「あ…ぁ…くそ…痛…え」


 巨大な百足(ムカデ)が首をもたげ、俺を見下ろしている。

 それだけで視界が埋まるのだから呆れたデカさだ。

 といっても、コイツも相当傷ついている。その証明として字面通り百本もあった脚は、今や残り少ない。

 それでも、脅威度は健在だ。

 どういうスキルか、中空に浮いて蠢いているんだからな。その多すぎる脚に意味は?と問いたくなる。頭部だけでトラック前部ほどもある巨体で空中を自在に動き回れるとか反則だろう。
 胴体もその大き過ぎる頭部に見合うほど長大で、その背や腹を覆う甲殻は当然に見合って分厚い。しかも特殊な条件をクリアしなければ物理だろうが魔法だろうがどんな攻撃も比喩なしに弾いてしまう無敵仕様だ。
 これだけでもう十分に怪物。なのになんでも溶かして侵す毒の酸まで吐き散らかすんだから嫌になる。それを浴びたのはついさっきの事でつまり…


 俺はもう死ぬ。


 腹の半分から下が溶けて失くなってるんだから間違いない。まだ息があるのはステータスを構成する『器礎(きそ)魔力』が無理やり生かそうとしてるからだ。

 そんな無駄な足掻き…もとい、行き過ぎた献身を正直迷惑に思いながら、
 
 最期に持て余した苦痛過ぎるこの暇を潰しがてら、

 地面の染みになってもなお白煙を止めないでいる下半身を眺めながら、


 俺は馴染みの言葉を吐き捨てた。「ゴポ…っ、」血反吐とともに。



「…あ~…くそ…失敗…した…」



 いや失敗し過ぎだろ俺。

(そう…だょな…思い、返せば、、、)

 出勤しようとしたら玄関のドアが開かなくなってた、あの日から。

 それを無理やりこじ開けようと、工具セットを探すために押し入れを開けた、あの時から。

 その中に発見した『チュートリアルダンジョン』へ続く階段を好奇心のまま降りていった、あの瞬間から。

 ずっと、ずっと、ずっとだ。

 いや。

 その前からか、生まれた時からか。

 俺はずっと失敗続きだった。
 
 外見は平凡。 
 学力や運動神経もそう。
 むしろ平均より下。
 家族はいない。幼い頃に亡くした。

 さらに悪いことにコミュ障だった。

 俺にとってこの世はハードモード。失敗ばかりだった。救いのない事にそれに馴れてすらいた。結果、財産らしきものは持てなかった。もちろん女にもモテなかった。 

 趣味といえば漫画やアニメやラノベやゲーム。他に熱心になれる事なんてなかったな。というか、何かに打ち込むなんて許されないと思っていた。勝手に。自発的に。必要以上に自分を低く見積もって生きてきた。そんな…我ながら重症に思う自業自得で栄光らしき栄光もないまま……

(死ぬのか…俺は…。こうして振り返るとホント、パッとしない人生だったなぁ…)

 平凡な高校を平凡な成績で卒業して。
 ブラックな企業に考えもなく就職して。
 そこでダメな自分にやっと気付いて。
 ある日突然ダンジョン見つけて。

『ファンタジー展開キター!』

 とか浮かれまくって。
 
『今度こそ本気出す!』

 なんて空回りして。
 ステータスビルドに失敗して。
 ジョブの選択肢は限定されて。
 欲しいスキルも得られず仕舞い。

(そんなだから…大事な人も救えなくて…)

 というか、…誰も救えてなくて。

 失意に溺れた俺は、アイテムとか称号の争奪にも積極的には参加せず。結果、何もかもに出遅れ、出し抜かれた。

 いや、

「少…し…は、役に、立った………のか…?」

 だって倒されようとしているからな。あの無闇に無敵な巨大ムカデが。その証拠に百本脚も残り僅かだ。

 急増だったが一応のパーティーメンバーの皆さんにほらまた、もぎ取られて…よしよし…この命を犠牲にした甲斐もあったなぁー……なんて、

「思うかよっ!、、、仲間、選、びも……」

 そう。今回のは失敗だった。オリジナルメンバーはみんなはとっくの昔に全員亡くした。
 それで…さっき言ったように失意に溺れた俺は……うーん、だからって、なんでこんな連中とつるんだんだ?──て、

「お?そうか…巨大ムカデちゃん…お前もそろそろか…」

 唯一の弱点である脚も残り一本となっていた。つか、ああ、それも今、もぎ取られたな。殺されようとしてらっしゃる。
 

「は、は、待ってろ…俺も、ぐふ…ぐっ、す、すぐ、逝く…から」


 『臨時の…』とはいえ、パーティーメンバーに騙され、囮に使われ、そんな哀れな俺を道連れにして逝くんだからな。

「一杯ぐらい奢ってもらわにゃ…なんて。はあー~ー……」

 溜め息だって出る。こんな…仮とはいえ仲間(?)に裏切られて死ぬとか。

「…いづづ、はあぁぁ…悔…しいな…ホント、普通に悔しい…」

 最期とするにはブラック過ぎる。笑えないしパッとしないし。

「あーも、、ホント…っ、」

 泣けてくる。だってまただ。世界がこうなってから、何度思ったか分からないアレ。いつもの、ありふれた願い。それを懲りずに、俺はまた思ってる。

 
 『やり直したい』

 『今度こそうまくやるから』

 
 こんな事を思うのは嫌いだ。憎いまである。なんて図々しい願いだ。こんなの叶えてくれるほど神様も甘くない……



 …てゆーか。



 「 …いつ死ねるんだ、俺? 」



  ・

  ・

  ・

  ・

  ・



  ・




  ・
 



















 ──ジリリリリリリ!



 という、目覚まし時計が鳴らす鬱陶しい音で目が覚めた。


「……目覚まし?だと…?」

 いつぶりだ。こんな健全な道具に起こされんのは。なんとも懐かしい鬱陶しさだ。そんなことを想いながら身体を起こそうとして、


「ぬ……ぐ……?え?」


 身体がやたら重く感じた。おかしい、魔力で強化されてるはずなのに…でもなんとゆーか、懐かしい重さだな。
 そんなことを想いながらベッドの外に両の足を放り出す。その反動で上体を起こしてみれば、


「うぎ、今度は首かよ…痛え…」
 

 これも懐かしい痛みだ。首の痛みは鬱の初期症状とか聞き齧って本気で悩んだ時期があったな…なんてことまで思い出す。その鬱疑惑の元凶たるブラック企業でこき使われたことも芋づる式に思い出し、


「ふは、それが懐かしく思えるとは…」


 なんともいやな懐かしさだ。我ながらこれは重症ってやつか……いや、でも、


「まあ確かに、あの頃はしんどかったけど…」

 命の危険までは心配しなくて良かった…いや、そうじゃなく、

「あれはあれで命に関わるハードワークだったような…」

 まあ人生なんてこんなもん。失くして気付いてファーラウェイ…いや、だから違くて、
 
「もしあの頃に舞い戻れるならもうちょいマシなブラック狙う…って結局のブラックか──って……いやいやいやまてまてまて違う違う違う!え?これ、え?いや、えええ !?」


 いや、
 俺、
 殺されたよね。
 さっき。
 無様に。
 無惨に。
 なのに。


「……なんで?ここって俺の部屋?…じゃん」


 いや、『元、俺の部屋』って言うのが正しい。つまりは、昔住んでた部屋だ。
 世界中にダンジョンが発生する前に棲み家としていたここは、ただの会社員でしかなかった俺が借りていたアパートの一室で…改めて周りを見れば荒廃した様子もなく…俺が出ていく前をそのまま残していて…

「…あれ?」

 いや、出て行く前は部屋中を漁りまわって荷造りして…そんでこの部屋に戻る気もなかった俺は、散らかった状態をそのまんま放置したはずだ。それが…


「なんで、、片付いてんだ…?」


 あ。


「さてはこれ」


 もしかして。


「例の…アレか?」


 そう、漫画とかでよく見るパターンのアレ。


「あは、もしかして、夢オチって…やつなのか?これ?ええ?」


 さっきまで経験した色々、
 
「あれ全部、夢だったん?」

 ダンジョンに潜ったあの日々も。
 魔物を殺して浴びた返り血の臭いも。
 出し抜き出し抜かれのひりつき感も。

 そんで結局、最終的には仲間(※臨時)に裏切られたりして…そんなさっきまでの殺伐も、全部、
 
「夢、、だってか…うっそー~ん……いや、でも…」


 ……そっか、


「ふふ…夢か。なんだ。良かった。生きてんじゃん…俺」 


 そっかそっかー、


「…じゃ、ないだろおい!あれが夢だったんなら、会社行かなきゃじゃねえかッ」


 ………………って、


「ええええ~~ー……………………マジで?ぐっへぁぁー~…(※深い溜め息)」


 え?うん、只今絶賛前言撤回中です。命の危険云々がそもそもの夢だと分かればこんなもんです。現実のブラックはやっぱりです。気が重いなんてもんじゃなかったです。


「でも行くしかないとゆー…なんて悲しいサガなんだ」

 ……なんて。

 俺は口では嫌々しながらも、弾む手つきでテレビをつけた。朝の情報番組をBGMに朝食を準備しようと……したのだが。


「──は?」


 その手が止まった。何故止まったかといえば、番組内で語られる内容が耳に引っ掛かったからで──

『──えー速報です。日本全国で…ええ?世界各地!…で観測不能震源地不明の地震…あ…私達も感じてます!これが…ええ?同時多発で確認されたとの──』


「……おいおいおいおいマテまて待てこのニュース覚えてるぞ確か──」


『あの地震こそがダンジョン発生の前兆だったんじゃないか』とかなんとか、この数日あとに議論されたんだっけ──「いやもっと待てっ!」


 『この数日あと』、だと?


「ちょ………………………っっっ、これっっっ!」


 ドタドタドタ──ガチャガチャ!


「玄関…やっぱ開かないっ──じ、じゃあ、押し入れっ!!」


 ドタドタドタ──スッ、パタン!


「…………ま、じか。」


 なかった。なくなっていた。
 押し入れの中にあった物が根こそぎ。


「………………あるじゃんかょ…、」


 そう、その代わりとして、あったのだ。


 ────階段が。


 多分これは…いや、確実にこれは、ダンジョン内部へ続く階段…。


「マジ、か、、くそ…」


 これも当然、覚えがある。


「つか、忘れるはずもない…」


 後々にデカイ後悔をもって何度も思い出されるこれこそ…


「『チュートリアルダンジョン』…」


 …の、階段だろ?これ。忌々しい記憶であるそれと再会を果たしながらしかし、俺の顔は笑みを浮かべていて…だって、だってさ──



 「マジですか、神様、」





 
 『やり直したい』

 『今度こそうまくやるから。』




 
 そんな図々しい願い、叶えてくれるほど神様も甘くないはずが──


「──な、くも…………ないのか? 」


 ……………

 ………

 ……

 …

 
「…なくもない、みたいだな…」


 …おお神よ…



「マジですか…。」