エリカの話は続く、
「エリカ、よく話してくれた、ありがとう。どうやら同郷の誼のようだ、出来る限りの協力はさせて貰うよ」

「ありがとうございます、本当に嬉しいです」
エリカは涙を拭っている。

「やはり、エリカ殿は島野様と同郷者だったのですね」
プルゴブが喜んでいた。

「そのようだな、これで同郷者は五郎さんに続いて二人目だ」
これに首領陣が沸く。

「おお!五郎様とも同郷者になるのですね!それは僥倖!」

「それは凄い!」

「なんと、やはりエリカ殿は島野様の同郷者であったか!」

「エリカ殿もいずれ神に成られるのでしょうね」
エリカは何とも言えない苦笑いをしていた。
俺の同郷者というだけでこの騒ぎだ。
なんだろうね?
まあ好きにしてくれ。
そしてエリカは表情を改める。

「ここまでお付き合いくださいましてありがとうございます」

「いいんだよ」

「でも話はここからが本題になります」
エリカの眼差しは真剣だ。

「ほう?それは?」

「私は新興宗教国家『イヤーズ』の主要メンバーの一人であります」
俺は気を引き締めた。
どうやらここまでと同じ空気感で話を聞く訳にはいかないみたいだ。
新興宗教国家『イヤーズ』といえば俺達の最重要案件だ。
俺は新興宗教国家『イヤーズ』は将来起こるであろう、ダイコクさんの消息不明事件の黒幕と睨んでいる。
それにどうしても宗教国家ということに違和感を感じざるを得ない。
この世界の異物と感じてしまうのだ。

「なるほど、それで亡命ということなんだな」

「そうです、これから私の知る『イヤーズ』の全てをお話させて頂きます。その上でもし私に出来ることがあるようでしたら、何なりとお申し付けくださいませ」
ちょっと待てよ、このままこの場で話をしていていいのか?
南半球に移った方がいいのか?
クモマル達が警戒を怠っていないからいいのか?
話の加減によっては場所すら変えた方が良いかもしれない。
『イヤーズ』の力を把握できていない今、最大限の警戒をするべきなんだろうか?
待てよ、それは大袈裟すぎるかもしれない。
まずは状況を見極めよう。

「分かった」
俺は頷いた。

「まず新興宗教国家『イヤーズ』はその名の通り、宗教が国の根幹を担っております。神様の顕現しているこの世界において、それは異質なことであると、地球を知る私には違和感があります。因に私はキリスト教徒です」
それは同感だな。
宗教国家なんて違和感があり過ぎる。

「国家の運営自体は王政を布いておりますので、国王の国であります。しかし国王のラズベルト・フィリス・イヤーズは、教祖であるあの人に逆らうことは一切致しません」

「あの人?」
なんで固有名詞じゃないんだ?

「はい、あの人です。教祖のことをイヤーズの国民はあの人と呼んでいます。あの人の本名を知る者は僅かな者に限られています」

「それはどうしてなんだ?」

「恐らく契約行為に関係しているのかと思われます」
そうなるのか、契約は必ず本名で行わなければならないのはこの世界でも一緒ということだな。
本名を知られてしまっては、勝手に契約を無効にされる可能性があるということか。
この世界での契約のほとんどは魔法で縛っている、だがその原理は単純でゴンに言わせればどれだけでも介入可能だということだった。
それはゴンの魔法の能力が著しく高いことになるのだが、今はどうでもいいことだろう。

「なるほど」

「そして私はあの人の本名を知っております」
どうしてエリカが?

「ほう?それはどうしてだ?」

「私の父はイヤーズの大貴族であり、私はその代行者として五人の老師の一人だからです」
なんとも言えない名前が出てきたな。

「五人の老師とは?」

「はい、五人の老師とはあの人を裏側から支える、ごく一部の有力者達で結成されている秘密結社でございます」

「ふーん」
よく聞く話だよね。
悪の組織ってやつかな?
秘密結社って・・・仮面ライダーかよ。
ヒィー‼てか?

「私はその一人である為、あの人の本名を知っているのです」

「そうか」
エリカは最重要人物であることは間違いない。
彼女の希少価値は測り知れない。
そしてあの人の本名がエリカの口から告げられる。

「あの人の本名はラファエル・バーンズ」

「ラファエル・バーンズ・・・」
この世界の者らしからぬ名前だな。
響きとしてはアメリカ人か?

「はい、お察しかと思いますが、おそらく転移者か転生者です」

「そうみたいだな」
というのも、この世界でファミリーネームを持つ者は少ない。
ファミリーネームを持つ者は、王族や貴族に限られているからだ。
前にマークとファミリーネームについて話をしたことがあるのだが。

「この世界ではファミリーネームを持つ事に価値を感じる者なんて、相当浮かれた奴ですよ」
とマークは話していた。
価値観の違いとはこのことだと思った。
家名を残すことに意味を感じないという価値観だ。
それはそれでそうだなと頷く俺だった。
大した資産も実績も偉業もないのに名前を残すことには意味を感じない。
名を残さなければならないほどの功績のある者であれば別だろうが。

さらにラファエル・バーンズという、その名前の響きからして、転移者か転生者では?と思ってしまったのだ。
それにそもそも宗教という概念を知る者は、地球での記憶がある者に限られると考えられた。
エリカの口ぶりからして確定はできないが、まず間違いないだろう。
俺はそう睨んでいた。

「『イヤーズ』が新興宗教国家を名乗り出したのは今から約百十年前になります、以降今日まで新興宗教国家を名乗っております。それより前はただの『イヤーズ』でした」
ということは、ラファエルが宗教を開いたのが百十年以前になるという事だ。
無難に考えてラファエルは百十年以前からの転生者か、転移者と考えるのが妥当であるが、実はそう簡単には結論付けることは出来ない。
なにより、五郎さんと俺と、そしてリョウイチ・カトウのこの世界に転移したタイムラグがあるからだ。
エリカは俺の時間軸と大差は無さそうだが、サンプル的にみれば、こちらの方が少ないのだ。
転移や転生の時間差は一定ではないと考えた方が正解のような気がする。

「あの国はラファエル・バーンズの国と言っても過言ではないでしょう」

「なんで国王のラズベルトはラファエルに従順なんだ?」
何かしらの理由がありそうだ。
間違っても一国の王だぞ。
その権限は計り知れないだろう。
それを王家に連ならない者に従うなんて・・・
余りに異様だ。

「それは、今の『イヤーズ』を造ったのはラファエルだからです」
今の国を造った?

「どういうことだ?」

「ラファエルは現代地球の知識を使って国を発展させたからです。更にその知識を駆使して、利権の全てを牛耳っているからです」
発展に伴って自分に利益が向くようにしたんだな。
これは少々考えなければならないことだ。
というのも実は俺も考えたことがあるからだ。
著作権を取るべきではなかろうかと・・・現に漫画喫茶では一部権利料を搾取している。
だがそれは微々たるものでしかない。
搾取していることに間違いはないのだが、可愛いものだろう。
俺がそうしなかったことには理由がある。
それは俺が生み出した物ではないからだった。
俺が研究や開発をして、一から造り出した物ではないからだ。

例えばサウナ島やシマーノでは普通に自転車が使われている。
自転車は俺が生み出した物では無く、異世界の知識を流用したものでしかない。
これを俺が生み出したと言うには憚られた。
それに著作権を主張するのは筋道が違うと考えたからだ。
だが、自分の知識であると言い張ることは出来る。
経緯は知らないが、転移であれ転生であれ、その知識は自分の一部であると言えなくはないのだ。
俺はそこに固執せずに有用な知識は広めて当然との価値観を持っていただけなのである。
何とも難しい所だ。
見方によってはどちらが正解とも取れるのである。

「それは水道であったりのインフラとかかな?」
であれば悪質に感じる。
その規模感はあまりに大きすぎる。

「正にそうです、水道を使うには利用料の一部をラファエルに支払う必要があります。それにどういった経緯でそうなったのかは分かりませんが、ラファエルは国の約半分の土地を所有しております」

「なるほど、土地の賃貸料も得ているということか、ラファエルは大富豪だろうな」
そんなに稼いで何がしたいのか?

「そうです、それにラファエルが開発した物品から、はたまた魔道具まで、権利が発生しているのです、後は橋の通行料もです」
ラファエル、強欲過ぎないか?
どしてそこまで利権に拘るのだ?

「それらすべてを契約で縛っているということだな」

「その通りです」
そうなると国王といえども逆らう訳にはいかないということだろう。
完全に首根っこを抑えられている。
反旗を翻されたら国が傾くということだ。
これはラファエルの国と言えるのは頷けるな。
それぐらいラファエルは『イヤーズ』に根を張っている。
これは直ぐにどうにか出来るものではない。
一朝一夕で解決できる隙は今の所ない。

「ですが契約に関わらず、国王のラズベルトはラファエルを信仰している節があります。それも盲目的にです」
どういうことだ?

「へえー、なんでだろうな?」

「定期的に国王はラファエルに謁見しています、ここに何かあるのではと私は睨んでいます」
エリカは何か心当たりがありそうだった。
そうか・・・洗脳か。
謁見時に洗脳を施して信仰心を高めているということだな。
エリカは大丈夫なのか?
念の為、俺はエリカに『催眠』の能力を使用した。
もしエリカにその兆候があったら、会話に違和感がでることだろう。
催眠状態で俺に隠し事は出来ない。
それに担当直入に聞いてみることも必要だろう。
俺は遠慮なくエリカに尋ねることにした。

「エリカは洗脳を知っているか?」

「ええ、存じております。確か日本では洗脳によって、凄惨な事件がありましたよね?」
オウム事件の事だな。

「そうだ、やはり知っていたか」

「はい、存じております。日本を愛する私にとっては、とてもセンセーショナルな事件でした。日本でもあの様な凄惨な事件が起こるのだと」
エリカは遠い眼をしていた。
当時を思い出しているのだろう。

「ああ、あれは酷かった。教祖は死刑になったよ」

「そうですか・・・私は実は当初から教祖のラファエルを胡散臭いと睨んでいました。その為、謁見も最小限にとどめており、洗脳を受けない様にして来たつもりです」
地球を知るエリカだからこそ、この様に出来たことだろう。
だが、まだ油断は出来ない。
それにしてもエリカは警戒心が高いな。

「そうか、すまないが君が洗脳を受けていないかどうかを、俺は少し前から確かめながら会話をしている。もしその素振りがあったら問答無用でその洗脳を解かせて貰うぞ。いいな?」
エリカは驚愕の表情を浮かべていた。
だが直ぐに表情を引き締めた。

「ありがとうございます。助かります」

「まあでも、君の亡命したいという想いは本心であるのは分かっているから、これは念の為の処置でしかない。安心してくれていい」

「畏まりました」
エリカは安堵の表情を浮かべている。

「続けてくれ」

「はい、話を戻しますが、宗教その物に名前はありません。ですが国民の大半はあの人教と勝手に名付けております。そのネーミングセンスの無さは笑えますが」

「だな、ダサすぎる」
あの人教ですって、全く笑えないね。

「ですね、教義は簡単です、毎日食事の前にあの人に祈りを捧げることです」
ちょっと待て、という事はあの人、つまりラファエルは神という事なのか?
だって祈りを必要としているという事は神気を欲しているということだ。
これは複雑になってくるぞ。
これまで俺の知る神は、皆その実績と慈悲深さで神になっていた。
宗教を開くほどの者が慈悲深いのか?
ここは何とも言えない部分だ。
宗教を開くことによって、何かしら救われたと考える者もいるのかもしれない。
否、待てよ。
この世界でラファエルが広めている宗教が、地球での宗教とイコールとなるとは限らない。
でも信仰心を集めるということは、ラファエルは神であることに他ならない。
ダイコクさん事件の黒幕が神だってのか?
それにポタリーさんの件はどうなっている?
・・・何か腑に落ちない・・・
まだパズルのピースが足りない気がする。
まだ話を纏めるには早すぎる。
焦ってはいけない。

「他には無いのか?」

「そうですね、年に二回必ずあの人を拝謁することが国民には義務づけられています」

「なるほど、それはどんな拝謁なんだ」

「あの人に向けて直接祈りを捧げるものです、千人単位で一斉に行う行事です」

「その行事には音楽や、映像はあったりするのか?」

「あります、決まって映像を見る様に強要されます、何とも言えない映像なのですが、私は真面に見ない様に気を付けていました」
それは正解だな。
間違いなく擦り込みだ。
やってくれる。
ラファエルは間違いなく洗脳を理解している。
もしかしてヒプノセラピストなのか?
だとしたら許せない。
こいつは捨ておけない。
何が何でも引きずり降ろしてやる。
俺の愛するヒプノセラピーを冒涜しやがって。
神が相手であったとしても俺は容赦しない。
ヒプノセラピーを悪用するんじゃないよ!
ヒプノセラピーは愛情の心理カウンセリングなんだよ‼

「エリカ、それは正解だよ。これで君の潔白は証明された、完全に君はこちら側の人物だ。おめでとう。君は俺達の仲間だ!」
この発言に一同が沸く。

「島野様が認められたぞ!」

「やった!新たな仲間が出来たぞ!」

「これはお祝いしなくては、今日は宴会だ!」

「エリカ殿!おめでとうございます!」
好きに騒いでいる。

「ありがとうございます、やはりあれは・・・」
エリカはほっとした表情をしていた。

「ああ、擦り込みだな。とある映像技術の一つで、深層心理に働きかける心理現象の一つだ。典型的な洗脳の技術だよ」
エリカは頷いていた。

「やっぱり・・・だと思っておりました・・・地球の時代の知識に同じ物がありましたので警戒しておりました」
エリカは鋭いな、この子は信用できるし、かなり優秀だ。
それに地球での知識も高いものがある。
この子に出会えて俺は幸運だったと思える。

「エリカ、これでラファエルがはっきりと黒だと俺は断定できたのだが、まだ情報が足りない。もっと情報が必要だ」

「分かっております。私の知る全てをお話しさせて頂きます」

「頼む」
ここからの話はとても深いものになった。
ほとんど俺とエリカのラリーになっていた。
もしかしたら首領陣の数名は付いて来れていなかったかもしれない。
現に首領陣ではないが、ノンは鼾をかいて寝ていた。
エルは何を考えているのか歯茎を剥き出しにしていた。
もしかして眠気を堪えていた?
まあこいつらはこれでいい。
ギルは本人なりになんとかついて来ようと頑張っていた。
ギルは何度も質問を挟んで、理解しようと努めていた。

ギルが質問し出してからは、首領陣もここぞとばかりに疑問点を投げかけてきた。
どうしても理解したいと、あいつらも必死だった。
ゴンは冷静に努めていたのだが、途中から理解が及ばなくなったのか、同じ質問を投げかけていた。
こいつらなりに一生懸命なのはよく分かった。
でもこれを責めてはいけない。

というのも、俺とエリカの共通の認識がこの世界での常識では無かったことがいくつもあったからだ。
例えばそれはラファエルが国造りに行った行為にあった。
ラファエルは数字に拘る質だったみたいだ。
時間や数量などの効率を重視する人物だったみたいだ。
その為、タイムテーブルや、生産性に拘る話が多かったのだ。
これは同郷者特有の会話になってしまったのかもしれない。
申し訳ないとも思ったが、俺はまずは自分の理解を優先させてもらった。
無論エリカもそう考えていたようで、とにかく俺に伝えようと必死に話してくれていたのだった。
俺はこれまで数字に拘ることをあまり披露してこなかった。

それには理由がある。
会社員時代の俺は実は数字に拘っていた。
なぜならそれが利益に直結していたからだ。
だが、この世界ではそれをしたくは無かったからしてこなかったのだ。
導入することは簡単だった。
だがこの世界には不向きだと思ったのだ。
そこに価値を見出せなかったからだ。
俺はのんびりとしたかった。
数的な管理と時間の管理をすることによって、生産性を上げることが出来ることを俺は骨身に染みて知っていた。
だがこの世界にはそれは似合わない。
そうあるべきではないと本能的に捉えていたからだ。
恐らくそういった側面を持ち出したら、それはそれで有効だと思われたのかもしれない。

もしかしたらマークやロンメル辺りは関心したのかもしれない。
でもそれはあまりにも機械的で俺は嫌だったのだ。
それに冷たく感じる側面も持っている。
だって俺達は管理される物では無いのだ。
俺達は自由意志を持つ者なのだから。
気楽に生きたい。
この世界はそうあって欲しと俺は考えるのだ。
時間に追われる人生を送って欲しくはない。
そう切に想うのだった。