☆本話の作業用BGMは、『炎のファイター ~イノキ ボンバイエ~』でした。
 言わずと知れた故・アントニオ猪木氏の入場曲です。

 元々、伝記映画「アリ ザ グレート」の挿入歌で、対戦を機にアリ氏から贈られたものだそうです。
「キンシャサの奇跡」と呼ばれた試合で、現地ファンが「アリ! ボンバイエ!」と声援を送ったのが「イノキ ボンバイエ」の語源だそうです。
 直訳すると、「イノキ やっちまえ」。(※以上、日刊スポーツの記事より抜粋)

(※2022年に執筆したものです)

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 事務所で一人、タブレットの動画を見ています。
 元国会議員でプロレスラーだった方の動画です。
 長いこと闘病されておりましたが、その闘いも終わりました。
 
 
 視界がぼやけてきた頃合いで、表口の外から喚き声らしきものが聞こえてまいりました。
 次第にそれが大きくなると、途端、表口が勢いよく開き、

『イ●キ! ボ●バイエッ!』

 元気の良い声がフロアに響き、同時に誰かが入り込みました。
 逆光を背にして立ちはだかる、少女らしき姿。
 次いで、背の高い男性らしき姿が背後に立ちます。

『デデン・デン・デデン!』

 可愛らしい声をあげ、少女を先頭に二人ヅカヅカ歩いてきます。

 椅子の前までくると、少女は胸元へ手を入れゴソゴソやり始めました。
 黒髪ロングのセーラー服姿――よく見ると、制服は上下黒、黒いネクタイを締めております。
 黒のタイツに黒いミニのブーツ、背は……小柄、と申しますか。
 横に並び立つアラサー風の男性は黒い短髪に精悍な顔つき、目許だけ優し気な色があります。トレーナーにジーンズとラフな装いです。

 少女は懐から取り出した小さな機器のようなものを弄っておりましたが、やがて痺れを切らしたように無言で床へ投げつけました。
 ギョーンと跳ね返ったそれを男性がサッとキャッチし、

『ボス、落ち着こうぜ。だから慣れない事すんなって言ったのに』

 呆れた口調で宥めると、

『黙れ。もう少しオレを敬うがいい』

 少女が鼻を穿りながら漏らしました。

「ボクっ娘」は承知しておりますが、「オレっ娘」は初見です。

 あっけにとられて憮然とする私の前で、二人がマジックミラー越しに何かを翳しました。
 ミラーに顔を寄せてよーく拝見いたしますと――
 手帳のような黒い物体を、二人同時にパカッと開きます。

『警視庁捜査第百課しれいかん、刑部魔威(おさかべまい)警視だ』

 少女が無表情で告げると、なぜかフロアに風が(なび)いたのです。
 表口閉まっているのに……怪訝に思っていると、

『あ、「魔威」は平仮名でよろ』

 少女が無駄に補足し、

『兵隊(部下)の(はなぶさ)巡査です』

 男性が申し訳なさそうに名乗ったのでした。


☆☆☆


 これまで警察関係者が立ち寄らなかったのを奇異には思っておりましたが……。
 しかし男性は兎も角、女の子はどう見ても中高生……コスプレ? 警視と名乗っていましたけど。

『む。椅子が一脚しかないな』

 警視(と名乗った女の子)が、巡査をチラチラ窺いながら呟くと、

『ボス座りなよ』
『…………』
『お座りください、しれいかん』

 警視がぴょんと椅子に飛び乗ります。とても嬉しそうです。

 巡査が溜息を吐く前で警視はボタン群をさっと見やり、即座に硬貨を投入すると、『元気があればなんでも出来るゾ♥』というボタンを押下いたしました。
 巡査が受話器に先程の機器を接続すると、徐にイヤホンを取り出して耳にあてます。

 警視が受話器を持ち上げ、

【元気ですかーーーっっっ!】

 顎をしゃくって叫びました。

「よ、ようこそツイてない御苑へ。警察の方が何用でしょう」
【気にするな。臨検を装ったお忍びだからな】
「はあ……」
【ミ――トメって知ってるか? アイツがいいイタコを紹介してやると言ってな】
『俺は主水きゅん(※美冬の兄)から聞いたぜ』

 碌でもない人とお知り合いなのですね。

「左様で……ここにイタコは存在しませんよ?」
【なにっ?! アイツ、「迷わず行●よ。行けばわかるさ」って言ったんたぞ? (たばか)ったな……】
「ご愁傷さまです」

 警視が派手にガックリ項垂れます。
 巡査がニヤつきながら腕を組みました。

【……碌に見舞いも行かなんだから、ここで謝ろうと思っていたのに……】

 青い顔で呟く少女。

「お知り合いだったのですか……警視」
【…………】
「――しれいかん?」
【おお、ずっと昔、ヤツに闘魂を注入してやって以来の付き合いだった】
「された、ではなく……」
『「闘魂」よりずっと年上なんだぜ? 笑っちゃうでしょ?』

 間髪を入れず、警視が振り向きざま巡査に『虎砲』(らしきもの)を放ちました。※1
 巡査は「わははは!」という笑い声を残して表口まで吹っ飛び、そのまま動かなくなりました。

 闘魂より年上?
 そう言えば、ミケさんは江戸時代のお生まれと(イッツ・ミケジョ~ク)……。
 ははは(笑)

 警視は何事もなかったように目を伏せます。
 意外にも長い睫毛に、キラリ光るものが……。

「あの、巡査大丈夫ですか?」
【問題ない。自分で飛んだからハデに見えるダケだ】
「はあ……」
【心配するな。ヤツは「不死身」だ】
「……は?」

 警視は長い息を吐くと、

【この声は確かに瓜二つだが、アイツと会話が出来なんだとなると……】
「はい。誠に恐縮ですが」

 腕を組んで黙り込んでしまいました。
 

 いつの間にか蘇生した巡査が背後に立っています。
 じっと警視のドタマを興味深そうに眺めていましたが、

『どうするボス。もうオウチ帰る?』

 旋毛(つむじ)に向かって囁きました。
 警視は答えず――突然パッと顔を上げると、

『ぐわっ?!』

 鼻頭に衝撃を受けた巡査が仰け反ります。

【……(あるじ)、ひとつよいか?】
「なんでしょう」
【我儘を言って申し訳ないが……ひとつ、追善に舞ってもよろしいか?】

 こちらへ向けた鋭い眼差しに、何やら青白い光を(たた)えているような……。

 その迫力に(あらが)えず、

「ど、どうぞ、ご自由に――」
(かたじけな)い!】

 警視は被せ気味に発するとサッと立ち上がり――呼吸(いき)を整えると、どこか古風な構えをとりました。

 両脇を締め、半身で()()ち……一見、棒のような姿勢。
 窮屈そうなその姿から、やがてゆるりと動き出します。

 蛇が地を這うようなぬるぬるの足捌きから、目にも止まらぬ神速の指突。
 一転、ダイナミックに宙返りしながら旋風のような浴びせ蹴り――。

 見たことがないような所作。動画で観た「骨法」に、どことなく似ている気もいたします。


 静まり返った店内に、空気を切り裂く凛とした音だけが微かに漂います。
 巡査は隅に立ったまま、鼻血を拭きつつじっと見入っております。

 唇をきゅっと引き結び、霹靂(へきれき)のような力強い踏み込みを見せると、床が哀しげに鳴きました。
 まるで慟哭のように――。

 床に亀裂が走っております。
 あじゃぱー……。


 細い気を長く長く吐き出すと、天に向けて静かに一礼。
 舞のような「型」といった感じでございました。


【――おしマイ~ケル】
「お見事です」
【どーもありがとう。入魂てヤツだ】
「……」
【……アイツもオレも、いつだって「魂」で闘ってきたんだ……】

 寂しげに微笑みました。


「……ところで警視」
【…………】
「しれいかん……て、なぜ平仮名で『しれいかん』なのです?」
【漢字が難しい。三文字だし】
「ええー……」
『名前の「魔威」は書けるんだぜ? ウケるでしょ?』

 蹴りが飛び、巡査が再びぶっ飛びます。

【「まい」は平仮名でね♥と言ったろうがッ!】

 警視が吼えました。


☆☆☆


「ゴッド・ブレス・ユー……ところでしれいかん!」
『おお、なんだ?』

 ネクタイを締め直す警視に、

「床の修理代は、何処(いずこ)へご請求申し上げればよいでしょう」

 両腕をだらんと下げた警視が、ゆっくりと巡査を見やり、

『エイエイ! 後は任せた!』
「エイエイ?」
『こいつの名は英英次(はなぶさえいじ)といってな。字面がくどいから愛称をつけてやったのだ。オレが直々に!』
『あんたがクドい名字つけなきゃ――』
『しっかり聞いとけよエイエイ。では、サバラ!』

 言い置くと、警視――しれいかんは、楽し気にスキップを踏んであっけなく消えてしまいました。

 私とエイエイ氏は、暫し苦い顔で見つめ合い……。

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 ずっと、挑戦し続けることを分かりやすく体現してみせたカリスマだったと思います(個人の感想)。
 最後まで、魂で闘う「燃える闘魂」でした。