なんだかんだと話していると前回来た研究所の物々しい鉄の通用門が見えてきた。しかし、今回はあらかじめ私用邸への通路を教えられている。
 通用口にいる無表情の守衛と接触することなく、少し横にそれてみると鬱蒼と繁った藪の中にレンガ敷きの細い通路があった。これは知らないと認識できないだろう。

 蕾生(らいお)は前回来た時、この辺りは隣の森林公園の敷地だと思っていたのでいささか驚いた。芝生もあまり手入れがされておらず、レンガの通路にまで覆い被さって生えている。歩けばサクサクと音がした。
 
 そうして少し歩いた先に西洋風の大きな門構えが現れる。その中にはこじんまりとした石造りの洋館が建っていた。銀騎(しらき)研究所がここにできてからまだ十年ほどであるのを鑑みると、この建物はわざと古い技術で建てられたようだ。

 研究所の近未来を思わせる造りと、一時代遡ったようなこの邸宅にも同様の異質な雰囲気を感じて蕾生は少し身震いした。(はるか)を見ると苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、門柱に設置されたチャイムをすぐに鳴らし、その後はいつもの涼しい顔になっていた。
 
「いらっしゃい、(ただ)くん、周防(すおう)くん」
 
 普通ならインターホンが設置してあってこの場で応答するものだが、この建物にはそれがなく、すぐに星弥(せいや)が玄関から出てきて門を開けた。
 
「こんにちはー」
 
「……ウス」
 
 永と蕾生は難なく玄関に招き入れられた。そこは少しひんやりとしていて薄暗い。靴入れや調度品、出されたスリッパに至るまで高価なものだと、一介の高校生にもわかるほどだった。
 
「いやあ、ほんとに研究所の敷地内にお屋敷があるんだね! この前来た時は全然わからなかったよ」
 
 永はわざとらしく明るい声で話す。そうしてくれたことで蕾生は息がつまりそうな感覚をやっと堪えることができた。
 
「うん、プライベートな場所は施設内の地図に載せてないから」
 
「へえ、なるほど……」
 
「お祖父様は全然こっちには帰って来ないの。兄さんも夜遅くに寝に帰ってくるだけで。母とわたしとすずちゃんだけだと、外に住むよりこっちの方が安全だろうって」
 
 少し困ったように話す星弥は、建物の雰囲気とは逆のラフなカットソーに布製のパンツといった恰好だった。そのおかげで二人の緊張感も少し緩む。
 
「すずちゃん?」
 
 めざとい永は会話の中の知らない単語をすぐに拾った。
 
「うん、うちで預かってる子。今連れてくるから、座って待ってて」
 
「女の子なんだ?」
 
「うん」
 
 短く返事をした後、星弥は奥の部屋に消えていった。
 入れ替わりに黒いワンピースにエプロンをつけた中年の女性が二人を応接室に案内してくれた。
 
「うそ、これってメイドさん?」
 
「だろうな」
 
「生メイド、初めて見た……」
 
 小声であっても聞こえていないはずはないが、家政婦風の女性は何も言わずに二人を案内した後、お茶のポットやお菓子が乗せられたカートをその場に置くと、一礼して部屋から出ていった。