*
中学生となった私。制服に身を包んだ私。脚は綺麗で、胸は大きくスタイルの良い私。うん、
今日も私は可愛いな。
夏木愛は鏡の前でポージングを取っていた。
「行って来ます。づつう」
少し年季の感じる仮初の王子様を抱きかかえ、行って来ますのキスをする。
「このキスでづつうも大人の王子様に。なんてそんな物語みたいな事は起きないよね」
少女漫画の主役で無ければヒロインでもない、夏木愛はただの可愛い中学生なのだ。
「忘れ物は、無いね!」
玄関に置かれた一足の靴を履き空の鳥籠から羽ばたく、なぜなら今日は入学式なのだから。
自転車へと跨るも中学校までの道のりは遠い、夏木愛は外の世界へと一歩踏み出した。
「はぁ…はぁ…坂道ヤバいてこれ、こんなの毎日続けてたら脚太くなるて」
一人でも続けているバレエ、自慢の美脚が大根足にならないか入学早々懸念材料は多い。
「あ~あもうだめだ~大根になる~!可愛い私には似付かないほどの大根になるんだ~」
正門付近の駐車場へと横切る車の群れ、なんと憎らしく怨めしい事だろう。恵まれた理解のある家族に育てられた「モノ」に対し悪態を付かずにはいられない。
「どうせ私よりブスな子供をそんな大切に育てなくても良いでしょうに」
上り坂を超え裏門の駐輪場に自転車を置く、正門付近では主役である可愛い我が子の写真を撮る為に奇特な親達が列をなす。寂びれた裏門とは大違いだ。
「たかが写真一枚撮るだけであんなにも並んで、バカらしい」
心が澱むも解決策は湧いてこない、人気のない裏門から一人教室へと沈んだ気持ちを運ぶ。
「う~ん…まぁ、誰も知らないよな」
元々知り合いの少ない私、中学校がマンモス校なのもあってか顔馴染みが一人も居ない。
「とりあえず今は顔を売るしかないか、隣の席は…あの子か」
たった今教室に入った子供が私の方へと歩いて来る。これから苦楽を共にする関係だ、先ずは言葉を交わせなくては話にならない。
「初めまして私は夏木愛、これから宜しくね。良かったら名前教えてくれる?」
「私はカナだよ。うん、こちらこそ三年間宜しくね?夏木さん」
隣の席に着くカナと言う子供、友達が一人も居ないハードモードの物語だけは回避しなくてはならない。狭い世界で生きる資格を得る以上、社交辞令は必要不可欠。人より少し訳アリな私は簡単には心を開かず気軽に他人を信頼しない性格なのだから。
「それでね、私小学校の時図書委員で」
「へぇ~」
「クラスは違うんだけどね?友達の青紫ちゃんって子とずっと二人でやってたの」
「ほぇ~」
「それでね、私少し訳アリでお母さん居ないんだ」
「あへぇ~」
無駄に話がなげぇ。
子供の舌が一度回り出したら止まらない、お喋り好きなカナの話を右から左へと聞き流す。相槌に塗れた談笑を終えた私達は、体育館へと導かれた。
部活案内、長い校長の話、鳴り響く拍手、耳障りなシャッター音。私の心が渦中に堕ちる。
「こんな『物』を有り難く撮影する親の神経が解らねぇな」
子供の物語を綴る為にわざわざ会社を休む。私が体験した事の無い無駄な行為に理解を示したくはない、普通に過ごした一日はなんの変化も無くそのまま幕が閉じていく。
夕焼けが差し込む静かな裏門。変わらぬ人並み、冷たい風。大人達から逆らうように、私はレールを外れ続ける。
「行きだけじゃなくて帰りもです、か。わざわざ休みまで取って難儀な物ですね」
一人卑屈になりながら駐輪場へ、新入生専用の駐輪場には少しだけ見慣れぬ変化があった。
「えっ、何この自転車。汚っ」
朝には無かった汚いゴミに苦笑いをしてしまう。入学式早々こんな自転車で通学しなければならない哀れで可哀想な子供は誰なのか、少しばかり気になってしまう自分が居る。
「あっ、愛ちゃんだ、愛ちゃんも一人なの?」
物珍しそうに「ゴミ」を眺めた私の視界に映る顔見知り。
「………カナちゃんだよね?『も』って事はカナちゃんも一人なの?」
「うん、そうだよ?話さなかったっけ、私父子家庭だからお父さん仕事で来れないんだ」
「へぇ、そうなんだ。可哀想だね」
この汚い自転車は子供の物か、思わず心の中で優劣を付け、見下す。
「愛ちゃんの家もご両親が忙しい、とか?」
「う~ん、まぁ。そんなもんかな」
両親は昔から私に興味や関心が無い、育児放棄と聞かれたらそうなのかもしれないがやりたい事は一通りやらせて貰っている為家族の会話が無くとも気にはならなかった。
「そうなんだ、なら私達『似たモノ』同士で良い友達になれるかもね」
「私はお母さん居るけどね、友達になろ?一緒に帰ろうよ」
少しは信頼出来る奴かもしれない、私より少しだけ劣った子供と二人寂びれた裏門を駆け抜ける。二人で行う会話のラリーは少しばかり風が暖かく、足は軽やかに動く気がしたのだった。
*
「づつうおはよう、今日は仮入部の日だよ?」
カナとの親睦も深めた中学生活は最初のイベント、青春の思い出作りが訪れる。
「なんの部活に入ろうかな、やっぱり身体を動かせる部活が良いな」
運動神経は誰にも負けない自信がある。身体を動かし、人から注目を浴びる事に興奮を覚えている私はとにかくチヤホヤされ、キャーキャー言われたい。
要するに私は、目立ちたがり屋の負けず嫌いなのだ。
「よ~し、今日も健気に自転車漕ぐぞ!体型維持大事、NOT大根足!」
陸上部に入れば自転車に乗らなくて済むだろうか、乙女の可能性は無限大だ。
「ねぇ愛ちゃん放課後って暇、もし暇だったら一緒に部活動見学しない?」
「ふえっ?良いよ。一緒に見ようね」
急な問い掛けに驚くも急ぎ表情を取り繕う、偽りの仮面を着けるのは慣れている。こうして放課後、二人の仮入部巡りが始まったのだった。
「先ずどの部活から見る?」
「う~ん、人気の部活は早い時間だと集中しているだろうし、水泳とかにする?」
「どうせなら全部の部活見たいしね!人が多い所を後回しにするのは賛成!」
仮入部の見学期間は二週間、私達の青春探しのタイムリミットだ。
「夏場に水泳って、贅沢だよねぇ」
「解る~でも冬場は寒そう」
一日が過ぎ。
「陸上部に入れば自転車通学が苦にならなくなるかね」
「え~ただでさえ通学で疲れるのに走るのなんて無理~」
一週間が過ぎ。
「私、吹奏楽部に憧れてるの~」
「えっ?カナって楽器吹けるの?」
「吹けないよ?憧れてるだけ」
「なにそれ、駄目じゃん!」
仮入部のタイムリミット、二週間目の最終日を迎える。
「う~ん、やっぱソフトテニスかなぁ」
「今の所だとそうだよね、ここが最後の部活かぁ」
校内の人気を二分するどちらかの部活には入部したい、私達は部室の門を叩いた。
「バレー部にだけは絶対に入らない!!」
「あっ、愛ちゃん大丈夫?」
私にはバレエの才能はあっても、バレーの才能は無かったのだ。
ボールの跡が付くほどに傷物となる私の頭、もしこれがサッカーなら何点取れたことだろう。心が折れ、傷モノの頭をぐしゃぐしゃと優しく撫でる。もうバレーボールは見たくない。
「バレー、向いてないのかもね」
「もう二度とやらない!」
泣き言を吐きながらソフトテニス部の門を叩く。明日から青春の物語が綴られ、私の人生に様々な思い出と言う栞が挟まるのだ。
「ねぇ愛ちゃん!」
「んぇ~?何?」
「一緒にダブルス!組もうね」
「別に良いよ?これからよろしくね」
人生で一度しか訪れない中学三年間、前を向き続ける私の辞書に不可能と言う文字は無い。
「ソフトテニス部に入るならお父さんに頼んでラケット買わないと」
不穏な言葉をカナが呟く。
「えっラケットって自分で買わなきゃいけないの?」
青春は一ページ目から躓き、私の辞書に不可能と言う文字が綴られる。
「ラケットかぁ、やっぱりお父さんに話すしかないのかなぁ…」
後ろ向きな言葉しか検索出来ない辞書、意気消沈し苦悶の表情を浮かべた私は、さぞ卑屈な顔をしているだろう。それほどまでに子供の私は大人のお父さんには逆らえないのだ。
「ただいまぁ」
重い足取りで帰宅すると玄関には一足の革靴が。お父さんの革靴、避けて通る事は出来ない。私は半ば諦めるかのように恐る恐る、晩酌中のお父さんに部活動の話を持ち掛けた。
「お父さん、今お話しの方宜しいでしょうか…」
「なんだ、今必要な話か」
会話の主導権はお父さん、夏木家はお父さんで成り立っている。
「はい、部活動の話がしたくて。ソフトテニス部に入りたいんです。それで、その…」
言葉が途切れ途切れになる、緊迫した空気が私の身体を重苦しく包む。
「ラケットを買いたいので、お金を出して貰えないでしょうか」
続く沈黙。心が澱み、キリキリと締め付けられる。お父さんは私を見下ろしたまま動かない。何分経っただろうか、長い静寂がようやく解けた。
「お前の人生においてソフトテニスは必要なのか?」
部活動一つでそこまで問い詰められるのか、負の感情が津波のように心の器から溢れていく。
「必要…です。交友関係を広げられる部活動は人生の財産となります」
耳触りの良い言葉を並べ印象を取り繕う、無駄を嫌うお父さんは私がマトモに生き、マトモに働き、マトモな結婚をする事を常々私に躾けて来た。私はお父さんが導いたレールの上を歩きながら、お父さんに生かされているのだ。
「勉学に支障は無いのか?」
「その点は問題ありません。両立させてみせます」
「夏木家の一人娘である以上、頭の悪い子供に育てるつもりは無い。間違っても障碍者や売女のような人の道を外れた人間にはならないように」
お父さんが求める夏木家の普通は良い高校に入学し、良い大学に入学し、良い会社へと就職する。社会の成功者であり強者のお父さんからしたら頭の悪い大卒以外の人間、そして障碍者や売女と言った弱者は生きる資格が無い社会の癌だとお父さんは考えている。
「私はお父さんの子供であり夏木家の一人娘です。社会の爪弾き、弱者にはなりません」
弱者を世界から排除する思考のお父さんは私が弱者になる事を許さない、お父さんが絶対的存在である夏木家は弱者の子供が強者の大人に逆らう事を許さない。
「…及第点だな、次はもう少し上手く纏めるように」
「はい、ご迷惑をお掛けしました」
お父さんに深々と頭を下げピリ付いた空気も終わりを迎える、財布から二万円を取り出し、私の目を見ず投げ付ける。
「これで足りるだろ」
「はい、ありがとうございました」
視界に小さく映る大人の背中。緊張からの緩和、づつうには聞いて欲しい事が山ほどある。
「あのね?づつう、今日はどの部活に入るか決めてね?…」
弱者二人が織り成す家族の会話は、共に深い眠りへと付くまで続けられたのであった。
*
「おっ!愛もラケット買ったんだ!」
「買うのに二時間もかかったけどね」
「えっ、何があったの!」
絶望的なまでに方向音痴な私はショッピングモールで二時間程彷徨っていた、ラケット一本買うだけでこの体たらくなど恥かしくて言える訳がない。
「まぁ、色々とあったんだよ」
カナと二人ラリーを交えて交わす会話、毎日練習したお陰かお互い形にはなってきた。
「私達、大分上手くなったよね」
「そうだね、ラリーも継続出来るようになったしさ」
始めは空振りばかりだったカナも、今では私に付いて来るまで成長した。
「このままいけば大会でも勝てちゃうんじゃない?三勝くらいさ!」
「三勝とまではいかなくてもまぁ一勝くらいはしたいね」
カナから飛んだラリーは、絶好のスマッシュボール。
「でも大会前に期末テストがあるよね、愛はちゃんと勉強してる?」
「えっ!?!?」
予想外からのスマッシュにスカッと空振る、これではラリーは中断だ。
「えーーーーーーーーーーっ!?」
どうしよう、入学してからピンチが私を襲い続ける。
「ヤバいヤバい、何か頼りになる『モノ』は」
目の前にいるではないか、偽りの仮面を装着し微笑みを浮かべる。
「ねぇ、カナって頭良い方?」
「多分良い方だと思うよ、なんで?」
「でかした子供!」心の中でガッツポーズを取った私は再びカナに微笑みかける。
「一緒に勉強、しよ?」
「えっ!?!?」
「今から!勉強会しよ?」
「えーーーーーーーーーーっ!?」
拒否権は与えない、会話のラリーも中断だ。教科書を持ちファーストフード店へ、期末テストに向けた駆け込み勉強が開幕する。
「ねぇ、愛ってどの科目が得意なの」
「私は数学と理科の理系科目だね、カナは」
「私は国語と英語の文系科目が得意だよ」
二人の得意科目が被っていない、不幸中の幸いだ。
「得意科目が被って無いのはラッキーだね、お互い苦手な所から潰していこうよ」
二人で進めるテスト勉強、カナの教え方が上手いのか苦手科目が潰れてくのは嬉しい誤算。
「カナって教え方上手いよね、先生より解りやすいよ」
「愛の飲み込みが早いだけだよ、先生なんて大げさな…」
突発的に行われた勉強会は私にとって大きなプラスとなる。
「今日は短い間だけど良い勉強会だったね」
「カナの教え方は為になるよ、またやりたいな」
「あっ、じゃあ連絡先交換しよ。愛って携帯持ってる?」
携帯電話、実績や成果を出していない間は先ず買って貰えないだろう。
「携帯まだ持ってないんだよね」
「そうなんだ、買ったら教えてねそれじゃあまた明日」
利便性を考えると携帯を持ちたいが私には所持する資格が無い、無駄を嫌うお父さんと交渉する為には切り札が必要な物なのだ。
「それじゃあづつう君この問題は解りますか、籠の中から同じ色のリンゴを取る確率は…」
カナから教わった人に教える勉強法、友達のいない夏木愛は仮初の王子様を抱えていた。
「傍から見たら痛い子なんだろうなぁ、私の部屋には誰も来ないから良いけどさ」
大人びた胸に挟まるづつうへ勉強を叩き込む、これで効果が無かったら私は滑稽なピエロだ。人を容易く信頼できないこの身体、疑心暗鬼の頭を抱える
「こんなんで成績が上がったら苦労しないけどなぁ。友達選び間違えたかぁ?」
己の見る目が無い事を怨みながらも期末テストを終えていく。
そしてテスト結果の返却日。
「うっっそだろ?…」
クラス順位は三位、学年順位は九位。苦手だった教科の底上げによる功績が大きかった。
「えっ、何これ。こんなの初めて」
ようするに私は天才だったのだ。
容姿端麗、頭脳明晰、才色兼備の私に対する周りからの評価はうなぎ登りとなる事だろう、己の優秀さに我ながら惚れ惚れしてしまう。
「ねぇねぇ、愛はクラス順位どうだった?私は六位だった!」
「カナのお陰で三位!私はずっとカナの事信頼してたからね、流石私の親友!」
多少信頼出来るカナは是が非でも傍に置いておきたい、携帯電話を得ると言う最重要課題を遂行する為にお父さんの躾を受けなければならない。
「あぁ、気乗りがしない。でもしかたないな、頑張ろう」
親友との約束を果たす為、私は鳥籠へと帰巣したのだった。
「お父さんが帰って来るまで色々済ませておかないと」
我が家の中心は全てお父さん、子供は大人に逆らえない、大人しく従う他ないのだ。
自分の用事を済ませた直後にチャイムが鳴る。心臓が高鳴り、私の足取りが自然と速くなる。
「お父さんお帰りなさい、今お時間よろしいでしょうか」
「お風呂が先だ。今必要でない話は後にしろと躾けている筈だ、無駄な事は言わせるな」
「はい。申し訳ございません」
ピリ付く空気、お父さんがお風呂から戻るまで大人しくキッチンで正座をし待機する。三十分程待っただろうか、お父さんに躾けられる資格を私は得た。
「改めてすみません。今お時間宜しいでしょうか」
「それは必要な話か?」
もし必要でない話をした場合私はどうなってしまうのか、想像するだけで澱み、怖い。
「はい、必要な話です。この前期末テストがあったのですが、クラスで三位を取りました」
「だからどうした、時間は有限なんだぞ。もっと無駄を省くように努めろと前にも躾けた筈だ」
「はい。ごめんなさい」
心が澱む。身体が重い。今すぐにでも逃げ出したい気持ちを抑え、懇願のテーブルに立つ。
「テスト期間でカナと言う親友と連絡する手段が無く不便でした、どうか携帯電話を買っては貰えないでしょうか」
実力主義で無駄を嫌うお父さん、今回は実力と成果は伴っている。
「それだけでは買えん、そのカナと言う子はどんな子だ」
お父さんが私の交友関係に興味を持つなど珍しい、今までとは違う詰め方に少し戸惑う。
「え~っと。カナは私と同じ部活で隣の…」
「そんな事は聴いていない」
お父さんが対話を阻む。
「お前にとってその子は友達として付き合う価値があるのか」
これは盲点だった。お父さんは最初から私の人生にカナは利用価値の有るモノ、その一点が重要だったのだ。動揺するも呼吸を整え、お父さんが望んでいるであろう弁論を述べる。
「カナのお陰で期末テストは三位を取れました、彼女は利用価値があります」
夏木家にとって人の繋がりは自分が強者になる為の手段であり、気軽に人を信頼する愚者は惨烈な物語を歩む弱者となると躾けられた。
「次回からは無駄な時間を取らせるな、携帯電話は土曜日にでもお母さんと買いに行きなさい」
「はい、ありがとうございます」
躾を終えた「者」の視界に「物」はもう映らない、深々と頭を下げ一人自室へと籠る。仕事を終えたご褒美、づつうに話を聴いて貰う為だ。
「ねぇづつう、今日は頑張ったんだよ。テストの成績が良くてね?」
家族の会話は、二人が寝るまで無駄話をし続けたのだった。
「ねぇ愛携帯買った?あの日以降話聞かないからどうなったのかなぁって」
週明けの放課後、夕暮れの帰り道でカナが投げ掛ける。
「え~っとね、じゃ~ん。一昨日買って貰ったばっかりなの!」
お母さんに導かれた携帯ショップ、買った物の未だに使いこなせていない。
「おっ、じゃあちょっと公園寄ってこ。色々設定したり連絡先交換したいしさ」
「マジ?助かる~」
片親だからか携帯は扱い慣れている、そんな邪推をしながらもカナの連絡先が綴られた。
「これで何時でも呼び出せるし、繋がれるね」
「おおぉ、って呼び出し。休日大会の練習するって事」
「そうだよ!今週大会だから最後の追い込みかけないと。待ち合わせ場所は…」
「も~解ったよ!それこそ携帯で聴くよ。それじゃあまた後日」
カナとの練習、バレエとテニスの両立は大変ではあるが私の物語は充実感に満ち溢れている。
「後は話を聴いてくれる王子様さえ居たらなぁ」
づつうを抱き締め一人呟く私の視界に、遠い世界へと導く窓が大きく映った。
「携帯って誰かと繋がれるよね。私の王子様が何処か遠くの世界に居るのかな」
慣れない手付きで触る未知の世界、深淵の海へと落ちていく。
「チャットが出来るコミュニティーサイトってこんなに種類があるんだ、何処が良いのかな」
登録が必要なサイトから匿名でゲームも出来るサイト、気になりだしたら止まらない。
「どうせならゲームが出来る所とか無いかな、私ゲームとかした事無いし」
私が思い描く理想を詰め込んだサイト、そんなコミュニティーなどあるだろうか。
「あっ、こことか良さそう」
私が見つけたのはテーブルゲームで遊べるオンラインコミュニティー。ゲームも出来て雑談も可能なこのサイトは、私にとっての理想郷だった。
「初めまして、夏木愛です」っと、これで良いのかなぁ。
産まれて初めて夏木家と言う鳥籠から未知の世界へと飛び立った私は、とある一人の王子様と運命的な物語を綴る事となるのだった。