基紀とは学生時代に知りあい、昨年結婚したばかりだ。交際期間を含めたら二十四歳の今まで八年の付き合いになる。
 彼を愛していたし、今でも愛している。
 昨日まで、基紀からの気持ちを疑ったことなど一度もなかった。
 見目も良く話も上手く女性にモテる基紀と違い、千花は凡庸だ。目だけはぱっちりしているが、鼻は低く、丸顔だからか童顔だと言われる。
 千花を可愛いと言ってくれるのは基紀くらいで、過去に告白してきたのも彼だけ。おとなしそうな見た目なのに、はきはきとものを言うところが好きだと基紀は言った。
 当時、こんなにかっこいい人が自分の恋人になるなんて、とそれはもう浮かれたものだ。

「仕事だって一緒なのに」
「それは……だから、申し訳ないと思ってる。もし千花が俺と一緒に働くのは無理だって言うなら……」
「なによ! 辞めればいいって!? あなたはそれでいいかもしれない! 社長だもんね。私をクビにするのもたやすいんでしょ!」
「……ちゃんと、慰謝料は払うよ」

 そういう問題じゃない、と千花は喉をひくりと震わせた。
 千花は基紀が経営するエステサロンでエステティシャンとして働いている。
 基紀とは、仕事とプライベートで顔を合わせていても、今までケンカ一つしたことがなかった。夫婦仲はかなりよかったはずだ。昨日だって眠る前におやすみのキスをしたのに。
 好きな食べ物、趣味、好きな服に至るまで知っている。互いには互いしかいないと思っていた。それこそ千花は基紀を〝運命の相手〟だと感じていたのだ。

(八年一緒にいて……突然出てきた〝運命の番〟だかに、奪われるの……っ!?)

 なんだそれは。冗談じゃない。
 千花は唇を噛みしめて、震える手をぎゅっと握りしめた。

(運命の番なんてものがいるなら、もっと早くに出てくればいいじゃない。あとからしゃしゃり出てきて、人の夫を奪うんじゃないわよ!)

 だってこれでは、自分たちが八年一緒にいたのは無駄だったではないか。彼がその運命の番と出会うために、今までがあったのだとでも言うつもりか。
 多くの人が番に出会うことなく、恋愛結婚している現在。番に出会う可能性はそれこそ天文学的な数字のはずだ。友人にだって番に出会った話など聞いたこともない。
 それなのに、どうして基紀の番が見つかってしまうのか。どうして自分がその番ではないのか。千花には意味がわからなかった。

「どうしても離婚したいの? 私よりもその人が大事?」
「運命の番に出会ったことのない千花にはわからないんだ。本当に申し訳ないと思ってる。千花のことを愛する気持ちはあるのに、どうにもならない。希美《のぞみ》に出会った瞬間、本能が彼女を求めていると感じた。眠るように、息を吸うように……ただ、希美だけを求めてしまう……っ!」

 基紀はまるで慟哭するようにそう言った。
 悲しいのはこちらなのに。どうにもならないことを嘆くように。