蕾生は永の歯切れの悪い口ぶりが少し気になっていた。そんな蕾生が違和感を考える間もなく、永は少し笑って問う。
「そういう訳で銀騎が僕達と因縁があるって意味、わかった?」
「俺達がかかってる鵺の呪いが、陰陽師に関係があるってことか?」
「うーん、不正解」
「え?」
永は陽気な声音で、けれど渋い顔をして首を振った。
「逆なんだ。銀騎が陰陽師だから、僕らにかけられた呪いに興味を持たれた」
「どういうことだ?」
「銀騎の目的は、実は僕にもよくわからないんだよね。何回か転生を繰り返してるうちにいつの間にか絡まれるようになっててさ。多分、専門家から見たら、僕らの呪いって特殊なんじゃない? だからしつこく追い回すのかなって」
「じゃあ、銀騎を探っても鵺の呪いを解く方法はわからないってことか?」
銀騎の家が陰陽師だと聞かされた時から、蕾生は自然にこの呪いは銀騎がかけたのかもしれないと思い込んでいた。
永は肩を竦め手のひらを掲げて答える。
「うーん、だと思うよ。銀騎が僕らの呪いを独自に分析してる可能性もあるけど、基本的に彼らの興味は鵺そのものだから」
「鵺そのもの?」
「うん、何度かライは捕まりそうになってる。多分、銀騎は僕らを捕らえて隅々まで調べたいんじゃない? 調べて何に使うのかはわからないけど」
そこまで聞いて、星弥は大きく頷きながら言った。
「そっか、お祖父様ならそうかも。知的好奇心の塊みたいな人だから」
「ライくん、僕ら人体実験されちゃうかもよー?」
少し戯けた永の態度をいなす余裕は今の蕾生にはない。代わりに少し睨んでやると永も咳払いをして真面目に言った。
「とにかく、僕らが鵺の呪いを解こうと頑張ってると絶対に邪魔してくるのが銀騎ってワケ」
「そういうヤツらの所にリンが転生したのか……」
鈴心は偶然だと言い張ったが、今の蕾生にはとてもそうは思えなかった。
「ライくんだってここまで聞けば、何かあるって思うでしょ?」
ここでようやく蕾生にも、鈴心の置かれている状況が「出来過ぎて」いることがわかった。
鵺に興味を持った銀騎詮充郎が前回の転生においてリンに目をつけ、何らかの方法で身内に取り込んだ可能性は十分に考えられることだ。
「そうだな。でも陰陽師ってそんなことまで出来るのか?」
「さあ、そこは銀騎さんに聞きたいところなんだけど」
永が視線をやると、難しいテストを解くような顔をして星弥は眉を顰めていた。
「人一人を狙い通りに転生させる……? うちにそういう秘法があるかどうかはわたしにはわからないな。兄さんなら知ってるかもしれないけど」
「だよね、じゃあそこは一旦棚上げで。話を変えるけど、御堂って銀騎の分家だよね?」
その言葉を聞いて、星弥は呆れるような、怖さを感じているような声で率直な反応を見せる。
「よく知ってるんだね……」
「まあ、ちょっとね。分家にも術者はいると思うけど、リン──鈴心にはそういう力は?」
「あ……」
それまで自分の家のことを隅々まで知っている永に微な嫌悪感を見せていた星弥だったが、そう問いかけられて急に怯えた表情を見せた。
「この話を二人にしようかどうしようか、ずっと悩んでて……」
ただ事ではない星弥の様子に、永も蕾生も身構えて真剣に聞き入る。
「すずちゃんが辛そうだから、やっぱり教える方がいいかもしれない……」
確実に良い話ではないことは蕾生にもわかる。永なら尚更で、途端に頬を強張らせ、星弥を少し睨みつけながら続きを促した。
「……何?」
「すずちゃんがここにいる本当の理由。すずちゃんは、定期的にお祖父様の所に行って健康診断を受けてるの」
「──」
硬直した表情のまま、永の眉だけがピクリと動く。
「わたしには健康診断って言われてるけど、本当は何をされてるのかわからないの。だって帰ってくるとすずちゃんは顔が真っ青でとても疲れてて」
──人体実験。
先ほど永が戯けて言った言葉を蕾生は思い出したが、即座に否定する。
まさか、そこまで。自分も毒されてるな、と心の中で自嘲する。
「すずちゃんに聞いても、ただの定期検診だって。母親と同じ病気が出ないか経過観察してるって言うんだけど、とても信じられなくて。けど、わたしはそれ以上聞けなくて……お祖父様はわたしには会ってくれないし」
「それはいつから?」
永は感情のない声で聞いた。努めてそうしているようだった。
「確か、すずちゃんが六歳くらい。お祖父様がうちに連れてきたの」
「頻度は?」
「最初は毎日だったと思う。妹ができたみたいで嬉しくて、毎日すずちゃんを探してたから。その度に、お祖父様のところよって言われたの」
「毎日健康診断? そんな訳ねえだろ」
さすがに蕾生も口を挟んだ。それに頷いて星弥は続ける。
「そうだよね、あの時はわたしもこどもだったからよくわからなかったけど、思い返して見ると変だよね」
「──それで?」
永の表情は凍りついていた。それに気圧されて星弥の言葉がたどたどしくなる。
「ええとね、しばらくして兄さんが言ったの。すずちゃんは病弱で学校に通えないから、自分が勉強を教えるんだって。わたしには遊び相手になってあげなさいって」
「あいつ、学校行ってないのか?」
蕾生の問いに、星弥は神妙な面持ちで頷く。
「うん。中学校も行ってないよ」
「鈴心はずっとこの研究所から出ていない?」
聞いたこともない低い声がした。それが永から発声されたものだと蕾生はすぐには気づけなかった。
「そう。お祖父様が許してないの」
「異常だろ、それ……」
銀騎詮充郎の暗く恐ろしい顔を思い出して、蕾生は身震いをひとつする。それとともに嫌な汗が額に滲んでいるのがわかった。
蕾生の言葉に星弥は懺悔でもするように声を震わせて告白する。
「そうかもしれない。でもわたし達はすずちゃんが元気でいられるようにずっと見守ってきた。大きくなるにつれて、検診の頻度も少なくなってきて、それはすずちゃんが元気になってきた証拠なんだって──思っていたかった。銀騎研究所は病院じゃないのに、ね」
「……」
その表情に、蕾生は何も言えなかった。
「周防くんと唯くんがここに来るまでは、そんな甘えた幻想で自分を誤魔化してたんだ。わたしも知りたいの、すずちゃんに何が起きてるのか」
それまでの自分を悔やみながら、星弥は意を決して永と蕾生を力強く見つめた。その瞳には新たな光が灯っている。
「話してくれてありがとう、と言っておくよ」
「永?」
少し穏やかな口調で永は星弥に頭を下げた。しかし次に顔を上げたその表情はこの世の者とは思えないほど冷たく、暗く、そして激しい怒りを携えていた。
「──でもおれは銀騎を許さない」
「……」
「──!」
蕾生も星弥も、永の剣幕に呑まれて身動きがとれなくなっていた。永の纏う怒りで周りの空気が震えているのではないかとさえ思う。
二人が息をすることも忘れて硬直していると、永はふっと力を抜いていつもの口調に戻った。
「──とは言え、今日判明した疑問の全てを解明するのはなかなか大変そうだなあ」
「お、おう……」
永の感情の底知れなさを目の当たりにして、蕾生は返事をするのが精一杯だった。
「ごめんなさい、わたしがわかるのはこれくらいなの」
「あー、やっぱり鈴心チャンに聞くのが一番手っ取り早いよねえ」
「そうだな」
情報の手詰まりを感じて三人が沈黙していると、永が急に手を叩いて星弥に話題を振った。
「そうだ。一番最初に言ってたよね、親戚の子が銀騎詮充郎の研究について知りたがってるって」
「うん」
「鈴心チャンは何を知りたがってるの?」
「ええっと、主にはお祖父様の研究の内容かな? 最初はうちの陰陽師稼業のことも知りたがってたけど、わたしがほとんど知らないことがわかったら聞かれなくなったな。それでお祖父様の論文を読んで、ここはどういう意味かとか持ってくるの。でもわたしもさっぱりで、答えられないと冷ややかな目で見るんだよ、『この役立たず』って」
なんとなくその表情がわかる気が蕾生はした。小さいくせに凄んだらなかなかの迫力はあるだろう。だが、続ける星弥の言葉は思ってもみないもので。
「その睨んだ顔がすごく可愛くて!」
頬を紅潮させて言う星弥に、蕾生はがっくりと肩を落とした。やはりちょっと彼女は計り知れない。
「ま、君の変態性はおいとくけど、リンも何かを調べてるってことか」
苦笑しながらも充分に心の距離をとって、永は先を促した。
「特に関心があるのは、ツチノコとキクレー因子、かな。兄さんにもたまに聞くみたいなんだけど、うまくはぐらかされるって」
「キクレー因子、ね」
永がその言葉を繰り返すとともに指で机をトントンと叩いた。何かひっかかるものがあるらしいが、蕾生にはさっぱりわからないので素直に質問してみる。
「なんだよ、それ?」
「銀騎詮充郎がだいぶ前に、空想の生物だと思われてたツチノコを発見して、生体を研究し、新種の生物として登録したって話はしたよね」
「その話なら耳タコだ」
「そのツチノコだけが持ってる遺伝子の特殊な配列がある。それを銀騎詮充郎はキクレー因子と名付けた」
「へえ」
まるで初めて聞くみたいな態度の蕾生に、永は肩を落としながら言った。
「ちょっと! この前の見学会で銀騎皓矢が説明したでしょ?」
「そうだったか? まあ、なんか聞いたことあるなとは思ったけど」
蕾生の反応に少し呆れつつ、それでも永は丁寧に説明した。
「うんうん、ライくんはそんなもんだろうねえ。でね、キクレー因子がツチノコの体にどんな影響を与えてるのか、他にもこれを持つ新生物がいるかも、っていうのが今の銀騎詮充郎の研究なわけ」
「その研究は進んでるのか?」
「それが進捗とかは一切公表されてないんだよねえ。ツチノコの時もそれまで何を研究してたか謎の博士がいきなり発表したから世界がビックリしたらしいよ。『銀騎詮充郎? 誰?』って!」
少し大袈裟な言い方だったが、星弥もそれに概ね賛成して話を続ける。
「そう、すずちゃんも研究がどこまで進んでるのかを知りたがってた。だからお祖父様のファンだっていう周防くんなら、何か噂とか知らないかなと思ったの」
「孫も知らないことを期待されてもねえ」
「じゃあ、周防くん自身はどう考えてるの?」
星弥が聞くと、永は少し面倒くさそうに答える。
「僕? そうだなあ、銀騎詮充郎ファンのネットワークの中では、ツチノコが何故一般公開されないのかっていう考察があるにはあるけど……」
「そういや、リアルタイムでは見たことねえな。見つかったのって三十年も前だろ?」
蕾生も記憶を探ってみる。永に見せられた当時のニュース番組などでしか覚えがないし、普段のテレビ番組でもツチノコなど見かけたことがなかった。
「うん。発見当初は標本として見せてたし、その姿はテレビでもかなり映ってたみたいだけど、それ以降はさっぱり銀騎詮充郎共々メディアから隠れてしまってるんだ」
「お祖父様ならそうなると思うな。もともとテレビとかは好きじゃないから、自分が満足に発表できた後はオファーがあっても断ると思う。そういうのに出演してると研究する時間もなくなるし」
星弥の言葉に同意する形で永はさらに情報を付け足す。
「僕もその意見に賛成。銀騎詮充郎を知ってる人ならそう考えるけど、ただのファンはそうじゃない」
「と言うと?」
蕾生が続きを促すので、永は興が乗り朗々と語って見せた。
「銀騎詮充郎は、元々はオカルトマニアしか知らないような研究者だったんだ。胡散臭いUMA研究者ってね。でもツチノコの件があって、『あの人まともな博士だったんだ』っていうのが最初のオカルト界隈の感想。オカルトファンは同時に陰謀論も大好きだからね。急にメディアに出なくなった銀騎詮充郎に対してはオカルト的、あるいは陰謀論的憶測が飛び交ってる」
「どんな?」
蕾生が興味を示しているのが嬉しいのか、永はさらにニヤリと笑いながら続けた。
「例えば、ツチノコは毒を持ってるから生物兵器に転用しようとして、さらに毒性を高めたものを繁殖させてるとか。それには政府も絡んでいて、発表されている総個体数からすれば絶滅危惧種に指定されるべきなのに、そうせずに銀騎研究所が独占してるとか。酷いのになると、本当はツチノコ以外にも新生物が発見されていて、銀騎研究所はUMA動物園を作ってるとか!」
「──まさか」
さすがに蕾生も一笑に付した。永もクスクス笑って答える。
「最後のはただの妄想だと思う。でもツチノコの繁殖についてはそういう論文を出したこともあるから、根も葉もない噂ってわけじゃない。ただ、僕はそのツチノコの繁殖が上手くいってないからメディアに出ないだけだと思うね。仮に成功してたら大威張りで会見とか派手にやると思うもん、あのジジイなら。虚栄心の塊だからさ、自分の功績は殊更大袈裟に発表したがるタチだから!」
「そうだね、否定できないのが孫としては辛いけど」
星弥も苦笑しながら永の論舌を聞いていた。祖父の悪口をこれでもかと聞いた割に、星弥は怒ってはいなかった。
「なんにしろ、胡散臭いってことだな?」
とどめに蕾生が身も蓋もない一言でまとめた。
「まあ、学術的に認められてはいるけど、非公開な部分が多過ぎるからねえ。そういう黒い噂が絶えないんだよ、銀騎研究所ってのはさ」
「でも兄さんが副所長になってから、ちょっとは世間に歩み寄ってるんだよ? 企業とコラボしてドレッシング作ったり、この前の見学会だって怪しい研究所ではありませんって言う宣伝だし……」
「そういうのって、逆に後ろ暗いことを隠蔽したいからに見えるけどね」
「むー」
星弥が入れたフォローを永が一蹴すると、今度は少し不機嫌になって永を睨んだ。
「おっとごめん。君はジイさんの悪口は聞き逃すのに、アニキの悪口は我慢できないんだね?」
永が揶揄い口調でそう言うと、星弥は不貞腐れながらブツブツと言う。
「う……だってわたしお祖父様には可愛がられてないから」
「ふーん、なんとなく君を通しただけでも銀騎一族の関係性がわかるね。今日はそれだけでも収穫があったかも」
「それはようございました!」
星弥がプイとそっぽを向くと同時に、永は立ち上がった。
「じゃあ、そろそろおいとましよっか、ライくん」
「いいのか? 鈴心は結局来なかったけど」
「もう夕方だし、女の子の家に長居は禁物。来週も来てもいいでしょ?」
永は有無を言わさない雰囲気で星弥に確認をとる。
「もちろん」
「じゃあ、今日はいろいろアリガト」
そうして今日は鈴心の顔を見ることもできないまま、屋敷を去ることになった。蕾生は肝心の鈴心と接触できなかったので少し消化不良な思いだった。
来週は会うことができるのだろうか。来週がだめならその次は?
そんな想像をしていると、だんだんと鈴心に対して腹が立ってきた。
玄関を出たところで、永が空を仰ぎ後ろを向いて何かを見ていた。
「──」
「あっ、すず──」
つられて蕾生も同じ方向を見ると、二階の出窓、そのカーテンの奥からこちらを覗く鈴心の姿が見えた。蕾生は思わず大きな声で呼びかけようとしたが、永に無言で制された。
そうしてにっこり笑って鈴心に永は手を振る。
鈴心は慌ててカーテンを閉めてしまった。
「──帰ろ」
「いいのか?」
「うん、顔が見れたから」
満足気に薄く笑って永は屋敷を後にする。その健気な態度に蕾生は胸が締めつけられる思いだった。
◆ ◆ ◆
「……」
永が遠ざかった後、鈴心は暗い部屋の中で大きく息を吐く。
「来なくて良かったの?」
「──星弥! ノックぐらいしてください!」
あまり隙を見せない鈴心だが、星弥の存在に心底驚いたようで珍しく声を張った。
「ごめんね、ちょうど二人が帰ったから窓からでも見送ったらどうかと思って急いできたから」
「……」
「でもそれには及ばなかったね」
星弥が笑いかけると、鈴心は罰が悪そうに両手を後ろで組んでボソリと言った。
「今日は何の話をしたんですか」
「えへへー、内緒!」
「…………」
鈴心は得意の猛禽類睨みをきかせるが、何度もやっているので星弥にはあまり効き目がない。
「知りたかったら降りておいでよ、来週も来るから」
「まだ来ると?」
「すずちゃんが降りてくるまで諦めないと思うよ。あ、来週はお部屋の前で三人で踊ろうか?」
言いながらコミカルな動きで星弥は鈴心を挑発する。だが鈴心も頑なな態度を崩さなかった。
「そんなことしたら絶対開けませんから」
拒絶しているように見えて鈴心の言葉には微な希望が読み取れる。きっと意識してのことではないのだろう。その小さな小さな穴を穿つことができるか、彼らのお手並みを拝見しようと星弥はまた来週を心待ちにするのだった。
週末。そろそろ梅雨も本格化し毎日雨が降っていたけれど、この日曜の午後になって少し晴れ間が見え始めた。
それでも季節柄油断はできない。蕾生は教科書を数冊入れた学校用の鞄を左手に、右手には傘を持って永と連れだって歩く。
「今週の名目は中間テストの復習だってね」
「ああ、今日は一応教科書とか持ってきたぞ」
使うはずもないものを持って歩くのは面倒だが、永の様に何も持たずにいるのもなんだか気持ちが悪い。
先週は知らなかったからいいとしても、今日は口実がきちんとあるのだから、それに見合った格好で来るべきだと思った。蕾生はそう思ったのに、永は全く違っていたらしい。
「真面目だなあ、ライくんは」
「銀騎から連絡もらったろ? なのに手ぶらなのか?」
「だって僕、テスト間違えてないもん」
「ああ、そうかよ!」
にこやかに嫌味を言ってのける永に苛立った蕾生は鞄を振り回した。それは空を切って永の横髪を掠める。全く避けようとしなかった態度にもなんだかムカついた。
「いらっしゃい──どうかしたの?」
玄関を開けるなり、不機嫌な顔で立っている蕾生を見て星弥は首を傾げていた。
「いや別に……」
ブスったれた蕾生の後ろからひょっこり顔を出して永が笑う。
「僕が秀才過ぎて困るって話」
「──なるほど。イヤミだよね、それって」
永だけが手ぶらで来たことに即座に気づいた星弥は二人のやり取りも読み取ったのだろう、永に白い目を向けて冷たくそう言った。
蕾生がそれに無言で頷くと、永も些かの居心地の悪さを感じて話題を変える。
「鈴心チャンは今日もお籠もりかな?」
「うん……朝からずっとね。鍵はついてないから、引っ張り出そうとすればできないこともないけど」
星弥は少し暗い表情だった。毎週二人を家に呼んでおいて、肝心の鈴心には会わせてやれないことに少しの罪悪感を感じている。
それは永も感じ取っており、肩で息を吐いた後強がるように言った。
「できれば自分から出てきて欲しいんだけどね」
「わたし達が部屋の前で騒いだら、うるさくて出てくるかな?」
星弥のらしくない冗談に、蕾生も溜息混じりで呟いた。
「昔話じゃねえんだから……」
「あ、でもそれ使えるかも」
不意に永が明るい声を出した。蕾生と星弥が注目していると、永はにんまりと微笑んでとりあえず腰を落ち着けようと言いながら、すっかり馴染みになった応接室へと急ぐ。
「鈴心チャンは自分専用の携帯電話って持ってるかな?」
「もちろん、持ってるけど」
「よーし、じゃあ、銀騎さんはこのアプリ、ダウンロードしてくんない?」
部屋に入るなりソファの定位置にちゃっかり座って、永は自分の携帯電話の画面を見せながら星弥にあるアプリを示した。
永の携帯電話から星弥の携帯電話に、聞いたこともない名前の怪し気なアイコンのアプリが送られた。
「インストールしたけど、なあに? これ?」
「そのアプリを起動したままで、鈴心チャンにいつものメッセージアプリでメッセージを送り続ける」
「ええ?」
星弥の理解が追いつかないので、永はニコニコしながら星弥の手を取ってその中の携帯電話を握った。
その手管は実に鮮やかで、詐欺だったらどうするんだろうと、蕾生は星弥の警戒心の無さを少し心配する。
だがそれは彼女がこちらを百パーセント信じてくれている証でもあるか、とも思った。
「ここをこうすると……君の携帯電話が拾った音声をすぐに文章化して、相手にそれを送信し続けることができる」
「わたし達の会話を無理矢理送りつけて読ませる、ってこと?」
「そ。元は盗聴目的に開発されたものなんだけど、役に立つ日が来るなんてねえ」
「誰が作った、そんな物騒なモン」
蕾生はいい加減につっこまないとどんどん怪し気なアイテムが増えると思った。永はウフフと笑いながら画面を操作している。
「うん、顔も知らないトモダチがちょっとねー」
「お前は相変わらずネットで危ない橋渡ってんな……」
「まあまあ、このやり方なら法には触れないでしょ? 逆盗聴なんだからさ」
全く悪びれない永に、蕾生も溜息しか出ない。
「すずちゃんが電源切っちゃったら?」
星弥が少し不安気に言うと、永はギャンブラーのような顔をして言った。
「そこは賭けだよね。でもやって見る価値はあると思わない?」
「まあ、だめで元々か」
何にしてもとっかかりが欲しい。蕾生も渋々賛成した。
「わかった、やってみよう。あー、でも後で絶対わたしが怒られるよお」
星弥も決意を見せた後、鈴心に睨まれることでも想像したようで、顔を緩ませながら困っている。
「……嬉しそうだな」
そんな彼女を見て蕾生は少し引いた。
「よし、じゃあ、スタート!」
永は星弥の態度もにこやかにスルーして大袈裟に片手を上げ、人差し指で携帯電話の画面をタップした。
「──もう、喋ったら送信されるの?」
少しの沈黙の後、痺れを切らした星弥は何故か小声で喋り出す。
「うん。すでに送られてるよ、ほら」
永が携帯電話の画面を指し示すと、会話の通りに文字が打たれ送信されていることを示すアニメーションが流れる。
「ほんとだ。あ、既読ついた!」
三人は読まれもせずに鈴心側が退出することも考えていたが、意外とすぐに反応があった。それに気をよくした永が少し戯けて見せる。
「おーい、リン、見てるかあ? ハルだよーん」
「すずちゃん? 私達の会話を全部送るから、興味が出たら降りてきてね?」
「ほら、ライくんもなんか喋って!」
永に促された蕾生は、二人のように軽い感じで喋ることなど出来ないので、自然と怒った口調になってしまう。
「鈴心、おいこら、とっとと出てこい」
「あ! スタンプ返ってきた!」
返信の代わりに返ってきたのは、とても可愛らしい兎が「殺す」と言っているイラストだった。
「すずちゃんお気に入りの、ウサコロちゃんだ!」
それを見て星弥は声を弾ませて喜んだが、永と蕾生は目を合わせて失笑する。
「ま、まあ、反応は悪くないようだしこのままおしゃべりしよっか!」
そうして三人は、気持ち頭を寄せ合って、星弥の携帯画面を注視しながら会話を始めた。
「で、何を話せばいいんだ?」
永も蕾生も今日の話題について思い悩んでいた。すると星弥が小さく手を挙げて喋り始める。
「あの、わたし聞きたいことがあるんだけど」
「なに?」
永は軽く返事をして星弥に注目した。
「周防くん達は、九百年の間に三十三回も繰り返し転生してるって言ったけど、どうやってるの?」
「どうやってる、とは?」
「具体的な方法のこと。先週、すずちゃんの今回の転生は、もしかしたらお祖父様がうちの秘術か何かを使ってるかもって言ってたけど、それより前はどうやって転生してたの?」
素朴だがとても重要な質問だと蕾生は思った。何しろ転生しているという事実のみ永から聞かされ、その詳細は未だに教えられていないのだから。
「あー、そうだね……うーん、白状すると僕らは好きで転生してる訳じゃない。鵺に殺されて気づいたら生まれ変わってるんだ。転生に関しては僕らの意思は関係ないと思う」
永が歯切れ悪くそう答えると、星弥は更に食い下がった。
「なら、その鵺の呪いって何なの? 何度も転生させること?」
「いや、鵺の呪いは転生させることじゃない」
「じゃあ、何?」
「それは……まだ言えない」
やはり永は口を噤んでしまった。鈴心が現れ、蕾生にも現状の理解が進んできたところだが、永にとってはまだ不十分なのだろう。そしてそれを聞いた星弥は遠慮がちに尋ねる。
「──わたしがいるから?」
「いや、ライくんにもまだ言えない」
蕾生は黙って二人の会話を聞いていた。一体永は何を恐れているのか、それを知らなくては本当の意味で一緒に運命に立ち向かう、などと偉そうには言えない。それが蕾生にはひどくもどかしい。
「どうして?」
「それを今ここで言ったら、確実に──日常は消え失せる」
永が躊躇いながら、言葉を選びながら放った言葉に、蕾生も星弥も絶句した。
「まだなんの準備もできてないし、情報も揃ってない。軽はずみに口にすれば、僕らは君を巻き込んで即死するだろう」
「……」
大袈裟ではない表現に、星弥は微かに震えていた。それくらいの恐ろしい事実を永は抱えている。
「今は、そうだな、このまま時を無駄に過ごしていくと、僕ら三人に大きな呪いが降りかかる。こんな表現しかできない。ごめん」
軽口ばかりの永だけれど、それだけ深刻な事情があるのを蕾生に悟らせないためのものであることは、蕾生本人が一番わかっている。
「唯くんは、それでいいの?」
「ああ。気にはなるけど、永がここまで躊躇するからには仕方ないだろ。何度も繰り返してきたからこその判断だと思う」
「──そっか。わかった」
当人達が納得しているなら自分がこれ以上詮索することではない、と星弥はそこで引き下がった。
「ありがと、ライくん」
「ん」
永と蕾生を見て男の子同士の信頼関係っていいなと思う反面、それが崩れた時の危うさも星弥は感じていた。
永と蕾生がまるでゴールのない綱渡りをしているように思えた。だから星弥は出来る限りの情報を得ようと試みる。
祖父のためではなく、彼らのためでもない。何かの時に自分が適切な行動をとるためだ。