白鷺と銀の龍神の最愛

酷く冷たい川の中。
罪をなすりつけられた私には打ってつけの最期の場所になった。身体も痛い、腕からは血が流れている。誰も助けてくれない。
流される中で幻聴として聞こえてくるのは和正と玲奈とお父様とお継母様、そして同僚達の罵声が響き渡る。耳を塞いでもはっきりと聞こえてくる。
身体も痛い、腕からは血が流れている。誰も助けてくれない。

「お前が僕と玲奈の子供を殺したんだ」

森に連れて行かれる前に言われた言葉。
私は必死に違うと否定しても和正には届かない。本当に違うのに。私は玲奈と子供を殺そうだなんて一度も思ったことはない。
どんなに無罪を訴えても誰も信じてくれない。
全てを奪われて泣くことしかできない自分にはもう希望も何もなかった。
このまま冷たい濁流の中で死んでしまった方がいいんじゃないかと思い始めてしまっている。

(でも…これでやっと楽になれる…お母様に会える…)

このまま死を受け入れてしまえば天国にお母様に会える。
死を受け入れようと暗闇に向かって手を伸ばした時だった。眩い光が私を照らす。あまりの眩しさに私は思わず目を瞑ってしまう。
その時、あの白鷺の声が聞こえてきた。

「陽子。遅くなってすまない。やっとお前を迎えに来れた」

簪を取り戻してくれた時に言われた約束を果たしに来たと優しく私に語りかける。
すると、光はさらに眩きを増し白鷺を包み込む。白鷺の姿がみるみる内に人の姿はを変わってゆく。
翼が人の手になって私の頰を優しく触れる。
光で顔がよく見えなかったが、銀色の長い髪が美しく靡いていた。
私は、あまりの美しさに思わず見惚れてしまっていた時だった。

「僕の愛しい花嫁」
(え?)

花嫁という言葉に驚き思わず目を見開く。
その言葉を意味を聞こうとしたと同時に目を覚ました。

(え…?夢だったの…?)

とても不思議な夢だった。あの白鷺が私を助けようとしてくれた夢だったが、最後のあの言葉が妙に引っかかってしまう。
けれどそれ以上に驚くことが私の身に起きていたのだ。
それは、最後に見ていた光景とは全く違う場所にいた事。
とても立派な屋敷の一室で私は布団に寝かされているに気付き慌てて飛び起きた。

「え?!此処はどこ?!」

私は周りを見渡すも誰もいない。
玲奈に奪われる前にいた自室よりも広い。
あるのは鏡台や箪笥や机と可愛い桜が描かれた雪洞(せつどう)、壁際には綺麗な花柄の着物がかけられた衣桁(いこう)がある。
まるで私の為に用意された部屋。私が此処に来るのを知っていたのような雰囲気に私は困惑した。
外の様子を見に行こうと立ちあがろうとした時、頭に違和感を覚えた。

「う、嘘!!髪が元に戻ってる…!!!」

玲奈達の悪意のせいで切り刻まれて男の様な髪型だった筈の髪が元に戻っている。再び長くなった髪を何度も触れて夢ではないのかと何度も見直す。
髪を切られた時にできた顔の傷も、刺客に襲われた時に負った深い刀傷(かたなきず)も痛みも全て消えていた。
崖から落ち川に流され目覚めるの記憶が無いのが更に私を混乱させた。
やはりあの声の主がそうさせたのだろうか。
環境に馴染めず慌てふためいていると、障子の方から可愛らしい声が聞こえてきた。障子の影が人間の形ではなく、小さな九尾の子供の影だった。

「失礼致します。あ!!」

挨拶をして戸を開け姿を見せた真っ白な九尾の子供は、目を覚まし起き上がった私を見て驚いた。

「お目覚めになられたのですね♪」
「えっと…あなたは?」
「申し遅れました!アタシは雪九尾(ゆききゅうび)のつららと申します♪龍神であるご主人様の(めい)で貴女の侍女に任命されました♪よろしくお願いしますです♪」
「龍神…」

まさか私を助けてくれたのは龍神なのか。
本当にそうならどうして異能(ちから)を失くした私なんかを助けてくれたのだろう。あの白鷺と関わりがあるのだろうかと考えてしまう。
考え込む私につららという可愛い雪九尾の子供は嬉しそうに近づき掛け布団がかけられた膝の上にちょこんと乗る。
彼女のあまりの可愛さに思わず手が伸びてしまった。ふわふわで雪の様に真っ白な尻尾を撫でる。不安な気持ちが少し和らいだ。

「(ふわふわ…)あ、ご、ごめんなさい!手が勝手に…」
「いえいえ。寧ろもっと撫でて欲しいです♪(寧ろもっと撫でて欲しい)」
「私も教えなきゃね。私は陽子。アナタ達に助けてもらってとても感謝しています。ありがとう」
「お礼ならご主人様に言ってください。アタシは傷ついた陽子様を治しただけですから(撫で方上手い…気持ちいい…)」
「ご主人様?」
「あ!!!陽子様が目覚めたこと教えないかなきゃ!!少しお待ちくださいね。ご主人様を呼びに行ってまいりますので!!」

撫でられて上機嫌になったつららは楽しそうに屋敷の主人を呼びに部屋を出た。

(ご主人様ってことは龍神様ってことよね。どんな人かしら)

枕元に目をやるとそこには、ずっと握りしめていたボロボロの白鷺の羽が置かれていた。
私が村から唯一持ってこれた物。必ず迎えに来ると信じて手放さなかった白鷺との繋がり。
そっと羽を手に取りこれからやって来るであろう龍神様を思う。

(もしかして貴方が私を見守ってくれていたの?)

村の救世主で守り神である龍神様が、もし本当今までずっと私を見守ってくれたあの白鷺だったら。
感謝しても仕切れないという思いと同時に、どうして私を守ってくれたのか。そして、あの言葉の意味を知りたかった。
さっきの夢が導いてくれている気がした。
すると、縁側の方からドタドタと慌ただしい足音を立てながらこちらに近づいて来る。
足音が消えると勢いよく障子が開いた。

「陽子!!」

どこかで聞いた声。声の主は長い銀髪を早した美しい男性だった。彼の足元にはつららと彼女と同い年ぐらいの子狸が支えていた。
嬉しそうに私の名前を呼んでくれた男性に子狸は冷静に諌めた。

「ご主人様。そんなに大声を出したら陽子様が驚かれてしまいます」
「だ、だって…やっと目を覚ましたんだから仕方なかろう」
「陽子様らまだ病み上がりなのですから無理させてはいけませんからね。つららお前も陽子様に粗相をするなよ」
「いーっだ!!分かってるわよ!バカ紅葉!!!」

つららと紅葉という子の痴話喧嘩を見て私は可愛さのあまり思わず笑ってしまった。
そんな私を銀髪の男性はぎゅっと抱きしめてきた。突然のことで少し驚き短くきゃっと悲鳴を上げてしまった。

「よかった…本当によかった…」

まるで居ても立っても居られない様な様子で私の頭をそっと撫でる。
あの白鷺と同じ声で私の目覚めを喜んでいた。私を抱きしめてくれる腕の力がその思いが強いことが分かってしまう。

「あ…あの…くるしい」
「す、すまない。つい嬉しくて…」

私を離して申し訳なさそうに笑うその人から嘘を感じなかった。本当に私が目覚めたことが嬉しかったのだろう。

「もうどこも痛くない?」
「あの、は、はい、もう大丈夫です」

私の無事を知ると安堵の様子を見せるその人に可愛さを感じてしまった。どこか目を離せない彼のことがもっと知りたくなってしまう。

「ああ!まだ名乗っていなかったな!僕は(しん)。この地を守る龍神。そして、あやかし達の守り手。」
(この人が…龍神…)

私が想像していた龍神とは違っていたが、あの夢で見た光に似た何かを持っていると感じた。きっとこの人だ。この人がきっと…。

「ずっと白鷺として姿を偽って君を見ていた。すぐに助けてあげられなくて本当にすまない」
「そんな謝らないでください。私はもう平気ですから」
「いや…陽子をこんな風にするまで僕は何もできなかった。謝っても謝りきれないよ」

何もできなかったなんて嘘だ。この人は何度も私を助けてくれた。私に生きる希望を与えてくれた光だった。
手に持っているボロボロの羽がその証だ。

「こうして再び貴方に会えただけで嬉しいです」
「陽子…」

ちゃんと約束を守ってくれた。私を迎えに来てくれた。それだけで十分だった。

「ご主人様。俺とつららは一旦席を外しますね。お二人だけで話したいこともあるでしょう」
「え〜!!アタシはもっと陽子様と一緒に居たい!!!」
「貴様空気を読め。それでは。何かあったらすぐにお呼びください」

紅葉くんは慣れた感じでつららちゃんのふわふわの尻尾を噛むとそのまま引っ張りながら部屋を後にする。つららちゃんはもう少し私と居たかった様だが問答無用で連れて行かれてしまった。
二人きりになってしまった部屋の中。まさか、龍神様とこうやって対話をするなんて初めての事だ。緊張してしまう。
いろいろ聞きたいことはあるけれど、一番気にかかることを聞いてみることにした。
それは、やはりあの言葉。

「あの…信様。一つ伺っていいですか?」
「ん?なんだい?」
「お母様の簪を取り戻してくれた時に言ってくれた事なんですけど…その…私の可愛い花嫁って…」

私は顔を赤ながら花嫁という言葉の意味を信様に問う。

「覚えてないと思うけど実は、君が幼い頃に一度会ったことがあるんだ。先代の巫女、陽子のお母さんが先代の龍神である親父の元に連れて来てくれたんだ。この子に龍神の巫女の名と癒しの異能を継がせると告げる為に」
「ごめんなさい。何も覚えてなくて…」
「仕方ないよ。随分前の話だし。それで、まだガキで人見知りだった僕に笑顔で手を差し伸べてくれたんだ。遊ぼうって。それがとても嬉しかった」

一度会っていることにも驚いたが、とても嬉しそうに話す信様に目を離せなかった。話の続きが気になってしまう。

「まぁ…一目惚れってやつ。大きくなったら僕の花嫁にしたいって。でも、それが叶わなくてもいい。ただ、愛する人が幸せになってゆく姿を見れるだけで十分だった」

だからあの白鷺の姿で私のことを見守ってくれていたのか。あの愛おしそうな目で見ていたのはそうゆうことだったのかとようやく理解できた。

「あの和正って男と結婚する時もきっと陽子はもっと幸せになるだろうと信じていたんだ。だが、それがあの結果だ。もっと早くに君を迎えに行けばよかった。あの男を想っているからとと躊躇ったから陽子を傷つけてしまった。すまない」
「いえ、信様は何も悪くないです。私が弱かった結果ですから」
「陽子…」

信様は再び私を抱きしめだ。さっきの勢いのある抱き方ではなく、壊れやすい大事なモノを扱う様な優しい抱きしめ方だった。

「あんな事が起きた後だ。こんなのすぐには信じられないかもしれない。でも、本当に君のことを心の底から愛しているのは本当なんだ。」
「……っ」
「二度とあんな地獄の様な日々を送らせたりしない。髪を悲しませる様な事から守り抜く。約束するよ。」

彼の白い手が私の頰に触れる。

「僕の花嫁になってくれないか?」

まだ彼のことを何も知らないし、和正と玲奈に裏切られた恐怖はまだ拭えない。けれど、彼の瞳に偽りはなかった。
村で私を見守っていた頃と同じ目だった。彼はずっと私を想い続けていたのだ。
私は一度も彼に恩を返していない。助けられてばかりだった。
異能も何もかも失った私にできることはただ一つ。
私は、彼の告白に応える様にそっと頰を触れる手に私の手を添える。

「何もない私でよければ…」

私の応えを聞いた信様は嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
私が信様の屋敷にやって来てから少し経った頃。
つららちゃんや紅葉くん、他のあやかしの子達に支えられたお陰で私は回復する事ができた。
まだ心のどこかで裏切られてしまうのではないかという恐怖が湧いてくる時がある。
だけど、怯える私な信様はいつも寄り添ってくれた。

「陽子。何かあったらすぐに飛んでくるからね」
「ふふ。ありがとうございます。その言葉だけで充分嬉しいですわ」

実家にいる頃には考えられなかった穏やかな日々。こんなに誰かに大事にされるなんて久しぶりだった。
お母様が亡くなりお継母様と玲奈がやってきてからお父様は私に関心を無くした。家族を支えるただの道具としか見ていなかった。龍神の巫女になってからも、和正と結婚してからもそれは変わらなかった。
玲奈の我儘は何でも聞くのに、私には叱責し手が出る時もあった。
玲奈の様に着物なんて新しい物を買って貰ったこともない。婚姻の儀もお継母様が「玲奈の為の金を使うな」等と反対されてしまいあげる事ができなかった。

(あの頃からおかしかった。それでも和正のそばに居られれば良かった。でも、そのせいで簪を奪われてしまった…)

もう私を裏切った和正にも家族にも未練も何もなかったが、やはり気がかりなのは、形見の簪のことはもちろん、玲奈がしっかりと龍神の巫女としての務めを果たしているのか、まだいろいろ思うところがあって悩みは尽きない。
そして、一番の悩みは本当に私なんかが龍神様の花嫁になってもいいのかということだ。

「確かに承諾したけど、癒しの異能を失った私が本当に信様の花嫁になっていいのかしら…」
「大丈夫ですって!!ご主人様は、巫女だとか異能持ちとか関係なく陽子様自身を愛してくれているのですよ。だって…前者だったらアタシ達きっと陽子様に会えなかった…」
「だから自信を持ってください陽子様。大丈夫。ご主人様は貴女を身勝手な理由で手放す様な神様じゃない」
「つららちゃん…紅葉くん…」

龍神である信様を心から尊敬し支えているつららちゃん達。
つららちゃんと紅葉くんも私の様に住処を追われ傷ついていたところを信様に助けられていた。他のあやかし達も同じ様な境遇の子が多いらしい。

(少しでもいいから異能が残っていたら…)

もし、私があやかし達の守り手である彼の手助けが少しでもできたらと考えるが足手纏いになってしまわないか不安になってしまう。
本当に私は龍神の花嫁として務まるのか、その不安が日に日に膨らんでいった。


そんなある日、信様から見せたいものがあるから出かけようと申し出があった。断る理由はないからすぐに承諾した。
つららちゃんや紅葉くん、他のあやかし達はとても張り切りながら準備をしてくれていた。
あの衣桁にかけられていた花柄の着物に腕を通す。姿見に映る私を見てつららちゃんは息を呑んでいた。

「美し過ぎます…陽子様…」
「そ、そうかな?なんか恥ずかしい…」

こんなに立派な着物を着たのは久し振りなせいかどこか恥ずかしくて長く見ていられない。
髪も綺麗に櫛で梳かしてもらい、一本の三つ編みに結ってくれた。肩にかかった三つ編みとそっと撫でる。

(こんなに御洒落をしたのなんていつぶりだろう)

信様もここの屋敷に支えるあやかし達も、私をとても大事にしてくれる。けれど、慣れないせいか今まで玲奈が手に入れていた物を私が身に付けていることに戸惑ってしまう。
この着物が私に似合っているかどうかよく分からなかった。
準備を終えて信様の元に向かおうとした時、丁度彼が部屋にやって来てくれた。

「陽子。待たせてすまな…」
「あ、信様。こちらこそ遅くなってしまって…?」

着飾った私を見て言葉を失った信様はボソッと「綺麗だ」と呟いていた。無意識からくる言葉だろう。
呆気に取られている信様に紅葉くんが慌てて話しかけた。

「ちょ、ご主人様!しっかり」
「……へ?あ、あぁ、ごめん。陽子があまりにも素敵で美しかったもんだから…」

紅葉くんに話しかけられてようやく我に帰った信様は顔を赤らめながらあたふたしていた。相変わらず可愛い人だなって思ってしまった。
信様だってとても素敵だ。龍神の証である銀髪が太陽に照らされて初めて見た時より美しく見えた。

「それじゃ行こうか」
「はい」

私は差し出された信様の手を握り玄関へ向かう。

「それじゃいってくる。そんな遅くはならんと思うから」
「分かりました。いってらっしゃいませ」
「ご主人様〜!陽子様〜!!いってらっしゃい!!」
「フフ。いってきます」

使用人のあやかし達に「いってらっしゃいませ」と暖かく見送られながら出発した。
私は歩きながらこれから見せてくれるであろうものがどんなものなのか信様に質問してみた。とても素敵なものだと思うがやはり気になってしまう。

「あの…見せたいものってなんですか?」
「すぐに分かるよ。ずっと陽子に見せたかった秘密の場所なんだ。きっと気に入ってくれる」
(秘密の場所…どんなところかしら?)
「ごめん。ちょっといいかな?」
「え?きゃ」

突然抱き抱えられて思わず小さく悲鳴を上げてしまった。顔が熱くなってくる。

(私を助けてくれた時もこんな感じだったのかな?)

信様の顔が近くて恥ずかしい。直視できない。絶対顔が真っ赤になっている。
恥ずかしさを隠す為に私は慌てて信様の肩に手を回した。

「行くよ。しっかりつかまってて」
「は、はい!」

勢いよく私を抱き抱えた信様は空へ飛び立つ。
私は怖くなってぎゅっと目を瞑ってしまった。
空へ飛び立つなんて想像もしていなかったが、よくよく考えたら龍神は空は浮上するなんて容易いことだ。

(こ、怖い…!!)

すごく怖かった。でも…。

「大丈夫。怖がらなくていい。僕がそばにいる」

耳に囁かれた信様の声で少し恐怖心が和らぐ。とても信用できる声と言葉に私は信様に身を任せた。
つい、信様につかまる腕に力がこもってしまう。
冷たい朝の風が私達に吹き当たる。

「陽子。目を開けてみて」
「ん…」

言われた通りそっと目を開けると、視界に広がっているのは言葉に言い表せない美し過ぎる光景だった。

「すごい…」

地上では見ることのできない空から見る外の世界。村に居た頃には考えられなかったものばかりだった。
朝の澄んだ青空と太陽、綺麗な緑色(そび)えた山や木木(きぎ)、穏やかに流れる川、そして、宝石みたいな海面に映る太陽の輝かしい光。
久々に見た海がこんなにも美しかったなんて。

「ありがとうございます。とても素敵です」
「よかった。この素晴らしい自然をどうしても陽子に見せてあげたかった。きっと気に入ってくれるって」

この人に会わなければ見られなかった。この人の言葉を信じて良かったと心の底から思った。
龍神の巫女になった者は一生村から出ることはできない。だから外の世界を知ることを許されなかった。
けれど、こんなに素晴らしい光景を見て巫女でなくなったことを少しだけ感謝した。

「こんなに綺麗な光景は初めて。次は夕焼けも見てみたいです」
「僕も陽子とこうしてまた空が見たい。夕焼けも夜空も」
「私も信様と一緒がいいです」

お互い恥ずかしげに話したのが少しおかしくて思わず笑ってしまった。

「よし。次は、秘密の場所だ。まだ誰にも教えていない、春にしか現れない素晴らしい所だよ」
「どんな所ですか?」
「僕と陽子の婚姻の儀を行うのに最適な場所さ。もう一度目を瞑って」

次はどんな所に連れて行ってくれるのだろうとドキドキしながら私は再度目を瞑る。きっと、この光景を同じくらい素敵な場所なんだろうと想像してしまう。
こんな風に誰かの側に居て楽しいと思ったことは久しぶりでとても幸せだった。
心地良い春の風が吹く。まるで私達を今から向かう場所へと(いざな)っている様な気がした。
次に信様が向かった場所は、空中ではなく地上だった。

「目を開けて」

秘密の場所とは、満開となって間もない桜で咲き誇る春にしか見れない春色の素敵な空間だった。
何千本も聳え立つ鮮やかな桜は空を覆い隠すほどだ。
信様からゆっくりと降ろしてもらった私は、桜色に染まるこの場所に心惹かれる。

「空から見た光景も素敵だけど、地上にこんなところがあったなんて…!!」

こんな所で婚姻の儀を挙げられたらとつい考えてしまう。きっと素敵で一生忘れられないものになるだろうと。
すると、信様は一輪の桜の花を私の髪にさした。その手はそっと頰に触れた。

「あ…」
「やはり陽子は桜が似合う美しい人だ。此処に連れて来て正解だった」
「そ、そんな恥ずかしいです…。私がこんなに可愛らしい桜に似合う人なんて…」
「本当のことを言ったまでだ。見た目だけじゃない。分け隔てなく優しく人々に耳を傾け、弱者を助け続けたまさに巫女に相応しい女性(ひと)
(こんなに褒めちぎられたの初めてだわ。なんて応えればいいのか分からなくなっちゃう…)

私は顔を真っ赤にしながら、偶々肩に落ちてきた一輪の桜をお返しとして信様の綺麗な銀髪にそっとさした。
信様は少し驚いた様子で私を見た。

「ふふ♪仕返しです♪信様も桜がよく似合う神様ですわ」
「え、あ、ありがとう…(やられた…可愛すぎる…!!)」
「そして、襲われていた私を救ってくれた。心の底から愛してくれる私には勿体無いくらい素晴らしい神様(ひと)

私は信様がさしてくれた桜を優しく触れながら「お揃いですね」と笑った。
すると、何かを決意した様な表情をした信様は私を抱きしめた。

「し、信様?」
「決めた」
「え?決めた?何を…」
「此処で婚姻の儀を行うこと」
「え!!此処でですか?!」
「あ、もしかして嫌…だった…?」

さっきまで想像していたモノが信様の一言で実現しそうになっていることに私は思わず驚いてしまった。まさか、神様だから考え見えていたのかと。

「い、いえいえ!!そうじゃなくて…その…此処に来た時、あまりにも桜が美しかったので、もし此処で婚姻の儀を挙げられたらなって…思ってて…」
「陽子…!!それじゃあ決まりだ!!この桜の木の下で挙げよう!!とても素晴らしい式になるぞ!!」

あははと嬉しそうに笑う信様はもう一度私を抱きしめた。こんなに無邪気に笑う信様を見たのは初めてだった。
ひらひらと散ってゆく桜の花びらがまるで宿泊している様だった。
けれど、信様は突然ハッと何かを思い出した様な表情を浮かべた。

「でも…今のまま挙げるわけにはいかないな」
「え…」

やはり、私に龍神の巫女の名も癒しの異能がないのがいけないのだろうか。何もかもが奪われた私に彼と結ばれるのは許されないのかと胸を締め付けられる。

(やっぱり何もない私じゃ…)
「あの偽巫女と愚か者を鉄槌を与えねばな」
「偽巫女…?」
「陽子の妹の玲奈のことだ。陽子から全てを奪ったあの女に全て返してもらう。この忌まわしいモノを全て消し去らないと。君の幸せのために…!!」

白鷺として全て見ていた信様は玲奈達に対して憎悪を向けている。怒りがこもった瞳に私は目を離せなかった。

「陽子。これを見るんだ」

すると、信様は術を使って右手からある物を浮かび上がらせた。それは、禍々しい常闇の色をした結晶だった。

「信様。これは…」
「この結晶は君がいた村の伝説の真実だ」
「真実?」
「此処に連れて来た理由はもう一つある。真の龍神の巫女であり、僕の花嫁である君が知るべき真実だ」
(どうゆうこと…?信様は何を知っているの…?)

私の知らない真実。あの村の伝説に何があったのだろうか。
知るのが怖い。でも、ここで逃げたら一生後悔する。

「教えてください。全てを」

これは信様と私の未来に繋がることだろう。
私は覚悟を決め、全ての真実に立ち向かってゆくのだった。












村の神社。
相変わらず玲奈は巫女としての勤めを果たしていなかった。代わりに和正の父親である宮司が龍神に祈りを捧げていた。
癒しの異能も位が高い者にしか使わず、村民には施されなかった。
陽子がいなくなってから罰則が酷くなり、少しでも玲奈を非難すれば無実の罪で捕え拷問の末に殺していた。救いの象徴だった龍神の巫女は今や脅威になっていたのだ。
もう陽子が知っていた村は変わり果てた姿となっていた。
そんなある日の夜、玲奈の父親の枕元に龍神の信が幽霊の様に現れた。
驚いて思わず叫びそうになるが、信が使った術により声を封印された。

「黙ってよく聞け"龍神の巫女"の父親よ。貴様に告げに来たのだ」

凍てつく目で怯える玲奈の父親を信は睨み付ける。まるで汚いモノを見ている様な目だった。

「次の新月の夜。貴様の娘と宮司の息子の婚姻の儀を挙げよ。我も赴くつもりだ。そして、龍神の加護と永遠の富を与える。そして、若き二人に祝福を」
「あ、ありがとうございます!!りゅ、龍神様!!!巫女である玲奈も一目貴方に…!!」
「そして……龍神の巫女となった玲奈の一族に」
「え…?」
「 」

何か一言告げた後、信は煙の様に姿を消した。
声を出さず口の動きだけで何かを伝えてきたが父親には伝わらなかった。一体最後に何を言ったのか気になったのだが、すぐにどうでも良くなったようだ。
そんな事よりも、早く婚姻の儀の準備を進めねばと父親は鼻息を荒くしていた。



信は白鷺の姿で愚かな男の様子をじっと見つめる。

「こんな男が陽子の父親なんてな。気持ちが悪い。あの後妻と同じ贔屓野郎が」

陽子の父親に対して悪態をつく。こんなに吐き気をもよおす悪意の人間を見るのは久方振りだった。

(早く帰ろう。伝える事は伝えたし。陽子に癒してもらおう…)

どっと疲れた信は早く愛する人の元に帰りたいとぼやきながら住んでいる屋敷の方へと飛び去ってゆくのだった。
陽子に真実を告げてから数日後。
信は玲奈達を見張る様に指示していた使いである烏から報告を受けた。
それは、明日の新月の夜に和正と玲奈の婚姻の儀を執り行われるという情報だった。陽子の父親は、信に言われた通りに動いたようだ。

(あの男、ちゃんと言う通りにしてくれたな。新月は結晶を活発化させる。都合が良い)

陽子に見せた黒い結晶はあるあやかしの恨みと復讐の具現化した闇そのモノ。月の光を失った夜に力を増し対象者に永遠の苦痛を与える。遂にこの結晶を使う時が来たのだ。
すると、信を呼びに紅葉が部屋にやってきた。

「ご主人様。陽子様の準備ができました」
「わかった。すぐに行く」
「遂に果たされるのですね。お父上殿との約束と蛇神(へびがみ)様の復讐が」
「ああ。復讐を果たし、そして、陽子が奪われた全てを取り戻す。必ず」

信の決意と強さがこもった言葉と声に紅葉から不安が払拭された。

「……どうかお気を付けて」
「ありがとう。それじゃ行ってくる」

紅葉は信の頼もしい背中を見送った。
信に迷いはない。全ては愛する陽子との未来の為。悪しき根は取り除かねば。
着飾った陽子を連れて信は偽巫女の婚姻の儀が行われる村はと向かう。

「陽子?」
「…ごめんなさい…怖いんです。追放されたはずの私を見てなんて言うのか…」

恐怖で青ざめる陽子の手を信は"大丈夫僕がいる"とぎゅっと握る。陽子は少し目を見開くも、その真意を察し手を握り返した。

「信様…」
「大丈夫。僕がいる。僕が全力で陽子を守る。必ず全て取り戻すんだ。名誉と異能。そして、君のお母さんの形見を」
「っ…!!はい…!!」

愛する人の言葉と手を握る強さが陽子を勇気付かせる。その様子を見て信は満足そうに微笑んでいた。
2人は暖かい春の風を纏いながら玲奈の婚姻の儀へと向かうのだった。





一方玲奈達が住む屋敷では、婚姻の儀に参列する者達が大勢集まっていた。玲奈はその様子を白無垢姿で襖の間から眺めていた。

「和正さん。私達ようやく結ばれるのね…」
「そうだな玲奈。とても楽しみだよ」
「本当ならこの子も一緒だったのに」

玲奈は悲しげな顔で腹をさする。
その様子を見ていた和正は、陽子に盛られたとされる毒のせいで亡くなった我が子を思い胸が痛くなった。けれど、その辛さを糧に彼女と共に幸せになるのだと決意させた。
そっと玲奈を抱き寄せる。

「悲しむのはこれで最後にしよう。この子の分も幸せになろう。この子の兄弟も産んでもっともっと幸せになるんだ僕達は」
「和正さん…!!そうね。そうよね。これ以上悲しんでられないわよね…!!」

玲奈は嬉しそうに和正の背中に手を回した。
龍神の巫女となり、村の顔になった妻の姿に誇りを感じた和正は、早く自分も宮司という神職を父親から継ぎ、彼女の助けになりたいと願っていた。
だが、和正は盲目過ぎた。巫女の務めを他人に任せていることも、陽子から奪った異能も本来の施すべき者に行き届いていないのも、巫女として認めていない人間を排除していることを全く信じようとしなかった。

(早くぐちゃぐちゃになって見つかってね。お姉様。私は和正さんと幸せになるからぁ♪

和正に見えないことをいいことに玲奈は我欲に染まった歪な笑みを浮かべていた。
玲奈の本性を知らないまま婚姻の儀が始まろうとしていた。

(龍神ってどんな方なのかしら?もし、和正さんよりかっこ良かったらどうしよう♪)
風と共に会場である実家に降り立った先は、すでに式を執り行われている広間だった。
お祝いの中に突然現れた私達に参列者は皆驚いていた。


「りゅ、龍神様?!!!」


信様を見て驚いた和正のお父様の叫び声と信様の神々しい姿に参列者の注目を集めてしまっていた。

「ああ。宮司殿。約束通り、ご子息の婚姻の儀に参列させてもらいに来たぞ。龍神として祝ってあげねば」
「い、いえ、そ、そ、そんな光栄です!!倅が巫女様と結婚できたのも全て龍神様のお陰です!!」
「そうか」

信様の目が全く笑っていない。きっと、私の犠牲のお陰だろうと怒っているのだろう。
参列者は主役である和正と玲奈よりも龍神の信様の方が気になる様だった。
高砂(たかさご)にいる玲奈達も私達を見ていた。
主役の花婿である和正は信様のことを訝しげに見ていたが、花嫁の玲奈は何かにときめいた様な表情をしていた。

「あれが龍神様…隣にいる女は一体…」
(……なんて綺麗なお方なの…!!素敵な銀髪で私の理想の人じゃない!!)
「玲奈?」
「素敵…」
「え…」

完全に龍神に心を奪われた様な様子の玲奈に和正は唖然としていた。まるで、玲奈の心から和正という存在が薄れた様だった。
すると、私のお父様とお継母様も信様に近付いてきた。まるで胡麻をする様な表情に私は嫌悪感を覚える。

「龍神様お待ちしておりました……あの、そちらの女性は…?」

実の子であるのに気付いていない。化粧をしてるせいもあるのかと考えたが、元から関心がなかったのだと思い知らされる。

「彼女を見て何も気付かないのか?本当哀れだな。僕の妻だ。美しいだろう?こんなに可憐で全てが完璧な人間はこの女性(ひと)だけだ」
(わ、わ、信様…!!)

信様はみんなに見せつける様に私の髪を撫でる。甘い言葉と髪を撫でる手で私の顔は赤くなり熱くなる。
そんな私を見て先に気付いたのはお継母様だった。

「貴女まさか陽子じゃないの?!!どうして生きているの?!!」
「何?!陽子!!」

死んだ筈の私が龍神の妻として現れたことで会場を騒然とさせてしまう。
どうして生きているんだとお父様が掴みかかろうとしたが、信様が間に入ってくれたお陰で襲われることはなかった。
その代わりにお父様の腕が信様に強い力で握られている。

「うぎゃあ…!!」
「僕の愛する妻に危害を加えるつもりなら、幾ら妻の実の父親でも容赦しない」

このままではお父様の腕を折りかねない。怒りに満ちている信様に私は慌てて止めに入った。

「信様…!!もう大丈夫ですから…!!その言葉だけで十分です…」
「陽子…。本当は折ってやりたいぐらいだが君が言うなら」

パッとお父様の腕を離す。彼の腕に痣が残った。
お父様と彼に駆け寄るお継母様は怯える目で信様を見ていた。
でも、ここまで私を想ってくれていると改めて思い知らされた。和正と結婚している時には感じなかった感情に私は微笑んだ。
突然、高砂の方で何か揉める様な声が聞こえてきた。

「玲奈!!危ないから!!」
「うるさい!何が危ないのよ!!私は龍神様に用があるだけなの!!離して!!」
「玲奈様!和正様の言う通りです!!どうかお座りに!!」

苛立った玲奈が舌打ちした。怒りに満ちた表情を和正に向けている様だった。

「離せって言ってんだろ?!!クソ男!!」
「ひぃ…!!」

玲奈の怒りに歪んだ顔と声に和正は小さく悲鳴を上げる。こんな顔をする彼女を見たのは初めてだったのだろう。
掴んでいた玲奈の腕を離し、彼女を信様の元へ向かわせてしまった。
こちらに近づく玲奈の顔はさっきまでのものとは違い、可愛らしい目が潤んだ顔へと切り替わっていた。
信様に近付いた途端、彼の腕に絡みついた。

「っ…なんだ貴様は」
「初めましてぇ。私がこの村の巫女。龍神の巫女の玲奈ですぅ」
「ちょっと、玲奈…!!」
「あらぁ、お姉様まだ生きていらしたのですか?しかもこんなに素敵な人の妻になるなんて!烏滸がましいにも程がありますぅ!!」
「おい」

聞いたことない信様の冷たく低い声。軽蔑と憤怒がこもった声を聞いて玲奈には通用しない。寧ろ、尚更彼女を喜ばせてしまった。

「私は癒しの異能を持った選ばれし者。私こそ龍神様に相応しい花嫁!!こんな無能なんて捨てて是非私に…!!」

必死に求婚する玲奈の姿に信様は深くため息をついた。
すると、空いている左手からあるものを取り出した。あの黒い結晶だった。
お継母様が結晶見て酷く驚いていた。

「流石、我欲の為に蛇神・瑪瑙(めのう)の倅を殺した一族の末裔。陽子から母親を死に追いやっただけでは飽き足らず、卑しい目を使って全てを奪い尽くすとは」
「そ、その石…!!貴方様が持って…!!」
「ずっと探していたようだな?これは怨念に満ちた仇の塊。瑪瑙様が死ぬ前に父に託した物。愛する倅を殺した一族を見つけて解かれることのない呪いをかけよと」

焦るお継母様のことなど気にかけることなく信様は話を続ける。

何も知らなかった玲奈は情けない声を出して呆気に取られていた。

「この村の伝説の真実を話そう。大蛇である蛇神・瑪瑙が村を襲った理由は人々を陥れたいという悪意ではない。大事な者を殺された復讐の為だ。この女の先祖が瑪瑙の目の前で愛する倅を殺した。肉や骨、皮も全て愚か者共に売り飛ばし、罪がバレないように真実を捻じ曲げて村に伝え、巨万の富を得た。妻がバレないように真実を捻じ曲げ村に伝えだが、その莫大な金も身勝手な私利私欲の為に全て使い尽くした結果がコレだ」
「へ?」

何も知らなかった玲奈は情けない声を出して呆気に取られている。

「この娘は子供を宿したと嘘をついて陽子から夫を奪った。この男と結婚する為に龍神の巫女という肩書きと癒しの異能を奪った。そして、陽子が毒を盛ったと嘘を吐き罪をなすり付けた。子供を失った哀れな母親を演じてな」

信様に隠していた全てを暴かれた玲奈の顔は青ざめていた。それは、お父様とお継母様も同じだった。

「ち、違います!!私は本当に!!」
「真実だろう?貴様に水子の魂がない。この世に生まれることのなかった水子の魂は、必ず母の幸せと安全を願い死ぬまで取り憑く。それに、腹にいた痕跡も貴様にはなかった」
「あ…なんで…知って…」
「玲奈!!本当なのか?!」

駆け寄ってきた和正は信様の腕から引き剥がされた玲奈に問い詰める。青ざめて項垂れる玲奈の様子を見ると本当のことだろう。
黒い結晶が放つ光が増してゆく。

「そして、この女は陽子の父親に擦り寄り心を奪った。永遠の富と癒しの異能を手に入れる為に。この結晶を探し出し破壊させ蛇神の呪いから逃れる為に」
「や、やめて、それ以上は…」

いつものお継母様とは思えないほど怯えている。

「先代の巫女は貴様らが殺した。邪魔になった陽子の母親に少しずつ毒を盛り病で亡くなったと偽った」
(お母様…!!)

日に日に弱ってゆくお母様の姿を思い出す。お母様をあんなにしたのはお父様とお継母様だったのだ。
血を吐き苦しむ母にまだ異能を継いでいない私ができたことはそばに居ることぐらいだった。泣く私をお母様は「大丈夫よ」と優しく微笑んでいた。

「ゆ、許してくれ陽子!!全部あの女と娘に騙されて…!!!」
「ち、違うんだ陽子!!!玲奈が俺を誘ったから…!!」
「私の陽子に近づくな。彼女にあんな酷い虐待をしといて今更助けをこうつもりか?下衆共が」

私に近づこうとするお父様と和正を制止する。私は涙混じりの目で二人を睨みつけた。目の前にいるのはもう愛した人達ではない。

「瑪瑙は最期に"目の前で愛する幼い我が子を殺した奴らに苦しみを永遠に味合わせて欲しい"と彼を看取った僕の親父に約束させたそうだ。でも、その約束が今夜ようやく果たされる」

信様の手の中にある黒い結晶が禍々しい光と黒い稲妻が走る。早く目の前の仇に呪いをかけさせろと叫んでいるように見える。
彼にでも異変が起き始めていた。

「信様!!その腕…!!」

結晶を持つ手が人間の手ではなく、龍の手に変わってゆく。銀色の鱗で三本の指と鋭い爪。顔にも銀の鱗が現れ始めていた。
この結晶の恨みの強さを抑えるのに信様も必死なのだ。まだ力を取り戻していない私は無力なのは分かっている。
けれど、何もせず見ているのは嫌だった。危険と分かっていても私は龍の腕となった彼にそっと寄り添い、鱗に覆われた肌に触れた。

「陽子っ」
「何も言わないで。お願いです。私にも手伝わせてください。確かに私には何も残っていないけど…貴方の助けになりたい…」
「ありがとう」

鋭い鱗が手に突き刺さる。確かに痛いけれど、信様の苦しみに比べれば何ともない。
その様子を見ていた玲奈は怒りで顔を歪めて私に迫ってきた。

「気安く龍神様に触るんじゃないわよ!!私こそ龍神の妻に相応しいのよ!!呪われるのはアンタよ!!私じゃない!!!」
「玲奈…!!」

すると、玲奈の身体から大きな白い光の魂のようなモノが出てゆく。癒しの異能だ。白い光はすごい速さで私の身体へと戻ってゆく。

「い、いやぁ!!ダメ!だめぇ!!この異能(ちから)は私のモノなのよぉ?!!」

異能には意思があるとお母様は言っていたのを思い出す。まるで異能が私に"ただいま"と囁いている気がする。
身体に力が満ちてゆく。
黒い結晶にも異変が起こった。白い稲妻も混じり今にも信様の手元から離れてしまいそうだった。

「返して!!私が龍神の巫女なのに!!私は何も悪くないのにぃぃ!!!」

悲痛な面持ちで叫ぶ玲奈に黒い結晶に込められていた蛇神様の怨念の声が叫んだ。


《我の愛しい倅を殺した者の末裔よ!!!今度は貴様が失う番だ!!!!》


黒い結晶は蛇の姿へと変わり、一筋の閃光を放ちながら玲奈の顔に噛み付いた。蛇の体そのまま玲奈の顔に潜り込んでゆく。蛇神様の悲願である復讐が果たされた瞬間だった。

「ひぃ!!そんな!!いやぁーーー!!!私の顔が!身体が!!やめてぇ!!」

身体中が黒い蛇の鱗に似た痣に蝕まれてゆく。玲奈に痛みと幻聴が襲う。
お父様達と和正は怯えて動けずにその様子を見ているしかなかった。

「その呪いを解けるのは龍神の巫女だけだ。どうする?陽子?」

そんな信様に意地悪な質問をされるなんて。でも、もう答えは決まっている。

「陽子!!可愛い妹の為だ!早く呪いを解いてあげてくれ!!」
「突然離縁を迫ったのは謝る。玲奈のことも謝るから…!!」
「早く可愛い私の玲奈を助けてぇ!!!」
「お姉様!!早くこの呪いを解いて!!!解いてよぉ!!」

私は哀れな家族だった人達の身勝手な言葉を聞きながら一呼吸置いて答えた。

「お断りします。私は貴方達のことを許すつもりはありません」

きっぱりと断った私に信様は「流石、僕の強くて可愛い花嫁だ」と嬉しそうに呟いた。
目の前にいる悲鳴を上げて項垂れる人達なんか忘れて私は隣にいる神様と幸せになる。
騒然とした会場で強い絆で結ばれたのは私と信様だけ。

「あ、それとコレは返してもらうよ。コレは陽子の物だ」

信様が玲奈の髪にささっていた形見の簪を抜き取る。

「それはぁ…!!」
「これは陽子の物だと何度言えば分かる?呪いで頭がおかしくなったのかもな」

信様はそっと私の手に簪を渡してくれた。

「ありがとうございます…」

二度と戻ってこないと思っていた大事な形見。
けれど、再び信様の助けによってお母様の紅珊瑚の簪は再び私の元へ帰ってきたのだった。
あの騒動から一年が経った。
玲奈達は、伝説を捻じ曲げた事、私から巫女の名と異能を奪った事とお母様を殺したという真実が知れ渡り村民の怒りを買い追放されたそうだ。
宮司の仕事も神社の権利も、玲奈達に楯突いたことで追放されていた和正のお父様のお兄様に譲渡されたそう。もう和正が宮司になることはないらしい。
村も元の姿を取り戻し始めている。
今まで癒しの異能の施しを受けれなかった人達にも行き渡るようになった。

ちなみにまだ玲奈の呪いを解くつもりはない。心の底から反省し、分け隔てなく人やあやかしを助けるような人になったら解いてやろうと考えている。

(あの性格じゃ無理ね)

きっと、私の見えない場所で生きている筈。私に対して恨み言を呟きながら。
けれど、もう私には関係ない。私の今の家族はこの素敵な屋敷にいる。



沢山桜が咲き誇るあの場所で信様と婚姻の儀を挙げている。
つららちゃんや紅葉くん、屋敷で働いてるあやかしに囲まれながら幸せな時を噛み締めていた。
赤い花柄の色打掛を着た私は桜色の花びらの雨を愛する夫共に眺める。

「信様。私、こんなに幸せでいいのかしら」
「いいに決まってる。もう苦しみなんかない。これからの陽子の人生は幸せだけだよ」
「それは信様も同じですわ」

玲奈に全てを奪われた時の私には想像できなかった未来。
愛する人に裏切られた離縁された私は、龍神という高貴な人に助けられ全てが変わった。
白鷺へと姿を変えずっと私のそばにいてくれた私の愛する人。

「愛しています。信様。ずっとそばにいさせてください」
「僕も愛してるよ。陽子。絶対に離したりしないから。僕の可愛い花嫁」

誓いを交わし私達は口付けをする。
私の髪にささっている紅珊瑚の簪が私達を祝福する様に桜と共に美しく輝いていた。

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