朝の気温もだいぶ高くなり、ようやく馴染んできたとはいえまだ真新しい制服も、蕾生(らいお)にかかれば古着を着ているような佇まいだった。
 
「ライくん、そろそろネクタイちゃんとしようか」
 
「あー……めんど」
 
 校門まであと数メートル。今日は水曜日。風紀担当の教師が校門の前で立っているのが見えた。
 
「つまんないことで怒られたくないでしょ? ただでさえライくんは目立つんだからさ」
 
「わかってる……」
 
 蕾生は渋々とポケットから捻れまくりのネクタイを引っ張りだして、首にあてがう。慣れた手つきでよれてはいるが手早くネクタイを締めた。
 
 後は時間との勝負。二人は歩みを早めて颯爽と校門へ向かう。
 
「おはようございまーす」
 
 (はるか)がわざと大きな声で教師に挨拶し、その気を引く。
 身長の高い蕾生は気持ち肩をすくめて、猫背で小さくみせようと無駄な努力をしながら大股で通り過ぎる。
 打ち合わせなどしなくてもこれくらいの連携はたいしたことはない。幼なじみの成せる技のひとつだ。
 
 今朝も無事に乗り切ったと、永は目配せをして小さく親指を立てる。些細な達成感だけれど、永と息を合わせて何かをしたことは蕾生に大きな安心をくれる。
 そうしてやっと今日一日が始められる気がしていた。


 ◆ ◆ ◆
 

「ライくん、人魚のミイラがニセモノだったって!」
 
 弁当を食べ終わるやいなや、永が携帯電話の画面のニュース記事を目の前に掲げて興奮気味に言った。
 
「お前……」
 
 食後のパック牛乳を飲みながら、蕾生は白けて永を見る。
 
「やっぱりかー、こういうのって大抵が見せ物として作られたヤツなんだよねー」
 
「お、おう……」
 
 また始まったな、と思いつつも蕾生は一応相槌を打った。
 悔しそうに歯噛みしながら永はさらに続ける。
 
「でも、地元の信仰対象なのに科学的メスを入れてくれたこのお寺には敬意を表したい」
 
 真顔で言う永には彼なりの矜持があるのだろうが、蕾生にはピンと来ない。
 
「そうか」
 
 だから相槌もおざなりになるのだが、大好きな未確認生物のことを語る時の永は気にしない。
 
「あーあ、ツチノコが本当にいたんだから、人魚だっていてもおかしくないのに」
 
「まあ、そうかもな」
 
「おとぎ話に出てくる綺麗なお姉ちゃんタイプの人魚じゃなくて、妖怪みたいな──半魚人? いや、半魚の獣? そんなタイプの新生物なら可能性はあると思うんだよねえ」
 
 流れるようにまくしたてる永の剣幕に、蕾生は少しあきれながら頷く。
 
「うん、まあ……」
 
「ライくん、そんなドライな感じでいると大発見があった時に腰抜かすよ?」
 
「いや、抜かさねえよ」
 
「わかんないよ? ツチノコが見つかった時だって、そんな態度の一般民衆が驚天動地で慄いたんだから!」
 
 そう言いながら、永は携帯電話の画面をいじって昔のニュースを出して見せた。
 
「ほら、世界がひっくり返るくらいにツチノコフィーバーが起きてるって! 発見した研究者なんてテレビに出まくって、世界に影響を与えた日本人のナンバーワンになってるから」
 
「へ、へえ……」

 永の剣幕に負けた蕾生は、その携帯画面を読むはめになった。