月間の契約社員だな」
「契約社員ですか?」
「ああ、期間を限定した社員だ」
「なるほど」
「それで雇用条件だが、月に金貨十枚でどうだ?」
「そんなに貰っていいのですか?」
「ああ、その分しっかりと働いて貰うからな」
「「「はい!」」」
「あと福利厚生として、三食の食事と風呂やサウナも自由に使って貰って構わない」
「すいません、話の腰を折る様で申し訳ないのですが、福利厚生とはなんでしょうか?」
「そうだったな、この世界の人達には聞き馴染みがない言葉だったな、福利厚生とは社員が受けるサービスのことだと考えて貰っていい。労働に対してただ賃金を支払うだけでは無く、様々なサービスを受けれるといった物だ」
「そんなものがあるんですね?」
「ああ、俺がいた世界では一般的だったから、島野商事の皆はそういった待遇を受けている」
「なんだか凄いですね・・・」
「ちなみに先ほど話した食事の提供に加えて、一人二杯まで無料でビールを飲むことが出来る。それ以降は自分で買ってくれ」
「マジですか!あの美味いビールが!」
「最高だな!」
「おいおい、ちゃんと働いてから言ってくれ。この野菜の屋台販売は、分かってはいるとは思うが、メルラドの復興という側面もあるから、気を引き締めて掛かるようにしてくれよ」
「もちろんです!」
「任せてください!」
「それでだ、この中に読み書き計算が出来る者はいるか?」
「全員できます」
ジョシュアが代表して答えた。
へえー、全員とはちょっと意外だな。
「そうか、各野菜の金額や保存方法などは、管理チームのゴンとメタンに教わってくれ」
「「「はい!」」」
「じゃあ早速行こうか」
「「「了解です!」」」
ゴンとメタンを引き合わせた。
ゴンには屋台の使用方法なども教える様に指示した。
ジョシュア達には、本当は寮を与えたかったが、今は部屋の空きが無い為、通いで勤めて貰うことにした。
まあ朝と夕に、俺かギルが転移扉を開けるだけなんだけどね。
あとは一度サウナ島に来て以来、オリビアさんがしょっちゅう遊びに来るから。
タイミングが会ったら彼女にも転移扉を開けてもらおうと思う。
今はタダ飯食いだから、それぐらいはして貰いたい。
でも毎回歌ってくれるから、タダではないのかな?
オリビアさんの歌は格別だからな、あれは良い。
というか凄く良い!
何度でも聞きたくなる。
ただバラードだけは、勘弁して欲しい。
サウナ島の皆が大泣きを始めるからな・・・
さて、俺はゴンガス様の所に向かった。
納品とハウス栽培についての相談だ。
お店の中に入ると、珍しく受付にゴンガス様がいた。
「あれ?ゴンガス様が受付にいるとは、珍しいですね」
「へ!たまにはいだろう」
「メリアンさんはどうしたんですか?」
「お前さんを見習って、休日を取らせることにしたんだ」
「へえ、良いですね」
「まあのう、あいつは働き詰めだったからのう、たまにはな、で今日は納品か?」
「ええ、それもありますが、一つ相談がありまして」
「そうか、先に納品を終わらせようかのう」
というと、酒工房に誘導された。
この酒工房には初めて入る。
中に入ると、蒸留用の機材が並んでいた。
「おおー!壮観ですね!」
「ん?始めてだったか?」
「ええ始めてです。蒸留用の機材は見ごたえありますね」
「ああ、儂の自慢の設備だの」
「いいですね」
「ここに置いてくれ」
指定された所に大麦とトウモロコシを置いた。
俺達は店に戻ってきた。
「それで、今度は何なんだ?」
「実はですね・・・」
これまでのメルラドのことを話した。
「そんなことになっておったのか・・・お前さん、何で一声かけてくれんかったんだ?連れないのう」
「いや、そうしようかとも思ったんですが、とにかくドタバタでして、それに五郎さんの所からも援軍がありましたので」
「くっ!五郎に良いとこ持ってかれたのか?」
ありゃまあ、そう言って貰えると助かります。
「それでですね、ここからはゴンガス様の手を借りたいと考えていまして」
「おお!儂の出番もあるってのか?」
「はい、ここからはゴンガス様の出番です」
「そうかそうか、聞こうじゃないか」
髭を触りながら、満足そうな顔をしている。
「メルラドで実験的に、ハウス栽培を始めて見ようということになりまして」
「ハウス栽培?」
「そうです、ハウス栽培です」
俺はハウス栽培についての詳細を話した。
「そこで、ガラスの作成をお願いしようと思いまして」
「なるほどのう、今回はこれまでの瓶と違って質が重要だの、透明度を高めないと意味がないってことだ」
「その通りです、それに強度も重要になります」
ゴンガス様は膝を叩いた。
「いいだろう!やってやろう」
と自信を覗かせた。
「それにしてもお前さん、儂は前に言ったよな、お前さんの異世界の知識が面白いと、こういうところが面白いんだ」
「ハハハ、確かにそうですね」
確かにこの世界の人にとっては、面白い知識なんだろうな。
「そこでまずは、これなんですが」
と言いつつ『収納』から転移扉を取り出した。
「何だこの扉は?」
「これは転移能力を付与した扉です」
ゴンガス様は目を丸くした。
「お前さん、いよいよやりおったな」
しっかり睨まれた。
「はいやらせて貰いました。これからもやらせて貰います」
「ほう、その心は?」
「今回のメルラドの件で、俺も思う所がありまして」
「そうか思う所があるか。まあいいだろう自由にやればいい、お前さんを支持してやろう。とは言いつつも、儂も好きに使わせて貰うがのう、ガハハハ!」
ゴンガス様は話が早い、全てを言わずとも理解してくれる。
「よし、数日中に一度メルラドの建設予定地を見に行くとするかの」
「ありがとうございます!」
「で、これからはお前さんに伺うこと無く、サウナ島に行けるってことだの、もう店は締めてさっそくサウナに入りに行かせて貰うぞ」
「ご自由にどうぞ」
いの一番に仕事以外で使われてしまった。
この親父さんからそんなもんか。
やれやれだな。
まずはアイリスさんに、メルラドの農業に関する技術指導について話をした。
アイリスさんは大喜びで、本に纏めると言ってどっかにいってしまった。
本が出来上がったら要チェックだな。
やり過ぎるに決まっている。
次に屋台班の様子をチェックしに行った。
ジョシュア達は、ゴンとメタンから言われたことをちゃんと理解してる様子で、今は屋台のチェックをしている。
使う屋台は二つで、野菜が見やすい様に天板が外してある。
こちらも問題はなさそうだ。
明日の販売は初日ということもあり、ギルとテリーを同行させる予定だ。
ギルはメルラドでは人気者だし、テリーも警護に当たった経験がある為、二人には屋台の列の警護をさせるつもりだ。
炊き出しほどでは無いだろうが、ここでも押し合いが始まったら危険だ。
目を光らせておく必要はある。
屋台販売初日。
朝に転移扉で迎えに行き、朝食を済ませてから屋台の準備を行う。
十個のマジックバック全部に、大量の野菜が詰め込まれている。
準備完了とのことで、さっそくメルラドへ向かうことにした。
既に数名の商人風の者や、飲食店の関係者らしき者達が、今か今かと待ち構えていた。
後で聞いたのだが、リチャードさんが宣伝を行ってくれていたらしい。
ご配慮に感謝です。
屋台を組み上げ野菜を並べる。
俺は屋台販売の様子を、遠目に見学することにした。
どれだけ彼らが上手く捌くことができるのか?
見ものであるし期待もしている。
ジョシュアの力量に期待値が上がる。
販売が開始した。
列を作るようにギルとテリーが誘導する。
沢山量はあるから、安心しろとのアナウンスを入れている。
テリーも仕事が出来るようになったもんだ。
関心関心。
一方屋台の方は、てんやわんやではあるが、一人一人と丁寧に話をしながら販売を進めていた。
一時間ほど屋台販売を眺めた所で、リチャードさんがやってきた。
「野菜の販売は順調そうですね」
「ええそのようです、ジョシュアが上手く他の者達をコントロールできているようですね」
「やはりあの者は使えます。王城に取り立てたいぐらいです」
「おっと、今は家の契約社員ですので諦めてください」
「ええ、存じております」
ここで、身を正したリチャードさんは、
「島野様、王城に来て貰えませんか?」
と俺を誘った。
「いいですが、どうしてでしょうか?」
「魔王様が感謝の意を伝えたいと仰っております」
「ああ、そういうのはいいですよ。気にしないでください」
「そうはいきません。これはケジメです。国の恩人にお礼の一つもしていないとなると、国の威信に関わります」
「そんなもんですかね?」
「そんなもんです、ささ、付いて来てください」
有無を言わさずといった様子で、リチャードさんが強引に腕を引いてきた。
「分かりましたから、手を放してください」
と言うと渋々手を放してくれた。
ふう、リチャードさんは何気に強引なところがあるんだよな・・・
リチャードさんに付いて行くと、王の間に通された。
王の間には、玉座に座る魔王メリッサと、その脇にはオリビアさんが控えていた。
親衛兵が左右に二人ずつ配置されている。
玉座から赤い絨毯が敷き詰めてあり、俺はその上を歩いて行く。
魔王メリッサは可愛らしい高校生の様な顔を綻ばせて、こちらを見ていた。
やはり女子高生にしか見えんな。
鎧は来ておらず、タキシードの様な服装をしていた。
俺が近づくと、オリビアさんがこっそりと手を振った。
視線で返事をする。
いい距離感の所で止まると、リチャードさんは跪いた。
俺は跪かない。
そりゃあそうだろう、俺はこの国の国民ではないからね。
すると、親衛兵からきつい視線が浴びせられた。
これは無視しよう。
あー、やだやだ、怖い怖い。
「守さん、この度はメルラドをお救いくださり、ありがとうございました」
オリビアさんが頭を下げた。
「いえいえ、やるべきことをやったまでです」
「そうご謙遜なさらず」
「はあ、そう言われましても・・・」
とここでメリッサさんが話しだした。
「島野さん・・・私聞きました・・・島野さんがしてくれたこと・・・この先もしてくれようとしていること・・・どうお礼を言ったらよいか・・・」
あれ?始めて会った時の尊大な態度は何処え?
「ああ、そんなに重く受け止めてくれなくていいから、俺は単にお節介なだけですから」
「とは言っても・・・あなたはこの国にとっては救世主です・・・何でもおっしゃってください。私に出来ることなら、何でも致します」
「何でもって・・・」
おいおい、こういうのが要らないんだよな・・・
「ただ申し訳ないことに、今はこの国には、恩返しを出来るほどの国力が無いのが現状です・・・」
「まあ、それはおいおい考えていきましょう。ちょっと考えていることもありますので」
「考えていることですか?」
「ええ、考えが纏まったらお話しさせて貰いますよ」
「そうですか・・・」
オリビアさんが何か言いたそうにもぞもぞしている。
「オリビアさん、何かありましたか?」
話を振られて嬉しそうな表情を浮かべたオリビアさん。
「守さん、一つお願いしたいことがあるのですが」
「なんでしょう?」
嫌な気がする・・・
「あの、メリッサちゃんをサウナ島に連れていってもいいですか?」
「はい?」
「ちょっとこの子に世界を見せてあげたいんです」
「世界ですか?サウナ島は世界の中心ではありませんが・・・」
「今はですよね?」
「・・・」
ああ、オリビアさん・・・勘弁してくれよ。先手を打つなんてひどいじゃないか・・・
「オリビアさん・・・いいですが・・・ひどくないですか?」
「そうですか?守さんならどうってことないでしょう?」
「はあ・・・もう・・・好きにしてください・・・」
「ウフフ」
何で神様って先読みをしたがるんだろうね・・・やだやだ!
「いつでもどうぞ、転移扉はオリビアさんにしか開けられませんからね。とはいっても身元の分からないような者は、連れて来ないでくださいね」
「分かっていますわ」
オリビアさんの勝ち誇った顔がちょっとムカついた。
天真爛漫女神め!
くそぅ!
俺は王城を後にした。
屋台に戻ると、概ねの販売は終了していた。
「ジョシュアお疲れさん、どうだった?」
「島野さんお疲れ様です。順調ですが、ちょっと野菜が足りないですね、初日のことですので、様子は見た方がいいかとは思いますが」
「そうかジョシュアに任せるよ、増やした方が良いと思うのならそう言ってくれ」
「はい、ありがとうございます!」
ジョシュアは仕事を任されて嬉しいようだ。
「よしお前ら、サウナ島に帰るぞ!」
「あざっす!」
「お疲れっす!」
「風呂入りたい!」
とお疲れのご様子。
サウナ島で癒されてくださいな。
お疲れさん!
サウナ島に帰ると、アイリスさんが待ち構えていた。
「アイリスさん、どうしましたか?」
「守さん、書きあげました!」
と誇らしげにしているアイリスさん。
えっ!もう出来たの?
「これがそうです!」
アイリスさんに紙束を渡された。
おお!仕事が早い。
「アイリスさん、ではチェックさせて頂きますね」
「ええ、お願いします。渾身の一作になりました!」
と興奮冷めやらぬといったアイリスさん。
サラッと見て見る。
いきなり駄目だろう・・・
やれやれ、明日は添削作業に追われそうだ・・・
その予想は正しく、俺は一日掛けて添削作業に追われた。
まずはいきなりここから始まる。
「アイリスの初心者から始める農家入門教本」
はあ・・・初心者ってことは中級者や上級者があるってことなのか?
更に一ページ目にはこう記されていた。
「作物の声を聞け!そこから道は開ける!」
・・・はい、削除しました。
作物の声を聞けるのはアイリスさんぐらいですって。
でもここから先が凄かった。
作物の特徴、水やりの方法から、最適な温度や与える必要がある肥料、果ては雑草の処分方法まで、有りとあらゆる農業のことが記されていた。
これは正にバイブルと言っていい。
内容はとてもわかり易く、素人が始めるには、正にうって付けだ、プロでも知らない知識が満載であった。
こんな物を世に出していいんだろうか?
否、いいんだろう。ここからこの世界の農業改革が始まると思う。
作物が変わるということは、食事が変わる。
食事が変われば、人が変わる。
人が変われば、世界が変わる。
この世界がよりよくなることは間違いない。
喜ばしいことに違いない。
そう俺は考えていた。
この世界がより良くなることに期待したい。
三日後
アイリスさんの農業に関する技術指導が始まった。
それと同時に、ハウス栽培の候補地の視察を行う。
アイリスさんは、主だった農家達に俺が『複写』で作った本を配り、畑の視察を行っている、そして念の為ギルがサポートについている。
まあ荒事にはならないだろうがね。
俺はゴンガス様がメルラドは始めてということなので、そっちに同行している。
ゴンガス様に、リチャードさんとピコさんを紹介した。
リチャードさんとピコさんは始めて会う、ゴンガス様に緊張していたが、俺が間に入ることで徐々に打ち解けていった。
候補地は国が管理する畑がある為、そこで行うということだった。
広大な敷地の畑だが今はなにも作物を育ててはいない。
「お前さん、この広さ全部使うつもりか?」
「いえ、まずは実験的にと考えてますので、一部にしようと思います。後は資金的な面も考慮しませんといけませんので・・」
「そうだのう、これ全部となると相当に金がかかるわい」
「ええ、まずはそうですね。横幅二十メートル、縦幅五十メートルぐらいの広さからどうでしょうか?」
「高さはどうする?」
「リチャードさん、この国の人達の平均的な身長はどれぐらいでしょうか?」
「そうですね、百七十センチぐらいでしょうか?」
「であれば、二メートル五十センチぐらいでどうでしょうか?」
「まあ妥当な線だの、よし、連結部分はどうする?」
「ゴムか木でどうですかね?」
「ゴムでは強度の心配があるのう、木製にした方がよいな」
「分かりましたこちらで準備しましょう。ガラスの厚みはどれぐらいにしましょうか?」
「リチャードさんとやら、この辺は風は強く吹くのか?」
お!お前さんじゃないのか。
「今の季節ですとそうでもありませんが、冬場は強風が吹くこともあります」
「そうか、なら厚さは五センチぐらいだの、それでどうだ?お前さん?」
「いいと思います」
「よし決まったの、さっそく工房に帰って準備に取り掛かろう。サイズがデカいから少々時間を貰うぞ、よいか?」
「大丈夫です、リチャードさんとピコさんも大丈夫ですよね?」
「はい、問題ないです」
ピコさんは何度も頷いていた。
「じゃあ俺はアイリスさんの所を覗いてきますね」
「ああ、行ってこい」
三人を残してアイリスさんの所に向かった。
アイリスさんは実に活き活きとしていた。
土に触れ、農家の皆さんに囲まれてにこやかだった。
俺はギルの横に立った。
「順調そうだな」
「パパ、やっぱりアイリスさんは凄いよ。農家の皆さんも最初は懐疑的な感じだったけど、あっという間に信用されてたよ」
「アイリスさんはプロだな」
「うん、プロだよ」
この後も日が暮れるまでアイリスさんの技術指導は続いた。
アイリスが配った教本は、数年後には「アイリスの書」として農家には欠かせない書物とされ、中には先祖代々受け継がれる家宝とする者も現れるのだったが、今の守達には知る由もなかった。
更に五日後
ハウスが完成した。
ガラスの土台部分は木材を使用し、ガラスの連結部分にも木材を嵌め込んである。
これは俺がチャチャっと作成し、一通りのガラスをはめ込み完成した。
まずは内部と外部での温度差を計測してみることから始める。
これはピコさんに任せることになった。
朝昼晩各一回ずつ計測し、天気も記載してもらう。
そのデータを元に、アイリスさんが何をどう栽培するのかを決めていく。
今回のハウス建設に、アイリスさんが大はしゃぎしていた。
ちゃっかりと、サウナ島でもやってみたいとおねだりもされた。
構いませんが、まずは実験を優先してくださいな。
そしてオリビアさんと共に、魔王メリッサを訪れ、お地蔵さんの寄贈と教会の石像の改修を行う許可を貰った。
お地蔵さんは十体寄贈し、教会は三カ所改修した。
ここからメルラドが変わっていく、俺は大きな期待と少しの不安の入り混じった、そんな気分に包まれていた。
今後メルラドは大きく変わっていくだろう。
「島野、今回はありがとよ、お前のお陰で最高に楽しめたぞ!」
「何をいいますのやら、こちらこそゴンズ様にはお世話になりましたよ」
「しかしお前はいろいろ呼び込む体質のようだな」
「そうですか?」
「ああそうだろうが、お地蔵さんの件といい、内のレケも引き取ってくれたこともそうだ、それでいてメルラドの一件だ、そうじゃなくて何だってんだ!」
「ハハハ、確かにそうですね」
渦中の栗を拾いに行ってる訳ではないんですがね。
「でも、それだけ前に進んでるってことだ、現にレケは随分成長した様だしな、助かってるぞ」
「そういえば話は変わりますが、オリビアさんとは知り合いなんですね?」
「ああそうだ、あいつはふらりと現れてはどっかに行っちまう、流浪の神だからな」
「流浪の神様が、今回はメルラドを救ったという話でしたよ」
「だろうな、あいつの歌の力は強力だからな、不思議と気が付いたら気分が変わっちまってるからな」
「さっきも凄かったですね、俺も思わずリズムを刻んでましたよ」
「ハハハ、そうだったな」
ふとゴンズ様の表情が変わった。
「それで島野、お前はこの先どうするつもり何だ?」
「どうするとは?」
「今回の件もそうだが転移扉だ。使い方によってはこの世界が変わるぞ」
「ええ分かってます。五郎さんにも言われました」
「五郎ってあの温泉街のか?」
「はい、五郎さんとは同郷なんです」
「へえー、そうなのか」
「はい、良くして貰ってます」
「その五郎ともここで会おうと思えば、会えるということだな」
「そうなります」
「なあ、これはお前がこの先考えることなんだが、一度集めれるだけの神を集めてみたらどうだ?」
「はい、神気の件ですね」
「ああそうだ、だいぶ濃くはなってきてはいるが、まだまだだ、根本的な解決が出来ているとは思えねえ」
やはりそう感じるか。
「そうですね。ただ今はこれといった情報が無いので、動くのはまだ先かと思いますが・・・」
「いずれにしてもお前が決めることだ。何かあったら言ってくれ、相談には乗らせて貰うぞ。それにここの風呂はいいな。最高だぞ!」
「ありがとうございます。サウナは試しましたか?」
「いやまだだ、取っておいてある」
「楽しみは取っておくタイプなんですね?」
「ああ、また来させてもらうつもりなんでな」
「ええ、いつでもどうぞ。レケも喜びますよ」
「あとそうだ、今度養殖場を見せてくれ。どうにも気になってな」
恥ずかしいのか、頭をポリポリ掻いている。
「そういうと思ってましたよ」
「レケの自慢が煩いんだぞ、知ってるか?」
「あいつは養殖にそうとう自信を持ってますからね」
「その様だな、それに盗める技術は盗みたいのも本音だ」
正直な神様だ。
「いいですよ、いくらでも盗んでください」
「ハハハ、軽いな」
「ええ、囲い込むつもりは毛頭ありませんから、独占なんて俺の性に合わないんですよ、有効な技術は広めるべきなんです」
「やっぱりお前は神の素質に溢れてるな」
「えっ!そうですか、照れるじゃないですか」
「けっ!そんなことで照れるんじゃねえよ」
とここで、オリビアさんが混じってきた。
「あら、本日の主役がこんな所にいた」
随分と飲んでいる様だ。フラフラだ。
「オリビア、飲みすぎなんだよお前。なに浮かれてやがる、らしくもねえな」
「へへ、良いじゃないの、そんな日もあってもさ。どうせ私達は寿命なんて無いんだからさ」
「けっ!まあ気持ちは分かるがな」
「守さん、私本当に嬉しかったのよ、あなたが来てくれて」
ジャイアントベアーのことかな?
「いえいえ、たまたま居合わせただけですよ」
「そうじゃなくて、ヒック!」
「はあ・・・」
「私は一度失敗してますわ、ヒック!」
「失敗ですか?」
「ええ、ヒック!戦争を・・・止められなかった」
戦争を止められなかった?
「えっと・・・それは・・・」
「百年近く前のことよ、ヒック!・・・北半球で起こった大規模な戦争を止められなかったのよ」
百年前・・・北半球での戦争・・・神気の件に関係があるのか?
「だから・・・今回も失敗するかと怖かった・・・ヒック!」
「・・・」
「でも、あなたは来てくれた・・・嬉しかったわ・・・ありがとう」
ここまで言うと、急にすやすやと寝てしまった。
ゴンズ様を見ると、両手を挙げていた。
また一つピースが現れた。
神気問題に、北半球の戦争が関係しているのか?
世界樹の件と偶然重なった?
でも百年前から神気が薄くなっていったことは間違いない。
北半球に何があるのか・・・
今はまだ分からないな。
謎を残して宴会は終了した。
炊き出しは開始から十日で終了した。
七日目あたりから、街の様子が大きく変わっていた。
天候を操作したことが、大きかったのかもしれない。
雪が解けると体力を回復した人々は、自分の仕事を始めだした。
中には食材を買い取りたいと言い出す者まで現れた。
いい傾向だ。
メルラドの人々は決してお金が無いわけではない、ただ単に買える食材が無いだけなのだから。
既に炊き出しは、美味しい物がただで貰えるから、貰いに行く物に変わってきていた。
食料飢饉は脱したと言ってもいいだろう。
あとは、この国が独り立ちできることをサポートをすることだ。
明日からは炊き出しを止め、野菜の販売に切り替えることにした。
日持ちのする根菜を中心に販売する予定だ。
そこで、誰が屋台の販売をおこなうのか?ということになったのだが、船員の中から四人が手伝いたいと言い出した。
「嬉しい話だが、船の方はいいのか?」
「船は当分の間出ることはありません。今は国の復興に尽くすべきだと思うのです」
こういうのはリーダー格のジョシュアだ、魔人の男性である。見た目は人間とほぼ変わらない。
「それに打算もあります」
「打算?」
「ええ、サウナ島の食事は美味しいし、風呂もサウナも最高です!」
「随分正直だな」
「へへ」
「まあいいだろう、その正直さに免じてお前達に託すとしよう」
「ほ、本当ですか?」
「やった!」
「よし!」
「ああ本当だ、ちゃんと給料も出そう」
「うおお!」
「島野さん、恩にきます!」
「ひとまず打ち合わせが必要だ、島に行くぞとその前に、リチャードさんを呼んで来てくれるか?」
「了解です!」
四人は王城に向かった。
リチャードさんを待ちつつ、最後の炊き出しを終了した。
数分後リチャードさんが現れた。
「島野様、お待たせしました」
「いえいえ、今日で炊き出しは終了しようと思います」
「これまで本当にありがとうございました」
「それで、今後のことなんですが」
「ちょっと待って下さい、場所を変えましょうか?」
とリチャードさんに誘われた。
人目に付くところは避けようという気遣いかな?
「そうですね、こいつらも連れて行っていいですか?」
「ええ、どうぞ」
王城の中に歩を進める。
王城とは言っても質素な建物だった。
装飾品の類は見当たらない。
石造りの重厚感はあるが、城とは言いづらい質素な建物だった。
「失礼かもしれませんが、随分と質素な城ですね」
「ええ、お恥ずかしながら」
「いえ、質素倹約という言葉もありますから」
「そう言って貰えると助かります」
部屋の中に通された。
リチャードさんの執務室なのだろうか、大きな木製の机に、四人掛けのテーブルとソファーが置いてあった。
「こちらにどうぞ」
とソファーに手を向けている。
船員達は座らずに俺の後ろに立っていた。
「まずは島野様、これまで本当にありがとうございました」
リチャードさんは深々とお辞儀した。
「どういたしまして」
「それで、この先についてお話させてください、本来であれば私の方から出向かなければいけない所、申し訳ありませんでした」
リチャードさんは堅いな。
でもこれがリチャードさんということなんだろう。
嫌いじゃないよ。
「いえ、さっそく始めましょう」
「はい、お願いします」
「まず今日で炊き出しは終了と考えています」
「はい、同意いたします」
「明日からはサウナ島の野菜や、その他の食料品の販売を始めようと思います」
「よろしくお願いいたします」
「それと並行して、農家に対して技術提供と、寒い地域でも育つ野菜の種を提供しようと考えております」
「えっ!そんなことまでよろしいのですか?」
「ええ、せっかく乗り掛かった船です。ちゃんと独り立ち出来るまで、面倒をみさせて頂きますよ」
「おお!なんとお礼を言ったらよいのやら」
「お礼なんて要りません、出来る者が出来ない者に知恵を共有することは、当たり前のことです」
「なんと・・・島野様には独占するという考えは無いご様子」
「独占なんてなんの意味も持ちません。独占は独立を生みますが、孤独も生みます。孤独は寂しいものです。私はそんな人生は歩みたくはないのでね」
「ああ、やはり島野様は別格です。オリビア様が認める訳です」
オリビアさんが認める?
俺を?
「それで話を戻しますが、食品の販売をこの四人に任せる予定です」
船員の四人が頭を下げた。
「「よろしくお願いします!」」
リチャードさんも軽く頭を下げた。
「この者達であれば問題ないでしょう、私も船の中でこの者達の働きをみておりましたが、しっかりしたものでした。取り立ててジョシュアは人望も厚く、一生懸命に働いておりました。周りを見る目も持っている」
ジョシュアが再度頭を下げた。
「ありがとうございます。リチャード様」
リチャードさんは笑顔で返した。
「さて、まずは技術提供に関してですが、まずは集めれるだけの、農家の代表を一ヶ所に集めて欲しいのですが、段取りを任せてもいいですか?」
「はい、それしきのこと当然です」
「お願いします。それでここはお金の掛かることになりますので、相談になりますが、メルラドは気温の低い国であると聞いております」
「おっしゃる通りです」
「そこで私の異世界の知識でハウス栽培という物がありますが、これを試してみてはと思うのですが、どうでしょうか?」
「島野様、少々お待ちいただけませんでしょうか?」
「ええ」
リチャードさんが退室した。
数分後、一人の女性を伴って入室してきた。
「島野様、この者はメルラドの農政大臣のピコです」
と言うと、ピコさんがお辞儀をした。
「島野様、農政大臣のピコと申します。この度はお力添えいただきありがとうございます。島野様の野菜は本当に素晴らしい物であることを、私は存じております。恥ずかしくも私も炊き出しの美味しさに魅了された一人でございます、本日も並ばせていただきました」
低身長な女性だった。
可愛らしい容姿をしている。
なんか見たことあるなこの人。
思い出した!毎回炊き出しを受け取った時に、涙を流していた人だ。
確かさっきもそうだったような・・・
「先ほどのハウス栽培について提案があった話を軽くしてあります、詳細をお願いします」
「ピコさん、ハウス栽培とは分かりやすく言えば、気温を落とさず、適切な温度を管理する施設です」
「えっと、それはどうやって」
ピコさんはいまいち分かっていないようだ。
「たとえば、ガラス張りの施設を造るとかですかね」
「・・・」
ピコさんは驚くほどに目を見開いている。
「そんな考え方があったとは!」
ピコさんが突然騒ぎだした。
「ああ!凄い!天才!そうか、そんなことが・・・」
と言って、右往左往している。
ちょっと落ち着いてくださいな。
「ピコ!落ち着きなさい!」
「はいー!」
ピコさんが我に返ったようだ。
「ピコさんまずは座ってください」
「すみません、取り乱しました」
ピコさんはやっと座ってくれた。
なかなかの癖すごさんのようだ。
「そんな考え方があったとは、しかし島野様、ガラスは高価な物です。金額として釣り合う物なのでしょうか?」
「高価な物とは思えません、というのもガラスの質にもよりますが、安く仕上げる自信がありますし、こちらには鍛冶の神様もついてますのでね」
「鍛冶の神様・・・かの有名なゴンガス様でしょうか?」
「ええ、ドワーフのおじさんです」
「・・・」
「いや、おのおじさんはよくサウナ島に遊びに来ますよ」
「・・・」
「あれ?どうかしましたか?」
「島野さま・・・ゴンガス様といえば、鍛冶のみならず物作りの神ともいわれる著名なお方です。ドワーフのおじさんなどと・・・」
「そうなんですか?あの酒飲みおじさんが著名なんですか、へえー」
「う!・・・」
「まあ、ゴンガス様のことは置いといて、費用面として、そこまで心配は無いかと思います」
「そうですか・・・」
「それで、実験的に始めて見る気があるのかどうかということです」
ピコさんもリチャードさんも考え込んでいた。
「決めかねるのですが・・・」
「ではこうしませんか、半分を私が持ちますので、収穫できた農作物を折半しませんか?実験が上手くいくかどうかに、俺も興味がありますので」
「おお、折半ですか、であれば可能かもしれません」
「ただし、これはあくまでこちらからの発案ですので、労働力は提供頂くことになります」
「それはもちろんです、そこまで甘えるつもりはありません」
「では決定ということでいいですね?」
「ええ、お願いします」
ちょっと強引だったか?
まあいいや。
「じゃあその方向で、場所の選定はお任せします」
「「かしこまりました」」
「あと、アイリスさんから農業の手ほどきも行ってもらいますので、その予定でいてください」
「アイリスさんとは?」
「サウナ島の農業を取り仕切っている人で、食物栽培の専門家です」
「食物栽培の専門家ですか?その様な方がおられたとは、いやはや何とも心強いですね」
アイリスさんそういうことになってますので、よろしくお願いします。
「では日程が決まりしたらご連絡ください。明日より野菜の販売を始めますので、ジョシュアに言伝ください」
「その様にさせていただきます」
俺はジョシュア達を連れて席を立った。
サウナ島にジョシュア達を連れて帰ってきた。
「さて、屋台販売の打ち合わせだ」
「「「はい!」」」
「まずは座ってくれ」
全員が腰かけた。
「まず、次に出航するまで何ヶ月あるんだ?」
「およそ三ヶ月ほどです」
「じゃあ三ヶ月間の契約社員だな」
「契約社員ですか?」
「ああ、期間を限定した社員だ」
「なるほど」
「それで雇用条件だが、月に金貨十枚でどうだ?」
「そんなに貰っていいのですか?」
「ああ、その分しっかりと働いて貰うからな」
「「「はい!」」」
「あと福利厚生として、三食の食事と風呂やサウナも自由に使って貰って構わない」
「すいません、話の腰を折る様で申し訳ないのですが、福利厚生とはなんでしょうか?」
「そうだったな、この世界の人達には聞き馴染みがない言葉だったな、福利厚生とは社員が受けるサービスのことだと考えて貰っていい。労働に対してただ賃金を支払うだけでは無く、様々なサービスを受けれるといった物だ」
「そんなものがあるんですね?」
「ああ、俺がいた世界では一般的だったから、島野商事の皆はそういった待遇を受けている」
「なんだか凄いですね・・・」
「ちなみに先ほど話した食事の提供に加えて、一人二杯まで無料でビールを飲むことが出来る。それ以降は自分で買ってくれ」
「マジですか!あの美味いビールが!」
「最高だな!」
「おいおい、ちゃんと働いてから言ってくれ。この野菜の屋台販売は、分かってはいるとは思うが、メルラドの復興という側面もあるから、気を引き締めて掛かるようにしてくれよ」
「もちろんです!」
「任せてください!」
「それでだ、この中に読み書き計算が出来る者はいるか?」
「全員できます」
ジョシュアが代表して答えた。
へえー、全員とはちょっと意外だな。
「そうか、各野菜の金額や保存方法などは、管理チームのゴンとメタンに教わってくれ」
「「「はい!」」」
「じゃあ早速行こうか」
「「「了解です!」」」
ゴンとメタンを引き合わせた。
ゴンには屋台の使用方法なども教える様に指示した。
ジョシュア達には、本当は寮を与えたかったが、今は部屋の空きが無い為、通いで勤めて貰うことにした。
まあ朝と夕に、俺かギルが転移扉を開けるだけなんだけどね。
あとは一度サウナ島に来て以来、オリビアさんがしょっちゅう遊びに来るから。
タイミングが会ったら彼女にも転移扉を開けてもらおうと思う。
今はタダ飯食いだから、それぐらいはして貰いたい。
でも毎回歌ってくれるから、タダではないのかな?
オリビアさんの歌は格別だからな、あれは良い。
というか凄く良い!
何度でも聞きたくなる。
ただバラードだけは、勘弁して欲しい。
サウナ島の皆が大泣きを始めるからな・・・
さて、俺はゴンガス様の所に向かった。
納品とハウス栽培についての相談だ。
お店の中に入ると、珍しく受付にゴンガス様がいた。
「あれ?ゴンガス様が受付にいるとは、珍しいですね」
「へ!たまにはいだろう」
「メリアンさんはどうしたんですか?」
「お前さんを見習って、休日を取らせることにしたんだ」
「へえ、良いですね」
「まあのう、あいつは働き詰めだったからのう、たまにはな、で今日は納品か?」
「ええ、それもありますが、一つ相談がありまして」
「そうか、先に納品を終わらせようかのう」
というと、酒工房に誘導された。
この酒工房には初めて入る。
中に入ると、蒸留用の機材が並んでいた。
「おおー!壮観ですね!」
「ん?始めてだったか?」
「ええ始めてです。蒸留用の機材は見ごたえありますね」
「ああ、儂の自慢の設備だの」
「いいですね」
「ここに置いてくれ」
指定された所に大麦とトウモロコシを置いた。
俺達は店に戻ってきた。
「それで、今度は何なんだ?」
「実はですね・・・」
これまでのメルラドのことを話した。
「そんなことになっておったのか・・・お前さん、何で一声かけてくれんかったんだ?連れないのう」
「いや、そうしようかとも思ったんですが、とにかくドタバタでして、それに五郎さんの所からも援軍がありましたので」
「くっ!五郎に良いとこ持ってかれたのか?」
ありゃまあ、そう言って貰えると助かります。
「それでですね、ここからはゴンガス様の手を借りたいと考えていまして」
「おお!儂の出番もあるってのか?」
「はい、ここからはゴンガス様の出番です」
「そうかそうか、聞こうじゃないか」
髭を触りながら、満足そうな顔をしている。
「メルラドで実験的に、ハウス栽培を始めて見ようということになりまして」
「ハウス栽培?」
「そうです、ハウス栽培です」
俺はハウス栽培についての詳細を話した。
「そこで、ガラスの作成をお願いしようと思いまして」
「なるほどのう、今回はこれまでの瓶と違って質が重要だの、透明度を高めないと意味がないってことだ」
「その通りです、それに強度も重要になります」
ゴンガス様は膝を叩いた。
「いいだろう!やってやろう」
と自信を覗かせた。
「それにしてもお前さん、儂は前に言ったよな、お前さんの異世界の知識が面白いと、こういうところが面白いんだ」
「ハハハ、確かにそうですね」
確かにこの世界の人にとっては、面白い知識なんだろうな。
「そこでまずは、これなんですが」
と言いつつ『収納』から転移扉を取り出した。
「何だこの扉は?」
「これは転移能力を付与した扉です」
ゴンガス様は目を丸くした。
「お前さん、いよいよやりおったな」
しっかり睨まれた。
「はいやらせて貰いました。これからもやらせて貰います」
「ほう、その心は?」
「今回のメルラドの件で、俺も思う所がありまして」
「そうか思う所があるか。まあいいだろう自由にやればいい、お前さんを支持してやろう。とは言いつつも、儂も好きに使わせて貰うがのう、ガハハハ!」
ゴンガス様は話が早い、全てを言わずとも理解してくれる。
「よし、数日中に一度メルラドの建設予定地を見に行くとするかの」
「ありがとうございます!」
「で、これからはお前さんに伺うこと無く、サウナ島に行けるってことだの、もう店は締めてさっそくサウナに入りに行かせて貰うぞ」
「ご自由にどうぞ」
いの一番に仕事以外で使われてしまった。
この親父さんからそんなもんか。
やれやれだな。
まずはアイリスさんに、メルラドの農業に関する技術指導について話をした。
アイリスさんは大喜びで、本に纏めると言ってどっかにいってしまった。
本が出来上がったら要チェックだな。
やり過ぎるに決まっている。
次に屋台班の様子をチェックしに行った。
ジョシュア達は、ゴンとメタンから言われたことをちゃんと理解してる様子で、今は屋台のチェックをしている。
使う屋台は二つで、野菜が見やすい様に天板が外してある。
こちらも問題はなさそうだ。
明日の販売は初日ということもあり、ギルとテリーを同行させる予定だ。
ギルはメルラドでは人気者だし、テリーも警護に当たった経験がある為、二人には屋台の列の警護をさせるつもりだ。
炊き出しほどでは無いだろうが、ここでも押し合いが始まったら危険だ。
目を光らせておく必要はある。
屋台販売初日。
朝に転移扉で迎えに行き、朝食を済ませてから屋台の準備を行う。
十個のマジックバック全部に、大量の野菜が詰め込まれている。
準備完了とのことで、さっそくメルラドへ向かうことにした。
既に数名の商人風の者や、飲食店の関係者らしき者達が、今か今かと待ち構えていた。
後で聞いたのだが、リチャードさんが宣伝を行ってくれていたらしい。
ご配慮に感謝です。
屋台を組み上げ野菜を並べる。
俺は屋台販売の様子を、遠目に見学することにした。
どれだけ彼らが上手く捌くことができるのか?
見ものであるし期待もしている。
ジョシュアの力量に期待値が上がる。
販売が開始した。
列を作るようにギルとテリーが誘導する。
沢山量はあるから、安心しろとのアナウンスを入れている。
テリーも仕事が出来るようになったもんだ。
関心関心。
一方屋台の方は、てんやわんやではあるが、一人一人と丁寧に話をしながら販売を進めていた。
一時間ほど屋台販売を眺めた所で、リチャードさんがやってきた。
「野菜の販売は順調そうですね」
「ええそのようです、ジョシュアが上手く他の者達をコントロールできているようですね」
「やはりあの者は使えます。王城に取り立てたいぐらいです」
「おっと、今は家の契約社員ですので諦めてください」
「ええ、存じております」
ここで、身を正したリチャードさんは、
「島野様、王城に来て貰えませんか?」
と俺を誘った。
「いいですが、どうしてでしょうか?」
「魔王様が感謝の意を伝えたいと仰っております」
「ああ、そういうのはいいですよ。気にしないでください」
「そうはいきません。これはケジメです。国の恩人にお礼の一つもしていないとなると、国の威信に関わります」
「そんなもんですかね?」
「そんなもんです、ささ、付いて来てください」
有無を言わさずといった様子で、リチャードさんが強引に腕を引いてきた。
「分かりましたから、手を放してください」
と言うと渋々手を放してくれた。
ふう、リチャードさんは何気に強引なところがあるんだよな・・・
リチャードさんに付いて行くと、王の間に通された。
王の間には、玉座に座る魔王メリッサと、その脇にはオリビアさんが控えていた。
親衛兵が左右に二人ずつ配置されている。
玉座から赤い絨毯が敷き詰めてあり、俺はその上を歩いて行く。
魔王メリッサは可愛らしい高校生の様な顔を綻ばせて、こちらを見ていた。
やはり女子高生にしか見えんな。
鎧は来ておらず、タキシードの様な服装をしていた。
俺が近づくと、オリビアさんがこっそりと手を振った。
視線で返事をする。
いい距離感の所で止まると、リチャードさんは跪いた。
俺は跪かない。
そりゃあそうだろう、俺はこの国の国民ではないからね。
すると、親衛兵からきつい視線が浴びせられた。
これは無視しよう。
あー、やだやだ、怖い怖い。
「守さん、この度はメルラドをお救いくださり、ありがとうございました」
オリビアさんが頭を下げた。
「いえいえ、やるべきことをやったまでです」
「そうご謙遜なさらず」
「はあ、そう言われましても・・・」
とここでメリッサさんが話しだした。
「島野さん・・・私聞きました・・・島野さんがしてくれたこと・・・この先もしてくれようとしていること・・・どうお礼を言ったらよいか・・・」
あれ?始めて会った時の尊大な態度は何処え?
「ああ、そんなに重く受け止めてくれなくていいから、俺は単にお節介なだけですから」
「とは言っても・・・あなたはこの国にとっては救世主です・・・何でもおっしゃってください。私に出来ることなら、何でも致します」
「何でもって・・・」
おいおい、こういうのが要らないんだよな・・・
「ただ申し訳ないことに、今はこの国には、恩返しを出来るほどの国力が無いのが現状です・・・」
「まあ、それはおいおい考えていきましょう。ちょっと考えていることもありますので」
「考えていることですか?」
「ええ、考えが纏まったらお話しさせて貰いますよ」
「そうですか・・・」
オリビアさんが何か言いたそうにもぞもぞしている。
「オリビアさん、何かありましたか?」
話を振られて嬉しそうな表情を浮かべたオリビアさん。
「守さん、一つお願いしたいことがあるのですが」
「なんでしょう?」
嫌な気がする・・・
「あの、メリッサちゃんをサウナ島に連れていってもいいですか?」
「はい?」
「ちょっとこの子に世界を見せてあげたいんです」
「世界ですか?サウナ島は世界の中心ではありませんが・・・」
「今はですよね?」
「・・・」
ああ、オリビアさん・・・勘弁してくれよ。先手を打つなんてひどいじゃないか・・・
「オリビアさん・・・いいですが・・・ひどくないですか?」
「そうですか?守さんならどうってことないでしょう?」
「はあ・・・もう・・・好きにしてください・・・」
「ウフフ」
何で神様って先読みをしたがるんだろうね・・・やだやだ!
「いつでもどうぞ、転移扉はオリビアさんにしか開けられませんからね。とはいっても身元の分からないような者は、連れて来ないでくださいね」
「分かっていますわ」
オリビアさんの勝ち誇った顔がちょっとムカついた。
天真爛漫女神め!
くそぅ!
俺は王城を後にした。
屋台に戻ると、概ねの販売は終了していた。
「ジョシュアお疲れさん、どうだった?」
「島野さんお疲れ様です。順調ですが、ちょっと野菜が足りないですね、初日のことですので、様子は見た方がいいかとは思いますが」
「そうかジョシュアに任せるよ、増やした方が良いと思うのならそう言ってくれ」
「はい、ありがとうございます!」
ジョシュアは仕事を任されて嬉しいようだ。
「よしお前ら、サウナ島に帰るぞ!」
「あざっす!」
「お疲れっす!」
「風呂入りたい!」
とお疲れのご様子。
サウナ島で癒されてくださいな。
お疲れさん!
サウナ島に帰ると、アイリスさんが待ち構えていた。
「アイリスさん、どうしましたか?」
「守さん、書きあげました!」
と誇らしげにしているアイリスさん。
えっ!もう出来たの?
「これがそうです!」
アイリスさんに紙束を渡された。
おお!仕事が早い。
「アイリスさん、ではチェックさせて頂きますね」
「ええ、お願いします。渾身の一作になりました!」
と興奮冷めやらぬといったアイリスさん。
サラッと見て見る。
いきなり駄目だろう・・・
やれやれ、明日は添削作業に追われそうだ・・・
その予想は正しく、俺は一日掛けて添削作業に追われた。
まずはいきなりここから始まる。
「アイリスの初心者から始める農家入門教本」
はあ・・・初心者ってことは中級者や上級者があるってことなのか?
更に一ページ目にはこう記されていた。
「作物の声を聞け!そこから道は開ける!」
・・・はい、削除しました。
作物の声を聞けるのはアイリスさんぐらいですって。
でもここから先が凄かった。
作物の特徴、水やりの方法から、最適な温度や与える必要がある肥料、果ては雑草の処分方法まで、有りとあらゆる農業のことが記されていた。
これは正にバイブルと言っていい。
内容はとてもわかり易く、素人が始めるには、正にうって付けだ、プロでも知らない知識が満載であった。
こんな物を世に出していいんだろうか?
否、いいんだろう。ここからこの世界の農業改革が始まると思う。
作物が変わるということは、食事が変わる。
食事が変われば、人が変わる。
人が変われば、世界が変わる。
この世界がよりよくなることは間違いない。
喜ばしいことに違いない。
そう俺は考えていた。
この世界がより良くなることに期待したい。
三日後
アイリスさんの農業に関する技術指導が始まった。
それと同時に、ハウス栽培の候補地の視察を行う。
アイリスさんは、主だった農家達に俺が『複写』で作った本を配り、畑の視察を行っている、そして念の為ギルがサポートについている。
まあ荒事にはならないだろうがね。
俺はゴンガス様がメルラドは始めてということなので、そっちに同行している。
ゴンガス様に、リチャードさんとピコさんを紹介した。
リチャードさんとピコさんは始めて会う、ゴンガス様に緊張していたが、俺が間に入ることで徐々に打ち解けていった。
候補地は国が管理する畑がある為、そこで行うということだった。
広大な敷地の畑だが今はなにも作物を育ててはいない。
「お前さん、この広さ全部使うつもりか?」
「いえ、まずは実験的にと考えてますので、一部にしようと思います。後は資金的な面も考慮しませんといけませんので・・」
「そうだのう、これ全部となると相当に金がかかるわい」
「ええ、まずはそうですね。横幅二十メートル、縦幅五十メートルぐらいの広さからどうでしょうか?」
「高さはどうする?」
「リチャードさん、この国の人達の平均的な身長はどれぐらいでしょうか?」
「そうですね、百七十センチぐらいでしょうか?」
「であれば、二メートル五十センチぐらいでどうでしょうか?」
「まあ妥当な線だの、よし、連結部分はどうする?」
「ゴムか木でどうですかね?」
「ゴムでは強度の心配があるのう、木製にした方がよいな」
「分かりましたこちらで準備しましょう。ガラスの厚みはどれぐらいにしましょうか?」
「リチャードさんとやら、この辺は風は強く吹くのか?」
お!お前さんじゃないのか。
「今の季節ですとそうでもありませんが、冬場は強風が吹くこともあります」
「そうか、なら厚さは五センチぐらいだの、それでどうだ?お前さん?」
「いいと思います」
「よし決まったの、さっそく工房に帰って準備に取り掛かろう。サイズがデカいから少々時間を貰うぞ、よいか?」
「大丈夫です、リチャードさんとピコさんも大丈夫ですよね?」
「はい、問題ないです」
ピコさんは何度も頷いていた。
「じゃあ俺はアイリスさんの所を覗いてきますね」
「ああ、行ってこい」
三人を残してアイリスさんの所に向かった。
アイリスさんは実に活き活きとしていた。
土に触れ、農家の皆さんに囲まれてにこやかだった。
俺はギルの横に立った。
「順調そうだな」
「パパ、やっぱりアイリスさんは凄いよ。農家の皆さんも最初は懐疑的な感じだったけど、あっという間に信用されてたよ」
「アイリスさんはプロだな」
「うん、プロだよ」
この後も日が暮れるまでアイリスさんの技術指導は続いた。
アイリスが配った教本は、数年後には「アイリスの書」として農家には欠かせない書物とされ、中には先祖代々受け継がれる家宝とする者も現れるのだったが、今の守達には知る由もなかった。
更に五日後
ハウスが完成した。
ガラスの土台部分は木材を使用し、ガラスの連結部分にも木材を嵌め込んである。
これは俺がチャチャっと作成し、一通りのガラスをはめ込み完成した。
まずは内部と外部での温度差を計測してみることから始める。
これはピコさんに任せることになった。
朝昼晩各一回ずつ計測し、天気も記載してもらう。
そのデータを元に、アイリスさんが何をどう栽培するのかを決めていく。
今回のハウス建設に、アイリスさんが大はしゃぎしていた。
ちゃっかりと、サウナ島でもやってみたいとおねだりもされた。
構いませんが、まずは実験を優先してくださいな。
そしてオリビアさんと共に、魔王メリッサを訪れ、お地蔵さんの寄贈と教会の石像の改修を行う許可を貰った。
お地蔵さんは十体寄贈し、教会は三カ所改修した。
ここからメルラドが変わっていく、俺は大きな期待と少しの不安の入り混じった、そんな気分に包まれていた。
今後メルラドは大きく変わっていくだろう。