転生帰録──鵺が啼く空は虚ろ

 ざわざわと木々が煩いほどに揺れている。
 視界は真っ暗で、もう何も見えない。お前が泣いている姿さえも、何も。
 
「ああ、これはおれの罪だ」
 
 違う。お前は何も悪くない。
 俺が弱かったから、守れなかった。

 
 ◇ ◇ ◇
 

 赤い、赤い葉が生い茂る木の下で彼女は言った。
 
「もっと自分のことを考えてもいいんじゃない?」
 
 俺はそうは思わない。あいつの方がずっと辛い選択をしている。だけど彼女は首を振る。
 
「キミは何になりたいの?」
 
 その答えは考えたこともない。


 ◇ ◇ ◇
 

 無機質の中で、アイツの声にならない叫びを聞いた気がする。

「これで、さよなら……」
 
 だめだ。その手をとってはいけない。
 けれどそれを伝える術がない。

 
 ごめん
 全部、俺のせいだ




 ◆ ◆ ◆

 


「ラーイ、蕾生(らいお)くーん」
 
 耳慣れた声で目が覚めた。部屋の中は朝日で薄明るくなっている。
 
 携帯電話の示す時刻はいつも通り、待ち合わせ時間になっていた。
 
 蕾生は重い頭を抱えてようやく起き上がる。窓を開けた外には制服姿の少年が立っている
 幼なじみの(はるか)だ。
 
「……わりぃ、今起きた」
 
 今までに何回言ったかわからない、朝の挨拶と化した言葉を蕾生が呟くと、ニッと笑って永は手を振る。
 
「ちょ、待ってくれ。すぐ支度する」
 
「焦らずに急いでね」
 
 にこにこ笑ったままの永の言葉を受けて、蕾生は窓を閉めた後ベッドから降り、脱ぎ散らかしたままのワイシャツを引っ掴む。
 椅子に掛けていたズボンを履いて、本棚にハンガーとともに掛けてあるブレザーを羽織った。

 ネクタイはとりあえずポケットに押し込んで、カバンを手に部屋を出る。
 ドンドンと派手な足音を立てて二階から降りた蕾生は、ダイニングを素通りして玄関に向かう。

 靴を履こうとしたところで母親がやってきて、呆れたようなそれでいて諦めたような顔で特大の握り飯を差し出した。いつもの朝食である。
 それを無言で受けとってばくりと一口かじってから、蕾生は玄関の扉を開けた。
 
「……はよ」
 
 罰が悪そうに短く言いつつ、口元がもぐもぐしている蕾生を見た永は笑っていた。
 
「今日も大きいねえ、おにぎり」
 
「フツー」
 
「中身は?」
 
「シャケ」
 
「へえ、いいじゃん」
 
 短い会話の後は特に喋ることもなく歩き出す。
 ここまでが高校に着くまでの朝のルーティン。ゆっくり歩いて十五分。蕾生が握り飯を咀嚼する音だけが二人の間に流れていた。





 朝の気温もだいぶ高くなり、ようやく馴染んできたとはいえまだ真新しい制服も、蕾生(らいお)にかかれば古着を着ているような佇まいだった。
 
「ライくん、そろそろネクタイちゃんとしようか」
 
「あー……めんど」
 
 校門まであと数メートル。今日は水曜日。風紀担当の教師が校門の前で立っているのが見えた。
 
「つまんないことで怒られたくないでしょ? ただでさえライくんは目立つんだからさ」
 
「わかってる……」
 
 蕾生は渋々とポケットから捻れまくりのネクタイを引っ張りだして、首にあてがう。慣れた手つきでよれてはいるが手早くネクタイを締めた。
 
 後は時間との勝負。二人は歩みを早めて颯爽と校門へ向かう。
 
「おはようございまーす」
 
 (はるか)がわざと大きな声で教師に挨拶し、その気を引く。
 身長の高い蕾生は気持ち肩をすくめて、猫背で小さくみせようと無駄な努力をしながら大股で通り過ぎる。
 打ち合わせなどしなくてもこれくらいの連携はたいしたことはない。幼なじみの成せる技のひとつだ。
 
 今朝も無事に乗り切ったと、永は目配せをして小さく親指を立てる。些細な達成感だけれど、永と息を合わせて何かをしたことは蕾生に大きな安心をくれる。
 そうしてやっと今日一日が始められる気がしていた。


 ◆ ◆ ◆
 

「ライくん、人魚のミイラがニセモノだったって!」
 
 弁当を食べ終わるやいなや、永が携帯電話の画面のニュース記事を目の前に掲げて興奮気味に言った。
 
「お前……」
 
 食後のパック牛乳を飲みながら、蕾生は白けて永を見る。
 
「やっぱりかー、こういうのって大抵が見せ物として作られたヤツなんだよねー」
 
「お、おう……」
 
 また始まったな、と思いつつも蕾生は一応相槌を打った。
 悔しそうに歯噛みしながら永はさらに続ける。
 
「でも、地元の信仰対象なのに科学的メスを入れてくれたこのお寺には敬意を表したい」
 
 真顔で言う永には彼なりの矜持があるのだろうが、蕾生にはピンと来ない。
 
「そうか」
 
 だから相槌もおざなりになるのだが、大好きな未確認生物のことを語る時の永は気にしない。
 
「あーあ、ツチノコが本当にいたんだから、人魚だっていてもおかしくないのに」
 
「まあ、そうかもな」
 
「おとぎ話に出てくる綺麗なお姉ちゃんタイプの人魚じゃなくて、妖怪みたいな──半魚人? いや、半魚の獣? そんなタイプの新生物なら可能性はあると思うんだよねえ」
 
 流れるようにまくしたてる永の剣幕に、蕾生は少しあきれながら頷く。
 
「うん、まあ……」
 
「ライくん、そんなドライな感じでいると大発見があった時に腰抜かすよ?」
 
「いや、抜かさねえよ」
 
「わかんないよ? ツチノコが見つかった時だって、そんな態度の一般民衆が驚天動地で慄いたんだから!」
 
 そう言いながら、永は携帯電話の画面をいじって昔のニュースを出して見せた。
 
「ほら、世界がひっくり返るくらいにツチノコフィーバーが起きてるって! 発見した研究者なんてテレビに出まくって、世界に影響を与えた日本人のナンバーワンになってるから」
 
「へ、へえ……」

 永の剣幕に負けた蕾生は、その携帯画面を読むはめになった。





 蕾生(らいお)はまずその記事に載っている研究者らしき人物の写真を見た。
 四十三歳と書いてあるけれど、その人物は年齢よりもずいぶんとお爺さんに見えて、研究者って老けるんだなと少し驚いた。
 
「あー残念だなあ、こんな大事件が僕らが生まれる前に起きてるなんて。歴史の証人になりたかったのに」
 
「そうかよ」
 
 蕾生は(はるか)への応対に少し疲れて窓の外に視線を移す。
 永は昔からオカルトめいた話が好きで、心霊スポットや未確認飛行物体などの情報を幾度となく蕾生に講釈している。

 最近のお気に入りは未確認生物らしいのだが、蕾生にはイマイチ興味がわかない。ただ、この話題をする時の永はとても楽しそうなので付き合って聞いている。おかげで蕾生もこういった不思議な話にはかなり詳しくなった。
 
「ライくん、何見て──。あ、銀騎(しらき)研究所だね?」
 
 窓の外には学校の隣の森林公園を挟んで白い建物の一部が見えている。蕾生は特に意識しておらず、言われて初めてその景色を認識した。
 
「ツチノコを発見して、全く新しい生態系を確立させたあの銀騎博士がそこの研究所にいるだなんてワクワクするよねえ」
 
「あのビル、研究所なのか」
 
「そうだよ。建ったのは最近なのに、ライくんは知らなかったの?」
 
「興味ねえもん」
 
 欠伸混じりに言う蕾生に、永は大げさな身振りで言った。
 
「非地元民め!」
 
「お前が知りすぎなんだろ」
 
 頭を掻きながら、蕾生はすでにこの話題から興味をなくしている。それでも永は構わずに続けた。
 
「噂では、あの研究所で新しい未確認生物が発見されて、着々と第二のツチノコ的なものの発表の準備をしてるって」
 
 何かとても重要な情報を暴露するかのような、ワルイ雰囲気を込めて永はふざける。
 
「お前はほんと好きだな。ユーマ?っていうやつ」
 
 あきれながら蕾生が言うと、永は急に真面目な顔でそれを訂正する。
 
「違うよ、ライくん。UMAなんてオカルトじゃない、これは、れっきとした生物学なんだよ」
 
 永はゆっくりと言い聞かせるように語りかけるが、最後にはいつもこう言うので、蕾生は話半分に聞くことにしている。
 
「見つかるといいな」
 
「心がこもってない!」
 
 普段は物静かで飄々としている永だが、未確認生物のことになると熱弁を振うようになる。こうなると適当に相槌を打ちながら、落ち着くのを待つしかない。
 
「とにかく銀騎研究所っていえばさ……」
 
 そこからたっぷり三分間、蕾生は頷きながら思考を停止していた。我に返ったのは、永が何かのプリントを机に広げ始めてからだった。
 
「で、来月の連休あるでしょ? 一般公開するんだって」
 
「……何を?」
 
「だから、銀騎研究所が市民向けに見学会を開くから申し込んだんだよね。──二人分!」
 
 ニヤリとピースサインを掲げる永の言葉に蕾生はやられたと思った。
 
「あー、まあ、そうなるか」
 
「当然でしょ」
 
 そう言って笑顔で背中を叩かれれば、蕾生は断れない。というか、断る選択肢はない。
 
「まあ、別にいいけどよ……」
 
 永が行くところには必ずついていくのが蕾生にとっては当たり前のことだった。





 部屋の隅で蹲っている。
 あれは、俺だ。
 
 初めて人を傷つけた。理不尽な力で傷つけた。
 納得がいかない。俺のせいじゃない。そんなつもりはなかった。
 
 怒りと困惑と情けなさ。そんな感情がぐるぐると頭の中で回り続ける。
 
 嫌だ。なんで俺は違うんだ。どうして俺が悪いんだ。


 
「ねえ」
 
 その声は無遠慮に俺の中に入って来た。
 
「君は悪くないよ」
 
 本当に?
 
「これからは僕が考える」
 
 暗い空が晴れた気がした。
 
「君の力は僕が使うから、僕が考えて君が動けばいい」
 
 ──いいのか?


 
「だから、出ておいでよ。僕には君が──」
 
 必要なんだ、と笑う姿に。
 心の底から安心した。



 ◆ ◆ ◆



 
「……」
 
 目覚ましのアラームはとっくに止まっていた。
 
 まだ覚醒しない頭をゆっくりと動かして、蕾生(らいお)は携帯電話の時刻を見る。
 (はるか)と待ち合わせた時刻、まさにその時間だった。
 
「やべ……」
 
 急いで起きて、窓を開ける。外では永がにこやかに手を振りながら立っていた。
 
 空は快晴で、風も吹いていない。今日は暑くなりそうだとテレビの天気予報が言っているのを聞きながら蕾生は玄関を飛び出した。
 
 永に少しだけ急かされながら、連休でどこかへ出かける人達を追い越して歩く。
 高校へ向かういつもの通りを過ぎて、森林公園を横目に歩き、公園から楽しげな声が聞こえなくなった頃、真新しい無機質な道路が顔を出す。

 急に現れる白塗りの大きな鉄の門の向こうは、連休で浮かれる世間とは別の世界のような静けさがあった。
 
「さむっ」
 
 突然、蕾生の背筋に悪寒が走る。
 
「いい天気なのに寒いの?風邪?」
 
 永が問うと、蕾生は首をかしげながら答えた。
 
「いや、やっぱり寒くはない」
 
「なにそれ」
 
 微かに笑った永の目の奥、緊張しているような光を湛えているような気がして、蕾生は居心地が悪くなる。

 
  
 少しの沈黙。
 隣で黙っている永を見ると、無意識なのだろうが、拳を握りしめて指が少し赤くなっていた。
 
「なあ、やっぱり今日……」
 
 やめないか、と蕾生が言う前に、永は一歩踏み出し振り返ってにっこりと笑う。
 
「じゃあ、行こう。受付あっちみたい」
 
 そうして門の横、守衛のいる小さな詰所を指さした永の表情はいつも通りだった。
 
「あ、でも具合悪くなったらすぐ言いなよ?」
 
「ああ、……わかった」
 
 言葉尻もいつもの永のものだったが居心地の悪さは拭えない。蕾生は気乗りしないまま永の後をついていった。
 
 守衛に参加証が記された携帯電話の画面を見せ、身分証明カードを提示すると、何かの機械でそれを承諾も得ずに撮影された。子どもだから舐められたのかと、蕾生は嫌な気分になった。

 何の感情も読めない守衛から「どうぞ」とだけ言われて、入館証と書かれた首から提げるタイプのネームカードを渡される。
 すると大きな鉄の門は開かずに、詰所の横の通用口が開いた。視線で促され、二人はそこを通った。





「…………」
 
 (はるか)蕾生(らいお)は目の前の光景に一瞬だが言葉を失った。

 碁盤の目のように形成された歩道、それに沿って理路整然と建てられている研究棟の数々。
 二人がそれまでに街で見てきた企業ビルや国の研修施設などとはまるで違う。ここには一切の無駄も遊びもなかった。

 通常ならメインストリートには庭木や芝生を植えていそうなものだが、ここはすべてコンクリートの道路と石畳の歩道だけ。建物も皆一様に白く四角い。白い線と白い箱を並べた模型のような佇まいだった。
 
 異世界に迷い込んだような感覚に、蕾生はもう一度身震いする。
 永の方を見ると、携帯電話の画面とこの景色を見比べていた。地図を見ているのだろう、その仕草は既にいつも通りスマートに行っており、やはり自分の感じている違和感を言うことは憚られた。

 きっとこの日を楽しみにしていたはずの永に、気味が悪いから帰ろうなんてことは言えなかった。
 
「あっちのちょっと大きい建物で、最初の説明と講演会があるって」
 
 数メートル先の少しだけ背の高い白い建物を指して歩みを進める永に、蕾生は黙ってついていった。




 総合棟、と書かれた看板がある建物の前に着くと、入口に何人かの男女が入っていく。ようやく人の気配を少し感じて、蕾生はほっとした。
 永とともに中に入ると、小さなエントランスに小さく粗末な机が置いてあり、白衣をまとった女性が二人を見て話しかけてきた。
 
「こんにちは、見学の方ですね?」
 
 小さな顔に大きな丸眼鏡で長い髪を後ろでひとつにまとめた、いかにも研究者風のその女性は、永と蕾生の首元のネームカードと手元のバインダーを見比べて言った。
 
周防(すおう)(はるか)さんと(ただ)蕾生(らいお)さんですね。良かったわ、もう時間なのになかなかいらっしゃらないから心配しました」
 
「あ、スミマセン。ちょっと寝坊しちゃって。彼が」
 
 永はにこやかに答えながら、肘で蕾生の胸をつついた。
 
「……っス」
 
 特に悪びれずに蕾生は軽く会釈だけした。

 職員であろうその女性は軽く微笑んで二人にパンフレットを渡した。
 
「もう皆さんお揃いですから始めますよ。空いてる席に座ってね」
 
「ハーイ」
 
 永の良い子のお返事に笑顔を絶やさない女性の口元には真っ赤な口紅がひかれており、そこだけが紅く光る月のように際立って見えた。

 
  
 映画館にあるような重い扉を開くと、小さなコンサートホールが目の前に現れた。ちらほらと人が座っており、微かに話し声も聞こえる。
 
 二人は真ん中より少し後ろの列の通路側の席についた。座った途端、永が蕾生に話しかける。
 
「ネネネ、さっきの女の人いくつぐらいかな?」
 
「知らねえけど、二十七、八くらいだろ」
 
 どうでも良かったので、蕾生はパンフレットに目を落としながら答える。
 
「だよねえ、それくらいに見える、ネ」
 
 永にしても興味なんかないだろうに、何故そんな話題を振るのか蕾生は少し苛ついた。しかし、急に照明が落とされたのでそんな感情はすぐに忘れてしまった。





 一際明るくなった舞台の袖に、先程入口で会った職員の女性がマイクを持って立っていた。よく通る、滑らかな口調で彼女は客席に向かって話し始める。
 
「本日は私共銀騎(しらき)研究所の見学会にお越しいただきまして誠にありがとうございます。司会をつとめます佐藤と申します。まずは当研究所を代表して、副所長の銀騎(しらき)皓矢(こうや)が挨拶をさせていただきます」
 
 女性の言葉が終わると同時に、逆側の袖から背の高い、やはり白衣を着た年若い男性が登場する。
 彼は背筋をまっすぐ伸ばして歩き、ステージの中央で真正面を向いて深々とお辞儀をした。
 
「副所長なのに代表なのか?」
 
 蕾生(らいお)の疑問に、(はるか)が小声で答える。
 
「所長の銀騎博士は高齢だからね、最近はあまり人目に出ないらしいよ。ていうか、副所長めっちゃイケメンだな」
 
 永の言う通り、副所長の銀騎皓矢は高身長で足も長くモデルのようなプロポーションだ。
 蕾生の偏見にはなるが研究者なのに眼鏡もかけておらず、涼しげな目元をしている。髪型が少し野暮ったく伸ばされているが、ちょっと整えれば芸能人のように輝き出すかもしれない。

 この所感はあながち間違っていないようで、女性客達が途端にざわつき始めた。
 
「皆さんはじめまして、銀騎研究所の副所長をしております銀騎皓矢と申します。本当ならば私の祖父であります所長の銀騎(しらき)詮充郎(せんじゅうろう)が挨拶をするべきですが、今日は論文の締め切りが近く手がはなせないため登壇できない無礼をお許しください。さて、当研究所では──」
 
 朗々と語る銀騎皓矢の声は会場によく通り、彼の真摯な性格を物語る。会場の客席の誰もが、この好感しかない青年の声に聞き入っている。

 蕾生は銀騎研究所の沿革が説明され、続いて主な研究成果の説明が始まるところで睡魔との戦いを開始した。
 
「では、ここからプログラムの一番目、銀騎詮充郎博士のツチノコ研究に関する講話を引き続き銀騎皓矢先生にしていただきます」
 
 女性の声で蕾生ははっと目を開いた。顔を上げると、ステージの上では机と椅子が用意され、プロジェクターが設置されているところだった。
 
「ちょっとライくん、眠くなるのが早いんじゃないのぉ?」
 
「……悪い」
 
「ここからが面白いところなんだから、ちゃんと聞いてよね」
 
「あぁ……」
 
 からかうような口調の永に、自信なさげに蕾生は返事をする。どうせ自分は付き添いだしツチノコにも興味がないのだが、終わった後何も覚えていないと永は根に持つので、少し背筋を伸ばして座り直した。





「まず、銀騎(しらき)博士がツチノコと思われる生物の死骸を発見したのは、フィールドワークで出かけておりました山中でした。当時既にツチノコは未確認生物として広く知られており、過去に何度も別種類の蛇であったりトカゲの見間違いであったりしたため、蛇の突然変異種などの可能性が濃厚として採取したのが始まりです」
 
 銀騎(しらき)皓矢(こうや)の説明とともに、後ろのスクリーンには当時の未確認生物の死骸が映し出された。
 頭は蛇によく似ており、胴が短く膨らんでいる。所謂「ツチノコ」を連想させるような見た目だった。
 体表の色は死骸だからだろうか、全体が黒っぽく少し干からびていた。
 
 ここまでの展開は、今では動画サイトでも検索に時間をかけないと出てこない、昔の超常現象を扱うテレビ番組と同じような雰囲気である。
 小学生の頃、(はるか)に毎日と言っていいほど見せられていた蕾生(らいお)は、この手の話題には食傷気味だ。隣の永をチラと見ると、口元を緩めて楽しそうに聞いていた。
 
「銀騎博士はこの死骸を詳しく分析し、DNA鑑定をした結果、未知のDNAを発見しました。それは蛇やトカゲはもちろん、地球上のどの生物も持っていない全く未知のDNAだったのです」
 
 銀騎皓矢の説明に、観客は小さく感嘆の声を漏らしながら聴いている。蕾生はますますSF映画の様になっていく展開に、本当にこれは科学の講話なのか首を傾げずにはいられなかった。
 
「このDNAに関しましては、現在も当研究所で研究中であり、全容はまだ解明されていません。しかしながら、とにかく未知の因子を持つ生物が存在している可能性が濃厚だとして、銀騎博士は一年かけて発見場所を詳細に調べました。糞や巣穴の痕跡などが徐々に見つかり、遂には生きている個体の捕獲に成功しました」
 
 そしてスクリーンには、先程の死骸とは姿は同じでも雰囲気が全く違う、生気に満ちた蛇のような生物が映し出された。
 土色の体の表面は鱗で覆われ、子どもの頃動画で見たCGでの想像図と良く似た姿だった。
 
「これが、銀騎博士が新生物として登録したツチノコであります。爬虫類有鱗目……ツチノコは古来ノヅチとも呼ばれたことから、ノヅチ亜目ノヅチ科ツチノコ属ツチノコと分類しました。ノヅチ亜目は今後細分化が可能だと銀騎博士は考えており、ツチノコ研究はまだ入口の扉を開けたに過ぎないのです」
 
 そして、銀騎皓矢は観客を真っ直ぐに見据え、いっそう力強く言い放つ。
 
「我々銀騎研究所研究員一同は銀騎博士の指導の元、今後も未知の生物の探求とDNAの調査を行い、地球の生物の新たなる謎の解明に邁進していきます」

 
  
 すると観客席からワッと歓声と拍手が湧き上がる。演説に成功した若き研究者は少しはにかみながらその場でお辞儀をした。

 蕾生はなんとなく鈍い光を感じて視線をずらすと、ステージ袖で司会の女性が拍手をしながらも眼鏡の奥の表情が見えないことに少し不気味さを感じていた。