信と弥吉、弥一が屋敷に着いたときには、すでに日が暮れ始めていた。
屋敷の門を開けた奉公人の男は、信に背負われた弥一の姿を見て、目を丸くした。
「や、弥一さん!?」
男は弥一と弥吉を交互に見る。
慌てて弥吉が事情を説明すると、男は驚きつつも三人を屋敷の中に通した。
「いやぁ、驚きました……。しかし、弥一さんがお元気そうで本当によかったです」
男は、三人を屋敷の部屋に案内しながら嬉しそうに弥一を振り返る。
信に背負われたままの弥一は、小さく苦笑した。
「まぁ、この通り……元気というわけではありませんが……。なんとかやっております」
「それでも、また顔が見られて嬉しいです。清さんも心配していましたよ」
男の言葉に、弥吉が何か思い出したように顔を上げた。
「そういえば、俺が屋敷を出るとき、清さんにひと声掛けようと思って探したんですが、見つからなくて……。今、清さんがどこにいるかわかりますか? 挨拶したくて」
弥吉がそう言うと、男は弥吉を見て少し困ったような顔をした。
「それが……俺も三日くらい前から見ていないんだ……。三日前に隆宗様にもどこにいるか聞かれたんだけど……。俺もそれから会えてないんだよ……」
「三日も?」
弥吉は目を丸くする。
乳母が三日も屋敷を空けたことなど、今まで一度もなかった。
「ああ……。それに隆宗様も……」
男はどこか暗い表情で目を伏せた。
「隆宗が……どうかしたんですか……?」
「あ、いや……。大したことじゃないんだけど、おまえが屋敷を出た後すぐに隆宗様も出かけて……それからずっと戻られていないんだ……。まぁ、隆宗様の場合、屋敷を出ることは珍しくないけど、誰にも行き先を伝えていないみたいで……。少し心配でな……」
「そう……なんですね……」
弥吉は静かに目を伏せた。
男は、信たちを部屋に通すと、弥吉を見た。
「弥吉も今日はこの部屋で休むといい。弥一さんと一緒がいいだろ? おまえの部屋だと少しと狭いと思うから」
「はい、ありがとうございます」
弥吉は深々と頭を下げた。
男は優しく微笑むと、弥一に視線を移した。
部屋の畳に腰を下ろした弥一は、男を見上げる。
「まもなく日が沈みますから、今日はもうこちらでお休みください。皿を作り直すにしても明るくなってからの方がいいでしょうから」
男の言葉に、弥一は微笑んだ。
「そうですね。お気遣いいただき、ありがとうございます」
男は嬉しそうに微笑むと、一礼して部屋から出ていった。
男を見送ると、信はすぐに動き出した。
「信さん、どこに行くの?」
襖を開けて出ていこうとする信を、弥吉が慌てて呼び止める。
「皿を作る小屋を見てくる」
信は少しだけ振り返ると、それだけ口にした。
「あ、それなら俺も……」
弥一が立ち上がろうとしたため、弥吉が慌てて弥一に駆け寄り肩を支える。
「いや、いい。少し見ておきたいだけだ。すぐ戻る」
信はそれだけ言うと、外に出てゆっくりと襖を閉めた。
「小屋の場所はわかるんだろうか……」
襖を見ながら、弥一が小さく呟いた。
「まぁ、信さんなら……大丈夫……かな」
弥吉は苦笑しながら、そう答えた。
部屋に残された二人は、顔を見合わせて小さく笑った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
信は屋敷の外に出ると、すぐに小屋にたどり着いた。
日は暮れ始めていたが、それでもまだ辺りは十分に明るかった。
信は小屋の戸に手を掛ける。
戸が開くと、生温かい空気とともに独特のかび臭さが広がった。
信はゆっくりと小屋の奥へと進んでいく。
小屋の片隅に、器を作るための道具がまとめて置いてあるのがわかった。
信はしゃがみ込むと、絵付けに使う筆の束を手に取った。
信は筆を見つめる。
長い間放置されていたはずなのに、筆にはホコリひとつついていなかった。
信はかすかに眉をひそめると、辺りを見回す。
器を作る道具が置かれている周辺以外は、ところどころホコリが積もっていた。
信がホコリのない場所を見ていると、棚で隠されている壁がほかよりも黒ずんでいるのに気づいた。
信は棚を少しずらし、黒ずんだ壁に顔を近づける。
かすかに血の臭いがした。
信は目を閉じ、ゆっくりと息を吐くと筆の束をもとに戻した。
目を開けた信は、静かに小屋の中を見て回った後、小屋の外に出た。
中の空気が淀んでいたため、外の空気が信には心地良く感じられた。
信は大きく息を吸い込み、静かに吐き出した。
そのとき、夕日に照らされて一瞬だけ何かが光った。
草に隠れていてわかりにくかったが、小屋の影に何かが落ちているようだった。
信はしゃがみ込むと、光ったものを手に取る。
それは南天の皿の欠片だった。
三つほどの欠片は、赤黒い血のようなものが点々とついていた。
信は三つの欠片を拾うと、ゆっくりと立ち上がる。
信は目を閉じ、もう一度息を吐くと二人が待つ部屋に戻っていった。
屋敷の門を開けた奉公人の男は、信に背負われた弥一の姿を見て、目を丸くした。
「や、弥一さん!?」
男は弥一と弥吉を交互に見る。
慌てて弥吉が事情を説明すると、男は驚きつつも三人を屋敷の中に通した。
「いやぁ、驚きました……。しかし、弥一さんがお元気そうで本当によかったです」
男は、三人を屋敷の部屋に案内しながら嬉しそうに弥一を振り返る。
信に背負われたままの弥一は、小さく苦笑した。
「まぁ、この通り……元気というわけではありませんが……。なんとかやっております」
「それでも、また顔が見られて嬉しいです。清さんも心配していましたよ」
男の言葉に、弥吉が何か思い出したように顔を上げた。
「そういえば、俺が屋敷を出るとき、清さんにひと声掛けようと思って探したんですが、見つからなくて……。今、清さんがどこにいるかわかりますか? 挨拶したくて」
弥吉がそう言うと、男は弥吉を見て少し困ったような顔をした。
「それが……俺も三日くらい前から見ていないんだ……。三日前に隆宗様にもどこにいるか聞かれたんだけど……。俺もそれから会えてないんだよ……」
「三日も?」
弥吉は目を丸くする。
乳母が三日も屋敷を空けたことなど、今まで一度もなかった。
「ああ……。それに隆宗様も……」
男はどこか暗い表情で目を伏せた。
「隆宗が……どうかしたんですか……?」
「あ、いや……。大したことじゃないんだけど、おまえが屋敷を出た後すぐに隆宗様も出かけて……それからずっと戻られていないんだ……。まぁ、隆宗様の場合、屋敷を出ることは珍しくないけど、誰にも行き先を伝えていないみたいで……。少し心配でな……」
「そう……なんですね……」
弥吉は静かに目を伏せた。
男は、信たちを部屋に通すと、弥吉を見た。
「弥吉も今日はこの部屋で休むといい。弥一さんと一緒がいいだろ? おまえの部屋だと少しと狭いと思うから」
「はい、ありがとうございます」
弥吉は深々と頭を下げた。
男は優しく微笑むと、弥一に視線を移した。
部屋の畳に腰を下ろした弥一は、男を見上げる。
「まもなく日が沈みますから、今日はもうこちらでお休みください。皿を作り直すにしても明るくなってからの方がいいでしょうから」
男の言葉に、弥一は微笑んだ。
「そうですね。お気遣いいただき、ありがとうございます」
男は嬉しそうに微笑むと、一礼して部屋から出ていった。
男を見送ると、信はすぐに動き出した。
「信さん、どこに行くの?」
襖を開けて出ていこうとする信を、弥吉が慌てて呼び止める。
「皿を作る小屋を見てくる」
信は少しだけ振り返ると、それだけ口にした。
「あ、それなら俺も……」
弥一が立ち上がろうとしたため、弥吉が慌てて弥一に駆け寄り肩を支える。
「いや、いい。少し見ておきたいだけだ。すぐ戻る」
信はそれだけ言うと、外に出てゆっくりと襖を閉めた。
「小屋の場所はわかるんだろうか……」
襖を見ながら、弥一が小さく呟いた。
「まぁ、信さんなら……大丈夫……かな」
弥吉は苦笑しながら、そう答えた。
部屋に残された二人は、顔を見合わせて小さく笑った。
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信は屋敷の外に出ると、すぐに小屋にたどり着いた。
日は暮れ始めていたが、それでもまだ辺りは十分に明るかった。
信は小屋の戸に手を掛ける。
戸が開くと、生温かい空気とともに独特のかび臭さが広がった。
信はゆっくりと小屋の奥へと進んでいく。
小屋の片隅に、器を作るための道具がまとめて置いてあるのがわかった。
信はしゃがみ込むと、絵付けに使う筆の束を手に取った。
信は筆を見つめる。
長い間放置されていたはずなのに、筆にはホコリひとつついていなかった。
信はかすかに眉をひそめると、辺りを見回す。
器を作る道具が置かれている周辺以外は、ところどころホコリが積もっていた。
信がホコリのない場所を見ていると、棚で隠されている壁がほかよりも黒ずんでいるのに気づいた。
信は棚を少しずらし、黒ずんだ壁に顔を近づける。
かすかに血の臭いがした。
信は目を閉じ、ゆっくりと息を吐くと筆の束をもとに戻した。
目を開けた信は、静かに小屋の中を見て回った後、小屋の外に出た。
中の空気が淀んでいたため、外の空気が信には心地良く感じられた。
信は大きく息を吸い込み、静かに吐き出した。
そのとき、夕日に照らされて一瞬だけ何かが光った。
草に隠れていてわかりにくかったが、小屋の影に何かが落ちているようだった。
信はしゃがみ込むと、光ったものを手に取る。
それは南天の皿の欠片だった。
三つほどの欠片は、赤黒い血のようなものが点々とついていた。
信は三つの欠片を拾うと、ゆっくりと立ち上がる。
信は目を閉じ、もう一度息を吐くと二人が待つ部屋に戻っていった。