窓際に二人の席が用意してあった。そこへ座ったが二人とも黙ったままだった。歩いてここへ来るときも、二人は黙ったまま、ただ手を繋いで歩いていた。でも僕はとても満ち足りた気持ちで歩いていた。廸もそうだったに違いない。

「コースを注文しておいたけど良かったかな?」

「ええ、ありがとうございます。お腹が空きました」

「よかった。僕もお腹が空いてね」

テーブルの上の彼女の手の上にそっと僕の手を置いた。彼女はその上から手を重ねてくれた。

「お飲み物は?」

店の女性が尋ねてきたので我に返った。

「ハウスワインの赤をグラスで二人にお願いします」

アペタイザーと一緒に赤ワインをグラスに注いでくれた。二人はグラスを持ち上げて乾杯した。彼女は黙ったままだ。でも気持ちは落ち着いていて満たされていると信じることができた。

「今日の記念に二人で食事ができてよかった。食べよう」

「いただきます」

「おいしいね」

「ええ、とっても」

何でもない会話が僕を落ち着かせてくれる。廸をじっと見ているが、彼女は目を合わせようとしない。

「そんなに見つめないで下さい。恥ずかしい」

「ごめん。どうしても目がいってしまうんだ」

「はじめてのプロジェクトの会議でもあなたは私をじっとみていましたね。どうしてですか?」

「素敵な女性には自然と目が行ってしまうものだ。素敵な女性だと思ってみていた。それに気が付いていたとは思ってもみなかった」

「私は見つめられていることにすぐに気づきましたが、悪い気持ちはしませんでした。どちらかといえば好意を感じましたから」

「それならよかった。僕の悪い癖だから」

「だから、『恋愛ごっこ』を提案したのだと思います。今は勇気を出して言ってよかったと思っています」

「ぼくも『恋愛ごっこ』を受け入れてよかったと思っている。自分の気持ちに自然に従えるようになったから、今日もそうだった」

「私も自分の気持ちに素直に従えるようになりました。あなたとの『恋愛ごっこ』のお陰だと思っています。私はあなたと性格が似ているような気がします」

「僕も薄々そう思っていた。僕と性格が似ているのじゃないかと。でも会議での発言などからはそうではないとも思っていた」

「ビジネスはビジネスと割り切っています。だから割り切った発言ができるのだと思いますし、そのように努めてきました。でもプライベートなことになると自分の気持ちが分からなくなってしまうのです」

「僕も同じだ。やはり同じ性格みたいだね。それでよかったのではないかと思う。そこに惹かれ合うということだと思う。安心できるというか、同志というか?」

「そうですね。同志というよりパートナーかな? 良きパートナーが見つかったということでしょうか?」

「同じ性格というと安心感があるけど、似ていると刺激が少ないのではと思うけど、どうかな?」

「同じ性格といっても違うところはたくさんあると思います。これまでもあなたから随分刺激を受けましたから、これからのお付き合いが楽しみです」

「そうだね。楽しみだね」

彼女は何を思ってそういったのだろう? これから新しい彼女を発見できるのだろうか? 自分の良さを彼女に見つけてもらえるのだろうか? 楽しみではある。

おいしいイタリア料理だった。前回初めて一人で入ったが、おいしいと思って、誰かと来たいと思っていた。それが廸でよかった。

ここへ着いたころとは違って食事中は話が弾んだ。二人ともワインのお替りをした。何よりも廸が楽しそうだったのが一番嬉しかった。彼女に良い思い出を作ってやれたと思った。いつもなら割り勘にするところだったが、特別の日だから僕がすべて支払うことで了解してもらった。そして途中駅まで彼女を送った。

別れ際に廸は今日のお礼に週末の土曜日にまた食事を用意するから部屋に来てほしいといった。僕は喜んで訪問すると答えた。料理は何が良いか聞かれたので、今度は洋食が食べたいと伝えた。

いつもならデートの間隔は2週毎だけど、間隔を開けないで来てほしいといった。僕も望むところだったので何のためらいもなく承諾した。時間は午後5時となった。