「……というわけなんだけど……。これ、どうしたらいい?」
咲耶の部屋を訪れていた叡正は、扇屋で預かった羽織を見つめながら聞いた。
静かに叡正の話に耳を傾けていた咲耶は、目の前に置かれた羽織を手に取る。
「願い……か」
咲耶は羽織を両手で丁寧に広げた。
「願いがどういうことなのか俺にはわからなかったが、羽織の裾に入っている刺繍は桔梗の花だよな? それ以外の刺繍は何かわからなかったが……」
叡正は羽織の裾を見つめる。
刺繍は羽織の裾全体と、左右の胸元に小さいものがひとつずつ入っていた。
胸元の刺繍は何かの家紋のようだった。
咲耶は羽織を見つめたまま口を開く。
「ああ……そうだな。確かに願いだ……」
「え?」
叡正は咲耶を見つめる。
咲耶は羽織を見つめたままため息をつくと、丁寧に畳んでその場に置いた。
「まぁ、それは置いておいて……。どうするか、だな……」
「俺が届けてこようか? 芝居小屋に行けば、贈り物ってことで届けることはできるだろう?」
叡正は咲耶を見た。
咲耶は何か思案しているようだった。
「手紙で、山吹は心中なんかしていないとでも伝えるつもりか?」
咲耶はゆっくりと叡正に視線を向ける。
「ダメ……なのか……?」
叡正は咲耶の顔色を窺いながら聞いた。
咲耶は静かに首を横に振る。
「やめておけ……。扇屋で山吹は殺されたと言われたんだろう? この羽織を見れば、あえて手紙に書かなくても心中どころか自殺じゃないことはすぐにわかる。その後、どんな行動をとるかは……わかるだろう?」
叡正は目を丸くする。
「羽織を見ただけでそんなことまではわからないんじゃないか……?」
「いや、わかる……。それにこれだけ時間をかけた贈り物を渡す前に死なないだろう? 普通……」
「まぁ、確かに……」
叡正は畳まれた羽織を見つめた。
「じゃあ、どうするんだ?」
咲耶は顎に手を当てて何か考えているように視線を落とした。
「そうだな……。とりあえず、もう少し何かわかってからこの羽織は届けようと思う。それまでこれは私が預かっておくことにするよ」
咲耶は視線を上げると叡正を見た。
「……もう少しわかってから?」
叡正は咲耶を見つめ返した。
(まだ何か調べる気なのか……?)
咲耶は目を伏せた。
「わかるかどうかは別として、もう少しだけ調べてみるつもりだ」
「次は何をするんだ?」
咲耶は叡正を見た。
「心中相手だといわれている男の家を信に調べてもらう」
咲耶の答えは叡正の予想していた通りのものだった。
(やはり信か……)
叡正は少し考えた後、静かに口を開いた。
「俺も……一緒に行っていいか?」
咲耶の目がわずかに見開かれる。
「別にいいが……。おまえも気になるのか?」
咲耶が不思議そうに叡正に聞いた。
「ああ」
叡正は羽織に視線を落とした。
「願いが込められているなら、ちゃんと届けてやりたいと思って……。浮月って遊女が、雪之丞は相当傷ついてるみたいだったって言ってたし……」
咲耶はしばらく叡正を見つめた後、ゆっくりと目を伏せた。
「そうだな……。では、信にもそう話しておく。また手紙で知らせるから待っていてくれ」
咲耶はそう言うと叡正に微笑んだ。
「ああ、わかった」
叡正は頷くと、そっと羽織に触れる。
(願い……か)
「生きてるあいだに……伝えたかっただろうな……」
叡正は小さく呟いた。
紫の糸で描き出された桔梗の花は、黒い布地の上でただ美しく凛と咲いていた。
咲耶の部屋を訪れていた叡正は、扇屋で預かった羽織を見つめながら聞いた。
静かに叡正の話に耳を傾けていた咲耶は、目の前に置かれた羽織を手に取る。
「願い……か」
咲耶は羽織を両手で丁寧に広げた。
「願いがどういうことなのか俺にはわからなかったが、羽織の裾に入っている刺繍は桔梗の花だよな? それ以外の刺繍は何かわからなかったが……」
叡正は羽織の裾を見つめる。
刺繍は羽織の裾全体と、左右の胸元に小さいものがひとつずつ入っていた。
胸元の刺繍は何かの家紋のようだった。
咲耶は羽織を見つめたまま口を開く。
「ああ……そうだな。確かに願いだ……」
「え?」
叡正は咲耶を見つめる。
咲耶は羽織を見つめたままため息をつくと、丁寧に畳んでその場に置いた。
「まぁ、それは置いておいて……。どうするか、だな……」
「俺が届けてこようか? 芝居小屋に行けば、贈り物ってことで届けることはできるだろう?」
叡正は咲耶を見た。
咲耶は何か思案しているようだった。
「手紙で、山吹は心中なんかしていないとでも伝えるつもりか?」
咲耶はゆっくりと叡正に視線を向ける。
「ダメ……なのか……?」
叡正は咲耶の顔色を窺いながら聞いた。
咲耶は静かに首を横に振る。
「やめておけ……。扇屋で山吹は殺されたと言われたんだろう? この羽織を見れば、あえて手紙に書かなくても心中どころか自殺じゃないことはすぐにわかる。その後、どんな行動をとるかは……わかるだろう?」
叡正は目を丸くする。
「羽織を見ただけでそんなことまではわからないんじゃないか……?」
「いや、わかる……。それにこれだけ時間をかけた贈り物を渡す前に死なないだろう? 普通……」
「まぁ、確かに……」
叡正は畳まれた羽織を見つめた。
「じゃあ、どうするんだ?」
咲耶は顎に手を当てて何か考えているように視線を落とした。
「そうだな……。とりあえず、もう少し何かわかってからこの羽織は届けようと思う。それまでこれは私が預かっておくことにするよ」
咲耶は視線を上げると叡正を見た。
「……もう少しわかってから?」
叡正は咲耶を見つめ返した。
(まだ何か調べる気なのか……?)
咲耶は目を伏せた。
「わかるかどうかは別として、もう少しだけ調べてみるつもりだ」
「次は何をするんだ?」
咲耶は叡正を見た。
「心中相手だといわれている男の家を信に調べてもらう」
咲耶の答えは叡正の予想していた通りのものだった。
(やはり信か……)
叡正は少し考えた後、静かに口を開いた。
「俺も……一緒に行っていいか?」
咲耶の目がわずかに見開かれる。
「別にいいが……。おまえも気になるのか?」
咲耶が不思議そうに叡正に聞いた。
「ああ」
叡正は羽織に視線を落とした。
「願いが込められているなら、ちゃんと届けてやりたいと思って……。浮月って遊女が、雪之丞は相当傷ついてるみたいだったって言ってたし……」
咲耶はしばらく叡正を見つめた後、ゆっくりと目を伏せた。
「そうだな……。では、信にもそう話しておく。また手紙で知らせるから待っていてくれ」
咲耶はそう言うと叡正に微笑んだ。
「ああ、わかった」
叡正は頷くと、そっと羽織に触れる。
(願い……か)
「生きてるあいだに……伝えたかっただろうな……」
叡正は小さく呟いた。
紫の糸で描き出された桔梗の花は、黒い布地の上でただ美しく凛と咲いていた。