「ほら、行くよ?」
「うんっ!」
僕達は駅までの道のりを2人並んで歩いた。
その道中、彼女は話してくれた。
少し症状が落ち着いたから、一時外泊ができたんだと、そしてちょっと疲れたから早めに寝ると言って寝たふりして家を出てきたんだと。怒らないでね?とちゃんと付け加えるのも忘れてなかった。
僕にはわかった。
この中には三つの嘘があった。
ひとつ、 症状が落ち着いたこと。ふたつ、外泊ができたこと。みっつ、家を出てきたこと。
でもなんかもう怒る気になんてなれなかった。
加奈が必死の覚悟で来たのだ。
何かしら訳があるのだろう。
その訳はまぁまた後で聞けるはずだ。
加奈はきっと話してくれるはずだから。

 駅に着いたら、ちょうど電車が来るとこだった。僕達は家とは反対の電車に乗って隣町へ出発した。
 電車の中では、ほとんど話さなかった。
 何故かって?
 加奈が寝たからだ。
 おかしなことに、電車に乗る前は久々の電車だとはしゃいでいたのに電車に乗ったら十分もしないうちに、僕に寄りかかってすぅすぅと寝息を立てていた。
そして眠り続けて約1時間半。 加奈は眠り続けた。
「次は海鳴町、海鳴町。お降りの方は、電車が完全に止まってからお立ちください」
やっと着くみたいだ。
僕たちの住んでる町はかなり広い。さらに最寄りの海鳴町はいちばん遠いとこだ。だから時間がかかる。加奈が見たいのは夜景だから夜でないといけない。と考えると心配性の加奈の母親は連れていってくれるわけが無いのだ。
さぁ、加奈を起こさなきゃだ。
「加奈、加奈。もう着くよ。起きてー」
「ん、んーーん、着いたぁ……?」
「うん、もう着くよ」
電車の動きが遅くなっていく。そして周りが明るくなって、そして止まった。
「海鳴町、海鳴町。ドアか開きます。ご注意してください」
僕達は足早に電車を降りた。
「さぁ、行こっか」
「うん!」
そして駅を出て、展望台までの道を歩き出した。
道中、やっぱり無言だったんだが一言だけ……
「ねぇ、そうちゃん、ありがとう」
「まだ着いてないよ?」
「知ってる。それでもなんか言いたくなったの!」
「ん。どういたしまして」
ほんとに、それだけだった。
でも、それでも全然気まずくなんてなくて、むしろ落ち着くくらいだった。
 ああ、やっぱり好きだなって、僕はのんきにそんなことを考えていた。
十五分くらいの道を三十分くらいかけて歩いた。
「ほら、見えてきたよ」
「ほんとだぁーーー!」
 加奈は急に小走りに展望広場に入っていいった。
 すぐ後ろを僕も追いかけて広場の中へと入る。
 

 中に入ったら、急に目の前が開けた。
 正直に言う。
 僕はなんて言えばいいのかわからなかった。
 そのくらい、圧巻でこれまで見てきた景色と比べられないくらい美しかった。
 広場の入口の方からは、街の光がキラキラと輝いていて山の斜面にまで並んだ建物が本来の夜景の美しさに更に拍車をかけている。
 広場の奥の方からは、明るく光る満月がどこまでも広がる海をほんわり照らしていた。
 ただ、少し振り返るだけで全く違った光景が広がっている。
 まるで魔法にかかったかのような不思議な感覚だった。
「ねぇ、そうちゃん」
 加奈の声で僕は我に返る。
「なぁに?」
「綺麗……」
 いつの間に加奈は僕の隣に並んでいた。
「うん。凄く綺麗」
 加奈は僕にいつも幸せをくれる。
 今だって……
 ここの夜景はとても綺麗だ。美しい。
 でも、僕が今見ている景色は加奈と一緒だからより一層輝いて見える。
「ねぇ、そうちゃん」
「なぁに?」
「おんぶしてほしい……です」
 加奈と目が合う。
 僕をまっすぐ見つめるその目にはほんの少し緊張が混じっているように見えた。
「いいよ」
 そう言って僕は加奈に背を向けてしゃがんだ。
「いいの!?」
 断られるとでも思っていたのだろうか。
 驚いて少しオドオドしてるのも可愛い。
「ほら早く」
「じゃあ、お邪魔します……?」
「ん」
 加奈から後ろから抱き着かれることはないから新鮮な感じだ。
 僕が立ち上がるとかなはキャーキャー言って楽しそうに景色を楽しんでいた。
 いつもより、三十センチくらいは高いのだ。
 違う目線の世界ってのは思ったより面白いのかもしれない。
 しばらくしたら、ちょっと疲れたのか僕の肩に顔を埋めだした。
「そうちゃんの匂いがする。落ち着く。いい匂い」
 僕は加奈の頭をなでなでする。
 懐かしい気分。
 昔から優しさになるのが怖くて誰も加奈に頭を撫でることなどしてこなかった。
 加奈は相当寂しかったのだろう。
 トランプや人生ゲームで勝負を仕掛けてきた。
 僕はその手のゲームに弱いのだ……とっても。
 当然のように毎回負けては罰ゲームをさせられるのだった。
 まあ、頭なでなでやハグなど僕にとってはご褒美でしかなかったのだけど!
 あっ、わざと負けてたわけじゃないよ? 断じてね、それは違う。
 静寂が訪れた。
 どのくらい経ったかわからない。
 さっき歩いてきたときに持った熱はもうとっくに冷めていた。
 加奈と触れ合っているところだけが暖かい。
 加奈が生きてる。感じられる。とっても幸せな時間。
 だけど、加奈が元気でなくては意味がない。
 だから、そろそろ声を掛けよう。
 そう思ったとき、加奈が話し出した。
「あのね、話さなきゃいけないことがあるの……病気のこと」
「うん。聞かせて」
「あのね、私もうそんな長く生きられない。私の病名覚えてる?」
 忘れるわけがない。ずっと気をつけてきたんだ。
「優病だよね」
「そう。私はね、私の体にはね、人の優しさが毒になる。これまで、そう言われてそう思ってきた。実際、安藤先生の下した診断がそうだったからね」
 だから僕は怖かった。ここに来る前の坂もほんとは加奈に歩かせない方がいいとも思ったんだ。加奈の体のためにも。でも結局、歩くペースを合わせることくらいしかできない。ほんとはおんぶでも抱っこでもしてあげたい。でもその優しさがかなの命を削ってしまうかもしれないと思うと結局いつも何もできない。
「でもね、違ったんだ」
 え……?
「違う?それじゃ……」
 加奈は病気じゃなかったのか……?
 僕の心に一瞬、期待が走る。
 もっと素直にもっと色んなことをしてあげたいって何度思ったことか。
 でも加奈はこういった。
「ううん、そうじゃないんだ。安藤先生の診断は間違っていた」
「あっ」
「私は、恋病だったんだよ。優病じゃない。確かに優しさは毒になる。だからね、先生を間違ってるっていうのもちょっと違うかもしれない。でもね、誰かの優しさじゃだめなんだよ。たった一人。そうちゃんの優しさじゃないとだめなんだ。そうちゃんの優しさだけが私の毒になる」
 加奈の病気の原因は僕?
「……ほんと?」
 加奈はゆっくり頷いた。
 背中から伝わってくる。
「うん。残念ながらほんと」
 声からも分かる。こんな時だけ都合がよすぎるかもしれないけど、本当はわかりたくない。でも、わかってしまう。経験が語っている。何年一緒にいると思ってる。今の加奈は嘘などついていない。そんなの僕が一番知っているだろう。
 だけど、そっか、そうなんだ。これまでずっと、気を付けてきた。でも、気をつけてはいたとしても僕は何年かなの寿命を縮めただろう。両手の指じゃ足りないかもしれない。
「じゃあ、僕が加奈を苦しめ続けてきたってこと? 僕のせいでかなは死ぬの?」
 僕はもうかなのそばにいてはいけない。加奈に良くなって欲しい。僕が治してあげたい。ずっとそう思ってきた。だけど、僕のその思いこそがかなにとって一番の毒なんだ。
 あぁ、ダメだ。
 それなら、もしそうなら、僕はかなを幸せにできない。
 もう、一緒に居てはいけない。離れたくない。でも、失いたくない。
 加奈を失うことが自分が死ぬことよりも何十倍も何百倍も怖い。
 誰よりも大好きで愛してるから。
「違うよ。私は自分で選んだんだ」
「でも……」
「迷惑でしょ? 私が死ぬのがあなたのせいなんて言ったら。そんなの誰でもそうだよ。だって人殺しって言われてるようなもんじゃん。ほんとはそうじゃない、そんなのわかってるよ。でも、わかっていても心の奥のどこかでそう思ってしまう。それが人間なんだよ。それにその人間が優しければ優しいほど、この事実は深くその人間を傷つけ、苦しめる。そうちゃんは優しいからね、そんなの私が一番知ってる。大好きだから、ずっと見てきたから。私はそうちゃんのこと一番知ってる。そうちゃんは、きっと私から離れようとするでしょう? 今だってそう考えてたでしょう?」
 加奈にはお見通しみたいだ。
 でもね、当たり前だよ。だって、大好きなんだから。
「だから、ごめんね。ずっと黙ってて。私さ、臆病だから言えなかった。そうちゃんは私の唯一の生きがいだからさ、失いでもしたら、もうほんとに何のために生きてるのかわかんないなって思って、怖くて命削ってでもいいからそばに居たくて、だから彼女になりたいとかも思ったけど、そんなことしたら私の寿命はほんとに一瞬で尽きてしまう。それでもいいけど、そうちゃんの未来に私がいないのも嫌。私の知らないそうちゃん他の人だけが知ってるなんて嫌。だったら、好きじゃなくなろうってそうも思って、そしたら生きていられるじゃん? それで色々したけど全部だめ。好きな気持ちが強くなっただけだったな。それにね、私は気づいたの。いくら、生きてったってそうちゃんのそばに居れなかったら意味ないじゃんってね! だからね、決めたの。この命が尽きてもいい。たとえそれが一瞬だったとしても……私は最高の幸せを手に入れるってね、ねぇ、そうちゃん。最後のお願いだよ? 許してね言葉そのまま命懸けだから」
 なにを言っているんだろう。
 命懸け?
 許せるわけがないだろう。
 最後?
 いや違う。
 僕が治すんだ。
 人殺し?そんなのはどうでもいい。
 ただ、加奈がこの世からいなくなる。
 それだけは耐えられない。
 嫌なんだ。
 まだ、間に合う。
 背中から感じる加奈はまだ暖かい。
 生きてる。
 だから……
「そうちゃん、おろして?」
「うん」
 僕はしゃがんでかなから両手を放す。
「よいしょ、っと」
「ん?」
 加奈は降りると直ぐしゃがんだ僕の前に立って僕の首に腕を回す。
「ふふっ、そうちゃん捕まえた!」
「え、ちょっ、」
 加奈の力は弱い。
 逃げるのなんて簡単だ。
 でも……
「逃げれないよね?だってこの体勢からだと私が怪我しちゃうかもしれないからね」
 はぁ、そっかもう僕の負けだ。
 ほんとに加奈にはかなわないや。
「へぇ、ちょっとくらい危険を冒す可能性は考えないんだ」
 加奈は笑った。
「うん、だってそうちゃんだもん」
 あぁ、可愛すぎる。
 やっぱり、手放すなんて無理だったかもしれない。
「ねぇ、そうちゃんお願いです。私を最後まで幸せにしてくれますか?」
 そんなの決まってる。
 加奈を幸せにするのが僕じゃないなんて耐えられない。
 加奈を幸せにできるのが僕だけなら、加奈がそう思うなら……
「もちろん。幸せになろう。ただ一つだけ、条件あるよ?」
「ん? なーに?」
「僕の彼女になってくれますか? そして僕がどんなに加奈のことが大事で大事で大好きなのか知るといい。これまでどれだけ我慢してきたことか。実はもう結構限界だったんだよ」
「もちろん! ふふっ、そうちゃん可愛い」
「加奈の方が可愛いのに」
 加奈が笑ってる。
 えーそんなことないよーって言いながら笑ってる。
 何気ない会話が、可愛い加奈をためらいなく可愛いって言える当たり前だったはずの時間を……僕は手に入れた。
 『加奈の命と引き換えに』だ!
 そんなの許せることじゃない。止めなければいけない。
 なのに、なんでかな……なんか幸せでいっぱいなんだ。
 これからどうしよう。残り少ない時間どうやって過ごそうか。
 遊園地に行こうか、水族館に行こうか、映画を見ようか……
 そんな楽しいことばかりが浮かんでくる。
 だからね、もういいんだ。
 加奈にはかなわないよ。
 僕の負けだ。
 だから、僕も決めるよ。
 加奈と幸せを噛み締めるってね。