「さ、着いた」

彼について歩き、辿り着いた先。

「わぁ」

立ち並ぶ屋台の一角。その一つの店に、大量の面が売られていた。

「いらっしゃい」

声のした方へと視線を向ける。そこにいたのは、どこか妖艶な空気を纏った一人の女性。美しい(くれない)の着物を身に纏い、並んだ面の中央に、ゆったりと腰を下ろしていた。手にしているのは 煙管(きせる)だろうか、紫煙がふわりと漂っている。

「彼女に面を一つ」

青年、もとい狐さんが女性に声をかける。

「へぇ。新入りかい?」

話しかけられた女性はそう言って身を乗り出すと、私を値踏みするように上から下までじろりと眺めた。そして、直後、顔を(しか)める。

「……いや、ちょっと違うね。これはまた……。ふふっ。あんた、彼女をどうするつもりだい?」

「どうもしません。在るべき場所へ帰すだけです」

「ふぅん。どうだかね。まぁ、いいよ。私の知ったことじゃない。お嬢ちゃん」

「えっ、あ、はい」

突然こちらに話を振られ、私は思わずドキリとした。返事をした声がうわずっていて、じわりと恥ずかしさが込み上げる。

「ここじゃあ面は必須だ。うちのはどれも上等だから、安心して好きな物を選びな」

「あ、ありがとうございます」

ぎこちなく、しかし一先ずお礼の言葉を絞り出した私は、気を取り直して売られている面に目を向けた。犬、猫、狐、あれは狸だろうか。動物以外にもひょっとこや天狗なんかをモチーフにした物もあるようだ。

それぞれを手に取って見比べる。改めてそうして見ると、色、形、そして表情に一つとして同じものはなく、どれもが皆、何かしら見る者を惹きつける魅力を備えているのがよく分かった。

「どうしよう、悩むなぁ」

置かれた状況を忘れ、夢中になってあれこれ面を吟味していると、狐さんが横からそっと一つの面を差し出してきた。

「これなんかどうかな?」

それは、真っ白な兎の面だった。額から耳にかけて、桜色の可愛らしい花と水色の生き生きとした葉の模様が描かれている。

「かわいい」

「お兄さん、いい物選ぶねぇ。それ、上物だよ。お嬢ちゃんにも、お嬢ちゃんの浴衣にも似合いそうだ」

狐さんと、そしてお店の女性のお墨付きもあって、私は決めた。

「これにします」



*** ***



 受け取った兎の面をさっそく被る。面なんて身につけたことがなかったから、なんだかとても違和感がある。

「……あの、どうでしょう?」

上手く被れているのか、これで合っているのかよく分からなくて、狐さんに向かって私はおずおずと尋ねた。

「うん。よく似合ってる」

「……よかった」


 これで準備も整い、「さぁ、行こうか」というところで、どこかから誰かの啜り泣く様な声が聞こえてきた。自然と、私はあたりを探る。二、三度視線を巡らせたところで、ふらふらと人混みの間を彷徨う小さな背中に目が止まった。

「子ども……?」

まるで引き寄せられるかのように、気づけば私はその子の影を追っていた。

「あ、ちょっと待って」

制止する狐さんの声は、その時の私には届いていなかった。