冷たい風が首筋に通るような爽快感が心を楽にした。
生きていくのが辛くなって、私は私に余命を告げたおかげ。
私の考えは親不孝だと思う。自分勝手だと分かってる。
それでも、我慢しなくても下を向かなくても、明日を待ち遠しくさせたのは、余命一年、次の誕生日に命を絶つ決断をしたから。
ようやく本当の私が開放された心地は誰にも理解できない。
誰が批判を言おうと、軽蔑な眼で見られようと私は気にしない。
人生はあと少しで終われると思うだけで、何も気にならなくなった。
高校生活最後の夏休み! と言っても三年の一学期から休学している。いわゆる不登校。母は私のリハビリがてら近所にある神社へ行くよう手配した。
回覧板と同じく、住民の交代で神社の管理をするのだけれど今は私が管理者を担ってしまった。
用事は単純な作業だった。
早朝に観音堂の扉を開けてお水とご飯をお供えして一旦帰宅。
次は夕闇に潜みながらお賽銭を回収し、観音堂の戸締りを終えたら帰路に着く感じで、滅多に人に遭遇する事はない。
なかったはずなのに!
今日に限ってお賽銭箱の横に人が座っている。
しかも頭を下げてるから顔が見えない。銀色の髪は短く肩が貧弱? 半袖でから枝が伸びているような男性。
長髪の女性だったら悲鳴を上げていたかもしれない。
街灯が付いた。
その人は顔を上げた。
「っあ、来た」
低い声だった。
「来た?」
街灯に照らされた青白い男性はまるで私を待っていたかのような言葉を振る舞った。
長い手足をふらふらと揺らしながら若い男性が近づいて来る。後退りする前に私の真上に立った。
誰なの、この人?
彼の片手が持ち上がる。降ろされる動きに躰が萎縮して眼をつぶった。
「酷いな俺はそんな人間じゃないから」
彼の手は私の頭に乗っていた。ぐしゃぐしゃと撫で回しては、ぽんぽんと。
「なななんですか? 触らない下さい」
「はあああ、そっか、そうだよな。こんな時間に待ち伏せして、急に触るとか下手したら捕まるよな」
「私を待ち伏せしていたのですか?」
変態な彼から距離を取った。
「ごめん、怖がらせてしまった。俺、今村 肇」
なぜか名前を聞いた事がある。
「今村さんって……前隣の?」
「そう、ご近所さん。俺は大学二年。部屋は二階の右側」
「そこまで訊いてませんから」
彼は乾いた笑を零してから、手首のゴムを指先に絡ませると垂れた前髪を結んだ。
「はっ初めまして」
何となく挨拶が出てしまった。
細い躰のわりに高身長の彼、今村さんは顔が整った、いわゆる美男子で、笑って崩した表情さえも表紙を飾れる顔立ち。
「近所でもさ、こうして引き止めない限り会話すら無かったよな。でも玲衣ちゃんの事を訊けば誰かしら知ってた。あの子は小さい頃から気配りさんでとか、大人しいけど話せば明るい子でとか、最近は家に引き篭もりがちでとか、ご近所さんあるあるだよな。個人情報の流出は」
それって私の事だよね?
「噂話のネタに私はなっていそうですね」
「違うよ。俺が君の事を知りたくて近所に訊いて回った。だからこうして会えたんだよ」
どうだって言わんばかりの満面な笑み私は引いていた。
名前を知られるのは仕方がないけれど、不登校の事実まで知られ渡っている。昔の私なら気にしたかな。今の私は、そっか。だけで済まされる。
「私に何か用でしたか?」
「うん、あるよ」
「何でしょうか?」
「今日から君に俺をあげる」
「へっえ?」
「遠慮なく使って」
ペンを貸すかのように人を物のように使う表現は私の中で上手くはまらなかった。
「よく分かりませんが要りません。では失礼します」
硬直する笑みの隣を抜けよとした時、私の手首が掴まれた。
「真面目に言ってるけどな。じゃさ、俺を使って君の残りの人生に花を咲かせてみてなよ。一年後だっけ? 君がこの世から消える日」
「なんで? なんでそれを……」
謎が謎を呼んでいる。誰にも言ってないのにどうして知っているの? 今日出会った人が!
「偶然だったんだ。二週間前にもここに来た。君が手を合わせた時の言葉を耳に入れてしまった」
「あぁ、はい」
いつかは分からないが、確かに言った記憶はある。
「あと一年だけ頑張って生きていきます」
「言いましたね」
「病気じゃなさそうだし、悩みを抱えている感じでもなかったし、でさ」
「それで私に興味が湧いて待ち伏せですか? 私の意思に誰も巻き込みたくありませので、同情とか寄り添いは要りません。むしろ迷惑です」
この場から去りたくてあえて強く言った。
捕まれていた手が開放された。
良かった。これで帰られる。
「同情ないけどな、嫌ならさ反対に俺が君を貰うよ。なら良いだろ? 俺、楽しい事がしたいんだよね。ねえ、一緒にやらない?」
「ですから」
我慢のがを堪えて振り向きなおした。
彼はまたしても不釣り合いな笑みを輝かせている。
「訊くけど、残りを神社の往復で終わらせる気? 地味じゃね? だったら羽目外すぐらいの謳歌しないと、せっかく生きてんだから勿体ねぇよ。それとも、そんな勇気ないとか?」
ムカつくーーなんなの。
急に現れたと思いきや弱味を握っていますみたいな顔を貼り付けるは、初対面で物扱いするは、絶対に私をからかってる。
眼前の釣り上がった口角に私は一歩前に出た。
「では一年です。私を使う有効期間は来年の夏まで」
あぁぁぁぁ。
やってしまった。言ってしまった。
たまに私の意思と正反対な意見を言ってしまう私がいるのよね。
「よっし、乗った。さっそく今から成約作りな」
「成約?」
生きていくのが辛くなって、私は私に余命を告げたおかげ。
私の考えは親不孝だと思う。自分勝手だと分かってる。
それでも、我慢しなくても下を向かなくても、明日を待ち遠しくさせたのは、余命一年、次の誕生日に命を絶つ決断をしたから。
ようやく本当の私が開放された心地は誰にも理解できない。
誰が批判を言おうと、軽蔑な眼で見られようと私は気にしない。
人生はあと少しで終われると思うだけで、何も気にならなくなった。
高校生活最後の夏休み! と言っても三年の一学期から休学している。いわゆる不登校。母は私のリハビリがてら近所にある神社へ行くよう手配した。
回覧板と同じく、住民の交代で神社の管理をするのだけれど今は私が管理者を担ってしまった。
用事は単純な作業だった。
早朝に観音堂の扉を開けてお水とご飯をお供えして一旦帰宅。
次は夕闇に潜みながらお賽銭を回収し、観音堂の戸締りを終えたら帰路に着く感じで、滅多に人に遭遇する事はない。
なかったはずなのに!
今日に限ってお賽銭箱の横に人が座っている。
しかも頭を下げてるから顔が見えない。銀色の髪は短く肩が貧弱? 半袖でから枝が伸びているような男性。
長髪の女性だったら悲鳴を上げていたかもしれない。
街灯が付いた。
その人は顔を上げた。
「っあ、来た」
低い声だった。
「来た?」
街灯に照らされた青白い男性はまるで私を待っていたかのような言葉を振る舞った。
長い手足をふらふらと揺らしながら若い男性が近づいて来る。後退りする前に私の真上に立った。
誰なの、この人?
彼の片手が持ち上がる。降ろされる動きに躰が萎縮して眼をつぶった。
「酷いな俺はそんな人間じゃないから」
彼の手は私の頭に乗っていた。ぐしゃぐしゃと撫で回しては、ぽんぽんと。
「なななんですか? 触らない下さい」
「はあああ、そっか、そうだよな。こんな時間に待ち伏せして、急に触るとか下手したら捕まるよな」
「私を待ち伏せしていたのですか?」
変態な彼から距離を取った。
「ごめん、怖がらせてしまった。俺、今村 肇」
なぜか名前を聞いた事がある。
「今村さんって……前隣の?」
「そう、ご近所さん。俺は大学二年。部屋は二階の右側」
「そこまで訊いてませんから」
彼は乾いた笑を零してから、手首のゴムを指先に絡ませると垂れた前髪を結んだ。
「はっ初めまして」
何となく挨拶が出てしまった。
細い躰のわりに高身長の彼、今村さんは顔が整った、いわゆる美男子で、笑って崩した表情さえも表紙を飾れる顔立ち。
「近所でもさ、こうして引き止めない限り会話すら無かったよな。でも玲衣ちゃんの事を訊けば誰かしら知ってた。あの子は小さい頃から気配りさんでとか、大人しいけど話せば明るい子でとか、最近は家に引き篭もりがちでとか、ご近所さんあるあるだよな。個人情報の流出は」
それって私の事だよね?
「噂話のネタに私はなっていそうですね」
「違うよ。俺が君の事を知りたくて近所に訊いて回った。だからこうして会えたんだよ」
どうだって言わんばかりの満面な笑み私は引いていた。
名前を知られるのは仕方がないけれど、不登校の事実まで知られ渡っている。昔の私なら気にしたかな。今の私は、そっか。だけで済まされる。
「私に何か用でしたか?」
「うん、あるよ」
「何でしょうか?」
「今日から君に俺をあげる」
「へっえ?」
「遠慮なく使って」
ペンを貸すかのように人を物のように使う表現は私の中で上手くはまらなかった。
「よく分かりませんが要りません。では失礼します」
硬直する笑みの隣を抜けよとした時、私の手首が掴まれた。
「真面目に言ってるけどな。じゃさ、俺を使って君の残りの人生に花を咲かせてみてなよ。一年後だっけ? 君がこの世から消える日」
「なんで? なんでそれを……」
謎が謎を呼んでいる。誰にも言ってないのにどうして知っているの? 今日出会った人が!
「偶然だったんだ。二週間前にもここに来た。君が手を合わせた時の言葉を耳に入れてしまった」
「あぁ、はい」
いつかは分からないが、確かに言った記憶はある。
「あと一年だけ頑張って生きていきます」
「言いましたね」
「病気じゃなさそうだし、悩みを抱えている感じでもなかったし、でさ」
「それで私に興味が湧いて待ち伏せですか? 私の意思に誰も巻き込みたくありませので、同情とか寄り添いは要りません。むしろ迷惑です」
この場から去りたくてあえて強く言った。
捕まれていた手が開放された。
良かった。これで帰られる。
「同情ないけどな、嫌ならさ反対に俺が君を貰うよ。なら良いだろ? 俺、楽しい事がしたいんだよね。ねえ、一緒にやらない?」
「ですから」
我慢のがを堪えて振り向きなおした。
彼はまたしても不釣り合いな笑みを輝かせている。
「訊くけど、残りを神社の往復で終わらせる気? 地味じゃね? だったら羽目外すぐらいの謳歌しないと、せっかく生きてんだから勿体ねぇよ。それとも、そんな勇気ないとか?」
ムカつくーーなんなの。
急に現れたと思いきや弱味を握っていますみたいな顔を貼り付けるは、初対面で物扱いするは、絶対に私をからかってる。
眼前の釣り上がった口角に私は一歩前に出た。
「では一年です。私を使う有効期間は来年の夏まで」
あぁぁぁぁ。
やってしまった。言ってしまった。
たまに私の意思と正反対な意見を言ってしまう私がいるのよね。
「よっし、乗った。さっそく今から成約作りな」
「成約?」