翌日の朝、結局朝食はビュッフェ形式にした。
ツナマヨ丼でもよかったのだが、せっかくならいろいろ選べる方が、良いと思ったからだ。

ご飯にパン、味噌汁に卵スープ、卵焼きにスクランブルエッグ、ツナマヨにウィンナー等々を用意した。
朝食も評判が良かった。

「このいろいろ選べるってのはいいですね、参考になります」
大将は食事のことになると、真面目になるな。それが仕事だもんな。

「それにこのツナマヨ丼、一度食べてみたかったんですよ、ゴルゴラドの祭りの後で聞いたんですが、島野さんが三日間だけ出店してたって。そうとう上手いって評判でしたからね」

「そうだったんですか?」

「ええ、来年はどうするんですか?」

「いや、今はまだ何も決めてないね」

「来年も出店するなら教えてください、食べに行きますよ」

「わざわざ来るってのか?」

「はい、もちろんです」
食に対する情熱が凄いな。関心するよ。

食事を終え、泉源を探しに行くことになった。
ギルの背に五郎さんが乗り、俺はエルの背に乗ることになった。

「それじゃあ、儂らが先行するから、着いてこい」

「分かりました」
五郎さんとギルが先行して空を駆けていく。
方角は北西、どうらや川の方に向かっているようだ。
村から二キロメートルほどだろうか、森の中に到着した。
森の中とはいっても、木々があまり生い茂っているようなところではなく、少し開けた所であった。

「よし、ギル坊は土魔法が使えたな」

「うん、使えるよ」
五郎さんが指をさした。

「ここを二メートルほど掘ってみてくれ」

「分かった」
ギルは土魔法で地面を掘っていく。
二メートルはなかなか深い。
すると、地面から水がちょろちょろと漏れ出て来た。

「五郎さん水が出て来たよ」

「ああ、もう少し掘ってくれ」
更に掘り進めると水が一気に溢れ出て来た。

「熱い、熱い!」
源泉が噴き出し、ギルに掛かっていた。

「ハハハ、ギル坊大丈夫か?」

「熱いよもう、教えといてよ」

「ハハハ、悪りい悪りい。どうでえ島野、源泉を掘り当てたぞ!」

「お見事です、流石五郎さんだ」

「さてと、泉質を見てみるか」
五郎さんが源泉に手を翳した。

「おお!こりゃあ凄げえ。とんでもねえぞ」

「何が凄いんですか?」

「何がって、この源泉、魔力の回復効果があるぞ」

「嘘でしょ?」

「いや本当だ、ちょっと待ってろよ」
というと五郎さんは『収納』から湯呑を取り出した。
源泉を湯呑で掬っている。

「ギル坊、飲んでみな」

「ちょっといいですか、念のため」
といって、五郎さんから湯呑を預かった。
『分離』で不純物を取り除いた。
いちおう俺も『鑑定』してみる

『鑑定』

源泉 飲料可

ってこれだけかい。

五郎さんの『水質鑑定』のようにはいかないようだ。
湯呑に少し自然操作で水を加えてギルに渡した。

「飲んでみるね」
というと、ギルは湯呑に口を付けた。

「少し味がするけど、嫌じゃないよ、あっ!本当だ!魔力が回復してるよ!」

「な、儂の『水質鑑定』に間違げえはねえのさ」
ドヤ顔の五郎さん。

「凄い、体力の回復薬に続いて、魔力の回復薬もできてしまうことになるとは」

「それにしても、おめえの引きは無茶苦茶強えな。こんな源泉なかなかねえぞ。儂の街の源泉も多少の回復効果はあるが、ここまでじゃねえ」

「そうなんですね、まいったな」

「まあ、ひとまず、他言無用だな」

「そうですね」
困ったもんだ、後で考えることにしよう。
でも、魔力回復薬となると、メッサーラが一番需要がありそうだな。
ルイ君と相談してみるか。
ひと先ずは温泉を造るのが先か。
川からは近いし、どうにかなるだろう。

隣を見ると五郎さんが遠くを見るような目をしていた。
五郎さんがぼそりと呟いた。
「爺さんの温泉はどうなったことらや・・・」
そうか、日本の実家を思い出していたのか、ならば。

「五郎さん日本に帰りませんか?」

「はあ?おめえ何言ってやがる」

「俺の能力で、現在の日本にいけるんですよ」

「うっ!それは本当か?」

「ええ、俺はしょっちょう帰ってますよ」
五郎さんは頭を抱え込んでいる。

「ほんとお前えって奴は・・・ちくしょう。こればかりは考えさせてくれ。気持ちの整理が出来てからだ」

「ええ、構いませんよ」

「なんてこったい、お前えには呆れるぞ、ほんとに」

「気持ちの整理がついたら教えてください」
一度皆の所に帰ることにした。
昼飯を前にして、五郎さん一行は『温泉街ゴロウ』へ帰って行った。



今は温泉の建設中。
本当は男女別々にしようと思っていたが、後から増設は可能なので、まずは混浴にて温泉を建設することにした。
建設場所は、泉源から三十メールほど離れた場所。
都合が良い事に、傾斜がある開けた土地があったので、源泉が取り込みやすいのでそこにすることにした。

源泉から水道管で引き込み、浄水池を設置、ここにはプルコではなく、浄化能力を付与された魔石を使用した。実はゴンの様子を見に『メッサーラに』立ち寄ったところ、浄化能力が付与された魔石が売っていたので数個購入していたのだ。

五郎さんの温泉街でも使用していると聞いたので、同じ仕様にしてみた。
川から引き込む水も同じ仕様となっている。
湯加減の調整は温泉に蛇口を設けて行うようにしてある。

温泉は雰囲気を重視して岩風呂にしてみた。
皆で協力して岩をふんだんにかき集め、隙間をコンクリートで埋めて造った。
皆の頑張りの甲斐もあり、サイズとしては、皆で入れるほどの大きさとなった。
皆で温泉っていいよね。
楽しみだ。

獣に荒らされないように目隠し用のフェンスを建てた。
勿論脱衣場も作成した。
後は、洗い場も忘れない。

今は簡単な作りだが、今後手を加えていきたいと考えている。
今後は村との行き来が出来る様に、簡単な街道を造る予定で、ここはマークとランドに一任するつもりだ。
まずは、皆で温泉を楽しみたい。



さっそく温泉に皆なで行くことにした。
ちょっとした慰安旅行の気分だ。
大きく作っただけあって、皆で入ると、直ぐにお湯が溢れだした。
その様子に皆なで笑い合った。

「この温泉は、ちょっと匂いがしますが、気持ちいいですね」
満足そうなメルル。

「これは気持ちいいですね、守さん。村のお風呂も好きですが、これはまた違う心地よさです」
アイリスさんは、温泉に嵌るだろう思う。
無類の風呂好きだからね。

「まあ、多少村から距離はありますが、この距離なら歩いてもこれるでしょうね」

「ええ、そうですね、島野さんが居ない時には、ギルやエルに運んでもらうこともできますしね」
マークも気持ちよさげだ。

「「「ああ・・・」」」
皆な口から余韻が漏れてますね。
気持ちよさそうでよかったです。
にしても、この温泉は本当に気持ちがいい。
五郎さんに感謝だな。



ふと気づいたことがある。
季節感の無いこの島では、季節を感じる料理をすることはあまりない。
時折風が冷たかったり、日差しの強い日もあるが、季節を感じることは全くといっていいほどない。
今までしてこなかった料理をしようと考えたところ、鍋料理をしてこなかったことに気づいた。
そこで、キノコを食べていないことに俺は気づいた。

早速、キノコの栽培に取り掛かった。
切り分けた木に、切れ目を入れて、そこに『万能種』を入れる。
確かキノコは湿り気がある方が良いと思いつき、農業用倉庫の片隅で栽培してみることにした。
シイタケ、マイタケ、シメジ、エノキ、マッシュルーム、そして松茸。
これも野菜と同様に神気を流すとあっという間に成長した。

始めはすったもんだあった『万能種』だが、今となってはありがたい能力である。
あと、タケノコも栽培した。
タケノコは少し苦戦した。
というもの神気をやり過ぎると竹になってしまうからだ。
まあ、それでも竹を使った食器などに早変わりして重宝しているのだが、神気のやり過ぎには注意が必要だった。

この日より、鍋料理が数日続いた。
だが、毎回鍋に関してはベースとなる味が変えられたので、俺は飽きずに済んだ。

トマトスープの鍋、水炊き鍋、昆布ベースの鍋、キノコ鍋等、いろいろな鍋を楽しむことができた。
更に、鍋にはこれでしょうということで、ポン酢ができ上がった。
内容は簡単で、醤油に酢を混ぜただけの物、配分には少し手間取ったが、なんとか完成した。

そして、松茸ご飯は皆ががっつく様に食べていた。
がっついて食べる様なご飯ではないとは思うのだが、あの風味がそうさせるのだろう、お代わりを頻繁に求められた。

これはこれで有りだな。
また食の幅が広がったことに俺は満足した。
後は何に幅を広げようかと考えた結果、一つの結論に達した。
中華が足りてない。

まずはタケノコが捕れたことから、チンジャオロースを作ってみた。
無茶苦茶受けた。

だが、ここで物足りなさを感じた俺は『ゴルゴラド』に向かい、カキを買い漁った。
作るのはオイスターソースだ。
思いのほか、たくさんのカキを使用することになったが、美味しさの追求に金は惜しまないのが、俺の方針。

試行錯誤の上、これだというオイスターソースが出来上がった。
それで改めて作ったチンジャオロースは、エルに「神食!」と言わせるレベルに達していた。

次に取り掛ったのは、チャーハンだった。
案外あっさりできてしまった。
皆嬉しそうに食べていた。
そして、いよいよこれに取り掛かった。
餃子である。

これは、あえて皆なを巻き込んで、餃子作りを行った。
不格好な餃子を作る者、上手に作る者と様々だ。
皆なで和気あいあいと餃子を作った。
その味はというと、言うまでもないだろう。
自分達で作って不味いという者は絶対にいない。
上手いに決まっている。

餃子のたれは、ポン酢で済ませた。ラー油も作らなかった。
作ることは出来る。だがしなかった。
理由は簡単で、めんどくさいと思ってしまったからだ。
俺の良くない所なのかもしれないな。

常にゆとりを残しておきたいのだ。
俺は間違っても完璧主義者ではない。
少しの遊びを残しておきたいという想いがあるのだ。
どこかまだ開発の余地がある状態が好きなのだ。
やろうと思えばやれる。
でもやらない、ここに楽しみを残したくなってしまうのだ。
俺はそれでいいと思うのだ。
完璧が良いとは限らない。



ところで、久しぶりに能力の開発を行っている。
決してサボっていた訳ではない。
嘘つけというクレームは受け付けない。
今行っているのは『睡眠』の能力開発だ。

なぜそれを考えたかと言うと、万が一戦闘になった際に、一番活躍する能力について考えた結果、これだろうという考え。
誰一人死なれては困る。
あくまで俺は、神様の修業の身なのだ。
誰かに死なれてはその資格は無いと思う。

ならば、どうしたらそれを防げるのか?
殴ったら、下手をすると誰かを殺してしまうほどに、俺は強くなっていることは分かっている。
それを回避するには、眠らせれば良いんじゃないかという安易な発想。
なので『睡眠』の能力を開発するようにした。

既に獲得の道しるべは出来ている。
催眠をこれまで行って来た俺にとっては、睡眠は類似性があり過ぎる。
いつも道りの『黄金の整い』のなかで、あえて眠気に自分を誘導する。
そこで神気を纏ってみる。
薄っすらと音が聞こえた。

ピンピロリーン!

「熟練度が一定に達しました、ステータスをご確認ください」

ああ、お休みなさい・・・
『睡眠』の能力を獲得していた。
むにゃむにゃむにゃ・・・



遂に五郎さんから打診があった。
日本に帰ってみたいと。
俺は確認を兼ねて五郎さんの所にやってきた。

「五郎さん本当にいいのですか?」

「ああ、心は決まった。行こうじゃねえか。日本に」

「分かりました、いつから行きますか」

「来週から頼む」

「分かりました」

ここで俺は五郎さんに条件を出した。
・日本では能力は使わないこと
・日本の物は持ち帰らないこと
・日本では六十歳の私であること

これらを条件としたことには意味がある。
能力を使わないことに関しては、誰かに見られる危険性があるからで、五郎さんはこちらでの生活があまりにも長いため、無意識に使用してしまう可能性があるからだ。
ここでちゃんと言っておくことに意味がある。

次に日本の物を持ち帰らないことだが、やはり日本製の物はこの世界にはあまりに異物だからということと、この先も日本の物を落ち帰れると思われたくはないからだ。
日本の物を商品と思われてはかなわない。
どうしてもという時は考えることはするが、基本姿勢としてはNGだ。
最後の六十歳の私はそのまんま。

「この条件は守ってくださいね」

「ああ、かまわねえ」

「じゃあ、来週迎えにきますね」

「おう、頼む」
俺は島に帰ることにした。



皆なに五郎さんを連れて日本へ行くことを話した。
三日間ぐらいの旅になると伝えた。

「気をつけて行ってきてくださいね」
アイリスさんから、気遣う言葉をもらった。

「ありがとうございます」

「五郎さん大丈夫かな?」
ギルは心配しているようだ。

「五郎さんなら大丈夫だ。俺もついてるしな」

「そうだね、パパが一緒なら大丈夫だね」
一週間後が楽しみだ。



一週間後。
五郎さんを迎えに『温泉街ゴロウ』に来ている。
ひとまずいつもの部屋に通された。
出されたお茶を飲んでいると、五郎さんが大将を連れて、入室してきた。

「大将、どうしたんですか?」

「島野悪いな、今すぐ行きたいところだが、ちょっとだけ付き合ってくれ」

「ええ、どうしましたか?」
五郎さんと大将が椅子に腰かける。

「マヨネーズについて聞きたいことがありまして」
と大将がきり出す。

「ええ、なんでしょう?」

「原材料なんですが、卵と油と酢なのは分かるのですが、どうしても島野さんのところで仕入れてる味にならないんですよ」

「ああ、それは酢は島の野菜を使用しているからだと思います」

「なるほど、だから味が違うのか、納得です。島野さんのところの野菜から酢を作ってみます」

「ええ、そうしてみてください」

「ダン、これで良かったか?」

「はい、師匠ありがとうございます。ではお気をつけて行ってきてください」

「ああ、後のことは任せたぞ」

「任せてください」

「じゃあな」
大将は立ち上がり、退室した。

「じゃあ、こちらも行きましょうか?」

「ああ、よろしく頼む」
俺は五郎さんの隣に立ち、五郎さんが俺の肩に手を置いた。

フュン!

俺達は日本へと転移した。



まだ慣れない様子の五郎さん。
かれこれ一時間近く私の家の中をうろちょろしている。

転移してから直ぐに、電気のスイッチを入れた。
部屋が明るくなる。

「お前え今何した?」

「電気のスイッチを押しました」

「スイッチってなんだ?」

「これです」
スイッチを切る付けるを繰り返した。

「すげえ!なんだそれ、儂にもやらしてくれ」

「どうぞ」
喜々として五郎さんは電気のスイッチを操作している。
まあこうなることは予想していたが、にしてもここまでとは・・・

次に家電に興味を持ったご様子。
エアコン、電子レンジ、オーブントースター。
俺は一通り説明した。

冷蔵庫に至っては。
「これが本物の冷蔵庫か」
といって顔を突っ込んでいた。

たぶんこれが一番驚くだろうと、テレビのリモコンを操作した。
テレビが点く。

「なっ・・・おいおいどうなってやがる」
案の定のリアクション。

説明は結構苦戦した。
幸い五郎さんは写真のことは知っていたようで、それの動くような物から、技術発展してこうなったと、結構不親切な説明になってしまった。
正直説明はめんどくさい。

それから一時間はこんな調子なのだ。
慣れるまでまだまだ時間がかかりそうだ。
ひとまずお茶を入れて、休憩中。

「五郎さんもお茶をどうぞ」

「ああ、貰おうか」
やっと五郎さんは椅子に腰かけてくれるようだ。
五郎さんは私の顔を覗き込んでいる。

「お前え、急に老け込んだな」

「だから説明しましたよね、これが私の本来の年齢なんです」

「そうだったな、しかし上手く化けてながんな、感心するぞ。そこまでやる必要あるのか?」

「あります。私の知り合いに会ったらどうやって説明するんですか?」

「一人称まで変わっちまってやがる」

「こういう些細なことが肝心なんですよ」

「そんなもんかね?」

「そんなもんです」

「まあいいや、でこれからどうする?」

「そうでえすね、とりあえず現在の日本に慣れてもらう為に、散歩でもしましょうか」

「ああ、いいな、お前えから、かなり発展したと聞いてはいるが、見るのが一番早えからな」

「そうしましょう」
と言って、俺は出かける準備をした。

「五郎さん、その格好では目立つので、これに着替えてもらってもいいですか?」

五郎さんは男性用の着物に下駄を履いていた。下着は褌。
流石に今の日本では目立つ。
Tシャツに短パン、草履に新品のパンツを渡した。

着替え終わると。
「なんだか、この下着はしっくりとこねえな」
と体をくねらせていた。

家を出て、適当に散歩に出る。
五郎さんの興味が止まらない。
またも質問攻めにあってしまった。

「なんで地面がこんなに堅いんだ?」

「あれは本当に車か?」

「あれは英語か?今の日本に英語はありなのか?」

「やたらと色鮮やかな街じゃねえか」

「あのでけえ建物はなんだ?」

「飛行機が飛んでるぞ!」
等々、やはり慣れさせる時間を設けて正解だったな。

「島野、今のところ、儂の知る日本はねえな、儂にとっては、もはや日本は異世界だ」

「そこまでですか?」

「ああ、まちげえねえ」

「じゃあ、今も昔も変わらないところにいきましょうか?」

「そんなところがあるのか?全部変わっちまってるぞ?」

「ありますよ、もう少しで着きますよ」
と歩を進めた。

「ここは・・・確かに日本だ。間違えねえ。ここだけはあまり変わっちゃいねえな」
私達は神社に居た。

ここは今も昔も変わらないと思ったからだ。
連れてきて正解だったようだ。
五郎さんが懐かしい物を見る目になっている。

せっかくなので、五郎さんに小銭を渡し、お賽銭をすることにした。
いったい何を拝んでいるだろう?
五郎さんは長い時間手を合わせ、目を瞑っていた。

「いやー、神社でお賽銭が出来るとは考えてもなかったぞ、ハハハ!」

「それはなによりです」
私達は家に帰ることにした。



今後の予定として、夕方には『おでんの湯』に行き、帰ったら、近くの居酒屋でも行こうと考えている。
五郎さんの帰省は明日の予定だ。

五郎さん曰く
「戦争で、泉源が潰れちまってたから、どうなっちまってるかは分からねえ。兄貴は廃業だと言っちゃあいたが、どうだろうな?」
ということだったが、念の為泊りの準備はしている。

というのも、五郎さんの帰省先は私の家から、高速道路を使って片道三時間はかかりそうだった。
道に迷ったりすることも考えての準備だ。
最悪はどこかのホテルに泊まるしかないかもしれない。



五郎さんを車に乗せて『おでんの湯』に向かった。
車に乗ることが初めての五郎さん。
ドアを開けてあげるところから始まった。
車の中でも全開の五郎さん。
始めは慣れないせいか、静かだったが、次第に。

「車ってのは、こんなに便利な物なんだな」
と始まり。

「車にもテレビがあるじゃねえか」

「いえこれは、カーナビといって、道案内をしてくれるんですよ」

「道案内だと?凄えじゃねえか」

「車は進歩が速いですからね。海外では、自動運転の車まであるんですから」

「はあー、なんてこったい、進歩が早えな。まだ戦後から百年経ってねえんだろ?」

「ええ、そうですね。特に日本は戦後から今日に至るまで、科学技術や医療の技術、産業技術等、あらゆる分野で発展してきましたからね。諸外国からも、一目置かれる国になってますから」

「そうなのか・・・日本人は凄えな」

「凄いと思います。特に日本人の食に対する拘りは凄いと、異世界にいってから痛感しましたよ」

「そうか、食は人生を豊かにする。いいことじゃねえか」
にこにこ顔の五郎さんであった。



『おでんの湯』に着いた。

靴をロッカーに入れ、鍵のついたリストバンドを受付で、係の方にリストバンドのバーコードをスキャンして貰う。
そして、チケットを二枚差し出した。

「おい、島野お前え今何を渡したんだ?」
気になったのはそこなのか?
リストバンドのバーコードをスキャンしたことじゃないのか?
気になるのはそっち?

「ええ、あれは入泉チケットです」

「チケット?」

「回数券です」

「ほう、回数券?」

「ええ、一回この施設に入るのに一人七百五十円するんですが、十回分纏めて買うと七千円で済むんです。五百円得するということですね」

「なるほど、それは良い事を聞いた。儂の温泉でも考えてみるか、ってか何だって一回七百五十円!無茶苦茶高えじゃねえか!」

「ちょっと、五郎さん声が大きいですよ」

「おお、すまねえ」

「五郎さん、今では金銭価値は当時とかなり変わっています。高卒の初任給がだいたい十八万円ぐらいだって話です」

「えっ、そうなのか・・・変わっちまったな・・・」

「まあ、そこは置いておきましょう、本場のサウナですよ」

「おお、そうだったな。島野お勧めのサウナだったな」

「ええ、風呂も炭酸泉とかあって楽しめますよ」

「ほう、儂を唸らせることができるかな?」

「きっと気に入りますよ」

「そりゃあ、楽しみだ」
脱衣所で服を脱いで、裸となり、タオルを持って、まずは洗い場に向かった。

「島野、石鹸がねえぞ」

「ええ、これが頭を洗うシャンプーで、これが体を洗うボディーソープです」

「ほう、そんなことになってやがるのか」

「結構泡が立ちますから出し過ぎ注意です」

「そうか」
と洗い出す五郎さん。

すると
「これは良い匂いがするな」
と興味深々。

「五郎んさん、念のために言っておきますが、持ち帰れませんからね」

「うっ!やっぱりか・・・」

「駄目です、約束ですよね?」

「そうだよな・・・」
これは認めたらきりがないから断固拒否だ。
絶対に温泉街で使いたいと言い出すに決まっている。
それを想定してたから、条件にしたんだよ。



まずは、露天風呂に入った。

「いい湯加減だな。まあ唸るほどじゃねえがな」

「そうですか、もう少し浸かったら炭酸泉に入りましょう」

「おっ、いよいよだな」
数分後炭酸泉に浸かった。

「五郎さん、どうですか?」

「うう、これは良いな・・・いや凄くいいぞ」

「唸りましたね」

「ああ、しょうがねえ。身体は正直だからな、この低めの温度帯ってのもにくいな」

「長い時間入れる気遣いですね」

「ああ、そうだな。同じことを内の温泉でもやってはいるが、この炭酸泉ってのはねえからな」

「五郎さん『水質鑑定』しないでくださいよ」

「うっ!バレたか」

「絶対バレるに決まってるでしょうが、でもやっても向うでは再現は難しいと思いますよ。この炭酸は二酸化炭素ですから」

「そうなのか、ならしょうがねえな。じっくり風呂を楽しむとするさ」

「ええ、満足したら、サウナに行きますよ」

「ああ、分かってらあ」
その後十分ほど炭酸泉に浸かった。

「じゃあそろそろ行きますか」

「おうよ」



サウナに入室した。一番上の席が空いていた。

「五郎さん一番上にしましょう」

「そうだな」
着席した。

「これは強烈だな」

「ええ、サウナストーブをガスで暖めるので、強烈なんですよ」

「そうなのか、向うの世界では、再現は無理そうだな」

「残念ながら」

じっくりと汗をかきだしている。
五郎さんも同様な感じ。

「後数分で出ましょうか?」

「そうだな、そろそろしんどいな」
数分後私達はサウナを出た。

掛け水をして、超冷水風呂に飛び込む。
そして、通常の水風呂に移った。

「ああー」
思わず声が漏れる。

「気持ちいいなー」
水風呂を出た。

残念ながらインフィニティーチェアーは空いていなかった。
椅子に腰かける。
隣には五郎さんが腰かけた。

五郎さんがいるので『黄金の整い』は行わない。
でも充分に整っている。

「いやー、この余韻がたまんねえなー」

「ですね」
この後、更に二セット行い。
『おでんの湯』を後にした。



家に帰ると、近所にある居酒屋に徒歩で出かけた。

「「いらっしゃいませ!」」
元気な掛け声に迎えられる。

「あそこの席にしましょう」
指を指した先には、四人用の座席が空いていた。

「ああ」
席に着いた。
店員さんがおしぼりを持ってきた。

「とりあえず生を二つ」

「はい、かしこまりました」
店員さんが、立ち去っていった。

「何を食べましょうか?」

「何でもいいぞ、任せる」
メニュー表を見て、適当に見繕った。

「五郎さん苦手なものはありますか?」

「特にねえな」
ここで、店員さんが生中を二つ持ってきた。

「注文いいですか?」

「はいどうぞ」

「じゃあ、枝豆と、ツナサラダ、串の盛り合わせと、刺身の盛り合わせ、ポテトフライ、とりあえずこんな所で」

「はい、ありがとうございます」
店員さんが軽く会釈して立ち去っていった。

「では」

「「乾杯」」
グラスがガシャンと音を立てる。
ゴクゴクと生中を流し込む私達。

「パァー!」

「上手え!」

これだよこれ、サウナ明けの一杯。
最高!

「サウナ明けは格別に上手く感じるな、ええ!」

「そうなんですよ、汗をかいた後の一杯、これぞ至極の一杯です」

「至極の一杯か、あながち間違ってねえな」

「しかし、スーパー銭湯は凄えな、所詮銭湯と舐めてた儂は恥ずかしいぞ」

「今や、日本のスーパー銭湯は娯楽の中心と言っても過言では無いですからね。今ではサウナもブームとなっていて、若い子や女性にも人気なんですよ」

「そうなのか?」

「ええ、ひと昔前は、メタボゾンビのたまり場なんて、言われてたんですがね」

「メタボゾンビ?」

「ああ、太ったおじさんのことです」

「そうか、しかし、日本語も難しくなっちまってるな」

「時代によって、言葉も変わりますからね」

「そんなもんかね?」
ここで、枝豆とツナサラダが運ばれてきた。

「ではいただきます」

「おお、頂こう」
箸を持って、小皿に取り分ける。

「これは、お前えのところのツナか?」

「ええ、そうです」

「しかし、何だな、島野」

「ん?なんですか?」

「このメニュー表を見て見ろや、日本はなんて飽食なんでえ、こんなにたくさんの種類を提供できるだけの食材や、保存方法があるってことなんだろ?」

「そうですね、ただそれが良いばかりでもないんですよ」

「どういうことでえ?」

「食品ロスといって、提供する前に食材を駄目にしてしまって捨てている現状があるんですよね」

「なんだって?」

「行き過ぎたサービスの弊害だと思うんですが、社会問題の一つです」

「お前え、それは・・・向うの世界では、食うに困ってる者の方が多いってえのに、何だろうな・・・」

「ええ、私もあっちの世界に行って、始めのころは、食べるのに困ったことがあるので、良く分かります。恵まれる環境が善では無いと思います」

「だな、儂も褒められたもんじゃねえが、食料ゴミが問題になるって、狂ってねえか?」

「それだけじゃないですよ、この世界にはこの世界の問題がたくさんあります」

「そうなのか?」

「でも、どっちがいいとも言えないですけどね」

「だろうな、何となく分かるぞ。そういえば、こっちに来てからおめえがずっと気にしてるそれは何なんでえ?」
五郎さんは顎でスマホを指した。

「これですね、これはスマートフォンです」

「で、何なんだ?」

「これの基本的な機能は電話です」

「電話?電話線がねえじゃねえか」

「ええ、今では電話線無くして通話ができます」

「へえ」

「他にも様々な機能があって、メールっていう文字を送る機能であったり、お財布代わりになったり、調べものをしたり、と今では一人一台持っていると言われている代物です」

「そうなのか・・・一人一台って、なんか物に振り回されてる様に、儂には見えるがな」

「そうかもしれません、今では私も定年を迎えて、会社勤めは終わりましたが、就業中はこれは手放ませんでしたからね、唯一手放せる休日が嬉しくって仕方がありませんでしたよ」

「そんなもんなのかね?」

「便利さが、暮らしを豊かにするとは思いますが、弊害もあるということなんでしょう」

「儂にはよく分からんが、一つ言えるこたあ、儂にはこの世界についていくことはできねえってことだな」

「かもしれませんね」
豊かであることが決して幸せとはイコールでは無い事だと、痛感する会話となった。
二つの世界で生きている私には、痛いほどに分かることだった。



結局、しこたま飲んだ私達が起きたのは翌日の朝九時だった。

「ちょっと飲みすぎましたね」

「ああ、ちっと酒が残ってる気がするな」

「いっそのこと、サウナに行って、酒を抜きましょうか?」

「それもいいかもの知れねえな」

『おでんの湯』に行って。二セットほど行った。

「すっきりしたな」

「ええ、そうですね。では行きましょうか?」

「ああ、頼むぜ」
高速道路に乗り、目的地を目指した。
途中でお腹が減ったので、パーキングエリアに入り、食事を取ることにした。

「この高速道路ってのは何なんでえ、無茶苦茶早く移動してるのは分かるが、こんな道を日本人は作っちまったってことなんだな」

「そうですね、今では時間をお金で買えるってことの象徴ですね」

「時間を金で買うって・・・儂には理解が及ばねえな」
現役時代の私にとっては、いかに時間効率を上げるかを考えて行動予定を立てていたが、今思うと、遊びがないことに気づく。
効率ばかり考えてゆとりがなかったなと。

高速道路を降りて市街地に入る。
おそらくこの辺ではないかというところに、セットしたナビが導くままにハンドルを操作する。
既に人里を離れ、山道を走っている。

すると開けた町並みが現れた。
『温泉街』の看板が見受けられる。

「五郎さん、そろそろですが、どうですか?」

「うーん、何ともいまいち分からねえな」

「そうですか、ひとまずこの辺かも、ってところに向かいますね」

「ああ、そうしてくれ」
迷わず『温泉街』の標識に従い、ハンドルを進めていく。

不意に山瑛に『温泉街』が現れた。
雰囲気のある温泉街だった。
残念ながら私は温泉には通じていない。
ここが有名な温泉街なのかどうかも分からない。

五郎さんが温泉街に興味を示している。
車の窓を開けて、匂いを確認している。

「この匂い、ああ・・・懐かしい・・・島野間違えねえ・・・このまま進んでくれ」
何かを感じ取った五郎さん。

言われるが儘に車を進めて行く。
すると、大きな温泉旅館に行き当たった。

「ここでいいのでしょうか?」

「ああ、間違えねえ」
真剣な顔の五郎さんが、一つの旅館を凝視していた。
『清風館』と銘打った旅館がそこにはあった。

「清風館・・・まさか・・・」
五郎さんが言葉にもならない呟きを漏らしていた。

私は車を止め、清風館に立ち寄ることにした。
横を見ると五郎さんが複雑な表情を浮かべていた。
何を感じているのかはいまいち読み取れない。
だが、ここが重要な場所であると感じる。
旅館の中に入り、受付に立ち寄ることにした。

「一泊できますか?」

「少々お待ちください」
受付の女性がパソコンと格闘している。

「申し訳ございません、本日は予約で満室でして、宿泊はご利用できません」

五郎さんが割り込んで言った。
「温泉だけでも入れねえのか?」

「それならば、大丈夫です。温泉のみでよろしいでしょうか?」

「ああ、そうしてくれ」
どうやら日帰り温泉旅行となってしまったようだ。
でも、雰囲気を読み取るとこれが最善なのかもしれない。
五郎さんが明らかに興奮している。

受付の女性に誘導され。
脱衣所の中へと入っていく。
ロッカーがあり、服を脱いで入浴の準備をする。

タオル片手に風呂場に入った。
身体を洗い、まずは室内の風呂に入る。
残念ながら、この温泉にもサウナは無かった。
隣に五郎さんがやってきた。

「島野、儂は・・・儂は・・・本当にここに来れてよかった」
五郎さんは静かに泣いていた。

「ここは爺さんが見つけた泉源で造った温泉だ、間違えねえ・・・兄貴が造り治してくれてたんだな。この泉質、懐かしいぞ」
そうなのか、ここが五郎さんの故郷。
そして、このお湯が五郎さんが生れた時に浸かった産湯。
そりゃあ泣けるに決まってる。

「よかった、本当によかった。ハハハ」
五郎さんは泣きながら笑っていた。

「よかったですね」

「ああ、ありがとうな。島野」
素敵な笑顔だった。
ここまで優し気に笑う五郎さんは初めて見た。
なんだか、私も嬉しくなった。



帰り際に受付を通ると、支配人らしき男性が居た。

顔の雰囲気がなんとなく五郎さんに似ている。
胸の位置に名札があり「山野」と書いてあった。
すると五郎さんが声を掛けた。

「あんちゃんが支配人かい?」

「はいそうです」

「良い湯だったぞ、この世界では使いもんにならねえかもしれねえが貰ってやってくれや、駄賃だ」
と言って、異世界の金貨を一枚渡していた。

キョトンとしている支配人、気を取りとり直すと
「ありがとうございました、またのご来館をお待ち申しあげております」
と良く通る声で送り出してくれた。

まったく、五郎さんは粋なおじさんだ。
御帰郷、おめでとうございます!