激しい耳鳴りの中、瑛士は震える手で耳を押さえながらよろよろと立ち上がる。

 あちこち煙が立ち上り、まるで戦場のような残骸散らばる空き地を見渡し、瑛士は首を振りながら呆然と立ち尽くした。

()るき満々……だったのか……」

 にこやかで誠実に見えたリーダーが、最初から自分をこうやって吹き飛ばすことを考えていたのだ。瑛士はこの裏切りに心が冷たく凍りつくような感覚を覚えた。命がけで助けようとしている人間に裏切られることは、レジスタンスの信念を根底から揺るがし、彼の魂に深い悲しみを刻んだ。

「だ、大丈夫……ですか?」

 絵梨が駆け寄ってきて申し訳なさそうに声をかけてくる。

 瑛士はゆっくりと振り返り、無表情で絵梨を一瞥した。

「……。あ、ありがとう」

 何とか声を絞り出した瑛士は深いため息をつき、ガックリとうなだれた。


         ◇


 一行は換気所からアクアラインの道路の下に作られた管理用通路に忍び込み、一路『風の塔』を目指した――――。

 シアンは暗い通路をスマホで照らしながら楽しそうに歩き、瑛士は絵梨の話を聞きながらついていく。

「もう、帰る場所も失ってしまったわ……」

 事の経緯を説明した絵梨はがっくりと肩を落とした。リーダーの言うことを聞かずにレジスタンスの肩を持ったことは、もうAI政府(ドミニオン)も把握しているはずであり、街に戻れば拘束、極刑だろう。

AI政府(ドミニオン)なんてこれから粉砕するから恐がんなくていいよ。きゃははは!」

 シアンはどこかから拾ってきた棒でカンカンと配管を叩きながら、陽気な調子で笑った。

「本当に……、倒せる……の?」

 絵梨は恐々聞いた。あの天にも届きそうな巨大な塔が倒れるなんて、とてもイメージが湧かなかったのだ。

「倒せると信じてれば倒せる。君には無理だね。きゃははは!」

 楽しそうに笑うシアンを、絵梨はものすごい目でにらんだ。

 健太に変なことを頼まれなければ、今頃一階級特進して美味しい物でも食べているはずだった。しかし、現実は命を狙われ、逃げるようにして寒い真っ暗な海底の通路を歩くしかない。絵梨は心が押しつぶされそうになる。

「大丈夫、シアンは今までミサイルから戦車まで全部吹っ飛ばして来たんだから」

 瑛士は打ちひしがれている絵梨の肩をポンポンと叩き、元気づける。

「は? 戦車を……? ミサイルをどこかから調達したってこと?」

 絵梨は信じられないという表情でシアンを見つめた。戦車は鋼鉄の塊。専用の特殊兵器でなければ倒すことはできない。しかし、この少女がそんな兵器を調達してうまく使いこなすイメージが湧かなかった。

「ノンノン! 兵器が無いと倒せないって思ってるからそういう発想になるのよ。僕は戦車を吹っ飛ばせると信じてるからね。信じてさえいれば現実化する。これが科学というものさ。きゃははは!」

 シアンは上機嫌にカンカンと配管を叩いた。

「信じるだけで吹っ飛ばす……、それのどこが科学なのよ! あなたいったい何者なの?」

 絵梨は眉間にしわを寄せながらシアンを指さした。

「あら? 健太くんに聞いたんじゃないの?」

 シアンはくるっと振り返るとドヤ顔で絵梨を見つめる。

「『この世界そのもの』って言ってたけど……、何で『世界』があなたなのよ!」

「ふふーん、じゃあキミは『世界』って何だと思ってるの?」

 シアンはいたずらっ子の笑みを浮かべ、上目遣いに絵梨を見つめた。

「せ、世界が何って……。この私たちが住んでいる場所……じゃないの?」

「場所が世界? じゃあ場所って何?」

「場所が何って、場所は場所よ! こことかあそことか……」

 テンパる絵梨を横目に瑛士が口を開いた。

「それは『僕らの住んでいるこの空間って何』って話? 大昔にビッグバンで大爆発して宇宙が生まれたんだよね。なら、ビッグバンで作られたのがこの世界っていう話かな?」

「ビッグバン……、138億年前に大爆発があってこの宇宙の全てが生まれた……。なかなかよくできた設定だよね。きゃははは!」

「せ、設定!? だって天文学者がたくさん観測してそういう結論に至ったんだろ?」

「くふふ、瑛士は138億年生きてるの? 宇宙の果てまで行った?」

 シアンは嬉しそうに、瑛士の張りのある若いほっぺたをツンツンとつついた。

「ちょ、ちょっと止めてよ……。直接見聞きしなくても原理を突き詰めて推測する。これが科学なんじゃないの?」

「ふーん、瑛士はそんな推測を信じちゃうんだ。きゃははは!」

「じゃあこの世界はどうやって生まれたんだよ!」

 瑛士は大きく手を開き、声を荒げた。

「ある日誰かがこの世界を作った……。そう言ったら信じる? くふふふ……」

 シアンはいたずらっ子の笑みを浮かべながら楽しそうに笑う。

「誰かが創った!? ほ、本気で言ってるの?」

「あら、138億年前に大爆発があって……、いつの間にかできてた地球で生命が生まれて……、進化していつの間にか人になる……。そんなナイーブなおとぎ話を信じてる方がどうかしてると思うけど?」

 シアンは肩をすくめ、首をかしげる。

「お、おとぎ話?」

 『おとぎ話』という一言に、瑛士は信じてきた科学の全てが否定されたようで、言葉を失い、震える手を握りしめた。