二周目だけどディストピアはやっぱり予測不能…って怪物ルート!?マジですか…。


 こんな危険ばかりが目立つ世界になっては生産職なんて敬遠されがち。みんな我が身や大事な人を守るために戦う力を欲っした──前にそう述べたが。

 前世で生産職が育たなかった理由は他にもあった。

 その理由とは、チュートリアルダンジョンに大きな問題があった事だ。 

 生産職を志す人達、もしくは生産職に絶対に向いている人達にとってあのチュートリアルダンジョンの仕様は不利以外の何物でもなかった…いや、もはや鬼門であったと言ってもいい。

 なんせ生産系ジョブの獲得を決定付ける『技』魔力の試練が、単純明快なバトル形式でしかなかったのだから。

 あれでは戦闘向きの者しか好成績をおさめられない。そしてそんな者の殆んどは戦闘職を選ぶ。

 これでは生産職が育つはずがない。俺は、これもシステムの罠だったのではないかと睨んでいる。どういう理由かわからないが、生産職を増やさないようにわざとあんな仕様にしたのではないかと。

 だから、才蔵を気絶させてまでここに連れてきたのだ。チュートリアルダンジョンに挑戦させないために。 

 才蔵は異様に器用で発想も奇抜なやつだ。芸術性と実用性の両方を兼ね備える様々な逸品を独学で創造してしまえるという…誰が見てもハッキリと分かる特別な才能を持って生まれた。

 その才能を活かしてちゃんと生計も立てていたのだから、友ながら大したものだと思ってもいた。

 でもああ見えて才蔵は身内以外には自慢しない性格だからな。『引きこもりで生活力皆無な怠け者』と心ない事を言う者は当然、周囲にいた。

 でも実際の稼ぎはそいつらなんかよりずっと上だったはずだ。

 初めは趣味で自作したフィギュアをネットオークションに出す程度だったらしいが、その旺盛な創作意欲が高じて日用品を利用したオブジェや、ちょっとした発明品なども出品するようになり、それがまさかの高額落札。

 それが話題になるとステージアップ。内容が気に入れば依頼に添った作品も提供するようになり、それは依頼者が思った遥か上の出来映えであるとさらに評判となっていった。

 かといって依頼が殺到しても安請け合いはしないのが才蔵で、なのに気に入った仕事しか絶対に受けないその姿勢がさらに作品の希少性を高める事に。こうして才蔵は、金に糸目を付けないコレクター達にも興味を持たれる存在になっていった。

 そんな、嘘みたいなトントン拍子を経た結果、気付けば海外では『知る人ぞ知るマルチアーティスト』なんて噂される存在になっていった。国内でも噂されてはいたが、なんせ引きこもりだったからな。取材依頼のメールは全てNG、今も正体不明とされている。

 それが、俺の親友。

 造屋才蔵という男だ。

 さっき疑問をぶつけてきたのに答えてやれなかったのは、前世ではこの鬼怒恵町こそが、コイツが覚醒した場所だったからだ。


 …そして、こいつが全てを失ったのも、ここだった。


 俺は、その未来を覆したい。そして取り戻したい。俺の親友が掴むはずだった栄光を、その先にあるはずだった幸せも。

 それを台無しにしないために、俺は回帰者である事を秘密にしている。

 相手は親友とその親友がこの世で最も大事とする妹だ。本当なら俺の秘密を知られる事に否やなんてない。

 それでも今は秘密にしておくのは何故か。それは、俺が回帰者である事を白状すればコイツらはきっと未来を知りたがるからだ。

 でもそれを知ってしまえばおそらくだが、望む未来にはたどり着けない。それが分かっているから、黙っている。

 もどかしいが、前世と今世とのあまりな差異が、俺にそうさせた。

 何故なら、前世より早く通信が途絶えたのは…俺のせいだと思ってるからだ。チュートリアルダンジョンで見せた裏技の数々が原因ではないか…そう思っている。

 世界をこんなクソゲー仕様に変えた何者かが悪意溢れる存在で、その手法が強引である事はさっきも述べた通りだ。

 そいつがあの裏技が拡散される事を恐れて通信を封じたというのは、それほど間違った考えではないと思う。

 勿論考え過ぎだと思いたい。

 だが回帰者である俺にしか分からない事だから誰も気付いていないが、あまりに前世と変わり過ぎている。それも、俺が原因だと考えれば府に落ちるのだ。俺が考えもなく一石投じて生まれた波紋が、思わぬ連鎖を引き起こしてしまったのだと。

 実際、通信が早く途絶えたせいで何が起こっている?

 110番や119番まで使えなくなり、それは治安維持や防災の機能不全を世に知られる切っ掛けとなった。それは前世も同じだったが、なんと言ってもタイミングが悪過ぎだ。

 突如として閉じ込められ、得体の知れない力を授かるチュートリアルダンジョンが出現し、それにセットでモンスターまでが徘徊し始め、それら異変がテレビやネットによって世間の共通認識となる前に、通信が封じられてしまった。

 これはおそらく、有史以来人々が初めて経験するだろう無知と孤独だ。

 そこからくる混乱によって恐怖を加速させた人々が疑心暗鬼となるのは当然だったし、一部で悪意の方向へ加速させた者が『人狩り』を始めてしまったのだから、もう最悪だ。

 後は見ての通り。多くの人々が今まであった基準を放棄した。人とモンスターが入り乱れて見境なく殺し合う、そんな地獄絵図が展開された。あんなもの…今の段階で見る景色ではなかったはずだ。

 この予想外に危機感を覚えた俺が予定を早めて造屋兄妹を連れ出し、この鬼怒恵村へ来た事だってそうだ。タイミング的に早すぎたかもしれない。前世ではこの土地で見なかった餓鬼の群れとこうして遭遇してしまったのがその証拠で…まったく、、

 呪われてんのかと。

 そう思うくらい悉く裏目に出てしまっている。だから今、慎重になっている。これ以上拗れてしまわないよう今度こそ、上手くやらねばと。それに──

「あの人も、助けなきゃ。」

 大家さんや才蔵達だけではない。俺にはまだ助けたい人々がいる。そのためにもここへ来た。それを成すためにはやはり、俺が回帰者である事は秘密にしておく方がいい。

 …そうだ。

 俺は、助けたい。

 助けたいと思った全員を俺は、今度こそ、絶対に、助けたい。

 そうだ。今世では大家さんもいる。前世になかった助力がある。

 だから俺は決めているのだ。あえて欲張ろうと。


「今度こそ…」 
 

 なんとしたってやり遂げる。

 
 そう決意を新たにした時だった。


「なんじゃぁ?お主ら、」


 音や気配を消して突然、俺と並走する何者かが現れ、問うてきたのだ。

 普通なら驚く場面だ。

 でも俺はすぐに理解した。この人が『あの人』だとすぐに分かった。

 この…時代がかっているのに気の抜けた喋り方。

 そんな風でいて異常なほどの技量を有し、それは実戦でこそものを言う本格派にして超異端。


 俺の中の、世界最強。


 『鬼怒守義介(きぬもりぎすけ)』 その人であると。





 ──ピンポンピンポン

「おい!まだ生きておるか!いたら返事せい!」

 ──ドンドンドンッ!

 チャイムのボタンを押しながら、それでも足りないと玄関のドアを叩いて鳴らす義介さんに対し、

「義介か? 鍵を外すがあの化物は近くにおらんよな?」

 と返事をしてきたのは、この家の住人さん。返事の内容と声色から察するに、餓鬼が徘徊していて今が危険な状況だとちゃんと分かっているようだ。

「おぅ大丈夫じゃ。では開けるぞ?」

 こうして解錠された玄関の扉をこちらが開けると。

「…おう、義介。お互い生きとって何より」

 顔を覗かせたその人は義介さんの安否を確認するやいなや、自宅から出ようと試みたが、

「んむぅ…、やっぱりか。わしらはまだ家から出られんようだの…」

 その試みはパントマイムのように空中をペタペタ触るだけに終わった。

 この人には気の毒だが、前に述べた通りだ。チュートリアルダンジョンでステータスを得ない限り、その時点で居た建物からは出られない。そして今回のように外部の誰かに戸を開けてもらってもそれは同じだ。出られない。

 そしてこの様子を見れば障壁のようなものが邪魔してるように錯覚するが、そんなものは存在しない。

 実のところ、外に出られないのは当人も知らない内に暗示に掛けられたのが原因だったりする。

 でもこの暗示は魔力由来で非常に強力だ。仮にでもステータスを得るという段階に入らなければ、決して解けないようになっている。

(それにしても…世界中の人間にしかも一斉にこんな強力な暗示を掛けてしまえるとか…)

 改めて思う。この世界をクソゲー化した何者かは、俺の想像など遥か及ばない超々越の存在なのだと。

 …そしてそんな超越者に目を付けられたかもしれない現実を想うとな。少々どころではなく頭がクラクラとしてくるんだが…うん、少し話が逸れた。元に戻そう。

 建設的な話をすると、鉄壁に見えるこの暗示も『二周目知識チート』を使えば対応可能だ。

 暗示である以上、気絶したり眠っている状態になればその影響を全く受けなくなるのだ。

 つまり第三者の協力があれば意識を失った自分を外へ連れ出してもらう…という抜け道がある。

 でもそれはかなり危険な賭けだ。何故なら器礎魔力も宿さず防御力がゼロなまま、意識すらない状態で他人任せに運搬され、その上でどこに潜むか分からないモンスターの前に晒される訳だから、危険でないはずがない。それでもやると言うなら相当な手間がかかる。

 というかほぼ無理だと答える。だってそれをするための人員を数にしろ質にしろ、今の状況では万全には確保出来ないからだ。

 そもそも、気絶させるための手段と言えば殴ったり眠るのを待ったり、どれも雑で不確かなものばかり。もうちょいマシな手段で薬を使うとか?うーん、医者じゃないんだし、思い付くのはそれぐらいだ。

 そんなこんなでこの抜け道についてはもう、教えない事にしている。何かあっても責任なんて取れないからな。

 そしてもうお分かりかと思うが、才蔵を家から連れ出す際に気絶させたのは決して私怨からとか面倒だからとかウザかったからとかでなく、この抜け道を利用しての事だった。

 というか親切心からやむなしの行動だったんだからなあれは。先述したとおり才蔵の才能を守るためにはチュートリアルダンジョンに挑戦させる訳にいかなかったし。

 ちなみに、そんな暗示などものともしない例外的存在だっている。それはほら、目の前に。
 
「うーむ…何故わしだけ外に出られたのか…なんか心苦しいぞ。」

 と、唸る義介さんこそがその例外。この通りチュートリアルダンジョンでステータスを得た訳でなく、第三者に気絶させられ運び出された訳でもなく、普段通り外へ出られる人だって稀にだがいる。

 多分それはチュートリアルダンジョンで魔力を得る必要なんてない、と判断されたからだ。

 つまりこの人は、世界がこうなってしまう以前から魔力というものを知っていて、身に付けていた。ということだ。

 …うん。嘘みたいな話だが、これは前世で義介さん本人から聞いたのだから間違いない。

 この鬼怒恵村の鬼伝説にしたってそうだ。前世でこの人から聞いた話だった。

 しかもあの話には続きかあって、鬼を封じたあの武芸者と法師には実は子供がいて義介さんがその子孫である事まで聞いていた。義介さんが元から魔力を使えていたのはそのせいだとも。

 さらにはあの伝説が史実である以上、鬼とそれを封じた夫婦の三者を祀った祠は実在していて、現存もしていて、そこに張られた結界を守るのが『鬼怒守』姓を継ぐ者の役目らしく、彼ら以外にその存在を知る者も、入れる者も今はいない…という事まで。…つまり。

 大家さんが語ったあの伝説を知る者はもう、鬼怒守の役目を継ぐ義介さんと彼の話を前世で直に聞いた俺以外に、この村にすら存在しないはずだった。

 なのに大家さんは知っていた。だから不審に思ったのだが、これってつまり──

(うーん。結局、、大家さんが何者なのかは謎なままだな…ただ一つ言える事は──)

 彼女もこの鬼怒守義介さんと同じ。

 元から魔力を知っていて使えていた…という事になる。

 今思えば気絶させる必要もなく家から連れ出せたのがその証拠…。

 …多分鬼伝説を知ってた理由もそのあたりにあるんだろう。

「して、どうした義介よ。何か用事があって来てくれたのだろ?」

 …おっとまた思考がズレてしまってたな。

(…そうだ。今はこっちが本題だ)

 大家さんの事は後で考えようと、俺が移した視線を感じた義介さんが、代弁してくれた。

「おう、それなんだか…お主、家の中に在るはずがない階段を発見したりはせなんだか?」

「階段?二階に上がる階段なら元からあるが…それがどうかしたかの?」

「いやその階段ではない。理解出来ないのを承知で言うんじゃが、今日まだ開けてない押し入れや扉があるなら、そん中を覗いてみてくれんか。もしかしたら見た事もない階段があるやもしれん」

「はぁ?それはまた不思議な事を言う。」

「うむ…その自覚ならたっぷりとある。」

 ………だよな。いきなり言われても「はぁ?」ってなるよな。

「!…もしや!化物退治のしすぎで流石のお前も……義介よぅ~とうとうボケてしもうたんか~だからあれ程無理はするなと…おい義介よぅ、しっかりせいぃ~!」

「な…っ!アホウ!見よこの肉体美を!年もたったの68の若僧ぞ!?ボケる訳などなかろうが!」

 うん。68と言えば結構な年と思うがそれは俺の私見という事にして。

 こうしてチュートリアルダンジョンに続く階段が未発見のまま放置されているケースは結構多くてその場合、言っても理解してもらえないのも当然の事だった。

 という訳でここからまた、幾つもの問答を要してしまった。でも現状を打開する目処が立たないならこの人が折れるしかなく、それでも奥さんに押し入れの中を調べるように言ってもらえるまでそれなりの時間がかかってしまった。

「ぁ、あんたー!あ、あ、あったわよ階段…?って、どこに続く階段なんかしらねぇ…と、とにかくあったわ!見たこともない階段が!」

 このご夫婦も信じがたい事実を前にして困惑するしかない様子だったが、あるものはしょうがない。そんな二人に義介さんが

「その階段を下りた先なら化物どもも追って来れないらしいんじゃが…すまん。その階段についてはわしも受け売りでよくわかっておらんのよ。ほれこの、横におるボウズが教えてくれてのぅ」

 と言いながら指を差してきたので、俺も一応、挨拶しておく事に。

「初めまして、あの、平均次といいます。その階段を下りたら扉が七つほどありますけどあの…その扉に入っても…特に害はないんですけど、()()入らない方がいいと思いますよ?」

 どうせ試練を受けるなら、ちゃんとアドバイスしてあげたい。

 でも今はそんな時間もない。だから保留にしといてくれと暗に頼む俺なのだった。

「……?そりゃぁ結局、入らない方がいいって話で、ええんかの?」

 うん、我ながら何が言いたいんだって感じです。でもこんなんでも精一杯なんで。勘弁してくれとしか言えんです。親しい間柄じゃなきゃコミュ障が発動するのは世界がこうなった今も変わらんのです。

「と、とにかく。数日分の水と食糧を持って階段の下へ避難しててください。家族を守りたいなら、それが一番確実で──」

 と、このように。俺は今、鬼怒守義介(きぬもりぎすけ)氏と同行している。

 彼からすれば村で見たこともない生き物が群れで徘徊し、それらを村で見たこともない連中が殺し回る姿は不審でしかなかったはずだ。

 でも『敵の敵は味方』理論が働いたのか、今は行動を共にしており、餓鬼の脅威から村民を守るべく家々を回ってチュートリアルダンジョンへの避難を促しているところだ。

 そう、もうお察しだと思うが、この人も俺が救いたいと思っている一人。そして救わなければヤバい事になる人物だ。

 つまりこの人とは前世では知り合いだった訳だが、それは世界がこうなった後のこと。

 つまり、今世で再会を果たしたところで向こうにしてみれば俺なんて初対面の人間でしかない。なので造屋兄妹の時みたくスムーズ(?)に話が通るか不安だったのだが…それは杞憂に終わったな。

 中々見ないほどの筋肉質で超人的武術の達人。真っ白な髪をオールバックにして肌は浅黒く、整えて蓄えられた口髭に、言葉使いまで時代がかって厳つい印象だが、『村のためになるなら』と俺が話した荒唐無稽をすんなりと受け入れてくれた。

(竹を割ったような性格なのと世話好きなのは相変わらずだったな…)

 だからこうして、村内にある36世帯全てを一緒に回る事になった訳だが。

 その世帯の中でも30代までの若い夫婦は四組だけ、後は子供の世話を終えたシニア層ばかり。

 既にチュートリアルダンジョンを発見していたのはその中でもたったの五組しかおらず、その人達も怪し過ぎる階段を下りる勇気は出せず放置したままでいた。

 そんな感じなので予想した通り、俺の話をどうにか信じてもらっても理解まではしてもらえず、その上かなり数が減ったとはいえ襲い来る餓鬼を迎撃しながらだったからな。さらにさらにと時間を食ってしまった。

 という訳で。俺と義介さんが全ての世帯を回り切って村の安全を確保出来たのは日を跨いだ後だった。

 でも夜明けまではまだ時間はある。みんな疲れてるだろうし、少しは寝ないと…なんて思いながら義介さんの家にたどり着くと玄関前には

「お帰りなさい」

 大家さんがいた。こうしてタイミング良く顔を合わせたのは待ってくれてた訳でなく、俺達が集落を回覧している間、造屋兄妹を餓鬼から守ってもらっていたからなんだが、どっちにしろ有難い事に変わりない。なので見張りはもう大丈夫だからと一緒に仲良く家に入ると。

 …スんスん、

 何とも良い匂いがしてくるではないか。

「あ、鬼怒守さんお疲れ様です。香澄さんもお疲れ様、あと均兄ぃもついでにお疲れ。」

「いやついでは余計だろ?俺だってメインで疲れてんだが?」

「…っとに細かいな均兄ぃは…モテないよ?あ、鬼怒守さん食材とお台所を勝手に使わせてもらって…でもきっとお腹を空かせてると思って、これ…」

 と次に出迎えてくれたのは才子で、コイツ本来の特技は料理だったりして、実際に何であろうが水準を越えて美味いものを作る。それを知る俺の腹が制御から離れてキュウ。匂いに釣られた義介さんの腹もグウ。そして大家さんのお腹も恥ずかしそうにクウと鳴らした。

「いやはや、朝からずっと妖怪どもを斬っては捨てしとったからのぅ。思えば何も食っておらなんだわ。さっそくじゃが…馳走になってええんかの?」

「どうぞどうぞ♪」

「ふむ。めんこいの…じゃなく、かたじけないの」

「えへへ、どういたしまして♪」
 
 ド迫力ボディを鈴のように…というかバインと揺らしてるのに義介さんは目を細めて微笑ましそうにしている。

 こういう時に思うんだが…ホント、才子って人の懐に入るの上手いよな。と、ジト目と同時に美味い飯を作ってくれたことへの感謝も送りつつ。

 俺は『あ!そう言えば大家さんも食事まだだったよな』と今さらになって気付いて自分の至らなさも恥じながら。

 才子が作ってくれた飯をみんなで仲良くかっこんでゆく。


 …今世としては、急造のパーティ。

 
 その実、前世を思えば『久しぶり』という仲間達。

 そう、やっと揃った。オリジナルメンバーが。

 そして何より今世では大家さんも、生きている。素晴らしい、嬉しい、有難い。

 そして、怖い。

 また、失うかもしれない。
 それが心底、恐ろしい。

 その恐怖を誤魔化すように、この日の俺は、いつになく饒舌になって、思いの外会話が弾んで…不意に。


(くそ…才子の馬鹿、こんなん…美味すぎだろ…)


 鼻の奥がツンと刺激されたのは…本当に香辛料が原因なのか。

 
 …それは、深く考えないようにした。




「ぶっ……へぁーー~~ぁっ、極楽極楽ぅ…」


 とだらしない身体をだらしなく膨縮させ、だらしない息を吐いたのは才蔵だ。そこへ

「おいお主、ちゃんと身体を洗ったんじゃろうな?」

 と待ったをかけたのは義介さんだ。

「え。ちゃんと洗いましたけど──」「そうか。だが足りんな。もう一度ちゃんと洗えぃ!ほぅりゃぁああっ!」「うぅわわっ!俺の巨体を軽々とぉっ!? なんつー怪力だこのじじいぃぃ!?」

 広い湯船に浸かって弛緩しきっていた才蔵の巨体。その両脇に手を差し込んで軽々と持ち上げた義介さんは風呂椅子の上にドカッと降ろし、こう言うのだった。

「あほう!まだ68の若僧じゃっ!それより女衆より先に湯をもらうんじゃからの。なるべく清潔なまま渡さんと、なっ」

 うん、68は世界基準で若者の範疇からかなり外側だと思うし、若者だろうが今みたいな真似は出来ないけどね。つか人間業じゃほぼないしね。

 でもまあ確かに。才蔵は初めてだからよく分かってないようだが、モンスターの血ってやつはその生命力を物語るかのように落ちにくい。石鹸を使って二度洗い…いや、才蔵の巨体なら三度洗いくらいしなきゃ、汚れを湯船に持ち込んでしまう。

「にしても…相変わらず凄いなここは…」

 鬼怒守邸はまずそのデカさに目がいくが特筆すべきは前世で知る俺が見てもいまだ驚きがある所だ。

 というのも、ただの豪邸という感じではないのだ。まず相当に古い。そしてところどころ一風変わった手作り感がある。

 それらは代々の家主が景観を気にしつつ修繕したり増設したりした跡らしいが、かといって美的バランスを損なわず、大自然を思わすほど調和していて逆に味わい深くしている。
 
(…なんて。どうも上手く言葉に出来ないな。なんというか、『詫びと錆びの怪物』って感じだ…)

 なんて事を思いながら湯殿から見渡す広い庭などは深夜に見ても夜空に照らされ壮麗極まる。

 …そう、俺達が今から浸かろうとしているのは露天風呂で、しかも雨の日も入れるようにちゃんと屋根のある豪華版だ。

 その屋根を支える四本柱はそれぞれ自然に生え伸びた形を崩さないよう削り出されててこれまた趣深い。ここは義介さんの親父さんが増設したらしいけど…有名旅館でもこんな贅沢は味わえないと思う。いや知らんけど。そんなとこ泊まった事ないし。ただDIYの域を越えてる事だけは分かるな…

 なんてしみじみしていると、

「脱いだ服、持っていくから。汚れがこびりついちゃう前に洗っておきたい」

 ふむ、脱衣所と風呂を隔てる仕切り向こうからくぐもって聞こえる大家さんの声もこれまた趣深くて…え?

「おおすまんの、香澄さんとやら」

 …じゃ、ないよ義介さん!

「いや大家さん自分で洗うから大丈夫です!ほら、下着とかあるしっ!」

「そ、そうだ大家嬢!もうこうなったらぶっちゃけるけど俺なんて結構な量チビってるし!」

「ぷっ。もう知ってる。才蔵さんが座ってたシート濡れてた。そもそも食事中の男性陣は随分とかぐわしかったから」

「ぬわー!すみませんお鼻汚しををっ!」
「ぃやーーめーーてーーーー!」

「よく頑張った証拠だから。気にしないで。料理は苦手だけど血を落とすのだけは得意。だから…」

 とか言ってフェイドアウトしちゃったけど大家さん!血を落とすのが特技って何?ますますもって正体不明なんですが?もはや隠す気もないみたいだから詮索するのも馬鹿らしくなってるけどっ。

「…ったく、近頃の男は繊細さの使いどころがなっとらんの。任せるべきは任せるも度量の内…という訳で均次とやらもほれ、わしに背中を預けてみよ」

「へ?」

「洗いっこじゃ」

「あ、ああ、なるほど」

「才蔵とやらにはわしの背中を任せようかの。ほれ、心して取り組めぃ」

「う、うす」

「うむ。洗い終わったら交代じゃ」

 こうして、むつこけき男衆によるごしごしと洗いっこする素朴音が夜闇に響いたのであった。

「ふぅーー…」

 おっと声が漏れてしまった。だって凄く気持ち良いからさ。多分、身体を冷やさないための配慮だろうな。義介さんは小まめにお湯で流してくれる。拭き方も肉や骨格に沿っていて…タオル越しに感じる手の感触はゴツゴツしてるが力加減が絶妙だ。多分マッサージも兼ねてるのだろう。どんどん血行が良くなって…身体だけでなく心まで温まる気がして……

「ふぅーー…」

 救いたい。今世こそ。
 だってこの人、ホントにいい人だから。


「…有り難うございます…ホント、気持ちいいです」

 自然と漏れたその言葉には『絶対助けますから。』言えない決意を忍ばせた。

「ほうか…ふーむ、それは、まあ、良かったわい…ふむ」

「…?、どうかしましたか?」

「ん?…ああ、男は背中で語ると言うがの。お主のはなんとゆーか…ヘンテコな背中じゃの」

「ヘンテコ?とは…?」

 初めて言われたそんなこと。

「鍛えた跡もない。日常的に酷使しとる訳でもない。なのに気の流れだけは太く、激しく、悲壮に満ちとる……なんなんじゃ?何をどう背負えばこんな背中になる?
 悪い者では決してない、かといってただ者でもない、、それだけなら分かってはおった。しかし…こうして触れてみるとなんとも言えんの。ただただ、不憫でならんくなる」


「 …… 」

 

 …泣きそうになった。



 それと同時にフラッシュバックしたのは、前世で見た慟哭と狂気。あの強烈なコントラスト…忘れられない。

  ・

  ・

  ・

  ・

 哀しい笑みを浮かべたまま、動かなくなってしまった才子──。

 そんな彼女の亡骸を抱き締める才蔵が絞ったまなこに血を浮かべて、『戻ってこい』と何度も何度も──。

 その哀しいリフレインを揶揄するように景色を燃やす炎は激しさを増して──その向こう側に義介さんの、狂った嗤い声と禍々しい影──遠ざかるそれを、俺はただ呆然と見つめるだけで──


  ・

  ・

  ・

  ・


「ふむ……これをほぐすのはまだ無理なようじゃの……交代じゃ。」

 それを合図に現実に戻った俺は座ったまま、くるり。後ろを向いた。今度は才蔵の背を義介さんが、義介さんの背を俺が洗う形に。すると早速、

「う、ぎあぁーーー!痛いって!強いって!力加減間違ってませんか義介さん!にく!肉が削げるっっ!」

 才蔵のぶっとい身体が海老ぞりに。なんか悲鳴上げてばっかだな今日のコイツは。

「なんじゃ情けない。少しは均次を見習え──いや、あれはあれで可愛げないの。言うに事欠いて気持ちいいとか抜かしおってぶつぶつ…面白みのないぶつぶつ…」

「ほー。」

 どうやら義介さんは俺を悶絶させる気だったらしいな。ってか、おい。気持ちよかったけど、そもそも【MPシールド】が反応するほどの強さって何だ?めっちゃ悪意こめてんじゃんそれ。

「…このクソじじい」

「──ぬほおっ!?これ均次!強いぞ!?やめんか、おぬっ、こす!擦りすぎじゃぁあああっ!!?」

「…『任せるべきは任せるのも度量の内』…でしたよね?」

「ぬう!?こやつ…恐ろしい(わっぱ)!」

 つか、感激とか感傷とか色々、返せやじじい。

「義介さん痛てえってえええっ!」
「やめるのじゃ均次ぃいいいっ!」

 その夜、鬼怒恵村に二人の男の狂ったような慟哭が連鎖して響き渡ったらしいが、俺は知らないし聞いてない。



 あの後、俺達と交替して大家さんと才子が風呂に入るのを確認するや、

「え、マジで覗かんの?お主らそれでも男かえ?じゃあわし一人でも…」

 と、義介さんがふざけた事を抜かしやがったので


「「こらエロ爺、ちょっと待てッ」」


 と、また一悶着勃発しそうになったが…うん、お互いに疲れてたし。乱闘にまでは発展せずに済んだな。
 そんな不毛なやり取りをしている間に女子達は風呂から上がってきたので、モヤモヤを残したままだが大人しく就寝とあいなった。


 ──そして翌朝。


 才子が作った朝飯を食べながら今後どうするかを話しあったのだが、まず外の様子を見てからという事になり、かくして。


 餓鬼はいた。
 また繁殖していた。
 しかも昨日と同じくらい大量に。


 コイツらが繁殖力旺盛なのは知っていたけど、これは常軌を逸している。

 かといって放置も出来ない。形振り構っていられなくなった俺達は、

「いやだー!いくら引きこもりだからってこんなとこに閉じ込めるなんて…お前ら鬼かぁっ!?」

 と駄々を捏ねる才蔵を鬼怒守邸の蔵に閉じ込め…もとい保護したあと、

「呪ってやるうう!」

 とかいう声を無視し、再びの餓鬼殲滅に取り掛かったのであった。

 まあ、

 俺としては対集団戦は負荷がデカいので望むところだ。

『なんでこの村に湧いてるんだ』と最初は驚いたが、餓鬼というモンスターはスキル上げにちょうどいいみたいだな。

 ならばと更なる負荷を得るため…っ!という狙いは隠しつつ。俺は手分けして狩る事を提案した。

 不謹慎だがこの展開はスキルの成長に好都合で、共闘する仲間がいてはスキル成長に欠かせない負荷が減ってしまうからな。

 …なんて張り切る俺だったが、そううまくいかないのが現実というもので──

  ・

  ・

  ・

  ・
 


 ──ビュッ!



 大気を切り裂く。釘バットで出せない音が鳴る。


 ──ド…ッ!


 十分な手応えを知らす音。それに見合う威力は乗ったが、ここで終わらせない。

 このまま、

 振り抜いてっ

 たたっ斬るっ!!

 ──ズパンッ!! 

 ゴロんと足元に転がる餓鬼の首を見ながら、


「…よし、だんだん扱いに慣れてきたぞ…」


 手応えを感じた俺は【大解析】を発動した。持っていた武器のステータスを閲覧するためだ。 


========アイテム詳細=========

『鬼怒守家の木刀・太刀型』

 ランク 中級
 上昇値 『攻』魔力+30
 耐久値 880/1200
 スキル 【魔力圧縮】【魔力修復】【熟練補正(少)】

 長年に渡る修練の共をし、魔力保有者の魔力と血と汗が染み込んで強化された魔性の木刀。攻撃力こそ中級のそれだが、中級ランクとしてはあり得ない耐久力を実現しており、さらに修練用として永く使われた経緯により『技』魔力に感応してスキル成長を助ける効果まで併せ持つ。

=========================

「おお、結構酷使したのに。まだこんなに耐久が残ってる。やっぱすげーな」

 昨日の戦闘を見ての通り、『魔攻スキル』を纏わせば魔力を宿さない釘バットでもそれなりの攻撃力となる。それでもやはり、

「『アイテム化』した武器は、違うな…やっぱり」

 『攻』魔力を使用者に付与してくれるのは勿論有難いのだが、魔力を宿す武器はこうしてステータスを閲覧出来るのがいい。【大解析】が有効なのは魔力を宿したものに限定されてるからな。

 ステータスが閲覧可能という事は、逐一耐久値を確認出来るという事で、戦っている最中に不意に壊れるという最悪も未然に防げるという事だ。

「その耐久値にしたって普通の武器よりずっと高い」

 それより重要なのは、『今は無銘の小太刀』がそうであったように、どんなスキルを宿しているかだな。

 武具に限った事でなく、何かがアイテム化する際は宿った魔力が変異して結実、スキルが付与される事がある。

 この木刀だと…長年魔力を纏い続けた結果だろう。【魔力圧縮】というスキルを宿していて、どういう理屈なのか分からないが鋼鉄にも勝る硬度となっている。

 しかも【魔力修復】の効果により、使用者が魔力を注げば耐久値の回復までしてくれる。

 そしてこれ。【熟練補正(少)】。このスキルはスキルの成長を促進してくれる。といってもそんなに高い効果ではないようだが…それでもだ。

 俺は【MP変換】を使えず、そのせいでジョブが獲得出来ず、だからジョブレベルも設定されず…つまり、レベルアップが出来なくなっている。

 だからスキル成長に活路を見出だすしかない。その手助けをしてくれるなら弱い効果でもいい。

 そして何より、

 木刀である事。

 『刃物を模した打撃武器』という形状。

 これがいい。

 そう、木刀も『複合武器』に類される。それも、【斬撃魔攻】【刺突魔攻】【打撃魔攻】【衝撃魔攻】全ての『魔攻スキル』を使えるという優れものだ。

 斬る動作で【斬撃魔攻】と【打撃魔攻】と【衝撃魔攻】。
 突きの動作で【刺突魔攻】と【打撃魔攻】と【衝撃魔攻】といった具合だな。

 え?『結局三つ同時にしか使えないのか』だと?そう言われてしまうと…うーん、まあ確かに、釘バットと同じ効果に見えるよな。
 でも今後どんな武器を手に入れるか分からないのだから、こうして四魔攻を満遍なく育てられる武器というのは普通に優秀と思うし、アイテム化した武器となればかなりの貴重品だ。

 それに、ただの木刀にしか見えないこれが、どのような経緯を経てアイテム化したかを考えれば、どれ程希少なものか分かるはずだ。

 代々魔力を宿すという特異な家系で数百年に渡り受け継がれ、日常的に使われ、実用に耐える状態で現存するなど、ほぼほぼあり得ない。むしろアイテム化しない方がおかしい。おそらく世界がこうなる前からアイテム化していたに違いない。

(まあ、生産職の魔力覚醒者なら似たようなのを作れるかもしれないけど)

 しかしこれ程のものを造れるようになるには、相当に経験を積まねばならないはずだし、そもそもとして生産職自体が希少だからな。現段階で相当なレア武器であるのは間違いない。

 しかもそんな貴重なものと対となる脇差し型の木刀までゲットした。(※ちなみにリーチの長さ以外、性能は太刀型と同じ)

「木刀とはいえ二本差しかぁ。くぅ、テンション上がるな!義介さんにおねだりして正解だった♪」

 義介さんの気前がいい事も、このアイテム化した木刀二振りが鬼怒守邸にある事も前世で知っていたからな。

「過信は禁物だけど、やっぱ二周目知識はチートだよな。…まぁ義介さんは『それを選ぶとはやっぱりヘンテコなやつ』とか言ってたけど──…ん?」


 ──そっか、もう少しで──


 身体の奥底で、灯るでなく消えるでなく、ただチリチリと燻っていた熱。それが揺らいだ気がした。体内を巡る魔力が『何かが結実しそうでしない』と訴えてるような…この感覚なら知っている。


 これは、スキルレベルが上がる兆し。


 俺は早速、負荷を掛ける事にした。魔力を感じとろうと意識をクリアに…かつ集中して…

「…いた」

 五体の餓鬼を見た瞬間にロケットスタート!

 耕されて柔らかい畑の上をあえて横切るショートカット!

 踏みしめる一歩一歩が地を爆ぜ飛ばし、足場の悪さをねじ伏せる!

 対する餓鬼達は思わぬ急接近に慌てている。足場の悪さにもたついて──

「…遅いっ」

 吸い込んだ息を、

「──じゃっっ!」 

 鋭く吐きながら。

 二本の木刀をクロスして──ドがアッ!まずは体当たり!

 餓鬼複数を纏めて宙に弾いて通過する!瞬間後にまた息を吸う!吸ったそれを腹の底に押し込む、力む!急ブレーキっ!同時に全身の関節を一気解放、連動させて──旋っ回ッ!する!

 景色が無理やり、流されてゆく。

 それでも何とか敵を見出だし、

 限界まで捻りを加えた足を、さらに踏み出す!

 踏み出す度に増しゆく回転力!

 それでも足らぬと

 さらにさらにと回転追加、急接近っ!

 遠心力に拐われる血流、圧迫される呼吸、普段は無意識下で制御されるそれらを、魔力をもって無理やり操作。

 それが出来てやっとの動きだ。

 筋力だけじゃ、魔力だけじゃ、技術だけじゃ駄目なのだ。身に備わる全て尽くしてやっとの動き。全身全霊を当たり前にしないと出来ない動き。

 そんな無理難題を課せられた脳はさらにと加速!沸騰しそうなほど木刀の反りを想いッ、インパクトの絶と妙を模索ッ、

 敵は目前、激突寸前ッ、間に合った…演算完了!

 弾かれて態勢を崩した餓鬼どもを残さず巻き込む木刀二刀流大回転コンボ、それが遂に発動──…したのだが、


(くそ、また失敗か…っ)


 あまりの回転速度に魔力運用が追い付かず【斬撃魔攻】と【刺突魔攻】を上手く発動出来なかった。

 まぁこうなって当然ではある。

 そもそも木刀で斬ったり刺したりなんて出来ないで当たり前。

 それでもだ。

 演算能力は加速したまま──肉と骨を潰され砕かれ、血反吐を吐いて遠ざかろうとする餓鬼五体がゆっくりと──すまないが、まだだ。

 まだ征く。このまま追い討つ。

 ここで諦めたら届かない理想がある。
 挑むべき不可能がある。


 だから、くれっ!負荷をっ!もっっと!


 改めて両足に螺旋を纏わす。
 ただし、それは、逆回転。さらなる負荷を。

 ──逆向きに巻かれた筋や骨が軋みを上げる──筋が─管が─骨─肉─内臓──このままだと自壊してしまう──ならば──『技』魔力で──魔力の流れ──ねじ伏せる!

 その魔力流で肉体内部を補強してゆくっ!

 どれもこれも無理やりッ!

( つか、無茶苦茶だ! )

 細心と暴挙を合わせ飲み筋力と魔力と遠心力を果敢に過剰に上乗せして大増幅したエネルギー。

 体内でのたくり暴れ回るそれを、腰を落とし、腹で受け止め、その反動で捻れる上半身に巻かれた両腕、

 ブワンと鳴った。

 非現実的耳障り音が全方位に報せている。ゆっくり見えるはずの視界に、糸を引いて見せる超速回転──これは危険だと──それは俺にとっても──慌てるな──自分を叱咤。さあもう一度、やり直せ。

 大小の木刀にありもしない刃を見立てるんだ。

 敵の肉へ沿わせて、ほら。今度こそ、たたっ斬れ。届かぬ敵には突いて刺せ。制御不能にブレる視界はもう捨てろ──結局の勘頼りで放ったれたそれは──


 ──今度こそ、炸裂した!


 大ッ連ッ追ッ撃ッッ!


 縦に、横に、斜めに【斬撃魔攻】と【打撃魔攻】に潰されながら分断され…もしくは【刺突魔攻】と【打撃魔攻】に潰されながら貫かれた餓鬼五体分の肉塊が、直後【衝撃魔攻】により爆散──やがて、

 バラバラと降り落ちる。
 畑を赤く汚してゆく。

 …いや、負荷を得るためとはいえ、さすがにオーバーキルだったかもしれない。『せめて良い肥料になってくれ』と合掌しようにも、なかなか回転が止まってくれない。それも体幹を酷使しながら何とかかんとか制御して…

「ふぅ、ようやく止まれた」

と安堵した次の瞬間……カチリ。


 ──今、結実した。

 
 スキルが成長する。


 それも、複数が、一気に。

『【斬撃魔攻LV7】に上昇します。』
『【刺突魔攻LV8】に上昇します。』
『【打撃魔攻LV9】に上昇します。』
『【衝撃魔攻LV9】に上昇します。』
『【韋駄天LV7】に上昇します。』

 これらメインのスキル成長は勿論のこと、

『【回転LV5】に上昇します。』
『【ステップLV5】に上昇します。』
『【溜めLV4】に上昇します。』
『【呼吸LV6】に上昇します。』
『【血流LV6】に上昇します。』

 新たに取得していたコモンスキルも軒並み成長した。

 【回転】は微弱だが、回す事と回る事に魔力補正がかかるスキルだ。
 【ステップ】は微弱だが、踏み出す速度と歩幅に微弱だが魔力補正がかかるスキルだ。
 【溜め】は微弱だが、力を溜める際に魔力補正がかかるスキルだ。
 【呼吸】は微弱だが、魔力補正のかかった呼吸で動きを制御するスキルだ。
 【血流】は微弱だが、魔力補正のかかった血流で動きを強化するスキルだ。

 コモンスキルなのでどれも微弱な効果しか持たないが、これだけの数を揃えてスキルレベルも軒並み上げて総動員すれば、今のように人が実現するには出鱈目過ぎる動きだって可能だ。

 いや…ラノベとかだと【剣術】とか【槍術】とか…武術系スキルってのをよく見かけるけどな。
 経験した事もないはずのそれらを『どう動けばいいか自然と分かった』とか言ってお手軽習得…なんて。さすがにこんな風になった世界でも不可能だ。

 なので武術の経験など持たない俺は、逆にその無知を活かす事にしている。人体に設けられた機能を最大限に発揮するのが既存の武術だとするなら、俺には不要、そう思ったからだ。

 だって『最大限』と言えば聞こえはいいけどそれって、『限界は、ある』って事だろ?

 折角魔力なんてものがあるんだ。月並みな言い方だが、常識に囚われてはいけない。

 俺は下手に武術を習う事をせず、魔力補正に任せて人体の構造上あり得ない動きをあえて、模索してゆくつもりだ。

 つまりは逆の発想。あえて負荷を掛け続け限界を突破する事を前提とした動き。それを心掛けるようにしている。

 そう、『ただ漫然とスキルレベルを上げるため』に励んでたんじゃない。この狩りは『我流』ってやつを突き詰める作業でもある。

 かなり中二が入ってるのは自覚してるが、それが不可能ではない事も分かっている。

 前世というアドバンテージがあって、他の誰より深く魔力に親しむ事が出来た俺だからこそ、分かる事もあるって事だ。

 理想通りに体現出来れば、相手がモンスターだろうが人だろうが関係ない、全てに対応出来る、武術の枠を超えた新たな武術が……なんて。

 大層な事を思ってたんだけども。

 結果としてはこうなった。

『【健脚LV6】に上昇します。』
『【強腕LV5】に上昇します。』
『【健体LV4】に上昇します。』
『【強幹LV6】に上昇します。』
『【柔軟LV5】に上昇します。』

 その限界を超えた動きに耐えられなくなった身体が欲したのだろう。これらのコモンスキルまで追加取得してしまっていた。

(でも、うーん。これだと負荷が減ってしまうんだよな…)

 ならばとさらなる負荷をと追加し続けた結果…

『【痛覚耐性L8】に上昇します。』
『【負荷耐性LV6】に上昇します。』
『【疲労耐性LV6】に上昇します。』
『【精神耐性LV7】に上昇します。』

 さらにこうなった。耐性スキルまで纏めて取得する事に…しかも馬鹿みたく成長させてしまった。

 『取得してしまった』とか『成長させてしまった』とか表現しているのは、これらスキルは確かに便利ではあるのだけど、いかんせん、進化前では効果が弱い。なのにこうして纏まって取得してしまえば負荷が分散、大幅に減ってしまう。

 つまりは俺が優先させたいスキルの成長を、妨げる結果となってしまうのだ。

 その影響は顕著だった。実際、スキルレベルが上昇する際にこうして、一気複数となるのはそのせいだったりする。

 つまり、多くのスキルの補助をなくして俺が目指す動きに身も心も対応出来なくなりつつある…という事だ。

 言い方を変えると、俺の無茶をサポートすべく余分に生えたこれらスキル群の内、どれか一つでも水準に達していなければ他のどのスキルも次のレベルには上がらない…という渋滞した状態に陥っている。

 そうしないと多分、俺の身体はぶっ壊れてしまうのだろう。レベルアップした戦闘系スキルが肉体にかける負担は、相当なものとなるからな。それを何重にも掛け合わせれば肉体内部から自壊して当然の負荷となる。

 まあ、やけくそ気味なのは自覚してる。普通なら、余程苦い経験をしないとここまで自分を追い込まない。

 でも俺は知ってるからな。モンスターの理不尽さを。

 自分より2倍4倍の体重で軽量級。超大型の進化体となれば1000倍以上。それがモンスターという生き物で、本当に軽量な種族だっとしても、大概が理不尽極まる攻撃手段を持っている。

 これぐらいの無茶を強いてもまだ足りない。そう思ってすらいる。

 とにかく、複数のスキルが纏めて成長したのはそういった切実があっての事。決して景気よくポンポン上がってた訳でなく、溜めに溜めてやっと…って感じだ。

 つまりこれは、誤算発生というやつだ。

「ジョブにさえ就いてれば…って感じか…」

 前に『レベルアップして器礎魔力が総合的に上がると負荷が減って、スキルレベルは上がりにくくなる』と言ったし、『レベルアップしない今の状況は好都合だ』と偉そうに語ったが、

 俺のスキル成長は早くも限界を迎えつつある。

「何にだって限度はある、か…参ったな…」

 掛かる負荷がエスカレートし続けた結果、その負荷を受け止めるためのスキルが必要となった。

 それらを取得した分、他のスキルにかかるはずだった負荷が分散されてその結果、全体的にスキル成長が停滞してしまった。

 ならばとさらにと負荷を掛けても、今度はその停滞したスキル成長を成さないと負荷を低い器礎魔力では肉体が受け止められなくなってしまった…という本末転倒が起こっている。

 それを解消するには、ジョブレベルのアップ、つまり器礎魔力の成長が必要…なのだろう。

 それが成れば心身共に成長した事になり、更なる負荷も受け止められるようになって…ていうのも本末転倒…いや、

「無いものねだりってやつだ」

 だからなんだ。

 諦めるかよ。

 そんな覚悟の俺じゃない。

 こういう時のためにあるのが『二周目知識チート』だろう。

 このスキル成長の限界だって、他の何かで突破してやる。前世の記憶を紐解けばそんなの簡単──

「──って、そんな簡単に思い付く訳ないだろ──いや…あるにはあった…な。だけど…」

 その手段には、これまた多少の無茶が含まれる。

「でも考えてみればそれっていつもの事か……よし」

「…ねぇ均兄ぃ。さっきから何を一人でブツブツ言ってるの?怖いんですけど。」

 さっき手分けして餓鬼を狩っていると言ったが、俺とペアを組んだのは大家さんではなく才子の方。

 何故ならコイツはジョブについていて、ジョブレベルが設定されててレベルアップが可能で──つまり、レベルアップが出来ない俺と一緒にいれば経験値は全てコイツに注がれる。

 いわゆるパワーレベリングってやつだ。

 だから、ただいるだけでいい。そう思ってたんだが。

「…うん、ちょうど良かった…おい才子、一つ頼みがあるんだが」

「お?均兄ぃから頼みごとなんて珍しい…だが断るっ!」

「うん、これはお前にしか頼めない事…でもないけど適任でな…」

「はい無視された。そしてそれはいつもの事だったねホント、忌々しいけどねっ!」

 と、こうして、俺のスキル育成は才子を巻き込んで次の段階に突入したのである。



=========ステータス=========


名前 平均次(たいらきんじ)

MP 7660/7660

《基礎魔力》

攻(M)60
防(F)15
知(S)45
精(G)10
速(神)70
技(神)70
運   10

《スキル》

【MPシールドLV7】【MP変換LVー】【暗算LV2】【機械操作LV3】【語学力LV2】【大解析LV2】

【斬撃魔攻LV3→7】【刺突魔攻LV5→8】【打撃魔攻LV5→9】【衝撃魔攻LV5→9】
【韋駄天LV4→7】【魔力分身LV3】
【回転LV5】new!【ステップLV5】new!【溜めLV4】new!【呼吸LV6】new!【血流LV6】new!
【健脚LV5】new!【強腕LV5】new!【健体LV4】new!【強幹LV6】new!【柔軟LV5】new!【痛覚耐性LV7】new!【負荷耐性LV6】new!【疲労耐性LV6】new!【精神耐性LV1→7】

《称号》

『魔神の器』『英断者』『最速者』『武芸者』『神知者』『強敵』『破壊神』

《装備》

『鬼怒守家の木刀・太刀型』new!
『鬼怒守家の木刀・脇差型』new!

《重要アイテム》

『ムカデの脚』

=========================


「うえ…、」

 とか。

「…うぷ、」

 とか。

 俺の隣で女子力の欠片も感じさせない『えずき』を連発する才子を横目にはしたないなとか思いながら。


「うぶ、ぅぇッ!」


 俺もえずいていた。


「もう嫌!…ちょっと均兄ぃ!か弱い女子になんて事させんのよっ!」

 俺達の中で一番レベルが高いくせに何を言う。コイツのどこら辺がか弱いというのか。小一時間ほど追求してやりたい。

 ああちなみに義介さんもレベルなしだぞ?だってまだジョブに就いてないらしいからな。おっと話が逸れた。
 
「あのな。こんな世界になっちまったんだからモンスの死骸だって立派な資源だ。これからの家事に『剥ぎ取り』が含まれるようになっても不思議はない。だったら今のうちに慣れといて損はないだろ?」

「こういう時の三段論法ってホントムカつくょね…そこまで言うなら均兄ぃも手伝いなさいよっ!」

「だからアホう。見ての通り俺は狩るのと食うので手一杯だ。だったら調理全般についてはさっきまで休んでたお前に任すのが適切ってもんだろーが。花嫁修業と思って頑張れ?」

「く、また三段論法…っ、…てゆーか、…………よく食べられるね………こんなの…」

 ついさっきまで不満を爆発させていたのが嘘のようにテンションを急落させる才子。そうなってるのは俺の行為にドン引きしてるからなんだが。

 それは俺もだ。

「うん…自分でも頑張ってると思うよ…」

 自分でやってる事なのに。ドン引きがとどまる事を知らない。

「あー、塩とか胡椒とか、なんか調味料持って来ようか?」

 その心づかいは有難いが、少々の手を加えた所でこの生臭さとエグ苦さが消えるとは思えない。

「根本的な部分で調理法を確立しないとな…あーもーこれ、ホント不味いわ。でもいい。そんな暇ないし。なんせ人命が懸かってるからな」

「鬼怒恵村の人達のためにそこまで…?均兄ぃにこんな博愛があったなんて知らなかったよ」

「アホう(そりゃ…前世で知った顔がこの村には何人もいるし助けたいとは思ってるけど)…いや、なんでもない。」

「もう。ホントなんなの?」

 こうして身体張ってるのは、お前ら兄妹を死なせないためなんだからなっ!なんて事は言えない。それより、

「急がないとな…(義介さんが狂っちまう前に…)」

 前世で義介さんと出会った時は普通に見えたが、あの時はもう手遅れの状態だったらしい。

 今世は間に合ったようだが、いつそうなるかは時間の問題だろう。

 そして、何が原因でそうなったか、俺は知っている。

 だったら早いとこ本格的行動に移せばいいって話なんだが。

 そのためには色々と準備が必要なのだ。こうして強くなる事に焦ってるのもそのためだ。じゃないと…


(才子が死んじまう…そうなれば義介さんも……いや、才蔵もだ。最終的に三人とも死んじまう)


 それを回避するためには嫌な事でも躊躇なんてしてられない……。


 …覚悟を決めた俺は、

 ぐっと鼻をつまんだ。

 そして…


「えいやっ!」


 才子がスライスしてくれたそれを、また口に放り込む…!そして、


「おぶぅえっ!」


 またえずく。


「うううううん!マジ不味い!気持ち悪い!くそ!」


 熱した石の上でしっかり火を通したんだけどな。それでこの酷い味が改善される事は殆んどなかった。

 むしろ歯ごたえがさらに嫌な感じになってしまったんじゃなかろうか。

 ひと噛みひと噛みに勇気を振り絞る必要がある。

 喉を通す時なんて決死の覚悟が必要だ。

 それが食道を通って胃袋に到達すれば…

「──うがッ!きたっ!」ぎぃゅるるるるるる!

 と体内で音が鳴って…いやこれは下痢の症状とかでなく。

 消化を開始した臓器が途中で劇物と認識し、危険を感じて排出しようとするも、俺が嘔吐を我慢するので完全除去を諦め、ならばと魔力の助けまで借りて急速分解、己が一部とすべく捨て身で吸収結果…っっ!


「ぬああ…感っ …じるっっ」


 俺の中の内臓という内臓が、ネジくれるレベルで蠢動を繰り返すのをっ!


「ぐああああっもう!これホント!何とかしてくれぇぇえ!!」

「そう思うならなんで食べんのよそんなものっ!もういや誰か助けてー!」


 才子が混乱するのも無理はな──え?一体何を食べたらこんな事になるのかって?


 あー、それは、

 『餓鬼の肝』 …だな。


 スキル成長の限界を察した俺は、餓鬼をなるべく傷の少ない状態で倒して才子に渡し、解体してもらって肝臓を摘出、スライスしてもらったそれを熱した石で焼いて食う…というおぞましきローテーションをもう、かなりの回数繰り返してる。

 それでもこの拒絶反応は毎回毎回新鮮さを損なわないのだから嫌になる…と、このように。

 モンスターというものは食材とするには劇物過ぎるが、『無理をすれば食用出来る』って部位が必ず一つはあるものだ。


 前世でそれは有用な劇物とされ、『魔食材』と呼ばれていた。


 餓鬼の場合だと肝臓がそれにあたる。今はそれを摂取している最中だな。それも大量に。


 『モンスターの一部を食らう』この行為は『魔食』と呼ばれ、見ての通りかなりの苦悶を強いられる。


 だが、自分の強さに見合った魔食材かどうかさえ見極められたなら死ぬ事はない──いや…言い直そう。

 死ぬ事はないが死ぬほどツラい。それに、やっぱり危険も伴う。

 さっき言った『見極め』を間違えたらホントにヤバい。

 強すぎる魔食材を口にすれば死ぬ事だってあるからな。

 その見極めが成功したところで苦痛が過ぎ去るまで無防備となるのは確実だし。

 何故そんな危険を冒してまで魔食に挑戦するかと言えば、それに見合うだけの効果があるからだ。


 …このように。


『【魔食耐性LV3】に上昇します。』
『【強免疫LV3】に上昇します。』
『【強排泄LV3】に上昇します。』
『【強臓LV3】に上昇します。』
『【強血LV3】に上昇します。』


 【魔食耐性】とは、『微弱だが、魔食行為に対する耐性が生まれる』というスキルだ。

 魔食をするには、その魔食材を食すに耐えうるだけの器礎魔力を宿している必要があるのだが、このスキルがあれば、その限界を越えて強い魔食材を摂取出来るようになる。

 でもまあコモンスキルだから。その効果はまだまだ弱い。取得してもあまり大それた挑戦はしない方がいいだろう。俺みたいにレベルアップが封じられてないなら特に。


 【強免疫】とは、『あらゆる免疫が微弱だが上がる』というスキルだ。モンスターの一部を食べるんだからこういったスキルが生えるのも当然か。


 【強排泄】とは、『強制的に不純物や老廃物を体外に排出する』というスキルだ。

 魔力による強化、特にレベルアップで覚醒前より元気になったように見えて、その実、強化による負担が蓄積し、気付けば肉体内部がボロボロになっていた…なんてのは前世で良く聞く話だった。

 そうならないようにデトックスしてくれるこれは、結構優秀なスキルとして有名だった。コモンスキルの説明文でお約束の『微弱だが』ってのがない事からもその優秀さは伺える。


 そして【強臓】。


 これは『内臓を強化する』というスキルだ。この簡単過ぎる説明文を読めば地味に感じるが、これにも『微弱だが』の文言が含まれてない。つまりコモンスキルでありながら結構強いスキルという事だ。

 この不親切な説明文を補足するなら、魔力による無理矢理な強化ではなく、肉体が元々持つ消化や吸収や循環など、人体が持つ純粋な機能を高めるというスキルとなっている。

 その結果何が起こるかと言えば、さっき取得した【強免疫】や【強排泄】など肉体内部の働きに関するスキル全般を、さらにと強化してくれる。

 魔食をすればその効果の凄さがよく分かる。魔食材を取り込んだ時に肉体が強化され度合いがこのスキルを持っているかいないかで全然違うのだ。

 それどころか、魔力による強化の負担で不健康になった身体を補うための魔食であったはずが、健康になりすぎてさらに魔力を取り込もうとする、なんて逆転現象が起こる。


 取り込んだその魔力は()()()()()()()()()()。つまりは、レベルアップなしに器礎魔力を強化する事が出来るのだ。


 でもこれ程に優秀なスキルだからか、【強臓】を取得するには【強免疫】と【強排泄】の両方を先に所持する事が条件となっていたのだ。

 でもこの二つのスキルを取得するには、『食中毒にかかる』って条件をクリアする必要がある。

 その取得条件が知れ渡ってからは、逆に試す人が少なくなっていった。コモンスキルでありながらレアなスキルとされていたのはそのためだな。

 しかし『魔食』ブームが到来すると、魔食材を大量に食せば、【魔食耐性】と【強免疫】と【強排泄】と【強臓】をセットで取得出来る、という事が分かった。

 でもレベルが低いやつが大量に魔食したりなんかすると、その魔食材が適正レベルのものでも下手したら死ぬからな。この荒行に挑戦するやつもあまりいなかった。

 もちろん、今世ではこんな事を試すやつはまだ現れてないだろうし、噂にすらなってない。いまのとこ俺だけ知る裏技。


 …なんだけど。


「こんなスキルまて取得するとは想定してなかったわ…つか、初めて聞くスキルだな、これ」


 そのスキルとは、【強血】。


 これは『血液自体を強化し、肉体改造とその維持に役立てる』という、【強臓】をブーストするためにあるようなスキルだった。

 そもそも、魔食自体にそれ程の効果はないはずだった。

 さっきも述べた通り、前世で魔食という文化が流行したのは『レベルアップでかかる負担に負けない肉体作り』が発端だからな。

 だったら何故、今回は前世で聞かなかったスキルを取得するほどの強化となったか。

 それはおそらく、俺がレベルアップをせず、器礎魔力を1ptも上昇させてない内から…つまりは初期値のまま『魔食』に挑戦したからだろう。

 これも前世では誰もしなかった無謀だ。
 俺が言った『無茶』とはこの事だった。

 でもしょうがないだろう?
 レベルアップ出来ないんだから。

 レベルアップ以外で器礎魔力を上げるっつったら無茶な魔食以外になかったんだから。でもそんな無茶に挑戦したからか、



『『グルメモンスター』の称号を獲得しました。』



「こんな称号までゲットするとはな」

 これも前世で聞いた事がない。
 早速効果を確認したら、こうなっていた。

『グルメモンスター……レベルアップに頼らず、モンスターを食らう事で強化を狙う狂った人間…ですらもはやない。真のモンスターと呼ぶべき存在が授かる称号。その効果は以下の通り。

①【強骨】のスキルを取得。
②【魔食耐性】の効果が二倍になる。
③魔食による肉体改造と器礎魔力成長の両方に大きな補正が掛かる。
④モンスターを見ればどこが魔食材か分かるようになる。
⑤それを認識した上でモンスターに攻撃すれば、一定確率で恐怖状態に陥れる。
⑥この称号を持つ者は『テイマー』の適正を持つ』


「いや取得条件!尖り過ぎだろこれ…」


 『レベルアップする前に魔食を試す』なんて、器礎魔力が初期値の段階でべらぼうに高く、なおかつレベルアップを封じられたやつ、つまり俺しか試さない。


「だから前世で聞かなかったんだろうけど…にしても、、、強すぎないか?この称号」


 一個のみとはいえスキルを取得出来る。その上、取得済みのスキルまで強化してくれる。

 さらには肉体改造にさらなる補正がかかる。それに引っ張られて器礎魔力も大きく上昇する。

 無茶な試食をトライ&エラーしなくても、魔食材がどれか分かるようになるのも嬉しい。しかもそれを利用して攻撃にデバフ効果まで乗せられる。

「……スゴすぎだろ。あとは…『テイマーの適正』か。うーむ、これはあんまり関係ないな」

 テイマーになる予定はない。というか、【MP変換】を封印されてるからそもそもとしてジョブに就けない。 …くそうっ。


「…てゆーか誰がモンスターやねんッ」

 もはや狂人ですらない。ひどすぎる。
 
「えっと、均兄ぃ?独り言に忙しいとこ悪いんだけど、」

「ああすまん。色々と思うとこがあってな。どうかしたか?」

「いや、なんだか…大きくなってない?」

「はあ?何が。」

「だから、均兄ぃが。」

「俺?…お、おお、ホントだ…」

 言われて気付いた。見れば服がパツンパツンだ。

「おおお…我ながらゴツくなったもんだなぁ」


 すげーな『グルメモンスター』。


「…そんな感想で済ますんだ…やっぱ変だわこの人…」

 成長期など遠の昔に終えているからか身長こそ伸びてなかったが、余分なものが全て削げ落ちて、それを埋めるように筋肉が浮き出ていた。

 筋量もそうだが、感触が今までとまるで違っている。

 なんとゆーか柔らかくなったのに、ぎゅっと詰まってる?

 筋肉が肥大化したたげでなく繊維が密となり、その上で柔軟さを損なわずに満遍なく大強化されたこの感じだ…つか、


「骨もかよ…ホントすげえな…」


 【強骨】の影響だろう。何となく感じる。とにかくがっしり、いやどっしりと。芯から支えられている感じがする。

 いやいやいや、骨が頑丈になっただけでこうも変わるか?姿勢が完全な形に矯正されているような感じまでするんだが。

 これは…魔力取り込みからの歪な肉体強化とはまるで違う。

 どうやら俺は、とんでもない肉体を手に入れた…かもしんない。

(いやまぁ、その分、大変な目にあったけど)

 いや、それでも、いい。

 今後も魔食をする必要があっても、いい。

 その度にこんなにも強化されるなら、いい。

 いや、それもまだ分からないか。
 
「次の魔食材を食べてみないとな…」

 そう、『これ以上餓鬼の肝を食らっても何の変化も得られない』って事が何故か分かっている。これも『グルメモンスター』の効果なのか?『これ以上の肉体改造を望むなら、別の魔食材を探して摂取するしかない』…という事まで、何となく感じる。

 ともかく、今回の魔食は実りありまくるものとなった。普通ではない方法だし、まだ分からない事が多いが、レベルアップに代わる強化方法を手に入れた事は、間違いない。

 という訳で。

 この魔食でステータスがどれ程変わったか、知りたくなるのか情ってもんだ。


 俺は早速、確認するのだった。

 

=========ステータス=========


名前 平均次(たいらきんじ)


MP 6099/7250


《基礎魔力》

攻(M)60→110 
防(F)15→25 
知(S)45→66 
精(G)10→13 
速(神)70→130 
技(神)70→106 
運   10

《スキル》

【MPシールドLV7】【MP変換LVー】【暗算LV2】【機械操作LV3】【語学力LV2】【大解析LV2】

【斬撃魔攻LV7】【刺突魔攻LV8】【打撃魔攻LV9】【衝撃魔攻LV9】

【韋駄天LV7】【魔力分身LV3】

【回転LV5】【ステップLV5】【溜めLV4】【呼吸LV6】【血流LV6】【健脚LV5】【強腕LV5】【健体LV4】【強幹LV6】【柔軟LV5】

【痛覚耐性LV7】【負荷耐性LV6】【疲労耐性LV6】【精神耐性LV8】

【魔食耐性LV3】new!【強免疫LV3】new!【強排泄LV3】new!【強臓LV3】new!【強血LV3】new!【強骨LV1】new!

《称号》

『魔神の器』『英断者』『最速者』『武芸者』『神知者』『強敵』『破壊神』『グルメモンスター』new!

《装備》

『鬼怒守家の木刀・太刀型』
『鬼怒守家の木刀・脇差型』

《重要アイテム》

『ムカデの脚』

=========================

「おお…よし!想像した以上だっ!」

 数が増えたスキルについては前述した通りなので説明を省く。

 今肝心なのは、器礎魔力だ。

 魔食を由来とした称号とスキルの効果か、想定以上に成長している。それは嬉しいのだが…

 餓鬼の肝を魔食して成長するのは『攻』魔力と『防』魔力、運が良くて『速』魔力までだったはず。なのに『知』魔力と『精』魔力、『技』魔力まで上がっている?これ程の結果となるとは思ってなかった。

「ともかく嬉しい誤算だな、これはっ!」

 俺はスキルを抱えすぎ、それらを成長させるための負荷に身体が耐えられなくなっていた。
 今後もスキルを成長させるためには、器礎魔力の向上が必要不可欠。でも【MP変換】が封印された以上ジョブには就けず、故にレベルアップも出来ず。だから無茶な魔食による器礎魔力の強化を試みた訳だが、これは狙い通り…いや、それ以上の結果。ともかく、

「これで、次の段階にいけるな」

 停滞していたスキル育成を再開出来る。テンションが上がった俺はつい、声を上げて喜んでしまった。そんな姿を見て、

「うん、相変わらず独り言激しいしそのどれもが意味不明だけど。良かったね均兄ぃ」

 と、また才子に気味悪がられてしまったが、まあいい。今は許す。だって嬉しみでもうテンション爆上がりが止まらん。

「おぅっ!才子がサポートしてくれたおかけだ!有り難うなっ!」

 ディスられたのに感謝で返すくらいには爆上がりだ。

「そう?それは良かったよ…あ、だったら私、もう帰っていいかな!?」

「え?」

 どうしたんだ急に?まぁ、通常の餓鬼から得られる経験値ではもう上がらないくらいには、才子はレベルアップしている。なので確かに、俺と同行する必要ならもうない。

 放置してきた才蔵の事も心配だろうしな。みんなの食事の準備だってあるだろう。

 なので鬼怒守邸に帰りたいなら帰ってもいい。でも今の時間はまだ、お昼までかなりある。ここまで急かしてくるのは少し不自然だし、何よりさっきから鼻をつまむ手を頑なに解こうとしないのも気になる──とか思ってたら。

「だって臭いんだもん。均兄ぃが」

 言われて気付いた。

「あ…ああ。確かに、そう、かもな。」

 自分を見れば着ていた服はパツンパツンなだけでなく、ドロドロのベチャベチャになっていた。

 【強排泄】で不純物や老廃物を凝縮して排出したはいいが、下痢によるそれじゃなく発汗作用で一気に…って感じだったからな。そうなるとやっぱり、体臭はとんでもないことになってしまって…

「ホント、すごく臭いんだよっ!?自分じゃ分かんないかもだけど本っっ当に臭いの!」

「あーうん、すまなかった」

 俺の爆上がりテンションは瞬時に鎮火。

「臭すぎてもう、頭がずきずきしてるの!それっくらい臭いのっ!」

 なんだコイツ、スゲー言うじゃん。

「そ、そうか、それはたいへんだったな」

 これ以上刺激しないようにしなきゃな。なるべく穏便に…。じゃないとこれ以上言われたら俺のメンタルが流石にもたん。

「このままだと臭すぎて私死んじゃうかもって私…もう心配で心配でっ!」

 いやだからもうやめてくんない!?そんな臭い連呼せんでええやんつか命の危険まで訴えるなや俺の心が死にそうだわ!

「あ、うん、も、わかったから、うん」

 いくら長い付き合いといえ、曲がりなりにも女性にこうも熱烈に『臭い』言われたら傷つくぞ普通に。てゆーか俺の心は既にしっかりポっキり、何段折りか分からないぐらいにへし折られてる。なので、

「ほら、かえっていいぞ?」

 これ以上は耐えられん。早々にお帰り願おう。

「ホント!?やったあっ!じゃあ帰るねっ!」

 そんな弾けるような嬉しさで言うほどか。それ程一緒にいて嫌だったか…いや動揺しちゃダメだ俺。心は折れても負けるもんか。ポーカーフェイスだ。貫け俺ッ!

「じゃ、じゃぁな…おつかれさん…」

 よし、この調子で──

「あーもうホント、、っ臭かったっ!!」

 ぐうぅっ、負けるな…ッ!

「き、きをつけてなー」

 よーしよし、偉いぞっ!

「うん!臭兄ぃもホドホドにねー!」
 
 なぬっ!?

「くさに──ぃ?…て、え?」

 ひでぇ。なんだよ臭兄ぃって。

 ともかくこうして才子は立ち去った。解体された餓鬼の死骸が散乱する中にポツン、俺を独り残して。

「ぃゃ……………ま まぁいっか、さいこだし。こんなんいつものこと…ぐふぅっ」

 orzの姿勢のまま動けなくなった俺の目に何が溜まっていたかは…うん、言うまでもないが一応内緒にしとこうと思…ぐふぅっ!

『【精神耐性LV9】に上昇しました』

  ・

  ・

  ・

  ・


 …その後なんとか気を取り直した俺は、何度か試しに戦ってみたのだが。

「うーん、強化しすぎたか…」

 思ったようなスキル成長は得られなかった。

 どうやら普通の餓鬼を相手とするには、強くなりすぎたようなのだ。

 これでは折角負荷を受け止められる身体を得ても、その負荷自体が、発生しない。

 こうなるとプランの変更もしょうがない。

 まだ準備が整ってないのだが…もう『あの場所』へ向かう事にする。

 無駄に時間をかけて前世の悲惨を繰り返す訳にいかないからだ。

「こうなると才子に帰ってもらったのは好都合だったか」

 俺のトラウマの一つ。あの…忘れられない記憶を払拭するには、才子がいては邪魔だったしな。

 という訳で、不安を多く残しながら俺は行く事にした。

 義介さんと造屋兄妹の不幸と悲劇、あれを繰り返させないために。


 トラウマの元凶がいる、あの場所へ。



 前も言ったが、鬼伝説は史実である。

 その中で登場した鬼も武芸者も法師も実在したし、それぞれを祀る祠だってそうだ。というか現存していて、この盆地を囲む山中にあり、線で結べば正三角形となる位置に配置されている。

 そして魔力に覚醒していれば分かる事だが、この三角封陣の内側である盆地、すなわち鬼怒恵村に籠る魔力はかなり濃い。

 死してなおこれほどの広範囲に影響を及ぼしているのだから、鬼にしろ武芸者にしろ法師にしろ、相当な実力者だったのだろう。

 そんなとんでも強者を祀る祠とは多分聖域、あるいは鬼門、どちらにしろ禁域の類い。本来なら義介さんの同行なしに立ち入っていい場所ではない。

 …のだが、

(義介さんが餓鬼退治に忙しくしてる今がチャンスだ。次に義介さんがここに訪れてしまう前には、決着をつけなきゃな…)

 という訳で。俺が今訪れているのは、その三つある祠の一つにあたる。

「罰当たり覚悟で来たけど…」

 その祠は前世、義介さんに見せてもらった時とは全く違う景観となっていた。
 例えば鳥居。古い祠と同じだけ時を経ているのだから同じだけ古く、記憶の中では色も殆んど剥げ落ちてたし、そもそもひとつしかなかったはずだ。それが…

「増殖してるし…」

 今や新品同様に朱く染まっているだけでなく、増殖して連なっている。その先に、祠があり、『鬼』の怒りを表現しているのか、怪しげなオーラを立ち上らせていた。その禍々しさに俺は、

「はいはい、怖い怖い、」

 と不真面目に感想を送りつつ、一つ目の鳥居をくぐった、その瞬間。

「お、」

 辺りが暗くなった。…が、これも

「お約束ってやつだな」

 暗い中目を凝らすと、鳥居がこうも新鮮に朱いのはひび割れた所から溢れだした血?のような液体に染められたからだと分かる。
 その液体は地面も…というかこれまた前世ではなかったはずの石段を濡らしていた。
 そのせいで結構滑りやすくなっている。忌々しく思いながら一段一段踏みしめ、鳥居を一つくぐるたび、例の赤い液体が糸を引きつつ垂れてくる。
 そうなると俺まで赤く濡れてそぼってもう…『サイキックお見舞いしたろか』って感じに──いやすまん。ここはプロム会場ではなかったね。(※わからない人は映画愛好家もしくはスティーブン愛好家な誰かに聞こう!)

 とにかく。

 凄く気持ち悪い事になってんだが【強排泄】の影響で既に汚物同然となってる俺には今更だ。

「ダンジョン化してこうなってんだろうけど…」

 これは、ただの演出。
 こけおどしの類い。

 よく見ればどの鳥居にも同じ位置、同じ形のひび割れがあり、コピー&ペーストよろしく配置されたのだと分かる。
 これだけじゃない、石段や禍々しいオーラや急に暗くなった事にしたってそうだ。こちらの不安を煽る舞台装置に過ぎない。

 その証拠に、魔食によって強化された嗅覚が『血の匂いはしないし毒もない』と教えてくれるし、『英断者』も『イったらんかい』とばかり煽ってくる。

 こういう時のこういったサポートは心強い。まだ十分な準備が整っていない事は重々承知の上で来たからな。独りで挑むのは正直、心細かったのだ。

 それでも敢行した理由は、前世の記憶で『鬼』の狙いが何であるかを知っていたからだ。
 だからこうして、この不気味な風景が何の効果を狙ってのものか分かるし、冷静でもいられる。

(…そうだ。これも心理戦の内)

 『鬼』との戦いはもう始まっていて、こんな術にハマっていい段階じゃ、まだない。…なんて思ってる内にもう、石段を登り切ってしまった。
 祠はもう目の前にある。中を覗けば水晶玉のような…

「…ていうかなんだか見覚えが──て、おい。なんでダンジョンコアが外にある?」

 普通、ダンジョンコアといえばダンジョンの最深部で厳重に守られるもので、ダンジョンボスですらこれを守る番人に過ぎない。つまりはダンジョン唯一の弱点にして探索する者にとっては最終目標となる存在。
 
 つまり、これを壊せばダンジョンは滅びる。

 あっけなくもここで攻略完了…なんてのはいかにも安易な考えだ。これはあからさまな罠。で、あるのに攻撃する俺。

 いや、『英断者』が『殴っていいよ』って感じ出すからさ──ガギンッ!

「、、っ、痛ぇ~、やっぱなぁ~」

 手が痺れただけだった。コアらしきそれを見れば、傷ついた様子は全くない。

「オブジェクト化、してるのか?」

 と、もう一度そのダンジョンコアらしきものを探った瞬間、それは起こった。


 ──ブンっ!


 暗転する視界──転移させられた!?



「…くっ、そ…ッ」

   慌てるな、俺…っ!


  ・

  ・

  ・

  ・


  「眩しい…」


 転移した先は明るかった。さっきの急に暗くなる演出は、こうして明暗の落差を生むためか?もしそうならやる事がいちいちセコい、もとい細かい。マメとも言う。

 その光にもようやく慣れてきた。

 そしてまず見えたのは天井?だろうか。無駄に高く、光源らしきものはない。なのに無駄に明るい

「っていうのはダンジョンあるあるだったか」

 …とか言ってる場合じゃなかった。どうやら俺は横になった状態で召喚されたらしい。それに気付いて慌てて起き上がる。そして周囲を見渡せば部屋の面積も無駄に広く──「って、それどこじゃないだろこれ…っ!!」


「「「「がぎゃっ!?」」」」

「「「「げがっ!?」」」」

「「「「ぎゃひひ!」」」」


 全身が粟立った。大量の殺気が一気一斉に俺へと注がれたからだ。

「マ…ジか、」

 その部屋は、数百もの餓鬼で埋め尽くされていた。


=========ステータス=========


名前 平均次(たいらきんじ)


MP 7250/7250


《基礎魔力》

攻(M)110 
防(F)25 
知(S)66 
精(G)13 
速(神)130 
技(神)106 
運   10

《スキル》

【MPシールドLV7】【MP変換LVー】【暗算LV2】【機械操作LV3】【語学力LV2】【大解析LV2】

【斬撃魔攻LV7】【刺突魔攻LV8】【打撃魔攻LV9】【衝撃魔攻LV9】

【韋駄天LV7】【魔力分身LV3】

【回転LV5】【ステップLV5】【溜めLV4】【呼吸LV6】【血流LV6】【健脚LV5】【強腕LV5】【健体LV4】【強幹LV6】【柔軟LV5】

【痛覚耐性LV7】【負荷耐性LV6】【疲労耐性LV6】【精神耐性LV8→9】

【魔食耐性LV3】【強免疫LV3】【強排泄LV3】【強臓LV3】【強血LV3】【強骨LV1】

《称号》

『魔神の器』『英断者』『最速者』『突破者』『武芸者』『神知者』『強敵』『破壊神』『グルメモンスター』

《装備》

『鬼怒守家の木刀・太刀型』
『鬼怒守家の木刀・脇差型』

《重要アイテム》

『ムカデの脚』

=========================






※この小説と出会って下さり有り難うごさいます。

 第二層はここまでとなります。

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 こちらも随時更新していくので『お気に入り』登録すると便利ですし、作者としても読んでもらえる人も増えるので、とても嬉しいです。



 その部屋は数百もの餓鬼で埋め尽くされていた。

 つまり、ここは…


「モンスターハウスっ?いきなりかよっ!」


 モンスターハウスとはダンジョンに設置される罠の一種で入ったが最後、大量に配置されたモンスターを全滅させなければ出られない密室の事だ。
 そんな、上級者でも恐れる悪辣な罠へといきなり転移させられた。しかもダンジョンに入場した自覚すらないままに。
 
「いや…急に暗くなったあの時…鳥居をくぐった瞬間には侵入した事になってた?…だからって…」

 さっきのダンジョンコアと言い…ここは普通じゃないにも程がある。

「ダンジョンってもんはもっと…侵入者を気遣うもんだろうが…それがこんな…」

 ダンジョンとはなるべく多くの愚か者達を勘違いさせ、懐深くへ導きこうとするもの。『やりがいの領域』から逸脱せず、侵入者が『やれる』と思える環境を何段階にも渡って用意し、その褒賞に宝箱まで用意する。 
 それは、ダンジョンを維持するにしろ成長させるにしろ、膨大な魔力と魂を必要とするからだ。

「でも、そうか…なるほどな。」

 そうだった。ここは維持や成長なんて目的としていない。別の目的があって、その目的のためなら後先など考えないという捨て身のダンジョンなのだった…。

 だがおあいにくさまだったな。
 俺は、回帰者だ。

 その目的が何であるのか既に知ってる。我ながら反則的な能力だ。もっとも、『もう一度生き直す』ってのが能力と呼んでいいかは分からないが。

 ともかく。

 いきなり転移させられようが、その転移先がモンスターハウスだろうが、


「いいぜ、付き合ってやる。」

 
 慌てない。起き上がると同時に右手に太刀型、左手に脇差し型の木刀を握り込む。人体の限界を越えて捻った足で踏み込み、飛び出すっ!強化された肉体がそれに応える!初っぱなから大回転!しながら大胆に衝突!餓鬼で成る群塊を大きく削るっ!

 今や肉体が大強化され、器礎魔力も大強化されている。
 その影響だろう。斬らば【斬擊魔攻】と【打撃魔攻】と【衝撃魔攻】が。刺せば【刺突魔攻】と【打撃魔攻】と【衝撃魔攻】が発動する。
 午前中に見せた失敗はもはやない。乗せられるだけの魔攻を全ての攻撃に乗せきった。その結果多くの餓鬼がスムーズに潰され斬られ貫かれ、その果てに爆ぜ散ってはダンジョンの糧へと還っていく。

 でもそのスムーズさゆえに負荷はない。よってスキルが育つ感じもしない。それは寂しいことだが、まずは敵の殲滅を優先する。
 ここからどうやってスキルの育成に繋げていくか、それを考えるのはこのモンスターハウスを攻略してから。そう思ってたんだけど。

「く、なんで数が減らないんだ?」

 倒せども倒せども俺を囲む餓鬼の数が変わらない。よって殲滅も出来てない。スローで見えてるとはいえ、目まぐるしく回る視界がこうも続くと流石にな…目が回ってくる。お陰で、

『【平行感覚】を取得しました。』
『【視野拡張】を取得しました。』

 また余分なスキルを、しかも二つも取得してしまった。

 これではまた負荷が分散される。狙った育成が成る前に限界が来てしまう。目は回らずに済んだが、ここに来てこれは正直辛い展開だ。


 何故ならこのダンジョンを攻略するにあたり、成長させなければいけないスキルがあるからだ。しかも進化させる必要まであった。


 当然、それはまだの状態。そもそもとして思ったスキル育成が外ではもう無理だと分かったから、こうしてぶっつけ本番で育成するべく、ここに来たのだ。

「『英断者』もイケイケムードだったのに…くそ!」

 それがこれ。まさか攻略開始早々に行き詰まるとは…このままだと…

「『鬼』に勝てない…いや。焦っちゃダメだ俺。」

 こういう時はまず冷静かつ正確に状況を把握するのが肝要だ。
 なので俺は『これ以上育つなよ』と念じながら、取得したばかりの【視野拡張】を使ってみる事にした。
 それで分かった事は、この部屋は正方形で、二つの壁に裂け目があり、それが出入口となっている…という事だった。つまり。

「中々減らないと思ったら…あの裂け目から餓鬼の増援が送り込まれていたのか。てことはここって、モンスターハウスじゃ、ない?」

 モンスターハウスは密室が前提の罠だからな。

「いや、この状況が何であろうがじり貧なのは変わらないか…」

 何でもいいので状況の変化を求めた俺は、二つある裂け目の内、一つを目指す事にした。その方針に沿って路線も変更。殲滅より無力化を優先。

「といっても狙いもくそも木刀を振り回すだけなんだけど、なっ!」

 それでもだ。餓鬼というモンスターは数の多さとその凶暴性が脅威なのであって、個体で見れば軽いし弱い。

 実際、蹴散らすだけでいいなら今の俺には簡単な作業だった。

 適当に打撃魔攻を纏って、当たり所も関係なしにブン回す。それだけで吹き飛んでくれるし、結構なダメージを食らってくれる。
 吹き飛んだ先ではもたついてくれるし、そうなればこの包囲網もより楽に抜けられる。
 致命に近い重傷を負わせた時など儲けものだ。種族特性である異常食欲が災いして『仲間でも弱れば餌』とばかり、他の餓鬼どもが食らいついてくれるからな。
 自分が通ったあとを回転しながら見てみれば、共食いの狂宴が繰り広げられていた。中々にエグい光景だが助かってる。だってその共食いに流れた分だけ、俺を追う餓鬼が減る訳だからな。

 こうして裂け目内部に突入した俺は、その裂け目の左右の壁を交互にキック!それを繰り返して餓鬼が届かない高さへ。
 
「よし、この高さをキープすれば…」

 これなら狭い空間で前後から挟み撃たれる事もない。無事に通過出来そうだ。

 かくして裂け目を通過し、飛び降りた先。

 そこにはさっきと同じような四角い部屋があった。

 天井が無駄に高くそれに負けない広さがあるのも同じ。

 裂け目も俺が今通過してきたのを含めて二つある。そして、

「「「「がぎゃっ!?」」」」

「「「「げがっ!?」」」」

「「「「ぎゃひひ!」」」」


「…まじかよ…」


 餓鬼がいた。それもさっきと同じくらいウジャウジャと。

「く…嫌な予感がする…っ、猛烈にっ」

 前世の俺だったら、こうなると判断に迷って動けなくなるのが常だった。

 でも今世では『英断者』があって、『それでも頑張れ』って背中を押す。

 それはいかにも他人事という感じがして…少々じゃなく腹も立ったが、でも、

「頑張るしか道はない…か」

 俺は仕方なく次の裂け目を目指す事にした。餓鬼を蹴散らす作業に再び取り掛かる。

 嫌な予感が止む気配はさっぱりだったが……今はしょうがないと自分を無理やり納得させて。


=========ステータス=========


名前 平均次(たいらきんじ)


MP 7250/7250


《基礎魔力》

攻(M)110 
防(F)25 
知(S)66 
精(G)13 
速(神)130 
技(神)106 
運   10

《スキル》

【MPシールドLV7】【MP変換LVー】【暗算LV2】【機械操作LV3】【語学力LV2】【大解析LV2】

【斬撃魔攻LV7】【刺突魔攻LV8】【打撃魔攻LV9】【衝撃魔攻LV9】

【韋駄天LV7】【魔力分身LV3】

【回転LV5】【ステップLV5】【溜めLV4】【呼吸LV6】【血流LV6】【健脚LV5】【強腕LV5】【健体LV4】【強幹LV6】【柔軟LV5】

【痛覚耐性LV7】【負荷耐性LV6】【疲労耐性LV6】【精神耐性LV8→9】

【魔食耐性LV3】【強免疫LV3】【強排泄LV3】【強臓LV3】【強血LV3】【強骨LV1】

【平行感覚LV1】new!【視野拡張LV1】new!

《称号》

『魔神の器』『英断者』『最速者』『突破者』『武芸者』『神知者』『強敵』『破壊神』『グルメモンスター』

《装備》

『鬼怒守家の木刀・太刀型』
『鬼怒守家の木刀・脇差型』

《重要アイテム》

『ムカデの脚』

=========================


 


 嫌な予感は止まらないが、他に選択肢がないのだからしょうがない。俺は目前の餓鬼共を蹴散らし、次の裂け目を目指した、のだが。

「ハァ…嫌な予感ほど的中するって言うけど…」

 次の裂け目を抜けた先。そこにあったのはまた同じような部屋だった…というかもう端折(はしょ)っちゃうけど。その次の裂け目も通過したが同じような部屋がまたあって、餓鬼がまた大量にいて、右側の壁を見れば同じような裂け目がまたあって、そこを通る事以外に選択肢はやっぱりなく…

「…ハァ…」

 ため息だって出る。どれくらいの時間をかけたか正確に分からないが、あんな大量の餓鬼を倒してきたってのに変化らしい変化を得られなかったんだから。これだけの労力払って同じような光景が連続すると、

「…ハァ~…(※溜め息)」

 うん、いい加減嫌になってくる。

「…けど、他に選択肢もないしな…くそ!こうなったらとことんやってやる!」
 
 という訳でまた餓鬼を蹴散らしまーす。

 はいはい、あの裂け目を通ればいいんですよね?

 それしかないですもんね?では通過しまーす。

「て、やっぱりかぃ!いや薄々勘づいてはいたけども!」

 右手側にあった裂け目を四回も通過したんだからな、

「そりゃこうなるか…」

 嫌な予感ほど嫌なくらい当たるの見本。目の前には相変わらずな部屋、相変わらずの餓鬼の群れ。一部違うのは共食いをしていて…

「おいおい…食われてるのは…『再増殖』したやつら、か…?」

 そう、再増殖だ。いわゆるリポップ。これはつまり、多分、いや確実に。


「ここって…最初の部屋…なのか?」


 そう、たどり着いたここは、スタート地点である一つ目の部屋…なのだろう。俺は振り出しに戻ってしまったらしい。

 田の字型に配置された四つの部屋を、裂け目を通じて一周しただけ…って、まあ、四つ目の部屋でさすがにお察しだったわ。なのでそれほどショックじゃない。

 いや強がりじゃなく。

 実際、ここに迷い込んだのが俺で良かった。もし迷い込んだのがダンジョンの生態をよく知らない誰かだったら?例えば、

「義介さん…」

 何の知識もなく、餓鬼の群れに出くわし、それを追って何とか駆逐しようとたどり着いた先で不気味に変異した祠を発見。その直後にこんな無限地獄に転移させられたりしたら…


「そりゃ…絶望もする」


 前世の義介さんは、その心の隙を突かれてとり憑かれ、徐々に狂わされていった。それが真相なのだろう。

 でも俺なら大丈夫だ。

 こんな理不尽な状況に追い込まれても何とか出来る自信が、まだある。

 『二周目知識チート』があるからな。

 その前世の知識にあるダンジョン攻略パターンというのはラノベで見たのと同じ。

 『幾つもの階層を抜けて最深部を目指し、そこに鎮座するダンジョンコアを壊す』てのが主流だった訳だが。

 それ以外にも例外というやつがあった。

 直近の例を上げるなら『無双百足ダンジョン』がそうだった。あそこはここと真逆。大量のモンスターどころか、ボス一体がいるだけ。そのボスはオブジェクト化しており、無理ゲー的な条件を満たさなければ決して倒せない設定となっていた。

 …いや、例えが悪かったな、忘れてくれ。あれは例外と言ってもかなり特殊な部類に振り切れたやつだった。

 とにかく。ダンジョンというのは色々だ。

 回廊タイプがあれば洞窟タイプ、それら以外にも草原だったり溶岩地帯だったり…はたまた海中だったり。そしてそのどれもが一筋縄ではいかなかった。

 というか、

 そもそもとしてそんな得たいの知れないものに挑むんだから、本当に気にするべきは『どんな地形か』ではない。

 真に知るべきは『そのダンジョンが何を攻略条件としているか』だ。今回の俺はそれを失念していた。

 例えば通常のダンジョンを『階層攻略型』、無双百足ダンジョンみたいなのを『特殊攻略型』…という感じで分類するなら

「このダンジョンは、『殲滅攻略型』って感じか」

 ダンジョンというものは、攻略条件を自ら設定し、敵だけでなく己をも縛る。

 ダンジョンというのは、そういった条件を達成出来ない者をコアへ辿り着けなくしている。未達成なままコアに偶然辿り着けたとしても、オブジェクト化が解けず破壊は結局の不可能だったりする。

 ここで話を戻すが『増殖し続けるモンスターを全て倒しきる事』を攻略条件とするダンジョンというのが、前世にはあって。
 
「ここもきっとその類い…だとするなら──ありがたいな」

 前世の経験からすると『殲滅攻略型』の攻略難度は結構低めだった。

 ただこの場合の『殲滅』というのは『しらみ潰しに倒してまわる』だけではない。『増殖が絶えるまで倒し続ける』労力まで含んでいる。だから、相当に面倒な条件に思える。

 でも増殖するモンスターを継続して殺せる強パーティーを幾つか募り、交代制で退治していれば割りと簡単に達成出来るものでもあった。

 逆に言えばソロの攻略者には鬼門のようなダンジョン…つか、独りでこんなんに挑むとか馬鹿のやること…

「…ってそれッ、今の俺ッ!」

 いやともかく。

 多人数で攻略すれば途端にイージー化するその仕様からか、攻略中の褒賞は少なく設定されていた…というか、ダンジョンコアを壊すまで褒賞なんて得られないし、しかも大した褒賞じゃない事が殆んど…とゆーかなんにもない事だって希にだが、あった。

 その結果、共闘関係だった連中とよく揉めたのはいい思い出…じゃねぇわ。わざわざ揉めるほどの旨みもないってのにあの頃の俺ときたら意地になって…おっと、また話が逸れてしまったな。

 ともかく『殲滅攻略型』とは苦労の割りに旨味が少ないので誰も攻略したがらないダンジョンとして有名だったのだが、それでも他より優先して攻略しなければならなかったりするのだから、質が悪い。

 何故なら『殲滅攻略型』には『大量湧き』という特徴が高じてモンスターが氾濫しやすいからだ。つまりは『スタンピードを引き起こしやすい』という特性があった。

 そしてここは…迷わすつもりもない単純極まる構造の中で餓鬼を大量に生み落とす事に特化しており…そうなると当然、モンスターが外へ溢れ出す事にも通じて──そう、俺達が鬼怒恵村で見た餓鬼の大群は、スタンピードによるものだったのだ。

 コアが外に露出されていたのもきっと、ダンジョン内の餓鬼を殲滅されるまでは攻撃されても破壊されないというルールを敷いていたからだ。

 このように無双ムカデダンジョンにしろ、この餓鬼ダンジョンにしろ、とにかく理不尽さが目立つダンジョンルールだが、ネタが分かってしまえば途端にやりやすくなる。絶望どころか余裕が生まれる。

 今回の場合で言えば、このまま地道に餓鬼を殺し続けていればいつかは攻略出来てしまえる。

 …え?うん、確かに数の暴力というのは怖いものだ。今回の俺はソロな訳だし。

 しかし今の俺は強くなり過ぎてしまった。このレベル帯のモンスターから攻撃を受けてもMPシールドが食い止めてしまう。

 まあ、言っても俺のMPシールドは分厚くも紙装甲だからな。貧弱な攻撃でもヒットすれば削られる。

 …はずなんだが、

 低レベルの餓鬼だとそれすらまともに出来ていない。共食いでレベルアップを果たした連中ですら削っても多く残る状態だ。その上で俺はMPが馬鹿みたいに多いからな。まだまだ余裕が──
 
「…ていうか、あれ?削られる量より自然回復する量のが多くないか?」

 MPの表示を見れば確かに削られはするけど、そのすぐ後には最大値に戻ってしまって──

「……え、いや、これってもしかして逆にマズいんじゃ──」

 いやいやいや、もしかしないでもマズいぞ?だって…

「待て待て待て待て!こっちはソロで攻略してんだぞ?」

 その上、蓋を開けてみればソロ攻略者の天敵である『殲滅攻略型』のダンジョンだった。なのに、

「楽勝…だと!?いやいやいや!」

 ダンジョンを攻略するにあたってそんなこと、想定する訳もなく。かといって、命がかかっているのにそれは言い訳。

「あーもうくそ!くそくそくそ!何が大丈夫だ俺の、、大馬鹿やろうめっ!」

 この状況が如何にマズいか、今の今になってやっと気付くとか…まったく間抜けな話で…って、え?何がマズいって?それは…


 『楽過ぎて負荷が皆無』ってのがマズい。


 そう、このまま負荷がないままだとスキル育成が、出来ない。

 さっきも述べたが、お目当てのスキルが目標レベルに達しないと本当にマズいことになるからだ。

 確かにこのままこのダンジョンコアにはたどり着けるだろうが、それだけでは、

「あの『鬼』には負ける…確実に」

 つまりは誤算発生というやつだ。いつの間にか俺は、『窮地じゃない事が窮地』という…とてもおかしな状況に陥ってしまっていた。

 …今なら分かる…猛烈に嫌な予感がしていた理由が。

 そもそも予感ですらなかった。第六感が働いた訳じゃなかった。

 きっとこの分かりにくく絶望的な状況を正解に把握出来ない自分に、ただモヤモヤしていただけだったのだ。それにやっと気付いて、

「うーん…ッ!どうすれば!?」

 とか唸った所で打開策なんてすぐ見つかるもんじゃないし──

「──ぃゃ……………見つかった…か?」

 さすがは二周目知識チート。
 
「いや発見ってほどの妙案じゃないけど…試す価値ならありそうだ」

 ならばと早速行動に移す。

 まずは【大解析】を発動した。

 スキル範囲内にいる全ての餓鬼のステータスを閲覧する。

 でもこんな大群を相手にこんな事をすれば、


「ぐ、う!の、脳が、が、や、焼けるっ!」


 まあこうなる。

 スキル範囲内にいる全てを一気に解析した訳だから。ステータスってそもそも今までに経験した事のない情報類で、それがこの量ともなると超負荷が一気に脳を直撃する形になって…ぅーん、言葉だと伝えにくいな。

 いや、例えば脳筋って言葉があるけども。実際には脳ミソを筋トレよろしく物理的に鍛えたりは、出来ない訳だから。

 これは殆んどの人にとって慣れてる訳のない、全く初体験となる痛み。

 しかもその負荷によってただでさえ霞む視界の中を、大量のステータス画面が埋め尽くしてゆくもんだから餓鬼の姿なんか全く見えなくなってしまって、そうなると当然苦戦だってする。実際、、、

「お、くそ、このっ!いでぇっ!」

 餓鬼の攻撃の多くが俺にヒットした…けど、

「あだだっ、…て、ダメか…」

 これでは負荷としては足らない。さっきも言った通り、今のこいつらでは俺のMPシールドを削れても、貫けないのだ。

 ずいぶんと食らったので自然回復量を上回る減りとなったが、それでも俺が誇る分厚さにとっては微々たるものに過ぎず、俺本体にダメージを与える事は全く出来ていない。

 つまり今の連中の戦力で俺にダメージを与えるには、一撃でシールドを貫通るするなんて到底無理な話で、『まずは地道に俺のシールドを削りきる』という、面倒な過程を経なければならない。そうなると相当に時間がかかるだろうし、俺には

「うらぁあああああっ!いい加減にしろっ!」

 この回転技まである。闇雲に木刀を振り回すだけで餓鬼共を蹴散らせるのは既に述べた通りだ。そしてこんな事をすれば余計に負荷が得られなくなるのも当然のことで…

 それでも抵抗しない訳にいかないのだからイヤになる。

 何故なら痛くもない攻撃を甘んじて受け続けたところで、負荷とはなりえないからだ。ちゃんと戦いになってなければ戦闘用スキルというのは育たない事を、俺は経験として知っててだから、


「くそ!おらどけぇっ!」


 このように。心を鬼にして絶対的弱者を葬っていくしかない。そしてもう一度言うがこれじゃぁ負荷なんて得られない。ならどうするか──いゃ、それについては次回だな。


「とりあえず始めてみたけど、大丈夫かなこんなんで…」

 『英断者』が『何とかなる』って感じを出してるし、何とかなるか?

「つか、何とかならないと困るぞ…って、どけよもう!まったく…なんて言えばいいんだろ。この…」


 窮地なのにそれが全く伝わらない感じは。