翌日、案の定ゼノンは、
「今度はサウナ島じゃな」
と万遍の笑顔で俺に要請してきた。
これに喰い付いたのは何故かノンだった。
行こう行こうと騒がしい。
どうにもこの二人はウマが合うみたいだ。
よく二人で爆笑しているのを見かける。
笑いのツボが同じらしい。
今ではノンはゼノンのことをゼノンの爺ちゃんと呼び、心を許しているみたいだ。
ゼノンも同様にノンを気に入っている様子。

本当はドラゴムの村興しの様子を確認すべきなんだろうが、それは二の次とゼノンはサウナ島へ行く気満々だった。
まあ気持ちは分からなくはない。
千里眼で見ていたのだからサウナ島に興味深々に決まっている。
もはやあの島は神様達の楽園だからな。
南半球の全ての神様が集まり、そして上級神達がバイトを行っている島だ。
恐らく上級神達は全員が知り合いなのだろう。
これまでの会話からそれは何となく伺うことができる。
恐らく神界あたりで出会っていると思われる。
フレイズあたりが絡みだすと面倒なのだが・・・
まあ、連れていくしかないよね。

ドラゴムのリザードマン達はアリザ以下四名が同行することになった。
その他のリザードマン達は村興しに従事することになっている。
それはそうだろう、真っ先にするべきことは村興しなのだから。
ゼノンの我儘に付き合う必要はないのだ。
だがリザードマン達はゼノンに従順だ。
ゼノンに逆らう気は全くないみたいだ。
それ処かゼノンと楽しむ気満々なのだ。
もしかしたらゼノンから、前もってサウナ島のことを聞いていたのかもしれないな。

アリザ以外は誰が行くのか揉めていたからな。
喧嘩になりそうなところをギルが止めに入ったぐらいだ。
最終的にじゃんけん大会になっていて、それなりに盛り上がっていたのがちょっと笑えた。
やれやれだ。
また今後全員連れて来てやるからさ。
揉めるのは止めなさいな。

サウナ島に着くと、ゼノンは手慣れた感じで歩き出す。
その歩に迷いがない。
向かう先はサウナビレッジだった。
おいおい、予約無しでは入れないぞ。
呼び止めようとする俺に構うことなく、迷いなく闊歩するゼノン。
サウナビレッジの受付に到着すると、早速予約を行っていた。
あれまあ、なんと手慣れたことか、ていうかまた来る気満々じゃないか。
まあ好きにしてくれ。

ちゃっかりとアリザ達も予約を入れていた。
こうなると、ドラゴムの村にも転移扉が必要だな。
ここも一方通行決定だ。
南半球から誰でも入れるようにする訳にはいかない。
通れるのは神様ズと貿易部門の担当者のみだな。

ドラゴムの村にもフィリップとルーベンを送り込まないといけないだろう。
今では貿易部門もかなりの利益を確保しているということだし。
二人では手が周らないと人員も増やしたみたいだ。
またサウナ島にお金が集まってきてしまうな。
何か大きな買い物が必要かな?
俺が出しゃばる必要は無いだろう。
ここはマーク達に任せておこう。
難しいことは全部マーク達に丸投げということで。
これも役得かな?

ところでドラゴンの鱗をどうしようか?
一先ず赤レンガ工房に行ってみるか?
親父さんに相談だな。

「ゼノン、この後はどうしたいんだ?」

「そうじゃな、まずはいろいろな施設を見学させて貰うとしよう、サウナ島の住民にも挨拶もしたいしのう。ギルや、お願いできるかのう?」

「うん、いいよ。任せて」

「じゃあギル、よろしくな」
俺はゼノンのアテンドをギルに任せて、赤レンガ工房を目指すことにした。

赤レンガ工房に着くと親父さんとゴブスケがいた。
師弟関係の二人は打ち合わせの最中だった。
リザードマンの鱗を眺めながら話に夢中になっている。
これは声を掛けていいものなんだろうか?
そんなこと考えていると、ゴブスケが俺に気づいた。

「島野様、お久しぶりです」
跪づこうとするゴブスケを俺は手で制した。

「お前さん、久しぶりだのう。どうした?」
親父さんが相変わらずの砕けた感じで挨拶をしてきた。

「どうも親父さん、ご無沙汰です」

「お前さんがここにいるという事は、エンシェントドラゴンが来ておるという事かの?」
随分察しがいいな。

「どうしてそれを知っているんですか?」

「なに、エンシェントドラゴンの事は噂になっておるからのう。貿易部門の小僧共が騒いでおったぞ」
小僧って・・・久しく聞いてないワードだ。
フィリップとルーベンか、そういうところはまだまだ子供だな。

「そうですか、そのとおりですよ」

「では後で挨拶をさせて貰うかのう」

「そうしてください。それでちょっとご相談が・・・」
親父さんは表情を改めた。
察しの良い親父さんのことだ、既に気づいていてもおかしくはない。
その面持ちが僅かながらも緊張しているのが分かる。
俺は『収納』からドラゴンの鱗を取り出した。

「お前さん、もしや、それは・・・」
親父さんは驚愕の表情を浮かべていた。

「ドラゴンの鱗です、それもエンシェントドラゴンのです」

「う!」
絶句していた。
そりゃあそうなるわな。
素人の俺でもこの素材がとんでもない代物だという事が分かるぐらいだ。
リザードマンの鱗なんて比にもならない。
強固な上に柔軟性もある。
そんじょそこらの剣では傷一つ付けることが出来ないだろう。
ミスリルのナイフでも通るかどうかという素材なのだ。
俺は丁寧に親父さんにドラゴンの鱗を手渡した。
親父さんもまるで赤子を抱くように受け取っている。
そして親父さんは歓喜の表情に包まれていた。

「師匠・・・これは一体・・・」
ゴブスケも何かを感じ取っているみたいだ。
その表情は硬い。

「お前さん・・・念のために聞くが、まさかエンシェントドラゴンと戦った訳ではなかろうな?」
なわけないでしょう。

「違いますよ、小遣いのお礼にと貰ったんですよ」

「そうか、そうだの。いくらお前さんでもそれはないよのう」
どうしたらそういう発想になるんだ?
俺ってそんなに好戦的に見えるのか?

「戦う訳がないでしょう、全く」
その思考に呆れてしまう。

「いや、ドラゴンの鱗といえば、そう生え変わるものでは無いからのう」
そうなんだ、それで戦って無理やり鱗を剥がしたと考えたのか。
あり得んっての。
こんなに温厚な男を捕まえて、なんてことを考えているんだよ。

「でもエンシェントドラゴンともなると何万年も生きているから、生え変わることもあるんじゃないですか?」

「そうだのう、エンシェントドラゴンならあり得るか・・・」

「それで、これで何が出来そうですか?」

「・・・時間をくれんかのう・・・」
流石の親父さんでも、即決は出来ないか。
まあそうだろうな。
恐らくこんな素材は始めてだろうし、今後もそう安々とは手に入らない代物だからな。
慎重になって当たり前だろう。

「では決まったら教えてください」

「ちょっと待てお前さん、これはくれるということかの?」
な訳ないでしょう。
厚かまし過ぎるぞ。
親父さんを睨んでやったが、親父さんは素知らぬ顔をしている。

「それは流石に俺でも無理ですよ。完成して販売出来たら半額は貰いますよ」

「そんなんでよいのか?」

「ええ、それぐらいが妥当でしょう」

「これは国宝級なのだぞ」
そんなことは分かっているって。

「だからそう簡単に買い手が付くこともないでしょう?」

「・・・だの」
親父さんは理解したみたいだ。
そう簡単に売れる代物ではないのだ。
直ぐに買い手がつくとは思いづらい。
売れなければ、ただの飾りでしかないのだ。

「だからですよ」

「まあ、何に加工するのか慎重に検討するとしようかのう」

「よろしくです」
俺は赤レンガ工房を後にした。
後は親父さんに任せるのみだ。

事務所に着くと、珍しくアースラ様がソファーで寛いでいた。
アイリスさんと談笑している。

「お二人がここにいるとは珍しいですね」

「これ、島野よ。久しいではないかえ」

「守さん、お帰りなさい。今日はどうしたんですか?」
俺はソファーに腰かけた。

「今日はゼノンのお供ですよ」

「さようか、ゼノンが来ておるのかえ?」

「ええ、そういえば、アースラ様はゼノンとはお知り合いのようですね」

「そうじゃ、神界で何度も会うておる。同じ上級神じゃからな」

「なるほど、上級神は全員顔見知りということですか?」

「左様じゃ、上級神に成ると神界に行くことを許される様になるのじゃ、神界には上級神が住まう場所があってのう、そこで自由に暮らしてよいのじゃ」

「へえー、そうなんですね」
大体想像道りだな。

「とはいうても、神界は暇なのじゃ。わらわはこの島の方がとても楽しいのじゃ」
あれまあ。
それはお気の毒です。

「もはやここでの暮らしの方が、わらわに会うておる。畑を育てて飯を食い、そして娘を見守ることが出来るのじゃからな」

「お母様・・・」
アイリスさんは涙目になっていた。
嬉しいのだろう。
笑顔で泣いていた。
よかったですね。
その後も会話は弾んだ。

どうやらアースラ様は今では、アイリスさんのロッジに一緒に住んで暮らしているらしい。
畑も随分と拡張したらしく、二人と従業員達とで楽しく作業をしているようだった。
従業員達もアースラ様を母と慕う者達までいるらしく、絶大な支持を受けているとのことだった。
もはやこうなってくると、バイトどころの騒ぎではない。
畑部門の部長だ。
どうしたものか、これはお給料を弾まなければいけないぞ。

「マークはこのことを知っているんですよね?」

「ええ、勿論存じ上げておりますのよ。今ではお母さまにも私と同じ様にお給料が出ておりますの」
良かったー!
マーク、グッジョブだ!
一瞬冷っとしたぞ。

「そうですか、それは良かったです」

「守や、この先もわらわはここに居てもよいかえ?」

「当然です、いつまでも居て下さい」
アースラ様は笑顔で返事をしていた。
素敵な笑顔だった。
母の子を想う気持ちは無限大だと俺は感じた。
アイリスさんよかったですね。



久しぶりにサウナ島を散策することにした。
特に目的地はない。
適当にフラフラと街を歩いた。
道行く人々が挨拶を交わしてくる。
俺は笑顔と手を挙げて返事をする。
お店街に辿り着いた。
八百屋と魚屋が声を張り上げて、お客の呼び込みを行っている。
お店街は活気に溢れていた。
すると珍しくフレイズがお店街を歩いていた。

「お!島野!こんなところで何をしてやがる!」
こんなところとは失礼な。
れっきとした俺達の島なんですが?

「ちょっとな、そういえばゼノンが来てるぞ」

「何?ゼノンだと?あのひょうきん爺さんがか?」

「ああ、そうだ」

「そうか、遂にドラゴムも繋がったか」
フレイズは神妙な表情をしていた。
能天気なこいつにしては珍しい。
こんな顔が出来るのだな。

「何か気になることでもあるのか?」

「否、そうじゃねえ。神界で過ごすことが多い我等だが、ゼノンは北半球に住んでいることが大半だからな。ここまで来るには随分辛抱したんだと思うぜ。あいつの転移は限定的で神界とドラゴムにしか行けねえからな」
そうなんだ。
だからあの第一声だったのか。
それは悪い事をしたな。
そういえば・・・

「そうだ!フレイズちょっと時間あるか?」

「ああ、どうした?飯でも奢ってくれるのか?」
この阿呆が!飯なんて奢らねえよ!

「バイトだよ、やるだろ?」

「よっしゃー!待ってました!で、二酸化炭素ボンベか?」

「そうだ、二本ほど頼めるか」

「楽勝だぜ!」
俺達は連れ立って海岸を目指した。
海岸に着くとサクッと二酸化炭素ボンベを二本造る。
フレイズに渡すと、手慣れた作業で二酸化炭素を貯めていく。
もはや極めているな。

「それにしても島野。昨日も炭酸泉用のボンベは貯めたばっかりだぞ。本当に良いのか?」

「構わない、炭酸泉とは別に使うつもりだからな」

「そうか、ということは今後はバイトの本数が増えるということか?」

「多分な」

「イヤッホウ‼」
フレイズは万遍の笑顔で喜んでいた。

「お前そんなにお金に困ってるのか?」

「うっ!・・・ちょっとな」
まあいいか、外っておこう。
後日知ったのだが、ファメラの所の孤児院にそれなりの額の寄付を行っていたようだ。
フレイズはアホだが、慈悲深くもあるのだと改めて思い知ったのだった。

「で、お前これを何に使うんだ?」

「これで飲料革命が起こるぞ」

「飲料だと?」
フレイズは呆れた顔をしていた。

「ああ、期待していてくれ」

「フン!我は辛い物にしか興味は無いのだ‼」
はいはい。
ボンベを二本回収し、俺はスーパー銭湯の食堂を目指した。

食堂に着くとちょうどメルルが休憩時間だったみたいで、シュークリームを笑顔で堪能していた。

「メルル、お疲れさん」

「島野さん、お疲れ様です」
メルルが立とうとするのを手で制する。

「メルル、新メニューを開発するぞ!」

「なんですかいきなり」
と言いつつも、満更でもなさそうに笑っている。

「炭酸を使うんだよ、炭酸を!」

「炭酸って・・・炭酸泉の炭酸ですか?」

「そうだ、それを飲み物に混ぜるんだよ、そうするとシュワシュワして美味しくなるんだよ、今ではフレイズが居るからな。炭酸は充分に足りるってことだ」
本当はフレイズに最初にバイトをさせた時に気づくべきだったのだが、俺のやらかし体質は好調のようだ。
常にどこか抜けているのだ。
もう自分で自分を諦めている節すらある。
やれやれとも言いづらい。

「シュワシュワって・・・」

「まあまずは飲んでみろよ」
俺はオレンジジュースを水で割って、二酸化炭素ボンベから炭酸を注入する。
まずは自分で一口飲んでみる。
うん!いける!

「シュワシュワが堪らんな、メルルも一口飲んでみろよ」
手渡すと、メルルは恐る恐る口を付けた。

「ん!これは・・・確かにシュワシュワです!」

「だろ!これはこれでいけるだろ?」

「ええ、良いと思います!」

「という事で、これを様々な飲料で試してみようと思う」

「了解です!久しぶりの新メニュー開発です、腕がなりますよ!」
メルルは指をポキポキと鳴らしていた。
体育会系は健在の様子。

そこから俺は久しぶりに新メニュー開発に取り組むことになったのだった。
その後数日かけて、多くの新メニューが開発された。
そして遂に念願のあれが出来たのだった。
そうサウナ愛好家が愛して止まない『オロポ』だ。
ポに関しては開発済であったが、オロに関してはこれまで開発されていなかった。
そしてここに遂に誕生したのだった。
小さな巨人が仲間に加わった、なんてね。
早速サウナ明けのフレイズに飲ませてみた。
こいつは今回の立役者だからね。
辛い物にしか興味が無いと豪語していたフレイズだったが、

「ん‼これは?・・・マジか‼」
一気に飲み干して豪快にゲップをしていた。

「ガアァ!」
なんてお行儀が悪いのでしょう、でもこれはご愛敬だな。
始めて炭酸を飲んだ時にはこんなもんだろう。

「島野!我は炭酸を舐めていたかもしれん・・・これは旨いぞ‼ガハハハ‼」
大声を出して周りを引かせていた。
お前いちいち煩いっての!

結局炭酸入りのメニューは多く開発され、その中でもレモンサワーが飛びぬけて流行ることになった。
外にもオロポは上級サウナーの必須アイテムと人気を博していた。
特にアルコールが苦手な人達は炭酸飲料を楽しんでくれていたようだ。
炭酸入りのジュースを飲む人が沢山いた。

結局ゼノンはというと、サウナ島を堪能していた様子。
一通りの見学を終えた後、スーパー銭湯を堪能し、風呂とサウナに癒されたと満足そうにしていた。
大食堂では、その大食漢を活かして、メニュー表を右から順に持ってきてくれと、始めて聞く注文を行っていたのだった。

そして集まる神様ズ。
当然の如く宴会となり、それはドラゴンの晩餐と言い伝えられるほどの宴会となっていたのである。