呪法奇伝ZERO・平安京異聞録~夕空晴れて明星は煌めき、遥かなる道程に月影は満ちゆく~

「――道が途絶えましたか……」

 晴明はそう言ってため息をつく。
 かの連続吸血殺人の、実行犯と目される在野の呪術師。それを追って社にたどり着いた時――、そこにあったのは切り殺され事切れた遺体だけであった。
 これでおそらく、とりあえずの間、連続吸血殺人は起こらなくなるであろう。しかし――、黒幕は結局放置されたままであり、いつ同じようなことが起こるとも限らない。
 これでは――問題は解決したとは言えず。――そして、それは黒幕にとっても思うつぼであろう。

「――これは、どういたしましょう? かつての連続殺人を模倣して殺人を犯すなどという大それたことを、そこらの術師が思いつくはずもなく。――おそらくは黒幕と、そして目的があるのは明白でしょうに」
「そうですね――、このまま狂った術師の犯行として事を収束させることも可能かもしれませんが――、間違いなく次は起こり……そして」
「そうなれば晴明様は――」

 源頼光の心配そうな言葉に、晴明は静かな笑顔で返す。
 すべてを知っているであろう実行犯が何者かに始末された――、それは黒幕による証拠隠滅である事は明白。――その黒幕がかの乾重延であったっとしても。

(証拠がない――か……)

 晴明はしばらく思案する。そして――結論を出した。

「道満――少々お手伝いをお願いできますか?」
「ふん? ――いまさら拙僧(おれ)にそれをことわるとは――、何か企んでおるな?」
「フフフ――、とりあえずは”解決”とするのですよ」
「――は、解決? これでしまいにすると?」

 道満の困惑の表情に、晴明は朗らかに笑う。

「ええ――、事件は解決いたしました。道満には宴の席を準備して頂こうと――」
「――、そうか」

 道満は目を細めて晴明を見る。その二人のやり取りを見て、源頼光は驚いた表情で言った。

「――な? このままいるであろう黒幕を放置なさると?」
「ええ――、探しても無駄ですから」
「それは――」

 頼光は驚き――そして晴明へ失望の視線を送る。それを笑顔で受け止めて、晴明はいたって気楽な様子で言ったのである。

「宴の席には、貴方も呼びましょう」
「いいえ――お断りいたす」

 頼光はただそう答えてため息をついた。


◆◇◆


 ――晴明殿にも……困ったものだ――。
 明らかに背後関係のある事件を適当に処理して――、解決祝いを開いているというではないか……。
 ――晴明殿は、見た目はアレだが、もう六十に近いはず。もう老いが始まっているのかもしれんな――。

「ふ――、なんともつまらぬ幕切れよ……。まさかあの晴明がこれほど愚かとは」

 乾重延は内裏に広がる噂にほくそ笑む。――もはやこれでは、かの晴明を重用してその言葉を聞き入れるものはいまい。
 これほど愚かなら、あれほど早急に証拠隠滅を図る必要もなかった。そう考える重延は、すでに晴明という存在を、どうでもいい木っ端であると見なしていた。
 もはや彼にとって晴明は眼中に入らぬものとなり――、そして、彼は次なる策謀を巡らし始めていた。

(クク……我が地位は安泰であるが――、我ならばもっとふさわしい地位があるはず――、あの兼家公すら我にとっては)

 それはあまりに大それた愚かしい考えではあるが――、彼はその自分の愚かさには気付くこともない。
 そして――それが彼にとっての致命傷となる。


◆◇◆


 晴明より事件解決の報があってから三日後、乾重延の邸宅に酒に酔った来訪者があった。

「よう!! 酒を持ってきたぞ!!」
「――」

 酒に酔って乱暴な口を乾重延に向けるのは蘆屋道満である。重延は眉を歪めて道満を睨みつけた。

「ははは――、事件解決のめでたい酒だ!! のめ!!」
「断る――早急に出ていくがいい」
「はは――そう言うな……。下の者の酒は不味くてのめんという意味か?」

 その道満のもの言いにさらに眉を歪める重延。

(ああ――、師も愚かなら弟子も愚かか――)

 あまりの事に怒りで顔を赤くする重延。早急に使用人を検非違使庁へと走らせた。

「はは――、楽しいな!!」

 酔っぱらって門前でくだをまく道満を――、最初に捕らえに来たのは検非違使ではなく晴明であった。

「こらこら――、このように人に迷惑をかけるものではありません」
「師よ――めでたいのになぜ酒を飲んではならぬというのだ?」
「いえいえ――酒なら我が邸宅で飲めばよいと――」
「は――めでたい事は多くの者と共有すべきであろう」

 道満は酒に酔いつつ重延の屋敷に上がり込んでいく。あまりの事に重延は唖然とし――晴明は慌てた様子で道満を追ったのである。

「こら貴様ら――我が屋敷に無断で上がり込むか?!」
「すみません――、本当にすみません」

 晴明はひたすら頭を下げ、道満を何とか抑え込もうとするが――。

「それど~~~ん!!」

 その声と共に思い切り投げ飛ばされる晴明。――なんとも無様に転がった。

「なんと乱暴な――、道満、お前は山の猿か……」
「なんだとウッキ~~~!!」

 晴明はあきれ顔でそう言い、道満は笑いながら重延の屋敷内を徘徊する。その様子に怒りが頂点に達した重延は、自室より刀を手にして道満へと取って返した。

「これほどまでに愚弄して――、ただで済むと思うな!!」
「はは!! 刀とは危ないぞ?」
「切って捨てる――!!」

 重延は文武両道――、幼いころより剣術を学び、それゆえに達人の域にまで達している。その鋭い剣線が道満に襲い掛かった。

 ――哀れ道満の首は胴と泣き別れに――、とはならなかった。

「ははは!! これはなかなかに鋭い太刀筋。まさしく人殺しの刃よな」

 そう言って道満は軽々と刃を避ける――、いやどちらかというと……。

「なぜ?! われは太刀筋を――間違えて……」
「はは――、当然であろう? 拙僧(おれ)が纏うは被甲斬避の呪よ――」
「な?! 呪だと?」

 道満は酔いの覚めた様子で重延に答える。

「ふむ――、剣士ならば”武器を選ばず”か――、或いは”武器にこだわる”性分であろうが、やはりこだわるほうであったか」
「あ――」

 自身の手にする刀を見て絶句する重延。

「匂うぞ? その刃より血の匂いが――、綺麗に消したのであろうが、その穢れまでは落ちることはない」
「く――何を言って」

 その重延の言葉に答えるのは晴明である。

「はは――、証拠隠滅……貴方ほどの方なら、実行者を”切った刀も始末する”のが普通だったでしょうが、相当油断していたようで――」
「あ――、まさか」

 その晴明の言葉にある予想に到達する重延。全ては晴明による――、

(――謀られたのか――。いつもなら徹底的に証拠を消すが――)

 重延は武器にこだわる剣士であったがゆえに、晴明に油断して―――刀を惜しんでしまった。

「く――」

 一瞬、憎々し気に晴明を見る重延であったが、さすがは策謀を得意とするだけはある。すぐにその表情を消して晴明に言った。

「何を訳の分からぬことを――、酒に酔って弟子を暴れさせた挙句に……妙な因縁すらつけるか」
「はあ――妙な因縁……ですか?」
「そうだ――、これはもはや話にならぬ。晴明は功を焦るあまりに、このような暴挙に出たのか」

 いたって冷静にそう答える重延。その様子に晴明は少々困った表情をした。
 その表情を見て重延はさらに畳みかける。

「すでに検非違使は呼んだ――、師弟共々捕らえてしかるべきところに訴えさせてもらう」
「はあ――それは……困った話です」

 晴明がそう力なく呟くと。そこにぞろぞろと兵を伴った源頼光が現れる。そして――、

「何の騒ぎだこれは――」

 それら検非違使とともに現れたのは、誰あろう賀茂光栄であった。
 それを見て重延は――心の中で”してやった”と考える。光栄は晴明を憎み、何かと追い落とそうとしている人物なのだ。

「これは光栄殿――、このありさまを見ていただきたい。晴明とその弟子が我が家で暴れた挙句に――この我にひどい因縁をつけてきたのだ」
「ほう――因縁とな? それはいかなる――」
「この刀で誰かを切ったとか、そのような――」
「――」

 光栄は黙って重延の手にする刀を見つめる。そして――、

「それならば調べてみなければな――、その刀を見せて……」
「あ――いや、その必要はない……。それこそが因縁だと――」

 光栄の言葉に慌てる重延。光栄は無表情で言った。

「見せられぬとおっしゃるのか? 重延様?」

 乾重延はここにきて、藪の蛇をついたことを理解する。あまりの事態にその思考が追い付いてはいなかった。
 ここにきて乾重延は油断を重ねて自身を追い込んでしまう。――その状況を覆すべく、源頼光へと顔を向けた。

「頼光殿――、とにかくこの愚か者どもを捕らえていただきたい」
「はあ――そうですね」

 頼光はいたって生真面目な顔で頷く。そして――、

「な――」

 それがひっ捕らえたのは重延であった。

「――何を? 頼光――」
「連続吸血殺人を首謀した疑いにより、捕縛いたします」
「馬鹿な――」

 あまりの事態に驚きを隠せない重延。それに向かって光栄は答えた。

「ああ――言っていなかったが。今回我々が来たのは晴明の訴えによるものだ。お前の使用人に呼ばれたのではない」
「な? なに?」

 それは要するに初めから仕組まれていたという事であり――、

「馬鹿な――、あの晴明の戯言を、光栄殿がまともに受け取るわけが――」
「そうだな――、当然ではある……が、」

 光栄はつまらぬといったふうにため息をついて話を続ける。

「事態が事態故に――晴明だけに任せるのではなく……、俺も独自で捜査をしていたのだ――」
「な?!」
「――三度の連続殺人――、まさかこの俺が鬼神によるものと、人によるものを見分けられぬと思ったのか?」
「それでは――初めから?」

 その言葉に”いや――”と呟く光栄。

「晴明なら容易く自分で解決するだろうと――そう思っておったが……。妙な方向に話が動いているようであったからな」
「く――、貴様ら……、兄弟子と弟弟子で共謀して、――我を追い落とす腹か――」
「は――」

 その重延の言葉に光栄は大きく笑った。

「まさか――この俺が晴明の手助けをすると? 馬鹿な――、愚かにも都の平安を脅かす、あまりに下らぬ策謀を考えた阿呆を、この手で捕らえねばならぬと考えたまで」

 ――なぜなら我らは……。

「そう――、平安を守護する事こそ使命ゆえに」

 光栄の言葉に、それを聞いていた晴明は静かに頷いた。

 ――こうして、乾重延は捕らえられ――、そしてその刀の刃より、実行犯であった術師を切り殺した証が呪を以て確認された。
 その検証は、安倍晴明――賀茂光栄――、その両者によって行われて、確実なものであると見なされた。
 こうして三度起こった連続吸血殺人は、一つの決着を迎えたのである。
「――師よ……、本当にいいのか?」
「何がです?」

 道満はあきれ顔でそう言い、晴明は朗らかに笑って答える。

「また宴を催すなど――、これでは、ただ馬鹿騒ぎをするだけの愚か者とみなされても仕方がないぞ?」
「ははは――事実ではないですか? 光栄も呼びましょうか――」
「怒り顔で断られるだろうが――」

 さすがの師の言葉に道満はため息をついて言った。

「それに――だ、結局、かの鬼神……茨木童子を逃した事実は変わらず……、師の地位はいまだ脅かされておるだろう?」
「はは――それこそ、かの”大江山の大将”に任せればよい話――、もう連続殺人は起こりませんよ」
「その――、鬼神どもへの謎の信頼はなんだ? 全く――」

 道満の言葉に晴明は笑う。――晴明は答えた。

「まあ――私も所詮、妖魔の血が流れていますし……」
「――……」

 最近、道満は晴明の出生の秘密を知り、――そして、自分とは”異父兄弟”の関係にあることを知っていた。
 ならば――こうして師弟関係となったのも、ある意味宿命なのだろうと納得を始めていた。

(ふん――、無論、いつか師に”参った!”を言わせてやるが)

 道満は心の中で笑う。それが――、兄弟への想いの宿る笑いである事は、彼自身気付いてはいない。
 ――さて、そうして晴明は弟子を促して宴の準備を始める。そこへと尋ねる者があった。

「晴明様――」
「おや? 頼光殿――」
「――父上より、酒の差し入れです」
「おお!! それは」

 頼光の言葉に晴明は嬉しそうに笑う。頼光の父である満仲と晴明は酒飲み友達であり――、深い交流があるのだ。

「いや――しかし、初め”事件を解決したものとする”と晴明様の口から聞いたときは――どうなるものかと」
「ははは――、頼光さまは素直でらっしゃるゆえに……、貴方に嘘をつかせるのは心苦しかったので」
「そうですか? ご心配して頂き有難いです」

 その二人にやり取りに道満は心の中で思う。

(――師よ、要するに頼光は”嘘をつけない”だろうから――、適当にごまかしただけだろう? ――心苦しいなど心にもないことを……)

 あきれ顔で見つめる道満の方を晴明は振り返って――、そして”秘密”というように口元に指を立てて笑った。

 こうして再び安倍晴明邸宅で楽し気な宴が催される。
 それを聞き及んだ内裏の者達は――、半ばあきれた様子で噂した。

 ――本当に晴明様も困ったものだ――。
 解決祝いなど――、そもそも多くの人が死んでおるのだぞ?
 不謹慎極まりない――、これは本当に――。

 内裏のその噂とは裏腹に、いたって楽し気に晴明は笑い遊ぶ。
 無論、その姿を仮のものであると――、見抜く者もいる。

(――フン。晴明――、分かっておるぞ? 人とは蔑む相手こそ大いに油断し弱点を晒す――)

 それを想うは賀茂光栄――。

(これは一つの策略――、陰陽師として優秀であると目されている者が、粗忽な阿呆であれば――、愚か者どもは与しやすいと勘違いする――。だからこそ――お前は、あれほどの力を持ちながら阿保を演じる……)

 光栄は――、それが気にいらない。
 ――ああ晴明――。

(お前ほどの男なら――、わが父より陰陽道のすべてを継承されることすら、ありうる話であったろうに――。それならば――俺も……、すべてを納得してお前に従っただろうに……)

 それは光栄の本当の想い――。

(お前は――父を偽り……。そして、中途半端にも暦道を俺が継承し――、陰陽道は二つに分かたれることとなった)

 だからこそ――彼は想う。

 ――俺は貴様を許さない――、我が”愛する兄弟子”よ――。――許すことはない。
 ――お前は生涯……この賀茂光栄の”怨敵”である。

 その想いは果てもなく――、その先に悲劇が起こることももはや決められている。
 ――その悲劇とは?

 蘆屋道満と安倍晴明――、彼らが笑いあい遊ぶ世にあって、それだけが黒い汚れとなって平安京を汚そうとしていた。


◆◇◆


 闇夜の森の中――、眠っていた蘆屋道満が目を覚ます。それを見て”使鬼である”百鬼丸が静かに声をかけた。

「――……」
「起こしてしまいましたか? 道満様――」
「いや――、昔の――美しい幻を見た……」
「幻――、夢にございますか?」

 道満は白髪(しらが)が増え――、半ば白髪(はくはつ)となったその髪を掻いて、そして自身の護法鬼神である百鬼丸を見た。
 その表情は、寂しそうでもあり、嬉しそうでもあり――、そして悲痛にも見えた。

「道満様――、その夢は……」

 百鬼丸はあることを口に出しだそうとし――、そして躊躇う。

「ふ――、気にすることはない……、もはや拙僧(おれ)は人の世を捨てたのだ」
「――道満様……」

 百鬼丸は悲しい目を道満に向ける。

「人である貴方が――人の世を捨てるなど……、そのような事、いくら我らのためとはいえ」
「――気にするな……百鬼丸。いや――お前は気にするか」

 大きな体を小さくした百鬼丸を見て、道満は優しい目をしながら彼女を見つめる。

「お前の父親は――、酒呑童子は”自らの宿命”に殉じ、そして晴明――、源頼光どもに討たれた」
「――」
「辛いのはお前のほうだ――、違うか? 百鬼丸――」
「しかし……」

 目に涙を浮かべながら答える百鬼丸を――、その頭を優しく撫でながら道満は言う。

「――はは、拙僧(おれ)は人を捨てて魔道に堕ちた、ただの破戒僧――、悪鬼羅刹よ……」
「道満様――」
「ゆえに――拙僧(おれ)には、人らしき心根など残ってはおらぬ」

 百鬼丸は心の中でその道満の言葉に答える。

(ああ――、人を捨てて魔道に堕ちた者の手が――、これほど温かいなどあろうはずがないのに)

 かつて――、”あの者”と道満は常に共にあった。
 その者と命を取り合う関係となり久しい道満の――その心はいかほどのものなのか? ――百鬼丸には推し量ることも出来ぬことであった。

 平安京での”あの戦い”より数日――、諸国を巡り妖魔王たちを尋ね歩く道満の旅路はいまだ先が見えない。
 道満の心の内には、人とその都に虐げられ苦しむ妖魔たちの――、その平安を守るための”都”を築く構想が出来上がっている。

 ――それもまた”平安を守護する者”の使命であると信じて。

 かの美しい日々は、はるか過去へと追いやられ――、もはや美しい幻として夢として見るばかり。
 道満の旅路は――まだ終わることはない。
 ――ああ、嫌になる。拙僧(おれ)の性格が恨めしい――。

 ガキン!

 とある樹木が生い茂った山の奥――、鋭い剣線が空を奔り、それを術式の光盾が防ぎ打ち砕いている。
 森の闇に紛れて相対し、殺し合う二人――、その相対する二人のうちの一人は誰あろう蘆屋道満である。
 そして――、

「フン――、なかなかやる――、だがここまでだ。道満――、悪しき妖魔に絆された愚かさを呪うがいい」
「――ち」

 道満は舌打ちしつつ術式を展開する。その光の盾は――、今は相手の太刀筋を防いではいる――が、

(相手は――相当な達人……、さすが腐っても頼光四天王――か)

 道満の術式の守りを相手の剣術は上回りつつある。そう――、今道満が相対している人物は――。

「悪しきを討ち、平安を都にもたらすは我らが使命――、それを邪魔する者は……かの晴明殿の弟子でもゆるさぬ」
「――ち、勝手な話を――、渡辺源次。アイツらの想いも……言葉も、まったく聞く気もない頑固者が――」
「妖魔は悪なり――、それが真実でありすべてだ――」

 その渡辺源次の言葉に、さらに顔を歪ませる道満。もはや彼には言葉は通じぬだろう。

「――は、真実だとか……てめえの思い込みはどうでもいい。こうなったからには、拙僧(おれ)が貴様を殴り飛ばして思い知らせる」
「出来るものか――、先の者達と私を同じにするな?」

 道満はその返しにただ黙って印を結ぶ。その戦いの決着の時は近かった。

 ――本当に拙僧(おれ)というヤツは、とっさに激情に奔る傾向がある。
 それがたとえ自分にとって最悪とも呼べる選択であっても――、拙僧(おれ)は感情に嘘をつくことはできない。
 だから今回も――、本当なら仲間である頼光と――その配下”頼光四天王”相手にやらかしているのだ。
 ――ああ、恨めしい……。でも――、

 蘆屋道満は、自分が救うと決めた二人を想う。だからこそ――、

 自身の性格を恨めしいと思いはすれど――、その選択だけは後悔すまい。

(すまぬ師よ――、もはや拙僧(おれ)は、平安京には帰れぬかもしれん)

 それは悲痛な決意。――はっきり言えば、彼らに対しそこまでする義理があるかというと――そうではない。
 ――でも彼は決めてしまった。彼らの想いを守るために命を懸ける決断をした。

 それは――、天元三年。道満が晴明の弟子となって三年の月日が経った時。
 蘆屋道満の未来を決める――、そして、後の全ての始まりとなる戦いが、ここに始まったのである。


◆◇◆


 天元三年――、道満の歳が二十に到達したこの年――道満は日課となった仕事を繰り返す日々を送っていた。
 晴明にもたらされる様々な依頼――、それを晴明に代わって解決していくのである。
 ここにきて――、道満は平安京の者達にもよく知られるようになっていた。何しろ――晴明に依頼すると必ず彼が来て問題を解決してくれるのだから。

「このままでいいのか? 師よ――」
「何がです?」
「――最近は、師より拙僧(おれ)に対して依頼をしてくる者も増えただろう?」

 それを聞いた晴明は朗らかに笑う。

「いい事ではないですか? ――道満が活躍すると私もうれしいですよ?」
「――ふう、師は――、本当に出世欲も何もないようだな。少しは危機感を感じたらどうだ?」
「――何の危機感ですか? 私には危機など迫ってはいませんが?」

 道満はただ呆れて師を見つめる。もう三年以上の付き合いになるが、いまいちこの人の本来の性格を理解することが出来ない。
 師はおそらく目的があってこのような事を続けているのだろう。それは薄々理解できてはいるが――。

(果たして――、このまま師の下にいてよいのか?)

 道満は――、最近の日常をつまらなく思い始めている。
 晴明に”参った”を言わせる野望もはるか遠く――、最近は現状に慣れてしまっている自分を感じている。

(ここらで――、自分の力を示す機会は訪れないか?)

 それで――、現状を打破し、晴明の縛から離れれば――、或いは自分なら、

「師よ――このままでは拙僧(おれ)に、すべてを追い抜かれるぞ?」

 そう言って晴明を見つめる。晴明と言えば――。

「無論――師を越えることを望んでいますとも」

 そう言って楽しげに笑ったのである。


◆◇◆


 ――……様、ああ――。
 ――。
 ――わかっております。これは……――。
 ――――。
 この身が滅びようとも私は――、ああ……様。

 平安京に一つの事件が起こった。それは婚姻を控えたとある貴族の姫が――、ある妖魔にさらわれたというのである。
 その妖魔は――、その貴族の私兵や検非違使すら退けて、悲鳴をあげる姫を攫って行った。
 その段になって時の朝廷は、その妖魔の討伐を行うよう勅を出し。――そして、その討伐に白羽の矢が立ったのが、清和源氏の若君――、
 現在は検非違使においてもそこそこの地位となっている、源頼光と――その直属の配下である”頼光四天王”であった。

 源頼光にしたがう四天王と呼ばれる人物たちは、いずれも一騎当千の強者ばかりであり――、その多彩な能力も評判であった。

 第一に――、
 渡辺源次は、平安京最高峰の剣術の使い手にして、純粋な剣術であれば頼光を越えるほどの実力者。
 第二に――、
 坂上季猛は、頼光のお目付け役にして、最高峰の弓術と――、恐ろしいまでの霊威の高さからくる対呪術耐性の持ち主。
 第三に――、
 荒太郎は、山岳信仰の術を習得し――、補助術においては右に出るものなしという人物にして、その杖術は岩をも砕くとされる。
 第四に――、
 金太郎は、最も若い四天王にして、動物の言葉を理解し、その怪力は比べるものなしと言われる快男児。

 彼らは、対妖魔戦闘のプロであり、平安京における最強戦力の一つでもあった。

 ――そして、慎重に慎重を期した朝廷は、さらにその彼らに支援をつけることにする。それは当然のごとく”安倍晴明”であり――、

 それゆえに、その討伐の旅には”蘆屋道満”が晴明の名代として同行する事となったのである。
 ――そして、それこそが、後の事態を招く――、”全ての始まり”となるのである。
「――栄念……、栄念法師よ」
「何ですかな? 大王……」
「それは誠の話なのか?」

 とある屋敷――、その暗い一室で大きな体躯の武者と、背の小さなぼろを着た法師が相対して話し合う。

「ええ――、確かに、朝廷よりの勅が――、討伐令が下りたようでして」
「――そうか、とうとうそこまでに至ったか」
「ええ――、かの行いは早急かつ強引であったことは否めませぬな」
「わかっている――」

 その武者の言葉に、顎の髭を撫でながら法師は呟く。

「その討伐令で動くのは――、かの平安京最強である源頼光と、その四天王であるようで――」
「それを退ける法は――」
「――直接の相対では……さすがの大王でも」

 その言葉に武者は眉を寄せて考え込む。

「――ああ、すべては……の為、だがこれでは――」
「大王――、もはや……」

 その法師の言葉に、武者は静かに頷いて答えた。

「わしは――あの……に全てをかけると誓った。ゆえに――何としても、討伐隊を返り討ちにする」
「――」

 法師は黙って武者を見つめた後、恭しく頭を下げた。

「承知いたしました。この栄念法師――、そのすべてを以て、大王に尽くしましょう」
「――」

 その法師を無表情で見つめる武者は――、その瞳は妖しく輝き……、明らかに人ならざる存在であることを示している。
 ――平安京の西に流れる桂川。その上流へと昇った先にある、特に詳しく知る者のいない霊山”三つ蛇岳”。
 そここそかの大妖怪――、
 甲虫魔王――、龍神をも喰らったと噂される大百足――、すなわち千脚大王(せんきゃくだいおう)の隠れ屋敷がある場所であった。


◆◇◆


「いやはや――、かの晴明様のお弟子様とこうして話が出来るのは、拙者にとって最大の幸福でございますな」
「は――、何を大げさな……」

 山岳宗教家の装束――要は修験者の姿の”荒太郎”が蘆屋道満の横に並んで楽しげに語り、それを軽く笑いながら道満は答える。
 その前を源頼光を先頭にして、渡辺源次――、金太郎――、そして坂上季猛と続いて霊山の山道をのぼっていく。
 道満と荒太郎は列の最後にいて、戦いに赴く者とは思えない会話をしていた。

「はは……謙遜をしなくてもよいではないですかな? 道満殿の噂は拙者沢山聞き及んでおりますぞ?」
「……ふ、どのような噂かは知らんが――、拙僧(おれ)にとってはどうでもいい事――」
「ははは――”満つれば欠ける”……、さすがは道満殿――噂に驕ることなく自分を貫いておられるのですな?」

 そう言って荒太郎は豪快に笑う――、それを、先に歩いていた渡辺源次が聞きとがめた。

「――荒太郎……いい加減口を噤め。もうそろそろ妖魔の領域に入るのだぞ?」
「――む、これは申し訳ない」

 源次の言葉に大げさに狼狽え頭を下げる荒太郎――、道摩にはこの男の一挙手一投足が見た目だけの演技に見えた。

(荒太郎――、姓名を”平貞光(たいらのさだみつ)”。霊山を信仰する修行者の術を操る術師。補助の術を専門とするそうだが――、自身でもその杖術で妖魔を屠ると言われている)

 言ってもこの男は頼光四天王とされる者。ならば――相当の使い手であることは明白であろう。
 蘆屋道満は慎重にかの男を見極めようとする。同じ仕事を供に行うなら、その実力を正しく理解しておく必要があるからである。

「――さて、この先の川筋を登っていくと、三つ蛇岳の山頂へと続いていくのですが――、そこにかの妖魔の隠れ屋敷があると言われております」
「季猛さん――、それ以外にわかった事は?」

 坂上季猛の言葉に、源頼光が答える。季猛は頷いて言葉を続ける。

「先に話している通り――、今回の討伐対象である妖魔は、”千脚大王”と自らを名乗っている大百足でございます。その源身の体躯は見上げるほどで、噂ではこの霊山を数巻き出来るほどだとされています」
「ふ――、噂とはだいたい大げさになるもの」

 渡辺源次は詰まらぬといったふうで答える。それに頷く季猛は――、

「そうですね――、でもここらにかつて住まわっていた龍神どもを、根こそぎ喰らって巨大な霊威を得たという噂もあり――、かなりの強敵であるといえます」
「――か!! そりゃ腕が鳴るぜ!!」

 金太郎がそう言って笑う。

「――しかし、その妖魔――、なぜ都に上り、なぜ姫を攫ったのかは未だに理解できない話であるようで――。姫を攫われた貴族……小倉直光(おぐらなおみつ)も喰らうために攫ったのだ!! ――と叫び狂うだけで……」
「いまいちわからぬと?」

 その頼光の疑問に季猛は頷きだけで答えた。――その時、源次は少し語気を強くして言う。

「は――、妖魔が人を攫う理由など……、考える必要などない。悪しき妖魔を滅し――姫を救うのが我らが使命なれば。下らぬ――あるかもわからぬ妖魔どもの心など――知る必要はない」

 その言葉に同行する四天王たちは小さく頷き。道満は一人だけ眉をひそめた。

(よくわからんが――、身内を茨木童子に殺されたとかで憤っておるのか? ――それだけではないようにも見えるが)

 妖魔への苛烈な憎悪を持つ渡辺源次。その心内を道満は見極めかねていた。

 ――さて、それからしばらく歩くと、森が鬱蒼と茂り――山道すらわかりにくく細くなっていく。その段になって不意に荒太郎が歩を止めたのである。

「どうした? 荒太郎――」

 先を行く頼光が言う。それを聞いた荒太郎は小さな声で答えた。

「――妖しい気配を感じまする――。道満殿?」
「ああ――今気づいた。これは――相当巧妙に隠された”妖気”よ――」

 その二人の言葉に、季猛がその背の弓を手にして周囲を警戒し始める。そして――、

「そこか!!」

 気合の声一閃――、その弓から放たれた矢が、森の奥深くへと飛んだ。

「――……」

 それを黙って見守りつつ警戒態勢に入る皆を尻目に、――道満は少し考え事をする。

(――拙僧(おれ)が気づかぬほど巧妙に隠された妖気――、霊格が高く荒ぶる妖魔がそんな細かな呪を用いるか? ――何やら嫌な予感がする……)

 道満の予感はある意味正解であったが――、今の彼らはそれを知る術がない。

 そして――、
 警戒する一同の動きを察したのか――、森の奥より一人の巨大な体躯の武者が現れたのである。

「――ふ……、奇襲は出来ぬか。一人の首ぐらいは欲しかったが……」

 そう静かに言う武者に向かって頼光が言葉を放った。

「――貴方は、その妖気――”千脚大王”ですね?」
「ならばどうする?」

 その武者の答えに、さらに警戒を強める一同。そして、その時、荒太郎は道満に向かって声をかけた。

「道満殿は、拙者たちの活躍を見ていてくだされ――、おぬしの手を煩わせる事もない」

 そう言って笑う荒太郎に、道満は何も答えずに頷いた。

(――さて、この嫌な感じは拙僧(おれ)の取り越し苦労か? ――それとも……)

 その道満の予測は――、最悪の形で現実のものとなる。
●金太郎(=坂田金時)/生没:956~1012

通称”金ちゃん”。源頼光にしたがい雑用をこなす使用人。
人間離れした怪力を有し、おそらくは俗にいう”異能者”であると思われる。
動物と会話する能を持ち、フィールドワークにおいては彼の右に出る者はいない。

●坂上季猛(=卜部季武)/生没:950~1022

弓術の名手たる源頼光の配下の一人。
正式には源頼光の父親の配下であり、源頼光のお目付け役として従っている。
かの征夷大将軍・坂上田村麻呂の子孫であり、その霊威を持ち極めて呪に対する耐性が高い対呪術能力を持つ。

●荒太郎(=碓井貞光)/生没:954~1021

山人(妖魔族の血を持つ人間)の末裔である源頼光の配下の一人。
呪術に長け陰陽道とは少し異なる術を操る。さらには杖術にもたけており、その一撃は岩をも砕くことが可能である。
源頼光配下の中で最も人間離れした人物であるが女好きで、さらに熱い湯につかるのが大好き。

●千脚大王/生没:不明

平安京の貴族・小倉直光の娘を攫った甲虫妖魔王。
その目的及び能力に関しては未知数であり、頼光四天王にとっては困難な戦いになると予想される。
近くに住まう竜神を悉く喰らったといわれており、その霊威はすさまじいものであるとされる。
その配下に人である法師を連れているようだが?
後の世で蘆屋道満の八大魔王となる者と同じ名前であるが?

●栄念法師/生没:不明
ぼろを身に着けた謎の法師。その能力――正体はすべて謎に包まれている。
そして、彼の存在を頼光達はいまだ知らない。
――その目的とは?
 霊山・三つ蛇岳の甲虫魔王”千脚大王”――。
 ――その体躯は一丈六尺あまりの巨体にて、その身に着けた鎧の各所より立ち上る妖気は、その場にいた頼光とその四天王を僅かながらひるませるほど。
 その威圧感に少し気圧されつつ、源頼光は鋭い瞳で叫んだ。

「――妖魔王・千脚大王よ――、平安京は、小倉直光さまの娘を攫い――、喰らおうなどと、非道なことを行うは許すわけにはいかない!! 疾く姫君を返すがいい!!」
「――……」

 その言葉を黙って聞く千脚大王――、さらに渡辺源次が続ける。

「多くの龍神を喰らい、それに驕った愚かな妖魔よ――、もはや貴様にはここに住まう資格はない。我らの手にかかって滅するがいい」
「――ふ」

 その言葉を聞いた千脚大王は――、

「ふははははははは……!!」

 不意に森全体に響く声で笑い出した。

「ふふ――」
「貴様――、何を笑うか」

 源次が笑う千脚大王を睨む。その目を軽く受け止めながら――、静かな声で答えた。

「ふふ――、わしは本当に幸運であるようだな……。あの者は――お前たちのように、わしの事を――」
「どういう意味だ?」

 その言葉に源頼光が疑問を返す。

「――お前たちは――、愚かすぎるという事だ……、いや人というものはたいていはそうであるか?」
「ふん――、我ら人が愚かだと? 悪しき妖魔がほざくな」

 源次は怒りの目で千脚大王を睨む。しかし――、もはや千脚大王はその声を聴かずに手にした二振りの大太刀を振りかざした。

「わしは幾体もの龍神を喰らった妖魔――、そして都の姫を攫って喰らう悪しき存在――、であるならば……、正義の武者とやらの相手をせねばならぬな」

 ――次の瞬間、千脚大王は森全体に響くほどの咆哮を上げる。かくして戦いは始まった。


◆◇◆


 源頼光は少し困惑した表情で、千脚大王から間合いを取る。それに向かって源次の檄が飛ぶ。

「悪しき妖魔の言葉をまともにとるな――、妖魔とは人を言葉で惑わすのだ」
「――わかっています、兄者――」

 後方へと下がる頼光とは反対に、妖魔に向かって高速で駆ける源次は――、その腰の刀を千脚大王の足に向かって振るった。

「は――、そのような刃など」
「――」

 笑う千脚大王に対し、ただそれを睨む源次――、その振るった刃は――、

 ザク!!

「ぬ?!」

 その重厚に見える妖魔の鎧に確かな切り傷をつけた。

「馬鹿な?! 人の刃が?」
「――は!! 当然であろうが!!」

 その千脚大王の驚きに答えるのは、杖を腰に構え片手を剣印にした荒太郎である。
 その剣印からは確かに霊力の輝きが見え、彼が呪を扱っているのが分かる。

「――ち、刃を強化しておったか」
「――当然です。我々が――、初戦とはいえ妖魔相手に侮ることはあり得ません」

 次に答えたのは坂上季猛。その手に弓矢を構え千脚大王を狙っている。

「――ちい、わしにも術の心得ぐらい――」

 次の瞬間、全身を覆う鎧から無数の針が生えて、それが周囲に向かって無差別に放たれる。
 それをまともに受けたのは、当然――。

「兄者!!」

 頼光の言葉に源次は――、針を全身に受けつつ笑った。

「――ふ、甲虫妖ならば金行の術を扱うは当然だな?」
「く――、被甲火身の法か?!」

 鎧に各所に刻まれた炎の印が、赤く光って針を瞬時に溶かしていく。

「だが――それも……そう何度も機能するわけでは……」
「ああそうだ――、だから……ここで決める」
「?!」

 不意に千脚大王の動きが停止する。なぜなら――、

「馬鹿な――このわしを――人ごときが……」

 それはいつの間にか背後に回り込んでいた金太郎の仕業である。
 金太郎は巨大な妖魔の体躯を両腕でつかんでその場で抑え込んだのである。

「ぐ――うご、けぬ?」
「いまだ!! 兄貴!!」

 その金太郎の言葉に反応するように季猛が矢を放つ。

「馬鹿な!! 味方がいるのだぞ?!」
「ふ――、私が金太郎に当てるわけがないでしょう?」

 その言葉は一寸も違わず、放たれた矢はその千脚大王の輝く瞳に突き刺さったのである。

「ああああああ――!!」

 さすがの妖魔王も悲鳴を上げる。その悲鳴を聞きつつ金太郎は、自身の筋肉を盛り上げて――、巨大な妖魔を空中へとほおり投げた。

「――とった!!」

 そこに後方より高速で奔る頼光――、そして――、

「悪しき妖魔よ――、その下らぬ命を終わらせるがいい――」

 二人の武者が落下して倒れ崩れる千脚大王へと迫る。そして――、

 ザク!!

 ――その妖魔の首が宙を舞った。

「よし!!」

 その光景に荒太郎は一人笑顔でこぶしを握る。かくして戦いは――、

「?」

 不意に倒れ伏し首を失った妖魔の全身から煙が吹き上がる。それは――、

「いかん!! それは薬煙だ!!」

 それまで黙って状況を見守っていた道満がそう叫ぶ。荒太郎はそれを聞いてすぐに理解した。

「まさか――、罠か?!」

 それは全く思いもよらぬこと――、先ほどまで戦っていた妖魔は……。

「くぐつか? あるいは式?」

 それは確かにその通りであったようで――、すでに妖魔の巨体はなく……ただ森に異様な匂いの煙が漂うばかりであった。

(――これは……、感覚を狂わせる薬煙? そこそこ珍しいものでもないが……)

 その匂いを嗅いだだけでその薬効から見抜く道満であったが――、それが何を目的としたものかまではわからなかった。

「致死毒――、ではない? どういうことだ?」
「わからん――、ある程度誰でも作れる薬ではあるが――」

 荒太郎の疑問に道満は難しい顔で答える。

「どちらにしろ――妖魔に諮られた事実は変わりありません。……解毒薬は?」
「残念ながら今は持ち合わせはない……。少し感覚を狂わせるだけのものだから――特に影響はないはず――」
「うむ――」

 道満の答えに少し考えた頼光は――、頷いて皆に言った。

「とりあえずは妖魔王の館を目指しましょう――。道中解毒薬の材料が見つかればよし――という事で」
「ああ――」

 頼光の言葉に頷く一同であるが――、道満だけは何か嫌な予感を感じて考え込んでいた。

(――この薬はとくに害はない――、それは確かであるが――。なんだ? なぜこのようなことを妖魔は……)

 ――そして、

(このような練丹法をあの妖魔が扱うのか? あるいは――)

 道満のその疑問の答えは、その後すぐに現実のものとなる。


◆◇◆


「――これで良かったのか? 栄念法師よ」
「はい――ご苦労様でした……大王」

 遥か森の向こうで腰を下ろす千脚大王――、その体には確かに刀傷があり。

「目は大丈夫で?」
「いや――もはや見えぬ」

 地面には折れた矢が落ち、それは先ほどの戦いにおける季猛のものであり――。

「ふ――、あれほどの武者たちとは……、さすがにこのわしであっても、一対一でない限り勝つことは出来ぬな」
「でしょうな――、だからこそ」

 栄念法師は道満たちがいるであろう、森の向こうを眺めながら印を結ぶ。

「――かの薬は我が術に奴らを落とすための”切っ掛け”後は――」

 森に法師の呪文が響く。

(――我が十八番”迷い森”の呪の味――、確かに味わっていただきたい)

 静かに法師は笑った。
「――嫌な予感というのは、当たるものだな」

 道満は、深い森の奥、ただ一人で佇み呟く。
 現在、共に妖魔王・千脚大王の館を目指していた頼光他は傍におらず、長い間同じところをぐるぐると歩き回り――迷っている状態である。
 道満はため息をついて呟いた。

「これは――、ほかの者も、拙僧(おれ)と同じ状態であろう」

 それは予想ではなく、明確な確信――。先ほどの戦いの最後に浴びた薬煙……。

(ふ――やってくれた。アレは我らにこの呪を仕掛けるための前提であったか)

 要は――、我々の心に通じる隙間を造り、そして森に仕掛けられた何らかの呪もって暗示をかけるのがこの罠の仕組みであり――。

(おそらくこれでは――、仮に抵抗のための呪を使っていても……)

 もはや、この呪は呪法というより、森全体に仕掛けられた”暗示”の罠。単純な耐性などでどうこうできるものではなく……。

(どうも妖しいと感じていたが――、おそらくはかの妖魔には”頭脳”がおるな――)

 こういった呪術は派手で強力無比な呪法とは趣が異なる系統であり――、その道の専門家でない限りここまでのものを扱えることはない。
 かの妖魔王がそれに長けているようには、――道満には思えなかった。

(――この罠の真髄は――、薬効を用い呪を介した精神暗示を相手に仕掛けるところにある)

 ――ならば、この森は別に巨大な迷路にでもなったというわけではなく、自分自身の感覚が狂っているから、迷ってしまっているだけで――。

(要は感覚に頼らねばよい――)

 道満はニヤリと笑うと、懐からヒトガタを取り出す。そして――、

「ふ――、とりあえずこれで」

 不意に道満の前に師である安倍晴明が現れる。

「ふふ――師よ……、どうか道案内をお願いいたすぞ?」

 迷い森の中心で一人笑う道満は、その目をしっかりと瞑り、その師の手に引かれて森を進んでいったのである。


◆◇◆


「ふふ――、皆、森で迷うておるようですな」
「そうか――、ならばここが潮時であろう」

 やっと戦場の準備は整った。迷い森に惑わされ――お互いに離れた位置にある頼光とその配下たち。これを各個撃破するなら今を置いて他にはない。

「――栄念法師よ……よくやったこれで……は」
「そうですな――、いくら一騎当千の強者揃いでも、一人ひとり相手をすれば――。これで――……様の”安全”は確保されまする」

 その言葉に千脚大王は深く頷く。

「栄念法師よ――このような事態、すまぬな……」
「はは――何をおっしゃる大王。……この栄念――、大王と出会えて幸運でありましたぞ?」
「初めはそうではなかった――か?」
「――まあ、そうですな……。どれだけ怖い思いをしたか」

 千脚大王の言葉に法師は朗らかに笑う。

「でも――その恐怖も何もかも……結局」

 ――と、不意に法師が真剣な表情に変わる。

「なんとした? 栄念法師よ――」
「まさか――そんな……。大王のお屋敷に一人迫る者が――」
「!!」

 その法師の言葉に驚きを隠せない千脚大王。

「く――、今が攻め時だというのに……これでは」
「――く」

 法師の言葉を聞いた千脚大王は、すぐに判断を下した。

「館に戻る――、姫を取り戻されるわけにはいかぬ」

 それは――、巧妙な罠で作った千載一遇のチャンスを自ら壊す行いであった。


◆◇◆


「――ほう? ここが?」

 森の奥に開けたところがあり、そこにかなり大きな屋敷がある。その周囲の壁は草が茂り半ば森と同化している。

「さて――、ここがかの妖魔王の屋敷――か?」

 そうして、その屋敷の周囲を眺めていると。不意に自分を見つめる視線に気づいた。

「む?」
「あ!」

 屋敷の門が少し開き――小さな瞳がのぞいている。それは確かに人の目であり――。

「おい――お前」
「――!!」

 その瞬間門が閉まる。道満は一息ため息をつくと、その扉へと歩み寄った。

「ふむ?」

 門には錠の類は見当たらない。そしておそらく閉め切られてもおらず――。

「ふ――」

 門に手で触れて押すと――、門は容易に開いた。

「ああ!!」

 その瞬間、女の悲鳴が土が擦れる音とともに響く――。道満は慎重に門の向こうを覗き見た。そこには――、

「ああ!! 見つかちゃった!! 父上の手のものか……」

 そこに地面に転がって悲鳴を上げるのは――、その歳十代前半と思われる娘であった。

「――」
「く――、まさか静寂(せいじゃく)様の留守に来るとは――何と卑怯な」
「おぬしは――」

 その場に座って喚き散らす娘に、道満は少々困惑した表情で言葉を返した。

「まさか――小倉直光殿の――、娘であるか?」
「は? だったらどうする?! 私は帰らぬぞ?!」

 その時――、道満の心にとてつもない嫌な予感が広がった。だから――慎重に言葉を選んで娘に向かって言った。

「――まさか……おぬしは妖魔王に――攫われてきたのではないのか?」
「――は!! 当然じゃ!! 私は静寂(せいじゃく)様の妻になるのだからな!!」

 ――それを聞いて……、道満は頭を抱えるほかなかったのである。
 小倉直光――、この男、狩りが趣味であった。
 その日、趣味の狩りをするべく、新たな狩場とされる三つ蛇岳のふもとにいた彼は、同行していた娘を狩りに集中するあまり迷子にさせてしまう。
 ――その姫は、馬からすら落馬し……、全身に傷を負って森を彷徨う羽目になり――、迷い歩く脚は霊山の奥へと向かっていた。

「――うう、父上……」

 涙を流しながら霊山を彷徨い歩く姫の前に、突然強大な体躯の鎧武者のような妖魔が現れる。姫はあまりの恐怖に小便を漏らしながら腰を抜かした。

「ああ――、食べないで……ください」
「――」
「どうか――私はおいしくないです」
「――ふむ」

 その妖魔は小さく頷くと娘に手を差し伸べる。恐る恐るその手を取った姫は――、

「あの――」
「その様子では――、妙な病気にかかるやもしれぬ……。わが屋敷に来るがいい」

 妖魔はその体躯に似合わぬ優しい声で言ったのである。


◆◇◆


 妖魔の屋敷にたどり着いて湯を貸してもらい――、衣服を着替えた姫は……妖魔に傷薬を塗られながら言う。

「あの――ありがとう……ございます。妖魔様――」
「いや――わしの名は”千脚大王”だ――」
「千脚? それは――」
「うむ――、これでも本体は大百足であるからな」
「む――百足!!」

 その言葉に小さく悲鳴を上げて後退る姫。その態度に少し言葉を小さくして妖魔は言った。

「――ふ、やはり――わしは恐ろしいか?」
「あ――ごめんなさい!! そうではないのです!! 私は――蟲が大の苦手で……」
「むう――、わしは蟲そのものだから……。要はわしを恐れておることに違いはあるいまい?」
「あ――」

 その妖魔の寂しそうな言葉に、姫は瞳に涙をためて言葉を返した。

「ごめんなさい!! 妖魔様!! ――助けてもらいながら……」
「いや――構わぬさ……。わしが勝手にしていることだ」
「――ごめん……なさい」

 震えながらそう涙する姫に、妖魔は優し気に言った。

「フフ――、気にするでない。このわしは人に恐れられることには慣れている。所詮は年経ただけの百足――、常に嫌われるものだ……」
「――そんな」

 姫は震えつつもその妖魔の手に触れる。その目には一杯涙をためていたが。

「怖いのなら――触れずとも好いぞ?」
「――いいえ、怖くありません!! 蟲は嫌いですが――、妖魔様は嫌いではありません!!」

 明らかにやせ我慢する姫を見て――、千脚大王は優しげに笑った。


◆◇◆


「わ――遥か果てを見渡せる!! すごい妖魔様!!」
「ふふ――そんなに動くと落ちるぞ?」

 姫は現在、千脚大王の肩に乗って霊山を降りている最中である。
 すでに姫は妖魔を蟲だと恐れることもなく、その頭に手を置いて楽しげに笑っている。

「――この景色……もっと見ていたい」
「それは――、そうもいかぬだろう? おぬしの父上が待っておる」
「――もう一度、ここを訪ねていい?」
「――」

 その姫の言葉に千脚大王は口ごもる。

「――それは――、無理であろうな……。この三つ蛇岳には”幾体もの龍神を喰らった恐ろしい大百足が住む”――と噂になっておる故」
「なぜ――そんなでたらめを?」
「――人とは……未知を恐れるものだ――。特にこのわしの体躯では」

 その言葉を聞いて、姫は少し考えて言った。

「妖魔様は――、変化は出来ないの?」
「む? 多少はできるが――」
「ならば――、人に化けて都へといらしてください――。きっと私は貴方に恩返しを致します」
「しかし――」

 そう口ごもる千脚大王に――、姫は楽しげに答えた。

「ならば――、人の姿にふさわしいお名前も考えないと――。そうですね――、とても静かな話し方をしますから”静寂(せいじゃく)”様――というのは?」
「静寂――」

 それを聞いて千脚大王のその瞳は小さく光る。

「どうです?」
「――とても、良い名だ――」

 心から楽し気な言葉を発する千脚大王――。こうして妖魔王・千脚大王は”静寂”となった。


◆◇◆


 姫が森に迷い――、そして父親に助けられて幾月が経った。その後より姫は、どこかしらの男と逢瀬を重ねるようになった。

「――一体どこの誰だ? 調べよ!!」

 小倉直光は怒り顔で配下の者に調べさせる。そして――、その逢瀬の相手が静寂という名であり、いつも都の外より姫のもとへと通っていることを知る。
 そのような何処の馬の骨ともわからぬ輩に姫を渡すわけには――、そう考えていた直光は、かねてから進めていた婚姻話を強引に進める。
 そして――あの日、

「父上――、なぜ話を聞いていただけないのです?!」
「は――、当然であろう? 貴様――どこの誰と会っておるのだ!!」
「それは――」
「嫁入り前でなんと破廉恥な――。このようなことが無きよう……お前は嫁に行かせる!!」
「そんな――」

 姫は涙を流し――、父は怒りに震える――。そんな時――、

「直光さま――、門前に――」
「なんだ?」

 配下の言葉に急いで門前に向かう直光。その直光の屋敷の門前に一人の男が跪いていた。
 その男は門に向かって言った。

「小倉直光様――、わしは姫と幾度か会っていた男でございます。どうかお話をいたしたく――」
「ふん? 貴様が破廉恥な馬鹿を行った男か!! 話だと?」
「わしは真剣に姫を想うております――。どうか姫との間を――」
「認めろと? 馬鹿を言うな!!」

 男の言葉に激しい叱責を返す直光。それでも男は頭を下げた。

「どうかこの通りでございます!! ――もはやわしは姫なしでは生きてはいけぬのです!!」
「しらんしらん!! 貴様のことなど知った事ではない!! 勝手に死ね!!」
「どうか――、どうか」

 ただ頭を下げる男の方へと歩み寄った直光は、――その男を足蹴にした。

「う――」
「は!! この破廉恥な愚か者が!! 死ね!! 死んでしまえ!!」
「く――」

 それでも男は無抵抗で足蹴にされる。それを見咎めて姫が走った。

「やめて!! 父上!! ――どうか静寂様を許して!!」
「は――知らん知らん!!」
「――父上!! こうなったら――」

 不意に姫は思いつめた表情になる。それを足蹴にされる男――静寂は見咎めた。

「姫――いけない!!」
「父上!! 聞いてください!!」

 姫は決意の表情で言う。それを見た直光は男を足蹴にするのを一瞬だけ辞める。そして――、

「父上――、私は――、私のお腹には」
「む? まさか――」

 それは直光にとって最悪ともいえる事実。

「静寂様の――ややが宿っております」
「な!!」

 あまりの事に目を見開く直光。そしてその目は一瞬で細くなった。

「この愚か者が!!」

 ――次の瞬間、その腰に差していた刀を直光は引き抜く。そして、それをこともあろうに姫に向かって振るった。

「姫!!」

 静寂の悲鳴が門前に響く。――血しぶきが飛んだ。

「あ――」

 いきなりの事態に意識を失う姫。それを見た静寂は――、

「貴様あああああああああああああああ!!」

 直光に向かって怒りの咆哮を上げたのである。
 その瞬間、変化が解けて巨大な体躯の武者へと変じる静寂。それを見て直光は腰を抜かした。

「娘を――、姫を切るとは――、貴様は――!!」

 怒りに我を忘れる静寂はその腕を直光へと伸ばした。その瞬間――直光は叫ぶ。

「ああ!! 妖魔だ!! こ奴妖魔だぞ!! ――我が娘は妖術で惑わされていたのか!!」
「ぬ――」

 その言葉に一瞬で静寂の怒りがさめた。

(――ああ、なんということ……、わしは結局――姫と父親の仲を壊して……)

 彼はただ心の中で姫との出会いを後悔する。ただ救って――、何もせず返し――そして二度と会わぬのが正解であったのだろう。

「――く、わしは……」

 その大きな体躯を小さくして項垂れる妖魔を見て、殺気立つ屋敷の兵たち――、そして直光も。

「早く術者や検非違使を呼べ――、この悪しき妖魔を殺すのだ!!」
「――」

 この事態に、もはや生きる意味を失った千脚大王は、その場に跪く。

(――ああ、姫――、わしはおぬしとの逢瀬を知ってしまった――。それがもはや失われるのならば――)

 ――自分が生きている意味はないだろう。

 妖魔の周囲を多くの兵が取り囲む。そして――、

「覚悟せよ!!」

 兵達の声が響いた。

(――ああ、楽しかった――、生まれてから――初めての想いを知った。それだけでわしは幸福せであった――)

 ただ姫を想って調伏を待つ妖魔に――、その耳に誰よりも知る声が聞こえた。

「だめええええええ!! 静寂様を殺さないで!!」

 それはかの姫――、並ぶ兵達を目前に、手を広げて千脚大王を守る。

「姫――、ダメだ――、それでは」
「静寂様――大丈夫です。私が守ります」
「――」

 あまりの事態にそれを見ていた直光が叫んだ。

「なんと愚かな――、完全に妖魔に取り込まれたか娘!!」
「父上――違います!! 私は――」
「妖魔の子をはらみ――、挙句にその心すら取り込まれたならば――」

 直光は自分の娘であったモノに冷たい目を向けた。その意味を察して千脚大王は立ち上がった。

「いけない!! 姫!! こちらに!!」
「はい!! 静寂様!!」

 その次の瞬間――、千脚大王はそのあまりにも巨大な源身――、大百足の正体を現した。

「あああああ!!」

 その姿に腰を抜かす直光。

「ああ――、三つ蛇岳の――大百足?!」
「――」

 その直光の言葉に答えることなく。姫を頭に乗せた大百足は、周囲の兵を蹴散らして都の門へと向かった。

「――姫……」
「は――はい」

 少し震える姫に、千脚大王は優しい言葉をかける。

「わしの姿は――恐ろしいか?」
「は――はい、私は蟲が嫌いですから――、本当に恐ろしくて腰が抜けそうです」
「そうか――、すまんな……わしがこのような化け物で――」
「いいえ――静寂様」

 その時、姫は確かに震える体で、目に涙をためながら”静寂”に向かって笑顔を向けた。

「蟲が怖くても――、その気持ち悪さはすぐに慣れます。そんな恐怖より――、私の静寂様への想いは強いのですから」
「ああ――姫」

 その言葉に静寂は――、生まれて初めての涙を流す。そして――、

 ――その妖魔王は――、姫を命を懸けて守ると誓ったのである。


 ――そして、時は現在へと戻る。
●千脚大王/生没:不明
平安京の貴族・小倉直光の娘を攫った甲虫妖魔王。
霊山の霊気に当てられて長く生き過ぎた百足が変化した存在。
とくに悪さなどはせず――、実際、龍神を喰らったなどという話は噂に過ぎない。
その姿があまりに恐ろしいために、人々に恐れられ尾ひれがつけられてしまったのが真実であった。
その霊山を根源とした各種術や――、その強力な甲殻を以て普通の人の攻撃は受け付けないが――、さすがに呪で強化された頼光四天王の攻撃には耐えられなかった。
人の娘に”静寂”と名付けられ、逢瀬を重ねるが――、それが原因となって今回の事態に至る。

●栄念法師/生没:不明
ぼろを身に着けた大王にしたがう法師。元は、三つ蛇岳に迷い込んでしまった旅の坊主。
練丹術を応用した方陣を扱うことに長けており、直接戦闘に関する術の持ち合わせはない。
森でケガをして困っていた所を、恐ろし気な千脚大王に救われた所は、姫と全く同じ境遇と言える。
ぶっちゃけ、裏のない人物であり、救ってくれた大王に恩返しするべく働いている。

●小倉直光/生没:不明
千脚大王が攫ったとされている姫の父親。狩りが好きで武術もたしなむ。
狩りに集中して娘を迷子にした挙句に、今回の事態を招くことになる貴族。
娘の事を自分の物であるという考えを持ち、思い通りにならない事態になると、自ら切り捨てようとすらした。
ハッキリ言ってしまうと、姫がこのまま平安京に帰った場合、彼の手によって始末される事になる。

●姫/生没:不明
千脚大王に救われてそれと想いを通じあわせた娘。天真爛漫で純真――、それでいて強い意志を持つ娘。
蟲が大嫌いで――、千脚大王の事も本気で恐れているが、それでも彼の事を好きである想いは変わらず、――そしてその身に彼の子を宿す。
妖魔の子を身ごもってしまったがゆえに――、父・直光にとっては切り捨てるべき対象となった。