和正と離縁し、異能も失い、巫女でなくなった私に与えられたのは家の使用人。けれど使用人以下の扱いで酷いものだった。
今まで私の味方でいてくれた人間は全員暇に出され、周りにいるのは玲奈達に支える者ばかりになってしまった。
私が玲奈の姉であっても容赦はない。平気で殴ってくるし、罵倒してくる。
和正は玲奈とべったりで助けてくれることもない。寧ろ、私が虐げられている様子を面白がっている様に見える。
肝心の玲奈の龍神の巫女としての務めは、毎日の神社での祈りは最初はしっかり行っていたものの、今は彼女に似た者に押し付けて玲奈自身は和正にべったり。和正のお父様も内心呆れてしまっているが、異能を持つ龍神の巫女になってしまった以上口答えができなかった。
そして、予想通り、癒しの異能は位の高い人間にしか使われなくなった。
玲奈曰く「癒しの異能は下民には与えてはいけないものだと龍神様からお告げがきた。地位と富がある者にだけ与えよ」と言われたらしい。どう考えても嘘だ。
けれど、今の私では咎めることを許されない。少しでも玲奈の機嫌を損なう様なことを言えば彼女の取り巻きに酷い目に遭わされる。
病や怪我で苦しみ死至る者をただ傍観するしかできなかった。ほんの少しだけでも力が残っていたらと何度も何度も思い悔しかった。
苦しく辛い日々の中でもほんの少しだけ希望の光が残っていた。
それは、亡き母の形見である紅珊瑚の簪、そして、私を幼い頃から見守ってくれている不思議な白鷺だ。
その白鷺は私が生まれてすぐに現れる様になったと聞いている。
いつも私を慈しむ様な目で見つめて、母を亡くし悲しんでいる幼い私を慰める為に美しい花を届けてくれた不思議な白鷺。まるで守り神にも似た白鷺は私が龍神の巫女でなくなっても必ず現れてくれる。
白鷺の存在を煙たがってる玲奈寄りの使用人達は追い出そうとするけれどいつも返り討ちにあって怪我をしていた。
家にいる私の数少ない不思議な味方。
地獄のような環境でも僅かな希望のお陰で生き延びられている。死にたくなるような時もあるけれどまだ光は閉ざされてはいなかった。
だが、その僅かな光さえも玲奈は許さなかった。
「お姉様。その紅珊瑚の簪私にくださいな。前のお母様の形見なんでしょうけど、お姉様みたいな人には勿体ないわ」
玲奈に形見の紅珊瑚の簪の存在がバレてしまった。ずっと隠し持っていたのを取り巻きの一人に見られてしまったみたいだ。
私はこれだけは渡せないと拒否した。
けれど、お継母様と取り巻き達に乱暴されながら早く渡せと迫られた。お前にはそんな権限はない。玲奈に全て明け渡せと。
「この恩知らず!!捨てられたお前をここに置いといてあげてるのに!!!いいから早くその簪を玲奈に渡しなさい!!!」
「奥様の言う通りにするんだよ!!!のろま!!!」
私は必死に簪を握って渡さないと首を振る。
「これだけはダメなんです…!!許してください…!!」
「本当生意気な小娘ね!!この!!!」
何度も顔を叩かれたり、髪を引っ張られる。両頬が真っ赤に腫れているのが鏡を見なくても分かる。
どうしてもこの簪だけは渡したくなかった。お母様の大事な形見で唯一残った繋がり。だから死んでも渡せない。どんなに殴られる罵られようと。
すると、お継母様は取り巻きに何かを持ってこいと指示した。取り巻きが持ってきたものは鋏だった。
お継母様が私の髪を強く引っ張った。
「あんたが悪いんだよ?玲奈が欲しいって言ってるのに渡さないから。2度とその簪が使えないようにしてあげる」
「や、やめてください!!!お継母様!!」
「うるさい!!動くんじゃないよ!!!!
引っ張られていた髪が鋏で切られてゆく。
私がやめて欲しいと叫んでも私の髪を切る手を止めなかった。中には切り刻まれた髪が散乱していた。
涙を流しながら嫌がる私を嘲笑う笑い声が聞こえてくる。
最初は和正の為に伸ばしていた髪。
櫛で髪を梳かしてくれた時に黒曜石のように美しいと言ってくれてそれ以来ずっと伸ばして続けていた。嬉しそうに私の髪を触れている和正の優しい笑顔を見るのが私にとって何よりも幸せな時間だった。
今はもうその幸せな時間は消え失せた。優しかった夫も妹のモノになってしまった。残骸だけが床に散らばる。
ジョキジョキと髪を切る音が耳にこびりつく。
鳴り止んだ頃には私の髪は無惨なものになっていた。放心状態の私から取り巻きの一人が簪を奪い取った。
「最初から渡しちゃえば切られずに済んだのにね」
「あはは♪みっともない♪」
「陽子。全部貴女が引き起こした事なんだからいつまでもボーッとしてないで早く仕事に戻りなさい。いいわね?」
誰も私を慰めも謝るものもいない。
お継母様と取り巻き達は私を蔑みならその場を立ち去った。
形見の簪を奪われた私に残ったものは、切り刻まれ床に散乱した黒髪だけだった。
(こんなの酷すぎる…!!どうして私ばかり…!!)
ずっと死守していた簪は今頃お継母様が持っているのだろう。すぐに玲奈の手に渡る。
(返して…お母様の簪返して…)
悔しさと悲しさに押し潰された私はしばらくその場から動けなかった。早く仕事に戻れと言われても悲し過ぎてどうしようもなかった。
和正のそばにいられたらそれでよかった。だが、その想いも限界にきている。
もうこの家を出るべきなのかもしれない。だが、その先のことを考えると怖くなる。
弱い私は嫌でもここに留まり続けるしかないのだ。
その日の夜。ある二人の女中が白鷺に襲われ簪を紛失してしまう事件が起こる。
二人共龍神の巫女の玲奈の侍女だと言う。紅珊瑚の簪を彼女に届けようとしていた時に襲われたという。
本来は玲奈の母親が届ける予定だったものの、用事ができたからと代わりに届けてくれと侍女に頼んだそう。
一人は両目を潰され、もう一人は片目を潰され顔に深い傷を負い精神に異常をきたしているという。
玲奈に届けるはずだったの簪は事件の現場には落ちておらず、襲われた二人の血痕と無理矢理抜かれた髪の毛と破れた着物の破片が散乱しているだけだった。
玲奈の侍女が襲われて3日経った朝。
私の目の前にあの白鷺が私の枕元に現れた。嘴にはお母様の形見の簪が咥えられていた。
真っ白なはずの羽毛には赤い血が付いている。けれど、怪我をしている様子がないので白鷺自身の血ではないみたいだ。
驚いて飛び起きた私にそっと簪を返してくれた。
「これ貴方が取り戻してくれたの…?まさか私の為に…?」
私の言葉が分かるのか白鷺はどこか嬉しそうに首を縦に振った。
私はあまりの嬉しさで思わず白鷺にそっと触れようとする。触れられた白鷺は怖がることも逃げようともしない。寧ろ、ずっと私に触れられることを望んでいたかの様に目を瞑っていた。
「ありがとう」
もう簪を挿せる髪はないけれど、これは私に残された唯一のお母様の生きた証。2度と奪われまいと私は簪を強く握った。
白鷺が首を伸ばし私の顔にそっと擦り寄る。羽毛が触れて少しくすぐったい。
すると、白鷺ゆっくりと嘴を開いた。
「もう少しの辛抱だ。必ずお前を迎えにゆく」
(え…?!)
「陽子。僕の可愛い花嫁」
突然聞こえてきた男の人の声に驚くと同時に、白鷺は私から離れ満足げに空へ羽ばたいていった。一本の白い羽が落ちている。
私はその羽を拾い上げ、白鷺が飛んでいった方向をじっと見つめる。
(どういうこと?私を迎えにって…花嫁ってまさか…)
どうしてずっとあの白鷺が私のそばにいてくれたのか分からないままだったが、あの声が教えてくれそうな気がしてならない。
私は、朝日を浴びながらその声を信じると心に誓うのだった。
今まで私の味方でいてくれた人間は全員暇に出され、周りにいるのは玲奈達に支える者ばかりになってしまった。
私が玲奈の姉であっても容赦はない。平気で殴ってくるし、罵倒してくる。
和正は玲奈とべったりで助けてくれることもない。寧ろ、私が虐げられている様子を面白がっている様に見える。
肝心の玲奈の龍神の巫女としての務めは、毎日の神社での祈りは最初はしっかり行っていたものの、今は彼女に似た者に押し付けて玲奈自身は和正にべったり。和正のお父様も内心呆れてしまっているが、異能を持つ龍神の巫女になってしまった以上口答えができなかった。
そして、予想通り、癒しの異能は位の高い人間にしか使われなくなった。
玲奈曰く「癒しの異能は下民には与えてはいけないものだと龍神様からお告げがきた。地位と富がある者にだけ与えよ」と言われたらしい。どう考えても嘘だ。
けれど、今の私では咎めることを許されない。少しでも玲奈の機嫌を損なう様なことを言えば彼女の取り巻きに酷い目に遭わされる。
病や怪我で苦しみ死至る者をただ傍観するしかできなかった。ほんの少しだけでも力が残っていたらと何度も何度も思い悔しかった。
苦しく辛い日々の中でもほんの少しだけ希望の光が残っていた。
それは、亡き母の形見である紅珊瑚の簪、そして、私を幼い頃から見守ってくれている不思議な白鷺だ。
その白鷺は私が生まれてすぐに現れる様になったと聞いている。
いつも私を慈しむ様な目で見つめて、母を亡くし悲しんでいる幼い私を慰める為に美しい花を届けてくれた不思議な白鷺。まるで守り神にも似た白鷺は私が龍神の巫女でなくなっても必ず現れてくれる。
白鷺の存在を煙たがってる玲奈寄りの使用人達は追い出そうとするけれどいつも返り討ちにあって怪我をしていた。
家にいる私の数少ない不思議な味方。
地獄のような環境でも僅かな希望のお陰で生き延びられている。死にたくなるような時もあるけれどまだ光は閉ざされてはいなかった。
だが、その僅かな光さえも玲奈は許さなかった。
「お姉様。その紅珊瑚の簪私にくださいな。前のお母様の形見なんでしょうけど、お姉様みたいな人には勿体ないわ」
玲奈に形見の紅珊瑚の簪の存在がバレてしまった。ずっと隠し持っていたのを取り巻きの一人に見られてしまったみたいだ。
私はこれだけは渡せないと拒否した。
けれど、お継母様と取り巻き達に乱暴されながら早く渡せと迫られた。お前にはそんな権限はない。玲奈に全て明け渡せと。
「この恩知らず!!捨てられたお前をここに置いといてあげてるのに!!!いいから早くその簪を玲奈に渡しなさい!!!」
「奥様の言う通りにするんだよ!!!のろま!!!」
私は必死に簪を握って渡さないと首を振る。
「これだけはダメなんです…!!許してください…!!」
「本当生意気な小娘ね!!この!!!」
何度も顔を叩かれたり、髪を引っ張られる。両頬が真っ赤に腫れているのが鏡を見なくても分かる。
どうしてもこの簪だけは渡したくなかった。お母様の大事な形見で唯一残った繋がり。だから死んでも渡せない。どんなに殴られる罵られようと。
すると、お継母様は取り巻きに何かを持ってこいと指示した。取り巻きが持ってきたものは鋏だった。
お継母様が私の髪を強く引っ張った。
「あんたが悪いんだよ?玲奈が欲しいって言ってるのに渡さないから。2度とその簪が使えないようにしてあげる」
「や、やめてください!!!お継母様!!」
「うるさい!!動くんじゃないよ!!!!
引っ張られていた髪が鋏で切られてゆく。
私がやめて欲しいと叫んでも私の髪を切る手を止めなかった。中には切り刻まれた髪が散乱していた。
涙を流しながら嫌がる私を嘲笑う笑い声が聞こえてくる。
最初は和正の為に伸ばしていた髪。
櫛で髪を梳かしてくれた時に黒曜石のように美しいと言ってくれてそれ以来ずっと伸ばして続けていた。嬉しそうに私の髪を触れている和正の優しい笑顔を見るのが私にとって何よりも幸せな時間だった。
今はもうその幸せな時間は消え失せた。優しかった夫も妹のモノになってしまった。残骸だけが床に散らばる。
ジョキジョキと髪を切る音が耳にこびりつく。
鳴り止んだ頃には私の髪は無惨なものになっていた。放心状態の私から取り巻きの一人が簪を奪い取った。
「最初から渡しちゃえば切られずに済んだのにね」
「あはは♪みっともない♪」
「陽子。全部貴女が引き起こした事なんだからいつまでもボーッとしてないで早く仕事に戻りなさい。いいわね?」
誰も私を慰めも謝るものもいない。
お継母様と取り巻き達は私を蔑みならその場を立ち去った。
形見の簪を奪われた私に残ったものは、切り刻まれ床に散乱した黒髪だけだった。
(こんなの酷すぎる…!!どうして私ばかり…!!)
ずっと死守していた簪は今頃お継母様が持っているのだろう。すぐに玲奈の手に渡る。
(返して…お母様の簪返して…)
悔しさと悲しさに押し潰された私はしばらくその場から動けなかった。早く仕事に戻れと言われても悲し過ぎてどうしようもなかった。
和正のそばにいられたらそれでよかった。だが、その想いも限界にきている。
もうこの家を出るべきなのかもしれない。だが、その先のことを考えると怖くなる。
弱い私は嫌でもここに留まり続けるしかないのだ。
その日の夜。ある二人の女中が白鷺に襲われ簪を紛失してしまう事件が起こる。
二人共龍神の巫女の玲奈の侍女だと言う。紅珊瑚の簪を彼女に届けようとしていた時に襲われたという。
本来は玲奈の母親が届ける予定だったものの、用事ができたからと代わりに届けてくれと侍女に頼んだそう。
一人は両目を潰され、もう一人は片目を潰され顔に深い傷を負い精神に異常をきたしているという。
玲奈に届けるはずだったの簪は事件の現場には落ちておらず、襲われた二人の血痕と無理矢理抜かれた髪の毛と破れた着物の破片が散乱しているだけだった。
玲奈の侍女が襲われて3日経った朝。
私の目の前にあの白鷺が私の枕元に現れた。嘴にはお母様の形見の簪が咥えられていた。
真っ白なはずの羽毛には赤い血が付いている。けれど、怪我をしている様子がないので白鷺自身の血ではないみたいだ。
驚いて飛び起きた私にそっと簪を返してくれた。
「これ貴方が取り戻してくれたの…?まさか私の為に…?」
私の言葉が分かるのか白鷺はどこか嬉しそうに首を縦に振った。
私はあまりの嬉しさで思わず白鷺にそっと触れようとする。触れられた白鷺は怖がることも逃げようともしない。寧ろ、ずっと私に触れられることを望んでいたかの様に目を瞑っていた。
「ありがとう」
もう簪を挿せる髪はないけれど、これは私に残された唯一のお母様の生きた証。2度と奪われまいと私は簪を強く握った。
白鷺が首を伸ばし私の顔にそっと擦り寄る。羽毛が触れて少しくすぐったい。
すると、白鷺ゆっくりと嘴を開いた。
「もう少しの辛抱だ。必ずお前を迎えにゆく」
(え…?!)
「陽子。僕の可愛い花嫁」
突然聞こえてきた男の人の声に驚くと同時に、白鷺は私から離れ満足げに空へ羽ばたいていった。一本の白い羽が落ちている。
私はその羽を拾い上げ、白鷺が飛んでいった方向をじっと見つめる。
(どういうこと?私を迎えにって…花嫁ってまさか…)
どうしてずっとあの白鷺が私のそばにいてくれたのか分からないままだったが、あの声が教えてくれそうな気がしてならない。
私は、朝日を浴びながらその声を信じると心に誓うのだった。