魔力回復薬の販売も、いよいよ大詰めになってきている。
これまでメッサーラにて、喧々諤々と議論を重ねてきた。
会議の出席者は俺とゴン、リンちゃんにルイ君、そして財務大臣のオットさん。
このオットさんは、見た目は人間のようだが、魔人とのハーフらしい。
頭は剥げており、額と天辺は薄い。
苦労を感じさせる頭髪をしていた。
体形はやや太っており、お腹周りは福よかだ。
目は細く、時々目が開いているのか確認したくなるぐらいだ。
この人はとても計算に強く、またメッサーラの様々な数字を把握している。
さすがは財務大臣といったところか。
そんなオットさんからさっそく物言いがあった。
「島野様のお気持ちを十分理解した上でお話をさせていただきます、メッサーラの得る利益の何割かを孤児院に寄付するとなると、一割でもわずか一ヶ月で、孤児院の子達は一般家庭以上に裕福な暮らしになってしまいます。それでは一般家庭の子供達が、孤児院に集まってしまうことになりかねませんので、ここの配分は変えさせていただけませんでしょうか?」
ということだった。
ここはプロに任せようと、オットさんに一任した。
ちゃんと俺の恵まれない子達を支援したい、という気持ちは理解してくれているようだったのでそれはそれでいい。
確かに冷静に考えてみれば、一割でも大きい金額になりそうだ。
これまで主に話し合われてきたことは、販売方法と販売価格、また、保存方法等というところだった。
今のところ販売方法に関しては、教会の隣に販売小屋を造り、シスターや孤児達に販売させようという意見で一致している。
将来的には卒業する孤児達が、販売小屋を引き継ぎ、経営を行っていければと考えている。
テリー少年達の一件で得た知識を、一部応用した形になる。
だがメッサーラの孤児達は魔法が使える子達も多く、ハンターになることに抵抗感が無い子供達も一定数いるようだ。
それはそれで構わない。
どんな職業に就くのかは、本人の自由意志で決定することが一番望ましい。
それにハンターは危険が伴うが、高収入を得られる職業でもある。
あくまで職業選択は本人の自由でいい。
そして、この販売小屋の建設だが、誰が建設の発注を行うのかで意見が割れた。
教会が建設の発注を行うという意見と、国が発注を行うという意見だ。
それは誰が販売小屋の所有者になるのかということだ。
メッサーラでは一部の建築物を除き、全てが個人の所有物となっているからだった。
建設の資金については、どちらが支払っても構わない。
教会側であったとしても、国が資金を融資をして、後で返済させれば何も問題はないことだ。
そこで折衷案が採用されることになった。
販売小屋の発注は国が行い、国が教会に賃貸するという方法を取ることにした。
だが実質賃貸料はゼロ円、でも建物の補修などを行う際には、教会側が支払わなければならない。
これは使い方等で起こる問題等は、使用者に責任を持たせるということだ。
雑に扱われては堪ったもんじゃない。
販売小屋の建設は既に発注済で、建設工事も進んでいる。
教会の主だったシスター達には既に説明が済んでおり、了承を得られている。
というより期待の眼差しで見つめられている。とオットさんが説明をしてくれた。
とはいっても、何を販売するのかという点についてはシスター達には教えてはいない。
こういった細かいことも、進んでやってくれるオットさんには感謝だ。
仕事が早くて助かってます。
次に販売価格だが、仮案として銀貨五十枚ということになっている。
なぜ仮なのかというと、温泉水を入れる瓶に、現在いくらかかるのかが不明となっているからだ。
当初俺が造ることも考えたが、あまりの数に上る為、早々に断念した。
ここは、後日鍛冶の街でゴンガス様と、相談することになっている。
そして、販売するのは瓶詰めの物と、瓶を持参して購入する、二種類の方法を検討している。
ただし、持参してきてもらう瓶は、一度購入して貰った瓶に限る。
その理由は簡単で、分量を量る手間を無くす為だった。
無作為に瓶を持参されると、一度分量を量ってから移し替えなければいけない。
更には、こうした方法を取る背景としては、資源を大事にして欲しいという想いも込められている。
本当は瓶は割れる可能性がある為、他の物にしようかと考えていたが、どうやらメッサーラでは、各家庭に一つはマジックバックを持っている為、貴重な物などはマジックバックで保管するから、瓶でも問題ないのでは?ということだった。
各家庭に一つとは、日本でのテレビのような物なのだろう。
それを聞いて俺はサウナ島の皆に、マジックバックを購入することにした。
便利な物は積極的に使っていきたい。
保存方法についてだが、使用上の注意を書いた紙を添える様に考えたが、コピーの無いこの世界では、労力がかかるということで断念した。
やむ無く販売時に、注意を喚起することに変更した。
消費期限だが『体力回復薬』の時と同様に、メルルと実験を行った。
結果としては、日の当たる場所では十日で駄目になった。
日陰では十四日となり、なんちゃって冷蔵庫では二十一日だった。
今回はなんちゃって冷蔵庫はおまけの実験としている。
なんちゃって冷蔵庫を、ここで使用する気は毛頭ない。
俺にどれだけの負担が掛かることになるのやら。
だから今回は関係者にすら、なんちゃって冷蔵庫の存在を明かしてはいない。
もし気づかれても、作る気はないのだが。
ただ副産物として、なんちゃって冷蔵庫の改良版で水筒を作った。
これは島野商事の社員全員に、俺からのプレゼントとして差し上げることにした。
皆いつでも冷たい水が飲めると喜んでいた。
レケはジョッキ代わりに使っていた。
いつまでも冷たいワインが飲めると上機嫌だった。
そんな使い方もあるのね・・・まあ分からなくはないけど・・・
ちゃんと毎日洗ってくださいね、特に口に触れる部分はね!
話が脱線したが、消費期限は十日が妥当との意見にて一致した。
そんな感じで『魔力回復薬』の話は進んでいった。
『鍛冶の街』のゴンガス様の所にギルと一緒に訪れている。
まずは毎度となりつつあるトウモロコシの納品だ。
「ここでいいですか?」
「ああ、そこに置いてくれ」
ゴンガス様は、鍛冶を行っていない時は現れるが、一旦鍛冶仕事に入ると、決して作業が終わるまでは現われない。
居ない時はもはや顔なじみの、受付の女性に対応して貰っている。
ちなみに彼女の名前はメリアンさんだ、毎回こっそりワインを売ってくれと言われる。
彼女も相当の酒飲みのようだ。
今日はゴンガス様は居たようで、ちょうど話があったこちらとしては助かった。
「ゴンガス様、ちょっとご相談があるんですが、お時間はありますでしょうか?」
「ああどうした、お前さんが相談とは珍しいな、どうだ?奥に入るか?」
「お願いします」
奥に通された、スピリタスを飲まされたあの部屋だ。
早くも一杯始めているゴンガス様、けどまったく酔ったそぶりは無い。
この人酒強すぎなんだよ。
「実は、こんな物を造ってまして」
と言って『収納』から『魔力回復薬』を取り出した。
「これは、何だ?」
「これは『魔力回復薬』です」
「はあ?お前さん何を言っておる?そんな物はこの世にはないぞ!」
「ゴンガス様は魔力はありますか?」
「まあ、多少はな」
「じゃあ、飲んでみてください、そうすれば分かります」
明らかに疑っているゴンガス様、目が据わっている。
「まあ、飲んでみるか」
瓶を取り、豪快に一気に飲み干した。
「お!おお!何だこれ、本当だ!お前さん何しおった!」
何しおったって、俺は何もしておりませんが?
「おい!何がどうなっておる、説明しろ!」
かなり興奮している。
「俺達が住む島の、温泉の源泉なんです」
「ん?温泉の源泉?」
「はい、そうです。五郎さんが俺達の島に来た時に、掘り当てた温泉があるんですよ」
「五郎って、あの温泉街の五郎か?」
「はい、五郎さんをご存じなんですか?」
「いや、直接面識はないが、名前は聞いておる」
「そうなんですね、まあいずれにしても、その五郎さんが掘り当てた源泉に、魔力の回復効果があることが分かったんです」
「ほーう」
「それでこれをメッサーラで販売することを予定しているんですが、問題がありまして」
「問題とな?」
「この瓶です」
「瓶?その瓶がどうしたんだ?」
「この瓶を大量に作成する必要があるんです」
ゴンガス様が考え込んでいる。
何かしらぶつぶつとこれならばこうすれば、いやこの方が早いと自己陶酔状態に入っている。
「で、いつまでに何個いるんだ?」
話が早い、流石鍛冶の神様だ。
「できれば二か月で一万個欲しいです」
また自己陶酔状態に入ってしまった。一万作るにはあれをこうして、いやこっちの方がはやいか、ん?待てよ。といった具合。
「ちょっと問題がある、作業的にはどうにかなりそうだが、材料の問題がある」
「それは、珪砂や石灰といった材料のことでしょうか?」
「ああ、お前さんよくそんなこと知っとるな?」
「ええ、俺も瓶を造ることはできますので」
「はあ?ならばお前さんが造ればいいんじゃないのか?」
「そうもいきませんよ、この件以外にも俺もやることだらけなんですから」
「おお、そうか・・・で、それはいいとしてだ、材料が無ければ何ともならん」
「そこは俺が準備できます」
「はあ?どうやって?」
「こうやってです」
と言って『万能鉱石』を購入し、それを珪砂に変えた。
「お前さん・・・今何やった・・・」
ゴンガス様の腰が引けていた。
「おれの能力の一つで『万能鉱石』という物です」
「『万能鉱石』ってなんだ?」
「それは」
俺は『万能鉱石』について説明した。
ゴンガス様がみるみる表情を変えていき、最後には興奮マックス状態となっていた。
不意に俺の肩にゴンガス様の手が置かれる。
「儂がお前さんと出会えたことを、創造神様に感謝するぞ」
はい?何のお話でしょうか?
「まあいい、それよりもお前さんが材料を準備出来るなら、儂が引き受けよう」
おお!行けるのか!
「じゃあ、お願いしてもよろしので?」
「ああ任せとけ、儂の弟子を総動員して何とかしてみせる」
よっしゃ!これで目途が経ったぞ!
「ではお願いします、でこんな話はしたく無いんですが、料金はいかほどに?」
ゴンガス様は再び考え込んでいる。
「お前さんがいくらで材料を提供してくれるかによるな」
「そうですか・・・」
正直言って珪砂と石灰はそれほど高い物では無い、だがどれだけの量が要るのかというところだ。
「ちなみにどれぐらいの量が必要ですかね?」
「そうだな、質にこだわらなければ、一トンもあれが充分だが、質に拘るならば倍は要るな」
「そうですか・・・じゃあ質には拘らなくてもいいです、であれば無償で提供します」
「はあ?お前さん無償でって何を言っておる、それでは理に敵わないだろうが」
「いえ、そうでもありません」
「そうなのか?」
「ただ、いくらで請け負ってくれるのかにもよりますが・・・」
「ああ、そうだな・・・」
お互いが頭の中で計算する時間が始まった。
何処にどう落とし処をつけるのか・・・
「そうだな今回は作業料だけだし、このサイズなら一瓶銀貨五枚でどうだ」
「わかりました、一万個で金貨五百枚ですね」
先行投資として金貨五百枚は大きな金額だが、今の島野商事には難なく払える金額だ。
「支払は出来てからですか?」
「できれば半額先払いして貰えると助かる、弟子どもにある程度前払いしておきたいんでの、二ヶ月間拘束することになるしの」
「そうですね、じゃあ今支払いをしておきますね」
『収納』から金貨二百五十枚を取り出して、ゴンガス様に渡した。
「久々の大口の取引だ、こちらとしても助かるのう」
「材料はどちらに保管しますか?」
「そうだな、一旦儂の工房に置いておこう、工房に行くか?」
「行きましょう」
ゴンガス様の工房に入った。
立派な工房だった。
外から見たよりも中が広く感じられる。
大きな炉が二つ有り。鍛冶道具は見事に手入れされている。
工房の中心にある大きな鉄のテーブルがあり、その上に麻袋が大量に置いてあった。
俺はその麻袋に珪砂と石灰を大量に詰めていった。
ゴンガス様は『万能鉱石』に相当興味があるのか、ぶつぶつ言いながら眺めていた。
ギルも工房に関心したのか、
「広い施設だね・・・凄い」
と漏らしていた。
「お前さん、その『万能鉱石』だが、一つ儂に貰えんか?」
「ええ、いいですよ」
「あと『魔力回復薬』の件がひと段落ついてからでいい、一度儂のところに来てくれんか?」
「いいですが、何をするんですか?」
「それはその時のお楽しみだの」
髭を撫でながら意味深な笑みを浮かべていた。
これで瓶の製作は問題無くなった。
ゴンガス様、あざっす!
本日もまた会議を行っている。
議題は『魔力回復薬』の値段設定だ。
「先日鍛冶の街で、ゴンガス様と話を付けてきたよ」
「どんな内容になりましたか?」
「ああ、二ヶ月で一万個作ってくれることになった」
「「おおー!」」
「幸先いいですね、島野さん」
「ああ、重畳だ」
「それで、瓶の金額はおいくらになりますか?」
オットさんが一番気にしていたことを口にした。
「一瓶で銀貨五枚だ」
「となると、その分の支払いを考えませんといけませんね」
「いや、そこは気にしなくていい」
「といいますと?」
「俺が支払は済ませている」
「えっ!それはどうして」
「どうしても何もその方が、話が早いじゃないか」
「しかし、金貨五百枚ですよ?」
「ああ、問題ない」
オットさんは目を見開いていた。
ちゃんと目があるじゃないか。普段からそれぐらい開けてなさいな。
「島野様は随分と豪胆な方のようだ、金貨五百枚を即日でポンですか・・・いやはや」
正確には少し違うが、まあめんどくさいからいちいち訂正しなくてもいいだろう。
「それでオットさん、こうなると販売価格はいくらが良いと考えますか?仮案は銀貨五十枚でしたよね?」
「そうですね、仮案はあくまで、国民の手が届く金額がこれぐらいではないか、という処から算出した物です、瓶の値段などは全く考慮していませんでした」
「じゃあ、当初は売上の二割を島野商事で貰うことにしていたが、これだと仕入れ代金を払ったら利益は一割になるから変更したい。さすがに社員を使って行うことなので、慈善事業にはできない」
「では販売価格を銀貨五十五枚として、その内の取り分として島野様には、銀貨十五枚でいかがでしょうか?」
この先のメッサーラでは、学校の建設と運営が控えているから、こちらの取り分はこれぐらいにしておかないといけないだろうな。
「分かった、そうしよう」
「ありがとうございます」
「瓶持参の方は銀貨四十五枚でいこう、こちらは当初の通り銀貨十枚頂くでいいかな?オットさん」
「はい、そうして貰えますと助かります」
「これで金額の設定はいいとして、後は何かあるかな?」
オットさんが気まずそうな表情を浮かべていた。
「ひとつよろしいでしょうか?まだ先々の話なので、今はいいのですが、学校の建設に必要な、設計技術と大工の人数がどうにも揃いそうにないんです、はい・・・」
「大工の設計技術と人数?」
「ええ私の方で調べてみたところ、六歳から一二歳までの子供の数は、約四千人になります。これだけの数をとなると、学校を十校作ったとしても、四百人を収納する施設になります。メッサーラにはそれだけの人数を、収納できる施設を建設したことがありませんので」
「そうなのか・・・」
エロ大工に聞いてみるか?
「建設場所は問題ないのか?」
「建設場所は問題なく確保できると思います、ただどれだけの大きさの建物になるかにもよりますが」
「そうか、ちょっと大工の街に行く用事があるから、大工の神様に聞いてみるよ」
「本当ですか?何から何までありがとうございます、島野様」
「本当にありがとうございます」
ルイ君とオットさんが頭を下げていた。
「たまたま最近広げた神様ネットワークが、上手く嵌っただけだよ」
ほんと人脈って大事。
マークとランドを迎えに来がてら、ランドール様に会いにいくことにした。
今回は前回の教訓を生かして、ちゃんと待ち合わせ場所を決めてある。
待ち合わせ場所に到着すると、既にマークとランドは、待ち合わせ場所のお茶屋で待機していた。
「お疲れさん、ひとまず状況を聞こうか?」
「何とか基本となる宮造りの構造や、宮大工の技術は習得できました。ランドール様にみっちりしごかれましたからね」
「それはよかったな」
「まあ元々ハンターになる前には、宮大工の見習いを俺達はやってましたんで」
「そうだったのか、だからランドール様とは知り合いだったのか?」
「ええそうです、後、細かな宮大工の道具も手に入りました、これでなんとかなりそうです」
運ばれていきたお茶を一口飲んだ。
うん美味しい。
「この後ランドール様に話があるんだが、今日は何処にいるか分かるか?」
「ええ知ってます、後で案内します」
「頼む」
雑談を交わした後、俺達は茶屋を出た。
ランドール様は、現場に出ているとのことだったので、現場に向かうことにした。
建設現場は活気に溢れていた。
大きな男性が多く、まさにガテン系。
中には女性もおり、てきぱきと作業をしていた。
「作業中だがいいのか?」
気になったので聞いてみた。
「ええ、ランドール様はあまりそういうのは気にしないタイプですので」
鍛冶屋のおっさんとは違う、ということだな。
マークが声を掛けに行ってくれた。
ランドール様が気さくに手を振っている。
手を振り返しつつ
「仕事中にすいません」
と念の為謝っておいた。
「いえ、気にしないでください」
「今日もお土産がありますが、ワインか、トウモロコシ酒のどちらにしますか?」
ランドール様は一瞬ビクッとしていた。
「ああ、ワインでお願いします」
ワインなんだ、何かあったのかな?
『収納』からワインを三本取り出し手渡した。
「いつもありがとう、ありがたく頂くよ」
「ところで一つご相談があるのですが、お時間よろしいでしょうか?」
「ああ、ちょっと待ってて貰えるかな?」
「はい」
ランドール様は現場に戻り、弟子と思しき人にワインを渡しつつ、あれこれと現場に指示を出していた。
一通り指示が終わったのか、こちらに戻ってきた。
仕事の邪魔をしたみたいで、すいません。
「で、ご相談とはなんでしょう?」
「ランドール様は『魔法国メッサーラ』はご存じでしょうか?」
「ええ、知ってますよ」
「実はまだ先になるんですが、今後数年かけて大規模な工事を行う予定なんです」
「大規模な工事とは?」
「学校を十校ほど建設する予定なんです」
「へえ、学校をね」
顎のあたりを擦っている。この人の癖なのだろうか?
「ただ問題がありまして、この学校なんですが、かなり大きな施設になりそうなんですよ」
「大きいとはどれぐらいなのかな?」
「大体四百人が入れる規模です」
「ほう、それは凄いな」
「そこで問題となるのが、そこまでの規模の建物を、メッサーラでは建設したことが無く、ノウハウがないんです」
「なるほど」
「そこで、何かご協力して頂くことは出来ないかな?といった次第でして」
「そういうことですか、その学校のコンセプトは何になりますか?」
「この学校で学ぶのは、基本的な読み書きと計算です」
「それは良い事だ、その学校には子供達が通うと考えていいのかな?」
「はい仰る通りです、六歳から十二歳の子供を対象にする予定です」
また顎を擦っている、これは癖だな。
「それは宮造りに拘らなくてもいいのかな?」
「ええ、そこは大丈夫です」
「であれば、私が設計の段階から協力しよう、流石にその規模となると、もしかしたらこの世界初の、大きさの建築物になるかもしれない。大工の神としては、これ以上無い見せ場になる」
「そうおっしゃってくださると思ってましたよ」
仕事に関しては、出来る人だからね。
「では時期がきましたら、また声を掛けさせていただきます」
「ええ是非そうしてください、では」
とランドール様は現場に戻っていった。
島に戻ると大工道具を小屋に運んで、何処に神社を建てるのかを打ち合わせることにした。
「そういえば島野さん、なんでランドール様はワインにしたと思います?」
「なんでって、俺も引っかかってたんだよな」
「あの人、女の子を酔わせようとしてたんだけど、逆にベロベロに酔わされて、着ぐるみ剥がされて道端で寝てたんですよ」
にやけ顔のマークが、ここぞとばかりに披露した。
なるほど、だからビクついてたのね。
やれやれだな。
「まあ、あの人の女好きは治らんでしょうね」
「間違いないな」
「さて、エロ神様は置いといて、神社の建設場所だがどうする?」
「神社といってもそこまで大がかりな物は厳しいので、小規模な物に鳥居と手洗い場を造る程度でどうでしょうか?」
「であれば、そこまで広さには拘らなくてもいい訳だな」
「ですね」
「けど、ロケーションは考えたいな」
「ロケーションですか?」
「ああ、木に囲まれた場所がいいな、その方が厳かでいい」
「そうですね」
「じゃあ、少し森を切り開くか」
「畑の裏の森から、数メートル開きましょうか?」
「そうしようか、その辺なら獣が現れることもよっぽど無いだろう」
「ですね」
畑から北に向かって、三十メートルほど切り開いた箇所に広場を造った。
ついでに『加工』で木材も確保した。
「久しぶりに島野さん能力を見ましたが、はやり唖然としますね」
「そうか、まだまだ慣れないか?」
「慣れたつもりだったんですけど、ハハ」
マークは頭を掻いていた。
「じゃあ後は任せていいか?」
「はい、お任せください」
俺はマーク達に任せて俺は広場を後にした。
また会議を開いている。
今日はこれまでの纏めと、今後の確認だ。
「まずオットさん、大工の神様が協力をしてくれると約束してくれましたよ」
「ありがとうございます」
「設計段階から手伝ってくれるということなので、時期がきたら現地の視察から行った方がいいな」
「そうなりますね、こちらで準備しておくことはありますか?」
「申し訳ないが、そういったことを含めて、一度打ち合わせをしてみて欲しい、あと宮造りには拘らなくていいように言ってあるが、問題はないか?」
「ええ、問題ありません」
「では、まずは現状を振り返ってみよう」
「「はい」」
「まず瓶に関しては、鍛冶の街で造られる。数も時期も問題ないだろう。次に販売所の建設はどうなっている?」
「順調にいってます」
「人員は?」
「はい、各教会には通達済で、確保できていると報告が上がっています」
「販売開始が近くなったらレクチャーが必要になるが、誰が担当するんだ?」
「私が行います」
と元気よくゴンが手を挙げた。
「そうか、どういう段取りを考えているんだ?」
「一ヶ所に集めて、効率よく行おうと思います。何度もやるのは面倒ですし」
「いい判断だ」
「後、販売小屋の警備の手配はどうなっている?」
「僕の方から、警備兵に手配をするように話は通してあります」
ルイ君が答える。
「売上金の回収方法は?」
オットさんが手を挙げた。
「販売所の警備に当たった兵士が、そのまま販売時間終了後に、国庫まで持参することになっております。そこで販売数と照らし合わせて、チェックをする手筈です」
「販売価格などは前に打ち合わせた通りでいいとして、商品の保存に関してだが、どうなっている?」
「販売所には広い日さしを設けることで、常に日光が当たらない様に設計しておりますので、問題はないかと」
「分かった、後、販売前に広く宣伝するとのことだったが、教えてもらおうか?」
ルイ君が手をあげる。
「まず、国から国民に対して、重大な発表があることを掲示板で伝えます。次にその場にて、今後のメッサーラの方針の発表を行い、その上で『魔力回復薬』についての宣伝をおこないます」
「その手筈は全部メッサーラで仕切るようにしてくれ」
「かしこまりました」
「他に全体を通じて、何か意見や質問などがある者はいるか?」
リンちゃんが手を挙げる。
「島野さん、私の役割は何になりますか?」
「ああ、すまなかったな、細かくは話してなかったな、まずリンちゃんには、商品の納品をメインでやって貰う予定だ、そして、島に来てから具体的なことは教えるが、商品の梱包作業を監督して貰おうと考えている」
「監督ですか?」
「ああ、それは島に来てから話そう、いきなり部下を持つようなことになるが、俺は君なら出来ると信じている」
リンちゃんがキリッとした表情になった。やる気スイッチが入ったようだ。
「分かりました、全力で行います」
「他にはどうかな?」
「島野様、本当に島野様のことは公表を控えるという事でよろしいのでしょうか?いまいち小職には理解が及びません」
「前にも言ったが注目を集めたくない理由がある、どうしてもそれが知りたいのであれば、ルイ君に聞いてくれ、契約魔法を使用することになるとは思うが、それだけ重要なことだと理解して欲しい」
「承知いたしました」
オットさんの立場からしたら当然のことなんだろう、現にルイ君とオットさんはこの『魔力回復薬』によって国が大きく変わると推測している。
であるのに、その立役者の名前すら公表されないというのだから、尚更だろう。
まあ俺が単に目立ちたくない、ってのもあるんだがね。
「他にはどうかな?」
「大丈夫です」
「問題ありません」
「OKです」
ということで本日の会議は終了した。
ちなみにこの日の差し入れは、リンちゃんが愛して止まないツナマヨおにぎりにした。
オットさんもこれが楽しみらしく、家族にも持って帰ると嬉しそうにしていた。
リンちゃんがどれだけ興奮していたのかは、あえて語る必要はないだろう。
それから二ヶ月近くが経ち、遂にゴンとリンちゃんが卒業を迎えた。
ゴンは今回の留学で、新たな魔法を習得することができた。
習得できた魔法は以下の通り
『浄化魔法』『照明魔法』『付与魔法』『空間収納魔法』『契約魔法』
リンちゃんは
『照明魔法』『拡声魔法』
を習得したようだ。
ゴンの『付与魔法』と『空間収納魔法』で、マジックバックが造れるらしい。
島の皆の為に、既に俺はマジックバックを十個購入してしまっていた、金貨百枚近く掛かっていたのに・・・オーマイガ!
これ以上は語るまい・・・
タイミングが悪い・・・うんうん・・・そういうことにしておこう・・・
ゴンは管理部門に復帰し、リンちゃんは『魔力回復薬』販売部門に配属された。
この人選には、俺の思う処があっての人選だ。
リンちゃんはメッサーラ出身のため、メッサーラに詳しく、また、ルイ君とも懇意にしているということもあるのだが、俺はその点のみだけでは無く、この子の可能性にかけてみたいと思うところがあった。
リンちゃんは一見控えめで、消極的に見えるのだが、それでいて全体を見渡す力があると感じている。
判断も冷静であり、自分の手に余ることが有ったら、直ぐに報告することが出来る。
そんな人材であると俺は思っている。
言ってみれば、痒いところに手が届く人材なのだ。
更にゴンの影響なのか、最近ではちゃんと、自分の意見を積極的に言おうという姿勢も感じられる。
願ったり叶ったりの人材である。
そんなリンちゃんに、さっそくテリー少年達を当てがった。
三日後に開始される『魔力回復薬』の瓶詰め作業を、テリー少年達に手伝わせた。
テリー少年達にとっては、リンちゃんは島では後輩になるが、そんなことは関係ない。
既に前もって話はしてあり、ふざけたことを言ったら、この島を追い出すとギルから言われている。
そこに更に、俺の念押しも入っている。
まあ、面倒なことにはならないだろう。
テリー少年達も、この島に来てからは随分と成長しているようで、彼らなりに頑張っているのは承知している。
加えてリンちゃんの巨人族の身体の大きさが物を言ったようで、早々にリンちゃんの配下に成り下がっていた。
二メートル以上の身長がある、女性のインパクトは大きかったようだ。
でも高圧的なところは感じさせないリンちゃんの対応に、テリー少年達も一定の信頼を寄せているようで、上手く事は進み始めているようだ。
ここから数日は忙しくなる為、彼らのチームワークに期待したい。
既に販売開始の一週間前には、国の至る所にある掲示板に、一週間後に魔法学園にて、重大な発表があり、魔法学園に来れる国民は、積極的に集まるようにと、ルイ君の名前で知らせてある。
メッサーラ国内では、いったい何が行われるのかと、国中が騒然としており、それは期待に満ちた声と、不安が入り混じった声と、様々な憶測が飛び交っていた。
この様なことは、これまでのメッサーラの歴史には記憶になく、今回のことが異例のことであることを示している。
期待と不安でメッサーラが揺れていた。
販売開始前日
ゴンは販売所に携わる者達を魔法学園の講堂に集め、取り扱いに関するレクチャーを行っている。
サポートにはオットさんがついている。
内容としては、商品の取り扱い全般、販売時に消費期限や保存場所についての話をすること、金銭の取り扱い等について。
講堂の黒板を使い、分かり易く説明している。
そして、発表が行われるまでは『魔力回復薬』に関しては一切話してはならないと全員契約魔法で契約させられていた。
また、それと同時に『魔力回復薬』が各販売所に持ち込まれ、警備員の監視のもと、厳重に保管されている。
今回は人海戦術が必要な為、アイリスさん以外の社員全員が事に当たっている。
ここでさっそくマジックバックが活躍した。
ゴンがまだマジックバックを造っていない為、結局は購入して正解だったようだ。
あとは明日を待つのみだ。
販売日当日
『魔法学園』は人で溢れていた、学園内に入りきらない人達が、学園の外にも溢れている。その行列は『魔法学園』を囲い込み、大輪の花が咲いている様だった。
至る所で押し合いになっては不味いと、警備兵の数にも余念は無い。
皆が皆、これから始まるであろう出来事を、固唾を飲んで待っていた。
『魔法学園』校舎の前には、セレモニー用の台が置かれており、その上には教壇が据えられている。
学園の各所には『拡声魔法』を使える魔法士が配置されており、声が最後尾まで届けられるようになっていた。
今まさに、メッサーラの歴史が動こうとしていた。
教壇の前に賢者ルイが姿を現すと、国民の緊張感が一気に膨れ上がった。
中にはこうして賢者ルイの姿を始めて目にした者もいるのだろう。
「あれが賢者ルイ?」
「随分若いのね」
等という声が漏れている。
緊張で顔が引き攣っている賢者ルイ、全体を見渡して、あまりの人の数に、さらに表情を硬くしている。
教壇に置いてある水を飲もうとするが、手が震えて上手く飲めていない。
すると突然『拡声魔法』で大きくなった声が掛けられた。
「ルイ君!肩の力を抜いて!複式呼吸よ!!」
ゴンの声だった。
何事かと騒めく民衆、その様子に冷静さを取り戻しつつある賢者ルイが、深く複式呼吸を始めた。
数秒後、さっきまでの賢者ルイはそこには居なかった、佇まいを但し、遠く一点を見つめている。
「皆さん、お集りくださり、ありがとうございます。僕は・・・私は賢者ルイです!」
民衆は騒めきを止め、賢者ルイの方に向きなおる。
「今回この様な場を設けさせていただいたのは、ある重要な発表を行う為です!」
『拡声魔法』により、声が響いている。
その声が収まることを確認しながら賢者ルイは続けた。
「その重大な発表の前に、少しお話をさせてください」
民衆が耳を傾けている。
「メッサーラは建国して約五百年となります。最初は魔法を愛する者達が集い、村が出来、いつしかそれは街となり、やがて国となったと言われています」
民衆は頷き、そして次の言葉を待っていた。
「私は魔法が大好きです。そして魔法を愛する者達で溢れるこの国も大好きです!」
自然と拍手が起こった。
賢者ルイはそれを手を挙げて受け止めた。
拍手が止んでいく。
「私はこの国を魔法で満ち溢れた豊かな国、そして笑顔が溢れる国にしていきたいと考えています」
静まり返る民衆。
「しかしそれは、私一人では叶えることはできません、どうか皆さんに協力をお願いしたい!」
賢者ルイは一拍置いてから話を続ける。
「今後数年かけて、このメッサーラに、新たな学校を建設する計画を進めています」
学校?何で?と騒めく人々。
そんな声を無視して賢者ルイは続けた。
「その学校では、読み書き、計算等を学んでもらいます」
「特に六歳から一二歳の子供を中心に通ってもらう様にします、でもそれ以外でも学びたいという意思のある方は、通ってもらっても構いません」
そんな余裕はないぞ。
何のために読み書きが必要なの?
などと反応はいまいちだ。
「読み書きや計算を覚えることは、その子の人生を大きく変える可能性があります。何より職業の選択の幅が広がります。知識は生活を豊かにします」
「国民の皆さんを豊かにしたい、その為には学校が必要である、と私は考えます」
一気に畳みかける賢者ルイ。
「学費は一切かかりません、それに家庭の事情で子供達も働いている家庭があることも理解しています。ですので、通うのは午前中のみとし、お昼御飯も格安で提供しようと考えています」
それならなんとかなるか。
良いんじゃないか。
と風向きが変わりだした。
「是非前向きに検討していただきたい!」
「そして、学校の建設には莫大な資金が必要になります」
「その資金を集めることが出来る、ある商品の開発に『魔法学園』は成功しました!」
群衆の緊張感が再び高まった。
「その商品の売上の一部を使い、学校の建設を行います。その商品は本日より、教会の隣に設置した販売所で購入可能です」
「その商品とは!」
一気に注目が集まった。
賢者ルイは意図的に間を取っていた。
「『魔力回復薬』です!!」
辺りが静まり返ったのは一瞬の出来事で、大喝采に包まれた。
歓喜に沸く会場、留まることのない歓声に沸いていた。
それを賢者ルイは涙を浮かべて眺めていた。
賢者ルイは確信した、この国はより豊かになると。
次第に歓声は鳴りやみだし。平静を取り戻していった。
「皆さん!この国を豊かにしましょう!」
賢者ルイのこの言葉を最後に重大発表は終了した。
五ヶ所の販売小屋では、何処も長蛇の列が並び、販売時間終了を迎えても、列は途切れることはなかった。
「それにしても凄い光景だな、まだ並んでるぞ」
「ええ、そうですね」
隣に並ぶリンちゃんも同意見だ。
「ルイ君も立派なもんだったな」
「まったくです、ただゴンちゃんのあれが無かったら、こうはいかなかったかもしれないですけど。急にゴンちゃんから『拡声魔法』を掛けてくれと言われた時は、何が起きるのかドキドキでしたよ」
あれは面白かったな、にしてもゴンはどうしてあんなことしたんだ?
まああれが、あいつの性格だな。
「まあな、遠目でもルイ君がガチガチに緊張してるのが、分かったからな」
「そうですね」
「そう言えば、明日からちょっとの間、大変だと思うが頑張ってくれよ」
「はい、まだ集計は上がってきて無いですけど、瓶の増産も必要かもしれないです」
「そうだな、そうなりそうなら早めに言ってくれ、判断はリンちゃんに任せる」
「あと、明日からは瓶無しの販売も始まります、樽の数が足りるのか心配です」
瓶無しの商品用に、樽の下部に蛇口を取り付けた物を用意してある。
持参した瓶に、樽の蛇口を捻って『魔力回復薬』を詰めるというものだ。
一樽の容量はおよそ三十リットル、約二百杯分だ。
「樽も増産が必要なら言ってくれ」
「分かりました」
「これからメッサーラも、変わっていくんだろうな」
「ええ、期待しています」
こうして販売日初日は終了した。
その後一週間は『魔力回復薬』の仕事に奔走することになった。
結局瓶は、更に二千個増産することになり、鍛冶の街に発注することになった。
瓶無しの商品も順調に販売できており、なんとこの一週間で利益は約金貨一千五百枚にもなった。
正直やり過ぎだ。
でもまあ、お金はあったに越したことはないが・・・どうやって使おうかな?
とりあえずは皆の給料は倍増だな。
年間の利益を計算するのがちょっと怖い。
これが日本なら、税金をどれだけ持ってかれるんだろうか?
あー、やだやだ。
税金嫌い!
これまでメッサーラにて、喧々諤々と議論を重ねてきた。
会議の出席者は俺とゴン、リンちゃんにルイ君、そして財務大臣のオットさん。
このオットさんは、見た目は人間のようだが、魔人とのハーフらしい。
頭は剥げており、額と天辺は薄い。
苦労を感じさせる頭髪をしていた。
体形はやや太っており、お腹周りは福よかだ。
目は細く、時々目が開いているのか確認したくなるぐらいだ。
この人はとても計算に強く、またメッサーラの様々な数字を把握している。
さすがは財務大臣といったところか。
そんなオットさんからさっそく物言いがあった。
「島野様のお気持ちを十分理解した上でお話をさせていただきます、メッサーラの得る利益の何割かを孤児院に寄付するとなると、一割でもわずか一ヶ月で、孤児院の子達は一般家庭以上に裕福な暮らしになってしまいます。それでは一般家庭の子供達が、孤児院に集まってしまうことになりかねませんので、ここの配分は変えさせていただけませんでしょうか?」
ということだった。
ここはプロに任せようと、オットさんに一任した。
ちゃんと俺の恵まれない子達を支援したい、という気持ちは理解してくれているようだったのでそれはそれでいい。
確かに冷静に考えてみれば、一割でも大きい金額になりそうだ。
これまで主に話し合われてきたことは、販売方法と販売価格、また、保存方法等というところだった。
今のところ販売方法に関しては、教会の隣に販売小屋を造り、シスターや孤児達に販売させようという意見で一致している。
将来的には卒業する孤児達が、販売小屋を引き継ぎ、経営を行っていければと考えている。
テリー少年達の一件で得た知識を、一部応用した形になる。
だがメッサーラの孤児達は魔法が使える子達も多く、ハンターになることに抵抗感が無い子供達も一定数いるようだ。
それはそれで構わない。
どんな職業に就くのかは、本人の自由意志で決定することが一番望ましい。
それにハンターは危険が伴うが、高収入を得られる職業でもある。
あくまで職業選択は本人の自由でいい。
そして、この販売小屋の建設だが、誰が建設の発注を行うのかで意見が割れた。
教会が建設の発注を行うという意見と、国が発注を行うという意見だ。
それは誰が販売小屋の所有者になるのかということだ。
メッサーラでは一部の建築物を除き、全てが個人の所有物となっているからだった。
建設の資金については、どちらが支払っても構わない。
教会側であったとしても、国が資金を融資をして、後で返済させれば何も問題はないことだ。
そこで折衷案が採用されることになった。
販売小屋の発注は国が行い、国が教会に賃貸するという方法を取ることにした。
だが実質賃貸料はゼロ円、でも建物の補修などを行う際には、教会側が支払わなければならない。
これは使い方等で起こる問題等は、使用者に責任を持たせるということだ。
雑に扱われては堪ったもんじゃない。
販売小屋の建設は既に発注済で、建設工事も進んでいる。
教会の主だったシスター達には既に説明が済んでおり、了承を得られている。
というより期待の眼差しで見つめられている。とオットさんが説明をしてくれた。
とはいっても、何を販売するのかという点についてはシスター達には教えてはいない。
こういった細かいことも、進んでやってくれるオットさんには感謝だ。
仕事が早くて助かってます。
次に販売価格だが、仮案として銀貨五十枚ということになっている。
なぜ仮なのかというと、温泉水を入れる瓶に、現在いくらかかるのかが不明となっているからだ。
当初俺が造ることも考えたが、あまりの数に上る為、早々に断念した。
ここは、後日鍛冶の街でゴンガス様と、相談することになっている。
そして、販売するのは瓶詰めの物と、瓶を持参して購入する、二種類の方法を検討している。
ただし、持参してきてもらう瓶は、一度購入して貰った瓶に限る。
その理由は簡単で、分量を量る手間を無くす為だった。
無作為に瓶を持参されると、一度分量を量ってから移し替えなければいけない。
更には、こうした方法を取る背景としては、資源を大事にして欲しいという想いも込められている。
本当は瓶は割れる可能性がある為、他の物にしようかと考えていたが、どうやらメッサーラでは、各家庭に一つはマジックバックを持っている為、貴重な物などはマジックバックで保管するから、瓶でも問題ないのでは?ということだった。
各家庭に一つとは、日本でのテレビのような物なのだろう。
それを聞いて俺はサウナ島の皆に、マジックバックを購入することにした。
便利な物は積極的に使っていきたい。
保存方法についてだが、使用上の注意を書いた紙を添える様に考えたが、コピーの無いこの世界では、労力がかかるということで断念した。
やむ無く販売時に、注意を喚起することに変更した。
消費期限だが『体力回復薬』の時と同様に、メルルと実験を行った。
結果としては、日の当たる場所では十日で駄目になった。
日陰では十四日となり、なんちゃって冷蔵庫では二十一日だった。
今回はなんちゃって冷蔵庫はおまけの実験としている。
なんちゃって冷蔵庫を、ここで使用する気は毛頭ない。
俺にどれだけの負担が掛かることになるのやら。
だから今回は関係者にすら、なんちゃって冷蔵庫の存在を明かしてはいない。
もし気づかれても、作る気はないのだが。
ただ副産物として、なんちゃって冷蔵庫の改良版で水筒を作った。
これは島野商事の社員全員に、俺からのプレゼントとして差し上げることにした。
皆いつでも冷たい水が飲めると喜んでいた。
レケはジョッキ代わりに使っていた。
いつまでも冷たいワインが飲めると上機嫌だった。
そんな使い方もあるのね・・・まあ分からなくはないけど・・・
ちゃんと毎日洗ってくださいね、特に口に触れる部分はね!
話が脱線したが、消費期限は十日が妥当との意見にて一致した。
そんな感じで『魔力回復薬』の話は進んでいった。
『鍛冶の街』のゴンガス様の所にギルと一緒に訪れている。
まずは毎度となりつつあるトウモロコシの納品だ。
「ここでいいですか?」
「ああ、そこに置いてくれ」
ゴンガス様は、鍛冶を行っていない時は現れるが、一旦鍛冶仕事に入ると、決して作業が終わるまでは現われない。
居ない時はもはや顔なじみの、受付の女性に対応して貰っている。
ちなみに彼女の名前はメリアンさんだ、毎回こっそりワインを売ってくれと言われる。
彼女も相当の酒飲みのようだ。
今日はゴンガス様は居たようで、ちょうど話があったこちらとしては助かった。
「ゴンガス様、ちょっとご相談があるんですが、お時間はありますでしょうか?」
「ああどうした、お前さんが相談とは珍しいな、どうだ?奥に入るか?」
「お願いします」
奥に通された、スピリタスを飲まされたあの部屋だ。
早くも一杯始めているゴンガス様、けどまったく酔ったそぶりは無い。
この人酒強すぎなんだよ。
「実は、こんな物を造ってまして」
と言って『収納』から『魔力回復薬』を取り出した。
「これは、何だ?」
「これは『魔力回復薬』です」
「はあ?お前さん何を言っておる?そんな物はこの世にはないぞ!」
「ゴンガス様は魔力はありますか?」
「まあ、多少はな」
「じゃあ、飲んでみてください、そうすれば分かります」
明らかに疑っているゴンガス様、目が据わっている。
「まあ、飲んでみるか」
瓶を取り、豪快に一気に飲み干した。
「お!おお!何だこれ、本当だ!お前さん何しおった!」
何しおったって、俺は何もしておりませんが?
「おい!何がどうなっておる、説明しろ!」
かなり興奮している。
「俺達が住む島の、温泉の源泉なんです」
「ん?温泉の源泉?」
「はい、そうです。五郎さんが俺達の島に来た時に、掘り当てた温泉があるんですよ」
「五郎って、あの温泉街の五郎か?」
「はい、五郎さんをご存じなんですか?」
「いや、直接面識はないが、名前は聞いておる」
「そうなんですね、まあいずれにしても、その五郎さんが掘り当てた源泉に、魔力の回復効果があることが分かったんです」
「ほーう」
「それでこれをメッサーラで販売することを予定しているんですが、問題がありまして」
「問題とな?」
「この瓶です」
「瓶?その瓶がどうしたんだ?」
「この瓶を大量に作成する必要があるんです」
ゴンガス様が考え込んでいる。
何かしらぶつぶつとこれならばこうすれば、いやこの方が早いと自己陶酔状態に入っている。
「で、いつまでに何個いるんだ?」
話が早い、流石鍛冶の神様だ。
「できれば二か月で一万個欲しいです」
また自己陶酔状態に入ってしまった。一万作るにはあれをこうして、いやこっちの方がはやいか、ん?待てよ。といった具合。
「ちょっと問題がある、作業的にはどうにかなりそうだが、材料の問題がある」
「それは、珪砂や石灰といった材料のことでしょうか?」
「ああ、お前さんよくそんなこと知っとるな?」
「ええ、俺も瓶を造ることはできますので」
「はあ?ならばお前さんが造ればいいんじゃないのか?」
「そうもいきませんよ、この件以外にも俺もやることだらけなんですから」
「おお、そうか・・・で、それはいいとしてだ、材料が無ければ何ともならん」
「そこは俺が準備できます」
「はあ?どうやって?」
「こうやってです」
と言って『万能鉱石』を購入し、それを珪砂に変えた。
「お前さん・・・今何やった・・・」
ゴンガス様の腰が引けていた。
「おれの能力の一つで『万能鉱石』という物です」
「『万能鉱石』ってなんだ?」
「それは」
俺は『万能鉱石』について説明した。
ゴンガス様がみるみる表情を変えていき、最後には興奮マックス状態となっていた。
不意に俺の肩にゴンガス様の手が置かれる。
「儂がお前さんと出会えたことを、創造神様に感謝するぞ」
はい?何のお話でしょうか?
「まあいい、それよりもお前さんが材料を準備出来るなら、儂が引き受けよう」
おお!行けるのか!
「じゃあ、お願いしてもよろしので?」
「ああ任せとけ、儂の弟子を総動員して何とかしてみせる」
よっしゃ!これで目途が経ったぞ!
「ではお願いします、でこんな話はしたく無いんですが、料金はいかほどに?」
ゴンガス様は再び考え込んでいる。
「お前さんがいくらで材料を提供してくれるかによるな」
「そうですか・・・」
正直言って珪砂と石灰はそれほど高い物では無い、だがどれだけの量が要るのかというところだ。
「ちなみにどれぐらいの量が必要ですかね?」
「そうだな、質にこだわらなければ、一トンもあれが充分だが、質に拘るならば倍は要るな」
「そうですか・・・じゃあ質には拘らなくてもいいです、であれば無償で提供します」
「はあ?お前さん無償でって何を言っておる、それでは理に敵わないだろうが」
「いえ、そうでもありません」
「そうなのか?」
「ただ、いくらで請け負ってくれるのかにもよりますが・・・」
「ああ、そうだな・・・」
お互いが頭の中で計算する時間が始まった。
何処にどう落とし処をつけるのか・・・
「そうだな今回は作業料だけだし、このサイズなら一瓶銀貨五枚でどうだ」
「わかりました、一万個で金貨五百枚ですね」
先行投資として金貨五百枚は大きな金額だが、今の島野商事には難なく払える金額だ。
「支払は出来てからですか?」
「できれば半額先払いして貰えると助かる、弟子どもにある程度前払いしておきたいんでの、二ヶ月間拘束することになるしの」
「そうですね、じゃあ今支払いをしておきますね」
『収納』から金貨二百五十枚を取り出して、ゴンガス様に渡した。
「久々の大口の取引だ、こちらとしても助かるのう」
「材料はどちらに保管しますか?」
「そうだな、一旦儂の工房に置いておこう、工房に行くか?」
「行きましょう」
ゴンガス様の工房に入った。
立派な工房だった。
外から見たよりも中が広く感じられる。
大きな炉が二つ有り。鍛冶道具は見事に手入れされている。
工房の中心にある大きな鉄のテーブルがあり、その上に麻袋が大量に置いてあった。
俺はその麻袋に珪砂と石灰を大量に詰めていった。
ゴンガス様は『万能鉱石』に相当興味があるのか、ぶつぶつ言いながら眺めていた。
ギルも工房に関心したのか、
「広い施設だね・・・凄い」
と漏らしていた。
「お前さん、その『万能鉱石』だが、一つ儂に貰えんか?」
「ええ、いいですよ」
「あと『魔力回復薬』の件がひと段落ついてからでいい、一度儂のところに来てくれんか?」
「いいですが、何をするんですか?」
「それはその時のお楽しみだの」
髭を撫でながら意味深な笑みを浮かべていた。
これで瓶の製作は問題無くなった。
ゴンガス様、あざっす!
本日もまた会議を行っている。
議題は『魔力回復薬』の値段設定だ。
「先日鍛冶の街で、ゴンガス様と話を付けてきたよ」
「どんな内容になりましたか?」
「ああ、二ヶ月で一万個作ってくれることになった」
「「おおー!」」
「幸先いいですね、島野さん」
「ああ、重畳だ」
「それで、瓶の金額はおいくらになりますか?」
オットさんが一番気にしていたことを口にした。
「一瓶で銀貨五枚だ」
「となると、その分の支払いを考えませんといけませんね」
「いや、そこは気にしなくていい」
「といいますと?」
「俺が支払は済ませている」
「えっ!それはどうして」
「どうしても何もその方が、話が早いじゃないか」
「しかし、金貨五百枚ですよ?」
「ああ、問題ない」
オットさんは目を見開いていた。
ちゃんと目があるじゃないか。普段からそれぐらい開けてなさいな。
「島野様は随分と豪胆な方のようだ、金貨五百枚を即日でポンですか・・・いやはや」
正確には少し違うが、まあめんどくさいからいちいち訂正しなくてもいいだろう。
「それでオットさん、こうなると販売価格はいくらが良いと考えますか?仮案は銀貨五十枚でしたよね?」
「そうですね、仮案はあくまで、国民の手が届く金額がこれぐらいではないか、という処から算出した物です、瓶の値段などは全く考慮していませんでした」
「じゃあ、当初は売上の二割を島野商事で貰うことにしていたが、これだと仕入れ代金を払ったら利益は一割になるから変更したい。さすがに社員を使って行うことなので、慈善事業にはできない」
「では販売価格を銀貨五十五枚として、その内の取り分として島野様には、銀貨十五枚でいかがでしょうか?」
この先のメッサーラでは、学校の建設と運営が控えているから、こちらの取り分はこれぐらいにしておかないといけないだろうな。
「分かった、そうしよう」
「ありがとうございます」
「瓶持参の方は銀貨四十五枚でいこう、こちらは当初の通り銀貨十枚頂くでいいかな?オットさん」
「はい、そうして貰えますと助かります」
「これで金額の設定はいいとして、後は何かあるかな?」
オットさんが気まずそうな表情を浮かべていた。
「ひとつよろしいでしょうか?まだ先々の話なので、今はいいのですが、学校の建設に必要な、設計技術と大工の人数がどうにも揃いそうにないんです、はい・・・」
「大工の設計技術と人数?」
「ええ私の方で調べてみたところ、六歳から一二歳までの子供の数は、約四千人になります。これだけの数をとなると、学校を十校作ったとしても、四百人を収納する施設になります。メッサーラにはそれだけの人数を、収納できる施設を建設したことがありませんので」
「そうなのか・・・」
エロ大工に聞いてみるか?
「建設場所は問題ないのか?」
「建設場所は問題なく確保できると思います、ただどれだけの大きさの建物になるかにもよりますが」
「そうか、ちょっと大工の街に行く用事があるから、大工の神様に聞いてみるよ」
「本当ですか?何から何までありがとうございます、島野様」
「本当にありがとうございます」
ルイ君とオットさんが頭を下げていた。
「たまたま最近広げた神様ネットワークが、上手く嵌っただけだよ」
ほんと人脈って大事。
マークとランドを迎えに来がてら、ランドール様に会いにいくことにした。
今回は前回の教訓を生かして、ちゃんと待ち合わせ場所を決めてある。
待ち合わせ場所に到着すると、既にマークとランドは、待ち合わせ場所のお茶屋で待機していた。
「お疲れさん、ひとまず状況を聞こうか?」
「何とか基本となる宮造りの構造や、宮大工の技術は習得できました。ランドール様にみっちりしごかれましたからね」
「それはよかったな」
「まあ元々ハンターになる前には、宮大工の見習いを俺達はやってましたんで」
「そうだったのか、だからランドール様とは知り合いだったのか?」
「ええそうです、後、細かな宮大工の道具も手に入りました、これでなんとかなりそうです」
運ばれていきたお茶を一口飲んだ。
うん美味しい。
「この後ランドール様に話があるんだが、今日は何処にいるか分かるか?」
「ええ知ってます、後で案内します」
「頼む」
雑談を交わした後、俺達は茶屋を出た。
ランドール様は、現場に出ているとのことだったので、現場に向かうことにした。
建設現場は活気に溢れていた。
大きな男性が多く、まさにガテン系。
中には女性もおり、てきぱきと作業をしていた。
「作業中だがいいのか?」
気になったので聞いてみた。
「ええ、ランドール様はあまりそういうのは気にしないタイプですので」
鍛冶屋のおっさんとは違う、ということだな。
マークが声を掛けに行ってくれた。
ランドール様が気さくに手を振っている。
手を振り返しつつ
「仕事中にすいません」
と念の為謝っておいた。
「いえ、気にしないでください」
「今日もお土産がありますが、ワインか、トウモロコシ酒のどちらにしますか?」
ランドール様は一瞬ビクッとしていた。
「ああ、ワインでお願いします」
ワインなんだ、何かあったのかな?
『収納』からワインを三本取り出し手渡した。
「いつもありがとう、ありがたく頂くよ」
「ところで一つご相談があるのですが、お時間よろしいでしょうか?」
「ああ、ちょっと待ってて貰えるかな?」
「はい」
ランドール様は現場に戻り、弟子と思しき人にワインを渡しつつ、あれこれと現場に指示を出していた。
一通り指示が終わったのか、こちらに戻ってきた。
仕事の邪魔をしたみたいで、すいません。
「で、ご相談とはなんでしょう?」
「ランドール様は『魔法国メッサーラ』はご存じでしょうか?」
「ええ、知ってますよ」
「実はまだ先になるんですが、今後数年かけて大規模な工事を行う予定なんです」
「大規模な工事とは?」
「学校を十校ほど建設する予定なんです」
「へえ、学校をね」
顎のあたりを擦っている。この人の癖なのだろうか?
「ただ問題がありまして、この学校なんですが、かなり大きな施設になりそうなんですよ」
「大きいとはどれぐらいなのかな?」
「大体四百人が入れる規模です」
「ほう、それは凄いな」
「そこで問題となるのが、そこまでの規模の建物を、メッサーラでは建設したことが無く、ノウハウがないんです」
「なるほど」
「そこで、何かご協力して頂くことは出来ないかな?といった次第でして」
「そういうことですか、その学校のコンセプトは何になりますか?」
「この学校で学ぶのは、基本的な読み書きと計算です」
「それは良い事だ、その学校には子供達が通うと考えていいのかな?」
「はい仰る通りです、六歳から十二歳の子供を対象にする予定です」
また顎を擦っている、これは癖だな。
「それは宮造りに拘らなくてもいいのかな?」
「ええ、そこは大丈夫です」
「であれば、私が設計の段階から協力しよう、流石にその規模となると、もしかしたらこの世界初の、大きさの建築物になるかもしれない。大工の神としては、これ以上無い見せ場になる」
「そうおっしゃってくださると思ってましたよ」
仕事に関しては、出来る人だからね。
「では時期がきましたら、また声を掛けさせていただきます」
「ええ是非そうしてください、では」
とランドール様は現場に戻っていった。
島に戻ると大工道具を小屋に運んで、何処に神社を建てるのかを打ち合わせることにした。
「そういえば島野さん、なんでランドール様はワインにしたと思います?」
「なんでって、俺も引っかかってたんだよな」
「あの人、女の子を酔わせようとしてたんだけど、逆にベロベロに酔わされて、着ぐるみ剥がされて道端で寝てたんですよ」
にやけ顔のマークが、ここぞとばかりに披露した。
なるほど、だからビクついてたのね。
やれやれだな。
「まあ、あの人の女好きは治らんでしょうね」
「間違いないな」
「さて、エロ神様は置いといて、神社の建設場所だがどうする?」
「神社といってもそこまで大がかりな物は厳しいので、小規模な物に鳥居と手洗い場を造る程度でどうでしょうか?」
「であれば、そこまで広さには拘らなくてもいい訳だな」
「ですね」
「けど、ロケーションは考えたいな」
「ロケーションですか?」
「ああ、木に囲まれた場所がいいな、その方が厳かでいい」
「そうですね」
「じゃあ、少し森を切り開くか」
「畑の裏の森から、数メートル開きましょうか?」
「そうしようか、その辺なら獣が現れることもよっぽど無いだろう」
「ですね」
畑から北に向かって、三十メートルほど切り開いた箇所に広場を造った。
ついでに『加工』で木材も確保した。
「久しぶりに島野さん能力を見ましたが、はやり唖然としますね」
「そうか、まだまだ慣れないか?」
「慣れたつもりだったんですけど、ハハ」
マークは頭を掻いていた。
「じゃあ後は任せていいか?」
「はい、お任せください」
俺はマーク達に任せて俺は広場を後にした。
また会議を開いている。
今日はこれまでの纏めと、今後の確認だ。
「まずオットさん、大工の神様が協力をしてくれると約束してくれましたよ」
「ありがとうございます」
「設計段階から手伝ってくれるということなので、時期がきたら現地の視察から行った方がいいな」
「そうなりますね、こちらで準備しておくことはありますか?」
「申し訳ないが、そういったことを含めて、一度打ち合わせをしてみて欲しい、あと宮造りには拘らなくていいように言ってあるが、問題はないか?」
「ええ、問題ありません」
「では、まずは現状を振り返ってみよう」
「「はい」」
「まず瓶に関しては、鍛冶の街で造られる。数も時期も問題ないだろう。次に販売所の建設はどうなっている?」
「順調にいってます」
「人員は?」
「はい、各教会には通達済で、確保できていると報告が上がっています」
「販売開始が近くなったらレクチャーが必要になるが、誰が担当するんだ?」
「私が行います」
と元気よくゴンが手を挙げた。
「そうか、どういう段取りを考えているんだ?」
「一ヶ所に集めて、効率よく行おうと思います。何度もやるのは面倒ですし」
「いい判断だ」
「後、販売小屋の警備の手配はどうなっている?」
「僕の方から、警備兵に手配をするように話は通してあります」
ルイ君が答える。
「売上金の回収方法は?」
オットさんが手を挙げた。
「販売所の警備に当たった兵士が、そのまま販売時間終了後に、国庫まで持参することになっております。そこで販売数と照らし合わせて、チェックをする手筈です」
「販売価格などは前に打ち合わせた通りでいいとして、商品の保存に関してだが、どうなっている?」
「販売所には広い日さしを設けることで、常に日光が当たらない様に設計しておりますので、問題はないかと」
「分かった、後、販売前に広く宣伝するとのことだったが、教えてもらおうか?」
ルイ君が手をあげる。
「まず、国から国民に対して、重大な発表があることを掲示板で伝えます。次にその場にて、今後のメッサーラの方針の発表を行い、その上で『魔力回復薬』についての宣伝をおこないます」
「その手筈は全部メッサーラで仕切るようにしてくれ」
「かしこまりました」
「他に全体を通じて、何か意見や質問などがある者はいるか?」
リンちゃんが手を挙げる。
「島野さん、私の役割は何になりますか?」
「ああ、すまなかったな、細かくは話してなかったな、まずリンちゃんには、商品の納品をメインでやって貰う予定だ、そして、島に来てから具体的なことは教えるが、商品の梱包作業を監督して貰おうと考えている」
「監督ですか?」
「ああ、それは島に来てから話そう、いきなり部下を持つようなことになるが、俺は君なら出来ると信じている」
リンちゃんがキリッとした表情になった。やる気スイッチが入ったようだ。
「分かりました、全力で行います」
「他にはどうかな?」
「島野様、本当に島野様のことは公表を控えるという事でよろしいのでしょうか?いまいち小職には理解が及びません」
「前にも言ったが注目を集めたくない理由がある、どうしてもそれが知りたいのであれば、ルイ君に聞いてくれ、契約魔法を使用することになるとは思うが、それだけ重要なことだと理解して欲しい」
「承知いたしました」
オットさんの立場からしたら当然のことなんだろう、現にルイ君とオットさんはこの『魔力回復薬』によって国が大きく変わると推測している。
であるのに、その立役者の名前すら公表されないというのだから、尚更だろう。
まあ俺が単に目立ちたくない、ってのもあるんだがね。
「他にはどうかな?」
「大丈夫です」
「問題ありません」
「OKです」
ということで本日の会議は終了した。
ちなみにこの日の差し入れは、リンちゃんが愛して止まないツナマヨおにぎりにした。
オットさんもこれが楽しみらしく、家族にも持って帰ると嬉しそうにしていた。
リンちゃんがどれだけ興奮していたのかは、あえて語る必要はないだろう。
それから二ヶ月近くが経ち、遂にゴンとリンちゃんが卒業を迎えた。
ゴンは今回の留学で、新たな魔法を習得することができた。
習得できた魔法は以下の通り
『浄化魔法』『照明魔法』『付与魔法』『空間収納魔法』『契約魔法』
リンちゃんは
『照明魔法』『拡声魔法』
を習得したようだ。
ゴンの『付与魔法』と『空間収納魔法』で、マジックバックが造れるらしい。
島の皆の為に、既に俺はマジックバックを十個購入してしまっていた、金貨百枚近く掛かっていたのに・・・オーマイガ!
これ以上は語るまい・・・
タイミングが悪い・・・うんうん・・・そういうことにしておこう・・・
ゴンは管理部門に復帰し、リンちゃんは『魔力回復薬』販売部門に配属された。
この人選には、俺の思う処があっての人選だ。
リンちゃんはメッサーラ出身のため、メッサーラに詳しく、また、ルイ君とも懇意にしているということもあるのだが、俺はその点のみだけでは無く、この子の可能性にかけてみたいと思うところがあった。
リンちゃんは一見控えめで、消極的に見えるのだが、それでいて全体を見渡す力があると感じている。
判断も冷静であり、自分の手に余ることが有ったら、直ぐに報告することが出来る。
そんな人材であると俺は思っている。
言ってみれば、痒いところに手が届く人材なのだ。
更にゴンの影響なのか、最近ではちゃんと、自分の意見を積極的に言おうという姿勢も感じられる。
願ったり叶ったりの人材である。
そんなリンちゃんに、さっそくテリー少年達を当てがった。
三日後に開始される『魔力回復薬』の瓶詰め作業を、テリー少年達に手伝わせた。
テリー少年達にとっては、リンちゃんは島では後輩になるが、そんなことは関係ない。
既に前もって話はしてあり、ふざけたことを言ったら、この島を追い出すとギルから言われている。
そこに更に、俺の念押しも入っている。
まあ、面倒なことにはならないだろう。
テリー少年達も、この島に来てからは随分と成長しているようで、彼らなりに頑張っているのは承知している。
加えてリンちゃんの巨人族の身体の大きさが物を言ったようで、早々にリンちゃんの配下に成り下がっていた。
二メートル以上の身長がある、女性のインパクトは大きかったようだ。
でも高圧的なところは感じさせないリンちゃんの対応に、テリー少年達も一定の信頼を寄せているようで、上手く事は進み始めているようだ。
ここから数日は忙しくなる為、彼らのチームワークに期待したい。
既に販売開始の一週間前には、国の至る所にある掲示板に、一週間後に魔法学園にて、重大な発表があり、魔法学園に来れる国民は、積極的に集まるようにと、ルイ君の名前で知らせてある。
メッサーラ国内では、いったい何が行われるのかと、国中が騒然としており、それは期待に満ちた声と、不安が入り混じった声と、様々な憶測が飛び交っていた。
この様なことは、これまでのメッサーラの歴史には記憶になく、今回のことが異例のことであることを示している。
期待と不安でメッサーラが揺れていた。
販売開始前日
ゴンは販売所に携わる者達を魔法学園の講堂に集め、取り扱いに関するレクチャーを行っている。
サポートにはオットさんがついている。
内容としては、商品の取り扱い全般、販売時に消費期限や保存場所についての話をすること、金銭の取り扱い等について。
講堂の黒板を使い、分かり易く説明している。
そして、発表が行われるまでは『魔力回復薬』に関しては一切話してはならないと全員契約魔法で契約させられていた。
また、それと同時に『魔力回復薬』が各販売所に持ち込まれ、警備員の監視のもと、厳重に保管されている。
今回は人海戦術が必要な為、アイリスさん以外の社員全員が事に当たっている。
ここでさっそくマジックバックが活躍した。
ゴンがまだマジックバックを造っていない為、結局は購入して正解だったようだ。
あとは明日を待つのみだ。
販売日当日
『魔法学園』は人で溢れていた、学園内に入りきらない人達が、学園の外にも溢れている。その行列は『魔法学園』を囲い込み、大輪の花が咲いている様だった。
至る所で押し合いになっては不味いと、警備兵の数にも余念は無い。
皆が皆、これから始まるであろう出来事を、固唾を飲んで待っていた。
『魔法学園』校舎の前には、セレモニー用の台が置かれており、その上には教壇が据えられている。
学園の各所には『拡声魔法』を使える魔法士が配置されており、声が最後尾まで届けられるようになっていた。
今まさに、メッサーラの歴史が動こうとしていた。
教壇の前に賢者ルイが姿を現すと、国民の緊張感が一気に膨れ上がった。
中にはこうして賢者ルイの姿を始めて目にした者もいるのだろう。
「あれが賢者ルイ?」
「随分若いのね」
等という声が漏れている。
緊張で顔が引き攣っている賢者ルイ、全体を見渡して、あまりの人の数に、さらに表情を硬くしている。
教壇に置いてある水を飲もうとするが、手が震えて上手く飲めていない。
すると突然『拡声魔法』で大きくなった声が掛けられた。
「ルイ君!肩の力を抜いて!複式呼吸よ!!」
ゴンの声だった。
何事かと騒めく民衆、その様子に冷静さを取り戻しつつある賢者ルイが、深く複式呼吸を始めた。
数秒後、さっきまでの賢者ルイはそこには居なかった、佇まいを但し、遠く一点を見つめている。
「皆さん、お集りくださり、ありがとうございます。僕は・・・私は賢者ルイです!」
民衆は騒めきを止め、賢者ルイの方に向きなおる。
「今回この様な場を設けさせていただいたのは、ある重要な発表を行う為です!」
『拡声魔法』により、声が響いている。
その声が収まることを確認しながら賢者ルイは続けた。
「その重大な発表の前に、少しお話をさせてください」
民衆が耳を傾けている。
「メッサーラは建国して約五百年となります。最初は魔法を愛する者達が集い、村が出来、いつしかそれは街となり、やがて国となったと言われています」
民衆は頷き、そして次の言葉を待っていた。
「私は魔法が大好きです。そして魔法を愛する者達で溢れるこの国も大好きです!」
自然と拍手が起こった。
賢者ルイはそれを手を挙げて受け止めた。
拍手が止んでいく。
「私はこの国を魔法で満ち溢れた豊かな国、そして笑顔が溢れる国にしていきたいと考えています」
静まり返る民衆。
「しかしそれは、私一人では叶えることはできません、どうか皆さんに協力をお願いしたい!」
賢者ルイは一拍置いてから話を続ける。
「今後数年かけて、このメッサーラに、新たな学校を建設する計画を進めています」
学校?何で?と騒めく人々。
そんな声を無視して賢者ルイは続けた。
「その学校では、読み書き、計算等を学んでもらいます」
「特に六歳から一二歳の子供を中心に通ってもらう様にします、でもそれ以外でも学びたいという意思のある方は、通ってもらっても構いません」
そんな余裕はないぞ。
何のために読み書きが必要なの?
などと反応はいまいちだ。
「読み書きや計算を覚えることは、その子の人生を大きく変える可能性があります。何より職業の選択の幅が広がります。知識は生活を豊かにします」
「国民の皆さんを豊かにしたい、その為には学校が必要である、と私は考えます」
一気に畳みかける賢者ルイ。
「学費は一切かかりません、それに家庭の事情で子供達も働いている家庭があることも理解しています。ですので、通うのは午前中のみとし、お昼御飯も格安で提供しようと考えています」
それならなんとかなるか。
良いんじゃないか。
と風向きが変わりだした。
「是非前向きに検討していただきたい!」
「そして、学校の建設には莫大な資金が必要になります」
「その資金を集めることが出来る、ある商品の開発に『魔法学園』は成功しました!」
群衆の緊張感が再び高まった。
「その商品の売上の一部を使い、学校の建設を行います。その商品は本日より、教会の隣に設置した販売所で購入可能です」
「その商品とは!」
一気に注目が集まった。
賢者ルイは意図的に間を取っていた。
「『魔力回復薬』です!!」
辺りが静まり返ったのは一瞬の出来事で、大喝采に包まれた。
歓喜に沸く会場、留まることのない歓声に沸いていた。
それを賢者ルイは涙を浮かべて眺めていた。
賢者ルイは確信した、この国はより豊かになると。
次第に歓声は鳴りやみだし。平静を取り戻していった。
「皆さん!この国を豊かにしましょう!」
賢者ルイのこの言葉を最後に重大発表は終了した。
五ヶ所の販売小屋では、何処も長蛇の列が並び、販売時間終了を迎えても、列は途切れることはなかった。
「それにしても凄い光景だな、まだ並んでるぞ」
「ええ、そうですね」
隣に並ぶリンちゃんも同意見だ。
「ルイ君も立派なもんだったな」
「まったくです、ただゴンちゃんのあれが無かったら、こうはいかなかったかもしれないですけど。急にゴンちゃんから『拡声魔法』を掛けてくれと言われた時は、何が起きるのかドキドキでしたよ」
あれは面白かったな、にしてもゴンはどうしてあんなことしたんだ?
まああれが、あいつの性格だな。
「まあな、遠目でもルイ君がガチガチに緊張してるのが、分かったからな」
「そうですね」
「そう言えば、明日からちょっとの間、大変だと思うが頑張ってくれよ」
「はい、まだ集計は上がってきて無いですけど、瓶の増産も必要かもしれないです」
「そうだな、そうなりそうなら早めに言ってくれ、判断はリンちゃんに任せる」
「あと、明日からは瓶無しの販売も始まります、樽の数が足りるのか心配です」
瓶無しの商品用に、樽の下部に蛇口を取り付けた物を用意してある。
持参した瓶に、樽の蛇口を捻って『魔力回復薬』を詰めるというものだ。
一樽の容量はおよそ三十リットル、約二百杯分だ。
「樽も増産が必要なら言ってくれ」
「分かりました」
「これからメッサーラも、変わっていくんだろうな」
「ええ、期待しています」
こうして販売日初日は終了した。
その後一週間は『魔力回復薬』の仕事に奔走することになった。
結局瓶は、更に二千個増産することになり、鍛冶の街に発注することになった。
瓶無しの商品も順調に販売できており、なんとこの一週間で利益は約金貨一千五百枚にもなった。
正直やり過ぎだ。
でもまあ、お金はあったに越したことはないが・・・どうやって使おうかな?
とりあえずは皆の給料は倍増だな。
年間の利益を計算するのがちょっと怖い。
これが日本なら、税金をどれだけ持ってかれるんだろうか?
あー、やだやだ。
税金嫌い!